超次元ゲイムネプテューヌ 夢のヒーローを目指して   作:ホタチ丸

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はい、皆さんこんばんわ!
遅くなってしまい、申し訳ないです。
それでは、 愛の形 はじまります


愛の形

「はい、これで治療はお終いです」

 

「ありがとう、コンパ」

 

 俺は脱いでいた上着を着直すと、背中の傷を治療してくれたコンパにほほ笑みながらお礼を言った。

 

 第2競技である“一騎打ち”が終わった後、俺と日本一は会場内に用意された医務室に強制的に向かわされた。

 

 ちょうど舞台の修復もあるから、ゆっくり休んで傷の手当てをしてもらって来てと、進行役の5pb.に言われたのである。

 

 キャトル・クルール・オーダーを喰らった日本一程の怪我を負っていないとはいえ、俺も舞台を何度も転がったり、顎を思いっきり蹴り上げられたりもした。

 

 どんな試合になるかはわからないが、後2試合も残っている。

 

 怪我のせいで負けましたなんてことになったら、『勇者への道』を企画してくれたイストワ―ルさん達、協力してくれたネプギア達、そして俺のために企画に参加してくれた日本一に合わせる顔がない。

 

 必ず不名誉な(仮)を返上してみせる!!

 

「いえいえです。それで、どうなんですか?」

 

「どうって?」

 

「日本一さんと戦って、スッキリできたです?」

 

 コンパが俺の顔を覗き込むように顔を傾けて尋ねてきた。

 

 その顔には柔らかい笑みが浮かんでおり、まるで俺の気持ちを見透かしているような気がする。

 

 ……ってか、そんなに俺ってわかりやすいのか?

 

「あー、そんなにわかりやすい?」

 

「はいです。今の夢人さん、とってもスッキリした顔をしてますよ」

 

「うん、何だかちょっとだけ気持ちが楽になった気がするんだ」

 

 日本一との戦い、最初は戸惑ったけど、終わってみれば戦ってよかったと思える。

 

 最近はいろいろ考えすぎていたのかもしれない。

 

 ブレイブとの一騎打ちから、ネプギアとユニの失踪、俺がバグになってしまう可能性、トリックとマジック・ザ・ハードの救出、マジェコンヌさんによる『再誕』の力をコントロールするための修行、『勇者への道』のことと、いろいろと考えさせられることがたくさんあった。

 

 ……その中でユニの謝罪とナナハの告白、フィーナのこと、この3つが特に俺の頭の中から離れなかった。

 

 俺がネプギアのことを好きな気持ちを否定したと謝罪してきたユニ。

 

 一緒になっても幸せになれないと、ネプギアとの戦いで感じたらしいのだが、その通りかもしれないと最近は思うようになっていた。

 

 俺の世界での涙ながらの訴えは、今でも鮮明に思い出せる。

 

 記憶を取り戻すことをどうでもいいと考えていた俺に、ネプギアは必死に思いだして欲しいと願ってきた。

 

 今思えば、あの時の最後の言葉は過去や未来よりも今が大切だって言いたかったんだじゃないかって思う。

 

 プラネテューヌに戻って来てから聞かされた【今】と言う話で、俺はネプギアの気持ちを知って自分の道に不安を感じてしまった。

 

 泣かせたくない、傷つけたくないと思っていた1番大切に思っている女の子を蔑ろにしてまで走り続けることは、俺にはできない。

 

 俺のネプギアへの思いは迷惑以外の何物でもない。

 

 だからこそ、ユニは一緒に居ても幸せになれないと俺の気持ちを否定したのだろう。

 

 ……この考えを肯定するように、俺はナナハから2度目の告白を受けた。

 

 ナナハは俺のことが好きだと、2度も告白してくれた大切な女の子。

 

 女神をやめて俺と生きると言った彼女の本気を知っているからこそ、中途半端な気持ちでは答えられない。

 

 俺がネプギアのことを好きだと知っていながらも、愛していると言ってくれたナナハ。

 

 日本一が言っていたネプギアとナナハの雰囲気が悪いのは、俺の責任だ。

 

 答えを出せない優柔不断な俺が、友達である2人の仲に不和を生んでしまったんだ。

 

 俺が好きでなければ、ネプギアはユニとナナハの2人と衝突することなく、ずっと仲の良い友達同士でいられただろう。

 

