意識の浮上を感じて、重い瞼を持ち上げる。
見えるのは青。雲ひとつない晴天が、視界の端から端までを埋めていた。
知らない天井っていうか、天上ですね本当にありがとうございます。
ここまで言っといてなんだけど、我ながらアホっぽいなあ。
気にするだけ無駄かもしれないけど。
とりあえず体が重い。蒐集されたときほどじゃないけど、倦怠感がマジやばい。
あー、これ五月病だわー。このダルさは間違いなく五月病だわー。
……そろそろ、半年前の症状を言い訳にするのも苦しいか。
「みんな、大丈夫なんっ!」
不意に、足元の方からはやての声が飛び込んでくる。
焦りと心配が混じり合った、半ば叫びに近い声だ。
知ってたけど、あんまりゆっくりしている時間はないらしい。
いくら最悪の状況を考えてたからって、なってくれと言った覚えはないんだけど。
リアルラックとか俺にあるはずもなかった。
「俺の人生に苦行が多すぎて泣きたい」
そして、小声で呟いたはずなのにはやての首がぐるんとこっちを向いた。
こわっ!
ため息とか吐きたかったけど、これはやめといた方がいいかもしらん。
アッハイ。ハタラキマス。
まずはチェックね。右手に闇の書よーし。左側に、車から積み下ろした魔力炉よーし。
闇の書の表紙に、無理やりぶっ刺した端子は……もういいか。
ヘッドギアも脱いでしまおう。
しかし、ウーノ用の失敗作がここで役に立つとは。たまげたなあ。
伊達に俺のレアスキルがモデルじゃないね。再調整とっても楽でした。
「おー、やっぱり守護騎士も防御プログラムも動けなくなったか。無駄に漱石さんの人格データ多いからなあ」
しかも、各守護騎士の記憶領域に圧縮転送してるわけだし、負荷率がパナいことになってると思うんだよね。
いやぁ、他に避難領域とかまったく思いつかなかったもんで。てへぺろ!
まあ、ただの処理落ちだよ処理落ち……あっ、はやてさんその目怖いです……
「び、びっくりするほどユートピア?」
「あとで白目剥くぐらいケツバットしたるから覚悟しときや?」
「ちょっとプレイがハードすぎやしませんかね……」
骨盤が砕けそうなんですががが。
無断でやったのがマズかったかな。
あれ、無断? 確か守護騎士サイドには軽く説明したはずなのになあ、白目。
伝わってないなら仕方ないね。
俺は俺で、自分の仕事をしましょうか。
「どっこいしょういち」
「緊張感とか、欠片も感じられへんのやけど。ほんまに大丈夫なんか?」
「ダイジョブダイジョブー、ヤクモを信じてー」
突き刺さる視線が、まるで「こいつホントに大丈夫なんだろうな」とでも言いたげだ。
はやてどころか、過負荷に耐えているシグナム、シャマル、ザフィーラもこっちを見ているから間違いないだろう。
どうしよう。とりあえず手を振っとこうか。
なんか、凄い絶望的な表情を向けられてしまった。解せぬ。
「はやて、足が治ったらやりたいことは?」
「ヤクモさんにタイキックやな」
「わあ、はやてちゃんこわーい」
けど、その殺る気だけは買っちゃう。
マゾじゃないけど、タイキックされる日を楽しみにしようじゃないか。
……幼女に蹴られるため頑張りますって色々ヤバくない?
「か、考えたら負けかなって思う!!」
ステイ、ステイ。深く考えるな、きっと闇に呑まれるから。
闇の書をはやてにパスし、魔力炉に蹴りの一喝を入れる。
低く唸るような起動音を聞きつつ、引っ張り出したコードをデバイスへ。
複製魔法でデバイスのコピーを作れば、擬似的な魔力バイパスの完成だ。
オリジナルは魔力炉から供給を受け、コピーはオリジナルから魔力を使用する。
俺が複製を維持する限り、煩わしい有線からも解放されることだろう。
「さあ、始めてみようか」
標的は、守護騎士たちに包囲されて立つっている闇の書の防御プログラム。
上半身だけは管制人格に似ているが、下半身がちょっと虫っぽい。
アラクネと言われれば納得してしまいそうな外見で、不動の姿勢を保っている。
恐らく管制人格を引っこ抜かれたことで、プログラム内の命令順位を書きかえているのだろう。
たぶん、もうしばらくは動かないな。
待ってやる義理なんてどこにもないし。
「さあて、お勉強の時間だ。弱いやつが、どうやって卑怯に勝つか教えてやろう」
普段は連射できないけど、今日は大盤振る舞いだよ!
