超次元ゲイムネプテューヌ 夢のヒーローを目指して 作:ホタチ丸
5月も半分……だと言うのに、まだ最終章が終わらない。
本当に予定よりも長引いてしまってる!?
それでは、 オーバーリミット はじまります
「アハハハハハハ!! どうしたのどうしたの!! 私を止めるんじゃなかったの!!」
「うっ!?」
ギョウカイ墓場、ネプギアはフィーナ相手に防戦一方になっていた。
楽しそうに笑いながらゲハバーンを振るうフィーナの攻撃をネプギアはグロリアスハーツで受け止めることしかできない。
最初の時のようにグロリアスハーツでゲハバーンを切断することができないでいた。
「したり顔で『再誕』の剣だとか、ゲイムギョウ界を明るく照らすために生まれたとか言ってたくせして、その剣なーんの役にも立ってないじゃないの!!」
「っ、そんなこと、ない!!」
「だったら、もう1度その剣の力を使えばいいじゃない!! 使えるのなら、ね!!」
「ぐっ!?」
押し切ろうとするフィーナと押し返そうとするネプギア、その表情は実に対照的であった。
鍔迫り合いの最中、フィーナは馬鹿にしたように口角を吊り上げてネプギアを挑発していく。
明らかに余裕があるように思わせる態度は、ネプギアが2度とグロリアスハーツの力、“リバース”を使えないとわかっているかのようである。
対して、ネプギアはフィーナの挑発に何の言葉も返すことができずにいた。
その顔は苦しそうに歪められ、押し切ろうとするゲハバーンすら撥ね退けられずにいた。
(思ってた以上に……辛い……っ)
2人が戦闘を始めてそんなに時間が経ったわけでもないのに、ネプギアの表情には疲労が見てとれる。
……原因はグロリアスハーツである。
『再誕』の力によりM.P.B.L.に“ペースト”されたグロリアスハーツは、存在するだけで常にシェアエナジーをどんどん消費していく。
それはアカリが肉体を“再現”している時の比ではない。
グロリアスハーツ自身、ネプギアにはその剣の明確なイメージがあるわけではない。
むしろ、欠陥だらけのイメージしかなく、言ってしまえば夢人がブレイブソードを“ペースト”していた時と変わらない状態なのである。
そんなあやふやなイメージを固定するためにネプギアはシェアエナジーを送り続けているのだ。
さらに、最初にゲハバーンを切断した時に使った“リバース”の影響も大きい。
正確に言えば、ゲハバーンはグロリアスハーツに切断されたわけではない。
その刀身に込められていたシェアエナジーが反発し合った影響で自壊したのである。
ネプギアは最初にグロリアスハーツを使い、ゲハバーンの刀身の一部を“リバース”させたのである。
ゲハバーンは『再誕』の力の1つである“カット”を強化する能力がある剣。
すなわち、その刀身にはシェアエナジーが流し込まれている。
『再誕』の力は、あくまで情報をシェアエナジーを利用して統括する力であるため、フィーナは自身のシェアエナジーを送ることでその力を最大限に発揮することができるのである。
そのためゲハバーンにはフィーナが吸収した犯罪神、負のシェアエナジーが込められていたのだ。
ネプギアはそれを正のシェアエナジーに反転させ、ゲハバーンを自壊させたのである。
グロリアスハーツと接触したゲハバーンの刀身は、“リバース”の影響で負から正へとシェアエナジーが反転させられた。
これにより、切っ先の部分と柄に近い部分の負のシェアエナジーは間に挟まれた正のシェアエナジーと反発し合うことで接合が分断させられてしまったのである。
反発し合う2つのシェアエナジーが互いを弾き飛ばした結果、ゲハバーンは斬り裂かれたように見えたのである。
しかし、“リバース”はゲハバーンに有効な手であると同時にネプギアにとって諸刃の剣でもあった。
