SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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始まりは、ただ ―――――― 音も無く






第1部:《 はじまりの日 》
『 伝説の龍 』


 

 

 

 

 

【 2011年 11月6日 日曜日 】

 

 

 

 

 

 東京都内、その東部に位置する場所に神室町(かむろちょう)は存在する。

 

 規模としてはそれほど大きくもなく、人口も2千人ほどの比較的 小さな街だ。しかし この神室町は、日本でも有数の歓楽街として名を馳せており、規模に似合わず活気に溢れた街である。

 どんな街かと問われれば、一言で言えば“ 夜の街 ”である。ホストクラブやキャバクラ、様々な趣の酒場(バー)に様々な種類の風俗店。大人が求めるであろう趣の店が、所狭しと立ち並んでいる。勿論それだけではなく、ゲームセンターやカラオケ、劇場にボウリング場にバッティングセンターなど、若者の需要(ニーズ)にも応えた店構えである。

 

 結果、老若男女 問わず、朝から深夜まで人の往来が途切れる事のない街――――――《 眠らない街 》と称されるようになったのだ。

 

 

 

 

 

 その神室町の ほぼ中心部に位置する泰平通(たいへいどお)り 』にて、とある人だかりが出来ていた。ゆうに3~40人近い人だかりで、それにより半ば道路を塞ぐ形になってしまっている。元々、この街は自転車の放置や自動車の不法駐車が罷り通っているような所であったが、現在は ただでさえ狭くなっている道が、ますます通り辛くなってしまっていた。

 しかし道行く人は、そんな様子を見ても大して気に留める風もなく、通り過ぎるのが ほとんどである。誰かが注意するでもなければ、警察に通報する感じでもない。

 理由は簡単。こんな現象は日常茶飯事であり、こんな事で公安の世話になろうとすれば、身が保たないと理解しているからだ。

 

 

 

 そして一方、人だかりの方では ―――――――――

 

 

 

 

 

「………す……凄ぇ……っ!」

 

 

 

 

 

 その人だかりの内側 最前列にいた―――――― 補習帰りだろうか ―――――― 制服姿の男児が、目の前の光景(・・・・・・)を見て思わず声を漏らした。

 周りの野次馬達も似たような心境のようで、(しき)りに「凄い」、「嘘ぉ」などと言葉を溢しては、ただ凝視するか携帯で写真を撮るなどして騒ぎ立てている。

 彼等の興奮も、ある意味 無理からぬ事である。それだけ、目の前の光景が異常なのだ。

 

 

 

 そこには ――――――――――

 

 

 

 

 

―――――――― 野次馬に囲まれるように20人弱の人間が存在し

 

 

―――――――― その大半が、既に力なく地に伏し

 

 

―――――― そして、その中心に位置する所に ――――――――― 《 龍 》がいるのだから。

 

 

 

 

 

 目の前で起こった信じ難い出来事に、最前列の男児は無意識の内に固唾を呑んだ。全身が緊張し、手足が震え、表情筋も意図せずに笑みを浮かべる(・・・・・・・)程に平静さを失わせている。

 

 

 

 

 

(まさか……あの《 伝説の龍 》に、こんな所で会えるなんて……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は、10分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひいぃぃっ!!」

 

 

 

 泰平通りの道中にて、若い男の悲鳴が響いた。声の主である20代ほどの男は、大学生である。彼は、恐怖に固まった表情で腰を抜かしていて、服が汚れるのも頭に入らない程、冷静さは失われていたのだった。

 その理由は、彼の周囲にあった。

 

 

 

「おいコラァッ! 痛い目 見たくなかったら、さっさと金出せってんだよぉ!!」

 

 

「怪我してぇのかぁ? あぁっ!?」

 

 

 

 見るからに、品行方正とは縁遠い種類の人間が群れを成している。派手な髪形に派手な服装、華美さよりも攻撃性を思わせる出で立ちは、彼等が真面な人間ではない事を如実に表していた。加えて彼等の手には、ほぼ例外なく角材や鉄パイプなど、街中で持ち歩くには明らかに不釣り合いで物騒な物まで握られていたのだ。そんな集団が、たった1人の男を包囲している。

