SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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今回で終わりのつもりでしたが、予想以上に長くなったため分けました。

まだ続きます。とほほ……


『 それぞれの誇り・2《 中 》 』

 

 

 

 

 

【 第1層:はじまりの街 】

 

 

 

 

 

 2人が転移門を潜ると、見慣れた広場が広がっている。

 しかし、かつてとは明らかに違う部分があった。

 

 

 それは、“ プレイヤー()の持つ雰囲気 ”である。

 

 

 サービス開始当初(はじまりの日)は、未だ かつてない世界に足を踏み入れた事による歓喜と陶酔に浸っていた。

 それ故、当時は まるでお祭りのような熱気と賑やかさがあった。

 

 

 無慈悲なる(デスゲーム)宣言が為された時には、恐怖や絶望といった負の感情が伝播し、この世の地獄と言える空気が広がった。

 それ故に、どれだけ広くとも逃げ場のない牢獄のような息苦しさしか感じなかった。

 

 

 だが初めての解放(第1層攻略)からは、それもまた大きく変化を遂げていった。

 自ら死地に赴く攻略組の覚悟を目にし、その結果ただ助けを待つばかりではなく自らが今できる事を模索しようとする者が現れた。

 俯くのではなく、まして後ろ向きにいるのでもない。ただ我武者羅に、何より辛い状況だからこそ只管に前を向く。

 そういった気概を見せ始める者が少しずつ、しかし確実に増えて行ったのだ。

 

 その結果が、前とは比べ物にならない位の街の“ 活気 ”であった。

 

 確実に良い方向に変わっている街を見て、2人は笑みを浮かべる。

 そして、すぐに当初の目的に意識を切り替える。

 

 

 

「それで、目的の場所ってどこにあるの?」

 

「アルゴに聞いた話だと、街の“ 南4区 ”にあるらしい」

 

「南4区……」

 

 

 

 ハルカは未だ、街の構造については詳しくない。地区の名前も地理もピンと来るものではなかった。

 故に、ここから先は元テスターとしての知識も豊富なキリトに任せるべきと考え、キリトも了承する。

 

 

 2人は すぐさま再び行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †     †     †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁさぁ、こちらの《 ロングソード 》は只今たったの500コル! 誰か買っていかんかね?」

 

 

「こっちの《 ライトアーマー 》もお買い得だよ! 強化枠が5つも付いて1300コルとなりゃあ、買うっきゃない

ぜ?」

 

 

「武器や防具も良いけど、旅のお供には《 ポーション 》も忘れちゃダメさ! 今なら、3つまとめて850コルさね! さあ、買った買った!!」

 

 

「そこの お嬢さん。この綺麗な《 イヤリング 》を付ければ、モンスターからの攻撃を少しだけ和らいでくれるわよ? 女の子なら、着飾る事も忘れない事よ」

 

 

 

 

 

 街路に設置された様々な店を通り過ぎる度に、老若男女のNPC店主達から色んな商品を勧められる。その仕草や声色は押しが強くとも決して不快には感じないもので、商魂たくましい商人というキャラクターを見事に表していた。

 一体、どれだけの国や人の動きや性格を参考に作ったのか。顔も名前も知らぬ開発陣の努力の凄まじさには、1人のゲーマーとして脱帽するばかりとキリトは思う。

 片やハルカも、そのNPC達の活気に溢れた姿を見て神室町や琉球街の人間を思い出していた。懐かしさから、思わず頬が綻ぶ。

 

 

 

「何だか、ここも前よりも賑やかになってる気がする。気の所為かな?」

 

「いや、多分 気の所為じゃないさ」

 

「?」

 

 

 

 どういう意味かと、ハルカは首を傾げる。

 

 

 

「この世界のNPCは、プレイヤーの行動と深く密接してる。プレイヤーが攻略を進め、新しいアイテムやフィールドを見付ける度に、NPCは その流れを汲み取って日々変化していくんだ」

 

「私が感じる“ 賑やかさ ”は、その変化の表れって事?」

 

「あぁ。俺がテストをしてた時も、そんな変化を感じてたよ」

 

 

 

 懐かしさを感じる表情を浮かべながら、キリトは当時の事を思い出す。

 その時は、通学と睡眠を除いた ほぼ全ての時間をSAOのプレイに費やしていた。自らの世界の中心だったと言っても差し支えない程に傾倒していたのである。

 だからこそ、店の商品、あるいは店自体が追加されるような大きい変化は勿論、NPCの種類や行動の変化など、細かな違いさえも如実に感じられていた。

 

 

 

(……もっとも……現実での生活を疎か(・・)にしていた為でもある、って考えれば複雑だけど……)

 

 

 

 デスゲームに強制参加させられ、ハルカ達と出逢い、図らずも家族や現実の大切を思い知った今だからこそ覚える後悔。

 当時の自分を否定するつもりはないものの、やはり純粋な気持ちで回顧は叶わないのも また事実であった。

 

 

 

「キリト君?」

 

「ん……いや、何でもない。それより目的地は もうすぐだ。急ごう」

 

「うん、解った」

 

 

 

 すっかり自嘲するのが癖になりつつある自分に内心 苦笑しつつ、彼女に余計な心配は かけまいと、気を取り直して足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 はじまりの街 南部・南4区 】

 

 

 

 

 

 そこは元々、何もない区画だった。

 より正確に言えば、人が2、30人は入るだろう家屋が3棟ほど、そして道の彼方此方に空の木箱が無造作に置かれているなど、元々人は住んでいたが現在は放棄されている“ 態 ”を成していた場所だったのだ。

 街の中心からは離れ、NPCの往来さえ ほとんどない区域ゆえに、誰にも見向きもされない場所のはずだった。

 キリトもテスト時代、攻略の傍ら童心に返った気持ちで街中を探検した事がある。その時は何とも寂しい場所を作ったなと、呆れ交じりの関心を抱いたものだった。

 

 

 

「うわあ……!」

 

「これは……」

 

 

 

 それが、今は どうであろう。

 

 かつてはゴーストタウンの一角か、盗賊のねぐら(・・・)かと言わんばかりの閑散さだったはずが、今では笑い声や驚き声、甲高い金属音が絶え間なく響いていたのだ。

 開けた空間には所狭しとプレイヤー達が屯し、各々がハンマーや調合器具を駆使して武器や防具を鋳造、あるいは小鉢などの道具を使って回復薬などの精製に勤しむ姿があった。

 テスト時の暗く寂しい雰囲気を よく覚えているキリトにとっては特に驚くべき変化であった。

 

 

 

「アルゴやマスティルから話は聞いてたけど、これは中々だな」

 

「うん、私もビックリ」

 

 

 

 話によれば、始まりは1人のプレイヤーが作業に集中したいからと、この静かな場所でスキル向上を行なっていた事だった。

 それが噂で広がり、同じくスキル向上の為の場を求めていた他のプレイヤー達が自然と集まり始め、そして1層の攻略が本格化し始めたと同時に その数を大きく増やし、いつの間にか1つのコミュニティを形成するまでに至ったのである。

 

 しばし驚きと同時に感動を覚えていた2人だが、程無く目的を果たそうと近くにいたプレイヤーに話し掛ける。

 

 

 

「なぁ、ちょっと良いか?」

 

「ん? 何か用か?」

 

 

 

 キリトが話し掛けると、見慣れない相手という事もあってか物珍し気といった反応を見せる。

 

 

 

「ちょっと、鍛冶スキルについて知りたい事があってさ。この中で、一番 詳しい人はいるか?」

 

「鍛冶スキルを?」

 

 

 

 どうして そんな事を聞くのかと男は怪訝な表情を見せるが、特に追究も見せずに答える。

 

 

 

「う~ん……俺も昨日ここに入ったばかりでハッキリとは解らないけど……多分、『 ハシド 』さんが そうじゃないかな?」

 

「ハシド?」

 

