SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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かなり時間がかかってしまいました(汗)

風邪をひいてしまい、最初は喉、次に鼻、挙句に頭痛と引き摺ってしまい、完治するのに2週間近く かかってしまいました。
おまけに文章も難産で、遅れに遅れてしまいました。事前に『 亀更新 』と打ってあるとはいえ、どうも申し訳ありません。

それでも、複数の応援の言葉を送って戴き、わたくし感無量で御座います!(*´ω`*)


それでは、どうぞ!




『 出逢い 』

 

 

 

 

 

 遥、改めハルカは、ゲーム開始わずか数分でシリカというパートナーが見付かるという上出来すぎるスタートを切る事に成功した。

 

 

 

「それじゃあ、行こうか」

 

「はい。レッツゴー、です!」

 

 

 

 見目麗しい2人は仲良く立ち並び喜びを全体に表しながら、善は急げと街の中へと繰り出して行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通りへ入って しばらく。そこも広場と同様以上に人で溢れており、、まばらになる様子が まるでない。さながら祭りの中にいるようである。

 右を見ても左を見ても露店が所狭しと立ち並んでおり、そこではアクセサリーや服などの装備品が、まさに選り取り見取りとばかりに展示されている。店の前では多くのプレイヤーが品物を吟味しており、中には男プレイヤーが女プレイヤーにナンパ紛いの行動をしているなど、ゲームの中とは思えない程に人の活気が(みなぎ)っているように感じ取れる。特にハルカにとって そういった光景は、神室町や大阪の蒼天堀(そうてんぼり)、沖縄の琉球街を彷彿とさせるものと言えた。

 

 

 

「凄いお店と品物の数だねぇ~」

 

「はい……思わず目移りしちゃいます」

 

 

 

 日常生活の中では まず お目に掛かれない剣や盾、鎧などの武具・防具が並ぶ様は、自分が本当に現実と違う世界に存在している事を改めて自覚させられる。他にも、目に付く指輪やネックレスなどのアクセサリー類は、いずれも綺麗で凝ったデザインが施されており、完全なる作り物(ゲームでのアイテム)である事は理解しつつも、その美し(リアル)さと物珍しさには目を奪われずにはいられなかった。服やら靴やらにも目移りし、どれも気になって中々歩みが進みそうにない。そこは、やはり女ゆえの(さが)、であろうか。

 

 とは言え、そればかりに気を取られる訳にもいかない。そういった物も後回しでも良いと気持ちを切り替え、目的の品を探す。

 

 

 

「う~ん……武器も色々あって、迷っちゃうね」

 

「そうですねぇ………」

 

 

 

 とは言うものの、その あまりの店の数と武器の種類の多さに、ハルカもシリカも軽く辟易を覚える。一歩 進んで店を見付けたとしても、また数歩 進めば別の店が見付かり、しかも種類も値段も様々である。A店で見付けた直剣700Col(コル) ―――――― Colはお金の単位の事である ―――――― が、少し離れたBの店に行くと600Colだったりと、中々に迷わせる仕様になっている。おそらく、現実での出店の感じを忠実に再現した結果こうなったのだろうが、リアルだと感心する一方、少々面倒にも思える。しかし流石にそこは一プレイヤーとしての賛否両論、一長一短、愚痴っても仕方のない事だと割り切り、品定めを続けていく。

 

 

 

 

 

 実に20近い店を覗いては次に移動を繰り返して、およそ10分が経った。

 

 

 

「―――――― あ。ハルカさん、アレなんて どうですか?」

 

 

 

 程々に気疲れを自覚し始めた頃、シリカが とある店に目を付けた。

 

 

 

「ん? どれ?」

 

「あれです。あの、黒ひげ生やしたオジサンの」

 

 

 

 シリカが指差す先には、他の露店に比べて少し大き目の、テントではなく木組みの店舗があった。他の店に比べれば中々に本格的っぽい雰囲気があり、種類も豊富そうである。店主は少し怖そうだが、あくまでゲーム内の住人―――――― ノンプレイヤーキャラ(NPC)である。きちんと会話を行なえば問題はずだ。

 

 

 

「それじゃあ、あそこにする?」

 

「あたしは、たぶん大丈夫だと思います」

 

 

 

 これ以上 悩むのも時間が勿体ないと感じるのは共通の意識だと察していた。互いに頷き合い、店の前まで来て店主に話し掛けようとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― ねぇ、君達」

 

 

 

 不意の声掛けだった。それが自分達に掛けられたものであると気付いたのは、若干 間を置いてからである。

 2人が声がした方を振り向くと、そこには2人の男性プレイヤーが立っていた。1人は金髪の男で、直剣を腰に差している。片方の男は紫の髪であり、背中には槍を背負っている。2人とも体格は立派で身長も高く、顔もイケメンと呼ぶには申し分ない容姿である。同時に派手や色合いの髪の色から、ハルカは神室町で見たホストを彷彿させた。

 

 

 

「……私達、ですか?」

 

「そうそう、君達の事」

 

 

 

 金髪の剣士が頷きながら答える。半信半疑だったが、目的が自分達なのは間違いないらしい。訝しがりつつも、取りあえず話だけでもと聞く姿勢を見せる。

 

 

 

「君達、今から武器 買うところ?」

 

「はい。今から、この店で決めようかなって思ってるところですけど……」

 

「………」

 

 

 

 続いての槍戦士の問いにも、ハルカは当たり障りのない口調で答える。その間、シリカは緊張からか無言であった。

 そして、当の男2人はハルカの答えを聞いて笑みを浮かべる。唐突の声掛けといい、その反応といい、彼等の意図が読めずハルカもシリカも首を傾げるばかりだ。

 

 

 

「へぇ~、そうなんだ。……ねぇ、物は相談なんだけどさ」

 

「「 ? 」」

 

 

 

 どこか勿体ぶった物言いをする男。一体 何が言いたいのかと、焦れったい気持ちを抑えて2人は黙って耳を傾ける。

 

 

 

「良かったら君たちの武器 ―――――― 俺達がプレゼント(・・・・・・・・)してあげても良いよ?」

 

 

 

「え……?」

 

「えぇっ!?」」

 

 

 

 そして、その思いもよらぬ提案に、ハルカとシリカは面食らった。

 当然と言えば当然。知り合いなら まだしも、たった今 出会ったばかりで、しかも名前も知らない相手から、いきなり物を奢ると言われて驚かない方が少ないだろう。

 

 

 

「ほ、本当に良いんですか?」

 

 

 

 シリカが、恐る恐るといった風に尋ねる。そこには申し訳ないという気持ちなどもあるだろうが、貰えるならお得だという一種の あざとさも垣間見える。

 

 

 

「勿論! 君達、とっても可愛いからね。何か、サービスしたくなっちゃったのさ」

 

「一目見て、こう…“ 胸がキュンッ ”ってなって、つい感情が昂っちゃってね! アハハ!」

 

「は、はぁ………」

 

 

 

 男特有の理由に少なからず困惑しつつ、精一杯の愛想笑いを浮かべるハルカ。

 普段アサガオの中でも年長者として他人に気を配れるハルカも、こういった男の心理だけは未だに理解し難いものだった。こういったものである、と一般論としては理解できるし、納得も出来ると言えば出来る器用さはある。

 とはいえハルカ自身の好みとしては、すんなりと飲み込み切れない心地の悪さはあった。日頃から桐生という硬派を体現する人間を身近に感じる事で、彼等のような軟派な人間に苦手意識が芽生えているのかもしれない。

 

 

 そんなハルカの内心は知らぬまま、金髪の男が でも……と言葉を続ける。

 

