超次元ゲイムネプテューヌ 夢のヒーローを目指して   作:ホタチ丸

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はい、皆さんこんばんわ!
書いてて思いました、この章も5話構成にすることが無理そうだって。
多くても6話で終わらせたいと思います。
それでは、 厚くて薄い女 はじまります


厚くて薄い女

 マジックは、目の前でフィーナに頭を垂れているジャッジの姿に驚愕を隠せないでいた。

 

 ジャッジも自分と同じで、フィーナに対して敵愾心を抱いていたはずであった。

 

 それなのに、今はフィーナが主であるかのように様を付けて敬っている。

 

「私の危機によく駆けつけてくれたわ、ジャッジ・ザ・ハード」

 

「主の危機に馳せ参じることは、臣下として当然でございます。むしろ、そこの女が粗相を働きましたことをお詫びせねばなりません」

 

「あなたに責はないわ。あなたはこれからも、迷いなく私のために力を振るいなさい」

 

「慈悲深きお許しのお言葉、このジャッジ、身に余る光栄にございます。我が身の全てを我が唯一の主、フィーナ様に捧げることを再び誓わせていただきます」

 

 目の前で交わされる主従の言葉に、マジックはわなわなと体を怒りに震わせた。

 

 ジャッジの言葉がマジックには許せなかったのである。

 

「ジャッジ・ザ・ハード!! 貴様は我らが主、犯罪神様を裏切ると言うのか!!」

 

 犯罪組織マジェコンヌの幹部でありながら、ジャッジはフィーナを主と宣言したのだ。

 

 それは犯罪神への裏切りに等しい行為だ。

 

 人一倍犯罪神への信仰心が強いマジックには、到底許容できない宣言であった。

 

「裏切るだと? 何を馬鹿なことを言っている。我ら犯罪組織マジェコンヌの真の主はフィーナ様ただ1人」

 

「正気か!? そいつは犯罪神様を人質にとり、我らが主を語る簒奪者なのだぞ!! 目を覚ませ!!」

 

「黙れ!! それ以上、フィーナ様を愚弄する真似は、このジャッジ・ザ・ハードが許さん!!」

 

 ジャッジはマジックの言葉に聞く耳を持たず、ポールアックスを構えだした。

 

 マジックもジャッジを険しく睨みながら鎌を構えて、最後通告だと言わんばかりに呼びかけた。

 

「そいつは我らが憎んでやまない女神の1人だ!! そのような存在に尻尾を振る負け犬と成り下がったか!! この痴れ者が!!」

 

「負け犬はどちらだ?」

 

「……何だと?」

 

 殺気溢れるマジックの視線を涼しげに受け流しながら、ジャッジは憮然とした態度で口にする。

 

「犯罪神など、所詮はフィーナ様に敗れた有象無象の負け犬ではないか。そのような存在、我らが主には相応しくない!!」

 

「貴様っ!!」

 

「その負け犬に尻尾を振る貴様は何だ? 負け犬以下の存在のくせに、フィーナ様を愚弄するでないわ!!」

 

「その口を、閉じろっ!!」

 

 我慢の限界を迎えたマジックは、憤怒の形相でジャッジへと突貫した。

 

 そこには、敬愛する犯罪神を侮辱された怒りによる殺意しかない。

 

「はあっ!!」

 

「チッ!!」

 

 しかし、怒りに任せた全力の鎌の一撃は、ジャッジのポールアックスに軽々と受け止められてしまった。

 

(何故だ!? 何故私が押しきれない!?)

