超次元ゲイムネプテューヌ 夢のヒーローを目指して   作:ホタチ丸

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はい、皆さんこんばんわ!
やっぱり、今回の本編ラストも文量が多くなりました。
それでは、 ゆっくりと はじまります


ゆっくりと

「うわああああああああああああん!!」

 

 私は泣きながら部屋を、旅館を飛び出した。

 

 途中で誰かとぶつかったような気がするが、足は止まらず、どんどん旅館から離れて行く。

 

 旅館は街から離れたところにあったので、街灯も少なく、外は真っ暗であった。

 

 街灯の心許ないわずかな人工的な光と、月の淡い光によって、何とか自分の足元がわかる程度だ。

 

 そんな暗闇が目の前に広がっているとわかっていても、私は足を止めることができない。

 

 目の前の闇よりも深い悲しみが私の心を覆い隠している。

 

 ……夢人さんはロムちゃんと恋人同士だったんだ。

 

 いつから2人が恋人同士だったのかなんてわからない。

 

 でも、少なくても私が夢人さんを好きになる前には2人は恋人になっていたはずだ。

 

 リーンボックスでロムちゃんは夢人さんのことをはっきりと好きだと言っていた。

 

 それに、夢人さんも好きだって答えて、優しく頭をなでていた。

 

 つまり、その時から2人は両想いで、恋人同士だったのかもしれない。

 

 だから、夢人さんはナナハちゃんに告白されても恋人同士にならなかったんだ。

 

 そして、夢人さんとロムちゃんは大人の階段も……

 

 ……私の恋は、始まる前から終わっていたんだ。

 

 こんなことなら好きだって気付かなければよかったよぉ。

 

 私にとって、夢人さんもロムちゃんも大好きで大切な人だ。

 

 自分の恋が叶わなくても大好きな2人が幸せなら、笑って祝福してあげなくちゃいけないのに……

 

「いや……いやだよぉ……」

 

 祝福……できないよぉ……

 

 2人が恋人同士だって考えるだけで、胸が張り裂けそうになる位痛い。

 

 なんで……私……

 

 夢人さんにも、ロムちゃんにも幸せになって欲しいって思うのに……

 

 2人が幸せになるなら、それでいいはずなのに……

 

「笑えないよぉ……」

 

 どうして私は大好きな2人の幸せを祝福できないの……

 

 どうして私は笑って2人の幸せを望めないの……

 

 ……理由なんてとっくにわかってる。

 

 私が嫌なんだ。

 

 私が、私以外の誰かが夢人さんと恋人同士になることを認めたくないんだ。

 

 最低、最低だ、わたし。

 

 2人の幸せを考えれば、認めてあげなくちゃいけないのに。

 

 おめでとう、って笑って祝福してあげなくちゃいけないのにっ!!

 

 できない……私には、できないよぉ……

 

 私にはこの涙を止められない……胸の痛みを我慢できない……

 

 ロムちゃんじゃなくて、私が夢人さんと一緒になりたかった。

 

 この願いが、独りよがりの身勝手な思いだってわかってる。

 

 わかってるんだけど……

 

 私にはこの願いを消せない……ううん、消したくない!!

 

 2人の幸せを踏みにじるような、最低な願いなのに、どうしても失くしたくないの!!

 

 こんな願いを望んでいる私が悪い子だってわかってるのに、諦めたくないの!!

 

 ……こんな私が、夢人さんに好かれるはずがないのに。

 

 夢人さんの隣で、他の誰かが笑っていて欲しくないよぉ……

 

「ネプギアちゃん、待って!!」

 

「お願い、ネプギア!! 止まって!!」

 

 私の後ろからロムちゃんと日本一さんの声が聞こえてきた。

 

 勝手に飛び出した私を追いかけてきたのだろう。

 

 でも、私は2人に……ロムちゃんに会いたくない!!

 

 会ってしまえば、私は認めるしかなくなってしまう。

 

 ロムちゃんが夢人さんと恋人だってことを。

 

 認めてしまったら、祝福するしないないじゃないか!!

