超次元ゲイムネプテューヌ 夢のヒーローを目指して 作:ホタチ丸
予定を変更して、分割して投稿します。
文量が本当に洒落にならないほど多くなったのが原因です。
それでは、 踏み出す覚悟 はじまります
最初は勇者を憐れな犠牲者だと思っていた。
ゲイムギョウ界とは違う世界で生きていたのに、古の女神達によって勝手な希望に祭り上げられるために召喚された青年。
話を聞いて、俺は女神の惰弱さに怒りが湧いてきた。
無関係な人間を巻き込んで、女神達はゲイムギョウ界を平和にすると本当に言えるのかと。
しかし、その考えもマジックから勇者の写真を見せてもらうことで変わった。
写真で見た勇者は、俺がもっとも嫌悪する人間に見えた。
何かに頼らなければ生きていけない弱い人間。
その姿が女神の平和を甘受する堕落したこの世界の人間と被って見えた。
奴らは自己の保身を優先し、他者を平気で蹴落とすことができる。
自分の行動が他者を不幸にすることなど微塵も考えようとはしない。
そんな人間など、この世界に不要だ。
堕落した人間は周りの人間も堕落させる。
病原菌と同じだ。
1人が感染すれば、爆発的に規模を広げて感染していく。
ましてや、勇者は女神の力を増幅させる。
病巣を拡大させるウイルスを放置しておくわけにはいかない。
マジックの話を聞き終えた俺には、すでに勇者に対する同情に似た感情は皆無であった。
女神と同じ、この世界にとって悪だと判断したのだ。
この世界を腐敗させる存在だと。
偽りの守護者である女神を増長させる悪しき存在だと。
無関係を装い同情を誘いながらこの世界を破壊するウイルスだと。
ミッドカンパニーで初めて対峙した時、俺は自分の考えが当たったことを確信した。
勇者は薬に頼らねば強く在れず、それが使えないと知ると、すぐに女神に庇われる弱い人間でしかなかった。
見間違いようもなく、この世界で生きる人間と何ら変わりない姿であった。
所詮女神などに与する存在、この世界にとって害悪にしかならないのだとわかった。
弱いことは罪なのだ。
弱さゆえに、女神はこの世界を救えない。
人々がいくら女神を求めようとも、その惰弱さゆえに人々は不幸になる。
その結果が、親を亡くした子どもや娯楽に飢える子ども達だ。
弱いからこそ助けられず、何の罪もない子ども達を不幸にする。
だが、我らマジェコンヌは違う!
女神を超える力を持つ我らこそが、この世界を守護するにふさわしい存在である。
強者であるからこそ、絶対的な統治をすることができるのだ。
マジェコンと言う娯楽を与えることで、子ども達を幸せにする。
それにより、子ども達に笑顔が戻り、この世界は本当の平和を手に入れることができる。
そんな世界を求めるからこそ、本当の意味で平和を求めている人々はマジェコンを求めて我らの支配を受け入れようとしているのだ。
……あの島で勇者と再び対峙するまではそう思っていた。
2度目の勇者との対決、奴は最初に対峙した時と明らかに違っていた。
俺の正義を真正面から否定し、ナルシスト呼ばわりしてきたのだ。
口先だけの勇者が何をほざくかと、俺は憤りを隠せなかった。
弱く何も守れない人間風情が、強者である俺の正義にケチをつけたのだ。
到底許せるものではなく、俺は近くに居たハードブレイカーに勇者を殺すように命令を下した。
しかし、ハードブレイカーは狂ったように命令に逆らい、俺を巻き込み自爆した。
心などと、不確かであやふやなものを言い訳にして。
守護者に求められるのは絶対的な強さ。
単純な話だ、強くなければ何も守れない。
女神は弱いからこそ、この世界の人々を苦しめ、飢える子ども達に何もすることができないのだ。
強さと共にある俺の正義は、そのような人々を救うためにある。
力こそが守護者の絶対条件、俺は己の正義と力に誇りがあるこそ、この世界を救えると信じていたのだ。
だが、勇者はどうだ?
弱いからこそ優しくなれるなどと戯言を言い、ただ吠えるだけの存在だ。
そんな存在がこの世界を救うなどと宣言すること自体に虫唾が走った。
この世界を腐らせている病原菌のような存在が、猛威を振るうと宣告したも同然だ。
そんなことを認めはしない!