 

「そんな甘っちょろい攻撃など、効かん!!」

 

「なっ!?」

 

 鎌とポールアックスがぶつかり合った中で、マジックは焦りにも似た表情で歯噛みした。

 

 自分とジャッジなら、自分の方が実力が上だと思っていたからである。

 

 事実、かつてマジックは鎧を纏っていなかったとはいえ、ジャッジの全力の一撃を片手で防いでいた。

 

 しかし、現状はあの時とまったく逆であった。

 

 自分の全力を軽々と受け止められ、あろうことか何でもないと言う風に弾き飛ばされてしまったのだ。

 

「負け犬以下の攻撃など、蚊程にも効かん。せめてもの慈悲だ、苦しまぬように一撃のもとにあの世へと送ってやる」

 

「くっ!?」

 

「我が審判の一撃、その身で受けてみよ!!」

 

 ジャッジがこれからする攻撃に心当たりがあったマジックは慌てて後方へと飛んだ。

 

 そんなマジックの様子に構わず、ジャッジはポールアックスを器用に振り回しながら駆け出した。

 

 そして、ポールアックスをマジックではなく、その手前の地面へと力強く突き刺した。

 

 すると、突き刺された地面から黒い魔力の光が広がり始め、地面が隆起してマジックへと迫った。

 

「チッ!?」

 

 迫る岩の波を避け切れないと判断したマジックは、鎌で防御しようとした。

 

「うおりゃあああああ!!」

 

 ジャッジが地面に突き刺さるポールアックスに力を込めると、岩の波を覆うように黒い魔力の波が発生してマジックへと迫った。

 

 防御を選択したマジックの姿が岩と魔力の波に飲まれて消えると、ジャッジは地面からポールアックスを引き抜き振りかぶる。

 

「喰らえええええええ!!」

 

 横に一閃、ポールアックスを振るうだけで2つの波は両断された。

 

 その場に残ったのは、全てのものが消滅してしまっている地面にかろうじて浮いているマジックの姿だけだった。

 

「ぐふっ……ハア、ハア、ハア」

 

 攻撃を防ぐだけで精いっぱいだったマジックは、地面へと落ちると血を吐くように息を吐くと荒い呼吸を繰り返した。

 

 その体にも大小様々な傷跡がいくつも残っている。

 

「うむ、我が一撃を受けて尚生きているか。だが、2度目はないぞ」

 

「ぐっ」

 

「フィーナ様に仇なす者は全て抹消する。覚……」

 

「待ちなさい」

 

 すでにボロボロの状態のマジックにトドメを刺そうとしたジャッジをフィーナは止めた。

 

 フィーナの言葉を聞いたジャッジは、マジックへと振り下ろそうとしたポールアックスを途中で止めると、すぐに振り返り膝をついてフィーナの言葉の意味を尋ねた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「あなたの力、充分に見せてもらったわ。後は、私がやるわ。下がっていなさい」

 

「はっ」

 

 ジャッジはフィーナの命令に短く応えると、すぐに後ろに控えていたキラーマシンと同じように下がり始めた。

 

 逆に、フィーナはゆっくりとジャッジの攻撃で動けないでいるマジックへと歩いていった。

 

「ねえねえ、今どんな気持ち? 自分より格下だと思っていた相手に手も足も出ずにやられる気分は?」

 

「くっ」

 

「アハハ、あなた今、あの負け犬にそっくりよ。アイツも私に何もできずに吸収されたんだから」

 

「貴様っ!!」

 

「吠えたって無駄よ。オ・バ・サ・ン」

 

 屈辱に顔を歪めながらも自分を睨んでくるマジックの姿に、フィーナの笑みは深まるばかりであった。

 

「貴様はジャッジに何をした!?」

 

「んー、別に教えてもいいんだけど、どうしようかな?」

 

 マジックは気が付けば、フィーナへと忠誠を誓う態度と自分を上回る力を得たジャッジのことをフィーナへと尋ねていた。

 

 マジックにとってジャッジは格下であり、自分が成す術もなくやられたことが認められなかったのである。

 

 フィーナは憎いはずの自分に疑問を投げかけるマジックの姿が滑稽に見え、わざとらしく指を唇に触れさせて迷っているような態度をとり挑発した。

 

「どうしてもって言うなら、教えてあげてもいいわよ?」

 

