超次元ゲイムネプテューヌ 夢のヒーローを目指して   作:ホタチ丸

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はい、皆さんこんばんわ!
遅くなりましたが、続きを投稿していきますね。
それでは、 偶像を超えて はじまります


偶像を超えて

「ケッ、のんきなもんだぜ」

 

 リーンボックスの教会の一室、リンダはテレビから流れる映像を観ながら呆れたようにつぶやいた。

 

 テレビには、『勇者への道』の中継映像が流されており、ちょうど第2種目である夢人と日本一による“一騎打ち”が開始された所である。

 

「勇者気取りが大変なのはわかるが、こんなことしてて本当にいいのかよ?」

 

 リンダにとって、夢人が勇者であろうが偽物であろうが関係ない。

 

 女神に味方する者と犯罪組織に身を寄せる者、敵同士と言う認識が強い。

 

 犯罪組織マジェコンヌがフィーナに乗っ取られ、マジックを助けるために協力してもらったとしても、心の中では女神の仲間になったつもりはない。

 

 特命課で一緒に働いたことやマジックを救出するために共闘したことで、夢人に対して多少なりとも情は移っているが、それでもリンダは仲間意識はなく他人事のように感じているのだ。

 

 だからこそ、リンダには『勇者への道』がどうしても茶番劇に見えてしまう。

 

 もっと警戒すべき存在、フィーナやジャッジ、大量のキラーマシンがいる。

 

 それらがいつゲイムギョウ界中を攻めてくるのかわからないのに、夢人1人のことでこんな風に大騒ぎをしていることにリンダは疑問を抱かずにはいられないのだ。

 

「揃いもそろって馬鹿なことやってる暇なんてあると思ってんのかよ。ったく、おめでたい連中だぜ……そう思いますよね、マジック様?」

 

 つまらなそうにテレビを観ていたリンダであったが、自分の横にあるベッドへと視線を向けると柔らかく頬を緩めた。

 

 ベッドの上には、救出に成功したマジックが横になっていたのだ。

 

 しかし、マジックはリンダの声に答えることなく、固く目を閉じたまま眠り続けている。

 

 『再誕』の力によって体全体を覆っていた赤黒い靄が消え去り気絶したマジックは、あの夜から1度も目覚めていない。

 

 ただ静かに呼吸を繰り返すだけのマジックの傍でリンダは悲しそうに眉を下げるが、それでも無理やり笑みを浮かべながら声をかけ続ける。

 

「ほら、今だって勇者気取りの奴がヒーロー馬鹿にいいようにやられてますよ。あの情けない面、本当おかしくて笑っちゃいますよね。テメェはそれでも勇者なのかって……ハハ、ハ、ハ……」

 

 憎まれ口を叩きながら気丈に振る舞おうとするリンダであったが、次第に瞳に涙が浮かびあがり乾いた笑みを浮かべて俯いてしまった。

 

「マジック様、本当に……」

 

「邪魔するぞ」

 

「と、トリック様!?」

 

「ん? 何だ泣いてたのか?」

 

「な、泣いてなんていません!?」

 

 リンダが何かをつぶやきながら寝ているマジックの頬に触れようとした時、突然窓が開きトリックが部屋を覗き込んできた。

 

 トリックの体格では、教会にある部屋の中に入ることができず、やむなく窓からの訪問になっているのだ。

 

 マジックが寝ている部屋が1階であったのは、トリックにとって僥倖であったろう。

 

 窓をノックもせずに覗きこんできたトリックに驚き慌ててマジックから離れるリンダであったが、涙を浮かべていることを指摘されると顔を真っ赤にさせて目元を袖で強くこすり始めた。

 

「そ、それよりも、リーンボックスに来てたんですね。てっきり、ルウィーの教会にずっといるものかと思ってました」

 

「確かにロムやラム、がすとの3人の幼女と別れることは、吾輩にとっても辛い。しかし、マジックがここにいると聞いたのでな。様子を見に来たのだが……ずっと眠っているのか?」

 

「……はい」

 

 トリックは眠っているマジックを横目で見ながら尋ねると、リンダは力なく項垂れてしまう。

 

「マジェコンヌ、様の話では、もう少しすれば目を覚ますって話ですけど、ずっと眠ったままなんです」

 