しかし、結果として俺はそんな弱い勇者と震えていた女神候補生相手に撤退することを余儀なくされてしまった。
しかも、勇者にも手酷い傷を負わされてしまったのだ。
どういうことだ?
俺と勇者には歴然とした実力の差がある。
それを数日のうちに埋めてきたと言うのか?
……それはない。
堕落した人間が強くなれるわけがない。
だが、事実として俺は勇者に敗れてしまった。
いったい何が原因だ?
俺の正義が勇者の思いに負けたと言うのか?
そんなことは認められない!
俺はこの胸の正義を信じて、この世界を救う!
子ども達に娯楽を、平和を求める人々に安らぎを。
形無き思いなど、何の意味もない!
優しさなどと、心などと言う目に見えぬものがこの世界を救えるはずがないのだ!
必要なものは、誰の目にも明らかな強さによる安心感。
そのための力を俺は持っている。
この力は真の平和を脅かす悪しき存在、女神や勇者、この世界を腐敗させる存在を排除するためのもの。
悪しき存在はこの世界に必要ない。
真の平和を求める人々による、新しいゲイムギョウ界を作り上げることができるのは我らマジェコンヌのみ。
だからこそ、俺は己の正義に絶対の自信を持っていた……はずだったのだ。
あの日、ギョウカイ墓場でプラネテューヌの女神候補生が勇者を逃がすところを見るまでは……
理解できなかった。
完全に怯えて竦んでいた勇者を守るために行動をする奴らの考えが……
勇者の姿を見て、俺は落胆に似た思いを抱いた。
真正面から俺の正義を否定したくせに、何を怯えているのだ。
所詮貴様の思いなどその程度のものだったのか、と。
その勇者の姿こそ、俺が悪だと判断したそのものだと言うのに、胸にしこりが残ってしまった。
俺の中にある勇者の姿が、俺を悩ませる。
本当の勇者とはいったい何者なのだ?
俺がもっとも嫌悪する病原菌のような存在なのか?
弱さを肯定する俺とは違う正義を持つ存在なのか?
それとも、怯えて竦むことしかできない口先だけの存在だったのか?
それを確かめるため、俺は捕らえた勇者の仲間に尋ねた。
どうして勇者を庇ったのか、どうして勇者に期待できるのかと。
奴らの、緑色のリボンをした女の答えは単純だった。
勇者は心が強い、だから自分達を助けに戻ってくる。
強い、のだろうか?
現に勇者は弱さゆえに逃げ出してしまった。
仲間が危機に陥っているのに、何もすることができなかったではないか。
腐敗し堕落した存在が立ち上がれるわけがない。
それなのに、どうして奴らは信じられるんだ?
心が強いなどと、証明できるものは何一つないではないか。
ましてや、仮に戻ってきたところで1人では何もできない弱い存在が、女神どもを救えるわけがない……そう思っていた。
女の言う通り、勇者はギョウカイ墓場に戻ってきた。
妙な機械を使っていたとはいえ、勇者は1人で女神どもを救出に来たのだ。
俺はその姿に驚愕を覚えた。
逃げ出した時は震えていたと言うのに、戻ってきた勇者の顔に怯えの色はない。
その姿は俺を退けた時と同じ、堂々としたものであった。
いったい勇者に何があった?
何が勇者を立ち上がらせたのだ?
疑問は尽きることなく、最後に勇者が消えていなくなってしまったことでさらに深まってしまった。
取り乱した様子を見せなかったことから、勇者は消えることを承知していたのかもしれない。
だとしたら、なぜあんなにも堂々としていられたのだ?
消えることが怖くはなかったのか?
消える最後の瞬間まで勇者が堂々とした姿を崩さなかったことに、俺の正義は揺らいでしまった。
心の強さとやらで女神を救った姿を認めたくなかった。
認めてしまえば、俺は自分の正義を否定してしまう。
形のない力が誰かを救えるなどと信じたくはなかった。
だが、実際に勇者は心の力とやらで女神どもを救ってみせた。
その悩みに拍車をかけるよう、マジェコンヌはフィーナと名乗る女神に力で乗っ取られてしまった。
手も足も出なかった。
俺達幹部が全員で相手をしても、フィーナは無傷のまま俺達を下した。
フィーナはこの世界を救うために、俺達の力が必要だと言っている。
俺達を人形と呼び、女神の卵の欠片を集めさせ、それが世界を救うと言われた。
……俺の正義はなんだったのだ。
犯罪神様のために力を振るうことが、この世界を救う唯一の手段だと思っていたのに、気が付けば女神の下で力を振るっている。
自分が滑稽に思える。
あれほど弱者だと否定していた女神に敗れ、その傘下で命を拾われた。
あまつさえ、女神に顎で使われているのだ。
意味もわからぬ欠片集めが、本当に世界を救う手段なのか?