 ユニと喧嘩して大好きなネプテューヌから離れることも、ナナハとの関係がギスギスすることもなかったはずだ。

 

 でも、俺は未だにネプギアへの思いを断ち切れていない。

 

 未練がましいよな。

 

 ずっと好きだと思っていた気持ちを捨てられない俺は女々しいと思う。

 

 好きだと言ってくれる女の子を幸せにすることも大切だと思っているのに、俺は自分の身勝手な思いを消せないでいる。

 

 彼女の全てが頭の中から離れてくれない。

 

 女神と人間の寿命の違いは知っている。

 

 それでも、彼女に惚れた俺は短い時間であっても一緒に過ごしたいと思ってしまう。

 

 それで傷つくのは彼女だとわかっていても、馬鹿な俺はそれを望んでしまっている。

 

 ……そもそも、俺がゲイムギョウ界に来たことが間違いだったのかもしれない。

 

 レイヴィスに女神の卵を抜き出されて、ネプギアに逃がしてもらった時も同じことを考えたが、フィーナの存在でその思いが再燃した。

 

 フィーナ、アカリと同じ『再誕』の女神であり、今現在は犯罪組織のボス。

 

 1度、ネプギアと一緒に行った温泉の帰りの駅で会ったことがある少女。

 

 その時はネプギアによく似ている子だなとしか考えなかったけど、似ているのは当然だった。

 

 フィーナは、アカリと同じでネプギアをモデルにして生まれた女神だったんだ。

 

 その存在に心当たりがないと言えば嘘になる。

 

 俺が古の女神達や初代勇者の思惑から外れて、『再誕』の女神に心を生んだことが原因だと思う。

 

 そのおかげで俺は生き延びることができているのだが、初代勇者達にとってはそんなことは大事の前の小事である。

 

 『転生者』達の存在によって歪んでしまったゲイムギョウ界を救うための存在に心を生んだせいで、アカリは俺のために修復することを拒んでしまっている。

 

 俺やネプギアとずっと一緒に居たいと願う気持ちが、『再誕』の女神の使命よりも強くなってしまった。

 

 すでに用済みである勇者の俺がゲイムギョウ界を崩壊させるバグとなってしまう可能性がある以上、アカリは修復をするために『再誕』の力を使うことはないだろう。

 

 それに、フィーナの考えも俺にはわからない。

 

 ジャッジ・ザ・ハードは俺に会うことを望んでいると言っていたが、それはいったい何のためなんだ?

 

 それにどうして犯罪組織のボスになんてなっているのだろうか。

 

 1度会っただけの印象だけど、俺にはフィーナが悪い子には見えなかった。

 

 でも、実際には俺達の敵として立ち塞がっている。

 

 何の考えがあってそんな立場にいるのかわからないけど、これも俺が生んでしまった心のせいだろう。

 

 本来なら、ゲイムギョウ界を救う存在になるはずなのに、それとは真逆の混乱させる存在にしてしまったのは、俺のせいだ。

 

 俺じゃない誰かが初代勇者達の望んだ勇者をしていれば、こんな事態にはならなかったんじゃないのかと思っている。

 

 そうしたら、今頃はとっくにゲイムギョウ界は崩壊の危機を免れていたはずだ。

 

 俺がB.H.C.を使わなければ、勇者として召喚されなければ、ネプギア達と出会わなければ、と後悔している。

 

 それでも一緒に居たいと願う俺は、マジェコンヌさんから『再誕』の力をコントロールする方法を教わり、本当の意味でゲイムギョウ界を救う勇者になりたい。

 

 ラムが言っていたように、俺は皆との関係やアカリやフィーナのことを無責任に放り投げたりしたくない。

 

 だからこそ、俺が『再誕』の力を使えるようになればゲイムギョウ界に残れるかもしれないし、アカリやフィーナの代わりになれるかもしれないと思った。

 

 でも、実際にはそんな真似ができるわけなくて、ケン・オーとの戦いも“再現”する黒歴史を間違えてしまった。

 

 結局、俺はネプギア達にとって疫病神にしかならないと諦めてしまいそうになった。

 

 ……そんなネガティブになっていた俺の前に出てきた第2競技の対戦相手は日本一だった。

 

 いきなりの登場で驚いたし、本気で俺を負かそうとしてきたのに戸惑ってしまった。

 

