SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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どうも、作者の具足太師です。

遂に、当作品のお気に入り数が700を超えました! いつも、皆様の応援ありがとうございます。
これからも、どうか温かい目で見守って下さい。

では、本編をどうぞ。



『 ヒゲと体術と 』

 

 

 

 

 

 

 

 《 SAO事件 》発生から半月。

 

 

 現実(リアル)から隔絶された浮遊城・アインクラッドでは、大きな転換期を迎えていた。

 

 

 

 《 攻略組 》の発足。

 

 

 

 ゲーム内でHPを失えば現実でも死亡 ―――――― そんな恐怖を逸早く乗り越えた者達が、今後の攻略の為の組織を立ち上げたのだ。

 厳密には、現段階では正式に組織を立ち上げる方法が存在しない為、仮初 ―――――― 自称でしかないが、その行動は大きな意味を持っていた。

 人も獣も、生きる物は“ 強いもの ”に惹かれ集まるように、多くのプレイヤーにとって“ 強い ”存在となる攻略組の出現は、これまで街に籠るしかなかった大多数のプレイヤー達を奮い立たせた。

 

 当初は、マスティルを筆頭とする元テスター達にレクチャーを受ける人間は50人足らずであったが、転移門前での演説の直後から、爆発的に その人数を増やし始めた。

 

 今では、間もなく1000人に届こうかという所まで来ているという。

 

 攻略組からすれば、ある意味 嬉しい誤算とも言える快挙だった。あまりの増加に、マスティルもクラインも手が回り切らず悲鳴を上げる程だという。見かねたキリュウ達は、自分達も時間を作って助けようと考えた。

 

 

 

 攻略以上とも言える、目も回るような慌ただしさ。

 

 

 

 しかし それは、“ 生きる実感 ”を感じる事が出来る事も意味していた。

 

 

 

 

 

 プレイヤーは ―――――― 人は、人としての感情を徐々に取り戻しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 “ これ ”は、そんな中での一幕である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SS(サイドストーリー):ヒゲの秘密 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 2011年 11月22日  第2層:猛る雄牛が踏み締めし大地 】

 

 

 

 

 

 第2層は、1層と同じく平原が中心となった地形が多い。

 しかし、緑が豊富で穏やかな雰囲気が漂う1層とは異なり、2層は より野性味を増した地形だった。具体的に言えば、岩山が多く、草木もさほど高くない物が ほとんどで、茶色い地面が剥き出しになった大地も多い。言うなれば、赤道付近のサバンナ気候を思わせる、乾燥と熱帯が入り混じった雰囲気だ。実際、歩いてみると1層に比べて空気が乾いている感触を覚える。

 

 地形や気候が異なる ―――――― それは即ち、そこでの生息系(モンスター)も異なる事を意味していた。

 

 

 

 

 

「 ブモオォォォ――――――ッ!!!! 」

 

 

 

「キリュウさん、そっち行きました!!」

 

 

「おぉっ!!!」

 

 

 

 時刻は朝と正午の間頃。

 現在、キリトとキリュウが1対のモンスターと対峙していた。

 

 角を生やし、全身を赤茶色で彩られた屈強な4本足の肉体。レイジング・ブル(荒れ狂う雄牛) Lv11 》という、まさに名前通りの猛牛だ。体中が隆起した肉体を これでもかと奮わせ、4本の足で大地を蹴り縦横無尽に駆け回る。さながら、迎え撃つキリュウ達はアインクラッド内における闘牛士の如しだ。

 現実でも そうであるように、キリトとキリュウは まさに命を懸けて猛牛と戦っている。そこには、今更ながらスポーツのように相手を思いやる隙など存在しない。

 

 既に、2人の度重なる攻撃によってレイジング・ブルの体力は4割以下にまで減らされている。幾度も攻撃を受け、《 怒り 》という状態変化によって猛突進を開始したのだ。狙いは、真っ直ぐ行った先のキリュウだ。

 牛というカテゴリ、更に階層も重ねた事もあってか、その突進は似たような動きを持つフレンジーボアと比べても、勢いも迫力も上だと解るものだ。事実レベルも上がっているので、ザコとはいえ喰らえばダメージは大きいだろう。

 

 もっとも、喰らえば(・・・・)の話であるが。

 

 

 

「うらあっ!!!」

 

 

 

 相手の動きを既に見切っていたキリュウが、ソードスキル・《 リーバー 》で斬り掛かる。それは狙いを外す事無く相手の頭部に当たった。

 

 だが、キリュウの攻撃は それだけでは終わらなかった。

 

 それ(・・)を見た時、キリトは驚いた。《 リーバー 》は本来、すれ違う形で敵を斬る技だ。そうする事で攻撃後に互いに距離が生まれ、相手のHPが減り切らずとも技後の硬直が解けるまで反撃を受けずに済む。

 

 だが、キリュウの放った《 リーバー 》は違った。本来、弱点である首筋を狙うのではなく、レイジング・ブルの眉間に刃を突き立てるように放っていたのだ。つまり、技として本来 求められるタイミングよりも早く放ったのである。まさかキリュウに限ってと、彼の実力を良く知るキリトは信じられないような目で見た。

 

 だが、これこそキリュウの狙いだった。

 確かに技 本来のタイミングこそズレたが、技は しっかりと当たり、しかも眉間に深々と突き刺さった。現実なら脳にまで届くほどの重傷、否。致命傷だ。それによって相手の思考(AI)に大きな負荷が掛かり、レイジング・ブルは その動きを一時的に止めてしまった。

 

 それは、キリュウの技後の硬直を解くのには充分過ぎた。

 

 

 

「ふんっ!!」

 

 

 

 硬直から解き放たれたキリュウが、行動に出る。

 曲刀・《 ファルミディウム 》から右手を放し、瞬時に左手に持ち替えた。そして、空いた右手を刃の峰に添えたのだ。

 

 

 

 

 

「おらああああっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 そして、一喝と共に全身に力を入れて突進。喰い込んだ部分から、更に深々と裂傷を与えたのだ。その刃は眉間から首、肩へと続き、最後には尻も斬ってから振り切られた。

 この上ない裂傷(エフェクト)を加えられたレイジング・ブルのHPは、あっと言う間に色を失う。

 

 

 そして、断末魔を上げる間もなく、青白い光と共に弾け飛んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

 敵の沈黙を確認し、残心を解いたキリュウが大きく息を吐いて緊張を解した。同じく臨戦態勢を解いたキリトが、キリュウの側へ歩み寄る。

 

 

 

「キリュウさん」

 

「キリト。怪我はないな?」

 

「はい、問題ありません」

 

「そうか、なら良い」

 

 

 

 キリトは元テスターだけあって、相手の動きは熟知していた。例によって、正式版としての調整で若干の変化はあったが、キリトにとっては大した変化になり得ないものであった。

 キリュウは言わずもがな、レベルこそキリトよりは下だが、常人を圧倒する戦闘経験から来る適応力の高さで、初見の敵も全く問題なく対処したのである。もっとも、本来の使い道とは異なるソードスキルの応用を突然 見せられたのには、キリトは大いに驚いたが。

 2人とも、朝から しばらく戦いっぱなしだったので、休憩も兼ねて武器を鞘に戻して辺りを見渡す。

 

 

 

「しかし、歩いても歩いても牛ばっかりだな」

 

「この層のテーマが、まさに“ 牛 ”ですからね。仕方がないですよ」

 

 

 

 ボス撃破後に聞いた話だが、各階層には それぞれテーマや特色となるものが定められているという。

 第1層が、主街区の名前にもなっている“ はじまり ”。

 街の雰囲気も品揃えもNPCが話す内容など、ことごとくが冒険を始めるプレイヤーに心構えを持たせるような形に仕上がっている。

 

 そして第2層が“ 牛 ”らしい。

 出て来るザコ敵も そうだが、街の至る所に牛を象ったような看板や人形が存在し、まるで地域振興を行なう地方自治体の如くだ。そんな、どこか沖縄のような賑やかさを見せる雰囲気がキリュウは気に入っていた。

 

 

 

「ま、確かに面倒ばかりじゃないな」

 

 

 

 ウインドウを操作しながら、キリュウが呟く。

 レイジング・ブルを始めとする牛型モンスターは大した強さではないが、ザコにしては中々にタフで素早いので戦う上では若干 面倒な敵である。

 だが、与えられる経験値が比較的 多めなのは嬉しい仕様である。街から出て さほど時間は経っていないが、2人とも既にレベルが1ずつ上がっている。

 

 更にキリュウが喜ぶのは、別の事。

 キリュウが開いたアイテム欄に《 普通のブル肉 》という物が表示されていた。そう、これは食材アイテムである。1層では最大でもEランクまでしか手に入らなかったが、ここでは現時点でD級の物が確認できていた。

 ウルバスに初めて向かう際、敵を倒して偶然 手に入れた食材をハルカに調理してもらった。

 すると どうであろう、1層で食べた物に比べると、明らかに美味であったのだ。旨味も苦味も ほとんど感じない、1層の食べ物というには あまりにも味気ない食事と比べ、何と食べ応えのあった事か。大きな戦いの後だった事もあり、レイドパーティー分を何とか狩って皆で食べ合い、大いに士気が上がったのは言うまでもない。

 

 たった1層上がるだけで、これ程までに食の内情が変わるのだ。現時点で これなら、更に上へあがれば どれ程になるのかと、別の意味でも攻略組の意欲は高まるばかりだった。

 特に、ハルカという料理スキルを持つ仲間を持つ2人からすれば、こうして食材が手に入るという成果が付加されるだけで俄然やる気が起きるのである。現に、2人のストレージにはハルカ手製の《 ブル肉のサンドイッチ 》という食事が入っている。パン生地自体は まだ1層以上の良品がなく若干 固い歯応えだが、それでも食べ応えは充分なものであった。間もなく昼なので、これを食べる時間が2人にとって楽しみの1つとしている。

 

 

 

「さて、まだ もう少し進んでみるか。どこか、良さそうな場所はあるか?」

 

 

 

 キリュウが聞くと、キリトがウインドウを開いてフィールドのマップを表示する。

 このマップを提供したのは、鼠のアルゴである。彼女は第2層が解放された直後から、主街区周辺のフィールドを走り回り、あらかたの地図の作成を進めていたのである。その為、彼女は先日の演説の際には不在だった。

 昼夜を問わず、敏捷性に特化したパラメーターを駆使して駆け回った結果、わずか1日で2層の6割以上のフィールドマップが出来上がっていたのである。元テスターとはいえ、たった1人で作り出した事を考えれば恐るべき功績であった。そして出来上がった第1号の地図を、馴染みのあるキリトが格安で手に入れたのである。

 様々な地形が見受けられる地図を互いに眺めながら、キリトが候補を上げる。

 

 

 

「そうですね……ここから南東に進んだ所に岩山のフィールドがあるみたいですから、そっちへ行ってみますか?」

 

「よし、それじゃあ行くか」

 

 

 

 程良く疲労の回復も終えたところで、目的地も決めた2人は再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 12:46  修練者を見下ろす巌 】

 

 

 

 

 

 途中の安全圏に差し掛かった所で正午を迎えたので、腹の虫が鳴った2人はハルカが作ったサンドイッチを頬張って腹を満たし、心身ともに満たしてから再出発した。

 安全圏を先に進んで しばらくすると、辺りの雰囲気が変わってきているのを2人は感じ取る。

 それまで疎らでも草木が生えていたのが、まるで見えなくなってきた。一面 茶色系統の岩ばかりが広がる、岩石地帯となっていったのだ。剥き出しになった岩肌も、今までのフィールドに比べて太陽で焼けたかのように黒く変色しているのが見て取れた。

 時折 小さな川が流れたりしているものの、ほとんど垂直に近い崖が そびえ立つ光景は目を見張るような険しさである。道の起伏も激しくなってきており、ただ上るだけでも中々に足腰に来るものがあった。

 

 

 

「ふぅ……見た目に反して、結構 色んなモンスターが出て来るな」

 

「テーブルマウンテンを模したようなフィールドですからね。それに準じた感じなんでしょう」

 

 

 

 ジグザグに入り組んだ道を進みながら、2人が雑談に興じている。

 現実でも、ギアナ高地を始めとするテーブルマウンテンは、その標高の高さも関係して手付かずの場所も多く、動植物ともに豊かな生態系を持っている。

 これまでキリュウとキリトが戦った敵も、蟻型の《 ソルジャーアント 》、蛇型の《 クローインスネーク 》、ダンゴムシ型の《 ローリングピルバグ 》といった地を這う生物を象ったものばかりだった。これも、現実では標高の高さゆえに、飛ぶ生物や四本足の生物が ほとんど存在しない事に準じる形なのだろう。

 もっとも、このアインクラッドは各階層が積み重なって出来ているという構造上、各階層にある高い建物や山も絶対に100メートルを超える事はないので、無駄に律儀な設定だなと思うのが本音だが。

 とはいえ、ここのような足場の悪い場所に飛び回るような敵が出て来ないのは有難い。さすがに そこは、まだ2層という最下層と大差ない序盤という事だろう。

 

 

 

「ん……?」

 

 

 

 ふと、キリュウが立ち止まった。そして辺りを注意深く見渡すように首を左右に動かす。

 不意の行動にキリトが訝しがる。

 

 

 

「どうかしたんですか、キリュウさん?」

 

「今、何か声が聞こえなかったか?」

 

「え……声、ですか?」

 

 

 

 キリトには聞こえなかったが、岩山から見下ろせる景色に意識が向いていたからという可能性もあった。

 その為、改めて索敵スキルも駆使し、意識を集中して周囲に気を配る。すると、小さくはあるがスキルに反応する何かがあった。

 

 

 

「確かに、何かいるみたいですね」

 

「あぁ、俺も改めて感じた。あっちの方だな」

 

 

 

 キリュウもキリトと同じく索敵スキルを装備している為、同じような反応を感じ取っていた。

 まだスキルが未成熟な為にプレイヤーかモンスターかの区別も付かないが、何かが存在する事だけは確かだった。

 反応がしたのは、方角的に更に北の方。このフィールドの かなり奥の方だと推測される。

 

 

 

「どうします?」

 

「……何となく気になるな。行ってみよう」

 

「解りました」

 

 

 

 反応は どちらなのか解らないが、最初に気付いたキリュウは“ 声 ”を聞いた。それはつまりプレイヤーか、NPCかという事になる。前者なら危うい状況なのかもしれないし、後者なら何かのクエストのフラグなのかもしれない。

 いずれにせよ、行く価値はあると判断したキリュウは奥へ進む事にして、キリトも それに同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから奥に進む事 数分足らず。

 

 再び索敵スキルを使うと、やはり反応があった。それも距離が近付いている為か、反応は明らかに大きくなり、その数も はっきりして来た。

 

 

 

「3人、か」

 

「えぇ。おそらく、プレイヤーでしょう」

 

