こつこつと足音が響く。
それ以外、俺の耳を叩く音はない。
ただ、人がいないということはないだろう。
今日会いに来た人物と、それ以外に何人かの過激な先客がいるはずだ。
「冗談きついなあ」
ぼそりと呟いた声が、奥に伸びる暗がりへと吸い込まれていく。
自然の洞窟と人工物が半々で残る通路は、足元の非常灯が点々と続いているだけ。異様な静けさに包まれて、不気味なことこの上ない。
すぐにでも帰りたいところだが、そうもいかないから困る。
ここは、数年前のクライアントが所有するラボ。
時期的には、プレシアの前に受けていた案件だが。その依頼主というのが、問題はあるものの名医と言って差し支えない技術を持っている。
はやてのことを聞くならこいつに。正直、嫌で嫌で仕方ないけどそうするのが一番早いと考えていた人物だ。
「…………」
ゆっくりと進む。
視界は悪いが、今は助かる。
入口を吹っ飛ばした跡があったので、おそらく先客は穏便なやつらじゃないだろう。
出会わないことを祈っているが、いざというときは闇に紛れるしかない。
逃げるが勝ちだ。
とはいえ、どうしたもんかな。
この施設の持ち主に用があって足を運んだら、まさか襲撃者がいるとは予想外デス。
タイミング悪すぎワロタ、というやつだ。
しかし、それに対する予定の変更もなければ、こちらの呼びかけにも答えがない。
彼なら易々と死んだり捕まったりしないとは思うが、なにも言ってこないなら予定通りの場所へ出向くしかないだろう。
最悪、いなくてもなにか手がかりくらい置いてある可能性だってある。
「はーい、お邪魔しますよ。誰もいませんように」
ホントに。心からお願いします。
そう願いながら、会う予定だった部屋の前で壁にへばりつく。
デバイスを構えながら開閉パネルを操作すれば、欠片の抵抗もなく扉は開いた。
ぷしゅーとエアの抜ける音が、やけに大きく聞こえてで泣きたくなる。
こういう場合、部屋の中で死体食ってるやつがいそうで怖いよな。
「誰もいないかなー? いないならいませーんって返事してくれてもいいんだよ?」
静まり返った室内を、やはり足元の非常灯だけが照らしていた。
どうも、最低限の電力しか生きていないらしい。
主電源は死んでいて、非常時の予備電源に切り替わっているのだろうか。
「あの野郎、会ったら一発殴ってやる」
中は無人で、特別なにかいる気配はなさそうだ。
家探ししたいところだが、これで日記とか見付けるとフラグがなあ。
かゆ……うま……とか書いてあったら、きっと恐怖で漏らしちゃうよ俺。
濡れる!! なんてね。
まあ、冗談はさておいて。
「中に誰もいませんよ、っていう確約がないんだよなあ」
これで入ってみたら誰かいて、実は息を殺してましたってオチだけは勘弁して欲しい。
念には念を。まあ、怪しい扉の前で聞き耳は予定調和だしね。
「アクティブソナー、エコー」
やることは単純。
まず手に魔力を集め、砕いてそこらへまき散らす。
同時に受信用の術式を展開し、跳ね返ってくる魔法の残滓を拾っていく。
そして、最後にそこから演算した周囲の輪郭を意識内へ作り出せば完了だ。
なんの捻りもない魔力ソナーである。
サーチャーに比べて精度は劣るものの、維持と遠隔操作が必要ないから燃費は悪くない。
室外でも一定の精度を誇るし、室内なら初見で打破できたりはしないだろう。
サーチャーを誤魔化せるハイド系の魔法も、一部はこれで看破できる。
欠点は1回で処理する情報量が多いことだが。
「あれ、ホントに誰もいない? そんな馬鹿な」
発光スフィアを展開して、周りを照らしながら室内へ進む。
端末と作業台、機材の数々が整然と並んでいる。
急な襲撃に慌てた様子がない辺り、家主の性格が出ているというか。むしろ、これ事前に知ってたんじゃないかなとすら思えるレベルだ。
おそらく、端末の中身は初期化済みだろう。
起動してみて警報とか鳴っても笑えないし、とりあえずハードだけ引っこ抜いとくか。
なにも残ってないとは思うけど、万が一という可能性だってある。足取りを掴むためにも、大人しく解析しておこう。
「まあ、それ以外に手がかりもなさそうだしなあ」
小さな魔力刃で端末を解体して、中から手帳サイズのハードディスクを引っ張り出す。
ん? そういえば、なんでこれがまだ残ってるんだ?
襲撃者が、まだここまで到達してないだけってことはないだろうな。
同じ場所から入った俺が、そいつらより先に着くはずもないし。
「じゃあ素通りしたとか?」
いや、それもないか。特にロックもかかってなかったし、全部の部屋を確認するくらいはしたはずだ。
ということは、襲撃の目的が殺害とか拉致だったという可能性か。
膨大な量の研究データを盗むより、人間をさらう方が早いかもしれない。
それはそれで困るなあ。いくつか協力して欲しいことがあったから来たのに、完全な無駄足じゃないですかやだー。
また最初から探し直しか。
どうせ殺しても死なないようなやつだし、どっかにいるとは思うけどさ。
「にしても、襲撃者の目的が見えないなあ。まさか管理局とか……あ、やばい。今、なんか変なフラグ立てた希ガス」
「そこにいるのは誰だ」
ほらね! ほらね!!
