SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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―――――― その卵は、未だ砕けず







『 英雄の卵 』

 

 

 

 

 

 《 強化詐欺事件 》という、知る人のみ知る事件が解決してから3日が過ぎた。

 

 

 その間にも攻略組は順調にフィールドの踏破を続けた。2日前には、迷宮区の入り口を守るフィールドボスの巨牛モンスター・ブルバス・バウ(Bulbous Bow)を撃破。時間を挟み、その日の午後には迷宮区へと突入を開始する。

 1層の時も そうであったように、最終エリアたる迷宮区は敵の強さも他のフィールドとは一線を画している。十二分に装備も準備も整えての進軍となった。若干の時間は要したものの、その甲斐あって問題なく踏破を重ね、その次の日にはボス部屋を発見するに至ったのである。

 

 

 

 そして、本格的な進軍と定めた この日の朝に進行を開始してから3時間後。

 

 

 

 

 

 彼等は、そこの扉を開けた ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 11月27日 11:02  第2層 迷宮区 最奥  ボス部屋 】

 

 

 

 

 

 その部屋の光景は、広さこそ若干 小さいものの、1層のボス部屋に近い内装をしていた。

 紫を基調とした幻想的な色合いも同様だったが、四角形の広大な玉座の間のようだった1層と異なり、円形状のフロアとなっていた。周囲には古代ローマの上水道のような形のオブジェが広がり、その上には青白い炎が揺らめいていた。全体的な雰囲気としては、怪しげな祭壇とも言うべき造りである。

 

 

 

 そこでは今、地を揺らさんばかりの死闘が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

「来るぞぉ!!! タンクA(エー)、攻撃を防げ!!」

 

 

 

 

 

 号令を掛けるは、1層の時よりもレベルアップを果たしているディアベル。装備している防具も現在でき得る限りの強化を施しており、この日の為に磨いて来たアニールブレードを指揮棒の如く揮い、命を受けたチームが盾を構えて壁を築き待ち構える。

 

 

 

 

 

「グアアアアアアアアツ!!!!!」

 

 

 

 

 

 そんな彼らに向けて、1体のモンスターが大きな雄叫びを上げながら攻撃を繰り出す。

 

 

 4メートルを超える巨体、筋骨隆々な四肢、濃紺に染め上げられた体色、頭部に生えた2本の角。その姿は、二足歩行している巨大な牛そのものである。他にも片や腕、太腿などに水色の刺青模様が走り、腰には太く大きい鎖で締めた腰巻、首元にはファーのように広がって整えられた黒い体毛が生えていた。

 

 

 

 彼の者の名は ――――――  Nato the Colonel Taurus(ナト・ザ・カーネル・トーラス)

 

 

 

 この層の番人として、大佐(カーネル)の地位を持つ怪物。

 それまで2層で現れていた四足歩行の牛モンスターと異なる、二足歩行型の牛人タイプだ。

 

 

 その魔人 ―――――― 通称・ナト大佐が、右手に持った巨大な銀色のハンマーを振り下ろす。

 

 

 

 

 

 ガギイイイィンッ!!!!

 

 

 

 

 

『 フッ、ヌウウウウウウウ!!!! 』

 

 

「負けるな……ッ、踏ん張れえぇ!!!」

 

 

『 オオオオオオオッ!!!!! 』

 

 

 

 片手ながらも、ハンマーの重量、そしてナト大佐の並外れた膂力が容赦なく襲い、ぶつかった盾群との間に激しい火花と衝撃音が響く。

 されど、彼等も修羅場を潜って ここまで来た猛者達だ。タンク特有の固さと重さを駆使し、ディアベルのエールも受けて必死に受け止める。結果、見事に その攻撃を防ぎ切った。

 ソードスキル程ではないものの、大振りの攻撃を受け止められた事で若干の隙がナト大佐に生じる。そこを狙い、後ろや横へ回り込む影があった。

 

 

 

「喰らいやがれぇ!!!」

 

 

「どおっせえええぇい!!!」

 

 

 

 いずれ劣らぬゴツイ風貌の2人 ―――――― エギルとウルフギャングが、それぞれ得物のソードスキルを放ちダメージを与える。

 共に筋力値を多く振っている事、加えてナト大佐は鎧の類を一切 身に着けていない故か、HPバーは2本と多めだが防御力は さほど高くないらしく、その色は大きく減少する。

 

 

 

「よおっしゃあ、見たか!!!」

 

「気を抜くな、まだHPは多く残ってるぞ!!」

 

 

 

 味方の連携が上手く決まった事に素直に喜びの声を上げるリンドに対し、シヴァタは あくまで冷静に慢心が広まらないよう残心の心意気を促す。

 もっとも彼等とて何も知らないド素人ではない。言われるまでもないとばかりに、ある者は隙を狙って武器を構え、ある者は自分や仲間を守れるように盾を持つ手に力を籠める。

 

 頼もしい仲間の姿に笑みを浮かべながら、ディアベルが叫ぶ。

 

 

 

 

 

「まだまだ行くぞ!! ナトを、本隊に合流させるな(・・・・・・・・・)!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディアベル率いる一団から少し離れた位置に、今回の本隊たる その一団はいた。

 

 

 

 

 

「グルルルオオオオ……ッ!!!」

 

 

 

 

 

 巨体を誇る怪物が、唸り声を上げながら眼下の(プレイヤー)を睨み付けている。

 

 その姿は、ナト大佐に非常に酷似した牛人である。顔なども、双子かと思える程にソックリだ。

 だが、その体格はナト大佐よりも更に巨体であり、彼の者よりも一回りは上であろう。頭の角も、まるでアンコラ牛のような巨大さである。加えて、闇の中で保護色が出来たのかと思う位に濃紺だったナト大佐と異なり、その牛人は火の化身とも言えるような真っ赤な体色であった。体に走る刺青模様も、熱く流れる溶岩のような発色がなされている。

 

 

 その名は ――――――  Baran the General Taurus(バラン・ザ・ジェネラル・トーラス)

 

 

 ナト大佐と同じく、この層の突破を阻まんとする将軍(ジェネラル)である。

 鎧の類を一切 着けていないナト大佐と異なり、通称・バラン将軍は腰巻の部分に金属鎧を装備し、手に持つハンマーも眩いばかりの黄金色である。この事からも、彼の者の階級の高さを表していると言えよう。

 HPバーも最大級の長さのものが5本と、コボルド王を超えていた。

 

 

 それもそのはず ―――――― このバラン将軍こそが、テスト時ではフロアボスだったのだから。

 

 