ただでさえグロリアスハーツを“ペースト”しているだけでシェアエナジーを消費していくと言うのに、“リバース”の力を行使するためにもシェアエナジーを使わなければならない。
『再誕』の力である“再現”、“カット”、“ペースト”、“リバース”は、いずれも行使するためにシェアエナジーが必要なのである。
ネプギアは現在、“ペースト”を維持していくだけでもシェアエナジーを消費しているのに、この上“リバース”まで使ってしまえば体内のシェアエナジーはすぐに底をついてしまうだろう。
加えて、ネプギアは今『変身』しているためプロセッサユニットの維持にもシェアエナジーを割かねばならない。
……そう、ネプギアのシェアエナジーは、戦闘中に『再誕』の力を使い続けるには余りにも少なすぎたのである。
これは他の女神であっても同じであっただろう。
何故なら、女神にとってシェアエナジーは命も同然。
ルウィーのシェアが低下したことで意識不明になってしまったロムのように、女神はシェアエナジーがなくなってしまえば意識を保つことさえも不可能になってしまう。
すなわち、女神にとってシェアエナジーを悪戯に消費してしまう『再誕』の力は毒でしかないのである。
「ねえねえ、今どんな気持ち? 得意げな顔で勝利宣言しときながら手も足も出せずにいるのは……悔しい? 屈辱? それとも憎しみ? あ、それともそんな物を使い続けているんだから、喜んでいるのかしら?」
「そんなこと、ないっ!!」
「嘘ウソ、あなたは今自分で自分を傷つけてるのよ? そんな被虐趣味の持ち主のくせして何言ってんの、よっ!!」
「あぐっ!?」
フィーナはニタニタと笑いながらネプギアを嘲る。
鍔迫り合いの拮抗状態を崩すため、フィーナはゲハバーンにしか注意がいっておらず、無防備になっていたネプギアの腹を思いっきり蹴り飛ばす。
反応できなかったネプギアは体をくの字に曲げて吹き飛ばされてしまったが、プロセッサユニットのウイングによって転倒することだけは避けられた。
しかし、その顔は苦痛に歪み、蹴られた腹を手で押さえていた。
「ほらほら、休んでいる暇はないわよ!!」
「っ!?」
辛そうにするネプギアに、フィーナは休む暇を与えない。
愉快だと言わんばかりに笑みを浮かべながらゲハバーンを振っていく。
その攻撃を防ぐため、ネプギアはグロリアスハーツで一撃一撃を受け止めなければいけない。
本来、殺傷能力を持たないゲハバーンは基本的に何も斬ることも傷つけることもできない剣なのだ。
しかし、それは現存する物体に限る話であり、ネプギアの中にいるアカリは違う。
『再誕』の女神は存在していると言っても、その実情報の塊であり、“カット”の対象となってしまう。
プラネテューヌの教会で夢人からアカリを“カット”した時と同じように、フィーナはゲハバーンを使えば簡単にネプギアからアカリを“カット”できるのだ。
もしもネプギアがフィーナの攻撃を掠りでもしてしまえば、アカリはゲハバーンにシェアエナジーを残すことなく“カット”されてしまい、今度こそ本当に消滅してしまうだろう。
だからこそ、ネプギアは辛くてもグロリアスハーツを“ペースト”し続けなければならないのだ。
肉体物体を傷つけることなく“カット”するゲハバーンを止めることは、同じ『再誕』の力を使っているグロリアスハーツでなければできない。
ビームソードやM.P.B.L.では、ゲハバーンの刃を止めることができず透過されてしまう。
アカリを守るため、ネプギアは不利を承知の上で『再誕』の力を使い続けなければならないのだ。
……また、ネプギアが“カット”されてしまうのはアカリだけではない。
もしもそれを“カット”されてしまえば、自分と言う存在すら消滅してしまう危険性があるのだ。
だから、ネプギアはフィーナ自身よりもゲハバーンに注意を向けていた。
「うふふ、あなたって本当にドMなのね。大人しくして私に全部くれれば、すぐに楽になるって言うのに」
