はやてに勁草を知る   作:焼きポテト

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2ドナドナごっこ

 俺の朝は早い。

 というか、はやての朝が早いから必然的にこっちも早くなる。

 初日の朝は完全に出遅れた。それでも短い針が8を刺していたのだが、朝食を作るからということらしい。

 なるほどと納得して、次の日は少し早く起きるようにする。だが、これでようやく同着か僅差で遅いくらいだった。

 介護要員という名目を謳っている以上、流石にこれでは駄目だろう。

 ちょっと意地になっている自分もあって、その次は更に早起きをした。

 

「なんだっけ、こういうときなんて言うんだっけ。イエスロリータノータッチ?」

「ちゃくちゃくとヤクモさんが毒されてきとるな。ええ兆候や」

 

 廊下でがっくりとうな垂れていたら、寝室から出てきたはやてが満足そうに頷いている。

 何か間違えたか?

 

「というか、何しとんの?」

「いや、はやてより早く起きることに成功したのはいいんだけど。そのあとのこと考えてなくて……」

 

 何の予定もないのに寝ているはやてを叩き起こす意味はないし、それ以前に男が着替えを手伝うわけにもいかない。

 いくら十歳ほど年下でも、女の子への配慮は必要だろう。

 結果的に、試合に勝って勝負に負けたような気分になってしまった。

 次から起床時間は六時にしようそうしようという、と話し合って決めたのは二週間前のことだ。

 はじめからこうすればよかったなんて後の祭りだが。

 

 今日も二階から一階へ降りるのを手伝い、朝食が出来るまでテレビや新聞と睨めっこして過ごす。

 台所は完全にはやてのテリトリーなので、欠片も入れてくれる気配がない。慣れた手つきで作業をしているから、もしもに備えて近くにいれば十分だろう。

 そう思いつつ、最終的に朝のアニメ枠へチャンネルをかえる日々。

 はやて曰く再放送らしいのだが、この指先から収束砲をぶっ放す少年は何者だろうか。

 婆さんが美少女に変身する原理もわからない。レアスキルか?

 デバイスなしであの規模の魔力刃が生成できるやつが、なんで雑魚なんだ。

 黒い炎の竜が大暴れしていたが、あれは噂に聞くアルザスの竜召喚師の……

 あと、なんか狐を素体にした使い魔みたいなのが混じってるのも意味がわからん。

 管理外世界の文化は面白いなあ。

 

「ヤクモさん、ごはんやよー」

「おう、今行く」

 

 食卓に二人分の食事を並べ、向かい合って座り、いただきますと手を合わせる。

 パンにかじりつきながら、はやてはどこか楽しそうだ。

 

「なーなー、今日は何して遊ぶ?」

「そうだなあ。シューティングのスコアアタックは、昨日飽きるくらいやったしなあ」

「格ゲー系とかええんちゃう? 先週やったきりやし」

「やめろ、腕が伸びるやつと後出しジャンケンのやつがまだトラウマになってるから……」

 

 あれはよくない。というか、ゲーム初心者にあの仕打ちはホントに酷いと思う。

 まさか、身をもって容赦という言葉の意味を理解するはめになるとは思わなかった。

 

「ところで。遊ぶのもいいが、今日って定期通院の日じゃなかったか?」

「あれ、そうやっけ?」

 

 一瞬ぶつかった視線を、二人して壁にかかっているカレンダーへ向ける。

 縦に一本引かれた線が、いくつかの数字を数珠繋ぎにぶち抜いていた。赤ペンで書かれた「通院」という丁寧な文字が近くに添えてある。

 

「あかん、完全に忘れとった。準備しとかなあかんなあ」

「最悪、遅刻しそうなら俺がショートカットするさ。ついでに、今回は身分証も作ってみた。前みたいに不審な目は向けられない、はず?」

 

 ちょっと自信ないな。

 俺が初めて石田先生と顔を合わせたのは先週のこと。

 当然と言えば当然の反応かもしれないが、そのときは思いっきり怪しまれてしまった。

 いたいけな少女が一人暮らししている家に転がり込んだ、どこの馬の骨ともしれない野郎。

 この構図だけ見れば、どう考えても怪しさ満載だろう。

 はやてが親戚のお兄さんでー、とか適当に誤魔化してくれたからよかったものの。あのまま口ごもっていたら、廊下の奥で腕を組んでいたマッチョが走り込んで来たかもしれない。

 なんであいつら『はやてちゃんを見守り隊』とかプリントされた鉢巻き着けてたんだ。

 

「身分証? そう言えば、ヤクモさん名前に違和感なかったから忘れとったけど別の世界の人なんやっけ」

「おう。とは言え、俺も管理外世界の出身だからこことあんまり変わらないかな。名前は移民かなんかだと思う。稀によくいるんだよ。たまたま魔法の素養持ってて、たまたま魔法のこと知って、ついでにたまたま管理世界に引っ越すやつ」

「そこにリーフの石をシュゥゥゥッ!」

「いやいや超エキサイトしないし、ナシにもならないから」

 

 架空の戸籍を作るのは、さほど難しいことでもなかった。

 この世界のネットワークは、魔法に対する防壁なんてないから当然か。

 一度データを書き込んでしまえば、よっぽど念入りに調べなくてはわからないだろうし。全国民の戸籍データをしらみつぶしに調べるモノ好きもいないだろう。

 そんな感じで偽造戸籍作っといたから、これでいくらか動きやすくなったよ。やったねはやてちゃん!!

