SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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どうも、お久し振りです。具足太師です。

いやはや、この投稿まで半年もかかってしまいました。続きを待って頂いていた皆様、本当にお待たせしました<(_ _)>

本当に久々な為、半ばリハビリを兼ねて書いた感があります。相も変らぬ駄文と思いますが、宜しければ最後まで読んで下さい。


では、どうぞ。





『 舞い降りる者 』

 

 

 

 

 

【 11月9日 第1層 平原  10:42 】

 

 

 

 

 

 1人の男が、巨大狼と対峙していた。

 辺りは風が吹き、草木が靡く穏やかな風景が広がっている。

 しかし、囚人(プレイヤー)怪物(モンスター)が互いの(HP)を奪い合うその様が、空気が、風光明媚と言える景色を“ 戦場 ”へと変貌させている。

 互いに爪と牙、そして刃が振るわれ、火花を散らして鎬を削っていた。

 

 

 

「ふんっ!!」

 

 

「ギャウッ!!」

 

 

 

 力の籠められた低い唸り声が響き、直後に狼は悲鳴を上げた。

 曲刀を握り締める男 ―――――― キリュウが、対峙するダイアー・ウルフの爪攻撃を躱すと すれ違いざまに得物を振るい、脇腹を斬り裂いたのだ。

 慣れない者なら、ただ躱すだけでも足が竦むような攻撃を難なく避け、あまつさえ僅かに見せた隙を突き攻撃を加えるのは、見事と言う他無い。

 攻撃が躱され、加えて反撃まで受けたダイアー・ウルフは着地こそしたものの明らかに体勢を崩し、大きな隙を晒していた。キリュウの方へと振り返る事すら出来ていない。

 そんな致命的と言える隙を、歴戦の男であるキリュウが逃す道理は無かった。

 好機と捉えると瞬時に駆け出し、右手に持つ曲刀の柄を強く握り締め直す。瞬く間に間近まで接近すると、曲刀を後ろの方へと伸ばす。すると、指定の体勢に入った事で、ソードスキルの充填が始まった。効果音と共に青白い光が刃に宿る。

 十二分に充填が完了したのを感じたところで、改めてダイアー・ウルフの動きを注視する。ここに来て、ようやく相手もキリュウの方へと向けた様子だが、迎撃するには明らかに手遅れである事が窺えた。

 攻撃を中断する必要性が無いと判断すると、いよいよキリュウは明確な覚悟を全身に宿す。

 

 

 

「ぬおおぉぉりゃあぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 腹の底からという表現すら生温い、全身を震わせるかの如き大声を上げ、曲刀を下から上へと振り上げた。

 曲刀用ソードスキル・《 デス・クリープ 》は、見事ダイアー・ウルフの上下の顎を斬り裂いた。

 既にHPを半分以下にまで減らしていたダイアー・ウルフは、これにより完全に沈黙 ―――――― 爆散して消えて行った。

 

 

 

 

 

 ―――――― 所 変わって、キリュウが戦っている場所から少し離れた場所。

 

 

 

 

 

「いいぃぃぃぃやっ!!!」

 

 

 

 

 

 奇声とも言うべき叫び声を上げながら、隻眼の男 ―――――― マジマが手に持つ短剣をダイアー・ウルフの眉間へと突き立てた。

 ゲーム内ゆえに血こそ出ないが、それを彷彿させる赤いエフェクトが傷口から発せられる。助走を付け、武器を持つ右半身を沈めるように下げつつ、軸の移動による体重の重みと力の流れを最大限 利用した突きである。ソードスキルではないものの、刃の半分以上が眉間に深々と突き刺さる程の威力だった。

 現実なら確実にトドメになっているだろう攻撃を受けても尚、HPが残っているダイアー・ウルフは死ぬ事は無い。とはいえ、弱点を刺されたのは大きな隙となり、悲鳴を上げつつ痛みに悶えるように首を振りながら後退して行く。

 だが、それは大した足掻きにすらならない。

 

 何しろ相手は、現実(リアル)にて“ 狂犬 ”の異名を持つマジマなのだから。

 

 

 

「まだまだいくでぇ!!」

 

 

 

 狙った獲物は逃がさないとばかりに、その顔に凶悪とさえ言える笑みを浮かべながら、姿勢を低くしつつ駆け出す。その動きはキリュウ以上に素早い。

 現在、マジマのレベルは4で、筋力を中心にステータスを上げるようにしている。キリュウも同様である。

 SAOに来て、2人が真っ先に感じたのが“ 力の急激な低下 ”である。

 武器を振るうにしても速く駆けるにしても、現実に比べて力が足りないと感じた2人はそこの差異を埋めようとしていた。

 レベルが3つ上がった現在、流石に現実と同等の力を取り戻すには到底 至ってはいない。それでも、ダイブ当初に比べれば毛が生えた程度でも ましになっており、同時にアバターにも徐々に馴染んで来た事で、筋力不足ならではの自分の動きも開発し、それを活かせるまでになっていたのだ。

 

 

 

「いぃやっ! せいっ! やっ! うりりゃっ!!」

 

 

 

 接近するや、順手に持った短剣を右から左へ、左から右へ、まるで(無限)を描くように次々と斬り刻んで行く。

 筋力は衰えても、肉に喰い込ませず、手首を柔軟にくねらせ、素早く裂いて行くその動作は、まるで衰える様子を見せない。どこぞの特殊部隊も顔負けの技量は、恐ろしさと同時に、ともすれば見惚れさえしそうだった。

 10回は斬ったところで、マジマは一旦 攻撃の手を緩める。反撃が来るかと予想していたが、ダイアー・ウルフは おぼつかない様子で弱々しく声を漏らすばかりだった。

 

 

 

(―――――― 思った通りや。どうも化物共(こいつら)、頭に攻撃を集中されたら弱いらしいのぅ)

 

 

 

 それを見て、これまでの数度の戦闘経験からこのような結論に至る。

 実際、その考えは的を射ていた。

 モンスターを動かしているのはAIプログラムである。プレイヤーの動きを観察、勉学し、まるで本当に生きているかのようにポリゴンを動かすのだが、思考部分たる頭部などに攻撃を集中されるとプログラムの処理が混乱し、果てには失神に近い反応を見せるのだ。そうなれば、特に戦闘に慣れているキリュウやマジマなどからすれば格好の的でしかなくなる。

 もっとも、そこまで持ち込むだけでも かなりの労力を必要とし、ソードスキルさえ上手く使えば そこまでする必要性も薄い為、ベータテスト時には実証はされても広まる事は無かった。

 それでも、一般人なら相当に難しい事を低レベルながら成し得る辺り、やはり彼等の実戦的な技量は ずば抜けていると言えた。

 テスターのマスティル曰く「化け物」と謂わしめた所以である。

 

 

 

「これで、フィニッシュやぁ!!!」

 

 

 

 HPも十二分に削り、充分に戦いを楽しんだマジマは止めを刺すべくソードスキルの発動に入った。順手から逆手に持ち替え、規定の構えを取って充填を行なう。

 そして溜めが完了した瞬間に、朱色の光を放ちながら右上から左下へ、更に瞬時に左上から右下への、2連撃 ―――――― 短剣用ソードスキル・《 クロス・エッジ 》をお見舞いした。

 その技によって相手に十字の(エフェクト)を浮かべ、その威力は残ったHPも完全に奪い去った。

 

 

 

 初心者には手強いはずの巨大狼も、所詮は“ 龍 ”や“ 狂犬 ”の敵では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(凄い……っ…また、あっと言う間に倒しちゃった……!)

 

 

 

 開いた傘のように枝が大きく広がった木の下で、シリカは呆然とも取れる顔で座っている。

 そこは、このエリアにある安全エリアの1つ。木を中心とした、木陰の部分がそうだ。

 そこからキリュウとマジマが戦っている場所からはさほど離れておらず、遠目で見る事が出来た。

 そして、彼女の父親以上に歳の離れた大人2人の圧倒的な戦いぶりを見て、感嘆の息を漏らさずには いられなかった。

 

 

 

「………それに引き換え……あたしは………」

 

 

 

 しかしながら、シリカの表情は決して晴れているとは言えなかった。

 むしろ、1人の中ぼそりと漏らした言葉が何とも言えない哀愁の感情を見え隠れさせていた。

 その心は、言ってしまえば“ 罪悪感 ”にも等しい。

 

 何に対してそれを抱いているのか ―――――― それは、まさに“ 今の状況に ”と言える。

 

 そもそも、なぜ彼女だけが安全エリアでキリュウ達の戦いを離れた所から見ているのか。

 彼女の名誉の為に述べると、今の状況は決して彼女が自ら望んだものではない。

 

 

 しかしながら、そうせざるを得ない“ 事情 ”が出来てしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間前の事である。

 

 

 前日の晩に悩みぬいた末、ハルカとキリトを助けたい一心でキリュウ、マジマと同行する決意を固めたシリカ。出発間際になってからの唐突の事に最初は渋るキリュウだったが、彼女の決意の固さとマジマの説得もあって同行を認めた。

 そうして、満を持してフィールドへと繰り出した訳であるが、程無くしてモンスターと遭遇し、おのおのが対峙する。

 

 無論、シリカも その1人であったが ―――――― そこで、予想外の出来事が起きた。

 

 先に掛かって行ったキリュウ、マジマに続かんと、自らも短剣を振う。ダメージを受け、シリカにヘイト値を溜めた敵は、すぐさま彼女に襲い掛かった。

 しかし経験不足が祟った事、そして思いのほかに速い反撃に咄嗟に避け切る事が出来ず、僅かながらHPを減らしてしまう。

 

 

 

 

 

――――――――― しかし、充分に留意して貰いたい

 

 

 

――――――――― 今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない

 

 

 

――――――――― HP(ヒットポイント)0(ゼロ)になった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し

 

 

 

 

 

 

――――――――― 同時に………諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される

 

 

 

 

 

 青色のバーが短くなり、緑色に変色したのを見て、シリカの脳裏にふと ――――――

茅場が告げた言葉が よぎったのだ。

 

 

 刹那 ―――――― その身(アバター)が凍り付いたかのように固まってしまった。

 

 

 ほんの3日前までは、既存のゲームと同じく、キャラクターのHPと同義にしか思っていなかった自らのHPバー。

 これが更に短くなり黄色、更に赤となって、そして完全に失われた瞬間、現実世界でも死に至る ―――――― 状況が状況なら、今でも性質の悪い冗談と気に留めなかったかもしれない程、本来ならば荒唐無稽な話。

 だが、シリカの目の前にはキリュウとマジマがいた。

 事件発生後、SAOに来る事自体が自殺行為だと解った上で来たと言う、大人2人。それ自体も信じ難い話であったが、周囲の話や自分も知るハルカとの関係、そして彼等のひととなりを知って、とりあえず信じてみようと考えた。

 

 それ故に ―――――― シリカには恐怖が芽生えた。

 

 全ての話を信じるなら、HPバーが縮まるという事は茅場の言葉通り、自らの“ 命 ”が縮まる事と同義。すなわち今、自分は“ 死に近付いている ”のだと、理解したのだ。

 

 

 

――――――――― 死にたくない……っ…!