振り下ろしたゲハバーンがグロリアスハーツに受け止められるのを見て、フィーナは笑みを深めた。
何度も攻撃していくうちに、自分の考えが合っていたことを確信したからである。
……ネプギアはゲハバーンを切断した時のように自分のことを“リバース”することができないと。
フィーナは決して戦闘に秀でているわけではない。
純粋な戦闘技術でいえば、フィーナはネプギアの足元にも及ばない。
今までもゲハバーンを適当に振り回しているだけなのだ。
ネプギアは隙を突こうと思えば、簡単にフィーナに対してグロリアスハーツを突き立てることも可能であった。
それが防戦一方だったり、降伏を勧めてきたりしたことから理由は不明だが、ネプギアが自分を攻撃することはないと判断したのである。
……フィーナはそんなネプギアの姿が面白くて堪らないのだ。
必死になって足掻こうとするその姿が、かつて自分が味わった同じ苦しみを与えているのだと言う暗い喜びを感じているのである。
ネプギアもアカリも、フィーナにとって憎悪の対象でしかないんだから。
「そんなこと、できない、よっ!!」
「わお、まだそんな力が残っていたのね」
ゲハバーンを撥ね退けられ、フィーナは意外そうに、それでも笑顔のまま後ろに跳んでネプギアから距離を取った。
一方、ネプギアは息も絶え絶えの様子で辛そうにしている。
“ペースト”とプロセッサユニットの維持に加え、ゲハバーンの攻撃にも注意を払わなければならないネプギアは、すでに心身ともに疲労困憊であった。
(でも、どうして、フィーナちゃんは、平気なんだろう……)
ここに来て、ネプギアは同じ条件で戦っているはずのフィーナが自分より余裕があることに疑問を抱いた。
マジェコンヌの話が正しければ、フィーナが吸収した犯罪神は漏れ出した一部のみ。
それは決して多くはないはずだった。
ゲイムギョウ界中に散らばる欠片を活性化するためにも、フィーナはその身に宿るシェアエナジーを解放したはずだ。
アカリ同様、本来の姿は1欠片に過ぎないフィーナは例え夢人達よりも欠片を多く手に入れていたとしても、戦うことやゲハバーンの再生、プロセッサユニットの展開などできるはずがなかったのだ。
それも疲労を感じることなく、自由自在に使うことなど不可能である。
フィーナの体はネプギアを元にして“再現”されているため、その体内に保有できる最大シェアエナジーの量は同じはずである。
それなのにもかかわらず、フィーナは体とプロセッサユニット、ゲハバーンの再生のために“再現”、ゲハバーンの“カット”の力を使うためにシェアエナジーをネプギア以上に消費している。
……だが、フィーナはネプギアと違い、その余裕を崩さない。
これは決してネプギアがフィーナとの戦いの前にシェアエナジーを消費したためではない。
フィーナと出会う前も、ネプギア達はキラーマシンとの戦闘を避けるようにここまで来たのだ。
少しでも消耗を抑えるため、はやる気持ちを抑えて自分で飛ぶことなくワンダーで移動してきた。
しかし、それでもネプギアの消耗はフィーナに比べて明らかに激しい。
「随分と辛そうね。ここらで終わりにしない? 私も慣れないことをして、いい加減腕が痛いのよ。だからね、あなたの物ぜーんぶちょうだい」
「ハア、ハア、ハア……まだ、終わって、ない、よ……」
「そんな状態で言われても、ねえ?」
「くっ」
嘲り笑いながら提案するフィーナに、ネプギアは悔しさを堪えるために唇を噛むことしかできない。
フィーナの言葉を何ひとつ返すことができないからだ。
疲労困憊の自分では虚勢を張ったとしてもすぐに見抜かれてしまう。
ましてや、虚勢を張れるほどネプギアには余裕がない。
それ程ネプギアのシェアエナジーの消耗は深刻だった。
「私は、絶対に、諦めないっ! フィーナちゃんを、止めて、夢人さんと、いーすんさんを、助け……」
