はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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54行きあたりハッタリ・前

 男の私室らしき場所で、ちょうどパソコンのプロテクトを突破したころのことだ。

 階下で小さな振動が走った気がする。

 再起動から20分経って、爆弾のタイマーが起動したんだろう。

 どうでもいい。

 

「聞こえるか。パソコンのデータをそっちへ流す。解析は任せるからな」

『了解ッス。しかし、始末しちゃってよかったんスか? これで記録が嘘なら、手がかりなくなるッスよ?』

「あの口ぶりじゃ、相手と直接会ったこともないんだろ。聞くだけ無駄だ」

 

 不満があるような念話の声に、鼻を鳴らすことで答える。

 実際、あの男は生き残るためならどんな屈辱でも耐えるだろう。そういうねじ曲がった根性が見え隠れしていた。

 あれは、命さえあればチャンスなんて何度でもあるとか考えているタイプだ。

 そんなやつが、死ぬかもしれないときに出し惜しみをするとは思えない。

 

『あー、事業拡大して月村財閥ともめたんスね。どうも形勢不利だったみたいッスよ』

「それで本人たちを狙うのか。事業内容から手を引けばよかったろうに」

『どうも徹底的に潰されたみたいッスね。他の事業でも月村が対立してきて、経営は火の車って感じッス。デカイ家に1人で住んでるのも、その辺が理由なんじゃないッスか?』

「あの女、自分で蒔いた種かよ」

 

 頭が痛いな。

 もう少し、穏便に解決する方法を考えて欲しい。

 とりあえず敵は全て粉砕なんて、思想があまりに世紀末すぎる。

 

「世の中、もう少し優しさがあってもいいと思うがな」

『こっちは潤うんスから、それは言わない約束ッスよ』

 

 まったくだ。

 平和が蔓延するなら、俺らは今ごろ食いっぱぐれてるだろう。

 それが良いか悪いかは別にして。

 

「……ん? あぁ、少し解析を急いでくれるか?」

『増援ッスか?』

「いや、個人的なお客さんだ。気配を察知する天性でもあるのか、こっちに直行してる」

 

 流石に拠点潰しのとき、感覚だけでガチムチ1号の存在に気づいただけはある。

 一応、玄関にサーチャーを仕掛けておいてよかった。

 正義の味方が、あの状況に居合わせたら怒り狂っていただろう。

 

『お、仕入れ伝票あったッスよ。えっと……買ったのは20機みたいッスね。今、こっちの業者リストと照会するッス』

「手早くな。客はこっちで誘導しておくから、ここの処理業者も呼んでおいてくれ。死体が1に機動兵器が13――」

 

 ん? 13?

 ちょっと待て。全部で20機の仕入れで、ここにいたのが13機?

 最初に1機。はやての家で4機。ここで13機。

 あと2機はどこいった。

 

「おい、ホントに20機か?」

『そうッス。全部で20と、他は武器類を仕入れてるみたいッスね』

「不味いな、2機ぐらい足りない」

 

 マジッスか!? と店員の焦った声が頭に響く。

 うるさいと言いたいが、こっちもそれどころじゃない。

 乱暴にドアが開け放たれ、肩で息をする恭也が現れたからだ。

 目が血走っている辺り、宥めて落ち着く感じでもないだろう。

 

「よくここがわかったな」

「黙れ。ここに来る途中、嫌な物を見て気が立ってるんだ」

 

 ああ、死体を見てきたのか。

 通りで、玄関を通過してから時間があると思った。

 

「さっきまでなら遊んでやる時間もあったが、少し状況が変わった。部屋の隅で大人しくしててくれないか?」

「お前を殴り倒したあとなら、そうしてやる」

 

 GPS情報を検索中、もうちょい待つッスと念話が飛んでくる。

 見つかるまでは下手に動くだけ体力の無駄だろう。

 どうせ居場所さえわかってしまえば、こちらはショートジャンプで直行できる。

 だが、問題は恭也だ。

 転移魔法の展開には多少のラグがある。

 その小さな隙を、おそらくこいつは見逃さない。

 むしろ、チャンスとばかりに斬りかかってくるだろう。

 