だったら、今まで俺がしてきたことは何の意味も持たないのか?
揺らいでいた正義に自信が持てず、俺は何をすべきなのかがわからなくなった。
……そんな時、頭に浮かんだのは朧な勇者の姿だった。
俺の正義が揺らいだのは、勇者の正義が原因だ。
あのあやふやな姿が俺を惑わせるのなら、消してしまえばいい。
いずれ決着をつけねばいけなかったことだ。
どちらの正義が正しいのかをはっきりすれば、俺がこれからどうするべきなのかの答えを手に入れることができるかもしれない。
……そして今、俺と勇者はミッドカンパニーで一騎打ちの勝負をしている。
どうして勇者が1人で戦いに臨んだのかはわからないが、手を出さない女神どもに感謝している。
これで邪魔が入ることはなく、勇者を殺すことができる。
俺は先ほど砲撃を打ち込み、炎が上がる機材の山を鋭く見つめていた。
普通なら、あそこから勇者の生還を望むのは絶望的だろう。
しかし、俺には確信がある。
「うおおおおおおおおおおお!!」
勇者が炎の中から飛び出して、うつ伏せの姿勢のままであった俺に突撃してきた。
必ず勇者は俺に向かってくるとわかっていた!
「喰らえ!!」
俺は真っ直ぐにこちらに向かってくる勇者に再度砲撃を放った。
しかし、勇者の足には氷のローラースケートのようなものが作られており、真っ直ぐに向かっていくだけの砲撃など簡単に避けられてしまった。
勇者はそのまま、俺の腕から背中の砲台に向かって滑り、その手に作ってある氷の刃で片方の砲台を斬り裂いた。
瞬間斬られた砲台が爆発し、勇者も爆風で吹き飛ばされていった。
しかし、勇者は風の魔法をクッションのように使ったのか、地面すれすれで回転して氷のローラースケートを作りだして、またすぐにこちらに向かってきた。
俺はもう片方の砲台を守るため、ウイングが壊れてしまうことを厭わずに横に転がり、片膝をついて立ち上がった。
「ぐっ!? うおおおおおおおおおお!!」
「ッ!?」
ウイングを失った痛みに耐えながら片膝をついた状態でブレイブソードを勇者に振り、足止めを成功させた。
ブレイブソードと氷の刃がぶつかり、氷の刃が砕けたが、勇者はすぐに氷の刃を再構成してこちらに向かってきた。
満身創痍に見える勇者だが、油断はしない!
奴はここから逆転する可能性がある!
2度目の戦いやギョウカイ墓場の時のように!
ならば、慢心は捨て全力で勇者を討つ!!
