お待たせしてすいませんm(._.)m
いつもなら、ここから文字数合わせや文章のブラッシュアップをするのですが。
今回はそんな余裕ありませんでした。
ですので、文字数が楽しいことになっています。
ノーカット版だと思って許してください……
夜も更けて、誰もが眠りにつきかけた頃。
一部だけ明かりが残った中古車販売所に、2人分の影があった。
片方は店員の格好をした若い男で、もう片方はナナミ・ヤクモのものだ。
彼らは対面に座った状態で、気怠そうにため息を吐く。
「で、結局どこが売りつけたのかはわからなかったと」
「申し訳ないッス。表も裏もルートの監視はしてるんで、これ以上の流入はないと思うッスけど」
話題に上がっているのは、魔法技術を詰め込んだガチムチロボについてだ。
構造上はともかく、中身は地球の技術を軽く越えた代物。こんなものを放っておけば、管理局の介入は時間の問題だろう。
そして、そうなったときに困るのはヤクモだけじゃない。
今日まで違法なやりとりをしていた業者たちが、一斉に危ない立場へとなってしまうのだ。
なにごとも、やり過ぎはよくない。
「こっちの業界にも、ある程度のルールってのはあるんスけどね。どこのアホか知りませんけど、いい迷惑ッス」
「同感だな。持ち主の情報は手に入ったんだろ? 仕方ないから、そっちに聞くしかないな」
教えてくれるか以前に、知ってるかの問題だけどな。とヤクモが付け加えると、再び2人してため息を漏らす。
偽装工作くらい、どこでもやっている。
連絡先が偽物でした。名前も偽名でした。会社もありませんでした。
いざ調べてみたら、そういう結果になることも珍しくはない。
もっと言うなら、売り付けたのは魔法世界の関係者だろう。
場合によるが、もうここにいないという可能性もある。
「幸い、今は次元断層がある。管理局も、今回のことはキャッチしてないはずだ。なんとか2年以内に全機を回収処分できれば……」
「どれだけ持ち込まれたのか知ってるんスか?」
苦い表情のヤクモは、店員の一言を聞いて更に顔をしかめた。
それがわかっているなら、今頃お互いに動いている。
こんなところで油を売っているのは、そこがわからないからだ。
「製造者に、いったい何機造ったのかは問い合わせてる。今は返事待ちだ。ただ、そのうちどれだけが地球に来てるかなんて知らんだろうけどな」
「……じゃあ、全部来てるって最悪のパターンも考えた方がいいんスね」
何気なく出た言葉に、彼らの目から光が消えた。
ただの事実確認で、ここまでの絶望を突きつけられるとは思いもしない。
2人はどこか遠くを見つめて、軽く現実逃避へ走る。
まあ、だからどうなるわけでもないのだが。
「言ってても仕方ないから、とりあえず行ってくる。持ち主の方のアホは?」
「所在なら調べといたッス。あとは、ささやかな贈り物をそこに」
店員が指差す方を見て、ヤクモは首を傾げた。
そこには、やけに細長いアタッシュケースがある。
銃器の類というには小さいが、追加の装備で必要なものも今はない。
車のパーツまで視野に入れ、いったいなに排気筒なんだ! と考えたところでアホらしくなった。
さっさと近寄って、蓋を開ける。
「ほう、これはこれは。なるほどね。よく持ち込んだな」
「そりゃもう。お客さんには期待してるッスからね」
アタッシュケースの中身を引っ張り出しながら、ヤクモは同封された紙切れに目を落とす。
表面に書かれた文字へ視線を滑らせ、彼は薄く笑った。
「さあ、仕事の時間だ」
言葉と同時に、小さな魔法陣が展開。紙切れは一瞬で分解された。
‡
遠くから響く散発的な音に、男は書斎の机から立ち上がれないまま息を飲む。
日本では聞き慣れない発砲音と、ときおり小さな振動まで伝わってくる。
明らかな異常事態に、しかし彼は一歩も動けない。
それは果たして恐怖からか、あるいは心のどこかに余裕があるからか。
本当のところは、彼自身にもわからない状態だった。
(いや、違う! 大丈夫、大丈夫だ。高い金を払って買ったロボットがあるんだから、大丈夫なはずなんだ)
自分を納得させるように言い聞かせ、知らずに止まっていた呼吸を再開する。
忘れていた分を取り戻すため、肺が目一杯の空気を取り込み心臓は早鐘のように鳴っていた。
彼が購入した兵器は、月村に協力している剣士とも互角以上に渡り合っている。