「先客がいたか」

 

 

 

 数や動きから、それがプレイヤーであるという当たりを付ける。ここまで来るという事は攻略組の誰かという可能性が高い為、安否は心配いらないかもしれない。

 しかし、どうも3つの反応の動きが不可解だった。1つの反応を、2つの反応が追い掛けているような感じだったのである。様々な経験則から、何やら嫌な予感がしたキリュウは、更に追い掛けようと歩を進め、キリトも続く。

 

 

 

 

 

「……から、…って言っ……!!」

 

 

「あいや…い!!」

 

「絶対……ぞ!!」

 

 

 

 

 

 そして、ある程度 進んだ所であった。

 

 誰かが言い争う声が聞こえて来たのだ。

 

 

 

「あの声、まさか……!」

 

 

 

 そして、1つの声にキリトは覚えがあった。それはキリュウも同様である。

 

 

 

「急ぐぞ!」

 

「はい!!」

 

 

 

 嫌な予感が的中したと感じたキリュウ、キリトは、もはや余計な事は考えずに道を進んで行く。

 スキルで反応を見逃さないように、同じような景色が続く岩石の道を突き進むように走って、何度か うねる道を進んで大きな曲がり角を曲がった時であった。

 

 

 2人は遂に、反応の主を見付けたのである。

 

 

 

 

 

「さぁさぁ、アルゴ殿! 追い詰めたでゴザルよ!!」

 

「いい加減、白状するでゴザル!!」

 

 

「あぁ、もう!! しつこいゾ!!」

 

 

 

 

 

 1人は、2人が睨んだ通り情報屋のアルゴだった。

 もう2人は、キリュウもキリトも覚えのないプレイヤーだった。全身灰色の布防具を装着し、頭にはバンダナ、顔にはパイレーツマスクを被っている、見るからに怪しい風体だった。

 

 

 

「アルゴ!!」

 

 

 

 ただならぬ事態と見て、2人は3人に近付いていく。キリトが声を上げると、言い争っていた3人も近付く人間に気付いた様子だった。

 

 

 

「キー坊!? それにキリュウのオジサマも!?」

 

 

「「な、何奴!?」」

 

 

 

 言い争っていた中での第三者の登場に、3人とも驚いた様子を見せる。そして2人の男がキリュウとキリトに気を取られたのを見ると、アルゴは素早く2人の脇を潜り抜ける。

 

 

 

「「あぁっ!?」」

 

 

「べ~だ!!」

 

 

 

 そしてキリトの背中に隠れるように身を隠し、顔だけ出してアッカンベ~を行なった。よほど腹に据えかねる事をされたのだろう。

 キリトは そんな古馴染の微笑ましい姿に笑みを溢し、そして灰色装束の2人を睨み付ける。

 

 

 

「お前ら、一体どういうつもりだ? 彼女を こんなフィールドの ど真ん中で追い掛け回すなんて」

 

「現実なら、ストーカー行為と訴えられても文句は言えねぇぞ」

 

 

 

 2人の男に責めるような目で非難され、灰色装束の2人は僅かに たじろぐ。しかし すぐに気を取り直し、負けじと言い返す。

 

 

 

「ぬ、ぬぬ!! 唐突に現れて拙者たちの邪魔をしたばかりか、言うに事欠いてストーカー扱いとは!!」

 

「しかも、名を名乗れと言っても名乗らぬとは、何たる無礼者でゴザルか!?」

 

 

「女を追い掛け回しておいて、どの口で言いやがる……第一、名を名乗れと言う奴が先に名乗るのが礼儀なんじゃねぇのか ―――――― あぁっ?

 

 

「ヒッ! ご、ごめんなさいぃ!!」

 

「ちょ、ちょっと生意気(ナマ) 言いましたぁ……!!」

 

 

 

 見え見えの虚勢を張って言い返したものの、キリュウの凄みを喰らって あえなく撃沈。先程から使っている妙なキャラも一時崩壊する程に委縮する情けなさを見せてしまう。

 そんな2人に情けないやら呆れるやらの感情を向けながら、キリトは背中のアルゴに事の詳細を尋ねる。

 

 

 

「なぁ、アルゴ。アイツら一体 誰なんだ? それに、何で追い掛け回されていたんだ?」

 

「まぁ、色々と事情があってダナ……」

 

 

 

 キリトのコートを掴みながら、バツの悪そうな感じで語るアルゴ。

 

 

 

「そ、そうでゴザル!! そこな女ネズミが情報を教えないのがいかんのだ!!」

 

「うむ! その通り!!」

 

 

「うるせぇ奴等だな。それより、まずはお前等の名前を言え。文句は後で聞こう」

 

 

「「ア、ハイ」」

 

 

 

 語り始めようとしたところで、再び灰色装束の2人が騒ぎ立て始める。

 これでは埒が明かないと、いい加減イライラし始めて来たキリュウは強引に話を折って男達の名を尋ねる。怒声交じりの言葉に若干ビビリながら、頷いた2人はゴホンと一息 吐く。。

 

 

 

「えぇ、然らば!! 拙者はコタロー(Kotarou)と申す!!」

 

 

「同じくイスケ(Isuke)!!」

 

 

 

「「 拙者達、ギルド・風魔忍軍(ふうまにんぐん)が忍でゴザル!! 」」

 

 

 

 そう名乗るや、2人はビシィッといった効果音(オノマトペ)が出そうなポーズを取る。いわゆる印を結ぶ形だ。そんな行動に半ば呆気に取られるキリュウ。アルゴは完全に呆れ果てている。

 その中で、唯一キリトは その名を聞いて目を見開いていた。その顔は覚えがあると言いたげなものだった。

 

 

 

「風魔忍軍だって……?」

 

「知っているのか、キリト」

 

「はい。このゲーム(SAO)のテスト時に、何度か聞いた事がある名前です」

 

「て事は、こいつらも元ベータテスターって事か?」

 

名前(プレイヤーネーム)も一致しますし、間違いないと思います」

 

 

 

 キリトやアルゴと同じく、元ベータテスターという意外な正体を知ったキリュウ。

 しかし、まだ腑に落ちない事があった。それは、キリトとアルゴの表情や態度である。どうにも、ディアベルやマスティルのように仲間と思っているような雰囲気が感じ取れなかったのだ。

キリトに至っては、コタローとイスケの素性を知るや否や、何とも微妙な顔になった程だ。

 

 

 

「? こいつらが、どうかしたのか」

 

「はぁ……何て言いますか、風魔忍軍(コイツら)は 違う意味で有名な存在で」

 

「違う意味?」

 

「ま、ハッキリ言えば“ 悪名 ”だナ」

 

 

 

 キリトに代わり、アルゴが答えた。

 

 

 

「何?」

 

「コイツらは いつも2人で つるんでるコンビでナ。敏捷に特化した戦術で、そこそこ腕は立つんだが、自分達が危なくなると すぐに逃げ回って、近くにいる別のプレイヤーにモンスターのタゲ(狙い)を擦り付ける行為を繰り返したンダ。だから、当時の事を知ってる奴らにの中には、良い印象を持ってる奴なんていないヨ」

 

 

 

 つまりは、自分達だけの都合で やりたい放題するタイプのプレイヤーという事だろう。プレイヤー同士で協力し合うのが前提のMMORPGの中では異質な存在だったに違いない。もっとも、そういう人間こそ生粋のゲーマーと言える側面があるのかもしれないが。

 

 

 

「……それで、そんな お前等が、何だってアルゴを追い掛け回す? さっき、情報が どうこう言ってた気がするが……」

 

「左様!! 拙者達、この地に潜むと言われる《 エクストラスキル 》を得んが為に参った次第」

 

 

「……エクストラスキル……?」

 

 

 

 またしても、キリュウには聞き覚えのない単語が出て来る。しかも今度は、ゲームに関する専門用語らしい。まだ そういった知識面では疎いキリュウには何の事か想像が付かなかった。

 

 

 

「エクストラスキルっていうのは、このSAOに数あるスキルの中で、取得条件が特殊なものを指す言葉です」

 

 

 

 そういった時の知恵袋。キリトが助け舟を出す。

 

 

 

「特殊な条件?」

 

「1つの武器を使い続けて熟練度を上げるだったり、街とかで特殊なクエストを受けてクリアするとかして得られたりするものです。取得するのが、ちょっと面倒なものが そうだという認識で概ね合ってると思います」

 

「ほう。そういえば、マスティルにも そんな話を聞いた覚えがあるな」

 

 

 

 キリトの説明で、キリュウも大体の事は理解する。

 入手するのに特殊な条件が要るという事は、その分 高い効果を得られるスキルだという事だろう。だとすれば、風魔忍軍の2人が強く情報を欲しがるのも解るような気もする。

 

 

 

「ふむぅ……見たところ、貴殿は中々の体躯の持ち主の様子。だとすれば、貴殿にとっても悪い話ではないと思うでゴザルが?」

 

 

 

 ふと、キリュウの姿をジロジロと凝視しながらコタローが語る。

 

 

 

「? どういう事だ?」

 

 

 

 キリュウの問いに、ニヤリ、という言葉が似合う笑みを見せる。

 

 

 

「何を隠そう ―――――― そのエクストラスキルの名は体術(たいじゅつ)でゴザルからな!!」

 

 

 

 訝しんでいたキリュウの表情が、一転して驚愕の それに変化した。

 

 

 

「体術、だと……? まさか、素手で戦えるようになるって事なのか?」

 

「詳しい事は相 解らぬが、響きからして そうでゴザろう」

 

 

 

 キリュウにとって耳寄りと言える驚きの情報だった。

 

 このSAOは題名に冠されている通り、剣を始めとする武器ありきのゲームである。その中で、まさか素手で敵と戦う術が設定されているとは思ってもみなかった。一応、相手を殴るなり蹴るなどして武器の補助としての使用法はあるが、無手での攻撃力は無いに等しく、どんなに強く攻撃しても武器の それに比べれば雲泥の差である。おまけに厳密には攻撃判定すらも存在しない為、素手で相手にトドメを刺す事すらも不可能なのだ。

 

 コタローの言う通り、キリュウにとっても無視できない話になって来た。隣で聞いていたキリトも驚きの表情を見せる。

 

 

 

「体術スキルだって? こんな下層にあったのか……」

 

「知ってるのか?」

 

「はい。まぁ実際には、テスト時に6層か7層辺りを攻略してる時に、風の噂で聞いた程度ですけど」

 

 

 

 どうやらテスト時には既に実装されていたものらしい。

 それに、思い返せば1層のボスにも追加されていたと、キリトは思い出した。同時に当時の恐怖も思い出し、苦い顔を浮かべる。

 更に風魔忍軍の話は続く。

 

 

 

「我等、風魔の忍を冠する者として体術は必要不可欠と心得ておる。故に、鼠のから情報を買おうとしておったのだ」

 

「だと言うのに、その女は一向に口を割り申さぬ!! 言い値で買うと言っても、これだけは売れないの一点張りなのだ!!」

 

「情報の独占は看過できぬ! 其奴を追い掛け回した事がいかんと言うなら、情報を知りながら売らぬ其奴とて同様ではゴザらぬか!!」

 

「ふむ………」

 

 

 

 ようやく、話の流れが見えて来た。

 風魔忍軍は、エクストラスキルである体術を求めてアルゴに尋ねた。しかしながら どういう訳か、アルゴは幾ら好条件を提示しても一向に情報を売らない。業を煮やした2人が、ここまで逃げる彼女を追い掛けて来た、という事だ。

 確かに、情報を知りながら理由も碌に話さずに口を噤む行為は疑問を覚える。だからといって、仮にも女性を敵が闊歩するフィールドまで追い掛け回すのは褒められるものではないが。

 

 

 

「なぁ、アルゴ。何で そんな頑なに情報を話さないんだ? 手に入れるのは、そんなに危険な事なのか?」

 

「それは…………」

 

 

 

 キリトには疑問だった。アルゴは確かに善意のみで動くような人間ではないが、だからといって筋を通さない人間という訳でもない。情報の それに見合うだけの条件と誠意を見せれば、きちんと対応する事で知られている。そんな事は、同じベータテスターだからこそ誰よりも知っていると思っていた。

 それなのに、いくら相手が悪名高い風魔忍軍だからといって、全く情報を渡さないのは腑に落ちない。吐き気を催す位の外道が相手なら解るが、コタローもイスケも そこまでではないはずだ。

 だとすれば、彼女が頑なに口を割らない理由が さっぱり解らない。それも、こんなフィールドまで逃げるという危なっかしい行為をしてまで。

 もし、死ぬ事が前提だとすれば筋は通るのだが。純粋なゲームだった時なら まだしも、今となっては論外なのは間違いないだろう。

 

 

 

「……うぅ……誰にも恨みを買われない為ダヨ」

 

「恨みを、買われない?」

 

 

 

 そして、アルゴが大いに悩む素振りを見せた末に言った言葉が それだった。

 キリトもキリュウも、それにコタローもイスケも首を捻った。正直、言っている意味が解らなかったからだ。

 

 

 

「どういう事だ?」

 

「言葉通りの意味だヨ。もし この情報を喋って誰かが“ そこ ”へ行ったら、十中八九オイラはソイツに恨まれる事になるンダ」

 

「……つまり、それだけ難しいクエストだって事か?」

 

 

 

 アルゴはコクリと頷く。

 キリトは知ってる。アルゴは クエスト関連の情報を仕入れる際は、自らも そのクエストに挑戦して詳細を明らかにする事を。きっと、テスト時に彼女は件のクエストに挑戦し、あえなく失敗したのだろう。

 しかしながら、彼が知る限りアルゴが完璧な仕事を こなせなかったとは聞いた事がなかった。もしかしたら、自分の名誉の事もあって詳細を誰にも語らなかったのかもしれない。

 

 

 

「笑止!! 曲がりなりにもエクストラスキル、易々と手に入るとは毛頭 思ってはゴザらぬ!!」

 

「左様!! それに拙者達とてゲーマーとして、ひいては忍としての矜持は持ち合わせておる。如何に手強きクエストとて、そう易々と諦める事は……」

 

 

「甘いナ」

 

 

 

 それでも、コタローとイスケの両名は自信に満ちていた。自らが忍、そしてSAOのテスターにも選ばれた程のゲーマーであるという彼等なりの自負が、そうさせていた。むしろ、テスト仲間の間でも名の知れたアルゴでさえクリア出来なかったという事を聞いて、より一層 挑戦したいという気持ちが沸き上がっていたのだ。生粋のゲーマー、それも男だからこその心理と言えた。

 

 だが、そんな心を知ってか知らずか、アルゴは彼等の意気を一言で切り捨てた。

 

 フードから覗く目には、一言では言い表せない程の何かが宿っていた。有無を言わせぬような迫力、目力を見せられ、風魔忍軍の2人も思わず気圧される。

 

 

 