「っ!? だ、誰が貴様などに!?」

 

「あれれ? 尋ねてきたのはあなたじゃない? もう忘れちゃったの? これだからオバサンは記憶力がないのよね」

 

「くっ」

 

 フィーナの挑発によって、自分が何を尋ねているのかを自覚したマジックは悔しそうに顔を歪めた。

 

 だが、フィーナの挑発は止まらず、遂にマジックは力なく項垂れてしまった。

 

 屈辱にまみれた顔をフィーナへと見せたくなかったからである。

 

 そんな顔を見せれば、フィーナをさらに喜ばせてしまうと感じたマジックの唯一の抵抗であった。

 

 しかし、フィーナにとってそんな態度をとられることが愉悦に繋がった。

 

「仕方ないわね。特別に教えてあげてもいいわ……ただ彼は、ジャッジ・ザ・ハードは目覚めただけよ」

 

「何を……」

 

「自身の欲望に素直になった……ただそれだけなのよ」

 

 

*     *     *

 

 

「ねえ、あなたは今、何が欲しい?」

 

 ジャッジは笑いながら差し出されるフィーナの手に混乱した。

 

 どうして自分にそんなことを尋ねるのかがわからないからである。

 

「答えなさい、ジャッジ・ザ・ハード」

 

「お、オレ、は……」

 

 笑っているはずなのに、ジャッジにはその笑みが恐ろしいものに見えていた。

 

 かつて対峙した時、同じような笑みで自分達を地に伏せたフィーナの姿を幻視したのである。

 

「あなたが欲しいのは、戦い?」

 

「そ、そう、だ」

 

「じゃあ、さっきの戦いに満足できた?」

 

「っ!?」

 

 フィーナの核心をつく一言に、ジャッジは体を震わせた。

 

 先ほどの戦い、いや戦いとは呼べるものではない蹂躙されただけの戦闘を思い出したのである。

 

「ち、違う!?」

 

「そうなの? でも、あなたは女神達と戦いたかったのではないの?」

 

「そ、それは……」

 

「あなたの希望通り戦えたじゃない? それでも不満なの?」

 

 ジャッジは黙ってフィーナから視線を外した。

 

 その表情は恐怖で染まっており、正直に口に出すことができなかったのである。

 

 ……あの戦いは自分が求めた戦いではないと。

 

「どうしたの? 黙ってたら何もわからないわ」

 

「ひっ!? やめろ!? やめてくれ!?」

 

「やめないわ。答えなさい……あなたは女神達と戦えて満足?」

 

 遂にジャッジは涙を浮かべて両耳を塞いでしまった。

 

 フィーナの姿だけでなく、声にまで恐怖を覚えてしまったのである。

 

 それでもフィーナは尋ね続ける。

 

「あれだけ暴れたがっていたのだから、満足したのよね? あなたは女神達と戦うために外に出たのだから」

 

(違う!? オレはあんな戦いを求めていたわけじゃない!?)

 

「好き勝手自由にやれて楽しかったでしょ? 何せ、この結果はあなたが望んだ結末なんだから」

 

(楽しくない!? オレの飢えは全然満たされてない!? こんな結末認めたくない!?)

 

「さあ、教えてちょうだい……あなたは今、何が欲しい?」

 

「あ……」

 

 小さく声を漏らして、ジャッジは今自分が1番欲しているものを自覚した。

 

(力……力だ。力さえあれば、オレは……)

 

 女神達に蹂躙されたのは、自分に力がなかったせい。

 

 自分の求めていた戦いができなかったのは、自分の力が足りなかったせい。

 

 楽しくなかったのは、自分が思うがままに力を振るうことができなかったせい。

 

 飢えている自分が満たされないのは、自分の体を満たしてくれる力がなかったせい。

 

 望まない結末になったのは、望む未来を手にするだけの力がなかったせい。

 

 ……そう、全て自分に力があれば解決する問題だと悟ってしまったのだ。

 