 そう、集団カツアゲである。仮にも天下の往来で堂々と行われる(よこしま)で異常な行為は、自然と道行く人の視線を集めていた。所々で人々が立ち止り、ひそひそと目の前の光景に関して囁き合う。

 

 泰平通りは、平時とは違う意味で騒がしくなっていく。

 

 

 

 

 

「お……おい。あいつら、もしかして……」

 

「あぁ、間違いねぇ……《 レインボー・カオス 》の奴等だ…」

 

 

 

 その行為を遠巻きで見ていた野次馬の内の2人が、小声で そう囁き合った。

 

 

 

 

 

 《 レインボー・カオス 》 ――――――― それは、近年 神室町で(たむろ)し始めたカラーギャングである。

 

 この神室町という街は、アジアでも有数の歓楽街であると同時に、都内でも屈指の治安の悪さを誇る、悪い意味で話題に事欠かさない街として知られていた。傷害・暴力沙汰など日常茶飯事である。酷い時には、数日の間に10単位で死体が発見されることも一度や二度ではなかった。

 特に最近は、少年犯罪も深刻化してきており、そういった未成年のスリや強盗、傷害など、例を上げれば枚挙に暇が無い程に年々悪化してきていた。

 また神室町という街の特色として、そういった非行少年が集まったカラーギャングが幅を利かせているというものもある。過去より、街に現れては消え、また現れては消えを繰り返し、絶えず混乱と騒動を巻き起こしてきたのだ。

 

 今回のレインボー・カオスも、そういった中で現れた新星のグループである。ギャングではあるものの、七色(レインボー)の名が表すように、珍しく固有の部隊色というものを持たないという特色がある。これは、彼等の“ 自分達は誰の意思にも左右されない ”という信条を表しているとされている。無論、その言葉が良い意味で発揮された事は一度としてない。その世間を舐め切った気性は筋金入りであり、警察にとっても極めて厄介な存在になりつつあった。

 

 

 そして今回もまた、1人の人間が運悪く目を付けられてしまったという訳である。

 

 

 

「んでっ? 金、出すのっ? 出さないの?!」

 

「ひっ……ぃっ!」

 

「“ ヒィッ ”ばっかりじゃ……何 言いたいのか解んないってぇの!

 

 

 

 完全に怯え、委縮し、返答もままならない大学生。そんな彼の反応に、構成員たちは苛立ちを募らせ、おのおのが吠え、喚き散らす。獣のような、と例えると獣に失礼だと思えるほど、その様は幼稚で醜悪 極まりないものがあった。話が進まないのも、自分達の行動に原因がある事に気付いていない。中には、気付いていて指摘せず、男が怯える様子を笑いながら見ている者もいた。どこまでも、性根が腐っていると言えよう。

 

 とにもかくにも、もはや事態は時間などで収まる範疇を既に越えている。このままでは、何の罪も落ち度もない大学生の心身に、一生 消えない傷痕を残す事態になってしまう事は必至と言える状況になりつつあった。周囲の人間もそれは予想できるものの、誰も彼を守る事はおろか、関わろうとすら出来ない。

 無理からぬ事である。相手は武器を持ち、多勢。しかも人間を傷付ける事に罪悪感を持持つ事などないに等しい外道集団である。そんな始末に負えない相手に自ら進んで行こうなど、自殺行為も甚だしいのだ。誰もが、周りの人間を責める事など出来ない。

 

 

 

「あぁ、もう良いわ」

 

 

 

 そして ――――――

 

 

 

「返事しないって事は、俺達に逆らうって事だろぉ?

 

 

 だったら望み通りにしてやるよ ―――――― 血祭りにして、身包み剥いでなぁ!!