「仕方ないな。前に言った魔法の優位を、今から実地で教えてやる」

「そんなこと言っていいのか? 俺の間合いだぞ」

 

 ぐっと姿勢を落として、恭也が刀に手を掛ける。

 入口から俺の位置まで、だいたい4mといったところか。

 成り金の私室は広くて助かるな。

 

「お前はなにか勘違いしてるな。俺の本領は中から遠距離戦であって、今は俺の間合いだ」

 

 うるさい! と叫びながら、恭也が1歩目を踏み込んでくる。

 全身を砲弾のようにして突っ込んでくる姿は勇ましいが、残念ながらそれだけだ。

 例え間合いだとしても、刃が到達するのに数秒もあっては意味がない。

 

「バラージショット、トリプルアクション」

 

 魔法を展開し、3つの弾丸を生成。

 そのうち1つ目を直進させ、2つ目を右から大きく迂回させる。

 わずかに目配せをして、恭也はこの2つを迎撃することにしたらしい。

 大きく右に跳ぶことで、迂回する弾丸との距離を稼ぎにきた。

 

「一応、ヒントをやろう。バラージショットは、何種類かの魔力弾を同時に撃ち出す魔法だ」

「だからどうした!」

 

 叫びながら、恭也は正面のスフィアを横凪に両断する。

 生身で魔法を斬れるだけでも異常だが、打倒したいならまだ足りない。

 斬られたスフィアは哀れ爆散、恭也も巻き込んで広範囲を吹き飛ばす。

 床をごろごろと転がる姿は、見ていてとても痛そうだ。

 炸裂系の魔力弾は、確か拠点襲撃のときにも見せたはずなんだけどな。

 

「ぐ、うっ……」

「ほら、追撃がくるぞ」

 

 ハッと恭也が振り向いた先には、迂回していた魔力弾が迫っている。

 今度は警戒して避けるつもりらしいが、残念なことにそれはバックショット弾だ。

 直前で弾け、無数の雨が横殴りに相手を襲う。

 当然のように避けきれなかった恭也が、威力に押されて入り口へと逆戻りした。

 片膝をついたままだが、逆に倒れていないとかパナい。

 

「さて、ここに1発残ってるわけだが。バックショットとグレネード、どっちだと思う?」

「……っ」

 

 答えもないままに、再び恭也は突進してきた。

 姿勢は地面に付きそうなほど低く、更に小刻みなフェイントが織り込まれている。

 正直、早すぎて目が追いつかない。

 生身ってなんだっけ。

 

「もらったぞ!」

「バカ、これは幻影で本体は上だ」

 

 俺の言葉に、一瞬だけ恭也の意識が上を向く。

 あれ、今のハッタリは癖で出ただけだったんだけど。

 まさか引っかかるなんて、たまげたなぁ。

 そもそも、戦闘スタイルを見直した方がいいと思う。

 斬るときは律儀に真っ正面から来る辺り、本人の性格は出てると思うんだけどね。

 おかげさまで、手元の加速弾を叩き込みやすくて仕方ない。

 顎をアッパー気味に打ち上げ、形振り構わず振り下ろされた刃は防御魔法で防ぐ。

 届いたはずの攻撃が通らず、恭也が驚きで目を見開いていた。

 例え、これが完璧な一撃であっても同じ結果だっただろう。

 スフィアを斬るのと、防御魔法を斬るのでは意味が違いすぎる。

 結局のところ、この布陣を魔法なしで突破するのは無謀という証明になったが。

 まあ手の内がわからない相手へ突っ込んでくる時点で、この結果は確定していただろう。

 

「魔法を食らった感想は?」

「な、んで……」

 

 いいところに入ったせいか、仰向けに倒れたままよくわからないことを呟いている。

 脳震盪かな?

