SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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皆様、お久し振りです。具足太師でございます。

そして、遅ればせながら……新年あけまして、おめでとう御座います!
………もう三周目に入っておりますが、挨拶が遅れた事を深くお詫び申し上げます。

今回も、投稿が予定より遅れてしまいました。仕事が忙しかった事もあるのですが、同時に好きな俳優や声優が立て続けに世を去ったニュースを見て、精神的に参っていた事も御座います次第でして(´・ω・`)シュン……

とは言え、改めて調べてみれば当作品のお気に入り数も間も無く500に届こうという所まで来ております。評価も比較的 高い値を維持しているのも、ひとえに当作品を支持して頂いております読者の皆様の応援の御蔭です。改めて、御礼 申し上げます。

では、今回より始まります《 第3部 》を、どうぞご拝読 下さい。




第3部:《 反抗の狼煙 》
『 戦いと絆 』


 

 

 

 

 

【 11月8日 11:53 】

 

 

 

 

 

 集村・ホルンカから少し南に行った所に、開けた場所が多い草原がある。

 フィールド名は《 血煙 漂う野原 》と言う。穏やかならぬ名前が示す通り、キリトいわく ――― ここから本気で気を引き締めていかなければ、たちまち不覚を取る事になる場所との事。

 事実、風景こそ《 はじまりの街 》付近と大差ないものの、出現するモンスターのレベルや種類が そことは段違いになって来ている。堅実にレベルアップと戦闘経験を重ねて来なければ、不覚を取るだろう事は確実だった。

 

 

 

 そんな原っぱの一角で、キリトとハルカのコンビは“ 1体の敵 ”と対峙していた。

 

 

 

「ブモッ……ブモッ……ブフゥッ!!」

 

 

 

 鼻息を荒め、並ぶ両名を睨み付けているのは、姿形は見慣れた猪型のモンスターである。

 しかし、最初に戦ったフレンジーボアとは明らかに違う。やや茶色がかった白い毛色を見せ、牙も4本に増えた上に大きさも桁違いであり、体格もフレンジーのそれよりも明らかに大柄だった。

 

 モンスターの名は《 マスター・ボア Lv9 》

 

 メニュー画面にある《 モンスター紹介 》の欄によれば『 フレンジー・ボアよりも格上 』であるらしい。とは言え、いわゆるボス敵ではなく、あくまでも“ フレンジーボアの強化版 ”である。それでも、体力はフレンジー・ボアの約1.5倍を誇り、パワーも同様に跳ね上がっている存在である。その巨躯を武者震いの如く震わせる姿は、見る者を委縮させるような威圧感さえ感じさせる。舐めて掛かると、痛い目を見るのは間違いないだろう。

 

 もっとも ―――――― それが、ただの初心者だったならば(・・・・・・・・・・・・)の話であるが。

 

 

 

 マスター・ボアに先んじて、キリトが颯爽と駆け出した。レベルはすでに10に届き、レベルアップと同時に獲得する《 ステータスポイント 》を筋力と敏捷にバランス良く振り分ける事で、最初の頃に比べ遥かに素早い行動が可能となっていた。

 瞬く間にマスター・ボアの間近まで接近すると、剣を引っ張るようにして構え、ソードスキルの充填へと移る。

 

 

 

「らぁっ!!!」

 

 

 

 青みがかった閃光と共に、キリトは黒き直剣・《 アニールブレード 》を突き出した。

 

 片手剣用ソードスキル・《 レイジスパイク 》

 この系統の武器の、基本的な突進技である。

 

 初期から使えるゆえに、威力はそれほど高くは無い。たとえ弱点に当たったとしても、比較的 体力の多いマスターボアを仕留める事は出来ないであろう。事実、弱点の1つでもある眉間に命中し、つんざくような悲鳴を上げても尚、その体力は8割近く残っていた。

 ブーストを用いてもこれである。レベルが上がり、攻撃力が上がったキリトでもこれだけ減らせない事実は、いかにこの敵が今までとは違うパラメーターを持っているかが窺い知れた。

 

 

 

(2割も減らない……ベータテスト時よりも耐久力が上がったか……でも、予想通りだ(・・・・・)!!)

