超次元ゲイムネプテューヌ 夢のヒーローを目指して   作:ホタチ丸

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はい、皆さんこんばんわ!
時間はかかりましたが、ようやくmk2編の最終話になりました。
それでは、 さよならはいらない はじまります


さよならはいらない

「っ、フィーナちゃん!?」

 

『ふぃーなちゃん!?』

 

 ドサッとフィーナが地面に倒れた音を聞き、ネプギアはようやく我に返ることができた。

 

 突然目の前で赤い何かを体から噴き出しながら倒れるフィーナの姿に呼吸することすら忘れてしまっていた。

 

 それはネプギアの体の中にいるアカリも同様である。

 

 2人は正気を取り戻すと、弾かれたように倒れたフィーナに近づこうとする。

 

〔邪魔だ〕

 

「っ、きゃああああああ!? ……かはっ!?」

 

 しかし、聞いているだけで体の芯まで凍りついてしまうのではないかと錯覚してしまうような低く暗い声がその場に響き渡ると、フィーナの体から出た赤い何かは人型を作り上げる。

 

 声が聞こえた瞬間、嫌な予感を感じていたネプギアは咄嗟に腕を十字に重ねることで身を守ろうとしたのだが、そんなものは無意味だと言わんばかりに赤い人型が腕を振るうと、彼女の体は容易く後ろへと吹き飛ばされてしまう。

 

 吹き飛ばされたネプギアは今までの疲労が積み重なった影響で空中で踏ん張ることができず、グロリアスハーツを手放して背中から勢いよく地面に叩きつけられてしまった。

 

『ママ!? しっかりして!?』

 

〔女神よ、貴様はそこで黙って見ているがいい〕

 

「……ッ、んぐっ……ハア、ハア、ハア、あなたは、いったい……」

 

〔我は神。絶望と破滅、ゲイムギョウ界に終焉をもたらす神である〕

 

 ネプギアは打ちつけられた背中と、口の中に感じる酸っぱさによって焼けるように感じる喉の痛みに呼吸することさえ困難な状態に陥ってしまう。

 

 視界も光が明滅しているようにチカチカと輝き、意識も段々と沈み始める。

 

 そんなネプギアの意識を繋ぎとめたのが、彼女の頭の中に響いたアカリの叫び声だった。

 

 自分を心配して泣いているように聞こえるアカリの声に、ネプギアは喉の痛みを堪えて口の中に広がる酸っぱさを飲み込む。

 

 ネプギアは再び感じる焼けるような喉の痛みと口の中に残った苦味に顔を歪めるが、それでも意識を保つために必死に呼吸を繰り返す。

 

 そんな折、男性か女性かはわからないが聞いているだけで恐怖を喚起させる声を発する赤い人型に、ネプギアは未だに満足に動かない体で首だけを起こして尋ねる。

 

 そして、赤い人型から返ってきた答えに目を見開いて驚いてしまう。

 

「犯罪……神……っ!?」

 

〔如何にも。我こそが破壊の神にして、誰もが求める理想の体現者。真の救済者でもある〕

 

 ネプギアの驚愕をよそに赤い人型、犯罪神は大げさに両手を大きく広げながら言葉を続ける。

 

 その言動はまるで自分に酔っているようにも思えるが、ネプギアには犯罪神の真意を悟ることができない。

 

 ただただ犯罪神の迫力に圧倒され、無意識のうちに体を震わせて見つめることしかできなかった。

 

〔何度繰り返されただろうか。今度こそ、我はこの器を使い完全な復活を遂げよう。もう二度と貴様に邪魔はさせない〕

 

「そんなこと、させま……」

 

〔我は言った。邪魔はさせないと〕

 

「ぐっ、ああああああ!?」

 

 犯罪神が言っていることをすべて理解しているわけではないが、フィーナの体を器として復活しようとしていることだけはネプギアにも理解できた。

 

 フィーナを助けるため体を起こそうとするネプギアに向けて、犯罪神はその手をかざすように腕を伸ばす。

 

 すると、今までは標準的な人型のシルエットをしていた赤い塊の腕が伸び出し、ネプギアの体に纏わりつく。

 

 今のネプギアでは振り払うことさえ不可能なほどの力が込められた腕が、彼女の腕ごと体をギシギシときつく締めつける。

 

 あまりの痛みにネプギアは顔を仰け反らせ、必死にもがいて抜け出そうとするが、犯罪神の腕による拘束は緩むことなく、むしろきつく締めあげてくる。

 

〔全ての厄災は貴様から始まった。後顧の憂いを絶つために、今ここで貴様の存在を抹消する〕

 

「あああああああ!? ……あっ」

 

 拘束したネプギアごと伸びた腕を持ち上げると、犯罪神は殺意すら感じさせない抑揚のない声で宣言する。

 

 それこそ事務的な響きを滲ませ、何の感慨も見せようとしない。

 

 犯罪神の腕から赤黒い稲妻のような物が発生し、拘束されているネプギアに襲いかかる。

 

 体を締め付けられる痛みと、赤黒い稲妻が全身を走る度に感じる自分の中の何かが削られていく虚脱感に、ネプギアは喘ぐように大きく目と口を開いて叫ぶ。

 

 やがて、声がかすれて小さくなると、ネプギアは力なく項垂れてしまう。

 

 瞬間、ネプギアの纏っていたライラックmk2は光となって霧散し、元のワンピース姿に戻ってしまった。

 

 地面に転がっているグロリアスハーツも“ペースト”が剥がれ出して、元のM.P.B.L.の姿に戻ってしまう。

 

 ネプギアの『変身』が解けたことを確認した犯罪神は、腕から発生させている赤黒い稲妻を止めた。

 

「う、うぅ……」

 

『ママ!? ママをはなして!?』

 