 そう、この2層のボス戦では1層と異なり、数に任せた雑魚の取り巻きはいない。その代わりに、ナト大佐という準ボスクラスの側近を引き連れてのバトルとなるのである。

 並のモンスター、そしてプレイヤーを遥かに上回るボスクラスが複数 存在してのバトルとなれば、それが如何に険しいものであるかは想像に難くない。数で劣ると、決して侮る事など出来ないのである。

 

 

 

「グルオオ……ッ!!!」

 

 

 

 そして更に、このトーラス軍団には厄介な要素が存在している。

 

 

 

デバフ攻撃(・・・・・)だ!! みんな下がれぇっ!!!」

 

 

 

 その兆候に逸早く気づいたキリトが、大きく警告する。

 バラン将軍が両手でハンマー持ち、頭上で構えたのである。高く構えられたハンマーに青白い光が集中し始め、更にパチパチと弾けるような音が響き、青白い火花が走る。現代に生きるプレイヤー達には、それが電気の類であると解った。

 

 

 

「グルアアアアアッ!!!!!」

 

 

 

 そして、咆哮と共にハンマーは振り下ろされた。

 凄まじい轟音と風圧が、その威力の凄まじさを物語る。しかし、その攻撃は それで終わりではない。

 

 

 

 バリバリバリバリ………ッ!!!

 

 

 

 叩き付けたハンマーを中心とし、そこに溜め込まれていた電気の塊がスパークとなって放射線状に走ったのだ。空間さえ切り裂くような凄まじい音が響き渡る。

 

 これは、両手槌用ソードスキル・《 ナミング・デトネーション 》

 単純な叩き付け攻撃のみならず、稲妻の力を周囲に振り撒くという効果を併せ持つという とんでもない技で、このフロアボスたるバラン将軍のみが扱える《 ユニーク技 》と呼ばれるソードスキルである。

 だが、この技の恐ろしさは それだけに止まらない。Numbing(麻痺する)という言葉、そして電気という要素が表す通り、この技で放たれたスパークを喰らってしまうと一時的に《 行動不能(スタン)状態 》となり、更に続けて喰らうと更に重症の《 麻痺(バライズ)状態 》となってしまうのである。しかも、その状態になると10分間も それが持続するという凶悪さである。戦いの中、それも最大級の能力を持つボスモンスターを相手取る中で そうなる事が、どれだけ危険であるかは言うまでもないだろう。

 事実、テスト版では想定外にも程がある この攻撃に、多数の被害者が出て何度も攻略を挫かれた過去があるのだから。

 

 

 

「くっ!」

 

「被害状況を確認!!」

 

「デバフにかかったヤツはいません! ダメージも軽微!!」

 

 

 

 だが、その経験を活かさぬ攻略組ではない。キリトやディアベルの経験談を参考に、既に対処法を施した上で攻略に臨んだのだ。デバフを科す電撃も、直撃しなければ ただのダメージに留まる効果もあり、掠りで若干のダメージを負う者は出たものの、最悪の事態は回避する事に成功した。

 

 

 

「よっしゃあ!! お前らぁ! あの赤牛のクソッタレにお返し喰らわしたれ!!!」

 

 

 

 そして、プレイヤー・モンスター問わずのソードスキルの制約により、バラン将軍には技後の大きな隙が生じる。そこを決して逃しはせぬとばかりに、キバオウが先陣を切って突貫。おのおの攻撃を加えていく。

 

 

 

「グオオオオオオ……ッ!!!!???」

 

 

 

 前後左右から剣、槍、槌、斧など様々な攻撃を容赦なく注がれ、身体を震わせ悲鳴を上げるバラン将軍。HPバーの緑色が面白い位に減少していく。そして10秒も経たない内に、バーの一本が喪失した。

 コボルド王に比べると随分と柔らかい印象を受けるが、やはり攻略組のレベルと装備が前回より向上し、全体の能力が上がった事が大きいのだろう。更に言ってしまえば、相手は たった1層 上がっただけのボスである。1層の時点で充分な安全マージンを持っていたプレイヤーにとって、未だ そのマージン内のバラン将軍は対処法さえ知っていれば大した敵 足りえなかったのだ。

 

 

 

「よし、もう充分だ! 下がれ!!」

 

 

 

 とはいえ、だからといって調子に乗って良い相手でもない。頃合いを見計らって、遠目で様子を窺っていたキリュウが後退を促す。中には まだ やり足りないと思う者もいたが、バーの一本を奪っただけでも上々と判断し、すぐさま全員が下がって再び包囲態勢を取った。

 

 

 

「グアアアアアアアアツ!!!!!」

 

 

 

 自らを甚振った攻略組本隊に対し、忌々しいとばかりに吠えるバラン将軍。両手で得物を構え睨む姿からは、今すぐに報復してやるとの激情が伝わって来る。

 本隊も、油断は出来ないと各々が構えを取って相手の動きに備える。

 

 

 だが、直後に その緊張状態は急変を迎える。

 

 

 

 

 

「みんな、待たせた!!」

 

 

 

 

 

 そこに、ディアベル以下 別動隊が本隊と合流したのである。

 

 

 

「おお、ディアベルはん!! あの青いヤツは片付けましたんか!!」

 

「まぁね。多少は手強い相手だったが、丁重に ご退場願ったよ」

 

 

 

 それが表す事は即ち、別動隊がナト大佐を討伐した事を意味していた。

 

 

 

「ふっ。さすがだな、ディアベル」

 

「そちらがバラン将軍を良く引き付けてくれたからですよ。おかげでナト大佐に集中できました」

 

 

 

 ボスクラスのモンスターだったとはいえ、やはり格そのものはコボルド王にもバラン将軍にも劣っていた。その上 攻略組の見事な連携で各個撃破の状況を形作られては、相手にとって不利なのは自明の理である。

 一応、ナト大佐にもトーラス族特有のユニーク技として《 ナミング・インパクト 》という行動不能と麻痺を伴うソードスキルを持っていた。だが、バラン将軍の技に比べて範囲は半分である上、攻撃の前後の隙も明らかに大きいという差があった。そんな差を見逃すディアベル達ではなく、本隊が充分に相手を釘付けにしているのを確認した上で、怒涛の波状攻撃を仕掛け、あっと言う間に撃破したのである。

 HPも防御力も劣っていた相手とはいえ、ここまで短時間で倒せたのは、ひとえにディアベルの指揮能力とエギルやウルフギャングらの攻撃力、そして各個撃破という作戦を忠実に守った全体の一体感であろう。

 

 

 何はともあれ、これでレイド全体がバラン将軍に集中するという展開となった。

 

 この上ない好機を、見逃す彼等ではない。

 

 

 

 

 

「よし………総員 ―――――― 一斉攻撃ぃっ!!!

