はやてをすずかに任せ、迎えに行くまで俺は昼寝。というわけにもいかないので、やることをやってしまおう。
そう思い立って、都心から少し外れたところにある中古車販売所までやってきた。
暇そうに見えるかもしれないが、これで案外忙しい身である。
いや、借金の返済以外でね?
「合言葉を言え」
「急いでるのに!」
「……風」
「バーニィー!!」
あのホント暇じゃないんですけど。なんでこんな遊びに付き合わされてるんですかね?
なんなの? 馬鹿なの死ぬの?
「はいおっけーっス。なにがご入用で?」
「え、あ、おう。ちょっといろいろ揃えたいんだけど、今のなんだよ。悪ふざけにしか聞こえないんだけど」
「この世界、魔法関係の人口が少ないっしょ? それでも、あんたみたいなのがいるからこっちは仕事できるんスけど。普段はここの世界の人相手に商売してるし、どっちも相手するなら見分けるために違和感がないような合言葉が必要なんスよ」
お前の趣味マシマシな悪ふざけだろ絶対。そんなことを思いながら発注表を渡す。
せっかく、はやてと守護騎士の気が逸れている今がチャンスだというのに。他の業者探そうかな。
「えーっと、細かいのがひぃ、ふぅ、みぃ……ん、これ医療道具? なんに使うんスか?」
「詮索屋は嫌われるぞ。用意できないなら他所をあたらせてもらう」
「怒らないでくださいよ。ちょっとした世間話じゃないっスか」
めんごめんご、なんて謝り方をされてもイラッとするだけど。商売するつもりあんのかこいつ。
まあここは管理外世界だし、こういう人種がいるだけで奇跡かもしれないが。
それにしたって、借金に紹介料まで上乗せしてこれとは。あの守銭奴め覚えとけよ。
「ま、大丈夫だと思うっス。いつまでに?」
「できるだけ早く。全部揃ってから連絡してくれ」
「お任せを。サラマンダーより、ずっと早くご用意するっス」
お前は、今なんでサラマンダーと対比した。悪意しか感じられないんですけど。
「あっ、そうだ。ついでに車とかいかがっスか? お安くしときますよ」
「いらない。そもそもこっちで永住するわけでもないし、買ったところで持て余すだけだろ」
もちろん、輸送する手段ぐらいある。だが、そうするメリットはどこにも見当たらない。
こっちで通常車を買ったとして、魔法圏に行けば結局新車を用意することになるだろう。
なぜなら、向こうのほうが圧倒的に便利な機能を積んでいるからだ。あくまで魔力が扱える前提の便利さではあるが。
輸送費や維持費など、もろもろを考えてもデメリットばっかりだ。
「まあまあ、そう言わず。ちょっと見るだけでもいいっスから」
しつこいなあ、と思いながらも出されたカタログへ目を向ける。
真っ赤なスポーツカー。そういう印象の写真が載っていた。
車種はアウディR8というらしい。
「ツーシートかよ。ん、魔力炉? おいこれ」
「あはは、いや実はそれのせいで困ってんスよね」
つまりなにか?
どこぞの馬鹿が、この世界の車を弄って魔法技術がぶっこんだと?
管理局さんこっちです。
「正直、こっちの人間に売るわけにもいかず。かと言って管理外世界に定住するやつなんて、基本的に魔法から離れたいやつらばっかりなんスわ」
「まあ、そうじゃなくても気軽に魔法技術なんて使えないだろ。そりゃ買い手もつかんわ……」
元が高級車ということも原因の1つだと思うが。
それにしても、前の持ち主はなにがしたかったんだろう。
こんな魔改造施してまで行きたい場所でもあるのだろうか?
「前の持ち主は?」
「いやそれがわかんないんス。流れに流れてうちまで辿りついたんスけど、魔力炉の周辺がふっ飛んでるみたいで」
「ああ、つまり動かないと。お前は喧嘩売ってんのか?」
事故車どころか故障車じゃないですかやだー。
「その辺は、紹介者さんからこういうのの修理が得意って聞いてんスけど」
HAHAHA! あの守銭奴マジで覚えとけよ!!
人の情報ダダ漏れにしやがって、次会ったら男女平等パンチでもくれてやる。
「悪いけど予算がない。ちょっと惹かれなくもないが、今の俺は借金まみれだからな」
「そうっスか。たぶん売れないと思うんで、余裕ができたら買ってやってくださいよ」
確約はできないけどな、と言い残して店を出る。
このまま居続けたら話がループを始めそうだ。
無限ループってこわくね? だって同じことが繰り返されるんだぜ? とか言いたいわけじゃないから、早々に脱出してしまうのがいいだろう。
あとは支払い金を用意するくらいか。はやてからの連絡もまだないし、今のうちに依頼の受注もやっておいた方がよさそうだ。
「なんだろうなあ。この久しぶりに働くと動くのめんどくさい感じ」
あ、今なら鬱診断で一攫千金狙えるかもしれない。
ここは落ち着いて生活保護申請! これで勝つる!
まあ、こっぴどくはやてに怒られそうだからやらないけどさ。
‡
通信が鳴ったのは夕方になってからだった。
向こうも盛り上がっていたらしく、場所移動してお喋りをしていたらしい。
うん。友達作りって意味では成功かもしれないけど、勉強の邪魔しちゃった気がするよね。
すまぬ……
「にしても、なんで翠屋?」
はやてが、今はそこに居るって言うから来たけど。どういう流れだこれ。
普通にお洒落だし、美味しいお菓子もあるから普通なんだろうか。いかんせん、最近の流行とかよくわかんないですしおすし。
実は同名の他店舗ってオチじゃないよね? そんな不安に駆られつつもドアを押し開ける。
ここは誕生日ケーキでもお世話になってるから、なにかと縁があるなあ。その割には来店回数1桁という驚愕の事実もあるんですけどね?