「ち、から……」

 

「うーん? 聞こえないわ」

 

「ちか、らが……」

 

「もっとはっきりと言いなさい」

 

「ちから、が……力が、欲しいっ!!」

 

 ジャッジの答えに、フィーナは頬を緩めた。

 

「その願い、叶えてもいいわよ」

 

「ほ、本当、に?」

 

「ええ……あなたが私に忠誠を誓うのなら、ね」

 

「そ、そんなこと……」

 

 ジャッジはフィーナの誘惑に揺れていた。

 

 力は欲しいが、憎く思っているフィーナに忠誠を誓うことに抵抗を覚えているのだ。

 

「お、オレは、犯罪神、様の……」

 

「力がないままでいいの?」

 

「っ!? い、嫌だ!?」

 

 欲望に負けそうになる理性を総動員させて、ジャッジは自分が犯罪組織の幹部であると言い聞かせるために、犯罪神の名前を口にしようとしたが、フィーナの甘い言葉に即座に喰いついてしまった。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ!? もう、あんな思いはしたくない!? オレは……オレは力が欲しい!!」

 

「だったら、答えは決まってるわね?」

 

「で、でも……」

 

「よく考えてみなさい。私の力は、犯罪神を超えているのよ?」

 

 煮え切らない様子のジャッジに、フィーナは優しく諭すように言葉を続ける。

 

「今の犯罪神に仕えているあなたのままでいいの? もっと強い力を持った私に仕えて力を手にいれたくないの?」

 

「あ、あああ……」

 

「イメージしなさい。今の自分が何もできずに女神達に殺される姿を」

 

「ああ、あああ、ああああああ……」

 

「嫌でしょ? 惨めでしょ? ただやられる踏み台のような人生で満足なの?」

 

「ああああああああああああ!?」

 

 言葉が毒のようにジャッジの心へと染み込んで行く。

 

 先ほど女神に手も足も出ずに蹂躙されたため、その光景がリアルに想像できたのである。

 

「でも、私ならそれを変えられるわ」

 

「っ!?」

 

「犯罪神よりも強い力をあなたに与えることができるのよ」

 

(……そうか、今のオレに力がないのは犯罪神様のせいなのか)

 

「欲しいでしょ? 今よりもずっと強い力が」

 

(……忠誠を誓えば、強い力が手に入る)

 

 ジャッジは無意識のうちに、フィーナから差し出されている手を掴もうとする。

 

 しかし、その手は震えており、迷っているようにも見えた。

 

「ほら、正直になりなさい。あなたが欲しいものはなに?」

 

「……力」

 

「そのためには何をすればいい?」

 

「……テメェ、いや、あなたに忠誠を……」

 

「フィーナ様、よ」

 

「……ふぃ、フィーナ、様に忠誠を……」

 

 熱に浮かされたようにジャッジは、フィーナの問いに応えていく。

 

 その手が救いの手に見えてきたのである。

 

(オレが欲しいのは、オレの飢えを満たせる強い力……犯罪神から与えられた力よりも、もっと強い力が欲しいっ!!)

 

 瞬間、ジャッジの理性は消えてなくなった。

 

 残っていたのは、自分が本当に望む欲望のみ。

 

「……ナ様」

 

「んー? 何か言ったかしら?」

 

「……ーナ様」

 

「声が小さいわよ。力が欲しくないのかしら?」

 

「フィーナ様!!」

 

 敬称を付けて自分の名前を叫ぶジャッジの姿に、フィーナは顔を綻ばせて尋ねた。

 

「何かしら?」

 

「オレに……いや、私に力を与えてください!!」

 

「その前に言うことがあるんじゃないかしら?」

 

 ジャッジは傷ついていた体を起こすと、フィーナの前に片膝をついて頭を下げた。

 

 その姿は忠誠を誓う騎士のようであった。

 

「私、ジャッジ・ザ・ハードは、フィーナ様に忠誠を誓うことをここに誓います!!」

 