* * *
ふぅ、何とか無事だったようね。
機材の山に突っ込んで砲撃を放たれた時は、もうダメかと思ったわ。
これも特訓しておいてよかった。
すぐに立ち上がる特訓、生存率を上げるために必要なことだ。
今までの夢人なら、すぐには立ち上がれなかっただろう。
特訓のくせがあるのか、夢人は立ち上がってから復帰までにタイムラグがある気がした。
そんな悠長なことは絶対にしてはいけない。
立ち上がれないのなら、すぐにアイス・ローラーを使ってその場を離脱させる特訓もしていたのだ。
「よ、よかった。ゆっくん無事だったんだね。だったら、ここからはわたし達の番だね」
「いつでも行けますわよ」
「ええ、これ以上夢人に無理はさせられないわ」
ネプテューヌ達はもう限界のようだ。
それぞれの武器を構えて飛び出そうとする彼女達の前に、私は片腕でアカリを抱きながら立ち塞がり、もう片方の腕でショートソードを向けた。
「夢人の邪魔はさせないわ」
「ノワール!? どうして邪魔するの!?」
「いったいどう言うつもりなんですの? いくらなんでも夢人さん1人に無理をさせ過ぎですわ」
「いい加減止めないと、このままじゃ夢人が死ぬわよ」
彼女達の言い分は尤もだ。
私も何も知らなければ、彼女達に側に立って夢人を全力で止めるだろう。
あんな馬鹿げたことを繰り返す夢人の気持ちなんて考えずに。
「死ねばいいじゃない」
「っ、ノワール!!」
「何をそんなに怒ってるのよ?」
「あなた、本気で言ってますの?」
「ええ、私はいつだって本気よ」
「テメェ、いい加減にしとけよ」
「何のことかしら?」
私を険しく睨む彼女達の視線を受けながらも、私はできるだけ涼しげに対応する。
私だって本当はこんな真似をさせるつもりはなかった。
でも、これは必要なことなのだ。
「ゆっくんが死んでもいいなんて本気で思ってるの!!」
「そうよ」
「ギョウカイ墓場で捕まっていたわたくし達を救ってくれたのは、夢人さんじゃありませんか!! その恩人がむざむざと殺されてもよろしいのですか!!」
「ええ、その通りよ」
「テメェらは何考えてやがんだよ!! アイツはもう戦えるような状態じゃねぇだろが!! それなのに、どうして止めようとしねぇんだ!! 本当にアイツが死んじまってもいいって言うのかよ!!」
「だから言ってるじゃない。勝手に殺されればいいわ」
「ノワール!!」
彼女達の非難もわかる。
すでに夢人は戦える状態じゃないだろう。
機材に突っ込んだ時には、すでに立ち上がるのもやっとの状態だったはず。
上空から吹き飛ばされたのだ。
いくら機材が緩衝材になったとはいえ、衝撃がすべてなくなったわけではない。
アカリのおかげで人より丈夫な体を持つ夢人でも、骨に異常が出ていてもおかしくない。
……でも、それがどうしたの?
「あなた達も黙って見てなさい」
「見損なったよ!! ノワールは意地悪なことする時もあるけど、こんな真似をするなんて思わなかった!! もういい!! 無理やりにでも……っ!?」
「言ったわよね、夢人の邪魔はさせないって」
私の横を通り抜けようとしたネプテューヌの首にショートソードを当てて動きを止めた。
「邪魔するって言うのなら、私を倒してから行きなさい」
「……本気なんだね、ノワール」
「言ったわよね、私はいつだって本気だって」
ネプテューヌが悲しみをにじませた目で私を見つめてくるが、私は夢人の邪魔だけは絶対にさせない。
「……どうしてなの? どうしてゆっくん1人に戦わせてるの?」
「夢人にとって必要なことよ」
「だから、どうしてそれが必要なのって聞いてるの!!」
ネプテューヌの問いは、この場で納得していない彼女達全員の疑問だろう。
慌ただしく動いていないが、ロムやラム、ナナハも私を険しく睨んでいた。
「全員、夢人の理想は知っているわね」
私の言葉に彼女達は黙ってうなずいた。
知っているのは当然だろう。
リゾートアイラン島で夢人とアイエフの会話を盗み聞きしていたのだから。
「単刀直入に言うわ。夢人はこの戦いで1人でブレイブ・ザ・ハードに勝てなければ、死んでいるのも同然よ」
「っ、それってどう言うこと!?」
「言葉通りの意味よ。今現在、夢人は死んでいるのも同然だって言ってるのよ。この戦いに勝って初めて、夢人は生きているって言えるわ」