 

 認めたくない私は2人の言葉を無視して走り続けた。

 

 最低で臆病で卑怯者の悪い子である私は逃げることしかできない。

 

 ……ごめんなさい、2人の幸せを望めない悪い子な私で。

 

 心の中で謝るだけなのに、激しさを増す胸の痛みに耐えることができない私は歯を食いしばって逃げるしかできない。

 

 もう倒れてしまうくらい、体と心が痛いのに、足を止めることができないの……

 

 ごめんなさい、でも、私は……

 

「先に謝っておくけど、ごめん、ネプギア!! たああああああ!!」

 

「え……きゃああああ!? ……むぎゅっ!?」

 

 日本一さんが突然謝りだしたことを疑問に思った時には、すでに私の体は宙に浮いていた。

 

 急に真っ暗だった視界にかすかな明かりに照らされた地面が広がった恐怖に悲鳴を上げていると、顔から地面に落ちてしまっていた。

 

「ううぅぅぅ……いったーい……」

 

「ごめん、ネプギア。でも、こうしなきゃ止まってくれそうになかったから」

 

「ごめん、ネプギアちゃん。でも、話を聞いて」

 

 体が宙に浮いていた時は気がつかなかったけど、腰に圧迫感を感じる。

 

 どうやら日本一さんに抱きつかれた衝撃で宙に浮き、地面に顔からダイブしたようだ。

 

「ネプギアちゃん、お願い、お顔上げて」

 

 転がったままの状態で顔を上げない私を心配してロムちゃんはそう言っているのだろうけど、私は顔を上げられそうにない。

 

 ロムちゃんと顔を合わせたくないって言う理由もあるけど……

 

「ネプギア、泣いてるの?」

 

「どこか、怪我した(あせあせ)?」

 

「……ひぐっ……違う、よ……」

 

 ……こんなぐしゃぐしゃに泣き腫らした顔なんて見られたくない。

 

 顔を上げなくても体と声の震えで泣いていると気付かれてしまった。

 

「ネプギアちゃん、話を聞いて」

 

「いや!! 聞きたくない!!」

 

「ちょっ、暴れないでよ!?」

 

「いや!! いや!! いやなの!!」

 

 今はロムちゃんの言葉を聞きたくない!!

 

 きっとロムちゃんは、自分が夢人さんと恋人だって言うことを言いに来たんだ!!

 

 そんな報告、聞きたくない!!

 

 私はまた立ち上がって逃げ出そうと、腰にしがみついている日本一さんの腕を振り解こうと暴れ出した。

 

 早く逃げなくちゃ!!

 

「だから、暴れな……え?」

 

「……え?」

 

「……え? きゃああああああああああああああ!?」

 

 少しずつ芋虫のように日本一さんの拘束から抜け出そうとしていた私の耳に何かが割れるような音が聞こえてきた。

 

 音だけじゃない、体、地面が揺れ始め、音も次第に大きくなってきた。

 

 私達が疑問の声を上げている間に、横向きになっていた私達の体は縦になっていた。

 

 ……頭から崖の下に落ちようとしていた。

 

 もしかして地面が崩れたの!?

 

 私そんなに暴れてないよ!?

 

『きゃああああああああああああ!?』

 

 宙に投げ出された私達3人は、暗闇のせいでどこかまで落ちるのかわからない恐怖のあまり叫び続けた。

 

 宙に投げ出された影響で、日本一さんの拘束から逃れた私は暗闇から目を背けるため視線を下に、空を見ようとした。

 

「お、落ちるー!?」

 

「ひっ!?」

 

 そこには慌てて手足をバタバタとしている日本一さんと、恐怖に震えて縮こまっていたロムちゃんの姿が目に入った。

 

 1番下にいた私は無意識のうちに2人に手を伸ばして抱き寄せた。

 

「ネプギア!?」

 

「ネプギアちゃん!?」

 

 突然抱き寄せられた2人は驚いた声を上げていたが、私は2人を強く抱きしめ続けた。

 

 私は無意識のうちの動いた体に感謝したい。

 

 ……2人は絶対に私が守る!!

