SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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これで、ようやく解決です。

いや、長くなってしまった。反省……



『 それぞれの誇り・2《 後 》 』

 

 

 

 

 その後、キリトとハルカがリズベットの紹介を軽く済ませた後、いよいよ今回の件に対する議論に入った。

 余談ではあるが、さほど広くもない部屋の中の女子率が異様に高い。コミュ障を自認するキリトが それを あまりに気にしていないのも、ひとえに目の前の状況に真っ直ぐ向き合っている為だ。普段(プライベート)事例(イベント)で思考を器用に使い分けられるのも、ある意味オタク人間の特性だろう。

 

 

 

「ところでキリトさん。結局、どうしてアスナさんの武器が消えた訳じゃないって解ったんですか?」

 

「そうだな。それには まず、俺とハルカが1層で仕入れた情報から話す必要がある」

 

 

 

 隣に座るシリカの疑問に対してキリトは少し長くなると前置きし、全員が頷くと説明を続ける。

 

 

 

「まず、最初に疑問に思ったのは“ 強化失敗で武器は壊れるのか ”だった。俺もアルゴも、それが正式版になって追加されたものなのか、判断が着かなかったしな。

 だから俺は真っ先に、1層に行って情報を求めた。その結果、テンパー……いや、カミヤマっていう鍛冶師(スミス)と会って、答えを得た」

 

「その、カミヤマって人は何て答えたの?」

 

 

 

 アスナの隣で腰掛けるユウキが尋ねる。

 

 

 

「“ 強化の失敗で武器が壊れるのは、あり得ない ” ―――――― あの人は、そう断言したよ。

 

 だけど、こうも答えた。“ 壊れる現象自体は存在する(・・・・・・・・・・・・) ”ってな」

 

「え?」

 

 

 

 シリカは、言っている意味が解らずポカンする。それでは矛盾していないかと思っているのだ。

 

 

 

「……何か、壊れる条件があるって事?」

 

 

 

 何かに気付いた様子で、壁に凭れるシノンが そう指摘するとキリトが笑みを見せる。

 

 

 

「ご名答。そう、普通に強化するだけなら絶対に壊れないけど、ある“ 1つの条件 ”が加わる事で、それも覆る」

 

「それって?」

 

 

 

 アスナの問いを皮切りに、事情を知らぬ面々の息を呑む空気が流れる。集中が充分に注がれたのを見て、キリトは言った。

 

 

 

 

 

「“ 強化試行回数がゼロの武器を強化しようとする事 ” ―――――― それが答えだ」

 

 

 

 

 

 思いもよらぬ情報に、にわかに色めき立つ。

 

 

 

「強化試行回数のゼロの武器を……? それで、武器が壊れるの?」

 

「あぁ。俺も、それにハルカとリズベットも、確かに この目で見たよ」

 

 

 

 ハルカ、リズベットも頷き、3人は少し前の出来事を回想する。

 件の条件の事を聞き、半信半疑の3人を納得させる為に、カミヤマが目の前で実践して見せたのだ。

 最大まで強化を終えたショートソードを実体化させ、ハンマーを振るう。そこに至るまでの炉で熱するなどの作業も、通常の強化方法と何ら変わらない工程であった。

 

 

 そして、10回目にハンマーを叩き付けた瞬間 ―――――― 熱せられていた剣は、粉々に砕け散ったのだ。

 

 

 

「……あれは盲点だった。確かに、強化試行回数以上の強化をした場合の事は、全く考えてなかったからな」

 

「そりゃあ そうよ。見れば解る回数以上の強化を、わざわざしようなんて人は そうそういないわ」

 

「でも、言われてみれば理に適ったっていうか、ごく自然な事ではあるよね」

 

「そうね。言うなれば、1リットルしか入らない入れ物に、2リットルも3リットルも入れようとするのと同じだもの」

 

「なるほど……」

 

 

 

 キリト、リズベット、ユウキ、シノン、そしてシリカが思い思いに口にする。そこには未知の発見に出くわした事による、生き物特有の新鮮な反応があった。

 

 そして、これにより はっきりとした事もある。

 

 

 

「それじゃあ、やっぱり……」

 

 

 

「そう……あのプレイヤー鍛冶師(スミス・ネズハ)は、《 強化詐欺 》を行なってる」

 

 

 

 詐欺 ―――――― 人を騙して金品を奪うなど、何らかの損害を与える行為。

 

 うっすらと自覚できて来ていたとはいえ、改めて明言すると、皆から重い空気が漂い始める。特に現場に居合わせて一部始終を見たハルカ、アスナ、シリカの3名の表情は暗く、硬い。

 

 

 

「……それで、その手口については?」

 

「……いや、残念ながら そこまでは」

 

「そう……」

 

 

 

 そう、何らかの方法でアスナのウインドフルーレと強化不能品 ―――――― 通称・エンド品のウインドフルーレを すり替えた事は解ったが、肝心の手口は全く掴めていなかった。

 アスナの問いにキリトは申し訳ないとばかりに首を横に振る。それに対して彼を責める事はなかったが、やはり悔し気な様子は滲み出ている。彼女にしてみれば幸せだった時間を台無しにされたのだ、無理もない事である。

 

 

 

「だからね、それを突き止める為にも、みんなに協力してほしいの。お願い出来るかな?」

 

 

 

 ここで改めて、ハルカが全員に意思を確認する。しかし、今更 問うまでもない質問だった。

 

 

 

「えぇ、勿論! このまま黙って見過ごせるものですか!」

 

「はい、あたしも協力させていただきます!」

 

「当然ね。人を ここまでコケにしたヤツを見逃すなんて、あり得ないわ」

 

「アスナを悲しませた行為は、絶対に許せないからね!」

 

 

 

 直接的な被害を受けたアスナは勿論、目の前でまんまとしてやられたシリカも、チームメンバーを傷付けられたシノンもユウキも、犯人許すまじという一念で一致していた。

 

 

 

「リズベットも、協力してくれるって事で良いんだな?」

 

「リズで良いわ。当然よ、じゃなきゃここまで来ないわ。同じ鍛冶師として、絶対に許せないもの!」

 

 

 

 そしてリズベットも、怒りの念を露わにする。

 被害者を前にして、義憤に駆られたという事もある。しかし それ以上に、SAOで生きて行く為に自分でも出来る事として目標にしている鍛冶師という職業を汚された事が、最大の要因でもあった。

 

 

 

 ここに、臨時の《 強化詐欺捜査パーティー 》が結成される事となり、早速 協議が重ねられる。

 

 

 

「まず、みんなに聞くけど、武器やアイテムの《 所有権 》の事は知ってるか?」

 

 

 

 キリトの質問に、みな首を捻り、お互いに顔を見合わせる。知らないという答えに相違ない反応だった。

 ならばと、次にキリトはカーソルを操作してメニューウインドウを開き、可視化させる。何をするのかと、注目が集まる。

 

 

 

「順を追って話すから、まずは俺の《 装備フィギュア 》を見てくれ。

 右手の所に、《 アニールブレード+6 》のアイコンが表示されてるだろ?」

 

 

 

 装備フィギュアとは、メインメニューの右半分に表示される画面の事を指す。簡単な人型のアイコンが存在し、それぞれの部位に、プレイヤーが装備しているの武器や装備の簡単な表記がされているのだ。

 上記の他にも、胴体部分にキリトが羽織っている《 コート・オブ・ミッドナイト+3 》の表記もなされている。

 

 

 

「画面を、よく見ててくれ」

 

 

 

 そう言い、キリトはアニールブレードを鞘ごとベルトから外し、それを床に置く。

 すると、右手に表記されたアニールブレードという部分が薄いグレーに変色した。

 

 

 

「アイコンの色が……」

 

「これって?」

 

「装備を落とした事を示す落下状態(ドロップ)って状態だ」

 

「ドロップ……」

 

「戦闘中とかに《 ファンブル 》 ―――――― 手を滑らせた時だけじゃなく、中にはプレイヤーの武器を落とす属性攻撃をする敵もいる。それは武器落とし(ディスアーム)って言うんだ」

 

「あ、それなら覚えがあるわ。確か、第1層の迷宮区近くのフィールドに そんな敵がいたはず」

 

スワンプコボルド・トラッパー(Swamp Kobold trapper)の事だな。あいつの お陰で、テスト時は かなり苦戦させられたよ……」

 

 

 

 アスナの言葉に当時の事を思い出したキリトは、懐かしさと苦々しさを混ぜたような声色で呟く。

 慣れない人間なら武器を落とすだけで焦る上、拾おうとすると即座に隙を狙って攻撃する特性を持つ為、第1層 屈指の初見殺しとしても有名である。

 ちなみにテスト時は猛威を振るった件の敵だが、今回はアルゴを始めとした有志の情報開示が功を奏し、苦戦する場面はあったが犠牲者は出ていない。

 

 

 

「キリトさん、キリトさん」

 

「おっと、脱線しかけたな」

 

 

 

 シリカの指摘にキリトは軽く咳をしてから、話の続きに入る。

 

 

 

「それで、だ。この落下状態(ドロップ)になって しばらく経つと、今度は放置状態 ―――――― 《リーブ》に移行して、時間と共に装備の耐久値が減って行くんだ。ハルカ、その武器を拾ってみてくれるか?」

 

「え? うん、解った」

 

 

 

 加えてキリトのウインドウから目を離すなとも告げてから、ハルカが床に置かれた剣を取る。

 すると、キリトの右手部分の装備表記から、アニールブレードの名前が消滅し、空欄と化したのだ。

 

 

 

「名前が消えた……」

 

「これが、武器奪われ状態 ―――――― 通称《 スナッチアーム 》って状態さ」

 

「これも、敵が使ってきたりするの?」

 

「あぁ。といっても、テスト時は8層辺りからだったから、今の時点では特に気にする必要はないけどな」

 

 

 

 ユウキの懸念にキリトが然りと答え、その場面を想像した女性陣は露骨に顔を顰める。そのような厄介な敵が この先 待っていると考えると、厭でも気分が滅入るというものだ。

 

 

 

「で、場合によっては仲間同士で武器を渡したりする場面もあると思う。その際は、スナッチじゃなくて《 ハンドオーバー 》って呼ばれる武器手放し状態になるんだ。この時も、装備したプレイヤーの武器セルは空欄になる。

 ……丁度、鍛冶屋に武器を預ける際も同じ状態(・・・・・・・・・・・・・・・・)って事だ」

 

 

 

 その含みのある言葉に、アスナを始め女性陣は反応を見せる。彼女達の鋭さに感心しつつ、更に説明は続く。

 

 

 

「そして、ここからが最も重要だ。装備セルが空欄になると、確かに俺は未装備状態に移行する。だけど、武器の所有権自体は残ったまま(・・・・・・・・・・・・・・)なんだ」

 

「そうなんですか?」

 

 

 

 思い掛けない事実に、シリカが驚く。他の面々も同様である。

 

 

 

「あぁ。所有権の条件は、ちょっと複雑なんだ。

 例えば、俺が“ 一度も装備してないアイテム ”をハルカに渡せば、その所有権は300秒、つまり5分でクリアされる。そして次に誰かのアイテムストレージに入った瞬間、そのアイテムは そのプレイヤーの物になるってわけだ。

 

 だけど、“ 誰かが装備してるアイテム ”となると、また話は変わって来る。その際の所有権の持続時間は、さっきよりも ずっと長くなるんだ」

 

「具体的には?」

 

「所有者の手から放置(ドロップ)、あるいは手渡し(ハンドオーバー)してから“ 3600秒、つまり1時間が経過する ”か、あるいは“ 装備していた部位に別の装備を装着する ”かだ」