 

 

 

 

 

『 オオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!!!!! 』

 

 

 

 

 

 キリュウが総攻撃を発令。レイドの ほぼ全軍が一斉に突撃を開始する。

 

 

 そこからは、完全に一方的な蹂躙であった。イジメと言っても良い。

 

 真っ先に体に張り付いた者から剣や短剣、棍棒といった近距離武器のソードスキルを叩き込み、硬直時間が切れると同時に下がると、更に別の者が入れ違いで来て再びソードスキルを ぶつける。バラン将軍の図体がデカいと言っても、流石に40人近い人数が一斉に攻撃できる訳でもない。しかし、槍や大斧といった中距離の武器を持つ者は そのリーチを活かして少し離れた所からチクチクと刺したり斬ったりしてダメージを稼ぐ。更なるダメ押しとして、投剣スキルを持つ者は遠距離からも攻撃を重ねて行ったのだ。

 バラン将軍は体勢を立て直そうとするも、攻撃をしようとすればノックバック効果を持つソードスキルで妨げられ、ソードスキルで一掃しようとしてもキリュウやキリトといった手練れに相殺され、意味を為さない。唯一、ユニーク技はアーマー(中断されない)状態となるが、それもモーションが派手で範囲もバレている所為で回避も簡単に出来てしまい、結局は技後の隙を突かれ再び袋叩きにされる有様であった。

 

 

 

「グアアアアアッ!!!??」

 

 

 

 バラン将軍が、一際 大きな悲鳴と共に大きく体勢を崩す。

 

 

 その頭上に表示されたHPバーは、残り1本 ―――――― 赤色(危険域)に突入していた。

 

 

 

「総員、攻撃中止! 一旦 退避だ!!!」

 

「下がれぇ!!」

 

 

 

 ディアベル、そしてキリュウが攻撃の中止を叫び、皆が一斉に距離を取る。中には状況を確認せずに今にもソードスキルを放とうとしていた者もいたが慌てて攻撃を中止し、硬直時間(ペナルティ)で固まった体を仲間が引き摺って下がって行った。

 

 バラン将軍は、小さな唸り声を上げつつも未だ沈黙している。攻略組は距離を保ちつつ、相手の出方を窺っていた。

 

 

 そんな中、バラン将軍が動く。

 

 それに敏感に反応する攻略組だが、攻撃などのモーションではなかった。体の向きを変えただけである。

 

 

 そしてバラン将軍が向けた視線の先で、変化が起き始めていた。

 

 

 この部屋の中央には、他の床とは違う材質と色で出来た丸いインテリアが為されていた。それが、おもむろに動き出し、上へと迫り出して来たのだ。どんどん上へ上へと上がって行き、バラン将軍さえ上回る高さに達した辺りで停止する。

 

 その迫り出した先で、形容しがたい音を発しながら空間が歪み出す。

 

 フィールド等でモンスターが湧出(ポップ)する現象に似てるが、それよりも遥かに仰々しく、かつ邪悪な印象を与えるものだった。

 

 その現象に向けて、バラン将軍が雄叫びを上げる。

 

 それは まるで、これより現れる対象に対して歓喜、否。畏敬(・・)の念を向けているかのようであった。

 

 

 

 やがて、空間の歪みの中から何かが形作られ ―――――― “ それ ”は現れた。

 

 

 

 やはりと言うべきなのか、それもまた牛人タイプのモンスターであった。だが、細部はナト大佐ともバラン将軍とも異なる。

 

 まず目を引くのが、頭部だ。灰色の体色に良く映える色合いの、豊かな白い髭と鬣が生えていた。頭の角も、現実ではありえない形をしている。頭頂部に上へ向けて伸びる大小の角が左右に2本ずつ、後頭部から横に顔を包むように伸びる長い角が左右に2本、計6本もの角があった。

 

 そして、極め付けが頭頂部に填められた装飾品 ―――――― そう、王冠(・・)である。

 

 その他にも、腰にはチャンピオンベルトのような金の装飾品と腰を守る鎧、それらを繋ぐ鎖も黄金という贅沢さ。足には赤い布が巻かれ、腰の前後には金の縁取りがされたレッドカーペットのような直垂が下がっている。

 

 

 荘厳さと豪奢さが合わさった その牛人には、この名が冠されていた。

 

 

 

 

  《 Asterios the Taurus King(アステリオス・ザ・トーラス・キング)

 

 

 

 

 そう、“ 王 ”だ。

 

 

 何を隠そう、この牛王こそ、この《 牛の層 》と呼ばれる2層の真のフロアボス(・・・・・・・)であった。

 

 先述したが、テスト版はバラン将軍がフロアボスであった。このようなボスの存在など影も形もなかった。つまり、これこそコボルド王の武器変更と同じく正式版におけるボスの調整という事だろう。

 

 ズシンと、その巨体に相応しい重い音を立ててアステリオス王が降り立つ。そして攻略組(不敬者)を恫喝するかのように、右手に持つ細かい意匠が施された見事な金槌を地面に叩き付ける。

 

 

 そして頭上にHPバーが表示される。その数は ―――――― 何と6本である。

 

 

 ボスクラスの敵を2体 相手にした後で、それ以上の敵との対峙を強制される。先へ進む為には、厭でも向かわざるを得ないプレイヤー達にとって、これほど不条理な展開はないだろう。

 

 

 今すぐにでも誅罰を下さんと、眼下のプレイヤー達を見下ろす君臣の牛魔人。

 

 

 その側近たるバラン将軍とて、瀕死なれど未だ健在のままだ。

 

 

 

 

 

 疲労が重なる攻略組に、絶望の色が降り罹る ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― と、思っていたのか?」

 

 

 

 

 

 

 ガキイィンッ!!!

 

 

 

 

 

「ガウアッ!!?」

 

 

 

 アステリオス王が、悲鳴を上げて よろめいた。

 

 理由は、彼の者の頭部に何かが直撃した為だ。

 

 “ それ ”は、ぶつかった後まるで意思をもっているかのように動き、攻略組の方へ向かっていく。

 

 そして戻って来た それを、1人の少年が掴み取る。

 

 

 

「ナイスだ、ネズハ(・・・)!!」

 

 

 

 キリトが手際を誉め称えた相手。それはレジェンド・ブレイブスの1人、ナタクであった。はにかむような笑みで答える彼の手には、見慣れぬ武器が握られていた。

 

 

 その武器とは何か。

 

 そもそも、攻略組入りは無しになったはずの彼が何故ここにいるのか。

 

 

 

 

 

 それは、初めて迷宮区に辿り着いた日まで遡る。

 

 

 攻略が進んで行く中、ウルバスの宿屋を拠点としていたキリト達の元にアルゴから1つの情報が齎される。それは、特にベータテスターだったキリトを大いに驚愕させる内容だった。

 

 

 ―――――― 赤き魔人の血肉を贄として、この地に新たな王が降臨せん。

 

