SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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大変お久しぶりです。作者の具足太師でございます。


いやはや、パソコンの調子は可笑しくなるわ、真夏は夏バテを起こすわ、季節が変われば風邪をひくわで散々でした(苦笑)

ですが、何とか気力を回復させてコツコツ書き上げ、ようやく仕上がりました。
久し振りでは ありますが、どんな感じかは皆さんに読んで戴ければと思います。

今話では新キャラも続々登場しますので、どうか お楽しみに。


では、どうぞ。




『 それぞれの誇り・1 』

 

 

 

 

 

【 2011年 11月24日  第2層:猛き者達の調練場 】

 

 

 

 

 

 渇いた風が強く吹いている。

 

 細かい砂埃が巻き上げられ、流されるままに飛んで行く。

 

 

 

 時間は朝。

 場所は、主街区・ウルバスから東に少し進んだ場所。

 特別 何かがある地形という訳でもなく、ただただ広い荒野が続いているとしか言い様のない所である。

 

 

 

 

 

 そこで、2人の男が対峙していた。

 

 

 

 片や、不思議なまでに逆立った髪と、見る者全てを圧倒するような容姿を持つ男・キリュウ。

 

 

 

 片や、テクノカットに眼帯という、奇抜が服を着て歩いているとさえ言える男・マジマ。

 

 

 

 一定の距離を開け、武器は おろか防具すらも着けず睨み合うように立つ。

 

 

 

 両者が、前触れもなしに動く。

 

 

 

 2人とも、足を広げながら僅かに姿勢を低くし、独自のファイティングポーズを取る。キリュウは全身に力を漲らせるような、マジマは腕や足に無駄な力は加えないような、構えにおいても対比を思わせるものを見せていた。

 

 

 どちらも声を上げる事はなく、ただ黙って構えを維持したまま、時は流れる。

 

 

 共に意識を向けるのは互いの相手のみ。足元に当たる砂粒は元より、全身に当たる風すらも感じていないと思える程の集中力である。

 

 

 

 

 

 そして、およそ1分の時が流れる。

 

 

 

 

 

 両者ともに目を大きく見開かせ

 

 

 

 

 

  ―――――― 同時に、地を蹴った。

 

 

 

 

 

「うおおおおおっ!!!」

 

 

 

 

「でええええいっ!!!」

 

 

 

 

 

 顔を険しくし、猛獣も斯くやという雄叫びを挙げながら接近する2人。

 

 

 5、6メートルは離れていた距離は瞬く間に狭まり、互いの姿を視界に大きく映す程に接近する。

 

 

 そして、2人が纏う闘気が衝突し合う距離になった刹那、その腕は揮われた。

 

 

 筋力値、速度、体重、ありとあらゆる要素を詰めた拳は、両者の顔面 目掛けて突き出されていく。

 

 それが互いに ぶつかり合う瞬間、2人は首を僅かに捻り、その軌道から逃れる。頬、耳、髪に凄まじい風と圧力が伝わり、そのまま通り過ぎて行く。

 

 

 やがて それは、クロスカウンターの形を成して同時に留まった。

 

 

 互いの腕を交わしながら、鼻が着く程の近距離で睨み合うキリュウとマジマ。 

 それも刹那、即座に2人は再び距離を取り、同時に体勢を取り直す。

 

 

 先に仕掛けたのはマジマである。

 現実(リアル)の頃より自慢の足捌きを駆り、驚くべき速さで再び接近、その拳を振るう。

 

 

 

「しっしっしっ!!! でええいっ!!」

 

 

「ふっ、ぬっ、ふんっ!!!」

 

 

 

 勢いと鋭さ、硬さと滑らかさを兼ね備えた腕捌きを縦横無尽に叩き込み、キリュウの目や鼻、喉元など人間の急所と言うべき箇所を重点的に狙っていく。スポーツとは明らかに一線を画する、ルール無用の喧嘩を そのまま体現したような動きだ。まさしく、《 喧嘩師 》の名を冠するマジマの真骨頂の1つであった。

 

 

 マジマの刺青にも書かれる蛇の如き攻撃をギリギリで躱し、攻撃の後の一瞬の隙を見て体勢を整えたキリュウは反撃に移る。

 

 

 

「ふんっ!!」

 

「ぬおっ!?」

 

 

 

 まず、素早いマジマの動きを封じるべく勢いを付けて接近し、彼の服の胸元を掴む。筋力パラメーターを全開にした掴みによって引き寄せられそうになるのを、マジマも相手の腕を掴み返しつつ抵抗する。

 引き合いは しばし続いたが、結局キリュウはマジマの体勢を崩し切れず、マジマが掴まれた腕を振り払った事で振り出しに戻る。

 

 

 

「うおおおおっ!!!」

 

 

 

 次に先手を打ったのはキリュウである。

 勢いに任せて振り払った事で生じた僅かな隙を突き、一瞬 駆け出してからの勢いを付けた右ストレートを顔面 目掛けて放つ。

 

 

 

「甘いで!!」

 

 

 

 タイミングも速度も充分なものであったが、マジマ相手に“ 充分 ”では不足であったようで、一瞬 瞠目するものの反応は しっかりと見せ、上半身を捻って危なげなく躱す。

 だが、キリュウは既に次の手を打っており、右手が放ち切ったと ほぼ同時に左手の拳を下から振り上げたのだ。これには目視こそ出来たが、先の動きの関係で躱す事は困難となっていた。

 

 

 

「うんぬぅっ!!」

 

 

 

 ならばと、マジマは両腕を即座に交差させ、その拳を一の腕で受け止める。

 狙った場所に当たらなかったのを見たキリュウは、腕に当たって止まった拳に、更なる力を籠め出す。ミシミシと軋みを上げる腕を感じて その意図を察したマジマは、破られてなるかと対抗するように両腕と踏ん張る下半身に力を入れる。

 

 

 

「ぬうううっ!!!」

 

 

「ぬおおおおっ!!!」

 

 

 

 両者ともに譲らず、鍔迫り合いの如き押し合いは続く。

 ぶつけ合う腕は拮抗して震え合い、まるで怒れる獣の呻き声が如き声を上げる2人。並の人間ならば、2人に近付いただけで体がバラバラにされると錯覚させられる程の“ 圧 ”が、その姿には宿っていた。

 

 

 しかし、睨み合いながらも両者の間には恨みのような邪な感情は一切 宿っていない。

 

 これは、2人にとっては会話も同じ喧嘩。ただ純粋に拳を、足を、体を、そして感情を ぶつけ合うだけの行為ゆえだ。

 今にも相手を殴り殺さんばかりの気迫はありながら、殺意は一切ない。

 歪ながらも、不思議なまでに綺麗な感情の交差が そこにあった。

 

 

 やがて、その均衡も終焉を迎える。

 このままでは埒が明かないと判断した2人は、示し合わせたように互いの腕を弾かせ、距離を取った。

 

 

 

 その下がる際に踏み締めた足に、下半身に全霊の力を籠め、バネのように弾かせ大地を蹴る。

 

 

 

 再び離れた両者の距離は、数秒も経たない内に縮まっていく。

 

 

 

 キリュウも、マジマも、勢いを衰えさせる気配は全くない。

 

 

 

 両者とも、その脳裏に浮かべている最後の手は、同じものであった。

 

 

 

 

 

 そして ―――――― 両者は同時に、全身全霊の拳を形作り、放つ。

 

 

 

 

 

 

 

「 てやあああああああああっ!!!!!!! 」

 

 

 

 

 

「 ううううりゃあああああっ!!!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、両者の拳は ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ………!! フフッ」

 

 

 

「ぬおぅ……ヒヒッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――― 互いに、互いの頬を突き刺していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  【:  DUEL END : 《 DORAW 》 :】

 

 

 

 

 

 直後、両者の視界に紫色のメッセージ画面が表示される。

 

 

 それを見て、ようやく2人は張り詰めた気迫を鎮め、互いに拳を引いた。

 

 

 

「ふぅ………さすがだな、マジマの兄さん」

 

 

「ヒッヒッヒ。そう言うキリュウちゃんも、やっぱゴッツイのぅ」

 

 

 

 互いに笑みを浮かべ、共に健闘を称え合う。

 そこには、先程まで殺し合いに近い激突を見せていたとは思えない程の和やかな空気があった。もし第三者がいたなら、先の喧嘩は幻だったのかと言い出しかねないかも知れない。それ位の大きな落差があったのだ。

 

 

 

「しかし、不思議な“ 機能 ”だな、これは。改めて、SAO(ここ)はゲームの中だと感じるぜ」

 

「せやなぁ。ま、俺としては もうちょい派手さがあってもえぇ思うけどな」

 

「そうか?」

 

 

 

 激しい戦後とは思えない、他愛ない会話をする2人。

 

 そして2人が行なっていた事 ―――――― それは、SAOを象徴する機能の1つである。

 

 

 

 その名は《 デュエル・システム 》

 

 名称の通り、プレイヤー同士が一騎打ち(デュエル)を行なうものだ。

 

 

 利用方法は至って簡単(シンプル)。どちらかがウインドウを開いて《 DUEL 》を選ぶと、近くにいるプレイヤーを選択する画面に移る。そして特定の相手を選ぶと、選ばれた相手にデュエルが申し込まれた旨のメッセージ画面が表示され、受けるか否かを選択する事が出来るのだ。そして相手が受諾すれば、60秒のカウントの後、プレイヤー同士の戦いが開始される。

 

 そして、そのデュエルには複数の決闘方法がある。

 

 

 1つは、どちらかが強攻撃、即ち現実なら重傷に分類される一撃を受けるか、HPが半分を削られた時点で勝負が着く《 初撃決着モード 》

 

 

 もう1つは、一方のHPが半分を下回った時点で決着が着く《 半減決着モード 》

 

 

 最後が、相手のHPを全損させる事で決着が着く《 完全決着モード 》である。

 

 

 先日、とあるクエストをクリアする事で《 体術 》というエクストラスキルを獲得した2人は早速 腕試しとばかりにフィールドへ繰り出し、モンスター相手に戦った。

 そして、充分に勘を取り戻したところで、互いに どれだけ現実に近い戦いが出来るかを試そうという話になったのである。

 

 その為、2人はデュエルモードを使用する事となった。フィールドで普通に戦ったのでは、もし相手に重い一撃を与えたら どちらかのカーソルが緑からオレンジへと変わり、システム的に犯罪者と見做されてしまう。そうなれば、その者は街に入る事が出来なくなってしまう。その為、普通に闘り合うのは論外だった。

 

 では、なぜ街中でやらなかったのかと言えば、街中ではシステムの保護が強制的に発生し、2人からすれば納得のいく感触を得られないとの判断ゆえだ。とは言え、街中ではデュエルが出来ない訳ではない。

 街中で戦わなかったのは、主にキリュウが悪目立ちするのを避けた為だ。普段、神室町などで喧嘩する際には野次馬を気にする事はないが、ここはゲームの中、それもプレイヤーは全国津々浦々の人間だ。そんな中で、2人が腕試しに喧嘩をすれば奇異な目で見られるのは間違いないだろう。2人は普段 忘れがちだが、激し過ぎる位の喧嘩を前にしてスポーツを見ているかのように盛り上がる神室町や琉球街などの人間が異常なのだ。加えて、下手をすればハルカやキリト、シリカらまで その視線に晒される事にもなりかねない。その為の処置だった。

 マジマは当初、他人の視線など いちいち気にしないで良いと渋っていたが、同時にキリュウとの久々の喧嘩を2人きりで楽しみたいという思いも確かに存在した為、最終的にはキリュウの案を了承した。

 

 

 

「それで、兄さんからして どうだった?」

 

「……アカンな。現実(向こう)と比べたら雲泥の差や」

 

「そうだな………」

 

 

 

 そして、戦ってみた感触は ―――――― 双方とも、あまり納得の出来るものではなかった。

 

 

 原因は至極単純。

 現在のレベルとパラメーターが、現実(リアル)での2人の本気に到底 及ばないものだったからだ。

 

 ダイブした直後は、それこそ全身に拘束具を仕込まれたのかと思う程に、お互い鈍い動きしか取れなかった。それから半月が経ち、レベルと同時に筋力も敏捷も相応に上げ、更に肉体に攻撃判定が付加される体術スキルまでも修めたものの、それでもダイブ前と比べれば大きく劣っている。

 

 キリュウにしてみれば、かつて10年間の刑務所生活を終えた直後を思わせる動きの鈍さを。

 そしてマジマは、かつて1年間の拷問を耐えた直後を思わせる怠さを感じる程だった。

 

 動きの鈍さも そうであるが、何よりも問題なのは筋力の問題である。

 現実なら、自分の体重以上の人間だろうが、常人なら持ち上げる事も困難なバイクだろうが軽々と振り回して見せる2人が、今では互いを投げ飛ばす事すらも困難な程なのだ。これでは戦いだけでなく、いざという時に何も出来ない可能性が高い。まさしく、初期値の状態でマスティルを救出できたのが奇跡と言える程だ。

 

 

 

「まぁ、仕方がない。地道に、強くなって行こう」

 

「ま、せやな」

 

 

