はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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前回、3年後の更新とか言ってたのがリアルになるところでした。
お待たせしてすいませんm(._.)m

いつもなら、ここから文字数合わせや文章のブラッシュアップをするのですが。
今回はそんな余裕ありませんでした。
ですので、文字数が楽しいことになっています。
ノーカット版だと思って許してください……


53根を立って人を枯らす

 夜も更けて、誰もが眠りにつきかけた頃。

 一部だけ明かりが残った中古車販売所に、2人分の影があった。

 片方は店員の格好をした若い男で、もう片方はナナミ・ヤクモのものだ。

 彼らは対面に座った状態で、気怠そうにため息を吐く。

 

「で、結局どこが売りつけたのかはわからなかったと」

「申し訳ないッス。表も裏もルートの監視はしてるんで、これ以上の流入はないと思うッスけど」

 

 話題に上がっているのは、魔法技術を詰め込んだガチムチロボについてだ。

 構造上はともかく、中身は地球の技術を軽く越えた代物。こんなものを放っておけば、管理局の介入は時間の問題だろう。

 そして、そうなったときに困るのはヤクモだけじゃない。

 今日まで違法なやりとりをしていた業者たちが、一斉に危ない立場へとなってしまうのだ。

 なにごとも、やり過ぎはよくない。

 

「こっちの業界にも、ある程度のルールってのはあるんスけどね。どこのアホか知りませんけど、いい迷惑ッス」

「同感だな。持ち主の情報は手に入ったんだろ? 仕方ないから、そっちに聞くしかないな」

 

 教えてくれるか以前に、知ってるかの問題だけどな。とヤクモが付け加えると、再び2人してため息を漏らす。

 偽装工作くらい、どこでもやっている。

 連絡先が偽物でした。名前も偽名でした。会社もありませんでした。

 いざ調べてみたら、そういう結果になることも珍しくはない。

 もっと言うなら、売り付けたのは魔法世界の関係者だろう。

 場合によるが、もうここにいないという可能性もある。

 

「幸い、今は次元断層がある。管理局も、今回のことはキャッチしてないはずだ。なんとか2年以内に全機を回収処分できれば……」

「どれだけ持ち込まれたのか知ってるんスか?」

 

 苦い表情のヤクモは、店員の一言を聞いて更に顔をしかめた。

 それがわかっているなら、今頃お互いに動いている。

 こんなところで油を売っているのは、そこがわからないからだ。

 

「製造者に、いったい何機造ったのかは問い合わせてる。今は返事待ちだ。ただ、そのうちどれだけが地球に来てるかなんて知らんだろうけどな」

「……じゃあ、全部来てるって最悪のパターンも考えた方がいいんスね」

 

 何気なく出た言葉に、彼らの目から光が消えた。

 ただの事実確認で、ここまでの絶望を突きつけられるとは思いもしない。

 2人はどこか遠くを見つめて、軽く現実逃避へ走る。

 まあ、だからどうなるわけでもないのだが。

 

「言ってても仕方ないから、とりあえず行ってくる。持ち主の方のアホは?」

「所在なら調べといたッス。あとは、ささやかな贈り物をそこに」

 

 店員が指差す方を見て、ヤクモは首を傾げた。

 そこには、やけに細長いアタッシュケースがある。

 銃器の類というには小さいが、追加の装備で必要なものも今はない。

 車のパーツまで視野に入れ、いったいなに排気筒なんだ! と考えたところでアホらしくなった。

 さっさと近寄って、蓋を開ける。

 

「ほう、これはこれは。なるほどね。よく持ち込んだな」

「そりゃもう。お客さんには期待してるッスからね」

 

 アタッシュケースの中身を引っ張り出しながら、ヤクモは同封された紙切れに目を落とす。

 表面に書かれた文字へ視線を滑らせ、彼は薄く笑った。

 

「さあ、仕事の時間だ」

 

 言葉と同時に、小さな魔法陣が展開。紙切れは一瞬で分解された。

 

 

 遠くから響く散発的な音に、男は書斎の机から立ち上がれないまま息を飲む。

 日本では聞き慣れない発砲音と、ときおり小さな振動まで伝わってくる。

 明らかな異常事態に、しかし彼は一歩も動けない。

 それは果たして恐怖からか、あるいは心のどこかに余裕があるからか。

 本当のところは、彼自身にもわからない状態だった。

 

(いや、違う! 大丈夫、大丈夫だ。高い金を払って買ったロボットがあるんだから、大丈夫なはずなんだ)

 