 俺が勝たなければいけないと知っているはずなのに、それを邪魔する日本一に怒りも覚えた。

 

 しかし、それは全部俺のための行動だった。

 

 1人で思い悩んでいた俺に手を差し伸べてくれたんだ。

 

 それを見て、変に片意地を張って自己嫌悪に陥っていた俺の心が少し晴れた気がした。

 

 その真っ直ぐに俺を心配してくれている姿が嬉しかったんだ。

 

 ……でも、あの気持ち悪い連呼はやめて欲しかった。

 

 妄想していた時に気持ち悪い顔になっているのは否定しないけど、さすがに公衆の面前であんなことを言われるのはきつい。

 

 まあ、そのおかげでうまい具合に力が抜けて、最後の黒歴史も練習の時よりもスムーズに発動することができた。

 

 そして、何となくだけど今の自分が何をすべきなのかが見えた気がする。

 

 今は漠然としかわからないけど、俺にとって大切な何かが……

 

「こんぱちゃーん! こっちの治療は終わったっちゅよ!」

 

「わざわざ手伝ってくれてありがとうです、ネズミさん」

 

「何の、これも愛しのこんぱちゃんのため。おいら何でもやるっちゅよ!」

 

 医務室の扉が開き、白衣を着たワレチューが勢いよく飛び込んできた。

 

 その後ろには、苦笑する日本一と呆れたように肩をすくめるがすとの姿も見える。

 

 日本一は俺とは別の部屋で怪我の治療をしていた。

 

 主に最後に背中に撃ったブラストインパクトの怪我の治療のためである。

 

 背中の治療と言うことで、さすがに男の俺と同じ部屋で治療するわけにはいかなかったと言うわけである。

 

「治療はがすとがしたんですの。ネズミは何もしてなかったですのに」

 

「まあまあ、アタシはちゃんとがすとに感謝してるからさ……それより、夢人の方は大丈夫なの? アタシ、思いっきり蹴り上げちゃったけど」

 

「ああ、俺ももう大丈夫だ」

 

 心配そうに尋ねてくる日本一に大丈夫だとアピールするために、俺は力瘤を作って笑みを浮かべた。

 

 ……っと、そうだった。

 

「ありがとうな、日本一」

 

「へ? どうしたの?」

 

「お前のおかげで、なんか胸のつっかえが取れたような気がするんだ。だから、ありがとう」

 

「い、嫌だな、そんな何度も言わなくてもいいよ」

 

 俺がお礼を言うと、日本一は照れたように頬を染めて指で掻き始めた。

 

「お礼なら、がすとやケイブ、それにミナやアロエにケン・オーに言ってよ。アタシが夢人と戦えたのは皆のおかげなんだから」

 

「何を言っているんですの。日本一が言い出さなければ、夢人はいつまでも気持ち悪いままでいたんですの。ここは素直に受け取っておくですの」

 

「そ、そうかな。アタシはただ夢人が気持ち悪かったから、どうにかしようと思ったんだけど」

 

「気持ち悪いのは矯正できないっちゅよ。コイツは元から気持ち悪い奴っちゅよ」

 

「駄目ですよ、3人とも。いくら夢人さんが気持ち悪かったとしても、そう何度も気持ち悪いなんて言ったら……」

 

「お前らな!?」

 

 いくらなんでも気持ち悪いを連呼し過ぎだろ!?

 

 無自覚そうなコンパは別として、がすととワレチューは明らかにわざとだろ!?

 

「なんですの、気持ち悪い夢人(仮)?」

 

「なんちゅか、気持ち悪い勇者(仮)?」

 

「(仮)をつけるな!? 俺は気持ち悪くもないし、ちゃんと夢人で勇者だ!!」

 

 俺がそう言うと、2人はやれやれと首を横に振りながら可哀想なものを見るような目で見つめてきた。

 

「自覚症状なしは酷いですの。妄想をしている時の夢人はもうモザイクをかけておいた方がいいくらいに気持ち悪いですの」

 

「特命課に所属していた時も、何度かそんな顔してたっちゅ。同じ空間で息を吸うことすら躊躇うほどだったっちゅよ」

 

「ぐっ」

 

 クソッ、言い返したいのに言い返せないっ!