 

 

「でも?」

 

「その代わりって言っちゃ何だけど ―――――― 俺達とさ、パーティー組んでくれない?」

 

「えっ……パーティー?」

 

 

 

 これまた、ハルカらにとって思いがけない提案を男は持ち掛けて来た。

 

 パーティーを組むという行為自体は、こういったゲームが未経験のハルカでも理解できたが、何故そんな提案を自分達にしてきたのかが解らなかった。そもそも自分達は、まだ武器すらも買ってない正真正銘の初心者である。そんな自分達を いきなり仲間にしようなどと、なぜ思ったのか。利点を全く見出せないハルカは ただただ疑問ばかりが浮かぶ。

 

 そんなハルカの疑問を察したのか否かは定かではないが、紫の髪の男が話を続けた。

 

 

 

「いやさ。俺達、現実(リアル)でも友達(ダチ)でね。他にも2人ほど仲間がいるんだけどさ、これまた見事に男ばかりでね、むさ苦しい事この上ないんだ。

 

 だからさ、もし良かったら俺達と組んで、パーティーを華やかにして欲しいなぁ~…なんて」

 

「そうそう! この際、バトルの腕なんかは気にしないしさ」

 

「……………」

 

 

 

 打ち明けられた理由は、少なくともハルカにとって中々に癪に障るものだった。単純に力になって欲しい、という事でもない。強いて言えば、態の良いマスコット扱いに近い。下手をすれば、ただのアクセサリー扱いである。彼等自身は悪意はないのだろう無邪気な笑いも、却って不快感を強めるばかりだ。

 

 

 

(……あんまり、この人達とは一緒にいたくないな………)

 

 

 

 一端の女性として、容姿を気に入られたのは素直に喜ぶべきところだ。

 だが、ならば一緒に行動するかと問われれば別問題である。元々抱いていた苦手意識も合わさって、既にハルカの中では頼みを引き受けるという選択肢はないに等しかった。

 

 

 

「……で、どうかな?」

 

「入ってくれる?」

 

 

 

 男達が、返事を求めてくる。その目には“ 期待 ”以外の何かが宿っているように思えるのは、偏見からか疑念からか。自分の中の黒い部分を自覚しつつ、ハルカは返事を伸ばす。

 

 

 

 

 

 ――――――――― ギュッ……

 

 

 

 

 

 不意に、ハルカは何かの感触が走るのを感じた。それは後ろから服の裾が引っ張られてのものだった。

 

 誰が引っ張ったのか ―――――――― 感じ取れる手の大きさ、力加減、そして自分が誰と一緒にいたかを考えれば、それは自明の理である。

 

 

 

(シリカちゃん……?)

 

 

 

 振り返って行動の意図を尋ねようとしたハルカだが、握られる感触と同時に覚えた“ 別の感覚 ”に、それは留められる。

 

 

 

(!! シリカちゃん、震えて(・・・)……?)

 

 

 

 その手は ―――――― 裾を掴む、ハルカよりも細く小さな手は ―――――― 震えていたのだ。

 彼女自身、実は男性が苦手だったのか、それともナンパにあうという事に混乱したのか、はたまた彼等が発する軟派な意識が彼女の本能に警鐘を鳴らさせたのか、詳しい理由は定かではない。

 だが、現実にシリカという少女が体を震わせ、自身に縋り付いた事だけは紛れもない事実だ。決して人の心が読める訳でもないハルカでも、彼女が恐怖を抱いている事は顔を見ずとも察する事が出来る。

 不思議と馬が合い、こうして行動を共にしているといっても実際は出会って一日も経っていない間柄だ。そんな相手に縋ってしまう位である、彼女が抱いている不安は想像よりも大きいものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

「――――――――― ……すみません」

 

 

 

 そう考えた瞬間、自然と答えを口にしていた。自分を頼る少女の意を汲む為、何より自分の気持ちを正直に答える為に、ハルカはハッキリと意思を伝える。

 

 

 

「「……へ………??」」

 

 

「お気持ちは、大変 嬉しいですけど、やっぱり そこまでして貰う訳にはいきません。

 

 せっかくのお誘いですけど……すみません」

 

 

 

 はっきりと、近所の人から幼く聞こえるとも言われた声を澄み切らせて、断りの返事を送る。

 そして、深々と頭を下げた。事情は どうあれ、好意を ふい(・・)にする故の彼女なりのケジメである。ハルカに倣い、シリカも慌てて頭を下げる。

 

 

 

「それじゃあ、失礼します。シリカちゃん、行こっか」

 

「あ……は、はい!!」

 

 

 

 やるべき事は果たした。そう判断したハルカは手を差し出し、シリカは その手を取った。

 差し出された手を握り返す その顔には、笑みが浮かんでいる。そして瞳には、尊敬とも憧憬とも取れる色を浮かべていた。

 それを見てハルカは、自分の判断が間違っていなかった事、彼女の意を汲む事が出来た事が解った。

 

 

 思わぬ出来事に見舞われたが、気持ちを切り替えて仕切り直そう。そう考えを新たにした。

 

 

 

 

 

 だが ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――― ちょっ……ちょっと待ってよ!!」

 

 

 

 

 

 その場から去ろうとした2人に、金髪の男が待ったを掛けた。その語気の強さに、2人は思わず足を止めてしまう。

 

 

 

「な、何でさ!? せっかく武器が無料(タダ)で手に入るんだよ!? そんな あっさりと拒否んなくても良いじゃない!」

 

「え、その、だから ――――――」

 

「そ、そうだよ! あ、も、もしかして、足手纏いになるとか思ってる? そんなの気にしないって! どうせだから、戦い方だって教えてあげるよ!」

 

「いえ、そういう訳じゃ……っ!」

 

 

 

 彼等の中では何1つ納得できなかった様子で、信じられないとばかりに詰め寄って来る。ハルカの制止も聞かず一方的に向ける言葉には、思い遣りといったものが微塵も感じられない。

 

 

 

(もう、しつこいな! 私達、ただ武器が欲しかっただけなのに……!)

 

 

 

 ハルカも、まさか ここまで話が通じない相手とは思っておらず、戸惑いと同時に少なくない苛立ちを覚え始めている。

 心中で愚痴を溢しながら どうにか出来ないかと必死に打開策を講じるも、良い案が浮かばない。

 そうする間にも男達はハルカらを引き留めようと必死であり、通してくれるつもりは全く見られない。

 

 

 

「ふ、ふぇぇ……っ……ハルカさぁん……っ」

 

 

 

 一難去ってまた一難。ただならぬ雰囲気に中てられてしまい、せっかく落ち着こうとしていたシリカも再び震え上がってしまった。不安に支配された姿は、今にも泣き出してしまいそうである。

 こういう時、桐生が いれば何とかしてくれたかもしれない。暴力で解決してほしい訳ではないが、やはり男と女の違いというものは大きいと否応なく実感してしまう。

 

 

 

 

 

(ど、どうすれば……!)