「武器・防具製造スキルを専門に扱う連中の中でも、特に腕が立つって評判の人だよ。奥の小屋で、今も作業をしてるはずさ。」

 

 

 

 そう言って男が指差した先には、1つの小屋があった。入り口であろう扉にはハンマーを象った装飾がされており、どうやら職種ごとに分けて作業を行なっているようである。

 入ったばかりの人間にも名を覚えられている事を考えると、高いスキルレベルを持つのは間違いないだろう。

 

 

 

「サンキュー、助かったよ。アンタも、頑張ってくれ」

 

「おう。いつか、前線の皆に役立つ薬を作ってみせるぜ」

 

「あぁ、覚えとくよ」

 

 

 

 そう言って、調合師志望らしい男は笑みを浮かべながら その場を後にして行った。言葉は交わさなかったハルカも、せめてもの お礼にと男の背中に向けて お辞儀をする。

 

 

 そして2人は お互いに向き合って頷くと、教えられた小屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャッ……

 

 

 

 

 

「っ!? 何だ……?」

 

 

 

 先んじて扉を潜ったキリトは顔から強い“ 熱 ”を感じ、思わず顔を反らして手で遮る。

 

 

 

「うわっ! 凄い熱気……」

 

 

 

 続いて室内に入ったハルカも、外との温度差に驚きの声を上げる。

 

 その熱の正体は、室内で行なわれている鍛冶作業によるものだった。

 プレイヤー達が部屋の至る所で小型炉に火を熾し、そしてハンマーを振るって剣や槍、鎧に盾などを作成している。その多数の炉が放つ熱気に、窓による換気も ほとんど機能し切れていないのだ。

 11月の外の寒さとは真逆の空気に、長袖のコートを羽織るキリトは瞬く間に暑苦しさに見舞われる。

 

 

 

「……ん? ここに お客とは珍しい。お2人さん、何か用かい?」

 

 

 

 2人の存在を気付き、近寄って話し掛ける1人の男性プレイヤーがいた。身長は さほど高くなく、ハルカと大差はないだろう。ややボサついた髪に口回りの無精ひげが特徴的であった。

 

 

 

「はじめまして。実は、ハシドさんっていう人を探してるんですけど……」

 

「ん? 俺が そのハシド(Chosid)だが……何か用かい?」

 

 

 

 今度はハルカが率先して用件を伝えると、男性 ―――――― もといハシドが そう答える。

 

 

 

「実は、鍛冶スキルについて、ちょっと聞きたい事があるんです」

 

「スキルについてだって?」

 

「はい。それが……――――――」

 

 

 

 

 

 

 

「だああああ!!!? また失敗したああああぁぁッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 本題に入ろうとした、丁度その時だった。

 

 

 悲鳴とも言える絶叫が小屋全体に響き渡ったのである。

 

 

 

「っ?! な、何だ……!?」

 

「あんのバカ……!」

 

 

 

 唐突の大声に、キリトもハルカも鳩が豆鉄砲を喰らったかの如き目になる。

 対してハシドは 呆れと怒りを合わせたような表情になりながら、ズンズンと大股で声のした方へと向かう。怒り具合を歩幅に表しながら進むハシドに対し、他のプレイヤー達は ぞろぞろと道を開けていく。

 

 

 

 その先には、1人の頭を抱えた小さな背中があった。

 

 

 そして ――――――

 

 

 

 

 

「くおら!! リズゥ!!!」

 

 

「あイタあっ!?」

 

 

 

 

 

 ハシドの拳が、その人物の脳天に拳骨を振り下ろした。

 小屋内に響く音も合わさり、キリトとハルカは その痛みを想像して顔を引き攣らせる。

 

 

 

「いちいちデケェ声 出すんじゃねぇって、何百回 言わせりゃ気が済むんだ!!」

 

「あたぁ~……! いちいち殴んなくってもイイじゃん!! 親方は もう少し女の子を大事にしなさいよ!!」

 

「うっせえ!! だったら もう少し女の子らしさを見せやがれってんだ!!」

 

「むっかあ~! 言っちゃいけないこと言ったわねぇ!?」

 

 

 

 凄まじい声量で言葉を ぶつけ合う2人。狭い室内とあって音が反響し、鼓膜に強く響く程だ。

 突然の口論と その中々の剣幕に、しばし呆然としていたキリトは徐々に心配になって来る。

 

 

 

「おいおい、大丈夫なのか?」

 

「多分、大丈夫じゃないかな?」

 

「え?」

 

「ほら、周り見て」

 

 

 

 ハルカに言われて見ると、周りの面々の表情には焦りや心配といった類のものは一切 表れていない。むしろ、生暖かいと言える穏やかな表情が そこにあった。

 おそらく、こういった事は日常茶飯事なのだろう。そう考えが至り、キリトも ひとまずホッとする。

 

 

 

「……とにかく、今お客さんが来てんだ。少し静かにしてろ」

 

「え、お客さん?」

 

 

 

 キョトンとする女の子プレイヤーに、ハシドは指を指して伝える。

 釣られて視線を動かすと、キリトとハルカと目が合った。すると、見る見る表情に焦りと羞恥が広がっていく。ようやく周りの状況を理解したらしい。

 

 

 

「っ……!! え、ええっと……アハハハ……」

 

 

 

 もはや弁明する言葉も浮かばないと観念したのか、いささか渇いた愛想笑いを浮かべるばかりだった。

 キリト達も特に何を言うでもなく、似たような笑みで返した。

 

 

 

「さて、話が逸れちまったな、スマン。鍛冶スキルについて聞きたいんだったか?」

 

「え? 何の話?」

 

「あ、はい。ちょっとした事情がありまして」

 

「「事情?」」

 

 

 

 それからキリトとハルカは、ここに来るまで顛末を語れるだけ語った。

 同時に、2人が攻略組の中核に等しい立場にいるプレイヤーだと気付くと、辺りは一時騒然とした。皆が皆、このような場所に来るとはといった風である。

 特にリズと呼ばれる少女は自分と同世代のハルカが そうだと知るや、まるで有名人を見たかのような騒がしさを見せた程だ。

 あまりの騒がしさに、再びハシドの拳骨が振り下ろされたのは余談である。

 

 

 

 紆余曲折の末、キリトは おもむろに本題に入る。

 

 

 前線の街で見付けたプレイヤースミスの事。

 

 

 

 

 

 そして ―――――― その強化の末に起こった悲劇。

 

 

 

 

 

「……何、それ……? 武器が、強化で壊れる? それ、本気で言ってる?」

 

「冗談で こんなこと言わないよリズベット(Lisbeth)。これは本当に、俺達の目の前で起こった話だ」

 

 

 

 リズの正式なプレイヤーネームを混ぜて そう答えるキリトの表情は、一切の妥協を許さない不動さを思わせるものだ。比較的 幼い顔立ちに似合わない大人びた表情は、リズベットが説得力を感じるのには充分過ぎるものだった。

 

 

 

「それにしたって、武器が壊れるって……親方、そんな事、あった?」

 

「いや、一度だってねぇ。全部失敗とかはザラだが、壊れるなんてのは見た事も、聞いた事もねぇ」

 

 

 

 困惑するリズベットに、ハシドはハッキリとした言葉を返す。

 

 

 

「それは、確かか?」

 

「あぁ。この半月間、それなりにハンマーを振るって来たんだ。間違いねぇさ」

 

「そうか……」

 

 

 

 キリトも、ハシドの言葉や表情には揺るがない芯が宿っているように感じた。ならば嘘ではないだろうと、それは信じるに足るものだった。

 

 

 

「でも、それじゃあ“ 壊れる ”っていうのは、どういう事かな?」

 

 

 

 ハルカの疑問は もっともである。

 通常の強化で起こり得ぬのなら、なぜアスナやアルゴの話で出て来た中では起こってしまったのか。

 ますます疑問が増え、キリト達だけでなく後ろで話を聞いていた他の鍛冶師たちも首を傾げて頭を巡らせる。この場の纏め役であるハシドですら知らないのなら、無理もない事だろう。

