はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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※作中、魔法関連の現象について個人的な解釈をはさんでいます。
公式「魔法少女リリカルなのは」の設定とは異なる可能性があることをご了承ください。


5美味しいものには棘がある

 はやての定期通院に付き合うのもずいぶん慣れてきた。

 主治医の疑わしげな視線を受け流すのも上達したし、どれくらいで診察が終わるのかも把握している。

 だから、わざわざ筋肉集団と追いかけっこしなくても外で時間を潰すことだってできるのだ。

 流石は俺。やれば出来る子だ。

 

「ということで。えぇっと、クワトロベンティーエクストラコーヒーバニラキャラメルへーゼルナッツアーモンドエキストラホイップアドチップウィズチョコレートソースウィズキャラメルソースアップルクランブルフラペチーノを一つ」

「それ、最近はいくつか無くなったトッピングがあるらしいから出来ないみたいよ?」

 

 カウンターのお姉さんが困ったように微笑んでいる。

 ナンテコッタイ。お札が必要な飲み物と噂で聞いてわくわくしていたのに。

 ついでに診察を終えたはやてのお土産をと思ったのだが、出来ないのか。残念。

 しかし、せっかく長い呪文を覚えていざ挑んでみたら何も出てこないとは。

 これは直訴も辞さない。

 

「あと、申し訳ないけどうちは普通の喫茶店なの。だからそう言うのはちょっと」

「どうかしたのかい?」

「イイエ、ナニモアリマセン。タイヘンゴメイワクヲオカケシマシタ、ドゲザデユルシテクダサイ」

 

 必死に額を床にこすりつけたら、あとから出てきた男の店員さんともどもドン引きだった。

 いやだって、後から出てきた方が完璧にやばい空気出てたんだもん。

 これは仕方ないね。

 

「すいませんでした、だから殺さないでください」

「いや、殺さないよ?」

 

 生きてるって素晴らしい。

 今回に関しては、本気で命運が尽きたかと思ったレベルだ。逃げに定評のある俺だが、何故か捕まる自信がある。

 かと思ったら、いつの間にか女性店員さんの方はテーブルの客に呼ばれていなくなっていた。

 これはやばい。

 何と言うか、たぶんこの人はこちらに危害を加える気がないのはわかる。だが、それと全く関係ないところで俺の中に警鐘がガンガン鳴り響いている。

 

「えっとその、まさかお店が違うとは思わなくて。本当に申し訳ない。今度、黄金色のお菓子とか持ってくればいいですか?」

「何か必要以上に怯えられているように思うんだが、気のせいかな……」

「いやまあ、ぶっちゃけ怯えるというか生命の危機を感じてますが」

 

 何かショックを受けているらしい男性店員が、がっくりと肩を落とした。

 見た目は優男風なのだが、ひしひしと溢れ出すプレッシャーが隠し切れていない。

 まかり間違って戦場で出会ってしまった日には、一も二もなく尻尾巻いて逃げているところだ。

 そういえばはやてが言っていたか。この地球どこかには、生き返るごとに強くなる恐ろしい戦闘民族がいるという。

 そもそも、完全に殺しきれないとかどうすればいいのか困惑するレベルだ。

 

「それにしても、君はわかるんだね。何かやっていたりするのかい?」

「むしろ、何をやってればそんなとんでもないことになるのか聞きたいんですが。こっちはただの生存本能ですけど」

 

 俺の言葉に困ったような笑みで答える辺り、きっとこの人はいい人だろう。

 ただちょっとこっちが及び腰になるのは容赦願いたい。

 

「とりあえず、ケーキくれません? ショートケーキ二つで」

「ああ、お買い上げありがとうございます。うちはシュークリームも美味しいんだが、どうだい?」

 

 じゃあそれも、とお願いして二つずつ箱に詰めてもらった。

 本当に、心から申し訳ないのだが、一刻も早くこの密閉空間から出る必要がある。

 この距離では瞬きする間にやられてしまう。

 

「えっと」

「ひゃい!? なんでしょうか……」

 

 もはや、店員さんの表情は苦笑を通り越して引きつり気味だ。

 こちらも心苦しいが、体の芯の部分が逃げろと言っているのだからどうしようもない。

 大目に見てくれると嬉しいなあ。

 手早くお金も払い、後ずさるように店を出る。

 最後の最後まで苦笑いの店員さんと睨めっこ状態だ。扉を閉じたところで、思わず息を吐いてしまった。

 

「もう、いったいどうなってんだよこの街。実は歩く死神とか住んでても驚かないレベルだぞ」

 

 不意に見上げた先にあるお店の看板を、俺は絶対に忘れないだろう。悪い意味で。

 世界は広いな。あれでリンカーコアがあったら俺は泣くかもしれない。

 とりあえず、ここもまだ間合いの中だ。安心するためにも、さっさとここを離れた方がいい。

 そろそろはやての診察も終わっているころだ。

 

 

 

 

「このシュークリーム美味しいなぁ。どこで買ってきたん?」

「翠屋って喫茶店。散歩がてらに見つけたんだけど、確かに美味い。これはケーキの方も期待できそうだな」

 