 

 そのような事を語るNPCを、偶然 発見したのだという。そのNPCも それまで見た事もないタイプであった事から、おそらく迷宮区まで辿り着いた事でフラグが立ったのだろうとキリトは推察した。アルゴも交え、その場にいたハルカやアスナらと共に話の内容を推考する。

 

 そして その結果、テスト版では登場しなかった敵が出現する可能性を見出す。

 それは、当時の内容を聞いたアスナやユウキが出現する敵が大佐(ナト)将軍(バラン)である事に小さな違和感を覚えたのが切っ掛けであった。1層では支配者(ロード)であったのに、2層が それだと階級的にも低すぎるのではと。件のNPCが わざわざ王と言っていた事を鑑みても、あり得ない話ではなかった。

 

 早速その夜、迷宮区から帰って来たキリュウやディアベルらとも協議を重ね、そういった可能性を考慮しての攻略法を考査に入った。

 

 その末に考えられたのが、“ 徹底したボスの弱点への攻撃 ”であった。

 

 実は、アルゴが見付けたNPCの話には続きがあったのだ。

 

 

 ―――――― その王は、自らが王である事に強い誇りと拘りを持っている。

 

 ―――――― 故に それを貶められる事があらば、平静では いられないであろう。

 

 

 それがボスの特性に関わる事であると推察するなら、それは弱点を表している可能性は非常に高い。そして それは、王である事を表す装飾品か何かであろうと。

 もし それが王冠であるなら、1つの懸念が生じる。ボス全体に言える事だが、それは“ 体が大き過ぎて頭部にまで攻撃が届かない ”という事だった。故に その戦法を試みるなら、有効なのは投剣スキルだったが、それには使用数が限られる上、修得しているのはキリトやシノンなど、極一部でしかなかった。相手のHPが どれ程か見当も付かない以上、数に限りがあり過ぎるのは問題であった。

 

 しかし、そこでキリトは1つの光明を見出した。

 投剣スキルのような距離の利を活かした攻撃を繰り出しつつ、その攻撃のように使い捨てではない武器が存在したのだ。

 

 

 それこそ、現在ネズハが持つ輪っか状の刃物武器スキル ―――――― 《 チャクラム 》である。

 

 

 その効果は、先程ナタク ―――――― もといネズハが放った通りである。本来この武器は、投げて敵や的に刺す物の為、投剣と同じく使い捨てに等しい武器であるのだが、その他のゲーム設定に影響を受けてかSAOのチャクラムには投げると戻って来るというブーメランのような特性が付加されている。この為、耐久性が続く限りは何度でも遠距離から攻撃できるというSAOにおいては破格とも言える距離的優位性を持っていた。

 

 だが、やはりと言うべきか、そのような便利な武器を簡単に使える訳もなかった。チャクラムを使用するには条件が要るのだ。

 それは“ 《 投剣スキル 》と《 体術スキル 》の2つを習得する事 ”である。

 しかし、今回の場合はキリトもシノンも両方とも習得できている為、後は武器を入手するだけであった。

 

 その時、キリュウが とある提案を述べたのだ。

 

 

 それは、ネズハに この役目をやらせてみては どうかというものだった。

 

 事件後、レジェンド・ブレイブスの面々は装備を全て売却して補償し、現在は贖罪も兼ねて攻略組の活動資金と素材集めに奔走している。攻略組入りは却下と言ったが、その実態は下部組織扱いであると言っても差し支えない。

 

 しかし その中にあって、ネズハの存在は未だネックであった。

 フィールドには満足に出れず、しかし修めた鍛冶スキルは過去の罪への戒めとして封じていた。自分の名をナタクではなくネズハと周りに呼ばせるのも、そういった意図があっての事だ。更に言えば彼自身、自らの行ないでトラウマが出来ていた事も大きな原因だった。その為、金策の活動も目途が立たず、今後を どうするか考えあぐねていたのだ。

 

 だが、彼には初期に使っていた投剣スキルが残っていた。その上で体術スキルを習得させれば、再び戦力として返り咲く事も可能なのではないかと。

 その提案に不安を覚える者も多かったが、今のネズハの立場を見かねていたのも事実であり、彼を気に掛けるキリュウの強い意志もあって、その考えは通る運びとなった。

 

 早速、その旨をネズハに伝える。最初は悩んだ様子だったが、それも贖罪になるならと首を縦に振った。

 とは言うものの、体術スキルを修得する為の例のイベントは鬼畜とも言えるような難易度である。巨大な岩を殴る事は視覚障害を持つ彼でも出来るが、やり切れるかが問題であった。加えて、ボス攻略までの時間も さほど残されていない事もあり、悠長に構えられないプレッシャーもネズハを襲う。

 

 しかし それでも、何度も挫けそうになったものの、彼は見事に やり切った。その忍耐の根底には、決して許されるはずのない過ちを犯した自分に対し、やり直しの機会をくれた事に対する感謝の念があった。

 顔に書かれた落書きを消した後、キリュウから乗り越えた証としてチャクラムを受け取る。その時、彼は人目も憚らず大泣きした。達成感も そうであろうが、一度は諦めた戦闘プレイヤーとしての道が再び開かれた事実が、彼にとって途轍もなく大きかったのだろう。

 

 

 

 そして、現在。

 

 

 ネズハは、成長した自分を証明するかのように奮戦していた。

 

 

 

「もう1発だ!!」

 

 

 

 アステリオス王の弱点が頭部の王冠である事は、先の一撃でハッキリした。そこに目掛け、再びチャクラムを投擲する。さすがに初期は投剣スキルを得物としていただけあって、その派生スキルのチャクラムも問題なく使用できていた。命中補正があるとはいえ、決して大きくはない(王冠)に再度 命中させる。

 アステリオス王は、呻き声と共に再び蹈鞴(たたら)を踏む。NPCが語った内容が これ程の効果を生むとはと、キリトらは大いに感心した。

 しかし、これは攻略組にとって最大級とも言えるチャンスである。

 

 

 

「よし今だ! 奴等を完全に分断させるんだ!!」

 

 

 

 ディアベルの号令と共に行動を起こす。

 開発側の意図としては、新たなボス登場で浮足立っているプレイヤーをボス同士の連携が襲い掛かるというものだったのだろう。もしナト大佐まで残していたとしたら、3体同時という目も当てられない惨状であったかもしれない。

 だが、ネズハの攻撃でアステリオス王に隙が出来た事で、それも崩れ去った。

 メンバーの2つに割き、それぞれ一斉攻撃を開始した。合流しようとしていた2体は それも叶わず、やむなく それぞれの対処に追われる形となった。

 

 

 

「オラオラオラオラ!!!!」

 

 