 

 私のせいで2人が怪我をしてしまわないように、私の体を使って地面に激突する衝撃を和らげようとした。

 

 日本一さんと小柄なロムちゃんくらいなら、何とか私の体で守ることができるはずだ。

 

 だって、2人が傷ついたら夢人さんが悲しんでしまう。

 

 私は悪い子だから、夢人さんに心配される資格なんてない。

 

 だから、せめて2人だけは。

 

 2人を庇っていた私は、林の中に突入したことで背中に焼けるような痛みを感じて間もなく、地面に激突した強い衝撃で意識を手放してしまった。

 

 2人は、無事、か……

 

 

*     *     *

 

 

「ネプギアちゃん、待って!!」

 

「お願い、ネプギア!! 止まって!!」

 

 アタシはロムを背負って、旅館を飛び出したネプギアを追っている。

 

 旅館の廊下で急に泣きながら走っていたネプギアを見かけた時は、がすとと共に何事かと思った。

 

 すぐにネプギアを追いかけてきたロムと共にネプギアを追いかけているわけだが、早く止めなくちゃネプギアが危ない!

 

 今のネプギアはすごく危ない感じがする。

 

 全然周りが見えてなくて、旅館の廊下でもどこかで見たことがあるような後ろ姿をしたトカゲみたいな奴を弾き飛ばしても止まらなかった。

 

 いつものネプギアなら、すぐに立ち止まって謝罪をするはずなのに。

 

 緊急事態だと判断したアタシは、足が遅いロムを背負ってネプギアを急いで追いかけた。

 

 その間にがすとには何があったのかを夢人達に聞きに行ってもらっているが、そんなの待ってられないよ!!

 

 目の前でアタシ達の制止の声も無視して走り続けるネプギアの姿を見ていたら、立ち止まってなんていられない!!

 

「早く、ネプギアちゃんを止めなくちゃ!!」

 

「わかってる!! わかってるよ!!」

 

 アタシは自分の足の速さに自信があったのだが、なかなかネプギアに追いつけない。

 

 と言うより、ネプギアがいつもより速い!?

 

 一緒に旅していた時には見せたことがない速度で走り続けている。

 

「なんで追いつけないの!?」

 

「早くして、この先には崖がある!!」

 

「嘘っ!?」

 

 まずいまずいまずい!?

 

 ネプギアがこのまま突き進んだら、崖に飛び込んじゃうよ!?

 

 ええい、こうなったら手段は選んでられない!!

 

「ロム、しっかり掴まっててね!!」

 

「うん(だきっ)!!」

 

 アタシはロムがしっかりと抱きついたことを確かめると、走りながらネプギアに跳び付いた。

 

「先に謝っておくけど、ごめん、ネプギア!! たああああああ!!」

 

「え……きゃああああ!? ……むぎゅっ!?」

 

 跳び付いたせいでネプギアの体が宙に浮き、地面を滑って止まった。

 

 ネプギアには本当に悪いけど、これしか方法がなかったので我慢してもらおう。

 

 少しだけ顔を上げれば、そこには転落防止のための柵が設けられていた。

 

 間一髪ってやつだね。

 

 ……でも、ネプギアは泣きながら、アタシの掴んでいる腕から抜け出そうと暴れ始めた。

 

 ただ逃げだそうとしているわけじゃない。

 

 ロムが何かを話そうとすると、余計に暴れ出したのだ。

 

「ネプギアちゃん、話を聞いて」

 

「いや!! 聞きたくない!!」

 

「ちょっ、暴れないでよ!?」

 

「いや!! いや!! いやなの!!」

 

 前に前にと抜けだそうとするネプギアを押さえるのに、いっぱいいっぱいだったアタシの耳に嫌な音が聞こえてきた。

 

 アタシ達のいる場所から、地面が崩れ出したのだ。

 

『きゃああああああああああああ!?』

 

 崩れた地面から投げ飛ばされたアタシ達はそのまま崖下に落とされる恐怖で悲鳴を上げた。

 

 こんな高さから落ちたら、いくらヒーローって言ってもただじゃ済まないよ!?