 

 

 

 

 

 ハルカとシリカの緊張がピークに達しようとした ―――――――― その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは ――――――――― 穏やかな雰囲気では無いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場の空気を一変させるような低く、重厚な声が響いたのは。

 

 

 

 

 

「あぁ? 一体なん……っ!?」

 

 

 

 取り込みの最中に水を差すような声に反応し、金髪の男が昂った感情のまま対応しようとした。

 だが相手の方を見るや男は その表情を驚愕の形へと変え、言葉を失う。それは男だけでなく、釣られて声のした方を向いたハルカとシリカも同様であった。

 

 

 

 そこには、腰に剣を()いた1人のプレイヤーがいた。腕をガッチリと組み、仁王立ちという言葉を体現するような堂々なる佇まいで立っていた。

 

 

 

 特に皆が驚いたのは、(ひとえ)に その容姿(・・)である。

 

 身長は2メートルに届くかもしれない巨体。体の各部位も並外れており、筋骨隆々という言葉が これ以上ない程に当て嵌まる逞しさを誇っている。首や腕の太さは常人の倍はあり、服越しでも くっきり浮かび上がる胸板は、初期装備の低品質の革防具よりも頑丈そうに見える。

 

 そして何より人の目を惹き付けるのは、その顔のパーツだ。

 

 体も そうであるように顔も また骨太で、眼は大きくも鋭く、眉間に大きな筋を作り、一見すると憤怒の如く浮かべる表情からは、ただならぬ気迫が伝わってくる。

 極め付けが、その頭部から伸びる現実離れした青き頭髪(・・・・)である。男でありながら、その長さは腰近くまではあるだろう。それがオールバック気味に後ろに伸び、そして揉み上げの部分が異様に長いその形は、さながら歌舞伎の《 鏡獅子(かがみじし) 》を連想させた。

 

 

 

「失礼、立ち聞きはするつもりは なかったのだが。……先程から何やら揉めていたようだが……お嬢さん、どうかしたかね?」

 

「え?……は、はい! この人達にパーティーに誘われて断ったんですけど……なかなか納得して貰えなくて……」

 

「ほぅ……?」

 

 

 

 質問を求められたハルカは、若干 戸惑いつつも正直に答えた。答えを聞いた大男は それを聞いて僅かに眉を吊り上げ、2人の男に その鋭い目を向ける。

 

 

 

「……彼女は こう言ってるが、それは事実かね?」

 

「えっ!……えっと……その……」

 

 

 

 自分よりも ずっと巨体で、低く鋭い声に圧倒されているのか、男2人は要領を得ない言葉を漏らすだ。ゲームの中といえど、目の前で威圧感たっぷりの大男に凄まれるのは相当に怖いのだろう事は想像に難くない。

 そんな様子を見て、大男は溜息を吐く。そこには呆れよりも納得が宿っている響きがあった。

 

 

 

「ふむ……その様子だと、図星か。いかんな。仮にも剣士の端くれが、婦女子に対して見苦しい態度を取るというのは。

 パーティーとは、各々(おのおの)が互いを信頼し合い、(くつわ)を並べ歩む者を言う。そこには人として確固たる品を備えているものだ。

 

 ……それを、嫌がる者に無理強いして成そうというのは褒められた事では無いな」

 

「む、無理強いなんて、そんな……」

 

「違うと? そこの彼女が先程 言った言葉が偽りだとでも?

 

 ……断っておくが、私は図らずも一部始終を見ていた。下手な言い訳は お薦めせんぞ」

 

「うっ……」

 

 

 

 反論しようとした男2人だが、大男の真っ当な正論にグゥの音も出ない。そして、そのまま押し黙ってしまう。沈黙の中の張り裂けんばかりの緊張が ひしひしと伝わっているからか、彼等の額や喉元には冷や汗が遠目でも解る程に浮かび上がっていた。

 

 

 やがて大男は目を閉じ、駄目押しとばかりに言葉を続ける。

 

 

 

「……私も、しつこくは言わん。世間を騒がせるゲームの初日だ。色々と羽目を外したくなるのも解る。

 

 ―――――― そうだな?

 

「それは……まぁ……」

 

「なら……どうするべきか、解るだろう」

 

 

 

 彼等に悪意があった訳ではない。ただ、待ちに待った楽しみの渦中に入って感情が昂っただけだ。大男の言葉には そんな彼等を擁護するようなニュアンスが含まれていた。

 だが、無論それだけではない。たとえ真実がどうであれ、そうだと認めざるを得ない程の“ 圧 ”も宿っているのを、男達は逃さなかった。

 

 

 

 

 

「「 す、すみませんでした ! ! ! 」」

 

 

 

 

 

 そうして彼等はハルカとシリカに、あらん限りの謝罪の意を示して その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ハァ~~~……ッ!」」

 

 

 

 男達が去った後、ハルカとシリカは緊張の糸が切れた事で大きな溜息を吐いた。シリカに至っては、今にも その場で へたり込みそうな勢いであった。

 ハルカは呼吸を整え、場を取りなしてくれた大男に対し感謝の意を伝える。

 

 

 

「どなたか解りませんが、ありがとう御座いました。お陰で助かりました」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 シリカも、大きく頭を下げて礼を述べる。

 

 

 

「いやはや、赤の他人が首を突っ込む形になってしまったがね。だが、君達の助けになったのなら何よりだ」

 

「ごめんなさい……自分達で、どうにか出来たら良かったんですけど……」

 

「まぁまぁ、こういう事もあるさ。あまり深く思い詰めない方が良い」

 

「……はい。ありがとう御座います」

 

 

 

 あくまでも堂々とした佇まいは崩さず、その上で気遣いも忘れぬ立ち振る舞いからは、人としての器の大きさが垣間見える。同時に人懐っこいような、人を拒まない温かい空気も宿しており、容姿から醸し出す厳かな雰囲気からは想像が付きにくい人柄を持っていると言えるだろう。

 人によっては近寄り難いだろうが、ハルカにとっては非常に好感が持てる人物であった。

 

 

 

「私、ハルカって言います。よろしく」

 

「あたしはシリカです。本当に、ありがとう御座いました」

 

「これは、ご丁寧に。そう言えば、名を名乗っていなかったな。これは失敬」

 

 

 

 大男は軽く、喉を鳴らす。勿体ぶるような仕草は、どこか子供っぽい。

 

 

 

 呼吸を整え、再び凛々しい面持ちを表に出すと ―――――― 自らの名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― 私の名は、ディアベル(Diavel)。以後、お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、もうすぐ着くぞ」

 

「はい」

 

 

 

 予期せぬ一悶着から、しばらく後。

 

 ハルカとシリカは、はじまりの街の一角。入り組んだ通路を案内されながら歩いていた。

 

 

 互いに自己紹介を終えた後、剣士・ディアベルに自分達が武器を求めていた事を伝えると、彼が良い店を知っていると言う。なので、こうして案内して貰っている訳だ。

 先の件もありシリカは少なからず戸惑いを覚えたものの、ハルカが(ディアベル)なら信用できると説得し、ならばと彼女も同意した。

 

 加えてディアベルもシリカの心境の理解し、2人にSAOにおける“ ある仕様(ルール) ”を教えた。

 

 

 それは、《 ハラスメント防止コード 》と呼ばれるもの。

 もし男性プレイヤーが女性プレイヤーに対して“ 抱き着く ”、“ 胸などを触る ”などのセクハラに当たる行為をしたとする。すると、女性側の視界に倫理違反通報(ハラスメント)コード 》というオブジェクトが表示される。それの承認ボタンを押せば、行為をした男性プレイヤーは特別な施設に設置された監獄に送られるという。

 

 即ち、ことスキンシップに関しては女性プレイヤーに大きなアドバンテージが設けられていると言える仕様だ。ゲーム内とはいえ、男性が女性に対して威圧しやすい立場であるのは変わらない。そういった面を考慮した上でのシステムであるというのがディアベルの言である。

 つまり、自分が怪しい動きをしたのなら、容赦なく監獄送りしろ、と言っているのである。もし彼が疚しい事を目論んでいるなら、こんな話はしないはずである。それでなくとも彼の言動に一定の信を置いていたハルカ達は、純粋に知識が増えたとだけ喜んだのだった。