 

 そりゃ、俺が妄想している時は自分でも締まりのない顔で笑っている自覚はある。

 

 そのせいで、ユニには何度か小突かれたり、足を踏み抜かれたり、銃で撃たれたりしたし、アイエフには思いっきり頭を叩かれたりした。

 

 ……俺、そんなに酷い顔してるのか?

 

「っと、そんな今更なことを言っても仕方ないですの。がすと達はこれを届けに来たですの」

 

「……これは本?」

 

 俺としては今更の意味を詳しく追及したいと思ったが、がすとは話題を変えて1冊の薄い本を手渡してきた。

 

 パラパラとページを捲ってみると、見た限り絵が一切なく文字だけがびっしりと並べられているようだ。

 

「それは次の競技の台本ですの」

 

「……なんだって?」

 

「だから、それは次の競技である“演劇”の台本ですの」

 

 俺は急に耳が遠くなったのかと思い尋ね返したが、どうやら空耳ではなかったようだ。

 

 ……“お絵描き”に続いて“演劇”ですか。

 

 まあ、平和的な競技で若干安心しているんだけど、何となくこれでいいのかなとも思う。

 

 さて、それじゃ気になる演目は……っ!?

 

「なんだこりゃ!?」

 

 そこで俺はようやく本の表紙に書かれていた演目のタイトルを見て、大きく目を見開き叫んでしまった。

 

 『それゆけ! ゆうしゃくん』第34話『元日の悲劇!? 宿命の血』だと!?

 

「基本的にセリフも動きもアドリブでオーケーらしいのですが、流れぐらいは押さえておかないといけないですの。時間はないですが、1度くらいは全体を読むことができるはず……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!? 異議あり!? 異議あり!?」

 

「……なんですの、まったく。異議なんて却下ですの」

 

「だから、待ってくれって!? 何でわざわざこれなんだよ!? 他の物でもいいじゃないか!?」

 

 呆れたように半眼になるがすとに食い下がりながら、俺は受け取った本を指さした。

 

 いやまあ、“演劇”なのは別にいいよ。

 

 でも、それを『それゆけ! ゆうしゃくん』でするのが問題なんだ!?

 

 俺は今その主人公の偽物扱いを受けているのに、何でわざわざそんな役を演じなければいけないんだよ!?

 

「はあ、いいですの? これはある意味で大きなチャンスですの。この競技で見事に主人公を演じ切れば、夢人の偽物疑惑を一気に払拭することができるですの。今現在、世間の認識で空想上の存在である勇者像を夢人の姿に変えることができるですの」

 

「え、えっと、主人公を演じることで俺が本物だってことを証明する、って意味でいいんだよな?」

 

「そうですの。偶像を否定させるのではなくて、肯定させるんですの。ネプギアもなかなか良いアイディアを出すですの」

 

 ため息交じりのがすとの説明で、俺は“演劇”がどれだけの影響力を持つのかを理解することができた。

 

 認識を消すのではなくて上書きする、無理なく人々の間に浸透させるための競技なんだな。

 

 しかも、この競技はネプギアが考えてくれたのか。

 

 俺のために考えてくれたと思うだけで、胸が熱くなってくる。

 

 変態だと思われていると考えていたけど、本当は俺のことを信じて……

 

「あれ? でも、それって負けたら一気に偽物ってことになるんじゃないの?」

 

「それは言わないお約束っちゅ。もし無様な姿をさらしたら、今度は偽物以下の存在になるっちゅよ」

 

「つまり、居ない人扱いされちゃうってことでしょ? うーん、でも偽物扱いを受けるよりはいいんじゃないの?」

 

「……確かにそうです。(仮)なんて付けられるよりは、新しい名前にした方が……」

 

「いいわけあるか!?」

 

 人が感動に浸っている横で、3人が嫌な未来を語り始めていた。

 

 そりゃ、(仮)が付けられていることは嫌だけど、新しい名前にする方がもっと嫌に決まってるじゃないか!?

 

 俺が御波夢人なんだぞ!?

 

 その名前を名乗れなくなるだけじゃなくて、自分をモデルにしたキャラクターに奪われるなんて最悪だ!?