 とか駄弁りながら、シュークリームをかじりつつ帰路を歩く。

 小規模の次元震から数日、今のところ何もない。

 昨晩いろいろと観測データを集めてみた結果、近くを次元航行船が通り過ぎた痕跡だけは見つけたが。

 なんだ、つまり管理局は素通りしてったのか? わけわからん。

 

「なんや難しい顔してんな。どうしたん?」

「いや、このシュークリーム。カスタードの舌触りが半端ないんだけど、どうやってんのかなと思って」

 

 料理には自信のあるはやても、流石にこういうタイプのものはあまり作らないらしい。

 というか、1人のころはお菓子そのものをあまり作っていなかったようだ。

 自分用よりも、石田先生のお土産にという方が多かったんだとか。

 それにしてはメイドインはやてのおやつは、いつも決まって3時に出てきている気がするが。

 

「そりゃ、ヤクモさん来て食べてくれる人ができたしな。1人で作って1人で食べるんとか、けっこう悲しくなるときあるんやで」

「なるほど。なら明日のおやつは一番いいやつを頼みます」

「神は言っている、まだそのときではないと」

 

 綺麗に切り返され、明日はクッキーですと宣言されてしまった。

 なんだろう。そのときになったらどんなのが出てくるんだろう。

 俺、わくわくすんぞ!

 

「そういえば、結局この前の魔力ドーン! はどうなったん? 居場所とかばれたら困るんやろ?」

「うぅん……なんていうか、ぶっちゃけどうもなってないというか」

 

 いぶかしげな顔ではやてが振り向く。

 いやそんな目で見られても。

 

「まあ、とんでもないことやらかしたのは俺じゃないから。たぶん、主犯格の2人を追っかけてったんじゃないかなとは思う」

 

 はっきりせぇへんなぁと言われてしまったが、そこは仕方ないだろう。

 無暗に深追いしても、尻尾を掴んだと思ったら掴まれたなんてことになりかねない。

 いなくなってくれたのなら、そのまま放っておくのが一番だ。

 どこにいるのかわからない不安も、あるにはあるが……

 

「ちょっとロストロギアの正体くらい調べてみるかね。見たことないタイプだったし、小規模とはいえ次元震まで起こしたしなあ」

「次元震? なんやのそれ」

「って聞かれても、言葉通り次元間で起こる地震としか」

 

 他にどう説明しろというのだろう。

 はやてに拾われた日から、ゆっくりと身の上話をしていた。もちろん、話すべきでない部分はカットしているが、この地球以外にも色んな形の世界があるんだよと説明したことがある。

 つまり、その散見する世界と世界の間には空間があって、そこが伝導体となり次元震は伝播していくのだ。

 次元震の発生理由はさまざまだが、今回のは膨大な魔力による空間干渉が原因だろう。

 空間の許容量を超えた魔力が行き場を失い、空間を引き裂いたことで次元震に発展したのだと思う。

 今回は小規模で済んだ。だが大規模な災害にもなると、断層が発生して世界を崩壊させるほどの被害を出すこともある。非常に危険な現象だ。

 そんな感じの説明をしていたのだが、やけにはやてが静かだな。あれ?

 

「おい、寝んな!」

「あ、終わったん? なんていうかな。ヤクモさんの説明って、専門用語が多すぎて聞いてるのしんどいんやけど」

「まあ、俺も教師じゃないからなあ。向いてないってのもあるんだろうけど、今後の課題にするわ」

 

 自覚はあるのでなんとかなると信じたい。

 なんならはやての勉強をみるのもいいだろう。たまに答えがわからなくて四苦八苦しているし。

 なにより、まだ初等教育ということだ。こちらもハードルは低いところから跳んでいきたい。

 

「それにしても、別の世界なぁ。ちょっと行ってみたい気もするわ」

「はやての足が治ったら、いくらでも連れてってやるさ。見たことはないが、探せばジョグレス進化できる個体がいるかもしれん」

 

 途端に、はやては目を輝かせはじめた。

 最近リメイク版が出たとかで、流行の波が返ってきたとか騒いでいたからだろう。

 久しぶりに引っ張り出した四角い機械の画面では、ドット絵の墓が立っていたが。あの不吉極まりないおもちゃが面白いのだそうだ。

 よくわからん。

 

「そういえば、ヤクモさんにあげたやつどうなったん? そろそろ進化やったと思うけど」

「え、そうなのか。悪い。家に忘れてきたから今はわからん」

「なん、やと……」

 

 よくわからないまま、驚愕するはやてに急かされて帰宅。ケーキの箱を冷蔵庫に入れていたら、居間の方で落胆の声が上がった。

 

「どうした」

「んー、死んでへんかったからよかったんやけど……まあ、これも教訓やな」

 

 はいと渡されたゲームの画面で、なんだかナメクジみたいなのが這いまわっている。

 なんだこれは……

 

「animo.」

 

 励ますように肩を叩いたはやてが、やたらいい発音でなにやら呟いた。

 え、ホントになんなのこれ。

 




着ぐるみにしそこなって墓場送りにしたのはいい思い出……
アーメンハレルヤ!メリー苦しみます!!

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