 

 体術スキルを手に入れても、2人が満足する結果を得る事はなかった。

 だが それでも、自分達が十八番とする戦術をSAOでも利用できるようになった利点は大きい。

 幸い、強くなる方法には事欠く事はない。レベルやパラメーターも そうだが、キリト曰くアイテムや特定のスキルを上手く利用する事で強くなる可能性は無限に近いとの事だった。順調に行けば、きっと現実に即した強さを得られるのも決して遠くはないだろう。

 

 

 

 前向きに そう考え、腐らずに上を目指して行こうと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †    †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 10:03  主街区・ウルバス 】

 

 

 

 

 

 腕試しを終えた2人は、一旦ウルバスへと戻って来た。

 今後の予定として、街を少しばかり練り歩いてから装備を整え、再びフィールドへ行こうと考えていた。まだ2層が解放されて3日しか経っていない事もあり、まだまだ街の方は未散策の場所が多い。もしかしたら、もっと良い武具屋や美味い料理がある店があるかもしれない。そんな期待感もあっての事だった。

 

 

 

 

 

「―――――― おぉ? キリュウはん、それにマジマはんやないでっか?」

 

 

 

 

 

 そして、転移門のある中央広場に差し掛かった時、2人に声を掛ける者がいた。

 

 

 

「ん? おぉ、キバオウか」

 

「何や、奇遇やのぅ。ここで何しとるんや?」

 

 

 

 共に第1層で戦った、トゲトゲ頭のキバオウである。相も変らぬ奇抜な髪型と、太々しいまでに踏ん反り返る立ち姿は、さほど大きくない身長を実際より大きく見せる効果があるように思えた。見れば装備も、1層の時よりも若干 立派な物へと変わっている。彼もまた順調に強くなっているのだろう。

 

 

 

「ワイは これから、フィールドに行こう思うてますんや。レベリングも兼ねましてのぅ。

ディアベルはんらも もう向こうてるらしいですし、あっちでチームとも合流するつもりですわ」

 

「そうか。それは良いが、ちゃんと足並みを揃えてやれよ」

 

「皆まで言いなさんな。ちゃあんと解うてますがな。もう“ 前みたいな ”ヘマはしまへん」

 

 

 

 キバオウらが言うのは、先日 起きた出来事に由来する。

 

 攻略組 発足 直後から第2層の攻略も開始され、現在は順調に迷宮区への道が開きつつある状況にあった。

 

 そんな中、ちょっとしたトラブルが発生した。

 というのも、ディアベルを中心とするチームとキバオウを中心とするチームが並行して進んでいたのだが、敵を倒した時に得られるアイテムや道中に置かれている宝箱の所有権を巡り、口論となる場面が数回 発生したのだ。曰く、どちらが先に見付けただの、こっちがトドメを刺すはずだっただの、そっちの方が多く得られたのだから平等に配れだのと言った塩梅である。

 

 こういったゲームでは よくある事なのだが、今は そうも簡単に済ませられる状況ではない。

 現在は、少しの油断が死に繋がるデスゲーム。常に過剰な緊張感に晒されている影響からか、普段なら さして問題にならないはずの事でも、一歩 間違えれば険悪な空気になりかけた事もあった。

 その場はディアベルやキバオウらが宥めた事で事なきを得たものの、毎回それでは攻略に差し支え、士気も下がりかねない。

 

 とりあえず、細かい規定は追々定めるとして、今のところは敵もアイテムも単に早い者勝ちという事で落ち着いた。それでも揉めるようであれば、基本は第三者も交えた話し合いとするが、場合によってはデュエルを利用する事も、今後あるかもしれない。

 

 そんな懸念を残したまま、その場は一旦 収まった。

 

 

 所有権を主張する位の元気があり余っているのは良い事だとは思うが、それでチーム内の輪が乱れる事は決してあってはならない。それは誰よりも、組織という物の在り方を目の当たりにして来たキリュウやマジマだからこそ熟知している事だった。

 我が強いのと圧し通すのは、似て非なる事なのである。

 

 

 

「解った。俺達も、折を見て参加しよう」

 

「ホンマでっか!? いやぁ、助かりますわ!!」

 

「気にするな、今は一蓮托生だ。それに、図らずもお前等には負担も増やしたしな」

 

「構いまへん、構いまへん。自分らが決めた事ですから。ほな、ワイはこれで」

 

「おぅ、しっかり気張れや!!」

 

「はいな!!」

 

 

 

 あり余る程の気力を見せて、キバオウは街の外の方へ歩いて行った。

 その背中を見送りつつ、キリュウやマジマは気分が軽くなるのを感じていた。2人にしてみれば、自分達の“ 正体 ”を知りつつも、純粋な気持ちで敬意を見せるキバオウはキリト達同様に中々に稀有な存在に思えている。

 

 1層のボス戦以降、2人を見る攻略組の面々の中には、畏怖の視線を向ける者も少なくない。背中に刺青を背負う人間は、そうなるのは仕方ない事と2人は割り切っている。そんな中、変わらず2人と接するディアベルやキリト、そしてキバオウらの姿を見て、誰も何も言わないでいるのだ。

 

 ハルカのパートナーであるキリト、2人に対し身の上など問題にならない程の存在価値を見出しているディアベルと比べると、やはりキバイウは少し毛色が違って見える。彼の髪型のセンスなどから察するに、キリュウやマジマのような“ 人種 ”に憧憬を抱くタイプなのだろうと2人は考えていた。彼等が子分や弟分にした中には、そうした経緯で極道世界に足を踏み入れた者も少なくない。

 

 ともあれ、彼等にしてみれば子分のような人間がいる事は悪くない事柄である。予定を済ませたら、すぐに彼等の後を追おうと考え、街の奥へと進もうとした。

 

 

 

 

 

  キイイィィィン………

 

 

 

 

 

 丁度その時、とある効果音が2人の耳に入った。それは、転移門が起動する音だ。

 

 音に気付いた2人が見れば、青い光が集まって起動しているのが解る。初の転移門の活性化(アクティベート) 以来、はじまりの街から一歩も出る事のなかったプレイヤーも、気分転換に2層へ訪れる者が日に日に増えていた。今回も、そういった類だろうと2人は考えていた。

 

 

 

 

 

 しかし、その転移して来る人物を見た瞬間、2人は気付く。

 

 

 

 

 

 その雰囲気は、決して“ 楽しみ ”といった感情がない事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SS(サイドストーリー):闇の暗躍・龍の章 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出て来たのは、4人のプレイヤーだった。

 

 

 最初に出て来たのは、女性プレイヤーだ。年齢は20代前半ほど。艶やかな濃い茶髪を、後ろで三つ編みにして、サイドを長く大目に残している。そして、何より印象に残ったのは眼鏡を掛けていた事だ。見た目は、学校に必ず1人はいるだろう、委員長か図書委員という雰囲気だった。腰には一振りの片手剣が下げられている。

 

 彼女に続くように、更に3人のプレイヤーが姿を現す。光と共に出て来た姿は、最初の女性に比べ、かなり小さいものであった。

 詳細を述べると、少年が2人、少女が1人という構成だ。そのいずれもが、おそらく中学にも入っていないだろう、幼さが目立つ年代である。

 

 全員 揃って、初期装備でいるという点は共通していた。

 

 

 

「ここが、2層の主街区……」

 

 

 

 眼鏡の女性プレイヤーが呟きながら、辺りを見渡す。その仕草は、街を眺めると言うより、何かを探しているように見えた。

 

 

 

「早く、アイツ(・・・)を見付けないと……!」

 

「でも、情報も何もないのに、どこを探せば……」

 

「誰か、見た人がいれば良いんだけど……」

 

 

 

 続いて、3人の子供達も同じく辺りを見渡しながら各々言葉を紡ぐ。その声色からは、焦りや恐怖といった色が滲み出ているように思えてならない何かがあった。

 

 

 そして、両者の距離は さほど離れていない事もあり、4人の声もキリュウとマジマにはハッキリと聞こえていた。

 

 

 

「………マジマの兄さん」

 

「皆まで言うなや。行くで、キリュウちゃん」

 

「あぁ」

 

 

 

 決して、只事ではない。

 

 即座に そう悟った2人は、多く語る事はせず、行動する。

 

 

 

 

 

「ちょっと、良いか?」

 

 

「え……?」

 

 

 

 キリュウは まず、眼鏡を掛けた女性に話し掛けた。対する女性の方は、初対面の、それも かなりの強面の男が2人も やって来た事に少なくない警戒心を示す。それも止むを得ない反応だと割り切り、キリュウは波風を立てないように話を続ける。

 

 

 

「すまない。たまたま、お前達の事を見掛けたんだが、何だか様子が おかしいと思ってな。ちょっと気になって声を掛けたんだ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 

 女性は拒絶の反応こそしなかったが、それでも まだ警戒心は残っているようで、相槌は何とも微妙なものだった。キリュウは疑り深いと思う一方、見ず知らずの男に、ましてや自分が相手では こんなものかと自嘲気味に思う。

 

 

 

「おいオッサン!! 良い年齢(とし)してナンパなんかしてんじゃねぇよ! 先生も俺達もヒマじゃねぇんだから!!」

 

「お、おい、よせって!!」

 

 

 

 すると横から、見るからに活発そうな男の子がキリュウに対し女性を庇うように口を挟んで来た。女性と共に やって来た少年の1人だ。どうも、キリュウの事を女性を口説こうとしている不届き者と見なしているらしい。その大きな目も、純粋なまでの敵意で一杯だった。

 おそらく友達だろう、もう一方の細目で大人しそうな男の子は攻撃的な言葉を ぶつける行為を制止させようとする。比較的 冷静な性格のようだが、同時にキリュウとマジマに対し相応の畏怖を抱いているのが解る。下手に刺激して、暴力にでも訴えられたら どうしようかという顔だった。

 

 

 

(むぅ……こうも警戒心が強いと……)

 

 

 

 こういう時、無駄に威圧感の強い自分の顔が疎ましくなる。役に立つ事もあるが、堅気になってからは煩わしく思う事も しばしばである。

 どうするかとマジマも頭を掻きながら考えていると、2人に近寄る者がいた。男の子と一緒にいた、長い おさげに額を大きく出した髪型の少女である。

 

 

 

「ちょっと待って。あの、オジサン達もしかして、《 攻略組 》の人……?」

 

「ん? そうだが……」

 

 

 

 キリュウが その問いを肯定すると、女性や男の子2人が大きく目を開かせた。

 2人の やり取りを聞いて、活発そうな少年と細目の少年も記憶を呼び起こしたように目を見開かせる。

 

 

 

「あっ、思い出した! オジサン確か、3日前に はじまりの街で喋ってた……!」

 

「!! そ、そうだ……確か、名前はキリュウっていう……!」

 

 

 

 その言葉に、キリュウとマジマは こくりと頷く。

 

 

 

「あぁ、そのキリュウだ。ちなみに、こっちはマジマという」

 

「ヒッヒ。思い出したんか? あん時、随分 派手にやってた思うんやけどな?」

 

「こ、攻略組の2人……まさか、こんな所で会えるなんて……っ」

 

 

 

 強い警戒心が一転、2人に向ける目が見る見る内に驚きと好奇、喜色へと変わっていく。まるで有名芸能人に街中で遭遇したかの如くだった。

 

 

 

「た、大変 失礼いたしました!! まさか、攻略組の人の顔を忘れるなんて……!」

 

 

 

 眼鏡の女性が、真っ先に深々と頭を下げて謝罪する。

 キリュウもマジマも見覚えがない事から、彼女は おそらく前線には出ていないプレイヤーなのだろう。そんな彼女からすれば、攻略組は時の人にも等しい存在のはずだ。そんな彼等を忘れていたとはいえ不審者扱いしてしまったのだから、軽く混乱状態になるのも無理からぬ事だった。

 

 

 

「気にしないでくれ。俺達が いきなり話し掛けたのも悪かった」

 

「せやせや。キリュウちゃんの顔、怖かったやろぉ? 警戒するんも しゃあないっちゅうもんや」

 

「おい。顔が怖いのは認めるが、アンタにだけは言われたくねぇよ」

 

「おぉ? そうかぁ。イヒヒ」

 

 

「……ふふ」

 

 

 

 2人の息の合った軽いコントのような やり取りを聞いて、女性も その表情を柔らかいものへと変えていく。良い具合に緊張も解れた様子である。それを確認できて、キリュウも一安心といった風に笑みを溢した。

 話を切り出すなら今と、女性に問い掛ける。

 

 

 

「それで、話を戻すが……何やら只ならぬ雰囲気を感じたが、何かあったのか?」

 

「!! そうでした! 私達、人を探してるんです!!」

 

「人を……?」

 

「はい。厳密には、“ 1人の子供 ”を、何ですけど……」

 

「……詳しく聞かせて貰おうやないか」

 

「頼めるか?」

 

 

 

 数回 言葉を交わしただけでも、やはり事態は只事でない事が解ったキリュウとマジマ。2人は更に、女性に対して詳細を求める。

 

 女性は首肯した後、自己紹介から入った。

 

 

 

「まずは、私の名前から。私はサーシャ(Sasha)と申します」

 

