超次元ゲイムネプテューヌ 夢のヒーローを目指して   作:ホタチ丸

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はい、皆さんこんばんわ!
なんか久しぶりにこんな時間に投稿できます。
え、えっと、それでですね……まあ、また見ての通りサブタイ変更ですよ。
また予定分まで組み込めなかった(´・ω・`)←あ、これはちょっと練習です。
それでは、 憎しみの矛先 はじまります


憎しみの矛先

「……寂しそう、か。そんなつもりなかったんだけどな」

 

 夢人が入った部屋の扉を閉めたネプギアは悲しそうに目を伏せながらぽつりとつぶやいた。

 

 扉が完全に閉まると、ネプギアの足元から青白い光が波紋のように広がり始める。

 

 すると、床や壁、階段、扉に至るまでのすべて物が光の粒子となって消滅していく。

 

 まるですべて物がホログラム映像であったかのように分解されていき、最後にすべて消えてしまった真っ白な空間で1人ぽつんと残されたネプギアは空を仰ぐように顔を上げた。

 

 その瞳には涙が浮かび上がっており、今にもこぼれてしまいそうになっていながらもネプギアは頬を緩めて口を開く。

 

「あーあ、振られちゃったなぁ。せっかくこんな服まで着て頑張ったのになぁ……」

 

「そー言ってるわりには、ずいぶんと嬉しそうじゃねーのか?」

 

 ネプギア以外に誰もいなかった空間に声が響きだす。

 

 声の主はいつの間にかネプギアの後ろに浮かんでおり、にやけた顔で頬づえをついていた。

 

 その髪は脱色をしたような薄くくすんだベージュに近い色をしており、大きく肩を露出させた黒い服を着ていた。

 

 青い瞳をしており、耳にはヘッドフォンのような耳あてが、短く所々はねている髪の隙間から覗かせていた。

 

 外側が服の色と同じ黒、内側が紫色のマントを羽織るように服についている首元の宝石の位置で丸い輪で連結させており、自身はページがすべて紫色になっている本に胡坐をかくように乗っていた。

 

 背中の肩甲骨辺りからは映像のような羽があり、小柄なその姿は黙っていれば妖精のようにも見える。

 

 しかし、その口調とにやけた顔が容姿の神秘性を台無しにしており、悪戯好きな子どものような印象を強く与えてくる。

 

「あら、居たんですか?」

 

「おいおい、その返しはねーだろうよ。俺が何のためにここに居んのか知ってんだろーが」

 

「それくらいわかってますよ。ただの冗談です」

 

 声が聞こえた段階で涙が引っ込んだのか、振り返ったネプギアは目を細めて妖精に笑いかけた。

 

 しかし、その目はまったく笑っておらず、口調も夢人と一緒に居た時とは比べものにならないくらい硬くなっていた。

 

 そんなネプギアの態度に、妖精は余計に楽しそうに口の端を歪めた。

 

「冗談、冗談ね……そんじゃ、アイツに言った言葉も冗談だったのか?」

 

「まさか。この世界を選んでくれたら、それはそれでよかったんですよ……でも、結局あっちに戻っちゃいました。少しは期待してたんですけどね」

 

 茶化すように口にした妖精の疑問を、ネプギアは困ったように笑いながら答える。

 

 言葉では残念に思っているにも関わらず、表情はどことなく嬉しそうであった。

 

「へー、そうなのか。だったら、選ばせるまでもなくこっちに閉じ込めときゃよかったんじゃねーのか? そうすりゃ、望み通りずーっと一緒に居られたのによ」

 

「言ったでしょ? 私は夢人さんに心から笑っていて欲しいんですよ。私に気を遣って無理に笑う顔なんて、もう2度と見たくないんです」

 

 そう口にするネプギアは目を閉じると、とある記憶を思い出して表情を暗くする。

 

 自然と胸の前で重ねられた手に力がこもり、縮こまるように背中も丸くなり始めた。

 

「だから、少しだけ期待してたんです。夢人さんがこっちの世界を……私を選んでくれることを。絶対にあっちの私よりも私の方が夢人さんを笑顔にできる自信があったのになぁ」

 

「それが逆に心配されて振られた、ってわけか」

 

「……そうなんですよ。私そんなに寂しそうにしてましたか?」

 

「そんなこと知らねーっての」

 

 不満そうに眉間にしわを寄せて口を尖らせるネプギアを見て、妖精は呆れたようにジト目になってため息をつく。

 

 それはネプギアの態度が惚気ているようにしか見えなかったからである。

 

 妖精にとってネプギアの態度は興味の対象外であったらしく、脱力したように頬づえをついている手のひらに深く顔を沈めてつまらなそうに目を細めた。

 