 そのまま大人しくしててくれると助かるね。

 

「安心しろ、あとですずかの家まで送ってやる。お前を始末するメリットがないし、士朗さんを敵に回したくないからな」

 

 だって、あの人かなり怖いんだもの。

 魔法があっても勝てる見込みが五分五分なところとか、ホントにやばい。

 実はあと2回変身を残してるとか言われても、普通に納得できそうだから困る。

 

『あっ、終わったッスか?』

「一応な。そっちはどうだ」

『良い知らせと悪い知らせと悪い知らせがあるッス』

「……泣いてもいいか?」

 

 気持ち悪いッスからやめてください、と一蹴されて涙以外のなにかが込み上げてきた。

 戻ったら一発殴ろう。

 そう心に誓って、念話を口頭から思考へと切り替える。

 恭也の意識は朦朧としているが、万が一にも聞かれたらめんどくさい。

 

『じゃあ、さくっと良い報告からいくッス』

『それ最後に絶望しか残ってなくね?』

『……見あたらない2機の内、1機は少し前に撃墜されてるみたいッスね。だから、残りは1機ッス』

 

 こいつ無視しやがった。まあいいけど。

 とりあえず、残りの数がわかったのはいいことだ。

 あとはさっさと回収すれば、それでお終いにできる。

 

『こっからが悪い報告ッス。流してもらったデータの中に、ロボットの状態や位置情報をGPSで管理するソフトがあったんスけど』

『ん? それは良い報告なんじゃないのか?』

『いえ……管理ソフトによると、現状で最後の1機は戦闘モードに入ってるッス』

 

 ん? う、ん? えぇっと……

 つまり、どういうことだってばよ?

 

『位置情報は、ついさっき月村邸の真上に重なったッス……』

「ファッ!?」

 

 おい待て。

 それってお前、ちょっ、うわああああああああ!!

 

「やばい! 斥候? いや、威力偵察? ナンデ!? ニンジャナンデ!?」

『落ち着きましょうよ。流石に慌てすぎじゃないッスか?』

『まあ、そうなるな』

『いや、それは冷静になりすぎじゃないッスかね!?』

 

 うるせぇ。

 こちとら頭の中が凄いことなってんだよ察しやがれください!

 

『仕方ない。今すぐ急行するから、ここの処理だけ任せる』

『ずいぶん急ぐッスね。暗示とやらは、思考矛盾かなんかで無効化したとか言ってなかったスか?』

 

 ああ、アレね。

 自己言及のパラドックス。

 クレタ人がクレタ人は嘘吐き、はっきりわかんだねって言うやつだ。

 

『お前、あれ本気で信じてんの?』

『……え?』

 

 ちょっと面倒な展開になってきたな。

 そりゃ、元から月村邸には車とか取りに行かないとダメだったんだけどさ。

 もうちょい後に回そうと思ってたのに。

 このタイミングだと、あれが上手いこといってるかどうか五分五分だよ。

 

『え、ちょ、え?』

『おい、そっちでシステムに割り込めないのか? 攻撃中止命令とか』

『あぁっと、その辺はやってるんスけど。ちょっと時間が必要ッスね。解除したころには、血の海になってるかと? っていうか、え?』

 

 なるほど、やっぱり行かないとダメなパティーンですね本当にありがとうございます。

 今まで思い通りになったことなんてないけどね。そろそろ1回くらい、運命の神様がデレてくれてもいいんじゃないかな。

 

『ちょっと、どういうことッスか!』

『うるせぇな。思考矛盾? 優先順位? お前バカだろ。魔導師は人間だぞ? そんな機械みたいに命令文の差し込みなんてできるわけないだろいい加減にしろ!』

『いや、あんたがいい加減にしてほしいッス!!』

 

 聞こえない聞こえない。

 とりあえず急ぐから、と適当に念話を切断して恭也を拾う。

 処理業者が来るだろうし、置いとくわけにもいかんわな。

 

「さて、出たとこ勝負が多くて泣きたくなるね」

 

 思わず出た吐息が、足元で加速する魔法陣に食われた気がする。

 

「ショートジャンプ」

 

 発動キーを小さく呟けば、問答無用で風景は切り替わった。

 




果たして伏線とはなんだったのか、うごごご

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