SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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「……お前達が組に入って、早3年か」

「はい。今日が、約束の日です」

「今更、反古なんて話はなしですよ?」

「解ってる、約束は約束だ。今日この日をもって、お前達を正式な組員として組み入れる」

「よっしゃ!!」

「………」


「だが、その為に1つ条件がある」


「条件?」

「何ですか、それ?」

「簡単な事だ。だが、だからこそ難しい事と言える」

「「?」」



「お前達の ―――――― 覚悟を確かめたい」







『 旗揚げの時 』

 

 

 

 

 

「………これは、凄いな」

 

 

 

 時刻は、およそ正午過ぎ。2層と3層を繋ぐ階段を昇り切り、初めて新たなる階層の土を踏んだ攻略組。

 先頭として進んでいたキリュウ達は、久し振りに見る外の景色を見て、思わず感嘆の言葉を漏らした。

 

 

 目の前に広がっていたのは、見渡す限りの森林地帯。

 それも、木々の高さや深さが尋常ではない。上を見上げても、空は全くと言って良いほど見えない深さであり、日中であるはずが妙な薄暗さがある。地面も土が ほとんど見えない程に小さな草が生い茂り、踏み締めれば湿気が溜まっているような、しっかりとした感触がある。鬱蒼としたという言葉が そのまま当てはまり、現実では滅多にお目に掛かれない生命力に満ち満ちた森であった。

 

 

 ウインドウのマップには【 迷い霧の森 】と記されている。

 

 

 その名の通り、人間が行き来するには難しい場所である事が予想できる地形であった。

 

 

 

「1層や2層にも森はあったけど、そことは雰囲気が全然 違うね」

 

「うん。何て言うか、前までのは薄気味悪かったけど……ここのは、とても幻想的だわ」

 

「凄いですね~……!」

 

 

 

 ハルカやアスナ、シリカも、目の前の情景を見て各々感想を口にする。それまでの森が都会の一部にも点在する風景だとすれば、この3層の森は日本・屋久島のような未開と地というイメージの違いが持てる。如何なる要因があるのかは不明だが、遠くを見ると奥の風景が青白く朧気に見えるのも、浮世離れした雰囲気を持たせる一因であった。

 

 

 

「見て、アスナ! あそこの木、光ってるよ!!」

 

 

 

 ユウキが指差す方を見ると、ある木に瘤が付いたような出っ張りがあり、如何なる原理なのか、その下の部分が光っているのだ。まるで巨大な蛍が止まっているような光景だった。

 

 

 

「あそこだけじゃないわ。辺り一面、そこら中に生えてる」

 

 

 

 シノンの言う通り、それと同じ物は見渡す限り、無数に存在している。これが、空が見えずとも奥の方が薄っすらと見える要因なのだと直感した。

 

 

 

「……懐かしいな。ここも、あの時のままか」

 

 

 

 感慨深い。そんな面持ちでキリトは呟く。

 

 

 

「あ、そっか。キリトさんは、前にも見てるんでしたっけ」

 

「あぁ。あの当時は、今のハルカ達のように、誰もが子供みたいに目を輝かせてたのを覚えてるよ」

 

「子供みたい、て。お前は今でも充分ガキやないかい」

 

「……物の例えですよ。変な しがらみとか抜きで、純粋に楽しんでたって意味です」

 

「ガキのくせに、妙にジジくさいこと言いよるのぅ」

 

「ははは……まぁ、俺も色々あったもんですから」

 

 

 

 マジマの呆れに対し、キリトも苦笑いで はぐらかす。唯一、彼の事情を把握しているハルカは、色々な気持ちを もって思いを馳せていた。

 

 

 

「まぁ、それは置いておいて……とりあえず、主街区の方へ向かいませんか。道なりに真っ直ぐ行けば、10分ちょっとで着くはずです」

 

「そうだな。早いとこ転移門を起動(アクティベート)させて、下の連中にも知らせないといけないしな」

 

「はい。それも そうなんですけど……他にも やりたい事がありますし」

 

「ん? まだ何かあったか?」

 

 

 

 首を傾げるキリュウに、キリトは困ったように眉を下げる。

 

 

 

「忘れたんですか? この3層の街に辿り着いた時点で、《 ギルド結成 》のクエストを受けられるんですよ」

 

「あ。そういえば、そんな事 言ってたっけ?」

 

「あぁ、そういえば そうだったな」

 

「えぇ、出来れば今日中には受けたいと思ってるんです」

 

 

 

 キリトも そうだが、ディアベルやキバオウ達も もうすぐだ何だと話を弾ませていた記憶があった。キリュウやハルカらにはピンと来ないが、特にゲーマーにとっては欠かせない要素なのだろうとは想像できた。

 

 

 

「だけど、そんなに急ぐ必要あるの? 明日からでも遅くないんじゃないかな」

 

 

 

 ましてや、ボス戦という激戦の すぐ後である。いささか性急ではないかとハルカが心配になるのも無理はないだろう。だが、それでもキリトは やんわりと首を横に振った。

 

 

 

「いや、善は急げだ。ギルドを作れば、相応の特典もあるしな」

 

「と、言うと?」

 

「ギルドを作って、そのメンバー同士でパーティーを組めば、戦闘時に攻撃力とか防御力なんかにボーナスが付与されるんだ。それだけじゃなくて、獲得経験値にも ほんの僅かだけど上乗せがされる」

 

「ほぅ、それは便利だな。確かに、急いで やりたがるのも解る」

 

「……もっとも、作ったら作ったらで、敵を倒した際に得られるお金(コル)から、1割が自動的に引かれるんですけどね」

 

「あぁ? 何で そないな理屈になるんや?」

 

「一応、ギルドの維持費って御題目らしいですけど……まぁ、ぶっちゃけて言えば、そういう設定ってだけですね」

 

上納金(アガリ)って訳か。まぁ、便利な特典がある代償か」

 

「ですね」

 

 

 

 世の中が そうであるように、ギルドも旨い話ばかりではないという事だ。

 

 キリュウは考える。

 攻略には常に、様々な事で金が必要である事を考慮すれば、確かに得られる金が減る仕様は痛い話だ。だが、それ以上に戦闘時に能力や経験値が上がるのは その欠点を充分に補える利点ではなかろうか。面倒な話は抜きにしても、各々の生存率を上げるのは間違いないだろう。ハルカを始め、自分以上に命を守りたい者が多くいるキリュウにすれば、大いに賛成できる話であった。

 

 

 

「その、ギルドを作る際のクエストとやらは、難しいものなのか?」

 

「多少は手間と時間が掛かりますけど、難易度で言えば普通のクエストと大差ないと思います」

 

「……よし。俺は、キリトの意見に賛成だ。みんなは、どうだ?」

 

 

 

 キリュウが意見を求めると、他の面々も特に異存はない様子である。

 

 

 

 ならばと、彼等は街へ向けて移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  †   †   †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 11月27日 12:31  第3層 主街区 近郊 】

 

 

 

 

 

 道なりに進み、道が分かれる場所を右へ更に進んで しばらく。

 

 キリュウ達は、“ そこ ”へ到着する。

 

 

 その街を遠目で目にするなり、キリト以外の面々は思わず眼を瞠った。

 

 

 広さ的には、はじまりの街やウルバスにも劣らぬものであり、そして その周囲は大きな川に囲まれている。四方を囲む それが、天然の堀の役割を果たしているのだ。現実なら、難攻不落な要害として機能しただろう。

 それだけでも強い関心を抱かせるものだが、更に驚くべき事があった。

 

 その理由は、“ 街そのもの ”にあった。

 

 

 一目 見た限りでは、人が住めそうな“ 家 ”が1つも見当たらない。

 

 

 代わりに、枝が一本もない大きな“ 木 ”が真っ直ぐ立っていた。

 

 

 それも、大きさが尋常ではない。高さは遥か空の上、次に目指すべき4層の底に迫ろうかという程であり、太さも、歩いて一周すれば優に1時間は掛かるであろう。まるで世界の柱とでも形容できる巨大樹が、三角形を形作るように3つも並んでおり、その中心に位置する広場に街の転移門が小さく覗く事が出来た。

 

 現実では、創作物でもなければ決してお目に掛かれない光景。

 

 基本、喧嘩にしか興味のないマジマでさえ唖然とし、胸をワクワクさせる中、キリトが その街の名を口にした。

 

 

 

 

 

「あれが、3層(ここ)の主街区・《 ズムフト 》です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 主街区・ズムフト 内部 】

 

 

 

 

 

 街に入って近くで見ると、改めて3本の木の大きさが視覚的にダイレクトに伝わって来る。あまりの巨大さに、至近距離では木である事を忘れてしまう程だ。未だ全容が明かされていないという目の錯覚という現象は不思議だが、それをゲームでも再現してしまうフルダイブという技術の高さも脱帽ものと言えよう。

 

 

 

「なるほど……木の中に、NPC()が住んでるって訳か」

 

「えぇ。基本的な物を中心に、何でも揃ってますよ」

 

 

 

 遠くからでは気付かなかったが、よく見ると木の彼方此方に窓であろう穴が無数に点在していた。幹の根元には入り口があり、そこからは多くのNPCが往来していたのだ。

 キリトいわく3層のテーマは《 森 》との事。巨木を刳り貫いての生活基盤とは、まさにテーマ通りの街であると言えよう。

 

 

 

「それにしても、凄い木だね。見た事ない種類だけど、何て木なんだろ?」

 

「何でも、バオバブって木らしいぞ」

 

「バオバブ?」

 

 

 

 ハルカは聞いた事もない名前だった。

 

 

 

「サバンナ地方に よく生えてる木らしいな。日本じゃ見られないような珍しい生え方をするんだそうだ」

 

 

 

 確かに言う通り、幹は真ん中が ふっくらとして、上部と下部が細い形になっており、日本では まず見掛けない形状だ。まるで古代ギリシャの神殿や日本の法隆寺の柱に見られるエンタシスに似ている。その珍しくも、おどろおどろしい形状から言い伝えでは“ 悪魔が巨木を引き抜いて、逆さまに突っ込んだようだ ”などと言われているらしい。

 

 

 

「へ~。キリト君、よく知ってるね」

 

「いや、これはテスト時に詳しい奴から聞いた受け売りさ。あと、個人的にバオバブって名前に興味があったからな、自分でもネットで調べてみたんだ」

 

 

 

 いわく、この年に有名な声優事務所で分裂騒ぎがあり、その社名がバオバブに因んだものだったらしい。キリトがお気に入りの声優も そこに所属していた事で、強い関心が湧いたとの事。

 そんな雑談の頃合いを見計らうように、エギルが口を開く。

 

 

 

「まぁ、ともあれ。まずはアクティベートを済ませようぜ。下の連中も待ちくたびれてるだろうしな」

 

「よし、行くか。それが終わったら、いよいよ念願のギルド結成クエストだ」

 

「で、それは どこでやるんでっか?」

 

「テスト時には、あの木の天辺にあるフロアで受けれたな」

 

 

 

 ディアベルが指差す木は、3本の中でも最も高さのある木である。その天辺と聞いて、キバオウ以下、多くが口元を引き攣らせる。

 

 

 

「……念の為お聞きしますけど、あの木にエレベーターみたいなものは……」

 

「ないよ、そんな便利なものは」

 

「ですよね………」

 

 

 

 ばっさりと希望を斬り捨てられ、シリカを始め多くの者が げんなりとした表情を見せる。店や宿屋など、必要な施設は全て木の中に存在している事を考えると、どこへ行くにも木の中を昇り降りしなければならないという事なので、今から それを考えると気が滅入るのも仕方のない事だろう。転移門という便利なものがあるだけに、そこは無駄にリアルなのかと文句も言いたくなる。

 

 とはいえ愚痴っても詮なき事なのは明らかなので、今はすべき事をしようと転移門の方へ進み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、無事にアクティベートも終了した。

 

 早速、第2層攻略達成を皆に知らせる為、はじまりの街にディアベルとキバオウらが、ウルバスへはリンドとシヴァタらが報告に降りて行った。今頃、両方の街で解放のファンファーレが鳴り響いている事だろう。

 

 

 

「ん? 戻って来たか」

 

 

 

 ズムフトの転移門で待っていると、門が起動し始めた。随分と早いなと思いつつ、誰が帰って来たのか姿を現すのを待っていた。

 

 

 

「あれ?」

 

「ん?」

 

 

 

 だが、その現れた姿を見た瞬間、最も近くにいたキリトとハルカが真っ先に違和感に気付く。

 

 

 

「やあ、お2人さん。しばらく振りだナ」

 

 

「アルゴ!」

 

 

 

 それは、情報屋のアルゴであった。キリト達と会うのは出撃の前日に行なった戦勝を祝う飲み会以来だ。

 ズムフトの地に足を踏み入れた彼女は目を閉じ、息を大きく吸う。彼女も、久方振りの光景を懐かしんでいる様子だった。

 

 

 

「う~ん……! この心が落ち着く草木の香り、懐かしいナ。

 

 ……ようやく、ここまで来たんだな、キー坊」

 

「あぁ、ようやくだ!」

 

 

 

 特有の距離感のようなものが2人の間に流れていた。遠目で見る分には、中々意味あり気な雰囲気にも見える。思い出してみれば、テスト時から2人は戦友という間柄だった。当時の事を思えば、2人で色々と懐かしめる心境なのだろう。

 

 

 

「……あ~……えぇっと。ところで、アルゴさんは どうして ここに?」

 

 

 

 妙に居心地が悪そうな表情で、アスナが割り込んで来る。気の所為か、どこか不機嫌そうにも見える。キリトは それに気付かず、逆にアルゴは目敏く気付くが、特に何か言うでもなく素直に答える。

 

 

 

「んん? オイラは情報屋だゾ? 新しいフィールドが開放されたなら、真っ先に出て行かないのは名折れってもんダ」

 

「相変わらず仕事熱心だね」

 

「ま、性分ダナ。お得意様もいるワケだし、半端な事は出来ないサ」

 

 

 

 相も変わらずといったフットワークの軽さと思い切りの良さ、そしてプロ根性に、ハルカも更に感服するばかりだ。攻略がスムーズに進むのも、アルゴのようなプレイヤーがいるお陰であると改めて思う。

 そして、話は変わるとばかりにアルゴがキリトに ある事を尋ね出した。

 

 

 

「あぁ、それと。キー坊」

 

「ん、どうした?」

 

「お前、今回はギルドを作るんだロ?」

 

「あぁ、前に話した通りだ。そのつもりだよ」

 

 

 

 それは、これまでソロプレイを常としていたキリトに とって今までの自分との決別にも等しい決断であった。

 今日までの間、キリュウやハルカ達、そしてアルゴにも その辺りの相談を受けて貰っていた。何しろ、SAOのテスト時も含めて、ゲームでギルドや それに類似した組織に所属した事は一度もないのだ。現実でも、自分からは進んで輪に入ろうとしなかった程の筋金入りである。ましてや自身が中心となってギルドを作るとなれば、更に不安が大きいのは仕方のない事であろう。その点、最も長い付き合いがあり、自称 年上の社交性の高いアルゴは適任であった。

 

 

 

「実はな、そのギルド結成の事で話があるンダ」

 

「と、言うと?」

 

 

 

 このタイミングでギルドの話を振って来た時点で、何となく そんな予感はしていた。何か、重大な変更点が出来たのかと、キリトだけでなく周りも耳を傾ける。

 

 

 アルゴはニヤリと含み笑いを浮かべ、言った。

 

 

 

 

 

「どうやら、結成イベントがテスト時よりも簡略化されたらしいゾ」

 

 

 

 

 

 やはり、如何なる形か変更点があったらしい。だが、その意味を1回で理解する事は出来なかった。首を傾げつつ更に尋ねる。

 

 

 

「……つまり、どういう事だ?」

 

「テスト時は、ギルド結成クエストを受けるのは ここズムフトに限定されてたダロ? それが今回(正式版)は、はじまりの街でも受けられるように なってたンダ」

 

「何だって、本当か!?」

 

「勿論ダ。ご丁寧に、突然NPCが出て来て街中で伝えてル。それだけじゃないゾ。他にも、結成に必要なコルが大幅に減ったし、必要なレベルも相当 下がったんダ」

 

 

 

 より具体的に聞けば、必要経費は1ギルドにつき5万コル。必要レベルは最低でも1人が6以上であるらしい。加えて、その際に受けるクエスト内容も 1層でも出来る お遣いレベルの簡単なものだとか。

 それを聞いた時、キリトの驚き様は中々のものだった。彼曰く、テスト時はギルドを建てるのに30万コルもの大金が必要となり、必要レベルも1人が最低15以上、更に その際のクエストも、この3層のとあるフィールドに出向き、とあるアイテムを取って来るというものだったらしい。しかも、それは1日に受けられる回数に制限があるというオマケ付きである。

 変更点の数々を聞いたキリトの顔は、何とも形容し難いような複雑なものだった。

 

 

 

「………何て言うか、かなり思い切った変更だな」

 

 

 

 それ以外に、言葉に出来なかったのだろう。ハルカも、同意だと頷く。

 そもそも、これまで見て来た変更点と言えばモンスターの攻撃パターンが変わったり、耐性などの底上げ、ボスの武器のランクアップ、あまつさえテスト時にはいなかったボスの追加など、明らかにプレイヤーにとって不利と言えるものばかりだった。

 ところが、このギルド関連の変更点は それらとは一線を画している。単純に考えても、プレイヤー側にとってお得とも言えるものばかりであった。

 