 

「!! それじゃあ、さっきアスナさんに行なった事っていうのは、そういう事だったんですね」

 

「ま、まぁな」

 

 

 

 その時の流れを思い出し、キリトはバツの悪そうに言い淀み、アスナに至っては“ 色々 ”あった事もあり再び赤面するのだった。

 

 

 

「ゴホン。ともかく、その2つの条件をクリアした事が前提で奪われた装備を取り戻す手段の1つが《 所有アイテム完全オブジェクト化(コンプリート オール アイテム オブジェクト) 》ってわけさ」

 

「……それにしても、どうして大事な機能のはずなのに、そんな使いにくい仕様なのかな?」

 

 

 

 多くが感心の意を示す中、ユウキが不意に浮かんだ疑問を口にする。

 

 

 

「確かに、そうよね。そもそも、持ってるアイテムを全部 出すっていうのが そもそも不便だわ。どうせなら、盗まれたアイテムだけにすれば良いのに」

 

 

 

 床一面に散らばったアスナの私物の後片付けを手伝う羽目になったシノンも、不満点を上げた。

 原因となったキリトは罪悪感交じりに苦笑しつつ答える。

 

 

 

「その答えは至ってシンプルさ。“ 意図的に使い辛くしてる ”って事だよ」

 

 

 

 キリトの言葉に、女性陣は上手く意味を飲み込めず首を傾げた。

 

 

 彼は言う。

 

 そもそも、件の仕様はアーガスが設けた最終的救済手段であると。

 武器を置き忘れる、落とす、敵モンスター(Mob)に奪われる ―――――― これらは、SAOの世界観をより現実に近付ける意味も込めて、全て自己責任としなければならない。

 だが開発と実験を進める内、それでは現代人にとって難易度が高すぎると結論付けられた。リアリティを追求するだけでは、ゲームとしての面白みが損なわれると考えたのである。

 全世界のゲーマーに向けた商品を目指す以上、それでは売り上げに支障が出ると考えた開発陣は、せめてもの救済措置を残した。それが、件のシステムである。

 それでも、プレイヤーが積極的に使用してゲームバランスを崩さないようにする為に、あえて融通の利かなさを残した仕様となった、という事らしい。

 

 

 思いもよらぬ開発陣の苦労話を聞き、女性陣も様々な思いが詰まった感心の声を漏らす。

 

 

 

「なるほどね。でも……」

 

「あぁ……ここまでで、ようやく半分、ってところだ」

 

 

 

 アスナの言葉が意味するところを理解し、キリトが答える。皆も同様である。

 

 彼女のウインドフルーレを取り戻せた仕組みは理解できた。しかしながら、まだ大きな謎が残っている。

 

 

 アスナから手渡され、ハンマーで打ち込むまでの短時間の間に、どうやって武器を すり替えたのか。

 

 

 それが、全くもって解らないのである。

 詐欺の手口が解らない以上、相手を問い詰める事も不可能。相手も言い逃れが出来ない、完膚なきまでの看破が必要になるのだ。

 

 

 

「ともかく、アスナがネズハに手渡して、アイツがハンマーを振るうまでの作業の中に、武器を すり替えたのは間違いないはずだ」

 

「そうだよね。逆に、それ以外に出来るとは思えないしね」

 

「だけど……そんな動き、なかったと思うんですけど……」

 

「うん……少なくとも、あの時は何も解んなかった」

 

 

 

 何しろ、4人もの人間が同時に見ていて気付かなかったのだ。それも、常に最前線で戦い、通常よりも観察力が養われている面々を、である。もし何かトリックがあるのだとすれば、それは決して子供だましレベルの話ではないはずである。

 

 

 

「でも、何かあるはずよ。よく思い出してみて」

 

「ほんの一瞬でも、その人(ネズハ)から目を離した時はない?」

 

 

 

 その場に居合わせなかったシノンとユウキは考え得る可能性を指摘する。見ていない分、思い込みもないので彼等の記憶を刺激するには充分な考えだろう。

 必死に当時の記憶を掘り起こす中、シリカが琴線に触れたように顔を上げた。

 

 

 

「そうだ……あの光(・・・)……」

 

「光?」

 

「ライトエフェクトですよ! ほら、強化素材を炉に入れた時、強い光が出たじゃないですか。あたし、あんまり見た事のない光だったから、つい そっちに目が行ってたんです」

 

「あっ……私も そうだよ!」

 

「私も……!」

 

「あぁ、俺もだ……!」

 

「確かに……あれって意外と派手な現象だから、結構 誤魔化しが利くかもしれないわ!」

 

 

 

 つまり、その場にいた全員が同じ行動を取っていた事になる。加えてリズベットのダメ押しもあり、更に信憑性が増した。

 彼等の答えを聞いたシノン、そしてユウキは確信を得たとばかりに より真剣な面持ちになる。

 

 

 

「……決まりね。多分その一瞬の隙に、アスナの剣とエンド品を すり替えたんだわ」

 

「だね。ねぇ、その光って どの位の時間だったか覚えてる?」

 

「2秒……もなかったかな?」

 

「あぁ、多分その位だ。言うほど長くもなかったしな」

 

 

 

 決して長くはないが、かと言って何も出来ない時間でもないと、ひとまず結論付ける。

 

 

 ―――――― 2秒あるかないかの短時間で、かつ目立たずにアイテムを すり替える方法。

 

 

 これらを最低条件とし、トリックの推理へと活動は移った。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、いくぞ」

 

「うん、いつでも良いよ」

 

 

 

 現在、キリトがある実験を行なおうとしている。

 

 まず、メニューを開いてアイテム欄を表示させる。そして それをタップし、画面を移動させる。そこは左手を自然に下げた時、丁度 指先で揺れられる絶妙な位置だ。更に、背中からアニールブレードを外し左手で持って ぶら下げる。これで、アニールブレードはアイテム欄の真上に下げられている形になった。

 

 更にキリトの前には赤茶色のカーペットが敷かれている。これは《 ベンダーズ・カーペット 》と言い、武器屋や鍛冶屋といった店を持つ職人プレイヤーが用いる重要な道具だ。これには、カーペット上に置いたアイテムの耐久値を保つ効果だけでなく、カーペット自体に独自のアイテム欄が搭載されているという優れ物である。欠点としてはプレイヤーのアイテムストレージに収納する事が出来ず、持ち運ぶには昔の行商人の如く背負うなどするしかないという点だろうか。

 

 これはリズベットが持って来た物で、彼女が上へ行こうとした際にカミヤマから渡された物だという。ハルカは、自分達が何を行なうかを考えての行動だと受け取り、彼の先見の明に感銘したが、リズベットは その考えには胡散臭げである。鍛冶の腕は認めるところだが、そんな細かい所に気が回るのだろうかと思っているらしい。

 

 小さい椅子には座っていないという差異はあるが、これでネズハが客から武器を預けられた時と ほぼ同じ体勢になった事になる。

 

 早速 実験開始である。

 最初に、キリトが左手の剣を手放す。落下する剣はウインドウに接触し、ポリゴンの光と粒子を撒き散らしながらアイテム欄に収納される。電子に還った剣がウインドウに武器名として現れると、すかさずキリトは武器名をタップし、表示されたメニューからオブジェクト化を選択。そして、消えた際と同じ現象と共にアニールブレードは再びキリトの手に戻った。

 

 

 

「よし、何秒だ?」

 

「……2秒ちょっと、だね」

 

「っ……そうか……」

 

 

 

 自信ありげに尋ねたが、ハルカの渋い表情での答えに、がっくりと肩を落とすキリト。

 

 

 

「やり方としては、そこまで間違ってるとも思わないけど、やっぱり遅すぎね」

 

 

 

 シノンも、贔屓目抜きに冷静な判断を下す。

 

 

 

「でも、もっと練習すれば もう少し縮められるんじゃ?」

 

「……いや、シリカ。やってみて解ったけど、この方法じゃ どうやっても無理だ。たとえ時間は縮められたとしても、武器を仕舞って もう一度 出す際のエフェクトは どうしようもない」

 

「そうよね……あの派手な現象は、素材を燃やす光じゃ誤魔化し切れないわ。おまけに2回も起こるし」

 

 

 

 リズベットの言う通り、作業工程は短く出来ても、武器が一度 消えて再び出現する際に表れるポリゴンのエフェクトは中々に派手で、光も強めである。強化の際の光も同じ位の強さだとしても、さすがに隠し切れないのは経験からも判断できた。

 

 

 

「それじゃあ、このカーペットを使ったって事はないかな? たとえば、カーペットのストレージにエンド品を隠して、光ってる間に操作して すり替えたとか」

 

 

 

 少なくとも、当時のネズハのカーペットの上にウインドフルーレがなかったのは覚えている。あったとしても、あの程度の光で すり替えるのを見逃すはずはない。であれば、そのカーペット自体の機能を利用したのではとハルカは考えたのだ。

 

 

 

「……ううん、多分それは無理よ。このカーペットは、あくまでも武器とかを出し入れして、腐らせない(耐久値を下げない)ようにするだけのアイテムだから。そんな機能はないわ」

 

「それに、アイテムを出すにはアイテム欄を開かなきゃならないけど、カーペットの上に物がある状態で開いたら、そのまま中に収納されてしまうからな」

 

「そっか……」

 

 

 

 しかし、これもリズベットとキリトが否定する。2人の言い分に反論の余地も見付からず、大人しく引き下がるしかない。

 部屋中に、重い空気が漂い始める。もはや、全員が考え得る意見を出し尽くしてしまったのだ。

 

 

 

「何か、あたし達も知らないようなアイテムかスキルを使ったんでしょうか?」

 

「だとしたら、完全にお手上げって感じよね……」

 

「でも、そんな誰でも詐欺が出来そうなスキルやアイテムなんて、すぐに広まるんじゃないかな?」

 

「少なくともアルゴにも、そんな話は聞いた事ないわね」

 

「う~~~~~ん………っ」

 

 

 

 遂には、未知の存在まで囁かれるに至る。もし そうなら、何も知らない彼らには完全に手詰まりなのは自明の理であった。

 

 

 

「……すり替える……スキル……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――― あ、拙い……武器の耐久値が……っ

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――― よし、これで(・・・)……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!! ねぇっ、キリト君!!」

 

 

 

 ふとした単語から、ある事を思い出したハルカが声を上げた。今にも掴み掛らんばかりの勢いに腰が引けそうになりながらも、何とか踏ん張って答える。

 

 

 

「ど、どうしたハルカ……?」

 

「朝、みんなで狩りをした時、剣が壊れそうになって武器を取り換えた事があったよね? あれって、何てスキル?」

 

 

 

 それは朝の、シリカとアスナを交えての勝負の際の事だった。

 順調に敵を倒していた2人だったが、ある時キリトが猛牛モンスターの突進攻撃を回避するのが間に合わず、剣で防御する危うい場面があった。攻撃こそ防いだが、代わりにアニールブレードの耐久値は大きく削れ、このまま使い続ければ確実に折れるような状況となった。

 

 そして その際、キリトはハルカが“ 見た事もない動作 ”で別の武器と交換したのを彼女は目撃していたのだ。

 

 

 

「ぶ、武器を取り換えた……? あ、あの時は確か………っ!!!」

 

 

 

 その事を思い出し、同時にキリトの表情に天啓が落ちたような形相が浮かぶ。

 

 

 

「そう、だ……あれ(・・)だ。あれ(・・)を使えば、確かに瞬時に武器を入れ替えられるかもしれない!」

 

「ほ、ホント、キリト君!?」

 