「そう、それがあなたのあり方……いいえ、縛られ方ね。だったら!」
途切れ途切れでも戦いを続けようとするネプギアの姿勢に、フィーナは目を細めた。
しかし、次の瞬間大きく目を見開き、口角を吊り上げながらゲハバーンの切っ先をネプギアへと向けた。
「その枷、今すぐ外してあげるわ!!」
展開しているプロセッサユニットの4つの翼を使い、フィーナは勢いよくネプギアに向かって飛翔する。
先程よりもスピードの乗っている攻撃、疲弊しているネプギアはフィーナの接近に反応が遅れてしまった。
(駄目、避けられな……)
「うおおおお!!」
「ん?」
気が付けば目の前でゲハバーンを振り上げているフィーナの姿を見て、ネプギアは避けられないことを悟ってしまった。
急いでグロリアスハーツを構えようとするのだが、体が思考について来れず、呆然とゲハバーンを見上げることしかできない。
そんな時、勝ち誇るように頬を緩めていたフィーナは突然顔をしかめ、ゲハバーンを握っていた方とは逆の手を頭上へと持ち上げた。
その手のひらに収まるように1本の刀がフィーナに向かて振り下ろされたのであった。
「チッ、しくじったか」
「……何のつもり? 私はあなたに興味なんてないんだけど?」
「テメェには無くてもこっちにはあるんだよ!! よくもマジック様を洗脳してくれたな!!」
「マジック? ……ああ、オバサンのこと? それが何?」
フィーナの攻撃を中断させたのはリンダであった。
リンダはワンダーから振り落とされた際に、打ち所が悪かったせいで意識を手放していたのだ。
目覚めて見れば、ネプギアはピンチでフィーナがトドメを刺そうとしている様子が目に映り、衝動的に斬りかかっていたのだ。
しかし、フィーナはリンダから激しい怒りをぶつけられていても、つまらなそうに横目で見るだけであった。
「何、だと!! ふざけてんじゃねェぞ!! テメェのせいでマジック様は……」
「だ・か・ら、それが何なの? オバサンは私のお人形さんだったんだし、どうしようが私の勝手でしょ?」
「っ、テメェ!!」
「……うるさいな、もう」
「っ!?」
いくら怒鳴っても態度を変えないフィーナに、リンダはさらに怒りを募らせた。
だが、それに対してフィーナは不機嫌そうに低い声を出して、受け止めていた刀の刃を握り砕いた。
刀が砕かれたことにギョッとしたリンダは思わず目を見開いてしまった。
その瞳には自分に向き直り、不機嫌さを隠そうともせずに眉をひそめているフィーナの姿が映り込んだ。
「お人形にもならないあなたは黙っててよ」
「……ハッ、こっちはテメェの人形認定されてなくて嬉しいぜ。それと、誰がテメェなんかの命令なんて……」
「そう」
ネプギアを甚振りながら追い詰めていた時とは違い、フィーナは冷淡にリンダを見下しながらその手に1つの武器を“再現”する。
「っ、テメェそれは!?」
「これで死ねるのなら、あなたも本望でしょ? なにせ、あなたの大大だーい好きなオバサンの武器なんだもんね」
“再現”された武器を見て驚くリンダに、フィーナは少しだけ溜飲を下げてにやりと笑った。
フィーナが“再現”したのは、マジックの武器である鎌。
その禍々しく鋭利な刃でリンダの首を刈り取ろうと……
「はああああ!!」
……刹那、横合いから乱入してきたグロリアスハーツによって、鎌は柄の部分から斬り裂かれてしまった。
ネプギアが“リバース”を使って、ゲハバーンと同様に鎌を自壊させたのである。
だが、その代償は軽くはなかった。
「うぐっ……ハア、ハア、ハア……」
「お、おい、テメェ大丈夫なのか!?」
「へ、へい、き、です……した、ぱ、さん、は……」
「全然大丈夫じゃねェじゃねェか!? ちょっと待ってろ!?」
2度目の“リバース”の行使、それはネプギアに残されたシェアエナジーを大きく削るものであった。