 

 こんなところでアタシの人生が終わっちゃうなんて……

 

 アタシが半ば諦めていた時、突然ネプギアに抱き寄せられた。

 

「ネプギア!?」

 

「ネプギアちゃん!?」

 

 アタシだけじゃなくて、ロムも抱き寄せたネプギアは目を閉じてアタシ達を庇うように強く抱きしめ続けた。

 

 そのおかげでアタシとロムは林に突っ込んでも枝で怪我をすることはなく、地面に激突した衝撃もわずかにしか感じなかった。

 

 ……でも、アタシ達を庇ったネプギアは違う。

 

「ネプギアちゃん!? しっかりして!?」

 

「ネプギア!? 目を開けてよ!? ネプギア!?」

 

 アタシ達を庇ったネプギアはぐったりと体を横たえたまま動かない。

 

 かろうじて呼吸する音と胸が上下していることから、最悪の事態は避けられているのだろうけど、このままじゃいけない!!

 

 いくら女神といってもアタシ達を庇って、あんな高さから落下したんだ。

 

 無事なわけがない!!

 

 その証拠に、ネプギアが着ていた浴衣はボロボロになっており、赤い傷口が体の至る所にある。

 

「早くネプギアを治療しないと!!」

 

「わたしが2人を運ぶ!!」

 

 そう言ってロムが『変身』するために集中し始めたのだが、一向に変化が起きない。

 

「ど、どうして!? 『変身』できない!?」

 

 ロムは自分の両手を見つめて『変身』できないことに愕然としているが、そんな理由なんて考えている暇なんてない!!

 

 今は一刻も早くネプギアを治療しないといけないんだ!!

 

 アタシは気絶しているネプギアを背負うと、ロムの手を引いて歩き始めた。

 

「なら、歩いて行くよ!! 手をしっかり握ってて!!」

 

「うん!!」

 

 どうすれば旅館に戻れるかなんてわかんない。

 

 でも、動かなきゃ何にも解決できないと思ったアタシは暗闇の中を歩き始めた。

 

 

*     *     *

 

 

「起きろ、ワンダー!! 力を貸してくれ!!」

 

〔……いったいどうした?〕

 

 俺は休眠モードになっていたワンダーのカバーを引っぺがし、悠長に説明なんてせずにハンドルを握って車体を押し始めた。

 

「ネプギアとロム、日本一を探すんだよ!!」

 

〔3人はこんな時間に外に出たのか?〕

 

「ああ!! だから、お前のライトを使わせてもらうぞ!!」

 

 今から走っても影も形も見えない3人を追いかけることなんて不可能だ。

 

 なら、3人がどこに向かったのかの痕跡を見逃さないために、ワンダーのライトの光で探すしかない。

 

 もしこちらが見つけられなくても、ライトの光に気付いた3人が近づいてきてくれるかもしれない。

 

 俺がワンダーを押して旅館の入り口前に着くと、すでに『変身』を終えているブランとラム、浴衣から着替えたがすとが待っていてくれた。

 

「わたし達は飛んで上から探す!! 夢人はワンダーで道を照らしてくれ!!」

 

「わかってる!! 行くぞ!!」

 

 女将にはすでに事情を話して、もしもネプギア達が戻ってきたら連絡をしてもらえるようにお願いしてある。

 

 後は、こんな暗い中飛び出した3人の……特にネプギアの無事を祈るだけだ。

 

「ネプギアー!! ロムー!! 日本一ー!! いたら返事をしてくれー!!」

 

「返事をして欲しいですのー!! ……ダメですの。全然反応がないですの」

 

 俺と一緒に3人の名前を叫びながら歩いて探すがすとが、顔を曇らせながら不安そうにつぶやいた。

 

 元はといえば、あの時俺がネプギアに誤解だって話していれば、こんなことにはならなかったのに。

 

