はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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長いこと放置してたのに、思いのほか見てくれる人がいてびっくりしました。
ありがとう、まだ僕には帰れる場所があるんだ。こんなに嬉しいことはない。


63備えあれば嬉しいな

 夜の街は明るい。

 まるで昼間と勘違いしてしまいそうになるほどに、光で溢れかえっている。

 空を見上げれば1つ1つの雲がくっきりと見え、月明かりがなくとも足元はしっかりと見えている。

 もう時計は深夜を訴えているのに、人の往来だって途切れることがない。

 夜の街は明るい。

 だが、その明るさを避けるようにして1人の男が裏路地を歩いていた。

 隣の通りへ出れば明るい街が広がっているというのに、彼はそれを嫌うように暗く汚く狭い、そんなビルとビルの間を縫うように進んでいく。

 こつこつと響く靴音に合わせて、ポケットの中の小銭がちゃらちゃらと音を立てる。

 口元には灯。

 くゆる煙を後ろに流しながら、冬でもないのに吐く息は白く濁っていた。

 

「よう、待ったか少年」

「待ってませんが。少年はやめてください、ヤクモさん」

 

 何度目かの曲がり角で、彼、ヤクモ・ナナミは待ち人と出会う。

 真っ白なスーツに緑の長髪。優男然とした見た目に反し、青い瞳の中には油断がない。

 管理局本部に所属する査察官、ヴェロッサ・アコースがそこに立っていた。

 辟易とした表情で首を振る彼に、ヤクモは失笑とともに煙を吐いて見せる。

 

「煙草なんて吸ってましたっけ?」

「最近、なにかとストレスが多くてなあ。追跡者がエキサイトしてるからなんだけど……まあ、なんだ。お前、よく無事だったな」

「追跡者……なるほど、あまり思い出したくないですね。あれは。自分でもよく生きてたなとは思います」

 

 嫌なことを思い出して、ヴェロッサの表情が歪む。

 少し前、2人が会ったときの闖入者を思い出しているのだろう。

 ヤクモとしてもあれはイレギュラーだったし、なによりあそこまでの強硬手段に出られたこと自体が予想もできなかったのだが。

 

「もうちょっと冷静なやつだと思ってたんだけどなあ。まあいいや。それよりも、頼んでたことはどんな感じだ?」

「今、日程を調整してますけど。今度はなにを企んでるんです? ことと場合によっては、僕も被害を受けるわけですけど」

「暴力シスターの折檻なんて慣れたもんだろ」

「自分は受けないからって気楽に言って……」

 

 聞こえないとでも言うかのように、ヤクモは煙を空に吐いた。

 明るく照らし出された空に昇るよりも早く、白の塊は霧散して消えてしまう。

 

「まあ、どうせこっちだって顔だしたら一発ぶん殴られるだろうからな……うん、なんか対策考えとかないとやばいかもしれん」

「やばいどころか、間違いなく引導を渡されますよ。世界平和のためとか言われながら」

 

 ありそうで困るから、2人そろって言葉を失う。

 ついでに暴力シスターの元締めはなにも言わず、ただにこやかに眺めているだけだろう。心の中では、こっそり再起不能にならないかなとか思いながら。

 そういう風景が簡単に予想できてしまったヤクモは、自分でもわかるくらい頬の筋肉が引き攣らせる

 ちょっと話がしたいだけでこれなのだから、泣いてもいいじゃないかとすら思えてくるほどだ。

 

「予測可能回避不可能とはこのことか。めっちゃ逃げてぇ。もう全部放り出してしばらく引き籠りてぇ」

「それでも、会うんでしょう? なにやら、入れ込んでいる少女がいるって話ですけど。え、ロリコン?」

「ははは、てめえ言うようになったな頭吹っ飛ばすぞ」

 

 わあ怖いと、軽い足取りでヴェロッサが数歩さがる。

 そのおちゃらけた姿は、スラム街を走り回っていたころからずいぶん変わった。

 たまたま見つけた古代ベルカ系のレアスキル持ち。それを渡りに聖王教会へコネを作って、気づけばずいぶんと長い付き合いになる。

 やっていることは下種以下の何者でもないが、それを重々承知した上でヤクモは肩をすくめてみせた。

 適度な距離感を保てているとは思う。

 これは、お互いにお互いを利用しているのだと。

 最初にヤクモはヴェロッサの環境を改善した。その見返りとして、コネを手に入れた。

 そしてヤクモはヴェロッサに少しばかりの処世術を教えた。代わりに情報をいくらか貰った。

 いつしか地位を手に入れた彼は、今やヤクモにとって重要なパイプの1つである。

 

「ああ、さもしい大人になっちまったなあ」

「僕と初めて会った段階で、十分にさもしかった気がしますけど?」

 