 

 

 

 生きている者なら、誰でも抱く思いに、彼女の思考は支配された。

 それ故に、その(HP)を砕こうと来る敵が迫って来ても、反応が出来なくなってしまったのだ。

 運良く、彼女の後ろで行動を見ていたマジマの援護によって、大事に至る事は無かった。

 だが、それからというもの、何度となく戦っても同じような感情が不意に湧き上がり、満足に戦う事も出来なくなってしまっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、シリカはメインメニューを開く。

 トップ画面には、上部には自分の名前とHPバー、下部には装備フィギュア、コマンドボタン一覧がそれぞれ半分ずつ区切られて表示されている。その中のHPバーの下にある《 EXPバー 》に目をやる。

 丁度、離れた所にいるマジマが1体の敵を倒したところである。

 すると、そのEXPバーが少し右に伸びた(・・・・・・・)

 EXPとは、EXperience Point ―――――― 即ち経験値の事である。SAOの場合、このバーが黄色からオレンジ色に、右に伸び切ると、レベルが上がる仕組みだ。

 何故、敵を倒していないシリカのEXPバーが伸びたのか。その理由は、現在シリカはマジマと“ システム上 ”でパーティを組んでいるからだ。こうしていれば、たとえ片方が戦闘に参加せずとも、自動的に経験値が分配される仕組みなのである。

 もっとも、システム上モンスターにダメージをより与えた方に経験値が偏る為、全く戦っていないシリカに分けられる経験値は僅かでしかない。それでも、労せず経験が溜まっていくのは楽な事なのは違い無い。

 

 シリカにとって、それがより心に影を落とす要因でもあった。

 

 何度か戦闘を行ない、今の状態では満足の行く戦いが出来ないと解ったキリュウとマジマは、事前にマスティルから教わったこの方法を用い、少しでもシリカにも経験値が増えるように図ったのだ。

 シリカは最初「ズルをしたくない」と固辞したものの、本人以上に彼女の危うさを察していた2人の言葉には逆らえず、渋々その案に従う形となった。マジマとしても、より多く敵と戦えば済む話と、気にするどころか嬉々とした感じで言うのみだった。

 

 

 

「はぁ………」

 

 

 

 もはや何度目かも解らない、大きな溜息を吐く。

 シリカにしてみれば、自分が情けなくて仕方がなかった。

 一晩 悩み抜いた末に、心配して引き留めるクライン達に対しても大見得を切って同行しておいて、この様である。キリュウらは気にしてる様子は見せないが、それでも申し訳無い気持ちが無くなる訳ではない。これでは、何の為に街を出て来たのか解らない。

 

 ふと何気なしに、フレンドリストにあるハルカの項目を開く。

 見れば、今も彼女はフィールドに繰り出している様子だ。地名は覚えの無いものだが、おそらく件のホルンカの近くだろうと推測した。

 レベルも、昨日よりも上がっているのが見て取れる。きっと、キリトの助けもあってだろうが、順調にレベリングを重ねているらしい。

 

 

 

(ハルカさんは、今も立派にキリトさんを助けてる……しっかりと、戦えてるんだ……それなのに、あたし ときたら……っ)

 

 

 

 ハルカとキリトを助けると誓ったはずの自分が、いざ街を出れば満足に戦えず、レベリングすら まともに出来ない。

 自分よりも経験の少ないはずのキリュウやマジマの足さえ引っ張る始末だと、考えれば考えるほど自己嫌悪が強くなっていく。

 

 

 

 ―――――― ハルカの元へ走っているはずが、距離が縮まるどころか更に遠ざかっているような

 

 

 シリカは、そんな錯覚さえ覚えてしまう。

 

 

 

 

 

「おぅ、どないしたんや?」

 

「……!?」

 

 

 

 そんな嫌な考えが渦巻く中、不意にマジマの声が耳に届いた。

 慌てて顔を上げると、いつの間にやら、すぐ近くまで歩いて来ていた。いつ切り上げたのかも解らない程、周りに注意が向けてなかったらしい。

 

 

 

「お、お帰りなさい……大丈夫でしたか?」

 

「おぅ! 見ての通り、ピンッピンやっ」

 

 

 

 その言葉通り、全くと言って良い程に疲れの色は見えない。むしろ、まだまだ遊び足りない子供のような明るささえ感じる程だ。頭上に浮かぶHPバーも、1ドットも減っていないようだった。

 

 

 

「レベルの方は、どうですか?」

 

「おぉ、ついさっき5に上がったところや。いやぁ~、バッタバッタと斬りまくったでぇ~」

 

「えっ! もっ、もう5になったんですか?」

 

「ヒヒ、せや」

 

 

 

 レベル5と聞いて、シリカは街を出る前のキリトを思い出した。

 彼は、近くで戦った仲間の中では唯一のベータテスターである。彼女の中での勝手な想像ではあるが、マジマはキリトに匹敵する程の力量を既に備えているに等しいと考えた。おまけに、シリカとパーティーを組んでいるが故の経験値の分散もある上で、である。

 一体、自分が目を離していた隙に どれだけの数の敵と戦ったのかと、不思議に思う程だった。この分なら、先に出発したキリト、ハルカと並ぶのもそう遠くはないだろう。

 

 

 

「………凄い、ですね……やっぱり、大人には敵わないな……」

 

「あ…?」

 

 

 

 シリカの言葉から、単に褒めるだけなら感じない“ 何か ”を、マジマは敏感に感じ取った。

 おまけに、やや暗い表情を浮かべ俯き気味ですらある。

 きっと良く無い事を考えていると、マジマは直感した。

 

 

 

「何や、お前。まだ“ 戦う事が出来ん ”とか どうとか考えとるんか?」

 

「っ…そ……それは………」

 

 

 

 挙動も、咄嗟の言葉も、マジマにとってはこの上無く解り易い反応だった。

 

 

 

「図星やな……それはもうえぇ、言うたやろうが」

 

「そう、ですけど……やっぱり、自分が情けなく思うのは変わらないです」

 

「………」

 

 

 

 マジマとて、シリカの思う事が解らない訳ではない。

 もし彼の部下などが彼女と同じ立場だったなら、マジマは容赦なく制裁を加えただろう。場合が場合なら、シリカの行動と結果はそれ程の影響をもたらすのだ。

 言葉が止まると、マジマは何も言わぬまま顎鬚を撫でる。そして、その手を下ろすと(おもむろ)に言った。

 

 

 

「……仕方(しゃあ)無いやないか」

 

「え……?」

 

 

「お前は ――――――――― まだ“ 子供 ”なんやからな」

 

 

 

 その言葉には、彼女を非難するような言葉は無かった。その理由は、まさに その一言に尽きた。

 マジマも若い頃から修羅場を幾度と無く潜り抜けて来た極道である。“ 戦いに赴く ”という事が世間一般の人間からすれば、いかに重く、難しい事なのか誰よりも解っている。

 だからこそ“ 戦い ”はおろか喧嘩だって経験が無いだろうシリカが、責任感と罪悪感に圧迫されているのは見るに堪えなかった。

 

 

 

「いざ戦いに出てみて、めっちゃ怖なったやろ? あれは大の大人がビビりまくっても仕方(しゃあ)無いレベルや。大人ですら耐えられんもんを、子供 ―――――― ましてや女にビビるなっちゅう方が無理な話や」

 

 

 

 断っておくが、マジマは男尊女卑の考えはもっていない。ただ、男に比べ力が劣っているだろう ―――――― 本来なら理屈抜きで“ 男が守らねばならない存在 ”が、どんな理由があれ暴力と恐怖に晒される事が認め難いだけである。

 

 

 

「でも……ハルカさんは ちゃんと戦えてます」

 

「ハルカちゃんは……まぁ、何や。ちぃと“ 特別な ”育ち方したからのぅ」

 

「特別?」

 

「こっちの話や。合流できても、根掘り葉掘り聞こうとか思うなや? えぇな」

 

「はっ、はい!」

 

 

 

 何とも気に掛かる話が出て来たものの、いやに強く釘を刺された事で、シリカも反射的に疑問を引っ込める事にした。人間、誰しも人に話しにくい話はあるものだと納得して。

 

 

 

「ともかくや。お前が気に病む必要は、これっぽっちもあらへん。今は無理でも、これから ちょっとずつ慣れていけばえぇんや。それとも ―――――― 今からでも街に戻るか?」

 

「………」

 

 

 

 ともすれば、邪魔だから出て行けとも取れる言葉。

 しかしマジマからは、そんな思いは全く感じない。むしろ、親が子を労わるような感があった。

 今のシリカに とっては、何とも言い難い魅力を感じる提案。自身の思い、そしてマジマの想いなどを考え、熟考する。

 

 

 そして、数秒の後。

 

 

 

「……いいえ。街には戻りません」

 

 

 

 シリカは、確固たる意志を備えた面持ちで答えた。

 

 

 

「……それは、クラインとかに合わす顔が無いからか?」

 

「それも、ちょっとはあります。でも、1番の理由は、ハルカさんに会う為です!」

 

「ほぅ?」

 

 

 

 その言葉は少々予想外だったのか、マジマは驚いたような珍しい物を見るような目をする。

 

 

 

「ハルカさんは、あたしに本当に良くしてくれました。

出会ってすぐに仲間に誘ってくれて、武器を探す時も、その際に少しトラブルが起きても、ハルカさんは あたしを庇いながら対応してくれました。

キリトさんを追って街を出て行く時にだって、なけなしのお金を分けて貰って……ホントにハルカさんには、返そうにも返し切れない恩があるんです。

ハルカさんは“ また会えたら会おう ”って言ってたけど……やっぱり、待つだけ何て嫌なんです!」

 

 

 

 そう強く述べるシリカ。ぶつけられるように、強く吐き出すその言葉を、マジマは何も言わず受け止め続けた。聞けば聞くほど、彼女の心境がありありと解って来る。

 

 シリカは、怖かったのだ

 

 必ず再会しようという言葉 ―――――― 既に敬愛の域に達している少女(ハルカ)の言葉を信じていない訳では無い。

 それでも、やはり“ もしかしたら ”という疑心は拭い切れずにいたのだ。

 だからこそ、絶望と恐怖に震えながらも、我武者羅ながらに踏み出せたのだろう。

 

 

 

「マジマさんや、キリュウさんには迷惑を掛けるかもしれません。それでも、ハルカさんに会うまでは、あたし……帰りません」

 

 

 

 その言葉、眼差しには、揺らいでいた自身の心を再び固めるのに充分な“ 覚悟 ”が宿っていた。

 

 

 

「ふんっ……そうか」

 

 

 

 人によっては、シリカの考えは自分勝手にも、自暴自棄にも見えるかもしれない。否。実際、そのような感情も僅かではあるが入り混じっていただろう。

 あまりにも若過ぎる少女の、悲壮とも言える覚悟である。そのような側面が宿っているのも、ある意味 当然の事と言えた。

 

 

 だがマジマには、既に全て(・・)を承知していた。

 

 

 

「安心したで……まだ心までは、折れ切っとらんみたいやな」

 

「え?」

 

「“ 帰る ”言うたら、それはそれやったけどなぁ。良ぅ踏み止まったな、少しは見直したで」

 

「マジマさん……」

 

 

 

 本心を言えば、シリカには安全な場所に留まって貰いたいと思っている。

 しかし、彼女の言葉と眼差しを受け止めた事で、もはや引き返すような事は無いのだとマジマは理解した。故に、心の底で湧き上がる悲しみのような感情を抑え、その覚悟を称賛する言葉を述べた。ハルカを慕い、案じる心が恐怖を上回った事を純粋に喜んだ為でもある。

 

 そして、同時にマジマは諭すように言葉を述べる。

 “ 娘のような ”といっても差し支えない年齢のシリカが、下手に先走る事が無いように。

 

 

 

「よぅ覚えとけや、シリカ。戦いの中で恐怖を感じるっちゅうんは、何も悪い事やない。むしろ、死の恐怖を感じん奴の方が早死にする。“ 死に恐怖を覚える ”っちゅうんは、逆を言えば“ 命の大切さ ”を解っとる証拠なんや」

 

「命の、大切さを……」

 

「せや。どんな人間でも、たった1つしか持っとらん命や、失くしとぅはない。だからこそ、普段の生活の中でも失くさんように注意を払って生きとる。まして、何よりも失う可能性が高い戦場やったら、尚更や。せやけどな、人間っちゅうんは 思いのほか しぶとい生きモンや。どんな戦場でも、命の大切ささえ失わんかったら、それを失わんように戦う事かて、絶対に不可能って訳やない」

 

「……出来る、でしょうか、あたしに」

 

「ま、すぐには無理かもしれへんな。せやけど、俺やキリュウちゃんもおる。お前にその気があるんやったら、すぐにでも鍛えたるわ。覚悟、出来とるんやろ?」

 

「………」

 

 

 

 マジマの問いに、シリカは再び熟考する。

 未だ、戦いに対して恐怖があるのは変わらない。考えるだけで鼓動が大きくなり、固唾を飲みそうにもなる。

 

 しかし、諦めたくない気持ち ―――――― ハルカの元へ行きたいと言う根本の想いも変わってはいない。

 

 更に考える。

 自分が同行している大人2人は、昨日まで未経験の初心者(ビギナー)だったとは到底 信じられない程の技量と素質を持つ者達である。自分の我儘にさえ、とことん付き合おうとしてくれている。

 

 

 ならば ―――――― 言うべき事は1つだった。

 

 

 

「……はい! お願い出来ますか、マジマさん」

 

 

 

 その強い言葉を聞き、マジマは凶悪とさえ言える この上無い笑みを浮かべた。

 

 

 

「ヒヒヒ! 任せとけや。俺が鍛えたる以上、最強を目指せる位には行くからな? 半端な強さは許さんで」

 

「…! ありがとうございます!!」

 

 

 

 極限状態の中、遂に己の恐怖の鎖を破らんと立ち上がったシリカ。

 その姿は“ 強い者が好き ”と公言して(はばか)らないマジマを歓喜させ、その少女を導かんとする意欲を掻き立てるのに充分だった。

 死なせない為には何から始めるべきかと、すぐにでも考えを巡らせ始める。

 