 

「俺はギン(Ginn)!!」

 

「僕はケイン(Kain)です」

 

「私はミナ(Mina)。よろしく」

 

 

 

 お辞儀をする眼鏡の女性 ―――――― サーシャに続き、子供達も自分の名前を名乗った。

 

 活発な少年がギン、細目の少年がケイン、おさげの少女がミナである。

 

 

 

「そうか。改めて、俺はキリュウだ」

 

「マジマや。ま、よろしく頼むわ」

 

「それで、サーシャ。1人の子供を探していると言ったな、一体 何が起こったんだ?」

 

「はい……えぇと、どこから話したら良いか……」

 

 

 

 

 

 しばし考えた後、サーシャは これまでの経緯(いきさつ)を語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーシャは、第1層攻略前からベータテスターらにレクチャーを受ける、初心者組(ルーキー)の1人である。

 持ち前の責任感の強さから死の恐怖も徐々に乗り越え、現在は攻略組への加入も視野に入れる程であった。

 

 

 そんな ある日、彼女に1つの転機が訪れる。

 

 

 それは、街で買い物を済ませ宿屋に戻ろうとした帰り道での事だった。

 とある路地に差し掛かった時、何やら揉めている様子の人影を見掛けたのだ。見れば、20代と思われる痩せ型の男性プレイヤーが、小さい子供3人に詰め寄っていた。

 

 その3人こそ、他でもないギン、ケイン、ミナであった。

 

 男性プレイヤーは並ならぬ剣幕で捲し立て、子供達は固まり合って震えているのが見えた。唯一の女の子であるミナは、その時すでに涙を浮かべていた程だった。

 彼女(サーシャ)は、生来の子供好きの性分だった。現実では、いずれ教師になろうと大学で教職課程を専攻していた位であり、故に どんな事情があったにせよ、大の大人が小さい子供を泣かせるという行為は見過ごせるものではなかった。

 

 故にサーシャは即座に両者の間に割って入り、仲裁を試みた。

 突然の乱入者に両者は一時 困惑するものの、互いに事情を説明する。

 聞けば、男性プレイヤーが道を歩いていたら、曲がり角から飛び出して来たミナと ぶつかったらしい。ミナは即座に謝ったものの、抑制された生活を強制させられている現状に対し、鬱屈した感情を溜め込んでいた男は、それでも怒りが治まらず彼女に執拗に詰め寄った。それを、ギンとケインが庇い、今に至るとの事。

 

 互いの事情を聴いて、サーシャは冷静に自分の考えを述べた。

 確かに発端となった非は子供側にあるとはいえ、当人は即座に謝っている。にも かかわらず、必要以上に責める男の やり方は賛同できるものではないと。いくら、今の生活に不満が溜まっていたとはいえ、やって良い事と悪い事があると、彼女は自分なりの意見を述べた。

 

 最終的に自分に問題があるというサーシャの言葉に、男は明らかに不満げな納得のいかない顔をするが、その時になると道行く他のプレイヤーからも好奇の目で晒される事態へとなっていた。そんな視線の中で色々と耐えられなくなった男は、そのまま逃げるように立ち去って行った。

 

 結局、男の方は謝罪を述べなかった事に不満が残ったものの、とりあえず問題は解決した事に ほっとするサーシャ。

 

 その時、彼女の体に しがみ付く者がいた。他ならぬミナである。自分と、ギンとケインという友達を救ってくれた彼女にミナは感謝を述べながら、張り詰めていた緊張の糸が一気に切れたのように怖かったなどと言いながら、わんわんと泣き始めたのだった。

 

 

 

 サーシャは、そんな小さな体を、そっと抱きしめてあげた。

 

 

 

 その後、サーシャは宿屋の自分の部屋に3人を招いた後、それぞれから事情を聴いた。

 

 3人は、現実では同じ小学校の同級生であり、普段から3人で遊ぶ事が多いと言う。

 それを聞いた時、まずサーシャは3人を注意した。

 と言うのも、『 ソードアート・オンライン(SAO) 』の年齢制限(レイティング)は13歳以上なのだ。それなのに、3人は それを破ってプレイを始めた。いくら元は純粋なゲームに過ぎなかったとはいえ、決して褒められる事ではないと、教師を目指す血潮が そうさせたのだ。結果的に、デスゲームに巻き込まれる原因となってしまった事を既に自覚していた3人は、深く反省した。

 

 とはいえ今更 強く責める必要もないとサーシャが述べたところで、ミナが ある事を言い出した。聞けば、3人のように年齢制限を破ってSAOに入った小学生が、少なくとも10人以上はいるという。頼れる大人もいない子供達が、自然と集まり合って ひっそりと暮らしていると。

 それを聞いた瞬間、居ても立ってもいられなくなったサーシャは、すぐに彼等の ねぐらへと案内させた。

 そうして3人に案内され着いた先は、広い街の中でも特に入り組んだ通路の裏側といった所。

 

 

 

 そこへ足を踏み入れ ―――――― 彼女は、言葉を失った。

 

 

 

 そこの物置小屋のような所に、少年少女達が集まり合って入っていた。

 

 明らかに人数分には足りない広さの中で、すし詰めの如き状態で寝転がっている子供達。その姿は さながら、戦争などで家や家族を失った難民に等しいものだった。

 

 そして、やって来たサーシャを見詰める多くの瞳には、子供に本来 宿っているはずの眩い程の輝きが、まるでないように彼女は感じ取った。

 

 

 彼女は、涙を流した。

 

 

 家へ帰れなくなった子供達に。

 

 

 親に会えなくなった子供達に。

 

 

 歳相応に甘えようという感情すらも失ったかのような子供達に。

 

 

 

 

 

 そして ―――――― 涙を拭ったサーシャは、彼等を全て引き取ろうと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そんな事が……」

 

「………胸くその悪いこっちゃ……」

 

 

 

 サーシャの話を聞き終えて、キリュウは掛けるべき言葉が見付からない気持ちだった。

 まさか、自分達が前線で戦っている間に、そのような出来事があったとはと。このSAOは、元は純粋なゲームとして発売された物。ならば、そういった子供達が大勢いる可能性も考えるべきだったのだ。なまじ、シリカやユウキという自ら最前線へ赴く子供もいたばかりに、そういった考えに及ばなかったのは不覚だと、キリュウは自分の至らなさを恥じた。

 マジマも、甘え盛り、遊び盛りの子供が そのような状態を強いられていたという事実に、彼等に対して同情の念を強く抱くと共に、元凶(茅場)に対して抑え難い怒りを覚えていた。

 

 

 

「……大変だったんだな。辛かったろう」

 

 

 

 サーシャの話を聞いて過去の感情が甦ったのか、辛そうな表情を浮かべる子供達。その中で、最も近い距離にいたギンの頭を、キリュウは優しく撫でた。幼子にするような仕草に、ギンは最初は軽い抵抗を見せるが、その大きく無骨ながらも、温かく優しく包む手の感覚に悪い感情は抱かず、すぐに為すがままな様子を見せる。

 

 

 

「ん………だけど、先生が俺達の面倒を見てくれるようになってからは、そんなのは感じなくなったよ!」

 

「うん。毎日、みんなの分のご飯を買って来てくれたり、宿屋の部屋も用意してくれたり」

 

「サーシャ先生は、私達の女神さまなの!!」

 

「ちょ、ちょっと、みんな……!」

 

 

 

 ギンもケインもミナも、口々にサーシャに対する感謝の言葉を紡ぐ。その表情と声色からは、少し前まで鬱屈した生活を強いられていた子供達とは思えない程の明るい感情が溢れていた。

 自分に感謝してくれるのは嬉しいが、よりにもよって第三者の、加えて本人の目の前での行為に、サーシャは喜び以上に気恥ずかしさが出て来た。

 

 見るからに微笑ましい光景ではあるが、今は優先すべき事柄があったのを思い出す。

 

 

 

「それで、話を戻すが……いなくなった子供と言うのは、その保護した中の1人か?」

 

「あ、はい! 男の子で、名前はシンタロー(Shintarou)と言います」

 

「シンタロー……どんな子だ?」

 

 

 

 その名に、どこか懐かしい響きを覚えながら更に詳細を尋ねる。

 

 

 

「はい。保護した中でも特に幼い子で、年齢(とし)も まだ10歳なんです」

 

「10歳!? そらまた、えらいチビッ子やなのぅ。ったく、親の顔が見てみたいで……」

 

「あはは……でも接してて解ったんですけど、今時の子供にしては、とても聞き分けの良い子なんです。ちょっと内気な所はありますが、お遣い なんかも手伝ってくれて……多分ゲームに関しては、ちょっとした出来心だったんだと思います」

 

「そんな子が、どうして急にいなくなったりしたんだ?」

 

 

 

 軽く話を聞く限りでも、その子が軽はずみな行動を取るような人間とは考えにくい。キリュウもマジマも同じ考えに至り、そしてサーシャも また疑問しか浮かばないのだろう。首を横に振って不安に満ちた表情を見せる。

 

 

 

「……解りません。ただ、第1層が攻略された直後辺りから、ちょっと様子が おかしかったんです。口数も極端に減って……私も それとなく聞いたんですけど、何でもないの一点張りだったんで、向こうから話してくれるまで待とうと考えたんですが……」

 

「その結果、みんなの前から姿を消したと……」

 

 

 

 こくり、とサーシャは頷く。その沈痛な面持ちからは、そのシンタロー少年の事を ちゃんと見る事が出来なかった事への後悔が滲み出ていた。

 

 

 

「……事情は大体 解った。それで、お前達が ここに来たという事は、そのシンタローという奴もここに?」

 

「おそらくは。姿を消したのに気付いたのは、少し前の事です。みんなで手分けして、はじまりの街で聞き込みをした結果、小さな子供が1人で転移門を潜るのを見たと言う人がいたんです」

 

「そいつに、間違いはないんやな?」

 

「シンタロー君は寒がりで、普段から“ 赤い手袋 ”をしていました。目撃者によると、門を潜った子供も同じ手袋をしていたとの事なので、たぶん間違いないと思います」

 

「成程のぅ」

 

「ふむ」

 

 

 

 名前、背格好、特徴を聞き、記憶に入れ(インプットし)た。

 

 

 そしてキリュウとマジマは、決意と共に行動に移す。

 

 

 

「よし……マジマの兄さん、行こう(・・・)

 

「まぁ、しゃあないなぁ」

 

 

「!! それじゃあ……っ」

 

 

 

 2人が醸し出す雰囲気と言葉の意味を察したサーシャが、瞠目する。

 

 

 

「俺達も、そいつを探すのに協力しよう。探す人数は多い方が良いだろう」

 

「あ……ありがとうございます!! 何とお礼を言ったら良いか……!!」

 

「礼やったら、そのシンタローを見付けてからや。今は まだ早いっちゅうもんやで」

 

「は、はい!」

 

 

 

 自分が言うまでもなく協力を申し出た2人に礼を言うサーシャ。3人の子供達も眩しいまでの笑みで喜びを表現していた。

 同時に、サーシャはマジマの言葉に気を引き締め直し、改めて決意を新たにする。

 

 

 

「とにかく、まずは聞き込みからだ。このウルバスも相当に広い、無暗に探し回っても時間が掛かるだけだろう」

 

「せやな。とにかく手分けして探すで。通り掛かった人間、この際NPCでもえぇ、見掛けた奴がおらんか聞いて回るんや」

 

「「「「 はい!! 」」」」

 

「よし、行くぞ!」

 

 

 

 そうして、キリュウの一声の下 ―――――― 急遽 結成された《 シンタロー捜索隊 》は、それぞれウルバスの道路へと散って行った。

 

 

 

 

 

 必ず見付ける――――――おのおのが、そう強い決意を誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 主街区・ウルバス  南東3区 】

 

 

 

 

 

 皆と別れてから、およそ10分あまり。

 

 

 キリュウは、子供が通りそうな道や店などを思い付く限り見て回り、通り掛かったプレイヤーやNPCにも聞いて回った。

 しかし結果は芳しくなく、プレイヤーもNPCも そのような人影は見た記憶、記録はないと返答した。最初の内はアサガオを営んで来た経験などから、すぐにでも見付けてみせるという自信に満ちていたが、空振りを繰り返す内に それも徐々に萎んで来ていた。勿論、諦めるつもりなど毛頭なかったが。

 

 

 

(くそっ………思ったいたよりも手応えがねぇ……拙いな……)

 

 

 

 しかし時間と共に、少なからず焦りと不安が増して来ていた。

 というのも、キリュウには今回のシンタローの失踪が、ただの家出の類とは どうにも思えなかったからだ。

 ただでさえ、特に小さな子供にとってはSAOは未知の世界であり、ちょっと見知らぬ所へ行くだけでも危険が付き纏うような所だ。そんな中で、特に大人しい子であるはずのシンタローが誰にも行き先を告げずに消えるというのが、どうにも腑に落ちなかったのだ。

 

 

 

(………俺の、考え過ぎなら良いんだが……)

 

 

 