いやほら、その辺の足りないところは熱意でカバーですよ。
「やべぇ、これちょっと熱意でカバーしきれないんですが」
入店早々に見付けたはやての隣、ツインテールの少女と目と目が逢ってしまう。
瞬間、隙だらけだと気付いたので制圧か逃亡かで迷った。
ここにいる真意はおろか、なにを考えてるのかすらさっぱりわからない。
いや、そもそもはやてがそこにいるんだから選択肢などないか。もはや、後戻りもできないだろう。
だから少しだけそのまま、ちょっと静かにしててもらえると。
「あっ、あーーーーーーーーーー!! 私を蹴った人!!」
「うわああああああでたああああああああああああ!?」
魔砲こわい魔砲こわい魔砲こわい魔砲こわい魔砲こわい魔砲こわい魔砲こわい魔砲こわい。
「ん、君は……うちの娘を蹴っただって? そういう風には見えなかったけど、ちょっと話を聞かせてもらおうか」
そう言ってカウンターから乗り出し気味の士郎さん。
ファッ!? 娘……だと……?
あ、でもこれで馬鹿魔力とかの納得ができちゃったよどうしよう。
「なのはちゃんを蹴ったやって? ヤクモさん、ちょっとどういうことか説明してみ?」
そして、ガンガン闇のオーラを放ちながら振り向くはやてさん。
綺麗にシャフ度が決まってますね。マジ恐いんで勘弁してください。
「妹を蹴った? いい度胸じゃないか」
更に女性と2人席に座っていた青年がやおら立ち上がる。
くっそ、お前もかよ!
って、え? いや、誰だお前。欠片も見覚えないんですが。
でも妹ってことは兄ってことで、士郎さんの血縁ってことはこいつも化け物ってことだなカッコ白目。
「どうもはじめまして、七海八雲といいます。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、これはご丁寧に。高町恭也といいま――いやそうじゃなくて!」
「ん? なにが違うんだ。初対面の人には挨拶、これ基本だろ?」
確かにそうかもしれないが、とか言って青年が怯む。
あ、こいつ真面目くんだ。よし、ここを押してうやむやにできるかもしれない!
「誤魔化そうったって、そうはいかへんでヤクモさん」
「ですよねー」
逃げられないよう、はやてにがっしりと腕を掴まれてしまった。冷や汗がパナイ。
あと、やっぱり移動速度がおかしなことになってませんか。それホントにただの車椅子? 実はいろは坂でドリフト決める系のターボとか積んでない?
「まず誤解であることを認めてくれませんか?」
「ギルティ」
わあ、容赦ねぇな!!
あとその親指で首元を掻っ切る感じのジェスチャーやめてください、ちびりそうだから。
「いや、今回ばかりはホントだから! 蹴ったのも助けるためであってだな。ああしないと空間干渉のまほ――」
「あ、ああああああっ!! ストップ、待ってそれ以上はダメなの!!」
はい? それは俺に冤罪で裁かれろって意味ですかね?
いやいや流石にそれはない。というか、こっちだって砲撃されてるんだから蹴ったのはチャラってことにして欲しかった。
世の中ままならんね。
「まあ落ち着け、これは意見の相違だ。お前は蹴られたと思ったかもしれんが、あのままだと魔力こ――」
「ち、違うんですそういうことじゃなくて!! ともかくダメったらダメなのー!!」
なんか癇癪を起こしたツインテールがこちらへ走りこんでくる。
キレやすい現代っ子恐い。というかちょっと待て、減速という概念はどこにげふぅ!?
「ぐぉぉ……鳩尾にヘッドバッド……ダメ、絶対……」
これは果たして、打点がもうちょい下じゃなかったことを喜ぶべきなんだろうか。それとも、絶賛痙攣を始めた横隔膜を嘆くべきだろうか。
どっちにしろ、この子の頭硬すぎんよ。
「まあ、ええ薬やな。自業自得や思って諦め」
「そんな、バナナ……」
あっ、やめて。今わき腹はらめぇ!!
なんか出ちゃうから、ゲロっと産まれちゃうから!!
『あの……私、家族や友達には魔法のこととか黙ってて。だから言わないでもらえると助かるんですけど』
『念話が使えるんだから、そういうのは先に言っといて欲しかったな。俺の腹はサッカーボールじゃないんだぞ』
華麗にダイビングヘッドでシュート決めやがって。
俺に吐き癖とかついたらどうしてくれる。
「とりあえず、どいつもこいつも1回落ち着こう? ここ店内だからね? お客さんドン引きですよ?」
「それもそうよね。じゃあ話の続きは店の奥でどうぞ」
「それはいい。恭也、なのはについてやってくれ。僕が行くと、もしものときに殴ってしまうかもしれない」
おい、この夫婦リアルに恐いぞ。
嫁が逃げ場を潰して、夫がトドメってか?
ははっ、そういう息の合った共同作業は結婚式でお願いします。
「わかった。なのは、奥で詳しく話を聞かせてもらうぞ」
「カッコ意味深」
最後の虚しい反撃にはやてからの鉄拳制裁を貰いつつ、がっちり肩を恭也くんとやらに掴まれて連行される。
退路もなく。説得に失敗すると、自動で人生のゴールテープを切ることになりそうだ。
えっと、最後の言葉くらい残しとくか。
昨晩のハンバーグ、大変おいしゅうございました……
ホントは、2月22日に「可愛い猫耳フェイトちゃんだと思った? 残念、子狸はやてちゃんでした!!」とか。
昨日、72さんの誕生日だったから絶望AAを貼ろうとか。
そんなことを考えてた時期が私にもありました……