 呻くだけで動けなくなってしまったネプギアにアカリは必死に呼びかけながら、犯罪神にも懇願にも似た叫びを上げる。

 

 しかし、意識を飛ばしかけているネプギアはアカリの声に反応することなく、低い声を漏らすだけであった。

 

 またネプギアの体の中にいるアカリの叫びは、犯罪神に届くことはなかった。

 

 犯罪神は拘束している方と逆の手に赤い霧を発生させると、両端が鋭く尖った結晶のような赤い塊を作り上げた。

 

 それを抵抗する素振りすら見せなくなったネプギアに向かって投擲しようと腕を引く。

 

 ……だが、それがネプギアに投擲される前に、犯罪神は動きを止めてしまう。

 

 何故なら、犯罪神の顔に誰かの拳が突き刺さっていたのだ。

 

「……お前、何してんだよ」

 

〔知れたこと。あの女神を消去する。邪魔をするな〕

 

 拳を突き出した人物、夢人が険しく睨みつけながら低い声で尋ねると、犯罪神は淡々とした口調で返す。

 

 それを聞き、夢人は眉間に寄せていた皺を深くして奥歯を強く噛み締めた。

 

 犯罪神の顔を殴っていた拳にも力がこもり、伸ばしたままになっている夢人の腕が小刻みに震える。

 

 しかし、いくら力を込めようとも犯罪神は夢人の方を見向きもしない。

 

「ふざけんな!! そんなことさせるか……っ!?」

 

〔うるさい〕

 

 怒りを爆発させ、逆の手でも殴りかかろうとした夢人の体が突如として宙に舞う。

 

 気がつくと、犯罪神はネプギアに向かって投擲しようとしていた結晶を夢人に振り抜いていた。

 

 それを知覚できなかった夢人は何故自分が吹き飛ばされているのかもわからず、受け身も取れずにゴロゴロと地面を転がった。

 

 転がる勢いが収まると、夢人はうつ伏せの姿勢のまま地面に打ち付けた個所と腹部に走る焼けるような痛みに思わず嘔吐してしまいそうになる。

 

「ガハッ!? ゴホッ、オエッ……」

 

 自然と結晶の当たった腹部を押さえ、夢人は涙目になりながら苦しそうに息を吐きだす。

 

 それでも顔を上げて、再びネプギアに向かって結晶を投擲しようとする犯罪神の姿を睨みつける。

 

(クソッ、どうす……っ、アレだ!!)

 

 ネプギアを救うために夢人がもう1度立ち上がり駆けだそうとした時、視界の端にある物が映り込む。

 

 犯罪神を止める方法が思いつかなかった夢人であったが、それを見つけた瞬間確実に止められると確信した。

 

 ……ゲハバーンなら、と。

 

「っ、うおおおおおおおっ!!」

 

 体に感じる痛みを誤魔化すために叫びながら、夢人は体勢を低くして駆けだす。

 

 途中、倒れた拍子にフィーナが手放したゲハバーンを拾うと、夢人は犯罪神に向かってぶん投げる。

 

 投げられたゲハバーンは、ちょうどネプギアに向かって投擲されようとしていた結晶が犯罪神の手から離れる瞬間に激突する。

 

 両者がぶつかると、結晶はゲハバーンの刀身にかき消されたように消滅してしまう。

 

 これは結晶、ひいては今の犯罪神の体がシェアエナジーで構成されているため、ゲハバーンによって“カット”されてしまったのだ。

 

 結晶に衝突して尚、ゲハバーンの勢いは止まらず、ネプギアを拘束していた犯罪神の腕まで“カット”する。

 

 すると、腕は霧散し、ネプギアはそのまま地面へと落下していく。

 

(間に合えっ!?)

 

 駆けだしたを勢いそのまま維持して、夢人は犯罪神の横を素通りすると、落ちてくるネプギアを受けとめるため両手を前に大きく伸ばす。

 

 ネプギアは意識を失っているようで受け身を取る気配もなく、落下していくうちに自然と頭が地面へと近づくように傾いていく。

 

「っ、ぐっ!?」

 

 落下してきたネプギアを受けとめることには成功した夢人であったが、腕にかかった負荷に思わず顔を歪めてしまう。

 

 さらに、走っていた勢いも止めることができずに肩から前転するように転がった。

 

 その際、夢人は無意識のうちにネプギアの頭を自分の胸元に抱えるように守ることを優先したため、自身の頭を思いっきり地面へとぶつけてしまった。

 

「いててて……なんとか間に合ってよかった……」

 

「パパ!!」

 

「おう、アカリは平気みたいだな」

 

 夢人が痛む頭を手で押さえて左右に振っていると、ネプギアの体からアカリが喜色満面で姿を現す。

 

 実際にはちょっとの間だけでも自分の体から離れていたアカリに懐かしさと、無事でいてくれたことに対する安堵により、夢人は顔を綻ばせた。

 

「……アカリ……ちゃん? それに……」

 

「大丈夫か、ネプギア」

 

「ゆめ……と……さん……? ……夢人さん!?」

 

 アカリが体を“再現”したことでネプギアの意識も浮上し、薄目を開けながら状況を確認しようとする。

 

 腕の中にいるネプギアが動き始めたことを感じた夢人は、気遣わしげにゆっくりと体を揺すりながら呼びかけた。

 

 その振動を心地よく思い、夢見心地のまま向けた視線の先にいる夢人の姿を捉えた瞬間、ネプギアの意識は一気に覚醒した。

 

「え、あれ、どうして!? 私、何で……っ!?」

 

「お、おい、暴れないでくれ!?」

 

「で、でもでも、私どうしてこんな体勢で!?」

 

 ネプギアは最初至近距離から夢人に顔を覗き込まれていることに恥ずかしさを感じてほんのりと染めていた頬も、自分が今どんなことをされているのかを理解すると、茹であがったように首筋まで赤くしてしまう。