「死ねやコラァッ!!!」

 

 

「手前ぇなんざ怖かねぇ!!!」

 

 

「野郎ぶっ殺してやらあああっ!!!」

 

 

 

 瀕死の将軍に対し、無慈悲なまでの波状攻撃が重ねられる。

 HPが残り僅かになっても、バラン将軍に何ら変化が起きた様子はない。そういった変化的なものは、全てアステリオス王の登場演出に注ぎ込んだのだろう。

 考えようによっては憐れにも思えるが、命が懸かっている攻略組にとっては渡りに船だ。容赦なく、攻撃を続ける。

 

 

 

「グアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 

 

 だが腐っても、かつてのフロアボス。残りの赤バーが短くなっていく中、せめて一矢は報いてやると《 ナミング・デトネーション 》のモーションに入った。さすがに喰らえば致命傷になりかねない一撃である事もあって、攻撃をしていた面々は一斉に回避を開始する。

 振り下ろされる金色の巨大ハンマー。電撃が走り、激しいスパークが視覚と聴覚を刺激する。

 

 

 

「グオ……ッ!!?」

 

 

 

 自らの技が終わり視界が開けた瞬間、バラン将軍は信じられないものを目にする。

 

 床に叩き付けた自らの得物の上に、何かが乗っていた(・・・・・・・・)のだ。

 

 

 

 

 

「―――――― ニヒィ!!」

 

 

 

 

 

 その正体は、人 ―――――― 恐ろしいまでの笑みを見せて、マジマが牙を剥く。

 

 

 

「イイイイイイイイヤッァ!!!!!」

 

 

 

 野の獣ですら出さないような金切り声を上げながら、ハンマーから飛び跳ねる。そして両手で握ったロングダガーを、バラン将軍の首筋に深々と突き立てた。

 まだマジマの攻撃は止まらない。大きな悲鳴が上がる中、彼はバラン将軍の筋肉の出っ張りや装飾品を利用して 器用に よじ登って行き、あっと言う間に頭頂部へと到達する。

 

 

 

「いくでぇ~……うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!!

 

 

 

 太く長い足を首に絞め付けるようにして体を固定させ、無防備の頭部に向けて攻撃を開始する。

 無手ではあるが、体術スキルの攻撃力アップの恩恵とマジマ本来の喧嘩の技量が合わさり、凄まじい連続殴打となってバラン将軍の頭部を襲う。怒涛の攻撃とは こういうものを言うのだろうと見る者を圧倒し、周りも思わず追撃の手を緩めて驚愕と興奮で声援を送った。

 

 

 

「くはあ~……やっぱハンパないのぅ、マジマはんは!」

 

「全く……つくづく常識破りな人だな」

 

 

 

 キバオウが呆れ交じりの声を漏らし、苦笑しながらディアベルが独りごちる。

 彼の戦い方は、相変わらずSAOプレイヤーとしての常識を破るものだ。基本、SAOでの戦闘は通常攻撃で敵のHPを削りつつヘイトを集め、そして相手の技後の隙などにソードスキルを叩き込み、一旦 退いて再び繰り返すといった一撃離脱(ヒットエンドラン)戦法が主流である。

 ただでさえ戦争から離れて久しい現代人、更に基本的に剣などの近接のみの攻撃手段しか持たないプレイヤー側からすれば、そうせざるを得ない側面もある。それを補うスキルもあるにはあるらしいが。

 普通の雑魚的でさえ それなのだ。にも かかわらず、更に危険なボス敵の体に張り付いて あまつさえ よじ登って攻撃するなど、考えた事もなかった。ミスが決して許されない今ならば尚の事である。

 普段の言動からも察しはつくが、やはりマジマという人間は並の人間という範疇から大きく外れる存在なのだと改めて思い知る。

 

 正直、末恐ろしくもある。

 

 

 だが、今は何よりも心強い存在なのは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 そして、その時は やって来る ―――――――――

 

 

 

 

 

「―――――― おおおおおおおおおおおお……っ!」

 

 

 

 存分に拳を脳天に叩き込んだところで、マジマが締めの一撃の準備を開始した。

 

 右腕を頭上に掲げ、手を開いて構える。その右腕に必殺技を示す光の粒子が集い始め、彼の右腕が濃い橙色に染まる。

 

 僅かな隙にも、バラン将軍は何も出来ない。普通なら攻撃が少ないだろう頭部に過剰なまでの集中攻撃を受けて、AIが過負荷を起こしているのだ。意識回復は到底 間に合いそうにない。

 

 

 

 

 

 そして充填が完了した直後 ―――――― 彼の右目が大きく開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

「ウッシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 岩さえも崩すような絶叫と共に、輝く右腕が振り下ろされる。

 

 

 体術スキルの1つ ―――――― 岩斬(がんざん)

 

 

 高速の速さで手刀を叩き付ける基本技である。攻撃範囲が狭くリーチも極端に短いが、ヒットさせれば高確率で長い行動不能(スタン)状態に持って行ける技でもあった。それ故か、《 閃打 》等に比べれば威力は上である。そこにマジマの並外れた喧嘩の技術も合わさり、ブーストされた技はスペック以上の威力を引き出した。

 

 

 

 

「―――――― グォ………」

 

 

 

 

 

 

  バキィ―――――――――ンッ………

 

 

 

 

 

 

 そして それは ―――――― バラン将軍の総てを斬り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対バラン部隊(チーム)から響き渡る勝利の咆哮は、対アステリオスのメンバーにも届く。

 

 

 

「どうやら向こうは、決着(ケリ)が付いたみたいだな」

 

「みたいですね。さすがマジマさん達だ!」

 

「俺達も、負けてられねぇな!」

 

 

 

 エギルの言葉にキリュウとキリトも頷く。周りのメンバーの士気も、味方の勝利によって見るからに高まっている。これに便乗しない手はないと、一気呵成に攻めかかる。

 

 真っ先に行動に移ったのは、攻略組でも名と華のある4名であった。

 

 

 

「たあああぁっ!!!」

 

 

「てぇいっやあああぁっ!!!」

 

 

 

 アスナは十八番とも言える《 リニアー 》を、ユウキは3連続攻撃である《 シャープネイル 》を脇腹に叩き込む。熱線で穿ったような円と鋭い爪で斬り裂いたようなエフェクトが走る。

 

 

 

「ふんっ!! はあっ!!!」

 

「やあああっ!!!」

 

 

 

 ハルカとシリカも それに続き、それぞれが《 アッパー・スウィング 》《 アーマー・ピアス 》を無防備な背中に命中させた。棍の攻撃は相手の動きを鈍らせ、短剣の技は高確率で発生するクリティカルによって確実なダメージ量を蓄積させた。

 