「っていうか、アレって何の事よ!? ちょっと、キリト!?」

 

 

 

 急展開を迎え始めた様子を察して、にわかに場は ざわつき出す。説明を求める周囲を よそに、キリトは更に脳内で熟考を重ね始める。

 

 

 

(いや、でも……あれは戦闘プレイヤー用の強化スキルの1つ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だ……職人プレイヤーであるネズハが、本当に持ってるのか……? いや、でも もし………)

 

 

 

「キリトさ~ん?」

 

「お~い、キリト~? もしも~し?」

 

 

 

 自分の世界に籠りつつ、それでも出て来る懸念に対する思案を止めない。それは徐々にではあるが、真実の一端に近付こうとしていた。

 彼が長年、趣味で鍛えて来た思考能力を垣間見せる姿であるが、はたから見れば気になる事だけを周りに言って肝心な部分を話さない意地の悪い対応である。彼の行動にも慣れてきている彼女達だが、今は その思考の傾向がいやらしくも感じた。

 

 

 

 ピロロン♪

 

 

 

「……ん? メッセージ……アルゴからか」

 

 

 

 そんな中、キリトの耳に聞き慣れたメッセージの着信音が鳴った。差出人を確認すれば、それはアルゴであった。名前を見て、彼女にネズハの事について調査を依頼していたのを思い出す。

 彼女の実力の程をよく知るキリトは期待を込めてメッセージを開き、その文面に目を通す。

 

 

 

 

 

「………こっ………これは……!!?」

 

 

 

 

 

 しかして、腕利きの情報屋から齎された情報は ―――――― キリトを、そして内容を教えられた彼女達を驚愕させる内容であったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 17:58  マロメ村 】

 

 

 

 

 

 そこは、主街区・ウルバスから南東に進んだ先にある小さな村である。

 日が落ち始め、空の色も紫がかってきているものの、村が醸し出す長閑な雰囲気は損なわれず、村を行き交うNPCの村人達も設定された表情は穏やか そのものだ。

 

 そんな村にある開けた場所に、1つの小さな店がある。

 剣や鎧などの装備やアイテム類を展示できるベンダーズ・カーペットを敷き、所狭しと剣や槍などを揃えている その店には、《 Nezha's Smith shop 》と書かれていた。

 店主である少年は椅子に座っていたが、その目線は俯き加減であり、表情も暗い印象を与える。プレイヤーも全くと言って良いほど姿が見えないとはいえ、接客の基本である声出しすらもする気配はない。

 そんな彼にダメ出しをする人間もおらず、時間は間もなく看板にも書かれている営業終了時間を迎えようとしていた。

 

 

 

「―――――― すまない」

 

 

 

 そんな時であった。1人のプレイヤーが店の前に現れたのだ。当の店主は ぼうっとしていたのか、小さく体をビクつかせながらも慌てて対応する。

 

 

 

「す、すみません。何か、お求めですか?」

 

「あぁ。………武器の強化を、願いたい」

 

「きょ、強化、ですか……解りました」

 

 

 

 要望を聞くと、目に見えて顔を強張らせる店主。何とか取り繕って返事をしながら、相手の顔色を窺う。

 しかし、それは叶いそうにない。何故なら客の男は板金鎧(プレートアーマー)を装備し、頭部も全体を覆う(ヘルム)を被っている為、表情は おろか顔すら判別できなかった。現在の第2層でも、滅多に装備する者はいない最先端の装備である。

 170を超える長身と いやに低い声から、男であるのは間違いないだろうが、肌の部分が見えない分、妙に威圧感が強い。自然と、店主は固唾を飲んだ。

 

 

 

「そ、それで……強化する武器は?」

 

「この、アニールブレードだ。……強化するのは《 丈夫さ 》だ」

 

「……素材は、ありますか?」

 

「ある。……最大数ではないが、これで やってくれ」

 

「……解りました」

 

 

 

 必要最低限の言葉だけで会話をする客の男の姿は、見た目も相まって機械とすら思えて来る。別に直接 脅されている訳でも、暴言を吐かれている訳でもないにも かかわらず、店主は本能的に怖いとすら感じてしまう。

 

 

 そんな中、店主は悩む。

 

 

 ―――――― このまま、続けて良いのか(・・・・・・・)と。

 

 

 彼の心には、強い躊躇が宿っていた。そして それは、失敗を恐れるというものとは違う感情からだった。

 

 しかし同時に、客が見せた武器に強い魅力を感じたのも事実だった。

 

 

 《 アニールブレード +4 》 ―――――― これを使えば(・・・)自分達は更に強く(・・・・・・・・)潤う事になる(・・・・・・)だろうと。

 

 

 ふと、客の方を見る。彼は妙に もたついている店主に対して何も言わず、ただ無言で待っているだけだ。

 

 

 店主は、客に気付かれないように奥歯を強く噛み締める。

 

 

 素材を受け取って、炉に熱を入れる。素材を注ぎ込み、剣を熱すると、金床に置いた。

 

 そして、足元に置いてあったアイアンハンマーを握る。

 

 

 どうやら ―――――― 腹は決まったらしい。

 

 

 カンッ、カンッ、とハンマーを振るい、剣を叩いて行く。

 

 アスナのウインドフルーレの時も そうだったように、いっそ冗長なまでに丁寧な作業だった。

 

 

 それから1分近く。

 

 

 10回目が終えた刹那 ――――――

 

 

 

 

 バリイイイィィンッ!!!!

 

 

 

 

 アニールブレードは、粉々に砕け散った。

 

 

 

「す、すみません!! 強化に、失敗してしまいました!!!」

 

「…………」

 

 

 

 すかさず、あくまでも不慮の事故という態で(・・・・・・・・・・・・・・・)、店主は椅子から立ち上がって深々と頭を下げた。

 客の男は、沈黙したまま何も言わない。店主の経験上、こうなった場合 時間差でおこって問い詰める者が大半だったが、今回は違った。じわりと、沈殿したかのように言い知れぬ恐怖が店主の胸に宿る。

 

 

 

「………構わない」

 

 

 

 やがて、客は そう呟き、右手でメニューを操作した。

 

 

 

「え ―――――――――」

 

 

 

 店主は意識を駆られるたように絶句する。

 

 光と効果音が発せられた客の手に“ 一振りの剣 ”が出現したからだ。

 

 

 そう ―――――― たった今、2人の目の前で砕け散ったはずの“ アニールブレード ”が。

 

 

 

「なっ………どうし ――――――」

 

 

「すまないね」

 

 

 

 店主が驚きで声を上げようとすると、客が遮るように言った。

 その声に、店主は更に目を瞠る。先程までとは、まるで声質が違っていたからだ。

 

 

 

「俺としても、こうやって騙すのは心が痛むんだが……」

 

 

 

 先程までの影を思わせるものとは違う、むしろ真逆の性質の声を出しながら、客はおもむろに兜を外し始める。店主は、呆然と それを見るしか出来ない。

 

 

 

「だが、まぁ……それは お互い様だろう」

 

 

 

 そして、兜は外される。

 

 そこから現れたのは、爽やかな清流を思わせる“ 水色の髪 ”であった。

 

 

 

 

 

「あな………たは………」

 

 

 

 

 忘れようもない。

 

 

 間違えるはずもない。

 

 

 その人物は、今やプレイヤー達にとっての希望の星の1つだ。

 

 

 

 

 

「やあ、改めて挨拶をしようか。俺は、攻略組の1人 ―――――― ディアベルだ」

 

 

 

 

 

 第1層攻略。そして攻略組結成の立役者。

 

 

 剣士・ディアベルその人であった。

 

 

 

「……………」

 

「……何か、言いたげだね。奇遇だな、俺もさ」

 

 

 

 まるで空気を失い もがくかの如く、店主は口をパクパクさせて絶句するばかり。

 そんな彼に、ディアベルは にこりと笑みを浮かべる。女性なら、誰もが見惚れそうな笑顔なのに、店主にとっては まるで違うように感じた。

 

 

 

「俺も、君に色々と聞きたいと思っているんだ。そう、色々とね(・・・・)

 

 

 

 もはや、店主にとって それは会話にすらなっていなかった。

 

 目は限界まで開かれ、口は閉じられずに呼吸は乱れ、額や首には夥しい量の汗が伝って落ちる。

 

 恐怖と、絶望が店主の全てを塗りつぶそうとしていく。

 

 

 今、目の前で笑う人物(ディアベル)は、彼にとって悪魔(ディアベル)とすら思える存在であった。

 

 

 

 

 

「ここじゃあ、何だ。ちょっと、場所を移さないか?

 

 

 

 ネズハ……いや ―――――― ナタク(Nezha)かな。英雄神くん?」

 

 

 

 

 

 逃げられない ―――――― それだけが、店主(ナタク)に解る唯一の事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 18:27  第1層  はじまりの街:黒鉄宮 】

 

 

 

 

 

 既に その刻限は日が沈む頃となった。

 街の中央に位置する、一際 大きな建造物である黒鉄宮。その屋根を形作る鉄特有の黒光りが、力強くも怪しい輝きを放っている。

 その内部にある広場は、ゆうに千人規模の人数を収納できるスペースがあり、宮殿の名を冠しつつも、どこか教会にも通ずる趣を感じさせた。

 

 

 現在、そこに20人ほどの人の姿が見受けられる。いずれもNPCではなく、れっきとしたプレイヤー達(人間)である。それも、どれもが最下層で手に入るよりも上等な武具を身に着けている。

 

 そして そのプレイヤー達は、2つに区分する事が出来た。

 

 

 即ち ―――――― “ 問う者と、問われる者 ”である。

 

 

 

「……しっかし、面白い(オモロイ)ハナシやなあ」

 

 

 

 その輪の中心にいる特徴的な髪の男 ―――――― キバオウが、興味深そうな口振りで語る。

 そして語りながら、右手でメニューを操作する。すると、彼が持っていたアニールブレードが、一瞬でショートソードへと変化したのだ。

 

 

 

「―――――― 《 クイックチェンジ 》に、こないな使い道があるとはのぅ」

 

 

 

 《 クイックチェンジ 》

 

 

 それは、SAOにて無数に存在するスキルの中で派生(モディファイ)スキル 》と呼ばれるものである。

 各スキルの熟練度が50ずつ上がると、そのスキルに対応した強化・補助項目が追加される。

 索敵スキルで例を挙げるなら、《 同時索敵数ボーナス 》《 索敵距離ボーナス 》といったものが、初めて50の熟練度を修めた際に出現する。プレイヤーは その中から好きな項目を選ぶ事により、人によって千差万別な能力(パラメーター)へと変化していくのである。

 

 中でもクイックチェンジは《 共通派生機能 》と呼ばれ、あらゆる武器を選んでも選択する事が可能なスキルである。

 その効果は、“ 装備武器の瞬時の変更 ”である。

 スキル取得でメニューに表示できる《 ショートカット・アイコン 》を押すだけという簡単な手順、加えて“ どの武器を、どちらの手に出現させるか ”といった細かい設定までも自由に出来るという便利性。

 今は さほど厄介な敵は出現しないだろう予測もあり、取得する者は少なめであるが、実際の使い心地はキバオウも納得のものである。今後、攻略を進める中では必要不可欠なスキルとなるだろう。

 

 

 

「それに ――――――」

 

 

 

 故に ―――――― だからこそ ――――――

 

 

 

「―――――― まさか……こないな所(VR)で、人様を引っ掛けよう(騙そう)思うヤツが出るとはなあ?」

 

 

 