 同時に、マジマ自身も近年 稀に見ると思える程に、その心を湧き立たせていた。

 

 

 

(まさか この年齢(とし)になって、子供(ガキ)相手に心が奮い立つとはのぅ……解らんもんやな、人生っちゅうんは)

 

 

 

 真島 吾朗(マジマ)も、47年の人生の中で様々な経験をして来た。一時期の“ 例外 ”は抜きにすれば、大半は極道の世界で生き延びて来た。そして今後は、死ぬまで極道を続ける気でいる。

 故に、そんな自分が子供相手に辣腕を揮う事になるなど、想定外も良い所だったのだ。ダイブする前でさえ、そのような事は全く考えていなかった。

 “ 合縁奇縁(あいえんきえん) ”という言葉を思い浮かべると同時に、自分および人間の人生の不思議さというものを改めて認識するマジマだった。

 

 

 

「……それにしても、マジマさん」

 

「あ? 何や」

 

「マジマさんは、現実(リアル)ではどんな仕事をしてるんですか? サラリーマンとか、そういった普通の仕事をしてる人とは考えにくいんですけど……」

 

「………」

 

 

 

 不意にシリカは、自身を諭す為に述べたマジマの言葉を思い返し、心の中で膨らんだ疑問を問うた。

 元々、キリュウはまだ良いとして、マジマはテクノカットに眼帯という奇抜極まりない風貌である。どう贔屓目に見ても、真っ当な世界で生きている人間には見えなかった。

 かくいうシリカも、最初はコスプレの類かとも考えたが、彼の言動や立ち振る舞いから醸し出される雰囲気が、とても“ 着飾っている ”レベルの話では無いと感じさせていた。

 

 

 

「……もしかして……本当に(・・・)…?」

 

 

 

 問う最中に心の中で少しずつ浮かび上がっていた“ 1つの答え ”が、シリカの中で明確な色を帯び始めていた。考えてみれば、幼いシリカでも充分に考えられるだけの素材が散りばめられていた。

 

 

 

 知り合いの為とは言え、死を恐れないような行動力

 

 

 並の大人さえ威圧される風貌

 

 

 普通に生きて来たのでは説明がつかないと言える程の圧倒的な戦闘技術

 

 

 

 これらを考えれば、シリカでなくとも考え付くのは自ずと限られてくる。

 

 

 

「……せやったら(・・・・・)、どないするんや?」

 

 

 

 そして、マジマはそう答えた。はっきりとした言葉ではないが、ほとんど肯定しているも同じだった。

 シリカも それは理解できたのか、少なからず目を見開かせた。

 ほんの僅かだが、体が緊張する様も見られた。

 無理も無い。彼女のような年齢なら、普通の大人でさえ緊張するのが普通だろう。まして、不良とも一線を画す存在を前にして、そうならない方がおかしい。

 もし、そうだとしてもマジマにはシリカをここまで同行する事を真っ先に同意した責任がある。故に、万一の事があっても対処できるだけの力を付けるまでは、何と言われようと離れるつもりはないと考えていた。

 

 

 しかし ―――――――――

 

 

 

「いえ。別に、何も」

 

「……!?」

 

 

 

 シリカが答えたのは、拒絶も怯えも無い言葉だった。

 

 

 

「本当に、マジマさんが“ そういう人 ”だったとしても、あたしには関係ないです。

 だって、マジマさんが悪い人だなんて、全然 思わないですから」

 

 

 

 本心で言っている ―――――― 一目で解る程の、混じり気の無い笑みでそう言った。

 

 少なからず、マジマは唖然とした。

 

 彼は既に、30年近く極道として生きて来た。

 極道とは“ 他人に恐れられて上等(ナンボ) ”の存在である。まして関東最大の東城会の、それも“ 超 ”が付く程の武闘派として知られる真島組を率いる彼が、恐れられない訳が無いのだ。

 事実、若い頃はまだしも、自分の組を持ち、嶋野組の若頭となり、本家の舎弟頭と出世を重ねれば重ねるほど身内は元より、堅気の人間からも恐れられるのが当然になっていった。

 特に近年は、シリカのような年頃の子供と接する機会さえ無かった。故に、自分の素性を知ってしまえば、距離を置きたがるであろうと考えていた。

 

 だが、シリカはそんな予想をあっさりと裏切った。喧嘩の時に予想外の攻撃を受けた時のような、放心に近い心境を抱く。

 それはマジマにとって、久しく味わって来なかった感覚であった。

 

 

 

「おっ……おぅ、そうか。お前がえぇんやったら……別に構わんけどな……」

 

「はい! これから、お願いしますね! 強くなる為なら、あたし、何でもしますから!」

 

 

 

 満面の笑みと言う言葉そのものの表情を浮かべるシリカ。

 それを見て、マジマは思わず目を逸らすように そっぽを向いてしまった。

 何とも気まずそうな表情である。

 

 

 

(…そないな純粋な目で、俺を見んなや……調子 狂うわ……っ)

 

 

 

 “ 狂犬 ”と渾名されるマジマであるが、彼をよく知る者から見れば至って真っ当な人格を持つ人間である。ハルカからも「桐生(キリュウ)に似ている」と言われた事がある点からも、それが窺える。

 だが、彼もまた根っからの極道である。

 ハルカを育てる為に堅気に戻ったキリュウとは違い、あくまでも極道として生きていくと固く誓っている。

 それ故に、その“ 極道という立場 ”を良く理解しているマジマは、堅気の人間とは必要以上に関係を深めないようにしてきた。それが、彼なりのケジメである。

 シリカの事も、必要な点では手を貸すが、いずれは少しずつ距離を置こうと考えていた。遅かれ早かれ自分の身分を明かせば、自然と距離は離れるだろうと踏んでいたのだ。

 しかし、そんな目論見は呆気無く崩れ去った。

 

 

 

「? どうしたんですか、マジマさん?」

 

「なっ、何でも無いわ! 気にすんなや!」

 

「?」

 

 

 

 そんなマジマの葛藤など露知らず、シリカはどこまでも純粋な表情で、首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? どうしたんだ、マジマの兄さん。疲れたのか?」

 

「あっ、キリュウさん」

 

 

 

「やっかましいわ!!! 何でも無い言うとるやろ!!!」

 

 

 

「え? 何を怒っているんだ、兄さん」

 

 

 

 

 

 場所は、ホルンカより数キロ離れた草原にて。

 

 

 

 事情も何も呑み込めないまま、理不尽な怒声を受けるキリュウだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  †     †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 第1層 死者を誘う峡谷  11:36 】

 

 

 

 

 

 フィールドを進んだ崖の上で、キリトとハルカは3人のプレイヤーと対面していた。

 彼等より先に偵察に来ていたメンバーのようだ。

 

 

 

「やあ。君達も、偵察かい?」

 

 

 

 その中の1人 ―――――― 腰に片手用直剣を佩き、背中には盾を背負った、髪の色をやや薄い青色に染めた青年が前に出て尋ねてきた。

 身長は比較的 高い。80には届かないようだが、70は確実に超えている長身だ。その声色も表情も柔らかく、人の好さが出ている。

 まさに“ 好青年 ”という言葉がピッタリの人物であった。

 

 

 

「……あぁ。ところで単刀直入に聞くけど、アンタ達ベータテスターか?」

 

 

 

 返事をすると同時に、キリトはそう質問を返した。表情や振る舞いは極めて平静を装っているが、その実 生来の人見知りが発動し、少しばかり硬くなり過ぎている嫌いがある。ハルカの行動を共にして多少は ましになったと思っていたのだが、いざとなると まだまだ だと、キリトは言葉を終えてから反省した。

 

 

 

「それを聞くって事は、君もテスター(その)のようだね。何しろ、この場所はベータテスターでもなければ中々見付けられない所だ」

 

「そうだな。それで?」

 

 

 

頷いた後、キリトが尋ねると青髪剣士はすぐには答えず、ちらりと視線をキリトの隣(・・・・・)へやった。

 

 

 

「?」

 

 

(……? どうしてハルカを…?)

 

 

 

 どういう訳か、何故かハルカの方を見ていたのだ。

 キリトもハルカも、その行為の意図が掴めず怪訝に思うが、そんな2人の考えを知ってか知らずか、青髪剣士は何事も無かったように視線をキリトに戻すと、小さくを息を整え、名乗りを行なった。

 

 

 

 

 

「いかにも、俺がベータテスターだ。 名前は『 ディアベル 』。よろしくな!」

 

 

 

 

 

 親指で自身を指し、はっきりとした言葉で述べられる口上は、第三者にもしっかりと伝わるような強い意志さえ感じるようなものだった。その声色も、優しさと熱さを兼ね備えたような質を持っている。

 キリトは心中で「自分とはまるで真逆の性格だな」と自嘲にも羨望にも似た気持ちを抱いた。たとえアバターを通した状態だったとしても、ここまで堂々と自分をアピール出来る自信が持てなかったのだ。

 

 

 その時だった。

 

 

 

「え……ディアベル(・・・・・)……?」

 

 

 

 不意に、ハルカが漏らすようにそう呟いたのだ。

 キリトも思わぬ反応に驚く。横を見ると、信じられないものを見るような目でディアベルを見詰めるハルカの姿があった。

 

 

 

「ハルカ……? どうかしたのか?」

 

 

 

 唐突の事に恐る恐るといった感じで呼び掛けるが、ハルカはそれでもディアベルの方を見たままだ。ますます疑問が深まり、更に尋ねようとした時、今度はディアベルが口を開いた。

 

 

 

「『 ハルカ 』……? 君、名前(プレイヤーネーム)はハルカっていうのかい?」

 

「えっ……そう、ですけど?」

 

「もしかして……はじまりの街で、ベータテスターに出会わなかったかい?」

 

「!……はいっ」

 

「それじゃあ……」

 

 

 

 会話が続けられ、ハルカの中で“ 1つの考え ”が確固たるものに変わっていく中、ディアベルは更に動きを見せる。

 両腕を胸の辺りで組み、足を肩幅に合わせて広げて立ち、背筋もしっかりの伸ばした。

 

 

 まさしく ―――――― それは“ 仁王立ち ”と呼べる立ち振る舞いであった。

 

 

 

「どうだい?」

 

 

 

 ハルカはそれを見て、脳内で1つの“ 姿 ”が浮かび上がる。

 

 ほぼ固まっていた考えが、満を持したように確信へと変わったのだ。

 

 

 

「やっぱり……っ! ディアベルさん なんですね!!」

 

「やっぱり、あの時のハルカちゃんか! いやぁ、驚いた。まさか こんな所で会うとはね!」

 

「はい、本当に!」

 

 

 

 両者共に、互いに持っていたピースが合わさったとばかりに頷き合い、そして喜び合い始めた。

 

 

 

「ハ、ハルカ…? 一体どうしたんだ? 全然 話が見えないんだけど……」

 

「そっ、そうだよディアベルさん。何がどうなってなるんだ?」

 

 

 

 一方で、置いてけぼりを喰らったのはキリトだ。

 突然2人して驚き合い、尋ね合い、そして何かが解った途端にこれである。決して愚鈍ではないキリトであるが、さすがに状況が把握できずに困惑するばかりだ。ディアベルの後ろにいる彼の連れの1人も同様だった。まるで話の流れが理解できていないようだ。

 

 

 

「あぁ、ごめん。ほら、初めて会った時、街でベータテスターに色々と助けて貰ったって言ったでしょ? この人の事だよ、それは」

 

「えっ……この人が…!?」

 

「そういう事になるね」

 

 

 

 確かに、クラインとシリカを交えてフィールドで戦う時、そのような話を聞いたとキリトは記憶していた。同じテスターとして、品行の良い同士がいる事は誇らしいとさえ感じたからだ。

 先にディアベルも言っていたが、その当事者同士が このような形で再開するのは凄い偶然だと、キリトも驚愕を隠し切れなかった。

 

 

 

「それにしてもディアベルさん、本来は そういう顔なんですね。以前 会った時とは全然違うから、ビックリしちゃいました」

 

「そうなのか?」

 

「うん。街で会った時はいかにも“ 猛将 ”って感じで、筋骨隆々だったから」

 

「へぇ……」

 

「はははっ。改めて言われると、恥ずかしいな」

 

 

 

 キリトもクラインもシリカも ―――――― ハルカが身近で知る限り、おのおの中々の変わりようだったが、面影は前アバターにも散見されていた為、さほど驚く事は無かった。

 しかしながら、ディアベルの変わりようは別格だった。前のアバターと見比べても、ほとんど共通点が見当たらない。せいぜい髪の色くらいである。ゲームの中とは言え、初対面の時と容姿が全く違うのは不思議に思えてならなかった。