「だいたいお前ら見ててもつまんねーんだよ。朝食の時のアイツが苦しそうな顔をお前に隠そうとしてたのは笑えたけど、その後のデート、お前ら枯れ過ぎじゃね? お手手つないで満足、って幼稚園児かよ。もっとこう、何か色々あったんじゃねーのか?」

 

「別にいいじゃないですか。一緒に居られるだけで嬉しかったんですもん。それに……」

 

 言葉を途中で区切り、ネプギアは夢人と指きりをした小指を胸の位置まで持ち上げ、愛おしいものを見るようにうっとりとした表情で見つめる。

 

「約束しましたから。私のことを守ってくれるって」

 

「……あー、そーかよ」

 

 嬉しそうに語るネプギアとは対照的に、妖精はつまらなそうに相槌を打つ。

 

 わざわざ掘り下げなくてもよかった話題を尋ねても惚気る態度を変えないネプギアに、妖精は完全にそのことに対する興味を失ってしまった。

 

 何かしらの反応を期待していたのに、しれっと言い退けられてしまったからだ。

 

「そんじゃさー、さっさと眠ってくれねーか? お前が起きてると俺があっちで起きてるおもしれーことが見れねーじゃねーか」

 

「はいはい、わかってますよ」

 

 飽き飽きしたように発せられた妖精の言葉に、ネプギアは二つ返事で答え、目を閉じると指を鳴らした。

 

 すると、ネプギアが身に纏っていた服が光を放ち、弾けるように霧散する。

 

 今まで白を基調として紫色が入って首元に黄色い色のスカーフを巻いていたワンピースは、黒を基調として同じく紫色がアクセントとなり赤いスカーフを巻いたセーラー服のような物へと変化した。

 

「うん、やっぱりこっちの方がしっくりきますね」

 

「……俺はあんまり変わんねーと思うんだけどな」

 

「何を言ってるんですか。全然違いますよ……あ、そう言えば」

 

 すでにだれていた妖精はどうでもいいように言うのだが、ネプギアにはこだわりがあったらしくぷくーっと頬を膨らませて抗議した。

 

 だが、すぐに何かを思い出したかのようにネプギアは妖精に疑問を投げかける。

 

「私がしたルール違反、どうして咎めないんですか?」

 

「うん? ……ああ、アレか。別にいーんじゃねーの? ってか、俺としては早くゲームを始められんなら、お前が何しようが別にどーでもいーんだよ」

 

「……そうですか」

 

 妖精に返答にネプギアはクスリと笑うと、背を向けて歩き始める。

 

 そんなネプギアに悪戯心が刺激されたのか、妖精はにやりと笑って口を開く。

 

「そう言えばよー、アイツとのキスの味はどーだったんだ?」

 

 その言葉にネプギアは足を止めると、顔だけ妖精の方へ振り向き、人差し指を唇に当てて答える。

 

「柔らかくて甘い、幸せの味がしましたよ……もっとも、次はもっとムードのある場所で2人っきりでしたいですけどね」

 

「けっ、そーかよ」

 

「はい……それでは、おやすみなさい」

 

 照れたりして慌てる反応を期待していた妖精にとって、ネプギアの惚気るような感想は気に入るものではなく、顔を歪めて口の中の甘さを吐きだすように唾を吐いた。

 

 それを見届けたネプギアはしてやったりと笑みを浮かべると、視線を戻して再び歩き始める。

 

 やがて、真っ白な空間と同化するように姿が薄くなっていく。

 

「……これで貸し1、ですよ」

 

 最後に誰もいない方に向かってぽつりとつぶやくと、ネプギアの姿は完全に真っ白な空間と同化して消えてしまう。

 

 そして、1人残された妖精は誰もいなくなった空間でネプギアが消えていった方向を見つめながら口の端を吊り上げた。

 

「眠り続けるしかねー姫様と眠れねー王子様ね。さーて、結末はどーなんだろーな……まあ、楽しければどーでもいーか」

 

 そう言い残すと、妖精もネプギアが消えていった方向とは逆の方向に飛んで行き、姿を消してしまった。

 

 

*     *     *

 

 

 ラステイションでは巨大な2つの影が地響きを鳴らしながら激突していた。

 

「ぢゅぢゅううう!!」

 

 影の1つ、マジェコンヌの力を使って巨大化したワレチューは低く唸りながらその拳をもう1つの影、ブレイブに向かって突き出していく。

 

 休むことなく頭部や胴体に向かって突き出されていく拳をブレイブは腕を体の前面に構えて防いでいる。

 

 状況を見れば、ワレチューが果敢に防戦一方のブレイブに攻め立てているように見える。

 

「行ける!! おいら今、めちゃくちゃ輝いてるっちゅ!!」

 