 

 

「……この変更点、キー坊は どう思う?」

 

「そうだな……単純に、労力が激減したのは嬉しい事だけど……」

 

 

 

 しかし、だからこそ より慎重に考えなければならない。キリトの言葉には、そんなニュアンスが含まれていた。それは、アルゴとて同意である。

 単純に考えて、それらの変更点を行なったのは開発の中心人物だった茅場である可能性が高い。であれば、ストレートに事を受け止めるのは憚られる。何か、裏があるのではと疑うのは当然だろう。何しろ、全ての元凶なのだから。無論、彼とは無関係なアーガスの開発陣の誰かが行なった可能性もゼロではないが、あまり楽観的な考えを巡らせるのも危ういというものだろう。

 

 

 

「とは言え、こっちに出来る事なんてないけどナ……」

 

「そうだな……」

 

 

 

 彼女の言う通り、何か裏があるとしても、彼等に出来る事は皆無である。せいぜい、何が起こっても良いように気を引き締める位しかない。つくづく、自分達は一介のプレイヤーに過ぎないのだと立場の脆弱さを思い知らされる。

 

 

 

「ま、ともかく気を付けるんだぞ、キー坊。オレっちも、また何か解ったら連絡スル」

 

「あぁ、解った。ありがとな、アルゴ」

 

「良いって事ヨ。じゃあな」

 

 

 

 そう言って軽く手を振ってから、アルゴは木の街の中へと消えて行った。これから各所を周り、様々な情報を仕入れるつもりのだろう。

 

 

 

「……どうする? キリト」

 

 

 

 今まで黙って話を聞いていたキリュウが尋ねる。

 

 

 

「正直、腑に落ちない点もありますけど……俺は、やっぱりギルドは作るべきだと思います」

 

 

 

 疑わしいものを感じるのも事実だが、これから ますますチームでの戦闘が重要になって来る点も考慮すれば、やはりギルド特性を利用しない手はないのも事実だ。

 更に言えば、その戦闘力が向上する特典も現存するのか、調べる必要もある。結成クエストが簡略化されただけで、それが代わりに削除された可能性もゼロではないのだ。

 

 

 

「そうか。解った、それじゃあ行くか」

 

「はい」

 

 

 

 キリュウも、それに異論はなかった。

 

 

 まさしく、善は急げ。

 

 

 3層に留まっていた面々は、早速 下を目指して転移門を起動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 13:17   第1層 主街区・はじまりの街 東部・商業地区 】

 

 

 

 

 

 件の場所は、転移門広場から少し東に行った区画にあった。

 そこは元々、武器屋や道具屋、アクセサリー関連などの攻略に欠かせない関連施設が多く立ち並ぶ場所だ。キリトを始め、攻略に関わるプレイヤーは全員が利用した事のある区域と言っても過言ではない。

 

 そして区画を分ける門を潜って少し歩いた所に、例の施設は存在していた。そこは本来、四方に店が立ち並んでいるだけの何もないスペースだったはずである。

 しかし現在、空いていたスペースを多い尽すように大きなテントが建てられていた。立てられた看板には、ギルドカウンター(Guild Counter)と記されている。

 張られているのは日除けの部分だけで、外から中を覗く事は出来る。見てみると、中には円状のカウンターが設置され、そこには赤と白を基調としたエプロンドレスに身を纏った6人の女性NPCが対応を行なっていた。

 

 

 

「やはり、もう受注を始めてる奴も多いな」

 

 

 

 ぱっと見ただけでも、20人近いプレイヤーがカウンターでクエストの受注を行なっている。側のテーブルには、メンバーと思しき面々も座って終わるのを待っている様子だ。

 

 

 

「ですね。まぁ、比較的レベルが低いプレイヤーでも受けられるんなら、こうもなりますよ」

 

 

 

 内心、せっかく ならと結成一番乗りを目指していたキリトだが、これでは それも難しいだろうと判断する。残念ではあるが、仕方ないと割り切るしかない。

 

 

 

「そうだな。まぁ、とりあえず並ぶか」

 

 

 

「―――――― あ、キリュウさん。それに、皆さんも」

 

 

 

 行動を開始しようとしたところに、声を掛けて来る者が現れた。それは、キリュウも よく見知った人物だった。

 

 

 

「ん? おぉ、マスティルか。しばらくぶりだな」

 

「はい、ご無沙汰してます」

 

 

 

 久々に顔を合わせたマスティルは、装備も《 ハイスケイル・アーマー 》と攻略組にも劣らぬ物に変わっており、表情も明るく、穏やかなものとなっていた。出会った頃の危うい状態を知っているだけに、今の落ち着いた彼を見てキリュウも改めて安心したような気持ちになる。

 

 

 

「お前、どうして ここに? もしかして、お前もギルドを作るのか?」

 

「いえ、そういう訳じゃありません。まぁ、入るつもりではあるのですが」

 

「と言う事は、誰かを待ってるのか?」

 

「えぇ、一足先に、クエストを受注に行ってます。そろそろ終わる頃だと思うのですが……」

 

 

 

「お~い! 受注が終わったよ~!!」

 

 

 

 マスティルが そう言ったところで、ギルドカウンターの方から呼び掛ける声が聞こえて来た。

 小走りで やって来た男は、何とも大人しい雰囲気を持った男性であった。額を出した髪型は ややボサついているが、不潔という程でもなく、同時に もみ上げが少し薄く伸びているのが特徴だ。身長は、男にしては対して大きくはない。キリトと同じか、少し高い程度。ハルカと大差はないだろう。その身長の割に体型は やや小太りで、その身が発する雰囲気も相まって荒事には全く向かなそうな印象を与える人物である。

 

 

 

「お、噂をすれば」

 

「ん? マスティル、一体 誰と……」

 

 

 

 近くまで来て、ようやくマスティルが会話をしていた事に気付いたらしい。隣にいるキリュウに目を向けると、その男性は あっと言いたげな顔で口を開けた。

 

 

 

「あ、貴方は……! もしかして、攻略組のキリュウさんですか?」

 

「あぁ、そうだ。すまないが、アンタは?」

 

「おっと、これは失礼しました。私はシンカー(Thinker)という者です。はじめまして」

 

「あぁ、こっちこそ。改めて、キリュウだ。よろしく」

 

 

 

 シンカーと名乗った男性は、相手が攻略組でも名の知れた男だと解り驚きと興奮を覚えたようだが、すぐに平静さを取り戻して自己紹介と握手を行なった。この辺りの落ち着きの取れた動きを見るに、大人の男性だという印象も更に追加される。

 挨拶を終えたシンカーが改めてキリュウの周りを見ると、見た事のある攻略組の面々がズラリと揃っている事に気付き、更なる驚きと共に どこか得心を得たような表情を浮かべる。

 

 

 

「他の方達もお見えですか。という事は、貴方がたもギルド結成クエストを?」

 

「あぁ、そのつもりだ」

 

「そうですか。いや、どんなギルドが出来るのか、今から楽しみですね」

 

「そう言うアンタは、何てギルドを作るんだ? 差し支えなければ教えて貰えないか?」

 

「良いですよ。私が立ち上げる予定のギルド名は、MMO(エムエムオー)トゥデイ 》というものです」

 

 

 

 シンカーが結成予定のギルド名を言った瞬間、反応を見せたのはキリトだった。

 

 

 

「《 MMOトゥデイ 》だって?」

 

「キリト君、知ってるの?」

 

「今、日本で最大のネットゲーム総合情報サイトだ。…っ!! じゃあ、まさかアンタ……!」

 

「えぇ。その《 MMOトゥデイ 》の管理人が、何を隠そう私です」

 

「アンタが……!」

 

 

 

 思いもよらぬ人物との邂逅に、キリトは驚きと喜びを禁じ得ない様子だ。

 

 

 

「凄いな! こんな巡り合わせがあるなんて。会えて光栄だよ。アンタのサイトには、これまで随分と助けられて来たんだ」

 

「ははは、趣味が高じて始めたものに過ぎないんだけどね。けど、そう言って貰えると、これまで頑張って来た甲斐があったってもんだ」

 

 

 

 つまり、彼のゲームセンスの洗練を助けて来たのは、他ならぬシンカーであると言っても過言ではないだろう。キリトにしてみれば、面倒見の良い近所の人間と再会した気分なのかもしれない。

 プロの選手と それに憧れる少年との出逢いのような温かな空気に、周りの人間も微笑ましいといった表情になる。殺伐としがちな現在では、こういった有り触れた事でも清涼剤と なり得るのだ。

 

 

 

「しかし、その様子を見るにアンタもフィールドに出るみたいだが、大丈夫なのか?」

 

 

 

 シンカーの装備は、緑を基調とした服に初期装備よりはランクは上の《 スムース・クロス 》と呼ばれる防具、背中には得物である槍・《 スマート・ランス 》を下げている。レベルも、受注が可能という事は6以上はあるのだろう。少なくとも、1層のフィールドで戦うなら不足ない装備と言える。

 だが、彼が纏う雰囲気が どうにも頼りなさげなものを醸し出し、無事に戦えるのか不安にさせてしまう。キリュウとて失礼な反応だとは承知しているが、心配ゆえに尋ねざるを得なかったのだ。

 そんなキリュウの言葉に、マスティルが言葉を返す。

 

 

 

「大丈夫ですよ。彼とて、レクチャーは十二分に受けてます。そこいらのザコに後れを取るなんて事はありません。俺が保証しますよ。」

 

「そうか。それなら良いんだが……いや、すまない。初対面で、失礼な事を言った」

 

「いえいえ。自分が どう見られてるかは、私自身が一番よく解ってますから。確かに、頼りない男なのは否定できませんよね」

 

 

 

 頬を掻きながらカラカラと笑うシンカー。醸し出す雰囲気通り、何とも大らかな性分らしい。呑気なのか、あるいは意外と大物なのか。判断しかねる人物であるとキリュウは思った。

 

 

 

「ふっ……解った。これからフィールドに行くんだろう? 気を付けて行けよ」

 

「大丈夫ですよ。マスティルさんも手伝ってくれますし、他にも手助けしてくれるメンバーが何人か いますから」

 

「そうか。マスティル、頼むぞ」

 

「はい! 任せて下さい」

 

 

 

 頼もしい笑みで返すマスティルを見て、キリュウも満足げに頷く。そして2人は、他の面々にも挨拶を済ませて その場を後にして行った。

 

 

 

「よし、俺達も済ませるか」

 

「はい!」

 

「ヒッヒ! 腕が鳴るでぇ~!!」

 

 

 

 見送りを終え、キリュウらは目的の行動へ移り出す。

 

 

 

 

 

 それぞれ、思い思いの高ぶりを胸に、彼等はフィールドへと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 第1層  競合の草原 】

 

 

 

 

 

 受注は、つつがなく終わった。そして順番を待つ中、他のプレイヤーとNPCの会話を聞いていて解った事がある。

 どうやら、ギルドカウンターから提出されるクエストの内容はランダム性があるらしい。ある者は特定のモンスターを一定数 狩って来いであったり、ある者は特定の素材を一定数 揃えて来るであったり、あるいは特定の街で お遣いをするなど、実に様々だ。

 

 そしてキリュウら組に提示された成功条件は、いささか特殊なものだった。

 

 

 

「まさか、狩りと採取とお遣い、まとめて やれと言われるとはな……」

 

 

 

 何と、基本的なクエスト内容を一緒くたにしたものだったのだ。これには、キリトも豆鉄砲を喰らったような顔を禁じ得なかった程である。指定範囲が1層に限定されていたのは幸いだったが、主街区や近くのフィールド、迷宮区の手前と範囲が やや広いのが中々に曲者であった。

 そこで、やむなく効率良くクエストを消化する為に皆で手分けして行なう運びとなった。彼等にとっては踏破済みの階層である為、頭数を減らしても問題ないと判断しての事だった。

 

 そして現在、キリュウはマジマと共に主街区から程近い草原にてクエストの1つを行なっている。彼等が請け負った内容は指定モンスターの討伐だ。正確に言えば《 フレンジー・ボア30匹・プリック・ワスプ20匹・コボルド・ヘンチュマン15匹 》、これらを狩る事が目的である。

 

 

 

ヒィャッハアア―――ッ!!! どうしたんやキリュウちゃん! 手ぇ止まっとるでぇ!!」

 

 

 

 マジマにとって、ある意味 最も真価が発揮できる討伐クエストとあって実に活き活きしている。彼の周りにはポップしたプリック・ワスプが3匹、徒党を為して襲い掛かっているのだが、レベル差を考慮しても全く相手になっていない。マジマの鋭い斬撃と体術に まるで対応できず、斬られ、殴られ、蹴られ、落とされてからの踏み付けで、ものの数秒で全滅に至った。

 

 

 

「あぁ、解ってる。フンッ!!

 

 

 

 思いもよらぬクエスト内容に物思いに耽っていたキリュウだが、マジマの一喝を受けて瞬時に意気を入れ直す。丁度 襲い掛かって来たコボルド・ヘンチュマンを足払いで転倒させ、無防備な背中を晒したところを曲刀で突き刺した。

 消滅を確認すると、キリュウは辺りを見渡す。マジマと共に あらかた倒し回った為、近くにはモンスターの姿が見えなくなっている。再び出現するようになるには、少し時間が掛かるかもしれない。

 更に、遠くには別のプレイヤーの姿も見られる。装備的に、初心者組のようである。レベリングの者か、あるいは自分達と同じクエストを受けている者だろうと判断した。

 今後も彼等のようなプレイヤーが増えて来る事を考えると、効率的にも影響が出て来るかもしれない。また、キリトから高レベルのプレイヤーが あまり同じ所で陣取っていると不興を買う事もあると聞いていたので、この場から移動する事も考え始める。

 

 

 

 

 

「―――――― あれ? もしかして、キリュウさんっすか?」

 

 

 

 

 

 そう声を掛けて来たのは、男のみで構成された6人組である。

 

 そして、その中心にいた男はキリュウもマジマも知っているプレイヤーであった。

 

 

 

「クラインか。久し振りだな」

 

「こんなとこで会うなんて、奇遇っすね! あ。もしかして、2人も例のクエストっすか?」

 

「お前もっちゅう事は、お前も そうなんか?」

 

「御明察! 何でもテストの時よりも簡単に作れるようになったって聞いたもんですから。俺達も、この機会にギルドを作る事にしたんすよ。

 お、丁度 良いや。ウチのメンバーも紹介しときますね。おぅ、お前ら! 今を ときめく攻略組のお2人だ、きっちり挨拶しな!!」

 

 

 

 ウイッスと さっぱりした返事をして、5人のメンバーがお辞儀をする。

 

 

 

カルー(Carrou)です、よろしく」

 

「どうも、オブトラ(Obtora)です」

 

アクト(Act)っす。お会い出来て光景っすよ」

 

「僕はトーラス(Taurus)、はじめまして」

 

「俺はジャンウー(JanWoo)、よろしく」

 

 

 

 カルーは得物に片手棍を持ち、恰幅の良い体格と頭に巻いた捩じり鉢巻が特徴の男だ。

 

 オブトラはカルーとは逆に痩せ型の細長い体型で、逆立った茶髪が特徴の槍使いである。

 

 アクトは逆立った黒髪で顎髭を生やしており、武器として槍を装備していた

 

 トーラスはメンバーの中で最も背が低く、年若い容姿をしている。武器は、片手棍と盾だ。

 

 ジャンウーは赤いバンダナを巻いた片手剣と盾持ちで、更に戦国武将を思わせる髭が特徴的であった。

 

 

 

「なるほど……個性 豊かなメンツじゃねぇか。それに、中々肝が据わった奴等のようだな」

 

「キリュウさんも、そう思います?」

 

「目を見れば解る。全員、強い意思をもって ここにいるってな」

 

「へぇ、そんなモンなんすね。良かったな、お前ぇら! 攻略組最強とも言えるキリュウさんに褒めてもらえたぞ!」

 

 

 

 クラインの言葉に、メンバーも揃って誇らしげにしたり、照れくさがったりといった反応を見せる。これから強くなろうという面々だけあって、今の最前線を行く人間からの言葉は この上ない力となるのだ。

 見た目は立派な大人であるが、どこか垢抜けない少年のような雰囲気も併せ持つクラインら一行。既に初老を迎えたキリュウやマジマから すれば、過ぎ去った在りし日の自分を思い出させる眩しさを感じさせた。

 

 

 

「それで、お2人は もうクエストは終わったんすか?」

 

「いや、まだだ。倒す敵の種類が そこそこ多くてな、倒す事自体は問題ないが、数の問題で時間がかかってる」

 

「やるんにしても、歯応えのない連中ばっかやからなぁ……こんなんやったら、俺もキリトと同じ迷宮区の方に行けば良かったわ」

 

 

 

 戦い自体は ともかく、その相手が自分よりも遥かに格下なのがマジマにとっては作業のようで物足りないといった様子である。

 

 

 

「キリトのヤツは迷宮区の方に? 何で また?」

 

「俺達の場合、クエストの内容が幅広くてな。目的の関係上、キリトには1人で迷宮区近くに向かってもらってる」

 

「1人って……アイツ、大丈夫なんすか?」

 

「あぁ、あいつの強さは折り紙付きだ。それは、お前も知ってるだろう? 何より、ことSAOに関しては、俺よりも熟知してる奴だからな」

 

 

 