 捜査は、早くも暗礁に乗り上げそうな様相を呈し始めていた。

 

 

 

 

 

「……“ あの人 ”なら、何か知ってるかもしれねぇな」

 

 

 

 

 

 そんな中、1人のプレイヤーが その言葉を口にした。

 

 

 

「あぁ、“ あの人 ”か」

 

「確かに“ アイツ ”なら何か知ってても不思議じゃないな」

 

 

 

 その言葉を皮切りに、次々と言葉が続く。皆、その人物に覚えがあるようで、口々に納得したような反応を見せる。

 

 

 

「誰なんだ、ソイツは?」

 

「あぁ。俺達、鍛冶師メンバーの中で一番 腕が立ち、そして初めて ここを拠点にした人さ」

 

 

 

 それは即ち、鍛冶師たちにとって“ 始まりの人 ”という事だった。思わぬ人物の情報に、キリトとハルカも少なからず驚きを隠せない。

 しかし、同時に1つ疑問が生じる。

 

 

 

「でも、ここを仕切ってるのはアンタなんだろ? 何でソイツはここにいないんだ?」

 

 

 

 彼等の話を纏めれば、ハシドの立場にいるのは例の人物になるのが自然のはずである。それなのに、今この場にいないという事が引っ掛かった。

 キリトの疑問に、ハシドが困ったような表情を浮かべながら答える。

 

 

 

「まぁ、その、なんだな……あの人は、確かに腕は抜群なんだが、ちょっと、変わった人でな」

 

「変わったって?」

 

「失礼を承知で言わせてもらえば、人を率いるのに向いてないんだよ、あの人」

 

 

 

 より詳しく聞けば、彼は若干 人見知りの傾向があり、人をイライラさせるような喋り方しか出来ないらしい。加えて、人に舐められやすい風貌なのも致命的であった。

 そして何より、本人が人の上に立つ事を極端に嫌った為、やむなく彼の弟子一号だったハシドに白羽の矢が立ったとの事だった。

 

 

 

「……何というか、凄く“ 個性的 ”な人らしいな」

 

「あぁ。まぁ、根は至って善人そのものだから、俺としては もう少し輪の中に入ってくれても良いと思うんだが」

 

 

 

 ハシドの言葉には、その人物を思い遣る気持ちと、面倒な役目を一手に引き受ける事になった事への不満が混じっていた。

 彼の今までの苦労が そのまま伝わってくるようで、キリトもハルカも苦笑いするしかない。

 

 

 

「それじゃあ、その人に聞けば何か解るかもしれないって事だな?」

 

「保証は出来ないけどな、行ってみる価値はあると思うぜ」

 

「解った。可能性があるだけでも充分だよ」

 

「おう。んじゃ、リズ。いっちょ2人を案内してやれ」

 

 

 

 不意にハシドに話を振られ、表情が固まるリズベット。そこには「何で私が!?」という驚きと疑問が解りやすい程に表れている。

 

 

 

「ちょっ、何で私が!?」

 

「何だよ、どうせ暇だろ? それに2人は お前と同い年くらいだ、丁度 良いじゃねぇかよ」

 

「いや、でも……」

 

 

 

 リズベットは 気乗りしない様子であるが、しかし否定も強く言えないでいる。キリトとハルカをチラチラ見る様から、行きたくない気持ちと2人への配慮が せめぎ合っているという事だろう。

 悩むリズベットに、2人の視線も自然と集まる。

 キリトは内心 焦る気持ちから答えを急かすような眼差しを。

 ハルカは無理にとは言わないといった気を遣うような目が。

 

 そんな2人を見て心が動かされたのか、リズベットは頬を掻き、決断する。

 

 

 

「……解ったわよ。あたしが案内するわ」

 

「おぉ、そうか! それじゃあ頼むぞ」

 

「はぁい……」

 

 

 

 “ 嫌々 ”という感情から無理矢理 絞り出したかのような“ 応 ”である。

 だが一度 決めた事は投げ出すつもりはないようで、すぐに吹っ切ったような表情に変わり2人へ向き直す。

 

 

 

「それじゃ、あたしに着いて来て。すぐ そこだから」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 

 面倒な役目を引き受けてくれた事に対し、ハルカが心から感謝する。

 

 

 同性から見ても純粋な その笑顔に、リズベットも こそばゆそうな笑みを溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リズベットが案内したのは、地区の更に奥の方だった。

 

 通路は段々と細くなり、大の大人なら2人分も通れないだろう狭さである。加えて建物同士が密集している為に、日中だというのに妙な薄暗さが辺りを包む。元々の寂れ具合も合わさって根源的な恐怖を沸き上がらせそうな雰囲気であった。

 

 

 

「……こんな所にソイツはいるのか?」

 

 

 

 お世辞にも人が居座るとは思えない雰囲気を肌で感じ、キリトが尋ねる。

 彼自身も引き籠りの予備軍と言える立場であったが、さすがに このような場所にいたいとは思わない。

 

 

 

「さっきも言ったでしょ、相当な変わり者なのよ あの人。あたしも2、3度 会った事あるけど、ここ以外で顔合わせた記憶がないもの」

 

「そ、そうか……」

 

 

 

 一体どういう人物なのだろう。

 キリトの脳裏にはホームレス風、キモヲタ風、仙人風など、色んな想像が浮かぶ。いずれにせよ、このような所を根城にする時点で、自分には荷が重そうな人物だろうという予想は変わらない。

 段々と、自身の気持ちまで重苦しくなりそうに感じ、その足取りは最初に比べ明らかに鈍くなっている。

 

 チラリ、と少し前を歩くハルカを見る。

 彼女は こういった所に来ても変わらず、むしろ道中リズベットに積極的に話し掛けて場を少しでも和ませようとしていた程だ。その お陰で、ここに来るまで居心地の悪さを感じる事はなかった。もしキリトとリズベットの2人きりなら そうはならなかっただろう。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 視線を感じたのか、不意にハルカが振り向いた。咄嗟に、視線を外すキリト。何も疚しい事はしていないはずだが、妙に視線を合わせ辛くなったのだ。

 そんなキリトの内心を知ってか知らずか、ハルカは くすりと笑って向きを元に戻した。

 それにホッとするのと同時に、未だに子供扱いされているような感じに複雑な気持ちになる少年の姿が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 カンッ……カンッ……カンッ………

 

 

 

 

 そんな中、不意に ある音が3人の耳に届いた。

 それは、キリトとハルカにとって最近 聞いたばかりの、リズベットにとっては既に聞き慣れた“ 作業音 ”であった。

 その音は3人が歩を進めるごとに大きくなり、やがて発生源が すぐ近くである事も解る程になる。

 

 

 そして何度目かの角を曲がると ―――――― “ それ ”は居た。

 

 

 角を曲がれば その先には道はなく、完全な行き止まり。

 その突き当りには布と棒だけで作った簡易式のテントが張られており、その すぐ側で1人、ハンマーを振るっていた座っていた。

 3人からは後ろ姿しか見えない。大きな背中と後ろからでも解る腹の贅肉。横幅はキリトの2倍近くと、明らかな肥満体である。

 だが、ハンマーを振るう腕の動き、そして背中からは、何とも言えない迫力が伝わってくるようだった。まるでテレビで見たような職人を彷彿させ、一目 見ただけでキリトは熟練者であると悟った。

 

 

 あの人が、と2人が言う前に、リズベットが離れた位置から呼び掛ける。

 

 

 

「お~いテンパー(Temper)!! お客さんよ~!!」

 

 

 

 

ッ!!!!!