「ふむ、ならば気長に待つしかないか」

 

 リンダの話と実際に眠っているマジックの様子から、トリックは納得したように頷いた。

 

 トリック自身、今現在何故マジックが眠り続けているのかわからないからである。

 

「……聞いていいですか? トリック様は、マジェコンヌ、様をどう思ってますか?」

 

「うーむ、難しい質問だな。サイズは申し分ないのだが、どうにも発達し過ぎていて、吾輩の好みとは……」

 

「いやいやいや、誰もトリック様の好みなんて聞いてませんから!? アタイが聞きたいのは、本当にあの人が犯罪神様なのかどうかってことですよ!?」

 

「むっ、なんだそうであったのか」

 

 神妙な顔つきで語りだすトリックをリンダは慌てて止めに入った。

 

 放置してしまえば、自分が知りたくもない情報を延々と話し続けると思ったからだ。

 

「実を言えば、吾輩にもよくわからん。そもそも、吾輩達幹部も犯罪神様の姿を見たことがなく、ただ復活させようとしていただけだからな」

 

「それはゲイムギョウ界を支配するためですか?」

 

「……すまん、それもわからんのだ」

 

 リンダの問いに、トリックは難しい顔で言葉を続けていく。

 

「漠然と復活させなければいけないと言う使命感にも似た何かを感じていたのだが、今ではそれすらも感じておらず、なぜ犯罪神様を復活させようとしていたのかわからなくなってしまったのだ」

 

「……そうなんですか」

 

「そう言う貴様はどう思っているんだ?」

 

「え、アタイ、ですか?」

 

「そうだ。先ほどから言い辛そうにしているではないか。何か気になることでもあるのか?」

 

 リンダはまさか逆に自分が尋ねられるとは思っていなかったため、目を丸くしてトリックを見上げた。

 

 しかし、すぐに悲しそうに目を伏せてマジックが眠っているベッドへと顔を向けた。

 

「……マジック様が従っているって思うだけで、スゲェ存在だってことはわかっているんですけど、どうにも想像していたのと違っていて……」

 

「うむ、それは吾輩も感じておる。あの顔の凛々しさと胸の脂肪がなければ、まさに完璧な幼女であったのに……」

 

「って、そうじゃないっすよ!? 誰も犯罪神様が幼女だなんて思ってなかったですから!? その、こう言っちゃなんですけど、綺麗過ぎないですか?」

 

 またもや自分の言葉の趣旨とは違う方向で話し始めるトリックを止め、リンダは恐る恐ると言った感じで直接的な言葉を使った。

 

「犯罪神って言うくらいですから、もっとこう毒々しいって言うんですか? それとも禍々しいとか……とにかく、そんな触れたらただじゃ済まないって雰囲気を出す存在を想像してたんですよ……でも、実際は女神どもに協力して勇者気取りを育てるとか、何か真逆の存在に思えるんですよね」

 

 リンダが素直にマジェコンヌに敬称をつけられないのは、その行動のせいである。

 

 犯罪組織のボスがどうして女神側に有利になるようなことをするのかわからないから、素直に犯罪神だと認めることができないのであった。

 

 しかし、頭の中ではマジックが崇拝している存在であることも理解している。

 

 尊敬するマジックが復活させようしていた存在であるのなら、自分も崇拝すべき存在である。

 

 だからこそ、リンダの中では2つのマジェコンヌ像がぶつかり合い、よくわからない存在になっているのだ。

 

 イメージとしては犯罪神であり、実際には女神達の味方をしている存在。

 

 重なり合うことがない2つの姿に、戸惑っているのがリンダの現状である。

 

「そんな人の言葉を本当に信じていいのかって思うんですよ……もしかしたら、マジック様はこのままずっと眠ったままになるんじゃないかって不安なんです。それに、例え目を覚ましたとしても、元のマジック様に戻っているのか……」

 

「……慰めになるかどうかわからんが、今はマジェコンヌ様を信じて待つしかないだろうな」

 

「……そう、ですよね」

 

「それに、マジェコンヌ様を信じられないのなら、勇者を信じておけばいい」

 

「アイツを?」

 

 リンダはトリックの口から夢人のことが出るとは思っていなかったため、目を瞬かせてきょとんとしてしまう。

 