この戦いはブレイブ・ザ・ハードを救うためだけじゃない。
夢人が生きていくために必要なことだ。
「今の夢人は理想を抱くだけの口先だけの男よ。そして、いつかその理想に溺れて死んだように生きるしかなくなる」
夢人の理想は尊いものよ。
でも、理想は高ければ高いほど枷となってしまう。
「叶えられない理想を夢想するだけになってしまえば、夢人は死んでいるのと同じよ。そんなの人間じゃないもの」
高潔な理想は、時として嘘に聞こえてしまう。
現実味がないからだ。
口にするだけなら誰にでもできる。
それこそテープレコーダーとかと同じ。
録音された音声を何度も聞かされる単調な繰り返し作業に思えてしまう。
「だから、夢人は戦わなければいけない。勝って証明しなくてはいけないの」
夢人は弱いから優しくなれると言っていた。
しかし、そんなの他人が聞けば弱いことを言い訳に使っているだけだ。
私はそんなことを認めない。
理想を叶えるためには力も必要である。
思いだけでも、力だけでも駄目なのだ。
両方が合わさることで初めて理想が実現するための道が開ける。
これはその第一歩、夢人が理想を叶えるための力があるかどうかを証明するための戦いなのだ。
……だから、負けんじゃないわよ。
* * *
ネプギアの前で、アタシは地面に倒れ伏している。
勢い込んで戦いを挑んだのに、あっさりと地面に転がされてしまった。
アタシの攻撃はまったく当たらず、ネプギアの2度の攻撃だけでアタシはもう意識が飛びそうになっていた。
これがアタシとネプギアの力量差。
考えていたよりも、力の差は大きかったらしい。
最小限の動きで砲撃を掻い潜って飛び込んできたネプギアの動きは、まるでアタシが憧れているお姉ちゃんの動きのようにも思えた。
アタシじゃ到底真似できない、ううん、絶対にできない動きだった。
いつだってそうだった。
ネプギアはいつもアタシの前を進んでいる。
3年前から縮まることがないこの距離が悔しい。
……だから、どうした?
悔しいから諦めてしまうのか?
敵わないとわかるから挑むのをやめてしまうのか?
「っ、ふざけるな!!」
「っ!?」
アタシは唇を噛んで痛む体を無理に起こすと、X.M.B.を再び構えた。
急に叫んだことに驚いたのか、それとも、アタシがもう立ち上がれないと思っていたのかわからないけど、ネプギアは目を大きく開いて驚いていた。
「まだ勝負はついてないわ!!」
「……ううん、もう無理だよ」
泣きそうな顔でネプギアはアタシのことを心配していた。
攻撃された箇所は痣になっているし、X.M.B.だって銃身に罅が入っている。
体力や魔力だって尽きかけて疲労困憊のアタシの姿は、ネプギアにはもう戦えないように映っているらしい。
「早く治療して夢人さん達の所に……っ!?」
「まだ終わってないって言ったわ」
「ユニちゃん!?」
治療するために近づいてくるネプギアに、アタシは再び攻撃をした。
まだアタシは諦めてない!!
「もうやめて!! これ以上戦って何になるっていうの!!」
「意味ならあるわ!! アタシはまだ何もつかめていないのよ!!」
ここで諦めたら、ブレイブ・ザ・ハードと戦っている夢人に顔向けできない。
……あの夜、アタシはブラックディスクに記録されていた夢人の記憶を全部聞いた。
* * *
「俺が元の世界ではニート、就職できなかったことは言ったっけ?」
「うん、聞いたことがある」
夢人にブラックディスクを返したアタシは、そのまま公園で話を聞いていた。
「就職できなかったことの1番の理由は、多分俺に目標がなかったからなんだよ」
「目標って……何かになりたいとか思ったことなかったの?」
「ああ。ただ漫然と働かなくちゃって思いが強かっただけで、特に何かになろうとするつもりはなかった」
自嘲的な笑みを浮かべて夢人は夜空を見上げた。
「だから、とりあえずいろいろな所にエントリーシートを提出したっけ……教育関係とか出版印刷関係とか食品関係とか、スケジュールが被らないようにいろんなジャンルの企業に応募したよ」
「それでも駄目だったの?」
「ああ、駄目だった。今にして思えば当たり前だよな」
夢人は無理に元気に見せるようにわざとらしい笑みをアタシに見せた。
「俺はただ働きたいと思っていただけで、他の奴らは皆本気で働きたいと願っていたんだから」