 

 

 

 その瞬間、大きな体が目に見える位に跳ねた。

 

 

 唐突の声に驚いたのだろうか。予想外の反応にキリトは思わず目を見張る。

 

 

 

「びびび、ビックリしたじゃないか。き、急に大声 上げないでくれ。そ、そ、それに お客さんを連れて来るなら一言 連絡くらいほしい、です」

 

 

 

 ハンマーを置き、その大柄な体躯に相応しい のそのそとした足取りで やって来る。

 

 身長自体は170そこそこと普通といった大きさだが、横に広い為か視覚的に より大きく見える。髪型は少しボリュームのある七三分け。眉も太目で、頬にも肉が付いて膨らんだ餅のような感じである。恰好が恰好なら まさに世間一般が思い浮かべるオタクというのが第一印象であり、彼が身に着けている初期装備の《 ベース・クロス 》も、コスプレっぽさが全開という有様であった。

 

 

 

「えぇ? 親方から連絡 来てないの? 何分も前に送ったはずよ?」

 

「え? あ、あぁ……ほ、ほ、本当だ。ハシドから、メッセージが来てた」

 

「もしかして、今まで気付かずにハンマー振ってたワケ? 冗談でしょ?」

 

「い、い、いやぁ……」

 

「うわぁ………」

 

 

 

 そしてリズベットとの会話からも、人との会話は苦手な部類であると解る。

 目線は碌に合わせられず、大きな体とは裏腹なオドオドした反応、そして極め付けは吃音と言える滑舌の悪さと声の小ささである。同じく人付き合いに難があると自覚するキリトですら、少し心配になるレベルだった。

 ハシドの言う通り、腕は立つとしても人の上に立つのは難しいかもしれない。天は二物を与えずという言葉がキリトの脳裏に浮かんだ。

 

 

 

「……ん? ハルカ?」

 

 

 

 ふと、キリトが隣を見ると、ハルカがポカンと口を開けて固まっていた。

 予想外の容姿に呆気に取られたのだろうか。そんな予想を抱いていると、おもむろに前に出始める。キリトとリズベットは首を傾げながら、ひとまず様子を窺う。

 

 

 

 

 

「―――――― 上山(・・・・)……さん?」

 

 

 

 

 

 恐る恐るといった風で、ハルカは その言葉を口にした。

 

 

 

(カ、カミヤマ……? 何を言ってるんだ? まさか、テンパーの事か?)

 

 

 

 思いもよらぬ彼女の言葉に、後ろで聞いていた2人は驚く。特にキリトは普段 大人しくて誰よりも しっかり者だと思っているハルカの突拍子もない発言に、軽い混乱さえ起きている。

 

 

 

 

 

う、うえええええええ!!!!? は、遥ちゃん(・・・・)でででで、ですすすすかかか!!!?」

 

 

 

「やっぱり! 上山さんだったんだ!!」

 

 

 

 

 

 だが、『 カミヤマ 』と呼ばれた男は その比ではなかった。ドラマやリアクションの激しい芸人でも滅多に見ない位のオーバー過ぎる絶叫を見せたのだ。

 そしてハルカはハルカで、自分の言葉と予想に確信を持った様子である。

 

 

 

「ちょっ……ちょっと待ってくれっ!!」

 

 

 

 もはや何が何やら解らなくないキリトは、堪らんとばかりに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………つまり、この人は現実(リアル)でハルカの知り合いだって事か?」

 

「うん、そういう事」

 

 

 

 ちょっとした騒ぎの後、ハルカが手短に説明すると2人は成程と納得した。

 

 

 

「……それにしても、まさか上山さんと こんな所で会うなんて……」

 

「お、俺も ま、ま、まさか遥ちゃんに会う事になるなんて予想外もよい所、です。そ、それに き、桐生さんや真島組長まで い、いるなんて。

 ぐ、ぐふふふ。ま、まるでラノベの世界に転生したら、そこで顔見知りと再会したみたいだ」

 

「転生?」

 

「え? あ……わ、解らないなら、良い、です……」

 

「??」

 

 

 

 まさかの顔見知りとの再会に、2人とも かなりの驚きぶりである。

 どちらかと言えば、ハルカはテンパー ―――――― もとい上山(かみやま) 練次(れんじ)とは特別 接点があるわけではなく、過去に2、3度 桐生(キリュウ)を介して顔を知り、挨拶を交わした程度の関係である。

 とはいえ印象に残る人物でもあったのでハルカとしても強く反応したのだ。

 

 

 

「あ、あのさハルカ」

 

 

 

 そんな中、キリトが おずおずといった風で声を上げる。

 

 

 

「? 何、キリト君」

 

「その……さっきから この人の本名(リアルネーム) 口走ってるぞ」

 

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 

 

 しばしの沈黙の後 ――――――

 

 

 

 

 

「…………あっ!!!

 

 

 

 

 

 やってしまったとばかりに、雷に打たれたような顔になるハルカ。

 

 

 

「ご、ごめんなさい!! 私、つい……!」

 

 

 

 ネトゲの世界で、本人の許しなく本名(リアルネーム)を話すのは明確なルール違反。

 この半月の内に先輩であるキリトから充分に注意されていた事である。

 突然の事で うっかりしたとはいえ許される事ではないと、ハルカは深々と頭を下げて謝罪する。

 

 

 

「あ、い、い、いや……そんな、き、気にしなくて良い、です!」

 

「でも……」

 

「そ、それに、ぶ、ぶっちゃけて言うけど……お、俺 今の名前あ、あんまりす、す、好きじゃなくなったんだ」

 

 

 

 傍目には慌ただしく、本人的には やんわりと制しながら告げる。

 一体どういう意味なのかと、ハルカのみならずキリトとリズベットも首を傾げる。

 

 

 

「どういう事ですか?」

 

「お、俺、趣味が高じて今の名前を付けたけど、は、は、ハッキリ言って名前負けも良いとこ……さ、最近じゃ、“ いつもテンパってるみたい ”だから、だとか、“ 七三分けなのにテンパー(天然パーマ)だとか、さ、散々、です」

 

「そ、そうなんだ……それは、うん」

 

 

 

 ちなみに彼の名誉の為に 一応 説明するが、彼のプレイヤーネーム・『 テンパー(Temper) 』は、英語で

“ 金属などを鍛錬する ”を意味する。つまり、彼が その身に修めた技術を誇る名なのである。

 思いがけぬ苦労話に、ハルカも何と言葉を掛ければ良いか答えに困る。とりあえず場を繋ぐ為に愛想笑いを浮かべた。若干 渇いているのは御愛嬌であろう。

 

 

 

「あ、あの それで、えっと……」

 

「も、もうカミヤマでい、良い、です。やっぱり、そっちの方が し、しっくり来るから」

 

「解りました。カミヤマさん、実は あなたに聞きたい事があって ここに来たんです」

 

「え、えと……な、な、何でしょう?」

 

 

 

 そろそろ本題に入るべきと考え、ハルカが引き続き話を持ち掛けた。

 テンパーもといカミヤマも、まるで桐生みたいな事を言い出すなと思いつつ、ひとまずは話を聞く姿勢を見せる。

 

 

 

 語った内容は、先にハシド達やリズベットに語ったのと何も変わらない。

 

 だが、語る相手が変われば自ずと返答も変わるはず。特に彼は、職人スキルを専攻する者達が挙って随一と認める人物なのだから。

 聞けば、彼のレベルは既に攻略組に匹敵する15であり、5つあるスロットには全て《 作製スキル 》系統が修められているという。

 剣や曲刀などの《 斬撃武器作製 》、槍や爪などの《 刺突武器作製 》、棍棒やハンマーなどの《 打撃武器作製 》、鎧や盾などを修復する《 金属装備修理 》、そして防具などを作る《 軽金属作製 》だ。まさに選り取り見取りである。加えて、熟練度も他の面々に比べれば圧倒的に高い事も確認済みだった。

 これだけレベルもスキルも揃っているのなら、信用するには充分だとキリトも判断する。加えて、キリュウやハルカが信頼する人物なら尚の事であるとも。

 

 

 

「は、話を纏めると………やっぱり、きょ、強化で武器がこ、壊れるっていうのは―――――――

 

 ―――――― あ、あ、あり得ない、です」

 