 これまでの人生経験から、普段からは想像できない行動をする人間は、決まって良くない結果を導き出す傾向にある事を感じていた。今回の失踪事件も、何やら裏があるように思えてならない。

 それが思い過ごしであってほしいと願いつつも、キリュウは万一の“ 可能性 ”を思い浮かべながら、道を進んで行く。

 

 

 

 

 

「―――――― おぉ、キリュウさん じゃあないですかの?」

 

 

「ん?」

 

 

 

 そんな中、不意にキリュウを呼ぶ声が聞こえる。

 キリュウが声のした方を見ると、そこには腰に片手用 直剣を佩いた1人の男性プレイヤーが手を上げて振りながら立っていた。

 

 

 

「おぉ、ウルフギャング(Wolfgang's)か。久し振りだな」

 

 

「キリュウさんも、お変わりないようで安心じゃよ」

 

 

 

 それは、第1層で共に戦ったメンバーの1人である、ウルフギャングというプレイヤーだった。180に近い長身に、中々に筋肉質な肉体、そして揉み上げと合わさった豊かな顎髭に、腰まで届きそうな茶髪のロングヘアという出で立ち。まさに、(ウルフ)を彷彿とさせる名前通りの人物であった。

 第1層を攻略した後はエギルなどと行動する事が多く、今も前線解放に勤しむ戦闘面でも頼れるプレイヤーである。

 

 

 

「今日は、エギル達と一緒じゃないのか?」

 

「はい。今日は ちょっと気分転換をしようと思いましての、それで単独行動ですじゃ」

 

「また、例の“ あれ ”か?」

 

「ハハハ! まぁ、そんなとこじゃよ」

 

 

 

 キリュウが言う“ あれ ”とは、彼の好物と名前の由来に関係する。

 

 彼は大の肉好きであり、彼曰く全国の焼肉、ステーキ店を練り歩き、更には海外にまで何度も足を運ぶ程だと言う。彼の名前(プレイヤーネーム)も、アメリカで名声を誇り、日本にも進出を果たしている有名ステーキ店に(あやか)ってのものだ。

 SAOに来てからは、しばらく寂しい食生活を送っていたものの、第2層に突入して初めて肉料理を口にすると、生来の肉好きの血が再び滾り始めたのだと言う。その為、暇を見付けては溜め込んだ(コル)を第2層でのレストランなどに注ぎ込んでいるのだ。

 

 ちなみに余談だが、初めて肉料理を攻略組に振る舞ってくれたハルカには多大な恩義を感じており、現在は彼も料理スキルを会得していた。

 そして、ゆくゆくは この2層でステーキハウスをオープンさせ、その御客の第1号をハルカに定めているのだと言う。その親代わりと言うべきキリュウに対しても、様々な意味で敬意を表していたのだ。

 

 

 

「ところで、キリュウさんは お1人で何を?」

 

「! そうだ、ウルフギャング。お前にも聞きたい事がある」

 

「と、言いますと?」

 

「実は、今とある子供を探していてな」

 

「子供、じゃと……?」

 

 

 

 何やら只事ならぬ雰囲気を感じ取ったウルフギャングは、その表情を神妙なものに変える。ただの肉好きの男から、戦士としての一面を表に出した鋭い気配である。

 

 

 

「俺も、詳しい事は よく解っていない。第1層で とある人物に保護されていたシンタローというが、今朝になって突然 姿を消したらしい。それで、目撃者によると転移門を使って消えたとの事だ」

 

「成程……今、転移門で移動できるのは此処、ウルバスのみ。であれば、その子供が ここに来たという事は自明の理じゃ、と」

 

「そういう事だ。年齢(とし)は10歳、身長も そんなに高くなく、平均的な服装に赤い手袋をしていたとの事だ。何か、心当たりはないか?」

 

「ふぅむ………」

 

 

 

 キリュウに尋ねられ、ウルフギャングは自慢の顎髭を弄りながら記憶を掘り返していく。

 そして、小さく唸り続ける事10秒足らず。ウルフギャングは衝撃を浮けたかのように目を大きく開かせた。

 

 

 

「!!……そうじゃ、思い出したぞ!!」

 

「っ! 何を思い出した?」

 

「その子供、確か見た記憶があるんじゃよ!」

 

「何っ、本当か!?」

 

 

 

 思い掛けない言葉に、キリュウは驚きと喜びを禁じ得なかった。念を押して尋ねるキリュウの言葉に、ウルフギャングは首肯で答える。

 

 

 

 更にウルフギャングは、詳細を語る。

 

 

 

 

 

 今から1時間ほど前。

 この日は、単身での行動を決めたウルフギャングは、レベリングとマッピング、資金集めを目的にフィールドへと繰り出していた。そして、2時間ほどの行動を終え、ウルバスへ戻った時の事だった。

 岩山を くり抜いて建てられた門を潜って街へ入った時、彼と すれ違う小さな影を目撃したのだ。遠ざかっていく小さな背中を よく見れば、このSAOでは珍しいと言える小さなプレイヤーである事が解った。

 そして そのまま、その小さな影は門を潜って行ってしまったのだと言う。

 

 

 

 

 

「……それで、それがシンタローに間違いないのか?」

 

「うむ。確かに その子供は、両手に赤い手袋をはめておったのじゃよ。おそらく、その子に間違いはない。ただ……」

 

「ただ、何だ?」

 

「……よくよく思い出してみれば、その子……武器の類を身に着けていなかった(・・・・・・・・・・・・・・・)ような……」

 

「なっ……!? まさか……!!」

 

「いや、間違いない。そのシンタローなる少年、武器は何も装備しておらんかった」

 

 

 

 それは、驚天動地とも言うべき内容だった。

 今や このSAOで、絶対 安全と言えるべき場所は街の中のみ。一歩 外へ踏み出せば、そこからは其処彼処に“ 死 ”が転がっている修羅道である。そんな事、たとえ攻略組でなくとも、プレイヤーならば誰もが知っている常識のはずだ。にも かかわらず、シンタローは武器を装備しないまま街を出たのだと言う。

 

 

 

「一体、何が どうなってるんだ……?」

 

 

 

 ウルフギャングが嘘を言うとは思えないが、それ以上にキリュウにとって信じ難い内容だ。

 サーシャや仲間に黙って姿を消した事といい、武器も装備せずに街を出た事といい、不可解な事が多過ぎた。いくら考えても、納得のいく答えは出て来なかった。

 

 

 

「……考えても埒が明かねぇ。とにかく、今から後を追うしかない」

 

「それならば、ワシもお供しますじゃ!」

 

「良いのか?」

 

「人の命、ましてや子供の命が懸かっているとなれば、食事などと言っている場合ではないですじゃ!!」

 

「……解った。恩に着る!」

 

 

 

 心強い同行者を得たキリュウは、早速 行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 10:42  蹄の音が鳴り響く荒原 】

 

 

 

 

 

 その後、ウルフギャングを仲間に迎えたキリュウは、メッセージでマジマとサーシャに連絡を取り、シンタローが出て行ったと言う街の西門へと集合した。

 

 すぐにでも向かうと言うキリュウ、マジマらだが、ここで ちょっとした問題が起こった。

 他ならぬサーシャと、それにギン、ケイン、ミナまでもが共に行くと言い出した事だ。確かに、彼女達に とっては大事な仲間の生死に関わる事だけに、そう言い出すのは人情とも言うべきものだ。

 

 

 だが、何よりも留意すべき点があった ―――――― 彼女達のレベルである。

 

 

 サーシャは第1層でレクチャーを受けている身として、現在6という、そこそこのレベルを持っていた。ボス格などだと危険な数値だが、雑魚なら注意していれば戦えなくもないものだった。

 

 だが、子供達は別だった。いずれも最近になってレベリングを始めた面子ばかりで、3人の中で最も高いギンでさえも現在2と、2層のフィールドを行くには あまりにも心許ない数値だったのだ。

 それ故に、子供達だけでも街で待機するよう言ったのだが、彼等は頑なに同行すると言って聞かなかった。確実に命に関わる事だけに、キリュウもウルフギャングも、勿論サーシャとて正論をもって説得したが、彼等は頑として引かなかった。その大きな瞳には、論理的な考えや損得など微塵も含まない、純粋なまでの強さが宿っていたのだ。

 

 

 結局、説得する時間も惜しいと判断し、止むを得ず子供達も同行させる運びとなったのだ。

 

 

 

 

 

「うおおおおおっ!!!」

 

 

 

「ブモオオオッ!!?」

 

 

 

「でえええいやっ!!!」

 

 

 

「ブギュウウウッ!!!!」

 

 

 

「うらああああっ!!!」

 

 

 

「ブオオオオオッ!!!!」

 

 

 

 キリュウ、マジマ、そしてウルフギャングの攻略組きっての実力者3名が、先陣を切って先を進む。

 立ちはだかるように湧出(ポップ)、あるいは迫って来るレイジング・ブルも、3人の前には大きな脅威 足りえなかった。斬撃、体術、そしてソードスキルの錆となり、いずれも瞬く間に光と共に砕け散って行く。

 

 

 

「サーシャ、それに皆も、怪我はないな?」

 

「は、はい! 大丈夫です!!」

 

 

「すっげぇ……メチャクチャかっこいい!!」

 

「これが、攻略組の力……!」

 

「はぁ~……!」

 

 

 

 キリュウらから少し後方が、サーシャを始めとする面々の現在の定位置となっている。2層を行く上で、最低限のレベルも満足に得られていない面子を同行させるには、とにかく現れる敵を率先して引き付け、短時間の内に倒すしかない。

 

 サーシャも右手に片手直剣、左手には普段は あまり使わないという木製の盾を装備している。彼女の役割は いざという時の子供達の盾役である。子供達も それぞれ武装はしているが、レベル差を考えれば気休め程度でしかない。

 

 その為、キリュウはギン、マジマはミナ、ウルフギャングはケインと それぞれパーティを組み、パーティの経験値の分配機能を利用して進んでいる。敵とのレベル差もあり、子供達は それぞれ既にレベルを1から2ほど上げていた。

 

 ちょっとでも気を抜けば自分達の(HP)が奪われる状況であるというのに、子供達は初めて目の当たりにする攻略組の戦いぶりを見て、思い思いに興奮を覚えていた。こんな状況でも目を輝かせる逞しさは、ある意味 頼もしいとキリュウらは笑みを溢す他ない。

 

 

 

「それにしても、シンタローは どこまで行ったんだ……?」

 

「それなりに、街からも離れて来とるんじゃが……」

 

「こらぁ、もっと奥の方に行ったっちゅう事かのぅ……」

 

 

 

 その中でも、懸案のシンタローの姿は見えないままだ。キリュウらの索敵スキルにも それらしい反応はない。

 既に最初の安全エリアは過ぎている。予想の1つでは そこで避難しているものと考えていたが、彼は更に奥へ行った事になる。

 サーシャによれば、シンタローのレベルの初期値のままらしい。もし、彼がモンスターに一撃でも喰らえば、それは紛れもなく致命傷となってしまう。皆の不安は大きくなるばかりだった。

 

 

 

「サーシャ、フレンドリストに変化(・・)は?」

 

「……いいえ、ありません。相変わらず《 拒否モード 》のままです」

 

「そうか………」

 

 

 

 サーシャは子供達を保護した際、すぐに連絡が取れるようにと全ての子供達とフレンド設定を行なっていた。姿を消した際、サーシャは最初に その確認を行なったのだが、それは意味を為さなかった。

 

 フレンド設定の中には、携帯電話のように相手の着信等を拒否する機能が備わっている。そうする事で、メッセージは送れず、相手の居場所も表示される事はなくなる。もっとも、設定こそ出来るものの そうする位なら相手との設定を解除する事の方が一般的であり、その機能を用いるプレイヤーは少ない。あくまで、あるだけマシといった程度の細かい機能である。

 

 だが、今回シンタローは それを用いてサーシャやギン達との連絡設定をオフにしていた。それが ますます、彼がやろうとしている事の意味を図りかねる要因となっていたのだ。

 ただ、その お蔭と言うべきか、フレンド設定 自体は切れていない為にシンタローの無事が確認できる事は不幸中の幸いであった。つまり、彼は上手く敵を撒いて先へ進んだという事だろう。

 

 

 

「もう、街へ戻ったという可能性はないですかの? いかに子供と言っても、さすがにレベル差を考えれば そうすると思うんじゃが……」

 

「……確かにな。だが、そうじゃないかもしれない」

 

 

 

 ウルフギャングの言う可能性も、確かに否定は出来ない。既にシンタローは引き返して、ウルバスか はじまりの街に戻っている可能性もなきにしはあらずだ。

 

 だが、キリュウやマジマには それは違うという、根拠はないが妙な確信があった。

 

 

 長年の経験から来る、嫌な胸騒ぎは未だ治まらないからだ。

 

 

 

「もう少し、奥へ進んでみよう。いるかどうか決めるのは、それからでも遅くはないだろう」

 

「……そうじゃの」

 

「よっしゃ、行くで。お前ら、ちゃ~んと付いて来いやぁ!!」

 

 

「「「「 は、はい!! 」」」」

 

 

 

 まだ決断するには早過ぎると判断し、7人は更に先へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからも、出くわす敵を蹴散らしつつ、フィールドをかける7人。

