カチャカチャと卵を溶きながら、目の前で作業するシャマルさんを見張る。
ちょっと目を放すと、大変なことになりそうで恐ろしい。
この緊張感はなんだろうか。
「よし、じゃあその肉に下味をつけよう。まずは塩をひと摘まみ……違うそれはひと掴み!」
「え?」
いや、そんな不思議そうな顔されても。
「今はトンカツを作ってるんであって、干し肉を作るわけじゃないからね? 塩漬けにしてどうする」
「え、でも今ひと摘まみって」
「いやだから摘まめよ、なんで掴んだ。実は力士かなんかなの?」
ふ、太ってなんかいません! とシャマルさんが腕を振り回す。
よし、今度からテメェの名前は関取だ。目指せ横綱!
だから、その塩まきは本場所までとっといてくれませんかね。
「シャマルさんが俺を塩漬けにしようとする! ミイラになって発見されたら、犯人はこいつなんでよろしく!!」
「ち、違うんです! 手が滑っただけなんですぅ!!」
半泣きでごめんなさいされたらどうしようもない。
でも、とりあえず頭洗ってくるわ。海水浴したあとみたいな気分だし。
「いいか、俺が戻るまで絶対に続きをやるなよ? 絶対だぞ?」
「お前は夕食を台無しにするつもりか」
足元から声がすると思ったら、ふくらはぎをザフィーラにかじられました。
痛ぇ。
もしかして、下味つけられてたのって俺か?
た、食べても美味しくなんてないんだからね!
「あのマジ痛いんで勘弁してくださいお犬様」
「お前に生類を憐れむ精神などあったのか」
「あの、とりあえずワインを振りかければいいですか?」
おいだからやめろって言ってんだろ。
あと、テメェが今持ってるのはワインじゃなくてお酢だから。
「ちょっとザフィーラ交代。肉に下味つけるところで躓いてるから」
「思ったよりも早い段階で足踏みしているな。シャマル、続きをやるぞ」
「頑張ります!」
やる気だけはあるんだけどなあ。
空回ってるというか、トリプルアクセル決めて被害が出るレベルというか。
台所に立つなって言いにくいから困るよねこれ。
せめて、生贄は最小限にしよう。身内から殺人未遂とか笑えないし。
「でもなんでだろう。不安で胸がいっぱいなんですが」
「ごちゃごちゃ言ってる間にシャワーを浴びてこい」
再びふくらはぎをがぶりといかれる。
だから、痛いって言ってんだろ!?
いい加減にしろよ? 頭から薄力粉ぶっかけて携帯のCMに引っ張り出すぞ!
「面白い格好で道頓堀に投げ込まれたくなかったら、今すぐ風呂へ行け」
「いえっさー」
ザフィーラはやると言ったら必ずやる。きっとたぶんおそらくそういう奴だ。
だが舐めるなよ? 俺は33-4なんて展開はきっちり回避してやる。
そのためにも、まずは大人しくシャワーだ。
なんでや阪神関係ないやろ! とはやての悲痛な叫びに背中を押されて一端風呂場へ。
ついでに湯船の掃除もしてから居間へ戻る。
「あれれー?」
ドアを開けて最初に見えた光景は、全員が着席している姿だ。
これだけならおかしくはない。飯が完成したので、俺を待っていただけという風にも見える。
問題はテーブルの上にあるカップ麺と、あとはなにかが焦げたような臭いか。
え、なにこれどうなってんの?
「マモレナカッタ……」
「腐界に手を出したらこうなるんやな。身を持って理解したわ」
「あれがメラゾーマではなくメラだと? ありえん……」
ヴィータ、はやて、シグナムが死んだ目でなにか呟いている。
ちょっと言っている意味がさっぱりなんだけど、こいつら大丈夫か?
「あれ、そういえばザフィーラは――」
「中に誰もいませんよ?」
視点の定まらない瞳で、シャマルさんが食い気味になにか言っている。
っていうか、それあかんやつ!