 

 

 

「それにしても、初心者のハルカちゃんが ここまで来るとはね。怖くなかったのかい?」

 

「はい、大丈夫です。キリト君が、色々助けてくれましたから」

 

「へぇ」

 

 

 

 ディアベルが、改めて興味を持ったようにキリトを見る。

 不意に視線を向けられた事で、わずかに緊張を覚える。相手は明らかにキリトやハルカよりも年上であるし、身長も ずっと上で見下ろされる形である。互いに素顔を晒している現状では、硬くなるもの仕方が無いだろう。

 

 

 

「キリトって言うのか、君の名前は。テスターだったとはいえ、大変だったろう?」

 

「まぁ、それなりには。でも、普通よりも強く警戒しておけば良かったから、実際のとこはそこまでじゃなかったよ。“ 頼もしいパートナー ”もいる事だし」

 

 

 

 何気無く自身を褒めるキリトの言葉を聞いて、ハルカは自然と顔が綻んだ。足を引っ張ってるとも思っていなかったが、改めて相方にそう言われると嬉しく思ったのだ。

 ディアベルもそんな2人の様子を察し、感心にも似た安堵を覚えた。

 

 

 

「なるほど。お互い、相性はバッチリのようだね。それは良い事だ」

 

「あっ、相性バッチリって…! あんた何 言って……」

 

「ん? あぁ、いや」

 

 

 

 ディアベルの言葉を“ そういう意味 ”で捉えたキリトは言い知れぬ気恥ずかしさを覚え、口籠るように途端に言葉がおぼつかなくなった。

 そんな彼の反応を見たディアベルはその意味を察し、微笑ましくも何と言うべきか思案する。

 

 

 

 

 

「はい。バッチリですよ、私達は」

 

 

 

「え?」

 

「えぇっ!?」

 

 

 

 驚愕 ―――――― 野郎どもの考えは他所に、ハルカが驚くべき発言をした。

 

 

 キリトはいつもの すまし顔が台無しになる位に顔を崩して赤らめ

 

 

 ディアベルは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でハルカを見ていた。

 

 

 

「だって……私とキリト君は……」

 

 

 

 驚く2人を よそに、ハルカは言葉を続ける。

 

 瞼を閉じて語る その神妙な顔は、どこか微熱が籠っているように見えた。

 

 

 

(えっ…! ちょっ、ハルカ…!? な、何を言って……えぇっ!!)

 

 

(これはもしかして……“ 吊り橋効果 ”って奴なのかな?)

 

 

 

 表情に差はあれど驚きが脳を占め出した2人は、おのおの自分の想像(妄想)を膨らませていく。

 ちなみに、ディアベルの後ろにいる男2人も驚きと緊張を交えた何とも言えない表情を浮かべている。

 

 

 

 

 

「スイッチをやれば、どんな相手でも敵無しでしたから!」

 

 

 

 

 

「「え………?」」

 

 

 

 

 

「キリト君の教え方も良かったですし、ここまでの敵なら もう何が来ても大丈夫な位タイミングはバッチリです。それに、私が解らない事も、その都度 教えてくれてくれてましたしね」

 

 

 

 呆然 ―――――― 緊張は一瞬にして消え失せ、誰もが気の抜けそうな声を上げる。

 鳩が豆鉄砲どころか、まるで埴輪(∵)を彷彿させるかのような表情であった。

 ニコニコと眩しいまでの笑みを浮かべるハルカ。その表情を見ながら、キリトとディアベルはようやく自分達の“ 思い違い ”を自覚するに至った。

 

 

 

「……そ、そうか。それは凄いな、それなりに時間を掛けないと普通は難しいんだけど」

 

「ふふふ、ありがとうざいます」

 

「…………ふぅ」

 

「? どうかした?」

 

「……いや、何でもないよ………」

 

「???」

 

 

 

 肩を落とすように脱力する少年、乾いた笑みを浮かべる男、そして純粋に笑い、そして首を傾げる少女。

 その絵面は、まるで漫画のワンシーンの如くである。

 

 

 

 

 

「何つうか、初心(うぶ)いな」

 

「ん」

 

 

 

 

 

 ディアベルの連れ2人の言葉は、まさに的を射ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時的な脱力から回復したキリトは、気を取り直してここに来た当初の目的を果たそうとした。

 

 

 

「ところで、俺達も中ボスの様子を見たいんだけど、良いか?」

 

「あぁ、構わないよ。さ、どうぞ」

 

「サンキュ」

 

 

 

 キリトがそう礼を言い、ハルカに目配せして同行を促す。ハルカもそれを受けディアベルに頭を下げると、キリトの後を付いて行った。

 その途中で、先程の3人の会話では ほとんど蚊帳の外だったディアベルの連れと対面する形になった。「よっ」と軽く挨拶をされ、キリトとハルカもそれぞれに返す。

 

 

 

「そういえば、その2人の紹介がまだだったね。うっかりしてた」

 

 

 

 先の会話では割り込むタイミングも無かったので仕方無かったが、今はそうでもない。

 ディアベルの言葉に、連れの2人は了承したように頷いた。

 

 

 

「俺の名前は『 リンド 』だ。よろしくな」

 

「同じく『 シヴァタ 』だ。よろしく」

 

「キリトだ、よろしく」

 

「ハルカです、よろしく」

 

 

 

 リンドと名乗った男は、金髪で やや長い揉み上げと鶏冠(とさか)を彷彿させるように盛り上がった真ん中の髪型が特徴の男だ。腰には曲刀を差している。その表情や口調から、至って普通の高校生か大学生といった感じである。

 一方のシヴァタは、黒髪で短髪、やや角ばった印象を受ける顔や口調は、何か格闘技でもやってそうな雰囲気を醸し出している。やや軽そうなリンドと異なり、いかにも冷静沈着といった感じである。ちなみに得物は、キリトやディアベルと同じく片手用 直剣である。

 

 

 

「さ、こっちだ。って言っても、お前は知ってるか」

 

「あぁ。失礼するぜ」

 

 

 

 そう言って、キリトは奥へと進む。出会って間も無いにしては少々馴れ馴れしく思える喋りだったが、リンドの方が明らかに年上であるし、こんなものだとキリトも特段 気にはしなかった。

 そして、ここに来た時のディアベル達のように草むらから覗き込んだ。

 視界のすぐ先は切り立った崖となっており、そこから地面までは10数メートルはあった。地形としては崖に囲まれた円形のようになっており、広さは草野球にでも使えそうなくらい広い。

 

 

 

「ハルカ、あそこだ」

 

「ん。あれが……」

 

 

「そう、ここの『 中ボス 』だ」

 

 

 

 そして、そのステージの中心に位置する所に“ それ ”はいた。

 

 

 

 その名は《 ワイルドラッシュ 》

 

 

 茶色系統の岩肌が一面を彩る中、まるでそこだけマグマが噴き出しているのかと思う程の“ 赤 ”が屹立している。

 その姿形は、もはやキリトやハルカだけでなく、この場にいる誰もが見慣れたであろう猪だ。

 だが、その大きさが半端では無い。

 遠目ゆえに解り辛いが、昨日キリトとハルカが戦った《 マスターボア 》よりも、更に一回り以上は大きくしたような巨体である。遠目から見ても、威圧感が漂って来そうだった。

 

 

 

「強そうだね」

 

「曲がりなりにもボスクラスだからな。油断すると、あっさりと殺られるさ」

 

 

 

 ベータテストを経験したキリトが言うと、説得力が強い。きっとデータを把握してるだけでなく、自らの“ 経験 ”もあって言っているのだろう。

 当時はまだ不慣れだったであろう事を考慮しても、キリトですら不覚を取る程の相手である。

 ハルカとしても、決して油断できない相手である事は十二分に理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとしきり偵察が済んだ後、キリトとハルカはディアベルに提案した。

 

 

 せっかく、これだけ頭数が揃ったのだから共に(ワイルドラッシュ)を倒さないか、と。

 

 

 ディアベルは、リンド、シヴァタと顔を見合わせ思案し、間を置かずして了承した。彼の敵を討ち倒す点では言うまでも無く一致しているし、デスゲーム初めてのボスクラスの敵との戦闘ゆえに万全を期したいと言う思いが双方ともにあった。ならば、互いに手を組むのが道理であり、合理的であるのは自明の理であった。

 そして5人は、すぐさまパーティーを組んだ。

 

 

 

 

 

「へぇ~、ハルカちゃん沖縄に住んでるんだ?」

 

「はい。海も綺麗で、魚や果物も美味しいし、島の人達も良い人ばかりですよ」

 

「確かに、沖縄って穏やかそうなイメージがあるもんな」

 

「実際のところは、沖縄にもアメリカの基地問題とか、色々と課題は多いらしいがな」

 

「そうですね。でも、それらを抜きにしても魅力一杯の良い所だと思います」

 

「そっか~」

 

 

 

 中ボスを見下ろせるポイントから引き揚げ、谷の入り口に戻った5人は道なりに行進していた。

 メンバーの中で最も経験豊富なキリト、ディアベルが先行し、後の3人がそれに続く形である。

 そんな中、緊張を紛らわせる為か、それとも単に暇に感じたのか、リンドがハルカに対して雑談を始めた。状況が状況だけに普通なら戸惑うところだが、ハルカは特に煩わしく思う事も無く、丁寧に受け答えしていた。彼女なりに、場の空気を和らげようと考えたのかもしれない。そんな空気を察してか、シヴァタもそれとなく参加している。

 皆、不安を抱えているのは同じなのだろう。

 

 

 

「……割と暢気なもんだな……これから強力な敵と戦うってのに」

 

 

 

 そんな中、キリトの口から出た言葉は わずかに棘が含まれたものだった。もっとも、小言の独り言なので3人には聞こえていないが。

 

 

 

「まぁまぁ、良いじゃないか。不安を抱えたままじゃあ、いくらレベルが充分でも危険度は比べ物にならない。あぁやって適度に緊張を和らげるのは、実に効率的だ」

 

「“ 適度に ”ならな」

 

 

 

 ディアベルがやんわりと諭すも、キリトはまだ若干 渋い表情だ。その反応を見て、ディアベルは肩を竦めると同時に、その心境を察する。

 

 

 

「気持ちは解るけど、あんまり肩に力を入れ過ぎない方が良いぞ?」

 

「え……?」

 

「君こそ、不安なんじゃないか? 無事に、戦いを潜り抜けられるか」

 

「………」

 

 

 

 ディアベルの指摘に、キリトは否定できなかった。

 

 彼の言う通り、今のキリトの心にはこれまでに無い不安が黒煙の如く湧き上がり、胸を圧迫していた。

 無理も無い ―――――― まさしく“ 命が懸かっている ”のだから。

 

 

 レベルは、問題無く戦えるまでに上げた。

 

 頭数も揃っている、何とか互いに助け合える事は可能のはず。

 

 回復アイテムも万端用意し、武器や盾のコンディションも完璧に等しい。

 

 そして敵の対処法も、ある程度は解る ―――――― これだけアドバンテージが高ければ、勝機は限り無く100パーセントに近い数値を叩き出せるだろう。

 

 

 ―――――― それでも、不安だけは取り除けなかった。

 

 

 先のキリトの固い言動も、不安から来るものが大きいのだろう。

 

 

 

「確か、テスト時は3度目の戦いでようやく、だったかな?」

 

「あぁ。俺の番のグループで(・・・・・・・・・)、な」

 

「そうだったのか」

 

 

 

 キリトとディアベルは、およそ3か月前の事を思い出す。

 

 テスト時、フィールドで待ち構えるワイルドラッシュを確認したキリトらベータテスター約20名は、1度に出ては戦いに支障が出ると判断し、現在の人数と同じ“ 5人ずつで順番に戦う ”事で合意した。その頃は、まだ大人数での戦闘のノウハウが確立されていないという事情も多分に含まれていた為でもある。

 そして3番目のキリトを含むメンバーが、中ボスを撃破したのである。

 その場に集まったメンバーは、おのおのレベルに大差は無かった。それでも、最初と2番目のグループが不覚を取ってしまったのだ。

 無論、その頃は死んだとしても単に はじまりの街へ戻されるだけであり、本当の意味での死に物狂いの戦いではなかったという事は、留意すべき事である。

 

 

 

「あの時とは、俺達プレイヤーが心に抱いている考えが大きく違う。ましてや、相手はボスクラスだ。一瞬の油断も許されないとは理解してる。だけど……」

 

「むしろ、その引き締めが仇にならないとも限らない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)……」

 

「あぁ……」

 

 

 

 それが、キリトやディアベルが抱いているもう1つの危惧である。

 今度の相手はボスクラス、今までに戦ったザコとは比べ物にならない耐久性や体力を誇っている。

 