 曲がりなりにも各層の最終フィールドにキリトが単身で向かったと聞いて、少なからず心配そうになるクライン。キリュウの言葉と彼の記憶の中にあるキリトの強さを思い出し、それならばと納得した。今は先に進む者と追う者として離れている2人だが、それでも変わらず常に相手を気に掛けるクラインの姿勢は、極めて好印象を抱けるものだとキリュウもマジマも思った。

 

 

 

「そう言う お前達は、どんな条件を言い渡されたんだ?」

 

「ま、単純に言えば狩りっすね。……倒す相手も大して強くはないんすけど、ちょっと面倒な条件がありまして」

 

「と、言うと?」

 

「倒さなきゃならないヤツが、揃いも揃って《 巨大種 》なんすよ」

 

 

 

 《 巨大種 》 ―――――― それは、雑魚敵の中でも少しばかりレアな部類に入るMobである。

 

 外見こそ通常の雑魚と変わりないが、特異なのは その“ 大きさ ”である。何と、並のモンスターの倍以上の体躯を誇っているのだ。その視覚的な威圧感たるや半端ではなく、おまけに巨大化した事もあって体力や攻撃力、そして攻撃範囲も単純に倍以上になっている。もし初心者が運悪く出くわしてしまったら、その時は逃げるしかないとまで攻略本に記載されている程である。

 

 しかし、ある程度レベルが上がって戦い慣れた者であれば、また話は変わって来る。そのレア度と攻略難度の違いから、倒した時に得られる経験値が通常タイプに比べて5倍、(コル)が3倍という破格のものになっているのだ。更に、通常の雑魚では得られないアイテムも一定確率で手に入る事もある為、効率的なレベルアップや素材集めの為に あえて巨大種を狙うプレイヤーも少なくはないのである。

 

 

 

「ほぅ、また面倒な内容だな」

 

「ホントっすよ……かれこれ1時間以上この辺 歩き回ってるんすけど、まだ目的の半分も狩れてないんす」

 

 

 

 疲れと同じ作業の繰り返しから来る倦怠感からだろう、クラインやメンバーの表情には心底げんなりした感情が窺える。彼らのレベルと人数を駆使すれば、この層の巨大種を狩るのは特に難しい事ではないだろう。しかし、そのレア度から出現率が かなり低いのが最大のネックであり、クエスト達成は困難である事は疑いようもない事だ。

 

 

 

「大変そうだな……よし、俺達も手を貸そう」

 

「えぇ!? それ本気っすか、キリュウさん?」

 

「あぁ。キリトに聞いたんだが、巨大種はレベルが高い奴がいた方が出やすいらしいからな。丁度良いだろう」

 

 

 

 思いもよらぬ提案に、クラインも他のメンバーも目を丸くして驚いている。

 

 

 

「その代わりと言っちゃなんだが、1つ条件がある」

 

「と、言いますと?」

 

「俺達が探す敵が出て来たら、優先的に譲ってほしいんだ。無論、必要数に達したら全部お前達に譲るつもりだ」

 

「俺等としちゃ、願ってもない話すけど……」

 

 

 

 クラインが気掛かりなのは、キリュウの相方の事である。如何にも面倒事が嫌いそうな彼が、その提案を受け入れてくれるのか少なからず不安だった。偏見から来る恐れではないが、少なくとも不興を買うような事はしたくないとは考えている。

 

 

 

「ああ? ま、えぇんやないか?」

 

 

 

 クラインらの視線に対し、あっさりとした口調でマジマは答えた。

 

 

 

「え!? マジで良いんすかマジマさん!」

 

「何や、イチイチ引っ掛かる反応やのう。俺がOK出すんが、そないに不思議なんか?」

 

「あ、い、いやぁ~ハハハ……」

 

「ふん。まぁ、えぇわ。お互い、協力した方が手間かからんで済むんやったら、そうしたら えぇ思うただけや。特に深い意味なんかないで」

 

 

 

 ぶっきらぼうながら、マジマの言葉からは生来の面倒見の良さも垣間見えている。それを聞いたクラインは、少しでも難しく考え、あまつさえ変な想像を立てた自分を恥じた。

 そして頭を下げて、再び強く懇願する。

 

 

 

「……了解しました! それじゃあ、お2人とも。よろしくお願いします!!」

 

 

「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」

 

 

 

 お辞儀をするリーダーの姿に、他のメンバーも倣って続いた。

 

 

 

「ふっ。あぁ、よろしく頼む」

 

「ヒヒッ。ま、せいぜい足 引っ張らんよう気張るんやな」

 

 

 

 強面ながらも柔らかい笑みを浮かべるキリュウとマジマ。

 彼等の敬意を受け取りながら、特にクラインが持つ独特な雰囲気に2人は着目していた。いつ命を落とすか解らない状況にあって、平時と変わらないような空気感を作り出す彼は、極めて貴重な存在になり得ると言えた。彼のような人間がいれば、殺伐としがちな空気も少なからず緩和するだろう。そして、そういう人間こそ今後の攻略組には必要だという認識は、キリュウもマジマも同様であった。

 

 

 

  シュゥンッ ――――――

 

 

 

「む?」

 

「お?」

 

 

 

 そんな時、敵が湧出する効果音が耳に届いた。その出現したモンスターの姿を見た瞬間、全員が少なからず驚きの反応を見せる。

 

 出現したのは3匹 ―――――― フレンジー・ボアが2匹に、更にボアの倍近い体躯(・・・・・・・・)のダイアー・ウルフがいたからだった。猪よりも遥かに巨大な狼というアンバランスさが、現実離れした印象を強く与える。

 

 

 

「巨大種だ!」

 

「うおぉ……!? マジかよ……!」

 

 

 

 それは紛れもなく、件の巨大種のダイアー・ウルフである。

 

 

 

「ふっ……どうやら、噂をすればという奴らしいな」

 

「ヒヒヒ。中々空気が読める奴やないか」

 

「いやぁ……まさか、いきなり出て来るとは……!」

 

 

 

 彼等の反応を見る限り、どうやら現れた巨大種がクエストの討伐内容の1つらしい。クラインも外のメンバー同様、話が纏まっての早速の出現に驚きを隠せない様子だ。

 しかし同時に、ようやく目的を進められるのも事実。間を置かずに臨戦態勢が整えられる。

 

 

 

「よし、フレンジー・ボアは俺達が引き受ける。巨大種(そっち)は任せたぞ」

 

「少しは、えぇとこ見せろやぁ? 行くでキリュウちゃ~ん!!」

 

 

 

 当初の予定通り、キリュウとマジマは彼等のフォローに回る。同時に、敵の名前の横に表示されたハテナマークが示す通り、フレンジー・ボアは2人のクエスト標的でもあるので、一石二鳥である。

 

 

 

 

 

「了解っす! よっしゃ、お前ぇら! 俺達風林火山(ふうりんかざん)の力、攻略組の2人に見せてやれ!!」

 

 

「「「「「おぉ――――――ッ!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 先に向かったキリュウとマジマに遅れまじと、クラインら一行も目標のダイアー・ウルフへと突貫して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大種・ダイアーとの戦闘は、問題なく切り抜けた。取り巻きのフレンジー・ボアはキリュウとマジマが あっさりと蹴散らし、残る大ダイアーをクラインらが取り囲んで危なげなく討ち取ったのである。

 

 その後も、更なる戦果を上げんと2組はフィールドを闊歩していく。

 

 

 

 

 

「そっちに行ったぞ!」

 

「トーラス、しっかり足止めしろ!」

 

「解ってるって!」

 

 

 

 そして現在、新たに湧出したプリック・ワスプの連隊と相対している最中である。巨大種ワスプが1匹に、通常の取り巻きが3匹という陣容だ。攻撃力も移動力もフレンジー・ボアよりも僅かに優る敵とあって、対峙するメンバーの面持ちにも緊張と集中力が強く表れていた。

 

 

 

「お前ぇら、慌てるんじゃねぇぞ! しっかり足止めして、弱点武器で攻めりゃ問題ねぇ!! とにかく集中だ!!」

 

 

 

 その少し離れた場所では、リーダーたるクラインがメンバーに叱咤激励を行なっている。なぜ彼は戦闘に参加しないのかと言えば、今回のクエスト攻略には、クライン以外の面々に実戦経験を積ませる側面もあった。その為、ある程度 慣れた頃合いを見て、彼等のみでの戦闘を行なわせる運びになったのである。

 

 

 

「……ふむ。あいつらも、特に問題はないみたいだな」

 

「ホントっすか、キリュウさん?」

 

「あぁ。この辺りで充分に慣れたら、次のフィールドに出ても良い具合だ」

 

「うっし! キリュウさんからのお墨付きなら心強ぇ!!」

 

 

 

 立ち回り、攻撃や防御などの1つ1つの動作、状況判断など、少なくともフィールドに出る分には問題はないレベルに仕上がっているとキリュウは判断した。攻略組からの悪くない評価を貰って、クラインも我が事とばかりに得意な笑みを見せる。

 

 

 

「ま、せやけど……まだまだ基礎を おっかなビックリやっとる段階からは抜け切れてないからのぅ。死なせたくなかったら、お前が しっかり手綱 握らな あかんで?」

 

「うっ、うっす!」

 

 

 

 そして、間髪入れずにマジマからの駄目出しを貰い、恐縮とばかりに背筋を伸ばすクライン。実際、先の段階へ進む時こそが危うい頃合いでもあるので、マジマの指摘も決して意地悪でもなんでもない。

 まだまだ粗削りな所が目立つ中でも、他人の忠告に対し素直に受け入れられるクラインの性根は、キリュウにとってもマジマにとっても非常に好意的に思える美点であった。

 

 

 

「……そういえば、クライン。1つ、気になる事があったんだが」

 

 

 

 ふと、キリュウがクラインに対して問い掛けた。

 

 

 

「? 気になる事っすか? 一体なんです?」

 

「さっき、お前が言っていた事でな……《 風林火山 》というのは、お前が作ろうとしてるギルド名なのか?」

 

「あぁ、その事っすか! えぇ、そうです。俺らが以前から色んなゲーム内で名乗ってる自慢の名前っすよ」

 

「やっぱり、そうか」

 

 

 

 それは、先程キリュウやマジマと共に戦った時の事だ。クラインが何気なしに名乗っていたのを、キリュウの耳が拾っていたのである。

 

 

 

 “ 風林火山 ” ―――――― それは、古代中国の兵法書・孫氏(そんし)に由来する言葉だ。

 

 

 

―――――― 故其疾如風《(はや)き事、風の如く》

 

 

―――――― 其徐如林《(しず)かなる事、林の如く》

 

 

―――――― 侵掠如火《侵掠(しんりゃく)する事、火の如く》

 

 

―――――― 不動如山《動かざる事、山の如く》

 

 

 

 これらは、孫氏内の“ 軍隊の進退 ”について述べているものを部分的に引用したもの。噛み砕いて言えば、戦争とは常に状況が変化していくものであるから、このように動くべきものである、という意味だ。

 

 

 戦国時代、この言葉を旗印にしていた大名がいた。

 

 

 

「……確か、武田 信玄の旗印でもあったな。もしかして……」

 

「えぇ。お察しの通り、信玄公に(あやか)っての名前っす」

 

 

 

 武田(たけだ) 信玄(しんげん)

 

 甲斐(かい)(山梨県)を本拠に、天下取りに名乗りを上げた戦国大名の1人である。かの織田 信長でさえ最も恐れたとされ、戦国最強とまで天下に言わしめた猛将だ。

 現代でも その名声は衰える事を知らず、地元では信玄公と呼ばれ崇められ、彼を題材にした物語やテレビ、映画は数多く、ゲームでも様々な形で登場する程の存在感を放っている。

 

 

 

「ほぅ~。お前にしちゃ、中々渋いセンスやないか。やっぱ、最強っちゅう肩書に憧れたんか?」

 

 

 

 揶揄うような言葉の中に、どこか嬉しそうな色がマジマの口調にはあった。彼も信玄に興味があるのだろうかとクラインは予想しつつ、彼の問いに答える。

 

 

 

「まぁ、それもあるっちゃあるんすけど。正確には……爺ちゃんの影響っすかね」

 

「ほぅ、お前の祖父の」

 

「えぇ。俺の親父の方の爺ちゃんが、山梨出身の人でしてね。それで幼い頃から、信玄公の武勇伝を聞いて育ったんですよ。

 他にも、小学生の頃に ちょっとしたトラブルに見舞われましてね。その時に、爺ちゃんから孫氏の兵法の事を学んで、それで無事に解決したって事もあったんです。だから俺にとっちゃ、爺ちゃんも そうっすけど、信玄公も掛け替えのない心の師匠ってワケです」

 

「なるほどな」

 

 

 

 詳しい事こそ知り得ないが、クラインにとって現在の人格を決定付ける重要な出来事だったに違いない。であれば、今も これ程までに強く敬意を表(リスペクト)する事にも納得できるというものだった。

 

 

 

「あと、それだけじゃなくてですね」

 

「うん?」

 

「他にも、俺が教訓にしてる事があるんす」

 

「と、言うと?」

 

「“ 人は城、人は石垣 ”……って、知ってます?」

 

「信玄ちゃんの、有名な言葉やろ?」

 

 

 

 キリュウよりも先に、マジマが そう答えた。まさしく、その通りだとクラインは頷く。

 

 

 

 それは、武田 信玄が遺したとされる有名な言葉である。

 

 

 即ち ―――――― 《 人は城・人は石垣・人は堀・情けは味方・仇は敵なり 》

 

 訳せば、どれだけ強固な城を築いたところで、人心が離れていれば何の役にも立たず、国を治める事など出来ない。篤く情をもって接すれば、人は強固な城よりも強く国を守ってくれる。逆に人に仇なす行為を行なえば、たちまちの内に滅んでしまう、という事である。

 武田 信玄は、領地を治める際に強固な拠点を築くよりも、人との繋がりを重視した。人の力や絆を強くすれば、それだけで国は強く育つと考えたのである。親兄弟でさえも相争う戦国の世にあって、見方によっては理想論とも取れる考えかもしれない。しかし だからこそ、甲斐武田氏は着実に領土拡大と成長を続け、信玄の晩年には戦国最強とも称され、最も天下に近いとされた信長も その存在を最後まで恐れ続けたとも言えるのだろう。

 

 

 

「この言葉、現代(いま)から見ても充分に役立つ言葉だと思うんす。……初心者組の中には最初、戦う事も出来ない自分に価値なんかない、って考えるヤツも少なからずいたんすよ」

 

「何だと?」

 

「勿論、今は そんな考えも ほとんど下火っすよ? だけどSAOが戦ってなんぼっていうのも、確かに その通りではあるんす」

 

 

 

 理解できなくはないが、それは いささか悲観が過ぎるだろうというキリュウの思いが強く表情に出たのだろう、クラインが制すように言った。

 

 

 

「……俺も、そいつらの気持ちは理解できるんすよ。今だから言いますけど、俺も最初は街に出ないで正解だったって、思ってましたから。……キリトやハルカちゃんは止めなかったってのに」

 

「「………」」

 

「満足に戦う事も出来なくて、ただ時間だけが過ぎていく。次第に、俺は何の為に ここにいるんだって、そんな事を ぼんやり考える事もありました」

 

 

 

 それは、仕方のない事だったのだろう。そもそも命の危険があると解っていて、それでも進もうとする方が常識的に考えて異常とも言えるのだ。加えて、クラインらは初心者組だった。情報も満足にないのでは尚更だろう。だが、頭では それが解っていても、心は納得し切れなかった。それは ある種、彼の真っ直ぐな性格を端的に表しているとも言えた。

 

 

 

「だけど、そんな時に、アンタ達が現れた」

 

 

 

 クラインは、先程までの憂うような表情から打って変わり、眩い未来を見るような顔つきになる。

 

 

 

「今だから告白しますけど、あの時は俺、ずっと驚きっ放しでしたよ。後からダイブして来たって言うわ、初めての戦いでベータテスター以上の戦いは見せるわ。

 ……おまけに、そんな強い人が、こんな俺に頭まで下げたんすから」

 

 

 

 まさに、彼にとっては衝撃の連続だった。自分よりも ずっと強く、リーダーシップ溢れ、立派な大人であるキリュウとマジマの出現。そんな彼等が自分にまで頼み事をした。困惑も、勿論あっただろう。

 しかし、同時に それが彼にとって どれだけ ありがたいものであったか。彼は語る。

 

 

 

「不安も大きかったけど、それ以上に頼りにされたのが嬉しいってのが大きかったっすよ。こんな俺でも、出来る事がある。その嬉しさを糧にマスティルと色んなヤツにレクチャーして。そしたら いつの間にか、俺だけじゃなくてメンバーも前に踏み出せるようになった。

 それだけじゃない。アルゴのヤツは攻略のガイドブックを無料で配り、他にも鍛冶職を取ったヤツらが集まって活動を始めた。それで ある時ふと、例の信玄公の言葉を思い出したんす」

 

「人は城、人は石垣……」

 

「そう。人間、誰だって出来る事は必ずある。たとえ大多数のヤツが出来る事が出来なくても、ソイツしか出来ない事は必ずある。役に立たないヤツなんて、1人だって いやしないんだって」

 

 

 

 それは、一度は自分の無力さを思い知った人間だからこそ発せる、言葉の強さだった。

 

 

 

「クライン……」

 

「……キリュウさん、マジマさん。俺、やりますよ。どれだけ時間が掛かるかは解りませんけど、必ず強くなって、みんなの所に行ってみせますよ。それが、風林火山、全員の総意っす!!」

 

 

 

 様々な思いを負っているだろう言葉だった。キリトやハルカを一度は見殺しにした後悔。こんな自分を頼ってくれたキリュウやマジマに対する歓喜。戦う意思を取り戻し、高めてくれた恩義。多くの仲間の命を背負う責任。そして、険しい道を行く覚悟。

 その言葉、その瞳に、迷いはないと2人の豪傑は鋭く感じ取った。

 

 

 

「あぁ。楽しみにしてるぜ、クライン」

 

「頑張れやぁ~? 信玄ちゃんの名前に泥塗るような真似したら、承知せぇへんでぇ?」

 

 

 

 それぞれのエールを受け取り、クラインは満面の笑みを浮かべる。

 

 

 丁度その時、3人の近くで湧出(ポップ)音が聞こえた。見れば、3体の敵が出現している。しかも、1体は風林火山の目標である巨大種で、残りはキリュウ、マジマらの標的だ。

 他のメンバーは、まだ戦闘を終えていない。ならばと、3人は得物を構え対峙する。

 

 

 

「巨大種は任せる。出来るな? クライン」

 

「勿論っす! 大船に乗ったつもりでいて下さい!!」

 

「ハッ! 底に穴が空いてへんよう祈っとるでぇ?」

 

「そりゃないでしょ、マジマさん!?」

 

「ヒッヒッヒ!!」

 

 

 

 軽口を叩き合う余裕を見せる2人に、キリュウは何とも言えない頼もしさを感じる。

 

 

 

 

 

「よし ―――――― 行くぞぉ!!!