 

 余談であるが、彼を聞き、知っていれば先程のナンパ組も懲らしめてやったのにと悔しがったのがシリカだ。ハルカとディアベルも、全くだと笑い合うばかりであった。

 

 

 

 それからも、3人は様々な事を話しながら道を歩いた。現実(リアル)の事を聞き合うのは基本的にゲーム内ではマナー違反との注意を聞いた上で、結果的に話の大半はディアベルによるSAOのイロハや薀蓄(うんちく)となった。

 

 

 

 曰く ―――――――――

 

 

 :今、ハルカ達が立っている場所は、空に浮かぶ城・《 アインクラッド 》の第1層。その主街区にして最大の街・《 はじまりの街 》である。

 

 

 :この浮遊城の広大さは尋常ではなく、正確な数字は不明であるものの、基部である1層の直径は10Km(キロ)は優に超えるだろうとの事。

 

 

 :城の内部構造は全100層に分けられて構成されており、それぞれに様々な特色や趣があるとの事。

 

 

 :SAOにログインした者は戦士だけでなく、鍛冶や調合、裁縫に小物造り、果てには釣りや歌手など、人がなろうと思えばなれるだけの数多の職に就け、文字通りゲームの中で“ 生活が出来る ”レベルに達しているとの事

 

 

 それらを語るディアベルの言葉には本人だけでなく、聞く人間にも興味を抱かせるだけの熱が籠っていた。ハルカとシリカも例外ではなく、聞けば聞くほどSAOという新世代のゲームの破格さを知ったのだった。

 

 

 

 

 

「……あの、ハルカさん」

 

「ん? 何?」

 

 

 

 その途上、不意にシリカが神妙な顔でハルカに話を切り出す。小声だった事もあり、あまり大っぴらには言いたくない事かと察し、ハルカも小声で応対する。

 

 

 

「さっきは、ありがとうございます。あたしを庇ってくれて。ちゃんと、お礼を言えてなかったから……」

 

「あぁ、その事。気にしなくて良いよ、当然の事をしただけだから」

 

「でも、あたしの所為で変に拗れた気もするし……」

 

 

 

 どうにも、先の件でシリカは少なからず負い目を感じているらしい。ハルカにしてみれば諦めの悪かった男2人にこそ責任があると確信しているが、シリカはハルカに縋るばかりだった事もあって、余計に迷惑を掛けたという意識が拭えないようだ。

 

 

 

「……ねぇ、シリカちゃん」

 

「はい……?」

 

 

「シリカちゃんの、その姿 ―――――― 実は、結構いじってるでしょ?」

 

 

「 !? 」

 

 

 

 僅かに間を置いてハルカが問い掛けた言葉は、シリカの目を大きく見開かせた。それは、驚きと同時に肯定を表すものなのは明白だった。

 

 

 

「どうして……」

 

「シリカちゃんの歩き方かな。何だか足運びといい全体的に、ぎこちなく見えたから。

 きっと、本来の身長よりも相当 大きくしてるんじゃない?」

 

 

 

 いわく、過去にハルカの兄弟の何人かが、別のゲームで自身のアバターを大人並みに大きくしてプレイした事があるという。しかし本来の体格とは大きな差異があった為に上手く動く事が出来ず、その時のプレイスコアは散々だったらしい。

 その時の兄弟達の噛み合わない体の動きと、シリカの立ち振る舞いが重なったとの事である。そんな細かいところまで見ていたという事実に、シリカは開いた口が塞がらない様子だ。

 

 

 

「私は、この見た目相応の年齢なの。だとすれば、きっとシリカちゃんは私より年下って事になると思う」

 

 

 

 その考察に、シリカは静かに頷く。

 

 

 

「……だからね、シリカちゃんが気にする事なんて、これっぽっちもないよ。自分より年下の子を守るのは、年長者として当然の事なんだから」

 

「 ッ!! 」

 

 

 

 まるで混じり気のない言葉でハルカは、そう告げた。そこには建前のような薄っぺらいものはない、純粋さだけがあった。人生経験の少ないシリカでさえ解る位の真っ直ぐさだったのである。

 

 シリカは、言葉が出なかった。これまで自分の周りに、ここまで嘘偽りのない言葉で今のような事を言う人間などいただろうかと。

 彼女が最も信頼する人間に、自らの両親といった親類が浮かぶ。ハルカの言葉には、それにすら勝る程だと感じた。

 

 

 

「……えへへ」

 

「ん? ……ふふふ」

 

 

 

 シリカは、笑みを零れるのを止められなかった。自分の隣に立つ少女が、この上なく心地好い存在に見えて仕方がなかった。

 自然と、よりハルカにピッタリと くっつき更には、その手を握り締めたのだ。ハルカも最初は驚いた様子だったが、すぐに柔和な笑みを浮かべ、その手を優しく握り返した。

 

 

 

 顔こそ似ていないが、実の姉妹と言っても納得する位、仲睦まじい姿が そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― 着いたぞ。ここだ」

 

 

 

 やがて、ディアベルが足を止める。件の店に着いたようだ。

 3人の目の前には、そこそこ大きいテントが張られており、置かれた看板にはやや崩れた文字で武器屋(Wepon Shop)と書かれていた。

 そこは人が行き交う表通りからは大分 外れており、建物が所狭しと密集している関係で日中ながら かなり薄暗い場所となっている。

 

 

 

「こんな外れに、本当に店があるんですね」

 

「ビックリです。こんな場所じゃあ、ほとんどの人はスルーしちゃいますよ」

 

「ははは。だからこそ、知る人ぞ知る店ってわけだ。私も、初めて知った時は驚いたものさ」

 

 

 

 確かに表通りにも あれだけ多くの店が立ち並ぶ中、こんな寂しい所に目を向ける者など、まず いないだろう。よほど街を隈なく探索しない限り見付けられないはずである。

 ハルカとシリカは陳列された物を見て、その値段に確認する。ディアベルが お買い得と言うだけあり、どの種類の物も他の店に比べ安い値段で並べられている。品揃えも充分過ぎる程だ。そう考えれば、表通りに比べて貧相な店構えも、隠れた名店という趣を表現していると捉える事も出来る。

 

 

 

「……あの、ディアベルさん」

 

「ん、何かな?」

 

 

 

 ここに来て、ハルカは ふと疑問を抱いた。

 

 

 

「どうしてディアベルさんは、そんなにも街の情報に詳しいんですか? あなたも今日ログインしたはずですよね?」

 

 

 

 そもそも、このSAOのサービス自体が今日 始まったばかりである。ハルカも開始時間きっかりに始めた為、2人のプレイ時間に大差はないはずなのである。

 にも かかわらず、ディアベルが こんなにもSAOの事情に詳しいのは腑に落ちなかった。まるで、事前に知っていたかのようである。

 

 そんなハルカの疑問に答えたのは、青髪の戦士ではなくシリカであった。

 

 

 

「あ……もしかして、ディアベルさんはβ(ベータ)テスター 》なんじゃないですか?」

 

 

 

 シリカが口にした単語は、ハルカには聞き覚えがないものだった。

 

 

 

「シリカちゃん、ベータテスターって?」

 

「えっと……ハルカさんは《 ベータテスト 》の事は知らないんですか?」

 

「うん。元々、SAO(これ)は義妹の物で、その妹が風邪ひいちゃったから、代わりに やらせてもらってるだけなんだ。ゲーム自体、そこまで詳しいわけじゃないしね」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 

 ハルカの思い掛けない事情を聞き、シリカは驚きと納得の後、説明を続ける。

 

 

 

