1道草から始める
突然だが、生物は食わなきゃ死ぬ。
ミミズだってオケラだってアメンボだって、みんなみんな食わなきゃ仲良く死ぬのだ。
胃袋を持って生まれた以上、自然界の摂理から逃れることなんて適わない。
そうやって食物連鎖が作られ、世界は回っているのだから。
「お、この草食えそう! これがホントの道草食うってね!!」
「いや、生のままはどうやろか」
冷静な突っ込みありがとうございます。
危うくいろんなものを投げ捨てるところだった。
夕食の買い物帰りらしい車椅子の少女には、感謝の言葉もない。
とある海浜公園にて、リアル行き倒れの俺とそれを見下ろす少女。
凄くシュールな光景だなあ、と思える辺りまだ余裕はある。お腹は減ったけど。
彼女は、足が不自由なのか車椅子に乗っていた。見た目からして、最低でも十歳は年下だろう。
「こんばんは。何か恵んでくれると助かります」
「躊躇いとかあったもんやあらへんな」
「いや、この状況は躊躇ってたら死ぬんだよね。これが……」
何のかんの言いながら、買い物袋からお菓子をわけてくれる。
この子は女神かもしれない。
「というか、なんでこんなところで行き倒れてるん?」
「それが、いろいろと凡ミスでさあ。まさかこんな管理外世界まで逃げることになるとは……」
「管理……なんやて?」
「いや、こっちの話。さて、このハッピー○ーン分の恩返しをしないとな。肉体労働でも肉体労働でも肉体労働でもなんでもするから要望をどうぞ!」
凄くかわいそうなものを見るような少女の目が痛い。
いやだってお金ないから行き倒れてたんだもの。支払えるものはこの身一つで出来ることに限られる。
「というか、お兄さん何者や。こんなところでなにしてるん?」
「うぅん……俺は魔法使い。ついさっきまでは行き倒れてたけど、今は親切な女の子と会話してるかな」
車椅子が少し離れたような気がする。
ついでに、視線の質が胡散臭そうなものを見るものに変化した。
わかっちゃいたけど、これはちょっと泣きそうだ。
「魔法使い? お腹空かして行き倒れるお兄さんがか? それやったら、魔法でぱぱっとご飯とか出せばよかったやん」
「んー、いやちょっとそういう方面性の魔法は無理臭いかな」
「そうなん? それやったら何ができるん?」
怪訝そうな表情で聞かれて、ちょっと考えてしまう。
何が出来るかなあと。
魔法使いと言ってはみたが、正確に魔導師だとか。魔法って言葉に認識の差があるよなあとか。まあその辺りは置いておこう。
問題は、俺がこの子に何をしてあげられるかということだ。
「ここで、その足とか治してあげられたらカッコいいんだろうけどなあ。ちょっと治療系は専門外だから何とも言えないし。あとは空飛ぶくらいしか思いつかんなあ……荷物持ちの方がいくらか役に立ちそうだ」
「荷物持ちなあ。って言うても、お菓子一個でそこまでやってもらうんも……ちょお待ち。今何て言うた? 空? 飛べんの!?」
あれ、変な所に食いついてきた。
何だろう。特別、この世界の空を飛ぶ技術が遅れているわけではないはずだ。
むしろ、ここ数日でいくつかの飛行物体は観測している。魔法なしでここまでやってのけるとは、なかなかの技術力だとすら思う。
そんな世界の住民が、今さら空を飛ぶことに食いつくだろうか。
「より正確には、足場を作ってジャンプするんだけどな。本格的な飛行魔法は、けっこう上級スキルなんだよ」
「そんなんええんねん! 空!! 私、それがええ!!」
「ん? いや普通に空の散歩くらいしかできないぞ? 飛ぶんならいろいろ乗り物があるようだし、もっと別のことにした方がお得だと思うんだが」
主に肉体労働とか。
「空の散歩なんて聞いたら、なおさら興味わいてきたわ! 私がええ言うてんねやからええねん! ほら、はよ連れてって!!」
遠ざかっていた車椅子がごりごり近付いてくる。
よくわからないが少女の興奮はピークに達しているようだ。
車輪が迫って来ているので非常に怖い。
「わかった、わかったけどちょっと待て。さっき正確にはジャンプするって言ったろ? 車椅子とか買い物袋を持ったままだと、重量というかバランスというかその辺がちょっと不安になる。一時的にでも、荷物を置いとける場所とかあるか?」
「それやったら、いっそ家に帰った方が早いやろなあ。ほらお兄さん車椅子押して! ダッシュやダッシュ!!」
思わず「おっけー」なんて軽く答えてハンドルを握ってしまったが、この展開大丈夫か?