「その言葉に偽りはないかしら?」

 

「もちろんでございます!! 私の全ては我が主、フィーナ様の物!! 永遠の誓いをあなた様へ捧げさせていただきます!!」

 

「ええ、いいわ。あなたの忠誠、受け取らせてもらうわ」

 

「あっ……ありがたき、幸せ!!」

 

 自分の誓いを受け入れてくれたフィーナの言葉に、ジャッジは喜びを感じた。

 

 これで自分の望むものが手に入ると……

 

「それじゃ、私も約束を果たさせてもらうわね……私を受け入れなさい」

 

「はっ!!」

 

 フィーナが自分の頭に手をかざしてきたので、ジャッジは進んで頭を差し出した。

 

 その手が頭に触れると、ジャッジは自分の中に何かが入ってくる感触を覚え、口の端を大きく吊り上げて歪んだ笑みを浮かべた。

 

 その姿を、フィーナはまるで天使のような笑顔と共に見つめていたのであった。

 

 

*     *     *

 

 

「……何を、言っている」

 

「信じてないの? まあ、オバサンには理解できなかったかもしれないわね」

 

 フィーナが何かを含んだように笑った顔を見て、マジックは歯を食いしばって睨むことしかできない自分を恨んだ。

 

「そうね。オバサンにチャンスをあげるわ」

 

「……チャンス、だと」

 

「そう。私に1度でも触れることができれば、犯罪神を解放してあげるわよ」

 

 屈辱に顔を歪めているマジックの姿を見て、フィーナは提案した。

 

 マジックもフィーナの不気味な提案に眉をひそめて怪しむが、今の自分では誘いに乗ることしかできないことも理解していた。

 

「……何の、ために、そんなことを」

 

「ただのゲームよ。暇つぶしだと思ってもらっていいわ」

 

「……そうか。なら……っ!?」

 

 マジックはフィーナ曰くゲームの開始の合図を待たずに、奇襲をかけるべく鎌を振った。

 

 なりふりなんて構っていられない焦りから来る行動である。

 

 ……しかし、その鎌は不自然にフィーナに触れる前に動きを止めてしまった。

 

「まだ開始の合図もしてないのに。オバサンはせっかちね」

 

「チッ!?」

 

 余裕そうに笑みを携えて自分を見下してくるフィーナの顔が気に入らないマジックは、その場で動かないフィーナを何度も鎌で斬り裂こうとした。

 

 ……しかし、そのどれもが不自然にフィーナの手前で動きを止めてしまう。

 

「何故だ!? どうして貴様に触れることができないっ!?」

 

 鎌だけでなく、殴りかかろうとしても、蹴ろうとしてもフィーナに触れることができない。

 

「貴様は何をしている!?」

 

「何だ、まだわかってなかったの? あなた自分で攻撃を止めてるのよ?」

 

「なん、だと!?」

 

 マジックは言われて初めて、自分が鎌を振り抜こうとした時、自分から動きを止めていることに気付いた。

 

 殴る時や蹴る時も同じである。

 

 全てフィーナに当たらないように攻撃を繰り返している自分がいた。

 

「どうして……どうしてだ!?」

 

「うふふ、簡単なこと、よっと」

 

「あぐっ!?」

 

 焦りながらも攻撃を繰り返すマジックの頭を、フィーナは鷲掴みにした。

 

「ほら、早く抜け出してみなさいよ」

 

(う、動けない!?)