 目を凝らし、耳を澄ませ、スキルも十二分に駆使しながら、少しの見落としもないようにしながら慎重に歩を進めて行く。

 

 

 

 

 

 そして、街を出て40分 近くが経とうとしていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か ―――――― 誰かぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 これまでとは、明らかに違う“ 声 ”を聞いたのは。

 

 

 そう、声だ。

 ここに来るまでに飽きるほど聞いたモンスターの咆哮でも断末魔でもない、れっきとした人の声であった。しかも、その声色は少し特殊だった。明らかに、幼い年頃の声であったからだ。

 

 

 そして それを聞いた瞬間、サーシャ、ギン、ケイン、ミナの表情が一変した。

 

 

 

「あの声はっ!!」

 

「シンタロー!?」

 

「シンタロー君よ!!」

 

 

 

 3人の言葉と表情に、キリュウら3人にも緊張が走る。

 

 

 

「間違いないか!?」

 

「はい! 間違いありません、シンタロー君の声です!!」

 

「急ぐぞ!!」

 

 

 

 当人を知るメンバー全員の言葉だ、万に一つも間違いはないだろう。

 無事であった事に安堵を覚えながら、キリュウを先頭に声の方角へ全速力で駆け出して行く。ステータスの関係で速度で大きく劣るサーシャ達も、必死にキリュウら攻略組に追従する。

 

 そして30秒弱ほどの時間を走り、キリュウやマジマの索敵スキルが複数の反応を見付けた。

 

 

 

 近い ―――――― そう思いながら更に先を進み、遂に彼等は“ それ ”を視認した。

 

 

 

 

 

 

「誰か…… ―――――― 誰か助けてぇッ!!!」

 

 

 

 

 

 そこは、フィールドの とある一角。

 

 周囲が そうであるように、草木は あまり生えず、渇いた土や岩がゴロゴロ転がっている所だ。

 

 その中で、大きさが異なる岩が複数 寄り集まったオブジェのような物がある。高さ的には、高身長の男性くらいの大きさだ。

 

 

 その岩の上(・・・・・)から、小学生くらいの少年が助けを求め叫んでいたのである。

 

 

 

「「シンタロー君!!」」

 

 

「「シンタロー!!」」

 

 

 

 その姿を目に移した刹那、サーシャと子供達が弾けるように その名を叫んだ。

 

 

 すぐにでも駆け寄って、手を伸ばし、その身を優しく抱き留めてあげたかった。

 

 

 

 しかし、それは叶わない。何故なら ――――――

 

 

 

 

 

「ブモオオオオッ!!!!」

 

 

「ブルルルッ……!!」

 

 

「ブルゥッ……!!」

 

 

 

 

 

 シンタローがいる岩を取り囲むように、3体のレイジングブルが存在していたからだ。

 既に3匹とも興奮状態に入ったような様子で、岩の上にいるシンタローを睨み付けながら(いなな)き、そして吼えている。

 おそらく、フィールドを歩いていたシンタローが運悪く連続して出くわし、成す術なく逃げ回った末に岩へと上ったのだろう。上った岩の形状が複数の岩が連なって階段状になっていた為に、未強化のシンタローでも上る事が出来たのが不幸中の幸いであった。

 

 

 

「ブモオッ!!!!」

 

 

「ひいいっ!!!」

 

 

 

 そして、そのシンタローを突き落とすつもりなのか、レイジングブルは その巨体を活かして岩に体当たりを仕掛けていた。

 その岩は不死属性でない様子で、その筋肉から繰り出される勢いが直接的(ダイレクト)に伝わっている様子が見て取れた。

 そして、激突により生じる衝撃、揺れに、シンタローは弱々しい悲鳴を上げながら しがみ付くしかなかった。放っておけば、バランスを崩して落ちるか、岩の耐久値が削られて落ちるかの二択しかないであろう事は、火を見るより明らかだった。

 

 

 そして そうなれば、レベル1でしかない彼は、呆気なく その(HP)を奪われる事になる。

 

 

 

 

 

「―――――― させるか!!」

 

 

 

 キリュウは あらゆる可能性を瞬時に悟り、そんな事はさせまいと憤った。腰の曲刀(ファルミディウム)を抜き、即座に臨戦態勢を整える。

 

 

 

「いくでぇ~っ!!!」

 

 

 

 マジマとて、その思いは同じ。得物である短剣(ロングダガー)を抜き、キリュウ以上とすら言える程の戦意を全身に漲らせる。

 

 

 

「あの子を救うんじゃ!!!」

 

 

 

 2人に遅れてはならぬとばかりに、ウルフギャングも片手直剣(アニールブレード)を抜く。その心意気は、2人にも劣らぬ強いものであった。

 

 そんな3人の力強い姿に しばし見入っていたサーシャは すぐに自分も加勢しようとした。

 

 

 

「サーシャは ここにいろ」

 

「っ! で、でも……!」

 

 

 

 しかし、それを制するようにキリュウが告げた。

 まるで自分が足手纏いだと言われたように感じ、サーシャは自分が思った以上に強く反応した。

 それも決して間違いではないだろう。彼女のレベルは3人よりも大きく劣る上、連携とてやった事はない。そもそも実戦経験自体、絶対的に不足しているのだ。無暗に数を増やしても、かえって場が混乱するのは自明の理であろう。

 それでも、彼女は1人の大人として、シンタローを引き取った人間として、自分も加わるべきだという考えは捨てられなかった。

 

 

 

「もし、万が一 俺達がモンスターの取り逃がして、それがギン達に向かったら どうする? 

 

 そうなった場合、誰が皆を守るんだ?」

 

 

「っ……!!」

 

 

「……安心しろ。俺達が、必ず あの子を守る!!」

 

 

 

 自分が残る意味、そしてキリュウが語る言葉の頼もしさは、サーシャを納得させるのに充分なものであった。

 未だ申し訳ない気持ちは残るものの、自分がしたい事と すべき事の区別はすべきだと自分に言い聞かせ、サーシャは こくりと頷く。

 

 

 

「……シンタロー君を、お願いします!!」

 

 

「「「 応!!! 」」」

 

 

 

 真摯な、そして切実な言葉に対し、キリュウ達は強く答える。

 

 

 必ずや、その想いに応えると強く誓い ―――――― 男達は、一斉に駆け始める。

 

 

 

 

 

「いくぞおおおおおおおっ!!!!!」

 

 

 

「でええええええええいっ!!!!!」

 

 

 

「うおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 攻略組の中でも実力派の3人による突撃。

 

 その勢い、威圧感は、数十人単位の働きにも匹敵するだろう凄まじさがあった。

 

 そして、相手が普通の獣なら、その尋常ならざる咆哮に反応するところだろうが、未だ最下層レベルの強さでしかないレイジングブルは1匹とて反応を見せる様子はない。

 見た目に反して動物的でない その様子に内心 呆れつつも、3人は むしろ好機であると定め、勢いを落とす事なく距離を縮めて行く。

 

 

 やがて、レイジングブル達も ようやく反応を示し始める。

 

 

 

 だが ――――――――― それは あまりにも遅過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

「どおおおおおりゃああああッ!!!!!」

 

 

 

「ブモオオオオッ!!!??」

 

 

 

 

 

 既に、火蓋は切って落とされたからだ。

 

 

 

 キリュウを先頭に、それぞれ不意討ちは成功。攻略組が先手を取る形で戦闘が始める。

 

 各々が1匹ずつ自分に攻撃目標(タゲ)を取らせ、マジマ、ウルフギャングが動いて距離を取らせる。これで、互いに過度に密集する形はなくなり、各自が思い思いに戦闘に集中できる態勢が出来上がった。

 

 これは、事前に細かく決め合っていた訳ではなく、各自が一瞬 目を向け合うだけで自然と そうなったのだ。僅か半月程度とはいえ、絶え間ない戦闘経験で培った連携の賜物である。

 

 

 

 

 

 サーシャ、そして子供達が見守る中、それぞれの対峙が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 ウルフギャング VS レイジングブルC 】

 

 

 

 

 

「ブモオオオオオッ!!!!」

 

 

 

 しばし睨み合っていた両者だが、程なくしてレイジングブルCから動いた。

 盛り上がる程の筋肉に包まれている巨体ながら、その速度は侮り難いものがあった。まして、対峙する者からすれば視界が遮られる程の巨体が猛スピードで突っ込んで来る様は、視覚的にも心理的にも圧迫が強いと言わざるを得ない。

 

 

 

「っ! ―――――― そこじゃ!!」

 

 

 

 だが、それは“ 初心者(しろうと)なら ”の話だ。

 

 

 彼は ―――――― 攻略組に属するウルフギャングという男は、既に“ その枠 ”からは逸している。

 未だに恐怖はあろう。しかし、それに体を縛られるという事は既にない。冷静に相手との距離を計り、そしてタイミングを見計らって突進を避ける。彼の見た目通りと言うべきか、その動きは若干 大袈裟ではあるが、決して無駄だらけという訳でもない。変わった体勢を即座に立て直すと、そのまま足腰に力を籠めて背後を見せた相手に向かう。

 

 

 

「でぇい!! はぁっ!! ふぅんぬっ!!!」

 

 

 

 そして これまた、豪快と言うべき太刀筋でアニールブレードを縦に横にと振るっていく。死角からの攻撃にレイジングブルは為す術なく攻撃を受け続け、あっと言う間にHPの3割近くを失っていた。

 

 そのHPの残り残量を見て、ウルフギャングは攻撃を中断してバックステップで後退。再び相手との距離を取る。

 

 足を止めた後、姿勢を低くして片手で剣を構える。その構え(モーション)を読み取ったシステムが、アニールブレードに水晶の如きペールブルーの輝きを宿し始める。

 対して、レイジングブルは既に体の向きをウルフギャングの方へと変え終えていた。幾度も尻に攻撃を受けた為か、先程よりも強い興奮を覚えている様子だ。相応のヘイトが溜まっているに違いない。鼻息を荒くし、今すぐにでも再び突進を見舞おうかという様相であった。

 

 

 だが、その対応は余りにも遅過ぎた。

 

 

 

 

 

「 たああああああああっ!!!!!! 」

 

 

 

 

 

 レイジングブルが反撃を行なう前に、ウルフギャングの攻撃(ソードスキル)の充填が完了したからだ。

 刃に宿る輝きが最高潮に達した瞬間、彼は その名前()に相応しい雄叫びを猛々しく上げ、片手用突進ソードスキル・《 レイジスパイク 》を放った。

 システムのアシストも付与された凄まじい突きは、瞬く間に距離を詰め、その刃をレイジングブルの鼻先に深々と突き刺した。

 悲鳴を上げるレイジングブル。弱点という事、そしてアニールブレードの攻撃力等もあって、見る見るHPの色を減少させる。

 

 

 そして、やがて ――――――――― それは完全に底を尽いた。

 

 

 

 

 

 硝子が砕ける音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 その場に立つのはウルフギャング、ただ1人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 マジマ VS レイジングブルB 】

 

 

 

 

 

 ウルフギャングが戦っていた頃と同時刻。

 

 

 少し離れた所では、レイジングブルの1匹とマジマが相対していた。

 

 

 

「ブモォッ!!!」

 

 

「よっ!!」

 

 

 

 レイジングブルの頭突きを、マジマは全く危なげなく躱していく。

 その動きも、手を地面に着ける事なく側転するという、体操選手も顔負けなものだ。タイミングも完璧であり、まさに達人めいた動きと言える。

 しかも、それだけでは終わらない。避けるついでの駄賃とばかりに、軽く短剣を振るい、相手の首筋に攻撃を行なっているのだ。回避を重点にしている為に威力こそ小さいが、その太刀筋も狙う個所も的確過ぎる程の精度であり、攻防一体とも言える見事な技量であった。

 

 

 

うらうらうらうらぁ!!! 鈍いのぅ、鈍過ぎて欠伸(あくび)が出るでぇ!!!」

 

 

 

 そして体勢を立て直したマジマは、即座に相手の反撃が来ないのを見るや、攻撃重視に移った。

 顔を重点的に狙い、目や鼻は勿論の事、頬も口も額も ありとあらゆる所を絶え間なく斬り裂いていく。その勢いと速さは、まさに鎌鼬の暴風とでも言うべきものだった。レイジングブルは まるで逃げるタイミングを掴めず、ただ されるがままに顔中に赤い傷痕(エフェクト)を走らされるばかりである。

 

 

 そうして、僅かな間に20回は斬っただろうか。

 レイジングブルの顔は斬られに斬られた事で傷痕(エフェクト)だらけ。マジマに対峙した敵が高確率で晒される姿である。AIの処理も追い着かない様子で、おぼつかない足取りの上に鼻息も不自然になっている。

 

 

 ここまでが、相手(レイジングブル)の限界 ―――――― 悟ったマジマは、一瞬 笑みを消す。

 

 

 

 

 

「アホくさ……それじゃあ ―――――― そろそろ仕舞いにしよかあっ!!!