「夢人は本気じゃなかったの?」
「いや、働きたいって言う気持ちは本物さ……でも、他の奴らはその先を見ていたんだ」
「どう言うこと?」
「俺は働いて何がしたいって言うヴィジョンに欠けてたんだよ」
夢人が言いたいことに何となく察しがついた。
「自分がそこで働いている姿がイメージできないんだよ。例えば、営業職で働いている会社の商品を売り込みに行っても、そこに俺がいないんだよ。だって、そこで必要なのは……」
「アンタじゃないのよね。必要なのは、商品を売り込める誰か、でしょ?」
「正解。実績を上げられそうにないと思われた俺は必要なかったんだ。だから、俺は内定がもらえない……当然だよな、雇うのも慈善事業じゃないんだ。企業の利益になりそうな人材の発掘が目的なんだから」
「だから、アンタは機械になろうとしたの?」
「……ああ、目標がないのなら、求められる人材になろうとした。その結果が、ユニが見た夢の中の俺だろう」
その結論はとても悲しい。
自分の気持ちを全て押し殺して、ただ働くためだけの機械になろうとしていたのだ。
夢人は人生のほとんどを機械として過ごそうとしていたのだ。
「明るい人材が必要とされているのなら、面接で明るく振舞おう。何かの経験や資格が必要なら、どんなことでも経験し資格も勉強しよう。働く自分がいなくてもいい。ただ働いていると言う事実が欲しかったんだ」
「どうしてなの?」
「世間体……いや、劣等感かな」
自嘲的な笑みを浮かべる夢人の姿に、アタシはかつての自分の姿がぴったりと重なって見えた。
「焦っていたんだよ。周りの奴らが目標に向かって進んでいく姿に、俺だけが取り残されているみたいに感じた。だから、どこに進めばいいのかわからないくせに、過程を飛ばして結果だけを求めていたんだ」
「アンタにとって過程が目標で、結果が働くってことだったのね」
「そう言うこと。悩んで悩んで悩みまくって、俺は考えることを放棄して逃げ出した」
やっぱり、夢人はアタシと同じだった。
お姉ちゃんになる言う結果を目指して、アタシはどうすればいいのかわからなかった。
ただがむしゃらに、お姉ちゃんならどうするのかを考えていたんだ。
アタシの考え、過程なんて必要ない、むしろ邪魔になる。
自分で考えることを放棄して、皆から望まれるお姉ちゃんになろうとしていた。
「逃げ出した後は、本当に何も考えなかった。働きたい、その気持ちだけが膨らんで、何がしたいとかも考えなかった。だって、個人の願望なんて必要ないだろ? 所詮は社会の歯車の1つになるんだって自分の人生を悲観してたんだよ」
「……悲しいね」
「確かにな……今だから笑い話みたいに言えるけど、俺本当になにも考えてなかったんだぞ? 大学卒業して働くって言うイメージが湧かないから、老後のイメージが広がったんだ」
「ぷっ、飛躍しすぎよ」
それはそれで無駄にイメージできるのがすごい気がするわね。
「まあ話を戻すけどさ、いくら望まれた人物像になろうとしても、俺は内定を得ることができなかった。理由はわかるな?」
「当り前よ。そんな不気味な奴と一緒に居たくないからでしょ?」
「そう……逃げ出してた時に、とある企業の面接で直接言われたよ。お前、機械みたいだなって」
「……それがあの言葉の原点なのね」
「ああ。最初は何を言われているのかわからなかったよ。俺は企業が求めている人材になろうとしているのに、どうしてそんなことを言われなくちゃいけないんだって。別に企業の利益につながるのなら、それでいいじゃないかって」
本当嫌になるくらいあの時の、ケイに向かって無駄に吠えていたアタシそっくりだ。
「だから、失礼を承知で聞いたよ。それの何が悪いんですかって。そうしたら、面接官が呆れた顔で言ってきたよ。お前、それで楽しいのかって」
夢人にとってその人は恩人なのだろう、話す顔も声もわずかに弾んでいる気がする。
「愕然としたよ。楽しみとか、そんな感情を働くことに意識したことがなかったからさ」
「それは希望が持てなかったから? それとも、機械になろうとしたから?」
「両方かな。希望が持てなかったから機械になろうとしたし、機械になろうとしたから希望は捨てたんだ。だから、面接官の一言は、俺に逃げるなって言ってるように聞こえたんだ」
