はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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50開いた口を塞がない・前

 その日、警察はとある家からガラスの割れる音と発砲音が聞こえたという通報を受けた。

 この平和な日本に発砲音など、普通ではあり得ないことだろう。

 もちろん誤報という可能性を考えつつも、すぐさま近くの交番から警官が数名派遣された。

 だが、行かされる方は冗談じゃない。

 そんなまさかと自分に言い聞かせながらも、言い知れない不安は込み上げてくる。

 慌てて駆け付けるまで、彼らは一様に押し黙ったままだった。

 

「ごめんなさい。ちょっとクリスマスパーティーがヒートアップしてもうて、ご近所さんに迷惑かけてしまいました」

 

 玄関先で彼らを出迎えたのは、車椅子の少女と金髪の女性だ。

 なぜかドアは外れ、横にたてかけてあるが。しかし、それ以上に申し訳なさそう表情で頭を下げる2人が警官たちを困惑させた。

 聞けば、この八神宅では友人を呼んでクリスマスパーティーを行っていたらしい。

 今日が12月24日であることを考えれば、特に不審な点はないだろう。

 集まった友人たちは、美味しい料理やケーキやミニゲームで楽しく騒いでいた。そして、今回のことはそれが盛り上がりすぎたせいで起こった事故だという。

 窓の割れる音は、同宅で飼っているペットが音に驚いて突撃したからとのこと。

 事実、検分した犬はかなりの大型であり変なまゆ毛をしていた。

 

「では、発砲音が聞こえたというのは」

「あぁー……きっとクラッカーの音やと思います。けっこう、いっぱい使ってしまいましたんで」

「なるほど。では最後に、一応ガラスが割れたところを確認しておきたいのですが」

「どうぞ。庭の方から回れますよ」

 

 金髪の女性に先導され、警官たちは八神宅の庭へと回り込む。

 現場には散乱したガラス片と、頭を下げる参加者たち。なぜか1人だけ土下座しているが、それはまあいいだろう。

 庭の端に集められたガラクタの山が気になるも、それ以外に不審な点は見当たらない。

 あれはなにかと聞けば、この騒ぎで出てしまったゴミだと言う。

 確かにこれだけの惨状なら、壊れた物の1つや2つぐらいあるはずだ。それをまとめているのだろうと判断して、警官たちは安堵の息を吐く。

 通報は勘違いだった。

 平和な日本は、今日も変わらずに平和だったのだ。

 

「では、本官たちは帰ります。クリスマスを楽しく過ごすのはかまいませんが、次からは気を付けてください」

「はい。ホンマにすいませんでした」

 

 最後にいくつかの注意勧告をして、彼らは交番への帰路につく。

 来るときと違って、その足取りは軽やかだ。

 しかし、彼らは見落としている。

 ガラス片の多くは、室内に散乱していた事実を。

 

 

 少し時間は戻る。

 この日は八神宅でクリスマスパーティーが開催され、話しでしか聞いていなかった者同士の対面が果たされる日だった。

 例えば守護騎士たちは高町なのはがどんなバケモノかとビクビクしていたし、アリサは大型犬のザフィーラと会えるのにわくわくしていた。

 すずかも久しぶりにはやてと会えて、嬉しい反面後ろめたい気持ちで溢れている。

 いっそ言ってしまえばいいのかもしれないが。ここでヤクモのことを言ってしまえば、嫌われてしまうんじゃないかと不安になってしまう。

 そうじゃなくても、下手に暴露すれば忍が暗示で解決してしまうかもしれない。

 もうこれ以上、すずかは友達の気持ち書き換えるような真似はしたくなかった。

 

「どうしたんや、すずかちゃん?」

「あっ……うぅん、なんでもないの。その、ヤクモさんが心配だなって」

「ああ、そのことかいな。大丈夫や思うよ。腕の1本や2本で野垂れ死ぬタイプやないし。傷口だけは塞がっとったって、石田先生もびっくりしてはったからなあ」

 