 

 後頭部と両ひざの裏に腕を回されている状態、所謂横抱きの状態で抱えられていたのである。

 

 恥ずかしさのあまり、ネプギアは状況も忘れて夢人の腕から抜け出そうともがく。

 

 ……だが、そんな風に慌てふためくネプギアと対応に困っている夢人、2人をにこにこと見ていたアカリの思考は、耳に届けられた犯罪神の一言により正常に戻る。

 

〔不可解。何故貴様が我の邪魔をする〕

 

「……なに言ってんだよ」

 

〔我の存在、我の行動、我の使命は貴様の願いでもある。故に理解不能。何故その女神を守る〕

 

「そんなの決まってるんだろ」

 

 疑問を投げかけているのに答えを必要としていないかのように聞こえる犯罪神の問いかけに、夢人は抱えているネプギアを地面にゆっくり降ろしてから振りかえる。

 

 緩んでいた表情筋は引き締まり、犯罪神を鋭く睨みながら夢人は口を開く。

 

「俺がネプギアを守りたいからだよ。お前なんかに絶対に殺させやしない」

 

 静かだが、譲れない決意を込めて夢人は宣言する。

 

 その拳は強く握りしめられ、すぐにでも犯罪神に向かって跳びかかれるようにわずかに腰を落とした。

 

〔理解できぬ。何故我を否定する。我の望みは貴様の願いでも……〕

 

「勝手なことを言ってんじゃねえよ。俺の願いをお前の望みと一緒にするな。アカリ!!」

 

「うにゅっ!!」

 

 犯罪神の言葉を遮ると、夢人はネプギアに抱かれているアカリを視界の端に収めて手を伸ばす。

 

 アカリも呼びかけられた意味を理解し、差し伸べられた夢人の手へと自らの手を触れさせる。

 

 ……しかし、2人の思惑は外れ、何の変化も起こらない。

 

「っ、どうしたんだ、アカリ!?」

 

「わからない!? わたし、パパのなかにもどれないよ!?」

 

「なっ!?」

 

 戸惑うアカリの言葉に夢人は驚愕を隠せなかった。

 

 犯罪神を倒すために、夢人は再びアカリの力を借りようとしていたのだ。

 

 しかし、理由はわからないが、アカリは夢人の体に戻ることができなくなっていた。

 

 その事実に焦って泣き出しそうになるアカリを見て、夢人は覚悟を決めた。

 

「……ネプギア、アカリとあそこで倒れているフィーナのことを頼む」

 

「夢人さん? 何言って……」

 

「俺がなんとかアイツの注意を引いて時間を稼ぐから、その間に……」

 

「嫌です!!」

 

 犯罪神を睨んだまま頼み込んでくる夢人の願いを、ネプギアは即座に却下する。

 

 ネプギアは夢人の服の裾を強く掴みながら悲痛な叫びを上げる。

 

「そんなことできません!! したくありません!! それなら私が……」

 

「駄目だ!! ネプギアは2人を連れて早く逃げてくれ!! ……大丈夫。死ぬと決まったわけじゃない。それに……」

 

「あっ……」

 

 夢人は振り返ると、困ったように眉根を下げてほほ笑みながら服の裾を掴んでいるネプギアの指を優しく解いていく。

 

 簡単に解かれてしまったことと触れる指の温かさにネプギアは思わず声を漏らして夢人を見上げた。

 

 その目は大きく見開かれ、目尻には涙が浮かんでいた。

 

 そのことに夢人は心を痛めながら、それでも尚決意を変えずにネプギアにささやく。

 

「俺は君を守りたい。だから、俺に守らせてくれ」

 

「……嫌……私、そんなの……っ!?」

 

「俺がアイツを押さえている間に頼むっ!!」

 

「夢人さん!?」

 

「パパ!?」

 

 解いてそのまま掴んでいたネプギアの手を離すと、夢人は犯罪神へと向き直り、表情を険しくして一気に駆け出した。

 

 それを止められず、ネプギアとアカリは夢人の背中に向かって手を伸ばしながら叫ぶことしかできない。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 後ろから聞こえてくる制止の声を振り切るように叫びながら、夢人は犯罪神の顔めがけて腕を振りかぶる。

 

 だが、犯罪神は夢人が自分に向かってくるとわかっているにもかかわらず、何の行動も取らない。

 

 そのまま両者の距離は近づき、夢人の拳は狙いを外すことなく犯罪神の顔へと命中した。

 

〔何だ、それは〕

 

(っ、やっぱり効いてないのかよ!? なら……っ!?)

 

 拳が命中したことが堪える様子もない犯罪神に、夢人は内心で舌打ちをしながら冷や汗を流し始める。

 

 だからと言って、退くこともできない夢人は現時点で唯一犯罪神に対して有効だとわかっている手段を取るために、視線を巡らせてゲハバーンを探す。

 

 アカリの力が借りられない以上、唯一の勝算のある賭けであり、自分も生き残ることを目指す夢人にできる最大にして最後の方法でもある。

 

 幸運にも投げたゲハバーンが思いの他近くに転がっていたため、すぐに発見できた夢人は拾い上げるために腕を伸ばして跳躍した。

 

 ……しかし、その手が掴む前に、赤い何かがゲハバーンに纏わりつき、夢人から遠ざかって行ってしまう。

 

 突然の事態に夢人は思考が停止してしまい、顎から地面へと落ちてうつ伏せの姿勢のまま赤い何かによって浮かび上がっているゲハバーンを悔しそうに見上げた。

 

 赤い何かの元を辿ると、そこには先ほどゲハバーンに“カット”された犯罪神の腕へと繋がっている。

 

 つまり、ゲハバーンを持ち上げている赤い何かは、犯罪神の新しい腕だったのだ。

 

〔この力は危険だ。故に破壊させてもらう〕

 

