SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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まことに、お久し振りです。具足太師でございます。


1年以上の期間を空けながら、恥を忍んで戻って参りました。続きを待っていて下さった皆様、本当に申し訳ありません。


去年の終わり頃から急速に やる気を失い、悶々としながら過ごしてきました。
しかし、本年末に『 龍が如く6 命の詩。 』が発売される事、『 ソードアート・オンライン 』の飛躍は止まらない事、そして未だ私の小説を見て下さる人がいるのを見て、ようやく筆を執る気力を取り戻しました。


今回は少しずつ書いて行った、半ばリハビリに近い物であり、今後も やはり書くスピードは鈍足の極みですが、それでも頑張って書いて行こうと思います。


それでは、1年ぶりとなる拙作の続きを、ご拝読ください。





『 集いし剣士達 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸の鼓動が、現実なら爆ぜんばかりに早鐘を鳴らしている。

 

 

 呼吸も乱れている。落ち着かせようとしても、なかなか治まらない。

 

 

 得物を握る手も、必要以上に力を籠めているのを自覚する。現実なら汗で一杯のはずだ。

 

 

 

 

 

「―――――― 間に合った……のか……?」

 

 

「―――――― あぁ……間一髪やったけどな」

 

 

 

 

 

 まだ、今が現実かどうかも認識し切れてないようだ。

 

 足元から揺れそうになる自我を、頼れる兄貴分の声が しっかり支えてくれた。

 

 

 

 その お陰で、俺は ようやく理解できた ―――――― 何よりも大事な者を守れた、と。

 

 

 

 

 前方に注意を払いながら、後ろを覗き見る。

 

 

 

 気を失ってはいるが、全てを(なげう)たんとしてまで守ろうとした少女が、そこにいた。

 

 

 

 ようやく、ようやく会えた。この時を どれだけ待ち望んだ事か。

 

 

 

 実際は たった数日でしかなかったが、俺にとっては一日千秋にも等しい想いだった。

 

 本当なら、もっと穏やかに再会したかった。会ってすぐ、あの優しい声を聞かせてほしかった。

 

 

 

 だが今は ――――――――― それは叶わない。

 

 

 

 得物を握る手に力が籠る。そして、前を見る。

 

 

 そこには、赤き巨躯の獣がいる。

 

 大切な者を蹂躙しようとした、許し難い存在が。

 

 

 意識すると、更に心が荒ぶるのを感じる。

 

 止まらない。止めようとも思わない。(あれ)には、そんな必要は無い。

 

 

 

「……随分と好き勝手やってくれたようだな。この落とし前、きっちり着けてもらうぜ」

 

 

 

 少しでも怒気を吐き出そうと言葉を口にする。だが、駄目だ。余計に心が苛ついてきやがった。

 

 得物を握る右手に、今までに無い程に力が籠るのを自覚する。

 

 

 

 その手が、心が、俺に語りかける ――――――――― この敵を許すな、と。

 

 

 

「マジマの兄さん」

 

 

「おぅ!」

 

 

 

 俺の呼び掛けに、兄さんは全て解ってるとばかりに答える。

 

 改めて相手を見る。頭上の名前の所には、レベルが11とある。ざっと、俺達の倍近い数字だ。

 

 普通なら、このレベル差は避けるべきなんだろう。何となくでもそれは理解している。

 

 

 

 だが………知った事か!

 

 

 

 

 

「ヒヒッ! レベルは俺らより上……ちゅう事は ―――――― 楽しませてくれるんやろなぁ(・・・・・・・・・・・・・)!?」

 

 

 

 

 

 兄さんも怯むどころか、そう叫んで嬉しそうに構える。まったく、末恐ろしいまでの頼もしさだ。

 

 

 敵も、ようやく俺達を敵と見なしたようだ ――――――――― それで良い。

 

 

 

 

 

「行くぞ……兄さん!」

 

 

「よっしゃっ!! 暴れるでぇ~!!!」

 

 

 

 

 

 俺達は、お前を(ころ)す覚悟がある。

 

 

 

 

 

 だから ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 手加減はしねぇ ―――――― 殺すつもりで……かかって来い!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだ……あれ(・・)は……」

 

 

 

 キリトは、呆然としていた。

 

 突如して見知らぬ男2人が崖上から現れ、ハルカの危機を救った。

 そして僅かに彼女を一瞥すると、仇を見るような眼を光らせて敵に突撃して行ったのだ。

 

 唐突の出来事に戸惑いながらも、入れ替わるようにキリト達はハルカのそばに寄り、成り行きを見守ろうとした。

 

 

 

 そして今、彼等の目の前では“ 信じ難い光景 ”が広がっていた。

 

 

 

 

 

「うおおおぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 逆立ったような髪の男 ―――――― キリュウの咆哮が戦場(フィールド)に響く。

 曲刀・ファルシオンを両手で持ち、ワイルドヒート目掛けて駆ける。無論、相手とてボスキャラ、ただ突っ立っている訳では無い。口が利けるなら「猪口才な」と言わんばかりに、その大きな口で噛み砕こうと迎え撃つ。

 

 

 

「うらあぁぁっ!!!!」

 

 

 

 だが、男には無意味だった。

 そんな動きは見えてるとばかりに避け、あまつさえ すれ違いざまに曲刀を口めがけて振るったのだ。刃は確実に口の端に喰い込み、勢いそのまま、刃は頬の辺りまで斬り裂いてしまった。赤黒い敵の体に、大きな赤い刀傷(エフェクト)が彩られる。

 それだけでも驚くべき動きだが、まだ男の攻撃は止まない。1度 振り被った腕に更なる力を加え、勢いは そのままに振り返り、そして無防備を晒していた大きな尻を斬った。

 

 

 

「はっ! ふんっ!! てぇい!!! でやぁっ!!!! おおらっ、どうしたぁ!!!!!」

 

 

 

 更にそのまま、縦に横にと、振り被っては手首を返して逆に振るを繰り返し、あっと言う間に5連撃は叩き込んでしまった。彼の者の容姿も相まって、まるで古の豪傑を思わせる恐ろしく豪快な攻撃である。

 

 

 

「うらあっ!! 余所見してたらアカンでぇ!!!」

 

 

 

 片や、眼帯を付けた短剣(ダガー)使い ―――――― マジマも負けてはいない。

 一言一言が耳に響く金切り声のような叫びを上げながら、隙を晒す敵に対し縦横無尽に得物を振るう。その身のこなしはダンサーか暗殺者のようだ。

 

 

 

「よっ! ほっ!! うりゃっ!!!」

 

 

 

 ターゲットが移り、代わりに集中的に狙われるものの、ワイルドヒートの攻撃は ことごとく躱される。それも、わずかに腰を下ろしたり、少しばかり体を捻るだけといった、必要最低限の動きである。ギリギリではあるものの、それ故に反撃も容易な状態に持ち込んでいる。

 

 

 

(のろ)いのぅ……でえぇぇいやっ!!!

 

 

 

 そうして一瞬の隙を見付けては、顔や足に次々と斬撃を入れていく。そして程良いところで再び死角に入るように回り込み、攻撃を続けていく。

 その滑らか かつ不規則な動きは、さながら蛇の如しである。曲刀持ちの男と大差ない長身でありながら、何故それ程までに動けるのかと思える位、身軽な身のこなしだった。

 そして10回は斬ったところで、ワイルドヒートが逃げる形で距離を開けた。凄まじいまでの連続攻撃を受け、ワイルドヒートの顔は斬り傷(エフェクト)だらけになっていた。

 加えて短時間に幾度も攻撃を受け続けた影響か、鼻息を苦しげに荒げつつ、顔を振るっている。AIに強い負荷が掛かっている様子だった。

 

 

 マジマは、それを見ながら“ (わら)っている ” ―――――― それは、あまりにも恐ろしい笑みだった。

 

 

 

 

 

「アカンでぇ……? もっともっと楽しませろやあぁっ!!!!

 

 

 

 

 

 凶悪とさえ言える笑みを浮かべ、吼えるマジマ。

 

 

 

 

 

 “ 狂犬 ”の疼きは、まだまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇ……っ!」

 

 

 

 遠目で見ていた4人は例外無く目を見開き、瞬きすら忘れる程に男2人(キリュウ、マジマ)の戦闘に見入っていた。

 その様は、まさに圧倒的と言うに相応しいものだった。

 敵の攻撃は当たらず、素人目から見ても最小限の動きで躱し、そして僅かな隙を突いて攻撃を加えている。ゲーム風に例えるなら“ 名人技(スーパープレイ) ”とでも言うべきか。

 経験で言えば、この中では圧倒的であるキリトやディアベルですら、開いた口が塞がらない程の戦いぶりである。

 

 

 

「何だよ、あの動き……本当に人間か?」

 

「おまけに、攻撃にも回避にも まるで迷いが無い。あれは相当“ 場馴れ ”してる証拠だ」

 

「あぁ。見るからに“ そっちの世界 ”に足踏み入れてる感じだもんなぁ……」

 

 

 

 呆然を通り越し、すでに興奮の域に入りつつあるリンドとシヴァタ。目の前の戦いぶりを見て、2人の男が“ 只者で無い ”事にうっすらと勘付き始めている。

 そんな彼等を横目に、キリトとディアベルはある“ 違和感 ”に気付いていた。

 

 

 

「キリト君……あの2人……」

 

「ディアベルも、気付いた(・・・・)か……?」

 

「あぁ……」

 

 

 

 彼等が着目したのは、ワイルドヒートのHPゲージである。

 次々とキリュウらの攻撃を受けて目に見えて減っていくゲージだが、その中で2人が目を付けたのは“ 攻撃1回のゲージの減り具合 ”であった。

 視界の先で、再び2人の刃が敵に喰い込んだ。瞬間、HPバーが僅かに縮まる。

 

 ―――――― そう、僅か(・・)にである。彼等が感じる違和感が意味する事は1つである。

 

 

 

「あの2人……ソードスキルを全く使ってない(・・・・・・・・・・・・・・)……!」

 

 

 

 キリトが半ば無意識に呟いた言葉に、他の3人は それぞれ驚きの表情を見せた。

 

 

 少し注視すれば、解る事だった。

 彼等の攻撃には、ソードスキル特有の“ 武器の発光 ”が一切 発生していなかったのだ。となれば、おのずと彼等の攻撃はただの通常攻撃だという事になる。

 経験者は元より、初心者でも よく考えれば解る事に しばらく気付かなかったのは、2人の攻撃があまりにも“ 見事 過ぎたから ”と言わざるを得ない。

 

 

 

(テスト時にも、専ら通常攻撃を用いるプレイヤーは何人かいたけど……これは……)

 

 

 

 キリトは回顧する。

 

 

 ソードスキルが肌に合わないと言い、現実(リアル)で剣道を嗜む者が「こっちの方がしっくり来る」という理由で通常攻撃を主軸とする事は僅かながらあった。

 

 しかしながら、いずれも仮想世界ならではの怪物の大きさや勢いに押し負け、結果的にソードスキルに比肩する程の戦果を挙げる事は出来ずに終わった。

 更に言えば、SAOにおける“ 戦い方のセオリー ”というものもある。

 SAOにおける武器は、防御もそうだが攻撃においても使用すれば耐久値が徐々に減っていく仕様になっている。

 つまり それは、長期戦は何よりも不利である事を意味している。結局、威力の乏しい通常攻撃だけでは、ジリ貧になるのが関の山なのである。

 つまるところ、武道を嗜んではいてもルールで固められた試合止まりの技量では、仮初とはいえ“ 実戦 ”を生き抜く事は無理だったのだ。

 

 ところが、目の前で戦う男2人はどうであろう。

 

 明らかに、何かを“ 嗜んでいる ”というレベルの話では無い。

 ベータテスターであるキリトやディアベルでさえ、少しの間 普通の攻撃をソードスキルと錯覚してしまう程の動きを見せていたのに加え、武器による防御すら1度も行っていない。全て回避のみで躱していたのだ。これだけでも、彼等の技量が並大抵で無い事は明白である。

 更に、キリトとディアベルが驚いていたのはそれだけではない。

 彼等が気になったのは、男達の攻撃により縮まっていく“ HPバーの動き ”であった。

 

 

 

「それに、キリト君……」

 

「あぁ……あのHPの減り具合(・・・・)……まさかとは思うけど……」

 

 

 

 攻撃を受ける度に減っていくHPバー ―――――― その間隔に対し、2人は違和感を覚えていた。

 最初は解らなかったが、何度も見ている内に おぼろげながらも理解していく。

 

 そして再び彼等が攻撃する瞬間を見るや、その考えは確信へと変わった。

 

 

 

「間違い無い ――――――――― あの2人、俺達よりもレベルが低い(・・・・・・・・・・・)……!」

 

 

 

 男達の攻撃のスピードが異常なまでに速い為、なかなか気付かなかったが、攻撃が1発当たる度に減っていく量が異様に少ない(・・・・・・)のを発見したのだ。その あまりの少なさから、今現在の男達のレベルはワイルドヒートという中ボスと戦うには不十分なものしかない事が窺い知れた。

 無論、キリト達も戦った事が無い初見の敵ゆえに、防御面で補正が掛かっている敵、という可能性も無きにしも非ずだが、彼等の経験と勘が、その可能性は低いと告げていた。

 確信を得たものの、それによって得られる快感は皆無だった。むしろ、ますます唖然とするばかりだ。

 

 

 

(ソードスキルも使わない、レベルも足りてない……そんな穴だらけの状態で、あれだけ戦えるっていうのか……!?)