 それは即ち“ ボスを倒す為には相応の時間と体力が必須となる ”事を意味している。

 

 時間が掛かるという事は、それだけの長い間ボスと対峙し続けなければならないという事。

 そして それは、今や本当の意味で命が懸かり、後戻りが出来ない事情を抱えた上では、この上無い心身の苦痛となるだろう。

 単なるザコですら、対峙している間は相当な緊張感と心のストレスを感じながら戦うのである。ましてや、それとは比較にならない能力を誇り、かつ対峙するだけでも恐怖を感じるような凶悪な外見(モデル)の相手。

 戦闘中に感じる負担も比べ物にならない事は容易に想像できる。

 

 

 

「テスト時ですら、ボスが持つ威容さに腰を抜かして戦意を削がれる奴がいた位なんだ。本気で命が懸かったものとなれば、きっとそれ以上の混乱が起こる事も十二分にありえる」

 

「確かにそうだ……だが、今更 退く訳にもいかない。どの道、いずれは越えなければならない相手だ。後回しにしたところで、どうにかなる話でもないだろう」

 

「……そうだな」

 

 

 

 既にデスゲームが開始して3日目に入っている。それでも、最前線まで進んで来ているプレイヤーはキリト達をふくめても僅かにしかいない。全プレイヤーが1万弱だと考えると、明らかに歩みの遅い攻略だとキリトは考えている。

 全体的な難易度は不鮮明だとしても、この第1層を攻略してもまだ99もの層が待ち構えているのだ。現実世界の事も考えると、あまり攻略が遅くなり過ぎるのは問題だと言わざるを得ない。

 

 

 

「だからこそ、俺達ベータテスターが誰よりも先んじて行かなければならないだろう。後から続いて来るだろう、他のプレイヤー達の為にも」

 

 

 

 ディアベルのその言葉に、キリトは僅かに瞠目する。

 キリトは理解した。ディアベルは、今いるメンバーだけでなく、街に残っている他のプレイヤーの事も考えて行動していると。

 ベータテスターと他のプレイヤーとの違いは、中途半端とはいえ先の情報と経験を持っているかどうかだ。

 確かに大きな違いではあるが、責任を持つかどうかという話になれば“ たったそれだけ ”の違いであると、少なくともキリトはそう考えている。

 だが、ディアベルという男はそれにも かかわらず自ら率先して行動し、誰に言われた訳でもなく一種の責任感すらも持っている。そんな心に裏打ちされた先の言葉は、キリトにとって重く、かつ心に染み渡るような力を感じさせたのだ。

 

 

 

「……そうだな」

 

(大した男だよ……アンタは)

 

 

 

 口では少ない言葉で返しつつも、心の中では同じ男として、この上無い賛辞を送った。

 

 

 

「キリト君、君にも期待してるよ。中ボスもだけど、ハルカ君のフォローをしっかりとしてやってくれ。リンドやシヴァタは、俺がやろう」

 

「まぁ、やれるだけやるさ。だけど、ハルカに関しては そこまで気にし過ぎる事も無いんじゃないか? 実際、俺よりは しっかりしてるだろうしさ。他の2人は知らないけど」

 

「確かに、ハルカ君はしっかりとした女性とは思うよ。だけど、それでいてちょっと うっかりな点も見受けられる(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。見れるだけでも見ていた方が良いだろう」

 

「ん? どういう意味だ」

 

 

 

 何やら気に掛かる言葉を見付け、怪訝な目をするキリト。

 

 

 

「君は、デスゲームが始まった時も彼女の近くにいたんだろう?」

 

「あ、あぁ」

 

「なら、彼女だけに見られた現象(・・・・・・・・・・・)も、見ていたんじゃないのかい?」

 

「!!」

 

 

 

 そう言われ、キリトの脳裏に電流が走ったような感覚が流れた。まるで、今まで欠けていた歯車が填まり、上手く回り出した感覚である。

 思えば、出会って自己紹介をした時、何とも言えない“ 違和感 ”を感じていた。

 その時は気付かなかったが、今になってようやく解ったのだ。

 

 

 

 

 

―――――― 『 ハルカ 』……? 君、名前(プレイヤーネーム)はハルカっていうのかい?

 

 

―――――― えっ……そう、ですけど?

 

 

―――――― もしかして……はじまりの街で、ベータテスターに出会わなかったかい?

 

 

 

 

 

 あの時、ディアベルは『 ハルカ 』という名前を聞いて、初めて街で出会った少女であると気付いた風に言っていた。

 

 だが、よく考えてみればそれは おかしい。

 

 何故なら、ハルカは当初からアバターを一切いじっていなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)からだ。

 ならば、顔を合わせた時点でディアベルは気付いていたはずだ。にも かかわらず、彼は先のような対応をした。

 

 

 

「どうして……」

 

 

 

 腑に落ちぬと、キリトが聞く。

 

 

 ふっ…と柔らかい笑みを浮かべ、ディアベルは言った。

 

 

 

 

 

「だって ―――――― あえて言うべき事でもないだろう? 女性(レディ)の失敗談なんて」

 

 

 

 

 

 力が抜けるような、全身に見えぬ何かが降り注いだような、形容し難い感覚を、キリトは感じた。

 

 

 

 そして同時に ――――――――― “ 敵わないな ”と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 死者を誘う峡谷・最奥 】

 

 

 

 

 

 それから、約10分後。

 

 それなりに開けていた道が徐々に狭まり、やがては横に2人並ぶのが精々な程になっていった。

 そして、緩やかな上り坂に差し掛かった所で、先行していたキリト、ディアベルが足を止め、後方のハルカらに振り返る。

 

 

 

「……さて。いよいよだ、みんな」

 

 

 

 おもむろに、ディアベルがそう告げる。

 ハルカ、リンド、シヴァタも、彼が何を言いたいのかは自ずと理解している。マップを見ても、この道を進めば一際 開けた場所に出る事が解るからだ。

 

 

 そう、遂に中ボスの領域(テリトリー)に迫って来たのである。

 

 

 

「各自、武器や盾、回復薬の確認をしてくれ。今更かと思うかもしれないが、念の為だ」

 

 

 

 ここに来るまでに、3度ほどザコとの戦闘があった。回復薬を使う程の被害も無く、倒す度に在庫や耐久値の確認はしてはいたが、改めて気を引き締める意味合いもあって勧めた。

 やがて、確認を終えた各員が随時“ OK ”の旨を伝える。キリトやディアベルも同様である。

 

 

 

「よしっ……これより! この先にいるNM(ネームドモンスター)・ワイルドラッシュ 》の討伐を開始する!!」

 

 

 

 “ NM ”とはNamed Monster(名のあるモンスター)、あるいはNotorious Monster(悪名高い怪物)といった意味を持つ。

 仰々しい言葉通り、その他のゲームでも通常の敵とは比較にならない性能を持つ敵として位置付けられる事が多いポジションにいる。このSAOでも、ワイルドラッシュのように階層攻略を進めるのを邪魔する形で登場する事が多いのだと言う。

 

 閑話休題(それはさておき) ―――――― ディアベルの声明に、否応なく全員の顔が強張るのが見て取れる。

 

 リンドは空気の変化に固唾を飲み、シヴァタも元来より厳つめの顔により深い皺を刻み込む。

 そしてハルカも、先程までの朗らかな表情から一変。凛々しいまでの表情に変わっていた。それはキリトも同様であった。

 

 

 

「正直な話、本音を言えば もう10人くらいは後詰が欲しいが、現状では そうも言ってられない。

 

デスゲームが開始されて早3日。そろそろ事態をどうにか出来る事を示さないと、後々まで支障をきたす恐れもある。攻略を円滑に進める為にも、ここで中ボスを倒す。

 

今ここで俺達が出会えたのも何かの縁。お互い力を合わせて、先への道を拓くんだ!」

 

 

 

 ディアベルの力強い言葉に、全員が深く頷く。彼とて恐怖はあるだろう。

 それでも、この中で最も年長で、経験豊富であるが故に率先してこの役目を引き受けている事に、特にキリトは感動に近い感情すら抱いた。

 

 

 

(俺とは違って、人を率いる才能があるな、ディアベルは)

 

 

 

 キリトは簡潔に そう評した。

 彼が持つ卑屈さを抜きにしても、本当に命が懸かった困難を前に勇気を持って声を高らかに上げ、周りの恐怖を緩和し、戦意を高揚させられる点は高く評価できると言える。

 少なくとも、キリトには敵に立ち向かう勇気はあっても、人の前に立つ勇気は無かった。自分自身で それは解り切っているとはいえ、同時に申し訳無く、情けなくも思っている。

 

 

 

「さぁっ ――――――――― 行くぞッ!!」

 

 

「「「「おおッ!!!」」」」

 

 

 

 キリトの密かな葛藤も、ディアベルの号令と同時に彼の心の奥へと仕舞われた。

 

 最後の締めとばかりに、全員が高らかに声を発した。

 

 

 

 そして一行は、続々と坂道を上り、戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 坂道を上り終えると、そこはもう開けたフィールドの入口であった。紛れも無く、崖上から覗いていた広場である。

 

 

 

 そして、その広場の中央付近に ――――――――― “ それ ”はいた。

 

 

 

 辺り一面 岩肌と石しか転がっていない中、場違いなまでの赤褐色が佇む。色という不自然ささえ無ければ、大きな岩とも見紛うばかりの厳つさである。

 それを視認した5人が恐る恐るといった感で近付いて行くと、約20メートル手前の辺りで動きを見せた。5人に向けていたゴツゴツとした尻を僅かに動かし、そして おもむろに時計回りで振り向き出す。

 

 180度 反転し終えた瞬間、5人は思わず息を呑んだ。

 

 顔付きは、これまで戦って来たボア・シリーズと酷似している。しかしながら、当然と言うべきか細部が所々異なる。

 5人を睨む眼は、その胴体とよく似た赤い瞳である。

 だが、1つしか無い(・・・・・・) ―――――― 右目は、縦に走る大きな傷痕で潰されていたのだ。

 上下の顎からは、下位のマスターボアと同じく4本の牙が屹立している。しかし、上顎の1本の牙のみ先の方が折れて長さが不揃いになっていた。耳も、左側だけ何かに引き裂かれたか噛み千切られたかのようにボロボロになっている。

 より膨れ上がった筋肉といい、全体的に見える傷や汚れといい、厳しい大自然を生き延びて来たと言わんばかりの出で立ちは、迫力満点という言葉すら生温い程だった。

 

 

 

「ブギュウッ!! ブギュウッ!! ブギュルルルルルル……ッ」

 

 

 

 目の前の5人を敵性と判断したのだろう、見る見る内に目付きを鋭いものにし、恐ろしいまでの(いなな)きと共に鼻息を荒らしくさせる。

 

 

 

 

 

「構えろっ ―――――― 来るぞぉッ!!!」

 

 

 

 

 その場の緊張感が臨界に達するのを察したディアベルの号令の下、5人が臨戦態勢に入った。

 

 

 

 

 刹那 ―――――――――

 

 

 

 

 

「  ブギュオオオアアアアアアアアアァァッ!!!!!!  」

 

 

 

 

 

 中ボス(NM)モンスター・《 ワイルドラッシュ Lv12 》は、鼓膜を破らんばかりの咆哮を上げた。

 

 

 咆哮の最中、ワイルドラッシュの側面にHPバーが出現する。それも、1本ではない。ザコよりも長めに見える1本が満タンになったと思いきや、更にその上にもう1本 出現し、下の半分くらいまで伸び、青色で満たされたのだ。

 

 まさに、ボス級のみの特別仕様である。

 

 

 

「先手必勝だっ!! 行くぞ!!!」

 

「おおぉ!!!」

 

 

 

 湧き上がって来る恐怖を闘志へと変え、キリトとディアベルが先陣を切る。

 今回の戦いでは、元テスターの2人が攻撃役(アタッカー)を担う。そして2人が上手く敵のヘイト値を稼ぎ、その隙をビギナーの3人が突くというのが基本的な作戦となっている。

 ワイルドラッシュは基本的な能力は高くとも、攻撃パターンは比較的 単調だとの事なので、高度な連携は難しい即席のメンバーでも実行が容易な作戦で行く事となったのだ。

 

 駆け出して間も無く、キリトが先んじてワイルドラッシュへ近付いて行く。2人のレベルやパラメーターに大差は無いが、ディアベルの方は盾を装備している分、俊敏性に劣る。それが故の差であった。

 

 

 

「でやああぁぁぁッ!!!」

 

 

 

 そしてそのまま、咆哮を終え僅かな隙を見せていたワイルドラッシュの鼻先に片手直剣用ソードスキル・《 レイジスパイク 》を叩き込んだ。比較的 柔らかい部分とあってか、僅かながらに身じろぎを見せる。

 だが、それも本当に一瞬。あっと言う間に態勢を戻すと、その赤い隻眼でキリトを睨み付け、鋭く、大きな牙で左右に反撃して来る。

 

 

 

「くっ! ぬおぉっ!?」

 

 

 

 攻撃が振るわれるのと、キリトの硬直時間が切れるのは ほぼ同時であった。

 経験と勘から反撃を予想していたキリトは上手く躱す。とはいえ、2連続で攻撃してくるのは予想外だったらしく、2度目は少々危なげであった。

 反撃を躱されても殺気は衰えず、ワイルドラッシュは更に攻撃を仕掛けんと睨みを利かし続けている。

 その中で、キリトは叫んだ。

 

 

 

「スイッチ!!」

 

 

 

 刹那、更なる影が敵の背後に回った。

 

 

 

「そこだっ!! てやぁっ!!!