 

 

「ひィっ!!!」

 

 

 

 はち切れそうだった空気が、最悪な形で臨界(ピーク)を迎えようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時であった ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寄って(たか)ってカツアゲか? ―――――― チンピラ共」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あぁ…?」

 

 

 

 突如 放たれた言葉。それは、今まさに破裂しようとしていた空気に楔を打ち込んだ。止まるはずのないと思われた流れが、ぴたりと止まったのである。

 レインボー・カオスの面々、それに被害に遭っていた大学生も、声が発せられたと思われる方向に顔を向ける。見ると、街のシンボルである『 ミレニアムタワー 』の方から、一人の男(・・・・)が歩いて来ていた。

 

 

 年齢は、およそ40過ぎといったところ。身長は高く、180は優に超えているだろう。体つき(ガタイ)も優れているのが解る。着ているグレーのスーツやワインレッドのシャツという派手な服越しでも、その筋肉の付き具合が浮き上がる程だ。顔の彫りも深い。その鋭い眼光は、並の人間ならば思わず目を逸らしたくなるような威圧感を放っている。

 エナメル製の蛇柄という派手な靴をコツコツと鳴らしつつ、男はレインボー・カオスらの近くまで歩み寄って来た。

 

 

 

「……あんだオッサン」

 

「ただの通りすがりだ。お前ら、天下の往来で随分と好き勝手にやってるじゃねぇか」

 

「だから何だ」

 

「関係ねぇ奴が、しゃしゃり出て来んじゃねぇよ!」

 

 

 

 明らかに異様と解る集団を前にしても、男は微塵も表情を揺らす様子は見せない。むしろ、教師が軽い小言を生徒に言うように、レインボー・カオスの行為を糾弾さえしている。その風貌もあって、普通なら相手も委縮して然るべきものと思える。

 だが彼等(レインボー・カオス)は、一癖も二癖もある筋金入りの非行集団。そんな強面の大人の説教など聞き飽きてると言わんばかりだ。かえって気に入らないとばかりに強烈に反発し、異常とも言える罵声を口々に繰り返す。

 

 

 

「……まったく。今も昔もカラーギャングって奴は……碌な奴等がいねぇな」

 

 

 

 男が、付き合ってられないと言いたげに溜め息を吐く。

 

 

 

「あぁ……?」

 

「大人数で寄って集って、武器までチラつかせて、挙句にやる事がカツアゲとはな……

 不良の“ 質 ”ってのも、地に堕ちたもんだぜ」

 

「っ!………テメェ…!」

 

 

 

 先程は注意する範疇だった言葉から、明らかに罵る言葉に変わった事を彼等は敏感に感じ取った。貶されたと言っても過言ではないだろう。

 彼等とて、自分達が決して褒められる存在だとは毛ほども思ってはいないが、だからと言って自分達が扱き下ろされるのを受け流せる程、寛容でもなかった。むしろ、非常に癪に障るというものだ。元より彼等は、大人が大嫌いである。教師や警察でも敵と見なす彼等が、通りすがりでしかない男に下に見られるのは我慢ならなかった。

 

 

 

「……随分と舐めた口 利いてくれんじゃねぇか。俺達をレインボー・カオスって知ってんのか?」

 

 

 

 帽子を被り、鼻や口元にピアスを着けたリーダーと思わしき男の目の色が変わっていく。手に持つ特殊警棒を強く握り締め、男を鋭く睨み付ける。

 他の構成員も同様である。もはや、彼等の矛先は大学生ではなく、目の前の男へと変わっていた。

 彼等は筋金入りの非行者である。欲しいものは金だろうが女だろうが、数と暴力で奪ってきた。そして、気に入らない人間は誰であろうと血祭りに上げてきた。

 そんな自分達の前に、楽しみを邪魔したばかりか、この上なく馬鹿にしてきた人間が現れたのである。たとえ、ここで男が許しを乞うたり何なりしても、自分達は決して見逃すつもりは毛頭なかった。

 

 

 

「ふっ……」

 

 

 

 そんな状況にあって、男が笑う。

 

 そしてレインボー・カオスの心情を知ってか知らずか、更なる言葉を吐き出す。

 

 

 

 

 

「知らねぇな。知りたくもねぇ。

 

 

 明日にも消えそうな連中(・・・・・・・・・・・)の事を知ったところで、何の足しにもならねぇさ」

 

 

 

 

 

 何処からともなく、何かが“ キレる ”音が聞こえた気がした。

 

 場の空気が変わったのを、大学生も、周囲の野次馬達も否応なく感付いていた。

 