 

 

 

 確かに過去のゲームならば、本来 満足に戦うには不完全なレベルや装備で時間をかけつつ強敵を倒すという、いわゆる“ 縛りプレイ ”を行なう事は可能であるし、あえて行なう上級者も大勢いる。かくいうキリトとて、そういったプレイ経験があった。

 しかしながら、SAO(ここ)は仮想世界である。

 コントローラーを握ってゲーム内のキャラを操作する物とは根本的に異なり、ほぼ全てを自らの体の感覚に頼る世界だ。

 まして、今やたった1度の失敗(ライフ全損)も許されない過酷な世界と化している中、男達の行なっている事は自殺行為にも等しい。きっと、10人に尋ねれば全員がそう考えるだろう。

 だからこそ、1発も攻撃を喰らわず、必殺技(ソードスキル)と見紛う剣技や動きを見せる男達は、キリト達からすれば異質と言う他なかった。

 

 

 

(それに……それに何で……)

 

 

 

 そして何より、キリト達を唖然とさせていたものがあった。

 

 

 

(何で あの2人は ――――――――― あんな顔(・・・・)をしていられるんだ……)

 

 

 

 それは、キリュウとマジマが浮かべる“ 表情 ”。

 今は、雑魚とは一線を画す巨大な敵と対峙し、あまつさえ本来 相対するには不十分と言える状態で戦っている。たとえ2体1でも、それがどれだけ恐ろしい事か、SAOの世界に来た者なら誰でも想像できる事だ。

 だというのに ―――――― 2人の表情には“ 恐れ ”と呼ぶべきものは一切 宿っていなかった。

 ひたすら、隙あらば自らを葬らんとする敵を見据えるのみであり、そこには恐れはおろか焦りすらも見えない。マジマに至っては、嬉々とした笑みまで浮かべている始末である。

 どうしてそんな表情が出来るのか。キリト達には、まるで理解できない事だった。

 

 

 

 

 

(あの人達は……一体………)

 

 

 

 

 

 考えど考えど、その疑問に答えが出る事は無く、時だけが過ぎる。

 

 

 

 そして、戦いは更に加速を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どおぉりゃああぁぁっ!!!!」

 

 

 

 キリュウ渾身の斬撃が、ワイルドヒートの鼻を裂いた。

 もはや、何度目かすらも解らない程だ。それに怯んで後退して行くワイルドヒート。そのHPは、間も無く半分を切ろうとさえしていた。

 たとえレベル差があり、威力が低くとも、キリュウやマジマの攻撃と勢いがそれらを補って余りある事を証明していた。遠目で見ているキリト達も、僅か10分足らずの時間の結果に目を丸くしているのが見て取れた。

 

 

 

「なんや、もう残り半分かいな。少しは()った方やが、いささか拍子抜けやで」

 

「油断は禁物だ、マジマの兄さん。あいつ(・・・)が言ってた事を忘れたか?」

 

「ヒヒ! そらぁ愚問っちゅう奴やでキリュウちゃん!」

 

 

 

 どこか つまらなさそうに言うマジマに釘を刺すキリュウ。笑いながら答えた言葉を聞き、それ以上は何も言わない。こと戦いにおいて、マジマという人間が慢心する事は あり得ないと知っているからだ。先程の会話も、彼等にしてみれば一種の戯言に等しい事である。

 第三者からすれば危なっかしい事この上無い戦いをしているにも かかわらず、2人の間に流れる空気には未だ余裕が感じ取れる程だ。どこまでも、常人離れした2人である。

 そうしている間にも、怯んでいたワイルドヒートは体勢を立て直し、キリュウに狙いを定めている。そして間髪入れず、3度 噛み付きを行なうが、どれも空振りに終わる。

 

 

 

(トロ)いんじゃ! でえぇいりゃあぁぁ!!!

 

 

 

 そしてキリュウにばかり集中し、空振り続きの姿はマジマにとって格好の的でしかない。

 これ以上は待ってられないとばかりに突貫し、隙だらけの背後から斬り付ける。踏み込みつつ真っ直ぐ突き刺し、そしてそれを引き抜くと間を置かずに右へ左へと斬り付ける。

 相も変わらず、その剣捌きは無駄がなく、かつ速かった。ここまでに何度も戦闘を経験した事で、現実(リアル)には及ばないものの違和感なく戦えるまでに修正するに至っていた。

 またしても尻を斬られたワイルドヒートは怒り狂ったようにマジマを睨み、何としても噛み砕かんと襲い掛かる。

 

 

 

「よっ! ほっ! ほいやっ!!」

 

 

 

 しかしマジマにとって、そんな単調極まりない動きは児戯にも等しいものである。

 見えてるとばかりに体を捻り、牙の暴威など物ともしない風で避けていく。そして、1発でも喰らえば致命傷に等しいというのに、その顔には恐れなど微塵も無い。どこまでも、愉しさを内に秘めた涼しい顔であった。

 

 

 

「うおぉぉらぁ!!!」

 

 

 

 そして、またしても隙を見せた相手にキリュウが背後から攻撃を加える。

 これまで、数々の武術家や殺し屋といった戦闘のプロと戦って来た彼等にとって、いかに強大な存在といえど単純な動きしかしない相手では、もはや作業に等しいものだった。これなら、そこいらのチンピラと戦った方が まだ手応えを感じる程である。

 

 互いにそう感じ始めた2人は、一気に勝負を決めようと動き出す。

 

 敵が怯んでいる僅かな間に目配せをし、その心中を お互い察すると、間髪入れずに行動に入る。

 

 

 

「来い!!」

 

 

 

 真っ先に、自身に視線を向けたワイルドヒートに対し挑発めいた言葉を放つ。

 キリュウ自身、ゲームプログラム相手に意味があるのか微妙なところだと考えていたが、実際はAIが そういったプレイヤーの行動を察知し、それに則した感情パラメーターを形成するので、決して無意味ではない。

 そして結果的にキリュウの思惑通り、攻撃され挑発までされたと判断したワイルドヒートは怒り、キリュウに狙いを定める。

 

 

 

「ブルオォォ!!!」

 

 

 

 人語を解せれば「今度こそ噛み砕いてやる」とでも言わんばかりに、その大顎のギロチンを振り被る。

 しかし、やはり動き自体は今までと何ら変わりない。変化も向上も無い攻撃など もはや脅威では無く、キリュウは右へ左へと身を捩って躱し続ける。3度、4度、そして5度と危なげなく躱し、ワイルドヒートが体勢を立て直そうと吼える動作をした時だった。

 

 

 

 

 

「そぉこじゃあぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 獣のそれに等しい金切り声を上げながら、マジマが駆け出したのだ。

 姿勢を若干 低くしながら駆ける姿には、先程とは“ 違う点 ”があった。それは、左手にも短剣(・・・・・・)が握られていた事だった。

 キリュウが注意を引いている間に、ウインドウを開いて予備の短剣を取り出したのだ。

 そのまま がら空きになった背後めがけて、左手の短剣を突き刺した。更にマジマは刺したまま短剣を放すと、そこから離れるように僅かに腰を引かせた。

 

 そして右足を上げ ―――――― 勢いよく伸ばした。

 

 

 

「でぃいいぃぃやあ!!!!」

 

 

 

 その見事な真っ直ぐの蹴りは寸分 違わず突き刺さっていた短剣を捉え、そのまま押されるように より深々と尻に喰い込んだのである。HPゲージも、それまでの攻撃と比べて目に見えて多く削れていく。

 そのHPの色は、遂に警戒値(イエロー)へと変わった。

 

 そして更に、マジマの行動は終わらない。ヘイト値が溜まり、攻撃対象が切り替わる前にワイルドヒート目掛けて駆け出す。

 そして間近まで来ると、力強く飛び跳ねた。

 

 着地したのは、何と ―――――― 突き刺さった短剣の柄の部分(・・・・・・・・・・・・・)であった。

 

 本来 片手で握れる程度しかない柄に両足を乗せ、そこから更に力を加え、敵の大きな赤い背を目掛けて飛び跳ねたのである。マジマが元来 持つ異様なまでの器用さを、まざまざと見せ付けた瞬間だった。

 そして素早く這い上って首筋辺りまで来ると、右手に残った短剣を振り上げ、力一杯 振り下ろした。

 

 

 

「おら! おら! おら! ううぅらあ!!!」

 

 

 

 何度も何度も、首を狙って執拗に突き刺し続けるマジマ。

 その恐ろしい表情も相まって、まさに喉笛を噛み千切らんとする地獄の狂犬を思わせる様だ。

 無論、ワイルドヒートもジッとしている訳では無く、悲鳴を上げながらも頭を上げるなり暴れ馬のように体を振るって振り落とそうとするも、マジマも僅かに伸びる体毛を掴むなどして しぶとく堪え、隙を見ては突き刺すのを逃さない。見る見る内に、そのHPの色は長さを失っていく。

 そして、それらを黙って見ているキリュウではない。

 今や、ワイルドヒートの意識は完全にマジマへと向けられている。

 即ち、キリュウに対してはノーマークという事。

 

 彼にしてみれば、これほど あからさまな隙も無い。

 

 

 

「どおおぉぉりゃああっ!!!!」

 

 

 

 大声一喝の元、曲刀用ソードスキル・『 デス・クリープ 』を、がら空きの大顎へと叩き込む。

 純粋な威力に加えて、ちょうど暴れる最中に上から下へと首を下げる途中を狙って放った事で、HPは大きく減少 ―――――― そして遂に、黄色だったバーは危険域(レッド)へと変色した。

 

 

 

 

 

「おお!!」

 

「ここまで来れば!!」

 

 

 

 リンドとシヴァタが歓喜の声を上げる。

 遂に撃破まで、あと一息のところまで来たのだ。応援していた身として、感情が自然と昂った。

 

 

 

「気を付けろぉ!! HPが赤になったら、攻撃パターンが変わるぞぉ!!!」

 

 

 

 キリトとディアベルも また同じであったが、彼等よりもまだ冷静であったキリトは、大声で咄嗟に注意を促した。

 ベータテストにも登場しなかった敵である。ましてキリト達よりもレベルの低いだろうキリュウ達では、その危険度も跳ね上がると、その声には必死さがある。

 

 

 何より、嫌な予感が過っていた。

 

 

 

 

 

 その言葉と同時に ―――――― 変化は訪れた。

 

 

 

 

 

「ブゥゥウオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 顔、そして胴体を震わせたワイルドヒートが、その口を空に向け、咆哮したのだ。

 

 未だ背中に張り付いているマジマは元より、近くにいるだけのキリュウですら体中に震動が走る程の声量である。耳を塞ぎたくなる衝動を抑え、震えが止まるのを待った。

 

 

 

「くっ……!?」

 

 

 

 そして5秒近く経ったところで、キリュウは自身の“ 異変 ”を察知した。

 

 

 

(体が……っ!?)