 

 

「難しいなんてもんじゃないんダ………言うなれば ―――――― あれは“ 呪い ”ダヨ」

 

 

 

 

 

「の、呪い……?」

 

 

 

 今度は、何とも物騒な言葉が出て来た。ここは確かにゲームの世界なので、そういったものがあっても可笑しくはないが。

 だが、彼女の表情と言葉に宿る重みが、ともすれば大袈裟とも言える言葉に信憑性を強めていた。

 

 

 

「一度そのクエストに挑んだが最後……クリアするまでは、絶対に逃げ出す事は出来ない。

 やるんなら、命を投げ出す覚悟を決めるしかないヨ」

 

 

『…………』

 

 

 

 大袈裟という言葉すらも通り越したような雰囲気に、誰もが言葉を失う。先程まで強く意気込んでいた風魔忍軍の2人も、テスター仲間の中でも腕利きのアルゴが語りに引き込まれるように固唾を飲んでいた。

 

 

 

 

 

「―――――― ふっ……上等だ」

 

 

 

 

 

 そんな雰囲気を殴り付けるような、強い意思の宿った言葉が通り過ぎる。

 それは他でもない、キリュウであった。先程の話が全くもって面白いと言わんばかりに皮肉ったような笑みを浮かべている。

 

 

 

「キリュウさん……?」

 

「アルゴ。そのクエスト、良ければ教えて貰えないか?」

 

「えぇ!?」

 

 

 

 まさかキリュウが ここまで強い関心を示すとは思わなかったようで、大きな声で驚くアルゴ。キリトはテスト時から滅多な事では動揺しない彼女のイメージが強かった事もあり、その反応に地味に驚いていた。

 

 

 

「オ、オジサマまで何を言い出すンダ?」

 

「話を聞いてたらな、俺も その体術スキルとやらに興味が湧いた。もし本当に素手でも満足に戦えるっていうんなら、是非とも欲しいところだ」

 

「で、でも……」

 

「安心しろ。たとえ どんな事態になろうと、お前を恨むなんて事がある訳がない。それだけは絶対に約束できる」

 

「……本当に、本当に難しいんダゾ? 下手をすれば、ボスを倒すより ずっと労力を費やす羽目にナル」

 

「望むところだ。その位やり甲斐があった方が、こっちも やる気が出るってもんだ」

 

 

 

 既に、キリュウの中では件のクエストを受ける事は決定事項となっていた。故に、いくらアルゴが躊躇って諦めるように説得しても無意味に等しかった。

 一番の大人として、危ない橋は渡るなと一緒に説得してくれると思っていたアルゴにしてみれば、思わぬ誤算であった。

 

 

 

 

 

「さぁ………どうする?」

 

 

 

 

 

 確かに大人ではあるが、同時に男特有の稚気も合わさった気質を見誤ったのが運の尽きである。

 

 

 

 促して来るキリュウの少年のようとさえ思える笑みを見て、アルゴは大きく溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 13:28  修練者を見下ろす巌 崖上 】

 

 

 

 

 

 入り口付近に比べ、格段に険しさを増していく山道を、キリュウら5人は進んでいた。

 

 

 あの後、改めて皆と話を付けた結果、風魔忍軍の2人、そしてキリトもクエストに挑戦するという形で落ち着き、アルゴに それぞれ情報料を払って彼女の先導を受けているところである。

 進むのは道らしい道もない、獣道と言えるかすらも微妙な程の岩だらけの山道である。時折 出て来る敵を蹴散らし、高低差の激しい道を行く5人。もし現実なら素人が行くには危なっかしい道程であるが、キリュウは元より、元テスターとして人並み以上の身のこなしを得ている他の4人も、何とか危なげなく進めている。

 

 

 

「着いたゾ。ここダ」

 

 

 

 そうして、一際 大きな崖上を登り切った所で、アルゴが前を見て言った。

 続いた4人が同じく前方を見ると、そこは一瞬 山の上とは思えない程に広い空間だった。軽く、平均的な体育館くらいの広さはあった。そして、その地形は平らである。思えば、この山も2層の特徴であるテーブルマウンテンなので当然の形と言えた。

 

 そして、そんな広い空間の一角に、木組みの小さな小屋がポツンと一軒 建てられていた。

 

 

 

「あそこか」

 

「みたいですね」

 

 

「やっ……やっと着いたで、ゴザルか……!」

 

「ぜぇ……ぜぇ……た、高が あばら小屋の分際で生意気でゴザル……ごほっごほっ!」

 

 

 

 キリュウとキリトは まだ余裕がある感じであるが、コタローとイスケは既に息も絶え絶え、特にイスケは青息吐息と言っても過言ではない位に疲弊していた。仮にも忍者を自称しているのに だらしないと思うだろうが、彼等いわく「拙者達は基本的に“ 速い!! そして強い!! ”だけが取り柄でゴザルからな!!」との事。とどのつまり、基本的な体力自体は平均以下しかないのだと言う。

 言うなれば、チーターのようなものだろう。最大瞬間 速度は速いが、持久力がないのだ。一応、相応にレベルを上げてパラメーターが上がれば それに即して体力等も底上げされるはずなのだが、それでも個人差は大きいらしい。という事は、彼等の現実(リアル)の体力は少年少女のキリトやアルゴにも劣るという事なのだろう。

 

 

 

「さぁ、行くヨ」

 

 

 

 彼等が一通り辺りを見渡したのを確認した後、アルゴが先を進む。キリュウやキリトらも それに続き、アルゴは小屋の扉を開ける。

 中に入ると、見た目通りに小さな小屋であった。広さは せいぜい物置小屋ほどであり、中には椅子や机や木箱などが置かれており、壁には使い古された感じの剣や槍、盾などが掛けられてある。

 

 

 

 

 

「―――――― ……入門希望者か?」

 

 

 

 

 

 そして、小屋の奥の方の一角に、1人のNPCが立っていた。

 年の頃合いは3、40代といったところか。身長はキリュウ並に高く、白いバンダナを頭に巻いている。眉は太く、もみ上げと顎髭が合わさった形の特徴的な髭を生やしている。薄手の服から垣間見える腕や足、胸板は驚く程に立派なものであった。

 

 

 

「我が流派は本来、門外不出。どこで聞き付けたかは知らぬが、来てしまったものは仕方がない。

 真に、己が肉体の限界を超えたいと欲する者のみ、その声を上げよ。生半可な覚悟は決して許さぬ」

 

 

 

 NPCが そう締め括ると、彼の頭上に金色のハテナマークが浮かび上がった。

 クエスト受注の始まりの合図である。

 

 

 

「さぁ、後はNPCに受諾の言葉を掛ければOKダヨ」

 

「あぁ、解った」

 

 

 

 アルゴに教えられ、頷いたキリュウが先導して前へ行き、キリトと風魔忍軍の2人も続く。

 

 

 

「入門希望だ」

 

「俺も」

 

「拙者もでゴザル!」

 

「右に同じく!」

 

 

 

 4人が言うと、NPCのハテナマーク点滅し、消えた。クエスト受注を確認した合図である。

 

 

 

「ほほぅ。今回の希望者は4人か。今までにない程の大所帯だ。ふふふ、腕が鳴るわ」

 

 

 

 基本的に、クエストを受けるのは1人か2人程度が相場なのだろう。NPCは受注した人数の多さに驚き、そして喜びの表情を見せて言った。

 

 

 

「我が名はテンソク(Tensoku)。これより、うぬ等に我が流派の極意を叩き込んでくれる。

 

 せいぜい、ワシを失望させるでないぞ。では、着いて参れ」

 

 

 

 そして、NPC ―――――― テンソクは踵を返すと後ろにあった入り口とは扉を開ける。どうやら そこは裏口のようで、開けた隙間から外の景色が垣間見えていた。そのまま、テンソクは外へと出て、4人も それに続く。

 

 

 テンソクが歩いて行ったのは、小屋から少し離れた場所。そこは山の頂上にも かかわらず更に崖が そびえており、まるで分厚い壁の如くの威容を感じさせる。

 ここで何をするとのかと4人が考え、中にはワクワクしているとテンソクが口を開く。

 

 

 

「では、鍛錬を始める。しばし、待て」

 

 

 

 そう言うと、彼は おもむろに崖の方に向いて立つ。そこには崖以外には何もなく、4人は行動の意味が解らず首を捻る。

 やがて、テンソクは崖のゴツゴツとした岩肌に何度か触れると、その手を引っ込め、拳を形成した。同時に足腰を低くし、構えたのだ。

 

 

 まさか ―――――― 4人が同時に思った、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

「 はぁ~………!!

 

 

 

 

  ブるるるるるるるるるるワああああああぁぁぁ!!!!!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

  ドゴオオォォォ ――――――――― ンッ!!!!!

 

 

 

 

 

 凶悪というような言葉すらも生温い、人とすら思えない程の雄叫びと共に、その右の拳を崖に叩き込んだ。

 ビリビリと肌を刺す程の圧のある言葉も そうだが、その拳も衝撃が後ろで見ている4人にまで感じる程の凄まじさであった。声の凶悪さといい、あまりにも衝撃的な光景に、キリトやコタロー、イスケは元より、キリュウでさえ目を丸くする程だった。

 

 ゲームの中とはいえ、目を疑うような光景に面食らっていると、不意に奇妙な音が聞こえ始める。何かが擦れるような、砕けるような、重い物が引き摺られるような、様々な要素を含んだ音が聞こえるのだ。

 どこからかと皆が発生源を調べると、それは崖上の方からだと解った。その頃には音は更に大きくなっていた。発生源が近付いていたのだ。

 

 

 

「あっ ―――――――――」

 

 

 

 誰かが、声を上げた。

 

 

 

 その刹那 ――――――――― “ それ ”は降って来た(・・・・・)

 

 

 

 

 

  ズウウウゥ―――――――――ンッ!!!!!

 

 

 

 

 

「ぬおぉぉ!?」

 

 

「うわあっ!?」

 

 

「ひいいぃっ!!!」

 

 

「なあああ!?」

 

 

 

 

 

 4人が それぞれ悲鳴を上げる。

 降って来たのは、何と大きな“ 岩 ”であった。崖と同じような質感で、自然に出来たにしては不自然な程に丸く形成されており、もし中が空洞なら大の大人でさえ入り込める程の大きさであった。無論、それが空洞であるはずもなく、実際に聞こえたのは鼓膜が悲鳴を上げる程の凄まじい音であった。大きさも そうだが、恐るべき重量である。それが、クエストを受けた人数と同じ、4つ同時に落下して来たのだ。

 

 

 

「さぁ、愛弟子 諸君。いつまでも呆けている暇はないぞ。早速、君達の鍛錬に取り掛かる」

 

 

 

 呆気に取られていた4人を よそに、テンソクが話を進めて行く。

 

 

 

「ま、まさか………“ 鍛錬 ”って………」

 

 

 

 今 目の前で起きた状況、そしてテンソクの言葉を照らし合わせて、彼が言う“ 鍛錬 ”の意味を推理するキリト。

 その“ 答え ”が脳裏に浮かんだ瞬間、彼は“ 嘘であってくれ ”と願った。

 それは、彼と同じ結論に至った他の3人も同様であった。確かに面倒な内容でも やり遂げると言ったばかりだが、“ それ ”は流石に予想外も甚だしかった。

 

 

 

「そうだ!! 諸君らには、この岩を叩き割ってもらう! 無論、武器の類は一切(・・・・・・・) 使わずに(・・・・)な!!」

 

 

 

 しかし、テンソクは無慈悲にも その“ 答え ”を断言してしまった。

 

 あまりの事に、4人は言葉を失う。そんな彼等の心境を察してか、後ろで見ていたアルゴが笑いを堪えるような表情で言う。

 

 

 

「な? 言った通りダロ。こんな下層のクエストにしては、とんでもない難易度なんだよ これハ」

 

「な、なぁ……この岩、ちゃんと破壊できるんだよな?」

 

 

 

 自分よりも大きな岩を指さしながら、キリトが尋ねる。大きいだけの変哲もない岩だが、今は下手なモンスターよりも恐ろしい存在とすら思えて来ている。

 

 

 

「勿論。NPCも ちゃんと“ 壊せ ”って言うからには、その岩は《 破壊不能(Immortal)オブジェクト 》なんかじゃないサ。ただ……」

 

「ただ………?」

 

 

それに準ずる位の堅さ(・・・・・・・・・・)って事は、覚悟した方が良いヨ?」

 

 

 

 何せ、オイラが諦めた程だからナ。ニャハハと、アルゴはケラケラと笑う。

 

 これから彼等が背負う事になる苦労を思うと、堪え切れなくなったのだろう。意地の悪い性格とは思うが、文句は誰も言わない。彼女は事前に、きちんと忠告していたのだから。それを無視して進めたのは自分達なのだから、彼女を責めるのは お門違いである。

 

 

 

「や、やはり拙者達は……」

 

「う、うむ………君子、危うきに近寄らずでゴザル」

 

 

 

 とはいえ、彼等の心を弱らせたのは確かだった。

 風魔忍軍の2人は すっかり戦意を喪失した様子で、今すぐにでも逃げ出そうと言う言動を見せ始めていた。情けないと思う一方で、気持ちは解ると同情の念を寄せるキリュウとキリト。

 

 

 

「―――――― 無駄ダヨ」

 

 

 

 そんなコタローとイスケを見て、アルゴが言う。

 その意味を問う前に、テンソクが口を開く。

 

 

 

「それと、諸君らに言っておく。最初に申したが、我が流派は本来、門外不出。

 故に、一度 入門を果たしたからには、鍛錬を遂げるまでは ここよりの退去は認められん」

 

 

『 なっ!? 』

 

 

 

 信じ難い言葉に、4人は更に言葉を失う。特にキリトを始めとするテスターは動揺を隠せない。他の知っているクエストを思い浮かべる限り、お遣いクエストやフィールドを突破する為のクエストで、移動できる範囲が限られる形式はあるが、終えるまで どこにも移動できない形式など覚えがなかったからだ。

 

 ますます信じ難い内容に動揺が広がる中、更にテンソクの言葉は続く。

 

 

 

 

 

「 これは ―――――― その為の“ 保険 ”だ 」

 

 

 

 

 

 そして、テンソクの雰囲気が変わったと思った瞬間、彼の姿が消えた(・・・)

 

 

 

「なっ!!?」

 

 

 

 そう思った瞬間、キリトは驚きの声を上げる。突然 目の前に(・・・・)、テンソクが現れたからだ。

 

 

 

「はあああああっ!!!!」

 

 

「うわあっ!!!」

 

 

 

 顔に何かされた(・・・・・・・) ―――――― そう感じた瞬間には、またしてもテンソクの姿が消えた。

 

 

 

「なああっ!?」

 

「ひいいっ!!」

 

 

 

 そして今度は、コタローとイスケの悲鳴が響く。

 

 

 

「くっ、一体……!!」

 

 

 

 一瞬の間に周りで起きる奇妙な現象にキリュウも警戒心を全開にする。

 だが その時すでに、キリュウの目と鼻の先にテンソクの姿が映っていた。恐るべき速さで肉薄して来るのが見える。

 何が起きているのか まだ解らないが、とにかく防がねばという心理から、キリュウは両手を交差させる形で顔を塞ぐ。

 

 

 

「良い、反応だ。だが……甘い!!