 自分を納得させるように言い聞かせ、知らずに止まっていた呼吸を再開する。

 忘れていた分を取り戻すため、肺が目一杯の空気を取り込み心臓は早鐘のように鳴っていた。

 彼が購入した兵器は、月村に協力している剣士とも互角以上に渡り合っている。

 実際、初見のときは向こうが逃げたくらいだ。あのときに見失っていなければ、今ごろは全ての決着が付いていただろう。

 2度目は流石に対応されたが、あの強靱な装甲は簡単に刃を通さない。

 一進一退の攻防を繰り広げ、ギリギリ剣士が勝利したが。それはつまり、多数で攻めれば圧倒できるという証明となった。

 

「そうだ、なにを臆病になっていたのか。1体ずつぶつけるから負けていただけで、数を揃えれば……」

 

 そこまで言って、彼はふと思い出す。

 クリスマスの夜に投入した4機が、全て沈黙させられた事実を。

 あの場に厄介な剣士はいなかったはずだ。ならば、対応したのは最近新しく現れた月村の協力者だろう。

 強靱なロボットを一瞬で、しかも4機同時に叩き潰せる実力者。そんなのが敵にいるのかと、思考が絶望に染まりかける。

 

(いや、違う。きっと剣士も駆けつけたんだ。2人でなんとかしたに違いない)

 

 それでも剣士が同時に倒せるのは1体。少なくとも3体は同時に撃破されているという事実から、彼は必死に目を逸らして爪を噛んだ。

 逃げるべきかもしれない。

 いくつかの隠れ家をピックアップして、しかしどれもが襲撃で潰されていたことを思い出す。

 これも剣士と未知の協力者がやったことだ。

 

「クソッ! クソがッ!! なんで俺ばっかり――」

 

 そこで、彼は不意に気付く。

 さっきまで響いていた音も振動も、今はすっかり止んでいる事実に。

 耳が痛くなるほどの静寂が、空気を包んでいる。

 

(……どうなった?)

 

 自分の鼓動がやけに大きく聞こえ、呼吸や唾を飲む音すらもうるさくてたまらない。

 しばらくの静寂を置いてから、ゆっくりとドアが開いていく。

 開け放たれた向こう側で、闇に誰かの影が浮かび上がっていた。

 

「だ、誰だ!!」

 

 思わず出た怒鳴り声に、しかし応えはこない。

 代わりに音もなく進み出て、ロボットが姿を現した。

 頼もしい味方が、ただ悠然と立ち尽くしている。

 

「……は、ははっ……勝った。勝ったぞ!」

「よくわからんが、それはおめでとう」

 

 不意に背後から声が来て、男は硬直した。

 咄嗟に振り向けるはずもない。

 一気に血の気が引いて、寒さすら感じられる。

 息苦しい。どれだけ吸っても、酸素が入ってこないような錯覚があった。

 

「どうした、少し落ち着け」

 

 どこまでもフラットで、感情の乗らない『音』に背筋を撫でられる。

 これが本当に人の声なのか、本気で疑いたくなるほど温度を感じない。

 全身が総毛立っていた。ぞわりと、首筋を不快ななにかが駆け抜けていく。

 

「調子が悪そうだな。まあ、座るといい」

 

 声と同時に、後ろから椅子が差し込まれる。

 膝裏を強く打たれた男は、吸い込まれるように椅子へと落ちた。

 同時に、目の前のロボットも数センチ落ちて倒れこむ。

 立っていたのではない。なにかに吊るされて、立っているように見えただけだ。

 その事実を理解して、男の体が震えだす。

 喉の奥から水分が消え、息を吸うごとに針を飲むような痛みが走る。

 

「拠点潰しのときに1機。この間の襲撃で4機。ここに来て13機。ずいぶんと数を用意したな。いったい何体ほど仕入れたんだ?」

 

 声が、静かな足音を伴って誰かは男の背後へ回ってくる。

 先ほどまでとは打って変わって、わざと気配をさとらせる動きだ。

 逃げなくては。

 不意に浮かんだ思考のまま、男は立ち上がろうとして失敗する。

 いつの間にか、手足が光の輪で椅子に拘束されているからだ。

 半ばつんのめるようにして、椅子ごと顔面から落ちていく。

 

「凄い音がしたな。前歯が折れたんじゃないか?」

 

 顔に滑りを感じるのは、鼻血が出たからか。

 混乱する男は、襟を掴まれて無理やり椅子ごと持ち上げられた。

 元の位置に戻されたあと、ああと納得するような声が続く。顔の横から右手が伸びてきて、鼻を掴まれたかと思った瞬間に激痛が走った。

 やたらと固い指に引っ張られ、パキッと小さな音が鳴る。

 

「ガァアッ!?」

「ほら、これで鼻の骨は大丈夫だ。感謝の代わりに、どこで、誰から、どれだけ仕入れたのか教えてくれ」

「ふ、ふざけるな! 俺が勝ってたんだ! もう少しで勝てたはずだったんだ!!」

「これだけ派手にやったんだ。どうせ、別の依頼で潰しに来てたとは思うが……まあ、この調子だと提供者に担がれただけだな。ご愁傷様」

 