 

 

 そして、カミヤマが出した結論が それであった。

 

 

 

「間違い、ないか?」

 

「じ、自慢じゃないが お、俺が この半月で作った武器は、そ、そ、相当な数になる。

 剣も、曲刀も、槍も、棍棒も、(クロー)も、細剣も、短剣も、ありとあらゆるものを作った。

 と、と、当然 強化だって、たくさん試した。成功よりも、し、失敗が多いのは事実。

 

 だ、だけど、強化の失敗で“ 壊れる ”なんてのは、い、い、1回だってなかった」

 

 

 

 変わらず吃音気味で掠れそうな声。しかしながら、そこには虚構の類の色は存在しない。人が胸を張って他人に語る、しっかりとした芯が通っていた。

 ならば、信じるには充分であった。それは、聞いた者の総意でもある。

 

 

 

「そうか……」

 

 

 

 だが、それは問題の解決にはならない。

 結局、武器消滅の原因は判明せず謎だけが残る事になった。振り出しに戻る結果となり、ハルカも眉を下げて気落ちする。消沈するアスナを助けられる何かが得られると期待していただけに、気持ちの落ちようも中々に大きい。

 

 

 

 だが、落ち込む様子を見せる2人に、カミヤマは「けど ―――」と言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「きょ、強化の結果に限らなければ(・・・・・・・・・・・・) ―――――― こ、壊れる事は(・・・・・) あ、ある(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 そして ―――――― 彼が“ それ ”を語ると、大きな衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †   †     †   †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 12:02  主街区・ウルバス 宿屋2F 】

 

 

 

 

 

 室内に設置されたベッドに腰掛けながら、アスナは天井を見上げている。

 

 だが厳密には、その表現は正しくない。

 今の彼女の目には何も映していない。それを表すように、その瞳は およそ人の物とは思えない程に空虚で無機質な印象を与えるものになっていた。

 

 

 彼女の脳内、ひいては心で浮かぶ考えは1つ ―――――― どうして こうなった、だった。

 

 

 この日は、最高の1日になるはずだった。少なくとも、ほんの少し前までは そう思っていた。

 互いに自分の命を預けるに相応しい仲間と共闘し、その中で勝負し、勝利した。キャリアで確実に劣る自分が先輩2人に勝てた事は、喜び以上に自分自身への大きな自信に繋がった。

 

 彼女は元々、ゲーム関連には全くと言って良いほど縁がない生活を送って来た。運動も、苦手ではないが特別 優れていると言えるかは微妙なところであった。

 右も左も解らない世界に入り込み、そして閉じ込められ、紆余曲折あって奮起し、今に至る。

 それに加えて、先日の第1層 攻略に、攻略組の発足。その一席に自分も含められたのは困惑もあったが、同時に この上ない喜びもあったものだった。

 

 

 ふと、アスナは傍らに置いていた物を手に取る。

 それは、鞘である。細長く焦げ茶色の木材に、差し入れ口とベルトに取り付ける部分に皮を用いた造りになっている。

 

 そう ―――――― 彼女の愛剣・ウインドフルーレの鞘だ。

 

 剣 本体は消えたが、これだけは残った。

 

 懐かしむように、労わるように、慈しむように、まるで赤子の肌に触れるように鞘を撫でる。

 アスナは述懐する。

 彼女が細剣を選んだのは、そこまで深い理由はない。様々な武器屋を見て回る中、それが自分に合いそうだと思ったからだ。短剣や爪、槍は素人には扱いにくいだろうという合理的な判断、普通の剣や棍棒などは少し野暮ったそうという女の子らしい判断もあった。

 だが、その判断は決して間違ってなかったと胸を張って言える。事実、自分は最前線で戦えるまでに成長したのだから。

 

 その中でも、ウインドフルーレという剣は特別だった。

 初めて手に持った時、その軽さと手に馴染むような感触は今も覚えている。それまで自分が使っていた物とは まるで違う物だった。

 戦いも、目に見えて変わった。元々長所だった攻撃の素早さには更に磨きが かかり、自分が狙った所にスムーズに攻撃が入るようになったように思えた。

 

 まさに、自分の分身とも言える相棒そのものになっていたのだ

 

 

 

(でも………もう、私の手元には……ない……っ)

 

 

 

 在りし日の栄光を思い出すような回想に、アスナの涙腺は再び緩み始めた。

 泣けども泣けども、溢れ出す抑え難い感情。聡明で理知的な彼女も、まだ子供。大人でも難しいのに、感情のコントロールなど望むべくもなかった。

 頭に浮かぶのは、後悔ばかり。

 

 

 強化しようとしなければ ――――――

 

 あの店にしなければ ――――――

 

 今日という日じゃなければ ――――――

 

 

 

(……キリト君には、悪い事しちゃった……)

 

 

 

 中でも最も悔やまれるのが、彼に向けた自分の対応だった。

 本人が言葉にしたように、彼自身も自らの判断を後悔していた。実際、例の店を勧めたのは彼である事を考えれば無理からぬ事だろう。

 そんな彼に対し、自分は醜いまでの感情を ぶつけてしまった。実のところ、本当に そうだったかは本人にも解らない。特別、人が顔を顰めるような罵声を浴びせた訳でもない。

 だが、自分が言葉を発した瞬間の彼の痛ましい表情が、アスナの自責の念を より強めた。

 彼も、自分の判断が彼女を傷付ける事になったと、より強く感じたに違いない。

 

 考えても考えても、良い未来の展望が見出せない。

 

 ぐるぐると回る感情の悪循環は、なけなしの希望すらも蝕んで行くよう。

 

 今は年相応の少女でしかないアスナは、ただただ何も出来ない自分と、どうしようもない理不尽に苛立つばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 バタンッ!!!

 

 

 

 

 

 そんな沈み切った空気を斬り裂く大きな音が、アスナの鼓膜に響いた。

 

 

 

「はあ……はあ……はあ……っ!!」

 

 

 

 驚いたアスナが反射的に見れば、そこには息を切らして肩で息をするキリトの姿があった。

 呆然とする中で、先程の音の正体が彼が部屋の扉を勢いよく開けた為である事を察する。現実なら、扉や壁を壊しかねない程だっただろう。

 

 

 

「キ、キリト君……? えっと……」

 

「アスナ、メニューを開いてくれ!!」

 

「え、え……?」

 

「早く! 可視モードにして俺に見せてくれ!!」

 

 

 

 正直アスナにとって、まだ顔を合わせられる心境ではなかった。

 その為、やんわりと出て言って貰おうと思ったが、間を置かずに先の言葉である。言葉の意味を理解できずに困惑するが、キリトの苛烈なまでの言葉に思わず指示に従う。

 だが先程まで心が落ち込み切っていた事や、突然の意味不明な指示に頭が混乱し、普段なら出来る作業も おぼつかなくなってしまう。

 

 

 

「ああっ、もう!!」

 

「きゃっ?!」

 

 

 

 焦れったくなったのか、キリトは大胆にもアスナの手を取り、さながら補助機器の如く作業を進め始めた。さすがは元テスターと言うべきか、慣れない方法だっただろうにも かかわらず、すぐに目的のボタンを探し当て、それを押す。

 その瞬間、アスナのメニューウインドウのトップ画面が可視モードで表示された。

 

 

 

「ちょ、ちょっとキリト君……っ! 一体 何を……」

 

「右手に装備は……よしっ、何も装備されてない!! 第一条件クリアだ!!」

 

「ねえっ、ちょっと!! 一体 何なの!? 第一、鍵かけてたはずなのに どうして入れたの!!?」

 

「パーティーメンバーなら、鍵は開けられるんだ!」

 

「はあっ?!!」

 

 

 

 アスナの混乱は瞬く間に極致に達していた。

 施錠していたはずの部屋に突然 入って来たかと思えば今のセリフ。そして訳の解らない操作を始め、しかも未だに抱き締められるように手は握られたまま。

 絶望、驚愕、困惑、羞恥と立て続けに感情を大きく振り回されたアスナは、ただ叫ぶしかなかった。

 