懐かしむように笑むその顔は、アタシには涙を堪えているようにも思えた。
きっとその時のことを思い出して、泣きそうになっている。
「素直に怖いと思った。逃げ出してしまいたいと思ったよ……でも、俺は嬉しいとも思ったよ。今までと同じように落とされたのなら、俺はいつものように言い訳をして逃げ出す。企業の見る目がなかったとか、俺に合ってなかったとか、自分の過失に目を向けることがなかったはずだ」
「……夢人は強いね。アタシなんて逃げてばっかだったのに」
「そんなことないさ。本当に逃げたいのなら教会から、ラステイションから出て行けばよかったんだ。でも、ユニは逃げ出さなかった。ユニも心の中で、ケイさんに感謝していたんだよ」
「……それって、アタシがケイに罵倒されるために一緒に居たって聞こえるんだけど?」
「ち、違う!? 俺はそういう意味で言ったんじゃないって!?」
「冗談よ、真に受けんじゃないわよ」
今だからこそ言えるが、アタシもケイの存在が嬉しかったのは事実だ。
お姉ちゃんじゃないアタシを知っている存在がいることが嬉しく思っていた。
ケイやギルドのアヤといる時だけ、アタシは少しだけお姉ちゃんの仮面から解放される。
心のよりどころ、悪い言い方をすれば逃げ場所に利用していたのだ。
罵倒されたり心配されている間は、アタシがいなくならない。
無意識のうちに、アタシはアタシを消したくなかったんだ。
「まったく、どこまで話したっけ? ……っと、そんな風に言われて落とされた俺はまた悩み始めたよ。俺はどうすれば機械じゃなくなるのかって、どうすれば働くことを楽しいって思えるのかってさ」
「……アンタちょっと悩み過ぎじゃない?」
「うるさいな、自分でもわかってるよ」
「どうせアンタのことだから、悩みの答えなんて出せてないんでしょ?」
「ぐっ!?」
「そうして悩んでいる間に、ゲイムギョウ界に召喚されて勇者になっちゃったってところかしら?」
「……お前、何でそこまでわかるの?」
夢人は目を細めて怪訝そうに尋ねてくるが、これくらい聞かなくてもわかるに決まってるじゃない。
「だって、アンタって馬鹿でしょ」
「いや、馬鹿なのは否定しないけど、それがどうして理由になるんだよ?」
「馬鹿が悩んでも答えなんて出るはずないわよ。アンタがゲイムギョウ界で何してたのか思いだしてご覧なさいよ? 悩んで上手く言った試しがあるわけ?」
「そ、それは……」
口ごもる夢人だけど、否定しないあたり自覚はあるみたいね。
「ギョウカイ墓場のこと、忘れたとは言わせないわよ」
「……はい」
「アンタは1人で悩みまくった末に消えることを選んだのかもしれないけど、こっちにとってはいい迷惑よ……アタシ達って頼りない存在だった? アンタの悩みを受け止められないほど弱く見えたの?」
「そんなことはない……ただ怖かったんだ。怖いって言った瞬間、皆が遠く離れて行ってしまうように感じた。勇者の役目を果たせない俺なんて必要ないって……」
「夢人」
「ゆ、に?」
アタシは弱音をこぼす夢人の手を両手で包むように優しく握った。
「ごめんね、アタシそんなことに全然気付かなかった。助けられてばかりで、全然夢人のことを守れていなかったんだね」
「違う!! 俺はそんなこと……」
「違わない!! 無責任な根拠があったの。アンタなら、本当のアタシを見つけてくれたアンタなら、いつだって自信満々に側にいてくれるって……でも、違った。ようやくあの言葉の本当の意味に気付いたよ」
夢人がここでアタシに送ってくれた言葉の本当の意味、生きていくために必要なこと、あれを聞かせたい相手は……
「自分にも言い聞かせてたんだね。アンタは勇者として自信がなかった。だから、自分と同じようになりかけてたアタシにあの言葉を送ってくれた……アタシが自分に自信を持てるように、アンタが勇者として自信を持てるように」
「……ああ、そうだ」
夢人は目を伏せてアタシから視線を外した。
「あの時のユニの姿に、逃げていた俺の姿が重なって見えたんだ。泣いていたあの姿が、他人のような気がしなかった。だから、俺はユニを助けたいと思った……でも、それは同族嫌悪だったのかもしれない。俺と同じ姿をするユニを見たくなかっただけで、本当はどうすればいいのかわからなかった」
「自信がなかったんだね。だから、自分を信じろって言ってくれたんだ」
