はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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21今日も月夜に仕事の飯

 煌々と光を放つ画面から目を離し、ぐっと背筋を伸ばす。するとそれに合わせて、背後でドアの閉まる音が響いた。

 うん? と振り返った先にいたのはシグナムである。

 時刻は深夜にさしかかり、はやてもとっくに寝てしまったはずだが。はて、なんだろう?

 喉でも渇いたのかなと思っていたら、こちらに気付いて寄ってくる。ホントになんだよ。

 

「お前はこんなところでなにをしている」

「いや、夜風が気持ちいいなと思って? トイレなら廊下の奥だけど?」

「お前はデリカシーという言葉を覚えたほうがいい」

 

 ベランダに座っている俺を見下ろして、シグナムは小さく溜息を吐いた。

 今のどこに呆れられる要素があったというのか。

 いやそりゃ、梅雨とかいうシーズンらしくてジメジメしてるけどさ。今日は雨も降ってないからマシだし、シールドで虫除けも完璧なんだぞちくしょう!

 

「なんか用があって来たんじゃないの? 俺、仕事に戻りますけど?」

「む、邪魔をしたか。少し話をと思ったが、作業中なら改めよう」

「お前、わかってて言ってるだろ。聞くから座れよ」

 

 展開していた画面を片付けると、隣にシグナムが腰を下ろしてくる。

 シールドを張りなおして虫除けにしつつ、ちょっと防音効果も追加しておこう。

 居間の方では、ザフィーラも寝てるからね。

 

「そんじゃまあ、お伺いしましょう?」

「別に難しい話ではない。守護騎士の長として、お前が信用できる人物かを問いたいだけだ」

 

 あー、まあそのうち来るとは思ってたよ。

 結局のところ、なにひとつ疑問には答えなかったからなあ。

 主であるはやてが信用してるし、とりあえず疑ってはいないくらいの扱いだって知ってた。

 

「うぅん、どうすればいいかね。正直、俺の経歴くらいなら喋ってもいいんだけど」

 

 だが、言ったら信頼度はうなぎ下がる気がする。

 そういう自信だけなら誰にも負けないよ俺。

 

「ほう、お前の経歴というのも気になるところではあるな」

「……はやてには言わないって約束するなら教えてやろう」

 

 まあ、はやてのことだから察してるところはあるんだけど。一応、一応ね。

 無意味に血生臭いこと聞かせる必要なんてないんだし。

 

「うーん。まあ、ここはケツを割って話すしかないな」

「割るなら腹にしてくれないか?」

 

 これは腹筋スレが必要になる予感。

 

「さて、どんな話を聞きたい? 荒事専門の民間派遣会社にいたとき、どれくらいの成績だったとか教えてやろうか」

「首級の数を自慢するのは、あまり感心しないな」

「そりゃあ立派な騎士様と違って、こちとら所詮は傭兵くずれのチンピラですから」

「騎士、か……やってきたことだけ見れば、お前とあまり変わらない気もするが」

 

 どこか自嘲でもするような声色に、俺の背中を嫌な汗がつたっていく。

 おかしい、なんで今の流れでやぶ蛇になったし。そうか、これが噂の深夜テンション!

 あれ? もっと楽しいのがキマった感じになるって聞いてたのになあ。

 

「まあ、天下の闇の書だからなあ。確か、ちょっと前にも管理局の戦艦を沈めたとか聞いてるけど」

「なに? 管理局の戦艦だと?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 あれれ~、おかしいぞ~。

 しかもこれ、嫌な予感がマッハなんですけど。いったいどういうことですかね?

 

「守護騎士なら、闇の書がやったことくらい知ってるんじゃ?」

「いや、私たちだって万能じゃない。状況によっては戦闘不能になるし、そういうときは主の修復を受けなくては復帰できないんだが。その、魔力の消費を抑えようとする主も多くてな」

「ああ、つまりエコブームだったわけか」

 

 え、なんか違うって? あっ、そうですか。

 

「んー、管理局のサーバーにクラックかければ資料引っ張ってくるくらいはできるんだけど。時期が悪かったなあ」

「時期が悪いというと?」

「実はこの辺の次元中域で、先月の最後くらいに中規模クラスの次元震があったんだけど。その影響で、小さめの次元断層が発生してるらしんだよね。管理局の本部があるミッドチルダ方面に、今は直接通信とかできなくなってる」

 

 守銭奴曰く、どっかの次元世界が1つ飲み込まれたなんて眉唾の噂も出回っているとのことだ。その真偽は別にして、少なくとも断層の付近はぐっちゃぐちゃに違いない。

 通常の次元転移も、しばらくは控えるのが得策だろう。

 管理局本部も、おそらく断層は観測しているはずだ。しかし、本格的な調査をやってみないことには被害状況がわかるわけもない。

 一番近くにいたアースラの帰還を待って、観測チームを発足。あるいは安定中域に入り次第、通信による報告と観測隊の派遣ってのが妥当だろうか。

 いや、流石にそこまで管理局の腰は軽くないだろうな。

 アースラにだって、重要参考人としてフェイトが乗っているはずだし。それなら、裁判云々を抜きにしても一時帰還は強制されそうだ。

 