 

 

 

 テンソクの声が、背後から(・・・・)聞こえた。

 それに気付いたキリュウは、咄嗟に首を動かして確認しようとする。だが、それによって防御に隙が生まれてしまう。

 彼が己の失策を悟ったのは、己の顔に“ 違和感 ”が走った瞬間だった。

 

 

 

 

 

「うぅ……一体、何が起こったんだ?」

 

 

 

 一瞬の内に起こった出来事に、キリトは何が何だか訳が解らなかった。自分が怯んでいる間にも、風魔忍軍やキリュウさえ何かが起こった事だけは何となく察していたが。

 

 

 

「っ……キリト、大丈夫 ――――――」

 

 

「キリュウさん! そっちこそ、大丈 ――――――」

 

 

 

 たじろぎ から回復したキリュウが安否を確認する為にキリトの方を見て、キリトも それに答えようとして ―――――― 双方ともに言葉を失った。

 

 

 

「キリ、ト……お前……」

 

 

「キリュウ、さん……? それ……」

 

 

 

 信じられないものを見るような目を、互いに向けている。

 吃驚仰天、呆然自失とは、まさに それであった。キリュウも、普段なら滅多に見せない程の驚きによる表情の変化だった。

 あまりの事に呆気に取られ、言葉も満足に出て来なかったが、やがて2人は同時に言葉を引き出した。

 

 

 

 

 

「「何だ(ですか)、その “ (ヒゲ) ” は??!!」」

 

 

 

 

 

 2人が驚愕に染まっていたのは、まさに それが原因であった。

 何と2人の顔、厳密には両側の頬に、墨で書かれたような髭が描かれていたのだ。キリトは猫を思わせるような、左右に それぞれ3本の線が入った形、そしてキリュウは龍の髭を思わせるような(なみ)状の線が左右に1本ずつ描かれている。

 

 

 

「イ、イスケ!? 何だ そのヒゲはオイ!?」

 

「お、お前こそ何だ何だよ それ!?」

 

 

 

 見れば、風魔忍軍も ほぼ同様であった。

 コタローは一昔前の泥棒を思わせる、口回りを塗りたくったようなヒゲが、イスケはキリトに似た形状だが、左右に それぞれ5本の線が描かれているという微妙な違いがあった。

 あまりの事に冷静さを失い、2人とも忍者キャラとしての口調を忘れる程であった。

 

 お互いに顔を見合わせて現状を把握し、手元に鏡がないので それぞれ武器を抜いて自分の顔を照らして確認する。己の変わり果てた風貌を見て、皆 愕然とするばかりだった。

 

 

 

「ハッハッハ!! 中々良い顔付きになったではないか!!」

 

 

 

 唖然とする4人とは裏腹に、現状を作り出したテンソクは呵々大笑として御機嫌な表情であった。その手には黒の墨が付着している筆があった。

 どういう事か説明しろという空気を察したのか、彼は更に言葉を続ける。

 

 

 

「その墨は、鍛錬が終わるまで消す事は認めん。無論、自らの手で消す事も叶わん。消したければ、見事この鍛錬を完遂させるのみ!!」

 

 

 

 どうやら、クエストとしての特殊イベントの類らしい。実際、4人とも強く顔を擦るなりして落とそうとするが、まるで落ちる気配はない。特殊な墨を使っている設定かは さて置き、システム的なもので保護されている事は明白であった。

 

 

 

「ニャ、ニャハ………ニャハハハハハ!!! みんな、凄いナ。まさに芸術だヨ……ハハハハハ!!!」

 

 

 

 そして、一部始終を全て見届けていたアルゴは、何とか空気を読んで堪えていたが、遂に我慢の限界を迎えて大爆笑を始めた。完全に笑いのツボに入ってしまった様子で、自分でも止めようとしても止められない程の笑いになっているようだ。

 

 

 

「ま、まさか……アルゴのヒゲの由来って……」

 

 

 

 未だ呆然としつつも、自分や周りで起こった変化を顧みて、キリトは1つの事を察した。

 思えば不自然だったのだ。なぜ彼女が、自分の顔にヒゲを書くようなメイクを施すようになったのか。

 キャラ作りと言えば簡単だが、SAOはVRMMORPG。それまでのゲームとは違い、アバターとはいえ自分自身の意識をもって動かす。そしてアバターとは、自分の“ 理想 ”を投影する事に等しいとキリトは考えている。そんなアバターに、なぜヒゲなど書いたのだろうと当時から疑問だった。実際、名前が知れ渡った当初は変な奴と容赦なく笑われていた事も覚えている。

 その答えが、今 解った。

 

 

 

「ははは! そうだヨ。結局、当時オイラは このクエストをクリア出来ず、でも消す事も出来なくなった。

 だから、いっそ開き直って コイツ(ヒゲ)をオイラのキャラにしようと考えたって訳サ!!」

 

 

 

 最初から自分でしようとした訳ではなく、どうしようもなくなった現状を、逆転の発想でもってキャラへと昇華させたのだ。

 結果だけ聞けば、彼女の強かさが垣間見えるエピソードであった。

 

 

 だが、当の4人は それどころではない。

 まさかの羞恥プレイの強要に、誰もが平静さを欠いてしまっている。キリュウでさえ、見た目は普段と あまり変わらないように見えるが、内面はグルグルと思考の渦が乱れる程に軽い混乱を覚え、頭痛さえしそうな程だった。

 

 

 

「ハッハッハッハッハ!!! それでは諸君、健闘を祈る!!」

 

 

 

 そんな弟子達の狼狽を知ってか知らずか、テンソクは あくまでも満面の笑みを崩さず、言葉を残して1人、小屋へと戻って行った。

 

 

 後に残されたのは未だ現状を認め切れないでいる4人と、未だ笑いが止まり切らないアルゴだけ。

 

 キリトは見るからに肩を落とし、コタロー、イスケの風魔忍軍は喧しく喚き散らしながら頭を抱え、悔しそうに地面を叩いている。

 そしてキリュウは、未だ頭が痛いような違和感が残りながらも、何とか逸早く我を取り戻していた。

 

 

 

(“ 呪い ”、か………言い得て妙だな……)

 

 

 

 とはいえ、この現状は自分の予想を遥かに超えるものだった。それも、予想とは全く別の意味で。

 自分の目の前に置かれた巨大な丸岩を眺めながら、これからの苦労を考え、溜息を吐く。

 

 

 

 

 

(……はぁ…………やるしか、ないか………)

 

 

 

 

 

 まず最初に、士気を取り戻す事から始めようと決心するキリュウであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SS(サイドストーリー):ヒゲの秘密( 完 ) 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~。それで、おじさん達ここで修行する事になったんだ」

 

「あぁ……身から出た錆とはいえ、とんだ苦労を背負い込む羽目になっちまった……」

 

「ふふ……でも、そのヒゲも結構 似合ってるよ?」

 

「………ふっ。ありがとよ」

 

 

「ヒヒヒ! せやでキリュウちゃ~ん。何や、似非 中国人みたいで面白(オモロ)いやないかぁ!」

 

「それは嬉しくねぇ」

 

「ふふふっ。ダメですよ、マジマさん。そんな事 言っちゃ」

 

 

 

 キリュウ、キリト、そして この地で出会った風魔忍軍の2人が、泣く泣く修行という名の羞恥プレイを開始してから、約2時間後。

 

 

 

 この修練所には、当初の“ 倍以上 ”の人影が姿を見せていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SS(サイドストーリー):ステゴロの極意 》

 

 

 

 

 

 何とか気持ちを整理し、逸早く我を取り戻したキリュウがキリト達を何とか宥め、前向きにクエストを進めようと決めた丁度その時だった。

 

 効果音と共に、キリュウの視界にログの更新を伝える文章が浮かび上がったのだ。見ると それは、フレンドメッセージが届いた事を知らせるもので、差出人は《 Majima 》とあった。

 

 内容は、『 今、何しとるんや? 』と現状を尋ねるものだった。

 彼は今日、1人でレベリングに励む予定であった。おそらく一段落したので、ふと気になって送って来たのだろう。

 

 キリュウは どうしたものかと一瞬 悩む。さすがに、今の自分の状態を見られるのは抵抗が強かった。自分も そうだが、キリトとて同じ思いだろう。面白い事が何よりも好きな男である、今の自分達の状態を見れば、大爆笑するだけなら まだ良いが、下手をすれば笑いのネタとして多くの人間に広めてしまう可能性が高かった。

 

 なので、ここは無難にキリトと一緒に新しいフィールドでレベリングに励んでいると返事を返した。変に返信を遅らせると、勘の良いマジマに何か悟られる可能性もあったので、すぐに返事を返した。

 

 だが、これが思わぬ失敗(しくじり)であった。

 

 気を取り直してクエストを始めようとした瞬間、再びログの更新があった。見れば、もうマジマから返事が返って来たのだ。

 

 内容は『 また変な所で励んどるのぅ。面白(オモロ)そうや、オレも そっち行くでぇ!! 』との事だった。

 

 キリュウは、フレンドリストの機能に相手の現在位置を示す機能がある事を失念してしまっていた。キリュウがいる場所を見て、彼なりに思うところが出来てしまった様子だった。

 ともあれ、彼が来ると決めた以上、もはや止める事は叶うまい。今の自分の状態がバレるのは時間の問題だと、早々に諦める他なくなってしまった。

 

 そして更に事態は、キリュウ達にとって更に ややこしい方向へと向かっていく。

 今度は、キリトのログが更新される。見ると、彼のフレンドリストの《 Haruka 》の項目からであった。内心、“ 嫌な予感 ”がしつつもキリトは内容を見る。

 

 

 

『 キリト君? さっき、アルゴちゃんからキリト君に何か起こったらしいってメッセージが来たんだけど、大丈夫なの? 心配だから、今から そっちに行くね。もう向かってるから 』

 

 

 

 キリトは目を疑った。

 そして、視線を素早く動かす。その先には、ヒゲ付きの少女がニシシと可愛らしくも憎たらしい笑いを浮かべていた。堪え切れていないのが見るからに解るのが、また癪に障るものだった。

 何故こんな事をしたのか問い詰めるも、アルゴは「どうせ すぐにバレるだロ」と全く悪びれる様子はない。事実、このクエストは とても1日や2日でクリア出来るとは思えない。その間、彼女を はぐらかし続けるなど到底 不可能である以上、結局は時間の問題である。であれば、アルゴの言う事も もっともであった。だからと言って、素直に認める事は出来ないが。

 

 

 だが、この時キリトは失念してしまっていた。

 

 

 ハルカの、この日の“ 予定 ”が何であったかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ。それにしても、キリト君も結構 似合ってるよ」

 

「そうね。とても、魅力的じゃないかな。プフフ!」

 

「同感ね。そんなに違和感を覚えないなんて、ある意味 奇跡じゃないかしら」

 

「あはは! 何だか、昔ながらのアニメキャラを思い出すよ!」

 

 

「………褒め言葉として受け取っとくよ」

 

 

 

 この修練場に来たのは、ハルカだけではなかった。

 

 アスナ、シノン、ユウキ、それにシリカと、第1層を共に戦い抜いた少女達が勢揃いしていたのである。

 

 元々、この日のハルカの予定は彼女達とのレベリングを兼ねた素材の調達であった。

 始まりは、アスナが自身の武器・ウインドフルーレを強化したいと言った事。

 武器を強化するには鍛冶屋に行く必要があるが、同時に強化に必要な素材も必要となる。街で調べた情報で、アスナが求める強化形にする為の素材が この2層にある事が解った。それで、その話を聞いたハルカがシリカを伴い、素材収集の手伝いを行なったのである。

 そして、素材集めも つつがなく終わり、一旦 街に帰ろうかという時になって、ハルカはアルゴから件のメッセージを受け取った、という塩梅だった。

 結果、本来むさ苦しい空気で始めるはずだったのが、思いもよらぬ花束で彩られる事となったのだ。

 

 

 

「見よ、イスケ……あれが、遠き理想郷でゴザルか」

 

「おぉ………目が洗われるようでゴザルな、コタロー!」

 

 

 

 風魔忍軍の2人も、予想外の来客に驚きを通り越して感動すら覚えていた。単純に女の子が来ただけでもテンションが上がるというのに、その いずれもが平均以上の美少女なら尚更である。

 蕩けるように のぼせ上がっている2人とは裏腹に、キリトは それどころではなかった。

 今の自分の状況を顔見知りに見られるだけでも顔から火が出る程に恥ずかしいというのに、その人数が芋づる式に増えてしまったのだから、その羞恥心の程は推して知るべし、である。

 

 なら、いっその事マスクなどで顔を隠せばと思うだろうが、それは叶わない。

 何と、顔にヒゲが書かれている間は、マスクなどといった顔を覆い隠すタイプのアイテムが装備できなくなってしまっているのだ。ウインドウで装備画面を開いても《 No Used 》と浮かび、一切の操作を受け付けないし、手で直接 付けようとしても紫色の防壁が出て結果は同じであった。

 現に、当初マスクで顔を覆っていた風魔忍軍の2人も、今は素顔を晒して間の抜けたヒゲ面を晒すしかなかった。一応、アルゴのようにフード付きのコートの類は装備できるので、完全に隠す事は不可能だが見え難くする事は可能だった。

 

 だが、それも結局は気休め程度である。

 やはり根本的な解決をするには、クエストをクリアする他はなかった。

 それも、“ 自分の仕事には妥協を許さないアルゴが諦めた程の難易度 ”を、である。

 

 

 その為、今もキリトは羞恥心と戦いながらも、一心不乱に自分の分の大岩を叩き続けている。

 

 

 

 

 

「でやっ!! はあっ!! っ……くぅ~……やっぱ堅いな……!」

 

 

 

 だが、その突破という名の壁は、恐るべき堅さをもって彼等に立ちはだかっていた。

 ハルカ達が来る前から約2時間、()っ続けで問題の大岩を叩き続けているが、一向に割れる気配はない。攻略組でもトップクラスのレベル、そして高い筋力値を駆使して力の限り殴るが、むしろ殴るキリトの拳の方が徐々に削られ、歪になるような感覚が走るばかりだった。

 殴っては休憩し、殴っては休憩の繰り返しが、もう2時間も延々と続いている。こうなると拳や体力 云々よりも、頭自体が おかしくなりそうになる。人間、変化のない事が長時間続くと、下手をすれば精神に異常を来してしまうものなのである。