 先程まで野良犬のように吠えまくっていたレインボー・カオスは、豹変したかのように口を閉ざしていた。だが、決して感情を落ち着かせた訳ではない。むしろ逆である。誰もが その目に、おどろおどろしいまでの激情の炎を滾らせていたのだ。高まった感情が一周回り、対外的に逆に感じただけである。

 囲んでいた大学生を、邪魔だと言わんばかりに突き飛ばす。倒れる大学生を尻目に、自分達を罵倒した男を包囲するように広がっていく。

 

 対する男はと言えば、逃げるどころか慌てる様子さえも全くない。動揺というものを微塵も見せず、ただ自分の周囲を囲まれていくのを、じっと見ているだけである。

 

 

 泰平通りの空気は、先程とは また違う形で騒がしくなっていった。周囲の人間も、これは また拙いと察する。男の乱入で大学生の犠牲は消えたも同然だが、代わりに暴力の切っ先が男に向かってしまった為、結局は何も解決しないままである。むしろ、今すぐにでも血を見るような事態になりかけているので、状況は余計に悪化したと言っても差し支えなかった。

 

 

 

「……オッサンも物好きだなぁ、あ? 関係ない事に首 突っ込んで、自分から死にに来るなんてよ」

 

 

 

 遂に包囲を終え、リーダーが言葉を放つ。その内には治まり切らぬ怒気が滲み出ている。他の構成員達も拳を鳴らし、武器を弄って、ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながら立つ。

 

 

 

「泣いて謝るなら今の内だぜ? 有り金 全部 置いて、土下座でもすれば考えてやるよ」

 

 

 

 警棒の先を男に向け、最後通告を行う。それが、誰でも解るような心にもない事である事は明白である。彼の者の心には既に“ 許す ”という選択肢は存在せず、目の前の男を襤褸雑巾(ぼろぞうきん)にする以外にはない。先の言葉も、そうする前に目の前の男の みっともない姿を少しでも周囲に晒そうとする、下種な浅知恵である。

 

 

 

 

 

「………何 寝惚けたこと言ってやがる」

 

 

 

 

 

 しかし ―――――――― 男の返答は、そんな考えを真っ向から裏切るものだった。

 

 

 

 

 

「御託はいい、さっさと来いよ ――――――――――― 死にてぇならな(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 それが、火花散る場に降り注ぐ油 ―――――― 起爆剤となった。

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!!  ブッ殺せええぇぇ――――――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 リーダーが怒声と共に号令を発する。その顔は顔の筋肉が裏返ったのではないかと思える程、歪で禍々しいものに変わっていた。

 それは、構成員たちも同様である。あくまでも自分達を馬鹿にする言葉を吐く男を決して許しはしない、必ず地獄へ落としてやると、一斉に突進を開始した。

 

 遠目で見ていた中で、何人かの悲鳴を上げる。中には見ていられないとばかりに目を逸らす者さえいる。

 状況は、誰が見ても最悪。男が不利だと解るものだ。レインボー・カオスは11人。しかも、その ほとんどが武器を所持しているのに対し、男は たった1人、おまけに丸腰であ。贔屓(ひいき)目に見ても、瞬く間に集団リンチの地獄絵図が出来上がる ―――――― そんな考えしか浮かばなくとも、致し方ない事であった。

 

 

 

 

 

 それ故に ―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴキィッ………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 え 」

 

 

 

 

 

 野次馬の一人が、思わず間の抜けた声を上げてしまったのも、無理からぬ事だった。

 

 

 

 

 

「――――――― ふぉ、ふぇ……?」

 

 

 

 

 

 声とさえ言えるか解らぬ、理解不能な音が響いた。声の発信源は、男を真正面に捉えていた構成員の一人からである。

 それを悟った瞬間、他のメンバーやリーダー、果ては野次馬達も、目の前で起こった出来事(・・・・・・・・・・・)に気が付いた。

 

 つい1秒足らず前まで全員が捕捉していた位置に、男の姿は影も形もなかったのだ。一体どこに消えたのかと思えば、正面で木刀を振り下ろそうとしていた構成員Aの真正面に立っていた。

 

 

 ――――――― その見るからに固そうな右の拳を、相手の顎へと喰い込ませながら(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

(いっ、いつの間に!?)

