月村邸の庭に転移した瞬間、アクティブソナーを発動。
エコーを打ちこんで、周囲の状況を頭の中に文字通り叩き込む。
面倒なのは、俺が目をあけるわけにはいかないってことか。せっかく仕掛けを用意したのに、再び暗示をかけられては意味がない。
だから、アクティブソナーで拾った情報を脳内で3次元的な地図に置き換えていく。
たぶんガチムチの着地で抉れた庭の地面。ぶち抜かれて風通しのよくなった窓。ぐちゃぐちゃに荒らされた居間。
床にぐったり倒れるファリンと、満身創痍だが主を守るために立ちはだかるノエル。
忍は妹のすずかを庇って、じりじりと壁際に下がっていた。
「もっとこう、逃げるとか隠れるとかさ」
探す手間がはぶけて助かるんだけど、生存本能的にはどうなんだろうね。
いや、ここはポジティブに行こう。
現在進行形で、あいつらに迫ってる危ないガチムチを倒せば全部終わりだ。
うん、そうだよ!
「ストライクファイア、試験起動」
物体加速魔法を、実弾兵器のみ特化させた魔法を発動する。
闇の書と戦ったときに感じたことだが、普通の加速魔法を質量兵器に適用するとかなり効率が悪い。
まあ、当然と言えば当然なのだが。ならいっそ、それ用の魔法を組めばいいんじゃないかなという発想で試作的に組んだのがこれだ。
忍の命令で動いている間は、あまりにも暇で脳内はやりたい放題だったからなあ。
上手く動くかは知らないけど、震え声。
「まあ、威力分散を防ぐ補助魔法の展開しなくていいのは大きいよね。もう腕も最後の1本だし、発動の素早さは必須というか……」
両手が義手とか、鉄が旋律を奏でだしそうで洒落にならない。
使ってるのは超能力じゃなくて魔法だからギリギリセーフ!
ところで、発動するかよりも目を閉じてるから流れ弾が怖いな。
他に中っちゃったらどうしようか。
よーく考えよー。鉛は危ないよー。
あっ、言ってる間にあいつらがミンチになりそう!
「ダメだな、この距離は無理くさい」
魔法は維持したまま、とりあえず走る。
恭也が邪魔なので途中で捨てたが、たぶん大丈夫。だってあいつ頑丈だもん。
解放感ばっちりの窓を通過して、ソナーを再び打ちこむ。
ずいぶんノエルが善戦しているが、スペック的に勝てなさそうだ。
まあ、技術に差があるから仕方な……え、あれ? そういえばこいつら、いやそういうの後にしよう。
「よし、これなら外れないな」
がっしりと頭らしき場所を掴み、銃口がAMFに触れないよう注意しながら2発ほど撃ち込む。
右手が生身だったら、今ごろガチムチの頭ごと吹っ飛んでたかもしれない。
いやあ、義手に感謝しないとなあ。今度からミギーと呼んでやろう。
とはいえ、AMFの範囲設定が広がったら使えない戦法だ。
この先、目を閉じて戦闘するような状況がないことを祈りたいね。
「や、ヤクモさん!?」
「おう、すずか……だよな?」
天使の声だ。たぶん聞き間違えたりはしない。
ああいや、それどころじゃないか。
「残骸の転送。設定、ショートジャンプ。あれ、受け入れ要請ってしたっけな?」
まあ、向こうでなんとかするだろう。
そんなことより、俺はもう1機の残骸を探さないとダメなんじゃないか?
もともと敵対してたのはこいつらだけだし、どっかにあるとは思うけど。
いろいろ面倒になってきた気がする。
「さて、お前らが自力で倒したロボットがいるはずだが。その残骸はどうした?」
「……いきなり現れて、第一声がそれなの?」
「ん? ああ、恭也なら庭に投げ捨ててきた」
なにか声にならない悲鳴を聞いた気もするが、たぶん聞き間違いだろう。
いいから知ってることを吐いてくれないかな
あんまり実力行使とかはしたくない。
「テンプレートで悪いが、言わないならノエルかファリンを撃つぞ」
「脅迫のつもりなら無意味よ。あなたには撃てないでしょ?」
だって暗示があるものと言葉が続く前に、跳びかかって来そうだったノエルの膝関節を撃ってやる。
なんとか姿勢を保っていたところにこれだ。
彼女は自重を支えきれなくなって床に崩れ落ちてしまった。
あーぁ、だからやりたくなかったのに。まるで俺が悪者みたいじゃないか。
「そんな、暗示が……じゃあ、すずかが言ってたのは」
あ~いいっすね~。
ようやく、少しだけこっちに流れが来てるじゃないか。
「さて、次は頭を狙う。さっきのロボットと同じにしたくないなら、早めに知ってることを言ってくれ」
「なんで、家族には危害を加えないよう暗示をかけたのに!」
「すずかから聞いたんだろ。なら、そういうことだ」
そんなことはいいから教えるように促すと、忍は渋々といった感じで地下室の存在を明かした。
なんでも研究室があるらしい。
下かよ。そりゃ地面にソナー打たないと気づかないっすわ。
「そうか。じゃあ、それは回収させてもらう。安心しろ、お前らの敵は始末しておいた。もう解析は必要ない。いろいろと詳しいことは、恭也が起きたら聞いてくれ」
「まさか、殺した、の? 禁止したはずよね!」
「そうだな。暗示で、禁止されてたな」
息を飲むような声が聞こえる。
暗示がどこまで無効化しているのか、さっぱりわからなくなってきたんだろう。その調子で、もっと誤解してくれると助かる。
もしかしたら、ノエルの足を撃ったこともプラスに働いたのかもしれない。
俺が「ガチムチと同じにしたくなければ」と言った時点で、変に頭の回る彼女は勘ぐったことだろう。
ノエルとファリンがロボットだという記憶が、戻ったのかもしれないと。
実際は欠片も思い出せないが、思わせる分にはタダだ。
こんな重大事実、記憶を失う前の俺が見落とすとも思えないし。
「あの……ヤクモ、さん?」
「よう、すずか。顔が見えなくても、お前が今どんな表情なのかよくわかるよ」
きっと泣きそうな顔をしてるに違いない。
暗示の無効化も含めて、俺のことをいろいろと忍に喋ったみたいだからな。たぶん、良心とかが痛んで辛いんだろう。
もちろん、俺は「言うな」なんて言った覚えはない。
すずかが悪いことなんて欠片もないが、そこは本人の感性だ。結果的に告げ口をした形なのだから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
ただまあ、敢えて俺に思うところがあるとするならこれだ。
計画通り!