 そんなリンダに構わず、トリックはテレビに映る夢人へと視線を移し、愉快そうに笑い始めた。

 

「アクククク、あの勇者が嘘をつけるような奴か? 吾輩がこうしてここにいるのも、アヤツが助けてくれたからだぞ?」

 

「そうですね」

 

「それに、吾輩がロムやラム、がすとの3人の幼女に囲まれている生活が送れるのも、同じ幼女を愛する心を持った同士のおかげなのだ!! アクククククク、噂によれば、プラネテューヌの教祖もなかなかの幼女らしいし、勇者を信じていればいずれ会えるだろう。ああ、吾輩の楽園が広がっていくのを感じてしまうではないか!!」

 

「……そ、そっすね」

 

 一瞬納得しかけたリンダだが、続けられたトリックの願望丸出しの言葉に力が抜けてしまった。

 

(さっきのことは、トリック様には言わないでおこう)

 

 トリックと同じようにテレビへと顔を向けたリンダは、第1競技での夢人のことは黙っておこうと決めた。

 

 黒歴史を発動していたとはいえ、夢人が同士であることを否定する行いをしていたことを知れば、トリックがどんな行動をするのか……想像するだけで頭が痛くなってしまうからだ。

 

 そんな頭痛の種は置いておき、リンダはマジックを助けた時のことを思い出していた。

 

(まだマジック様は助かってねェぞ、勇者気取り。だから、さっさとくだらねぇこと終わらせてマジック様を起こしやがれ……それまでは信頼しといてやるよ)

 

 画面に映る夢人を観て、自然とリンダの頬は緩み始めていた。

 

 

*     *     *

 

 

「……ったく、好き勝手言ってくれるな」

 

「仕方ないでしょ? 夢人には前科があるんだし、無理やりにでも吐き出させないと、いつまでもうじうじして気持ち悪いままになりそうなんだもん……あ、ごめんごめん。気持ち悪いのは変わらないんだっけ?」

 

「そう何度も気持ち悪いって言わないでくれませんか!?」

 

 憎まれ口を叩いたり怒鳴ったりしているが、夢人の顔はスッキリしていた。

 

 先ほどまでの怒りを感じていた顔や、どう反撃すればいいのかわからずにいた難しい顔ではなく、自然な笑みを口元に浮かべていたのだ。

 

 それがわかっているからこそ、日本一も嬉しそうに冗談を言いながらさわやかに笑っている。

 

 とても2人が戦っているようには思えない光景が広がっているのだ。

 

「あははは、気持ち悪いを訂正したいって言うのなら、その余計なものを全部吐き出してからにしてよね。まあ、アタシも簡単には負けてはあげないけどさ」

 

「こっちだってやられっぱなしや言われっぱなしで終われないさ。絶対に勝たせてもらう!」

 

「望むところだよ!」

 

 一頻り笑いあった2人は戦いを再開させるために、同時に腰を低くして構えだした。

 

 しかし、先ほどまでとは違い、互いの顔には笑みが浮かべられている。

 

「行くぞ!!」

 

「こっちだって!!」

 

 掛け声とともに沈む夢人の体を見て、日本一も同時に駆け出す準備をした。

 

 ほぼ同じタイミングで床を蹴り駆けだした両者は、舞台の中央で激突する。

 

 日本一は蹴りを、夢人は拳を、それぞれ相手めがけて突き出そうとする。

 

 夢人がアイス・エッジ・ソードではなく、拳で殴りかかってきたことに驚く日本一だったが、慌てずに最小限の動きで避けて、カウンター気味に蹴りをがら空きになった脇に叩きこもうとする。

 

「っ!?」

 

 しかし、それは日本一が体勢を崩してしまったことで失敗に終わった。

 

 ぎりぎりで避けようとしていた上半身は大きく傾き、両足で踏ん張らないと倒れてしまう状態になってしまった。

 

 当然、そんな状態では足を上げることができず、日本一は自分が避けたはずの夢人の拳を苦々しく見つめた。

 

 そして、夢人の腕の周りを細かい塵のような物が旋回するように回っているのを見つけると、日本一は自分がどうしてバランスを崩したのかを察することができた。

 

(ただのパンチかと思ったけど、風の魔法を使ってたなんてっ!)