 

 

 

 瞠目するリーダー格。他の構成員も同様だ。目は、一切 離さなかったはずである。男が血に濡れ、苦痛に歪む姿を決して見逃すまいと固く決めていたからだ。にも かからわらず、彼等は男の攻撃動作も、予備動作さえも目視できずにいた。

 一度は この場を支配したはずの空気に、強い動揺が広がる。攻撃を受けた構成員Aは白目を剥き、顔を歪ませたまま その場に崩れ落ちる。おそらく、自分に何が起きたのかすらも把握できてはいないだろう。

 

 

 

「ひっ!」

 

 

 

 男の左手側で金属バットを構えていた構成員Bが悲鳴を漏らした。自分のメンバーが崩れ落ちた瞬間、男が自分の方へ、その鋭い眼光を向けたと気付いたからである。

 

 

 

 

 

 ドスッ!!

 

 

 

 

 

「ごほぉっ……?!」

 

 

 

 その刹那、構成員Bは自分の腹部に凄まじい衝撃が走るのを感じた。腹内の空気は ことごく無理矢理に吐き出され、その勢いは内臓にまで達そうとしていた。耐え難い衝撃に、瞬く間に意識を刈り取られ地に伏せる。こちらも、あまりに一瞬の出来事であった。種明かしをすれば、Aを倒した男が瞬時にBの元へ移動し、防ぐ間も与えないまま剛腕を腹にめり込ませただけの事である。

 言ってしまえば それだけだが、これは あまりにも異常な事と言えた。彼等とてカラーギャング。一般人よりも遥かに場数を踏んできている。そんな彼等が、防ぐ事はおろか“ 攻撃された ”という認識すら出来ず、一方的に打ち倒されたのだから。

 

 

 

「――――――遅いっ」

 

 

 

 男が呟く。どこまでも低く、重く、そして静かな声色である。

 静かに佇む男の姿に、レインボー・カオスは見えるはずのない何かが見える感覚を覚えた。まるで その大きな背に、人が御せるはずのない“ 何か ”が宿っているような現実離れした感覚を。

 

 

 どさりと倒れる構成員。ここに至って ようやく現状の異常性を認識し、半ば反射的、否。本能的に距離を取るレインボー・カオス。

 

 

 

 

  おかしい    おかしい    おかしい……!!

 

 

 

 

 彼等は皆、混乱の渦に囚われていた。つい10秒足らず前まで、自分達は圧倒的 優位な立ち位置にいた。それは、今も変わらないはず。今も2人が倒されただけで、数の上では未だ圧倒している事に変わりはない。

 にも かかわわらず、なぜ思わず距離を離したのか。何故、数の理を殺す事をしてしまったのか。何を恐れているのか。

 

 これではまるで包囲している自分達の方が圧倒的(・・・・・・・・・・・・・・・) 窮地に立たされている(・・・・・・・・・・)みたいではないか。

 

 

 

(あり得ねぇ! あり得ねぇ!! 何だ……何なんだ、これは!?)

 

 

リーダーは心の中で、必死に自らを鼓舞しようとする。まだ負けた訳ではないと自らに言い聞かせ、平静さを取り戻さんとする。

 だが、そんな心とは裏腹に手は震え、足はガタ付き、歯が擦れ、目は極度に緊張して開きっぱなしである。他の構成員も同じ様子である。考えれば考える程、一度こびり付いた恐怖は落ちず、まるでウィルスのように全身を蝕んでいった。

 

 たった二撃(・・・・・)。それだけである。それだけで、男は2人の人間を倒しただけでなく、泰平通り(ここら)一帯の空気を根底から一変させてしまったのだ。

 

 既に、周囲の視線も当初とは打って変わっている。てっきり多による寡への暴虐を見る羽目になると思っていた野次馬達は、男の予想外の強さに心を奪われた。

 蚊帳の外の空気さえ変えてしまっている事実こそ、男には絶対的な力がある事の証明と言えるだろう。

 

 

 

「す、凄い…! 一瞬だ……!?」

 

「何モンだ、あの男?」

 

「カッコイイ!!」

 

 

 

 そこいらで続々と、驚きと賞賛の声が上がる。それらが活気となって膨れ上がり、大歓声へと昇華されるのに、大した時間は要らなかった。まるでスポーツ観戦でもしているかの如くの大音量である。初めは悲鳴を始めとする阿鼻叫喚が予想されていたとは到底 信じられないだろう。