 

 

「頼む、今は じっとしててくれ、時間がないんだ!」

 

 

 

 もはや聞く耳も持ってくれそうもない。そう判断したアスナは、半ば呆然と為すがままにされる。

 

 

 

「よし次は……Setting(設定)……Search(検索)……Manipulate Storage(手動保管)…………」

 

 

 

 丁寧に、それでいて最低限の動きで、次々とメニューのボタンを入力していくキリト。

 行動の意味は解らないが、今の彼は驚くべき集中力を発揮している。それは、かつて見たボス戦時にも引けを取らないと思えるものであった。1つ1つ確認の為だろうボタン名を呟くのが若干 怖いが、今は黙るべきと判断し、アスナは必死に声を抑える。

 トップ画面から4つほど潜ったウインドウで、キリトは何かを必死に探す。アスナ自身、ここまでウインドウを動かした事はなく、彼が何をするのか見当も付かない。

 やがて、彼がそれ(・・)を発見すると、再び大きく声を上げる。

 

 

 

「見付けた、これだ!!」

 

 

 

 キリトが、アスナの手を導いて押したボタン。

 

 そこには《 Complete All Item Object 》と記されていた。

 

 一度 押すと、小さな画面が出て《 はい、いいえ(Yes or No) 》と表示される。

 

 

 

 

 

「イエエ――――――スッ!!!」

 

 

 

 

 

 キリトは それを、叫びながら入力した。かつてない程のテンションであった。

 奇怪なまでの行動に軽く引くアスナだったが、入力を終えた後のウインドウに変化が起き始めた事に気付く。画面一杯に羅列されていた文字が次々と消えていったのだ。

 そして、画面が背景色である薄紫一色になると、画面が光り出す。

 

 

 

 

 

 

 ―――――― ドドドガチャドチャガラゴロガラララバサバサバサドサドサドサボフパフファサパサ………!!!

 

 

 

 

 刹那。

 部屋中に、途轍もない音が響き渡る。まるで雪崩かマシンガンのような、連続的に響く大音量であった。

 音と共に現れたそれ(・・)は、部屋一帯の床を覆い尽さんばかりに広がる。

 

 

 

「あと1分……! 急がないと!!」

 

 

 

 そう言うと、キリトは慌ただしく その中(・・・)に突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 バサドサ、と忙しない音が流れる中、アスナは先程とは違う意味で呆然としていた。

 だが、自失している訳ではなく、今の彼女の頭は本人も驚く程に冷静であった。

 そんな彼女の目の前に、キリトが放り投げた“ ある物 ”が舞う。アスナは それを掴むと、じっと眺める。

 白い布で出来ており、蝶の羽のような形の部分が2つ並び、それの上部分と横部分が細長く伸びた それは ―――――― 紛れもない、“ ブラジャー ”であった。

 しかも、アスナにとって かなり見覚えのある色合いと形状、模様である。

 

 否。見覚えがあるどころではない ―――――― 紛れもなく、彼女自身の物(・・・・・・)であった。

 

 

 

Complete(コンプリート・) All(オール・) Item(アイテム・) Object(オブジェクト)………“ 全アイテム、全部のアイテムの実体化 ”……? あぁ、オール(・・・)って そういう……)

 

 

 

 キリトが入力したメニュー、目の前で起こった現象、現れた おびただしい数のアイテム群の正体、更に続けて彼が行なっている行動の意味を理解していくアスナ。

 

 それらを理解した瞬間 ―――――― 彼女の目から、(ハイライト)が消えて行った。

 

 

 

「フフフフフフフ………ねぇ、キリト君」

 

「すまない、後にしてくれ!」

 

「凄いねぇ。さすがだねぇ。やっぱり男の子なんだねぇ」

 

「何を当たり前の事 言ってるんだ!!」

 

「へぇ~当たり前なんだぁ。落ち込んでる女の子に堂々とセクハラするのが。鬼畜なんだねぇ。

 

 

 ねぇ―――――――――君、死ニタイノカナ? カナ?」

 

 

「まさか!!!」

 

 

 

 恐ろしいまでに会話が噛み合っていない。もとい、会話にすらなっていない。

 冷たい位に冷静さを失っている人間と、目の前の事に熱くなるあまり他の事に盲目になっている人間。片や女性用下着混じりのアイテム群に頭から突っ込んで掻き漁り、片や笑っているのに まるで笑っているように感じない笑顔で握り拳を震わせている。

 異様にも程がある光景であったが、それも再びキリトの言動により一変する。

 

 

 

 

 

「――――――あ……った……!!」

 

 

 

「え…………?」

 

 

 

 床に散らばったアスナの全荷物の山から出て来たキリト。彼の手には、“ ある物 ”が握られていた。

 

 

 

「ほら……」

 

「……………」

 

 

 

 キリトは微笑みながら それを手渡し、アスナは頭が真っ白になりそうになりながら、恐る恐る受け取る。

 それは剣だ。

 片手用直剣よりも細身で、鍔には質素ながら雪の結晶のような意匠が施されている。

 

 覚えがある物だった。否 ―――――― 忘れるはずもない愛剣(もの)であった。

 

 無意識に震え出す手を必死に動かし、それにタップするアスナ。小さな画面が現れる。《 鑑定スキル 》のような専門的なスキルはない為に細かい部分までは表示されないが、最低限の情報だけは表示される。

 

 

 

【 ウインドフルーレ《 Wind Fleuret 》 +4 】

 

 

 

「あ………」

 

 

 

 思わず声が零れる。

 もはや、間違いはなかった。武器自体それなりに珍しく、さほど広まっていない。加えて、強化を4連続で成功させているなど中々あるものでもない。

 

 そして何よりアスナだからこそ ―――――― 長年 苦楽を共にしたように愛用した彼女だからこそ、その手に馴染む感触を間違えるはずもなかった。

 

 

 

「わ、たしの……ウインド………っ!!」

 

 

 

 遂にアスナは堪えられなくなり、滂沱の如く涙を流し出す。口元に手を添えて はしたない声を出すまいとするも、それでも抑え切れない。

 ぼろぼろと栗色の瞳から大粒の水滴を落としつつ、取り戻した愛剣を抱き締める。それは愛する我が子を決して離すまいとする母親のようにも見えた。

 

 

 

「ふぅ……間に合って良かった……」

 

 

 

 そんな様子を眺めながら、キリトは安堵の溜息を吐いた。同時に、その体中を弛緩させていく。ここに来るまでに全速力で走り、更に戦闘中にも匹敵する程の集中力を持続させていた為、その反動が来たのだ。

 立っているのも億劫に感じ始めた事もあり、キリトはベッドの上に腰を下ろした。かなりの労力(・・)を消費したが、それに見合うだけの結果は残せたと彼は思っている。その表情には、物事を やり切った満足気なものが表れていた。

 

 

 

「ねぇ………」

 

「ん?」

 

 

 

 しばらくして、アスナが口を開く。ちなみにキリトに対して背を向けたままだ。泣き腫らした目を見られたくないのかもしれない。

 何となく そう思ったキリトは、これからすべき説明を如何にすべきか、気持ちを切り替える。

 

 

 

 

 

「これって………ド ウ イ ウ 事 カ ナ?」

 

 

 

 

 

(……………んん?)