 亀のように防御ばかりで反撃してこないブレイブに、ワレチューは確かな手応えを感じていた。

 

 マジェコンヌから力を受け取る時は恐怖しか感じなかったが、使ってみれば全能感にも似た力の増加を感じ取ることができた。

 

 しかも、その力を向けている相手はブレイブである。

 

 雲の上のような存在であった幹部のブレイブ相手に下働きばかりしていた自分が善戦している状況は、ワレチューの気持ちを大いに高ぶらせた。

 

 端的に言ってしまえば、ワレチューは調子に乗り出したのだ。

 

 自分の力がブレイブよりも強大であると考え始めたのである。

 

「ぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅ!!」

 

 素早く連続で繰り出すパンチ、それを防ぐのに精いっぱいに見えるブレイブにワレチューは勝負を賭けるべく、大きく腕を振り上げた。

 

「これを喰らえ……」

 

「鬱陶しい」

 

「ぢゅっ!?」

 

 ……だが、その攻撃はブレイブがまるで小さな虫を払うかのように振るった腕によって防がれてしまった。

 

 しかも、振るわれた手の甲が頬に突き刺さるように当たり、ワレチューの体が浮き上がってしまう。

 

 そのまま後頭部から地面に激突したが、それでも勢いは止まらず、ワレチューは転がるように吹き飛ばされてしまった。

 

「うるさいだけの奴が、俺の邪魔をするな」

 

「……ちゅうー」

 

 うつ伏せの状態で目を回すワレチューに、ブレイブは吐き捨てるように冷たく言い放つ。

 

 その鋼鉄の体には傷1つ付いておらず、ワレチューの攻撃がまったく効いていなかったことは火を見るよりも明らかであった。

 

 いくらマジェコンヌから力を授かり強くなったとしても、ワレチューの強さはブレイブの強さを越えられるものではなかったのである。

 

 それはマジェコンヌが授けた力が結局のところ犯罪神の復活のために利用する鍵の1つから抽出した物であり、お世辞にも強大な力ではなかったことがあげられる。

 

 つまり、マジェコンヌが与えた力はワレチューの体を巨大化させることと僅かばかりに力を増加させるだけの効果しかなかったのである。

 

 力が増加したと言っても、元々ワレチューとブレイブには天と地ほどの力の差が存在していたため、雀の涙ほどの強化では実力差を埋めることができなかったのだ。

 

 そもそも、マジェコンヌの与えた力は戦うための力ではない。

 

 ジャッジが相手だった場合、彼の体にあるはずの犯罪神復活の鍵と共鳴させることで、上手くすれば簡単に無力化できるのではないかと考えていたのだ。

 

 マジック達がフィーナに攻撃できなかった時と似たような現象を起こすことがマジェコンヌの狙いだったのだが、相手がブレイブであったため作戦は失敗に終わってしまったのである。

 

「次はあの小娘を……」

 

「させません!!」

 

「ぬっ」

 

 ワレチューがすでに立ち上がることができないと判断したブレイブは、次の相手として最初に自分の邪魔をしたユニを排除しようと動き始めようとした時、自分の目の前を何かが横切るのを見た。

 

 しかし、見えたのは一瞬であり、ブレイブはその何者かの影を探すため視線をあちこちに巡らせるのだが、一向に見つけることができない。

 

「チッ、どこだ!! どこにいる!!」

 

「こっちですよ!!」

 

 苛立ちを抑えられずに叫ぶブレイブの目の前……胸にある獅子をモチーフにした部分の鼻先に犬の耳のような物を頭に付けた少年、『人魔一体』を使ったフェルの姿があった。

 

「捕まえられるものなら、捕まえてみてください!!」

 

 にやりと口角を上げて言い放つと、フェルは風のようにブレイブの体を疾走する。

 

 自分の邪魔をする相手の姿を発見できたブレイブは、すぐにフェルを捕まえようと腕を伸ばす。

 

 だが、フェルは捕まることなく、捕まえに来たブレイブの腕に跳び移り走り続ける。

 

「このっ!!」

 

「甘いです!!」

 

「クソッ!!」

 

 目の前で自分を捕まえるために閉じようとする指が閉じ切る前にフェルは指の隙間から腕へと飛び移る。

 

 その額から流れる汗は、疲労の他に緊張から来る冷や汗も交じっていた。

 

 空を飛ぶことができないフェルは三角跳びの要領で、指を足場に跳ぶことしかできないため、実はギリギリのタイミングで避け続けていたのだ。

 

 それを実行できる理由の1つとして、フェルが『人魔一体』している相手がフェンリルであるリン……つまるところ、脚力がある4足歩行の動物であったことが幸いしている。

 