 心底どうでもよさそうな声に続いて、後ろから再び手が伸びてきた。

 今度は、その延長に銃を握った左手だ。

 待て! と男の声が叫ぶ前に、弾丸が飛び出す。

 膝に突き刺さる痛みと、顔に当たった排莢の熱さが彼を襲う。

 どうして! なんで! と喚く姿に、背後の誰かがため息を吐いた。

 

「ここで朗報だ。今、俺はいろいろあって人が殺せない。つまり、お前を始末することはできない。まあ、死にたくても死ねない拷問ならできるが。少し時間がかかりすぎる」

 

 これも却下だな、と救いの言葉を聞いた男は笑みを作る。

 死ななければ、仕切り直しが可能だ。

 いろいろの意味はわからなかったが、やり直せるなら次こそは勝てるだろう。

 足りなかった情報も、今度は完璧に揃えて挑む。

 そんな算段をたてている途中で、また腕が伸びてきた。

 撃たれると身構え、なんとしても耐えてやると腹を括るが。しかし、決意を裏切るように銃撃は来ない。

 

「どうも根性だけはあるらしい。だから、ここらで悲報も伝えておこう。これ、なんだと思う?」

 

 差し出された手に銃はなかった。

 代わりに四角いプラスチックの箱からコードが伸びた、なんだかよくわからない物を摘んでいる。

 いったいそれがなんなのか。

 思い当たる前に、男の正面で動きがあった。

 間接から軋む音を発しつつ、崩れ落ちたロボットがやおら立ち上がろうとしている。

 だが、何度か挑戦して二足歩行は無理だと判断したのだろう。ならばと、緩慢な動作で這いずるように進み始めた。

 

「は?」

「これな、識別装置の補助モジュールなんだ。レンズで読み込んだ顔情報と、メモリ内の情報を参照する装置って言えばわかるか?」

 

 目の前にぶら下がった機械と、正面のロボットを見て男は考える。

 識別装置が正常に機能していないということは、いったいどういうことだろうかと。

 確か、自分は敵を殲滅するように命令を出したはずだ。

 敵と味方の区別がつかない場合、それがどうなるのか。

 

「俺は人を殺せないが、勝手に死ぬのを止める義理はないな」

 

 後ろから伸びていた手が、すうっと透けるように消えていく。

 残った機械が膝上に落とされ、ここまで来てようやく男は理解した。

 あのロボットは、見えるもの全てを敵だと認識している。このままでは、間違いなく自分が死んでしまうと。

 

「頼む! 話を! 話を聞いてくれ!!」

「俺が聞きたいのは命乞いじゃない。そこで元気に這いつくばっているおもちゃの出所だ」

「パソコン! パソコンだ!! 私の部屋にあるパソコンの中に、業者とやり取りしたメールが残ってる!! 頼む! 頼むからあれを止めてくれっ!!」

「メールか……使えんな。どうせフリーメールだ。IPを辿ったところでなにも出ないな」

「他にも、他にもある! えっと、えぇっと……そう、そうだ電話! 連絡するときの手段も、まとめてパソコンに入っている! 全部持って行ってくれていい! だから――」

 

 その先を言う前に、ロボットが男の足を掴んだ。

 体をよじ登るようにして、ゆっくりとそれは立ち上がる。

 

「た、たすけ……」

「ああ、すまない。そいつには簡易の爆薬を仕掛けたんでな。その位置だと、破壊したらお前が死んでしまう」

 

 だから、手は出せそうもない。

 平坦な声で告げられた言葉が、完璧な死刑宣告だった。

 振り上げられたロボットの腕が、顔面に向かってふってくる。

 痛い。

 だが関節が故障しているせいか、壁を砕くほどの威力は出ていないようだ。

 痛い。

 それでも、頬の骨が砕ける音がした。

 痛い。

 また鼻が折れたのか、熱くどろりとした液体が喉に流れていく。

 痛い。

 片目が押しつぶされたが、もう声も出ない。

 

「ご、ろじで……」

「安心しろ。そのうち死ぬ」

 

 冷たい声が、遠くで聞こえる。

 書斎の入口が静かに閉められたのを、男は最後に残った目で見た気がした。

 




パソコンや原稿どもが夢の跡……

 あれほど書き溜めていた原稿たちも、ハード吹っ飛んだことで滅んでしまった。という感傷に浸った松尾芋が、必死に脳内バックアップをサルベージしている途中に詠んだ句です。


ま、まあ! 脳内バックアップはありましたし! なんとか致命傷で済んだというか!
ねっ!!(錯乱



なお、本編のプロットとすずかの原稿が消し飛んでいます。
火もすずかのラストだけは復旧させましたが、他は今必死になって書いています。
許してください! なんでもしますから!!

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