うーん……ぎりぎり? たぶん大丈夫。
もーまんたい、もーまんたい。
ちょっと駆け足くらいの早さで車椅子を押しながら、少女の指示に従って住宅街を進んでいく。
軽快な走りがお気に召したのか、ひゃーっと楽しそうに悲鳴を上げる姿は微笑ましい。
「で、ここが君の家か。えーっと、八神さん?」
「そうやで、私の名前は八神はやて。よろしくや、お兄さん」
「おう、俺はヤクモ・ナナミ……そういえば自己紹介まだだったんだな」
まるで数十年来の友人感覚で喋れてしまうのが驚きだ。
特に人付き合いが苦手なんてことはないが、初見でここまで打ち解けられる相手も珍しい。
きっと、この子自身がとっつきやすい人格なのだろう。
真っ暗な玄関へと車椅子を進めていく。
二階建ての、けっこう広い家だ。明かりがないということは、家族は留守だったりするのだろうか。
だが、なんとなく静か過ぎる気もする。
生活臭がしないとは言わないまでも、人の息遣いが濃く感じられないような?
玄関を上がってずんずん進んでいくはやてが、遠慮せんとあがってやーと言いながらドアの向こうに消える。
靴を脱いで後を追えば、そこの部屋はダイニングキッチンだった。
大家族が生活できるくらい広い。だが、今はキッチンから漏れる光に照らされて哀愁すら窺えそうだ。
「うん、食材も冷蔵庫に入れたしおっけーや。はよ行こう! お空の散歩!!」
「あー……うん、まあそうだな。じゃあ、庭から出るとしようか。靴取ってくるわ」
そのままいったん玄関に戻る。
吹き抜け構造の天井を見上げて、二階の様子を探ってみるが誰かがいる様子もない。
足の悪い幼女放り出して、家族全員でお出かけなんてことはないだろう。
やだなあこれ、絶対どっかに地雷埋まってるじゃん……
「はいよ、お待たせ。それじゃあお姫様、お手をどうぞ」
「うむ、よきにはからえ」
それじゃあ王様だよ。
にこにーなはやてを抱え上げ、庭にひょいと躍り出た。
夜の空が頭上に広がっている。
月と星と街の明かりがあるだけ、まだ八神家の窓より明るい闇だ。
ぐっと足に力を溜める。
わくわくした顔の少女をちらりと見て。
「お、おおお!!」
次の瞬間、視線が一気に高くなった。
地上に広がる街明かりと、頭上に広がる星の狭間。
見回せばいつも生活している場所があって山があって海がある。
「凄いなあ。ほんまに飛べるんやなあ……」
「とべるっても跳躍の方だけどな。そろそろ位置エネルギーがマックスになって、運動エネルギー入れ替わる。重力加速度っても、まあまだ早いな」
だからこうする。
ポケットの中を探り、取り出した鉛色の石を手のひらの上で転がす。
場所は頂点。位置エネルギーが最大になり、運動エネルギーがゼロになる高さで、俺とはやての体は一瞬停止した。
「M1903、起動しろ」
刹那。慣れ親しんだ閃光が視界を駆け抜け、同時にデバイスが格納空間から装備を開放する。
左手にタクティカルグローブ、右手に軽装甲の篭手。腰の後ろに銃器を模した杖をマウントし、靴を補強するように足を鋼が覆っていく。
同時に足元が淡く光ったので、そこに着地した。
「わ、わっ! なんやこれ!!」
「まあ魔法使いの変身みたいなもんかなあ。ちなみに、これが魔法の杖ね」
引き抜いて見せた銃を見て、はやての視線がみるみるうちに懐疑的なものへ変わっていく。
そりゃそうだ。
「え、魔法の杖ってもっとこう。なんていうか、夢あふれるものやと思ってたんやけど」
「魔法使いもリアリズムに目覚める時代なんだよ、言わせんな恥ずかしい」
再び足に力を込める。
淡く光る足場を蹴って、再び体を夜空へ放り出した。
目的地なんて決めていないので、山の近くまで行って海の方へと引き返すルートを選ぶ。