 

 

 

 どういう訳か、体が まるで石化したかのように固まり、動けなくなってしまったのだ。

 そして、キリュウの耳に聞き慣れない効果音が届く。視線を上に向けると、星を思わせるマークが追加されていた。

 

 離れて見ていたキリトとディアベルは、彼等の異変を“ HPバーの点滅 ”という点を見て察していた。

 

 

 

「しまった…!! さっきの咆哮か!!」

 

行動不能(スタン)効果だ!! 3秒は動けないぞ!!」

 

 

 

 キリトの言葉を聞き、自身に走る異常状態の おおよそを察したキリュウは忌々しそうに唸りながら、状態が回復するのを待つしかない。

 

 

 

「ブオオオォォォ!!!!」

 

 

 

 しかし、ワイルドヒートは そんな好機は逃さないとばかりに襲いかかる。

 何と、声を荒げながら突進して来たのである。先程までは噛み付きによる攻撃が主だったが、どうやら攻撃パターンすらも変わった様子だ。

 

 

 

「ぬおおぉぉ!!?」

 

 

 

 キリュウと同じく背中の上でスタン状態だったマジマは、その勢いには抗えず背中から転げ落ちる。頭から落ちる危険な落ち方だったが、さほどダメージはない様子であり、問題は少ないだろう。

 しかし、ワイルドヒートは車両の突撃にも等しい質量に勢いを重ねながら、動けずにいるキリュウに肉薄して行く。

 

 

 

「っ! はあっ!!

 

 

 

 しかし寸での所で、キリュウの状態異常(デバフ)は解除される。

 瞬時に それを感じたキリュウは即座に横に転がって回避し、事なきを得た。

 ギリギリで擦れ違った足に凄まじい風圧が ぶつかる。直撃していれば、レベルが心許ないキリュウは一溜りもなかったであろう。まさに間一髪である。

 

 

 ところが、安堵も束の間。

 突進が空振りして間も無く、ワイルドヒートは軌道を変えつつ反転して来た。図体がラッシュよりも小さい分、小回りが利くらしい。

 加えて、勢いが益々増したと思った瞬間、ワイルドヒートの体を“ 真っ赤なオーラ ”が包み出した。その姿と勢いを見たキリュウとマジマは、反撃を断念して回避に専念する。

 

 

 

「あれは……!!」

 

「まさか、あれは《 体術 》系のソードスキル!? こんなにも早く……!!」

 

 

 

 2人は予期せぬ事態に(おのの)く。

 ワイルドヒートが用いた攻撃は、体術用ソードスキル・《 エンカレージ 》というもの。

 彼等が知る限り、武器も持たない獣型のモンスターがソードスキルを使うのは、もっと後だったからだ。それが第1層の、それも中ボス程度の敵が使って来るとは想定外であった。

 ただでさえ大きいレベル差に、テスト時には無かった仕様の変化。

 明らかに、男達にとって不利な要素が降り掛かりつつあった。

 

 

 

(どうする……!? 加勢するか? いや、でも今 下手に飛び出したら……)

 

 

 

 咄嗟に、2人を援護するという考えを浮かべるも、すぐに難色を示す。

 確かに数に物を言わせれば勝機も増すかもしれないが、逆に足を引っ張り合って薮蛇になる可能性も捨て切れない。まして、相手の事もよく知らないのでは尚更である。特に彼等の戦い方は独特であり、更に即席の連携は難しい事は容易に考えられる。

 

 

 

「くそっ……! どうすれば!」

 

 

 

 考えるばかりで、何も出来ない自分に苛立つキリト。

 だが、それはディアベルも同じだ。彼もまた、様々な可能性を考える余り、体が動かずにいる。その表情には、悔しさや苦悩が滲み出ていた。

 

 

 

 

 

 だが、彼等は()だ知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 2人は、大衆の持つ“ 常識 ”には当てはまらないという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

 ワイルドヒートの突進を、キリュウが転がって躱す。既に数度に わたって繰り返されている事だった。

 だが、キリュウも されるがままだった訳でない。回避に専念しつつも、現実には存在し得ない強大な敵を どのようにして打ち倒すか、策を練っていた。

 

 ワイルドヒートの突進が止む。ある程度 走り回ると、定期的に小休止状態に入るのである。

 それを既に察していたのだろう、マジマがその隙に隣に立ち、問いかける。

 

 

 

「どや、キリュウちゃん。何か えぇ作戦でも あるか?」

 

「あぁ……」

 

 

 

 本音を言えば1人で戦っても良いと考えているマジマだが、この戦いはハルカの仇討ちの意味合いもある。であれば、戦いの采配はキリュウに委ねるべきと考えていた。

 

 そしてキリュウは、ここまでの戦闘で打開策と呼べる案を浮かべていた。

 

 

 

 

 

(奴の突進 ―――――― 勢いと威力こそ脅威だが、動きが読めない訳じゃ無い。むしろ一直線に向かって来る分、単調で読みやすい。

 

そして妙な赤いオーラを まとっている時も、無敵になってる訳じゃ無い。それは避けた時の試し斬りで解っている事だ。

 

――――――――― と、なれば………)

 

 

 

 

 

「マジマの兄さん」

 

「おぅ」

 

 

 

 キリュウは、思い付いた作戦をマジマに伝える。

 多くは語らず、伝え終えた時には、マジマの表情には笑みが浮かんでいた。特に異存はない様子である。

 

 

 

「いくぞ!!」

 

「頼んだでぇ!!」

 

 

 

 キリュウの言葉に答えると同時に、マジマは彼のそばから離れる。兄貴分の期待が籠められた言葉に、キリュウの気迫は瞬く間に高まる。

 

 対峙するワイルドヒートは、未だキリュウに狙いを定めている。移動しているマジマには目も くれていない。そして それこそ、彼等にとって望むべきものだった。

 

 

 

「さぁ来い!!」

 

 

 

 曲刀を構え、キリュウが挑発の声を放つ。元よりキリュウに殺意(ヘイト)を向けていた大猪は、鼻息を大きく荒げ姿勢を低くする。明らかに、再び強力な突進攻撃を仕掛ける構えである。

 

 

 

「ブルルルゥ……―――――――――」

 

 

 

 唸りながら、キリュウへの殺意を膨らませる。

 

 

 

 そして、視線を合わせる事 数秒足らず ――――――

 

 

 千切(ちぎ)れんばかりに張り詰めた空気を、ワイルドヒートの突進が破った。

 

 

 

 

 

「ブオオオオオオオオッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 咆哮と同時に、ソードスキルの赤い光がワイルドヒートの体を包む。システムの補助も相まって、やはり その速さは凄まじい。瞬きする余裕すら無い程だ。

 

 

 だが、対するキリュウの姿を見て、遠目で見るキリト達は驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 何故なら ―――――― キリュウは曲刀を構えたまま、微動だにしていなかった(・・・・・・・・・・・)からだ。

 

 

 先程までなら、もう既に回避行動に入っていたはずなのだ。

 彼の意図は読めないが、このままでは拙いという事は瞬時に解る。

 もしエンカレージを まともに喰らえば、HPが全快の今でも ひとたまりも無い。ましてレベルに差が開いているのなら尚更である。

 咄嗟に叫ぼうとする。だが、そう思った時には もう手遅れと解る程に肉薄しつつあった。

 

 

 想像もしたくない光景が、キリト達の脳裏に 過る。

 

 

 一体、彼はどうするというのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぅんっ!!」

 

 

 

 

 

「「「「 !? 」」」」

 

 

 

 そんな疑問に、キリュウは予想の遥か斜め上の行動で答えた。

 

 

 

 避けるのでも、突っ込むのでも無い ――――――――― その場で曲刀を構えたのだ(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 何をっ ―――――― 見ていた者は そう叫ぼうとした。

 

 

 

 

 

 しかし ――――――――― すぐに答えは解った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ドシュウゥゥゥゥ!!!!!

 

 

 

 

 

 ――――――――― 悲鳴(おと)が、鳴った。

 

 

 

 

 

 肉が裂けるような、生々しい音。そして、けたたましい までの獣の声だ。

 

 

 

 

 

 キリト達は、目を疑った。

 

 

 

 ワイルドヒートとキリュウは、既に肉薄とさえ言えない程に密着している。しかしキリュウは吹き飛ばないばかりか、HPゲージすら ほとんど減っていない。

 

 

 そしてワイルドヒートの眉間には、キリュウの得物である曲刀が突き刺さっている(・・・・・・・・・・・)

 

 刃が全く見えない程、深々と喰い込んでいた。

 

 

 そう、キリュウは激突する瞬間、まるで馬防柵に仕掛けられた杭の如く、曲刀を突き立てたのだ。

 突っ込んで来るのが解るなら、待ち構えれば良い、という訳である。

 勿論、それが決して容易でない事は言うまでも無い。ただ待っているだけでは、明らかに力不足で満足に突き刺さらず、体勢を崩しただろう。そして、そのまま突撃を まともに喰らい、レベル差も相まってHPを全損させたはずだ。

 そうならない為に、キリュウは突き刺さった直後、鍔に手を掛け、そして体勢を崩さないよう姿勢を微調整したのだ。まさに、人間離れした神業と言って良いものである。

 

 キリュウは、それを“ 経験 ”によって可能とした。

 彼は青年期から、数多の喧嘩場、修羅場を潜り抜けて来た。その中には、素人目では視認すら難しい拳、脚の速さを誇る猛者、あるいは通常 “ 不可能 ”と言い切れる銃の襲撃さえも多く含まれている。それらを、幾度も幾度も乗り越えて来た事で、キリュウには並外れた動体視力が備わっていたのだ。たとえ力は衰えても、技術という形で補える程に。

 

 

 通常では あり得ない程に刃が喰い込んだ事で、ワイルドヒートのHPは大きく減少する。先程までの小さな波状攻撃に比べれば変化の差は明らかだ。

 

 

 

 そして、キリュウの罠に掛かったワイルドヒートに迫る影がある。

 

 

 

 

 

「いぃっやっほおぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

 マジマだ。

 

 姿勢を低くしながらの突撃。相も変わらず その動きは驚くほど素早く、その姿は さながら暗殺者か、得物に飛び掛かる狼の如くだ。

 

 瞬く間に距離を詰め、そのまま右手の短剣を突き刺す ―――――― とは、ならなかった。

 

 

 遠目で見る者達は、再び目を見張る。

 

 

 何と、マジマは唐突に短剣を放り投げた(・・・・・・・・)のだ。

 

 

 

 血迷ったのか ――――――――― 誰もが一瞬、そう思った。

 

 

 

 それと同時に跳び上がる(・・・・・)彼を見るまでは。

 

 

 

 跳び上がったマジマは、捻るように左回転をする。そして、回転で勢いを付けた右足を伸ばし、タイミング良く落ちて来た短剣を ―――――― 蹴った(・・・)

 

 その蹴りは、ものの見事に短剣の柄頭を足の甲で蹴り上げ、凄まじい速さで真っ直ぐ飛んで行く。そう、真っ直ぐ(・・・・)だ。

 

 

 通常 人間は物体に力を加える際、その体の構造上、円運動という形でしか出来ない。投げるにしても、蹴るにしても同様だ。野球やサッカーのように力強く、遠くに物を飛ばすには、必ず回転が伴うのが常識なのである。

 だからこそ、マジマの動きは常軌を逸していると言えた。

 通常、持って使う、少し技巧的になったとしても、投げて使うのが短剣だ。それを、彼はあろう事か蹴って対象に向けて飛ばした。それも、他の部分に比べて明らかに面積の小さい柄頭をである。

 確かに腕の力よりも、脚の力の方が4、5倍近い差があるというのは意外と知られている事である。ただ投げるよりも、蹴った方が遠く飛べるというのも実は理に適っていると言える。

 しかしながら、だからといって それを実践している者など一体どれだけいるだろうか。ただ投げるのでさえ、対象との距離や回転速度を綿密に計算しなければならないのだ。それに比べれば、回転しながら自由落下してくる短剣の柄頭に、1回転を加えながら蹴り上げるなど、どれだけ難易度が跳ね上がるのか想像に難くない。

 

 

 改めて真島 吾朗(マジマ)が その身に持つ技量の高さを、まざまざと周囲に見せ付ける。

 

 

 初めて見るキリトやディアベルらは、仰天という2文字を顔一面に浮かべていた。

 

 

 

 

 

「ブグュオォォッ!?」

 

 

 

 短剣は、その刃に まるで悪魔が憑り付いたが如く飛び、ワイルドヒートの臀部に突き刺さる。

 マジマは それを見てニヤリと笑うと、再び駆け出す。瞬く間に距離を詰め、敵の間近に迫っていく。そして距離を見計らい、頃合いを見て跳び上がる。今度は先程と違い、両脚を上げて前の方へと伸ばしていく。

 

 

 

 

 

「どぅうううりゃあぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 それは凄まじい勢いのドロップキックと化し、前方に放っていく ―――――― その脚の先には突き刺さった短剣があった。

 

 両脚の蹴りは寸分の狂いも無く短剣の柄を捉え、マジマの勢い、体重を この上無く刃に伝えていく。

 追い討ちを掛けられたワイルドヒートは目を見開く。しかし、悲鳴を上げる暇は無かった。

 

 

 

 

 

「ぬうううんっ!!!」

 

 

 

 

 

 マジマの攻撃に便乗するように、キリュウもまた眉間に刺した刃を より深く、抉り込むように力を加えたのだ。

 

 

 

 

 前後からの無慈悲なまでの攻撃 ―――――― その姿はさながら、仕留められ食物と化した野の獣が如くだった。

 

 

 

 

 この上無く体に喰い込んだ前後の刃は、残ったHPを削り取る。その勢いは止まず、見る見る縮み、左端へと追いやられていく。

 

 

 

 

 

 そして遂に ――――――――― その色は失われる。

 

 

 

 

 

 

「ぶも………――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  パキイイィ―――――――――ンッ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に蔓延る“ 赤 ”は、爆裂音と共に欠片も無く消え去った。

 

 

 

 

 

 後に残る2人の背に宿るのは、さながら勝者の風格と言えるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっ………やっちまいやがった……っ」

 

「マジかよ………」

 

「こんな事が………」

 

「……………っ」

 

 

 

 キリト、ディアベルら4人は、開いた口が塞がらない様子だった。

 

 さもありなん。不意討ちに近かったとはいえ、5人がかりでも分が悪いと思われた中ボスを、たった2人で ―――――― その上、自分達よりも ずっとレベルが低いだろう状態で完勝したのだから。

 

 その2人が、おのおの得物を鞘に仕舞って彼等の所へと やって来る。

 一歩一歩 近付くにつれ、誰もが鼓動が高まり、固唾を飲むのを自覚する。自分達に敵意などを向けているはずが無いと解っているはずなのに、考えとは裏腹に緊張ばかりが強まっていく。

 何か、言い知れぬものに圧倒されている。おぼろげながら、そんな考えに至る。

 

 

 

「お前達、怪我は無いか?」

 

 

 

 思わず口が開かなくなった4人に先んじ、キリュウが尋ねる。

 その厳つく精悍な顔付きに相応しい、低くも渋い、それでいて脳に いつまでも響きそうな声だと、誰もが思った。

 改めて見ると、その体は大きい。4人の中で最も体格が良いディアベルと比べても、身長も肩幅も手足の太さも、まるで違うのが解る。

 

 

 

「はっ、はい! 俺達は、大丈夫です……っ」

 

 

 

 咄嗟に返事をしたキリトも、普段なら何となく出せる鼻っ柱の強さが まるで出せない。仮想世界では、年上も年下もないと考えるキリトだが、今は そんなモットーも満足に出せない程だ。

 

 

 

「そうか。んで、遥ちゃんは どないや?」

 

 

 

 今度は、マジマが尋ねる。

 明らかに趣味の範疇を超えた、一風変わった風貌を持つ彼の言葉に、誰もがキリュウ以上に緊張を覚える。戦闘中は甲高い奇声を上げ、今はキリュウにも劣らぬ渋い声質を放つ偉丈夫に、緊張するなと言う方が無理だった。

 

 しかし同時に彼の言葉から、2人がハルカと面識があるという事を察する事が出来た。

 

 

 

(この人達、一体ハルカと どういう関係なんだ……?)

 

 

 

 キリトにしてみれば、これ程の強面を持つ男2人とハルカが既知の仲にあるというだけでも疑問が浮かぶ位だ。とてもではないが、あの優しい彼女と彼等に接点が生まれるとは考え難かったのだ。故に、咄嗟に答えて良いものか悩む。

 

 

 

「? どないしたんや」

 

「!! い、いやっ、その……」

 

 

 

 返事がない事に訝しがったのか、マジマが怪訝な顔で覗き込んで来た。不意に間近に迫った強面に、さしものキリトも声が上擦るのが解った。

 

 

 

「ハルカちゃんは、なんとか無事です。まだ、意識は戻ってませんが」

 

 

 

 そんなキリトをフォローする形で、ディアベルが状況を告げた。

 彼の言葉と視線で示された方を見ると、比較的 平らな岩壁に(もた)れているハルカがいた。

 一見 穏やかそうながら、僅かに苦しげに見えるのは見間違いでは無いと2人は感じた。何しろ、現実でも味わった事の無い程の衝撃を その身に受けたのだ。本能が自衛の為に意識を絶ち、アバターには痛覚が無いにせよ、その苦しみは筆舌に尽くし難かったに違いない。

 間に合ったという安堵と同時に、もっと早く来られなかったのかという後悔が入り混じった念がキリュウの胸中に渦巻く。

 

 

 ふと、そんなハルカを見て我が事のように悲痛な面持ちをすると共に、キリュウは疑問を持った。彼女を救ってから それなりの時間があったはずだが、未だにHPが危険域(レッド)のままなのだ。

 

 

 

「おい、何で遥を回復させてないんだ? もしもの事があったら どうするんだ」

 

 

 

 ハルカが認めた彼等を疑う訳では無いが、万が一の事を考えれば危険だった事を考えると、少なからず語気が強くなるのをキリュウは抑えられなかった。強敵との戦闘直後で、まだ気が治まり切ってないのも要因の1つだろう。

 

 

 

「あっ、は、はい! それは、その……」

 

 

 

 当然、彼等に“ (やま)しい ”理由があった訳では無い。無いのだが、不意のキリュウの凄味に、思わず口が重くなってしまった。

 “ 理由(わけ) ”は あるにはあるが、彼等に何と述べたものかと、誰もが言葉の選択に慎重になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんな可愛い子に、口移し(・・・)する訳にもいかないダロ。察してやれヨ、オジサマ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場の空気を変えたのは、独特のイントネーションを宿す言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †     †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 とある小村・宿屋 】

 

 

 

 

 

 ボス戦となった峡谷を越えた先に、プレイヤーを小休止させる為であろう小村があった。キリト達が途中で寄ったホルンカと比べても明らかに田舎っぽい村だ。ろくな店も無く、せいぜい宿屋しかない。それどころか村の名すらもない程だ。

 既に日も暮れ出し、NPC達も規則に則って家路に着いたりする行動を見せ始めている。

 

 

 そして、宿屋の一角 ―――――― プレイヤーが談話する為であろう長椅子とテーブルが並ぶ場所に、6人の男達がいた。

 おのおのが立つか座りながら、どこか落ち着きのない面持ちで 1つの扉に何度も視線を移したり外したりしている。

 

 

 不意に、ガチャリと その扉が開かれた。

 

 

 全員が一斉に視線を向けると、中から1人のプレイヤーが現れる。身長は比較的 低く、フード付きのマントを纏う その姿は、旅人というよりも盗賊(シーフ)を彷彿させる。

 その者は、一気に12の目を向けられた事に一瞬 驚き、肩を竦めながら口を開く。

 

 

 

「全く、オイラに穴でも開ける気カ? 安心しな、今はグッスリ眠ってるヨ」

 

 

 

 独特のイントネーションの言葉を放つ声は、存外 高い声だった。

 

 

 

「そうか……! ありがとな、『 アルゴ 』

 

「水臭い事 言うなよ、キー坊。お前さんとは知らない中じゃないんだかラ。オネーサンに遠慮は無用ダゼ」

 

 

 

 そう、この一見 怪しい風体の、キリトに可笑しな呼称を付けているプレイヤー・アルゴ(Argo)は、何を隠そう女性プレイヤーである。言葉遣いこそ男性的に近いが、目に届きそうな位の金褐色の髪や端正な顔立ちは、いかにも女性らしい。

 

 

 しかし何故か、その瑞々しかろう頬に左右で6つの緋色の“ ヒゲ ”がペイントされていた。

 

 

 最初に見た時、リンドとシヴァタは その奇抜なメイクにポカンと口を開けた。

 しかし、キリトとディアベルは単に彼女と出会えた事 自体を驚くに留まった。どうやら、面識があったらしい。事実、当初からの会話にも、大した遠慮などは見受けられない。

 

 

 

「すまない、アルゴ。本当に、恩に着る。俺からも礼を言わせてくれ」

 

「おいおい、キリュウのオジサマまで何だヨ。オイラは別に、大した事はしてないサ」

 

 

 

 キリュウの言葉にも、アルゴはむず痒そうに肩を竦めながら そう言った。

 

 

 

「今は“ あの子 ”が様子を見てるカラ。何かあったら言うようには伝えてあるヨ」

 

「あぁ、解った」

 

「それにしても、まさかオジサマ達が あの中ボス(NM)を倒しちゃうとはネ。それも、ほとんど完勝に近い形デ。レベルも全然 足りなかったはずなのに、よくやるヨ」

 

「イヒヒ! 中々楽しめたでぇ? まっ、俺やキリュウちゃんの相手をするんには、力不足やったけどなぁ」

 

 

 

 アルゴの皮肉を込めた言葉に、キリュウは ややバツの悪そうな愛想笑いを浮かべる一方、長椅子に座るマジマは不敵な笑みを浮かべて言った。そばで見ているリンドとシヴァタは おっかない(・・・・・)ものでも見るような目である。

 

 

 

(………ん?)

 

 

 

 そんな中、周りの様子を静かに見ていたディアベルは、ふと戦友となった黒髪の少年を見やった。

 見ると、キリュウの顔を じっと見ている。その表情は どことなく、何か伝えたい事があるような面持ちだった。

 しばし、それの意味するところを考えると、おもむろに口を開く。

 

 

 

「キリュウさん。ちょっと、お聞きしても良いですか?」

 

「ん? ディアベルか。何だ?」

 

「はい。単刀直入に聞きますが、貴方がたは何者ですか? ただのゲーマー、という訳でもなさそうですが」

 

 

 

 そう、それがキリトを始め、当人以外の全ての者が抱いている疑問だ。

 結局、中ボス討伐後に合流した彼等だが、その場では詳しい話をする事は無く、意識を失っていたハルカを介抱する為に直進で村まで やって来たのだ。

 僅かな会話から“ ハルカと関わりのある人物 ”という事だけは察しが付くものの、それ以外の事は まるで情報が無いのが現状だった。

 

 

 

「……遥の親代わり、のような者だ。今はこれ位しか言えないな」

 

 

 

 しばし考えた後、キリュウは簡潔に答える。

 

 

 

「親代わり……それって、もしかしてハルカが“ おじさん ”って呼んでる……?」

 

「! あぁ、そうだ」

 

「住んでる場所は……」

 

「沖縄だ」

 

 

 

 続けて質問をしたキリトは、間違い無いと確信した。

 彼 ―――――― キリュウこそ、いつかハルカが話してくれた、彼女の親に等しいという人物だと。改めて見ると、全体的な特徴も、事前に彼女から聞いていたものと一致している。

 そして、唯一ハルカからキリュウの情報を耳に入れていたキリトは、ある疑問が芽生える。

 

 

 

「ん? ちょっと、待ってくれ。という事は、アンタはハルカと一緒にログインしてたのか?」

 

 

 

 だとすれば、それは おかしい。

 ハルカの口振りでは、彼女の家でSAOにログインしたのは彼女だけのはずである。何より、彼女の家にはナーヴギアは1つしか無いと聞いている。それだと彼までログイン出来ている事には矛盾が生じてしまう。

 何より、同時にログインしたのであれば、自分達と比べて低いレベルであった事も説明が付かない。彼等ほどの腕なら、むしろキリト達よりも高レベルであっても不思議ではないはずだ。

 

 

 

「………」

 

 

 

 キリュウは、じっとキリトを見たまま答えない。

 だが、何かを誤魔化そうとするような、そんな小賢しい事を考えているようにも見えない。

 キリトや周りの空気が変わっていく。

 

 

 

(何で、黙ってるんだ………それじゃ……それじゃまるで………)

 

 

 

 

 

 ―――――― まるで、自分達よりも時間的なハンデがあった(・・・・・・・・・・・)ようではないか。

 

 

 

 

 

「……まさか、アンタ達………」

 

 

 

 状況な情報から考えられる中から生まれた自らの“ 仮説 ”に、キリトは思わず言葉を留めた。

 あまりにも、自分にとって荒唐無稽な その仮説は現実離れし過ぎていたからだ。まるで漫画や映画のような考えに馬鹿馬鹿しいと思いつつも、既に先の戦闘で彼なりの常識を覆す戦いぶりを見せた彼等を見ると、不思議と そうも思えなくなる自分に戸惑ってもいた。