 なんでネプギアが泣きながら部屋を飛び出したのかはわからないけど、あの誤解のせいで泣かせてしまったのは確実だ。

 

 そして、その理由は俺の言葉不足にあるはずだ。

 

 だから、俺はちゃんとネプギアに言わなくちゃいけない。

 

「ネプギアー!! ロムー!! 日本一ー!!」

 

 俺は叫びながら探すことしかできない。

 

 だが、一向に返事はなく、3人がどこにいるのかなんて見当もつかない。

 

 くそっ、本当にどこにいるんだよ。

 

「夢人!! あっちから悲鳴が聞こえたわ!!」

 

 ラムが聞こえたらしい悲鳴がした方向を指さしたのを見て、俺はすぐにワンダーの向きを変えた。

 

 こっちにいるのか!!

 

 逸る気持ちを抑えることができず、ハンドルを強く握りながら走り出した俺の目には、不自然に抉られたような地面が見えた。

 

 捻じ切れている柵に向こうには、地面は存在せず、遥か下に林が広がっている光景しか見えない。

 

 まさか、そんな!?

 

「ネプギア!! ロム!! 日本一!!」

 

「お、落ちつくですの!?」

 

〔崖の下に落ちるつもりか!?〕

 

 がすとが止めてくれなければ、俺はきっと崖の下に飛び込んでいたに違いない。

 

 この下にネプギア達が落ちてしまっているかもしれないと考えるだけで、俺は居ても立っても居られない!!

 

 今すぐにでも助けに行かなければ!!

 

「夢人、落ちつ……きゃあっ!?」

 

「お姉ちゃ……きゃああっ!?」

 

 俺の後ろからブランとラムの不自然な悲鳴が聞こえてきた。

 

 慌てて俺達が振り向くと、『変身』していたはずの2人は尻もちをついて、元の姿に戻っていた。

 

「ってぇな、なんだって急に元に戻りやがったんだよ」

 

「アイタタタ、これじゃ、ロムちゃん達を助けに行けないじゃない」

 

 2人の顔は地面に落ちた痛みの他にも、崖の下に落ちてしまっているかもしれない3人を助けに行けない悔しさを滲ませていた。

 

 でも、『変身』が急に解けるなんて……まさか!? ここにもアカリの欠片があるのか!?

 

 この間のラステイションの時のように、もしかしたら3人は欠片を吸収したモンスターに襲われているかもしれない。

 

 女神のネプギアとロム、それに、日本一がついていても、この崖から落ちたらただじゃ済まないだろう。

 

 加えて、ネプギアとロムは『変身』できないかもしれない。

 

 そんな3人が欠片を吸収して強くなったモンスターに勝てるのか? 3人が危ない!!

 

「どうやって3人を探せばいいんですの」

 

 がすとの言葉は今の俺達の気持ちを代弁している。

 

 空を飛べなくなったブランとラムでは、崖から下を確認することができない。

 

 他の道を探せばいいのかもしれないが、そんな時間をかけている暇はないかもしれないんだ!!

 

〔それならば、白いボタンを押せ、ルウィーの女神候補生よ〕

 

「わたしが?」

 

〔ああ、これはお前ともう1人のルウィーの女神候補生用のモードだ〕

 

 ワンダーの言葉に驚いていたラムだったが、意を決してハンドルの横に付いている白いボタンを押した。

 

〔CHANGE MODE MIRROR〕

 

 ワンダーの車体が前輪の部分と後輪の部分に別れて変形していく。

 

 ミラーモード、これは魔法を使うロムとラム専用のモードだ。

 

 車体を大きな輪のような形に変化させ、中央にシェアエナジーによる特殊な膜を張ることで完成する。

 

 その膜を通して放つ魔法は、シェアエナジーの力を得ることで強力になり、理論上はキラーマシンの装甲すらも貫く威力を発揮すると仕様書には書かれていた。

 

 そして、なぜワンダーがミラーモードを選択したのかというと、これは2人の専用のモードなのだ。

 

 前輪の部分をロム、後輪の部分をラムの魔力を感知して自動的に側に移動するのだ。

 

 このミラーモードはまだ幼い2人の盾の役割も果たしている。

 

 欠点としては、魔力が感知できないほど遠い位置にいると移動することがないことだが、前輪の部分は迷いなく崖の下へと飛んで行った。

 

 つまり、この下に3人がいる!!