 

 

 

 

 

 これで仕舞いにすると定め、再び(おぞ)ましいまでの笑みを浮かべて突貫する。

 

 

 

 

 

「ウラアアッ!!!」

 

 

「ブゴォ?!」

 

 

 

 短距離走の選手や忍者も()くやというスピードで迫ると、勢いを落とさず全体重、全筋力値、そして体術スキルの恩恵である威力を籠めた前蹴りを、レイジングブルに ぶつける。

 若干 細目に見える体に見合わない程の脚力から来る蹴りで、HPが大きく削れ、レイジングブルの首が激しく揺れる。まるで首が圧し折れたかと思える程に動いた首は、そのまま背後にあった岩に激突し、跳ねる。それによって、更にHPが減少する。

 

 

 

「まだまだやあっ!!」

 

 

 

 しかし、まだマジマの攻撃は止まらない。

 

 攻撃を受けて怯んでいる隙に再び接近し、レイジングブルの角を両手で掴んだのだ。

 

 

 そして、掴んだ頭部を後ろへ引き ―――――― 勢い良く岩へと叩き付けた。

 

 

 その挙動は鐘突きを彷彿させるものだが、実際に見ると そんな古式ゆかしいものでは断じてない。

 

 これは、マジマが現実で得意とする喧嘩殺法(ヒートアクション)《 壁クラッシュ 》の発展型と言えるものだ。

 

 ポリゴンで形成されたモンスターとはいえ、見た目には生きた牛である相手の頭を、情け容赦なく硬い岩に、更に幾度も執拗に叩き付ける様は、その勢いや音も相まって痛々しい事この上ない。

 素早さと残虐性(えげつなさ)を兼ね備えた、喧嘩師スタイルならではの攻撃である。

 

 まさかの攻撃にAIも対処法が浮かばない様子で、苦悶の声を上げながらも為すがままだ。顔面が岩に ぶつけられる度にHPの色は削られ、既に半分近くだった(グリーン)半数以下(イエロー)へ変わり、そして遂に危険値(レッド)へと変化していった。

 

 

 そして、存分に攻撃を終えたところでマジマは ようやく その手を放す。

 

 更なる負荷が掛かったのか、レイジングブルに体勢を立て直そうという挙動は見られない。目線も定まらず、朦朧とした様子だ。

 

 

 

 そんな、隙だらけの姿を ――――――――― 狂犬(マジマ)は見逃さない。

 

 

 

 

 

 

  ザンッ…

 

 

 

 

 

 

 地面から湧き上がるように走る閃き。

 

 

 

 閃きはレイジングブルの首筋を走り、光が止まった先ではマジマに握られた短剣が輝いている。

 

 

 

 短剣用ソードスキル・《 アセンド 》という、下から上へ振り上げる攻撃が、相手の弱点を寸分違わず斬り裂いたのだ。

 

 

 初心者は おろか並のプレイヤーさえも及ばないであろう、あまりにも無駄のない その動きは、まるで暗殺者、あるいは命を刈り取る死神さながらだった。

 

 

 

 

 何よりも恐ろしく感じるのは ―――――― マジマの顔に浮かぶ感情が希薄過ぎる事だ。

 

 

 

 

 理由は至極単純 ―――――― 今回の敵が、自分に対して全く沸き立つ感情を与えなかったからだ。

 

 

 

 有態(ありてい)に言えば、弱過ぎたのである。

 

 

 

 より強い相手との死闘を欲すマジマにとって、今回の戦いは あまりにも味気なさすぎるものだった。

 

 

 

 

 

 それ故に、無に帰していく青白いポリゴンを見ても、彼には何ら感じるものはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 キリュウ VS レイジングブルA 】

 

 

 

 

 

 更に、別の地点での同時刻。

 

 キリュウの戦闘も、他の面々と同じくレイジングブルの注意を引き付け、シンタローから引き離しす事から始めた。

 基本に忠実なウルフギャングの戦い方を見れば解る通り、相手の突進攻撃は最大の攻撃であるが、同時に最大の隙を晒す攻撃でもある。なので、それを上手く避けて背後を取るのが、この敵のセオリーな攻略法と言えるだろう。

 

 

 

「うおおおおおっ!!!!!」

 

 

 

 だが、既にキリュウはレベリングの際に幾度も同種の敵と戦闘を重ねている。中には1人で2、3体の敵と戦い勝利した経験もある。ましてや今のような1対1なら、もはやセオリー通りの戦法などは遠回りに感じる程だった。

 

 故に、キリュウは真っ先に突貫を開始する。

 人が人なら、その行動は慢心から来る無謀な行動であると思うだろう。彼の実力を さほど理解できていないサーシャ達が、今この瞬間まさに思った事だ。

 

 だが、彼の事を よく知っているマジマやウルフギャングは、傍目で その行動を見た瞬間、笑みを溢した。

 

 

 理由は至極 単純。

 

 

 確信しているからだ ―――――― (キリュウ)が、この程度の敵に不覚を取るはずがないと。

 

 

 

「ブオオッ!!!」

 

 

 

 そして両者の距離が互いの間合いに入った瞬間、レイジングブルが先手の頭突きを行なう。

 威力を犠牲にする代わりにスピードに特化した その攻撃は、先手としても牽制としても充分な働きを持つものだった。この敵に対しての生半可な接近戦は、この攻撃がある故に難しい所があり、故に攻撃後の隙が大きい突進攻撃後を狙う戦法がセオリーとなるのだ。

 

 

 

「ふっ!! おらあっ!!!」

 

 

 

 だが、それは飽く迄も“ 一般の人間(プレイヤー) ”を対象とした話。

 

 最早、戦い慣れしているという次元すらも超えているキリュウにとっては、あまりにも緩慢な動きでしかなかった。

 経験で培った眼力で相手の目や体の動きで行動を読み取ると、全く危なげなく攻撃を躱したのである。そして、完全に躱し切った瞬間に体を捻るように振るい、曲刀の柄の先でレイジングブルの側頭部を強打する。HPを大きく削る威力こそないが、比較的 柔らかい部位を打ち付けられた事で、相手は苦悶の声と共に大きな隙が生じる。

 

 そして それこそ、更なる攻撃のチャンスに他ならなかった。

 

 

 

「おおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 

 

 柄先での攻撃から反射するように回転すると、その勢いのまま刃でレイジングブルの顔面を真一文字に斬り裂く。頬や目、鼻といった多くの箇所を斬り裂かれて怯み、反射的に下がろうとするレイジングブルだが、キリュウは決して逃しはしない。

 

 振り被った腕を止めると、手首を捻って返し、更なる連撃を加えて行く。先程の攻撃に比べ威力は少ないが、逆に隙も かなり少ない攻撃は例外なく相手の顔を中心に深く喰い込み、見る見る内にHPを削っていく。

 

 そして4、5回 斬ったところで、締めとばかりに より強い全身の力を籠めた一撃を加える。そして、キリュウは一旦 攻撃を中断し、距離を置く。

 

 その時点で、既にレイジングブルのHPは3割強の色を失っていた。

 僅かに昂った呼吸を一旦 落ち着かせながら、キリュウは微塵の油断も見せずに相手に注意を向け続ける。

 とはいえ、既に幾度も戦った相手である。完全とは言えないだろうが、行動パターンも概ね把握している。ボスやネームドモンスターのような残り体力によって行動が変わる事は、ザコでしかないレイジングブルには無い。現に、わざと攻撃を誘うように時間を置いているが、未だ反撃らしい反撃をしようという意思すら感じられない程だ。

 

 

 ならば ―――――― これ以上の時間は無用。

 

 

 

「これで……決める!!」

 

 

 

 意を決したキリュウは最後の攻撃と再び気を昂らせ、力強く地を蹴った。

 

 

 マジマ程ではないが、それでも現在のレベルとパラメーターからすれば驚異的な瞬間速度を出しつつ、瞬く間に距離を詰める。あまりの速さに、レイジングブルは まるで反応する間も見出せずにいた。

 

 

 

「てえええぇいやあっ!!!!!」

 

 

 

 そして、距離とタイミングを見計らって再び大地を強く蹴って飛び跳ねると、それは空中にて跳び膝蹴りへと昇華する。充分過ぎる速度と重さ、更に絶妙なタイミングでの実行によって、それは深々と相手の顎下に突き刺さる。

 もし人間だったなら下顎や歯を砕き、頭蓋骨や脳にも甚大な被害が出るだろう一撃。更に体術スキルの効果とキリュウ本人の技量も相まって、凄まじい威力を生み出していた。悲鳴を上げながら、レイジングブルは その巨体を大きく仰け反らせて近くの岩へと激突する。

 とはいえ、やはりソードスキルに比べれば一撃の威力は小さいと言わざるを得ない。そこは曲がりなりにも武器ありきのシステム故だろう。

 だが、そんな事はキリュウとて百も承知である。先の攻撃は、あくまで隙を無理矢理 作り出す為の行動。

 

 

 “ 本命 ”は、その隙が生じた今まさに放つのだ。

 

 

 跳び膝蹴りを見舞って着地した後、相手の動きが止まっている事を確認したキリュウは、間髪入れず次の行動に移る。

 

 

 この行動の“ 速さ ”こそ、喧嘩の経験を活かした戦法の大きな利点である。

 

 強制的な硬直時間があるソードスキルに頼るだけでは、決して実現できない動きだ。

 

 

 

 兵法で言うならば“ 兵は拙速(神速)を尊ぶ ”であろう。

 

 

 

 そして十二分に速度が増した所で、キリュウは高く飛び跳ねる。

 

 

 両脚を使った力強い跳躍は人1人を優に飛び越える程の高さに達し、その最中にキリュウは曲刀を両手で持ち、頭上に掲げる。

 

 

 その時になって、平静を取り戻したレイジングブルは自身の視界(ビジョン)に、大きな影が覆い被さっている事を知る。

 

 

 見上げた先に、恐ろしいまでに険しい表情を浮かべ、雄叫びを上げながら刃を掲げる大男。

 

 

 

 

 このモンスターに相応の感情があるのなら、この瞬間、きっと浮かべただろう

 

 

 

 

 

 

  ―――――――――――― 恐怖を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 うおおおあああああっ!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る、一瞬の閃き。

 

 

 

 

 

 

 それを感じた刹那、レイジングブルの視界は ―――――― 大きくズレる(・・・)

 

 

 

 

 

 

 2つに分かれた(・・・・・・・)巨体は悲鳴すらも上げる事なく、呆気なく消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、終わっちまった………」

 

「早過ぎる………」

 

「凄い………」

 

 

 

 遠目で事の成り行きを見守っていたサーシャと子供達が溢すように呟く。

 

 時間にして、僅か数分足らず。

 その短時間の間に繰り広げられた戦いは、圧倒的と言う他ないものであった。自分達では、戦って勝つ事は おろか、防戦すらも碌に出来ないであろうレベルの敵を相手にしての大立ち回りだ。

 

 特に、キリュウとマジマの戦いぶりは常軌を逸していると言って良い。ウルフギャングも相当な腕前だが、あくまでの基本的な動きや剣技(ソードスキル)を上手く使う“ いちプレイヤー ”としての範疇に留まる印象だ。

 

 だが、キリュウとマジマは違う。剣を振るう鋭さといい、足腰の動きの機敏さといい、反応速度の速さといい、全てが桁違いだと印象付けられるものだった。全くの素人、ましてや子供さえも そう思えるのだから、尋常ならざるものなのは間違いない。

 

 映画などでしか見た事のないような常人離れした動きを見て、子供達は見るからに目を輝かせている。サーシャも、言葉さえも出ない程の衝撃を受けていた。

 

 

 

(これが《 攻略組 》の……中でも中心と言われる人の力……!)