実際、初見のときは向こうが逃げたくらいだ。あのときに見失っていなければ、今ごろは全ての決着が付いていただろう。
2度目は流石に対応されたが、あの強靱な装甲は簡単に刃を通さない。
一進一退の攻防を繰り広げ、ギリギリ剣士が勝利したが。それはつまり、多数で攻めれば圧倒できるという証明となった。
「そうだ、なにを臆病になっていたのか。1体ずつぶつけるから負けていただけで、数を揃えれば……」
そこまで言って、彼はふと思い出す。
クリスマスの夜に投入した4機が、全て沈黙させられた事実を。
あの場に厄介な剣士はいなかったはずだ。ならば、対応したのは最近新しく現れた月村の協力者だろう。
強靱なロボットを一瞬で、しかも4機同時に叩き潰せる実力者。そんなのが敵にいるのかと、思考が絶望に染まりかける。
(いや、違う。きっと剣士も駆けつけたんだ。2人でなんとかしたに違いない)
それでも剣士が同時に倒せるのは1体。少なくとも3体は同時に撃破されているという事実から、彼は必死に目を逸らして爪を噛んだ。
逃げるべきかもしれない。
いくつかの隠れ家をピックアップして、しかしどれもが襲撃で潰されていたことを思い出す。
これも剣士と未知の協力者がやったことだ。
「クソッ! クソがッ!! なんで俺ばっかり――」
そこで、彼は不意に気付く。
さっきまで響いていた音も振動も、今はすっかり止んでいる事実に。
耳が痛くなるほどの静寂が、空気を包んでいる。
(……どうなった?)
自分の鼓動がやけに大きく聞こえ、呼吸や唾を飲む音すらもうるさくてたまらない。
しばらくの静寂を置いてから、ゆっくりとドアが開いていく。
開け放たれた向こう側で、闇に誰かの影が浮かび上がっていた。
「だ、誰だ!!」
思わず出た怒鳴り声に、しかし応えはこない。
代わりに音もなく進み出て、ロボットが姿を現した。
頼もしい味方が、ただ悠然と立ち尽くしている。
「……は、ははっ……勝った。勝ったぞ!」
「よくわからんが、それはおめでとう」
不意に背後から声が来て、男は硬直した。
咄嗟に振り向けるはずもない。
一気に血の気が引いて、寒さすら感じられる。
息苦しい。どれだけ吸っても、酸素が入ってこないような錯覚があった。
「どうした、少し落ち着け」
どこまでもフラットで、感情の乗らない『音』に背筋を撫でられる。
これが本当に人の声なのか、本気で疑いたくなるほど温度を感じない。
全身が総毛立っていた。ぞわりと、首筋を不快ななにかが駆け抜けていく。
「調子が悪そうだな。まあ、座るといい」
声と同時に、後ろから椅子が差し込まれる。
膝裏を強く打たれた男は、吸い込まれるように椅子へと落ちた。
同時に、目の前のロボットも数センチ落ちて倒れこむ。
立っていたのではない。なにかに吊るされて、立っているように見えただけだ。
その事実を理解して、男の体が震えだす。
喉の奥から水分が消え、息を吸うごとに針を飲むような痛みが走る。
「拠点潰しのときに1機。この間の襲撃で4機。ここに来て13機。ずいぶんと数を用意したな。いったい何体ほど仕入れたんだ?」
声が、静かな足音を伴って誰かは男の背後へ回ってくる。
先ほどまでとは打って変わって、わざと気配をさとらせる動きだ。
逃げなくては。
不意に浮かんだ思考のまま、男は立ち上がろうとして失敗する。
いつの間にか、手足が光の輪で椅子に拘束されているからだ。
半ばつんのめるようにして、椅子ごと顔面から落ちていく。
「凄い音がしたな。前歯が折れたんじゃないか?」
顔に滑りを感じるのは、鼻血が出たからか。
混乱する男は、襟を掴まれて無理やり椅子ごと持ち上げられた。
元の位置に戻されたあと、ああと納得するような声が続く。顔の横から右手が伸びてきて、鼻を掴まれたかと思った瞬間に激痛が走った。
やたらと固い指に引っ張られ、パキッと小さな音が鳴る。
「ガァアッ!?」
「ほら、これで鼻の骨は大丈夫だ。感謝の代わりに、どこで、誰から、どれだけ仕入れたのか教えてくれ」
「ふ、ふざけるな! 俺が勝ってたんだ! もう少しで勝てたはずだったんだ!!」
「これだけ派手にやったんだ。どうせ、別の依頼で潰しに来てたとは思うが……まあ、この調子だと提供者に担がれただけだな。ご愁傷様」