 他の面々も何となく雰囲気を感じ取ったのか、迫るような目線を向ける。

 キリュウとマジマは目を合わせ、何かを言うでも無く互いの考えを理解し合う。

 

 

 

「まっ、お前らの想像に お任せしとくわ」

 

「まぁ、あまり深く聞かないでくれると助かる」

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

 本当の事を言ったところで彼等にとっては いささか面倒なので、やんわりと推察を促した。少なくとも、語るには今は速かろうという判断だ。

 正直、納得し切れないのが皆の本心だが、本人に語る気が薄いのなら あまり深く突っ込むのも薮蛇と感じ、それ以上の追究は無かった。

 

 何より、特にキリトにとっては彼等はハルカの命の恩人である。助けて貰った手前、変に関係を掻き乱すような真似はしたくなかった。

 

 

 

「そういえば、あの時は驚きました」

 

「ん? 何の事だ?」

 

「崖上から、ワイルドヒートを奇襲した事ですよ。まさか、あんな方法を取る人間がいるなんて思いませんでしたから」

 

 

 

 ディアベルは話題を変えようと、記憶に残っていた疑問を投げかけた。その疑問はキリトを含め誰もが思っていたようで、それぞれが頷いたり相槌を打っている。

 彼等の反応も、もっともだろう。何せあの崖は ゆうに10メートルはあったのだ。並の人間には その5分の1高さでも危険だというのに、ハルカを救う為とはいえ2人は豪胆にも飛び込み、奇襲を掛けたのだから。

 

 

 

「その件には、オイラも驚いたヨ」

 

「アルゴ」

 

「その時、オイラは偶然 知り合ったオジサマ達3人にレクチャーも兼てな、例の崖上のポイントを案内してたところだったんダ」

 

「そうだったのか」

 

「あぁ。まさか、あの場で偶然とはいえ、ベータテスターに会えるとは思ってなかった。彼女には、色々と教えて貰った」

 

 

 

 そう、何を隠そうアルゴも、キリトやディアベルと同じベータテスターだったのだ。

 リンドとシヴァタは この時 初めて、キリトやディアベルが いやに彼女と親しげな雰囲気を見せていた理由が解った。数か月前(テスト中)に共に戦った仲間だったのなら、そんな関係も納得がいく。

 

 

 

「そこで物々しい音を聞いて、急いで行ってみたら、どうダイ。見た事も無い敵がいて、みんなが あわや、というところだったじゃないカ。

 

 そして足元を見下ろせば、女の子が倒れてル……これはヤバイ、と肝が冷エタ。

 

 と思った矢先、オジサマ達が いきなり剣を抜いて飛び込んだから、別の意味で肝が冷えタヨ!」

 

 

 

 その時の感覚が蘇ったのか、引き攣った顔を浮かべ、少し肩を震わせる。彼等の衝撃の行動を間近で見た彼女にとっては、生きた心地はしなかっただろう事は想像に難くない。

 何しろ、1度HPを失えば、それだけで終わり()なのだ。それも自分が道案内をし、加えて明らかにレベルが足りないとなれば、万一の事を考えた際の絶望感は筆舌に尽くし難い。

 

 

 

「むぅ……す、すまない。あの時は、遥の事で頭が一杯だったんだ」

 

 

 

 接した短い中で、軽めの口調の中にある彼女の誠実さ、責任感の強さを感じ取っていたキリュウは、止むを得なかったとはいえ、一時的にも恐怖を与えてしまった事には素直に責任を感じている。ましてや、相手は女性なのだ。

 対照的にマジマは、うるさい小言だと言わんばかりに面倒くさそうに頭を掻いている。もっとも、責任を感じているという点では同じだろうが。

 

 

 

「……まぁ、その事は もう良いけどネ。結果的に、人を1人 守れたんだカラ」

 

 

 

 とはいえ、アルゴも あの場では彼等の行動以上の良策は無かったと思っている。少しでも まごついていたら、ハルカの命が散らされていた事は明白だ。

 危険だった事には変わりないが、結果だけを見れば最善を尽くせたと言える。だから、アルゴも これ以上キリュウとマジマを追及する気は無かった。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

「キリュウさん!! マジマさん!! キリトさん!!」

 

 

 

 不意に、ハルカを寝かせている部屋から1人、飛び出すように出て来た。

 

 

 誰あろう、シリカである。

 

 

 彼女は自らハルカの容体を見る事を希望し、任せていた。そして彼女が慌てて出て来る事の意味を瞬時に理解した面々は、緊迫した面持ちとなる。

 

 

 

「ハルカさんが、目を覚ましました!!」

 

 

 

 そして、その予感は的中した。

 キリュウは眼を見開き、何かを言う間も無く一目散に部屋へ飛び込んで行く。そして それは、キリトも同じであった。キリュウに出遅れる形となったが、彼にも劣らぬ早足で部屋の中へと向かう。他の面々も、とにかく続こうと立ち上がる。

 

 

 

「遥!!」

 

 

 

 部屋に入り、キリュウが愛娘の名を叫ぶ。その視線の先には、ベッドの上で横になっている姿が目に映った。

 彼女は、窓の外を見ていた。そして、キリュウの声に反応し、ゆっくりと入口の方を向いた。こころなしか、気が抜けたような表情に見える。おそらく、負傷から目を覚まし、まだ意識や記憶が はっきりとしていないのだろうと考えた。

 

 

 

「遥、俺だ。解るか?」

 

「……………」

 

 

 

 膝を付いて目線を近付け、言葉を掛けるキリュウ。ハルカの反応は未だ鈍い。負傷の後ゆえに仕方が無いが、キリュウにとっては痛々しい姿である事に変わりは無い。彼の後ろで見る面々も含め、沈痛な面持ちで返事を待った。

 

 

 

「………おじ……さん………?」

 

 

 

 僅かに長い沈黙の後、視線を合わせ、上手く噛み合わない歯車のように、たどたどしい口調で言った。

 

 

 

「そうだ、俺だ! しっかりしろ」

 

 

 

 実に、4日ぶりに聞いた声。弱々しくはあったが、キリュウにとって何よりも心に響く声だった。同時に、この大切な存在を守る事が出来て本当に良かったと心の底から思った瞬間でもあった。

 

 まだ混乱が収まらないのだろう、キリュウの事を呼んでからも、しばらく ぼんやりとしていたハルカ。

 

 

 

 

 

(……私、どうしたんだっけ…………確か……キリト君と、村を出て………それから………)

 

 

 

 

 

 しかし、徐々に意識も はっきりし、目線を忙しなく動かして記憶と状況の整理を付けて行く内、その表情も変化して行く。

 

 

 

 

 

 ――――――――― 新たな仲間との合流

 

 

 

 

 

 ――――――――― 強大な“ 赤 ”との死闘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――― 自身に迫り来る、“ 赤い死

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、自身の中の最後の記憶が蘇った時、ハルカの表情は極限まで強張り、反射的に飛び起きようとした。

 

 

 

「っ!? うっ……!」

 

 

「ハルカ!!」

 

 

 

 だが直後、彼女の頭部に強い違和感が走る。強い衝撃を受けた事、そして回復直後に忌まわしい記憶が蘇った事で、脳が拒絶反応が起こしたのだ。

 違和感は すぐには引かず、力が入らなくなったハルカは再びベッドに沈みそうになる。現実(リアル)なら、大の大人さえ呻く程の激痛が走ったであろう。

 後ろで見守っていた面々から、不安の声が上がる。キリュウは咄嗟に彼女の肩を掴み、優しく、そっと抱き抱える。

 

 

 

「はぁっ………はぁっ………っ!!」

 

「落ち着け、遥! 大丈夫、大丈夫だ」

 

 

 

 意思に反し、高まり、早まる鼓動と呼吸に戸惑うハルカ。キリュウは震える体を守るように抱きながら、懸命に励まし続ける。

 その甲斐あってか、発作に近い症状も段々と治まってきた。ハルカの呼吸も落ち着きを取り戻し、震えも止まっていく。キリュウが抱く事で起きているハラスメントコードの警告音が煩いが、それでも落ち着いていく。

 

 

 

「………おじ……さん………」

 

「そうだ、俺だ!」

 

 

 

 そして、恐る恐るといった風に顔を見上げたハルカがキリュウの名を口にし、それに 本人は すぐさま応える。

 

 

 

「……おじさん………えっ……そんな………何で……?」

 

「落ち着け。まだ目を覚ましたばかりだ、無理に考えようとするな」

 

 

 

 その表情は、見るからに信じられないものを見るといった趣だった。

 無理も無い。普通に考えれば、決して会えるはずの無い人間が目の前にいるのだ。起きた直後の頭では、未だ夢か(うつつ)か測りかねているのだろう。

 混乱の最中にいるハルカを見て、キリュウは また心配になる。

 だが、見たところ後遺症らしきものは見受けられない。アバターではHPバー以外に怪我の具合の判別が付き難く、どこをどう看るべきか考えあぐねていた。故に目を覚ますまで不安で堪らなかったが、取りあえずは大丈夫そうで安堵した。

 

 しばし、部屋には沈黙が流れる。

 僅かに聞こえるのは、まだ若干 荒いハルカの呼吸音だけ。そして彼女の苦痛を少しでも和らげようと、キリュウは その大きく武骨な手で背中を撫でてやっていた。

 

 

 

「……おじさん……何だよね……?」

 

「あぁ」

 

「夢じゃ、無いんだよね……?」

 

「あぁ…」

 

「NPCでも、何でも無い……正真正銘の、桐生 一馬(おじさん)なんだよね?」

 

「あぁ……」

 

 

 

 大きな体に身を委ね、心身ともに落ち着きを取り戻したハルカが重ねて尋ね、キリュウは それに答える。

 その言葉は、どこか(すが)るような色を宿していた。

 

 ぎゅうっと、ハルカの手はキリュウの服を強く握り締める。

 その強くも弱々しい感触が、彼女の心中を彼に伝えさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――…で………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてハルカは ――――――――― 堰を切ったように思いの丈を ぶちまけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で来ちゃったの!!? ねぇっ、何で!!??」

 

 

 

 

 

 真っ先に ぶつけたのは、感謝でも哀願でも無く、拒絶に等しい感情だった。

 

 

 

 激しいまでの表情と語気から来る剣幕は、なまじ付き合いが長いキリトにとって凄まじいまでの衝撃を与えた。

 決して優しいだけの女性ではないと薄々感じてはいたが、これ程までの感情の爆発を見るとは流石に予想外だった。いくら家族と言える存在とはいえ、その胸倉を掴みメンチを切るように迫るなど、仮にも男であるキリトでさえした事が無かった。

 周りに面々も予想外の反応に目を丸くし、うろたえるばかりだ。

 

 

 

 

「ハッ、ハル……っ!?」

 

 

 

 真っ先に冷静さを取り戻し、制止の声を上げようとしたシリカだが、それをマジマが手を伸ばして制した。

 

 

 

「マジマさん……」

 

「心配要らん。安心せぇや」

 

 

 

 シリカにしか聞こえないような小さな声だったが、不思議なまでの説得力が籠った言葉だった。

 不安は絶えないが、マジマは この場の誰よりもキリュウとハルカとの付き合いが長い。そんな彼が言う事に間違いはあるまいと、シリカや他の面々も大人しく成り行きを見守ろうとする。

 

 

 

「遥………」

 

 

 

 キリュウは悲痛とも言える表情を浮かべながら、ハルカの肩を抱き続ける。

 そんな彼女の肩は震えている。恐怖だけではない。むしろ、怒りにも等しい感情の昂りからくる現象である。

 

 

 

「おじさんも、ナーヴギアを被って来ちゃったの? 茅場って人が言ってた事は本当なの? 