「もちろん、遠回りに次元転移を繰り返して安定領域まで行くって手もあるけど。流石に2、3日で帰ってこられないだろうからなあ。デバイスも直したばっかりで未調整だし、荒事になったら対処できる気がしない」

「まあ、確かに気になるところではあるが。あまり無茶をしてまで過去を知りたいわけでもない。それに、必要とあれば闇の書の管制人格がなにか知っているだろう」

 

 管制人格……デバイスのAIか?

 ベルカ方面の技術はさっぱりだからなあ。

 せっかく環境が整ってたんだから、ちょっとくらい勉強しとけばよかった。

 

「裏技もなくはないけど、あれは金かかるからなあ。せっかく少し返済したばっかりだから、できれば控える方向で……まあ、悪い話ばっかりでもないさ。ちょっと次元断層の規模をシミュレートしてみたんだが」

 

 守銭奴と連絡を取ったついでに、軽く集めて回った周辺空間の観測データを空間モニターへ呼びだす。

 そこから次元断層の規模を予想。ついでに第97管理外世界とミッドチルダの座標に、アースラのカタログスペックから算出した航行速度も出してみる。

 全てが表示されたモニターを覗き込みながら、シグナムは小さく頷いて見せた。

 

「なるほど。これならアースラという艦がミッドチルダへ辿りつくには、だいたい半年といったところか」

「それも休まず航行し続ければだけどな。安定中域までの移動でも、だいたい4ヶ月はかかる。もし次元断層の調査隊が来るとして、調査隊の編成と装備の補填にもろもろの認可を取ったりで2年ってところか。少なくとも、今後どうするかってのを決められる猶予はできた」

 

 ついでに、次元断層が完全に安定化するのに5年くらいだろう。

 ほとんど停止してるから、触らなければ今さら再活性化もしないだろうけど。最悪、あれをつつけば管理局の目を釘付けにできるかもしれない。

 逃げる算段は完璧だな。

 いや、情けなくなんかないし……

 

「できれば、主には平穏な生活を送って欲しいが」

「俺だってそうしてやりたいけど、世の中に絶対はないからな。いざというときの行動は決めといてくれ」

 

 じゃないと、こっちも対応できなくなる。

 下準備なしで人助けができるヒーロー様とは違うんでね。

 別に妬んでなんかねーしカッコ白目。

 

「あっ、あともう1つ頼みたいんだけど」

「持って帰ってきたトランクか?」

「よくお分かりで。あの中身、バイタルチェック用の医療器具なんだけどな。使い方はそんなに難しくないから、はやての健康診断やってくれない?」

 

 2人して、居間の隅に置いてあるトランクを振りかえる。

 それほど大きなものではないが、アルミ製の厳重な代物だ。

 持って帰ってきた当日は、はやてに密輸を疑われて酷い目にあったが。

 もうちょっと信用ってものがあってもいいんじゃない?

 

「足の原因を探るためか?」

「それもある。あとは、魔力量の正確な測定とか。きっと、あとで役に立つさ」

 

 え、どこで役に立つって? さあ、どこでしょうね。

 

「わかんないなあ。どっかで役に立つんじゃね?」

「果たしてただの考えなしか、あるいは壮大な策士なのか。判断に迷うところだな」

「孔明もびっくりの智将っぷりを披露してやんよ!」

「誰だそれは?」

「はやての部屋に三国志って漫画があるから、それ読んでこい」

 

 今度読んでおこう、とシグナムが立ちあがる。

 そういえばなんの話しに来たんだこいつ。

 ……あっ、信用できるかの確認? ダメな気がするんだけど大丈夫かこれ。

 

「おやすみ。あまり根を詰めすぎるなよ」

「ああおやすみ。そっちもはやての健康診断よろしく」

 

 まあ、身内まで警戒するのも疲れるな。

 背中を撃たれるなら、それも仕方ないかなってことでひとつ。

 最初に閉じた空間モニターを開き直し、夜の暗闇に煌々とした明かりを灯す。

 夜はまだこれからだ。

 




祝・お気に入り件数500越え。
あとついでに、月刊ランキングに載ったらしいですね。
面白そうな作品探して、ランキング覗いてた私のコーヒー返してください(歓喜

特に何かしたりはしませんけど、いつもより早めの投降で記念にしときますね。
というか。下手に引っ張って水曜更新にしたら、そのときにはランキングから外れてましたとか恥ずかしいですしおすし……


何はともあれご愛顧ありがとうございます。
常連さんも初見さんも楽しんでいってもらえれば幸いですね!

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