ちょっと目を放した隙に、本気でなにがあったんだよ。
このお通夜みたいな状況の説明くらい、あってもいいんじゃないかな。
「おい、ザフィーラ?」
とりあえず、台所にいるんじゃないかと覗いてみる。
結論から言うと、そこにいた。真っ黒焦げの壁を虚ろな瞳で磨くザフィーラさんが。
空鍋かき回してないだけマシなんだろうかこれ。
そして、なんで火災の痕跡? まさか本気でフランベやったの?
揚げ物だって言ったよね。炎上どころか危うくぼや騒ぎじゃないですかやだー。
「こんな短時間で昼ドラばりの急展開とか」
「ああ、お前か。今日の晩飯はカップ麺だ」
あのテーブルはそういうことか。
まるで最後の晩餐みたいになってたが、あながち外れてもいなかったらしい。
明日までにコンロ直さないとな。
「カセットコンロの発掘は……今やってるんだな。手伝おう」
「すまない。引き戸が変形しているから、なにかで切断して開けてくれ」
「もうガチの火災じゃねえか」
シャマルさんが、完全に戦略兵器化してるんですがそれは。
あの人を敵地に潜入させれば、それだけで勝てる気がしてきた。
もういっそ、管理局の本部にでも放り込んどこうかな。
「ところでザフィーラ」
「なんだ」
「その尻尾は……」
「なにも言うな」
アッハイ。
どうやらちりちりの尻尾には触れて欲しくないらしい。
なんというか、ほら、ね? ファイト!
「…………」
すげぇ怖い目で睨まれたため、さっさとコンロとヤカンを持って脱出する。
台所の片づけは任せてしまっていいだろう。
どうせ修理は俺の仕事になるんだろうし。
「台所のリフォームなんて初めてだわ。まさか俺こんなことをする日がくるなんて」
「一級建築士も裸足で逃げ出すようなん頼むわ」
「なるほど、耐震偽装をすればいいと」
そういうのは一部の話しであって、全体ではないんやで? と軽く説教される。
サーセン。
とりあえずコンロに火を点け、ミネラルたっぷりのヤカンをセット。
こう言っておけば、多少なりとも料理してる感が出るんじゃないかなたぶん……
「それにしても火災騒ぎか。シャマルさんの破壊力パネェ」
「違うんです! ちょっと失敗しちゃっただけなんです!!」
ちょっとの失敗でこれか。
大失敗したら街が1つ吹き飛ぶんじゃなかろうか。
そう言えば最近、食材に包丁を入れるだけで爆発する謎のアニメを見たな。
あんな感じで起こった事件なのかもしれない。
どうせなら、食った後に口からビームが出てくれる方が嬉しいんだけど。あれがどういう感じなのか、ちょっと気になるんだよね。
「シャマル、もう料理は諦めろ。なんか、あたしの方がまだ上手くできる気がしてきた」
「まあ、なんだ。料理ができなくとも死にはしせんさ」
「シグナムがトドメを刺したように聞こえたのは俺だけか?」
全力でシグナムが視線を逸らした。同時に、シャマルさんがテーブルに崩れ落ちる。
湯加減を見ているはやてが助け舟を出してくれるわけもなく。カップ麺作りに精を出しているヴィータに関しては、もはや興味すらないらしい。
こいつら自由だな!
「まあなんだシャマルさん。はやての手伝いはできてるんだし、加減をもろもろ覚えていくところから始めよう」
「うぅぅ……やぐもざーん!!」
うわっ汚い!
鼻水まみれでこっち来ないで!?
「わぁー、ヤクモさんはイケメンやなあ」
「おう、吃驚するぐらいの棒読みやめーや。あと、料理教えるのははやての役だからな?」
「事故になりそうやったら、ヤクモさんが颯爽と現れて助けてくれるんやろ?」
なにそのとてつもなく高いハードル。
言っとくけど、俺はスーパーマンじゃないしそんなことできないからな!
でも、とりあえず台所に安全装置はつけとこう。耐熱板とスプリンクラーが完備のやつ!
「ホント、世の中って結局金だよね」
「渡る世間は鬼ばかりやしなあ」
鬼っていうか金だけどね。
借金やっほい!! カッコヤケクソ。
とりあえず、いったん伏線は撒き終えたので調子を戻そうとしたらこの様だよ!
私、今までどうやってギャグ書いてたっけ!?