 フェンリルの強みであるスピードを生かした攻撃は、すべてその強靭な脚力から生み出されるものである。

 

 いかに優れた牙や爪を持っていても、それだけではエンシェントドラゴンやドルフィンのような危険種に並び立つ存在にはなれない。

 

 フェンリルはエンシェントドラゴンのように巨大な翼があったり、ドルフィンのように陸上では浮き上がることなどはできない。

 

 他の2種類が空を、空中を移動できると言う能力があるにもかかわらず、足で走ることしかできないフェンリルは劣っているように思える。

 

 しかし、実際は他の2種類を圧倒する能力が存在している。

 

 それこそが強靭な脚力が生み出すスピードなのだ。

 

 陸上限定でしかないが、そのスピードを生かした縦横無尽の動きと攻撃は他の2種類を圧倒する。

 

 エンシェントドラゴンはその巨体ゆえにどうしても動作の全てが大きくなってしまい、動きが緩慢になり隙が多くなってしまう。

 

 ドルフィンは陸上での突撃力、言いかえれば直線での突進が驚異的なスピードを発揮するが、相手の不規則な動きにほとんど対応することができない。

 

 だが、この2者の弱点を強みにしているのがフェンリルである。

 

 エンシェントドラゴンのように巨大な翼があったり硬い鱗で守られているわけではなく、ドルフィンのような鋭く尖った角もなく陸上と海中に適応しているわけでもない。

 

 一撃必殺の強力な武器や必殺技があるわけでもないフェンリルであるが、それを補って余りある程の驚異的なスピードを誇っているのだ。

 

 そして今、『人魔一体』を果たしているフェルはそんなフェンリルと同等のスピードでブレイブの体を休むことなく走り続けている。

 

 捕まえようとする手や動くたびに発生する振動に負けることなく、腕を乗り継ぐように跳びながら疾走しているのである。

 

 時にはウイングの部分の方へ、頭の上へ、砲身の上へと跳んで走ってを繰り返して逃げ続けているのである。

 

 もちろん、フェルが小柄でありフェンリルと同等のスピードを発揮していようとも、その動きに余裕はない。

 

 少しでも遅れたり、振り落とされてしまえば、飛ぶ手段がないフェルは真っ逆さまに地面へと落ちてしまい、ただでは済まないだろう。

 

 そして、フェルがいなくなってしまえば、ブレイブの標的はすぐにユニに向かってしまう。

 

 ユニが一発逆転の強力な一撃を放つために、フェルは必死になって喰らいついて時間稼ぎをしているのだ。

 

 ……自分の素早さを生かしたかく乱、この作戦は現状見事にブレイブを釘づけにしており、成功していると言っても過言ではない。

 

 だが、ギリギリの綱渡り状態であるフェルに達成感など生まれるわけはなく、徐々にだがそのスピードも落ちようとしていた。

 

 疲労と緊張による心臓への負荷が、フェルを苦しめているのである。

 

 これはフェルが休みなく走り続けていたり、子どもゆえのスタミナ不足という面もあるが、最大の原因は体が『人魔一体』に対応しきれていないのである。

 

 フェルは他の『転生者』であるナナハとレイヴィスとは違い、『特典』を使い始めて日が浅い。

 

 レイヴィスのように使いこなす訓練も、ナナハのように『特典』自体が自身の存在に繋がるわけでもない。

 

 ただ本当の家族のように心を通わせることができることに満足していたフェルが、本格的に『特典』を使った戦闘を初めてしたのがラステイションのゲイムキャラを守る時であった。

 

 その後、夢人達と旅することで何度も濃い経験をしたとはいえ、圧倒的に実力が不足していた。

 

 特に『人魔一体』は、究極的に言ってしまえばフェルのフィジカルな面を一体化するモンスターと同等にまで底上げする能力なのだ。

 

 当然、急激に上昇した力に振り回されないように相応の訓練と体が必要になってくる。

 

 しかし、現状フェルはそのどちらも欠けていた。

 

 訓練不足と成長途中の体、フェルは本当ならいつ『人魔一体』が解けてもおかしくないほどに疲弊しているのである。

 

 ……だが、フェルの足は止まらない。

 

 それどころか、そのスピードは落ちようとすると爆発的な加速を開始するのであった。

 

(まだ……まだいける!! もっと……もっと速く!!)