 

 

 

「大丈夫? キリト君」

 

「あぁ……せめて、もう少し手応えを感じるなら もっと やる気も起きるけど……」

 

 

 

 見るからに痛々しい様を見て心配するハルカに、キリトは せめてもの気丈さを見せて答える。だが相も変わらず手応えは感じず、本当にクリア可能のクエストか どうかすら疑いたくなって来る。アルゴがギブアップしたのも頷けた。

 右手が限界に近い事もあって、再び休憩に入るキリト。違和感が走る手をプラプラさせながら、どうしたものかと溜息を吐くながら考える。

 そんな風に気分が滅入りつつあるキリトを見て、女性陣は何だか不思議な空気を醸し出している。じ~っと彼の顔を見ていたのだ。

 

 

 

「ん? どうか、したか?」

 

「あ、いや……大した事ないんだけど……」

 

「けど?」

 

「何だか、その(ヒゲ)顔で そういった表情をされると、捨て猫か何かを思い浮かべちゃって」

 

「何だそりゃ……!?」

 

 

 

 ガクっと崩れ落ちるキリト。よもや、自分を見て そのような事を思われていたとは心外というか予想外というか。ハルカ以外の面々も、言い得て妙だと言わんばかりにクスクスと笑うばかりである。

 男は腕力以外では女に勝てないと言うが、現実でも家族以外の女性との接点がなかったキリトは彼女達にされるがままも同然であった。不快であるという訳でもないのだが、正直 面白くはない。同時に自分の顔の情けなさを思い出して縮こまるしかなかった。

 

 

 

 

 

「……向こうは何だか楽しそうでゴザル………」

 

「こっちはムサい忍者2人で黙々と やっているというに……何たる格差か……!」

 

 

 

 そんな少年少女の空間から ほんの少し離れた場所。風魔忍軍の2人は被害者同士(同胞)が醸し出している華やかな雰囲気に対して羨望とも嫉妬とも取れる視線を向けていた。

 

 忍者といえば任務第一のストイックな印象を抱くが、彼等は あくまでも“ 成り切っている ”に過ぎないので、その辺りは歳相応で、現代人として普通の感性である。

 とはいえ、自分から話し掛ける事もしない。と言うより、出来ない。2人は現実でも筋金入りの忍者マニアとして知られており、周りの人間との会話などよりも忍者談義で花を咲かせる性質の為に、周囲から敬遠されがちなのであった。その事を既に自覚している2人は、あえて自分から動こうという考えも持たなくなっていった。過去に何が起きたかは、推して知るべしである。

 

 しかしながら憧れに近い感情は捨て切れないもので、現在のように多くの女の子の輪の中に混ざっているキリトを見ると、自然と胸の内に複雑な感情が沸き上がるのだ。彼が、自分達に近い感性の持ち主であると感じているだけに更に それは大きいものであった。

 

 

 

「ま、嘆いても詮無き事でゴザル。今は、何とか このクエストをクリアする事を考えねば」

 

「そうでゴザルな………とはいえ、これはキツいでゴザル………」

 

 

 

 気を取り直して目の前のクエスト攻略に意識を向けるものの、その立ち塞がる障害の大きさと堅さを前にして士気は下がる一方であった。

 殴っても殴っても、時には蹴りを入れたとしても、まるで手応えらしい感触を得られない。まして、彼等はキリトよりもレベルや筋力値は下なのだ。そのキリトですら実感を未だ感じないのだから、彼等では まだまだ先なのは自明の理であろう。破壊は不可能ではないと頭では解っていても、こうも実感に乏しいのでは、やる気が起き難くなるのも仕方のない事ではあった。

 

 

 

「………かくなる上は」

 

「! コタロー、それは……!」

 

 

 

 何かを決意したコタローが、ウインドウを操作して あるアイテムを実体化させる。それを見たイスケは驚愕の表情を浮かべる。

 

 それは、小さな小瓶に入った水色の液体のアイテムであった。名称はボアのエキス(Extract of Boar)。これは、フレンジーボアを筆頭とするボア系のモンスターを倒した時に手に入るアイテムの1つであり、その中でもレアアイテムに分類される。

 そして その効能というのが、何と それを一口飲んだ瞬間から、飲んだプレイヤーに一定時間

《 攻撃力増加 + 5% 》という上昇効果(バフ)が付加されるのである。もっとも、効果があるのは3分にも満たないという、広大なフィールドを練り歩くSAOにおいては あまりにも短い時間ではあるが。

 だが、これを用いるか否かで、戦術の幅は変わる事は言うまでもない。たとえ僅かな時間、効能であっても、一瞬の無駄が命取りになる戦いにおいては極めて重要な要素なのだ。

 

 

 

「これで、ほんの僅かでも時間を短縮するでゴザル。この際、出し惜しみはしておれぬからな」

 

「ううむ………滅多に得られぬレアアイテムなれど、是非もないか」

 

 

 

 珍しいアイテムゆえに惜しむ気持ちが強く出るものの、今のような状況を少しでも早く脱却できるのであれば、使わないのは悪手であると判断した。

 

 

 

「では、飲んだ瞬間から再開でゴザル! 持ち得る全ての敏捷性を発揮して、ひたすら殴るぞ」

 

「応! 忍者の底力、見せてくれん!!」

 

 

 

 せめてもの負けん気として、アルゴですら諦めたクエストを、同じベータテスターで今や勇名を馳せつつあるキリトよりも先にクリアしてみせると強く意気込む。

 互いに頷き合い、手に持ったボアのエキスを口元へ移動させる。

 

 

 

 

 

「―――――― 何をしている? 貴様等………」

 

 

 

 

 

 刹那、2人の思考は凍り付いたような錯覚を覚えた。

 

 ギギギ、とまるで錆び付いた人形のような ぎこちない動きで声がした方を向く。

 

 そこには、先程まで影も形もなかったはずの師匠NPCの姿があった。

 

 腕を組み、しゃがみ込んでいる2人を見下ろす その姿は、かなり雄々しく映るものであった。

 

 その表情は、心成しか険しくなっている印象を受ける。

 

 

 

「あ、いや……これは………」

 

「ちゃうんです、ちょっと喉が渇きましてですね………」

 

 

 

「 黙 ら っ し ゃ い 」

 

 

 

 否。その印象は、見間違いなどではなかった。

 

 師匠NPC ―――――― テンソクは、間違いなく怒りの感情を渦巻かせている。

 その表情を威嚇する獣のようにしている訳ではなく、その言葉を特別 荒げている訳でもない。それでも、彼が静かに、しかし確実に怒っている事だけは はっきりと解ってしまう。

 ひしひしと肌に侵食して来るような怒気に当てられ、ガタガタと体を震わせる風魔忍軍。さながら、圧倒的 格上に威圧され震える野良犬の如きであった。

 

 そして、組んでいたテンソクの腕が下された。

 

 間を置かず、その右手は拳を為し、精巧に作られたアバターは筋肉や骨の動きまで忠実に再現し、それが途轍もなく力強いものである事を示す。

 

 

 

 

 

 それを意味する事 ―――――― 2人が悟った瞬間には、既に宙に浮いた後(・・・・・・)であった。

 

 

 

 

 

 

 

「 アイテムなぞ

 

 

   使ってんじゃ

 

 

     ねえええええええええええええぇ!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 それは、見事と言う他ないアッパーカットであった。

 2人を同時に巻き込むように叩き込まれた拳は、天高く聳えるが如く突き上がり、その あまりの威力と速さは2人に僅かな時間の空の旅を与え、周囲に風が起こった程であった。

 コタローとイスケが空に舞った直後、テンソクは ある物を手に取った。2人が飲もうとしていたボアのエキス2つである。凄まじい威力を見舞いながら、同時に その2つを一滴も溢す事なく器用にキャッチする技は、まさに神業である。

 

 

 

「このアイテムは、預かっておく。返して欲しければ、ただ黙々と拳を揮えぃ!!」

 

 

 

 2人の地上への帰還を返事とするように、テンソクは そう言って小屋へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………………………』

 

 

 

 

 

 その光景を遠目で見ていたキリト達は、誰もが言葉を失っていた。

 幸いと言うべきか、テンソクの殴打は一種の特殊効果のようなもので、2人には一切ダメージは入っていない。ただ、殴られた感触と地面に叩き付けられた衝撃は本物なので、2人ともピクピクと痙攣しながら ノビていたが。

 

 

 

「ニャハハ!! あの2人なら絶対やらかすと思ったヨ!」

 

 

「アルゴ、まさか知ってたのか!?」

 

 

 

 彼女の笑いと言葉から その意味を察するキリト。

 

 

 

「言ったロ。オイラですら諦めたって。“ 諦めた ”って事は、ありとあらゆる手を尽くしたって事ダゼ?」

 

「……何で教えてやらなかったんだよ?」

 

「フン。オイラは まだ、何十分も追い掛け回された事、許したワケじゃないんだゼ?」

 

 

 

 どうやら、風魔忍軍2人に対する個人的な恨みも含んでいたらしい。気持ちは解らなくもないが、それにしても容赦がないと末恐ろしさを覚える。特に、下手をすれば自分も同じ目に遭っていた可能性を考えれば、背筋が凍る思いであった。

 

 

 

「ニャハハ。まぁ、キー坊が同じ事をしようとしたなら、さすがに それはオレっちも注意したサ」

 

「……本当だろうな?」

 

「そこは信用しろヨ。オレっちとキー坊の仲だロ?」

 

 

 

 そう言うが、キリトの表情は腑に落ちないと言うか、微妙なものだ。

 テスト時からの相応に古い馴染みであるが、当時から彼女は どこか遠慮がない性格である。その為、キリトの人付き合いの苦手さを知りつつ、それで彼を困らせるような事も何度か行なっている前科もある。それを考えれば、彼の渋い表情も無理からぬ事ではあるのだろう。もっとも、性格が悪い訳でもなく、至って善人である事は良く理解しているのだが。

 

 

 

「2人って、ホントに仲が良いよね」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ。普通、男女で それだけ話せるって中々ない事だと思うよ?」

 

 

 

 ハルカの言葉に、シリカはコクコクと首肯し、キリトも確かにと頷く。

 未だ仲が良いと言われて しっくり来る訳ではないが、少なくとも悪い関係でない事は確かだ。家族を除けば、クラスメイトでさえ話した事は ほぼ皆無である事を考えれば、アルゴとの関係は中々に稀有なものなのだろう。

 

 

 ニヤリと、アルゴが笑みを浮かべる。心成しか、その形は不穏なものを感じさせた。

 

 

 

 

 

「フフン、そうだろうサ。何せ、オイラとキー坊は一緒に寝た(・・・・・)事もある仲ダゼ?」

 

 

 

 

 

 そして、その口から不意討ちの爆弾が投下された。

 

 

 キリトは吹き出し、その他の女性陣は各々の驚愕の色を見せた。

 

 

 

「えぇ!? ねねね、寝たって……えええぇ!!?」

 

「ア、アスナ、落ち着いて!」

 

 

「え、キリト君、まさか………」

 

 

 

 (ナニ)を想像したのか、アスナは顔を真っ赤にして狼狽し、ハルカも同じような可能性を脳裏に浮かべて信じられないとばかりに口元に手を添えて驚きを見せる。

 女性陣の、ともすれば責めるような視線に、キリトはブルブルと脳が揺れる程に顔を振り、必死に否定の意を示そうとする。

 

 

 

「いやいやいや!! 違うから! 単に、とあるダンジョンで一緒に閉じ込められて、そこの安全地帯で避難してたってだけだって!!」

 

「本当に?」

 

「信じてくれよ!! 俺に そんな度胸があるように見えるか!?」

 

「まぁ……見えるか どうかと聞かれれば、見えないけど」

 

 

 

 羞恥か頭に血が上っているのか、キリトも顔を真っ赤にして事の真相を語る。シノンが いつもの冷静な口調で意地悪を言い、それにも過剰なまでに反応する。正直、その反応が女性陣を より面白おかしくさせている事に彼は気付いていなかった。同時に、自分が男として情けない事も口走っている事も。

 

 

 

「アルゴ!! 頼むから皆に変な事 吹き込まないでくれよ!」

 

「ニャハハハ!! そう怒るなヨ。オネーサンの ちょっとした愛情表現じゃないカ」

 

「こんな心臓に悪い愛情があって堪るかって……」

 

 

 

 まるで悪びれる様子のないアルゴを見て、キリトも諦めと同時に どっと疲れが押し寄せる。

 

 

 

「そ、そっかぁ。もう、アルゴちゃんも人が悪いなぁ」

 

「オヤオヤ? アーちゃんは一体、ナニを想像したのかナ?」

 

「ななっ、何も変な事は考えてないってば!! もう!!」

 

「ニャハハ!! 可愛いなぁ、アーちゃんも」

 

 

 

 今度はアスナを からかうアルゴ。彼女にとって、キリトやアスナのように正直すぎる人間は格好の相手なのだろう。

 顔を真っ赤にして怒るアスナに、宥めるユウキ。それを横目に呆れるシノン。そして流れる空気に感化されて自分も笑うハルカ。

 

 

 

(……ちょっと前の俺からは、想像も出来なかった関係だよな………)

 

 

 

 何とも姦しい空気の中にあって、キリトは疲れと同時に胸の奥が温まるような感覚を覚えていた。たった半月程度で、自分を取り巻く環境が大きく変わった事に対する感慨も、そこにあった。

 

 

 

「おお~? 何や、随分と面白(オモロ)そうな空気やないかぁ」

 

 

 

 その空気の中に割って入って来る、1人の男の声。

 今この場で、独特の関西弁を操る人間は1人しかいない。

 

 

 

「マジマさん? どうか ―――――――――」

 

 

 

 しましたか、と続けようとしたところで、キリトは言葉が出なくなった。

 彼に続いてマジマを見た女性陣も、誰もが言葉を失い口を僅かに空けてポカンとしている。理由は、彼の顔の“ 変化 ”にあった。

 

 

 

「ヒヒ……どや?」

 

 

 

 いつも通りの凶悪なまでの笑みを浮かべるマジマ。その仕草には、自分を自慢げに見せる幼子のような愛嬌さえ宿っている。

 その顔 ―――――― 厳密には右目の周りが、黒く塗りたくられていたのである。それを意味する事に気付いたシリカが、指を指して驚きを見せる。

 

 

 

「マ、マジマさん……右目(それ)って、まさか……!?」

 

 

「せや。俺も このクエスト受けたんや」

 

 

『 えええええええぇぇ!!? 』

 

 

 

 事もなげに肯定したマジマに、キリト達は大きな声で驚愕した。その中には、アルゴの姿もある。このクエストを受ければ どうなるか、まさにキリトやキリュウが身をもって示したはずである。なのに まさか、今の彼等を見て尚、自分から進んでやろうとする人間がいるとは予想外だったようだ。