 

 

 

 青髪の剣士・ディアベルである。

 敵がキリトに集中し出した一瞬の隙を突き、その背後へと回ったのだ。そして、無防備な敵の尻 目掛け、得物の直剣を振り下ろした。

 短く悲鳴が上がる。その隙に、キリトは攻撃も回避も可能な自分の間合いを作った。

 すると、ワイルドラッシュは即座に背後へ振り返り、ディアベルを睨み付けた。今の攻撃で、ターゲットを変更したようである。

 間髪入れず、先程と同じく牙を突き立てようと顔を振るって来る。それ見たディアベルは、咄嗟に左手の盾を構える。

 

 

 

「ぐうぅっ!!」

 

 

 

 ガアンッという固くも鈍いが響く。ディアベルは左腕から伝わる凄まじい力に、歯を食い縛って耐える。

 優に彼の数倍以上の体格を誇る怪物の攻撃ながら、レベルと筋力値を鍛えた賜物か、辛うじて耐え忍ぶ事が出来た。

 だが、それでも そもそもの力に大きな差があるのは変わらない。1撃を耐え切った瞬間には、もう体勢を維持する事は困難になっていた。彼も元々、純粋な壁役(タンク)ではないのだから無理も無い。

 先程と同じく、2撃目が振り被られようとする。今の自分の体勢から剣や盾で防ぐ事は無理と判断し、ディアベルは素早く体を捻り、その攻撃を躱した。そして勢い そのまま、地を蹴って距離を空けた。

 

 

 お互い、最初の1撃は上手くノーダメージで与える事が出来た事に内心 喜びを感じる。

 だが、そればかりでもいられない。2人は、敵のHPバーを見る。

 攻撃が当たって緑色に変色しているが、その減りは微々たるものであった。上の半分の長さの僅かしか減っていなかったのだ。

 やはりザコとは一線を画すNM。耐久性も相応の補正が かかっているらしい。

 

 

 

「やっぱり、耐久性はテスト時より上がってるな……」

 

正式仕様(デスゲーム)だからね……さもありなん(・・・・・・)、と言ったところだろう」

 

 

 

 互いに言葉を交わしながら、危惧していた通りの長期戦を覚悟した。

 そして、得物を強く握り直す。現実世界なら、お互い(てのひら)は汗で一杯かもしれない。

 

 

 

「ブギュウゥゥ……ッ」

 

 

 

 不意に、ワイルドラッシュが低い呻き声を上げた。同時に、鼻先を地面すれすれまで下げる。

 

 

 “ 何か ”を2人が察した瞬間 ――――――――― 敵が動きを見せた。

 

 

 

 

 

「ブギュオオオ―――――――――ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 その体躯に相応しい肺活量を叫びと成し、そのまま一直線に2人 目掛けて突進して来た。

 

 今度は、2人の反応が少しばかり遅れた。

 直撃こそ免れたものの、完璧には躱し切れず体を掠り、HPを少しばかり減らした。その量も、掠りとは言え無視できるものではなかった。今の2人のレベルなら、優にフレンジーボアの突進の直撃に等しい威力である。耐久性だけでなく、攻撃力にも補正が かかっているようだ。

 

 

 

「くそっ……! 予備動作が短い!?」

 

「油断した……っ! どうやら全体的に性能を底上げされたようだ…!」

 

 

 

 2人の反応が遅れた原因は、突進攻撃の間隔の違いだった。テスト時よりも早く動けるよう設定されていた為に、経験者の2人でさえ不覚を取ったのだ。

 HPを削られ、2人の危機感と注意力は否応無く上昇した。事前に考えていたイメージよりも、更に上方修正して注意を払う。

 一矢報いた形となったワイルドラッシュは、再び2人の方へと振り向く。まだまだお返しは足りないと言わんばかりである。

 

 

 だが、彼等(・・)とて黙ってばかりではない。

 

 

 

「「 スイッチ!! 」」

 

 

 

 キリト・ディアベル両名(・・)が叫ぶ。

 

 

 その声は、ワイルドラッシュの後方(・・)へと向けられていた。

 

 

 

 

 

「うおおぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 そう、後方で控えていた初心者(ビギナー)組である。

 

 真っ先に突っ込んで行ったのはリンドであった。駆け足が早くなると同時に上がっていく叫び声。

 そして間近まで迫ると、渾身の力をもって曲刀の刃を振るい、右側の尻を斬った。

 

 

 

「でえぇぇぇい!!!!」

 

 

 

 それに間を置かせず、今度はシヴァタが同じく あらん限りの力で剣を振るって左側の尻を斬る。

 両者とも、思い切りの良い見事な一撃だと言って良い攻撃だった。

 だが、敵とてボンクラではない。すぐに振り向いてターゲットを切り替え、不意を突いた2人を睨み付ける。

 改めて敵の威容を間近で見た2人は、一瞬たじろぐ。

 

 だが ―――――― すぐに不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 その意味は、敵の側面に現れた。

 

 

 

「やああああああっ!!!!」

 

 

 

 ワイルドラッシュがリンドとシヴァタに注意が行った隙を、側面に回り込んだハルカが突いたのだ。数の利を生かした見事な戦術である。

 そして無防備な顎を目掛け、片手棍用ソードスキル・《 パワー・ストライク 》を叩き込んだのだ。単発の攻撃力に定評のある棍の威力は確かなものである。これまでの攻撃の中ではHPが目に見えて減っていった。

 

 メンバー全員が攻撃を当て終え、最終的に減った量は1.5本中では僅かだ。はっきり言って、10分の1にも満たない。

 たった1体の敵に、5人がソードスキルも交えて攻撃を与えて これだけなのは、今までの感覚からすれば極めて少なく感じる。

 

 

 だが、それでも確実に前進していると言える ―――――― 勝利への道を。

 

 

 キリトとディアベルは、経験者ならではの確かな手応えを覚える。

 そして2人は、その胸に緊張によるものとは異なる、鼓動の高まりを感じた。それは紛れも無く、戦いの中で覚える高揚であった。

 

 

 

「いいぞ、良い調子だっ!!」

 

「ナイスだ、みんな!! この調子で、確実に減らして行こう!!」

 

 

 

「「「「 おぉ――――――ッ!!!! 」」」」

 

 

 

 その高まりをエネルギーにせんと、2人は3人にも高揚を伝播させ、士気をより高める。

 

 

 

 もはや、彼等に恐れは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、20分近くが経った。

 

 

 状況は、プレイヤー側の優勢の様相を呈していた。誰1人として欠けてはおらず、体力にも余裕がある。

 無論、決して無傷だった訳ではなく、何度か おのおのダメージを負って半分以下(イエローゾーン)になった場面もあった。その時は、その都度 誰かがボスを引き付け、その隙に回復させるという行動を繰り返した。

 危うい場面はありつつも、決して恐慌状態には陥らず、比較的 冷静さを保ったまま戦えたのも、ひとえに経験者であるキリトとディアベル、そしてビギナーの中でも飛び抜けた力量を見せたハルカの働きが大きかった。

 

 

 

「喰らえっ!!」

 

 

 

 そして、戦いは佳境に入ろうとしていた。

 もはや何度目かも解らないキリトのソードスキルが、遂にワイルドラッシュのHPを危険域(レッドゾーン)にまで陥らせたのだ。

 残り僅か ―――――― それを確認し、どこからともなく歓喜の声が上がる。今までに無い長い戦いの末、遂に王手を掛けられる所まで来たのだから当然と言える。

 

 

 

「よしっ!! あと一息だ、油断するな!!」

 

 

「「「「おおっ!!!」」」」

 

 

 

 しかし、だからこそ油断は許されない。真っ先にそう判断したディアベルが戒めの意味を込めた声を上げた。4人も その意味を十二分に理解し、鬨の声を上げる。

 

 

 程無く、ワイルドラッシュが動きを見せた。しばらく頭を震わせて鼻息を荒くし、怒る素振りを見せた後、姿勢を低くさせたのだ。

 

 

 

「気を付けろっ、突進だ!!」

 

 

 

 その言葉が終わった刹那、案の定 突進攻撃が敢行される。しかし、キリトの声により直線上にいたハルカとシヴァタは素早く反応でき、危なげなく回避が出来た。

 躱された後も、ワイルドラッシュの突撃は止まらない。重々しくも速い足音を響かせながら、フィールドを疾走している。これはボス系の敵に見られる“ HPが危険域(レッドゾーン)になってからの攻撃パターンの変化 ”であり、今回の場合は“ 突進攻撃の持続時間の延長 ”がそれに当たる。

 やがて、突進が止んだ。

 

 

 

「ディアベルっ」

 

「あぁっ。攻撃時間は約10秒、テストの時より少し伸びた程度だ。」

 

 

 

 同意するように こくりとキリトは頷く。

 テスト時にも同じような変化があった為、今回も同じ事が起きるのか確認を行なったのだが、彼等の予想からは大きく外れるものではなく、想定の範囲内といった反応である。加えて、突進の威力やスピードは高いものの、軌道は単純で読みやすいという点も解った。

 互いに見合わせて頷き合う。

 

 

 

「ハルカっ!」

 

「うん!」

 

 

 

 そしてハルカの名を呼ぶ。それを意味する事を知っている彼女は、駆け足でディアベルの隣に立つ。

 

 

 

「頼むぞ」

 

「あぁ」

 

「やってみるよ」

 

 

 

 キリトはハルカと入れ替わるようにその場から離れる。これによりディアベルとハルカ、そしてそれらと離れるように他の3人がバラバラに陣取る形が出来上がった。こうした陣取りをしたのには“ 訳 ”がある。

 それから、ディアベルが隙を見てワイルドラッシュに斬りかかる。ソードスキルは無理に使わず地道に少しずつHPを削っていく。やがて、攻撃を重ねた事でヘイト値は彼に溜まっていきターゲットになった。

 それを見たディアベルは距離を取る。そして盾を構え、相手の動きを見る。その隣にハルカも立ち、同じく盾を構えていた。

 

 

 

「ブギュウゥ……」

 

 

 

 そして、ワイルドラッシュが唸り声を上げながら鼻先を下げ始める。間違い無く、十八番(おはこ)である突進攻撃だ。程無く、咆哮と共に突撃を開始した。ターゲットはヘイト値が溜まり、標的となったディアベル。そして軌道上にはハルカもいる。

 だが、2人は避ける素振りは見せない。逆に「待っていた」と言わんばかりに構えを固くし直し、下半身を中心に力を籠め始めた。

 

 深呼吸する間も無く距離は縮まり ―――――― そして1匹と2人は ぶつかり合った。

 

 分厚い肉の塊と硬い木の盾が ぶつかり、ガアァンと けたたましい音が響く。圧倒的な質量と重量の突進は、たとえ相手が2人でも じりじりと後退させようとしていた。

 

 

 

「ぬおおぉぉぉ……!!!」

 

「くうぅぅぅ……!!!」

 

 

 

 だが、ディアベルとハルカも負けじと踏ん張りを見せる。持ち前の筋力値を全力(フル)にし、そしてスキル・《 盾防御(シールドディフェンス) 》の恩恵 ―――――― 敵の攻撃に対する体勢維持の補正を駆使して、跳ね飛ばさんとする敵の重みを一身に受け、堪える。

 1人ならば捌くのが精々の敵の攻撃も、2人掛かりならば力を合わせ、耐える事が出来る。それは まさに、壁役(タンク)の真骨頂であった。2人とも純粋に役割を果たせる能力や装備ではないが、経験と気力でそれを見事にカバーしていた。

 そうして2人が攻撃を受け止めた事で、ワイルドラッシュには背後と側面に、見事なまでの隙が生じていた。これこそ、彼等が図ったものである。

 

 

 そして ―――――― 眼前にのみ全てを傾注させている敵の背後と側面から“ 3つの影 ”が迫る。

 

 

 

 

 

「でやあぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 右手側面よりシヴァタ ―――――― 片手剣用ソードスキル・《 バーチカル 》を放つ。

 

 

 

 

 

「ぬおおぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 

 

 

 間髪入れず反対方向からリンド ―――――― 曲刀用ソードスキル・《 リーバー 》を揮う。

 

 

 連続で必殺の技を喰らったワイルドラッシュは、もがくように暴れようとする。それを、2つの盾が顔を挟み込むようにして阻む。もがく事さえ満足に出来ないワイルドラッシュは、堪らずといった風で後ろへと後退する。

 

 

 しかし、それは ――――――――― 完璧な“ 詰み ”となった。

 

 

 そこで待ち構えていたのは、まさにそんな動きを先読みして待っていたキリトだ。

 どの程度 下がって来るかまで予測していた彼は、剣に光を充填をしながらタイミングを見計らう。

 

 

 

「ふっ!!」

 

 

 

 そして機が熟したと判断した刹那、溜め切った重い1撃を無防備な背後に振り下ろす。赤いエフェクトと共に広がる剣閃。

 だが、キリトの動きはそれだけで終わらない。

 

 

 

 

 

「これでっ ―――――― 終わりだぁ!!!!