 

 頭を掴まれているだけなのに、マジックは抵抗することができない。

 

 むしろ、フィーナの行動を受け入れようとしていた。

 

「まあ、無理よね。あなたが1番薄いんだもの」

 

「な、何を……」

 

「あなたが1番、お人形さんだってことよ」

 

 フィーナの言葉を理解したマジックは、怒りに顔を歪めて拘束から抜け出そうと暴れ出すが、その動きはただ体を揺らしている程度にしか動かない。

 

「き、貴様っ!!」

 

「何怒ってるのよ? 事実じゃない。あなたはお人形さんと同じよ」

 

 フィーナは言葉にするのが嬉しいのか、にこにこしながらマジックにささやいた。

 

「一言目には犯罪神様、二言目にも犯罪神様、三言目、四言目にも犯罪神様……あなたの行動はぜーんぶ犯罪神様のためなのよね」

 

「私は犯罪神様に忠誠を誓っている!! そんなことは当たり前だ!!」

 

「わーお、厚い忠誠心ね……でも、そのせいであなた、とーっても薄いのよ」

 

 フィーナの笑顔と言葉に、マジックは一瞬怒りを忘れて恐怖するように背筋に冷たいものを感じてしまった。

 

「あなたは自分がしたいことって、なーんにもないのよね。あなたは犯罪神に従うためだけに存在しているんだもの、だから私を傷つけることもできないのよ」

 

「ふ、ふざけるな!? 私は貴様なぞ……」

 

「忘れてない? 私の中に犯罪神がいるってこと」

 

「っ!?」

 

 マジックは今までどうしてフィーナに触れることができなかったのかを全て理解した。

 

「うふふ、当然よね。あなたの大大だーい好きな犯罪神が私の中に居るのに、傷つけることなんてできるわけないわよね」

 

 マジックが今までフィーナに攻撃を加えることができなかった理由、それはフィーナの体内に吸収された犯罪神が原因であった。

 

 マジックの犯罪神に対する忠誠心は、幹部の中でも最も厚いものである。

 

 そのためにフィーナを傷つけること、その体内に吸収されている犯罪神を傷つけることができなかったのである。

 

「それに、あなたは魔王ちゃんにも手を出せなかったのよね? いつだって排除できるんだって雰囲気を出しながら傍観してたのだって、本当は自分が手を下せないことを理解してたからなんでしょ?」

 

「ち、違う!? わ、私は、そんなこと……」

 

「違わないわ。あなたは結局、魔王ちゃんに手が出せなかったのよ。だって、魔王ちゃんは犯罪神の力を使ってたんだからさ」

 

「くっ!?」

 

 マジックは答えに窮してしまった。

 

 確かに、マジックはレイヴィスの行動を疎ましく思っていたが、実際に邪魔するような行動をしたことがなかった。

 

 それはフィーナの言う通り、レイヴィスが犯罪神の力を使っていたからであった。

 

「あなたは本当はわかってるんでしょ? 自分がどうしようもなくお人形さんみたいな存在だってこと。犯罪神の端末に過ぎない、ただの使い捨てのお人形さんだって」

 

「黙れ!?」

 

「もしかして、本当は認めたくないだけなの? 犯罪神も私と同じ、あなたをお人形さんのように思っているってことを」

 

「黙れ黙れ黙れ!?」

 

 マジックにはただフィーナの言葉を聞かないようにするために叫ぶことしかできない。

 

 頭を掴まれたまま動かない体でできる最大限の抵抗であった。

 

「うふふ、私もいい加減あなたの馬鹿さ加減に飽き飽きしてたのよ。ここで本当のお人形さんにしてあげるわ」

 

 フィーナは一向に認めようとしないマジックの姿を見て、あることを思いついた。

 

 自分に反抗してくるマジックの姿は愉快であったが、これ以上放置はできないと判断したのである。

 

「このシチュエーション、懐かしいと思わない? あなたがブロックダンジョンで父様、勇者に同じようなことしたの、覚えてるでしょ?」

 

「ま、まさか!?」

 

「これからあなたの頭の中をちょっとお掃除してあげるわ。安心しなさい、次に目が覚めた時には、なーんにも覚えてないんだから」

 

「やめ、やめろ!?」

 

 フィーナは天使のようなほほ笑みで、マジックの頭へと魔力を流し込み始めた。

 

 かつて、マジックがブロックダンジョンで夢人を洗脳しようとした時と同じことをしようとしているのである。

 