 もう ―――――― おじさんも、自分で戻る事も出来ないのっ?」

 

「………」

 

「っ……答えてよぉ………っ!」

 

 

 

 顔を歪ませ、口を噤むキリュウを見て、ハルカは考えたくないとばかりに彼の胸に顔を うずめた。

 

 

 再会できたら、正直に話すつもりだった。

 同時に、こうして拒絶反応を見せられるのも、彼女の性格を考えれば想像が出来ていたはずだった。

 しかし、いざ面と向かって純粋な感情を ぶつけられると、容易に言葉が出て来なかった。だから、項垂れて顔を うずめるハルカの背中を優しく抱き、撫でるのが精々だった。

 

 だが皮肉にも、その優しさが何よりも先の問いの答えを雄弁に物語る結果となった。

 背中に感じる硬く、温かい感覚を懐かしむと同時に、ハルカはキリュウがSAO(ここ)にいる事の意味を、否応なく思い知らされた。

 

 

 

「ゴメンね……ゴメンね、おじさん………また、私の所為で……っ」

 

「違う。お前には何の落ち度も無い。全部、俺が決めた事だ」

 

 

 

 ハルカの謝罪を必死に否定するキリュウだが、今の彼女には効果が薄いであろう事は察しがついていた。

 

 

 

「でも……今度ばかりは、来てほしくなかったよ……っ」

 

「………」

 

 

 

 それは、心からの言葉なのだろう。

 彼女は優しい人間である、自分以上に他人を思いやれる程に。故に、彼が自ら囚われの身になったのを知って、喜べるはずはないのだ。たとえ、自分を助けてくれたのであっても。

 

 この世に、完璧など存在しない。

 人が何かを為せば、必ずと言って良い程に皺寄せが来るのが世の常だ。それは、たとえ善行であっても例外では無い。

 

 ハルカを救いたい一心でナーヴギアを被ったキリュウ。

 

 結果、彼女の危機を救う事は出来たが、一方で その現実が彼女の心を苦しめる事にもなってしまった。

 

 自分の胸で泣くハルカから、彼女の自責の念を強く感じ取る。それだけで、彼は心の臓を握り締められるようだった。

 

 

 

「………すまない遥。本当に、こんな事 言っても、何の慰めにもならない事は解ってる。だが、あえて言わせてくれ………すまない」

 

「…………」

 

 

 

 言い訳をするでもない。ただキリュウは、己の行動で起こるべくして起きた事へのケジメとして、ただハルカの言葉、感情を ひたすらに受け止めんとする。その言葉、表情からは、逃げも隠れもしない決意が見て取れた。

 

 

 

「……やっぱり……おじさんは、どこまで行っても、おじさんだね」

 

「遥……」

 

「ごめん、おじさん。おじさんの気持ち、解ってるはずなのに……困らせたい訳じゃないのに……」

 

 

 

 そう謝罪の言葉を述べるハルカの口調は、先程に比べれば随分と落ち着きを取り戻しているようだ。キリュウの真摯な対応が、実を結んだのだろう。2人の持つ信頼関係の賜物とも言えた。

 ハルカが、キリュウの胸元から離れる。少なからず名残惜し気にしながら、キリュウは彼女の次の反応を待つ。

 そして、顔が上がる。

 

 

 

「さっき、あぁ言った後から あれだけど……ありがとう、おじさん。助けに来てくれて」

 

「遥……」

 

「私……本当は、凄く嬉しいよ。こうして、また おじさんと一緒にいられて」

 

 

 

 そう言って、ハルカは極めて純粋な笑顔を、キリュウに見せた。

 それはまさしく、キリュウにとって、幾度と無く傷付いた心を癒し、鎮めてくれた表情だ。

 心の奥が熱く、躍るのを感じる。無意識の内に、見る見る高まっていく感情の名を、彼は知っていた。

 

 

 それは、“ 歓喜 ” ――――――――― 己が為すべき事を為した末に見出した、達成感であった。

 

 

 キリュウは、改めて理解する。

 

 

 彼女(ハルカ)を ―――――― 彼女の笑顔を守る事こそが、不器用な自分に出来る、数少ない事だと。

 

 

 

 そして今、紆余曲折ありながら、それを1つ成し遂げたのだと。

 

 

 

「遥ぁ……!!」

 

「わっ。く、苦しいよ、おじさん」

 

 

 

 感極まり、キリュウは緩くなる涙腺が決壊する前に、彼女の体を強く抱き締める。もう2度と、彼女を危険な目には遭わすまいという、強い決心も込められていた。

 ハルカは、いささか力の籠り過ぎた抱擁に戸惑いながらも、久しく感じた事の無いキリュウの大きさを感じ取り、振り解こうとは思わなかった。

 

 

 時間にして、わずかに4日ぶりの2人の再会。

 けれども、彼等が味わった喪失感は、その現実の非では無い。

 

 

 共に、1度は長く会えないと覚悟した者同士、数奇な巡り合いに思いを馳せながら、しばらく抱擁を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルカさん……」

 

「シリカちゃん! シリカちゃんも、ここに?」

 

「はい! やっと……やっと会えました……良かった……っ本当に、良かったです!!」

 

 

 

 しばらくして、室内の様子を見ていた面々が部屋へ入って来る。

 そして、真っ先にシリカがハルカの元へと駆け寄った。そして、その無事な姿を目の当たりにして涙目になる。彼女にしてみれば、今の今まで気が気でなかったのだ。まして、後少しで手遅れになる場面さえ見た後だった。無理からぬ事であろう。

 そんな様子を見て、ハルカは追って来た事への追究を止める。聞かずとも、彼女の涙が全てを物語っている。きっと、キリュウと同じ心積りだったのだ。

 そっと、手の伸ばし、シリカの手を握る。顔を見やるシリカに、ハルカは柔らかい笑みで返した。

 それを見て、とうとうシリカの涙腺は限界を迎えた。もはや感情を抑え切れず、大粒の涙を流し、ハルカの胸へと飛び込んだ。

 わんわんと泣きじゃくる妹分。その小さな体を抱き留め、ハルカは懐かしさと共に来る心地良さを胸に、彼女の頭を撫でた。

 

 

 

「ひゃあ~~良かったのぅ! これこそ、感動の再会っちゅう奴やな!!!」

 

 

 

 続いてマジマが、目の前の光景に大袈裟といえる程に歓喜しながら入室する。

 彼の姿を見て、シリカを抱き締めていたハルカはギョっとする。彼女にしてみれば、かなり予想外の人物の登場であった。

 

 

 

「え!? ま、真島さん!? どうして、真島さんまで ここに!?」

 

「久し振りやなぁ、遥ちゃん。いやぁ~キリュウちゃんが どうしてもっちゅうもんやからのぅ」

 

「えぇ!?」

 

「……真に受けるな、遥。兄さんが勝手に ついて来たんだ」

 

「つ、ついて来ちゃったって……」

 

 

 

 SAO(ここ)にいる理由を聞いて、唖然とするしかないハルカ。そして、かねてより破天荒で予想外の行動を見せる彼なら、あり得ない話ではないと納得も出来る。更に言えば、こんな時でもキリュウを おちょくろうとする彼は、別の意味でも大物だと再認識させられた。

 

 そして彼等を皮切りに、続々と他の面々も部屋の中へと入って来る。

 

 

 

「ハルカちゃん、大丈夫かい?」

 

「ディアベルさん!」

 

「あぁ、本当に良かった。君が無事で本当に幸いだ」

 

「ご心配、おかけしました。私は、大丈夫です」

 

「あぁ!」

 

 

「ハルカちゃん」

 

「リンドさん、それにシヴァタさんも」

 

「ホントに、一時は どうなるかと思ったぜ……!」

 

「大事に至らなくて、本当に不幸中の幸いだった」

 

「はい……本当に、迷惑をかけてしまって……」

 

「いや、良いんだ。俺達は、何も気にしちゃいない」

 

「アンタが無事だった事が、何より大事な事だ」

 

 

 

 ディアベル、リンド、シヴァタといったメンバーとも再会し、無事を喜び合う4人。

 おのおのの言葉を聞き、ハルカは ただ感無量であった。疲弊した心身も自然と治っていくのを感じる。

 

 

 互いに笑みを浮かべ合う中、ハルカはふと、入口の方へと視線を移す。

 

 そこには、1人の黒髪の少年が立っている ―――――― キリトだ。

 

 

 

「ほら、キー坊」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 

 その様子は、どこか おかしく感じた。

 やや俯き加減で、目が合ったハルカに対して居心地が悪そうな顔を見せていたのだ。ただ1人、ハルカの所へ行こうとしないキリトに、アルゴが背中を押すように呟く。促され、ようやくキリトは部屋の中へと入る。

 

 

 

「……………」

 

「キリト君……」

 

 

 

 そうして、顔を合わせる2人。

 しかし、当のキリトは口を開こうとしない。ただ、目を合わせては気まずそうに逸らし、目線も口元も妙に忙しなく動かしている。

 様子の おかしいキリトを見て、ハルカや他の面々も首を傾げる。

 

 

 

「……何 (だんま)り決めとんねん。何か言えや」

 

「えっ……あ、あぁっ、えっと……」

 

 

 

 遂にマジマが痺れを切らしてツッコミを入れ、キリトは慌てる。

 マジマは別段、本気で怒った訳では無いが、それでも大の大人、それも男性の平均よりも体が大きく、しかも堅気に見えない相手からの言葉は心臓に悪かったようだ。

 それでも後押しにはなったのか、ようやくキリトが口を開いた。

 

 

 

「ハルカ……無事で、良かった……本当に、良かった……っ」

 

「キリト君も、無事で良かったよ。ありがとう」

 

「……あぁ…」

 

 

 

 他の面々と比べても、さして変わり映えしない会話。それでも、ハルカには何よりの励ましになった。

 

 

 だが、同時に引っ掛かりも覚えた。

 彼から、妙に余所余所しい雰囲気を感じ取ったからだ。ハルカだけでなく、キリュウやマジマ、それにディアベルやアルゴも同様であった。

 

 

 

「さて、お互いに無事を確認し合ったところで、一旦 出直さないカ? ハルカちゃんも、全然 本調子じゃないだろうシナ」

 

「ん? あぁ、そうだな」

 

 

 

 微妙な空気が広がる前に、アルゴが提案を述べる。もっともな意見に、キリュウを始め反対する者はいない。

 

 

 

「じゃあ、ハルカちゃん。ゆっくり休んでくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「それじゃあ、あたしも。ハルカさん、また後で」

 

「うん、じゃあね」

 

 

 

 先にディアベルら3人が、次いでシリカが部屋から退室する。特にシリカは若干 名残惜しそうにしながらも、ハルカの完全回復を祈って部屋を出た。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 そして、キリト。

 ハルカと眼を合わせ、しばし表情を見詰めながら、それでも言葉を交わす事なく、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 胸中に出来た“ しこり ”の如き引っ掛かり ―――――― ハルカは、それをより強く感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が沈みかけている。

 

 暗くなりつつある村の一角に、キリトはいた。そこは大き目の木が1本 立ち、ベンチも置かれている休憩所のような所だ。立てられた手摺から覗けば、その先は崖になっており、東西に伸び夕日で輝く川が見下ろせた。

 

 キリトは、そんな風景を見ている ―――――― 訳では無かった。

 

 その瞳は、憂いと哀しみに似た色を宿している。その佇まいは儚げですらあった。

 少年の脳裏には、様々な思いが渦巻いていた。その中心にいるのは、自身の相棒とも言える少女(ハルカ)の事だ。

 本当に、彼女が無事で安堵している。それは、彼の偽り無き本心である。

 

 

 だが、それと同時に彼にとって御し難い感情が淀むように胸中にあった。

 

 

 

「ここにいたのか」

 

「! キリュウ、さん……?」

 

 

 

 声がした方を見ると、そこにはキリュウがいた。

 

 

 

「隣、良いか?」

 

「あ……は、はい」

 

 

 

 断りを入れてから、キリュウはキリトの隣に立つ。思わぬ人物の登場に内心 驚きつつ、キリトは横目でキリュウを見る。

 改めて見て、自身との体格差に圧倒された。身長は20cm以上の開きがあり、肩幅も、腕や足の太さも、現実(リアル)で妹の姉妹と勘違いされる事さえあった自分とは桁違いだと感じた。加えて、その表情は元より、眉や鼻付きといった細かい部分全てが洗練されて見える。まだ少年であるキリトでさえ思わず見惚れてしまう程、キリュウの男らしさは群を抜いていた。

 それ故か、特に意識せずとも敬語で応えている。決して年上を敬わないキリトではないが、少なくともゲームの中で敬語を使う事は稀であった。

 

 

 

「キリト……だったな?」

 

「えっ……あっ、そ、そうです……!」

 

 

 

 キリトの反応を見て、キリュウは思わず苦笑が零れそうになるのを抑える。堅気になって何年にもなるが、やはり付き合いの長い人間以外では こういった反応が返ってくるのは止むを得ないところがあった。キリュウ自身、自分の顔や雰囲気が堅気らしくない事は自覚している為、全て割り切っている。