 

 

 

 

 何か、おかしい。

 

 反射的にキリトの第六感が そう告げる。

 

 真っ先にアスナから来る反応は、感謝か疑問だと踏んでいた。そして後者かと思ったのだが、同時に言い知れぬ違和感を覚えた。彼女の声色、雰囲気、全てがキリトにとって不穏なものであったのだ。

 浮かべているのは本来 見惚れる位の笑みだったのだが、今のキリトには何故か末恐ろしいものに見えて仕方なかった。

 

 

 

「え、えっと………アスナさん?」

 

「……私の為に、色々調べてくれた事とか、理由は解らないけどウインドフルーレを取り戻してくれた事は、凄く感謝してる。うん、それは もう」

 

「そ、そうか。喜んでくれたなら……」

 

「でもね ――――――」

 

 

 

 アスナが笑みの中で閉じられていた瞳を開く。

 

 

 

 

 

「ちょっと ―――――― デリカシーが無さすぎるんじゃない?」

 

 

 

 

 

 その目は、完全に据わっていた。

 

 

 

(あ ――――――――― これ、アカンやつや)

 

 

 

 心の中でテンプレな関西弁を揮うキリト。

 口元は笑っているのに目は笑っていないという、一種 芸術的な表情を前に、完全に《 蛇に睨まれた蛙 》状態だった。

 ゆらりと、まるで幽霊の如く にじり寄って来るアスナの姿に、思わずキリトは後退りしようとするが、今はベッドに腰を下ろした状態。逃げようにも逃げられない。

 冷や汗が流れ出しながら、このままでは拙いとキリトは判断する。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれアスナ、とにかく落ち着いて……――――――」

 

 

 

 

 

 ガチャッ……

 

 

 

 

 

 説得しようとした瞬間、部屋の扉が開かれた。

 反射的に、キリトが入り口の方へ視線を動かす。

 

 

 

「「「…………」」」

 

 

「あ………」

 

 

 

 そこには、ドアノブを持ったシリカと、今日は初めて見るシノンとユウキの姿があった。3人とも、入ろうとした瞬間の態勢のまま固まっている。

 しばし、無言の空間が部屋を支配する。その間に、入り口の3人は室内の2人と、部屋の中へと視線を動かす。

 改めて、室内の状態を確認しよう。

 

 

 

 ・室内には、床を覆い尽さんばかりのアイテム類が散らばっている。

 

 ・そこには、武器や回復アイテムなどの他に、衣類や下着類までも散乱している。

 

 ・散らばった物の種類から、それが女性の物、すなわちアスナの物であると判断できる。

 

 

 ・そして、そのアスナはキリトに詰め寄っている。

 

 

 

 ―――――― どう見ても、事案です。本当にありがとうございました。

 

 

 スゥ……と3人の表情から人間らしさが失われていく。

 

 

 “ 有罪(ギルティ)

 

 

 その目は、そう告げていた。

 

 

 

「キリト………」

 

「キリト……アンタ!」

 

「いや、ちょっと待 ――――――」

 

 

 

 話を聞いてくれと、言おうとした。

 

 だが、決定的に間に合わなかったのだ。

 

 

 キリトの眼前に、その小さな姿(・・・・)が迫って来る。

 

 

 

 

「 女 の 敵  ぃ ~~~~ ッ ! ! ! ! ! 」

 

 

 

 

 問答無用、悪・即・斬と言わんばかりの気迫を爆発させて、シリカはキリトに飛び掛かったのだった。

 

 

 

 

(あんまりだ………)

 

 

 

 

 視界が激しく揺れ動く中で、キリトは儘ならぬ現実というものを嘆きながら沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと………何、この状況?」

 

 

 

 ハルカが宿屋に帰還したのは、それから10分近く経ってからだった。

 何故か扉が開きっ放しだったので、怪訝に思いつつ中に入ってみると、そこには異様な光景があった。

 

 ベッドに腰掛けたアスナと、その隣に慰めるように座るユウキ。ここは良い。

 

 

 

「あ、ハルカさん」

 

「ハ、ハルカ!?」

 

「そこ、勝手に口を開かない」

 

「あ、はい……」

 

 

 

 問題は ここだった。

 部屋の隅の方で、何故かキリトが壁に向かって土下座をしている。その背中の上に、何とシリカが漬物の重石の如く正座していたのだ。シノンは それを監視するように立ち、ハルカの入室に反応したキリトを叱り付けた。

 

 

 

「……えぇ………?」

 

 

 

 訳が解らないよ、とばかりにハルカは困惑の声を上げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 その後、ハルカは全員から事情を聴く。

 アスナの武器が無事に戻ってきた事、キリトが その為に女性に対するデリカシーを欠く行動を取った事などを知った。

 また、シノンとユウキはシリカから事の顛末をメッセージで知り、先程 到着したばかりである事も。

 ハルカはアスナの愛剣が戻った事を喜び、無茶な行動を取ったキリトに呆れ、シリカらの怒りにも同じ女性として理解を示す。

 

 

 

「……そっか。でもね、今回ばかりはキリト君を責めないでほしいの」

 

 

 

 その上で、ハルカはキリトへの厳しい追及を止めるよう求めた。

 

 

 

「でも、ハルカさん……」

 

「あんまりコイツを甘やかしちゃ駄目よ。どんな事情があるにせよ、やって良い事と悪い事があるんだから」

 

 

 

 ハルカの性格上、そう言う事は彼女らも予想していたのだろう。それでも、キリトの行為は結果よりも問題の方が大きいという判断を覆す訳にはいかないと、シリカとシノンは反論する。

 

 

 

「アスナちゃん」

 

「わ、私だって本当は怒りたくなんかないよ。だけど、私すっごく恥ずかしかったんだから!!」

 

「そうだよ、女の子にはキツ過ぎる仕打ちだよ!」

 

 

 

 曲がりなりにも身内以外の異性に自分の持ち物を ぶち撒けられ、加えて衣服や下着類まで手を付けられたのだ。実際はウインドフルーレを探す為に放り投げただけだが、それとこれとは別問題である。ハルカの事を思えば、その相方を性犯罪者扱いはしたくないが心が納得できないのだ。

 アスナとユウキの言葉も聞き、自分の立場が如何に危ういものなのかをキリトは苦しい位に感じ取る。

 

 そんな頑なな意見を聞き、ハルカは小さく溜め息を吐く。

 彼女らの言葉は決して間違っていない。女として当然の反応であると、同性だからこそ理解できる。キリトが取った行動も迂闊であった事も。

 

 

 しかし、だからこそ ―――――― ハルカは言わねばならない(・・・・・・・・)と思う。

 

 

 言わないでおこうと思った事(・・・・・・・・・・・・・・)だが、そうも言っていられないと、腹を括る。

 

 

 

 

 

「キリト君 ―――――― 《 転移結晶 》まで使ったんだよ?」

 

 

 

 

 そのハルカの言葉に、部屋中に少なくない衝撃が走った。誰もが目を瞠り、言葉を失ったように固まる。

 

 

 

「ハ、ハルカ!? それは……っ」

 

「ごめん、キリト君。でも、黙ってる訳にはいかなかったから」

 

 

 

 唯一、キリトだけは強い反応を示した。それを見て、やはり彼女達に言っていなかったのだと確信したハルカは謝罪しつつも発言を翻す事はしなかった。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って………転移結晶って……!」

 

 

 

 《 転移結晶 》 ―――――― それは、アインクラッドで入手できる結晶(クリスタル)状のアイテムの1つ。

 

 その効果は文字通りのもので、アイテムを持ち“ 特定の街の名前を唱える事で、その名前の街に瞬間移動できる ”のである。

 それは単純に街間の移動が楽になるだけでなく、フィールド内でも使える特性を利用し、万一の命の危機に対する緊急回避の手段としても使える万能アイテムなのである。

 しかし、だからと言うべきか、そのような使い勝手の良過ぎるアイテムが簡単に手に入るはずもなく、基本的に迷宮区などの難易度の高いフィールドの宝箱か、フィールドボスなどのNM(ネームドモンスター)を倒した際のドロップでしか入手できない。一応、階層が上がれば売っている店もあるようだが、最前線を進む者でも多くは買えない高値との事だ。

 

 アスナも、他の面々も勿論アイテムの事は知っている。攻略組の中でも、持っている者は ほとんどいないという事も。

 

 

 

「キリト君、そんな貴重なアイテムを使ったの!?」

 

「うん、まぁ……」

 