 そんなスキルを、人の道に反する行為で悪用する事に強い怒りと嫌悪感を覚えた。

 ギロ、という音が聞こえそうな鋭い目で、その場で正座をする少年を睨み付ける。視線を感じたか、あるいは言葉を受けてか、その少年 ―――――― ナタク(ネズハ)は大きく肩を震わせた。

 周りの攻略組の面々も、厳しい視線を容赦なく浴びせている。それを感じるごとに、ナタクの体は本当に縮んでいくかのようだった。それでも、彼は逃げようとはしない。しても無駄だと、解っているからだ。

 

 

 この騒動の引き金となった強化詐欺。その手順は、実に巧妙なものであった。

 

 

 まず、やって来る客の中から獲物になりそうな良質な武器が出るのを待ち、そして それを強化すると偽って受け取る。

 

 また、客は強化の成功率を上げる為に、手数料には目を瞑り強化素材の使用を依頼するのが基本であった。今回は、これをも利用した。

 強化素材を炉に入れた際の光は中々に強く眩い。強化完了を待つ客は、大多数が その光景に目が行く。それが、このトリックの肝の1つ ―――――― ミスディレクション(人の注意を意図的に逸らす)である。

 

 その隙に、開いた手でメニューを操作して武器を入れ替える。クイックチェンジの設定の中には《 直前に装備していた武器と同種の物を同じ手に装備する 》といった事も出来る。客から武器を受け取った時点で武器手渡し(ハンドオーバー)として“ 装備した ”事になり、その条件はクリアされる。

 

 加えて、入れ替わる際のエフェクトは通常の武器交換に比べて遥かに地味だ。他に目が行き、加えて光で視界が遮られていれば、まず気付かないという事である。

 

 更に駄目押しとして、開いた手で操作するメニューも地面に敷き詰めたカーペットと多数の武器類で隠すように設置すれば、気付かれる可能性も、操作を誤る可能性も限りなく低くする事が出来る。

 

 そうして、客の武器と入れ替わったエンド品の同種武器が、強化作業の末に壊れる。その後は謝罪で済めば良し、更にお詫びと称して客の持つ武器から使い道のないエンド品を割り増しで買い取れば、次の詐欺で使う物を確保できる。

 

 

 これが、ナタクが行なった強化詐欺の手口の全貌である。

 

 

 

「ナタク、やったか? ホンマ、大したタマやなアンタ。ショボそうなツラして、随分と大胆な事するやないか。ワイでも、そないな真似は出来へんで」

 

「…………」

 

 

 

 キバオウの皮肉にも、ナタクは何も答えない。ただ体を震わせながら、視線を合わせないように顔を俯かせるだけだ。

 

 

 

「………どれくらい稼いだんやろうなあ? 他人様の血と汗の結晶をダシにしてのう」

 

「っ!!」

 

 

 

 その言葉に、ナタクは俯いたまま息を呑む。自分が どれ程の罪を犯したのか、改めて自覚したというところだろうか。

 更に体を震わせ、尚も視線を合わせようとしないナタクに、キバオウは軽蔑の目で鼻を鳴らし、目線を移す。その先には、変装を既に解いて見慣れた鎧に着替えたディアベルがいた。

 

 

 

「……どないすべきでしょうなあ、ディアベルはん」

 

「……そうだな」

 

 

 

 ディアベルとキバオウは、攻略組の中で実戦部隊のリーダー格として自然と大きい発言権と決定権を得ている。その為、キバオウはディアベルにも今回の件の落とし前に対する意見を求めたのだ。

 

 

 

「君は どうするべきと考えてるんだ、ナタク君?」

 

「っ………!?」

 

 

 

 そして、ディアベルは当の本人に それを問う。思い掛けない問い掛けに、ナタクは思わず顔を上げた。

 

 

 

「ディアベルさん! 今更そんな奴に聞く事なんてないだろ! こんな奴、問答無用で袋叩き(フクロ)にしちまえば良いんだ!!」

 

「おいリンド、控えろ」

 

 

 

 一方、ディアベルの対応が不必要な温情と捉えたのだろう。リンドが怒りに身を任せた発言をし、相棒であるシヴァタが それを諫める。

 しかし周りを見れば、更に厳しくなった視線をナタクに向ける者が大半である。言葉にはしなくとも、リンドの過激な意見に同調する者が多数派である事を示していた。

 ディアベルも そんな空気を嗜める事もなく、ひたすらに相手の返事を待っている。この対応が決して温情ゆえのものではないと悟ったナタクは、絶望とも取れる表情を浮かべながら俯く。

 

 

 

「…………償い、ます」

 

 

 

 本人にとっては何時間にも等しい時間の後、そう小さな声で答える。

 

 

 

「具体的には? 横取りした武器を返すのか? それとも金で返すか?」

 

「武器は……無理です。もう、全部 売ってしまいました。お金も……飲み食いとかに全部 使って……」

 

「何やとコラ……武器もない、金もない。舐めとんのかワレ!?」

 

 

 

 キバオウの怒号も当然の事と言えよう。周りも怒りに加えて目に見えて蔑みの色を濃くし、口々に罵声を容赦なく漏らしている。先程までとは比べ物にならない程に軋んだ空気に、恐怖に震えるナタクの心は既に限界が見え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― なら、“ 命 ”で償うか?」

 

 

 

 

 

 その たった一言で、場の空気は一変する。誰もが言葉を止め、怒りに震えていた感情を沈下させる。

 あっと言う間に周囲の感情を抑え込んだ声の主を、ナタクは見た。

 

 黒鉄宮の最奥に設置された、全プレイヤーの名前と死んだ者の死因を表示した《 生命の碑 》。

 

 その手前で、腕を組んで立っていたのは、攻略組の実質的なリーダー・キリュウだ。

 

 隣には、その片腕と称されるマジマも普段の お茶目な面は鳴りを潜め、静かに立っている。

 

 

 

「どうなんだ? お前は今、償うと言ったな。何も返せる物がないと、解った上での事だろう?

 

 もう一度 聞く ―――――― お前は、騙した落とし前を手前ぇの命で償うって言いたいのか?」

 

「ぼ、僕は………」

 

 

 

 一言一言が、まるで魂そのものを削られるような感覚だった。どんな言い訳も小細工も見逃さず、容赦もしないという途轍もない厳格さが、そのまま攻撃となってナタク自身を斬り裂くような。

 自然と、ナタクの呼吸は乱れ、心音も異常なまでに加速していく。見る見る内に、彼の額や首元などに汗が発生するまでに平静さを乱され始めていた。

 

 ちらり、と一瞬ナタクは視線を動かす。

 

 その先にいた男は、目線が合った事に気付くと、慌てて逸らした。

 

 それを見てナタクは僅かに瞠目し、そして全てを諦めたような表情となる。

 

 

 

「………それ、で……少しでも、償えるなら……っ……!」

 

 

 

 声は掠れ、体の震えは止まらず、それでもナタクは そう言い切った。

 今すぐにでも逃げたい気持ちだろう。だが、逃げる素振りは見せない。あまりにも悲愴な覚悟に満ちた姿だった。周りで燃え上がる怒気を発していた面々も、その姿に面を喰らい逆に狼狽える者さえ見える。

 

 

 

 コツ……コツ……コツ………

 

 

 

 張り詰めた空間に、足音が響き渡る。

 周りの空気など知った事ではないとばかりに、静かな足音を立てる その男は、ナタクの前で立ち止まった。足先の長い黒いブーツを視界に修めたナタクは顔を上げる。

 立っていたのは、ここにいるメンツの中でも特に長身を誇る者。独特な髪型に、眼帯という他にない特徴を持つ その男は ――――――

 

 

 

「マ、マジマはん……?」

 

 

 

 キリュウの片腕、マジマその人だ。

 迫力という言葉さえも生温い容貌はナタクを再び恐怖に震えさせ、その身から発する ただならぬ空気は、キバオウ以下 数多の攻略組メンバーをも緊張状態にさせた。

 

 

 

「……ホンマやな?」

 

「え………?」

 

 

 

 静かに、マジマが問い掛ける。極度の緊張からか その意図が読めず、ナタクは思わず首を捻った。

 

 

 

 そして ―――――― マジマの右目が、猛犬の口の如く大きく開いた。

 

 

 

 

 

「今 言うた言葉 ―――――― ホンマかって聞いとんのじゃっ!!!

 

 

 

 

 

 バギィッ、という音が爆ぜる。火花が散るような、爆発にも似た破裂音だった。

 突然の事に、周囲は一瞬 何が起こったのか状況判断が遅れる。

 数瞬の間を置いて、マジマが その細長くも逞しい足を振り上げ、爪先でナタクの腹を蹴り上げた事に気付いた。

 

 

 

「がっ……ッ?!」

 

 

 

 重く、強い衝撃がナタクに走り、その蹴りの強さを表すように後ろに吹き飛び、仰向けに倒れる。

 突然の行為に、周囲にも衝撃が走る。そんな周りの事など目もくれず、マジマは倒れたナタクの方へ ゆっくりと迫って行く。

 

 

 

「はあっ……!! がっ……っ!!!」

 

 

 

 マジマの蹴りは圏内で作用する犯罪防止コードに阻まれ、直接的には届いていない。だが、障壁を通しても尚、その強い衝撃はナタクの腹に伝わっていた。腸が捻じれ、腹の中のものが逆流するような不快感に、その呼吸は大きく乱れる。

 立ち上がる事も出来ないナタクの胸倉をマジマは掴み、無理矢理 引き起こす。

 

 

 

「何 寝とるんや……まだ終わってへんぞ オラアッ!!!

 

 

 

 そして空いた手で、ナタクの顔面を勢いよく殴り付ける。

 

 

 

「オラッ! オラッ! オラァッ!!!」

 

「ひいっ!! ひっ、ひいいいっ!!!」

 

 

 

 何度も何度も同じ個所を執拗に打ち付け、その度に強烈な衝撃と光がナタクを襲う。少年は為す術もなく、自身を襲う衝撃に悲鳴を漏らすしかない。

 その殴る様といい、逃げないように拘束する様といい、悪事を為したとはいえ遥かに年下の少年に対して、まるで容赦というものがない。マジマの表情には心苦しさの類は一切 見られず、むしろ回数を重ねるごとに活き活きとしているようですらあった。

 目を剥くように開き、歯も剥き出しにする姿は、まさに狂犬と呼ぶに相応しい恐ろしさだ。先程までナタクを容赦なく責めていた面々さえ、その行為と気迫に完全にドン引き状態である。

 

 

 

「おっ、おい!! そ、そこまでしなくても……!」

 

「あぁん?」

 

 

 

 そんな中で、見かねるように制止を求める声を上げた者がいた。その男は10代後半ほどで、その身に纏うのは《 アクティブアーマー 》という防具であり、現段階ではトップクラスの性能を持つ装備であった。マントも羽織り、中々に壮観な姿と言える。

 

 

 

「お前、確か……オルランド(Orlando)、やったかのぅ?」

 

「あ、は、はい……」

 

 

 

 彼の名はオルランド。

 最近になって急速に知名度を上げつつある暫定ギルド・《 レジェンド・ブレイブス 》のリーダーであり、彼の後ろにいる4人が そのメンバーだった。

 動きを止めたマジマだが、胸倉を掴む手は離さず、止められた事への不満を隠そうともしない。

 

 

 

「何で止めるんや? こいつが罰 受ける言うから、俺が こうして焼き(ヤキ)入れとるんやないかい」

 

「だ、だけど……そこまでする必要は……」

 

「甘いなぁ~~アマアマや。優しいんもえぇが、男がケジメ付けるんやったら……きっちりやらんとアカンでぇ?」

 