 

 

 

「な、何でマジマさんまで……?」

 

「ま、ちょっとした気分転換やな。弱いモンスターを狩るんもえぇが、今日は もう充分やったしのぅ。せやったら俺も、この機会に素手で戦えるもん(スキル)貰おう思ったんや」

 

 

 

 キリトやアルゴにとっては鬼畜で恥ずかしいばかりの内容も、マジマにとっては些末に過ぎないらしい。むしろ、滅多に経験できない事を出来ると、ワクワクしている心情がありありと感じられる位だ。

 大人と言うべきなのか神経が太いのか、それとも単なるバカなのか、彼の事を未だに よく知らない面々は判断に困った。もっとも、一番 付き合いの長いキリュウでさえ「読めない」と半ば諦める程なので、無理もないが。

 

 直後、少し離れた所で轟音が鳴り響いた。更に弟子(挑戦者)が増えた事で、大岩が追加されたのだ。

 

 

 

「愛弟子よぉ~!!! さっさと鍛錬を始めろ~いっ!!!」

 

 

 

 テンソクの促す声も鳴り響く。それを聞いたマジマも待ってましたと笑みを深める。

 

 

 

「よっしゃ、やったるでぇ!! キリュウちゃん、それにキリトちゃんより、早く岩 割ったる!!」

 

 

 

 ちらり、とキリトに挑戦的な視線で一瞥した後、腕をグルグル回しながら岩へと向かった。

 

 

 再び静寂に包まれるキリト周辺の一角。

 相変わらず嵐のように騒がしい人だと、誰もが呆れを通り越して感心さえ抱く心境であった。

 

 

 

「? シリカちゃん?」

 

 

 

 そんな中、不意にシリカが立ち上がる。

 その立ち姿には、どこか気迫に満ちたものがあると、ハルカは感じ取った。そして、おもむろに目線を合わせて口を開く。

 

 

 

「……さっきから考えてましたけど、あたし決めました!」

 

「決めたって、何を?」

 

 

 

「あたしも ―――――― このクエスト受けます!!」

 

 

 

 その内容は、またしても衝撃的なものであった。

 言葉の語気の強さも相まって、漫画の絵面で言えば背景に集中線があるか、稲妻が描かれているかの どちらかであろう姿である。

 

 

 

「シリカちゃんも!?」

 

「お、おいシリカ、本気か!?」

 

「もちろんです! 女に二言はありません!!」

 

 

 

 微妙に違う日本語を用いて、その決意の固さを示すシリカ。立ち上がった瞬間から、何となく嫌な予感が実はしていたとはいえ、その決意が本物であると解って戸惑うハルカとキリト。

 

 

 

「何でシリカまで する必要があるんだ? 受けた俺が言うのもアレだけど、はっきり言って面倒なだけだぞ」

 

「そうかもしれません。だけど、もしかしたらチャンスかもって思ったんです」

 

「チャンス?」

 

「マジマさん、それにキリュウさんの事を、もっと良く知る事の、です」

 

 

 

 思いもよらないシリカの考えに、誰もが先程とは違う意味で驚いている。

 目を伏せ、過去の記憶を思い出しながら、更にシリカは語る。

 

 

 

「以前、マジマさんに聞いた事があるんです。どうして、そんなに強いんですかって。

 そしたら ―――――― 『こないなもん、強いどころか、戦いの内にも入らんわ』って」

 

「“ 戦いの内に入らない ”……?」

 

 

 

 どういう意味なのかと、アスナが首を捻る。

 

 

 

「マジマさん いわく、え~と…あまりにも武器ありきの戦いに傾き過ぎて、あんまり戦ってる実感が湧かないんだそうです。現実(リアル)とは、あまりにも戦いの感触が違い過ぎるって」

 

「……確かキリュウさんも、現実では しょっちゅう喧嘩を売られてるって言ってたっけ」

 

 

 

 キリトも、キリュウの隔絶した強さの秘訣を聞いた際、そのような話を聞いた覚えがあった。アバターのパラメーターが大きく作用するとはいえ、プレイヤー本来の肉体を動かすセンスも問われるSAOでは、確かに喧嘩馴れしていれば動きも抜群に強くなるであろうとは納得できた。そして、マジマと同じく現実ほどの実感を感じないとも。

 

 キリトにも、シリカが言いたい事、そしてキリュウやマジマが何故、自分から進んで このクエストを受けたのか解った気がした。

 

 彼等にとって“ 戦い ”とは、武器だけでなく己が肉体も含めた あらゆるものを用いてのものなのだ。

 だが、SAOでは基本、ソードスキルなど武器を用いた戦いが軸となる。無手では牽制以上の効果が基本 望めず、故に武器のみに絞った戦術を用いざるを得ないのだが、彼等にとっては それが、曰く“ 戦いの実感が湧かない ”現象を感じる要因となったのだろう。

 故に、素手でも攻撃判定を得られると聞いて、2人は喰い付いたのだ。実戦で使えるというもの以外にも、己の心に安定を求める意味でも。戦いに違和感を感じたままでは、今後に支障を来すと考えたのだ。

 

 改めて そう考えると、2人の異質さ、異常さが浮き彫りになる。今まで そのような不安定さを感じながら戦い、その中でも元テスターを大きく超える程の戦果を叩き出したのだから。

 

 

 

「……あたし、解るんです。もっともっと強くならないと、いつかマジマさんやキリュウさんの隣に立てなくなるって。そんなの、あたし嫌です。だから、御二人の強さの秘訣を少しでも身に着けたいんです」

 

「シリカちゃん………」

 

 

 

 もしもの可能性を思い、表情を曇らせながらも強く手を握り締め、自分を拳ながらシリカは語る。そんな妹分の強い決意を感じ取り、ハルカは心を強く響かされる感覚を覚える。

 

 

 

「だから大変だとは解りますけど、あたしも挑戦します。大丈夫です、きっとクリアしてみせますから!! それじゃ、行って来ます!」

 

 

 

 皆にお辞儀をしてから、シリカは踵を返して小屋へと向かった。すぐにでも、テンソクに弟子入りを志願して戻って来るに相違なかった。

 

 

 

 

 

「ふぅ………よし!」

 

 

 

 しばし物思いに耽っていたハルカが、小さく息を吐くと力強く意気込むように声を上げた。

 

 

 

「ハルカ? まさか……」

 

 

 

 先程とは違うハルカの雰囲気に、キリトは再び既視感(デジャヴ)を覚えた。

 

 

 

「私も、やってみようかな」

 

 

 

 そして、にっと柔らかな笑みを浮かべて、そう答えた。

 もはや、大した驚きは出て来なかった。むしろ、彼女なら そうだろうなと達観めいた納得が浮かび上がっただけである。

 

 

 

「見ての通り、大変だぞ?」

 

 

 

 それでも、あまり苦労を負わせたくない思いから、自身に施されたペイントを指しながら改めて問う。

 しかし やはりと言うべきか、彼女の決意は固かった。

 

 

 

「だろうね。でも、きっと それ以上に得られるものは大きいんじゃないかなって思うんだ。それにシリカちゃんが言ってたように、私も もっと強くならないと駄目かなって薄々思ってたの」

 

「そうか……」

 

 

「それに……」

 

「それに?」

 

 

「皆で一緒にやれば、恥ずかしい事だって平気かな、って。私達、パートナーでしょ?」

 

 

 

 はにかみ、そう告げるハルカ。

 その全てを受け入れ、包み込むような笑みに、キリトは目を離せなかった。

 同時に気付く。彼女は先に述べた理由の他にも、未だ恥ずかしい気持ちを持っている自分にも気遣って、自らも同じ立場になろうとしているのだと。

 

 

 

「じゃあ、私も申し込んでくるね」

 

「あ、あぁ………」

 

 

 

 何か、礼を言わねばならないだろうかと考えたところで、ハルカはクエスト受注に行くと言い、思わずキリトも頷いてしまう。踵を返して行った彼女の背を見ながら、ぽりぽりと頬を掻く。申し訳ないやら、ありがたいやら、気恥ずかしいやら、複雑な心情がキリトの胸中を忙しなく動き回っていた。

 ともあれ、ハルカもやると考えただけで不思議と やる気が高まっていく自分を自覚する。単に仲間が増えた事が嬉しいのか、それとも女の子と出来る事に対する、男特有の締まりのない感情か。いずれにせよ、自分も現金な者だと自嘲する他ないとは思った。

 

 

 

 

 

「むぅ~…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「うわぁ~………!」

 

 

 

「ん?………何だ?」

 

 

 

 

 

 不意に、背中に感じた不穏な視線に、背筋が反応する。

 振り向けば、そこにはキリトに視線を向ける4対の目。それぞれ目の色は異なるが、いずれも彼に向けながら何とも言えない感情を浮かべていた。

 

 ユウキやシノンは、どこか物珍しいものに目を向けるものに近い。

 

 対してアルゴやアスナは それとは違うものだった。前者は どこか怒っているような、後者は どこか不安げに近いような、そんな表情だった。

 

 キリトにしてみれば、なぜ彼女達が そんな思い思いの表情を浮かべるのか よく解っていなかった。第三者の目から見れば、先程のハルカとの やり取りは痒みさえ出て来そうな程に小恥ずかしいものだったのだが、変な所で鈍感なキリトには与り知らぬ事であった。

 

 NPCみたく、頭上にハテナマークが浮かび上がりそうな程に首を傾げるキリトを見て、更に思うものが彼女達に出来た様子だった。

 

 

 

 

 

「よし ――――――――― 決めたゾ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 斯くして、事態は ますます大きな動きを見せ始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― で、“ こういう訳 ”か」

 

「みたいですね………」

 

 

 

 渇いた喉を水で潤しながら、キリュウとキリトが話し合う。ちなみに、鍛錬場から少し離れた所に湧水があり、水は そこから無限に汲む事が出来る。厳しい難易度の中の、せめてもの優しさらしい。

 

 

 硬い地面に腰を下ろしながら視線を向けるのは、少し離れた所の崖前だ。

 

 

 

 

 

「せぇいっ!! やあっ!!」

 

 

「えいっ!! えいっ!!」

 

 

「やあっ!! はあっ!!」

 

 

「ふんっ!! この!! このっ!!」

 

 

「ふっ!!  ふっ!!」

 

 

「せやぁ!! はあ!!」

 

 

 

 

 

 響き渡るのは、固い岩に拳を叩き付ける音と、各自が思い思いに上げる掛け声。花も恥じらう少女プレイヤー達が、各地で一心不乱に拳を振るい続けていたのである。

 

 

 結局、シリカに続いてハルカも参戦を表明すると、それに続くように残りの女性陣も全員クエストに挑戦する運びとなった。

 具体的に言えば、何故か やる気を出したアルゴが真っ先に言い出し、その際にアスナも誘う。そしてアスナも どういう心境の変化か、参加を了承。そうするとユウキも手を上げ、芋づる式と言わんばかりにシノンまでも参加する事となったのだ。特にシノンは「何で私まで……」と最後まで ぶつくさ言いつつも、断れない空気を感じ取って意識を切り替えた様子だった。何だかんだで付き合いの良い性格である。

 

 そして、クエストを申し込んだという事は、彼女達もテンソクからの“ 洗礼 ”を受けたという事に他ならない。例外なく、全員が彼の早業で筆を走らされた。

 

 ハルカとシリカ、それにアスナ、シノン、ユウキの5人は、キリトと同じく猫を想起させるヒゲが描かれている。ここは特に捻りなく、女の子らしい印象で統一させたらしい。唯一、アルゴだけは他と違い、自身の通り名であるネズミを思わせる独特のものであった。一見 何も変わっていないように見えるが、微妙に線の向きや太さなどに違いがある。元々彼女が自分で書いていたものの上に重ねて書いたのだ。

 瞬時に描かれたヒゲ(それ)を互いに見せ合って、恥ずかしがる者、面白がる者、奮起する者など、反応は様々であった。ただ少なくとも、男性陣に比べれば ずっと可愛げがあるのは確かだというのがキリトとキリュウが同じくする意見であった。

 

 

 そして男性陣に負けるものかと言わんばかりに張り切る女性陣。中でもアルゴの放つ気迫は目を見張るものがあった。普段の陽気で捉え所のない印象とは打って変わった、一端の剣士としての顔が そこにはあったのだ。

 

 

 

「凄い気迫だな、アルゴの奴」

 

「はい。あんな真剣な顔、テスト時にだって見た事がありませんよ」

 

 

 

 彼女にしてみれば、テスト時代のリターンマッチも懸かっている事を思い出したキリトは、それが理由だろうなと1人 納得する。

 一方キリュウはキリトの言い分に頷きつつも、アルゴが時折 横目でハルカの方を見ているのが気になっていた。結局は、それに特に意味はないかと軽く流してしまったが。

 

 

 

 

 

「……さて。ハルカ達が あそこまで張り切ってんだ。俺も、そろそろ本腰を入れるか」

 

 

 

 十二分に休憩を終え、少女達の頑張りに感化されて心を漲らせたキリュウが、そう言って腰を上げた。その目、表情が、先程までと比べて ずっと力強い印象を感じさせるものへと変化していた。

 

 

 

「なぁ、キリト」

 

「はい、何ですか?」

 

「お前から見て、このクエストは どれ位かかってクリア出来るものだと思う?」

 

 

 

 自分の岩の前に立ってから、後ろで見ているキリトにキリュウは そう尋ねる。顎に手を添え、様々な要因を考えて計算し、キリトは自分の考えを述べる。

 

 

 

「そうですね……本人のレベルとか筋力値にも よると思いますけど、このクエストだけに時間を費やしたとしても、やっぱり3日以上は掛かるんじゃないでしょうか?」

 

 

 

 アルゴはテスト時代、2日目の途中でギブアップしたと言っていた。そしてモンスターやボスキャラクターが そうであったように、やはりクエストも難易度が調整されたと考えて良いだろう。事実、アニールブレードを手に入れる《 森の秘薬 》でも、胚珠が手に入る確率はテスト時よりも下がっていたと言えた。

 そして今回の報酬は、隠しスキルと言うべき、エクストラスキル。開発者の考えも視野に入れれば、調整されていない方が不自然である。

 そういった要素を踏まえ、キリトは その日数を答えた。

 

 

 

「そうか………」

 

 

 

 そしてキリュウはキリトの出した答えに納得するように頷く。

 

 

 

 

 

「なら ――――――――― 俺は1日目でクリア(・・・・・・・)してやるさ」

 

 

 

 

 

 そして、おもむろに そう言ったのだ。

 

 

 

「へ………? ええええぇぇぇッ!!!?