 

 すでに限界を迎えているはずのフェルであったが、その心に諦めの気持ちはなかった。

 

 トップスピードを維持したまま休みなく走り続けていく。

 

 必然的に狭まる視界、荒くなる呼吸、激しく脈打つ心臓に呼吸することさえままならない。

 

 しかし、それでもフェルはブレイブに捕まらないように、振り落とされないように走り続ける。

 

 それは一重に、一体化しているリンの存在のおかげだ。

 

 モンスターであるリンが持つ動物的な感覚が、フェルの動きを後押ししているのである。

 

 その名前は生存本能。

 

 追い詰められた獣は、時として格上の相手へも本来の体のスペックを越えて牙を向ける。

 

 危機的状況であるからこそ、感覚が研ぎ澄まされ動きの無駄を省いていく。

 

 洗練されていく動きは、まさに野生の動物がその命を守るために体得していく技術そのもの。

 

 生きたい、このシンプルな思考の元に弾きだされる動作はフェルを爆発的に成長させていく。

 

 フェルが疲弊しているから今だからこそ、体に余計な力が入らなくなり、無意識のまま動きをブレイブの攻撃を避けることに最適化しているのだ。

 

 だが、それも結局のところ潤滑油程度の役割しか果たしておらず、本当の原動力は別にある。

 

「あああああああああ!!」

 

 苦しいはずなのに雄叫びをあげて自身を鼓舞しながら、フェルは疾走を続ける。

 

 その心にあるのは、不屈の意思。

 

 家族を殺されて以降、自身の命にすら無頓着であり八つ当たりのような生き方しかできなかった少年が、今はゲイムギョウ界を守るために必死にあがいている。

 

 夢人達との出会いを経て生まれた彼自身の願い。

 

 共に戦ってきたからこそ知ることができた強さ。

 

 何より彼は少年とはいえ、男なのだ。

 

 女神だからと言って、自分がまだ成長途中だからと言って女の人に守られてばかりではいられない。

 

 ロムとラムも似た気持ちを抱いているが、フェルの気持ちはそれ以上に強い。

 

 自身が『転生者』であり、ゲイムギョウ界を破壊してしまう『歪み』になる可能性があったフェルの今生の人生は与えられてばかりだった。

 

 ファルコムとの出会いから始まり、夢人達と一緒に楽しく過ごし、バグでもなくなった彼は傍目から見たら満ち足りているだろう。

 

 だが、それは他人から与えられた物に囲まれているだけだった。

 

 そんな現状を受け入れていられるほど、フェルの精神は子どもではない。

 

 『転生者』であるから精神年齢が高いわけではない。

 

 夢人達と一緒にいたから心が成長したわけではない。

 

 ……満たされていないから、男の部分が刺激されているのだ。

 

 単純に負けず嫌いと言ってしまえばお終いだが、フェルは今まで自分が何もできなかったことを悔しく思っていたのである。

 

 自分は夢人達の旅に同行して何ができた? 助けてもらった自分は彼らに何を返せた? ……何もできていない。

 

 この結論は、フェルの男のプライドを傷つけると同時に大きく刺激した。

 

 自分も彼らのためにできることを最大限する……なまじ、そんな生き方をしている無茶で無鉄砲な男の背中を知っているからこそ、フェルは苦しくても諦めることなく闘志を燃やし続けられる。

 

 その不屈の闘志に、『人魔一体』により深くリンクしているリンの動物的な感覚から来る生存本能が加わった今のフェルは雄の獣と一緒である。

 

 生に貪欲であり、肉体の限界を越えて動き続ける理屈では言い表せない本能の塊。

 

 『人魔一体』の……フェルとリンの真価が発揮されているのである。

 

 ……そんな彼の耳に祝福の声が届けられる。

 

「フェル!!」

 

 研ぎ澄まされた聴覚、特に頭の上に現れた犬のような耳のおかげで拾うことができた音に、フェルは口の端を吊り上げる。

 

 すると、今までとは違い、胴体から足へと滑り下りるように動き、足元付近になると思いきって跳躍をした。

 

 そして、見事に地面に着地すると同時にブレイブから離れ始める。

 

 それを逃走だと判断したブレイブはフェルを追いかけようとするのだが、その視線の先にいた人物を見て驚き固まってしまう。

 

 そこにはX.M.B.の照準を自分に向けているユニの姿があった。

 

「X.M.B.最大火力……」

 

「なっ!? しまっ……」

 

「シュート!!」

 

 驚きのあまり動きを止めてしまったブレイブは、X.M.B.から放たれた一撃に顔から胸の部分にかけてを飲み込まれてしまう。

 

 フェルとワレチューが稼いだ時間により高まったX.M.B.の一撃が正面からブレイブに直撃したのだ。

 

 やがて、爆発音と共に黒く焦げ付いたような煙がブレイブの体から発生した。

 

 

*     *     *

 

 

「……夢、だったんだよな」

 

 夢人はベッドに横になったまま、薄目を開けてつぶやいた。

 

 今いる場所は、フィーナと会話した部屋。

 