 

 

 

「リ、リーダーぁ……!」

 

「チィッ……!」

 

 

 

 目の前の男から発せられる闘気、そして周囲の野次馬の歓声に()てられ、情けない声を上げる構成員。その表情や声には最初に見せていた餓鬼の如き歪さはなく、ただ恐怖に震える歳相応の顔しかない。

 対するリーダーも、決して少なくない焦燥に駆られている。額にも首筋にも冷や汗がとめどなく流れ出で、酸素が薄い高山にいるように呼吸は乱れ速まっている。その中でも忌々しいとばかりに男を睨み、歯を喰いしばって耐えられているのはリーダーとしての矜持ゆえか。

 

 

 

(落ち着け……! 落ち着け…! どれだけ相手が強かろうが、結局は1人だ!

 

 こっちにはまだまだ、頭数を揃えられるだけの余裕がある(・・・・・・・・・・・・・・・・)………いつまでも、デケェ顔はさせねぇ!!)

 

 

 

 そして、懐にある器機(・・・・・・・)に意識を向けながら、警棒の切っ先を男に向け、号令を発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビビんじゃねぇテメェら!! 今のはただの不意討ちだ。一斉にかかりゃあいい!

  

こっちは何人いると思ってやがる!  

 

 

 やれっ!! 《 レインボー・カオス 》の怖さを見せてやれぇ!!

 

 

 

「「「「「「「おっ………オオォォォォ――――――――ッ!!!!!!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破れかぶれ。しかし、彼等が成し得る唯一の戦法を拠り所にしながら、再び包囲は狭まって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いなぁ、あの人。一体 何者なんだろう……?」

 

「この辺りじゃあ、たぶん見掛けない人だよな」

 

 

 

 目の前で起こっている大立ち回り(・・・・・)を眺めながら、2人の野次馬が会話している。スーツ姿から察するに、会社帰りのサラリーマンだろう。2人とも神室町へ週末を利用して偶に来るだけで、街の情報には さほど明るくはない。故に、目の前の男の正体が非常に気になった。

 もはや、彼等にはレインボー・カオスの事など眼中にない。周りで応援し始めた野次馬(同類)達も同じようだ。中にはガラケーや近年 流行し始めていたスマホ片手に目の前の喧嘩をカメラに収めている。

 

 

 明らかに常人とは思えぬ動きを見せる偉丈夫。年甲斐もないと思いつつ、男たちは その正体について強い関心を抱いていた。

 

 

 

 

 

「―――――― 何や、お前ら。(アレ)が誰か知らんのかい」

 

 

 

 

 

 そんな時だった。突如2人の背後から男が話しかけて来たのだ。関西弁は珍しいと思ったが、全国から人が集まる東京なので不思議でもないと考えを改めた。

 

 

 

「ん? あぁ、あの人 有名なのか?」 

 

「俺達、この街には そんなに来ないからさ、よく解らないんだ」

 

「ほほぅ~? そらアカンでぇ、お前ら人生 損しとるわぁ」

 

 

 

 サラリーマン2人の返答に、関西弁の男の口から大袈裟とも言える言葉が出た。関西人特有とも言えるオーバー気味な反応に、思わず2人も笑みが零れる。

 

 

 

「へぇ、それじゃ ―――――― !?」

 

「そんなに言うほ ―――――― !?」

 

 

 

 一体どんな面白い人間がいるのだろうと、2人が同時に後ろを振り向く。

 

 そして、即座に その表情は硬直した。その姿が、あまりに予想外だったからだ。

 

 

 身長は、190はあろうかという長身。テクノカットという周りでも中々見ない奇抜な髪形。獣のように獰猛な目、若干 赤らんだ鼻、そして、口に沿うように整えられた髭を生やしている。

 更に左目には蛇の意匠が施された眼帯。そして、蛇柄のジャケットという衣装。しかも服の下は素肌が露出しており、肩と胸辺りから明らかに人肌ではない色彩(・・・・・・・・)が覗いている。

 