 

「でも、本当に夢人は演じ切れるの? だって、この主人公って夢人の黒歴史をモデルにしてるんだから、それを演じるってことは……」

 

「あっ……あ、ああ、あああああ!?」

 

 俺が何が何でも主人公を演じ切ってみせると固めていた決意は、日本一の言葉により砕け散ってしまった。

 

 そうだよ!? この主人公って、俺がルウィーの時に発動させた黒歴史をモデルにしたキャラクターじゃないか!?

 

 つまり、俺は自分の黒歴史を演じなければならないってことなのか!?

 

「……そんな今更何を頭を抱え出してるですの?」

 

「だ、だってな……」

 

「だってじゃないですの。夢人が我慢すれば、ぐっと世間での認識が改まるですの……もし、夢人が演じるのが嫌ならまた黒歴史を発動させればいいですの」

 

「そ、そうか! その手が……」

 

「でも、それって意味ないですよね? 結局、今の夢人さんは偽物のままになってしまうんじゃないですか?」

 

「って、そうだ!?」

 

 がすとが呆れたように黒歴史を使うことを提案してきた時は名案だと思ったけど、コンパの言う通りそれで勝ってもまったく意味がないことに気付いた。

 

 元々の主人公像が黒歴史なんだから、黒歴史を発動させれば完璧な演技をすることは可能だろう。

 

 しかし、それだと世間の認識を普段の俺に上書きすることができない。

 

 (仮)が取れることはなく、ただ演技が上手い人と言う印象が生まれるだけだ。

 

 ……や、やるしかないのか?

 

 せっかくネプギアが俺に大チャンスを……あれ? もしかして勘違いしてる?

 

 ネプギアは本当は俺のことを変態だと思っていて、この主人公のようになって欲しいと言う意味で“演劇”なんて競技を提案したんじゃないのか?

 

 実際は俺のことを信じているのではなくて、理想の勇者になって欲しいと……やばい、泣きたくなってきた。

 

「ど、どうしてそんな泣きそうになってるですか!?」

 

「……そりゃ、気持ち悪い俺よりも、物語に出てくるカッコいい俺の方がいいよな。あ、あははは、頑張ってなりきってやるさ。は、ははは、はは……」

 

「ゆ、夢人さん!?」

 

 コンパが心配してくれるが、俺は乾いた笑い声を上げることしかできない。

 

 だって、この競技ってネプギアが遠まわしに俺のことを気持ち悪いって言ってるような物なんだろ?

 

 変態で気持ち悪いから、物語の主人公を見習って来いって話だよな?

 

 ああ、目の前がぼやけてきた。

 

 やっぱり、ネプギアの俺への認識は変更不能な域にまで達して……

 

「何か勘違いしているような気がしますが、ネプギアは別に夢人にこうなって欲しいって思っているわけじゃないですの。そこは間違いなく断言できるですの」

 

「……そうなのか?」

 

「当たり前じゃないですか。多分、ギアちゃんはがすとちゃんが言っていたようなことも考えてないです。ただ夢人さんが怪我をしない競技で、皆に勇者だって認めてもらえるようにする方法ってことだけを考えているんだと思うです」

 

「アタシもそう思うよ。ネプギアは前に言ってたもん。夢人は夢人だって、だからそのままで大丈夫だよ。夢人は夢人らしくしてればいいんだよ」

 

「……俺が俺らしく、か」

 

 皆に励まされることで俺は元気を取り戻していった。

 

 日本一が言ったようなことを、俺は直接ネプギアの口から聞いたことがある。

 

 夢人さんは夢人さん、だったかな。

 

 ……そのことを思いだすだけで自信が湧いてくる。

 

 また胸の中のもやもやが晴れた気がしてきた。

 

 あと少しで何かが見えてくるのかもしれない。

 

「よし、やるぞ!」

 

 俺は頬を叩いて気合いを入れると、台本を読み始めた。

 

 何はともあれ、まずは第3競技に勝利するためにも台本を読んで流れを掴まないとな。

 

「おっと、そうだったっちゅ。マジェコンヌ様から伝言を預かってたっちゅよ」

 

「マジェコンヌさんから? それっていったい……」

 

「何でも、次の競技からブレイブソードを使ってもいいと言ってたっちゅ」

 

 ……へ? ブレイブソードを使ってもいいのか?

 

 でも、何でいきなり禁止令が解除されたんだ?

