痛いと思う前に、熱さが脳みそに競り上がってきた。
この感覚は、いつ以来だろう。
野垂れ死にそうだったところを拾われ、非殺傷設定なんてクソ喰らえな世界を走り回るハメになり、死んだ方がマシだったと激しく後悔していた頃ぐらいだろうか。
いや、今こんな走馬灯見てる場合じゃないな。
大量の囮情報の中へ、1つだけ紛れ込ませた真打が宙を舞う。
噛み千切られた腕は上空へ伸びる怪物に持ってかれたが、銃は咄嗟に手を放すことができた。
大丈夫。まだ途切れていない。
「あ、き、ら、め、て、たまるかァあああ!」
頭の中にいる冷静な俺が、柄にもなくテンション高いなあとか言っている気がする。
袖を噛んで無理やり左腕を持ち上げるのなんか、ホントにらしくないと思う。
こういうときは、尻尾巻いて逃げた振りして後ろからズドン! がデフォルトだったのになあ。
届けと体を投げ出しながら伸ばした手で、お手玉をしつつもM1903を掴み取る。
制御から外れて崩壊しかけていた術式を再起動。綻びを修正しながら、銃口を闇の書へ。
もともと長期戦は得意じゃないが、今回は長引くと血が足りなくなってダウンしそうだ。
これでミスったら、文字通り身を以て責任を取るしかなくなる。
まだ死にたくはないので、出来たらそういうのはご遠慮願いたい。
「チェック、マーキング。遅延呪文、自動展開、タイミングを、射撃直後へ!」
投げ出した体が、地面の上を滑るように転がっていく。
超痛い。
撒き散らした血が、見えている範囲をスプラッタに彩った。
引き金を絞る。
僅かに振り返った闇の書と、しっかり目が合ってしまってやり辛いことこの上ない。
感情の乗らない表情で、目だけ大きく見開いて、漱石さんと同じ顔の敵が口を開く。
その口から絞り出される悲鳴が響く前に、加速した弾頭が物理防御層をぶち抜いて進む。
闇の書は腹に弾丸を受け、その反動で薙ぎ倒されたようだ。
仰向けに体を投げ出した今の状態では、近付いて戦果の確認は出来そうもないが。人の部分と蜘蛛っぽい部分の、ちょうど境目が大きく抉れているのがギリギリ見える。
ホントは頭を吹き飛ばすつもりだったが、どうやら結界に当たって起動がねじ曲がったようだ。
「あと、任せるわヴィータ」
「おう!」
朦朧とする意識の端っこで、血と同じぐらい真っ赤な影が立ち上がる。
どうせ意識が持たないだろうと思っていたが、大正解すぎて大草原とか築けそうだ。
念のため、ヴィータにマーキングを付けておいてよかった。
1から対象を指定したんじゃ、遅延呪文でだけで対応出来なかった気がする。
「俺はもう疲れたよ。なんだかとても眠いんだ」
ちょ、勝手に死にやがったブッ殺す! とか無茶苦茶言ってる声が、聞こえたような聞こえなかったような。
ひんやりとした空気に撫でられ火照った体に心地よさを感じながら、俺は微かに残った意識を手放すことに成功した。
‡
体が重い。なんか、最近こんなのばっかりで滅入りそうだよマジで。
おかしいなあ。俺ってば、もっとこうパンイチで屋上から飛び降りてターゲットの眉間を撃ち抜く系だった気がするんだけど。
「眉を今の2倍は太くしてから出直せ」
「俺、たまにザフィーラの有能っぷりが怖くなるんだけど」
地味に高い家事スキルとかもあるし、実は正義の弓兵さんだったりしないよね?
「……すまない、ちょっとなにを言っているのか」
「ファッ!? なんで逆にこっちは知らないんですかねぇ」
「知らないことくらいいくらでもある。幸運Eも月の加護もさっぱりわからんな」
「ちょ、おま。どう考えても知ってるやつのセリフなんですがそれは」
「流石になんでもは知らん。知ってることだけだ」
おう、遠回しに万能アッピルやめろや。
それにしても、目が覚めて一発目が男とか。華やかさが足りないんじゃないかな、白目。
できれば、物理的にも精神的にも癒しのシャマルさんとかがよかった。百歩譲ってシグナムでも可。
え、ヴィータ? あれはダメだ。絶対に大騒ぎするから。
「消毒液のかほり。ここは病院でファイナルアンサー?」
「少し溜めて答えを言って欲しいか?」
「ファイナンシャルコンプライアンス」
「会話のキャッチボールという言葉を知ってるか?」
もの凄い心配そうな目で見られるのは心外すぎる。
今にも、頭は大丈夫か? とか言われそうだけどなんなの?