プロセッサユニットも段々と輝きを失っていき、グロリアスハーツも徐々に“ペースト”が剥がれていくように光が漏れだし始めた。
今にも倒れてしまいそうな様子で自分を気遣うネプギアに、リンダは下っ端と呼ばれたことを訂正することを忘れて慌ててポケットを漁りだした。
取り出したのは手のひらサイズの水晶、シェアクリスタルであった。
……このシェアクリスタルは、ギョウカイ墓場に突入する前にケイ達教祖から預かったものである。
『再誕』の力を使うネプギアのために、急いで作った緊急用の物である。
「ほらよ、早くコイツを使えってンだ!?」
「あっ……んっ……」
ネプギアは受け取ったシェアクリスタルを抱きしめるように胸に当てた。
すると、シェアクリスタルから光が溢れだし、薄い膜ようになってネプギアの体全身を包み込んだ。
その光に反応して、プロセッサユニットは輝きを取り戻し、“ペースト”が剥がれそうになっていたグロリアスハーツも再構成することができた。
……しかし、それらが終わると同時に、シェアクリスタルは役目を終えて砕け散ってしまう。
「ありがとう、ございます」
シェアエナジーが回復したはずなのに、ネプギアの表情は優れない。
これは使ったシェアクリスタルが緊急用の物であり、内包していたシェアエナジーが今のネプギアの消耗を回復させるのに充分でなかったからだ。
「おい、まだ辛そうじゃねェか。そんなんで本当に……」
「ここは、大丈夫、です……だから、下っ端さんは、夢人さん達、の所に……」
「な、何言ってやがんだよ!? テメェそんな状態で……」
「お願い、します、っ! 私は、平気、ですから、っ!」
「……チッ、わーったよ。後、アタイの名前はリンダってンだ。2度と間違えんじゃねェぞ」
口を開くことすら辛そうにしているネプギアが、自分のことを顧みずに夢人とイストワ―ルの救助に向かえと言ったことに、リンダは正気を疑った。
だが、ネプギアの瞳と強い口調から絶対に譲らないと言う意思を読み取り、リンダは舌打ちをして倒れているワンダーに向かって駆け出した。
「行かせると……」
「行かせます!!」
「おっと」
自分とリンダの間に急に割り込んできたネプギアに、フィーナは驚き、思わず後ろへ少し下がってしまう。
理由はネプギアがグロリアスハーツを正眼に構えていたからだ。
いくら確信を持てたとしても、ネプギアが自分を攻撃しないとは限らない。
また自分から刺されるに行くような真似をするようなことを避けるため、フィーナはネプギアから距離を取ったのだ。
その間、リンダは倒れていたワンダーを起き上がらせると、すぐに跨りエンジンを蒸かし始めた。
〔各部異常なし。いつでも行けるぞ〕
「おうよ!」
吹き飛ばされた衝撃でフリーズしていたワンダーのAIも起き上がらせてもらうことで復帰し、自己点検を済ませるとリンダに報告をする。
それを聞いたリンダはアクセルを強く握り、勢いよくワンダーを走らせた。
「ったく、キラーマシン!!」
〔ジ、ジ……リョウカイ……〕
フィーナは周りに集まっていたキラーマシン達に命令して、黒い塔へと向かって走り出したリンダ達を追わせた。
プロセッサユニットを装着した自分の方がキラーマシンよりも早く追いつけるのだが、そのためにはネプギアが邪魔になる。
自分を足止めするためにグロリアスハーツを使うかもしれないと警戒していたのだ。
一方、ネプギアもリンダ達を追うキラーマシンを止められずにいる。
こちらは後ろ姿を見せた途端、フィーナが躊躇いもなく自分にゲハバーンを突き刺してくるだろうとわかっているからだ。
今までの打ち合いでもフィーナがネプギアを傷つけることに躊躇いがないことは明らかである。
ゲハバーンの一撃に絶対に当たれないネプギアは、キラーマシンを止められないことを悔しく思いながら、リンダ達へと心の中でエールを送ることしかできない。