 それからも、波状攻撃的に攻略組の動きは留まるところを知らない。絶え間なくそれぞれが攻撃を行ない、それに もがくアステリオス王の様相は、さながら蜂と それに翻弄される人間の如くだ。人型とはいえ見た目は牛の怪物に他ならないアステリオス王が人間らしい動きを見せるというのは、一種の皮肉が利いてるとも言える。

 時間こそ少なからず掛かったが、順調すぎる位にダメージは積み重なり、6本あったゲージは みるみる内に減って行く。

 

 

 そして遂に残り1本、即ち危険域(レッドゾーン)にまで やって来た。

 

 

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアァッァ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 直後に弾かれたように天を向き、怒号を響かせるアステリオス王。近くにいた者は その凄まじい音波を振動という形で味わう。

 

 

 

「くそ! やっぱり赤になれば動きが来るか!」

 

「みんな、下がれ!!」

 

 

 

 キリトの忠告に従い、攻撃していたメンバーは蜘蛛の子を散らすように離れる。

 その間、アステリオス王に変化が訪れる。その灰色の巨体に、青白い稲妻がパチパチと音を立てて帯電し始めたのだ。如何にもな、力の本気度(ギア)を上げたという演出である。

 

 ドン、とハンマーの柄を地面に突いて杖のように構える。ニュートラルな状態を攻略組が訝しむ中、直後にアステリオス王は頭部は僅かに後ろに下げた。

 

 それはまるで、息を大きく吸う(・・・・・・・)ような動きである。

 

 

 

「っ!!? 拙い!!」

 

「!! 奴の直線上から離れろ!!」

 

 

 

 何をする気なのか直感的に悟ったキリト。そしてキリュウが叫ぶ。

 

 その意味を瞬時には理解できずとも、本能で反射的に動くメンバー達。

 

 

 

 

 

「ボアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 その瞬間、アステリオス王の口から途轍もない雷が放出される。ハンマーや体に帯電する電気を凝縮して一気に放ったような一撃は、凄まじい迫力を誇っていた。

 

 小さい悲鳴が いくつか聞こえる。キリュウの言葉が幸いして直撃した者こそ いないが、僅かに掠った者が目に見えてHPを減らし、中には行動不能状態になっている者もいた。これが もし直撃だったらと思うと、そんな最悪な想像をした者の顔は恐怖で引き攣り、蒼褪めるばかりだ。

 

 

 

「グルルオオオ……ッ!!」

 

「ひぃっ!!?」

 

 

 

 攻略組にとって、順調に来た中の初めての勢いの低下。

 地に伏される形になった者は、自身を見下ろす敵王に思わず悲鳴を上げる。

 

 

 

 

 

「このぉ――――――!!」

 

 

 

 

 

 その味方の危機に真っ先に動いたのは、ネズハであった。

 追撃は させまいと、再びチャクラムを弱点の王冠に向けて投擲する。チャクラム用ソードスキル・《 リップ・シュート 》が、濃いピンクの光を纏って飛んで行く。

 

 

 

「グアアッ!!?」

 

 

 

 そして それは、見事に命中。またしてもアステリオス王は大きく体勢を崩して隙を見せた。その間に、被害を受けた面々は体勢を整える為に一時その場を離脱する。

 これによって戦力は低下したが、まだまだ戦闘続行は可能であると判断し、攻略組は再び攻勢を掛ける。

 

 激しい攻撃が続く。アステリオス王の四方八方で、剣の、槍の、様々な色の剣技(ソードスキル)が円舞のように振るわれていく。

 そんな数の暴力に決して膝を突くまいと、牛王は再び自らに宿る稲妻の力を見舞おうと息を吸い始める。

 

 

 

「させるもんか!!」

 

 

「しつこいわよ!!」

 

 

 

 だが、それを察知したネズハ、そしてシノンが やらせまいとチャクラムと投げナイフを投げる。それぞれは見事、王冠に直撃してアステリオス王は反撃の出鼻を挫かれてしまった。

 

 

 

「私達も! やああっ!!

 

 

「てやあああっ!!」

 

 

「ていやああっ!!」

 

 

 

 更に追撃が重なる。アスナの《 リニアー 》、ユウキの《 ホリゾンタル 》、シリカの《 閃打 》という、ノックバック効果を持つソードスキルをアステリオス王の腹部に集中させた。ほぼ同時に同じ効果の攻撃を受けた事で、威力も そうだが更に体勢を大きく崩す事となり、上半身が後ろへ傾き出した。

 

 

 

「エギルさん!!」

 

 

「おうさ!!!」

 

 

 

 その背後から、ハルカとエギルの2名が迫る。狙うは、ソードスキルの衝撃で疎かになっている脚部だ。

 2人は得物の棍と大斧を防御するような形で前に構え、そのまま駆け続けながらソードスキルの力の充填が行なわれる。

 

 

 

「ええええいっ!!!」

 

 

「おらあああああっ!!!」

 

 

 

 そして、2人はアステリオス王の足へ突貫する。

 2人が放ったのはソードスキルの中でも若干 特殊なものであった。単純な敵のHPを奪う攻撃ではなく“ 敵に囲まれた場合の為の強行突破の為の技 ”という趣があったのだ。その為、攻撃力は さほどではないものの、その突破力は目を見張るものがある。並のモンスターなら、為す術もなく攻撃も防御も弾かれてしまう程だ。

 

 ハルカの《 プランジ・インパルス 》もエギルの《 レペリングスタン 》も、本来ならボス向けの技ではないが、体勢を崩して完全に無防備な所を突く事で別の真価を発揮した。

 

 

 

  ドズウウウウウウゥンッ………

 

 

 

「グオアォ!!?」

 

 

 

 体勢を崩した事で今にも倒れそうなのを必死で踏ん張っていたのだが、ハルカとエギルによって それすらも無力化された。体当たりでの足払いの勢いも加わり、後頭部と上半身を強かに打ち付けながら転倒したのだ。

 

 轟音を立てて圧倒的な巨体が仰向けに倒れる姿は、攻略組の士気を高め歓声を起こさせる。

 しばし痛みに悶え、アステリオス王は急ぎ立ち上がろうとするが、その巨体ゆえか、あるいは仕様なのか、上手く起き上がれず手足をジタバタさせる。その様は、さながら引っくり返された亀の如くで、何とも滑稽ですらあった。

 

 

 

 

 

「―――――― グオ……ッ!?」

 

 

 

 

 

 そして、もがくアステリオス王は、その動きを止める。

 

 

 それは、もはや致命的な隙となる。だが、止めざるを得なかった。

 

 

 

 

 その黄色い虹彩に ―――――― 自らを狩り取らんとする煌きを捉えてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

「これで ―――――― !!」

 

 

 

「トドメだぁ――――――ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 キリュウが、勢いよく跳び上がり、逆手に持った曲刀を眉間へと深々と突き立てた。

 

 

 

 キリトが、横から《 スラント 》を発動し、首を跳ね飛ばす勢いで縦一文字に斬り裂いた。

 

 

 

 その完全なる急所への2つの攻撃は、僅かに残ったHPを削り取るのに充分過ぎるものであった。

 

 

 

 

 

 

  バキイイイィィィィッ……ン………!!

