……悲報?
ヤクモの目の前で防御プログラムが顔を上げる。
管制人格と同じ作りの顔なのに、真っ赤な瞳と銀髪以外からは欠片も面影を見いだせない。
まるで違和感の塊みたいなそっくりさんが、表情の抜けおちた顔をこちらへ向けた。
全長は約2メートル。
全体的な大きさも、過去の資料にあったものに比べれば圧倒的に小さい。
流石は取り込んだ魔力量が少ないだけある。
(だけど涙が出ちゃう! だって魔導師なんだもん!!)
はやてのリンクを切断し、守護騎士と管制人格も切り離した今。ランダム転移で逃げてくれれば、どれだけ楽だっただろう。
しかし、闇の書がそうする気配はない。
システム的な監視網を黙らせていたのは、ヤクモが中にいた間だけだ。
つまり、なんらかの意思を持って残っているのか。はたまた、主がいなければ純粋に転移ができないのか。
このどちらかと言うことになる。
そこまで考えたヤクモは、技術屋の悪い癖が出てるなあと吐息した。
別にどっちでもやることは変わらない。
「さあて、こっからだ。気合い入れていこうか」
いくら魔力の供給ラインを作ったとは言え、無暗にこの場を動くのは得策じゃないだろう。
このまま戦闘を始めるとして、はやてが少し近すぎる。
短距離転移魔法を構築、シグナムの近くへ送っておけば間違いない。
守護騎士たちも過負荷に苦しんではいるが、単純な防御魔法くらいなら発動できるはずだ。
最悪の場合でも、彼女なら身を盾にして守るだろうという判断でもある。
なにかを訴えるようなはやての視線を意識的に無視し、ヤクモは魔法陣を3重に展開した。
「魔力炉、正常に稼働。魔力供給ライン、安定。術式構築テスト、成功」
展開した魔法陣が砕け散る。
きらきらと光る粒子が飛び散り、同時に闇の書の闇も準備を整えたらしい。
この程度の準備で大丈夫か? と自問して、ヤクモは大丈夫だ、問題ないと頷く。
相手は万全に程遠い稼働率の防御プログラム。
単調な迎撃判断ぐらい、なんとでも騙す自信が彼にはある。
そもそも、ヤクモ自身が囮みたいなものだ。
目の前で注意を引いて、最後まで立ってれば俺の勝ち。
これはそういうレベルの戦いである。
(頑張れ頑張れできるできる絶対出来る頑張れもっとやれるって! やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ! そこで諦めんな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る! よし自己暗示も完璧だな、困惑)
本当に大丈夫なのか自分でも不安になりながら、ヤクモは正面へ目を向けた。
闇の書も様子を窺っているのか、いまいち動きが感じられない。
基盤になっているのが防御プログラムなんだから当然か。指令系統の入れ替えも、今やあれがトップなのは間違いないだろう。
「ついでにフラグ効果も足しとくか……まあ、囮とは言ってみたが。別に倒してしまっても構わんのだろう?」
激しくなにかを間違えた気分を抱えつつ、先ほどと同じ砲撃魔法を発動した。
バレットブレイズ。
誰かの地球破壊砲撃ほどとは比べられないが、ヤクモの単発威力としては最大級の火力を誇る。
平時なら2発撃つだけで限界を迎えるこれも、今のチートブースト状態なら無尽蔵だ。
とは言え、物理防御層が残っている状態では無駄に近いのだが。
「――――ッ!」
2度目の咆哮と同時に、闇の書が魔法を展開する。
深紅のナイフを思わせるスフィアが8、16、24……と数を増やす。
壁のようにすら見えるそれに軽く絶望しながら、ヤクモはトライシールドを展開してこれに対応した。
彼の手持ちで最大の防御力を誇る、三角錐に3面のシールドを展開する特殊防御魔法。
大型魔法生物のブレスだって耐えられる強度を持つが、もちろん弱点だって存在する。
なんのことはない、背後ががらがらなのだ。
放射状に広がったため、いくつか素通りしてしまったスフィアが急反転してくる。
慌ててヤクモもラウンドシールドの蓋を作るが、こちらの強度はさほど高くない。
5発受けたところでシールドが砕け、6発目が左肩へ突き刺ささってしまう。
