はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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壁]ω・)ノ<ただいま


58ヤクモの嘴の食い違い

 午前6時という朝も早い時間帯から、八神家の居間はにわかに騒がしくなりだしていた。

 集まっているのは守護騎士の面々とリインフォース。いつも最後に起きてくるヴィータですら、眠い目を擦りながら居間に置かれたPCの前にいた。

 

「どう思う?」

「結界の発生は感知したわ。まさか、本気なのかしら?」

「とりあえず、行ってぶっ飛ばしてみればわかんじゃねぇか?」

「俺は残ろう。万が一ということもある」

 

 いや、だがな……と言葉を濁しながら、シグナムは表情を歪める。

 方針としては固まりつつある状況だが、それ以上に意図が見えない。

 事の発端は、つい先ほど入ってきた念話による宣戦布告だった。

 首謀者はナナミ・ヤクモ。内容は、大人しく闇の書を寄越せというものである。

 彼がなにをしたいのかわからないのは、今に始まった話でもない。

 しかし、今回の発言には明確な敵対発言も混じっていたのだ。

 だからこその宣戦布告だが、そうすることの意味が彼女らにはさっぱりわからない。

 おそらく普通に闇の書をねだれば、きっとはやては理由を聞いた上で渡すだろう。

 守護騎士たちもそれくらいは想像がつく。そしてなにより、ヤクモなら別に渡しても構わないと思っていた。

 少なくとも、悪用してはやての不利益を作るとは思えなかったからだ。

 

「あいつはバカだが、主はやてを害するとは思えない」

「まあ、そうだな。バカだけど、バカはバカなりにはやてのこと考えたたもんな」

「確かにバカなやつだが、無意味にこんなことをするバカではないだろう」

「いつものバカな感じとは、なんだか雰囲気も違いましたし。もしかしたら、また新しいバカを思いついたのかもしれないわ」

『お前たち、彼は一応命の恩人だ。あまりバカバカ言うのは……まあ、バカだとは思うが』

 

 うーんと5人は顔をつきあわせて悩む。

 方針として、ヤクモを殴り倒して引っ立てるのはいい。

 はやての前に連行して、大岡裁きまで想像した。

 問題は、相手が腐っても傭兵ということにある。

 はっきり言って、勝算もなしに挑んでくることはないだろう。

 

「ヤクモは結界が張れなかったんじゃないのか?」

「そういえば私、それで呼び出されたことあったわ」

「っうことは、誰か協力者がいるってことか? まさか、なのはじゃねぇだろうな」

「考えにくいな。あの高町が、大人しくヤクモの協力をするとも思えんのだが」

 

 もっともなザフィーラの意見に、他の4人は頷く。

 しかし、そうなるともう彼女たちに心当たりはない。

 この世界にいて、魔法が使える人間の知り合いは彼女くらいだからだ。

 

『まあ、我々に挑んでくるぐらいだ。どう考えても、彼が1人で来るとは考えられない。少なくとも2人、それもプロの戦闘屋がくるのではないか?』

「ああ、それは間違いないだろう。ヤクモの同僚か、もしくは金で雇われた傭兵という可能性も」

「いや、その可能性は低いんじゃないか? 主はやてに危害を加えそうな人種を、あいつは選ばないだろう。そもそも金がないだろうしな」

「確かに、あいつが金持ってるところなんて見たことねぇな」

 

 確かにと、再び5人は頷いた。

 おそらくここにヤクモがいれば、死んだ魚のような目になっていただろうと守護騎士たちは思う。

 金というワードは、あらゆる意味で彼の心を抉る最大の武器なのだ。

 最悪の場合、連行する際の最終手段として全員で「貧乏人!」と罵るのも悪くない。

 多少トラウマになったとしても、まあ大丈夫だろうというくらいの気持ちだってある。

 これも一重に、守護騎士たちの信頼カッコワライなのだ。

 

「どうしたん、みんな集まって。なんかあったん?」

 

 そこへ不意に、はやてが顔を出す。

 いつも通りに起きてみたら、隣にヴィータがいなくて彼女も少なからず驚いていた。

 だいたい、朝ごはんの匂いに釣られて起き出してくるはずなのにと。

 

「は、はやてちゃん!? えっと、その……年末に、なにかイベントでもと、思って?」

「いや聞かれてもなあ。イベントって言ったら、二年参りとかやけど。うーん……まだ足もちゃんと治っとらへんし、車椅子であの人ごみに突っ込む勇気とかあらへんで?」

 

 来年こそは、某火星アニメの聖地巡礼でもしたいなあとは思っていたはやてだが。よく考えてみれば、守護騎士たちはこれが初めての年明けだ。

 もしかすると、二年参りに興味があるのかもしれないと難しい顔をする。

 

「あ、いえ、違うんです主はやて! その、二年参りに行きたいという意味ではなく!!」

「まあまあ、別に気ぃ使わんでもええんやで? 流石に私は行かれへんけど、興味があるんやったらみんなで見てきたらええよ。お小遣いもあげるし。あっ、屋台の焼きそばとトンペイ焼き買ってきてな」