 もちろん、激しい運動は論外と言っていたが。きっとヤクモは大人しくしていないだろうと、はやては思っている。

 家から出るなと言おうが言わまいが、気付いたらいなくなっている人物だ。

 もしかしたら、止まると死ぬ生態なのかもしれない。

 

「まるでマグロやな。ヤクモさんはマグロ、意味深」

「え?」

 

 不思議そうな表情のすずかに、苦笑いで返しながらはやては思う。

 きっとヤクモさんなら、築地のマグロモノマネくらいしてくれたやろうなあと。

 どこか物足りなさを感じながら周囲を見回せば、ゲームに興じたり談笑したりする友人や家族がいる。

 それでもどこか寂しい。

 楽しそうにしながらも、ときどき玄関に続くドアへ視線がいってしまう。この場にいる誰もが、そんなはやての心中を直感で理解していた。

 

(ホンマ、早よ帰ってこえへんとドックフードで許したらへんで……)

 

 足りないなにかを埋めるように、クリスマスパーティーは盛り上がる。

 騒いで食べて遊んで笑って……そんなとき、不意に玄関の方でごとりと音がした。

 参加者は全員居間にいる。

 しかし、誰かが間違いなく廊下を歩く音が続く。

 一瞬で静まりかえり、全員が唯一のドアに視線を注ぎ。

 そして、不意に庭側の窓ガラスが粉砕した。

 

「ダイナミックお邪魔します!!」

 

 窓を割って乱入した声も姿も、みんなが知っている馬鹿のそれだ。

 床で綺麗に一回転して、ヤクモは止まることなくドアへと走る。

 え、そっちから? と言いたそうな守護騎士たちは、固まったまま動かない。

 もうなにが起こっているのかわからない小学生メンツは、鳩が豆鉄砲を食らったような表情になっている。

 唯一、死んだ魚のような目になったはやてと、眉をぴくりと動かしたザフィーラだけが動いていた。

 前者は近くにあった闇の書を投げつける動作で、後者は必要なら防御魔法を発動させるための準備である。

 ヤクモの突撃で居間のドアが蹴り倒され、その表面を突き破って厳つい男の顔が生えた。

 そこへ勢い殺さないままナイフを突き立て、ドアと地面でサンドするように踏み潰す。

 一仕事やり終えたぜと汗を拭いかけたところで、追撃の闇の書が直撃した。

 

「ふっ、いい肩してやがるぜ……」

 

 ぷるぷるしながら後頭部を押さえている馬鹿に、追撃のなにかを投げつけようとしてはやてはやめる。

 ふざけた態度を一瞬で消し、ヤクモが玄関へ向かって銃を向けたからだ。

 おいちょっと待て! と慌てて制止に入る守護騎士を無視するように、高らかな銃声が住宅街に鳴り響いた。

 

 

 時間は更に巻き戻る。

 クリスマスパーティーにすずかが出かけ、月村邸には恭也と忍とメイド2人、そしておまけのヤクモだけとなった。

 ささやかながら豪華な料理を作り、こちらは落ち着いた雰囲気のクリスマスを過ごす。

 そこにヤクモの同席が許されたのは奇跡だろう。

 呼ばれた本人も予想外すぎて、メイドが迎えに来たときは5秒ほど固まっていた。せいぜい、ちょっと豪華な飯が出ればラッキーぐらいに思っていたからだ。

 

「まさか、お前がテーブルマナーに精通しているとは」

「おう、今から鷲掴で飯食ってやろうか?」

「行儀が悪いようなら、今すぐ退席願おうかしら」

 

 軽い談笑じゃないか、と相変わらず完璧な動作で肉を切って口へと運ぶヤクモ。

 仕事で必要になったから覚えた知識だが、どこで役に立つかわからんねと内心で呟く。

 実際、ノエルに勧められるワインを断ってミネラルウォーターを頼む姿は完璧だ。

 普段のおかしな姿を見ているだけに、食事をする面々は驚きを隠せない。

 