 

 

 

 だが、それらは全てキリトの想定の範囲内である。

 そもそも、キリトはテスト段階だったとはいえSAOを2か月間ほぼ毎日プレイした程のゲーマーである。それ程に経験を積めば、多少の誤差・修正は念頭に入れ“ どれ程の攻撃でどれほど削れるか ”程度ならば容易く考えられた。

 

 現在、彼が行なおうとしているのは単に敵を倒そうというだけではない。

 これから待っている難易度の高い戦いに備え、初心者のハルカに“ ある技術(テクニック) ”を伝授しようとしていたのだ。

 ソードスキルの硬直時間も過ぎ、敵の体勢も直ろうとした時、キリトは後方のハルカに向かって叫ぶ。

 

 

 

「行くぞ、ハルカ!!」

 

「うん!!」

 

 

 

 ハルカの返事を聞き届け、キリトは改めてアニールブレードの柄を強く握り直す。柄と一体化するようなしっかりとした感覚を感じ取ると、再びマスターボアへと突撃して行く。

 

 

 

「ブオォォォッ!!!」

 

 

 

 しかし今度は、マスターボアも素早く迎撃に移り出した。“ ザコ中のザコ ”と言われるボア系統であるが、さすがにその上位種ともなると反応速度はずっと速かった。

 その鋭く突き出した牙をキリトの腹や肩に突き立てんと、全身の力を余す事無く用いて鼻先を突き出してくる。

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 

 しかし、キリトは極めて冷静である。

 そんなマスターボアの行動はとうに先読みしており、ジャストなタイミングでステップを決めて牙の暴威を躱した。地に足が着くとすぐさま駆け出し、流れるように背後へと回り込んで行く。そして振り向く隙も与えず、そのまま1振りして尻を斬り裂く。

 さすがにソードスキルでもない通常攻撃、さしてHPは減らず、マスターボアは悲鳴を上げながらも素早くキリトの方へと振り向いた。その速さは、やはり下位種のフレンジーとは比べ物にならないものである。

 あっと言う間に再び睨み合う形となったが、キリトの表情には何ら焦りの色は無い。

 

 

 否 ―――――― むしろ、その行動こそキリトが意図して(・・・・・・・・・・・・・・)狙ったもの(・・・・・)であった。

 

 

 確かに、現在マスターボアはキリトに対し強い警戒心をもって睨み付けている。闇雲に真正面から斬りかかれば、若干のリスクは避けられないところである。

 

 

 だが、この時マスターボアの思考(AI)は完全に失念していたのである ――――――――

 

 

 

 

 

 敵は、もう1人いるのだという事を。

 

 

 

 

 

「ハルカッ ――――――――― スイッチ!!

 

 

 

 

 

 キリトが、今は猪が陰になって見えない少女に向けて ―――――― 叫んだ。

 

 

 

「ハアアァァァッ!!!!」

 

 

 

 間髪入れず、ハルカの掛け声と足音が響き渡る。

 瞬く間にその音が近付いて来るのを感じ、キリトは「上手くいった」と言わんばかりに笑みを溢す。

 

 

 

「やあっ!!」

 

 

 

 そして、遂に肉薄したハルカは両手で棍棒を強く握り締め、勢い良く振り被った。見るからに重い1撃がマスターボアの尻にめり込み、不意を突かれた大猪は大きく悲鳴を上げた。

 それに隙を見出したキリトは、バックステップして離れ、追撃が無い事を確認すると踵を返し更に距離を取った。

 

 

 

(よしっ、成功だ!)

 

 

 

 心の中でキリトは、そんな勝鬨にも等しい声を上げる。

 

 

 

 SAO(ここ)での戦いに限った事ではないが、数の利というのはそれだけで大きな有利性(アドバンテージ)となり得るが、それを生かすのは言うほど容易い事では無い。

 “ 味方がいる ”という事は、逆に言えば“ 攻撃してはならない者がいる ”という事。1人で戦う時のような行動ばかりでは、自分の攻撃が味方にも当たりかねない。武器を持っているのなら尚の事である。

 その筋のプロでさえ、ものにするには長い時間が必要になる“ 連携プレー ”というものを、素人同然の2人が行なうには無理がある。

 

 そこで用いられるのが、この《 スイッチ 》という技法(テクニック)である。

 このゲームに限らず、スポーツ用語で《 入れ替える・切り替える・交換する 》などの意味を持つように、複数のプレイヤーが敵に対して入れ替わり、立ち代わりで攻撃を行なう。

 今回の場合、先にキリトがソードスキルなどで攻撃を加え、敵の注意に充分に引き付けた後、その背後をハルカが突いたのがそれに当たる。

 

 

 

「やあっ!! ていやっ!! でやあっ!!!」

 

 

 

 攻撃がハルカに移ってから、次々と棍の打撃を叩き込んで行く。

 対するマスターボアは、まるで忘我したかのように何も出来ず、ただ ひたすらに打ち付けられるばかりであった。見るからに重量のある棍棒を幾度も体にめり込まされる光景は、敵とは言え可哀想とさえ思えてくる。

 先程までの俊敏さが目に見えて消えているのには、理由がある。

 モンスターのAIは総じて、急に攻撃パターンを変えられてしまうと対応するのに時間が かかるという特徴が存在するのである。まして、相手は最下層のモンスター。その対応速度は目に見えて鈍いものであった。

 

 