「っ、そんな!?」

 

 そう言うと、犯罪神はネプギアを拘束していたように締め付けていたゲハバーンの刀身を砕いて見せた。

 

 ゲハバーンの刀身を構成していた闇色に近い濃い紫色の結晶が舞い散り、地面に落ちきる前に光となって消えていく。

 

 柄の部分も軽い音を立てて地面に落下し跳ね上がると、夢人の目の前で光となって霧散してしまう。

 

 犯罪神に対抗する唯一の手段が消えてしまったことに、夢人は指で地面を強く掻き毟るように突き立てて歯噛みした。

 

 そんなうつ伏せの姿勢のまま動こうとしない夢人に向かって、犯罪神を慈悲を与えることもなくゲハバーンを破壊した腕の先端を鋭く尖らせてその背中を突き刺そうとする。

 

 夢人はゲハバーンが砕かれたショックで周りに注意を割く余裕がなく、犯罪神の動きに気付かない。

 

 ネプギアとアカリは犯罪神の動きに気付いていても、すぐに夢人を助けられる距離にはいなかった。

 

 誰も止める者がいない犯罪神の腕は、そのまま夢人の背中へと突き刺さろうとしていた。

 

 ……だが、ネプギア達の後ろからもの凄いスピードで飛来してきた青白い何かによって犯罪神の腕は切断されてしまう。

 

 それは剣の形をしており、そのまま犯罪神の胴体を貫いた。

 

 夢人を救ったそれの正体を知っているネプギアが慌てて振り返ると、そこには予想していた人物ともう1人予想外の人物が宙に浮いていた。

 

「お姉ちゃん!! それに……」

 

「マジック・ザ・ハード!?」

 

 喜ぶネプギアの声と困惑する夢人の叫びがその場に響く。

 

 そこには『変身』したネプテューヌと共にマジックの姿があった。

 

「よかった。間に合ったみたいね」

 

「……お姉ちゃん。私……」

 

「よく頑張ったわね、ネプギア。後はわたし達に任せておきなさい」

 

 涙を流しながら自身を見つめてくるネプギアに、ネプテューヌは安心させるように笑みを浮かべながら近づくと頭を軽くなでる。

 

 それだけでネプギアも安心したように目を細めて頬を緩めた。

 

 一方、マジックは夢人を庇うように移動すると、犯罪神に対して鎌を向ける。

 

 マジックが来たことの驚愕が抜けきれずに未だに立ち上がれない夢人は、体を反転させて上半身を起こしてその背中に疑問をぶつけた。

 

「どうしてお前が……」

 

「貴様達の手助けがマジェコンヌ様の望みだからだ……それに」

 

 呆けているように疑問を口にする夢人をマジックは横目で見ると、わずかに口角を上げて答える。

 

「貴様達には借りがある。それを踏み倒すことは、我が主であるマジェコンヌ様の顔に泥を塗る行為であり、私の誇りがそれを許しはしない。ただそれだけだ」

 

「……ありがとうな」

 

「ふん、礼などいらん。貴様はさっさとそいつを連れて下がっていろ」

 

 言葉はどうあれ、自分達を助けるために来てくれたマジックに夢人は嬉しそうに口元を緩めた。

 

 それをぶっきらぼうに返すと、マジックは倒れているフィーナへと視線を向けて夢人に命令する。

 

 その意図を理解した夢人は黙って頷くと、倒れたまま動かないフィーナへと駆け出した。

 

〔ならん。それは我の……〕

 

「貴様の相手は!!」

 

「わたし達よ!!」

 

 フィーナへと向かう夢人を止めるため、犯罪神は胸に青白い剣が刺さったまま腕を伸ばそうとするが、ネプテューヌとマジックによって阻止されてしまう。

 

 2人は互いに交差するように飛翔すると、犯罪神の腕を肩口から刀剣と鎌で斬り落とす。

 

 後に残ったのは、胸に青白い剣が突き刺さった胴体だけである。

 

 その隙をついて、夢人はフィーナへと駆け寄ることに成功し、その上半身を抱き起こした。

 

 ……しかし、夢人の目に映ったフィーナの顔は生気をまったく感じさせない人形のような表情をしていた。

 

 

*     *     *

 

 

「フィーナ!? おい、フィーナ!?」

 

 ネプテューヌとマジックの援護のおかげで、俺はこうしてフィーナに近づくことができた。

 

 でも、フィーナは俺の知っている彼女とは全く違う顔をしていた。

 

 目は開かれたままで何も映していないガラス玉みたいになっており、口も半開きの状態で必死に呼びかけても少しも動いてくれない。

 

 体を強く揺さぶっても何の反応も示してくれないフィーナに俺の背筋に冷たいものが走る。

 

 ……何で、何でなんだよ!!

 

 確かにフィーナは自分勝手な望みを叶えるためにゲイムギョウ界を滅茶苦茶にしようとした。

 

 それは否定できない。

 

 散らばっている欠片を活性化させてモンスターを暴れさせたり、ジャッジ・ザ・ハードと“再現”したブレイブ・ザ・ハードをゲイムギョウ界中で暴れさせた。

 

 それだけでなく、マジック・ザ・ハードを洗脳したり、俺とイストワ―ルさんを誘拐したりと、悪いことをしていないわけではない。

 

 だけど、こんな結末は認めたくない!!

 

 因果応報だってことなのかもしれないけど、フィーナがこんなことをしたのは彼女だけの責任じゃない!!