 

 

 

 

 

 

 王は ―――――― 生まれたばかりの牛王は、その あまりにも短い在位期間を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばしの沈黙の後、脅威が完全に去ったボス部屋は大歓声に包まれた。

 

 

 大学の卒業式の帽子のように武器や盾を上へ放り投げて喜びを表現する者や、共に死線を潜り抜けた者同士が互いに抱擁し合ったりと、様々な挙動で勝利の余韻に酔いしれていた。

 

 

 ハルカも、満面の笑顔を浮かべて終止符を打った2人の元へと駆け寄って行く。

 

 

 

「おじさん! キリト君!」

 

「ハルカか。そっちは無事のようだな」

 

「うん、私は平気。2人とも、凄く格好良かったよ!!」

 

「ははは。ありがとう、ハルカ」

 

 

 

 共に勝利の為に、派手とも無茶とも言える行動を取った。心配は全く なかったと言えば嘘になるが、それでも勝利と成功を疑う事は お互い微塵もなかった。故に、その言葉と表情には純粋な喜びのみが宿る。

 

 

 

「キリュウちゃ~ん!! カッコよかったでぇ~!!」

 

「congratulation!! さすがだな、お2人さん! 1層に続いて大活躍じゃねぇか!」

 

 

 

 取り巻きの1体を屠った男と、勝利の為の決定的な隙を作った片割も やって来る。

 

 

 

「ふっ。まぁ、油断せずに戦えば、こんなものだ。兄さんこそ、相変わらず無茶な戦いぶりだったな」

 

「ヒッヒッ。あ~んな(トロ)い奴、俺の敵やないっちゅうねん。楽勝やったでぇ!」

 

「ハハハ……マジマさん らしいですね……」

 

 

 

 キリトが良く知るネトゲの世界なら、同じような事を言った者は大勢 知っている。だが、今の状況でマジマという人間が言う その言葉は、それらとは まるで違うもののように思える。やはり、年季や経験というものに明らかな差があるのだろうと、何気なくキリトは考えた。

 

 

 

「やあ、お疲れ様」

 

「今回も大勝利ですのぅ!! ナッハッハッ!!」

 

 

 

 そこに、ディアベルとキバオウもメンバーを従えて やって来る。皆ともに疲労感が滲み出ているが、同時に苦境を乗り越えた達成感という輝きに満ち満ちた表情であった。

 そんな中で、ただ1人リンドだけは どこか不機嫌そうな面持ちで立っている。

 

 

 

「……何や、なんか言いたげやのぅ、ソイツ」

 

「いえ。1層に続いて、今回もラストアタックを持っていかれたもんですから」

 

 

 

 ボスモンスターは強大な敵である分、倒した時の経験値もドロップアイテムもザコとは雲泥の差がある。それを ことごとく取り損ねた事が、彼の機嫌を斜めにしているらしい。

 

 

 

「……気持ちは解るが、この場は勝利を喜ぶ時だ。今くらい、そういうのはやめておけ」

 

「だけど、2体とも持っていかれたんですよ。1体くらい こっちにくれたって……」

 

「リンド」

 

「………解りました」

 

 

 

 ディアベルが少しばかり語気を強めたところで、ようやくリンドは渋々ながらも引き下がる。

 

 

 

「……すみませんね。コイツも、悪気があるわけじゃないんだ」

 

「いや、良いさ。彼の言う事も理解できる」

 

 

 

 誰よりも強く、誰よりも先へという心理は、ネトゲユーザーなら誰しも持っているもの。キリトも同じ穴の狢であると自覚する以上、リンドを責めるつもりはない。キリュウやマジマも、やる気 充分だと むしろ好意的な目で見ている位だ。変に拗れる事はなさそうで、ディアベルも一安心といった表情を浮かべる。

 

 

 

「ま、せやけど今度はワイらがラストアタック貰うさかい。いつまでも このままや おまへんで!」

 

「あぁ、期待してるぜ」

 

「せいぜい、ガッカリさせへんよう頑張る事やな」

 

 

 

 キバオウも、悔しさがあるのは同じようである。それすらも次へのバネにすると、今から意気込みも充分だ。キリュウとマジマは、それぞれの言葉で声援(エール)を送り、キバオウはニヤリと屈託のない笑みで答えた。

 

 

 

「……さっ、キリュウさん。最後の締め、お願いします!」

 

「ん……解った」

 

 

 

 頃合いを見て、ディアベルが今回の攻略の締め括りを促し、キリュウも頷く。メンバーが固まっている中から少し離れ、全員を見渡せる位置に立つ。

 キリュウに集中する皆の顔は、死力を尽くした末に勝利を掴み取った喜びと栄光で眩い程に輝いて見える。見るだけで自分まで誇らしげになる姿に満足しつつ、口を開く。

 

 

 

「今回の攻略は、無事に完了した。犠牲を出さず、特に問題もなくボスを倒す事が出来た。控え目に言っても、上出来過ぎる結果と言って良い。これも ひとえに、お前達の奮戦があってこそだ。代表して、礼を言わせてもらう」

 

 

 

 キリュウの言葉に、誰もが心を昂らせて笑みを浮かべた。この中の誰もが、活躍の多少の大小はあれど全力で戦い抜いたのだ。その喜びは一入(ひとしお)であろう。キリュウの真っ直ぐな言葉が、より それを強くしていた。

 

 

 

「そして……その中で、最も俺が称賛したい奴がいる」

 

 

 

 そう言うと、マジマがニヤリと笑い、ある人物の背中を押し前へと押し出した。

 

 

 

「この……チャクラム使いのネズハだ!」

 

 

 

 それは、他ならぬネズハ少年である。当の本人は突然の事に状況が飲み込み切れていない様子である。

 

 

 

「お前達も見た通り、こいつはチャクラムという武器を使ってボスの動きを封じる役割を果たしてくれた。その隙を突いた おかげで、攻略が格段に楽になったと言っても良い。

 それだけじゃない。知っている奴もいると思うが、こいつはナーヴギアが正常に機能せず、視力に異常を来すという特異な体質を持った奴だ」

 

 

 

 ネズハは思いもよらぬ展開に驚き、小さな声で「ちょっと……!」と漏らしている。実は、現在 行っている事はキリュウ達が内々で決めた事なのである。

 