「ひっ……!!」

 

 

 

 再び顔を戻すマジマ。目が合った瞬間、ナタクは先程 味わった、苛烈な仕打ちの感覚が鮮明に蘇り、恐怖に引き攣った悲鳴を漏らす。元来 気弱だろう少年が、本職の人間の凄みを受けて、真面でいられるはずがないのだ。先程キリュウに答えた事とて、所詮は絶望から来る現実逃避に等しい。本当の恐怖を目の当たりにして、尚も虚勢を張れる程、彼は強くはなかった。

 完全に平静さを失ったナタクを見下ろしていたマジマは、口角を釣り上げると ある事を言い出した。

 

 

 

「まっ、せやけど……俺は鬼やが、鬼畜やないからのぅ。お前が もっと誠意を見せる言うんやったら、それで勘弁したろうやないか」

 

「え……?」

 

 

 

 思い掛けない提案に、ナタクは呆気に取られる。障壁越しだろうとはいえ、圧倒的な暴力の波に呑まれるものと半ば諦めかけた中での事だったからだ。

 何をすれば良いのかと少なからぬ不安はあるが、言葉のニュアンスから そんなに厳しいものではないのではないかと思い始め、無意識に安堵の溜息を吐く。

 

 

 

「何も難しい話やないで。

 

 ただ俺らの目の前で、指を切り落とす(・・・・・・・)か、目ん玉(・・・) 抉る(・・)だけで勘弁しといたるわ」

 

 

 

「…………は……?」

 

 

 

 それが、(マジマ)に対して あまりにも甘い考えだと、即座に気付かされる事になる。

 

 

 

「え……あ……あの……今……っ」

 

「何や、聞こえんかったんか? おかしいのぅ、ちゃ~んと聞こえるように言うたはずなんやけどなぁ。せやから、エンコ詰めるか、目玉を抉るかすれば、許したる言うたんや」

 

「っぃ……!!?」

 

 

 

 やはり、聞き間違えなどではないと、ナタクは声にならない悲鳴を上げる。

 常軌を逸した提案に、周囲の面々も にわかに騒ぎ始める。そして誰ともなく、キリュウの方を見る。マジマを止められる唯一の存在の反応を見れば、彼が言った事が真実か どうか見極められると踏んだのだろう。

 

 

 

「………」

 

 

 

 だが、その男は相も変わらず腕を組みながら粛々と立つばかり。マジマを止めようとも、ナタクを庇う行動を取る事もしない。表情一つ変えず状況を見続ける様は、冷徹さ以上に どこか神聖さすら感じる程だ。

 そんな雰囲気に周りは圧倒され、何かを言える状況だと認識できなくなった。結果、ナタクを庇う者も、詰る者もいない。

 

 

 

「ほぅら、どないしたんや? 命で償う言うたんは お前やろが。命 張れるんやったら、指や目玉の1つや2つ、大した事ないやろ」

 

「っ………!!」

 

「痛みはない、それにSAO(ここ)じゃどこか失くしたとしても、3分で元に戻るんやろ? せやったら、何も怯える必要はないやないか」

 

「で、でも……!」

 

「それとも……償う言うんも何も、口ばっかちゅうんか? 俺は、口だけの奴は大嫌いやでぇ」

 

 

 

 目を見開き、マジマを見上げるナタク。その眼差しは許しを縋るようにも見えた。だがマジマは言葉を返さなければ撤回もせず、ただニヤリと笑う。その表情には張り付けたような末恐ろしさがあった。極め付けが、この台詞である。

 

 

 ドクン、ドクンと、ナタクの心音は激しくなる。彼にとっては今にも破裂しそうで、腸が全て口から出るような吐き気すら催す。汗も、それまでとは比べ物にならない程に出始め、ポタポタと床に落ちていく。

 

 

  確かに突き詰めればゲームでしかないSAOでは、たとえ手足を無くそうが目を斬られようが、そういった《 部位欠損 》もインスタント麺と同じ時間で回復する。

 だが、だからと言って実行できるかは別問題だろう。一体どこに、正気のまま自分の体を進んで傷付ける者がいるというのか。

 

 

 

「っ……」

 

「お?」

 

 

 

 だが ―――――― やるしかない。

 

 このまま何もせず許しを乞うても、何も解決はしないだろう。むしろ、逆上して本当に命を差し出さなくてはならないかもしれない。

 それなら、いっその事 時代錯誤も甚だしい悍ましい行為を受け入れた方が、結果的には軽く済むのではないか。

 恐怖や絶望が臨界点を超えれば、人は当人でも想像できないような決断が出来るもの。ナタクは、マジマに向けてデュエル申請を行なう。

 

 

 

「ほっほぅ! やっと腹 括ったっちゅう事かいな。

 

 えぇで、えぇで!……お前の覚悟、見せて貰おうやないか」

 

 

 

 ナタクの覚悟を認め、マジマは嬉々としてウインドウのYesボタンをタップした。

 

 

 

「ほれ」

 

「っ……!」

 

 

 

 そして、自身の短剣・《 ロングダガー +3 》を手渡す。その行為は、さながら古代中国などにおける自刃を命ずるものにも似ていた。

 

 両者の圏内のHP保護は既に消滅し、今はデュエル開始までの60秒の間を待つばかり。

 その間、ナタクは その場に膝をつき、床に左手を付けてパーの形に広げる。どうやら、マジマに告げられた条件の内、前者を選択したらしい。さすがに、ゲーム内とはいえ自身の目を抉るのは抵抗が強過ぎたようだ。それでも、自分の手で行なう事に対する恐怖に差はないだろうが、どうせならという事だろう。

 

 

 

 

 

(何で………こんな事になったんだろう………)

 

 

 

 

 

 僅か60秒の時間。されど、今の彼にとっては永遠にも等しい感覚だった。

 

 

 こんな時間は早く過ぎてくれ。

 

 

 だが、終わらないでくれ。

 

 

 背反した思いが、脳内で複雑に せめぎ合う。

 周りの視線や空気も一切 感じず、ただ自身の左手を凝視しながら、ナタクは思考の渦に沈む。

 

 真っ先に思うのは、自身が中心となって起こる常軌を逸した現実に対する恐怖だ。そして次に、こんな事態になった事に対する怒りが少なからずある。そして最後に抱くのが、後悔と自責の念だ。

 

 今の状況が異常だとは思う。しかし、こうなったのは自分の行ないによる自業自得である事も理解できる。むしろ、最悪 命を捨てる事さえ考えられる事を考慮すれば、極めて温情ある事なのかもしれない。気休めにすらならないが、そう考えれば まだ気は楽だった。

 

 

 そうこう考える内に、遂にカウントは残り10秒というところまで来た。

 

 

 グッと、マジマから渡されたダガーを握る手に力が入る。力加減が全く出来ずに震える様は、今の彼の心を如実に表すようだ。

 

 

 残り、5秒というところまで来る。

 

 

 床に付けた左手に向けて視線を強く向ける。自身の体の事をよく理解してる(・・・・・・・・・・・・・・)彼は、絶対に外してはならないと全神経を研ぎ澄ます。

 

 

 残り、3秒。

 

 

 仮初の心臓が、今にも破裂してしまいそうであった。いっそ、止まってしまった方が楽のではないかと思う程に。

 

 

 残り、2秒。

 

 

 逃げ出したい。恥も外聞を捨て、脇目も振らずに誰もいない所へ消えてしまいたい。だが、自分よりも遥かに強い面々に囲まれた状況で、出来るとも思えない。失敗した時が、本当に自分の最期だろう。そう考えると、足を動かす事は叶わなかった。

 

 

 

 残り、1秒。

 

 

 

(やれやるんだやるしかないやれるだろやるしかないんだよ………!!)

 

 

 

 自分が自分でなくなるような感覚。今にも何かを叫びそうになる口を強く食い縛り、震える手に更に力を籠める。

 

 

 

 

 

 そして ――――――――― カウントがゼロとなる。

 

 

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 眼前に浮かんだ【 DUEL!! 】の文字が口火を切る合図となり、あらゆる感情を爆発させたナタクは右手を頭上に掲げる。

 

 あらゆる武器から守る障壁がなくなった自身の左手 目掛け、鋭いダガーを振り下ろさんとした。

 

 その咆哮、表情は、まさに感情を捨て去った獣の如く。

 

 

 弓の弦のように頭上で構えられた腕は、しばしの震えを経て――――――振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶叫が、続いた。

 

 

 一瞬、ナタクは何が起こったのか理解できなかった。

 気が付けば、自分は黒鉄宮の高い天井を見上げる体勢となっていた。背中に、冷たく固い感触が走る。倒れているのだと、しばらく経って気付いた。

 未だ震えている右腕。そこに、妙に締め付けられるような感覚と、生暖かい感触があった。呆然とした頭のまま、ゆっくりと首を動かす。

 

 

 

「はあっ……はあっ……はあっ……!!」

 

 

 

 見れば、自身と同じく地面に倒れながら右腕に しがみ付き、息を荒くする1人の男の姿があった。この場でもトップクラスの装備を誇る そのプレイヤーは、マジマに唯一 意見を述べようとした男だった。

 

 

 

「良いんだ……ネズオ(・・・)……もう良い……!!」

 

 

 

 その男 ―――――― オルランドは、そうナタクに言った。

 

 

 

「オル……ランド……?」

 

 

 

 ナタクが我を忘れたように呆けながらも、彼の名を呼ぶ。お互いの その呼び声色には、初対面とは思えない色が宿っているように感じられた。

 

 

 

「マジマさん……それに攻略組のみなさん……すみませんでした!!」

 

 

 

 そしてオルランドがナタクと共に身を起こすと、マジマに向けて土下座をし、謝罪する。すると、今度はオルランドの後ろで立っていた他の4人も彼の元に駆け寄り、同じ体勢になる。

 

 

 

「「「「 すみませんでした!!!! 」」」」

 

 

 

 そしてオルランドに倣うように、精一杯と言うべき謝罪を述べたのだった。

 唐突の出来事は、周囲に波紋を呼ぶ事になった。何故このような事態に急変したのか、現状を理解できている人間は ほとんどいなかったのだ。

 

 

 

ベオウルフ(Beowulf)クーフリン(Cu Chulainn)ギルガメッシュ(Gilgames)エルキドゥ(Enkidu)………」

 

 

 

 呆然としながら、ナタクが彼等の名を呼んだ。それを聞いた一部の者が、なぜ彼等の名前を知っているのかと訝しむ。

 そんな混乱の中、オルランドが土下座のまま言葉を続ける。

 

 

 

「ネズオは……ナタクは何も悪くありません。詐欺をやろうって、続けようって言って、コイツにやらせたのは俺です!! 責任はリーダーの俺にあります。ですから、もう これ以上の事は勘弁してやって下さい!!」

 

 

 

 オルランドは、破壊不可能な床に無理矢理 頭を捻じ込む勢いで、床に頭を付けて謝罪を述べた。他の面々も、引き続き深々と頭を下げるばかりである。

 

 

 

「こ、これは一体……!?」

 

 

 

 リンドの疑問の声は、攻略組の大多数の意見そのものである。急激に変化した現状。どうして このような事態になったのか、誰も理解できていなかった。

 その中で、頭を下げられる形になったマジマは静かな面持ちで沈黙を続けていた。

 

 

 そして、不意にニィと口角を上げる。

 

 

 

 

 

「どうやら ―――――― 賭け(・・)はキリュウちゃんの勝ちみたいやな?」

 

 

 

 

 

 そう言い、後ろへ首を向ける。

 

 

 

「ふっ……みたいだな」

 

 

 