 

 

 

「「おぉ――――――っ!!!」」

 

 

 

 

 

 その一体感、戦意の昂りは、これまでの比ではなかった。

 

 

 蹂躙と言うのも足らない位の圧倒的 強さをもって、3人は敵を屠っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 第1層  挑みし者を睨む森然 】

 

 

 

 

 

「ハアッ!!」

 

 

「ギョアアアッ!!?」

 

 

 

 昼過ぎの時間ながら、薄暗い森の中に、眩い光の剣閃が煌く。そして耳に障るような断末魔を上げ、スワンプコボルド・トラッパーは爆散した。

 

 

 

「ふぅ……何とか片付いたか」

 

 

 

 敵影の完全消滅を索敵スキルで調べ、キリトは息を吐きながら剣を鞘に納めた。その立ち姿からは少なくない疲れを感じさせる。

 と言うのも、先程まで3体のスワンプコボルド・トラッパーを相手取って戦っていたからである。1層でも屈指の初心者殺しのモンスター、それも複数が相手。攻略組でトップクラスの装備とレベルを誇るキリトでも、決して気を抜ける相手ではなかったのだ。

 更に言えば、今回は久々の単独行動(ソロ)だった事も影響していた。

 

 

 

(……やっぱり、ちょっと勘が鈍ってるかもな)

 

 

 

 デスゲームが始まってから、大半が誰かしらパーティメンバーがいての戦闘だった。ソロで戦った事は最初期を除けば、ほとんどない。今回ふと そう感じ、丁度良い機会と考え無理を言ってソロでの行動を取らせてもらった。無論、ハルカを始め反対する者は多かったが。

 そして戦ってみて、久し振りのソロでの判断力や立ち回りなど、様々な違和感を感じるに至った。テスト時は生粋のソロプレイヤーだっただけあって、どこか矜持を失ったに近い感覚であるとキリトは思った。

 

 

 

(でも、まぁ……先の事も考えれば、それも仕方ないかな)

 

 

 

 ゲームだったなら ともかく、今は本当に命が懸かったデスゲームだ。命の危険を減らす意味でもソロでの活動は極力 減らすべきである。実際、レベル差が さほど ないとはいえ、たった2つの下層のモンスターにさえキリトは命の危険を感じた程だ。もっとも、今回は特に危険なモンスターであり、しかもソロでは滅多にない3体という大人数が相手という例外もあったが。

 

 

 

「やれやれ……ん?」

 

 

 

 色々とままならないものだと思う最中、キリトは自身の索敵スキルに何かが引っ掛かるのを感じた。現在、キリトは派生スキルの恩恵で索敵距離にボーナスを得ている。初めの頃よりも、半径100メートル程度の距離の反応を察知できるようになっていた。

 そしてスキルが捉えた3つの反応は、このフィールド内で動き回っていた。その1つは、モンスターではなくプレイヤーのものである。

 

 

 

「この動き……まさか……!」

 

 

 

 その2種類の反応の動きを感じて、キリトは“ 1つの可能性 ”を察する。テスト時からの経験から来る勘は、それが高い確率であると訴えていた。

 嫌な予感が胸中で鳴り響くのを無視する事も出来ず、キリトは すぐさま駆け出し、その場へと向かう。

 

 

 

 

 

 そして、1分弱ほど走った頃だった。

 

 

 

 

 

「いやああっ!! こっち来ないでぇっ!!!」

 

 

 

 

 

 そこでは、キリトの悪い予感が現実のものになっていた。

 1人の女性プレイヤーが、3体のモンスターに取り囲まれていたのだ。しかも、1体は先程キリトも戦った、コボルド類でも厄介なトラッパーだ。

 彼女は木を背にしており、何とか完全包囲は免れているが、それでも逃げ場を失っている状況なのは変わらない。おまけに、残りHPも少なく既に危険域(レッド)に近い警戒域(イエロー)であった。

 

 

 

(おいおい! あの子、何やってるんだ!?)

 

 

 

 更に悪い事に、あまりに不利な状況ゆえか、少女は完全に冷静さを失っている様子だった。きちんと狙いを定める事もしないまま、ただ我武者羅に得物の片手直剣を振り回していたのだ。それでは無駄に体力を消耗するばかりで、何の解決にもならない。せいぜいが時間稼ぎが関の山である。

 

 

 

「ギャウアッ!!」

 

「あっ!?」

 

 

 

 そして、そんな初心者 丸出しの動きを初心者殺し(スワンプコボルド・トラッパー)が見逃すはずもない。おぞましい掛け声と共に、少女の剣を弾き飛ばしたのだ。

 これで、少女は完全に丸裸状態。左手には盾を装備しているが、冷静さを欠いた今では慰めにもならないだろう。

 

 

 

「くそっ!!」

 

 

 

 もはや、一刻の猶予もない。得物の柄に手を伸ばしつつ、全速力で少女の救出に向かう。

 姿勢を低くし、風の抵抗を最低限に止める動きで駆け抜けていく。周りの景色は ほとんど映らず、ただ ひたすらに目標の動きだけに注視する。

 恐怖が降り切れたか、武器を失った少女が遂に尻餅を突いた。ガタガタと震えつつ、目の前で自身を睨み付けるモンスターから目が離せない様子だ。

 

 無防備を晒す少女に、モンスターは嗤い ―――――― 得物の斧を振り上げる。

 

 

 少女が、自身の末路を悟り、目を反らす。

 

 

 キリトの中で、感情に火が点いた。全身に、あらん限りの力を振り絞り、パラメーターが出し得る限りの出力を全開にする。

 

 

 狙うは、少女とモンスターの間。

 

 

 決してミスは許されないと、全神経を集中させる。

 

 

 斧が、少女 目掛けて振り下ろされ始める。

 

 

 

 

 

 キリトは背中から ―――――― 黒き刃を奔らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンスターが、私を殺そうと やって来る。

 

 

 

 

 恐怖から、体は動かない。逃げなきゃと思うのに、自分の体なのに、全然 言う事を聞いてくれない。

 

 

 

 

 どうして、こんな事になったんだろう。やっぱり、私なんかが調子に乗ってフィールドに出ようと思ったのがダメだったんだろうか。

 

 

 

 

 何を後悔しても、もう遅い。完全に手遅れだ。

 

 

 

 

 モンスターの動きが、いやに遅く見える。自分の感覚なのに、自分じゃないみたいに。

 

 

 

 

 これが………“ 死 ”ってヤツなのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怖い ―――――― 怖イ ―――――― こわい ―――――― コワイ ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、目を閉じた。

 

 

 

 

 せめて、怖いものは見ずに死にたいと思ったから。

 

 

 

 

 両親に ―――――― 友達に ―――――― 仲間に、私は謝る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こんな所で……死にたくなかった……もっと、生きたかったよ………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ガキイイィィンッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――― 来るはずの衝撃は、来なかった。

 

 

 

 その代わり、何か けたたましい音が響いたような気がする。

 

 

 

 何が、起こったのだろうか。

 

 

 

 私は……そっと、恐る恐る目を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには ―――――― 目の前一杯に、“ 黒 ”が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間に合った ―――――― 刹那の息苦しさの後、キリトは そんな安堵を覚えた。

 

 本当に、ギリギリのところだった。あと少し到着や割り込みが遅ければ、少女の命は なかったかもしれなかったのだ。

 

 

 

「だああっ!! はあっ!!」

 

 

「ギャワッ!!?」

 

 

 

 すぐさま、反撃に移る。単体なら、単純なレベル差でキリトの方が上だ。力任せに押し返し、そして返し手を利用しての《 ホリゾンタル 》でトラッパーの胸を斬り裂いた。

 残り2体。共にコボルド・ソードマンであり、強さや厄介さではトラッパーに劣るものの、後ろに少女がいる以上 悠長に構える事も望ましくない。即座に そう判断したキリトは行動に出る。

 

 まずは右に左に剣を振り、2体に攻撃を命中させる。彼の狙い通り、ソードマンは狙い(ヘイト)をキリトに切り替えて注視をしてきた。そして、2体はキリトの左右に挟むようにして展開して来る。

 

 

 

「危ない!!」

 

 

 

 後ろの少女が、キリトの不利と命の危機を感じて叫ぶ。

 

 

 だが、キリトは退かない ―――――― これこそ、望んだ形(・・・・)だからだ。

 

 

 瞬時に2体の位置、高さを計算したキリトが、剣を構える。

 

 

 

「でやあああああっ!!!」

 

 

 

 右から左へ ―――――― そして、左から右へ、アニールブレードの剣閃が煌いた。

 

 

 ソードスキル・《 ホリゾンタル・アーク 》。その二撃が、それぞれ左右のコボルドの頭部を斬り裂いたのである。

 

 

 レベル差の大きい相手から、弱点を深々と斬られた2体のソードマンは、呆気なく消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵影の消滅後、改めて索敵スキルを展開させ、追加がいない事を確認するとキリトは残心を解いた。

 

 

 

「ふぅ……おい、大丈夫か?」

 

 

 

 そして、未だ座り込んだままの少女に声を掛ける。当の少女は、展開の急変に頭が付いていけてないのか、呆然とした面持ちでキリトを見ている。

 少女の口が僅かに動く。ようやく、現実に思考が追い着いた様子だ。表情にも、変化が訪れる。

 

 

 

 

 

「―――――― っ……こ……怖かったぁ………!!」

 

 

 

 

 

 初めて弾け出した感情は、恐怖から脱した安堵と涙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ、ちょっとは落ち着いたか?」

 

「うん、ありがとう……」

 

 

 

 キリトは現在、助け出した少女を連れて近くの安全エリアに来ていた。

 救助された後、少女は腰が抜けたようで満足に動く事も出来なかった。よほど怖かったのだろう。やむを得ず、マップを確認して一番近くにあった安全エリアに避難したのである。ちなみにHPも既に回復を終えている。

 そして、腰を下ろし休むこと数分。何とか、少女にも落ち着きが戻って来た。

 

 

 

「本当に、助けてくれてありがとう。私の名前はサチ(Sachi)、よろしく」

 

 

 

 改めて礼を述べると同時に、少女 ―――――― サチは自分の名を明かした。

 装備は、《 スムース・クロス 》のスカート版であり、水色と青を基調とした衣服で揃えている。

 容姿は、黒髪で髪型はセミロングとショートヘアの中間といった長さで、前髪を切り揃えている。顔立ちも整っており、細い眉に若干 垂れ目気味で、右目下の泣きボクロが特徴である。身長はキリトよりも少し低い位だが、手足はスラリと伸び、女性らしいラインが出来ている。総合的に見ても、高いレベルの容姿である事は確かである。泣きボクロという大人っぽさを感じさせるパーツ故か、どこか儚さを思わせる美しさがあった。

 

 

 

「あ、あぁ。俺はキリト、こっちこそ よろしく」

 

 

 

 これまで出会った女性プレイヤーの中でも特に大人っぽい雰囲気に少しドキリとしつつ、キリトは返事を返した。

 

 

 

「キリト? ……あ! もしかして、攻略組の?」

 

「あぁ、うん。まぁ」

 

「やっぱり。そのコートも、どこかで見たと思ったんだ」

 

「ははは……」

 

 

 

 発足の際、ディアベルらの案で あれだけ派手に立ち回った後である。キリトも何だかんだノリノリでコートの装着といった演出を行なった以上、サチのように目に留まった人間もいたという事だろう。今更ながら、我ながら小恥ずかしい事をしたと羞恥を禁じ得ないキリトであった。

 

 

 

「それにしても、危ないところだったな。まさか、1人で来たのか?」

 

 

 

 話題を変え、先程までの状況の経緯を尋ねる。キリトの見立てでは、サチはレベルは ともかく単純な戦闘技量は、さほど高いようには見えなかった。にも かかわらず、あの場に1人でいた事に疑問を抱いていた。

 

 

 

「……ううん。私、他に4人の仲間がいてね、みんなと一緒にモンスターと戦ってたの。街で、ギルドを作るクエストが解禁されたから」

 

「そうか、サチ達も例のクエストを」

 

「うん。それで、私達に課せられた内容が、この付近で採れる植物の採取と、モンスターの討伐だったの。私達のレベルも、レクチャーをしてくれる人達に、迷宮区付近までなら何とかなるって言われたから、やれるだけやってみようって話になって……」

 

 

 

 そして、時間を掛けつつも順調に成果を上げていた中、運悪くモンスターの連続湧出(ポップ)が発生してしまった。最初は まとまって迎撃していたのだが、気が付けばサチは他のメンバーと距離が離れてしまい、合流しようとしたら また別のモンスターが出現し、それも叶わなくなった。恐怖に駆られ、サチは思わず その場から走り去ってしまう。

 そうして、絶体絶命となった時にキリトの救助を受けた、という塩梅との事だった。

 

 

 

「……ホント、貴方が来てくれなかったら、私……っ」

 

「……あぁ。本当に、間に合って良かった」

 

 

 

 改めて、サチは幸運だったと言える。もし、キリトが このフィールドに来ず、かつ索敵スキルを持っていなかったら、全ては最悪の方向に向かっていたのは間違いないのだから。

 未だ浮かぶ恐怖と、自身の強運を噛み締めるサチ。キリトも、巡り合わせで1人の人間を救えた事に強く安堵した。

 

 

 

「それじゃあ、まずは仲間に無事な事を知らせた方が良いな。それから、迎えに来てもらうと良い」

 

「うん、解った」

 

 

 

 居場所ならば、フレンド機能を使用すれば解るのではという話になるが、今回の場合それは当てはまらない。というのも、フィールドの中には迷宮区の他に、仲間の居場所が特定できなくなるフィールド区画が存在するからだ。今2人がいる森が、今回それに該当する。

 その為、サチはメールに自分の無事と共に現在の居場所を文章で示した。この森には安全エリアが3か所あり、2人は現在マップで見て東に延びる道にある安全エリアにいる。それを記したのである。

 送って程なく、サチのメッセージボックスに返信が届いた。どうやら仲間達は丁度 反対側を探していたようであり、すぐに此方へ向かうとの事だった。

 急いで向かったとして、着くのは約5分。途中でモンスターに遭遇したとしたら、更に掛かるかもしれない。既にサチの安全は確保できたので、そろそろ暇を貰うか、それとも もう しばらく側に いてあげるべきか、キリトは密かに迷っていた。

 

 

 

「……ねぇ、1つ聞いても良い?」

 

「えっ? あ、あぁ、何だ?」

 

 

 

 不意に、サチが尋ねた。わずかに面食らいながらも、キリトは何とか落ち着かせて対応する。

 

 

 

「貴方は、怖いって思った事ある?」

 

「怖い?」

 

「うん……だって、あの茅場って人が言った事が本当なら、私達のHPがなくなると本当の私達が死んじゃうって、事だよね? それなのに、貴方たち攻略組は誰よりも先に進んでる。ここよりも、ずっと危険なはずなのに。私には、それが不思議なの。

 

 ……良かったら、聞かせてくれないかな。どうして、貴方は あんなにも戦えるの?」

 

 

 

 体育座りの状態で立っているキリトを見ている為、自然と上目遣いの形になっている。弱々しそうな瞳だが、そこには しっかりと聞きたいという強い意志が感じ取れた。

 生半可な、適当な返事はしてはならないとキリトは思った。目線を反らし、地面を見詰めながら思案に耽る。

 

 

 

「……俺の場合、街を飛び出した理由は、確信があったから、かな」

 

「確信?」

 

「あぁ。俺は、この事件が起こる前は茅場に憧れを持ってた。若干20代で、ゲーム業界を始め、大きな革命を起こした不世出の奇才。それこそ、彼が取材に応じた雑誌なんかも何度も読み込んでた。だから、デスゲームの宣言を行なった時、あの言葉は真実だって、自分でも不思議な位に確信が持てたんだ」

 