「うぅ~んと……ベータテストを簡単に説明すれば、発売前のゲームを一般ユーザーに逸早く体験して貰って、その使い心地を評価して貰うテストの事です。今回(SAO)の場合、8月の初め辺りからテスターの応募が始まったんですよ」

 

 

 

 ハルカの記憶には、丁度その頃にSAOの発表が なされた頃だとあった。つまり発表されるや否や、間髪入れずにベータテスターの応募が始まった事になる。だが、元々関心が薄かったハルカには それに関する覚えが全く なかったのだ。

 

 

 

「ちなみに応募って、どれ位だったの?」

 

「えっとですね……確か、1000人だったと思います。一応、あたしも応募したんですけど……結局 落選しちゃいました……」

 

 

 

(……そういえば、その頃の理緒奈も ちょっと様子が変な時があったっけ……)

 

 

 

 それは丁度、SAOの発表がされたのと同時期の事。まさしく、今のシリカに酷似した様子だった。おそらく、彼女も密かに応募していたのだろう。そして敢え無く落選し、項垂れていたに違いない。

 

 

 

「ちなみに、限定1000名の狭き関門にも かかわらず、応募された総数は何と10万人以上。これは、当時 全国でナーブギアを持っていた人間のほぼ半数だと言われている」

 

「じゅ、10万人!? 倍率100倍ですか!?」

 

 

 

 ディアベルの補足は、学校受験など目ではない数字である。世界初のゲームとはいえ、それだけで多くの人を魅了したという事実にハルカも改めて目を丸くするしかない。

 

 

 

「そう。如何に このSAOというゲームがゲーマーの関心を集めていたかが窺えよう。かく言う私も、その1人さ。

 

 

 ―――――― そしてまさか、その狭き門を潜れよう(・・・・・・・・・・)とは夢にも思わなんだ」

 

「! じゃあ、やっぱり……」

 

 

 

 ディアベルの言葉を意味を察したシリカがハッとする。

 

 

 彼は、ここぞとばかりに ほくそ笑む。

 

 

 

 

 

「如何にも ―――――― 私は、稼働試験 経験者(ベータテスター)さ」

 

 

 

 

 

 即ち、10万人という途轍もない数の中から選りすぐられた、ある意味 奇跡の人なのだ。ハルカにも、その運の良さが どれ程のものか、おぼろげながら理解できた。思わず目の前の剣士を、まるで時の人となったかのように見た。

 

 

 

「……あの2か月間は、まさに夢幻の如き日々だった。

 

 数多の同士と共に魔物を討ち、互いに剣を交え……強敵に手を焼いた際には、各々が知恵の限りを出し尽くしたものよ。あれほど充実した日々はなかった。

 

 だからこそ、テスト期間が終わりを告げ、自らの分身(アバター)が初期化された際は、まるで己が半身を失うが如しであった……」

 

 

 

 ディアベルは目を閉じつつ、過去の記憶を1ページずつ本を捲るように回想する。実に様々な出来事を追想しているのだろう。その内に多くの喜怒哀楽を凝縮させたかのような穏やかな言葉には、ハルカやシリカには想像し得ない思い出がある事が否応なく伝わってくる。

 

 

 しばし目を閉じていたが、やがてディアベルは瞼を開き、2人を見る。

 

 

 

「だからこそ、私は思う。

 

 このゲームを、単にゲーマーだけでなく、様々な人に見て体験して貰いたいと。

 

 このゲームには無限の可能性が秘められていると、不肖ながら思うのだよ。君達にも、それを是非その身を以て実感して貰いたいんだ」

 

「ディアベルさん……」

 

 

 

 ディアベルの言葉は、混じり気なしの本音である事を、2人は強く感じ取った。

 

 そして、想像する。調整前の未完成版でさえ、目の前の人間を ここまで魅了した作品に、自分達は足を踏み入れているのだ。この先には、一体どのような未来が待っているのか。たかがゲームとは思えない期待感に、ハルカもシリカも胸が高鳴って仕方がなかった。

 

 

 

「ハルカさん……あたし、今もの凄くドキドキしてます……!!」

 

「……うん、私も!」

 

 

 

 もはや辛抱 溜まらぬと言わんばかりの2人に、ディアベルも自分の事のように笑っていた。

 

 

 

「フフフ。ならば、その心に従うのみ。さぁ、まずは下準備からだ!!」

 

 

 

「「 はい!! 」」

 

 

 

 先達の言葉に従い、2人は声高々に頷いた。

 

 

 

 

 

 そして自分達の第一歩として、隠れた名店へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †      †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 第1層・西部  序曲 紡ぐ草原 】

 

 

 

 

 

 ログインして、既に1時間近くが経過していた。

 その頃、主街区・《 はじまりの街 》を出て西側にある草原フィールドにハルカとシリカはいた。

 

 

 少し前に、ディアベルに紹介された武器屋においてハルカ達は、ようやく念願の武器を購入するに至った。同時にディアベルのアドバイスに従い、道具屋にも立ち寄って回復薬などの冒険の必需品も揃えて準備を万端整えたのだ。

 

 

 

 

「―――――― さぁ、後は実戦あるのみ。幸運を祈る、麗しき戦士達よ」

 

 

 

 街の出入り口にて、ディアベルと別れた。厄介なプレイヤーから助けられた事から始まり、何から何まで基礎を教えて貰い至れり尽くせりな時間をくれた事に、ハルカもシリカも心から感謝した。

 

 最後に、ディアベルから武運・幸運を祈る言葉を貰い2人は主街区を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在 ―――――――――

 

 

 

 

 

「シリカちゃん、危ない! 後ろ! 後ろ!!」

 

 

「えっ!!? いっ嫌! 嫌ぁ!! 来ないでぇ――――――ッ!!!」

 

 

 

 

 

 2人は、一匹のモンスターに襲われていた。

 

 

 

 

 

 始まりは、あっと言う間だった。

 

 草木が豊かに生い茂る、どこまでも続きそうな広大な草原。

 2人が景色を見ながら緩やかに歩いていると、不意に奇妙な音が響き渡った。自然豊かな場所には似つかわしくない無機質な音は、2人に警戒心を抱かせるに充分だった。

 そして音と共に現れた特殊なエフェクトの中から、2人は現実では有り得ない生物が現れるのを見た。全身の毛が真っ青に染まった猪だ。

 

 

 遂にSAOの代名詞であるモンスターとの邂逅、そして戦闘が始まったのだ。そう悟ったハルカ、シリカは共に臨戦態勢を取った。

 そして、すかさず迎撃 ―――――― と言いたかったが、如何せん2人は、この完全ダイブでのRPGというものを甘く見ていた。

 

 現在、自らの意志で動いているとはいえ、目で見る物も触る物も、ひいては自分の体自身も全てSAOの世界にて形作られた仮初の物。そして、2人の目の前に現れた猪モンスター ―――――― 正式名称・フレンジー・ボア(Frenzy Boar) Lv1 》も、あまでもゲーム内にのみ存在するデジタルデータの塊に過ぎない。

 しかしながら極限までリアルさを追求した結果、このゲームがプレイヤーに与える視覚的、聴覚的な迫力、そして恐怖は、既にゲームの範疇を超えていると言っても過言ではなかった。

 いくら頭でゲームの世界と理解していても、目の前に現実と同じ、もしくは それ以上の大きさの猪が現れ、あまつさえ襲って来たら、人間は まず冷静ではいられなくなる。

 

 

 ましてや喧嘩慣れすらしていない、それも年端も いかない少女達ならば、尚更であった。

 

 

 

 

 

「ブオォォ――――――ッ!!!」

 