 

〔この下にもう1人の女神候補生がいることがわかった〕

 

「でも、どうやって行くってんだよ。場所がわかっていても行けねぇんじゃ意味ねぇだろが」

 

 確かにブランの言う通り、場所がわかっても助けに行けないのなら意味がない。

 

 今ここにいる2人は『変身』できないのだ。

 

 ミラーモードF(フロント)を追いかけて崖の下に飛んで行くことなんてできない。

 

 なら、やることは1つだ。

 

 俺は崖の下にミラーモードFがまだ見えることに安心して、頬を緩めながら目を閉じた。

 

 ……アカリ、頼みがある

 

『なに、パパ?』

 

 俺を強い俺に、黒歴史を発動させてくれ!!

 

 手段なんて選んでられない。

 

 危険が迫っているかもしれない3人を助けるためなら、羞恥心なんてかなぐり捨てて強くなってやる!!

 

 頼む!! ラステイションの時のように俺を強い俺に変えてくれ!!

 

『わかった!! ううぅぅぅ、にゅうううぅぅぅぅ!!』

 

 頭の中で何かが弾けるような音がしたと思うと同時に、俺の思考はクリアになった。

 

 ……こんな時に、役に立たない黒歴史なんて発動するんじゃないぞ!!

 

 

*     *     *

 

 

 私は不規則な振動と、奇妙な温かさを感じて目を覚ました。

 

 ……あれ? 私、何してたんだっけ?

 

 薄く目を開けると、私は誰かに背負われているようだ。

 

 寝ぼけていた私は、それが誰なのかわからず、思わずつぶやいてしまった。

 

「……ゆめと……さん?」

 

「あっ、気がついたんだね、ネプギア」

 

「よかった。目を覚まさなかったから心配してた」

 

 ……私を背負っていたのは日本一さんだった。

 

 ロムちゃんの声も聞こえるが、体がまだうまく動かないので声だけしかわからない。

 

 どうして、日本一さんに背負われているんだろう?

 

 確か、夢人さんがロムちゃんと恋人同士だってわかって、それを認めたくなくて逃げ出してから……

 

 そうだ、ロムちゃんと日本一さんが追いかけてきて、3人で一緒に崖から……っ!?

 

 2人を庇って崖から落ちたことを思い出すと、体に痛みが走った。

 

 痛みのせいで寝ぼけていた思考が正常に戻ったのはいいが、背中が焼けるように痛く、思わず顔を歪めてしまった。

 

 高高度から突入した木の枝を折りながら、地面に激突してこのくらいの痛みで済んでいるのならば、むしろいいのかもしれない。

 

 でも、全身に痛みが走り、呼吸が苦しい。

 

 嫌な汗が額から流れているのに気づくが、それを拭うことすらできない。

 

「ネプギア、痛いだろうけど、もう少しだけ我慢してて。すぐに旅館に戻るから」

 

 私が痛みを堪えるために日本一さんの首に回した腕の力を強めると、日本一さんは安心したように緩めていた頬を引き締めて前を向いた。

 

 ……ごめんなさい、日本一さん。

 

 まともに声を出すことさえできない私は心の中で謝ることしかできない。

 

「ネプギアちゃん、聞いて欲しいの」

 

 体を動かせない私に代わって、ロムちゃんは私の顔が向いている方にやってきた。

 

 ロムちゃんの話を聞きたくないと思っているのに、声が出せないせいで聞くことしかできない。

 

 ……ああ、終わっちゃうんだな、私の恋は。

 

 私は初恋を終わらせる言葉が聞こえてくることを覚悟した。

 

 認めなくちゃいけないんだね、夢人さんとロムちゃんが恋人同……

 

「ネプギアちゃんは、勘違いしてる。わたし、夢人お兄ちゃんの恋人じゃないよ」

 

 ……へ? でも、一緒に寝たって……好きだって言ってたのに?