 

 あの時、俺がフィーナの本当の願いに気付いていれば……

 

「夢人さん!? フィーナちゃん!?」

 

 俺が後悔していると、アカリを抱いたままのネプギアが駆け寄ってきた。

 

 顔を上げて見た2人の顔は今にも泣きだしてしまいそうに見えるほど、悲しそうに眉間にしわが寄せられていた。

 

「ふぃーなちゃん!? おきて!? おきてよ!?」

 

 俺とは反対側で膝をついたネプギアの腕の中から、アカリは必死に手を伸ばしてフィーナの頬を叩いて呼びかける。

 

 それでもフィーナは何も答えてくれない。

 

 次第にアカリの瞳に浮かべられていた涙の粒は大きさを増していく。

 

「ふぃーなちゃん!? ふぃーなちゃん!?」

 

「フィーナちゃん!? お願いだから返事をしてよ!?」

 

 ネプギアとアカリが必死に呼びかけても尚、変化のないフィーナの姿に情けなくも涙が溢れてきた。

 

 ……結局、俺はフィーナに何もしてやれないのかよ。

 

 俺のことを父様だって慕うこの子の願いを叶えることすらできないのかよっ!!

 

 俺はだらりと下がっていたフィーナの手を握って目線の高さまで持ち上げた。

 

 その際、フィーナの右手首にしてあるブレスレットがジャラッと言う音を鳴らすのが聞こえてくる。

 

 透明な水晶がぶつかり合う音が響くと、突然フィーナの全身が黄金色の光に包まれた。

 

「なっ!?」

 

「これって!?」

 

「……んっ、私……は……」

 

「ふぃーなちゃん!!」

 

 突如として起こったフィーナの変化に俺とネプギアは驚いてしまう。

 

 光はすぐに収まり、虚ろだったフィーナの瞳に輝きが戻り始めた。

 

 俺の腕の中で瞬きをして動き始めたフィーナを見て、アカリは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 俺も急いでフィーナの顔を覗き込んだ。

 

「フィーナ!! 俺が誰だかわかるか!!」

 

「……父様……? どうして、泣いてるの……?」

 

「よかった……っ!! 本当に、本当によかった!!」

 

 まだ目覚めたばかりで意識がはっきりしていないのか、フィーナの声はか細く弱々しく聞こえる。

 

 でも、俺はこうしてフィーナが目覚めてくれたことが嬉しくて、涙を止められそうにない。

 

 ボロボロと零れる涙がフィーナの頬へと落ちていく。

 

 フィーナは涙を流す俺を不思議そうに首をかしげて見上げてくる。

 

 自然と握っている手にも力がこもる。

 

 そんな俺の手を無意識にかもしれないけど、フィーナも握り返してくれることが本当に嬉しい。

 

「よかったっ!! フィーナちゃんが起きてくれて、よかったよぉ!!」

 

「フィーナちゃん!! わたしとママのこともわかる?」

 

「……オリジナル、それに……あっ」

 

 反対側の手を俺と同じように握りながら、ネプギアも涙を流してフィーナが目覚めたことを喜んでいる。

 

 アカリの呼びかけに未だにウトウトして見えたフィーナの眉が何かに気付いたようにピクリと動いた。

 

 すると、視線を俺達からそらしてしまう。

 

「……そっか。私は『再誕』の女神になれなかったのね」

 

 ぼそりとつぶやかれた言葉に、俺達は目を見開いて驚いてしまう。

 

 ……どうして今、そんなことを。

 

「わかってた。わかってたの……私は結局、偽物のお人形さんだったってことは。でも、それでも私は……」

 

「フィーナ」

 

 ジワリと涙を滲ませるフィーナに、俺はできるだけ優しく彼女の名前をささやく。

 

 名前を呼ばれたフィーナは肩をびくりと跳ねあげると、泣きそうな顔で俺の方を向いて口を開く。

 

「私はフィーナじゃないの……名前なんて最初からなかった。ただの欠片の1つなの」

 

「違う。そんなことない。お前は……」

 

「ううん、違わないのよ、父様。私は“アカリ”にも“ネプギア”にもなれなかったお人形さんなの……私は誰でもなくて、何にもなれないただの道具だった……」

 

「違う!!」

 

 自虐的な発言を繰り返すフィーナを見ていることができず、俺は声を張り上げた。

 

 エヴァに聞いた時から感じていたフィーナの間違いを今正すっ!

 

 俺は柔らかく頬を緩ませながら、フィーナへと語りかける。

 

「フィーナは俺とネプギアの娘で、アカリの妹でいいんじゃないのか?」

 

「えっ……」

 

「“ネプギア”や“アカリ”になるんじゃなくて、“フィーナ”のままでいいんだよ」

 

 俺の言葉が信じられないのか、フィーナは大きく目を見開くと口もポカンと開けてしまう。

 

 だが、すぐに悲しそうに目を伏せてしまった。

 

「……違う。私が名乗っていたフィーナも『再誕』の悪魔デルフィナスから取った偽物なの。結局、私は『再誕』と言う力の枷から抜け出すことなんて……」

 

「だったら!! だったら、俺が今からお前の名前を本物にする!! お前の名前は“フィーナ”だ!! デルフィナスでも、『再誕』の女神でもない!! 俺達の娘の“フィーナ”だ!!」

 

「……“フィーナ”……それが私の名前……」

 

「ああ、そうだ。だから、勝手に自分を縛る必要なんてどこにもないんだ。フィーナはこれから自由に生きていいんだよ」

 

「っ!?」

 

 俺の言葉にフィーナが息を飲んだのがわかった。

 

 ……親が子に望むことは、本当にしたいことをしてもらうこと。

 

 ゲイムギョウ界に帰ってくる前に俺が父さんに言われた言葉。

 

 その意味が父と呼ばれることで本当によくわかった。

 

「俺達はフィーナがちゃんとここに生きていることを知っている。人形なんかじゃない。デルフィナスでもない。『再誕』の女神じゃなくてもいい。俺達の娘としてちゃんとこのゲイムギョウ界で生きているんだよ」

 

「あっ、ああっ、あああっ……」

 