 

 

「それでも諦めず、この世界から脱出する為、そして仲間の為にハンデを物ともせず戦ってくれた。その心意気は、今回 戦った中でも特に際立っていると俺は思う。

 俺は こいつに対して、心からの称賛を送りたい………どうだろうか?」

 

 

 

 その言葉に、しばし沈黙が流れる。

 まず、真っ先に大半の人物が抱いたのは疑問だろう。

 

 なぜ“ ソイツ ”なのだろうと。

 

 この場にいる大半が、先日 発覚した事件の顛末を知っている。その為に、彼に抱く印象は限りなく“ 悪 ”に近い微妙なものであるのは仕方のない事と言わざるを得ない。事情を知らない少数派も、トドメを刺した人物(キリトら)ではなく、効果を上げていたとはいえ地味な役割でしかなかったネズハを わざわざ前に立たせる事に首を捻ったのだ。

 

 奇異な目が、前に立つ2人に注がれる。

 キリュウは ただ黙して立ち、ネズハは今すぐにでも この場を去りたい程の居心地の悪さを感じながら、それでも逃げる訳にはいかないと留まる。

 キリトやハルカらは、どうなるのかと固唾を飲んで先行きを見守った。

 

 

 

(ネズオ……)

 

 

 

 それは、密かに鎧で顔を隠し攻略戦に参加していたレジェンド・ブレイブスの面々も同じであった。

 

 

 

 

 

 

 

  パチパチパチ………

 

 

 

 

 

 短いのか どうか解らない間を置いて、その音は聞こえて来た。

 

 ネズハが、その音の発生源へ目を向ける。

 そこには、彼と同世代くらいのプレイヤーがいた。彼は知らない人物であった。

 

 そのプレイヤーは、アステリオス王のブレス攻撃で、動きを封じられた1人だった。直後に追撃を受けるかというところで、ネズハの王冠への攻撃により救われたのだ。

 だからこそ、ネズハの事は よく知らずとも、恩人であるのは間違いないとして、拍手を送ったのだ。

 

 

 

 

 

  パチパチパチパチパチ………!!!

 

 

 

 

 

 そして、その感情は次第に周りへ伝播していく。

 1人、また1人と釣られるように手を動かし始め、ネズハに対し微妙な眼差しを向けていた者すらも含め、全員が手を叩いて祝福の意を示したのだ。

 

 目の前で起こった出来事に、ネズハは信じられないというような表情を浮かべる。

 

 それは、今後 自分には決して得られるものではないと諦めていたものだからだ。

 

 

 

「……これが、お前の決意の結果だ」

 

「……キリュウ、さん……!」

 

「お前は再起できる僅かな可能性を信じ、それに全力を尽くした。そして今、その結果が こうして結び付いたんだ」

 

 

 

 だが、ネズハは最後まで諦めなかった。

 キリュウらの助言を得て、厳しいクエストを こなし、僅かな期間でリハビリと訓練を重ね、今回の戦いで様々な結果を残したのだ。まさしく、それは彼が持つ強さに他ならなかった。

 

 それが、如何に素晴らしい事か。誰よりも強く感じるが故に、キリュウは惜しみない言葉を贈る。

 

 

 

 

 

「胸を張れ。お前は、卑怯者なんかじゃない。

 

 

 ここにいる奴等にも決して劣らない ―――――― “ 英雄の卵 ”だ」

 

 

 

 

 

 その言葉は、一度は あらゆる可能性を絶望視した少年にとって、何よりも心に響くものであった。

 

 

 

「っ!……うっ……うぅ………!!!」

 

 

 

 まさに、感極まった瞬間だった。ありとあらゆる感情が高まり、目から零れる物を止める事は出来なかった。

 キリュウは その震える肩に、優しく手を置く。大きく、武骨で、それでいて大きな安心を与える手は、ネズハにとって何よりも温かなものだった。

 

 

 

「よっしゃあっ!! ほな、最後の締め、行こかぁ~!!」

 

 

 

 今が(たけなわ)であると、マジマが嬉々として声を高める。

 

 

 

「ネズハ、いいな?」

 

「っ……はい!!」

 

 

 

 ネズハも鼻を啜り、涙を拭って場を整える。これが有終の美でも恥ずかしくないようにとの気持ちでもって、しっかりと前を見据える。

 

 

 

 そしてマジマを先頭とし、この場の空気は1つとなる。

 

 

 

 攻略組は、天を破らんばかりに拳を振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「「 エイ!! 」」

 

 

 

『 エイ、オ―――――――――ッ!!!!! 』

 

 

 

 

 

「「 エイ!!! 」」

 

 

 

『 エイ、オ――――――――――――ッ!!!!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 古式ゆかしい、戦国時代を彷彿させる勝鬨。兵士たるメンバーには年若い少女がいる事も考えれば、少しばかり厳つ過ぎるとも言えるもの。

 心から叫ぶ者、場の空気を読んで叫ぶ者、羞恥心を捨て切れてない者など、その反応は三者三葉である。

 

 

 だが、何よりも沸き上がる喜びを心の底から吐き出したい。その想いは共通であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――― 新牛雷(アステリオス)王、討伐   第2層攻略 完了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SS(サイドストーリー):闇の暗躍・剣の章  【 完 】 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  第2層のボスを突破し、螺旋状の階層間の階段を昇る攻略組一行。

 

 

 皆が思い思いに他愛ない会話を重ねながら昇る中、階段の周りの雰囲気が変わり出した。

 それまでは“ 力強く、重く、硬い ”イメージが伴う意匠だったのが、次第に“ 静かで、厳かで、深い ”印象を与えるものへと変遷していっていた。

 これは、1層と2層の間にもあった変化であり、次の層の様相を大雑把ながら視覚で伝える役割があるのだという。

 

 

 そんな変化を眺めつつ、10分近く経って ようやく出口が光を放って姿を見せた。

 

 

 扉を潜り、中と外との明暗差に目が徐々に慣れた時 ―――――― それは目に飛び込んでくる。

 

 

 

 

 

 そこは ―――――― 人は おろか、生きとし生ける物 全て拒むような、深淵な森であった。

 

 

 

 

 

 

 






祝!! 『 龍が如く 3~5 』がPS4で復活!!


それと、6月17日は桐生 一馬さんの誕生日です。設定的には、もう50歳なのですね。

当日は用事で家にいないので、今 投稿する事にしました。ファンの1人として、お祝い申し上げます!!


予定では3層とギルド結成の事を書こうと思ったのですが、そういえば後日談的なの書いてないと思い、変更して2層ボス戦となりました。予告詐欺っぽくなってしまい、期待された方には申し訳ないです。


次回は間違いなく結成イベントを書くので、もうしばらくお待ち下さい。



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