咄嗟に発光スフィアを入口へ撃ち出し、自分は大急ぎで機材の影へと滑り込む。
たぶん牽制くらいにはなったと信じたい。
「こちらは次元管理局、首都防衛隊所属のゼストだ。無駄な抵抗はするな。大人しくしてくれれば、悪いようにはしない」
「首都防衛……エリート様がこんなとこでなにしてんだよ」
ホントやめてよね。
それにしてもどうしよう。首都防衛隊とか、まともにやり合って勝てる気がしない。
あいつら選り抜きの人員だもん、仕方ないね。
これがせめて航空隊だったら……うん、俺のなんちゃって空戦じゃ追いつけないわ。
戦技教導周りのやつらは論外として、陸士隊ならワンチャンあるか? でも、飛べないだけで現場のやつらはタフネスあるんだよなあ。
うわ……こうして考えてみたら、誰にも勝てなさそうなのが不思議だよね。
し、自然保護隊とかのやつ相手なら遅れはとらないし! たぶん。
「俺はここの関係者じゃないんだけど、できたら見逃して欲しいなあ。なんて」
「それはわかっている。先ほど妙な魔力反応を感知するまで、人の気配は欠片もなかったからな」
ああ、ソナーのせいか。
探知のつもりで相手をおびき寄せるとか、俺天才じゃないかな。
「だが、ここにいるということはなにか知っていることがあるはずだ。拘束はしないと約束する。代わりに、保護という形で一度こちらへ身柄を預けてくれ。事情聴取がしたい」
保護されたあと、手が後ろに回るコンボ持ちの場合はどうすればいいですか。
救いが欲しいよ。切実に!
「ちょっと探られたくない腹とかある人なんだけど、そういう場合はどうすれば?」
「……大人しく投降しろ。これ以上の罪を重ねるな」
「さっきの意見と180度違うんですがそれは!!」
あかん。これ完全にあかんやつ。
ともかく逃げ道だ。それを探さないと、始まる前に終わってしまう。
入口……は、管理局員が居座ってるからアウト。それ以外の出入り口も、全面壁だから無し。
よし、じゃあこういうときの鉄板は通気口! と思ったけどないんだなこれが!!
「やっべ、なんだこれ。ちょっと楽しくなってきちゃったぜ」
どっかに隠し扉とかないかな。まあ、あってもこの状況じゃ見付けるのは無理臭いけどさ。
いっそ開き直って真正面から特攻してみるか。
予想外の行動過ぎて怯んでくれるかもしれない。
炸裂式のスフィアもいくつか展開して、腹マイト風特攻とかどうだろう。
神風万歳!
『遅くなりました。まだご無事ですか?』
「こいつ、脳内に直接……いやこれ前にもやったわ。どちら様?」
『ドクターの指示でお迎えにあがりました』
あの野郎。迎えを寄こすくらいなら、もっと早い段階で連絡寄こせよ。
ついでに言うと、びびるから急な念話の割り込みもなんとかなりませんかね。
今回は女の子の可愛い声だからよかったものの。これでおっさんの野太い声が割り込んできたら、いきなりすぎて俺の警戒心は有頂天ですよホントに。
『それでは、少々手荒な方法になりますので衝撃に備えてください』
「え? なにその不穏な言い方。やめてよ今ちょっと脳内が愉快な感じなのに!」
これ以上、何を失えば俺は許されるの!?
いやだが落ち着こう。偉大な先人は、こういうときのために素晴らしい言葉を残してくれている。
どこからなにが来るかわからないとき、この言葉を思い出して用心するんだ。
そう。上から来るぞ! 気をつけろぉ!
「あっ……」
そんなことを思いながら勢いよく上を向いた瞬間、尻の感触と共に重力が消え去った。
これ完全にボッシュートコースですわ、察し。
「テレッテレッテえええええええええええええええええええええ!?」
頭上でゼストが「待てっ!!」とか叫んでいる気がする。
けどまあ自由落下なんで、俺にはどうしようもないです。アデュー。
そのまま帝国華撃団も真っ青なスロープを滑り降りていく。
右へ左へ、ちょっと上がってから下がる。スパイラルっぽいのも抜け、っておいなげぇよ!
これどこまで続いてるんだろう、と不安になってきた辺りでようやく出口が来た。
どぼんと水の中に突っ込むオプション付きで。
搭乗スロープかと思ってたら、ただのウォータースライダーだったで御座るの巻。
「冷てぇ。これは下水かな?」
「いえ、地下水です。衛生面に問題はないかと」
振り返れば、そこに1人の少女が立っている。
ウェーブがかた紫の長い髪が特徴的だ。確か、ドクターのところの秘書だったかな。
えっと、ウーゴくんだっけ?
「ウーノです。とりあえず、そこから出てください。タオルはこちらに。ドクターのところまでお送りいたします」
「上のやつらは?」
なんとか淵によじ登り、ウーノから受け取ったタオルで顔を拭く。
まさか、こんな形で濡れる羽目になるとは。
下着までびっちゃびちゃですけど。
「今回ご協力いただけたので、彼らの正体は掴めました。対応策は考えておきます」
「無断で協力とはいい度胸だあの野郎」
ぜったいぶっ飛ばす。
転移魔法陣が起動する中、それだけは固く心に誓った。
コンバット越前のエンム力が圧倒的に足りません><