(ワンダーさん、リンダさん……夢人さんに、アレを必ず……)
* * *
……俺は何をやってるんだろうな。
「夢人さんはどこに行きたいですか?」
俺の腕に抱きついて上目遣いで尋ねてくるネプギアは本当に楽しそうに笑っている。
朝食を食べ終えた後、俺達はゆっくりと歩きながらデートの行き先を決めていた。
デート自体ノープランだったらしく、2人で一緒に決めようとネプギアに言われたからだ。
……正直、俺はデートのことも腕に当たるネプギアの柔らかさも考えられないほど、頭が混乱している。
朝食を食べていた時に感じた頭痛の影響はもちろん、家から出た外の景色が信じられなかった。
周りの建物はプラネテューヌの建物のように輝いているわけはなく、落ち着いたベージュの色や灰色の建物ばかり。
プラネテューヌの街の中なら、必ず見えるはずのプラネタワーすら見えない。
俺はてっきりプラネテューヌにいるものだと思っていたが、そうではなかったらしい。
……ここはまるで俺の世界みたいだ。
知らないだけでゲイムギョウ界には俺の世界に似た場所があるのかもしれないが、少なくともここは俺の知らない場所だと言うことがわかった。
「もう聞いてるんですか?」
「っ、ああ。ちゃんと聞いてるよ」
「……嘘つき。ずっと上の空だったくせに」
「え、えっと、その、それは、あの……」
俺が考えに耽っていると、ネプギアが不満そうに頬を膨らませてプイッと視線をそらした。
……いや、まあ、その、聞いてなかったことは事実なんですけど、そんな可愛らしい仕草で拗ねられても、困ってしまうと言うか何と言うか……
どう弁解したらいいのかしどろもどろになっていると、顔をそむけたネプギアが急に笑いだした。
「ふふ、慌て過ぎですよ。本当はそんなに怒ってませんから」
「よかっ……え、少しは怒ってるの?」
「当たり前じゃないですか。せっかくのデートなのに、私だけ浮かれているみたいでちょっと悲しいかなって」
再び顔を俺に向けたネプギアの表情は寂しそうに笑顔だった。
……っ!? 駄目だ、また頭痛がしてきた。
それでも痛みで皺の寄った眉間をネプギアに見せないように、俺は抱きつかれていない方の手で額を押さえて口を開く。
「……ごめん、俺そんなつもりじゃ……」
「気にしないでください。夢人さんの体調が悪いのはわかってるつもりです。でも……」
腕から離れたネプギアは俺の正面に立つと、両手を包み込むように握りしめた。
どうやら俺の体調が悪いのは隠し通せなかったみたいだ。
両手を握ったネプギアは潤んでいるように見える瞳で真っ直ぐに俺を見つめる。
「今日は……今は私を見てください」
「ネプギア?」
「辛くても目をそらさずに……自分を見失わないでください」
「何を言っているんだ?」
ネプギアが何を伝えたいのかがまったくわからない。
でも、その言葉は体に染み込むように広がっていくような気がする。
不思議と頭痛が段々と和らいでいく。
さっきまではネプギアの顔を見ていることすら辛かったのに、今は笑顔にしたいと言う思いが強くなっている。
胸の中にある何かの輪郭が見えた気がする。
これは……
「あ、あはは、何言ってるんでしょうね。変なこと言っちゃってごめんなさい」
「いや、そんなことないさ。心配してくれてありがとう」
「……ずるいです」
誤魔化すように乾いた笑みを浮かべるネプギアに、俺は頬を緩めてお礼を言う。
心配をかけた俺にはお礼を言うことしかできないから。
すると、ネプギアは困ったように眉を下げて、それでも嬉しそうに口元を緩めた。
「とりあえず、歩きながら目的地を決めようか」
「そうですね」
俺が手を差し出して提案すると、ネプギアは頷いて手を取ってくれた。
……握った手が温かい。
腕に抱きつかれて時よりもネプギアを感じるのは何故だろう?