「くっそがっ! アルターデコイ、ランダムバースト!!」
シールドを解除して魔力炉の防御に回しつつ、幻影魔法で分身を作る。
続くように左肩のスフィアが炸裂し、これが煙幕の代わりになった。
左腕をだらりとさげた姿で煙から跳び出すのは、十数人のヤクモたちだ。
ばらばらに走りだす彼らを、闇の書が困惑気味に目で追っている。
魔力炉のそばに1人、それ以外が散り散りに包囲する立ち位置だ。
「さて、本物どーれだ」
異口同音に漏れた声をぐるりと見回して、闇の書は魔力炉へのそばにいる個体へ狙いを定めたらしい。
黒々とした、もうなんと名状していいのかもわからないものが砲撃として吐き出した。
殺到する攻撃を防ぐため、トライシールドが展開される。
半無尽蔵に供給される魔力がある今、ヤクモがこれを凌ぐのはもちろん難しくない。
闇の書も似たような予測を下したのか、追撃として赤いナイフを発射する。
迫る脅威に少しだけ顔を上げたヤクモへ、その禍々しい砲撃が直撃――しなかった。
幻影は『魔力炉ごと』一瞬で消し飛び、なにもない空間を赤い線が切り裂く。
どういうことだと全員の思考が停止し、防御プログラムですら状況判断のために次の動きを躊躇う。
残った幻影たちが、お互いに指差しつつ首を振る以外の動きが止まった。
「あー、ホント物理結界マンドクセ。こういうの、一番苦手なんだよ勘弁してくれませんかね」
不意に声が来る。
ちょうど闇の書の背後へ、短距離転移で現れたヤクモの声だ。
手には銃。ケーブルは既に切断されたのか、魔力炉の影はどこにもない。
右手を大きく突き出し、直列に3枚重なった魔法陣が展開されている。
種類は単純な物質加速系。
だが、それを競合させることなく同時に3つ発動していた。
レアスキル『多重展開処理(マルチプル)』。
頭が賢くなるわけでもなければ、情報の並列処理量が爆発的に増えるわけでもない。
ただただ魔法の威力を直列に繋げてパワーアップさせる、技術屋には全く必要ない微妙なレアスキル。
魔力量の少ないヤクモでは、そう何度も使えないという欠点すらある。
「俺のリンカーコアを取り込んでレアスキルを読み取っても、思考加速系のなにかだってことしかわからなかったろ?」
威力を分散させないための環状魔法陣が、同じように3つ追加された。
ぐるぐると回転を始める見た目は、もはやドリルのようにすら見えてくる。
ここまでの全てが囮だ。
全力で砲撃を撃ちまくったのも、用意した魔力炉すらもこの直前までの消費を補給すれば役目は終わり。
人為的に闇の書へ飲み込まれ、夢を見ながら作業をしていたのも。
守護騎士たちが動けなくなって、直接対決のような構図になったのも全て。
たった1つのことから目を逸らすためだけに用意した『囮』である。
防衛プログラムは、ヤクモが搦め手を使う人間だと悪夢から情報を得た。
リンカーコアから、攻撃手段とレアスキルを読み取った。
ならば、フィールドに多くの選択肢を置くことで勝手に余計な計算をしてくれる。
多くの手数に対応しようと思えば、自ずと動きは最適化されるだろう。
現にこうして、最適でない不測の事態に闇の書はエラーを吐き出し停止した。
原始的な質量兵器にデチューンされたデバイスM1903にとって、質量加速系の魔法は相性がいい。
防御方法を無視すれば、バレットブレイズよりも威力があるだろう。
少なくとも、この好機に弱体化した物理層を抜くことは可能だ。
「あっ……」
手順は間違っていない。
時間と金のかかった、ただの囮も上手く機能した。
あと一手。
この弾丸が当たれば、それで殆ど詰める。
ただし、それは闇の書が予想外の行動で完璧に動作を停止していればの話だ。
ヤクモの足元から、異形の怪物が湧きだす。
鋭い牙を剥き出しにして、それは容易く右腕を噛み千切った。
すいません。
なにがあったのか、うちのPCが反抗期入ってワード文章を消失させるという珍事が起こりました。
明日までには、明日までにはなんとか後編も脳内バックアップから修復を試みて上げますので。しばしお待ちを。
こっちの方が悲報な気がしてきた……