 自分がネプギアと夫婦であった世界でなく、自分が勇者としてネプギア達と一緒にいる世界だと気付き、夢人は上半身を起こして額に手を当てた。

 

 そのまま考えを整理するように左右に頭を振って先ほどまで見ていた夢のことを思い出す。

 

(アレは夢だったんだ……こっちが現実であっちが夢で正解なんだ……なのに、何で……)

 

 気が付けば、夢人は泣きそうなくらいに瞳を潤ませていた。

 

 思い出すのは自分を引きとめようとするネプギアの叫び。

 

 曖昧だった記憶は覚醒すると同時にはっきりとして、あのネプギアが夢の存在であったことは夢人にもわかっている。

 

 しかし、あちらで約束したこと、体験したことも鮮明に思い出せてしまう。

 

 何より、夢人にはあのネプギアが夢の中に出てきた幻の存在であったと思えないのである。

 

 妄想している時に出てくる、いつも嬉しそうに笑う彼女ではなく、寂しく笑う彼女。

 

 いっそ夢や妄想だと決めつけてしまえば楽になれることは夢人にもわかっている。

 

 だが、それを肯定してしまえば、最後には何も聞かずに背中を押してくれた彼女の存在を否定してしまうことになる。

 

 あの世界で自分を励まし、涙を流し、背中を押して送り出してくれた彼女のことを。

 

「……守るさ、必ず」

 

 指で強引に涙を拭うと、夢人は新しく決意を口にして顔を引き締めた。

 

 あの世界で交わした約束を守ることはもちろん、こちらの世界で交わした約束もまだ終わっていないのだ。

 

 夢人には今何が起こっているのかわからないが、フィーナが自分をギョウカイ墓場に連れて来たことから、何かしらの行動を彼女が起こしていることは察している。

 

 “カット”されてしまったアカリの安否やフィーナが最後に言った言葉の謎、ネプギア達の現状……夢人はそれらを知るためにベッドから立ち上がり、部屋の外へと飛びだした。

 

「って、ここどこだよ?」

 

 廊下に出て、夢人は今自分がどこにいるのかわからないことを再確認した。

 

 フィーナに連れてこられたと言うことから、ギョウカイ墓場であることはわかっているのだが、夢人は黒い塔の内部には入ったことがないため自分が今いる場所が分からない。

 

 自分が建物の中にいることは部屋で寝ていた時からわかっているのだが、どこに向かえば外に出られるのかわからず途方に暮れるしかなかったのだ。

 

「仕方ない。ここは適当に……ん?」

 

 立ち止まっていても仕方ないので、行き当たりばったりになってしまうが動き出そうとした夢人の耳に突然何かが聞こえてきた。

 

 それは何かのエンジン音のように聞こえる。

 

 廊下を反響してくる音は次第に大きくなり、こちらに近づいてくるようであった。

 

 視線を音の聞こえる方に向けると、そこには自分の方に向かってくる青いバイクの姿があった。

 

 青いバイクを運転していた黒く丸い耳と鼻がついた灰色のフードを被った女性は、夢人の姿を確認するとにやりと笑ってバイクを停止させる。

 

「ようやく見つけたぜ、勇者気取り!」

 

〔うむ、無事で何よりだ〕

 

「ワンダーにリンダ!? どうしてここに!?」

 

 目の前に止まった青いバイク、ワンダーとリンダの存在に夢人は目を見開いて驚いてしまう。

 

 その組み合わせはもちろんのこと、ずっと眠っているマジックの傍を離れなかったリンダがここに来たことに驚いてしまったのだ。

 

 しかも、リンダは怪我をしているようで見える範囲で顔や腕に擦り傷のような物を作っている。

 

 ワンダーも損傷をしているらしく、青い外装には斬られたような跡やメタリックシルバーに輝いていた骨組みの部分も焼き焦げたように黒くなっていた。

 

 ……キラーマシン達の包囲網を抜けるのは、リンダはアーマーモードを酷使させ過ぎたのだ。

 

 いくらボディに利用されている金属は同じでも、1対多の戦場はリンダ達に不利であった。

 

 そのため、リンダ達が狙ったのは1点突破での離脱。

 

 目的地である黒い塔への道を塞ぐキラーマシンだけを攻撃したのであった。

 

 しかし、そんなことをして無傷で済むわけはなく、リンダ達は左右と後方からの攻撃にさらされてしまった。

 

 それでもリンダ達は無理を通す必要があった。

 

 どんどんと湧いて出てくるキラーマシンやアーマーモードの制限時間が30分であり時間がなかったこともあるが、ネプギアが1人でフィーナをいつまで押さえられるかがわからないからである。

 

 普通に戦っていてさえ、2人には明確な差が見てとれた。

 

 疲弊するネプギアと余裕綽々のフィーナ。

 