 それら全てを統合し ―――――― 一部、それだけで充分な素材があるが ―――――― その男が、ただの一般人でない事を露骨に示していた。

 

 

 サラリーマン2人は、本能で感じ取った ――――――― この人、堅気(かたぎ)じゃない と。

 

 

 

「……あぁ? 急に何 黙っとんねん、お前ら」

 

「い、いいいいいいえ! 何でもありませんです、ハイ!!」

 

「そ、そそそそそそそっ! 何て言うか、お兄さんのファッションが とってもイカしてて見惚れてました!」

 

「ヒヒ! せやろぉ~? 男前なんも罪なもんやでぇ~」

 

 

 

 とにかく相手の不興を買ってはならない。即座に そう判断したサラリーマンは怯えた事実を誤魔化し、更に その奇抜 極まりないファッションを褒める行動に出た。

 それが功を奏したか、一瞬 肝が冷える程に鋭い表情を見せた眼帯男は一転、見るからに上機嫌になる。ともかく山は越したと、2人は密かに安堵の溜息を洩らした。

 

 

 

「……話は戻すが……お前ら、ここ神室町における“ 伝説 ”っちゅうんは、知っとるか?」

 

 

 

 2人に並ぶ位置まで来ると、眼帯男が おもむろに語り始める。その表情、声色は、たった今まで子供のようとさえ思えた人物と同一人物には見えなかった。その静かな雰囲気、低く全身に響くような声は、どこかの界隈の大物とさえ思える程だ。

 一体どちらが彼の素なのだろうかと2人は疑問に思いつつ、彼の質問に首肯で答える。

 

 

 この日本最大級の歓楽街・神室町には、実に数多くの伝説が存在している。それこそ《 この街で成功した者は世界にも通用する大物になれる 》といった験担ぎ的なものから、《 神室町の下水道には河童が住んでいる 》といった小学校で流行りそうな都市伝説的なものまで、多種多様にわたっている。

 それだけ聞くと、クチコミやネットなどで広がったような眉唾物に見られがちであるが、意外と それらに関する体験談や目撃者を語る者が数多くおり、中々に信憑性は侮れなかったりするのである。

 

 

 そして様々な伝説の中には、一際 光を放つとされる話が存在している。それこそ、“ それ ”を知らない人間はモグリだとさえ言えるものが。

 

 

 

「っ! まさか……!」

 

「お? 気付いたようやなぁ」

 

 

 

 片割れのサラリーマンの脳裏に、僅かに残っていた記憶の残滓が浮かび上がって来る。浮かび上がった それを より鮮明に思い出しながら、目の前で大人数相手に拳を振るい続ける男へ視線を向ける。

 

 

 

 

 

グレースーツに、ワインレッドのシャツ

 

 

 

逆立った髪に、野生の獣のそれを彷彿させる眼差し

 

 

 

死地に在って尚、全く動じない胆力

 

 

 

 

 

 

 

そして ―――――― 他を一切 寄せ付けぬ、龍の如き圧倒的な力

 

 

 

 

 

「ま………まさか………っ」

 

 

 

 男の口が、驚愕と興奮で開いていく。自然と、その体は震え始めていた。

 無理からぬ事である。何しろ、自分の勘が正しければ、自分は“ 最大級の伝説 ”を目の当たりにしている事になるのだから。まるでハリウッド級のタレントを見たような心境に近い。

 信じられない、という気持ちも同時に湧き上がる。だが、考えれば考えるほど何かもが照合していく。それこそ、否定できる要素がない程に。

 

 

 

 そんな様子を見て、眼帯の男はニィと笑みを浮かべる。

 

 

 それは まるで、狂った獰猛な犬の如き末恐ろしさを孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――― せや。あの男こそ、神室町における“ 生きた伝説 ”

 

 

 

 

 

 

   その“ 拳 ”は鬼をも殺し

 

 

 

 

 

 

     背中には“ 龍 ”を背負うゴッツイ男

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堂島(どうじま)(りゅう) 》こと ――――――― 桐生(きりゅう) 一馬(かずま)とは、アイツのこっちゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の喧嘩が終わりを告げたのは、それから程なくの事であった。

 

 

 

 

 

 

 







カチ



  カチ





              カチ















                        カチ……




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