 

 

 

 

 

 その一撃を下ろし切ると、手首を捻り、今度は逆に振り上げたのだ。上半身全体を振り回すように振られたその攻撃は、巨大な敵の後ろに大きな“ V字 ”を描いた。

 

 

 片手用の2連撃ソードスキル・《 バーチカル・アーク 》 ―――――― それは、僅かに残っていたHPを完全に喪失させた。

 

 

 

 小さく、短い呻き声が上がる。信じられない……とでも言いたげな眼をしていた。

 

 

 

 そして赤い体は見る見る内に攻撃的な色を失い ―――――― 最後は無数の破片を散らし、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっ……た……!?」

 

 

 

 ハルカが、絞り出すような声を出す。

 HPが、そしてその巨体が跡形も無く消滅したのを、ゆっくりながら認識できた風である。さもありなん。30分近くにわたって集中力を研ぎ澄まし、一瞬の油断もならない中にいたのだ。極端なまでに冴え渡っている精神が、現状を把握させるのに時間をかけさせるのも無理は無かった。

 

 

 だが、それでも彼等は理解した ―――――― 自分達は、勝ったのだと。

 

 

 

「いよっしゃあああぁ―――――――――ッ!!!!!」

 

 

 

 場は、途端に歓喜で震えた。

 皆の気持ちを代弁するように、リンドがこれでもかという勝鬨を上げる。彼も地に膝を着き、疲れは限界に近いはずだが、それすらも取るに足りないとばかりに叫び続ける。

 シヴァタも、ぜいぜいと呼吸を荒くして腰を下ろしながらも、その表情には笑みを浮かべている。元々大っぴらに感情を放つタイプではないのだろう。

 しかしながら これまでに無い位の感情の変化が起きているのは確かである。

 

 

 

「グッジョブだ、キリト君。良くやってくれた」

 

「あぁっ……サンキュー」

 

 

 

 ディアベルがキリトの元に来て、労いと共に褒め称える。キリトも誇らしさと気恥ずかしさが混じったような感じで答えた。主に前衛だった2人も、疲労は相当なもののはずだが、立てない程ではない様子である。そこは、やはり経験ゆえか。

 

 

 

「キリト君、お疲れ様!」

 

「ハルカ」

 

「凄かったよ、最後の技! さすがだね!!」

 

「ははっ、よせよ。ハルカやディアベルが隙を作ってくれたからだ、大した事じゃない」

 

「ハハハッ! 謙虚だな」

 

「そんなんじゃないって」

 

「よぉ、最後に決めてくれたなぁお前」

 

「リンド」

 

「見事だったな、キリト」

 

「シヴァタも……ありがとう」

 

 

 

 続々と、キリトの元へやって来て思い思いの言葉を掛ける。皆、終わりを決めてくれた彼にこの上無い嬉しさを抱いていた。そんな思いや視線を一身に受け、キリトは何とも言えない気分になる。

 テスト時に活躍した時は、自身もアバターを いじって勇者風にしていたし、そのキャラになり切って盛り上がったりもした。しかし、今は現実と ほとんど変わらぬ容姿ゆえか、生来の不器用さから そこまで感情を表に出す事が出来ずにいたのだ。

 それでも、彼とて今は至上の喜びを抱いているのは変わらない。勝利の立役者らしからぬ、控え目な言葉だけでも、それは表れていた。

 

 

 

「さて、先に進もうか。早く次の街で休みたい」

 

「そうだな。それじゃあみんな、行こうか」

 

「はい」

 

「うっす」

 

 

 

 勝利の喜びも程々にして、5人は次なる目的地へと進もうと動き出す。

 おのおの、激戦による気怠さは消えていないが、動けないほどでもない。普段より重く感じる四肢を動かしつつ、入口と反対方向の所へ行こうとした。

 

 

 

「ん……?」

 

 

 

 その方向へ足を踏み出そうとした瞬間 ―――――― キリトが訝しげな声を上げたのだ。

 

 

 

「? どうしたの、キリト君」

 

「どうかしたのかい?」

 

「いや……“ 岩 ”が……」

 

「「え……?」」

 

 

 

 言ってる事が一瞬 解らず、2人が行き先の所を凝視してみると、そこは確かに巨大な1つの大岩によって塞がれていた。

 

 

 

「出口って、あそこ……ですよね?」

 

「あぁ……それは間違いないはずだけど……」

 

 

 

 近寄りながら、ハルカとディアベルが問答をする。事実、マップを見てみると大岩の先の所に道が続いているように表記されている。となれば、出口はそこしかないのはディアベルの言う通りなのだろう。

 

 すぐに、5人は大岩の目の前まで来た。近くで見ると、本当に大きな岩である。高さは上の崖と同じ位まであり、道との間には指さえ入れる隙間も無い。

 

 

 

「どうなってんだ? 一体」

 

「ディアベルさん」

 

「解らない……ワイルドラッシュさえ倒せば、道は開いていたはずなんだ」

 

 

 

 リンドとシヴァタの問いにディアベルはそう答えた。いわく、中ボスを倒すとそれまで道を塞いでいた岩が独りでに崩れていたのだと言う。それには、キリトも間違いないと念を押した。

 そう言われ、ますます5人は訳が解らなくなる。せっかく中ボスを倒したにも かかわらず、先に進めないとはどういう了見なのか。

 

 

 

「ハルカ。ちょっと、岩を叩いてみてくれ」

 

「え、岩を?」

 

「あぁ。もしかしたら、この岩は《 破壊可能オブジェクト 》なのかもしれない」

 

 

 

 いわく、フィールドの壁や岩など、大半の物は壊せないが、中には特定のスキルを装備する事で、アイテムに還元できる物も少なからず存在するという。そして中には、目くらましの目的で配置されている破壊可能の物もあるらしい。

 説明を受けて納得したハルカは、早速 得物の棍棒を持ち、構える。

 

 

 

「やあっ!!!」

 

 

 

 そして片手棍用ソードスキル・《 サイレント・ブロウ 》を振るった。

 

 

 

 

  ガキイィンッ!!!

 

 

 

 

「わっ!!」

 

「ハルカ!!」

 

 

 

 だが、それは徒労に終わった。

 岩に棍が届く直後、紫色の閃光が突如として炸裂した。攻撃は防がれ、ハルカは勢い余って後ろに下がった。そして見ると、爆ぜた光と同じ紫色のメッセージが表示されていた。

 

 

 《 Immortal Object 》 ―――――― “ 不死存在 ”と、そこには記されていた。

 

 

 

「これは……っ」

 

「どうあっても壊せない、って事だね」

 

「ハルカ、大丈夫か?」

 

「う、うん、平気。でも、それじゃあ どうやって ここから出たら……?」

 

 

 

 結局 解った事は、今のままでは この場から出る事は叶わない事だけだった。

 もはや万策尽きたとばかりに、5人は首を傾げ、頭を抱えるように立ち尽くすばかりだった。

 

 

 

(今の段階で、出る事が出来ない……つまり、まだ出る為の条件が……?)

 

 

 

 岩を見ながら、キリトは考えを巡らせる。戦いで疲弊した細胞に鞭打つように頭を回転させながら、様々な憶測を生み出していく。

 

 

 

(でも、一体……中ボスは倒したのに、まだ条件が要るっていうのか……?)

 

 

 

 通常なら、あり得ないと言える仕様に首を傾げながら、まだ何か足りないのかと更に考えを深く深くさせる。

 

 

 

 

 

 そんな時だった ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――― ッ ―――――― ッ ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 不意に、どこからともなく“ 音 ”が響いて来たのだ。

 

 

 

「なっ……何だ……?」

 

 

 

 突然の事に、リンドを始め他の面々も警戒心を高めていく。ビギナー組は元より、テスター組の2人でさえ音の正体が解らず困惑している様子が見て取れる。

 

 

 

 

 

  ドドッ ―――――― ドドッ ―――――― ドドッ ――――――ドドッ ―――――――――

 

 

 

 

 

 そうこうしている内に、音は瞬く間に大きく、重いものへと変わっていく。

 思いのほか規則正しく、特定のリズムをもって鳴る その音は、5人にとって聞き覚えのあるものだった。

 

 

 

 

 

「あっ ―――――――――」

 

 

 

 

 

 記憶の中の何かを思い出す前に ――――――――― “ それ ”は現れた。

 

 

 

 真っ先に目にしたのはハルカだ。

 

 

 近付く音が自分達の後ろの方だと気付き、何気なく崖の上を覗いた瞬間、唐突に“ それ ”は降って来たのだ。

 

 

 

 

 

  ドオオォォォンッ!!!!!

 

 

 

 

 

 “ それ ”が地面に着くと、凄まじいまでの轟音が響いた。それなりの距離で離れていた5人にまで、震動が強く伝わった程だった。

 

 

 “ それ ”は赤い色をしていた。

 

 

 中に岩でも詰めているかのような筋肉質な肉体、盛り上がった背中に、地に足がめり込まんばかりに踏み締める四肢。そして、豚を思わせる鼻や耳といった容姿。

 

 

 

「なっ!? あれは……!!」

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 

 

 リンドとシヴァタが驚愕の声を上げる。

 

 

 何故なら、その現れた敵は、5人が苦労してやっと倒したNMと ほぼ同じ姿(・・・・・)だったからだ。

 

 しかし、ワイルドラッシュではない。それとは細かな差異があった。

 

 まず大きな違いが、牙が無い事だ。猪の特徴とも言えるそれが無い事が、第1印象を豚とさせる要因となっていたのだ。次に、ワイルドラッシュの体中にあった傷痕などの痛々しいものが無い事。そして、全体的にやや小さい。それでも、充分過ぎるほどの巨体ではあるが。

 

 

 

 ふと、その敵が5人へ向く ―――――― 頭上には《 NM・Wild Heat(ワイルドヒート) Lv11 》とあった。

 

 

 

 

 

「ブギョオオオオォォォォ!!!!!」

 

 

 

 

 

 NM ―――――― その表記を見、咆哮がぶつけられた瞬間、全員が驚愕と恐怖に表情を凍らせた。

 

 

 

「ボッ、ボスがもう1体!?」

 

「そ、そんなのありかよ!?」

 

 

 

 リンドとシヴァタが信じられないとばかりに声を荒げて叫ぶ。苦労して倒したと思えば、それに酷似した敵がまた出て来たのだから無理も無い。

 和らいでいた空気が一変、瞬く間に恐慌に近い緊張状態に陥ろうとしていた。

 

 

 

「撤退だ!! みんな、入口へ走れ!!」

 

 

 

 怒声が響く。一足早く我に返ったキリトが叫んだのだ。

 

 状況は極めて悪いと言える。先のワイルドラッシュ戦で武器や盾、回復薬といった物が心許なくなっており、おそらく長期戦を覚悟せねばならないワイルドヒートとの戦いは危ういだろう。

 そして何より、勝ったと思った矢先の新手の出現により、5人の士気が浮足立っているのが大きな要因だ。先の戦いとて5人が最後まで団結して、やっと勝てたのだ。それに匹敵するだろう強敵をそのような状態で勝てるとは到底 思えない。

 

 

 

「走れ! 急げ!!」

 

 

 

 ディアベルも、キリトの言葉には異議は無いようだった。時間が無いとばかりに叫びながら、敵を回り込むように反対側の入り口を目指す。ハルカもそれに続いて走る。

 