 

 日本一が体勢を崩したのは、夢人の拳に風の魔法が掛けられていたからである。

 

 拳の先から腕へと渦を巻くように風の魔法を使っていたため、最小限の動きで避けていた日本一は風の影響を受けてしまったのだ。

 

「うおおおおお!!」

 

「くっ!?」

 

 夢人はバランスを崩し隙を晒している日本一に向かって、先ほどとは逆の拳に再び風の魔法を込めて殴りかかった。

 

 両足で踏ん張っている状態では回避が不可能だと悟った日本一は腕をクロスさせて防御しようとした。

 

「っ、なっ!?」

 

 だが、夢人の拳は日本一の腕に当たることはなかった。

 

 それなのにもかかわらず、日本一の体は衝撃を受けたように浮かび上がり後ろに飛んで行く。

 

 ブラストインパクト、空気を圧縮して打ち出す魔法だからこそ、日本一が両足で踏ん張って防御していても関係なくその体を吹き飛ばすことができたのだ。

 

「っと、今度はこっちから行くよ!」

 

 空中で回転して着地を成功させた日本一は、すぐさまプリニーガンを構えて地を這うように駆けだした。

 

 先ほどのぶつかり合いは、自分がプリニーガンを使わなかったから、夢人は風の魔法を使ったのだと日本一は考えた。

 

 ならば、プリニーガンを使えば、夢人は再びアイス・エッジ・ソードを使わざるを得ないと瞬時に判断したのだ。

 

 異なる属性の魔法を同時に使えないと言う制約がある以上、目に見えない風の魔法を使われるよりも、氷の魔法を使ってもらった方が対処しやすい。

 

 拳に纏わりついていた風も、プリニーガンの刃を防ぐだけの厚みがあるわけでないとわかっている日本一は、アイス・エッジ・ソード以外に防ぐ手段がない夢人は必ず風の魔法から氷の魔法へと使う魔法を変えると思っている。

 

 そんな自分に向かってくる日本一を待ち構えるように、夢人はその場で静かに腰を落とした。

 

 それを、正面から受けて立つと受け取った日本一は夢人の腕に意識を集中させた。

 

(おかしい、いつになったらアイス・エッジ・ソードを……っ!?)

 

 自分が近づいてきているのにも関わらず、いつまでもアイス・エッジ・ソードを使わない夢人を不審に思っていた日本一だったが、突如感じた悪寒によって瞬時に飛び退った。

 

 夢人は離れた日本一を苦々しく見つめた。

 

(クソッ、あともう少しでスパイラルトルネードの範囲に入ったって言うのに!)

 

 夢人の狙いは、突撃してくる日本一を自分を中心に発生させる竜巻で浮き上がらせることであった。

 

 そのまま氷、炎、土の魔法と繋いでいき、連携技である風林火山を成功させるつもりだったのである。

 

 しかし、それは皮肉にも夢人が発生させようとしていた竜巻によって失敗してしまった。

 

 日本一が感じた悪寒の正体は、不自然に頬に当たる温い風であった。

 

 会場内で特に強い風が吹いていないのに、走っている自分の片側の頬に突然温かさを感じた日本一は、本能のまま退避を選択していたのだ。

 

 無意識のうちに自分が誘いこまれていると感じることができたのは、日本一が夢人の技を知っていることに他ならない。

 

 特に、自分が特訓に協力した技であるから尚更だ。

 

(ふぅ、危なかった。さすがに竜巻に捕まったら、そのままやられちゃうところだったよ……でも、わかったらもう誘いこまれないよ)

 

 危機的状況を回避した日本一は1度大きく息を吐くと、すぐさまにやりと笑ってプリニーガンを強く握りしめた。

 

 実際に風林火山をかける前動作を肌で感じたことで、日本一は完全に技を見切っていた。

 

 注意するのは、夢人が風の魔法を主体に使い、動きを止めている時。

 

 動きの速い自分に対して、夢人から竜巻を仕掛けてくる可能性は0に等しいと日本一は考えていた。

 

 それに例え竜巻に捕まったとしても、日本一には逃げられないようにするための氷の魔法、フリーズ・ロックを喰らう前に離脱できると言う自負がある。

 