 それは即ち ―――――― 既に、ある程度の覚悟を固めた少年・少女にとっては、もはや彼の敵は大した脅威にはなり得なかった。

 

 

 

 

 

「タアアァァァァッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 一喝と共に放たれた重量級のソードスキルを受けたマスターボアは、呆気無く消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘終了と同時にハルカは光に包まれ、ファンファーレが奏でられた。レベルアップが成され、これでハルカのレベルは8となった。

 元々マスターボアは比較的 経験値が多く得られる敵であるが、それに加えハルカよりもレベルが高かった為、その分 経験値にボーナスが付いたのだ。

 朝から2度目のレベルアップに、ハルカの胸に強い喜びが湧き上がる。

 

 

 

「やったぁっ!!」

 

「よしっ!!!」

 

 

 

 大勝利を収めたキリトとハルカは、盛大にハイタッチを響かせる。

 敵を倒した喜び、更に強くなれた喜び、そして生き残れた喜びを互いに解り合うように、その音は心地良い音だった。

 

 

 

「おめでとう、ハルカ。またレベルが上がったな」

 

「ありがとう。これもキリト君のおかげだよ」

 

「別に、大した事はしてないさ。純粋に、ハルカの実力だよ」

 

「ふふっ。ま、そういう事にしておくね」

 

 

 

 何気無い会話。彼等の頭上、もしくは視界の左上に表示されたHPバーが無くなれば、現実でも死んでしまうという事実を忘れてしまいそうになる、微笑ましくもある会話。

 彼等とて決して忘れている訳ではないが、この時ばかりはただ喜びに身を任せ、言葉を交わす。

 

 

 

「それにしても、スイッチの方もかなり板に付いて来たな、今日 教えたばかりなのに。やっぱりハルカは、人1倍 飲み込みが速いな。もう教える事がなくなりそうだ」

 

「キリト君の教え方が上手だからだよ。タイミングの合わせ方もピッタリだったしね、私は それに合わせただけだったから」

 

「…その“ 合わせる ”っていうのが、実際どれだけ難しいか、解って言ってるのか?」

 

「……えっと、そんなに難しい事なの?」

 

(………相変わらず自覚無し、か)

 

 

 

 実際どんな腕の立つゲーマーだろうと ―――――― 否、ゲームに限らず、赤の他人と足並みを揃えるのは決して簡単な事ではない。

 人によって武器も違えば、癖も違う。それらを全て年頭の置いた上で、間髪入れず攻撃を加えるのは相応の時間がかかるのが普通なのだ。たとえ、一種の合図である「スイッチ」という言葉を用いたとしてもである。

 にもかかわらず、ハルカはそれをあっさりと成し得てしまっていた。

 最初こそ無知という事もあって色々と拙い部分が目立っていたが、2度も3度も繰り返す内に、目に見えてそれらは見られなくなっていった。特に、今のところ相手はキリトのみではあるが、その彼の動きにも絶妙に合わせられるようになっていたのだ。

 

 実を言えば、先の戦闘でもマスターボアの他に、通常のフレンジーボアが1匹 混じって戦っていた。まずはそれを倒そうと斬りかかったキリトの側面から、突如マスターボアが襲い掛かろうとしたのである。

 しかし その時、咄嗟にハルカが盾で受け止めて立ちはだかり、更に顔に攻撃を加え、注意を逸らしたのである。

 危ういところを救われたキリトは安堵の溜息を漏らすと、すぐさま気を取り直してフレンジーボアを屠り、ハルカと合流した、という経緯である。

 

 危機から救われたという喜びと同時に、キリトはハルカのその咄嗟の判断力と行動力に驚嘆した。

 いくら痛みの無い体(アバター)とはいえ、勢いよく突っ込んで来る大猪の目の前に立ち、動きを止めようとするのは、言うほど簡単な事ではないはずである。その勢いは、車が迫って来るのにも匹敵するだろうはずだからだ。

 それを“ 仲間を救う為 ”という事で難なく行動に移せたハルカに、キリトはただ感心と尊敬の念を禁じ得ない。

 

 

 

(まったく……敵わないよ、ハルカには)

 

 

 

「キリト君?」

 

「え? あ、あぁ、何でも無い」

 

「なら、良いけど……」

 

 

 

 少々思考に気をやり過ぎて、若干 不安にさせてしまったらしい。顔を覗き込み、顔を窺っていた。

 考えてみれば、昨日の今日(・・・・・)である。ハルカにとっても、キリトの言動は逐一 気を配ってしまうのも無理はなかった。若干の気まずさが流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐ~………

 

 

 

 

 

「「………」」

 

 

 

 不意に、何とも間の抜けた締まらぬ音が鳴った。

 ハルカはきょとんとした表情を、キリトは僅かに赤くなりつつバツの悪そうな顔を浮かべた。

 時計を見れば、間も無く正午になろうとしていた。加えて、お互い現実世界でも滅多に無い程の運動を行なった後である。

 