俺が頭痛を感じていないから? 胸の中にあった何かの正体が掴めそうだから? それとも……いや、よそう。
今は隣を歩くネプギアを笑顔にさせたい。
それだけでいいんだ。
* * *
ギョウカイ墓場でネプギアとフィーナが、ラステイションでユニ達とブレイブが戦っている頃、1人リーンボックスに来ていたベールは目の前の惨状に愕然とした。
「ナナ、ハ……」
目の前でナナハとジャッジが戦っている。
本当ならば、すぐにでもナナハに加勢すべきだろう。
ジャッジの強さはリゾートアイラン島の時と比べものにならないくらいに強くなっており、ネプギアとユニ、ナナハの3人が相手をしても鎧に傷1つ付けることができなかったのだ。
その時は鎧の不具合でジャッジが撤退したことで勝負は流れたが、今は万全の態勢で戦っているに違いない。
そんなジャッジ相手にナナハ1人で敵うはずがない。
……そのはずであった。
「はあああああ!!」
「ぬぐっ!? どりゃあああ!!」
だが、実際はナナハがジャッジを押しているのだ。
先端に風が渦巻いているように見える撫子の刃はキラーマシンの装甲を使うことで強化されたはずのジャッジの鎧をたやすく傷つけていく。
だが、その傷は瞬時になくなっていく。
……それはまるでラステイションにいるブレイブと同じようである。
それでも衝撃によってダメージを受けているジャッジは苦悶の声を漏らすが、彼もやられっぱなしではない。
自分の周りを飛び回るナナハに向かってポールアックスを振るっていく。
しかし、鎧の巨体とポールアックス自体の大きさゆえ、大振りになってしまい、簡単にナナハに避けられてしまう。
これは決してジャッジの攻撃が遅いわけではない。
むしろ、巨体の割には俊敏な動きで風を切りながらポールアックスを振るっている。
だが、それでもナナハのスピードには追いつけないでいた。
そして、高速で飛翔しているナナハはジャッジの鎧をまた傷つけ、ポールアックスを避けながら舞い続ける。
「……これはいったい、どう言うこと?」
ベールは目の前の光景が信じられなかった。
確かに、ベールはナナハの実力を認めている。
自分達と同じように女神として生まれたわけではなく、後発的に女神の力を覚醒させたナナハであったが、その力は自分達に決して劣るものではない。
むしろ、自分の指導を受けて2週間程度で女神の力を自在に扱うことができたナナハには『才能』があるとすら思っていた。
……実際には転生特典である『才能』の影響なのかもしれないが、それを加味してもナナハは自分の力を上回る可能性を持つ天才であり、自慢の妹だとベールは思っていたのだ。
しかし、それでも目の前のナナハの様子はおかしい。
ネプギア達と協力しても傷1つ付けることができなかったジャッジの鎧を斬り裂いているのはもちろんだが、その表情とプロセッサユニットがおかしい。
余裕を感じさせず、鬼気迫る様子で鋭くジャッジを睨み続ける表情。
トゥインクル型になったことにより、緑のラインを縁取るように描かれている金色のラインは帯電しているようにバチバチと火花を散らせていた。
それがナナハが高速で飛翔することで置き去りにされ、まるで稲妻が走ったように動いて見える。
「ナナハにいったい何が……」
〔ちょ、退いて退いて!?〕
「え……ブフッ!?」
ナナハの様子が心配でいながらも動けずにいたベールの頭上から突然声が聞こえてきた。
確認しようと顔を上げると、ベールの顔面に黒い球体が降ってきたのだ。
〔アタタタ、アイツめ!? よくも私を……〕
〔きゃああああ!?〕
〔うん? ……ムギュッ!?〕
〔アグッ!?〕
〔ウグッ!?〕
〔うっ!? ここはいったい……〕
さらに、続けざまに緑、白、紫の球体も重なるように降ってきた。
ただでさえ黒い球体が顔面に直撃したことで顔をのけぞらせていたのに、同じ衝撃が4回も来たため、ベールは悲鳴を上げることもできずに後頭部から地面に倒れてしまった。
そうとは知らず、その中で1番上にいた紫の球体、プラネテューヌのゲイムキャラが現状を把握しようときょろきょろと周りを観察し始める。
〔もしかしてリーンボックス? 随分と遠い所まで飛ばされて……〕
〔だあああああ!? あなた達はいつまでも私の上に乗ってるな!?〕
〔きゃああああ!?〕
球体の中で1番下、ラステイションのゲイムキャラは跳ね上がるように浮き上がり、自分の上に乗っていた3人を吹き飛ばした。