 だからこそ、彼は純粋に今の気持ちを言葉にする。

 

 

 

「改めて、礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

「っ!……いや……俺に、礼なんて………」

 

「いや。お前は、遥に戦い方やこの世界(SAO)での過ごし方を教えてくれたんだろ? 何より、一緒に戦ってくれていた。礼は言うべきだ」

 

「……俺は……俺は…何も………」

 

「……?」

 

 

 

 キリトの答えに、キリュウは違和感を覚えた。

 謙遜しているでもない、照れているのでもない。何か、それらとは“ 別の感情 ”が宿っている気がしてならなかった。

 

 

 

「…宿屋でも気になっていたが……お前、一体どうしたんだ? 何を思い詰めてる?」

 

「………」

 

「……言いたくないか? だがな、俺としても、恩人がそうしてるのを見て、黙ってる訳にもいかない」

 

 

 

 “ 恩人 ”という言葉に反応するように、キリュウを見るキリト。

 そして、再び俯く。その口元は何かを伝えようとしているように、キリュウは感じ取った。急かそうともせず、ただ沈黙をもって答えを待った。

 

 

 

「………ハルカには、恩があるんです。大きな、恩が」

 

 

 

 しばらく経ち、キリトは ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「恩?」

 

「はい。“ あの日 ”から1日 経った時、俺、酷く精神的に参った場面があったんです。その際に、ハルカの言葉に救われました」

 

 

 

 キリトの言葉を聞いて、キリュウは想像を働かせる。

 根掘り葉掘り聞こうという無粋な真似はしない。大切なのは、彼が話そうとする意思と、そこに表れるハルカの優しさの存在だと思ったからだ。

 更に聞きに徹し、続きを待つ。

 

 

 

「その時、俺は何があってもハルカを守ろうって決めました。こんな俺を見放そうともせず、一緒に戦ってくれる彼女を、絶対に守ろうって……」

 

 

 

 だけど ―――――― そこで言葉を止めると、爪を喰い込ませるように手を握り締める。

 

 

 

「その結果が ―――――― あのザマです……!」

 

 

 

 目の前で光る夕日が、キリトにとって忌まわしい記憶を呼び起こす。

 

 

 

 

 紅い暴威に蹂躙されるハルカ。

 

 

 

 

 伸ばす手が、届く事の無い無力感。

 

 

 

 

 最後まで、何も出来なかった絶望感。

 

 

 

 

 もし、キリュウとマジマが現れなかったら ―――――― そんな考えたくも無い想像が過ぎる度、キリトは胸の中を直接 掻き毟りたくなる程の息苦しさを覚えてしまう。

 握り締める手は、更に強まっていく。現実なら、爪が喰い込んで血が滴り落ちる程に。

 

 

 

「俺は……何も出来なかった……っ」

 

「お前……」

 

 

 

 キリュウは、察する。

 キリトの胸中に渦巻く感情は、男とはいえ まだ中学生の人間が抱え込むには あまりにも重いものであると。今の彼の苦しみは、如何ばかりであるのか。

 彼くらいの息子がいても おかしくないキリュウにとって、その様子は見るに堪えないものであった。

 

 

 そして、彼は“ その感情 ”に、覚えがある。

 

 

 

「俺は…… ―――――――――」

 

 

 

 

 

「キリト」

 

 

 

 だからこそ ―――――― キリュウは、手を指し延ばす。

 

 

 

 目の前の少年を、苦しみの螺旋から少しでも引き揚げる為に。

 

 

 

「お前が今、何を考えているのか、何となく察しがつく」

 

「え………」

 

 

「お前……離れるつもり(・・・・・・)なんじゃないのか? ―――――― 遥の(・・) そばから(・・・・)

 

 

「っ!!」

 

 

 

 キリトは目を見開く。

 出会って間も無い人間に、まるで心を読まれたように、確信を突かれたが故の反応だった。それを見て、キリュウは自身の考えが違っていなかった事に、一種の悲しさを覚える。

 目を合わせる2人。驚愕と悲哀が交じり合う中、キリトは咄嗟に出そうとした言葉を押し留める。今、何を言っても無駄だと、キリュウの醸し出す雰囲気で感じ取った為だ。

 再び、視線を外すキリト。そして地平の彼方で輝く夕日を見て心を落ち着かせつつ、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

「……俺は、自分で決めた事すら満足に果たせなかった人間です。偉そうに、自分よりも ずっと大人なハルカを守ろうって格好付けて……俺は、慢心してたんです」

 

「…確かに、納得のいく結果じゃなかっただろう。だが、だからと言って、お前が そこまで責任を負うべきだとは、俺は思えない。あまりにも、状況が悪すぎたとしかな」

 

「………」

 

 

 

 あの時の状況は、キリト以外にもディアベルなどからも聞いていた。その上で考えても、キリト1人が負うべきと言えるような監督責任は無いというのがキリュウの結論だ。

 ボス戦が連戦だった事を読めなかった点も、現地点が最下層である事を考えれば、迂闊の言葉で片付けるのは無体というものだろう。助けが間に合わなかったという事も、その時は戦闘の直後で全員が疲弊していた。その中で仲間の負傷、そして死の恐怖が重なれば、体が思うように動かないのも仕方が無い。

 

 キリュウにしてみれば、全てが結果論である。2人が間に合わなければハルカが手遅れだった事も事実だが、結局は同じだ。現実は、考えていた通りには事は運べないのは どこも同じである。たとえ、ここがゲームの中でもそれは言える。

 だからこそ、キリトが その中で強過ぎるまでの責任を感じているのは、ナンセンスであるとしかキリュウは思えなかった。

 

 

 

「自分を許せない気持ちも解る。だが、あまり自分で自分を責めるのは やめろ。そんな事をしても、お前も、ましてや相手だって、悲しいだけだ」

 

「それは……そうかもしれないですけど……」

 

 

 

 キリュウの言い分を聞き、理解はしているものの、心は納得し切れていない風だ。

 その様子に、彼の人となりを見たキリュウ。決して、不快な感じはしない。むしろ、好感さえ抱ける位だった。

 

 

 

「……お前の今の気持ち、何となくだが、俺にも理解できる」

 

「……?」

 

「俺も、これまでの人生で、色んな事を経験してきた。その中には……後悔しても、し切れないものもある」

 

 

 

 後悔 ―――――― その言葉に、キリトは凄まじいまでの“ 重み ”を感じ取る。

 見上げて覗き込んで見る その顔には、生来の厳つさとは別の表情が表れている。力強さと寂しさが混ざったような表情を表す言葉を、キリトは上手く引き出せなかった。

 

 

 

「……そして一度は、生きる事さえ諦めようとした」

 

「えっ……!?」

 

 

 

 予想を越える言葉に、思わず声を上げるキリト。そして、何も言えなくなる。

 一体この男は、どのような人生を送って来たのか。キリュウが醸し出す気迫とさえ言える雰囲気が、それが並々ならぬ事だった事を窺わせた。

 

 

 

「……だが、俺は今も こうして生きてる。何故だと思う?」

 

「……ハルカ、ですか?」

 

 

 

 確証は無かったが、それ以外に無いと思えた。そして相違無く、キリュウは深く頷く。

 

 

 

「俺は一度、自分が生きる為の全てを、失った。だが、親友の1人に言われて、気付いた。

 俺には まだ、生きなきゃいけない理由がある、相手がいると。

 それからは、ただ我武者羅に近かった。あいつの為に、慣れない事にも必死になって取り組み、覚えていった。それからも、違う土地へ引っ越し、新しい事にも挑んだ。

 気が付けば、それから もう6年も経っていた」

 

「……大変、だったんですね」

 

「まぁな。だが、その おかげで俺は こうして生きてるし、守るべき命も出来た。人間として、これほど誇りに出来る事は無いと、断言できる」

 

「………」

 

 

 

 キリトには、言葉が見付からなかった。

 キリュウが過ごして来た過去は、おそらくは自分の想像を遥かに超えるもの。たかだか、彼の半分以下しか生きていない自分では及びも付かないものである事は明らかだったからだ。

 そう考えると、自分の悩みが ちっぽけなものに見えるとキリトは思うようになる。

 目の前で両親を失っても、希望を見失わず、血の繋がらない人間にも愛情を注ぎ、自身が事件の渦中に飲み込まれても、他人を気遣う心を忘れないハルカ。

 そして、そのハルカの為に全てを(なげう)つような覚悟を見せ、この世界へ来たキリュウ。

 そんな2人の事を考えると、先程まで思い悩んでいた事が そこまで悩む事だったのか、疑問さえ抱いて来る。

 

 

 

「……だからとは言わないが、キリト。お前は、遥から離れるべきじゃない」

 

 

 

 その言葉に、再び思考の渦に のめり込もうとしていたキリトの思考は急停止する。

 

 

 

「俺には、何となく解る ―――――― 今のお前は、危うい。

 自分というものが はっきりと保てず、激しく揺れているように思える」

 

「………」

 

「俺は、そういった人間を何人も見て来た。そんな奴等の大半は、人生の選択を誤り、果てには取り返しのつかない事になった」

 

 

 

 桐生 一馬(キリュウ)の脳裏に、様々な人間の顔が浮かぶ。

 

 

 

 自らの犯した罪、罪悪感、そして嫉妬が絡む負の感情を制御できず、力のみを信ずるようになってしまった錦山 彰。

 

 

 

 ひたすらに高みを目指し、育ての親すらも糧とし、目の前に在った唯一の血の繋がりさえ見えなくなっていた郷田(ごうだ) 龍司(りゅうじ)

 

 

 

 自分が仰ぐべき人間を見付けるも、たった1つの出来事から全てが狂い、際どい所まで人間を信じ切る事が出来なかった峯 義孝。

 

 

 

 今にして思えば、とキリュウは思考する。

 誰もが、何かが違っていれば必ず結果が変わっていたはずだと。決して、殺し合うしか出来ない者同士ではなかったはずだと。

 

 

 

「……かく言う俺も、人生の中で何度も選択を誤って来たと言える人間だ」

 

「っ! キリュウさん、でさえも?」

 

「俺だって、1人の人間だ。決して、完璧な存在なんかじゃない。今 思えば、数え切れない位の失敗をしてきた」

 

 

 

 キリュウは、基本的に自分の行ないに対して後悔はしない人間だ。

 しかし それでも、自分の行ないの為に他人の人生を狂わせてしまったと思う事は多々あった。

 

 

 

 錦山の、堂島組長殺害の時にも、彼の為を想い身代わりになった。

 だが結局、彼の心に拭いようの無い闇を抱えさせ、挙句には多くの人間を死に至らしめてしまった。

 

 

 

 31年前のジングォン派と東城会の抗争でも、当時 小学生だったとはいえ、自身の勇み足の為に せっかくの平和的解決の道を閉ざす結果となった。

 

 

 

 アメリカの裏社会も絡んだ2年前の事件でも、自身に関わった為に名嘉原や子供達が危険に晒され、そして自身の油断の為に、力也は銃弾に倒れてしまった。

 

 

 

 その他にも、かつて極道であった過去の為に、人生を狂わされた人間は大勢いる。

 多くの人を救ってきた桐生 一馬(キリュウ)だが、同時に彼が中心となって人が命を落とす事も多くあった。たとえ、本人に そのような意思が一切なかったとしても。

 

 

 

「人間は決して、完璧にはなれない。どんな人間でも、何がしらの欠点はある。そして人間が行なう事 全てに、何らかの“ 責任 ”が生じるんだ。

 

 だからこそ ―――――― 俺は今まで生きて来れた」

 

「えっ……」

 

「人間、過去の過ちはどうあっても覆せない。だからこそ、現在(いま)を精一杯 生きて、その中で少しずつ雪いでいくしかないんだ。どんな人間でも、出来る事は精々それ位だ。

 お前は、遥を守れなかった自分を許せないと言った。なら、だからこそお前は逃げずに、受け入れるべきだ。そして ―――――― 改めて誓うんだ。“ 今度こそ、守ってみせる ”と」

 

「……改めて、誓う……」

 

 

 

 まるで、漫画のようだと思えるような、けれども何よりも力強さと説得力を兼ね備えた言葉が、キリトの脳に刻まれるように入って来る。

 

 

 

「そうだ。よく考えてみろ。お前が1度 誓った“ 遥を守る ”という想いは、たった1度の挫折で諦められる程、脆いものだったのか?」

 

「っ! そんな訳!! ――――――」

 

 

 

「そうだ ―――――― それが、お前の本心だ」

 

 

 

 キリュウの、そして自分が無意識の内に放った言葉に、キリトは驚いた。

 つい先程までの、胸の内に纏わり付くような感情は無い。今の言葉が特効薬となったように、すうっと何処かへ流れていってしまった。

 

 

 

「―――――― 俺の………」

 

 

 

 キリトは、胸に手を当てる。

 自身の心音を確かめるように、周りの感覚を閉ざし、心に問い掛けていく。

 

 

 

「……後は、本人に(・・・)聞いた方が早いな」

 

「えっ……?」

 

 

 

 キリュウは そう呟くように言うと、呆然とするキリトの肩を叩き、その場を後にする。

 

 

 

 

 

 その大きな体が通り過ぎた瞬間、キリトは見た ―――――― 少女の姿を。

 

 

 

(―――――― ハルカ……!?)