春先とは言え風が少し冷たいか。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫や。それにしても凄いなあ。正直、ちょっと冗談や思ってたわ」
「通りで飲み込みがいいと思ったら、そういうことか。信用ないなあ」
堪忍やと笑ってみせるはやてに、苦笑で返す。
しばし無言で散歩を楽しんでいたら、いつの間にか海上まで足が伸びていた。
風の温度が劇的に下がってきたので、一応のために風防代わりの防御魔法を展開する。
「海鳴市がちっちゃなったなあ」
「ちょっと調子に乗りすぎた。ここらで引き返すとするか」
「……せやな、ありがとうヤクモさん。めっちゃ楽しかったわ」
目を伏せて、はやては言う。
ああ、ここで地雷がきたか。踏んでもないのに起爆とはどういう了見だ。
だがまあ、面倒だなとは思わない。
他人の不幸なんて聞いて楽しいわけもないが、そんな気分だ。
どの道、ここで無視を決め込むにしては仲良くなりすぎたというのもある。
八神家を目指して跳躍しながら、静かに問う。
「はやては、あの家に一人暮らしなのか?」
小さな頷きで答えが返ってきた。
いつの間にか、小さな手が服の裾を力強く握っている。
「車椅子で一人暮らしってのも、けっこう大変だよな」
「ちょっとだけや。台所とか、車椅子でも調理しやすいように作ってもらってるし」
今度は掠れた声で答えがあった。
でもやはり顔は上がらない。目は伏せられたままだ。
目的地に向かって階段状に足場を作る。
終着点はやはり暗い。周りの民家に明かりがあるのを見れば、なおさらその暗さが際立つ。
庭に降り立ち、お互いにしばし無言になった。
俺はなんと声をかけていいか迷って、はやてもたぶん言葉が見つからないのだろう。
口元を引き結び、もぞもぞと腕の中でもがいている。
「これは提案なんだが」
縁側からダイニングキッチンへと入り、車椅子にはやてを座らせた。
正面にしゃがみ込めば、自ずと視線がぶつかる。
「……提案?」
「ああそうだ。いくら車椅子でも生活しやすい家でも、二階にあがったり不便なことはあるだろう? だから、介護をしてくれる人を雇えばいいと思うんだ」
「ええっと……まあ、そうかもしれんけど」
「かもじゃない。絶対に必要なの、おっけー?」
お、おう……とはやてが頷く。
なんか引かれている気がしないでもないが、この際仕方ない。
「さて、そこで有料物件のご紹介です。住み込みで働けて肉体労働が得意、更にはいつでも夜空の散歩を提供できる素敵な魔法使いがいるんですがいかがでしょう?」
「……それ、ヤクモさんが住む場所あらへんだけとちゃうの?」
バレテーラ。
「そそそそそんなことは一ミリもありませんのことよ? なんと今なら、給料は寝床と三食昼寝付きという激安特価!!」
「なんやのそれ……んー、まあでもええかな。昼寝は却下やけど、毎週の定期通院とか楽できそうやし」
ええそれはもう粉骨砕身働きますとも。
「お米買ったときとか……あとは、家電買ったときも送料とか浮かせそうやし」
「すいません、冷蔵庫見ながらそれ言うのは勘弁してもらえませんかね」
「なら洗濯機でもかまへんで?」
やめてくださいしんでしまいます。
とりあえず、今後の宿を確保できたのは大きい。
いかんせん無一文だ。雨風をしのげる上に三食でるというのは魅力的な提案である。
「なんや、気遣わせてもうたかな?」
「ん? いや、持ちつ持たれつだろ。むしろ、はやての方がデメリット多めだけどな」
せやったらやっぱり冷蔵庫でも。いやそれはホントに勘弁してください。
そんな感じで賑やかに言いながら、俺はダイニングの照明を点燈する。
この家も、他の民家と変わらず暖かな光が室内を照らした。
と言うのを思いついたから書いて載せてみたけど、続きをまったく考えていない罠。
こんがり上手に焼かれた芋の明日はどっちだ!