 

「前寝た時は、腕枕してもらったの。夢人お兄ちゃんの腕、硬くて痛かったけど、温かくて気持ちよかったの」

 

 ……腕枕?

 

 そ、それじゃ、もしかして、全部私の勘違い?

 

 で、でも、お互いに好きだって……

 

「わたしは、確かに夢人お兄ちゃんのこと好きだよ。でも、夢人お兄ちゃんと、わたしの好きはちょこっと違う。夢人お兄ちゃん、わたしとラムちゃんのこと、妹のように思ってる」

 

 夢人さんはロムちゃんことを妹のように好き……って、やっぱり、私の勘違いだったの!?

 

 私はほっとした気持ちと恥ずかしい気持ちで胸がいっぱいになった。

 

 よ、よかった。私の恋はまだ終わってなかったんだ。

 

 少しだけ痛みが安らいだ気がした私は顔が綻んでしまった。

 

 でも、続けられたロムちゃんの言葉に痛みを忘れて叫んでしまう。

 

「わたしは、夢人お兄ちゃんのこと、ネプギアちゃんと同じように好きだよ」

 

「ええええー!? ……って、イタタタタタ!?」

 

「急に叫んじゃダメだよ!? いくらロムが応急処置したって言ってもほとんど治療できてないんだから!?」

 

 ご、ごめんなさい、日本一さん。

 

 でも、ロムちゃんの言葉が衝撃的すぎて……

 

 私と同じ好きって、夢人さんの恋人になりたいってことだよね?

 

 ……私の気持ち、ロムちゃんにバレちゃってるの!?

 

「今は小さいから、妹のままだけど、大きくなったら、夢人さんって呼びたいの」

 

 体の痛みを忘れてしまうほど、ロムちゃんの言葉は私の頭を混乱させた。

 

 も、もしかしたら、2人が本当に恋人同士になってしまうの?

 

 2人は私にとって大切な人だし、幸せになってもらいたいし……でもでも、私だってこの気持ちを失くしたくなんてないし……そもそも、夢人さんはナナハちゃんに告白されてる!?

 

 私の思いって結局身勝手なの!?

 

 大切な人の幸せを望む心と、自分の幸せを望む心がグルグルとかき回されているように頭を混乱させる。

 

 こんなのどうしたらいいの!?

 

「だから、一緒に頑張ろう」

 

 ……え? 一緒にって、何を頑張るの?

 

「わたしも、ネプギアちゃんも、夢人お兄ちゃんのことが好き。だから、頑張るの」

 

 同じ好きだから頑張る。

 

 でも、私は……

 

「夢人お兄ちゃんは、ネプギアちゃんのこと好きだよ。だから、わたしも頑張るの。夢人お兄ちゃんに、ネプギアちゃんのように好きになってもらうように。だから、一緒に頑張ろう」

 

 ……ロムちゃん、励ましてくれるんだね。

 

 私が落ち込んだから、夢人さんが私のことを好きなんて嘘を言って励ましてくれているんだ。

 

 ごめんね、ロムちゃん。

 

 さっきまでロムちゃんの幸せを認めたくなくて逃げていた私なんかを慰めてくれるなんて。

 

 でも、諦めたくないから頑張るんだよね。

 

 夢人さんに自分を好きになってもらうために頑張らなきゃいけないんだね。

 

 ありがとう、ロムちゃん。

 

 私が胸の痛みから感じる温かさに笑みを浮かべていると、ロムちゃんもにこっと笑ってくれた。

 

「よくわからなかったけど、話がまとまったみたいでよかったよ」

 

 日本一さんも心配かけてごめんなさい。

 

 優しく聞こえた声から、日本一さんにもたくさん迷惑をかけてしまったことを自覚した。

 

 旅館に帰ったら、皆に謝らなくちゃ……

 

「ん? 何か変な音が聞こえない?」

 

「ごろごろって……あっ」

 