 

 

 

 紛れも無く、装備を外して衣服のみの姿のハルカだった。

 キリュウが去ると同時に、自分に気付いたように駆け寄って来た。

 

 

 

「キリト君! 良かった、ここにいたんだ」

 

「ハルカ! どうして……動いて大丈夫なのか?」

 

「うん、平気。もう充分 休んだから」

 

「そうか……でも、一体どうしたんだ?」

 

 

 

 彼女の回復は素直に嬉しいが、先程までのキリュウとの会話の後だと、少なからず居心地の悪さは感じてしまう。何とか それは悟られないように尋ねる。

 ハルカは、その端正な眉を曇らせながら答える。

 

 

 

「だって……キリト君、宿から急にいなくなって……シリカちゃんやディアベルさん達も、解らないって言うし。何だか、不安になって」

 

「不安……? 俺が、いなくなって……?」

 

「当たり前だよ!」

 

 

 

 その声に怒気を思わせる色さえ纏わせ、ハルカは言った。

 

 

 

 

 

「だって ―――――― “ 仲間 ”じゃない!」

 

 

 

 

 

 仲間 ―――――― その2文字は、キリトの心に強く響いた。

 まるで母の言葉を思わせるような、強かで、それでいて温かさを感じさせるものだった。

 

 

 

「でも……何だか目が覚めてから、キリト君が妙に よそよそしく感じて……もしかしたら、私の所為で傷付けたかもしれないって思って……」

 

「は…? ハルカの所為、って……何を言ってるんだよ?」

 

 

 

 不意に表情を暗くして語る言葉に、キリトは訳が解らなかった。逆なら まだしも、何故ハルカが そんな事を考えるのか。

 

 

 

「だって……私が無茶をしたから、あんな危ない目に遭って……それで、もしキリト君が変に責任を感じてたら、私、何て謝れば良いんだろうって……そう思ったから」

 

「そんな……っ! ハルカは何も悪くない。俺が、もっと しっかりしてれば……!」

 

「ううん。あれは、私の不注意だよ。自分が初心者だって事を忘れて、大それた事をするから、裏目に……」

 

「違う! ハルカに落ち度なんかない!!」

 

「……それだったら、キリト君にだって、落ち度はないよ」

 

 

 

 まさに、押し問答の如しだった。

 互いに非の有無を巡って譲らず、応酬を繰り返す。本人達は至って真面目だが、はたから見れば空回りも甚だしいと思うだろう。

 何度か やり取りをする内、キリトも その不毛さに気付き、何も言わなくなる。

 

 

 同時に、キリトは悟る。

 自分はハルカという少女を、色々な意味で甘く見ていたと。

 

 

 優しい性格である事は解っていた。責任感も、強いであろう事は予想していた。

 だが、あまりにも予想以上であった。

 ここまで他人の意見を真っ向から否定し、その責任を負おうとするのは中々出来る事ではない。それも、自分のような半ば自虐的でもなく、単純に責を感じての発言だと取れるのだから、尚更である。

 

 

 そして、キリトの沈黙を見たハルカは、好機とばかりに、微笑みながら言った。

 

 

 

「……これ以上は仕方ないね。それじゃあキリト君、私から、1つだけ言わせて」

 

「……?」

 

 

 

 

 

「改めて、やり直そ? もう一度 初心に帰って、何が大事かを考えながら やって行こうよ。

 

 キリト君さえ良ければ……このまま、一緒に旅がしたいな」

 

 

 

 

 

 嗚呼 ―――――― キリトは言葉にならぬ叫びを、胸中で響かせた。

 

 

 

 彼女は、やはり只者ではなかった。1度は命を失いかけながら、それでも他人を思い遣る心を失う事はなかった。そればかりか、これまで以上に強く、重い責任を果たして行くと言う。

 

 

 それに引き換え、自分は何という体たらくか。

 1度の過ちで全てを諦め、あまつさえ態の良い方便を立て、彼女から逃げるように離れようとさえ考えた。

 こんな ひ弱な精神(こころ)の人間が、どの口で“ 人を守ろう ”などと言えていたのか。

 過去の自分に、思い切りゲンコツを喰らわせてやりたい気持ちだ。つくづく、自分という人間が嫌になってくる。

 

 

 

 だが ―――――― もう目を逸らしてばかりはいられない。

 

 

 

 

 

「………本当なら、男の俺から言うべきだったんだけどな」

 

「 ? 」

 

 

 

 溜め息 混じりの声で囁くキリト。ハルカには届かず、首を傾げる。

 そして、深呼吸をしてから彼女の方へと向く。

 

 

 その瞳には、先程までとは明らかに違う、強い意志が在った。

 

 

 

 

 

「俺も、まだまだ子供だって事を忘れてたよ。

 

 こんな頼りない俺だけど……ハルカさえ良ければ ―――――― 一緒に、来てくれないか?」

 

 

 

 

 

 その言葉を受け止め、ハルカは眉に、眼に、口に、眩しいまでの笑みを浮かべた。

 

 そして、ハルカは おもむろに右手を差し出す。

 

 それを見たキリトは、一瞬 戸惑いを見せながら、同じように右手を差し出し、互いに ぐっと手を合わせた。

 

 

 

 

 

「喜んで」

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 かたや満面の笑み。

 

 かたや恥じらい混じりの柔らかな笑み。

 

 

 少年と少女は、互いの未熟さを憂いながらも、共に支え合う事を改めて誓う。

 

 

 

 

 

 景色を彩る夕日に色褪せない程、2人は眩いまでの感情を醸し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一件落着、チャンチャン♪ てな感じやなぁ」

 

「そうだな」

 

 

 

 一軒家の影で、遠くから少年少女の様子を見ていた大人2人が安堵したように呟いた。

 本当なら出歯亀のような事をするつもりはなかったが、いつの間にかいたマジマに言われるまま、今に至る。

 

 後ろから やって来るハルカの気配に気付き、後は当人同士で話し合うのが得策だと考え流れに身を任せた。少しばかり不安もあったが、何事もなく丸く収まって良かったとキリュウは ほっとしている。

 改めて遠目で見ると、2人の空気は だいぶ和らいでいるのが解る。笑みを浮かべるハルカを見て、頬を綻ばせるキリュウだった。

 

 

 

「……せやけど、良かったんか?」

 

「? 何がだ?」

 

「遥ちゃんの事や。キリュウちゃんの事やから、俺は てっきり戦いから外すて思ぅてたからな」

 

「あぁ……」

 

 

 

 そう言われ、キリュウは思うところがあるように頷く。

 

 確かに、彼の言う通りだ。ハルカが目を覚ました後は、なるべく危険な戦いからは距離を置かせようと説得するつもりだった。

 だが、宿屋でキリトを必死に探す様、そして彼と直接 会って話をする様子を見て、それは きっと徒労に終わるだろう事を予想していたのだ。

 

 

 

「流石に、今となっては無意味な話だ。たとえ話したとしても、今更 考えは変えないだろう。遥は、あぁ見えて かなり頑固だ」

 

「ほぅ~。流石、6年も一緒におるだけあって、良ぅ解っとるなぁ」

 

「ふっ。まぁな」

 

 

 

 不安なのは変わらない。だが、本人が望んだ揺ぎ無い意思なら尊重したい。危険な事なら、自分も全力でサポートをすれば良いだけの事だ。

 

 

 

(それに……)

 

 

 

 ふと、視線をハルカの隣にいる少年に移す。

 キリュウの方からは表情は見えないが、最初に話をした時よりも明らかに雰囲気が改善されたのが感じ取れる。

 何度か言葉を交わし、キリュウは彼の人となりをある程度 把握できていた。

 

 

 

(あいつは、信用できる人間だ。まだまだ子供だが、それ以上に目を見張るものを持ってる。あぁいう若者も、いる所にはいるもんだな)

 

 

 

 自分が非と思った事に対し、それを弁解する事を善しとしない姿勢は、やや度を超す部分はあったが好感を持てると感じた。それでいて、約束を重んじる点も信用するに あたって評価できると思えた。

 ハルカの信頼も揺らがぬ事を見ても、仲間とするには申し分ない。自身の経験上、非行少年も飽きるほど見て来たキリュウにとって、キリトという少年は稀に見る青少年であった。

 

 

 

「どないしたんや? キリュウちゃん」

 

「ふふ、いや。そろそろ宿へ戻ろう。2人も、じきに戻るだろう」

 

「? そうか。ほな、行こか」

 

 

 

 どこか腑に落ちないものを感じつつも、特に気に留めなかったマジマも了承し、2人はその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰路の道すがら、2人は今度の事も話し合う。

 

 当初の目的だった、ハルカとの合流は果たした。あとは、この世界(SAO)から脱出するだけ。

 だが、それが唯一にして最大の難関。

 未だ、全100階層の内の1層すらも未踏破。ほとんどが未知の領域であり、不安は尽きない。

 既に、現実(リアル)でも非常事態宣言が出る程の大騒動となっている。今は若干 落ち着いているかもしれないが、それでも今後の混乱の懸念を考えれば、悠長にはしていられない。

 

 

 ならば、答えは1つ ―――――― 一刻も早く、全てを終わらせる他に無い。

 

 

 だが、それは今まで数々の修羅場を潜って来たキリュウ、マジマでも、決して一筋縄では いかない。特に現段階では、現実とは全く勝手が違うのだから。

 個々の力では、明らかに微弱。なればこそ、“ 個 ”では無く、“ 団 ”を もって当たるしかない。

 

 

 

 やるべき事は見えた。

 

 

 

 それを確実に、現実のものとするべく、2人は帰路の足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †     †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 およそ半月後。

 

 

 

 主街区である《 はじまりの街 》。

 そこで、(いたずら)に時を過ごすばかりだった者達の間で、1つの“ 噂 ”が囁かれ始める。

 

 

 

 ――――――――― 攻略を始めていた極少数の人間が、遂に《 階層突破 》に着手する。

 

 

 

 当初は眉唾だと意に介されなかったが、噂は止む事無く、主街区のみならず、各所の中継地である町や村にも広がっていった。

 

 

 それに対する反応は、様々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― 始まるのね……」

 

 

 

 

 

「―――――― いよいよか……」

 

 

 

 

 

「―――――― 本当に……?」

 

 

 

 

 

「―――――― どうする?」

 

 

「―――――― 行こう!」

 

 

「―――――― えぇ」

 

 

 

 

 

「―――――― いよっしゃあっ!!」

 

 

 

 

 

「―――――― クククククッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不安、期待、決意、気概 ――――――

 

 様々な感情と意思が纏まり、第1階層に熱が籠り始めていく。

 

 

 

 そして その熱は、“ 男達 ”が集う“ 最前線 ”へと、集う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行きましょう。みんな、待ってます」

 

 

 

「あぁ ―――――― 解った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()くて ――――――――― 剣士達()は、並び立つ。

 

 

 

 

 

 目指すは ――――――――― 開放(勝利)のみ。

 

 

 

 

 






という訳で、合流から攻略開始まででした!


いやはや、本当に我ながら よく続きを書けたなと思います。これも ひとえに、心の底に沈めど消える事の無かったオタク心(笑)と、皆様の応援があればこそと思います。


久々ゆえに、各キャラの口調や関係性、そして前話までの話の繋がりに苦労しました。けれども、良いリハビリになったと思います。
もっともっと、このサイトで同じく投稿されている先輩方のような才能が欲しいと思うこの頃です。


それでは、またいつの日か!!



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