 痛い指摘に表情を歪めながら、ヤクモが灯を消す。

 再び闇に落ちた路地裏に、もう彼の姿はない。残ったのは白いスーツの影のみだ。

 都合が悪くなると、すぐ逃げるよね。なんて首を振りながら、ヴェロッサも暗い路地を後にする。

 

 

 

 

 さて、ちょっくら車を転がして人に会いに行こうとしているわけだが、とりあえずウーノをなんとかしないと話が進められなくなってきた気がする。

 というのも、少し前までは気にならなかった追跡能力に磨きがかかってきているからだ。

 よし、そろそろあの仕掛けの準備でもしようかな。からの「みぃつけたぁ!」が鉄板になりつつある。

 この精度でストーカーされると、ホント洒落にならない。なんだあれ、ジェイソンも裸足で逃げだすぞ。

 

「ということで、頼みがあるんだけど」

『無理だ』

 

 それはそれは鬱陶しそうな表情で、グレアムおじちゃんに拒否られてしまった。大量の書類整理で苛立っているからか、空間モニター越しにため息までついている始末だ。

 なんとなく、画面外から発情期の猫みたいな声も聞こえるが。まあ、そこはいいだろう。

 

『君のおかげで、こちらは大忙しだ。まあ、自業自得であるとも言えるのだがね』

「そうだゾ!」

 

 なんて適当にいったら、画面が切り替わってぐりとぐらのどっちかわからない方が割り込んできた。

 ん? なんか名前が違ったような……とりあえず音声をミュートにしておく。

 こちとら運転中なので、あまり騒がれると爆音流して走る迷惑車両扱いされかねない。

 俺ったら恥ずかしがりやさんだから、そんなの耐えられない!

 

『聞いてんのかいあんたは!!』

「聞いてるわけないだルルォ?」

 

 今です! とばかりに音量を戻せば、ドンピシャで怒られたので音速で煽り返す。

 なんか、今にも歯を噛み砕きそうなぐらい食いしばってるけど、カルシウム足りてるんだろうか、コレガワカラナイ。

 

「まぁまぁそう言うなって。はやてからの小さな復讐なんて、立派な大人にしてみれば軽いもんだろ?」

『……彼女の罰はかまわない。甘んじて受けよう。だが、ここにある書類の半分は君の仕業なんだがどうかな?』

「細かいこと気にしてると、血圧上がっちゃうよ?」

『上げている本人に言われると、なおのこと腹が立つんだがなあ』

 

 眼鏡を外して、目頭をもみもみ。

 天下のグレアム提督も、流石に疲労がたまっているようだ。

 とはいえ、闇の書事件未遂から1年と少し。そろそろアースラもグラナガンに帰港するころだろう。

 その前に楔っぽいものをあっちこっちに打ち込まないといけないわけだから、もうちょっと無理してほしい。

 1週間くらい眠れなくなる栄養ドリンクを送っとけばいいだろうか。

 

『今度はなにをするつもりかね』

「いやちょっと聖王協会に用事があるんだけどね? ほら、前に言ったストーカーをしばらく引きつけといて欲しいっていうか。そっちの使い魔に俺の恰好で逃げ回ってもらいたくて?」

『嫌に決まってんでしょうが! さっさと自滅しろ犯罪者!!』

「あーぁ、はやての地盤のためには必要なことなのになあ。ロストロギア認定されてる闇の書をどうにかしないと、管理局に入局したとき、あいつは苦労するんだろうなあ。それなのに手を貸してくれないとか、グレアムおじちゃんってば心がせまーい」

 

 とか言ってみたりしたら、耐えきれなくなったぐりとぐらの活発な方がサンドバックみたいなのを画面の端で強打しはじめた。

 ずっとそこにあったのか、もしくは魔法で生成したのか。どっちにしても、アグレッシブなストレス発散方法だなあと思う。

 ほら見ろ、相方が死んだような目でため息ついてるぞ。

 

『……わかった。時間はどれくらい稼げばいいんだ』

「夕方ぐらいまでよろしくお願いさしすせそ。指定エリア送っとくからあくしろよ?」

『君はときどき不思議な言語で喋り始めるから、すごく理解に苦しむんだがね……』

 

 アッハイ。

 はやてだったらどう返してきてただろう。1年も離れてると、流石に寂しくなってきた。

 あの打てば響くっていうか、むしろ殴り倒されそうな勢いの返しが欲しい!

 ……はて、前にも似たようなこと言ってなかったかな俺。

 そんなとことを思いながら、空間モニターを消して車を走らせる。

 ベルカ自治区はもう目の前。たどりつくまでに、自分の性癖に対する疑問とか解消できる気がしない。

 やめよう。きっと考えすぎると沼に引きずり込まれるわ、この発想。

 


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