〔2回目よ。あなた達は、今日で2回も私のことをクッション代わりにして……もう許さないわ!!〕
〔ちょ、落ち着いてくださいまし!?〕
〔あまり怒り過ぎると体に悪いわ〕
〔それをあなたに言われたくないわよ!? しょっちゅう怒ってるくせに!!〕
〔ああっ!! 何言ってやがんだテメェ!! わたしがいつ怒ったって言うんだよ!!〕
〔怒ってるじゃない!! 思いっきり口調が変わってるじゃないのよ!!〕
〔っざっけんな!! それはテメェが先にキレてるからだろうが!!〕
〔ああもう!? お2人とも落ち着いてくださいまし!?〕
〔そうよ!? こんなところ誰かに見られたら……あっ〕
口論を止めようとしたプラネテューヌのゲイムキャラは、そこで初めてベールの存在を確認することができた。
その流れが伝わったのか、他のゲイムキャラ達も一斉に静まり返ってしまう。
そんな空気の中、ベールはゆっくりと額を押さえて頭を振りながら起き上がった。
「イタタタ……いったい何が起こりましたの?」
〔ゴホン……ようやく目覚めたか、リーンボックスの女神よ〕
「え、あなた達はゲイムキャラ?」
ベールが状況を把握できていないことをいいことに、ラステイションのゲイムキャラは無理やり話しを進めようと口調を変えて声をかけた。
〔そうだ。まずは先に先ほどの非礼を詫びよう。あれは私達にとっても予想外のことだったのだ〕
「……空中からダイブすることが予想外のこと、だったのですか?」
〔えっと、それについてはいろいろと事情があるんだけど……って、それよりもあの子どうしちゃったわけ?〕
ジト目で自分達を見てくるベールの質問を回避するために、リーンボックスのゲイムキャラはナナハとジャッジの方を向いて話題を変えてきた。
それにより、思い出したかのようにハッとしたベールはナナハ達の方に向き直った。
戦況は変わらず、ナナハが鎧を傷つけていくが、その傷は瞬時に消えていき、ジャッジの攻撃は空を斬るだけであった。
〔ああなった理由は分かりませんが、あのままじゃあの子が大変なことになってしまいます〕
「大変なこと……ナナハがどうなってしまうのですか!?」
〔落ち着いて聞いてください……このままじゃ、あの子のこと……〕
焦りをあらわにして詰め寄るベールを宥めながら、プラネテューヌのゲイムキャラは答えた。
〔……殺すしかなくなります〕
……そのとても残酷な答えを。
* * *
「ただいまー、って誰もいないんですけどね」
「でも、不思議と何故か言いたくなるんだよな……ただいま」
「おかえりなさい……ふふふ」
夢人とネプギアは2人で玄関で笑い合っていた。
結局、2人のデートは手を繋いで歩くだけで終わってしまった。
周りの景色を見ながら話をしたり、ただ黙って相手の存在を確かめるように手を強く握りしめたりしただけで、一般にはデートと呼べるものでは無いように思える。
しかし、2人はそれでも満ち足りたように笑みを浮かべている。
「夢人さん、今日はありがとうございました。私の我がままに付き合ってくれて」
「そんなことないさ。俺もネプギアと一緒にデートできて楽しかったよ。ありがとう」
最初は自分の中の疑問を解消するためにデートをしようと提案した夢人であったが、気が付けば楽しんでいる自分がいたことに気付いた。
手を繋いでいる間は頭痛を感じることもなく、それどころか頭の中がスッキリしていくように思えたのだ。
「それならよかったです……それじゃ、ついて来てください」
夢人がほほ笑んでいる姿を見て、ネプギアは寂しそうに口元を緩めると、背中を向けて奥へと歩き始めた。
ネプギアの言葉の意味がわからず、夢人は首をかしげながらその後ろについていく。
ネプギアは階段を上り、夢人がついて来ていることを確認すると、顔を引き締めて口を開く。
「さあ、夢人さん選んでください」
「選ぶって、何を……」
「こちらの世界とあちらの世界、どちらを望みますか?」
戸惑う夢人にネプギアは両手を胸に抱いて尋ねる。
……懇願するように夢人の顔を見上げながら。
と言う訳で、今回は以上!
いや、実際に本当なら先週あたりで終わるかな? ぐらいの気持ちで書いてたんですけど、予想以上に長引かせちゃってるし、書くための時間が取れなかったんですよね。
あともう少しだけこの章にお付き合いしていただけると嬉しいです。
それでは、 次回 「夢、覚める時」 をお楽しみに!