 ネプギアに長時間フィーナの足止めを期待することは酷であろう。

 

 それがわかっているからこそ、リンダ達は無理を通して1点突破を狙ったのである。

 

 その結果、アーマーモードは30分ギリギリまで展開し、ワンダーも本来ならすぐにでもメンテナンスが必要なくらいにボディも内部の精密機械の部品も消耗していたのだ。

 

 実を言えば、バイクの状態、ビークルモードでいられることが精一杯であり、ギョウカイ墓場からゲイムギョウ界に安全に帰還することさえ不可能な状態なのである。

 

「んなの決まってんだろうが、テメェとプラネテューヌの教祖を連れ戻しに来たんだよ」

 

「俺とイストワ―ルさん? イストワ―ルさんもここにいるのか?」

 

〔一緒ではなかったのか?〕

 

「あ、ああ。俺はフィーナに連れて来られてからずっとこの部屋に……」

 

「言ってる場合じゃねぇだろ。さっさと探して……」

 

〔待ってください〕

 

『っ!?』

 

 突然、3人以外の声が響きだす。

 

 夢人達は慌てて周りを見渡すのだが、人影を見つけることができない。

 

〔声だけで失礼します。失礼ですが、私の居る場所まで来てはいただけないでしょうか?〕

 

「……おいおい、名乗りもしないで自分の所に来いだぁ? んなあからさまな誘いに乗るわけが……」

 

〔ああ、申し遅れました。私、この塔のホストコンピューター的な役割を担っていますエヴァと申します。それでですね、あなた達にお願いしたいことが……〕

 

「って、人のことを無視して勝手に進めてんじゃねぇよ!?」

 

 自分のペースを崩さずに要求を続けるエヴァに、最初はいぶかしんで眉をひそめていたリンダも、眉を吊り上げて怒りをあらわにした。

 

 しかし、エヴァはリンダの抗議を無視して言葉を続けていく。

 

〔あなた達の探しているプラネテューヌの教祖も私の所にいます。ですから、どうか私の所にまで来てはいただけないでしょうか?〕

 

〔……人質、と言うわけか?〕

 

〔いいえ、私にその意はありません。しかし、あなた達からしてみればそうなってしまうのでしょうね。それについては謝罪させていただきます。申し訳ございません〕

 

「……なんか調子狂うな」

 

 一方的に要求を突き付けてくるかと思いきや、謝罪を始めるエヴァにやりにくそうにリンダは後頭部を掻きながら愚痴をこぼす。

 

 事実、声しか見えない相手であるからこそ、自分達を呼び出す意図が余計に掴めずにいるのだ。

 

 そんな空気の中、夢人は頬を掻きながらリンダとワンダーに提案する。

 

「とりあえず、イストワ―ルさんもいるみたいだし、行くしかないだろ」

 

「……ったく、しゃあねェな」

 

〔罠だろうと飛びこむしかないと言うわけだな〕

 

〔罠ではございませんのでご安心を……それではご案内します。まずはこの道を真っ直ぐ進んでから……〕

 

「そう言うナビは分かれ道になったら言いやがれ……おら、テメェもいつまでもボーっとしてねェでさっさと後ろに乗れってンだ!」

 

 渋々とだが、リンダとワンダーも夢人の提案に賛成する。

 

 自分の願いを受け入れてもらえたエヴァは、親切心から自分の居る場所までを教えようとするのだが、未だ警戒して眉間にしわを寄せているリンダによって遮られてしまう。

 

 1度に説明されるよりも随所で道を示された方が向かう方として楽だからである。

 

 すると、リンダは怒鳴って後ろに乗るように夢人に命令すると、エンジンをふかせるためにアクセルを強く握り込む。

 

「そんじゃまぁ、案内頼むぜ!」

 

〔わかりました。それでは、まずこの道を真っ直ぐに向かってください〕

 

「了解!」

 

 夢人が後ろに乗ったことを確認したリンダはエヴァの案内通りにワンダーを走らせる。

 

 そんな中、手持無沙汰になった夢人がワンダーに声をかけた。

 

「なあ、ワンダー。俺がここに来てから何が起こったのかを教えてくれないか?」

 

〔そうだな。まずはお前とイストワ―ルがフィーナとジャッジ・ザ・ハードの連れ去られた後なのだが……〕

 

 エヴァの案内で進む中、夢人はワンダーから自分がここに連れて来られてから何があったのかを聞いていく。

 

 直接その場にいなかったワンダーも、ここに来るまでの経緯をしっかりと把握していたのである。

 

 その話を聞いていくうちに、夢人の顔は辛そうに歪んでいくのであった。

 

 

*     *     *

 

 