 そしてキリュウは小さく笑みを浮かべ、そう答えたのだった。

 

 

 

「ど、どういう意味ですか、キリュウさん!?」

 

 

 

 ますます意味が解らないのはリンド以下、攻略組の面々だ。予想外の反応と言葉に、ナタクやレジェンド・ブレイブスのメンバーも唖然としている。

 

 

 

「いや、すまない。これは、ちょっとした芝居だったんだ」

 

 

 

 混乱する面々に、ディアベルが答える。

 

 

 

「し、芝居? 一体なんの……?」

 

「ニブイやっちゃのぅ。キリュウはんやマジマはんは、全部お見通しやった、ちゅう事や。無論、ワイやディアベルはんもな」

 

 

 

 更に、キバオウも そう答えた。思い掛けない言葉の数々に、事情を察せずにいた面々は驚愕を隠せない。説明を求めるという空気を悟り、ディアベルが前に出る。

 

 

 

「ナタク……それに、レジェンド・ブレイブス。君達が同じパーティメンバーで、全員で詐欺を行なっていたという事は、最初から解っていたんだよ」

 

「え……!?」

 

「俺達には、優秀なメンバーが多いんでね。シラを切るつもりだったんなら、酒場とかで集まるなんて行動は取るべきじゃなかったね」

 

 

 

 その言葉に、ナタクやオルランドらは自分達の行動が監視されていたのだと察する。つまり、始めから仕組まれていたのだ。

 

 

 

「だけど、どうして……?」

 

 

 

 だが、何故このような回りくどい方法を取ったのか、彼等には解らなかった。それに答えたのは、キリュウだった。

 

 

 

「知りたかったんでな、お前たちが どういう人間なのか」

 

「どういう、人間……?」

 

「確かに、他人に対して詐欺を行なった時点で、お前らは碌でもない人間だ。それは、言い逃れのしようもないだろう」

 

 

 

 改めて自分達のしてきた事を思い知らされ、彼等は沈痛な面持ちになる。

 だが、とキリュウは続ける。

 

 

 

「問答無用で叩きのめすというのも、気が進まなかった。特にナタク。お前は、本当は詐欺なんてやりたくなかったんだろう?」

 

「え……そ、それは……?」

 

「キリトもディアベルも、詐欺を行なう前のお前の表情には、罪悪感が滲み出てると言っててな。何か事情があるんじゃないかと、そう言ってたんだ」

 

 

 

 ナタクは、ディアベルとキリュウの隣で立っていたキリトに顔を向け、2人は含み笑いを浮かべる。そして否定しないところを見るに、2人の勘は当たっていたという事だろう。

 

 

 

「そこで、ちょっとしたテストを行なう事にした」

 

「テスト?」

 

「この場に集めて詐欺の事を攻略組全員にバラし、お互いに対する反応を見て、どうするかを決めようとな」

 

「必要 最低限にしか教えなかったのは、正直すまなかったと思ってる。だけど、万一の事も考えた末の決断なんだ、そこは理解してくれ」

 

 

 

 秘密の状態を維持するには、共有する人間を極限まで少なくするべきである。そこ理屈は理解できるものの、結果的に蚊帳の外に置かれる事になった面々は、何とも言えない表情を浮かべる。特に、ディアベルの右腕を自称するリンドは露骨に不満顔だ。それを、冷静に受け止めたシヴァタが宥める形になっている。彼は特に感情的になりやすく、嘘が下手な部類なので、ディアベルの判断も客観的に判断した結果と言えるだろう。

 

 

 

「そして、真っ先にナタクに対して追及を行ない、そこから どうなるのか、見届けさせてもらった。……マジマの兄さんが、指だ何だと言い出した時は、正直なところ内心 焦ったがな」

 

「ヒッヒッヒ! アドリブっちゅうやっちゃ。ま、丁度えぇお仕置になったし、結果的に全員を吐かせられたんやから、結果オーライっちゅう奴やろが」

 

「フッ。そうだな」

 

 

 

 とどのつまり、全て彼等の思惑通りに運んだという事であった。それを完全に悟ったオルランド以下レジェンド・ブレイブスは、精根尽き果てたかのように脱力する。

 

 

 

「………敵わないな。完敗ってヤツだ」

 

「オルランド……」

 

 

 

 これまでの手際といい、述べられた意見に真摯に耳を傾けるような、他のメンバーに対する信頼の強さといい、レジェンド・ブレイブスは攻略組への、特にキリュウという人間に対する強い敗北感を味わう。言い訳のしようもない、完全な敗北である。

 完膚なきまでに圧倒された彼等であるが、その顔には絶望感のようなものはない。いっそ、清々しいといった面持ちですらあった。

 

 

 

「……さて、お前達」

 

 

 

 頃合いを見計らったように、キリュウが話を切り出す。

 

 

 

 

 

「色々と聞きたい事があるが……構わないな?」

 

 

 

 

 

 心まで屈服した彼等に、否と言えるはずもない。

 

 

 彼等は、聞かれた事、知っている事を洗いざらい喋った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  †    †    †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 20:02  第2層:ウルバス  宿屋 】

 

 

 

 

 

「……そっか。そんな事があったんだ」

 

「あぁ。これで、強化詐欺事件は解決さ」

 

 

 

 キリト達が宿泊する宿屋のフロントにて、椅子に腰掛けたり壁に凭れて立っていたりする集団の姿があった。キリト以下、事件解決に際して主に犯行の手口を追究したメンバー、そして黒鉄宮にて全てが終わった後、彼等に合流したキリュウ、マジマ、エギルといった面々である。さほど広くないスペースだけに、10人もの人間がいるのは中々に壮観である。

 自分達に代わり、最後の仕上げを行なってくれた彼等にハルカは感謝と労いの言葉を贈る。

 

 

 

「おじさん、マジマさん。お疲れ様」

 

「いや、俺は大した事はしていない。お前達こそ、よく頑張ってくれた」

 

「それにしても、マジマさんも情け容赦ってものがないです。あの気弱そうな人をボコボコにしただなんて」

 

「何やて? 俺が間違った事でもしたっちゅうんかいな?」

 

「そういうわけじゃないですけど……」

 

 

 

 一方で、シリカはマジマに苦言を呈する。相手が間違った事をしたのは違いないが、それでも相対的に圧倒的 強者であるマジマが一方的な暴力を振るったという話は、にわかには納得し切れないらしい。

 

 

 

「……シリカ、むしろ逆さ。マジマさんがやったからこそ、意味があったんだ」

 

「? どういう意味ですか?」

 

 

 

 横から、キリトがマジマに対して助け舟を出す。首を傾げるシリカに更に説明を続ける。

 

 

 

「確かに、彼等は明確な違反行為を行なった。それは間違いない、弁論の余地もないだろうさ。

 だけど、そうなると大きな問題点が出て来る」

 

「問題点?」

 

「彼等を、“ どう罰するのか ”っていう事さ。

 今更 言う事じゃないけど、ここはあくまでもゲームの世界だ。そして この世界には、司法や警察といった治安維持組織は存在しない。これが曲者さ」

 

「……相手を どう罰するかは、プレイヤーの裁量次第で どうにでもなる。そういう事ね?」

 

「あぁ」

 

 

 

 キリトが言わんとする事を鋭く察したアスナが補完し、他の面々も事の重大さを知る。

 

 一例として、SAOでは男性プレイヤーが女性プレイヤーに性的接触(ハラスメント)行為を行なった際、された側の意思で黒鉄宮に備えられている牢獄エリアに送られるシステムがある。また、犯罪行為を行なったプレイヤーが街区画に入ると高レベルのNPC警備兵(ガーディアン)に襲われ、捕まると同じく牢獄エリアへと送られる。これらが、ゲーム内における一応の治安維持システムと言えるだろう。

 

 だが、言ってしまえば それだけ(・・・・)である。

 

 例えば、ハラスメント行為に関しては必ずしも犯罪性を伴う接触とは限らない。敵の攻撃から守る為であったりなど、やむを得ない事情で異性に触れる事も皆無ではない。しかし、システム上はハラスメント行為であると見なされ、女性側には相手を牢獄エリアに送るか否かの選択肢が示されてしまう。

 また、プレイヤーが犯罪者になる、即ちカーソルがオレンジになる条件は、プレイヤー自身が窃盗や傷害などの行為を直接 行なう事などが挙げられる。

 しかし、もし“ 戦いの中で乱戦となり意図せずに攻撃が味方に当たってしまう ”などが起きてしまったら どうであろう。これは、厳密には犯罪行為とは言い難いだろう。少なくとも、現実の司法であれば そう判断する可能性は高い。だが、SAOのシステムは そうではない。事情は どうあれ、“ プレイヤーの攻撃が別のプレイヤーに当たった ”という事実のみを真実とし、当てたプレイヤーを犯罪者(オレンジ)と見なすのである。

 

 このように、SAOにおける罰則の条件は非常に曖昧であり、結局はプレイヤー同士の判断で決めるしかないのだ。

 そして、今回の強化詐欺においては、これが一番のネックであったとキリトは語る。

 

 

 

「もしもだ。詐欺を行なったレジェンド・ブレイブスを罰する事になった際、誰かが途方もない厳しい罰を求めたとしたら、どうなる?」

 

「え……それって、まさか……」

 

「そう……彼等を殺す(・・)、という選択肢も含んでるって意味だ」

 

 

 

 キリトの言葉に、多くの者はギョッとした目で反応を示す。

 

 

 

「でも、そんな……」

 

「絶対にないって言い切れるか? 

 彼等が行なったのは、各プレイヤーが時間と労力、文字通り心血を注いで育てて来た武器を一方的に奪い、そして活動資金に変えて来た事だ。金や武器を奪われただけなら軽く思えるけど……もし それが相手の死に繋がりかねないとしたら?」

 

 

 

 シリカの言葉に、キリトは冷徹なまでの答えを告げる。

 そして、その考えは決して考え過ぎではないだろう。何しろ、被害者は自分その物と言える業物を失うのだ。そうなった時の、戦闘に際する影響は甚大である。予備の武器を使うにせよ、下手をすれば状況に変化に対応できず、場合によっては取り返しのつかない結果にならないとも限らないのだ。

 

 

 

「もし そうなった場合……彼等に相応の罰(・・・・)を要求するのは避けられないだろうな」

 

 

 

 断罪 ―――――― 文字通り、死を求める(首を刎ねる)という事だ。

 

 

 

 攻略組の面々が知性を かなぐり捨て、相手の死を叫び、そして その命を砕く――――――

 

 そんな光景を想像し、シリカ以下、多くの者が ぶるりと背筋を震わせた。

 

 

 

「だから、そうならない為に、キリュウさん達に相談したんだ。何とか、穏便に済ませる方法はないかってね」

 

 

 

 キリュウとマジマに視線を送りながら、キリトは当時の事を思い出す。

 

 

 

 キリトが強化詐欺の手口に気付いた時に、アルゴから送られてきたメッセージに書かれていた内容。それが、ナタクがレジェンド・ブレイブスと繋がっており、彼等が共犯(グル)になって詐欺を行なっていた事を酒場で立ち聞きして知ったという事だった。同時に、彼等が何かに驚き、ウルバスからは手を引く事を話していたとも。

 これで、ナタクが何故 詐欺を行なうのかという動機に おおよその見当を付け、同時にアスナの武器を取り戻した事で彼等が詐欺を感付かれたと考えた事も察した。

 更には、ユウキの指摘により、最初Nezha(ネズハ)と読んでいたスペルが中国神話のナタクと読めると解り、全てが確信に変わった。

 