 

 しかも、次の競技では使わなそうなんだけど……

 

「何を考えてるんだろう?」

 

 俺の疑問に答えられる人はいなかったため、全員で首を傾げてしまった。

 

 ……まあ、とりあえず剣だけは準備しといた方がいいのかもな。

 

 

*     *     *

 

 

「長らくお待たせいたしました! それでは、これより第3競技“演劇”を始めたいと思います!」

 

『わあああああああああああ!!』

 

 舞台の修復が終わり、夢人とラステイションの代表が舞台に集まると、5pb.は競技の再開を宣言した。

 

 待たされていた観客達は、再開の声に歓声を上げている。

 

 それは、第2競技である“一騎打ち”での夢人の活躍を見て興奮しているからだ。

 

 ケン・オーとの“お絵描き”とは違い、目に見える形で夢人の実力が披露されたおかげで観客達の認識は徐々に変化をし始めていたのである。

 

 少なくとも、ただの変質者だとは思われてはいないようだ。

 

(えーっと、まずは相手役の魔王に本当に戦うのかって聞くんだったよな? その後は適当に戦って、最後に俺が魔王を斬る……うん、だいたい覚えてるな。後は上手くできるかどうか)

 

 だが、その肝心の夢人は観客達の声援に耳を傾けることはなかった。

 

 いくら覚悟を決めたと言っても、自分の黒歴史をモデルにした物語を覚えるのは苦行であった。

 

 時間もあまりなかったことで、ほとんど流し読みの状態で台本を確認した夢人はざっくりとしか内容を覚えていないのである。

 

 しかも、1度しか確認できなかったので、忘れてしまわないように頭の中で反芻させている。

 

 これから黒歴史を演じると言う胸の痛みに加えて、観客達の前でそれを披露すると言うプレッシャーにより、夢人は声援を気にするだけの余裕がないのだ。

 

「それではまず、勇者役を御波夢人(仮)さんに、魔王役をラステイション代表のクピートさんにお願いしたいと思います」

 

 ラステイションのギルド代表であるクピート、別名『暴食』のSランク冒険者である。

 

 夢人と同じくらいの背丈であるにもかかわらず、危険種であるエンシェントドラゴンを捕獲し、1人でその肉をすべて食べてしまったと言う噂がある冒険者だ。

 

 彼の歩いた後には、捕食されたモンスターの骨しか残らないと言われている。

 

 ……そもそも、モンスターを食べる発想自体が前例のないことであり、その影響で彼の2つ名には『暴食』の他にも『腹ぺこ冒険者』などもある。

 

 今は頭からローブをすっぽりと被っており、その顔を見ることはできない。

 

 最初は何故顔を隠しているのか不審がっていたのだが、その腰には2本の剣が帯刀されており、充分に魔王役を演じる気があるのだと5pb.と観客達は見ていた。

 

 一方で、夢人の腰にもブレイブとの戦いに使った錆びた剣の他に刃が潰されている演劇用の模造品である剣を携えている。

 

 どちらも“演劇”をすることに異論がないことを確認した5pb.は進行役としての役目を果たすために、早速競技を開始しようと2人から距離を取って宣言した。

 

「それでは、第3競技“演劇”……始めてください!」

 

(よーし、まずは俺のセリフから……っ!?)

 

 5pb.の開始の合図を聞き、夢人は反芻させて覚えているセリフを口にしようとしたが、それは対戦相手によって邪魔されてしまった。

 

 開始の合図と共に、フードを被ったクピートは両手に剣を持って夢人に斬りかかったのである。

 

 台本にはないアドリブに、夢人は戸惑い反応が遅れたが、その切っ先を避けることには成功した。

 

(チッ、最初からアドリブかよ……なら、こっちだって!)

 

 クピートは台本通りに進める気がないのか、どんどん夢人に斬りかかっていく。

 

 アドリブにはアドリブで対抗するため、夢人は演劇用の剣を抜いて、クピートの剣を受けとめようとした。

 

 クピートが使用している剣も自分と同じ演劇用に刃が潰された模造品の剣だと知っているからこそ、夢人はここから流れを変えられると思っていた。

 

 ……しかし、夢人の剣はクピートの剣によって切断されてしまった。

 

「なっ!?」

 

 同じ模造品の剣であるにもかかわらず、夢人は自分の剣だけが切断されたことであることに気付いた。

 

(コイツ、本物の剣を使ってる!?)