 

 

 そしてキリトが、その数少ない所持者である事も知っていた。入手先は、先に彼がトドメを刺したコボルド王である。黒のコート(コート・オブ・ミッドナイト)の他に、戦利品として手に入れていたのだ。

 

 

 

「そんな……っ、どうして!?」

 

 

 

 ゲーム経験の浅さを抜きにしても、聡明なアスナには転移結晶が今の攻略組において どれだけ貴重であるかは理解できている。

 今のデスゲームと化したSAOにおいて、少しでも死の危険性を少なく出来る転移結晶は、おいそれと簡単に使って良いアイテムではない。現段階における貴重性を考えても、もっと重大な場面で使うべきなのだ。

 そうであるのに、キリトは それを使用したという。思いもよらぬ重大な事実に、当事者であるアスナは軽い混乱を起こし掛けていた。

 

 

 

「仕方がなかったんだ。はじまりの街で情報を手に入れて、アスナの武器が失われた訳じゃないっていう可能性が出て来た。まさかと思って時計を見れば、例の消滅現象が起こってから“ 1時間 ”まで、あと10分足らずっていうところだった。これじゃあ、とても間に合わない。間に合わせるには、ああするしかなかった」

 

 

 

 実際、キリトの判断は正しい。

 はじまりの街の南4区から中央広場の転移門までが、並の人間が走って10分かかるかどうかである。キリトのステータスをフルに使えば少しは縮められるだろうが、更にウルバスの転移門から宿屋までの数分近い距離がある。そこに更に《 コンプリート・オール・アイテム・オブジェクト 》への複雑な入力の手間を考慮すれば、足では絶対的に間に合わなかったのである。

 

 

 

「っ……でも、だからって……」

 

 

 

 アスナは尚も喰い下がる。

 きっと、キリトの言葉は正しいのだろう。ハルカの供述もあるのなら、間違いないと言い切れる。実際、自分の愛剣は無事に戻って来たのだから。

 しかしだからこそ、自分の為に(せいで)貴重な転移結晶を使わせる結果になった事に責任感の強いアスナは納得し切れなかったのだ。

 思いもよらぬ どんでん返しに、シリカらも言葉が出ずオロオロと視線を動かすばかりである。

 

 

 

「……見てられなかったからな」

 

「え……?」

 

 

 

 小さく息を整えてから、キリトが呟く。

 

 

 

「あんなに落ち込むところを見て黙ってられるほど、俺も人間として腐ってないつもりだ。だから、俺なんかでも出来る事なら、悪いこと以外ならやってやるって、そう思ったんだ」

 

「キリト君……」

 

 

 

 彼は自身を卑下しつつも そう言った。その言葉からは、転移結晶を使う事になった事への後悔やアスナへの怒りなど、微塵もない事が解る。

 

 その言葉を聞き、シリカとシノンは互いに目を合わせた後、次いでアスナに視線を向ける。2人が目と表情で訴え掛ける事の意味を察したアスナは、すぐに頷いて答える。

 

 

 

「キリトさん……!」

 

「シリカ?」

 

「ごめんなさい! あたし、何も知らないで、キリトさんにヒドイ事を……!!」

 

 

 

 シリカはキリトから降りると、頭が地面に着かんばかりの勢いで謝罪を行なう。突然の行為に困惑するキリトを、シノンが手を貸して立たせる。

 

 

 

「私も、ごめんなさい。あんたも、やれるだけの事をしてくれたのよね……」

 

 

 

 続けてシノンも、普段のクールな表情を憂い気味にさせて謝罪する。

 

 

 

「ボクも、その、ごめんなさい」

 

 

 

 ユウキも、いつもの元気で愛らしい表情を曇らせて謝る。今にも泣き出しそうな程である。

 先程までとは一転して謝罪の嵐にキリトは、気後れしたようにオロオロするばかりだ。

 

 

 

「いや、みんな、そんな……」

 

「キリト君……」

 

 

 

 そして、一番の当事者であるアスナは最も深刻であった。

 

 

 

「……ごめん、なさい。本当に、ごめんなさい……!」

 

 

 

 知らなかったとはいえ、恩人に対して冷た過ぎる仕打ちをしてしまった事。加えて その過程で、希少なアイテムを使わせる事態になった事など様々な要因が重なり、彼女の良心の呵責は限界を迎えようとしていた。元来 真面目で、言動にも普段から誠実さが籠っている彼女である。無理もなかった。

 どれだけ謝っても足りないと思い、かと言って どうすれば良いのかも解らず、ただ出て来るままに謝罪を重ねるしかなかった。

 

 困惑するばかりだったキリトも、そんな痛々しい姿を見て黙っている訳にもいかないと冷静になる。場馴れしていない事もあって大きくなる鼓動を抑えようと呼吸を整え、そして必死に頭を回転させる。

 

 

 

「……良いんだよ、アスナ」

 

「キリト君………」

 

「俺は謝られるような事をされたとは思ってないし、してほしいとも思わない。結晶の事だって、そんな大袈裟に考えなくて良いさ。また手に入れれば良いしな。」

 

 

 

 これは、紛れもない本心だ。

 確かに最初は理不尽と感じたが、時間が経って冷静に考えれば自分の非も強く感じられるようになる。決して、彼女達の一方的な感情とは言い切れなかった。

 転移結晶にしても、確かに効力を考えれば惜しいとも言えるが、使うべき時に使うのがアイテムであるとも思う。結果も考慮に入れれば、自分の判断は間違っていなかったと断言できる。

 

 尚も浮かない表情を浮かべたままのアスナに、キリトは精一杯の笑みを浮かべて続ける。

 

 

 

「ま、結果オーライだよ。アスナは武器を取り戻せたし、俺は信用を取り戻せたんだ。それで良いんじゃないか?」

 

 

 

 彼なりの、精一杯のユーモアを混ぜた言葉に、周りは くすりと笑みを溢す。正直クサい台詞ではあったが、場の空気を和ませるには充分なものだった。

 そして その中の誠実さは、確実にアスナの心に伝わった。まだ完全に割り切ったとは言えないが、彼の想いを無碍にする訳にもいかないと、必死に感情を落ち着かせる。

 

 

 

「……うん、解った。キリト君」

 

「ん?」

 

 

 

 そしてアスナは、おもむろにキリトの手を取る。思わぬ行為にキリトが目を瞠る中、更に彼女は両手で彼の手を包むように握る。

 

 

 

 

 

「本当に、ありがとう。私の大事な物を取り戻してくれて……心から、感謝します」

 

 

 

 

 

 それはアスナなりの、今後のリスクに影響を及ぼす程に手を尽くしてくれた少年へ対する、精一杯の想いだった。

 その姿は彼女の類稀な容姿も相まって、人間に加護を贈る女神の如くだ。初めは気恥ずかしさが走ったキリトだが、その純粋な立ち振る舞いに目を奪われ、自然と心が落ち着いて行く。

 

 

 

「あぁ……」

 

 

 

 僅かに気恥ずかしさもあってキリトは一言、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのぅ~~~~~………」

 

 

 

 一件落着という空気が流れる室内に、声が上がる。

 

 室内の全員が入り口を見ると、1人の少女が立っていた。

 

 

 

 

 

「え~~~と………お邪魔でした?」

 

 

 

 

 

 そこには、困ったような笑みを浮かべたリズベットが立っていた。

 

 

 

 見知らぬ人物の来客、そして自分の状況を見て、アスナが顔を真っ赤にさせるのだった。

 

 

 

 

 





龍が如く、更にSAOからも原作キャラが登場です。

リズは ともかく、上山は出る事を想像してた人は どれ位いたかな?

オリキャラ・ハシドの元ネタは、アニメ版1期の7話:『 心の温度 』の写真の人物。駆け出しっぽい頃のリズの後ろで立つ3人の鍛冶屋仲間の1人です。モデルとしては一番 左側の男です。


次で解決編となりますので、続きをお楽しみに。



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