「………」

 

 

 

 自分達を絶望に陥れた人物を敬うような言葉に、反射的に複雑な表情を浮かべるサチ。あからさまに他人を罵倒するような人間ではないが、それでも常軌を逸した行為を行なった人物に対しては強い嫌悪感を隠し切れないようだ。

 

 

 

「だから、俺は すぐに街を出た。俺にはテスト時代の知識があったし、腕にも自信があった。レベルを上げるリソースさえ確保できれば、生き残れるって思ってたんだ。

 ……今にして思えば、あまりにも軽はずみ過ぎる行動だったけどな」

 

「上手くは、いかなかったって事?」

 

「……そうだな。正直、生き残りを賭けた戦いなんだって事を、俺は軽く見過ぎてたんだと思う」

 

 

 

 キリトの脳裏には、自身を陥れ、そして無残にも散った元同胞の姿があった。あの時ほど、人間という生き物の本性というものを垣間見た事はない。そして、それに()てられた時の心情は、思い出すのも苦痛な程だ。

 

 

 

「俺は……自分が思っていたよりも、ずっと弱い人間だった。そんな俺を、支えてくれる人がいた」

 

「それって、もしかしてハルカって人の事?」

 

「あぁ」

 

 

 

 キリトとハルカが、デスゲーム開始直後からパーティーを組んでいるというのも、少し調べれば知り得る情報である。サチも、おそらく何らかの筋から聞いたのだろう。

 

 

 

「……ハルカには、それこそ色んな形で助けてもらって来た。俺からすれば、返そうと思っても返し切れない程の恩がある。

 だから、俺は誓ったんだ。必ず彼女を守る。そして、必ず生きて この世界から脱出するって。その為なら、どんなに手強い相手でも、逃げるつもりはない」

 

 

 

 単純な、戦闘におけるパートナーだけではない。日々の話し相手、買い物やクエストなどの分担、食事の提供、情報やアイテムの共有など、様々な形で互いに支え合って来た。彼女がいなければ、今日まで順調に戦ってこられなかっただろう。レベル上げは ともかく、生来の人付き合いの不得手さが災いして、チームワークに支障を来していた可能性は高かったはずだ。家族やクラスメイトとすら、満足に交流が出来なかったのだから。

 だからこそ、今やキリトの戦う理由としてハルカの存在は、とても大きなものとなっていた。そして それは、彼自身が思っているよりも強い意志が宿っている。サチは、言葉や表情から その事を敏感に感じ取った。

 

 

 

「……貴方は、強いね。それに、貴方の仲間達も。私とは、大違い……」

 

「そんな事は……現に、君だって こうしてフィールドに……」

 

「ううん。私は、ただ怖かっただけ。みんなに置いて行かれるのが、1人で待つのが、役立たずだって思われるのが……私は、ただ恐れてるだけなの。今は、そう思う」

 

「え?」

 

「……私はね、本当は怖くて堪らないの。ちょっと外を歩けば、すぐにでも死が やって来るような今が。まして、戦おうなんて思わなかった。

 だけど、いつまでも街に籠ってるワケにはいかないって話になって、はじまりの街で始まったレクチャーにも参加するようになった。みんなは最初、私に気を遣って職人スキルを取ったら良いって言ってくれたけど、それは何だか逃げてるみたいに思えて。だから、怖い思いを必死に押し込めて、みんなと一緒にレクチャーを続けた。

 初めてフィールドに出た時も、みんなは率先して前に出て戦って、私には主に一番レベルが低い敵だったり、弱った敵を倒させてくれた。おかげで、私でも順調にレベルアップを重ねられた。

 

 だけど……それで、驕っちゃったのかな。私でも充分に戦えるって勘違いして……だから、今回みたいに危ない目にも遭って……」

 

 

 

 まるで、自分の罪を告白するようであった。自分の心を偽り、ただ周りに合わせるばかりで、あまつさえ自分の力量を見誤ったが故の大失態。命こそ助かったが、彼女の心を折るには充分過ぎる程の痛感だったのだろう。膝を抱えて俯く姿は、痛々しくさえあった。

 

 

 

「……大人しく、街で籠ってるのが正解だったのかな………」

 

「……それは、どうかな」

 

「え?」

 

 

 

 返って来た予想外の言葉に、サチは呆然と声の主を見上げた。

 

 

 

「その……俺も、上手くは言えないけど……そんなに、後ろ向きに考える必要はないんじゃないか? 今回の事だって、言ってしまえば運が悪かったとも言えるし」

 

「だけど……」

 

「だってさ……悔しくないか? それまで頑張って来た自分を否定するなんて事は」

 

 

 

 キリト自身、何故こんなにも熱くなっているのか、よく解らない。戦って、恐怖を感じて、身の安全を第一にと考えを改めるのは、決して間違ってはいないはずだ。むしろ、彼女のような人間には正解だと言っても差し支えないだろう。

 だが、それを肯定する事は絶対的に正しいのか、という疑問も同時に生まれた。理由は どうあれ、彼女も一度は戦う決意をし、今日まで努力を重ねて来たはずだ。それを、たった一度の躓きで全てが間違っていたとするのは、どうにも納得し難いものがあったのだ。

 

 

 

「……それは……」

 

 

 

 そしてサチも また、キリトの言葉を否定する事が出来ない。この上なく怖かったのは事実だ。もう2度と、あんな思いをするのは御免だという気持ちがあるのも事実。

 だが、これまでの自分が全て間違っていたと認めるのかと言われて、素直に頷けるかと問われれば話は違う。だが、代わりの上手い言葉が出て来ない。

 

 

 

「俺も、毎日のように戦ってるから解るけど、レベリングとかって、本当に手間が掛かるんだよな。単にソードスキルとかを使えれば良いワケじゃなくて、武器の強化やアイテムの準備とか、情報を収集したりとかさ。本当に色んな事をしなきゃならない」

 

「うん……」

 

 

 

 それは、サチとて痛いほど解っている事だ。レクチャーの際にも、事前の準備に対する心掛けは耳にタコが出来るほど言われたのだ。死の可能性を少しでも少なくする意味でも、それを怠った事はないと断言できる。

 

 

 

「だけど、本当に戦うのが嫌なヤツは、そもそも実際に戦う事はないんだと思うんだ。それこそ、最初から違うスキルを取得すれば良い話だしな。

 君は、ただ周りに合わせるだけ、とか言ってたけど……本当に それだけで、ここまで頑張れるものだろうか?」

 

「………」

 

 

 

 きっかけは、本心を隠しての同調だったかもしれない。だが、それを今日まで約半月も続けられたと考えれば、それだけだと考えるには腑に落ちないとキリトは思っていた。全てが そうだと断言できるわけではないが、戦いを続ける事は そんなに単純な事ではないというのが正直な気持ちだった。

 

 

 

「本当に、ただ仲間達を困らせたくないとか、そんな考えだけだったか? もっと、他に戦い続けられた理由があったんじゃないか?」

 

「……………」

 

 

 

 どうして、そんな事を問うのだろうという気持ちはあった。だが、こうしなければ彼女も自分も後悔する事になるのではないか、という思いがあったのだ。

 再び、沈黙するサチ。それを見守るキリトは、自分でも驚く程に胸の鼓動が速まるのを感じていた。コミュ障だと自覚する自分が、出会ったばかりの他人と これ程までに思いを ぶつけ合う事に心が慣れていない所為だろうか。キリュウやハルカは、いつも こんな思いで人の話を聞いているのかと考えると、末恐ろしさに似た感心を抱いた。

 

 

 

「……憧れ、かな」

 

 

 

 そうして、サチは熟考の末の言葉を紡ぐ。

 

 

 

「憧れ?」

 

「うん。みんなとレクチャーを続ける中で、噂になってた話があったの。最前線で戦うプレイヤーの中に、私と そう変わらない年頃の女の子がいるって」

 

「……!」

 

 

 

 まさか、という直感がキリトに走る。その反応を見て、サチも こくりと頷く。

 

 

 

 

 

「そう……その子の名は、“ ハルカ ” ―――――― 貴方達の仲間の事だよ」

 

 

 

 

 

 思いもよらぬ告白に、改めてキリトは驚きを隠せない。

 

 

 

「その子は、とても強くて、勇敢で、仲間想いで、その上 可愛くて……一体、どんな人なんだろうって思ってた。

 そして、攻略組の発足が伝えられた日、私は彼女の姿を この目で見た ―――――― 本当に、噂通りの人だったって、凄く驚いたのを覚えてる。

 彼女だけじゃない……他にも、私と そんなに変わらない女の子たちが、何人もいた。みんな、とっても輝いて見えた。どうやったら、あんな風になれるんだろうって、後になって何度も考えた。その内、私も彼女達と同じように戦えば、あぁいう風になれるのかなって、そう思ったの」

 

 

 

 思いもよらぬ言葉であった。まさか自分と身近な人が、こうして人を導くような存在になっていたとはと。誇らしいような、照れるような、何とも言い難い気分だった。

 

 

 

「この盾も、思えば彼女に肖ってだった。盾を片手に、仲間を守りつつ戦う少女……そんな姿に、私は憧れた。

 ……だけど、やっぱり憧れは憧れだね。私には、彼女みたいに勇敢にはなれそうにない……」

 

「……」

 

「……だけど、やっぱり悔しいね」

 

 

 

 自らの(ハンディ・ガード)を手に持ちながら、サチは俯いていた顔を上げた。その眼には、先程まではなかった“ 熱 ”が宿っていた。

 

 

 

「貴方の言う通り。戦うのは、とても怖い。だけど、それと同時に満足に戦えない私自身が、仲間の みんなを守れない自分が、情けなくて……とても、悔しいと思う」

 

「……そうか」

 

「……ねぇ。こんな私でも、まだ戦えるかな? 彼女(ハルカ)みたいに なれるかな?」

 

「……多分、アイツなら こう言うだろうな。

 

 “ 私は私、貴女は貴女。だから、自分に正直に決めれば良い。それが、一番の答えだ ”って」

 

 

 

 ハルカも きっと、命を優先する大切さも、戦いを続ける覚悟も、全て考えた上で答えを促すだろう。そして それは、決して押し付けなどではなく、サチ本人の意思を最大限 尊重した上での言葉のはずだ。彼女の他人に寄り添う姿を よく知るキリトは、確信に近い気持ちで答えた。その言葉は、聞きようによっては回りくどく曖昧な答えだったかもしれない。

 

 

 

「……うん。解った」

 

 

 

 しかし、サチに とっては何よりも納得できる言葉だった。自分の進退は、自分の意志で決める。当たり前過ぎる言葉が、周りに甘えていたと自覚した今の彼女には至高の教訓にも思えた。

 

 

 

「そろそろ、仲間達が来る頃だね。ありがとう。私は、もう大丈夫」

 

 

 

 視線を下ろして時間を見たサチが、キリトに そう切り出した。その意味を、キリトは察する。

 

 

 

「行っても良い、て事か?」

 

「うん。そっちも、やるべき事があったでしょ? いつまでも、いてもらうのは悪いよ。だから、気にせず行って」

 

「……あぁ、解った。それじゃあ」

 

 

 

 正直まだ心配ではあるが、同時に ありがたくもあった。きっと彼女の仲間が合流すれば、色々と話を聞かれるだろう。そうなると、色々と大変そうだからだ。さすがに、今のキリトには そこまで付き合えるほど心の限界量は強くはなかった。

 

 

 

「ねぇ!」

 

 

「ん?」

 

 

 

 去ろうとしたキリトを、サチが呼び止める。

 

 

 

「また、会える?」

 

「……あぁ。必ず、また会えるさ」

 

 

 

 今は、攻略組と初心者組として少なからず距離はある。だが、プライベートで会えない程ではない。今度は、ハルカらも交えて交流を深めるのも良いだろう。きっと、すぐに仲良くなれるに違いない。頷きつつ、かつての自分とは変わったなと、キリトは自らの心の変化に密かに驚いていた。

 

 

 

「サチ」

 

 

「?」

 

 

「名前。普通に、そう呼んで良いよ」

 

 

「あぁ。じゃあ、俺もキリトで良い。そうだ、サチ」

 

 

「?」

 

 

「最後に、ちょっとしたアドバイスだ。盾を使う戦いは、必然的に敵と接近するリスクを伴う。まだ敵に対する恐怖が強いなら、リーチの長い武器に変えるのも手だ。たとえば、槍とかな」

 

 

「……うん、ありがとうキリト! またね!」

 

 

「あぁ。またな、サチ!」

 

 

 

 

 

 互いに親交を深め合った事を確認しつつ、今度こそキリトは、その場を後にして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行っちゃった」

 

 

 

 森の中に消えて行ったのを確認して、サチは小さく呟いた。

 僅か30分足らずの間であったが、何とも濃密な時間を過ごしたなという思いだった。

 

 絶体絶命の危機から、奇跡のような救出劇。そして普段なら知り得ない攻略組の話を聞き、様々なアドバイスも貰えた。

 初めて間近で見た時は、遠目で見た時よりも随分と幼く、小さいなという印象があった。加えて自分以上に、人付き合いが苦手そうでもあった。そういう意味では、親近感は持てたと言える。

 

 だが、やはり自分よりも実戦経験が豊富な故か、それとも生来の気質なのか。ここぞという所で、その外見に似合わないような大人びた印象を与える場面もあった。さすがは攻略組の一角、という事なのだろう。未だ最下層で燻っている自分とは違うのだと感じた。

 

 その時その時で印象がコロコロ変わる様は、まるで猫を相手するかのようだった。彼のトレードカラーを考えれば、さながら黒猫といったところか。

 

 

 

(でも、またねって言ってくれた……)

 

 

 

 1人のプレイヤーとして認められた事は、純粋に嬉しかった。見下されるでもなく、憐れまれるでもない、対等な関係で話を聞いてくれた。それだけで、落ち込み切った心は大いに救われたのだ。

 

 

 目を閉じると、今でも鮮明に蘇る ―――――― 自身を守った、小さくも大きい“ (背中) ”が

 

 

 また、会いたい。別れて間もないからか、何故だか切ない位に、そう思う。

 

 

 逸りそうになる気持ちを、ぐっと落ち着かせる。

 焦る事はない。よほど間が悪くなければ、きっと会ってくれる。

 

 

 

(強く……なろう……!)

 

 

 

 今よりも ずっと強くなって、弱々しい自分を変えよう。それが、彼に対する恩返しだと信じて。

 

 サチは今、密かに強く決心した。

 

 

 

 遠くから、仲間達の声が聞こえて来た。

 その声色から、相当 心配させてしまった事が解る。まずは、謝罪をしなければならないだろう。

 

 

 

 サチは立ち上がり、無事を示すように大きく手を振る。

 

 

 

 

 

 合流するまでの刹那、彼女は仲間達に どういった自慢をしようか、笑いながら考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 第1層  はじまりの街  西地区 】

 

 

 

 

 

 多くのプレイヤーやNPCが行き交い、たくさんの家屋が立ち並ぶ街路を、2人の少女が並んで歩いていた。

 

 

 

「……ふぅ、やっと終わったね」

 

「はい……さすがに、疲れましたぁ……」

 

 

 

 誰あろう、ハルカとシリカのコンビである。

 2人は、課せられた結成クエストの《 お遣い 》に該当する内容を担当していた。それがまた、少しばかり面倒な内容であり、最初に提示されたものが終わると その相手から更に別の依頼をされ、それが終わると再び別の依頼をされの繰り返しであり、結局10回近い お遣いを こなす羽目になったのだ。これまでに経験した事のない位の回数、そして広大な主街区を東奔西走した事は、さしもの2人も疲労を禁じ得なかっただろう。

 もっとも、それに見合うだけの対価は貰っており、最後の依頼を こなした時点で通常の お遣いクエストの5倍近い経験値と金、そしてレアな素材が支払われたのである。くたくたになったのは事実だが、きちんとした報酬があっただけ善しとしようと2人は割り切っていた。

 

 時間を見れば、クエストを始めて2時間以上は経っている。ハルカの方は まだ余裕があるが、片やシリカの方は幼さ故か、見るからに体が重くなっている様子だ。

 集合は それぞれがクエストを終え、連絡してからと事前に決めていた。まだ時間的に余裕があると判断し、ハルカは一旦どこかで休憩しようと提案する。シリカは、それに一も二もなく頷き、早速2人は近くにある喫茶店を目的地と定め、行動を開始する。

 

 

 

  ドンッ!!