 

 クピートが使っている剣がもしかすると本物の剣であるかもしれないと考えた夢人は、1度体勢を整えるために後ろに大きく跳ぼうとした。

 

 だが、夢人を逃がすまいとクピートは大きく剣を振りかぶりながら飛び込んできた。

 

 振り下ろされる剣を弾くため、夢人は念のために用意していた錆びた剣を鞘から引き抜き振り上げた。

 

「……えっ」

 

 しかし、振り上げた夢人の剣はクピートの剣に当たることなく、顔を隠していたローブだけを斬り裂いた。

 

 そして、現れた顔を見て夢人だけでなく、ネプギア達も驚きの表情で固まってしまった。

 

 観客達の中でクピートを知っている人達も同じように目を見開いて、ローブから出てきた顔を見つめた。

 

 ……何故なら、現れたのはクピートではなかったからだ。

 

「レイヴィス……」

 

 くすんだ銀髪の男、レイヴィスの名前を夢人は呆然とつぶやいた。

 

 その顔には以前までなかった右目を覆おう黒い眼帯が付けられており、その緑色だった目にはわずかに赤い色が灯っていた。

 

 

*     *     *

 

 

『ほらほら、プリーズコールミーダディ! さあ、早く言って!』

 

「……ウザい」

 

『ガハッ!?』

 

 ふざけた態度で呼び方を強要してくるシンに、フィーナは睨むような目つきで悪態をついた。

 

 わざとらしく演技のようなシンの対応など、フィーナにはどうでもいいことだ。

 

 それよりも、先ほどのことでフィーナはシンに対しての警戒心を強めている。

 

(『再誕』の女神である私よりも先に情報を操る? そんなこと、できるわけが……)

 

『それができるだな、これが』

 

「っ、あなた私の考えを!?」

 

 自分の考えを呼んでいるかのようなシンの言葉に、フィーナは驚愕の表情を浮かべて、思わず後ずさりしてしまった。

 

 得たいのしれない人物であるシンとこれ以上対峙するのは危険であると判断したのである。

 

『そう警戒するなって、俺はお前には何もしないって言っただろ?』

 

「……信用できないわ」

 

『こりゃまたきついお言葉を……これが反抗期って奴なのね。よよよよよ……』

 

 フィーナは白々しいことを続けるシンの存在を目ざわりに思いながらも、自分の力が通じなかった事実に歯噛みした。

 

 『再誕』の力が通じさえすれば、すぐにでも消し去ろうとしていただろう。

 

 しかし、理由はわからないが、自分の『再誕』の力を妨害したシンに対して有効な手段が思い浮かばない。

 

 いっそこの空間ごと破壊してやろうとした時、シンはゆっくりとフィーナへと近づきながら語り始めた。

 

『まあ、冗談はさておき、俺は俺の用事を済まさせてもらう』

 

「な、何をする気なの?」

 

『そう怖がるなよ……すぐに済むからさ』

 

 自分に近づいてくるシンに、フィーナは恐怖を抱きながら逃げようと大きく足を後ろへと滑らせた。

 

 シンは怖がるフィーナを安心させるように柔らかく温かみのある声で囁きながら歩みを止めない。

 

 やがて、フィーナの目の前に来ると立ち止まり、顔が見えれば柔らかくほほ笑んでいたであろう雰囲気を醸し出しながら、シンはある行動を取った。

 

「……えっ」

 

 自分が恐怖で震えているとわかっていながらも逃げられないと悟っていたフィーナはただ目の前のシンを見上げていた。

 

 しかし、その恐怖もシンの行動によって吹き飛んでしまった。

 

 ……抱きしめられたのだ。

 

 実態がない透明な存在であるシンに抱きしめられていると自覚したフィーナは恐怖よりも驚愕が勝って目を見開く。

 

 さっきまではそこに存在しているのかどうかもあやふやな存在のように思えたシンが、今はちゃんと存在していると理解させられた。

 

 肉体がないはずなのに、抱きしめられている実感を感じてしまうフィーナは戸惑い、続けられたシンの言葉にさらに混乱してしまう。

 

『フィーナ、愛してるよ』




という訳で、今回はここまで!
この章も次回で本編が終わります。
何とか連日で更新したいですけど、上手く時間が取れるかどうか。
それでは、 次回 「血染めの雨」 をお楽しみに!

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