 そこで、キリトはキリュウやディアベル達にメッセージを送って事情を説明し、善後策を練った。そこで、レジェンド・ブレイブスを攻略組に入れるなどの理由を付けて黒鉄宮に誘い出し、ディアベルはメンバーの中で唯一 顔を隠せる装備を持っていたという事で、アルゴと協力して、ナタクを探し出し連れて来る運びになった。

 

 ただ、現行犯で連れて来るナタク以外は物的証拠が何もない以上、言い逃れされる可能性は高いと判断できた。そこで、キリュウの作戦として、彼等の“ 心 ”を攻める行動に出た。

 実行犯ながら、明らかに生来 気弱で間違いなく罪悪感を抱いていると判断できたナタクを真っ先に矢面に立たせ、非難を集中させた。目論見通り、ナタクは あっさりと罪を認める。

 

 だが、彼が想像以上に仲間想いで、自分の単独犯だと言い切ろうとした事は誤算だった。しかし、それもキリュウらにとっては誤差の範囲内であった。すぐさまマジマが前に出て、ナタクの言った言葉も利用し、とことん言葉と体で攻めたのだ。これが最初、シリカが乱暴だと責めた理由だが、これが良い状況を生んだ。

 真っ先にマジマが蹴る殴る、更には指を落とすか目玉を抉れと要求した事で、他の面々が進んで更なる要求をする可能性を潰した。それを行なったのが、マジマである事も大きな要因であった。彼の事を よく知らない人からすれば、マジマという人間は“ リアルはヤバイ職業で見た目も凶悪で更には戦闘狂 ”という恐ろしい印象を際立って感じている。そういった先入観が、実際には障壁に阻まれて大した行為には至っていないにも かかわらず、途方もない暴力であると感じさせ、指を落とす、目玉を抉るという脅しにも信憑性を持たせる事になった。

 結果、実質的にはナタクに傷1つ負わせないまま、周囲や仲間の心を徹底的に攻め、自白へと追い込んだ、という塩梅なのであった。

 

 

 

「……そっか。マジマさんは、みんなを守る為にやったっていう事ですね!」

 

「はっ! どうかのぅ。ま、アイツらが気に入らん事をしたっちゅうんはホンマやからな。せやから俺なりに(・・・・)、キツ~イおしおきしたっただけや」

 

「フフッ」

 

 

 

 キリトの説明を聞いて、マジマの行動に深い考えがあっての事だと感じ、シリカはマジマに対して強い尊敬の眼差しを向ける。対するマジマは ぶっきらぼうな反応を見せるが、彼女は それが彼なりの照れ隠しだと思い、小さく笑みを溢した。

 

 

 

「……それにしても、アイツらは何で今回のような事をしたのかしら?」

 

「リズ?」

 

「だって、そうじゃない。いくらゲームの中って言っても、戦うメンバーは全員 実際に生きてる人間よ? なのに、そんな人達を騙して金を得ようだなんて……普通は考えないわ。彼等だって何も知らない子供じゃない。バレた時の報復の危険性だって、考えられるはずじゃない」

 

 

 

 リズベットの言葉は、詐欺行為に踏み切った彼等を責めるようであり、憐れむようであり、同時に悲しむようでもあった。人の心を踏み躙るような行為をするという事自体、彼女は理解できないし、したくもないのだろう。それだけで、リズベットという人間が極めて善性である事が解る。

 

 

 

「……そんなリスクさえ無視してでも、やる魅力を感じたんだろうな」

 

 

 

 そんな彼女を素晴らしいと思う一方で、犯罪行為に踏み切ってしまった面々の事も解ってしまうと、キリトは言った。

 

 

 

「どういう意味?」

 

「それには、彼等の経緯について話さないといけないな」

 

 

 

 キリトが語り出したのは、レジェンド・ブレイブスというメンバーの ここまでの軌跡である。

 

 

 レジェンド・ブレイブスは、SAO発売以前からのチームであった。

 現実での知り合いではないものの、同じVRのアクションゲームのオンラインモードで知り合い、そこでも剣を振るったりしていたという。

 しかし、当時からナタクには大きな障害を持っていた。

 

 それは、《 FNC判定 》と言われる障害である。

 フルダイブ・ノン・コンフォーミング(Fulldive Non Confirming) ―――――― 即ち、《 フルダイブ不適合者 》という事を意味している。

 ナーヴギアは一般家庭でも高性能なVRゲームを実現する事を売りとしているが、万人向けと言えど、必ずしも全ての人間が規定通りに起動できるとは言えなかった。そして実際、ナーヴギアの脳波を感知する機能などが使用者の脳に合わず、問題が起きる事もあったのだ。

 大抵は通信に多少のラグが生じたり、ゲーム内での五感の内1つ、あるいは複数が正常に機能しないなどであるが、より重い不適合が発生すると、そもそもダイブ自体が不可能な例もあった。そういった事で、高い金を払ったにも かかわらずゲームが出来ないという事で、返品と払い戻しに至った事例もある。

 

 そしてナタクというプレイヤーは、その障害によって視覚に悪影響が出てしまっていた。彼いわく、距離の遠近感が正常に働かないとの事。それは つまり、敵との間合いが見極められない事を意味し、こと刀剣などでプレイし、弓や魔法などの遠距離攻撃が存在しないSAOでは、致命的と言える。

 

 

 

「アイツが言うには、ハンマーを振るって金床の武器に当てるのも至難の業なんだそうだ」

 

「そっか、それで……」

 

 

 

 ナタクが行なった詐欺の作業を見ていた面々は、その時の丁寧過ぎる位の動きの理由を察する。

 

 

 

「それじゃあ、彼等が詐欺をしようと思ったのは、デスゲームが始まって すぐ?」

 

「いや、最初の2週間くらいは普通に戦闘を こなしていたそうだよ。ナタクも一緒に」

 

「え? でも、彼は……」

 

 

 

 今さっきFNCで満足に戦えないと聞いたばかりでの情報に、ユウキは首を傾げる。

 

 

 

「近接攻撃は無理だ。だけど、ある程度 距離を離しての攻撃なら、ない事はない」

 

「投剣スキルね?」

 

 

 

 シノンの指摘に、キリトは頷く。

 

 

 

「そう。命中に補正も掛かり、ある程度の距離からでも攻撃が出来る。遠近感が掴めない彼にとって、満足に戦える唯一のスキルと言って良いだろう」

 

 

 

 それらを聞いた時、キリトは詐欺の手口を推理する上で引っ掛かっていた事にも答えが出た。

クイックチェンジは戦闘職のみが覚えられる派生スキルである、職人プレイヤーとしか思っていなかったナタクが持っているという点が どうしても腑に落ちなかったのだ。だが、最初は戦闘職を目指していたのなら、それも頷けるという事だ。

 

 

 

「だけど、それも長くは続かない。すぐに、彼は壁に ぶつかった」

 

「でしょうね……確かに投剣スキルは便利だけど、使える数には限りがあるし、最悪なくなったら戦う事も出来ないわ」

 

 

 

 短剣と共に主力武器の1つとして使用しているシノンの言葉は、何よりの説得力があった。

 

 

 

「あぁ。一番安いナイフを使ったとしても、かさむ費用は馬鹿にならないし、かといってフィールドに落ちてる石なんか使っても、せいぜいヘイトを稼ぐ位しか役に立たない。熟練度が50を超えた辺りで、彼は戦闘職を諦めたそうだ。

 そして彼の訓練とかに付き合っている内に……メンバーは攻略に乗り遅れる結果になった。

 ……戦闘職を諦めるとメンバーに話した時、その場には険悪な空気が広がったそうだよ」

 

 

 

 ペナルティを負ったメンバーに足並みを揃えたばかりに、最前線で戦う事が出来ず、ボス戦参加も攻略組入りも果たせなかった。キリトには解る。彼等も、生粋のゲーマーである。実際に命が関わる現状だとしても、プレイする者として誰よりも前に行きたい、遅れたくないという気持ちは痛いほど理解できる。だからこそ、全てにおいて後れを取ってしまったと痛感した時、彼等が抱いた思いは如何ばかりか、言葉にもし難い。

 ゲーマーの気持ちには敏くないハルカ以下 女性陣も、自分の所為でメンバーの足を引っ張ってしまったというナタクの負い目、そして それを認めたくはないが否が応でも感じてしまうメンバーの情景が ありありと浮かぶようであった。

 

 

 

 

 

「そして、そんな時だったそうだ ―――――― “ ソイツ ”が現れたのは」

 

 

 

 

 

 悼むような表情を一変させ、忌々しいとばかりに眉を顰め、キリトが言った。

 

 

 

「ソイツって?」

 

「彼等に……レジェンド・ブレイブスに、強化詐欺の手口を教えたヤツさ」

 

 

 

 思い掛けない言葉に、女性陣は驚愕の表情へと変わる。まさかの第三者の登場にシリカもアスナも声を荒げて詰め寄る。

 

 

 

「ど、どういう事ですか!?」

 

「レジェンド・ブレイブスの人達が考えたものじゃないって事!?」

 

「そうだ。険悪な空気のまま、誰かがナタクを置いて行こうと、本人すら その言葉を待っている最中に、ソイツは こう切り出して現れた そうだ――――――」

 

 

 

 

 ―――――― もし、ソイツが戦闘スキル持ちの職人になるなら、凄ぇ良い稼ぎ方があるぜ

 

 

 

 

「……ソイツ、何者なの?」

 

 

 

 彼の者が言う稼ぎ方が例の強化詐欺の手口だと察し、シノンが神妙な面持ちで尋ねるが、キリトは首を横に振るう。

 

 

 

「……彼等にも、解らないらしい。ソイツは武器の すり替え方法を教えたら、さっさと出て行ったそうだ」

 

「教えただけ? 見返りとか、何も求めなかったっての?」

 

 

 

 腑に落ちないとリズベットが尋ね、キリトは そうだと頷いた。

 

 

 

「教えただけで、見返りも何も要求しない……その人、何がしたかったのかな?」

 

 

 

 それには、キリトも答えられなかった。

 聞けば聞くほど胡散臭い。見返りを求めていたのであれば(コル)を求めるだけの拝金主義のクズで済む。だが、実際には何も要求しなかったとなると、もはや胡散臭いを通り越して不気味ですらあった。ただ ひたすらに人に近付き、悪意の種を蒔く行為は、まるで人を陥れる悪魔のようだ。

 正体も真意も掴み難い存在に、アスナだけでなく その場のメンバーの ほとんどが不安に駆られる。

 

 

 

「……そいつが どんな奴にせよ、俺達がやる事に変わりはない」

 

 

 

 不穏な空気が広がりつつあった中、それを遮るようにキリュウが口を開く。

 

 

 

「―――――― 戦っていく事だ。

 行く手を遮るモンスターにも、どこからやって来るか解らない悪意にも。膝を折ったり、誘惑に屈した時点で、俺達の負けだ」

 

 

 

 その解りやすいキリュウの答えは、対処法が掴めずにいた若者達の心を訴えるには充分なものだった。彼は更に続ける。

 

 

 

「今回の件は、確かに残念だ。だが、レジェンド・ブレイブス(あいつら)も今回の件で大いに反省し、再起を図る事を約束している」

 

 

 

 全てを自白した後、彼等には幾つかの罰が言い渡される。

 1つは、彼等が詐欺で得た装備を全て売却し、騙した人物を探して賠償する事。それでも足りなければ働いて補う事。

 1つは、彼等の攻略組入りは却下されるという事。

 いずれも、彼等にとっては全てを失うに等しい罰則だろう。それでも、彼等は自分達の罪と向き合い、最大限の事をすると言ったのだ。

 一度 犯した罪は一生 消える事はない。きっと、これからも彼等には偏見の目など、自業自得とはいえ悪意が向けられる事は間違いない。それでも、彼等は それを背負うと約束した。キリュウは、そんな心を入れ替えた少年達を信じたいと思っている。