「お前の失血具合が酷くてな。石田医師の話では、植物状態になることも覚悟するよう言われている」
「なにそれ怖い。ところで悠長に言ってるけど、患者が目を覚ましたら医者を呼べよ常考」
それもそうだな、と言いつつザフィーラが備え付けのナースコールへ手をかけた。
スピーカーに向かって、俺の意識回復を短く伝えている。
首を巡らせて窓を見れば、外は暗い。
夜か。これじゃあ、季節感から寝てた時間を計算できないじゃないか。
「闇の書って、あのあとどうなった?」
「当初の予定通り、控えていたヴィータが本体の破壊。それからデュランダル、だったか? お前が持ってきたあれで、自己修復の妨害とシステム凍結を行って回収した」
「あっ、あれでちゃんと凍結封印できた? いやあ、できてよかったあ」
「おい」
賭けだったのか? と詰め寄って来そうなザフィーラから、体を捻って逃げる。
危うく胸倉を掴まれそうになったところで、ちょうど医者たちが傾れ込んできた。
おっ、いいタイミング。
「ど、どいてください! 意識が戻ったと聞きましたが!?」
「おお、名前も知らないお医者様。ぶっちゃけ誰だこいつって思ったけど、あなたは間違いなく俺の救世主!」
「ああ、やっぱり脳に異常が! 早く、精密検査をする準備を!!」
今なんか、とんでもなく失礼なこと言われたような気がするなあ。
ストレッチャーに移し替えられ、ずいぶん大事になってるけど……まあいっか。
これでザフィーラから逃げられる。
「アディオス・アミーゴ!」
「くっ、貴様! 逃げられると思うなよ!」
「ああダメだ。この患者もうダメだ。きっと緊急手術とかしないとダメなんだ! メロンパン! メロンパンを用意して!!」
「……ザフィーラさん、やっぱり助けて! なんかこの医者、ちょっと頭おかしい!!」
メロンパンってなんに使うんですかね! まさか、俺の頭に詰めるつもりなの!?
やめよう? こういうときは、まず精神治療から始めようよ。ね?
あと、そっちの御犬様も見てないでヘルプ!
そんな感じで助けを求めた瞬間、ザフィーラは追いかけるのを諦めて見送りに徹し始める。
おいこら、ふざけんなよこの駄犬!
「ザフィーラの母ちゃんでーべーそー!!」
最後の負け惜しみにと言ってみたが、なんかよくわかってない感じの表情が返ってくる。
そりゃそうか。
俺だって、見たこともない母親の悪口を言われたって反応に困るわな。
思わず吐息しながら、廊下をドリフト気味に抜けて行くストレッチャーにしがみ付く。
こいつら、患者を治療室に届けたいのか振り落したいのかどっちだよ。
まあ、このまま付いていくわけにもいかないよね。
頭蓋骨開かれて、中身をメロンパンと入れ換えられるのだけはやめて欲しい。
「アルターデコイ・シングルモーション」
不意に、もう1人の俺がベッドから飛び降りて明後日の方向へ走っていく。
慌てたのは医者と看護師たちだ。
昏睡から覚めたばかりの患者が、やたら元気に走っていくから当然か。
捕まえろ! と叫びながら、山狩りでもする勢いで追いかけて行くのはどうかと思うけどね。
「なんでこう、この病院はアグレッシブなやつらが多いかなあ」
はやての親衛隊らしきマッチョ共と言い、そういう呪いでもかかってんの?
取り残されたストレッチャーの上に座ったまま、再び盛大なため息を吐き出す。
今、何日だろ?
右腕の付け根が、めちゃくちゃ痛いなあ。
お腹が減りすぎて、頭がくらくらする。
もういいや、とりあえず帰ろう。
ほら、なんだっけ。尻を出したら一位になれるやつでも言ってるじゃないか。
ぼくも帰ろう、お家へ帰ろう。でんでんでんぐり返って、ラウンドワン!ファイ!
脳内で変な言葉に変換されたフレーズを思い出しつつ、なぜか引き返して来た医者たちから逃げるために俺は必死で走りだした。
オレタチノタビハ、マダハジマッタバカリダ、震え声。