 それどころか、逆に宙に浮かび上がったことを利用して、必殺の蹴りを繰り出すこともできるのだ。

 

(後は、どうやって近づいて攻撃するかってことだよね)

 

 風林火山を警戒しながら、日本一はどう夢人を攻めるべきか考えて、わずかに足を滑らせて歩幅を広げた。

 

 カウンターで竜巻を発生させることがわかっている以上、下手に飛び込めば返り討ちに会ってしまう。

 

 しかし、日本一には夢人と同様に遠距離から攻撃をする手段がない。

 

 近づけば竜巻が来ることがわかっている現状、焦れた夢人が先に攻撃を仕掛けてくるのを待つことが最善策である。

 

(……だけど、そんなのヒーローらしくないよね!)

 

 だが、日本一はその最善策を頭の中から捨てると同時に、手に持っていたプリニーガンを舞台の外へと放り投げた。

 

 これには夢人だけでなく、進行をしていた5pb.、見守っていた観客達も驚いてしまう。

 

 そんな驚愕が渦巻く中、日本一は夢人を指さして強気に口の端を吊り上げて宣言する。

 

「この勝負、アタシが貰ったよ!! とうっ!!」

 

 大きく膝を曲げて真っ直ぐに上空高く跳び上がった日本一は、前転するように回転すると片足を突き出して夢人へと急落下していく。

 

 夢人がどんな魔法を使ったとしても、日本一には関係ない。

 

 それら全てを蹴り砕くつもりで、日本一は片足に全ての力を収束させる。

 

 例え避けられたとしても、自分が舞台に激突した時の衝撃で夢人は多少なりともバランスを崩すだろうと予測している。

 

 その隙をつき、夢人を真横に蹴り飛ばして場外に吹き飛ばせば自分の勝ちだと、日本一は自分の勝利を疑っていない。

 

(だったらっ!)

 

 自分に向かって急降下してくる日本一を見て、夢人はすぐに避けると言う選択肢を捨てた。

 

 自分のために全力で向かってくる日本一を正面から打倒するためである。

 

 それこそが『勇者への道』に参加してまで自分のことを心配してくれている日本一に対する礼儀であると夢人は感じていた。

 

 だからこそ、自分のできる最大限の方法で日本一を迎え撃ちために意識を集中させて俯いてしまった。

 

 避けずに項垂れてしまった夢人を不審に思った日本一だが、その顔はすぐに驚愕に染まった。

 

 ……何故なら、夢人が首を振りながらエアギターをし始めたからである。

 

「ジャンジャカジャカジャンジャンジャカジャカ……」

 

(アレってミッドカンパニーの時の!? だとしたら、今突っ込んだら……っ!?)

 

 日本一がしまったと思った時には、すでに方向転換ができない距離まで迫っていた。

 

 日本一の蹴りが激突すると思われたその瞬間、夢人はエアギターをやめて足を掴み、自分の体を支点にしながら衝撃を受け流すために回転し始めた。

 

「俺の音楽の邪魔をするんじゃねえええええええ!!」

 

「やっぱりいいいいいい!?」

 

 片足を掴まれて振り回されている日本一は、夢人が黒歴史を発動させていることを瞬時に理解した。

 

 ミッドカンパニーで発動させたミュージシャンタイプの黒歴史。

 

 B.H.C.の効果が薄まっていた影響で、どのような力を持っているのかわからないが、ブレイブソードを受け止めてブレイブを投げ飛ばした実績がある。

 

「うおりゃあ!!」

 

「きゃああっ!?」

 

 夢人は蹴りの衝撃が完全になくなると、片足を掴んでいた日本一をハンマー投げをするように上空へと投げ上げた。

 

 それを追いかける形で風の魔法を使って跳び上がり、日本一を追い越すと、今度は夢人がにやりと笑って宣言した。

 

「見せてやるぜ、風林火山のニューバージョン!! まずは、フレイムナックル!!」

 

「ぐっ!?」

 

 宣言すると同時に、夢人は空中で無防備な状態でいる日本一に向かって火の魔法を使った拳で殴りかかる。

 

 日本一は不安定な姿勢でありながらも、迫りくる炎を纏った拳を防ぐために足を振り上げて炎を纏っていない腕の部分を蹴り上げた。

 