 

 

 

 素っ頓狂な声を出すキリト。キリュウが言った言葉の意味を、瞬時には飲み込み切れなかった。

 しかし、徐々に その意味を理解すると今度は清々しいほどに間の抜けた大声を上げて見せた。

 

 

 

「い、1日って……キリュウさん、本気で言ってるんですか!?」

 

「ふっ。俺は、出来ねぇ冗談を言う趣味は持ってねぇさ」

 

 

 

 笑いながら、比較的とぼけた口調で語るキリュウ。しかし、その口調とは裏腹に その言葉には有無を言わせぬ程の強さが滲み出ているように感じる。言うなれば、強い覚悟のようなものだ。

 まるでボス戦の時を想起させるキリュウの言葉に、キリトは彼が本気である事を確信する。

 

 

 

「だけど、どうやって………」

 

 

 

 理解はしたが、それで納得できるかは別問題だった。

 この場で、最もレベルとパラメーターが高いキリトでさえ、全くクリア出来る感触を得られていない。そのキリトよりもレベルが下のキリュウに、はたして1日以内で終わらせられるのか、疑問を抱くのは至極 当然と言えるだろう。このゲームでは、当人のセンスもあるが、やはり数値(パラメーター)に支配されてしまうのがSAOの理と言えるのだから。

 

 

 

「どうするか、か。実を言うと、特に大した事は考えてない」

 

「え?」

 

 

 

 予想外の返答に、目を丸くする。

 軽く困惑しているキリトを尻目に、キリュウは言葉を続ける。

 

 

 

「ただ、俺に出来る事と言えば限られるからな。

 

 

 だから ―――――――――」

 

 

 

 おもむろに、キリュウの両脚が肩幅ほどに広がる。僅かに腰を下ろし、両腕も持ち上げて、ボクシングなどを思わせるファイティングポーズを定める。

 

 

 

 

 

「せめて ―――――― 全力でやるだけだ………」

 

 

 

 

 

  “ ―――――――――――― ; ―――――― ”

 

 

 

 

 

(っ………?! 何、だ……?)

 

 

 

 そこには、剣を持っている時とは また違う、独特の威圧感があった。後ろから ただ見ているだけにも かかわらず、思わずキリトは瞠目し、固唾を飲んだ。

 どうして そんな反応をしたのか、キリト本人にも理解できない。ただ、思考では理解できない、心を強く揺さぶる“ 何か ”がキリュウから発せられているのだと、おぼろげ ながらに察する事が出来た。

 

 

 

「ふぅ………」

 

 

 

 キリュウが、深く、それでいて静かに呼吸を行なう。

 息一つだけでも、彼が宿す緊張感が直に伝わって来そうな不思議な感覚に、キリトも自然と緊張感を増し、食い入るように その背中を凝視していた。

 

 

 

 

 

「っ!!  はあああああああッ!!!!!

 

 

 

 

 

  ドオオオオオオンッ!!!!

 

 

 

 

 

 そして ――――――― 遂に その拳は揮われた。

 

 

 凄まじい轟音が岩とキリュウの拳から発せられる。そう、“ 轟音 ”である。

 おそらく、どうやってもプレイヤーでは勝てないように設定されているテンソクには及ばないものの、それを彷彿させる程の迫力と力強さが そこにはあった。

 今まで見て来たものとは まるで違う拳に、キリトは元より、遠目で音を聞いたハルカを始めとする女性陣も思わず手を止めて眺め始める。

 

 

 

「でやあっ!! はあっ!! とおっ!! むうぅんっ!!  とああっ!!!」

 

 

 

 力強い掛け声と共に、その拳を、時には蹴りも織り交ぜて岩へと叩き込む。素人目から見ても、その四肢の立ち振る舞いは荒々しくも、並ではないと解るものだった。

 

 

 これは、キリュウが若い頃に修めていた戦闘スタイルの1つである。

 良く知る面子からは《 チンピラスタイル 》と呼称された事もある、荒々しさと汎用さ兼ね備えた喧嘩術だ。

 

 年月を重ねて喧嘩の腕も洗練されて来ると あまり使わなくなったが、時間と共に鈍った体を鍛え直す意味合いも込めて、現在も時折 用いる事がある。

 特に今は、パラメーターの問題で本来の力が満足に発揮できない為、若干 無駄は増えるものの、十二分に体の力を使える このスタイルは適任だと踏んだのだ。

 

 それでも、岩はビクともしていない。むしろ、やはりキリュウの手足の方が固さ負けしているのが解る程だ。

 それでも、キリュウの勢いは微塵も衰えない。ある程度 独自のコンボが終わると、岩を中心にぐるりと動き始める。まるで岩その物を仮想敵と見なしているような動きだ。壊さねばならない物だと考えれば、あながち間違ってはいないが。そして角度を変え、再び拳を叩き込み始める。先程と同じように、時には蹴り、そして裏拳や(はた)きといった様々な攻撃を加えながら、手足を縦横無尽に揮わせて行った。

 

 

 

 

 

 そんな、一種のパフォーマンスとさえ思えるキリュウの動きを、遠目で見詰める1人の男がいた。

 

 

 

「おぉ~? キリュウちゃん、何や本気 出し始めたみたいやなぁ」

 

「はい……凄いです、キリュウさん……!!」

 

 

 

 他でもない、マジマである。その隣では、弟子を称するシリカが並んで共に拳を揮っていた。

 

 

 

「ヒヒヒ。何や、えろぅ懐かしい戦い方しとるやないか。相変わらず何してもゴッツいのぅ」

 

「懐かしい戦い方、ですか?」

 

「せや。キリュウちゃんも、あぁ見えて中々器用やからな。色んな戦い方 知っとんのや」

 

「へ~~」

 

 

 

 格闘技だって満足に見た事がないシリカからすれば、キリュウのように自由自在に手足を操る動きを見るだけでも強く心を動かされるものがあった。まるで観客席で見る人間のように、目を輝かせている。

 そして、そんなキリュウの姿を見て心動かされた人間が もう1人いる。

 

 

 

「よっしゃ!! 俺も負けてられへんでぇ!!」

 

 

 

 言うまでもなく、マジマだ。

 自分が何よりも執着して止まないキリュウの、久々に見る喧嘩の腕を揮う姿を見て、生粋の戦闘狂である彼が疼かない訳がなかった。

 シリカ以上に、そのパンダを思わせる顔の目を輝かせて、今まで以上に気迫を体に充満させていく。岩を見つめながら明らかに変わっていくマジマの雰囲気を間近で感じ、シリカも目を見開かせて息を呑む。

 

 

 そして、おもむろに その体勢を変化させた。

 

 

 小さく息を吐きながら、足を肩幅まで広げる。そして背を猫のように曲げ、左手を脱力したようにダラリと下げ、右手は肩まで上げて構えた。空手とも、中国拳法とも つかない 独特の構えは、キリュウが見せたものに比べれば一見 大したものではないようにも見て取れるものだった。

 

 

 

「はっ!! ほっ!! ぬぅんっ!! でええいやっ!!」

 

 

 

 そして、攻撃が始まる。

 シリカが最初に驚いたのは、マジマが左手から攻撃を始めた点だ。既に構えていた右ではなく、防御にでも使うのだろうと ぼんやり考えていた左からの攻撃は、思わず虚を突かれた思いを抱かせた。無論、それはマジマの意図するところであり、対峙する人間の意表を突く目的で そういった方法を取っているのだ。

 シリカの驚きを尻目に、マジマの攻撃は続いている。左手で振り被ると、今度は戻す動きを利用して肘打ち、そして勢いよく右手を振り被り、それが終わると一瞬 姿勢を低くした後、強く踏み締めた左脚を全力で振り上げたのだった。

 それら一連の動きは、時間にして3秒もない短時間の内に行われた。キリュウのスタイルに比べれば力強さはないが、それ以上に技の素早さ、そして無駄の少ない華麗さを兼ね備えた動きであった。

 

 これは、マジマが得意とする《 喧嘩師スタイル 》と称する喧嘩術だ。特に若い頃に多用していた技である。マジマといえばドスを用いた独自の技が持ち味であるが、素手での喧嘩の腕も超一流である。

 このスタイルは一撃一撃の重みよりも、自身の身軽さと手数の多彩さを最大の武器とする、ある意味 彼の真骨頂の1つと言えるものだった。

 

 まだまだ彼の技は止まらない。

 再び拳を揮うや、今度はタコ殴りにするように連続で殴り続けたり、時には回転を加えた後に その長く鋭い足で突き刺すような蹴りを見舞ったりと、まさしく縦横無尽な動きを披露し続けたのだった。

 

 

 

 

 

「す、凄い……!」

 

「何て無駄のない動きなの? あれが人間に出来る動き……っ…!?」

 

「マジマさんもキリュウさんも、素手で あんな動きが出来るなんて……!」

 

 

 

 アスナもシノンもユウキも、初めて見る無手術(ステゴロ)に驚きと興奮を隠せなかった。

 只者ではないと解っていた。ソードスキルを自在に操り、それがなくとも他を圧倒する地の強さ。ボス戦で見た、2人の“ 背中 ”も それらを象徴するものであると頭では理解していた。

 だが、今の2人には それらとも違う力強さがあった。野性的、原始的、根源的、様々な言葉が浮かんで来るが、どれが正解かは解らない。ただ、純粋に“ 強い ”と他に与える印象は、圧倒的であった。もしかしたら、それらがシリカが語った2人が感じる事が出来なくなっていた“ 戦う感触 ”の一端なのかもしれない。

 

 

 

「……やっぱり、おじさんもマジマさんも凄いなぁ」

 

 

 

 皆と同じく2人の様子を眺めていたハルカが懐かしむ口調で ぽつりと溢した。

 

 

 

「ハルカちゃん、もしかして知ってたの?」

 

「まぁね。2人と知り合って、もう6年は経ってるし。今までも、何度か2人の喧嘩は見た事があるよ。まぁ、喧嘩って言う割には、激し過ぎる事も儘あったけど」

 

「……2人って、一体どういう関係なの?」

 

「ん~……まぁ、“ 喧嘩するほど仲が良い ”ってヤツじゃないかな、多分。少なくとも、お互いに嫌い合ってるって事はないよ」

 

 

 

 2人の素性などは、何となくでも想像が出来る。それでも、今一つはっきりとした関係性が解らないのがアスナを始めとする面々の意見だった。少なくとも、真っ当な人生を生きている人間には中々理解し難い関係なのは確かであろう。ハルカも、時間と共に慣れただけで、言うほど理解できていないのが本音である。ただ、キリュウが無条件で慕っている人物だから、自分も敵意を抱く事は一切ないというところだった。

 

 

 

「何とモ、不思議な関係もあったもんダナ………」

 

 

 

 感心と呆れが綯交ぜになったような気持ちで、アルゴが言った。

 

 まさに その一言に尽きると、他の面々も頷き、ハルカは苦笑気味に笑うばかりだった。

 

 

 

 

 

 女性陣の思い思いも何のその。キリュウとマジマの本気を出した動きは全く留まるところをしなないとばかりに続いている。

 それを、キリトもシリカも網膜に焼き付けんばかりに見詰めている。何割かは見惚れている感情があるが、その実は2人の体の動きを見極めんとしての事であった。正直、専門的な事は2人とも てんで解らないが、それでも この上ない見本がある以上、見ない手はなかった。クエストをクリアする為、そして2人の強さの真髄を少しでも理解する為、モンスターの動きを見切る時以上の集中力をもって ひたすらに見る。

 

 

 

「………ふっ」

 

 

「………ヒヒッ」

 

 

 

 そんな2人の視線を感じつつ、岩の四方を動きながら互いに目を合わせたキリュウとマジマは、何かを理解し合うように自然と笑みが零れる。

 

 そして それを合図とするように、2人の動きの強さ(ギア)は更に段階を上げた。

 

 

 

 

 

「はあっ、はああっ、むんっ、とおおっ!!  せええいやっ!!!」

 

 

 

「よっ、ほっ、ほっ、おらっうらっせやっとあっ、でえええやっ!!!」

 

 

 

 

 

 拳や腕、足を揮うスピードもキレも増していく。その手や足は、固さで優る岩に叩き付けられる事で、確実に痛めるような違和感が蓄積されているはずである。にも かかわらず、2人の動きは まるで衰える様子がない。

 ますます その速さを増し、参考にしようと見ていた者は 限界を感じさせない2人に ただ驚くばかりだった。

 まるで、言葉にはせずとも互いに“ 負けない ”という思いが そうさせているようだった。マジマは元より、やはりキリュウも元来 負けず嫌いな性分なのだ。

 

 

 

 

 

 もし この場に観客がいれば歓声が上がり始めていたであろう2人の挑戦。

 

 

 

 

 

 変化の時は、唐突に訪れた。

 

 

 

 

 

 

  ピキッ………

 

 

 

 

 

 

 不意に、今まで響いた事のない音が鳴った。

 最初は、キリュウとマジマの掛け声などもあって誰も気付かなかったが、それが2、3度と続くと ようやく気付く者が出始めた。

 

 

 まさか、という空気が にわかに流れ始める。

 

 

 あり得ない、と思う者もいる。

 

 

 それは、アルゴだ。

 

 テスト時、彼女は2日もの間、寝る間も惜しんで一心不乱に慣れない殴打や蹴りを駆使してクエストをクリアしようとした。

 だが、結局それは果たせず、根負けして今に至る。経験者だからこそ、こんな短時間で もう“ 変化 ”が訪れるなど、考えられなかった。

 

 

 だが、当人は違う。

 

 

 間近にいるからこそ、そして何よりも信頼している己の体が顕著なまでに感じているからこそ、“ それ ”は確実であると確信できたのだ。

 

 

 お互いに口角を上げるキリュウとマジマ。

 

 

 そして、2人は行動に出た。

 

 

 ほぼ同時に、岩から2歩ほどの距離を開けた。

 そして姿勢を低くして両脚で踏ん張り、腰を捻り、互いに利き腕である右手を握って後ろへと引いた。ギギギ、と音が聞こえる程、偽の筋肉が はち切れんばかりに力が込められていく。

 

 小さく、息を吐く。

 

 それによって、余分な力と緊張が抜けていく。しかし、2人が その身、右腕に宿す力は微塵も衰える様子はない。むしろ、余計なものが減った分、より洗練された立ち振る舞いが そこにはあったのだ。

 

 

 見る者の緊張感は、徐々に徐々に高まっていく。

 

 

 

 

 

 そして ――――――――― それが存分に高まった頃合いに ――――――

 

 

 

 

 

 

 

「 うおおおおおおおおあああああっ!!!!!!! 」

 

 

 

「 いいいいいいいやああああああっ!!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 限界まで引き絞られた弓の如く、2人の右腕は岩へと叩き込まれた。

 

 

 

 ズウウウンッと爆薬でも使ったのかと錯覚する程の轟音が鳴り響き、その勢いの余波が、離れて見ていた面子にさえ届いているかと思える程だった。

 誰もが声も出ず、静かな沈黙が修練所に流れる。拳を突き出したまま、キリュウもマジマも微動だにしない。気迫も まるで衰えぬ姿は、武術の“ 残心 ”であろうか。

 