 

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

「わっ!!」

 

 

 

 疲れから来る逸る気持ちのまま駆け出したシリカが、曲がり角から出て来た人影に ぶつかる。危ないよと、ハルカが制止する暇もなかった。勢い余って、シリカは後ろに吹き飛び尻餅を突く。

 

 

 

「大丈夫、シリカちゃん!?」

 

「いたたた……だ、大丈夫ですぅ」

 

 

「ご、ごめんよ。大丈夫かい?」

 

 

 

 シリカが ぶつかったのは、1人の男性プレイヤーだった。それも、かなり恰幅の良い体格である。これなら、ぶつかったシリカが一方的に吹き飛ばされたのも納得であろう。

 その割に、身長はハルカよりも明らかに小さい。ブラシを逆さにしたような独特の角刈りの茶髪に、《 スムース・クロス 》の防具に緑や山吹色の衣服を着込んだ装備をしている。装備から、おそらく初心者組であると予想できた。

 

 

 

「は、はい、大丈夫です。あたしこそ、ちゃんと前を見ないで すみません」

 

「ううん、こっちこそ。ケガがないんなら良いんだ」

 

 

 

 ぶつかった事は咎めず、逆にシリカの事を気遣う様から、彼の人の良さが窺い知れる。無用なトラブルも起きそうになく、ハルカは内心ホッとしていた。

 

 

 

「ちょっと、何してるのよアンタ」

 

「どうかしたの?」

 

 

 

 そんな時、男性プレイヤーが来た方から2つの声がする。そして程なく、2人のプレイヤーが姿を現す。

 

 

 

「あぁ、うん。ちょっと、トラブっちゃってね。でも大丈夫、もう解決したから」

 

「もう、何してるの。ゴメンなさいね、ウチの人、見た目通りどんくさいから」

 

「い、いえ。ホントに、大丈夫ですから……」

 

「…………」

 

 

 

 新たに現れたプレイヤーの謝罪に、思わず尻すぼみで答えてしまうシリカ。別に、容姿が怖い訳でも、その言葉に悪意が滲み出ていた訳でもない。むしろ、心からの言葉であると実感できる誠実さがあった。

 

 では、何故シリカは、そして後ろで見ているハルカは微妙な反応を見せるのか。

 

 それは ――――――

 

 

 

 

 

(………この人、何でスカート履いてる(・・・・・・・・)の………?)

 

 

 

 

 

 そのプレイヤーは、明らかに男性である。かなりの痩せ型で、身長もハルカと大差はないが、その骨格や顔付きは間違いなく男の それである。

 にも かかわらず、彼は防具・《 スムース・クロス 》の、女性用のスカートを着用していたのだ。しかも衣服もピンクや白を多用した、女性っぽい色合いで統一されているという徹底ぶりである。

 まさかの光景に、特にシリカは唖然とする他ない。相手は何も悪い事をしていないのに、無意識に直視するのを躊躇ってしまう。

 

 

 

「あの……もしかして、お2人は攻略組の人ですか?」

 

 

 

 そんな微妙な空気の中で、もう1人のプレイヤーが尋ねて来た。

 そのプレイヤーは、明らかに女性プレイヤーである。身長はアスナと同じ位で、癖毛なのか、左右に若干 枝分かれするような形になった部分があるセミロングの黒髪が特徴だ。

 彼女が纏っているのは《 ブロンズ・クロス 》という1層の時点では かなり良い部類の装備であり、衣服には黒のスカートに、上着には焦げ茶色に濃い緑のラインという色合いが なされている。色合いも相まって、全体的に大人しい雰囲気があった。

 

 

 

「あ、うん、そうだよ。私はハルカ、よろしく」

 

「あたしはシリカです。よろしくです」

 

 

「こ、攻略組のハルカ!? それに、シリカも!」

 

「ほ、本物なのだわ! まさか、こんな所で会えるなんて!!」

 

 

 

 2人が名乗ると、太った男と女装した男は驚きの反応を見せる。やはりプレイヤーの中で一際 存在感を放つ攻略組となれば、彼等にとって相当な出来事なのだろう。

 何度か経験した事のある反応であるが、未だに慣れないなとハルカは苦笑を禁じ得ず、シリカも くすぐったさを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 

 ハルカ達と道で出会った3人の計5人は、はじまりの街の一角にある喫茶店に来ていた。3人がお詫びを兼ねて、2人に話を聞かせてほしいと頼んで来たからだ。しかも、一杯ごちそうまでしてくれると言う。そこまでしてもらう必要はないと一旦は断ったが、先の層の貴重な体験談を聞かせてもらう対価だと説得され、ハルカらが折れた形である。

 

 

 

「それじゃあ、改めて自己紹介しますね。私の名前はコハル(Koharu)、よろしく」

 

 

 

 

 席に着き、注文も終えて真っ先に名乗ったのは、3人の中の紅一点である。続いて、男2人も彼女に ならって名乗り始める。

 

 

 

「俺はウルリック(Ulrik)、よろしく」

 

「ワタシ……じゃなかった。オレはみゆりん(Miyurin)っていうの。よろしくね、お2人さん」

 

 

 

 ウルリックはコクリと小さく お辞儀をし、みゆりんは小さく手を振って愛想良く名乗った。

 

 

 

「はい、よろしく。……あの、1つ聞いても良いですか?」

 

「あぁ、良いわ。皆まで言わないで。オレの姿の事を言ってるんでしょ? 今日まで半月間、散々聞かれ続けたから、それこそ目を見ただけで解るわ」

 

「は、はぁ……」

 

「それでも、頑なにズボンを履こうとはしないんだよな、みっちゃんは」

 

「これも長年 培って来た習性ゆえってヤツよ……いえ、今や意地と言っても良いわ!」

 

「それで毎度 怪しまれてたら世話ないよね。メンバーの俺達にも向けられる目線も、少しは気にしてほしいと言うか」

 

「ははは……気にしないでね、2人は いつもこんな感じだから」

 

「ふふふ。楽しそうなパーティーですよね」

 

 

 

 話してみると、3人とも何とも人の良さそうな人柄が滲み出る雰囲気を持っている人物である。そこには、不必要に気を遣い合うような空気はない。普段、過酷なフィールドやダンジョンで戦い、無意識の内に気を張る生活を送るハルカとシリカにとって、それは まるで学校への級友と話しているような居心地の良さがあった。

 若干 人見知りの傾向があるシリカも、あっという間に気を許した程だ。特に圧倒的な存在感を放つ みゆりんにも最初は反射的に身構えていたものの、今では程良く緊張が解けている。

 

 それから5人は、それぞれ雑談と情報交換に花を咲かせた。

 最前線での戦いは どうなのか、どういった敵やアイテムが出るのか、どんなクエストがあるのか、下層では どういった事をしていたのかなど、為になる話から他愛もない話まで、実に様々な内容の話を始めていった。

 

 

 

「ところで、結局どうして みゆりんは ()の恰好なの?」

 

 

 

 話も盛り上がってきたところで、ずっと気になっていた事を改めてハルカが尋ねる。みゆりんも、まるで待ってましたとばかりに快く答える。

 

 

 

「うん。オレはね、元々女性プレイヤーとしてログインしてたの。SAOだけじゃなくて、他のゲームでもそう。基本的に女性を演じてプレイし、強そうな人とコミュニケーションを取ってたのよ。で、例の あの日に茅場に正体を暴かれて このザマよ」

 

「ちなみに、その時に声を掛けられた男ってのが俺なわけ」

 

「ふ~ん。2人って、そんな出会い方だったんだ」

 

 

 

 ウルリックと みゆりんの出会った経緯をコハルも知らなかったらしく、成程といった反応を見せていた。

 

 

 

「でも、何で今も女装を続けてるの?」

 

「最初はパニクってて、そんな事 考える余裕もなかったってのもあったけど、時間と共に さほど違和感も感じなくなってきてね。周りも特に何も言わないし、元々ネトゲでは女として振る舞ってたから、まぁ良いやってなってね」

 

 

 

 周りにも余裕がなかったのもあっただろうが、あえて無視されたんだろうなとハルカは想像した。それにしても、線の細さの割には図太い神経の持ち主である。

 

 

 

「いわゆる、ネカマってヤツですね。でも、どうして それを基本にしてたんですか?」

 

「ネトゲのプレイヤーってのは、半数以上が男なの。そして、その大半が内心 女性との付き合いに飢えてるのよ。だからゲームの中でも女性に話し掛けられて頼りにされれば、自然と面倒見も良くなるってワケ。そうなれば、こっちも効率良くゲームの情報も技術も吸収できるわ。身バレの危険性も皆無じゃないけど、あくまでゲームの中だけの関係に止めれば、後腐れもないしね」

 

「へぇ~。色んなプレイの仕方があるんですね」

 

「ふふふ。だけど こんなの、ネトゲ世界では割と常識の範疇よ。シリカちゃんは、MMOは あまり経験がない?」

 

「はい。本格的なMMOは、SAOが初めてです」

 

「そうなんだ。私も、本格的なVRはSAOが初めてなの」

 

 

 

 本格的な、という言葉にコハルが便乗する。その言葉を聞き、ハルカが少しばかり驚いた表情を浮かべる。

 

 

 

「そうなんだ? 装備を見る限り結構 強そうに見えたから、ちょっと意外かも」

 

 

 

 VRはゲームの中で自分のアバターを意識で操る仕様上、不慣れな人間は現実と同じような動きをするだけでも難しい場合がある。まして、自分の意志で現実以上の戦いを強いられるSAOでは相当な難易度になると言っても過言ではない。

 コハルの装備を見る限り、彼女は相応に戦えるプレイヤーである事が窺える為、彼女がVR初心者というのがハルカは意外に感じたのだ。

 

 

 

「うん、まぁ……私の場合、頼りになる相棒がいるから」

 

 

 

 その人物の事を脳裏に浮かべてか、コハルは穏やかな笑みを浮かべて答える。深い信頼を寄せた相手にのみ人が見せる、柔和な笑みだ。

 

 

 

「相棒?」

 

「俺達のパーティーのリーダーさ。元ベータテスターでもあって、すっごく強いんだ」

 

「おまけに紳士でイケメンでね。強くてカッコ良くて優しくて、超優良物件よ!」

 

「へぇ~。ちなみに、名前は?」

 

「彼のプレイヤーネームはファイ(Phi)っていうの。P、H、Iって書いて、ファイね」

 

 

 

 残念ながら、ハルカやシリカには聞き覚えのない名前だった。どんな人物かは想像するしかないが、3人の話を聞く限りは、まるでアニメか何かの登場人物ではないかと思える程、非の打ち所のない人間に聞こえる。事実、3人が そこまで言う以上、中々の人間であるのは間違いないだろう。ちなみに彼は、彼女達が行なっているギルド結成クエストの中の討伐クエストを進行する為、現在は別行動を取っているという。

 容姿について、背はハルカより大きく、髪は茶髪、しかし非行少年には見えない不思議な誠実さを醸し出しているらしい。得物は片手直剣で、甲冑の類は基本的に付けない主義なのだという。

 

 

 

「なんだか、そのファイさんて人、キリトさんみたいです」

 

「うん、そうだね」

 

 

 

 元テスターで、剣の腕も立ち、容姿も整っていて装備の傾向も似ている。確かに、類似点は多い方と言えるだろう。

 

 

 

「私、キリトさんの事、多分 知ってるよ」

 

 

 

 そう2人が話していると、不意にコハルが そのような事を言い出した。

 

 

 

「え?」

 

「どういう事ですか?」

 

「ベータテストの最終日のとあるダンジョンで、私はファイと出逢ったの。その時、運悪くレベルの高いモンスターに囲まれてね。そこを助けてくれたのが、キリトって名前のプレイヤーだったの。

 その時は調整したアバターだったはずだけど、青系の上着を着て、身長が そこそこ高くて、どこか一匹狼風の勇者って感じの風貌だったわ」

 

「あ、間違いないです、キリトさんです」

 

「うん。私達の知るキリト君で間違いないね」

 

 

 

 これはまた、何とも凄い偶然である。この日たまたま出会った両人に、思わぬ共通点があった事は、少なくない驚きを齎した。

 

 

 

「やっぱり。あの時、攻略組の発足の会で見た人は、キリトさんだったんだ! 私よりも年下っぽかったのは、ちょっと意外だったかも」

 

「それでも、攻略組のトッププレイヤーの1人だっていうんだから、凄いわよね」

 

「俺とは大違いだよ。俺や みゆりんなんか、未だにレベリングにも四苦八苦してるってのにさ」

 

「ホントにね……その点、シリカちゃんは凄いよ。オレたちより明らかに年下なのに、攻略組の一角に名を連ねてるんだから」

 

 

 

 年齢的に考えれば、年上で しかも男である2人こそ積極的に戦うべきだと多くの人間は捉えるだろう。事実、そうであるのかもしれない。

 だが、SAOでは年齢の事などあってないようなものである。それは誰もが理解しているが、それでも幼さすら残す少女が大の大人に混じって積極的に戦うという姿は、様々な意味で心を揺り動かされるものがあった。

 

 

 

「いえ、そんな……あたしなんて、まだまだです。それを言うなら、みなさんだって素晴らしいと思います。色んな人を助けて回ってるんですから」

 

 

 

 シリカが語るのは、コハルらが普段 行なっている活動についてだ。

 リーダーであるファイを含めた4人は、おのおのレベリングと強化の傍ら、未だ不安から立ち上がれない人々を見付けては、その再起に強く働きかけていた。その甲斐あって、無事にレクチャー組入りした者も少なからずいるという。

 第1層の攻略以来、攻略組の発足や元テスターを中心とした有志によるレクチャー活動が活発化した事もあって、前向きになった者が飛躍的に増えた。とはいえ、それでも未だ立ち上がれずにいる者も少なくない。そして、それらに目を向ける為の人員も決して余裕がある訳でもないのが実情なのである。彼等は、そんな者達の情報を出来るだけ集め、寄り添おうとしていた。

 

 

 

「うん、私も そう思う。でも、どうして そうしようって思ったの?」

 

 

 

 ハルカの疑問は特に深い意味はなく、純粋に理由が知りたかった故の問い掛けだ。

 ハルカが見たところ、少なくとも彼等のリーダーたるファイやコハルの実力であれば、問題なく攻略組入りも果たせるだろうという見解があった。そして高いレベルを誇るプレイヤーは、その大半が更なる高みへ自ら赴く傾向が強い。キリトの言を借りれば、それがMM0のプレイヤーの本質だからとの事だ。

 それに対し、彼等は自ら下層へと留まり他のプレイヤーの支援活動を積極的に行なっている。純粋に素晴らしい事だと思うが、同時に異色な存在にも思えたのだ。

 

 その疑問に、コハルは顎に指を添えて思考に入る。

 

 

 

 

 

「……何から話せば良いかな」

 

 

 

 

 

 そして彼女は、自分の今日までの軌跡を語り始める。

 

 

 

 

 

 運命の11月6(はじまりの)日。テスト時に出逢い、そして再会を誓い合った2人は、サービス初日に再会し、そして事件に巻き込まれる。

 当初、コハルは茅場の告げた言葉を本当の意味で飲み込み切れなかった。だが、時間と共に自分が家へ帰れず、家族にも会えないと はっきり自覚した瞬間、その場に崩れ落ちてしまう。次に気が付いた時には、自分は いつの間にか広場から離れた街路の端に座っていた。共にいたファイが、少しでも落ち着かせられるよう連れ出してくれたのだ。その事に心から感謝しつつも、これから どうするべきなのか全く判断が着かず、ただただ失意と悲しみに暮れるばかり。

 

 そこに、一匹の“ 鼠 ”が現れた。

 誰あろう、鼠のアルゴである。たまたま近くにいて2人の様子を見ていた彼女は、生来の気丈さと元テスターとしての知恵を揮い、2人の心が折れないよう尽力してくれたという。彼女が持つ確かな情報と、2人が持っていた心の強さが合わさり、少しずつながら堅実な強化で力を付け、それは確かな自信へと変わって行った。

 

 そして2週間ほど経った頃、遂に第1層の攻略に着手しようという情勢に変わって来ていた。その頃には、2人ともボス戦に加わっても問題ない程に力を付けており、それに参加するか どうかの決断の時となった。

 

 丁度、その時であった。ファイとコハルは、みゆりんとウルリックの2人に出会ったのである。

 出会いは、彼等からクエストの助力を求められた事が始まりだった。2人は、その頃は未だ ほとんどレベルも上がっていない、初心者に毛が生えた程度の実力しかなかった。その為、偶然 見付けた派生型のクエストが どうしてもクリア出来ず、途方に暮れていたのである。

 ファイトとコハルは、快く それを了承した。そしてクエストが終わって報酬も受け取ってから、みゆりんとウルリックと話す機会を設けた。

 

 みゆりんとウルリックは、自らと その周りの境遇を語った。未だ死への恐怖に縛られ、満足なレベリングが出来ない事。多くの者に助力を頼んできたが、みな自分の事で手一杯で、ことごとく断られてきた事。そして、はじまりの街には死への恐怖から一歩も出られず、今の生活すらも難しいという者がいる事。中にはレベルの高い者が効率の良いクエストを独占しているなどという情報まであった。それだけではない。特に酷い場合では、低レベルの者を あからさまに侮蔑し、心ない罵声を浴びせる輩までいるのだという。

 

 それらを聞いた時、コハルの胸には深い悲しみが去来した。彼等の心の叫びが、厭と言うほど伝わって来たからだ。彼女自身、本心では死の恐怖は拭い切れておらず、心のどこかで助けが来るのを待っているのを自覚していたからこその反応だった。

 そして、彼女は思案する。攻略は間近に迫り、街では有志による初心者組への支援も活発化してきている。だが、現実は彼等のように上手く前へ進めず、苦しんでいる者もいる。そして中には、弱者の存在を軽く見過ぎる者も少なからずいる。

 

 

 ―――――― それは いずれ、弱者の切り捨てのような事態に発展したりはしないか?