 確かに上の方からごろごろって何かが転がってくるような嫌な音が聞こえるんですけど。

 

 私は音だけでしかわからないないんですけど、すごく嫌な予感がします。

 

「崖がまた崩れてる!? 早く逃げ……」

 

「ダメ!? 間に合わな……」

 

 2人の言葉から、私達が落ちた崖が崩れて岩が雪崩込んできていることがわかったが、どうしようもないみたい。

 

 ……ごめんなさい、夢人さん。

 

 あなたにちゃんと謝りたかったのに、できそうもありません。

 

 せめて、2人だけでも助けようと考えた私は無理をして痛む体で2人を逃がそうとした、その時でした。

 

「トルネードォォォォ、キィィィック!!」

 

 ものすごい風の音が聞こえたと思ったら、私の耳に今一番聞きたい人の声が聞こえてきた。

 

 すると、何かが砕ける音が聞こえ、、私の視線の先に夢人さんの後ろ姿が見えた。

 

「すたっ。爆沈完了!!」

 

〔共闘した時の黒歴史か。相変わらずの擬音と叫びだな〕

 

 夢人さんの隣に機械の輪がやってくると、ワンダーさんの声が聞こえてきた。

 

 もしかして、ワンダーさんのモードの1つなのかな?

 

「……ふぅ、何とか役に立つ黒歴史で助かった。3人とも無事か?」

 

「あ、アタシ達は平気だけど、ネプギアが重傷なんだ」

 

「……わかった。日本一、俺と代わってくれ」

 

 私は日本一さんの背中を降ろされると、すぐに夢人さんが私を背負ってくれた。

 

「少し揺れるけど、我慢してくれ。ワンダー、道案内頼む」

 

〔任せろ、ついて来てくれ〕

 

 そのまま私は夢人さんに背負われながら、ワンダーさんの後をついて行った。

 

 私はすぐに夢人さんに謝りたいのに、痛みのせいで上手く声が出せない。

 

 それが悔しくて夢人さんに強く抱きついてしまった。

 

「……ネプギア、ごめんな。俺がちゃんとあの時、止めていればこんな怪我しなくて済んだのに」

 

 違う、違いますよ。

 

 全部私が悪いんです。

 

 私が夢人さんの言葉を遮って勝手に飛び出したんです。

 

「だから、ちゃんと言葉にするよ。俺はプラネテューヌに居たいから……ネプギアと一緒に居たいからプラネテューヌに居るんだ」

 

 ……っ、本当、ですか?

 

 アカリちゃんが、居るからじゃないですか?

 

「アカリがいるいないじゃないんだ。俺がネプギアと一緒に居たいんだよ。だから、俺はプラネテューヌに居ていいか?」

 

「……ばい」

 

 涙と体の痛みで掠れてしまった声しか出せないですけど、一緒に居て欲しいです。

 

 私も、夢人さんと一緒に居たいですっ!!

 

「ありがとう。そうだ!! ちょっと待っててくれ」

 

 瞬間、何か柔らかくて優しいものが私を包むような感覚が生まれた。

 

 体中の痛みが段々と消えていく。

 

 これって、治療魔法?

 

「上手く発動できてるかな? 少しは楽なってもらいたいんだけど」

 

「……はい、温かいです」

 

「よかった」

 

 なんか眠くなってきちゃいました。

 

 私は夢人さんの背中から感じる安らぎと治療魔法の心地よさに、私は頬を緩ませて目を閉じた。

 

 全身が脱力していく中で、夢人さんに抱きつく腕だけは力が抜けそうにない。

 

 ……少しでも、あなたに近づきたいです。

 

 いつか、あなたの隣で笑えるように……




という訳で、今回はここまで!
温泉回でゆっくりするはずが、いつの間にかこんな事態に。
それよりも、ブランをメインに据えたかったのに、ネプギアメインになってたよ。
まあ、ブランの活躍は女神通信でもありますし、今後もあるのでお楽しみに。
それでは、 次回 「帰ってきた女神通信(ブラン編)」 をお楽しみに!

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