 

 

 

 

  ピキッ………ビキキキツ………

 

 

 

 

 

 やがて、それ(・・)は来た。

 

 

 

「あ…………!」

 

 

 

 軋むような、形ある物が その形を崩す独特な音が響く。それは、この場にいる人間の琴線に触れられ、誰もが声を漏らす。

 そうしている間にも音は徐々に大きくなり、叩き付けられた拳を中心に、その大岩の表面に罅が走っていく。

 

 

 

 

 そして、やがて ―――――― まるで卵の如く、大岩は2つに割れた。

 

 

 

 

 

「やっ………やった……!!」

 

 

 

 キリトは夢にまで見たと言わんばかりに、まるで自分の事のように、思わず両手を強く握り締め、感極まった様子を見せる。

 

 

 

「おじさん……!!」

 

「凄いです、マジマさん!!」

 

 

 

 ハルカ、シリカも同様であった。

 2人とも満面の笑みを見せ、今すぐにでも飛び跳ねんばかりに喜び、称賛の声を上げた。

 

 

 

「本当に、割っちゃった……!」

 

「凄い……本当に、凄いや!!」

 

「何て人達なの、2人とも……!」

 

「こ、こんな事って……!!」

 

 

 

 アスナ達も、目の前で見せ付けられた信じられない光景に、誰もが驚きと興奮を隠せないでいた。特にアルゴの驚愕は強く、普段は滅多に見せない狼狽ぶりを見せている。しかも普段 用いている独特の口調も忘れる程だった。

 

 

 外野が思い思いに沸き立つ中、事を為した当人達は至って冷静であった。

 体勢も自然体に戻し、残心も完全に解いて大きく息を吐く。ふと、互いに目線を合わせる。自然と、どちらが早く割るかの勝負をする態になったが、結果は互角だったという形に終わり、2人は それぞれの想いから笑みを浮かべ合う。

 

 

 

「見事だ!! 貴様達の奮闘、見せて貰ったぞ!!」

 

 

 

 不意に、2人を力強く称える声が響き渡る。

 声のした方を見れば、テンソクが腕を組みながら立っていた。その表情は厳ついながらも、同時に心から喜んでいると解る笑みを浮かべている。

 

 

 

「どうだ、これで文句ねぇだろ」

 

「中々楽しめたでぇ。何や、10歳は若返ったような気分や」

 

 

 

 キリュウとマジマはテンソクに近付きつつ、各々の思いを語る。そこには見事に難事を やり切ったという

充足感が満ち満ちていた。

 不敵とさえ言えるような2人の言葉に更に満足するように、テンソクは強く頷く。

 

 

 

「むははははははっ!!!! まだまだ足りぬと言わんばかりの その余裕、ますます気に入ったぞ!! 

 だが、俺に出来る事は最早ここまで。既に お前達には、充分過ぎる程の力が備わっているはず。さぁ、後は実戦あるのみだ。ここより野に出で、更に磨きを掛けるが良い!!」

 

 

 

 テンソクの その言葉を合図とするように、キリュウとマジマの眼前にログの更新を知らせる文が浮かび上がった。

 

 

 

  :《 体術の極意 》CLEAR :  エクストラスキル・《 体術 》を会得しました。

 

 

 

 同時に、経験値も追加される。さすがにボス戦などには及ばないが、ステータス画面のバーを大きく埋める程の量であった。元テスターでさえ根負けする程の難易度だけに、かなり多めに設けられていたようだ。

 

 

 

「おおっと、忘れるところだった。そぉら、これで顔を拭うが良い」

 

 

 

 そう言うと、テンソクが2人に ある物を投げて寄越した。受け取って見ると、それは一見 変哲もない手拭いのようであった。試しに顔を拭いてみると、何をやっても落ちなかった顔の墨が、見事なまでに拭き取られているのが解った。数度 拭いた後には、普段通りの顔に元通りになった。

 

 

 

「これで、完全制覇か」

 

「何や、終わってみると寂しいもんやなぁ……」

 

「ふっ……そうか?」

 

 

 

 全力を尽くした完全燃焼の結果か、ちょっとした喪失感が胸の内に去来し、2人は しばし物思いに耽った。

 

 

 

「おじさん」

 

「マジマさん!」

 

 

 

 そこにハルカとシリカを先頭に他の面々も続々とやって来る。皆、驚きと共に称賛する眼差しをキリュウとマジマに向けていた。

 

 

 

「クリアおめでとう。さすが、おじさんだね」

 

「フフ。ありがとうよ、ハルカ」

 

「本当に凄いです! あたし、感動しちゃいました!!」

 

「ヒヒヒ。ま、ざっと こんなもんや」

 

 

「まさか、本当に今日中に終わらせてしまうなんて……」

 

「どうだ、キリト。為せば成るもんだろう?」

 

「はい……お見それしました!」

 

 

 

 まるでフィクションの世界のような顛末を見せてくれたキリュウとマジマに、キリトも頭が下がるばかりだった。既に抱いていた尊敬の心も、この数時間の間に益々大きくなった様子である。

 

 

 

「本当に、やったんダナ……それも、こんな短時間で」

 

「アルゴ」

 

「なぁ、参考までに教えてくれないカ? どうすれば、そんな真似が可能にナル?」

 

 

 

 このクエストは極めて難しいものだと、1日でクリアするなど到底 不可能だと、アルゴは経験則から断じていた。情報屋としても、そして個人的な性分としても、様々な要素を鑑みて導き出した一種の“ 勘 ”は、ほとんど外れた事はなかったのだ。

 それを、キリュウやマジマは あっさりと ぶち壊してくれた。いっそ、清々しい程に。

 プレイヤーとして、情報屋として、そして1人の人間として、どうしても聞いておきたい事であった。

 

 

 そんな彼女の真摯な眼差しを受け、キリュウとマジマは互いの目を合わせる。そしてマジマの笑みを見たキリュウは、小さく頷いて自身の考えを述べる。

 

 

 

 

 

「そうだな。多分、こういった体を使った経験とか、必要になる技術の事とか、細かく話せば色々あるんだと思う。

 

 

 だが、あえて俺が述べるとすれば………それは“ 気持ちの持ち様 ”だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!! はっ!! はあっ!!」

 

 

 

 既に日は沈み、空には星々が輝く頃合いになって来ていた。

 

 女性陣や風魔忍軍といった他の面々は、もう就寝に入っている。

 

 

 その中で、キリトは未だ拳を岩へと叩き込んでいた。

 

 

 

「ぐっ……!!」

 

 

 

 無理に強く叩いた影響で、また右手に違和感が走る。現実なら、とっくに皮は捲れて筋組織が露わになっていても不思議ではない程だ。

 しかし それでも、キリトは歯を食い縛って再び拳を握り、息を整えて岩叩きを再開する。

 

 

 キリトは、キリュウが語った言葉を思い出していた。

 

 

 

 

 

(俺は乗り越えるべき勝負の時には、必ず考える事がある。それは、“ イメージ ”だ)

 

 

(イメージ……?)

 

 

(難しい話じゃない。ただ、負けた時の事とか、乗り越えられるか どうかの不安な気持ちは一切 考えないようにしている。特に、俺は元来 不器用な性分だからな。だから喧嘩1つにしても、俺自身の拳を振るえば、全てを ぶっ飛ばせると自分で自分に言い聞かせるようなもんだ)

 

 

(拳、1つで……)

 

 

(今回のクエストにしてもそうだ。たとえ どんなに硬い岩だろうが、俺が全身全霊の力を振るえば、必ず割れると信じ切って ひたすら殴り続けた。特に、今の体はアバターだからな。たとえ指がイカれようが、腕が曲がろうが、問題ないと考えれば余計な躊躇もなく、ただ ひたすらに全力を出し切る事も出来た)

 

 

 

 はっきり言って、言ってる事は滅茶苦茶なものだった。要は、感じる痛みや違和感もないものとして扱えという、感じる生物である人間の特性を かなぐり捨てろと言うも同義だ。

 

 

 だがキリトの脳裏には、もう それを成し遂げた男の姿がハッキリと焼き付いている。

 すると不思議なもので、キリト自身も同じ事をすると、最初とは まるで違う感覚で体が動かせたのだ。違和感を感じれば すぐに引っ込んでいた やる気が、今は萎える以上に負けん気に近い感情が沸き上がるようになったのである。

 

 

 気持ちの持ち様 ―――――― まさに、キリュウが語った事そのものだ。

 

 

 あぁ在りたい、彼のように やってみたいと思う気持ちが、キリトに本来持つ以上の力を揮わせていた。いや、もしかしたら本来持つ力を無意識に制限していたのが、今は その箍が緩くなっているのかもしれない。

 

 

 そうして、時折キリュウらから殴る際の体の動きをレクチャーされながら、その言を受け入れつつ、ひたすらに打ち続ける。

 

 

 

(もう俺は、2度と こんな事はしないだろうと思っていたのに)

 

 

 

 キリトの脳裏に浮かぶのは、彼にとって未だに忘れられぬ、忌まわしい記憶。

 かつて幼かった頃に起きた、事件に巻き込まれるまでの人生に大きく関わった事柄だった。

 その経験から、自分は もう今のような体を酷使する事はないと決め付けていた。そんな事をしても、肉体以上に心を傷付けるだけだと。

 

 

 だが、今は違った。

 

 

 確かに、強い違和感はある。疲労で、吐き気すら催しそうになる。

 

 しかし それ以上に、心が解き放たれる感覚があった。拳を、腕を、肩を、腰を、全身を動かす度に、今まで凝り固まっていた自身の殻のようなものを剥ぎ取って行くような不思議な感覚が。

 

 かつて、似たような感覚に覚えがあった。

 

 

 そう ―――――― 一度は死すら覚悟した、第1階層の王を屠った時に近い感覚だ。

 

 

 あの時も、無我夢中だった。ただ、目の前の巨大な存在を斬り裂く、それだけが彼の全感覚を支配していたのは おぼろげに覚えていた。

 

 

 

(もっとだ……! もっと、もっと速く、もっと強く!!)

 

 

 

 キリトは、更に自身のギアを上げる。

 

 

 こんなものでは、彼には ―――――― いつでも、自身の遥か先を行く、大きな背には到底 届きはしないと、まさに死に物狂いな気迫を伴って腕を振るう力を増していく。

 

 

 

 

 

 彼はただ、只管(ひたすら)に殴り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、キリトは不思議な感覚を覚える事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは まさに ―――――― 時の流れさえ変わっていくような感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 

 

 テンソクの小屋の扉が静かに開かれる。

 出て来たのは、ハルカだ。続きを翌日の この日に持ち越す事になった女性陣は、小屋の中で夜を過ごす事にした。残る男性陣は、テンソクから毛布を貰い、野宿である。

 

 

 

(キリト君、どうしたかな……結構 遅くまでやってた気がするけど……)

 

 

 

 頬に書かれたヒゲを撫でながら、ハルカは遅くまでクエストを続けたらしいパートナーの事を心配する。この世界では状態異常(デバフ) 以外に病気になる事はないとの事だが、それでも無茶をするのは嫌だった。

 敬愛する男性の影響を受けて奮起するのは良いが、程々にしてほしいと思いつつ、彼の所へと向かう。もし変な寝方をしていたとしたら、せめて毛布くらいは被せてあげようと考えていた。

 

 

 

「あれ……?」

 

 

 

 まだ日も完全に差し込まず、聳え立つ崖で辺りが まだ薄暗い中、ハルカは あるものを目にした。

 

 

 

「おじさん? 何してるの?」

 

 

 

 それは、キリュウだった。

 彼自身クエストをクリアした後も、この場にいる全員にマジマと共に体の動かし方の簡単なレクチャーをしていた。そして、彼も遅くまでキリトの鍛錬を見守っていたはずだったが。

 

 

 

「しっ………」

 

 

「?」

 

 

 

 振り向いて、音を立てるなと口に指を当てて指示する。

 言われた通り、声を立てず、静かにキリュウに近付く。

 

 

 

「あっ………」

 

 

 

 そして、キリュウが見ていた視線の先を見て、思わず声を出した。

 

 

 

 その すぐ後には、朗らかな笑みも浮かべる。キリュウも同じく笑みを浮かべ、ハルカと見合わせてから更に笑った。

 

 

 

 

 

 その視線の先にあるのは、1人の姿。

 

 

 

 

 

 

 硬いゴツゴツした岩肌の地面の上で、大の字に寝そべるキリト。

 

 

 

 

 精も根も尽き果てたとばかりの脱力ぶりは、歳以上に幼く見えるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼の近くには、文字通り ―――――― 真っ二つに割れた大岩(・・・・・・・・・・)が転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

SS(サイドストーリー):ステゴロの極意( 完 ) 》

 

 

 

 

 





ちなみに、女性陣は2日目の夕方頃に全員終え、風魔忍軍は4日かかったという。



というわけで、春が本番になっての初めての投稿となります。
本当に、日中は温かくなってきました。そろそろ、上着も要らなくなる頃合いですね。

今回、格闘などに関しては筆者は丸っきり素人ですので、ほぼ独断と偏見で語っておりますので、そこはご了承下さいね。


次回は、新たな新キャラを登場させようと思っております。
また いつになるかは解りませんが、どうかお楽しみに。





:追加:

師匠キャラ、テンソクの設定です。



● テンソク(Tensoku)

  CV:若本(わかもと) 規夫(のりお)

 身長:189cm  体重:90kg  年齢設定:43歳


第2層、《 修練者を見下ろす巌 》で1人立つNPC。彼と話す事で生じるクエスト・《 体術の極意 》をクリアする事で、エクストラスキル・《 体術 》を入手できる。
見た目は厳つい武人肌だが、同時に気前の良い言動から良い兄貴分といった雰囲気を見せる事もある。しかし、武に対する心は達人そのもので、不正(アイテム使用など)をしようものなら、情け容赦なしの剛腕を揮う。拳だけでなく脚力も凄まじく、動体視力に優れるキリュウでも視認し切れない程のスピードを見せ付けた。
挑戦者に墨でヒゲを書いたりするのは、流派の代々当主に伝わって来た事。もっとも、創設当初は もっと苛烈で、逃げ出す者には死を、と死の呪いを書き込む呪術の側面があった。しかし過去に起きた出来事で呪いの力を失い、純粋な武術に変化した事で単に嫌がらせな面のみが残った。消えない墨や、それを落とす手拭いは その頃からの聖遺物を利用した物である。


キャラの由来は、若本氏が演じて来たキャラを組み合わせたもの。
外見は『 ジャイアントロボ・地球が静止する日 』に登場する戴宗。名前は戴宗が原作・『 水滸伝 』で天速星の生まれ変わりという設定から。足が速いのも そこから。
言動の一部には『 テイルズオブデスティニー2 』に登場したバルバトス・ゲーティアより。



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