 

 

 今は、まだ問題が表面化しているとは言えない。現状は、確実に良くなってきている面が大きいだろう。

 だが、全てが全て助けられるようになるのかと考えれば、断言は出来なかった。いつ、どんな時でも必ず恩恵に与れる保証はなく、零れ落ちる者は確実に存在する。現に、中には低レベルの者を見下し手を貸そうともしないプレイヤーがいるのだ。彼女の懸念も、決して的外れとは言い難いだろう。

 

 

 

 そして、彼女は ――――――

 

 

 

 

 

「……私は、悩みに悩んだ。その上で決めたの。目の前で、立ち上がれず、手を差し伸べられずに苦しんでいる人がいる事を知った。知った以上は、見過ごす事なんて出来ない。

 全てを救おうなんて、傲慢な事は言わない。だけど、出来る限りの助けにはなろうって。だから私は、下層に留まる事を選んだ。そして(ファイ)も、それに同意して、私達を支えてくれた」

 

「うん……ファイやコハルには、本当に世話に なりっ放しださ」

 

「おかげで今じゃ、オレ達も色んな人に物事を教えられるようになったしね感謝してもし切れないって感じ」

 

 

 

 この上ない柔和な笑みを浮かべる2人の言葉と目には、コハルやファイに対する絶対とも言える信頼が垣間見える。先へ進む実力を持ちながら、あえて弱い立場の者の為に留まる道を選んだ事への、せめてもの敬意というものだろう。コハルも、そんな彼等の心を感じて こそばゆいといった笑みを浮かべる。

 ハルカとシリカも、やろうと思っても簡単には実行できないだろう行動を起こした少年少女を、心から尊敬していた。

 

 

 

「だからね、私達が作るギルドも そういた活動を主にする予定なの。攻略組が先へ進む為の手伝いもしながら、どこかで取り残されてる人を助ける。そんなギルドにしたいと思ってる」

 

「うん、凄く良いと思う」

 

「ちなみに、名前は決まってるんですか?」

 

 

 

 シリカの問いに、コハルは こくりと頷いた。

 

 

 

「うん。人呼んで ―――――― インテグラル(Integral)ファクター(Factor)!」

 

「「インテグラル・ファクター?」」

 

「この世界に、価値のない人間なんていない。たとえレベルが低くても、必ず人の役に立つ事があるはず。みんな誰もが、完全勝利の為の不可欠な要素(インテグラル・ファクター)に なり得る。そんな意味を込めてるの」

 

「へぇ~!」

 

「良い名前でしょ? みんなで一緒に考えたオシャレかつクールな名前よ!!」

 

「ちょっと、中二くさいとも思ったけどね。せっかくのギルドだし、まぁ良いかなって」

 

「うん、悪くないと思う。何だか、バンドか何かみたいでカッコ良いじゃないかな」

 

「ふふ、ありがとう!」

 

 

 

 反応を見る限り、中々に仰々しいギルド名を名乗る事にコハルは少なからず羞恥心に近い抵抗があったみたいが、ハルカらの偏見なき称賛に、密かに安心した様子であった。

 

 

 

「そういえば、ハルカ達のギルドは何て名前にする予定なの?」

 

「う~ん……おじさんに一任してるんだけど、どうも まだ決まってないらしくて」

 

 

 

 意外な事実に、インテグラル・ファクターの3人は一様に驚きを見せた。

 

 

 

「そうなの? でも、もう結成クエストを進めてるんだよね?」

 

「うん。だから、最後の手続きまでには決めると思うんだけどね」

 

 

 

 実は、キリュウを筆頭とするギルド名こそ最も紛糾した事だった。

 何しろ、所属する事になる面子には、キリュウやマジマといった良い歳の大人に、ハルカやシリカといった うら若き少女、そして青春真っ盛りな年頃のキリトという、上から下までが幅広い年齢層で構成されていた。

 それ故、その組織名となると各々の年頃や性別などに則った候補を上げる為、全く結論が出なかったのだ。加えてギルド結成の条件が緩和された事で予定が早まった事も手伝い、そのまま決まる事のないまま今に至る。

 結局、クエスト開始の際にリーダーであるキリュウに一任する事に決まり、どんな名前になっても文句は言わないという事で一応の決着を見たのである。

 

 

 

「そっか……それじゃあ、決まったら教えてくれる?」

 

「良いよ。じゃあ、今の内にフレンド登録しとこうか。2人も良かったら、どう?」

 

 

 

 ハルカの提案に、ウルリックと みゆりんは見るからに色めき立った。彼等にしてみれば近いようで遠い存在の少女と本当の意味で知己になれるというのだから、無理もない。

 

 

 

「い、良いの? いやぁ、夢みたいだよ。あの攻略組のハルカちゃんとお友達になれるなんて!?」

 

「みゆりん、超感激!! 今日という日は、私達の記念すべき日よ!!」

 

「みゆりんさん、ネカマが出てますよ」

 

「……おぉっと!!」

 

「「あははは」」

 

 

 

 そうして、5人は時間が許す限り、交流を深め合った。

 

 

 その時だけは、小難しい事情も一切なしの、歳相応の和気藹々さが喫茶店の一角を彩っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  †   †   †

 

 

 

 

 

 

 

【 19:00  第3層 主街区:ズムフト 酒場 】

 

 

 

 

 

「それじゃあ、みんな無事にクエストをクリアした事を祝して……乾杯!!

 

 

 

『 かんぱ~~い!!! 』

 

 

 

 

 

 ディアベルが いつになく快活な言葉と共に、手に持った杯を掲げる。それに呼応し、店内に犇めくように上がるのは手、手、また手である。

 現在、ズムフトの一角にある酒場にて攻略組が勢揃いしていた。みな、おのおのギルド結成クエストをクリアし、旗揚げを成し遂げたのだ。無論、作らなかった者もいるが、せっかくの機会ゆえに無粋な話はなしと全員が記念パーティーに顔を出していた。

 

 その一角の、キリトらが座るテーブルに1人のプレイヤーが やって来る。

 

 

 

「オ~ス! また会ったナ」

 

「あ、アルゴさん」

 

「よぅ。お前もパーティーに参加するんだな」

 

「ま~ナ。攻略組の本格的なギルド発足ダ。良いネタなのは、違いないダロ?」

 

 

 

 誰あろう、鼠のアルゴである。どうやら、攻略組のギルドの事を取材しに来たらしい。今日中に それらを纏めて、明日には大々的に下層へ広める算段なのだろう。全プレイヤーの希望の星とも言える攻略組が、新しく作るギルド。それは宣伝効果も相まって、下層の更なる活性化が望めるはずである。

 

 

 

「お、始まるみたいだな」

 

 

 

 場の空気を察知し、エギルが呟く。他の面々も、静かに口を閉ざす。

 この場のメインは、各ギルドの紹介、およびPRである。この場で簡単にギルド名と構成などを語り、最後に今後の抱負などを語るシンプルなものだ。キリュウらの順番は、実質的な攻略組の中心という事で最後となっている。ディアベルいわく、真打は勿体ぶるもの、らしい。

 

 

 そして、ギルド間の記念すべき交流会が幕を開ける。

 

 ある者は緊張しつつ、ある者は朗らかに、ある者は演技掛かった厳かな口調で、それぞれが思い思いに他の面々に向けて、自己を売り込むように発言していく。さながら、オーディション会場であるかのような緊張感と高揚感が店内を満たしていた。

 ギルド名も異邦者の靴跡(Performance Of Stranger)六道輪廻(りくどうりんね)ナイツ(Knights)オブ(Of)アバロン(Avalon)、 《 チーム・マサオ 》といった、実に個性 豊かなものが揃っていた。時には驚きの声が、時には囃すような口笛が、時には明るい笑いが飛び交い、瞬く間に時間は過ぎていく。

 

 

 

「あ、アスナちゃん達だ」

 

 

 

 次の出番となったのが、ハルカも よく知る少女達。その筆頭とも言えるアスナが代表して席を立った。ちなみに、普段はフード付きのコートを纏っているが、今は場を弁えて外している。その為、立つ際の無駄のなさ、周りに微塵も臆する事のない様は更に堂々としており、同時に栗色の長い髪が さらさらと揺れる様は一種の絵にも思える美しさがあった。改めて彼女の持つ容姿に見惚れる者も多い中、彼女は気にせず一礼をした後、言葉を紡ぐ。

 

 

 

「今回、私アスナと、ここにいるシノン、ユウキの3名でギルドを結成しました。

 

 その名前は ―――――― ジェヌイン(Genuine)ガールズ(Girls)オプス(Ops)

 

 

 

 それは英語のようであるが、耳に馴染みのないような単語で構成されていた。多くが首を傾げる中、ディアベルが詳細を尋ねる。

 

 

 

「ほぅ? それは、どういった意味が含まれてるのかな?」

 

「ジェヌインというのは、“ 本物の ”、といった意味が。オプスとは、“ 作戦行動 ”といった意味があります。

 この全てが作られた世界で、唯一 本物と言えるものを持っている私達が、必ずクリアして現実(ほんもの)を取り戻す。そんな決意を籠めました」

 

「……高貴な心を秘めた戦少女達か。なるほど、素晴らしい名前だ」

 

 

 

 まさしく、彼女達の信念が宿ったネーミングと言えよう。誰もが それに茶々を入れるような無粋な真似はせず、ディアベルの賛辞に賛同するように拍手喝采を贈った。ハルカやシリカも、友人達のの華やかな門出を祝い、心からの拍手を行なった。

 

 

 

「ふっ……アスナのヤツ、相変わらず華があるな」

 

「女だけのギルド、のぅ。……変な気を起こす奴が出んとえぇけどなぁ」

 

「彼女達なら大丈夫ですよ。下手な男より、ずっと強いのが揃ってますから」

 

「うん。アスナちゃん達なら、きっと大丈夫」

 

 

 

 女だけのギルドという、今のところ攻略組に おいても唯一の特異性に心配も声も上がるが、それでもキリュウ達は彼女達の更なる発展を祈った。

 

 

 

「よっしゃあ!!! ようやくワイらの出番やな!!」

 

 

 

 次に立ち上がったのは、キバオウである。相も変わらずの喧しいまでの活気の良さを見せ付けながら、自身のPRを進めて行く。

 

 

 

「まず最初に、この場で言わせてもらいたい事がある。これは、言わばワイらの信念みたいなもんや。

 

 知っての通り、今アインクラッドにおるプレイヤーの大半は、碌に戦えんレベルのヤツらや。戦えん事自体は、ワイも特に言う事はない。下手に突っ込んで死なれるよりはマシやからのぅ。

 せやけど、中にはギリギリの端金しか稼げんで、それでも()ぇ言う腑抜けたヤツも少なくない。そう言うんも、そこそこレベルの高い連中に、それなりに稼げるクエストを独占されとるんが原因や! 戦えんヤツらにとって、それは死活問題っちゅうハナシやで!!

 せやからワイは、これからは そんなヤツらにも充分な生活が出来るようリソースは最大限、平等に分配すべきや思うとる。下層の話だけやない、ワイら攻略組としても出来るだけ そうして、全体の底上げを図るべきや。

 

 ―――――― それがワイら、アインクラッド解放隊(Aincrad Liberation Squad)の理念や!!」

 

 

 

 キバオウの口上が終わると、アインクラッド解放隊のメンバー達が一斉に喚声を上げ、興奮を露わにした。

 

 

 

「へぇ……アイツ、それなりに考えてたんだな」

 

「はい。ちょっと、見直したかもです」

 

 

 

 キリトとシリカが、意外そうな表情を浮かべていた。

 普段、キバオウという人間に対して単純であったり口が悪いなどで、さほど良い印象を抱いていなかった者も少なくない。髪型などの見た目も刺々しい部分が多い事も、それに拍車を掛けていた感は否めないだろう。

 だが、こうして改めて彼の語る言葉を聞くと、決して それだけの人間ではない事が解る。決して万人受けの人柄ではないだろうが、彼なりに今の状況を憂い、良くしたいという気持ちが伝わって来るのだ。確かに、1つのリーダー像ではあるかもしれないと、彼に対する印象を この場で改める者は多かった。

 

 

 

「……なるほど、キバオウさんらしい。真っ直ぐな気持ちが伝わって来ますよ」

 

 

 

 ディアベルは笑みを浮かべながら席から立つ。その言葉は、嘲りも皮肉もない誠実なものである。

 であるにも かかわらず、どこか含みがあるように一部の者は感じ取っていた。

 

 そうして、そのままディアベルの言葉が始まる。

 

 

 

「俺達は今日、ドラゴンナイツ(Dragon Knights)ブリゲード(Brigade)というギルドを立ち上げた。及ばずながら、俺がリーダーを務めさせてもらう。

 

 ……俺は、デスゲームに巻き込まれた時から常に思ってた事がある。キバオウさんの言葉を借りれば、理念や信念と言っても良い。それは、この状況を打破するには強いリーダーが不可欠だという事だ。

 言うまでもないが、死と隣り合わせの世界を戦い抜くなんて事は、簡単に出来る事じゃない。現に、1層を突破するだけでも半月を要した程だからな。

 だが今は俺達、攻略組がいる。この世界で、誰よりも早く戦う覚悟を決めた勇士だ。そんな俺達が、戦えない者達に代わり、未来を繋ぐ希望の象徴として戦っていく。それが、俺達に課せられた最大の使命だと考えている」

 

 

 

 その堂々とした佇まいと表情は、揺らぎようのない信念が宿っているように真っ直ぐで、精悍なものだ。かつてディアベルが場を和ます為に騎士(ナイト)を名乗った事があったが、まさしく それだと多くの者が感じた。事実、彼こそ そうだと強く考えるリンドやシヴァタがギルド名を考案したのである。

 

 

 

「「………」」

 

「? おじさん、マジマさん、どうかした?」

 

 

 

 周囲がドラゴンナイツ・ブリゲードの面々に向けて喝采を贈る中で、ハルカは2人が どこか神妙な顔付きになっている事に気付いた。

 そして それは、アルゴも同様だった。

 

 

 

「う~ん……何となく解ってたケド、やっぱり表面化して来たカ」

 

「? それって、どういう意味だ?」

 

ディーさん(ディアベル)と、トンガリ頭(キバオウ)、2人の念頭にあるものには決定的な違いがあるって事サ」

 

 

 

 彼女は、更に詳しく語る。

 両者ともに、下層に留まる者達に対する救済を考えてはいる。だが、その“ 救済 ”に対する考え方に齟齬が生じているのだ。

 

 キバオウは、彼等に対する生活資金やアイテムを生活が困らないレベルで平等に分配する事を強く唱えている。飢えて死ぬ事のない世界とはいえ、食う物にも困るような生活では、戦いに身を置かずとも心が病んで行く。生きる事自体に不自由がある現状を思えば、少しでも改善をと考えるのは人情というものだ。荒っぽい言動の中に理不尽に屈する事を善しとしないキバオウの気質が顕著に表れていると言える。

 

 対してディアベルは、攻略組をプレイヤーの象徴としていく事を唱えている。だが それは、自分達が優位な立場に置かれるといった利己的な考えではない。そこには、デスゲームという異常な現状を逸早く打破すべきという考えがあった。命の危険が付き纏う“ 今 ”さえなくなれば、全てが解決するのは間違いないからだ。それは、何よりも未来を見据え、本質的に目指すべき目的を見失わない為の理念とも言える。

 

 どちらも、考え方自体は何も間違ってはない。下層のプレイヤー達に見向きもしないよりは、ずっと良心的な思考と言える。

 だが、本質は同じでも意識を向ける部分が違えば、当然 衝突は起こる。キリュウやマジマ、そしてアルゴが懸念しているのは そこである。

 

 

 

「そういう事か……」

 

 

 

 説明を聞いて納得したキリトも、改めてアインクラッド解放隊とドラゴンナイツ・ブリゲードの面々に視線を向ける。ディアベルやキバオウは特に何もないが、両者の部下に当たる者達は互いに厳しい目線を ぶつけ合っているのが見て取れた。中にはリンドやジョーといったギルドの中核までいる。リーダー同士は まだしも、下の者達の対立化の可能性が高いのは疑いようのない事だろう。SAOのプレイヤーの大半はネトゲ信者であり、彼等は自分こそが至上という考えを強く抱いている、というのがキリトから見た本質だからだ。

 

 

 

「……おじさん」

 

「………」

 

 

 

 不安げな表情で、ハルカはキリュウを見る。縋るような目は、頼らざるを得ない事への申し訳ない気持ちにも宿っていた。彼女に釣られるように、キリトやシリカらも視線を集中させた。

 彼女らの視線と気持ちを受け止め、キリュウは目を閉じる。

 

 

 

 

 

「―――――― 大丈夫だ、俺に任せろ」

 

 

 

 

 

 そして再び開けた時 ―――――― 彼の表情には、笑みが浮かんでいた。戦いに臨む際のような不敵なものが、少し柔らかくなったような それは、彼の今の心を代弁しているかのようであった。隣のマジマも、感化されたように口角を上げて笑っていた。

 多くは語らず、キリュウは席を立つ。一部では微妙な空気が流れていた所も、こぞって彼に視線を向ける。キリュウの言葉と表情に、この上ない信頼と期待を高めた面々は、静かに成り行きを見守る。

 

 

 

「さて……最後になったな。せっかくだ、俺も色々と言わせてもらおう。

 

 初めに言わせてもらうが、俺は自分自身、大した思いがあって戦ってる訳じゃない。ただ、俺が守りたい奴がいるから戦う。言ってしまえば、この世界を脱出する云々もついでだ」

 

 

 

 キリュウの言葉に、両ギルドのリーダーは大きく目を剥いた。尊敬といった言葉に感動したという意味ではない。咄嗟に抱いた“ 危機感 ”ゆえにだ。彼の発言は、下手をすればSAOからの脱出を目指す彼等を侮辱するものだと捉えられかねないものだ。そうではない事はディアベルもキバオウも充分 承知しているが、全てのメンバーが そうではない。最悪の場合、彼等から糾弾される恐れもある。特に、キリュウにこそ攻略組を纏める求心力があると考えるディアベルは思いもよらぬ彼の発言に特に驚いていた。

 

 そんな彼等の驚きと葛藤も流しながら、キリュウは続ける。

 

 

 

「そういう意味では、もっと広い目線で物事を考えてる お前達の事を、俺は尊敬すらしている。ここにいる全員が そうだ。誰もが死の恐怖に怯えながら、それでも先へ進む強い意志を見せている。誰も彼も、俺より ずっと歳が下なのにだ。半端に歳くった俺には、それが堪らなく眩しく見えるぜ」

 

 

 

 それは、キリュウが攻略組に対して何よりも強く抱く思いだった。自分は、幾度も修羅場を潜って来た経験がある。だが、彼等には それに匹敵するようなものはないだろう。にも かかわらず、こうして自分と同じ戦場に立ち続けている。それが、キリュウには危なっかしく思える以上に、眩いのだ。

 先の発言に続く言葉に、店内の攻略組は何とも言えない表情を浮かべる者が大半だ。しかし誰もが、悪感情を抱いてはいない。むしろ、何だかんだトッププレイヤーとして尊敬を受けているキリュウの賛辞を受け、くすぐったい感覚を持った様子だ。

 

 

 

(キリュウさん、ナイスです!)