さあ、1発目の収束砲いってみようかーっ!!
「ヒャッハー! 汚物は消毒だー!」
なんとなく、はやての視線が痛い気がした。
‡
眩い閃光が走り、続いて爆音が響く。
先ほどから、それが何度も繰り返されては無駄に終わる。
その事実に重い頭を抱えながら、シグナムは思わず歯噛みしていた。
(頼まれたことも果たせないとは、不甲斐ない!)
閃光の正体は、魔力の収束砲である。
放っているのはヤクモで、着弾点にいるのが闇の書の闇だ。
敵はよく見知った管制人格と似た顔の、しかし似ても似付かない化け物。
魔力の充足率こそ最低だが、かなり厄介な相手であることに間違いはない。
つい先ほどまで剣を交わして、シグナムはその事実を嫌と言うほど理解していた。
短いチャージ時間で、連打される高出力の魔力砲が飛ぶ。
ヤクモ曰く、レアスキルがあるから出来る芸当とのことだが、それでも決定打にはなっていないだろう。
なぜか。
闇の書の闇を、最後の対物理防御層が守っているからだ。
(くっ……なんとか、動いてくれ!)
心中で吐き捨てるように呟いた願望も、体が重すぎて叶えられそうにない。
管制人格の圧縮データを、分割して守護騎士の記憶領域に退避させるという話は聞いていたが。
まさか、それがここまで行動を制限するものだったとは、流石のシグナムも予想外だったのだ。
彼女たち、守護騎士がヤクモから頼まれたことは2つ。
闇の書に侵入する間、無防備になる体の護衛。
そして、恐らく出現するだろう防御プログラムを可能な限り削ること。
書への干渉で強制転移の心配もあったが、そこは管制人格と連携が取れているらしい。
なんとかする、と言いきったヤクモが珍しく真剣な顔をしていたのがシグナムには印象的だった。
「固い、強い、遅……くはないんだろうな泣きそう!!」
なにやら泣きごとを叫びながら、更に魔力砲をヤクモが放つ。
だが、あれでは無理だ。
もちろん、やっている本人も気づいてはいるだろうが。
(我々が削りきれてさえいれば)
物理防御層を突破するには物理干渉が必要であり、恐らく純粋魔力の砲撃ではびくともしない。
それでも彼が攻撃の手を休めないのは、他に打開策を思い付けないでいるからだろう。
だが、いくら魔力が無限供給でも魔法の発動と制御しているのは人間。精神的な疲労から、ヤクモの表情も段々と曇りはじめている。
このままではジリ貧だ。
「ヤクモ!」
「わかってんよ!」
苦しげなシグナムの叫びに、苦々しげなヤクモが叫び返す。
叫び返すが、行動に変化はない。
まるで『なにかを待っているように』同じ動作を繰り返すばかりだ。
どうしたと言いかけて、シグナムは気付く。
ここまで一方的に砲撃を受け続けていた防御プログラムが、僅かに顔を上げている。
防御層にぶち当たる砲撃を無視したまま、彼女が睨んでいるのはヤクモだ。
遅れて気がついた本人も、いったん砲撃を止めて様子見に回る。
どことなく口の端が上がっているのは、気のせいだろうか。
「――――ッ!!」
不意に、防御プログラムの咆哮が空気を揺らす。
まるで悲鳴のようにも聞こえる金切り声が、無理やり鼓膜の奥へと押し込まれていく。
誰もが耳を手で覆った。
刺すような痛みに耐えて表情をしかめた。
しかし、その中でヤクモだけは確かに口の端を釣りあげ笑っている。
額に脂汗を浮かべ、耳を塞ぎながら眉を寄せているのには変わりないが。
それでも、シグナムには彼の口が「待ってました」と呟いたように見えた。
いや、ぶっちゃけ2分割くらいで書こうと思ってたんですよ。
でもね、なんか気付いたら3分割くらいの量になってましてね。
ちょっと気合い入れすぎちゃったテヘ☆ペロみたいな?
明日も明後日も更新があるぜ(白目 の方が近いかもしれないけど。