「あ、ああああああああああああ!?」

 

「これでもあなたには感謝してたのよ? あなたのおかげで私がいるんだから……って、もう聞こえないわね」

 

「あああああああああああ……」

 

 苦しみ叫んでいたマジックだったが、やがて全身の力が抜け落ちたように肩を落とした。

 

 それを確認すると、フィーナはマジックの頭を離して地面へと転がした。

 

 すると、何を思ったのか薄く笑いながらマジックの顔へと自分の足を近づけた。

 

「さあ、忠誠の証として、足をお舐めなさい」

 

 マジックは薄く眼を開けると、光を失った瞳のまま目の前に差し出されたフィーナの靴へと舌を伸ばして舐め始めた。

 

 洗脳が完了している証であった。

 

 しかし、フィーナはマジックが自分の靴を舐め始めると、笑みを消し去って無機質な目で見下ろした。

 

「汚ないわよ、いつまでもペロペロと舐めてるんじゃないわよっ!」

 

「ぶっ!? ……申し訳ありません、フィーナ様」

 

 フィーナが靴を舐めているマジックの顔を思いっきり蹴り飛ばすと、マジックは淡々と謝罪を口にした。

 

 そのことが気に入らないのか、フィーナは顔をつまらなそうに目を細めた。

 

「……やっぱり、お人形だったわね」

 

 それ以降、倒れているマジックに興味を失くしたようにジャッジが控えている方へと振り向いた。

 

「ジャッジ・ザ・ハード」

 

「はっ!! 心得ております!!」

 

 フィーナの言いたいことを察したジャッジは、とあるゴミ山の方へと駆け出した。

 

「や、やめてくれ!?」

 

「大人しくしろ!!」

 

 そのゴミ山の陰に隠れていた人物、トリックはジャッジが向かってくる様に恐怖を覚えて逃げ出そうとしたが、取り押さえられてしまった。

 

 実は、トリックは全て最初から見ていたのである。

 

 偶然マジックの姿を見かけ、その険しい姿に嫌な予感を感じていたのである。

 

 そして、尾行していれば、マジックがフィーナに反抗している現場を目撃してしまった。

 

 慌てて止めるために割り込もうとしたが、その役目はジャッジにとられてしまい、今までずっと隠れて見ていることしかできなかったのである。

 

「わ、吾輩はフィーナ様に逆らう気なんてまったくもってないんです!? だから、離してください!?」

 

「駄目だ。それを決めるのはフィーナ様のみ」

 

 ジャッジに圧し掛かられるように取り押さえられたトリックは、恐怖を隠せずにいた。

 

 目の前でマジックが意思を失くした人形のようになってしまったのを見て、自分も同じようにされてしまうのではないかと思ったのである。

 

(だ、誰か、誰か助けてくれ!?)

 

「全部見てたわね?」

 

「わ、吾輩は何も見ては……」

 

「そんなにお人形さんになりたい?」

 

「はい!? 全部見ておりました!?」

 

 フィーナに逆らえないトリックはあっさりと意見を変えた。

 

 嘘をついた途端、本気で自分も洗脳されてしまうと感じたからである。

 

「そんなぺろぺろちゃんに頼みたいことがあるのよ……もちろん、受けてくれるわよね?」

 

(……あ、吾輩もう詰んだかもしれない)

 

 トリックは本能的にこれに失敗すれば、マジックのようにされてしまうことを悟ってしまった。

 

 悲しいかな、フィーナの笑顔がトリックには悪魔の笑みにしか見えないことが原因であった。




という訳で、今回はここまで!
完全に犯罪組織サイドしか書いていないのに、こんなに多くなってしまった。
実はこの章、まだ予定の3割も消化していないですよ。
早く進めなくてはいけないのに、文字の量だけが増えていく。
まあ、次回で事態をある程度動かせると思います。
それでは、 次回 「変わらないこと」 をお楽しみに!

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