 

 

 

 レクチャーを受ける傍ら、彼等の前線での働きの数々を聞いてきた。

 直接 見た者が語る経験談から、本当なのか怪しいレベルの眉唾臭い噂話まで千差万別だったが、その中でも特に話題に上る事が多いのがキリュウとマジマだ。

 

 曰く、パラメーターの限界を超えた能力を発揮するだの、たった1人で(いち)パーティー分以上の戦果を叩き出すだの、聞いた当初は さすがに それは誇張が大きいだろうという見解を示していた。

 

 だが、それは紛れもなく真実だった。

 

 誇張でも虚偽でも何でもなく、噂の内容は嘘偽りのない、真実であったのだ。

 

 実際に彼等の戦いぶりを見て、サーシャは それを確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイジングブル3体との戦闘を終えて十数分後。

 

 

 キリュウら一行は、街に戻る道中にある安全エリアの1つへと入った。

 

 そのキリュウの背には、小さな子供がいた。誰あろう、シンタローである。

 

 

 戦闘後、すぐさま全員で彼の安否を確認したところ、岩の上で気を失っている姿を確認した。どうやら、極度の緊張の糸が切れて意識が飛んでしまったらしい。

 取りあえず、無事を確認して一安心した一行。そして すぐ、いつまでも この場にいるのは危険と判断し、場所を移す事にした。

 

 そうして やって来たのが、この安全エリアだ。

 

 

 

「ここで良いか。下すぞ、ウルフギャング」

 

「了解ですじゃ。よっと……」

 

 

 

 エリア内に入り、すぐ近くに腰掛けるのに丁度良い平らな岩を見たキリュウは そこに近付いて腰を下ろす。

 そして、背中に負っていたシンタローを そっと岩場に寝かせた。

 

 小さな子供とはいえ、未だプレイヤー1人を背負うにはパラメーターが不足しているのが現状。その為、キリュウがシンタローを背負い、それをウルフギャングが支える形を取って ここまで来たのだ。

 無論、やむを得ないとはいえ危険な行為ではあったが、マジマの護衛もあって何とか この安全エリアまで来る事が出来たのだ。

 

 

 

「シンタロー君………」

 

 

 

 心配そうに名前を呟くミナの表情は、この上なく不安気なものだった。

 こうなった直接的な理由は未だ解らず、自分よりも小さな子が危険な目に遭って横になっているという現実が、彼女の心を否応なく蝕むのだ。

 

 

 

「大丈夫だよ。気を失ってるだけだって、キリュウさんもいってたろ?」

 

「すぐ、目を覚ますよ」

 

「うん………」

 

 

 

 そんな彼女を少しでも元気付けようと、ギンとケインが前向きな言葉を送る。そんな彼等も、きっと自分と同じく不安な気持ちであろう事に気付いているミナは、それでも不安な気持ちを必死に押し込め精一杯の頷きを見せる。

 小さな体に見合わない程の強い心を見て、サーシャは大人の自分が負けてはならないと自らを奮い立たせ、彼等の肩を優しく包み込む。

 

 

 彼等の心温まる姿を見守りながらも、男3人は用心の為に周囲の警戒を怠らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぅ……」

 

 

 

 それから、更に10分近くが経った頃だった。

 

 誰1人として声を発さず、風の音だけが流れていた中に、小さな変化が起きたのだ。

 

 

 シンタローの眉が、僅かに動いた。

 

 見守っていたミナが真っ先に気付いた刹那、その小さな口も動き、同時に声が漏れたのだ。虫の声とさえ言えそうな程にか細いものだったが、それは紛れもなく彼自身の声だと、共に過ごして来たサーシャと子供達は確信していた。

 

 安全エリア内が、にわかに騒がしくなる。

 反射的に揺すって気付かせようとしたギンを、ケインとミナが制止させる。代わりにサーシャがシンタローの肩を軽く叩きながら、声を掛ける。ひび割れた物の欠片さえも落とさないような優しい手付きで、そして母が我が子に掛けるような穏やかな、それでいて心配する色を宿らせた声で、その名を呼ぶ。

 

 

 

「シンタロー君……シンタロー君……っ」

 

 

 

 

 

「………ぅう………あ、あれ……?」

 

 

 

 

 

 かくして、彼女らの想いが通じたのか。

 

 

 程なく、閉じたままだった瞳が、ゆっくりと開いた。

 

 

 

 誰からともなく、声を漏らす。

 それは、歓喜の声だ。

 

 

 にわかに、エリア内に活気が宿る。

 良かった、安心したと口々に言うサーシャら面々を尻目に、状況が理解できていないのだろう。当のシンタロー少年はキョロキョロと首を回して、必死に現状把握を試みている様子が見て取れた。

 

 

 

「シンタロー君。私よ、解る?」

 

「サーシャ、先生……?」

 

「そうよ。良かった……間に合って、本当に良かった……っ」

 

 

 

 恐怖のあまり自我に後遺症でも残っていないか不安だったが、どうやら心配はないでろう事が解ると、今になって感極まったようで、サーシャは瞳から零れ出す涙を抑える事が出来なかった。

 

 

 

「えっ……!? 先生、何で泣いてるの!?」

 

「バカヤロー!! お前がバカな事するからだろー!!」

 

「えぇ!?」

 

「ギン、抑えて抑えて」

 

 

 

 そして、未だ自分の前後を思い出せない中での恩師の涙に、シンタローは目を丸くして狼狽えた。それをギンが咎め、ケインが宥め賺せる。そんな2人の様子に、ますます混乱する。これでは千日手も良いところである。

 

 

 

「シンタロー君、落ち着いて」

 

 

 

 そこで前に出たのが、ミナであった。

 

 

 

「あ……ミナお姉ちゃん……」

 

「うん、ミナお姉ちゃんだよ。まずは落ち着いて、今まで何をしてたのか、思い出してみて」

 

「う、うん」

 

 

 

 ミナの優しい言葉遣いに、ようやく安堵したように心を落ち着かせる。その表情には、心なしか一種の憧れに近いものも垣間見えるようだった。どうやら、他の面々以上に心を開ける存在らしい。

 そして彼女に言われた通り、自分が ここまで至って経緯を思い出そうと、俯きながら目を閉じ、記憶を掘り起こしていく。

 

 

 

「あ…………」

 

 

 

 やがて、“ それ ”が脳裏に浮かんだのだろう。

 

 

 シンタローの表情が、驚きから見る見る内に蒼白へと変化していく。

 体も震え出すのを見て、サーシャが その体を抱く。女性特有の柔らかさと温かさに包まれ、震えも程なく止まったようだった。

 

 

 

「大丈夫、大丈夫よ。ここには もう、シンタロー君に危害を加える存在はいないわ」

 

「ぅん………」

 

「怖かったよね……ごめんね、シンタロー君」

 

 

 

 状況を飲み込ませる為とはいえ、再び恐怖を呼び起こさせる事に罪悪感を抱いたミナは、彼の頭を撫でながら心から謝罪する。そんな彼女に怒りなど一切 抱いていないシンタローはサーシャの胸の中で首を振って、そんな事はないと伝えた。

 

 

 

「でも、どうして こんな事をしたの? みんなが、どれだけ心配したか解ってるの?」

 

「ごめんなさい……」

 

「一体、何があったの……?」

 

 

 

 責めたい訳ではない。けれども、自分も含め、多くの人間に心配を掛け、無関係の人まで巻き込む結果になったのは事実だ。

 保護者として、教師を目指す者として、何より一人の大人として、彼には“ けじめ ”を付けさせなければならない。

 彼女の強い道徳観が一時だけ自らを心を鬼にし、事態が ここまで至った経緯を問うた。

 

 

 サーシャの問いに、シンタローは何も答えなかった。

 正確に言えば、何かを言おうとはした。しかし、言えば より強い叱責があるとでも考えたのだろう、口を僅かにパクパクさせるだけで何も言えず、更に真っ直ぐ向けられる視線にも耐えかねたように、視線も落ち着かない様子だった。

 サーシャとしては、シンタローが何の理由もなく今回のような馬鹿な真似をするとは思えていない。それは、ギンら子供達も同様だ。

 あまり強く問い詰めたくはないが、シンタローの非を少しでも軽減させたい意味でも是が非でも理由を聞かねばなからかった。

 

 

 

「………?」

 

「ん?」

 

「おじさん達……誰……?」

 

 

 

 視線を周りに向けた事で、シンタローは ようやくキリュウらの存在に気付いた。

 見知らぬ大人の男性、それも揃いも揃って強面とあって、その声や表情には警戒心が滲み出ていた。

 

 

 

「怪しい(モン)じゃない。俺はキリュウという」

 

「マジマや」

 

「ウルフギャングじゃよ。よろしくの」

 

 

 

 相手は小さい子供、何よりも大変な目に遭ったばかりの身である。向けられる警戒心を少しでも和らいでもらおうと、声色も表情も出来る限りの柔らかさを試みていた。

 しかし それでも、元々の顔面凶器の鋭さは覆い切れないようで、シンタローが3人に向ける表情も、かえって訝しさが増したように感じる。

 

 

 

「おいシンタロー! キリュウさん達はな、お前を助けてくれた命の恩人なんだぞ!?」

 

「え……!?」

 

「顔が怖いのは解るけど、真っ先にお礼を言うべきだろ!?」

 

「ゴ、ゴメンなさい……!」

 

 

 

 警戒心ばかりが強くなる様子を見て、ギンが見てられないとばかりに叱り付ける。彼にしてみれば、男として憧れる強さと男らしさを持つ3人に疑いの視線ばかりを向けられるのには我慢がならないのだろう。

 兄貴分と言うべき相手に そう言われれば、シンタローも素直に頷くしかない。慌ててキリュウらに対して深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

「よしよし。

 

 

 何たって、キリュウさん達は《 攻略組 》なんだからな。生意気は許さないぞ!!」

 

 

 

 

 

 今や、自分にとっては3人は憧れの、雲の上の存在とも言うべき存在。それが、ギンの思いである。

 だからこそ、少しでもキリュウらの事を尊敬させようという腹積もりで、誇らしげに そう言ったのだ。

 そこには、歳相応の見栄のようなものはあるが、純粋に彼等を慕っての言動である事に違いはなかった。

 

 

 

 

 

「……………え……?」

 

 

 

 

 

 だからこそ ―――――― ギンには理解が出来なかった。

 

 

 

 シンタローが ―――――― 顔を上げた彼の表情に、およそ“ 感情 ”と呼べるものが見当たらなかった事に。

 

 

 

「シンタロー……君?」

 

 

 

 まるで、心が凍り付いたような硬い表情。喜怒哀楽を形作る筋組織などが、ことごとく機能を失ったのかと言わんばかりの冷たさを感じさせていた。

 

 思いもよらぬ反応に、ギンは元より、サーシャやケイン、ミナ、そしてキリュウらも全く理解が及ばなかった。

 恐る恐るといった態で、サーシャが声を掛ける。何か、良くない事が起こるような予感めいたものを感じ、その声は心なしか震えているようにも思えた。

 その腸を掻き回されるような不快感は、その場の面々に伝播していく。

 

 

 

「―――――― っ!!」

 

 

「あっ!?」

 

 

 

 刹那 ―――――― シンタローは、弾けるように踵を返した。

 

 

 しかし、その意図を反射的に察したサーシャも慌てて それを追い、何とか安全エリアを出る前に捕まえる事が出来た。

 

 

 

「放して!! 放して先生っ!!!」

 

「落ち着いて!! 落ち着いてシンタロー君!!」

 

「おい、どうしたんだよ!?」

 

「やめるんだ、落ち着け!!」

 

「シンタロー君!!」

 

 

 

 保護者であり、恩人でもあるはずのサーシャの腕さえも、まるで纏わり付く蜘蛛の糸を払うかのように暴れるシンタロー。制止を呼びかける声にも、全く耳を傾ける様子がない。

 やむなく、サーシャとギンらが総出で引き留める事態になってしまった。

 まるで人が変わったかのような我武者羅な暴れぶりに、彼を知る誰もが混乱の極みにあった。

 

 

 

「はぁ…はぁ……一体どうしたの、シンタロー君?」

 

「…………っ」

 

 

 

 とはいえ、さすがに1対多では抵抗するのにも限界がある。やがて、シンタローの抵抗も弱まって来る。

 だが、彼の表情は未だ険しいままだ。

 

 

 

『……?』

 

 

 

 そして、その幼さには似合わない睨みは、ただ一転に向けられていた。

 

 

 そう――――――キリュウ、及びマジマとウルフギャング、攻略組の面々であった。

 

 

 

 

 

「……シンタロー君? どうしたの……一体、どうしたっていうの……?」

 

 

 

 

 

 その視線に気づいたサーシャは、訳が解らなかった。

 シンタローの行動の意味も、様子が急変した理由も、現在キリュウ達に向けている視線の原因も、何もかもが不可解だった。それは、子供達も同様である。

 

 

 

 

 

 しかしシンタローは、それ以上 何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 11:41  主街区・ウルバス 】

 

 

 

 

 

 結局、道中シンタローから何も聞けぬまま、街への帰路に就いた一行。

 攻略組の面々が武器を振るって道を開く後ろで、思い空気を漂わせて続く初心者組という、極めて異質なパーティーであったが、無事に街へ帰る事が出来た。

 

 そして極度の緊張とフィールドへの不慣れなどから来る疲れを考慮し、彼等は一旦 別れる事になった。

 

 

 

 

 

「すみません、お待たせしました」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 

 

 そして現在、人気の少ない路地裏で再びサーシャがキリュウ達と合流していた。

 

 

 その理由は、“ 事の顛末 ”を話す為である。

 

 

 

「それで、アイツから聞き出せたんか?」

 

「えぇ。ちょっと梃子摺りましたけど、何とか」

 

「それで、どういう事情だったんじゃ?」

 

「はい……」

 

 

 

 理由は解らないが、シンタローは攻略組であるキリュウ達に敵意を見せていた。それも、幼い身が出すには あまりにも不釣り合いとさえ言える程の強さの。

 

 ともあれ、あのままでは落ち着いて会話する事もままならない。その為キリュウとサーシャの2人が相談し、一旦 街へと戻ってから一旦 別れて、落ち着いてからサーシャがシンタローに事情を聴き出す事にしたのだ。

 

 事情が事情とはいえ回りくどい方法を取る事になったが、成果はあった様子である。

 

 

 サーシャは3人に対して話を始めた。

 

 

 

「……事の始まりは、第1層が攻略された直後だったそうです。

 はじまりの街でシンタロー君が1人でいた時に、1人の男性プレイヤーが話し掛けてきたと」

 