 だが、事は簡単には進まない。それを目敏く察知したワイルドヒートはジロリと赤い両の眼で5人を睨むと、重々しい足音を響かせ接近して来た。

 

 

 

「ひぃっ!!?」

 

 

 

 そして真っ先に獲物と認識したのはリンドであった。巨体を誇る赤い眼で睨まれ、すでに戦意が弱っていたリンドは恐怖の声を上げる。

 そのまま押し潰さんと、敵は暴走車の如く迫り来る。

 

 

 

「リンドさん!!」

 

 

 

 だが それを、ハルカが盾を顔にぶつけて無理矢理 制止させる。ワイルドラッシュよりも体格が小さい故か、それだけで何とか動きを止める事が出来た。

 しかしそれによって、ワイルドヒートのターゲットがハルカに変更されたようだ。忌々しいとばかりにハルカを睨み、鼻息を荒くする。

 

 

 

「ハルカ君!!」

 

「ハルカ!!」

 

「行って!! 私も、すぐに逃げるから!!」

 

 

 

 そう言って、ハルカはワイルドヒートと対峙する。このまま少しでも時間稼ぎするつもりのようだ。

 さすがに それは ならじとディアベル、キリトは制止の声を上げ続ける。

 

 

 

「ブルオォォッ」

 

 

 

 その中、ワイルドヒートが顔を上へと振り上げ始める。咄嗟にそれがワイルドラッシュと同じ顔を振るう攻撃だと判断し、バックステップをしようと足に力を入れようとする。

 

 

 

「ブギャアアァァ!!!」

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 だが、その予想は外れた ―――――― 振り被ると思った瞬間、何とハルカ目掛けて その大きな口を開け、噛み付いて来た(・・・・・・・)のだ。

 これには、後ろで見ていた4人も驚いた。これまで様々なボア系と戦って来たが、噛み付き攻撃をしてくる敵はいなかった。

 

 

 

「し、しまっ ―――――!!!」

 

 

 

 そして、予期せぬ攻撃に一瞬 動きを止めてしまったハルカは口から逃れられなかった。反射的に盾を突き出すも、それごと左手を口に含まれ、身動きが取れなくなる。

 

 

 

「ハルカぁ!!!」

 

 

 

 キリトが叫ぶ。ハルカも逃れようとするが、まるで剥がれる様子が無い。元より、プレイヤーとボス系の能力には差があるのだ。

 

 

 

「あぁっ!!」

 

 

 

 そして抵抗するハルカを、ワイルドヒートは そのまま咥え上げてしまったのだ。NMほどのパラメーターなら それも容易だと理解できるが、そんな光景を見せ付けられたキリト以下4人は言葉を失ってしまう。

 そんな心境など知らぬとばかりに、ワイルドヒートは咥えたハルカをまるで玩具でも扱うかのように上下左右に振り回す。その凄まじい勢いと力に、ハルカはまるで抵抗できない。肩や手が食いちぎられそうな感覚を覚えながら、まるで定まらない光景を視界に移すほか無かった。

 

 

 

 

 

 そして ―――――― 唸り声と共に、ハルカは宙に舞った。

 

 

 

 

 

 あまりの光景に、キリトやディアベル達は今が現実か どうかすら疑った。

 

 

 幾度も振り回され、相当に勢い付けられた事でハルカの体は、かなりの距離を飛ばされた。

 

 

 10メートル近く飛んだ所で、ハルカの体は地に着いた。

 

 だが、それでも勢いは消えない。

 

 ボールのように跳ね、そのまま数度 地面を弾んだ後、ごろごろと転がって行く。

 

 砂煙がその勢いを物語るように跡を舞って行く。悲鳴さえ上げる暇も無い。

 

 

 

「っ!!……かぁっ……!?」

 

 

 

 遂には、目的地だった入口近くまで飛ばされ、そこにあった岩に背中を打ち付け、ようやく止まった。痛々しい声が上がる。

 

 

 

「っ! ハルカ!!!」

 

 

 

 その瞬間、ようやく我に返ったキリトは急いで駆け寄ろうとする。見れば、ハルカの体力は既に危険域(レッドゾーン)に程近い所にまで減らされている。急いで救出しなければ危うかった。

 

 

 

「ブルオオォッ!!」

 

 

「っ!!」

 

 

 

 だが、それにわずかに先んじ、ワイルドヒートが駆け出した。その巨体ゆえ、一歩の距離の差で瞬く間にキリトを引き離していく。

 

 

 このままでは間に合わないと、瞬時に判断できてしまった。

 

 ディアベルはキリトの後ろにおり、彼よりも俊敏性には劣る。

 

 リンドとシヴァタも、あまりに事に体が硬直している。今から走っても間に合わない。

 

 そうしている間に、ワイルドヒートはハルカの間近まで来た。そのまま押し潰す訳ではなかったらしく、勢いを止め、転がるハルカを睨み付けている。

 

 

 

 先程の行動を考えれば、この後どうするのかは ―――――― 嫌でも想像が付く。

 

 

 

 

 

(やめろっ……やめろっ……!!)

 

 

 

 

 

 脳が凍り付きそうな想像を振り払うように心で叫ぶが、それで相手が止まる訳が無い。無情な現実を否定しようと、駆ける力に持てる全精力を注ぎこもうとする。

 

 

 

 だが ―――――― 決定的に間に合わない。

 

 

 

 後ろを向けているワイルドヒートが、おもむろに動くのを視認する。

 

 

 

 

 

 地に伏すハルカは、全く動ける様子では ――――――――― 無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろおぉぉぉ―――――――――ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(頭が……クラクラする………気持ち……悪い…………)

 

 

 

 

 

 半ば放心している中、それでも襲って来る不快感に私は辟易する。

 

 でも、これでもきっとマシな方だ。

 

 現実なら、たぶん私の体はバラバラになってもおかしくない。

 

 この程度で済んでるのは、体がアバターなのと、ペインアブソーバのお陰だ。今こうなったら、そういったものも無意味に近いけど。

 

 

 ふと、おぼつかない目を動かしてみる。その先には、大きな“ 赤 ”が迫って来ていた。

 

 

 逃げなきゃ ―――――― そう思ったけど、体はまるで神経が抜けたように全く動かない。ダメージの影響は想像以上に酷いものだったらしい。

 

 

 

 

(死んじゃうのかな……私……)

 

 

 

 

 絶望的な状況に、私はまるで他人事のように考えた。自分でも、こんな考えをする自分に驚いている。

 

 

 やっぱり、無茶だったんだろうか。この世界なら、誰もが等しく力が持てるSAOという世界なら、私も戦えると思った、守れると思った ―――――― おじさんのように。

 

 

 やっぱり、おじさんは凄い人だったんだ。解ってたけど、今になって文字通り身に染みた。

 

 おじさんは、どんなに厳しい所だって拳1つで戦い抜いて来た。

 

 たとえ100人近い敵が相手でも、生き抜いて来たんだ。

 

 私が、その戦いの理由になった事もあった。

 

 あの時は、本当に悔しかった。

 

 申し訳無かった。

 

 

 そして、嬉しかった。

 

 

 だから、おじさんのいない この世界で生きる以上、私はおじさんのようになりたいと考えた。

 

 

 そして、守りたい存在が出来た。

 

 

 

 シリカちゃん ―――――― 私を、まるで姉のように慕い、心配してくれた子。

 

 

 

 クラインさん ―――――― ちょっと頼りなさそうだけど、とても仲間思いの人。

 

 

 

 

 

 そして、キリト君 ―――――― 私のパートナーで、同じ“ 悲しみ ”を知る人。

 

 

 

 特に彼は、どんな事があっても守ってあげなくちゃと思った。仲間として、年上として、それは義務にも等しいと考えた。

 

 

 でも、それも もう ――――――――― 果たせない。

 

 

 

 赤が、視界を埋め尽くした。

 

 

 

 トドメを刺すつもりだ。

 

 はっきり見えなくても、それ位は解る。体力も残り少ない。今 攻撃を受ければ、きっと保たないだろう。

 

 

 言葉に出来ない感覚が、一際 大きくなる。

 

 

 

 

 

 私には、覚えがあった ――――――――― これは“ 死 ”だ。

 

 

 

 

 

 ―――――― お母さんを失った時に、よく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ごめんね ―――――― おじさん……みんな……キリト君………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、私が意識を完全に失う直前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい背中(・・・・・・)が、見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトは、ディアベルは、リンドは、シヴァタは ―――――― 目を疑った。

 

 

 

 赤き殺意が、ハルカを蹂躙しようとしていた。そして、もう間に合わないと絶望した。

 

 

 

 その時だった ―――――― “ それ ”が、降って来た(・・・・・)のは

 

 

 

 崖上から飛び降りて来た“ それ ”は、1つは奇声をとも言える声を上げ、1つは咆哮と言える叫びを吼えながら、ワイルドヒートの頭上に落ち ―――――― そして、その手に持つ短剣(・・)曲刀(・・)で、脳天を深々と突き立てた。

 

 

 ワイルドヒートが悲鳴を上げる。きっと、そこは弱点だったのだろう。

 他にどうやって当てるんだろうという疑問も浮かべる暇もない位、キリト達は混乱し始めていた。

 

 

 

「なっ……何なんだ……あの人達(・・・・)は……っ!?」

 

 

 

 降り立ったのは、大人の男性2人。少なくとも、ディアベルよりもずっと年上だという事は一目で解った。

 

 

 正体もまるで掴めない中、男達は未だ もがいている敵を睨み、そして おのおの武器を構える。

 

 

 その姿は まるで隙が見出せないほど見事で、そして ―――――― 何故か どうしようもなく恐ろしく感じた。

 

 

 

 

 そして、何かを色々言い合った後、最後に周囲にも聞こえる声で、厳つい顔の男は言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 手加減はしねぇ ―――――― 殺すつもりで……かかって来い!!! 

 

 

 

 

 

 





という訳で、第14話となりました。
遂に、キリュウとハルカが再会です! ハルカは気絶してるし、状況は色々と最悪ですけど(苦笑)


次回からは完全なる再会とその後を描き、そしてボス攻略会議まで書けたらなと考えております。次も、原作キャラが一杯 出て来る予定ですので、原作ファンの皆様は楽しみにして頂ければと思います。
次回も、龍や黒の活躍にご期待を!!



あと余談ですが、『 龍が如く0《 ZERO 》 誓いの場所 』はクリア致しました。
いやぁ、今作は実に素晴らしい作品でした。特に『 維新 』から引き継いだ《 スタイル切り替え 》や《 シノギ 》は面白かったです。ネタも色々と浮かびましたvv また、過去の作品をやった者ならばニヤリとさせる演出やサブストーリーも秀逸だったと思います。登場人物を彩った俳優陣や声優陣も、過去 最高クラスのものだったのではないでしょうか。個人的に、この『 0 』は歴代最高傑作と言っても過言ではないと思います。
久々に良いゲームと巡り合えて最高でしたvv

また、友人に薦められて『 シャイニング・レゾナンス 』というゲームもプレイしているんですが、これも中々に面白いです。まだクリア出来てませんが、その気になればこのゲームの作品も書いてみたいな、と思い始めています。まぁ、この作品も満足に仕上がっていない現状では、夢のまた夢ですがvv


最後に、今話で登場した敵キャラの紹介をして終わりたいと思います。では!





※ ワイルドラッシュ(Wild Rush)


フレンジーボアの強化系。体力バーは1.5本分。フィールドを塞いで待ち構える。
元ネタは『 インフィニティ・モーメント 』と『 ホロウ・フラグメント 』に登場した通常敵だが、本作ではNMに昇格。基本能力も跳ね上げ、容姿も恐ろしいまでのものに変更されている。
Rush……《 殺到する 》という名の通り、ボア系の得意技の突進技が特に洗練された能力を誇る。とはいえ、全体的にまだ隙は大きい方なので、慣れれば対処は難しくない。



※ ワイルドヒート(Wild Heat)


フレンジーボアの強化系。体力バーは1本分。援軍として出現する。
元ネタはワイルドラッシュと同様。これもNMに昇格させ、能力を上げている設定。
ボア系は総じて牙のある雄型だが、この敵は例外の牙の無い雌型。理由は名前のHeatという単語が《 熱気 》や《 激怒 》の他に《 雌獣の発情 》を意味する事から。
牙が無い故に突進攻撃は無く、代わりに強力な噛み付き攻撃を仕掛けて来る。実際、現実の雌の猪は獲物に噛み付く習性がある。
ベータ時代には存在しなかった敵で、さしものディアベルやキリトも対処が遅れてしまった。


この2匹は夫婦(つがい)であり、あえなく討たれた夫の敵討ちに、妻が現れたという設定。




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