はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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51開いた口を塞がない・後

 警官が帰って行き、各々が部屋の掃除を開始している。

 非常時だったとはいえ、流石に窓を破ったのはまずかったか。

 片付けているやつらの視線が、なんとなく突き刺さっているような。

 

「ようなやなくて、突き刺さっとるんやで」

「すいません。何回でも土下座するんで、菜箸でつつくのやめてもらっていいですか?」

 

 参加を拒否られた俺とはやては、パソコンの前に固まって大人しくしている。

 車椅子と隻腕じゃ、作業の邪魔になるとのことだ。

 みんな優しいね。

 

「八神家のッハアーーーー! 八神家のみならず! 参加者みんなの、日本中の問題じゃないですか!!」

「謝る気あらへんやろ。そもそも、ダイナミックお邪魔しますとか舐めとるんか?」

「え、ダイナミックエントリーの方がよかったか?」

「ヤクモさんが全身タイツのゲジ眉に……」

 

 人質救出じゃなくて、先にそっちが出るはやてさん流石ッス。

 アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?

 

「まあ、冗談はさておいて。正直すまんかったと思ってる。緊急時な上に、みんなの位置関係がわからなかったから短距離転移するわけにもいかず。結果的にぶち破りました。今では反省している」

「ついでに後悔もしてほしいわ」

 

 2人して風通しのよくなった窓を見る。

 これはアレだね。夏場だったら虫が入り放題だったろうね。

 

「今は冷気入りまくりなけどな」

「キリガミネが裸足で逃げ出すレベル」

「冷房一択とか、欠陥どころの話しやあらへんわ」

 

 ホントだねー。だから反省しいやー。なんて言い合いながら、菜箸で頬をぐりぐりされる。

 あっ、なんか凄く久しぶりな感覚だ。

 ……そういえば喧嘩してなかったっけ?

 

「ああ、あれな……もうええよ別に、ヤクモさんが過保護やってのはようわかったし。けど、私やって怖いんやで? 腕一本で済んだ言うけど、一歩間違っとったら死んどるところや」

 

 家族が増えて嬉しいけど、誰かおらへんくなるんはまっぴらやわ。

 そう付けたして、はやてが困ったように笑う。

 うーん、なんか本格的にこっちが悪い気がしてくるから困る。

 いや、これでも俺なりにいろいろ考えて行動してるんですよ?

 今日みたいな危ない目に合わせないようにとか、知らなくていい舞台裏は隠しとくとか。

 でもまあ、やっぱ人のために動くのって難しいんだなあ。

 

「さて。教えてくれへんとは思うけど、一応聞いとこか。病院抜け出してまで、どこでなにしとったん?」

「夢の国で、さっきのガチムチロボと大乱闘」

「ヤクモさんが淫夢のテーマパークにハマってると聞いて、白目」

 

 アーッ!

 いや、ハマってないしハメてもないから。

 俺のイメージって、いったいどこに向かってるんですかね?

 

「そういえば。やっぱり、石田先生とか怒ってたか?」

「脱走のこと知ってからは、終始笑顔やったけど?」

 

 超キレてるじゃないっすか。

 しばらく病院には近寄れねえな。道端でばったり会ったりしたらどうしよう。

 そうなったら逃げるしかないんだけどさ。これどう考えても詰んでるよね。

 はぁ……どうも、思考が逃走犯に近付いてきた気がする。

 えっ? 近付くっていうか、そのものずばりだって?

 ハハッ、ご冗談を。

 

「ほとぼりが冷めたら、ごめんなさいしに行こう。っと、ちょっとすまん。ファナモってくるわ」

「うちのトイレをアートスペースにせんといてや」

「ダイジョブダイジョブー、ヤクモを信じてー」

 

 一気にはやての目が、疑いの色を濃くしていく。

 おかしい、相手を安心させる魔法の言葉だと思ってたのに。

 また掲示板住民に騙されたか!

 

「んー、ついて来るかな?」

「あのっ、ヤクモさん!」

 

 お、来たね。

 俺が蹴破ったドアを越えて少しすると、後から見知った影がついて来た。

 下手に事情を知っているだけあって、俺がここにいる状況がわからないのだろう。

 追跡者、月村すずかの目は動揺で揺れている。

 

「よう、すずか。なにか用か? お花摘みなら先を譲るぞ?」

「え? いえ、そうではなくて……」

 

 ちっ、天使の使用済みトイ落ち着け俺!

 よし深呼吸しようか。すずかの匂いをいっぱいに吸い込、もうとする鼻はこいつか引き千切るぞ!!

 

「あの、大丈夫ですか」

「ハァハァ、すずか、ちょっと待て。ハァ、相当怪しく見えるだろうが、俺は今日も元気です」

「そ、そうですね?」

 

 誰が見ても大丈夫じゃねえよ。

 大丈夫、すずかの暗示は不完全。目さえ見なければ、そのうち解除される。

 

「わあ、このまま自画撮りしてアップしたら指名が入るレベル!」

「すいませんけど、話を進めますね」

 

 あっ、動揺しなくなった。この子も逞しくなったなあ。

 目元を隠しているのでわからないが、間違いなく呆れた表情をしているだろう。

 幼女に白い目で見られるのも、最近ちょっと慣れてきちゃったよね。

 

「暗示のかかってるヤクモさんが、どうやってここに」

「それな!」

 

 沈黙が返ってきたので、怖いから謝っておく。

 見えないって恐ろしいな。

 特に、あの優しいすずかが鬼の形相になってるんじゃないかって不安感は洒落にならない。

 普段から怒らないやつは、キレると怖いって言うし。

 

「いやごめんって。先に言っとくと、俺の暗示は解けたわけじゃない。優先順位の入れ替わりで、一部が無効になっただけだ」

 