「気にするな。お前は悪くない」
そう、悪くない。
最近まで、本当の意味で自分のことを打ち明けられる相手がいなかったすずかのことだ。
なにもかも言ってしまえる俺の存在は、そう小さなものじゃなかっただろう。
隠しごとイコール友達に嘘を吐いているのと同じ、なんて考えてそうな節もある。今日までのストレスは、それなりに大きかったんじゃないかな。
正直、密告もかなり悩んだはずだ。
信頼を裏切っている、とか考えたかもしれない。
だが、そうしてでも自分のエゴで忍に俺の情報を流した。
そこに意味がある。
「私たちの暗示を、無効かなんて。自己言及のパラドックスだなんて、馬鹿げているわ!」
「そうだな。じゃあ、俺が本当に人を殺せないか試してみるか?」
普通にうるさいので、一刀両断で黙らせておく。
やったことに対する理解はあるが、許してやるほど優しいつもりはない。
すずかの関係者じゃなかったら、今ごろ不慮の事故で消してただろう。
妹に感謝しとけよ、マジで。
「さて、俺も忙しい。地下室への入口を教えるのと、俺が地面をぶち抜くのと。好きな方を選んでくれ」
「……私の書斎、右側の本棚に仕掛け扉があるわ」
素直でいいね。
とりあえず、もう一度ソナーを打って歩き出す。
流石のすずかも、今日は後ろからついてこなかった。
これでやっと目が開けられると息を吐き、不意にとんできた念話を繋げる。
『ちょっと! なんかいきなり降ってきたんスけど!!』
『おう、それ1体目な。もう1体回収して、そっちに送るから』
『もうちょい手加減してほしいッス……』
ご愁傷さま。
『ところで、さっき言ってた暗示の件。結局、どういうことなんスか』
『ん? 別に大した話じゃねえよ。俺が1回も暗示に逆らったことないってだけの話だな』
そう、俺はなに1つ逆らってはない。
命令無視のように月村家を飛び出して見せたが、あのときはすずかがはやての家にいたのだ。
彼女を守るために緊急出動しただけであって、暗示を無視できたわけじゃない。
あの哀れな主犯を排除したのだって、もとから倒す対象だったのだから問題ないだろう。
恭也を殴れたのは打倒の邪魔になったから、ノエルを撃てたのは家族じゃなくて所有物だから。どれもこれもへ理屈だが、嘘は言っていない。
最後の1機を潰すまでが打倒だ。
メイドズの存在も人格も認めるが、究極的には物だ。
これを理不尽と思うなら、もっとかっちりした規則を作るべきだったな。
例えば、家族を守るだけじゃなくて財産も守るとか。聞かれたことには偽りなく答えるじゃなくて、嘘は一切言わないとかだな。
契約って言うのは、縛るためにあるんだから細かく詰めた方がいいに決まってる。
『まあ、おかげさまで暗示は残ったままだ。あの場で命令とかされなくて助かったよ』
『うわあ、綱渡り感はんぱないッス』
手札が少ないんだから仕方ないだろ。
しかも、あとでセルフ暗示解除のイベントまで控えてるんだから勘弁してほしい。
またあのヘッドギア被って、脳内の整理と自己暗示の世界にゴーだ。
今から死にたくなってくるな。
『あっ、ところで処理業者の料金ッスけど』
『お前ら持ちに決まってんだろ! 俺に払わせるなら、今日の分の給料要求するからな』
『……こっちで払うッス』
こいつ、一瞬どっちが高いか考えやがったな。
まあ、安く見られてないだけマシか。
『はぁ……回収したロボットから装甲と使える部品をバラしとけ。売ればそれなりの値段になるだろうから、お前が捌くなら手数料と保管維持費で2割持って行っていい』
『流石! 愛してるッス!』
気持ち悪いと言いたいのをぐっと我慢して、目の前の本棚にソナーを打ち込む。
簡単な解析で手早く開いた道は、まるで俺の人生みたいに真っ暗な地下へと続いていた。
読者のほとんどが思っているだろう言葉を、私が代弁しましょう。
「なに言ってんだだこいつ?」
まあ、だんだん路線がおかしくなってきた気がするので、一連の流れが終わったら調子をギャグに戻します。
え? すずかシナリオ?
記憶の欠落が酷すぎて、ちょっと難航してます(白目
もうすぐこの章も終わるので、それに合わせて公開しようかな。
ね、年内に……たぶん……?