 

 

 

 周りの反応を見て、ディアベルは密かにサムズアップする。これは、キリュウの作戦だと思ったからだ。先にネガティブな発言をし、後に真逆のポジティブなの事を言う。そうした一種のギャップは、聴く者に強い印象を与え、特に後者の方に心を動かされやすいからだ。特に面接などの自己PRで使われるテクニックである。

 そんな彼の賛辞には気付かないまま、キリュウの言葉は続く。

 

 

 

「それは俺達、攻略組だけじゃない。下にいる奴等も そうだ、お互いに協力し合おうとする者、俺達に続こうと、日々腕を磨く者、今日だけでも、色んな奴の話を聞いた。皆、今の自分や周りを変えようと、必死に もがこうとしている」

 

 

 

 彼の脳裏には、マスティルやシンカー、クラインら風林火山の面々、そしてハルカやキリトから聞いた下層プレイヤー達の奮闘が浮かんでいる。彼等も自分達に負けない位に頑張っている事、そして その源として自分達の頑張りも強く働いている事を、この日に改めて強く認識したのだ。

 

 

 

「解るか? 俺達には、みんなに希望を示した責任がある」

 

「責任……?」

 

「そうだ。下の連中が俺達に続いてくれれば、心強いのは間違いない。だが、それは連中にも今 以上の危険に晒す事と同じだ。自己責任と言えば それまでだ。だが俺は、だからと言って無関心でいるのは正しいとは思えない」

 

 

 

 何人かが、はっとした表情を浮かべるのが見られる。下層のプレイヤーが合流すれば、攻略組の戦力は増強する。しかし それは、同時に戦いで命を落とす全体の確率を結果的に上げてしまう事と同義だ。冷静に考えれば自ずと解る事だが、実質この場の多くの者が それを見落としていた。

 特に、下層を含めた全体の底上げを強く掲げていたキバオウの反応は顕著だった。もしかしたら、自分が戦う力を与えた為に、その者が命を落とす原因を作るかもしれない。それを想像してか、彼の顔色は悪くなり、いつもの気丈さは鳴りを潜めていた。

 

 

 

「……そんなに難しく考える必要はない。要は、俺達も今 以上に働けば良い」

 

 

 

 一部で沈む空気を察して、キリュウが宥めるように言った。

 

 

 

「簡単な事だ。俺達も死なないよう、更に強くなり、常に新しい情報を仕入れ、どうすれば良いのか、みんなで意見を出し合えば良い。

 勿論、それだけで済むような単純な話じゃあない。時には、衝突する事もあるだろう。それはお互いに人間である以上、当然の事だ」

 

 

 

 キリュウでなくとも、誰もが考え得る可能性の1つ。頭では解っている。しかし、万一そうなった時、自分達で万事 解決できるかと問われると、誰もが即答しかねた。そういった事に慣れていない人間が多いだろう事を考慮すれば、それも止むを得ないというものだ。

 

 

 

「……もし、どうしても穏便に済まないような事態になって、当事者だけでじゃ どうにもならないなら、手を貸すぜ。何せ、荒っぽい厄介事は、慣れてるからな」

 

 

 

 だからこそ ―――――― 自分は ここに立つのだと、キリュウは決意を新たにした。

 

 

 

「恐れるな。面倒な事なんてないに越した事はないが、時には そうしなければならない事もある。信じろ。ちょっとした衝突で呆気なく壊れる程、人と人との絆は脆いものじゃない。互いに信じて真っ直ぐに向き合えば、必ず道は拓ける」

 

 

 

 キリュウの確信さえ籠った言葉は、まるで言霊のような力があるように感じられた。20年足らずの人生ながら、これ程に心に響く言葉は聞いた事がないとキリトは強く感じた。

 

 

 

(キリュウさん……アンタの言葉は、どうして こうも、説得力があるんだろうな……!)

 

 

 

 キリトは、確信する。自分では、決して そうはならない。きっと、漫画やアニメなどで引用しただけのような、薄っぺらい言葉にしか聞こえないだろう。

 だが、キリュウは違う。彼の言葉は誰よりも重みもある。相手の心に響かせる力も、桁違いだ。これが器の違いだろうか。一体、どのような人生経験を積めば そうなるのか、気になって仕方がない。

 

 

 そして、それ以上に感じるのは ―――――― 彼のようになれたら、だった。

 

 

 それは、他の面々も同様だった。彼の言葉が、彼の心遣いが本物であると、不思議と強く感じ取れる。そして そんな魅力を持つキリュウに認められたい。そんな欲求が、この時 多くのプレイヤーの心に宿っていた。

 

 

 

 

 

「俺達も、今まで以上の努力を約束しよう。攻略は勿論、トラブルを含め、何か俺達に出来る事があれば、最大限 力を尽くそう。下層にいる連中の援助も惜しまない。やるからには、半端はなしだ。

 

 

 その第一歩として ―――――― ギルド・毘沙門天(びしゃもんてん)の旗揚げを、ここに宣言する!!」

 

 

 

 

 

 キリュウの宣言と共に、酒場の店内は弾けるように沸き立った。

 

 

 

 誰もが、この時1人の英雄が産声を上げたのだと密かに感じ取っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは、最後の締めとしての交流会を兼ねた食事会が始まった。

 

 店内の机に並ぶのは、料理スキルを駆使して用意した料理の数々だった。現段階では野菜類が少ない為に肉料理が多いのは御愛嬌だが、それでも特に味に拘った物を揃えている。その ほとんどが、攻略組で最も高い料理スキルを誇るハルカの自信作である。一部、彼女にならってスキルを修得し始めたシリカやアスナ、シノンにユウキといった女性陣、そして密かにエギルも調理を手伝っていた。

 

 

 

「おぉ!! 何と美味で御座るか!! このような甘菓子がアインクラッドにあったとは!!!」

 

「美味っ……圧倒的 美味!!!」

 

 

 

 中には、2層のレストランで持ち帰りも可能なトレンブルショートケーキもあった。値段が値段だけに多くの有志の出資があっても3台が限度であったが、それでも滅多に食べられないケーキとあって、男性女性に限らず堪らぬといった表情で舌鼓を打っている。正式にギルド・《 風魔忍軍 》を結成したコタローとイスケの2人も、恥ずかしげもなく涙を流さんばかりに感動しながらケーキを噛み締めていた。

 

 

 

「おじさん、楽しんでる?」

 

「あぁ。料理、美味しくいただいてるぜハルカ」

 

「フフフ、喜んでもらえたなら良かった。結構な数 作ったからね、熟練度も結構 上がっちゃた」

 

「確か、もう200に届くんだったか? 大したもんだな」

 

「そ~かぁ! なら、ハルカちゃんには もっと美味いもん作ってもらえるよう頑張ってもらわななぁ!」

 

「おい、兄さん。ハルカは専属 料理人じゃねぇんだぞ」

 

「固い事 言いっこなしやで、キリュウちゃん。なっ、ハルカちゃん?」

 

「フフ! そうだよ、おじさん。不肖ハルカ、これからも頑張って参ります!」

 

 

 

 いつになく上機嫌な様子で、ハルカもマジマに対し軍人のような敬礼で返す。それを見て無粋な言葉はなしだと感じ、キリュウは小さく溜息を吐きつつ笑みを溢した。

 

 

 

「ハルカさ~ん! こっちでお話ししましょ~!!」

 

 

 

 見れば、主に女性陣が集まっている所でシリカが手を振っていた。場酔いでもしてるのか、普段でも見ないようなハイテンションで、頬を染めている。

 嬉しい中に呆れも若干 含めた笑みを浮かべつつ、ハルカは立ち上がる。

 

 

 

「あ、そうだ。キリト君も行こ?」

 

「えっ、俺もか!?」

 

「せっかくの祝いの席なんだから。男だけじゃなくて、女の子とも交流を深めよう? さ、ほらっ!」

 

「ああああ、ちょ、ちょ……!」

 

 

 

 ハルカの ありがた迷惑な提案に やんわりと断る暇も与えられず、そのまま彼女の筋力値という強引さに手を引かれて、キリトは女の園へと連れ出されて行った。

 

 

 

「ハルカの奴、すっかり お姉ちゃん気取りだな」

 

「キリトちゃんも災難やの~。ま、これも人生経験、貴重な青春って奴やな」

 

「フッ……違いない」

 

 

 

 大人の男2人は、そんな微笑ましい様子に同情するような、あるいは面白がるような笑みで見送った。

 

 

 

「ところでのぅ、キリュウちゃん」

 

「ん? どうした」

 

「キリュウちゃんが考えたギルドの名前の事やけどな」

 

 

 

 改まっての話に、キリュウも神妙な顔付きになって耳を傾ける。

 

 

 

「あれは、クラインのギルドを聞いて考えたんか?」

 

「ん……まぁ、そうだが……」

 

 

 

 風林火山の旗印で有名な武田 信玄。その宿敵(ライバル)と、現在でも語り継がれている戦国武将がいる。

 

 その名は、越後(新潟県)の上杉(うえすぎ) 謙信(けんしん)

 

 そして彼自身が その化身と名乗り、掲げた旗印こそ、当時の戦国大名に信仰されていた毘沙門天だ。その神は、軍神として名高い存在であった。

 

 

 

「ホンマに、それだけかぁ?」

 

「………」

 

 

 

 その問いは、どこか既に確信めいたものを含んだ言い分だった。キリュウは、マジマの目線を合わせて沈黙する。

 

 

 

「……確か、こんな話 聞いた事があったのぅ」

 

 

 

 そして、マジマは唐突に語り始める。

 

 

 

「……東城会には、守護神がおる。戦いにおいても、シノギにおいても並ぶ者なし。その男が見出した人間は、例外なく看板を背負える程の器を持っとる。

 誰もが認める その男は、同じ時期に台頭した《 東城会の若虎 》と並び称された ―――――― 《 東城会の毘沙門 》。あるいは、《 堂島の右腕 》と。その男の名は……」

 

 

 

 

 

「……風間 新太郎」

 

 

 

 

 

 どこか観念したような色で、キリュウが答えた。

 

 

 

「何や、やっぱり そういう事かいな」

 

 

 

 キリュウ(桐生 一馬)を育てた、かつての東城会の大幹部・風間 新太郎。彼が その背に背負う刺青こそ、アジア各地で信仰され、日本でも軍神として名高い毘沙門天であった。

 風間組は組長以下、比較的 穏健な人柄の組員が揃っていた為、彼が背負う刺青の事が話題に上る事は極端に少なかった。その為、風間の事を よく知らない者は臆病者と陰口を叩く者も多かったのである。

 だが、かつては東城会きっての武闘派である堂島組の出身。そして風間自身も古くは伝説のヒットマンとして名を馳せた存在。そんな彼が率いる組が、弱いはずがなかった。実際、マジマ(真島 吾朗)も若かりし頃、若頭の柏木(かしわぎ) (おさむ) 』と拳を交え、その強さに舌を巻いた記憶もある。

 

 

 

「いや、すまない。黙っておくのも どうかと思ったんだが、兄さんに改めて言うのは、どこか恥ずかしいものがあってな」

 

「まぁ、それはキリュウちゃんの恥ずかしい記憶として覚えとくけどな。何で また、風間はんの事を?」

 

「………俺なりの、覚悟って奴だ」

 

「?」

 

 

 

 首を傾げるマジマに、キリュウは杯に入ったミルクで喉を潤し、語り始める。

 

 

 

「俺は中学の卒業と同時に、錦と共に極道に世界に入った。その際、親っさんには強く止められた。それこそ、実力行使をしてでもな」

 

 

 

 その時の事は、今でもキリュウの記憶に強く残っている。大雨が降りしきる中、極道に入ると告げた2人を、風間は鬼の形相で殴り付けた。容赦のない拳は、同年代では既に負け知らずだった2人も手も足も出なかった程に重いものだった。

 今でこそ、風間は極道の羽振りの良い一面しか見えてなかった2人を思い止まらせる為に やったのだと理解できる。だが、幼過ぎた当時の2人は惨めだと感じていた孤児という立場から脱したい一心で、涙ながら訴え続けた。

 結局、風間は2人の思いを汲む他なかった。2人の両親を殺したという負い目も働いたのだろう。一瞬だけ見せた、彼の辛い表情を、キリュウは今も尚はっきりと思い出せる。

 

 

「それから3年後、正式に堂島組の構成員になる時、ある条件を課せられた」

 

「条件?」

 

「俺も錦も、“ 必ず背中に刺青を彫る事 ”。それが親っさんの条件だった」

 

「……あぁ、そういう事かいな」

 

 

 

 その意味を、マジマは鋭く察した。彼自身、極道の世界に入る際に考えさせられた事だから。

 刺青を彫る事は、単に他を威圧し、武名を誇るだけのものではない。それを行なうという事は、娑婆の世界とは完全に一線を画すという通過儀礼であり、ケジメなのだ。決して、半端な思いで足を踏み入れてはならないという意味である。

 

 

 

「結果的に、俺の極道人生は半端な形で終わった。自分の組さえも持てず、四代目なんて大層な肩書は得たが、それも1日だけの事だった。……俺は本当の意味で、親っさんとの約束を、果たしてない」

 

 

 

 それは、自分の立場から逃げない事。そして どんな運命も、自らの業として受け入れる事。その為に、背中に龍を宿らせたのだ。

 だが、桐生 一馬は滑り落ちた。様々な不幸や、新たに出来た守るべき命の事もあった。だが、心の内では風間との始まりの誓いを守れなかった後悔で、常に燻っていた。

 

 だからだろう。SAOに来て、否応なく戦いの道を進み、周りから期待を寄せられる事を察した。そして、クラインから風林火山の話を聞き、ふと毘沙門天の事が脳裏に浮かんだ。まるで、風間が見ているように感じた。今度こそ、自分が運命を受け入れ、乗り越えられるようにと。そう思ってから、キリュウがギルド名を決めるのは あっと言う間だった。

 

 

 

「……キリュウちゃん、解っとる思うが……」

 

「解ってる。過去は過去、現在(いま)現在(いま)だ。それ位は弁えてるさ。安心してくれ」

 

 

 

 変に昔の感情を引きずってはいないかと危惧したが、キリュウは そうではないと告げた。あくまでも、覚悟を固める1つの切っ掛けに過ぎないと。ギルド名も、あくまで自身が誰よりも尊敬した人物に肖ってのものだけであると。

 

 

 

「……そうか。それやったら、構わへんわ。ほな、俺も いっちょ気合い入れるでぇ!!」

 

「あぁ。頼みにしてるぜ、マジマの兄さん」

 

 

 

 キリュウが そこまで言うのなら、マジマも小うるさく言うつもりはない。何より、どんな形であろうとキリュウの作った組織に属するという事が、マジマは何よりも嬉しく思っていたのだ。辛気臭い空気を払うように、彼も また、これからの戦いに向けて気合いを新たにする。

 

 

 

 

 

 

 

(………見てて下さい、親っさん。俺は俺の手が届く限り、守れる命を守っていきます!!)

 

 

 

 

 

 

 

 そしてキリュウも、自身の心にいる軍神(風間)に祈るように、更なる決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、これからが正念場である事を誰もが噛み締めつつも

 

 

 

 今は英気を養うべく、大いに盛り上がった。

 

 

 

 

 

 

 





お久しぶりです。

今年の夏は、マジでヤバいですね……!(´Д`)暑さで汗は止まらないし、常に何か飲んでないと落ち着かないです。みなさんも、熱中症にはお気を付け下さい。


そんな訳で、第4部は終了となります。遂に、キリュウ達のギルドが結成できました! いやはや、ここまで来るまで長かったです。今日まで続けて来られるのも、みなさんの応援があってこそです。まだまだ先は長いですが、どうか応援よろしくお願いします。


次回からは第3層の攻略を開始です。更なる展開を、どうぞご期待ください。


今後とも、『 ソードアート・オンライン ~ 飛龍が如し ~ 』改め、『 SAO アソシエイト・ライン  ~ 飛龍が如し ~ 』を楽しみに!!



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