 なんて説明したら、ちょっと微妙な顔をされてしまった。

 おかしい。これは喜び分かち合うときに使う言葉だ、ってとある掲示板サイトで教えてもらったんだが。

 今度、なんか反応がおかしかったんだけどって聞いとかないとな。

 

「とりあえず、これで先延ばしにしてた身分証明書を石田先生に見せられる。家に忘れちゃいましたテヘ作戦も限界が来てたからなあ」

「一回やるごとに、スゴい疑いの目が深まっとった気ぃするけどな」

 

 最後の言葉は聞かなかったことにして、ちゃっちゃと朝食を済ませてしまう。

 午前中は手分けして家事をやり、昼前には病院へ。通院日の昼食は、可能なら石田先生も加えてということになっている。

 お弁当か外食かは日によるが、今日は後者だ。はやてが忘れていたのだから仕方ない。

 そんでもって、そのときついでに身分証も見せてみた。

 今回はちゃんと持ってきましたよと、と笑顔で言ったはずだが。なんでこんな胡乱な目をしてるんだろうと不思議になるくらい、濁りきった視線を向けられてしまった。

 おかしい。この国では免許証という身分証明書が最強だと聞いたのに……

 

「用意した身分証明って免許証やったんやな。で、実際に運転とかできんの?」

「大丈夫。指名手配レベルマックスで警察の手から逃げ切った俺を舐めてはいけない」

「あ、これあかんやつや。石田先生に電話せな!」

「ごめんなさいちゃんと乗れます! 一応、その辺りは調べたんで運転の仕方はわかるんだ。こっちの世界で似たような乗り物もあるし」

 

 危うく携帯に手を伸ばしかけたはやてを、必死で押しとどめる。

 こう言っては何だが、どうも俺はあの先生が苦手だ。嫌いとかそういうことじゃなくて、純粋にこっちの心が汚れてるんだろうなと思う。

 

「へぇ、七海八雲ってこう書くんや」

「名前がこっち向きでよかったよ。漢字は当て字だから適当だけど」

「年齢20歳ってのもびっくりやな。成人しとったんか」

「その成人ってシステムに驚愕したのは懐かしい記憶だ。こちとらはやてくらいの歳には、もう働いてたからなあ」

 

 どんな仕事なん? と聞かれたんで、ニヤリと笑いながら秘密のある男ってかっこいいだろ? とだけ返しておく。

 なんか、これが噂のニコポかあとか言いだしたが何のことだろう。

 

「なんにせよ、これで身分証明もできたんで考えてることがあるんだが」

「ん、なんや?」

「そろそろ働こうかなって」

 

 なん…やと…!? とはやてが驚愕する向こうで、八神さーん! あれ、八神さーん? と看護師さんがキョロキョロしているので車椅子を後ろから推し進めていく。

 

「あ、八神さん。もう呼んだらすぐに返事してくださらないと困ります」

「いやあ、申し訳ない。では検査よろしくお願いします」

「ちょっ、ちょぉ待ち! 看護師さんストップ! ストップや!! ああああああ、今ヤクモさんがさらっととんでもないこと言うててん!!」

 

 あとが押してるからあとで話し合ってね、とにっこり笑顔の看護師さんにはやてが連れて行かれる。

 こういうときにピッタリの歌があったと思うんだが何だったか。

 

「ああ、そうだ。あーるはれたー」

「私は子牛とちゃうから! ドナドナ言うのきん――」

 

 そこで診察室の扉が閉じてしまったので、それ以上のセリフは聞こえてこない。

 辛うじてわかったのは、ドナドナ禁止令が発布されたくらいか。せめて最後まで言わせてあげればいいのに、あの看護師さんも容赦ないなあ。

 まあ、それもこれもはやてのためか。

 

「さて、俺はどうしようかな。適当な言い訳を考えとくのは当然として」

 

 昼食後ということで少々眠い。

 はやての診察も、すぐに終わるような類のものじゃないし。屋上で休憩かな、とか考えつつ視界の端でちらちらしている『はやてちゃんを見守り隊』の連中を警戒する。

 公共の場でちょっと騒ぎすぎた。これは逃げるしかない。

 そんな感じで、地味な鬼ごっこをするはめになる。

 食後の腹ごなしになって万々歳だよクソッタレ!

 


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