 涙をあふれさせてわなわなと震えるフィーナを見て、俺は自分の考えが間違っていなかったことを確信できた。

 

 ……フィーナはきっと俺に似すぎていたんだ。

 

 俺がネプギア達と一緒にいるために勇者にこだわっているのと同じで、フィーナは『再誕』の女神と言う存在に固執した。

 

 自ら名乗ったフィーナと言う名前すら、デルフィナスから取った偽物だと言った彼女が本当に望んでいたことは、自分と言う個人を誰かに認めて欲しかったんだと思う。

 

 名前や肩書なんかじゃなく、“フィーナ”と言う自分を見て欲しかったんだ。

 

「……私、父様の娘で、“フィーナ”でいいの? 『再誕』の女神じゃなくても、一緒にいていいの?」

 

「ああ、いいんだよ。なあ?」

 

「うん、私もフィーナちゃんのこと、アカリちゃんと同じで大切な娘だって思ってるよ」

 

「わたしも!! ふぃーなちゃんはわたしのいもうとで、わたしはふぃーなちゃんのおねえちゃん!!」

 

「っ……母、様……それに、姉、様……っ!!」

 

『うんっ!!』

 

 ネプギア達の言葉を聞いて、フィーナは顔をくしゃくしゃにして2人のことを初めて認めたように母と姉と呼んだ。

 

 3人とも涙で顔が酷いことになっているが、俺もきっと同じようになっているだろう。

 

 目元を何度拭っても、瞳は潤み続けて涙が溢れてくる。

 

 俺はフィーナの願いが叶ったことが自分のことにように感じられて嬉しい。

 

 俺もエヴァも望んでいたフィーナの本当の願いが叶ったんだ。

 

 パスコード【LIVE FREE】、これからフィーナは『再誕』の女神と言う枷に縛られることなく、自由に生きていくことができるんだ。

 

 だから、俺も……

 

「……姉様、ちょっといいですか?」

 

「うにゅ? なに?」

 

「ほんの少し……少しだけでいいですから、力を貸してください」

 

 指で涙を拭いながら、フィーナはアカリへと頼みこむ。

 

 アカリは首をかしげて不思議そうにしていたけど、ネプギアの腕の中から飛び出してフィーナの胸の上へと移動する。

 

 その際、ネプギアと握っていた手を離し、フィーナはアカリの体が転がり落ちないように支えた。

 

 そして、目を閉じるとフィーナはアカリの額へと自分の額をぶつける。

 

 すると、フィーナが目覚めた時のように2人の体が黄金色の光に包まれた。

 

「……ん、んぅ、これで、大丈夫……後、は……」

 

 光が収まると、フィーナは辛そうに目を開けて俺に向かってほほ笑みかけてきた。

 

 すると、握っている手のひらから熱い何かが流れてくるような感覚を覚えた。

 

 思わず視線を向けると、フィーナがしているブレスレットと俺の手首が光だしていた。

 

 光は瞬く間に消え失せ、いつの間にか俺の手首にフィーナのブレスレットが嵌められていた。

 

 透明だった水晶は全て紫色の輝きを放ちながら……

 

「これはいったい……」

 

「……私の……代わり……です……これからも……父様達と……一緒に……」

 

「フィーナちゃん!? どうしたのフィーナちゃん!?」

 

 俺が呆然とブレスレットを見ていると、フィーナは苦しそうに口にする。

 

 フィーナの代わり? それっていったいどう言う意味なんだ? ……そんな俺の疑問に対する解答はすぐに目の前に提示された。

 

 ネプギアの声にハッとして視線を戻すと、フィーナの体が段々と光となって消えていくのを目の当たりにしてしまう。

 

 すでに両足はなくなっており、腰から胸にかけても透明になって来ている。

 

「フィーナ!? おい、どうなってんだよ!? おい!?」

 

「……心配……しないで……私の……力を……姉様に……返す……だけ……なの……だから……」

 

「ふぃーなちゃん!? やだよ!? きえちゃ、やっ!?」

 

「……大丈夫……元に……戻る……だけ……私は……父様達の……娘で……姉様の……妹の……“フィーナ”……は……これからも……ずっと……一緒に……」

 

 はにかんだように笑いながら胸の上にいるアカリをネプギアに預けると、フィーナの体はいよいよ胸から上だけを残して消えてしまった。

 

 俺は未だ消えずに残っている手を強く握りしめ、ただ消えないでくれと祈ることしかできない。

 

 そんな無力な自分が悔しくて、目の前がぼやけてくる。

 

 ……クソッ、何で俺は肝心な時に何もできないんだよ!?

 

 目の前でやっと願いが叶った娘を助けることもできないのかよ!?

 

「気に……しないで……私……父様から……名前……もらえて……娘に……なれて……嬉しかった……」

 

「フィーナ……」

 

「え、へへ……父様……これからも……ずっと……一緒に……」

 

「フィーナ? ……フィーナ!?」

 

 最後の言葉の途中、フィーナは笑顔のまま消えてしまった。

 

 握っていた手はいつの間にか空を切り、手のひらの中に何か硬いものを感じる。

 

 開いて見ると、そこには女神の卵の欠片があった。

 

「……フィーナ」

 

 欠片を握った手を胸に抱きしめ、消えてしまった娘の名前を呼ぶ……でも、もう返事は返ってこない。

 

 ……フィーナは欠片に戻ってしまったんだ。

 

「夢人さん……フィーナちゃんが……フィーナちゃんが……っ!!」

 

「パパ……っ!!」

 

 俺が縮こまって涙を流していると、正面からネプギアに抱きしめられた。

 

 肩先から聞こえる鼻をすする音や体の震えから、ネプギアもフィーナのことを思って泣いていることがよくわかる。

 

 間に挟まれているアカリも俺の手にしがみついて涙を流していた。

 