「続いて、フリーズリッパー!!」

 

「がはっ!?」

 

 フレイムナックルが防がれたとわかると、夢人はすぐに拳に纏わせている炎を消し去り、片足にアイス・ローラーを展開させる。

 

 その足で片足を無理やり上げた影響で仰け反るような形になっている日本一の背中を蹴り上げる。

 

 日本一は短い悲鳴を上げて体をさらに反らせると、頭から舞台へと落ちていく。

 

 すると、夢人は足から舞台に落ちるような態勢で、頭から落下していく日本一の背中に貼りつくような形で位置取りをし、その足に触れた。

 

「グラビティ!! ぐっ!?」

 

「うっ!?」

 

 足に触れた途端、夢人は重力魔法であるグラビティを発動させて自身と日本一の重力を倍加させて、落下する速度を速めた。

 

 これには夢人自身も辛そうな声を漏らしたが、日本一はそれ以上である。

 

 フリーズリッパーで仰け反らされた時、肺の中にあった空気が吐き出されてしまい、今現在も呼吸が上手くできないでいたのだ。

 

 しかし、夢人の目的はグラビティで日本一を舞台に叩きつけることではない。

 

 グラビティを利用したのは、あくまで日本一を垂直に落下させるためであり、落下の軌道がそれないとわかった夢人は魔法を解除し、落下しながら腕を引いてその拳に魔法を収束させ始める。

 

 日本一は軽い酸欠状態であるため、グラビティが解けてもそのまま抵抗もできずに落ちていく。

 

 その背中めがけて、夢人は拳に収束させた魔法を放出させた。

 

「ブラストインパクト!!」

 

「っ、きゃあああああ!?」

 

 舞台に垂直に落下していく日本一の背中に、夢人は拳の先に圧縮させた空気を破裂させて衝撃を与える風の魔法、ブラストインパクトを叩きこんだ。

 

 背中にいきなり衝撃を受けた日本一は悲鳴を上げながら真横に吹き飛び、そのまま場外へと落ちてしまった。

 

 夢人は風の魔法で着地時のクッションを作りすぐにアイス・ローラーを展開すると言う、ブレイブ戦でもした切り替えをすることで、何事もなく着地をして倒れている日本一に向かって腕を伸ばしながら口を開く。

 

「魔法4色連撃、風林火山バージョン2……別名、キャトル・クルール・オーダーだ」

 

『う、うおおおおおおおおおおおお!!』

 

 ノワールの剣による3連撃、ユニの銃による3連射、トリコロールオーダーに因んだ技である。

 

 ブレイブ戦前のノワール達との特訓によって、魔法の切り替えがスムーズにできるようになった夢人だからこそ、できるようになった繰り出す順番を気にせずに使うことができる新しい魔法の連撃パターンである。

 

 因みに、技の命名はノワールである。

 

 キャトル・クルール、フランス語で4色を意味する言葉であり、3色のトリコロールよりも一撃多いと言う意味で、付けられた名前である。

 

 本来なら地に足を付けた状態で行い、最後にグラビティを使って相手をギブアップさせることもできたのだが、今回は空中であったので、日本一を場外に落とすためにブラストインパクトを締めに持ってきたのだ。

 

 そして、観客達が日本一が場外に落ちたこと、夢人が勝利宣言にも似た技名をつぶやいたことで、堰を切ったように歓声を上げ始めた。

 

「試合終了!! 勝者、挑戦者御波夢人(仮)さんです!!」

 

 5pb.の試合終了の声を聞くと、夢人は歓声に応える前に舞台から飛び降りて、場外に転がっていた日本一に駆け寄り手を伸ばした。

 

「イタタタ、最後の奴、もうちょっと手加減できなかったの?」

 

「それを言うなら、最後のお前の蹴りもそうだろ?」

 

「あ、そっか……へへっ、少しはスッキリした?」

 

「ああ。ありがとう、日本一」

 

「どういたしまして……それじゃ、早く観客達に応えてあげなよ」

 

「そうだな……ほら、日本一も」

 

「うん!」

 

 頭を押さえながら上体を起こした日本一は、自分に向かって手を伸ばしている夢人を見て痛みを堪えて笑みを浮かべた。

 