「えぇー、そんなの楽しくねぇよ。来年でいいから、あたしははやてと一緒がいい!」

「主を1人置いて、遊びに行こうとは思えんな」

『優しいお前たちが、こんなにも素直な気持ちを言えるようになるなんて……うぅっ……』

 

 なんか話が変な方向へ逸れている上に、いつの間にか悪役にされたらしいシグナムとシャマルは顔を見合わせた。

 もう、これで誤魔化せるならいいかもしれないとすら思えてくる。

 それもこれも、きっとヤクモの悪い影響を受けすぎたせいだ。きっとそうに違いないと、2人は納得して頷いておくことにした。

 こういう悪役なら悪くないと苦笑いし合うシグナムとシャマルや、どこか満足そうに腕を組むザフィーラ。涙目のリインフォースと、それを「泣き虫さんやなあ」と優しげに慰めるはやて。オメェは心配し過ぎなんだよ、と少し照れたような仕草のヴィータも悪態を吐いている。

 なんだかほっこりし始めた空気は、しかし1人の乱入者によって終わりを告げられた。

 彼はリインフォースを押しのけてPC画面の半分に割って入り、頬の筋肉をひくひくと痙攣させながら。

 

『あの、なんか感動的なとこ悪いんですけどね。一言いっすか? お前ら遅ぇよっ!!』

 

 なにやってんのこいつ? という目で、一同の視線がPCへと集まる。

 それを受けて、ヤクモは思わず真顔になってしまう。こいつら……と思いつつも、あえて口に出さなかったのは優しさからだ。

 

「ヤクモさん、そんなとこでなにしてんの?」

『いや、まだなにもしてないんだけどね……』

 

 みんなの「ホントになにしてんだこいつ」という視線を一身に受け止めつつ、ヤクモは深い深いため息を漏らした。

 心なしか虚ろな目は、どこか遠くを見るように焦点が定まっていない。

 

『いいか? 30分だ。こちとら、このクソ寒い中を30分も待ちぼうけ食らってんだ! まだかなー、まだ来ないなあって待ちっぱなしなんだよいい加減にしろ!!』

「なに怒っとんの? 寒いんやったらはよ帰っておいで。今夜は鍋にするさかい」

『わーい、凄い暖かそう……ってそうじゃねえよ! この状況で俺があっさりお邪魔しまーすって入っていけると思ってんの!?』

「邪魔するんやったら帰ってやぁ」

『あいよー、って言えばいいんですかね……』

 

 結局、帰るなら八神家じゃないか。なんてどうでもいいことまで考えながら、ヤクモは頭を抱える。

 ちゃんと宣戦布告したよねとか、なんではやてに伝わってないんだとか。思うところはたくさんあるが、もう彼はこの際その辺りを全力で無視することに決めた。

 言えば更に時間を取られるのが目に見えていたからだ。

 ただし守護騎士たちには、後日なにかしらの報復手段は考えておこうと心に硬く誓う。

 

『これが最後通告だ。闇の書を引き渡してもらおう。もし拒否するなら――』

「うん? 別にかまわへんよ。取りに来るか、それともどっか持って行けばええん?」

『……あ、あっれー?』

 

 意識して出していた低い声が、一瞬にして崩れ去る。

 とりあえず寄越せとは言ってみたものの、あっさりくれるとは流石にヤクモも思っていなかった。

 そのための準備なり人員なりを用意していた側としては、とんでもない肩すかしだ。

 

『えっと、冗談とかで言ってるわけじゃないからな? 借用じゃなくて、譲渡だってわかってる?』

「自分で言っといて困惑するんやめーや。そんで、どこに持って行けばいいん?」

『え、あー……じゃあ、最初に会ったこ――ゴホンゴホン――おっとすまない、ちょっと咳き込んでしまった。お前の家から一番近い海浜公園まで来い。もちろん1人でだ。仮に守護騎士が出張ってくるようなら』

「はいはい、1人で行けばええんやろ? 何時くらいに持って行けばええん」

『アッハイ。じゃあ明日の日が落ちてから……ねえ、なんか流れおかしくない?』

 

 せやろか? と首を傾げるはやて。

 画面の中のヤクモが、こんなの絶対おかしいよ! と叫んでみたところで、彼女の不思議そうな表情は変わらない。

 

「せやったら、夜の7時くらいに行くことにするわ」

『夜道は危ないから、じゃなかった。下手な行動をしないよう、こちらとしても監視の目を置く。家を出たら、まっすぐこちらへ向かってこい』

「悪役やりたいんやったら、もうちょいしっかりやりーや」

『べ、別にお前のためなんかじゃないんだからね!』

 

 はいはいツンデレ乙、と受け流されたヤクモが寂しそうな表情で通信を切断する。

 次に彼が何をしてくるか、それを予想してはやては小首を傾げた。

 小さな唸り声に続き、わずかな吐息も漏れだす。

 

「師走は忙しいって言うけど、年越し前に変なイベントフラグ引いてもうたかもなあ」

 

 ぼやくような言葉がどこかへ吸い込まれていくのを見送りながら、はやてはヴィータに闇の書を取ってくるようにお願いした。

 


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