 だから、封じられた記憶辺りは今もそのまま。

 思い出せないことがあるまま、忍の命令遵守が解除された状態だ。

 人間の不殺も生きているので面倒だが、まあなんとかなるだろう。

 どうせ、しばらく相手にするのは無機物だろうし。

 

「それってどういう……お姉ちゃんの暗示は、簡単に解除できるようなものじゃ」

「だから、解除じゃなくて無効化だ。厳密に言うと、命令遵守の暗示も残ったままになってるんだよ」

 

 どういうことですか? と聞かれて回答に困る。

 うーん、どうやって説明しようか。

 すずかは今までで一番優秀な生徒だけど、喋ったのは機械に関することばっかりだしなあ。

 

「まず、俺はこの家の周りに探知魔法を張り巡らせている。なにかあれば俺のところで警告が鳴るわけだ」

 

 それと同時で、短距離転移のポイントが八神家の屋根上へ設定されるようになっている。

 あらかじめマーキングしてある場所に、即行で跳ぶためだ。

 もちろん俺が次元の壁を跨いだり、総魔力量で補いきれないほど遠くにいたら意味ないけど。

 

「暗示って言うのは、記憶を消すんじゃなくて封じるものだ。命令を遵守させるのだって、思考の優先順位を最上位に設定し続けてるだけだろ。そこで問題です。自己言及のパラドクスって知ってるか?」

「え?」

 

 まあ、そうですよね。

 こんなの小学生にする話じゃねえよ。

 

「噛み砕くぞ。俺は忍の命令を遵守しなくてはならない。しかし、はやてが危ないなら命令を無視して助けに行こうと考える」

 

 このとき、暗示のせいで命令遵守は優先順位が強制的に1位となるだろう。

 はやてを助けるには命令を無視するしかないが、2位の救出は暗示に流されて1位を真実と判断する。

 そして、1位にある命令遵守は2位の救出を偽りであると判断する。

 するとあら不思議。

 1位が真実である場合、2位は偽り。つまり、1位を真実と判断したことまで否定してしまう。

 また2位を真実とした場合、1位は偽り。つまり、2位の救出を肯定することになってしまう。

 結果的に思考は同じところを回りはじめ、暗示は上手く機能しなくなるわけだ。

 

「まあ、そういうことだよ生徒君。魔導師にはマルチタスクっていう、並列思考が必須能力なんだけどな。それを上手いこと使うと、こういうこともできるんだよ。頭の中で思考がぐるぐるしてうざいけど」

 

 正直、この解決方法の欠点だよね。

 パラドクスのためだけに、マルチタスクを1枠使わなくちゃいけないんだし。

 不殺の暗示が残ってるだけに、戦闘能力の低下がまた進んでいく……悔しいです!

 

「よ、よくわからなかったんですけど。つまり、もうお姉ちゃんの命令には……」

「従わなくてよくなった。一度サイクルを作っちゃえば、あとは俺が思考を止めなければいいだけだ。治療方法も考えてあるし、完全開放も近いな」

 

 これで勝つる!

 え、フラグじゃないよ?

 

「ヤクモさーん! まだ聞くことあるんやで、いつまでトイレに……もしかして大やったー?」

「女の子が大とか言うんじゃありません!!」

 

 はやては羞恥心をどこに置き忘れてきたんだ。

 居間にいるやつらも、誰か止めろ!

 

「えっと、なんの話だっけ? ああ、そうそう。とりあえずだが、暗示の対策も考えてある」

「……それは、どんな……?」

「ん? 目だよ。今やってるみたいに、目さえ見なければ暗示にはかからんらしい。とは言え、目を瞑って恭也に勝てるほど心眼持ちじゃないからなあ。アクティブソナーの連打で、短時間ならなんとかなるかってところか」

 

 探知範囲を20メートルくらいに絞るとか。もしくは最初の一発で地形データを習得し、あとは集音だけに絞って敵の位置把握だけするとか?

 燃費と思考の処理量を減らすのは、目下の課題かなあ。

 いや、いつも目を瞑って戦うわけじゃないけどさ。

 

「そう、ですか。じゃあ、もうヤクモさんは、家から出ていく、んですね」

「まあ、そうなるな。安心しろって、別にお前らのことを怨んでるわけじゃない。仕返しは考えてないし、今回のことを言いふらす気もない」

 

 そりゃ、こんな事実はやて辺りに言ったらどうなるかわからないけどさ。

 八神家と月村家で潰し合いとか、誰も得しないしね。

 別に酷い目にあったのは俺だけだ。だいたいいつも通りだし、復讐したところで利点も見当たらない。

 黙って無かったことにするのが、大人の対応じゃないかな。キリッ!

 

「お前らの敵とやらも、今回はサービスで処理しといてやろう。ちょうど俺も聞きたいことがあるからな」

 

 そう、ですか……と言い残して、すずかはトイレの方に歩いていく。

 ん? なんだろう、我慢でもしてたのかな。

 我慢は体に悪いぞ?

 

「真っ黒ヤークモ出ておいでー、出ないと目玉をほじくるでー!」

「誰が真っ黒――って、怖い! 目玉とか拷問のレベルじゃねえか!!」

 

 とりあえず、はやてが呼んでるので居間に戻ろう。

 でも、なんかすっきりしないな。

 残尿感じゃないけど、喉のところでなにかつっかえてる気がする?

 





あらかじめ言っておきますと、別に私が忍さん嫌いとかそういうことはありませんからね?
12歳以上は劣化してるからとか、ロリが正義なんてことも思ってません。
ホントだよ?

ほらね? その……ストーリの進行上、悪役も必要なんでね?
ホントだよ!?


忍さんの株が大暴落してるので、気が向いたらIFとかで月村家に婿入りストーリとか書こうかな……

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