 ……泣いてるばかりじゃ、笑って消えたフィーナが浮かばれない。

 

 俺は奥歯を噛みしめると、フィーナの最後の言葉を思い出す。

 

 これからもずっと一緒に……フィーナを忘れないためには立ち上がらなきゃいけないんだ。

 

 覆いかぶさるように俺を抱きしめるネプギアの両腕にそっと手を置くと、彼女はゆっくりと俺の体から離れ始める。

 

 その顔は涙で目元が赤く腫れていて、見ているだけで心が痛んでくる。

 

 先ほどした決心が、さらに俺のこれからすることを後押ししてくれる。

 

「ネプギア、あの赤い奴を倒すぞ」

 

「……夢人さん? 何を言って……」

 

「フィーナが……『再誕』の女神に囚われていたフィーナが起こしたこんな悲しい騒ぎを終わらせる。力を貸してほしい。俺達の娘である“フィーナ”を守るために」

 

 無理やり口元に笑みを作って、俺はネプギアへと頼みこむ。

 

 フィーナが起こしたこの一連の事件、俺にはこれを終わらせる責任がある。

 

 彼女が俺達の娘である“フィーナ”でいさせるために、デルフィナスを名乗っていた彼女の起こしたこの騒ぎを終わらせなければならない。

 

 そうすることで初めて彼女は『再誕』の女神の枷から外れて、俺達の娘である“フィーナ”を名乗れると思う。

 

 平和になったゲイムギョウ界で、何の特別な肩書のない俺達の娘として。

 

「……はい。やりましょう、夢人さん」

 

 悲しいはずなのにほほ笑みながら俺の手を取ってネプギアは答えてくれた。

 

 俺もほほ笑みながら頷いて答えると、すぐにネプテューヌ達と戦っている赤い奴に向き直って顔を引き締める。

 

「はあああっ!!」

 

「ふんっ!!」

 

〔何度やっても無駄だ。貴様らでは我を倒すことなどできやしない〕

 

 ……戦況はネプテューヌ達が不利のようだ。

 

 刀剣や鎌でいくら斬り裂いても、赤い奴はすぐに再生してしまう。

 

 正直、そんな奴相手に勝つ方法なんて思いつかない。

 

 でも、俺達は勝たなきゃいけない。

 

 ゲイムギョウ界のためにも、俺達を信じてくれている仲間達のためにも……そして、娘であるアカリとフィーナのためにもっ!!

 

「夢人さん、あの時のように私を支えてくれませんか? ブロックダンジョンでマジック・ザ・ハードと戦った時のように」

 

「……わかった。でも、今回は」

 

「あっ……」

 

 ビームソードを構えたネプギアの頼みを受けた俺は、ブロックダンジョンでのことを思い出した。

 

 ……あの時は背中を支えることしかできなかったけど、今は。

 

「隣で一緒に戦わせて欲しい。一緒にやろう」

 

「……はいっ!」

 

 ビームソードを握るネプギアの手の上に俺の手を重ねる。

 

 不思議とそれだけで何でもできそうなくらいに心が満たされていく。

 

 そんな感覚を味わっていると、ビームソードの刀身が光輝き、真っ白に染まった。

 

「……アカリちゃんが自分も一緒だって言ってます」

 

「そうだな。俺達3人で、いや4人でこの戦いを終わらせるぞ!」

 

「はいっ!」

 

 ネプギアの中にいるアカリ、俺の右手首に巻かれているブレスレットにはフィーナもいる。

 

 2人だけじゃない。

 

 俺達はずっと一緒なんだ。

 

『はああああああああああっ!!』

 

 同時に足を踏み出し、俺達は赤い奴めがけて駆け出す。

 

 ネプテューヌとマジック・ザ・ハードも叫び声を上げながら走る俺達に気付いたようで、赤い奴の注意を引き付けながら俺達の走る道を確保してくれている。

 

 その道を駆け抜け、俺達は赤い奴の胸に刀身が白くなったビームソードを突き刺す。

 

〔っ!?〕

 

 すると、赤い奴が初めて感情を見せ、苦しそうに息をのんでいるのがわかった。

 

 そして、気が付けばビームソードを突き立てた箇所から白い光が溢れだし、俺達の視界を真っ白に染め上げる。

 

 強烈な光に目を開けていられなくなった俺は目を閉じてしまう。

 

 次に目を開けた瞬間、俺の目に飛び込んだのは……

 

 

*     *     *

 

 

「本当にやるんだな?」

 

「ええ、もう決めましたから」

 

 試すように聞いてくるマジェコンヌに、夢人は苦笑しながら答える。

 

 フィーナが起こした事件から数日後、ギョウカイ墓場はその姿を大きく変えていた。

 

 黒い雲が浮かんでいた赤い空は白い雲と青空に、草木も生えなかった不毛の大地には鮮やかな緑色の草や色とりどりの花が咲こうとしていた。

 

 これは最後の瞬間、夢人とネプギアが犯罪神を“リバース”させたことが原因である。

 

 大気中の負のシェアエナジーを使って人型のシルエットを形作っていた犯罪神を“リバース”したことにより、ギョウカイ墓場に漂っていたシェアエナジーが全て正のシェアエナジーへと『反転』したのである。

 

 これにより、犯罪神は体を維持することができなくなって消滅、負のシェアエナジーの影響を少なからず受けていたギョウカイ墓場の自然も様変わりを果たそうとしていたのだ。

 

 そんなギョウカイ墓場の青空を仰ぎながら、夢人は晴れ晴れした気分で今日を迎えていた。

 

「じゃあ、頼むぞ、アカリ」

 

「うぅぅ、パパぁ……」

 

「ああもう、泣くなって」

 

 夢人は困ったように笑いながら泣きじゃくるアカリの頭を優しく撫でる。

 