「普段からそうしてれば、真人間になれそうだな」

「俺が真人間になると、なにも残らない気がするんですがそれは……それに傭兵なんてやってるけど、俺は技術屋だからな。ワインより油、ナイフより工作カッターってところか」

「申し訳ありません。料理が御口にあいませんでしたか?」

「いや、美味いけどさ。なんていうか、そう冷静に言われると怒られてる気がしてくるよね」

 

 言外に食いたくないなら食うなと言われてる気がして、すまんと謝りながら彼はフォークを置いた。

 軽く口元を拭って水を一口。それで人心地ついたとばかりに息を吐く

 

「まっ、純粋にこの状況が俺に似合わないって……ん?」

「どうした?」

「?」

 

 不意に言葉の途中で停止したヤクモへ、全員の視線が集まる。

 だが、返事はない。テーブルの一点を見つめたまま、完全に動きが止まっているようだ。

 どう見ても普通じゃない様子に、それぞれは思わず眉をひそめた。

 全員が最初に考えたのは、侵入者の可能性だ。

 魔法による探知力が優秀なのを、恭也達はよく知っている。

 だから、なにかの反応をキャッチしたのではと考えて、その可能性をすぐに打ち消した。

 もし危険があるなら、真っ先にヤクモが排除へ走っているだろう。そういう類の暗示もかかっているからだ。

 ならなんだ? と首を傾げるのに合わせて、ガタリとヤクモが立ち上がる。

 

「……ふざけやがって!! あの変態野郎、いい度胸だな」

「おい、どうしたんだ」

 

 視線を巡らせるように恭也を見て、そのまま忍へと視線を送りながらヤクモは動く。

 乱暴に扱われた椅子が床を打ち、心配して立ちふさがったファリンを押しのけながら彼は進む。

 目指すは出口。この家の玄関ホールだ。

 

「ちょっと、どこへ行くつもり!」

「悪いが、お前の暗示よりも優先度の高い状況が発生した。勝手に行動させてもらう」

 

 冷たさすら感じる声に、忍がびくりと震える。

 普段、空気を無視して冗談を言ったり無駄に煽ってきたりするヤクモだが、対応そのものは非常に柔らかい。

 メイドが頭から熱々の紅茶を注いでも、床を転げまわるだけで怒ったりはしなかったし。恭也をからかって殴られるときも、大人しく身構えているぐらいである。

 忍は、暗示で怒りのような感情まで縛った記憶はない。

 それは道徳心からくる行動で、自分のやっていることを考えれば罵詈雑言も受け止める覚悟だったのだ。

 しかし、蓋を開けてみれば出てきたのは不満の声ばかり。休ませろとか腹減ったとか、文句は言われても罵られた記憶がない。

 だから、心のどこかで安心していた。

 酷いことをしている自分に、ヤクモは怒ってはいないのだと。

 だから、勘違いしていた。

 すずかも懐いているし、決して悪い人間ではないのだと。

 だから、出来ると思っていた。

 危険が去ったあとで、ちゃんと謝れば許してもらえるのだと。

 忍の横で、恭也が不意に立ち上がった。

 待て! と叫ぶ声に応えて、彼は振り返る。

 色も温度も感じられない、冷たい目をしたヤクモがそこにいた。

 




※ヤクモさんは特殊な訓練をつんでいます。よい子の皆は真似をしないでください。
割れやすいように傷を付けているわけでもないガラスに頭から突っ込むと、間違いなく血だるまになります……


追記/
ナイフとフォークを置くのはおかしい。
こいつ、いつの間にか右腕が生えてやがる!
いったい何ック星人なんだ!?

※月村邸での食事にて、おかしな表現がありましたので修正しました。

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