「はああああああ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 ネプギアは自分に向かって振り下ろされるゲハバーンをグロリアスハーツで受け流そうとする

 

 しかし、刀身を受け流すことには成功したのだが、ネプギアは体勢を崩されてしまうのであった。

 

 その隙を見逃すフィーナではなく、彼女は振り下ろしたゲハバーンを斜め上に斬り上げるようにネプギアに向かって振り上げた。

 

「っ、くっ!?」

 

「チッ」

 

 しかし、その一撃もグロリアスハーツに防がれてしまい、フィーナは思わず舌打ちをして眉に力がこもってしまう。

 

 ネプギアはグロリアスハーツの切っ先を地面へと向けて真っ直ぐに立てるようにして振り上げられたゲハバーンの一撃を防いだのである。

 

 だが、2本の剣が打ち合った衝撃により、ネプギアは後方に吹き飛ばされてしまう。

 

 そして、何とかプロセッサユニットのウイングで倒れないように体勢を立て直すのだが、ネプギアの表情は優れない。

 

「ハア、ハア、ハア」

 

 息も絶え絶えの様子で、目も閉じてしまいそうなくらいに細められていた。

 

 額は当然、グロリアスハーツを握っている両手のひら、プロセッサユニットの隙間から見えるへその部分、肩から腕の部分、太ももから足にかけてまで、体中の汗腺から汗がわきでていた。

 

 グロリアスハーツを構えるだけの余裕もないのか、柄を握る両腕の筋肉は痙攣しているようにぷるぷると震えている。

 

 本来なら片手で扱えるはずのグロリアスハーツを両手で握っている段階でネプギアには、もう余力がほとんど残されていないことは明らかであった。

 

 ……リンダ達が黒い塔へ向かった後、ネプギアは必死になってフィーナの猛攻を防いでいたのだ。

 

 反撃しようと思えば、いつでもフィーナの隙をついてできたはずだが、ネプギアは1度もグロリアスハーツを攻撃に振るうことはなかった。

 

 2度の“リバース”を行った時は、武器破壊を目的として振るっただけで、直接フィーナにその刃を向けてはいない。

 

 疲労のせいで満足に体が動かなくなっていたこともあるが、ネプギアにはどうしてもフィーナを攻撃できない理由が存在している。

 

 そんなことを知らず、フィーナは勝ち誇るように口角を上げながらゲハバーンの切っ先をネプギアへと向けた。

 

「もういいでしょ? 諦めて楽になりなさいよ」

 

「……まだ……終わって……ない……」

 

「はあ、いい加減飽き飽きなのよね。こんなこと早く終わらせて父様の所に戻りたいのに、まったく嫌になるわ」

 

 歯を食いしばってグロリアスハーツの切っ先を持ち上げるネプギアの姿に、フィーナはため息をついて呆れてしまう。

 

 傍目から見ても、ネプギアはもう戦闘を続けることができないほど疲弊している。

 

 自分の勝ちは確定的に明らかであるのにもかかわらず、諦めないネプギアにフィーナは相手をするのも飽きてきたのだ。

 

 愚痴をこぼすようにつぶやかれたフィーナの言葉に、ネプギアは視線を落として口を開く。

 

「……だったら……」

 

「うん? 何か言ったかしら?」

 

 ぼそりと小さく発せられたネプギアの声に、フィーナはいぶかしんで眉をひそめた。

 

 すると、ネプギアは顔を上げて悲しそうにフィーナを見上げるように再び口にする。

 

「だったら……私は……フィーナちゃんの……ママで……アカリちゃんも……」

 

「黙れ!!」

 

 ネプギアの言葉を遮り、フィーナは顔を怒りに染め上げた。

 

 眉はつり上がり、細められた瞳はネプギアを射抜くように鋭く睨んでいる。

 

「私に必要なのは父様だけ!! あなた達はいらないのよ!!」

 

「そんなこと……」

 

「うるさい!! あなた達が……あなた達がいるから!!」

 

 憐れんだように自分を見つめてくるネプギアの視線に耐えられず、フィーナは激昂し叫びを上げた。

 

「私は私になれないのよ!! 私はあなた達のコピーじゃない!! 予備じゃないのよ!!」

 

 ……そう叫ぶフィーナの激怒している顔が、ネプギアには泣いているように見えたのであった。




と言う訳で、今回はここまで!
ちょっとフェル君のあたりを書きすぎたかもしれないですね。
まあ、彼の活躍って本当に何度も潰れてますからこれから頑張ってもらわないと。
後、前書きの顔文字なんですけど、あの方が登場した際に必ずと言っていいほど多用しますから少しずつ練習していきます。
次回は予定していたサブタイ通りにお届しますね。
それでは、 次回 「サブシステム」 をお楽しみに!

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