 

「きゃぁっ!!」

 

 

 

「シリカちゃん!!」

 

 

 

 

 

 そして、しばらく追い掛け回されていたシリカだが遂に追い付かれ、その小さなお尻に固い鼻先を ぶつけられてしまった。悲鳴を上げながら、その勢いでシリカは前のめりに倒れる。

 慌てて駆け寄ったハルカは倒れたシリカを気遣いながら、視線を左上に動かして(・・・・・・・・・・)表示されている2本の横長のバーを見る。それには、それぞれアルファベットで名前が書かれている。

 

 

 

 Haruka■■■■■■■■■■

 

 

 Silica■■■■■■■■   】

 

 

 

 これは、2人のHP(ヒットポイント) 》 ―――――― ゲーム内に おける命そのものを表している。即ち、このバーが1ドットも残さず消え去った瞬間、そのプレイヤーは その身を粉々に砕かせ、死亡(消滅)するというわけである。

 

 ディアベルいわく、たとえ死んでしまった(HPが全てなくなった)としても、はじまりの街にある《 蘇生の間 》という部屋に送られるだけで、すぐに再開が出来るという。

 しかし、それでも死んでしまうというのは御免 被る話だ。たとえゲーム内にしても、慣れない限りは精神的にもキツイのは間違いないだろう。

 

 

 

「よくも、シリカちゃんを!!」

 

 

 

 未だ立ち上がれずにいるシリカを見て、ハルカは手に持った一振りの棍棒(メイス)を構える。武器屋にあった数ある武器の中で、ハルカが この打撃武器を選んだのは、何となく“ 殴る ”という事に意識が向いた為だ。

 

 

 

「やあぁぁぁ――――――っ!!!」《》

 

 

 

 右手を伸ばすように構えて駆け出し勢いを付けると、一撃を加えて気が緩んでいたのか、ぼうっとしたままのフレンジー・ボアの横顔に、めり込むように叩き込んだ。

 

 

 

「プギィ――――――!!?」

 

 

 

 少なからず効いたのだろう。ボアは大きく悲鳴を上げ、痛みに震えるように顔を振りながら後退する。それを確認したハルカも一旦 下がり、既に起き上がっていたシリカに慰めの声を掛ける。

 

 

 

「シリカちゃん、大丈夫?」

 

「は、はい……あたしは大丈夫です……!」

 

 

 

 まだ少なからず衝撃が残っている様子だが、大事には至っていないようでありハルカも安堵する。

 これが、もし現実なら打撲を負ったり膝を擦り剥いたり等、色々な怪我を負っていても おかしくはない。

 しかし、ここはゲームの世界。そういった怪我の類は一切 存在しない。ついでに言えば、この世界には痛みすらも存在しない(・・・・・・・・・・)のだ。

 

 ディアベルいわく、このゲームには《 ペインアブソーバ 》なる機能が搭載されている。これによって、プレイヤーのアバターに与えられた“ 痛み ”を感じる機能と、脳が無意識の内に生成してしまう幻の痛みを最大限 緩和してくれるらしい。

 よくよく考えれば、SAOのようなゲーム世界で現実と同じような痛みを感じるようにしてしまうなど、正気の沙汰ではない。剣で斬られたり、棍棒で叩き潰されたりなど、想像するだけでも痛過ぎて、とてもゲームプレイどころではなくなってしまうだろう。そういった機能があるのも当然である。

 故に、現実なら車すらも(へこ)ませるだろう猪の突進すら、シリカも少々涙目になる程度で済むのである。

 しかしながら、最小限のハンデとして何とも形容し難い“ 不快感 ”は残っている。こればかりは慣れるしかないらしい。

 

 

 

「……シリカちゃん。怖いのは解るけど、いつまでも逃げてちゃ意味がないよ?」

 

「うぅっ……解ってますけどぉ……怖いものは怖いんですぅ……」

 

 

 

 体勢を立て直し、再び睨みを利かせるボアと対峙しつつ、ハルカはシリカに やんわりと激を飛ばす。

 とは言え、やはりゲームだと頭では解っていても、大きな獣が勢いよく襲い掛かって来るのは大人でも怖い。まして、年端もいかない少女には少々荷が重いのは仕方のない事だろう。こころなしか、彼女の頭の両側で揺れていた金のツインテールも、何処か萎れてしまっているように見える。もしかしたら、このゲームを選んだ事に少なからず後悔の念すら抱きかけているのかもしれない。

 そんな相棒(パートナー)の心中を察しつつ、あえて叱咤の言葉を掛ける。

 

 

 

「私だって、本当は結構 怖いよ? だけど、だからって何もしないでいたら、色々と教えてくれた人の立つ瀬がないと思わない?」

 

「 !! 」

 

「せっかく ここまで来たんだったら、楽しめないと損だよ」

 

 

 

 確かに そうだと、シリカは思った。あのディアベルという剣士は自身の貴重なプレイ時間を削ってまで、知り合って間もない赤の他人だった自分達に、操作方法から戦闘の心得まで多くの事を教えてくれた。

 なのに、こうして敵と相対して、その知識を生かさずして良いものだろうか。

 

 否。断じて、そうであるはずはない。

 

 シリカは大きく息を吸い、そして吐き出す。何度か同じ行為を行ない、冷静さを取り戻す。

 

 

 

「よ、よ~し……! シリカ! 行きます!!」

 

 

 

 しっかりと目を開き、目の前の猪モンスターと相対する。立ち姿も構えも、その姿は先程までとは打って変わっている。涙目になって逃げ回っていた少女とは思えないほど、頼もしいものだった。

 ハルカも、そんなシリカの変化に満足気に微笑み、自身も敵を見遣る。

 

 

 フレンジー・ボアは、未だ唸り声と鼻息を挙げながら、ハルカ・シリカ両名を牽制するように立っている。時折、その黄色い視線を左右に動かしている事から、どちらを攻撃するのか迷っている様子だ。

 

 

 

「……シリカちゃん」

 

「何ですか?」

 

 

 

 対峙しつつ、2人は小声で作戦を練る。事前に、モンスターにはプレイヤーの言葉は理解できないと教えられていたのだが、この時は慣れない戦闘の事もあり失念している。

 

 

 

「私が、正面から相手を攻める。見たところ、あの猪は正面からの突進攻撃しかしてこないから、それを仕掛けてきたら私が抑える。

 その隙に、シリカちゃんは横から攻撃して」

 

「それだと、ハルカさんが危なくないですか?」

 

「多分、大丈夫。私の棍棒なら防御にも向くだろうし。どう?」

 

「……解りました。やってみましょう」

 

 

 

 やがて、細かい作戦も決まり頷き合うと、双方すぐさま動き始める。

 

 

 まず、シリカが回り込むように動く。それに釣られて、フレンジー・ボアが注意をシリカに向けた。

 片や、じっと動かぬハルカは神経を集中させてボアの動きを見る。そして、ボアが首だけでなく体を動かしてシリカを見たのを確認すると、即座に行動を開始する。勢いよく地を蹴り、フレンジー・ボアの間近まで急接近した。

 

 

 

 

「やあっ!!」

 

 

 

 両手で棍の柄を握り締め、頭上まで高く掲げ ―――――― 力一杯 振り下す。

 

 

 

「ブギィ!!」

 

 

 

 それは見事フレンジー・ボアの脳天に命中。捻り出されたような悲鳴といい棍棒の めり込み具合といい、実に痛そうである。

 上手く決まった事への喜びと若干の申し訳なさを感じながら、ハルカは すぐに次なる行動に移る。無理な追撃はせず、すぐに後ろへと下がったのだ。

 そうすると、態勢を立て直したボアが怒りに満ちた表情を浮かべてハルカを睨み付ける。その鼻息も、足元の草が大きく揺れる程に荒くなっている。

 