「……ああ、お前の揺れている瞳を見て咄嗟にそう言っただけだ。ただの強がりだったよ」
「でも、あの言葉はアタシを救ってくれた」
お前を信じる俺を信じろ、ドルフィンとの戦いの時、折れかかっていたアタシの心を支えてくれたのは、夢人の強がりだったんだ。
「俺の強がりを支えてくれたユニの姿を見て、俺は羨ましく思った。信じるってことだけであの状況を覆す強さを見せてくれた姿に、希望を見出すことができた」
「自分の味方は自分の中に居る……アンタはアタシに自分を重ねたのね」
「……その通りだ。目の前で自分そっくりの女の子が同じように悩んでいた。その子が見せてくれた希望こそが、自分を信じるってことだった」
ナナハの言った通りだ。
夢人はアタシ達を眩しいものでも見るような目で見るような時があると思っていたが、きっと羨ましかったからなんだ。
「軽蔑しただろ? 俺はずっとお前を騙して……っ!?」
「馬鹿!!」
目を伏せたまま語る夢人の姿に、アタシは我慢ができなかった。
そらされた視線を戻すように、両手で顔をアタシの方に強引に向かせた。
「アンタやっぱり馬鹿よ!! アンタ自分がアタシと重なって見えたんでしょ!! だったら、その時のアタシの気持ちくらい簡単にわかりなさいよ!!」
言葉の理由や経緯など関係ない。
「アタシはアンタの言葉で救われた!! それだけでいいのよ!!」
「だが、俺は……」
「後付けで理由を考えるな!! ……アンタはあの時、自分のことだけを考えて言葉を送ってくれたの?」
「違う!! 俺はユニを励ましたかった!!」
「だったら、それでいいじゃない。騙したとか考えないで……ここに救われたアタシがいるんだから」
気が付けば頬に涙が流れていた。
夢人がネガティブに考えていたのが、この涙のせいならお門違いだ。
「悩んで言葉を取り繕ったら、それこそ機械と同じじゃない。そんな言葉はアタシの心にも、アンタの心にも響かないわ……ねえ夢人、言い忘れたことがあるの。アタシをアタシにしてくれてありがとう」
「……ユニ」
「アンタには自覚がないかもしれないけど、アタシはアンタの言葉で自分を信じることができた。アンタがアタシをアタシにしてくれたんだよ」
これは嬉し涙。
ようやく感謝の言葉を素直に言えたことで流れているんだから。
「夢人は今も自信がない? 勇者として、夢人として」
「……わからない。俺が何ができるのかがわからないんだ」
やっぱり馬鹿ね。
本当はもう自分が何をするべきなのかを理解しているのに、踏み込むことを怖がってる。
「アンタは自分の理想を叶えるんでしょ? だったら、もう足踏みなんてしてちゃ駄目じゃない」
「……俺の、理想」
「アタシじゃ救えないブレイブ・ザ・ハードを救うんでしょ? アンタにしかできないことじゃないのよ」
ブレイブ・ザ・ハードから逃げ出そうとしたアタシを立ち上がらせてくれた夢人の強さは、誰かを救える力を持っているんだよ。
勇者、ううん、夢人にしかできないことは確かにある。
「自分が信じる自分を信じて。アンタなら必ずできるわよ」
根拠なんてないわ。
アタシの強がり、夢人なら必ずブレイブ・ザ・ハードを救えるって言う勝手な押し付けだ。
でも、アタシは夢人のことを信じてる。
夢人なら必ず理想を実現するために踏み出すことができるって。
* * *
夢人は今、本当の自分になるために一歩踏み出そうとしている。
理想の自分に近づくために、無茶だと思われるような戦いに臨んでいるんだ。
だったら、アタシも踏み出さなきゃいけない!!
お姉ちゃんが歩いている道でも、夢人が歩いている道の後ろでもない。
本当のアタシの道を歩くために。
「来なさい、ネプギア!! アタシはまだ戦えるわよ!!」
「……本気なんだね? わかったよ。ユニちゃんが止まらないなら、私も手加減なんてしない!」
ネプギアも覚悟を決めて、M.P.B.L.を構えだした。
勝負はまだこれからだ!!
という訳で、今回はここまで!
最終話と言っておきながら、分割で投稿してしまい申し訳ございません。
後半部分もこれくらいになる予定なので、さすがに一話にまとめるのは危険だと判断しました。
次回は本当にこの章の最終話、予定していた通りのサブタイでお届します。
それでは、 次回 「貫いたその先に」 をお楽しみに!