「男性プレイヤー? 誰だ、そいつは?」

 

「名前は、聞かなかったそうです。ただ本人は、“ 自分は攻略組の1人だ ”と名乗ったとか」

 

「……つまり、そいつが……」

 

「シンタローをハメた張本人、ちゅうワケやろなぁ」

 

 

 

 聞くからに、怪しさしかない存在である。

 容姿についても尋ねたが、頭に頭巾を被るなりしており、あまり特徴が読み取れなかったとの事。ただ、比較的 若い年齢なのは確からしい。

 ほとんど参考にならない証言であるが、さすがに顔を そのまま晒すような間抜けではなかったという事だろう。キリュウもマジマも さほど残念には思わなかった。

 

 

 

「それで、その男は具体的に、シンタローに何をしたんだ?」

 

「はい……それが、何とも言い難いものでして……」

 

「どういう事じゃ?」

 

「……ありていに言えば、シンタロー君に対して、ある事ない事を言って唆した(・・・・・・・・・・・・・)んです」

 

 

 

 そう言って、サーシャが告げた謎の男の手口は、キリュウ達にとっても驚くべきものだった。

 

 

 

「シンタロー君が言うには、その男性は とにかく話が上手で、他愛ない事でも すぐに盛り上がったそうです。最前線での戦いの様から、更には好きな漫画やタレントの話など、話の内容は それなりに広かったと」

 

「ほぅ……」

 

 

 

 その言葉に一際 反応を見せたのは、マジマだった。

 彼は これまでの経験から、口、話の上手さというものが如何に強いアドバンテージとなるかを熟知していた。単純な人間関係は勿論の事、仕事上での議題の進め方や交渉の円滑さ、更にマジマ個人の経験からすれば、所謂“ 夜の仕事 ”に分類される仕事は、何よりも会話する事で如何に人を楽しませられるかが問われると言っても過言ではないものだった。

 

 そして更に、その事が世間にとって正しい事ばかりに活かされるだけではない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)事も。

 

 

 

「そして、2人が徐々に打ち解けた頃に“ とある話 ”を切り出したそうです」

 

「話?」

 

 

「はい ―――――― “ 自分を、攻略組を助けてくれないか ”、と」

 

 

「?? ど、どういう意味じゃ、それは……?」

 

 

 

 唐突な話の展開に、ウルフギャングも首を捻るしかない。キリュウ達も同様であった。

 

 ただ、碌な話ではあるまい ―――――― それだけは、想像が出来た。

 

 

 

「……男は、こう言ったそうです。

 “ 2層のフィールドを攻略する中で、怪しいコンソールを発見した。そして それは、プレイヤーを寄せ付けない障壁で守られていた ”と」

 

「コンソール?」

 

「操作盤のような物の事でしょうな、おそらく」

 

 

 

 ウルフギャングは、補足するように語った。

 

 SAOは、1層1層が現実(リアル)の一区に匹敵する程の広さを持つ、広大なフィールドで構成されているゲームである。それはつまり、従来のゲームとは比較にならない程のデータ構成・情報量が必須となり、従来の やり方では その作成や管理は困難を極める。

 その為テスト時、アーガスは管理をしやすくする為に外側(リアル)だけではなく、内側(ゲーム内)でも管理が出来るよう、1層ごとに専用の操作盤を設置していたのだという。

 その様子はテスト時のアーガス公式のツイートで公開され、テストに受からなかったファンの想像と期待を膨らませた他、会社内の苦労話や小話で盛り上がっていたという。

 

 

 

「……それで?」

 

「はい。その男性は、色々試した結果レベルが低いプレイヤー程、その障壁からの影響が少ない事を突き止めたと。その為に、極端にレベルが低いプレイヤーを探している(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と、言ったそうです」

 

「………まさか……!」

 

 

 

 考えたくもない、しかし考え付いてしまった最悪の思考に、キリュウ達は戦慄する。

 

 

 

「……はい。その男は、あろう事かシンタロー君に、それを頼み込んだと言うんです」

 

 

「なっ……!?」

 

「……!」

 

「なんだと……!」

 

 

 

 そして、その懸念は的中した。

 考え得る中で、最悪とも言える真実に、3人は絶句するしかなかった。

 

 

 

「それで、シンタローは それを引き受けたっちゅうんかいな。怪しいとは思わんかったんか?」

 

「勿論、怪しんだし、随分と悩んだそうです。でも、上手く行けば外と連絡が取れるかもしれない。運が良ければ、全プレイヤーの解放にも繋がる可能性も捨て切れない。男から そう聞かされると、どうしても拒否し切れなかったと。それに……」

 

「それに、何だ?」

 

「……攻略組の皆さんには、言いたくはないのですが……1層が攻略されたと聞かされた時、子供達の中では反応が大きく2つに分かれていたんです。

 1つは、純粋に攻略が進んだ事を喜ぶ子達。もう1つは、肩透かしを覚えた子達……」

 

「肩透かしじゃと?」

 

 

 

 思いもよらないとばかりに、ウルフギャングが強く反応する。

 

 

 

「はい……どうも、1層が攻略されれば、外へ出られる手段も見付かると考えてた子が何人かいて。それで、単にゲームが進行しただけと解ると、その……肩を落とす子も少なからず……」

 

 

 

 サーシャは申し訳なさそうに、そう告げた。

 目の前にいる3人は、文字通り命懸けで先へ進む為の道を斬り拓いてくれた英雄達である。なのに、その行為を貶めるような発言をせざるを得ない事に、強い罪悪感を覚える。

 

 

 

「……つまりシンタローも、そうやったっちゅうワケやな」

 

「はい……特に彼は、人一倍 親への想いが強い子でした。だから、そういった思いも…………申し訳ありません!!」

 

 

 

 堪らなくなり、サーシャは深く頭を下げて詫びる。

 

 

 

「いや、良い。アンタが気に病む必要はない」

 

「でも……!」

 

「こればかりは、どうしようもなかった事だろう……」

 

 

 

 重ねて謝罪をしようとするサーシャを、キリュウは優しく受け止めるように制止させた。実際、気持ちは解るが彼女が謝る事は筋違いであるというのはマジマもウルフギャングも感じている事だった。

 

 キリュウら攻略組は、全体の士気を高め未来への展望を明るくする目論見をもって、大々的に攻略の情報を開示して行動して来た。そして それは、今のところ確かに想像通りの結果を齎したとも言える。

 

 だが その裏で、同時に思わぬ結果を招いた事に対する認識が低かった事を思い知らされた。

 言うまでもなく、人間とは個性も性格も千差万別。大多数の人間の中には、必ず少数派がいる事を考えるべきだったのだ。

 プレイヤーの中には未だ、現実を正確に把握できていない者も決して少なくはないだろう。いくら攻略組が率先して様々な情報を広げても、個人的な解釈で展望を甘く考る者は必ず出るのだ。

 

 今回の場合、全体の士気を盛り上げる為に大きく宣伝をした事が仇になったと言えるだろう。

 大きく宣伝して武勇伝を語ったものの、結果は単に最下層を突破しただけ。

 それを“ 大きな一歩だ ”と喜びを露わにする者も多かったが、同時に“ たったそれだけか ”と考えた者もいたという事だろう。

 

 そして、シンタローは後者だったという事だ。

 更に聞けば、シンタローがフレンドの受付を拒否していたのも、他のプレイヤーとの繋がりを絶っておけばシステムの干渉を小さく出来るかもしれないと例の男に言われた事、更に その事をサーシャに気付かれれば必ず止められ、怒られると思ったからだとも。

 つまり、既に その時には冷静な判断力は損なわれていたという事だろう。

 

 

 

「それにしても、その攻略組を騙った男……許せん奴じゃ!!」

 

「あぁ……虫唾が走るわ」

 

 

 

 ウルフギャング、そしてマジマは強い不快感と怒りを露わにする。キリュウも、言葉こそ出さなかったが、その拳を音が鳴る位に強く握り締めていた。

 

 言うまでもなく、その男が攻略組というのは真っ赤な嘘だ。

 攻略組内でコンソールを見付けて調査しているなどという情報は記憶にないし、もしあったとしても それを一部が独占するなど考え難い。何しろ、誰よりも先んじて情報屋の鼠のアルゴが2層の大半を踏破しているのだから。

 そして何より、その調査の為に戦闘力が皆無と言えるレベルのプレイヤー、ましてや何も知らない子供を利用しようとするなど、常軌を逸している。そのような人間、攻略組にはいるはずがないと3人は誓って言えた。

 

 

 

「でも、その人は どうして今回のような事を……?」

 

「……さぁな。考えたくもねぇ」

 

 

 

 サーシャの当然の疑問に、キリュウは吐き捨てるように言う。冷たい反応にも見えるが、彼女とて同じ思いである。故に、不快感は皆無である。

 

 実際、謎の男の行動は常識では考えられない、悪意に満ち満ちていた。

 何食わぬ顔で子供に近寄り、自分は攻略組だと、怪しい物を見付けたと平然と嘘を吐き。あまつさえ、シンタローの心の隙間を利用した。親に会いたい、今の地獄から脱出したい、皆を救いたいという、純粋な子供の気持ちを。

 

 単に、罪のない子供を手に掛ける事自体、決して許されない事だ。しかし今回、謎の男は虚言を弄し、人の心を操って間接的に命を弄んだという事実が、良識あるキリュウら大人達の怒りを更に増幅させていた。

 それ程の賢さがあるのなら、何故もっと真面な使い方が出来ないのか。ただでさえ人々が悲しみの中で戦おうとしている中、どうして無意味に悲劇を生もうとしているのか。

 

 

 考えれば考える程、その男の行動原理が理解できず、ますます彼等の憤怒は高まるばかりだ。

 

 

 

「……キリュウさん、マジマさん。これ程の一大事、緊急会議を開いた方が良さそうですな」

 

「せやな。さすがに この俺でも看過できんわ」

 

「あぁ……」

 

 

 

 ウルフギャングの一際 神妙な言葉に、2人は強く頷く。

 その言葉には、義憤と呼べる感情が弾けんばかりに宿っているのが感じ取れた。

 

 

 相手が、何者かは解らない。

 だが、攻略を進めるメンバーの中に獅子身中の虫がいる可能性が急浮上して来た以上、情報は共有しなければならないだろう。

 

 

 人間の方が、何よりも恐ろしい ―――――― キリュウとマジマは誰よりも知っているから。

 

 

 

「サーシャの方からも、頼めるか?」

 

「はい。他の子供達、それに知り合いから注意を促すようにします」

 

「頼む」

 

 

 

 現状、最高レベルプレイヤーであるキリュウ達が攻略から外れる事は出来ない。まだまだ戦力的に人手が不足している以上、彼等が抜ければ攻略スピードそのものに影響が出る。

 その為、初心者組にまで手が回り切らない事に歯痒さを覚えるが、サーシャが その気持ちを汲んで強く意気込んで見せる。それを見て、彼らの不安も幾分かは和らいだ様子であった。

 

 

 

 

 

(誰が、どんなつもりなのかは知らねぇが……絶対に、思い通りにはさせねぇ!!)

 

 

 

(このクソ忙しい時に、つまらん事 考える奴が出おったな……きっちり落とし前付けんとなぁ!!)

 

 

 

 

 

 正体が知れぬ敵の存在。

 

 

 それは、自分と同じ人間(プレイヤー)であるという事実。

 

 

 

 それでも必ず相手の目論見は崩してみせると、キリュウ、マジマ強くは誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの、誇りに誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SS(サイドストーリー):闇の暗躍・龍の章  【 完 】 》

 

 

 

 

 

 

 






という訳で、更なるサイドストーリーとなりました。
この話は前後編のような形となっており、次回 後編となります。


今回、本編でもお馴染みのサーシャや子供達、そしてプログレッシブで登場した強いキャラクターの持ち主、ウルフギャングを登場させました。何か、彼って龍が如くの世界にいても違和感あまりなさそうですよね。


次回、更なる新キャラを登場させます。原作では お馴染みの、“ あのキャラ ”が登場しますので、どうかお楽しみに!!



《 余談 》


『 龍が如く極2 』、始動!! 

いやはや、来るか来ると思ってましたが、遂に来ました! KIWAMIの第2弾!! 
嬉しいですねぇ。実は筆者が初めてプレイしたゲームが『 2 』でして。元々、姉がプレイしたいと言って買ったゲームなんですが、姉はアクション系が死ぬほど苦手で……(笑)それでやらなくなったのを、自分がプレイし、ハマったという塩梅です。

キャスト陣も一部 一新され、新たに生まれ変わった『 2 』、早くプレイしたいです。勿論、もう予約済みですよ。


ソードアート・オンラインも、来年は『 アリシゼーション編 』、更には『 オルタナティブ・ガンゲイル・オンライン 』のアニメ化!
いやぁ、こちらも飛躍が止まりませんね。劇場版の時からフラグがあったアリシゼーション、そして新作ゲームの舞台でもあるGGO外伝のアニメ化など、嬉しいニュースが目白押しです。


新作、新章の止まらない両作品。どこまで続いて行くのか、いちファンとして見守って行こうと思います。


では(・ω・)ノ



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