 

 

「そうそう……キミの相手は私だよ。

 

 

 さぁ ―――――― おいでよっ!!」

 

 

 

 ハルカは、普段なら決して使わない挑発的な言葉を口にしながら、棍棒を構える。これも全て、自らに相手の意識を傾ける為だ。

 しばし流れる対峙の時。この間、緊張の糸が張り詰め自らの鼓動が高まっていくのをハルカは感じ取っていた。

 

 

 そして ―――――― その時は来る。

 

 

 フレンジー・ボアに動きがあった。わずかに姿勢を低くし、右前足を地面に擦り始めたのだ。

 それは、ちょっとした想像力があれば誰でも察しが付く行動 ―――――― すなわち、“ 突進の事前モーション ”であった。

 

 

 

「ブオォォ――――――ッ!!!」

 

 

 

 一際、大きな咆哮が上がる。そして即座に真正面へと突撃を開始した。

 その巨体に似合わぬ、目を瞠るスピードである。現実の猪も時速40キロを軽く超える速度を出す事を考えれば、決して不思議ではない身体能力を誇っているようだ。

 一方のハルカは、若干の硬さは見られるものの至って冷静な様子である。巨大な石の塊が猛然と迫って来るような恐るべき状況の中で、静かに態勢を整える。

 棍棒を正面に、両手で(マイナス)の字を描くように構え、敵の突撃を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

  ゴオォンッ……!!!

 

 

 

 

 

 間を置かず、両者が激しく ぶつかり合い ―――――― 重くも鈍い轟音が響き渡る。

 

 

 

「ブルゥゥゥ――――――ッ!!!」

 

 

「ぐっ……ぐぅ~うう!!」

 

 

 

 フレンジー・ボアの突進は、その足を止めていた。ハルカが構える棍棒に鼻を押し当てつつも、そこから前へ押し出す事が出来ずにいたのだ。

 

 

 

(っ!……よし、いける!)

 

 

 

 全身に力を入れて抑えつつ、ハルカは密かに安堵する。

 確かに、相手の勢いは強かった。だが同時に、それはハルカが想像していた程でもなかった。

 華奢な少女が、その身1つで自身と同じ程の大きさな猪と力を拮抗させる。はたから見れば、何とも珍妙な光景に映るだろう。

 

 

 だが、これこそSAOの世界では当たり前な光景の1つなのだ。

 その理由として、プレイヤーに備えられた《 パラメーター 》が関係している。

 パラメーターには基本的に《 筋力 》《 敏捷 》というものがある。文字通り、筋力ならプレイヤーの攻撃力などに、敏捷ならば速力などに影響するものだ。プレイヤーがレベルアップする度に専用の《 スキルポイント 》を獲得し、それを いずれかに任意に振り分ける事でプレイヤーは成長していく。無論、他に成長する要素は無数にあるのだが、今は割愛する。

 

 当たり前の事だが、SAOにおいては誰もが平等に戦い得なければならない。当然、プレイヤーごとの体格等で戦えない相手や使えない武器があっては意味がないのだ。

 だからこそ、SAOではパラメーターの数字が大きな意味を成す。数字によって条件さえ満たせば、プレイヤーに出来ない事はないのである。

 故に こうして、現実では決して不可能な“ 華奢な少女が大猪と互角の力を持つ ”という光景が生まれたのだ。

 

 

 そんな対峙も、程なく終結の時が訪れた。

 今の拮抗は、ハルカがフレンジー・ボアの意識を強く向けさせる事に見事 成功した事を表している。

 

 すなわち、これで敵の側面(・・・・)には致命的なまでの隙が生まれた事になった。

 

 

 

 

 

「シリカちゃん! 今だよ!!」

 

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 それを、彼女ら(・・・)が見逃す理由はない。

 始めに駆け出した後、少し離れた所で機会を窺っていたシリカが、ハルカの合図を切っ掛けに全速力で駆け出して行く。

 突撃と言うべき速度を出しつつ、手に持った武器・短剣(ダガー)を構える。

 

 

 

 

 

  キィィィィ……ン………ッ…

 

 

 

 

 

 すると、その刃にオレンジ色に輝く光が、ギラリと刃に宿り始める。やがて、それが“ 光の剣 ”と形容するが如くに変容した。

 

 

 明らかに尋常ならざる力が宿る短剣を、シリカは ―――――― 振り下ろす。

 

 

 

 

 

「はあぁぁ――――――っ!!!!」

 

 

 

 

 

 それは流れるような動きをもって、フレンジー・ボアの弱点たる首筋を斬り裂く。

 その鋭さ、素早さ ―――――― いずれを取っても、剣はおろか喧嘩も素人のシリカが用いれるような技ではなかった。

 

 だが、間違いなく少女から放たれた剣技(それ)は、何を隠そうSAOにおける“ 必殺技 ”である。

 

 

 

 《 ソードスキル 》 ―――――― それが、現実では虫も殺せない少女を一端の剣士たらしめる極意であった。

 

 

 

 これもまた、2人がディアベルより教わった仕様(システム)の1つである。

 仕組みを言えば、ソードスキル毎に規定された特定のモーションをプレイヤーが行う事により、感知したシステムが それを自動的に発生させ、決められたモーションで以て敵を討つ、というものだ。

 

 シリカが放った技は、短剣用ソードスキル・《 サイド・バイト 》。技の中では基本中の基本でありながら、命中率も高く範囲も中々な、まさに初心者向けの技である。

 だが それでも、“ 必殺 ”の字を用いるのは伊達ではない。その一撃は不意を突かれたボアの命を、確実に削り取った。

 

 

 

 

 

「ぷぎぃ~~~っ……」

 

 

 

 

 

 シリカの短剣の光が消える。それと ほぼ同時に半数近くまで減っていたHPバーは、その全ての色を失う ―――――― すなわち、0(ゼロ)となったのだ。

 

 

 

 

 

 そして ―――――――――

 

 

 

 

 

 

  パキィ―――――――――ン………

 

 

 

 

 

 体を瞬く間に青白く輝かせ、その全てが白く塗り潰された瞬間、硝子の如く砕け、爆ぜ ―――――― そして消えた。

 

 

 

 

 

「や………やったぁ――――――っ!! やりました、ハルカさん!!」

 

 

 

 

 

 しばし、呆然としていたシリカ。だが、自身の視界に紫の色のフォントで経験値獲得とお金の入手が表示されると、次第に理解が追い付いていく。それによって、言い表せぬほどの達成感が全身に湧き出し、遂には堪え切れぬとばかりに飛び跳ねるのだった。

 

 

 

「うん! おめでとうシリカちゃん、記念すべき第一歩だね!!」

 

 

 

 共に戦ったハルカも、感じる喜びは同じであった。さすがに飛び跳ねる事はしないが、破顔という言葉がピッタリの一笑は眩いばかりである。

 互いに手を握り合って、しばし初の勝利に酔い痴れる。

 

 

 

(それにしても、不思議な感じ……)

 

 

 

 その最中、ハルカは自身に起きた感情の動きに意識を向ける。その胸に生まれた感覚は、ハルカにとって今まで感じた事のないもの。

 しかし同時に、似たような感覚を覚えた気がしてならなかった。それは どの時だったかと回顧する。

 そして、思い出す。それは、幼い頃から感じて来たもの。自身が心から敬愛する、強き男と共にいる時に強く感じた感覚だ。

 弱きを助け、強きを挫き、時に人の世に蔓延る理不尽から人々を助けて来た、大きな存在。その手が、足が、暴威を打ち払う時に強く覚えてきたものだった。

 

 

 

(私にも、こんな一面があったんだ……)

 

 

 

 彼女自身、暴力は嫌いだ。この世で最も唾棄すべきものだろうとすら考える事もある。

 だが同時に、時には必要になるとも考える。使わない事に越した事はないが、相手が言葉も道理も通じるとは限らない。そういう人間には止むを得ないと経験談が証明していた。

 しかし、そういった理解はあっても、自身が そういった力を奮う事はないと思っていた。そういった事には向いていないとも。

 だが、現にゲームの中とはいえ自分自身が四肢と武器を駆使し全力で戦った結果、覚えたのは言い様のない高揚感だ。自身に戦いを喜ぶ心があった事実に、ハルカは少なからず驚きを隠せない。

 

 

 

 

 

(だけど ―――――― 悪くないかも……!)