 そして、日本一は自分の問いに嬉しそうにほほ笑む夢人の顔から、自分がしたことは無駄じゃなかったと悟り、満足そうに頬を緩めて伸ばされている手を掴んで握りしめた。

 

 引っ張られる形で立ち上がらされた日本一と共に、夢人は手を握ったまま集まっている観客達の歓声に応えるために手を大きく上げた。

 

『わああああああああああああ!!』

 

 戦った両者が健闘をたたえ合うように手を握りしめているのを見て、観客達の熱狂はさらにボルテージを上げた。

 

 そんな歓声を受ける2人の顔は晴れやかな笑顔であり、それがさらに観客達を高揚させる原因となっていた。

 

 

*     *     *

 

 

〔それでは、第3競技に移る前に選手の治療と舞台の修復を行いたいと思います。その間に、次の種目を決定します〕

 

 破損した舞台を修復している前で、リーンボックスの歌姫が魔物使いの少年が持ってきた箱から1枚の紙を取りだした。

 

〔第3競技は……“演劇”です!! それでは、詳しく聞いてみましょう! ファルコムさん、お願いします!〕

 

〔はーい、それでは早速“演劇”を提案したプラネテューヌの女神候補生ネプギア様にお話しを伺いたいと思います。ネプギア様、よろしくお願いします〕

 

〔は、はい。皆さんの認識では、勇者とは『それゆけ! ゆうしゃくん』の勇者像だと思うのですけど、本当はもっとすごい人なんじゃないかなって思うんです〕

 

〔なるほど。つまり、世間の認識では空想上の存在ですけど、実際にはもっとすごい存在であると言いたいんですね〕

 

〔は、はい、そうです。ですから、皆さんの前で物語を演じたとしても、本当の勇者ならもっと素晴らしい存在に映るんじゃないかって……〕

 

 モニターでは、プラネテューヌの女神候補生が照れのせいで慌てて説明をしていく姿が映っている。

 

 その考えの意図は簡単に読むことができる。

 

 今現在広まっている勇者像である『それゆけ! ゆうしゃくん』の主人公を勇者が演じることで、人々の認識のすり替えを行おうとしているのだろう。

 

 ドラマとかでよくあることだが、ある作品で主役を張った男優はそれ以降もその役柄の人だと言う認識が強く持たれる場合がある。

 

 だからこそ、勇者に主人公を演じさせることで、人々の認識を無意識に変えようとしているのだろう。

 

 この企画の趣旨と言う意味では、これ以上ないと言っていいほどのいい競技であると思う。

 

 何故なら、この企画は勇者が偽物でないことを証明するために開かれている茶番と同じだからだ。

 

〔ありがとうございます! それでは配役なのですけど、交代で行い、観客の皆さんの投票によって勝敗を決めたいと思います。まずは挑戦者である御波夢人(仮)さんが勇者を、ラステイション代表の方には敵役を演じてもらいます。それでは、気になる演目は……『それゆけ! ゆうしゃくん』の第34話『元日の悲劇!? 宿命の血』です! この話は物語においても大変人気のある話であり、勇者と魔王の最終決戦としても有名です! この話をしっかりと再現できる勇者は果たしてどちらなのでしょうか!〕

 

 歌姫のアナウンスを聞き、俺は無意識に頬がつり上がるのを感じた。

 

 ……なるほど、勇者と魔王の最終決戦、か。

 

 何ともおあつらえ向きな展開だな。

 

「ぐっ!?」

 

 俺は急に痛みだす左目を押さえて体を少し丸めた。

 

 ……もうすぐ、もうすぐだ。

 

 もうすぐ、俺の望みは叶う。

 

 俺は座っていた席を立つと、目的の場所に向かって人ごみの中を歩き始めた。

 

 片目だけの視界には、あの日からずっと消えない赤い色を宿して、俺は目的の場所へと進んで行く。

 

 ……ラステイションの代表がいる控室に向かって。




という訳で、今回はここまで!
うーん、予定よりも1話分多くなりそうです。
おそらくこの章の本編が後今回と同じくらいの量で2話に収まるといいと思ってます。
投稿スピードもリアルでの影響で遅れ気味ですけど、なるべく早く仕上げられるよう頑張りますね。
それでは、 次回 「愛の形」 をお楽しみに!

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