 

 

 

 

「俺達が戦うのは、自分達が生きる為。戦えない連中の為に、代わりに道を切り開く為。

 そして……この世界(ソードアート・オンライン)に捕らえられた全員を、無事に現実世界に戻す為だ。

 

 その為には、強くなるだけじゃない……俺達は、“ 誇り ”をもって進むべきだ」

 

「誇り……」

 

「そうだ。俺達が戦うのは、自分が強くなりたいという理由だけじゃない。俺達の行動には、全ての人間の命に関わる事だ。それを、重いと言う奴もいるだろう。

 なら、それを誇りにすれば良い。ここ(SAO)にいる皆を守っているのは、戦う自分達なんだと」

 

 

 

 《 誇 》という漢字には、自慢・名誉といったものの他に、他人または本来の自分よりも優れていると思い、それを見せ付けるような態度を取るといった意味がある。それだけ見れば好印象は抱きにくいし、実際 日本人は自慢や矜持といったものをネガティブなイメージで捉える傾向が強い。

 だが、戦いに身を置く者には、決して切り離せないものなのは間違いない。そうでなければ武士道や騎士道など、古今東西で似たような考えが広がり、広がる事もなかったはずだ。

 そして逆に考えれば、誇りを抱くのも他人があって初めて成立する。人を傷付け、または守る武器・防具とて、それを向ける相手がいなければ無用の長物なのだ。

 

 キリュウの言葉には、そんな他人を思いやるべきという想いが強く詰まっていた。

 

 

 

「そして それは、リズベット。お前にも言える事だ」

 

「あ、あたし!? で、でも、あたしは満足に戦えない、ただの鍛冶師よ……」

 

「いや、それは間違いだよ、リズ」

 

「キリト……?」

 

 

 

 キリュウの言葉で自分を卑下するリズベットに、キリトが否と答える。

 

 

 

「強化詐欺の事を聞いた時、君は心から怒ったよな。同じ鍛冶師として、絶対に許せないって。それを聞いた時、俺は心からリズを尊敬したよ。何て他人思いで、自分の仕事に誇りを持ってるんだろうって」

 

「へっ!? い、いや、あたしは、そんな………!」

 

「謙遜しなくて良いさ。君は、将来 間違いなく腕利きの鍛冶職人になる。俺が保証するよ」

 

「……あんたの保証を貰ってもね……でも、ありがと」

 

 

 

 彼女にしてみれば褒め殺しは何とも言えない感触なのだろう。だが、決して不快でもないらしい。顔を赤らめて そっぽを向きながらも、キリトに対して礼を言った。

 そんな微笑ましい若者を見て胸を熱くさせながら、キリュウは笑う。

 

 

 

「フッ。そうだ、戦えるか戦えないか、作れるか作れないかは関係ない。本人が どれだけ自分を含めて周りの事を想えるか、それが重要だ。今回の一件は、図らずも それを再認識させたと言って良いだろう」

 

 

 

 一旦 目の前の面々に視線を動かしてから、キリュウが告げる。

 

 

 

 

 

「俺から言える事は、ただ1つ ―――――― 人を信じる事を、止めないでくれ。それだけだ」

 

 

 

 

 

 最悪の事態を防ぐ為に、疑うのは構わない。だが、疑心暗鬼になって他人を拒絶してほしくはない。

 

 人は、一度は過ちを犯すかもしれない。相手が、どうしようもない害悪ならば仕方がないかもしれない。だが、それが 人間の全てだと断じず、時と場合によっては見直す機会を持つ事を考えてほしい。

 

 人は、1人では決して生きられない。まして、仮想空間とはいえ超常的とも言えるモンスターが跋扈するSAOでは尚の事。今回の件も反省しつつ、プレイヤー同士が争うような事態は避けなくてはならない。

 

 それが、これまでの人生経験も含めての、キリュウの意見であった。

 

 

 

 

 

「うん、おじさん!!」

 

 

「はいです!!」

 

 

「解りました!!」

 

 

「えぇ!!」

 

 

「解ったよ!!」

 

 

「言われるまでもねぇぜ、旦那!!」

 

 

 

 

 

 ハルカが、シリカが、アスナが、シノンが、ユウキが、エギルが、力強く返答する。

 

 

 

 また1つ、メンバーの絆が強まった事を感じ取る。

 

 

 

 キリトとキリュウ、そしてマジマは心から笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……例の事(・・・)、みんなに言わなくて良かったんですか、キリュウさん?」

 

 

 

 時間も遅くなった事で、皆が一旦 自室に戻ったのを見計らってから、その場に残ったキリトがキリュウに尋ねた。

 

 

 

「……今は、良いだろう。あいつらに、あまり不安を抱かせたくはねぇ」

 

「それは、そうですが……」

 

 

 

 キリトが語る“ 例の事 ” ―――――― それは、この日に起こった もう1つの事件についてだ。

 

 年端もいかぬ、戦闘力も皆無な少年が、攻略組を騙る男に騙され、最前線のフィールドへと誘導され、危うく命を落とし掛けた事件である。

 キリュウらの活躍で助かった少年であるが、命を落とし掛けた事と騙されたショックで疑心暗鬼に陥り、攻略組の人間というだけで今の不信の目を向けているという。

 

 今回の強化詐欺の件も含め、合わせて話して注意を促すべきだとキリトは言ったが、キリュウは悩んだ末に却下したのだ。

 

 

 

「今は、攻略も軌道に乗るか どうかの瀬戸際だ。あまり、あいつらの負担を大きくしたくない。

 ……いずれは話すつもりだが、今は目の前の攻略に集中させた方が良いだろう」

 

「………」

 

 

 

 戦い慣れているキリュウやマジマは ともかく、攻略組に属するとはいえ元は学校に通う普通の学生だった彼女達である。目の前のモンスターだけでも心身ともに負担が掛かる相手だというのに、更に同じプレイヤーを唆す者までいるとなれば、その心労は計り知れないものになるだろう。

 特に、今は被害者の少年も心の傷が大きいままである。彼女達は みな優しい。傷付いた子供がいれば助けてあげようと動くかもしれない。だが、今は会わせない方が良い。下手に拒絶されれば、彼女達の方が傷付くかもしれないのだ。

 

 

 

「今更な気もするが……まぁ、様子見や言うんやったら、俺は別に構へん」

 

 

 

 対処すべき敵が1人増えたところで崩れるような弱い少女達ではないと考えるマジマであるが、下手に刺激して拗らせるのも面倒なのは同意見だ。故に、キリュウの考えには一応の賛成を示す。

 

 

 

「……そうですね」

 

 

 

 情報の共有は しっかり行ない、より広く対処を考えるべきではないか。そんな考えも、キリトには浮かぶ。だが、同時に少年の件に関しては強化詐欺以上にデリケートな案件であるとは理解できる。特にハルカのような優しい人間には、余計な心配を増やしたくないというのも同じである。

 

 

 

「ディアベルにキバオウ、それにマスティルにも、今回の事は知らせてる。信頼できる筋に、色々と情報を頼むつもりのようだ。こっちも、気は進まないがアルゴにも協力を頼みたい」

 

 

 

 キリュウとしてはアルゴも若い少女の1人であり、普段からの働きも考えて負担は増やしたくないし、何より危険であると考えている。だが、それ以上に彼女の能力は代え難いものであり、今後の事を考えれば頼まない選択肢は選べなかった。

 

 

 

「それなら、アイツには俺から頼んでおきますよ」

 

「……頼めるか?」

 

「アルゴとも気の置けない仲です。任せて下さい」

 

 

 

 キリュウの気持ちと負担も考慮し、キリトが協力要請を買って出る。きっと彼女なら協力してくれるはずと、今回の件の事も含めて強く言い切れると考えた。

 

 

 

 ひとまず、一段落したと判断し、キリュウは座りながら大きな息を吐く。

 

 

 そこには疲れ以上に、今後の事を考えての憂いが強く籠められていた。

 

 

 

 

 

(……改めて……この攻略は一筋縄じゃいかねぇみたいだ。

 

 

 やっぱり、人間にとって一番 怖いのは、同じ人間って事か………だが、やるしかねぇな)

 

 

 

 

 

 ある意味、人間が持つ恐ろしさを誰よりも身をもって知るキリュウの憂いは強く、重い。

 

 だが、諦めたり投げ出すなど論外だ。

 

 ハルカを含め、自分にとって命以上に大切だと言える仲間の為にも、更に頑張るしかない。

 

 

 

 木目調の天井を見上げながら、キリュウは強く闘志を高めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 ? ? ? 】

 

 

 

 

 

「………そうかい。Hero達は、無事に生き残ったってワケかい」

 

「……すまねぇな。何しろ、こんなに早くバレるとは思ってなくてよ。割り込む隙もありゃしなかった」

 

 

 

 そこは、深い森の入り口近く。

 日は完全に落ち、闇が支配する鬱蒼と生い茂る中で、2人のプレイヤーが静かに密会していた。双方ともに、顔を隠す程に深くローブとマントを羽織り、顔も体格も解らないような出で立ちである。

 

 

 

「せっかく、レジェンド・ブレイブス(アイツら)に悪役になって貰って、攻略組で殺し合いをしてもらう(・・・・・・・・・・・・・・)予定が……」

 

「まぁ、良いさ。機会は、これから いくらでもあるんだからよ」

 

 

 

 残念そうに告げる背の低い年若そうな男に対し、背が高く相手よりは年上そうな男は、むしろ愉快そうに言う。

 

 

 

「どんな事でも、簡単すぎちゃつまんねぇってヤツさ。Don't worry、Showはこれからさ」

 

「……ヒヒッ。やっぱ、ヘッドは おっかねえな。んじゃ、俺は戻るぜ」

 

「おう」

 

 

 

 会話を終え、背の低い男は その場を後にしていった。

 

 

 残った男は、完全に1人になったのを見計らったタイミングで、舌打ちを漏らす。

 

 

 

「使えねぇヤツだ……所詮は日本人(ジャップ)って事かねぇ。ヤレヤレだ」

 

 

 

 その場を適当にウロウロしながら、男は腰の短剣を抜いて弄び出す。クルクルと掌から手の甲、指の間と淀みなく動いて行く様からは、相当な技量を思わせる。

 一瞥すらせずに それを行ないながら、男は今後について考える。

 

 

 

(ま、しばらくは様子見だな。俺も、しばらくはレベルアップに精を出すとしますかね。

 

 

 ……それにしても……マジマ、か……)

 

 

 

 真っ先にレジェンド・ブレイブスの1人を容赦なく断罪した男。

 

 だが その真意を、聡明な正体不明の男は察していた。

 

 実に、忌々しい。

 

 

 だが、同時に面白くもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(良いぜ、良いぜマジマさんよぅ。面白い位にCrazyじゃねぇか……

 

 

 

 

 ―――――― 《 嶋野の狂犬 》って渾名は、伊達じゃねぇってかぁ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは まるで、子供が新しい玩具を見付けた時にも等しい笑い(・・)であった。

 

 

 

 三日月のように口を歪ませながら、男は白く綺麗な歯を浮かばせ笑い続けた。

 

 

 

 

 

 






次回からは遂に3層、そしてギルド結成を描こうかと思います。

黒エルフのお嬢さんの登場は、もう少し待ってほしいです。

では、また次回に。



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