 

 

 

 

 

 だが不思議と不快感はなかった。自分でも驚く程に心は順応しているのが解る。

 長く桐生のような人間と接して来た為か、あるいは元々そういう性分だったのか、確かめる手段はない。

 

 

 

 ならば深くは悩まず、今は ただ湧き上がる感情に浸ろう。

 

 ただ純粋に、目の前の少女と共に楽しもう。

 

 

 

 それらの心の逡巡は、ほんの刹那。

 

 シリカにも悟られる事もなく、ハルカは只管、笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――――― パチパチパチ……

 

 

 

 

 

 それは、何の前触れもなく響き渡った。

 

 勝利の余韻に浸っていたハルカとシリカの耳に、心を沸き立たせるような音が音色を奏でていた。聞き覚えのある その音は、まさしく拍手の音だ。

 だが、この場には自分達しかいなかったはず。そう思いつつ、音のする方へと2人は顔を向ける。

 

 すると、そこには2人の人間がいた。両の掌を叩いて拍手を送る男と、その傍らに立つ もう1人の別の男である。頭上に浮かぶ緑色のアイコンは、2人がプレイヤーである事を表している。

 拍手をする方は、赤紫色のボブカット位の髪で、それを赤いバンダナで巻く、長身痩躯の若武者風の青年。

 もう一方の男は、これといった特徴はないものの、やや長めの黒髪に切れ者を思わせる目と凛々しい表情を持つ、簡素な装備である事を除けば如何にも物語に出て来る勇者らしい風貌のプレイヤーであった。

 

 

 

「お見事! お2人さん、見事な戦いぶりだったぜ!!」

 

 

 

 バンダナを巻いた青年が拍手を続けながら近付いて来る。口を開いてみれば、中々に人懐っこそうな雰囲気を醸し出す口調である。

 

 

 

「あっ……その、ありがとう御座います!」

 

 

 

 ハルカも やや戸惑いながらも礼を述べ、シリカも小さくお辞儀を返す。

 

 

 

「正直、ちょっと危うい戦い方だったけどな。まぁ、初心者(ビギナー)にしては上出来かな?」

 

「は、はぁ……それは、どうも」

 

 

 

 一方の黒髪の男は、開口一番に中々に辛口の評価を下す。それを聞いたハルカは完璧に出来たとは思っていなかったので深くは気にしなかったものの、初対面での思わぬダメ出しに少なからず気圧される形になった。

 黒髪男の言葉に、バンダナの男は窘めるように反論する。

 

 

 

「おいおいキリの字よぅ! 曲がりなりにも大戦果を挙げたお嬢様方(レディ)に、その言い方はねぇだろ!」

 

「いや、でもフレンジー・ボア(あいつ)ってスライム級だし……」

 

「あれが、スライム……!? トホホ……」

 

 

 

 黒髪男がボソっ溢した言葉に、シリカが強く反応する。自分が苦戦した相手がザコ中のザコであるという言葉に、それなりにショックを受けたようだ。

 ここは話題を変えるべきだと、ハルカが男達に語り掛ける。

 

 

 

「えっと、はじめまして。お2人も、ここで狩りを?」

 

「おっと、これは失礼! 俺とした事が、女性(レディ)に挨拶もなしとは! はい俺らも、さっきまで敵を狩りまくってたところなんすよ!」

 

 

 

 演技なのか素なのか、バンダナ男の言葉はイチイチ役者じみたものである。しかし不思議と気障ったらしくはなく、むしろ どこにでもいそうなお調子者という印象である。黒髪男の肩を、まるで親友か戦友とばかりに抱きつつ嬉々とした表情で語る。

 

 

 

「……何が“ 狩りまくってた ”だよ。さっきまで、そのスライム猪に飛ばされまくってたのは、どこの誰だっけ?」

 

 

 

 一方の黒髪男は淡白な程に冷静である。そっぽを向きつつ呆れたような表情で無慈悲な言葉を呟いた。

 

 

 

「ちょっ、おま!? ……そりゃ言いっこなしってもんだろぉ……!!」

 

 

 

 バンダナ男の狼狽っぷりから、黒髪男の言葉が正しい事は明白なようだ。何とも解り易い性格である。

 そして、そんな仲の良い雰囲気の2人にハルカもシリカも自然と頬が緩む。先程までの緊張状態からの変化もあって、自然とクスクスと笑みが零れた。

 

 

 

「あぁ、いや、そのぅ……」

 

 

 

 格好悪いところを見られたと思ったのだろう、バンダナ男は見るからに張り詰めた表情を見せる。慌てて、ハルカも弁明した。

 

 

 

「あぁ、急に笑い出して ごめんなさい。中の良い御二人を見てたら、つい」

 

「そ、そうすか……ハハハ!!」

 

 

 

 互いに笑い合う両者。まだ顔を合わせて数分も経たないが、不思議と気が合いそうだと感じ合える雰囲気を互いに認識していた。

 

 

 

「そうだ、自己紹介が まだでした。私はハルカって言います、よろしく」

 

「あたしは、シリカです。よろしく」

 

 

 

 女性陣からの自己紹介に、クラインも倣うべしと姿勢を正す。

 

 

 

「お、おぉ! ご親切に どうも!

 

 俺はクライン(Klein)と申します。どうぞ、ご贔屓に!」

 

「何を贔屓にするんだよ……」

 

「いちいちウッセェっての! ほらっ、お前ぇも自己紹介しな!」

 

 

 

 仲の良い兄弟のようなやり取りを見せながら、バンダナの男 ―――――― クラインは、黒髪の男にも挨拶を促す。

 

 

 そして、やれやれとでも言いたげな顔で頬を掻く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺はキリト(Kirito) ―――――― まぁ、宜しく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほとんど、そっぽを向いたままの自己紹介。

 

 

 

 この時、初めて出逢った剣士とは、こうした何とも愛想のない挨拶から全てが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 






遂に、我らが《 黒の剣士 》様のご登場!
かの悲劇の剣士も、意外な形で登場させました。今後とも、色々と登場させるつもりです。


次回、遂に物語の賽は投げられます。どうぞ、お楽しみに。





※ディアベルの(アバターの)容姿


身長は190超の大男。筋肉モリモリ、マッチョマンのナイスガイです(変態に非ず)
Cvは、大塚 明夫 氏のイメージで。

個人的に、彼は甘いフェイスよりも、「男らしい顔」を理想にしてるんじゃないかと妄想。




※草原の名前


原作でも、キリトとクラインがコンビで狩りをしていた場所。
名前は設定されていない為、《 インフィニティ・モーメント 》のフィールド名を参考に自作。



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