 しかし、それは余計にアカリの涙腺を決壊させ、瞳を潤ませて夢人を非難するように見上げてくる。

 

「泣くなって言う方が無理に決まってるでしょ。それよりも、アンタはあの子達に何も言わずに来たみたいだけど、そっちの方がよっぽど問題なんじゃないの?」

 

「……あ、あはは、いや、そりゃ、だって、なあ?」

 

「私に振るな」

 

 アカリを抱いていたアイエフが呆れたように夢人に言うと、彼は視線をあちこちにさまよわせてオロオロし始める。

 

 最終的にマジェコンヌの横で腕を組んで立ったままのマジックに向けるが、冷たくあしらわれてしまう。

 

「……はあ、まあいいわ。恨まれるのは私じゃなくて、アンタなんだし」

 

「ひ、酷くないか? 少しくらいフォローしてくれても……」

 

「そんなことするわけないでしょ……それに、もう帰るって決めたんでしょ?」

 

「……ああ」

 

 急に真顔になって尋ね出すアイエフに、夢人は軽く口元に笑みを浮かべながら頷く。

 

 ……これから夢人がすること、それはゲイムギョウ界から元の世界に帰ることだった。

 

 アカリは1度夢人をゲイムギョウ界に連れ戻したことで、彼の元いた世界の場所をログとして記録している。

 

 つまり、アカリは夢人を元いた世界へ送り戻すことが可能なのである。

 

「はあ、本当仕方ない奴ね。それじゃ、あの子達にばれる前にさっさと行っちゃいなさいよ」

 

「ありがとうな、アイエフ……それじゃ、アカリ、今度こそ頼むぞ」

 

「……うにゅ」

 

 ため息をつきながら了承を示すアイエフに、夢人は感謝しながら泣いていたアカリの頭を最後にひと撫でして笑みを作る。

 

 力なく項垂れていたアカリだったが、夢人の決意に絆されてその小さな手のひらを彼に向かって伸ばす。

 

 すると、夢人の全身を淡い光が包み込み、足元からゆっくりと透明になって消えていく。

 

 そのまま何事もなくゆっくりと夢人の体が消えていくと思われたが……

 

「夢人さん!? 待ってください!?」

 

「アンタ何しようとしてんのよ!?」

 

「夢人お兄ちゃん!? 待って!?」

 

「何勝手に帰ろうとしてんのよ!? あの時のこと忘れちゃったの!?」

 

「私、まだ返事も、キラキラと輝いてる所も見せてないんだよ!?」

 

 思い思いの言葉を叫びながら近づく5の影、ネプギア達女神候補生が夢人の帰還に待ったをかけようとしていた。

 

 そんな5人の様子に、夢人は冷や汗を流しながら横目でアイエフを見ながら口を開く。

 

「……上手く言っといてくれないか?」

 

「嫌よ。アンタが蒔いた種なんだから、しっかりと叱られときなさい」

 

「……ですよねえ」

 

 小声でアイエフとそんなやり取りをし、夢人は頬を掻きながら苦笑する。

 

 その間にも夢人の体はどんどん透明になっていき、下半身は完全に消えてしまっていた。

 

「待って!? 待ってください、夢人さん!? 勝手に消えないって約束したじゃ……っ!?」

 

 5人の先頭を走るネプギアが瞳に涙を浮かべながら必死に夢人へと手を伸ばす。

 

 ノーコネディメンションで交わした約束、もう2度と勝手にいなくなったりしないと約束していた夢人が消えようとしている姿に、ネプギアはかつてギョウカイ墓場で消えた彼の姿、ユニから逃げた時にリーンボックスの教会で見た悪夢を幻視してしまった。

 

 ……だが、現実は無情であり、伸ばしたネプギアの手は夢人に届くことなく、彼は困ったような笑顔を浮かべたまま消えてしまった。

 

 走っていた勢いで前のめりに倒れそうになったネプギアだったが、伸ばしていた腕を地面につけることで転ぶことは避けられた。

 

 しかし、そのまま膝をついて俯きながら、ぽろぽろと涙をこぼし始める。

 

「嘘つき……夢人さんの……夢人さん……」

 

 ユニ達もネプギア同様、夢人が消えてしまった事実に悲しみ呆然と涙を流しながら立ち尽くすしかなかった。

 

 そんな空気の中、ネプギアの夢人を呼ぶ声だけが虚しく風に溶けていくのであった。

 

 

*     *     *

 

 

 朝焼けのまだ薄暗い住宅街、1人の青年がとある家を目指して歩いていた。

 

 途中、新聞配達をしているバイクが横切るだけで他に誰もいない通りを迷うことなく、青年は目的地へと足を進める。

 

 やがて、目的の家の前に着くと、緊張をほぐすように深呼吸をしてからインターホンを鳴らす。

 

「はーい」

 

 玄関からは女性と思われる返事が返ってきた。

 

 青年は自分の記憶にある女性の声が返って来たことに、嬉しそうに頬を緩めて玄関が開くのを待つ。

 

「こんな朝早くにいったいどなた……っ!?」

 

 玄関を開けた女性は、目の前に立っている青年の姿に驚いてしまう。

 

 知らない人物であったわけではない。

 

 むしろ、生まれた時から知っている人物であった。

 

 青年ははにかむように笑みを浮かべながら、女性に対して言わなければならないことを口にする。

 

「ただいま、母さん」

 

 ……その青年の手に嵌めているブレスレットの紫色の水晶は、朝焼けに照らされて綺麗に輝いていた。




と言う訳で、今回はここまで!
いや、ようやくここまで終わりました。
後はエピローグにつないでいくわけですが、本当にここまで長かったですよ。
まあ、今回がこんな終わり方ですので、できるだけ早めにエピローグを上げられるようにしないと。
それでは、 次回 「きりひらけ! 女神通信(ネプギア編)」 をお楽しみに!

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