心底どうでもよさそうな声に続いて、後ろから再び手が伸びてきた。
今度は、その延長に銃を握った左手だ。
待て! と男の声が叫ぶ前に、弾丸が飛び出す。
膝に突き刺さる痛みと、顔に当たった排莢の熱さが彼を襲う。
どうして! なんで! と喚く姿に、背後の誰かがため息を吐いた。
「ここで朗報だ。今、俺はいろいろあって人が殺せない。つまり、お前を始末することはできない。まあ、死にたくても死ねない拷問ならできるが。少し時間がかかりすぎる」
これも却下だな、と救いの言葉を聞いた男は笑みを作る。
死ななければ、仕切り直しが可能だ。
いろいろの意味はわからなかったが、やり直せるなら次こそは勝てるだろう。
足りなかった情報も、今度は完璧に揃えて挑む。
そんな算段をたてている途中で、また腕が伸びてきた。
撃たれると身構え、なんとしても耐えてやると腹を括るが。しかし、決意を裏切るように銃撃は来ない。
「どうも根性だけはあるらしい。だから、ここらで悲報も伝えておこう。これ、なんだと思う?」
差し出された手に銃はなかった。
代わりに四角いプラスチックの箱からコードが伸びた、なんだかよくわからない物を摘んでいる。
いったいそれがなんなのか。
思い当たる前に、男の正面で動きがあった。
間接から軋む音を発しつつ、崩れ落ちたロボットがやおら立ち上がろうとしている。
だが、何度か挑戦して二足歩行は無理だと判断したのだろう。ならばと、緩慢な動作で這いずるように進み始めた。
「は?」
「これな、識別装置の補助モジュールなんだ。レンズで読み込んだ顔情報と、メモリ内の情報を参照する装置って言えばわかるか?」
目の前にぶら下がった機械と、正面のロボットを見て男は考える。
識別装置が正常に機能していないということは、いったいどういうことだろうかと。
確か、自分は敵を殲滅するように命令を出したはずだ。
敵と味方の区別がつかない場合、それがどうなるのか。
「俺は人を殺せないが、勝手に死ぬのを止める義理はないな」
後ろから伸びていた手が、すうっと透けるように消えていく。
残った機械が膝上に落とされ、ここまで来てようやく男は理解した。
あのロボットは、見えるもの全てを敵だと認識している。このままでは、間違いなく自分が死んでしまうと。
「頼む! 話を! 話を聞いてくれ!!」
「俺が聞きたいのは命乞いじゃない。そこで元気に這いつくばっているおもちゃの出所だ」
「パソコン! パソコンだ!! 私の部屋にあるパソコンの中に、業者とやり取りしたメールが残ってる!! 頼む! 頼むからあれを止めてくれっ!!」
「メールか……使えんな。どうせフリーメールだ。IPを辿ったところでなにも出ないな」
「他にも、他にもある! えっと、えぇっと……そう、そうだ電話! 連絡するときの手段も、まとめてパソコンに入っている! 全部持って行ってくれていい! だから――」
その先を言う前に、ロボットが男の足を掴んだ。
体をよじ登るようにして、ゆっくりとそれは立ち上がる。
「た、たすけ……」
「ああ、すまない。そいつには簡易の爆薬を仕掛けたんでな。その位置だと、破壊したらお前が死んでしまう」
だから、手は出せそうもない。
平坦な声で告げられた言葉が、完璧な死刑宣告だった。
振り上げられたロボットの腕が、顔面に向かってふってくる。
痛い。
だが関節が故障しているせいか、壁を砕くほどの威力は出ていないようだ。
痛い。
それでも、頬の骨が砕ける音がした。
痛い。
また鼻が折れたのか、熱くどろりとした液体が喉に流れていく。
痛い。
片目が押しつぶされたが、もう声も出ない。
「ご、ろじで……」
「安心しろ。そのうち死ぬ」
冷たい声が、遠くで聞こえる。
書斎の入口が静かに閉められたのを、男は最後に残った目で見た気がした。
パソコンや原稿どもが夢の跡……
あれほど書き溜めていた原稿たちも、ハード吹っ飛んだことで滅んでしまった。という感傷に浸った松尾芋が、必死に脳内バックアップをサルベージしている途中に詠んだ句です。
ま、まあ! 脳内バックアップはありましたし! なんとか致命傷で済んだというか!
ねっ!!(錯乱
※
なお、本編のプロットとすずかの原稿が消し飛んでいます。
火もすずかのラストだけは復旧させましたが、他は今必死になって書いています。
許してください! なんでもしますから!!