 つまりは、そういう事(・・・・・)である。

 

 

 

 くすり、とハルカは笑みを溢し、キリトに提案した。

 

 

 

 

 

「良い時間だし ――――――――― お昼にしよっか?」

 

 

 

 

 

 キリトはただコクリ、と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  †     †

 

 

 

 

 

「ここで良いかな?」

 

「あぁ、大丈夫だろう」

 

 

 

 2人は、先程の場所から少し歩いた所までやって来た。

 ハルカが指した場所は一見、周囲と変わらぬ変哲も無い所だ。しかしマップを見てみると、その辺りだけ表示の色が違っていた。

 具体的には、プレイヤーが通れる基本的な部分は水色で表示されるのだが、その部分のみ緑色で表示されていた。更に、そこを解り易く表すように人の頭ほどの石がマップ表示に沿うように並んでいる。

 ここは、フィールドに点在する《 安全エリア 》である。

 文字通り、その範囲内にはどんな敵でも入って来れない安全地帯である。もし疲れが溜まって休憩したい時には、そこで腰を下ろす事も出来る。

 もっとも、敵は入って来れないだけで消えはしないので、敵の声や視線、殺気に当てられ続けて休めるのかは疑問であるが。故に、本当に休みたい時は周囲の敵を一掃するのが最良であるのは間違いない。

 

 

 エリア内に入り、すぐさまキリトは腰を下ろした。朝早くからずっと狩りを行なっていた為、疲労はかなり溜まっていたらしく、何とも言えない気怠さが全身を巡り、疲れを吐き出すように大きく溜息を吐いた。

 ハルカも続いてキリトの隣に座る。勿論ハルカもキリトと同じくらい動き回っていた為、全身の疲労は かなりのものである。体から力を抜きながら、ゆっくりと溜息を吐く。そこは女の子なので、隣の少年に気を遣ってみっともなくならないような動作であった。

 地面に溶け込むように座り込みながら、2人は ふと周囲に目を向ける。

 モンスターもおらず、辺りには風や、それによって揺れる枝と葉の音が響き渡っている。昼時という事もあり、11月でありながら中々に温かい日差しが照り付け、目を閉じれば それだけで眠ってしまいたくなるような心地良さがあった。

 

 

 

「さて、と。じゃあ、始めるね」

 

「あぁ、頼む」

 

 

 

 そうしたい思いも若干あるが、その前にする事(・・・)を先にしようと、ハルカはおもむろに右手を動かしてウインドウを操作し始めた。

 スキル設定の画面で“ あるスキル ”を設定し、その後アイテム画面で“ あるアイテム ”を指し、それを実体(オブジェクト)化させた。

 

 ランプの下部に物干し台を組み合わせたような形状の物 ―――――― それは、木製のいわゆる《 肉焼きセット 》であった。

 それを出すと、次にハルカはそれに同梱されている小箱 ―――――― マッチを取り出し、火を点けると点火台に火を焚いた。

 瞬く間に火が燃え上がり、火力が充分に出るのを確認すると、再びウインドウを操作し、新たにアイテムを取り出す。

 出て来たのは、人1人が両手で持つ位の巨大な骨付きの生肉 ―――――― 俗に言う《 マンガ肉 》だ。アイテム名は《 微妙なボア肉 》とある。先程、2人が協力して倒したマスターボアからドロップした物であった。

 

 

 

「もう使うのか、それ?」

 

「うん、せっかくだし。失敗したら、ごめんね?」

 

「まぁ、気楽にやってくれ」

 

「OK」

 

 

 

 キリトからのエールを貰い、ハルカも少しばかり気を引き締め、肉を肉焼き器にセットした。

 

 

 

 SAOでは《 ソードスキル 》や《 バトルスキル 》、《 製造スキル 》に《 日常スキル 》等のスキルを用いる為には、それをセットする《 スキルスロット 》が必要となる。

 初期では2つ存在し、レベルが6になると1つ、10で更に1つ増え、それ以降は16刻みで増えていくというのがキリト談である。ハルカはすでに8になっているので、スロットは3つとなっている。

 現在の基本としては、得物である《 片手棍 》と盾装備による《 盾防御(シールドディフェンス) 》、そしてキリトに勧められて設定した《 索敵 》である。

 それに加えて、ハルカは戦闘時以外に索敵を外し、日常系である《 料理 》のスキルを設定する事にしていた。

 ホルンカの村の店を覗いていた時、商品棚の中の肉焼きセットを発見し、同時に料理スキルの存在をキリトから聞かされると、ハルカは特に迷いも無くそれを購入した。

 キリトは最初、今のような最初期から習得しても特に意味が無いものを買い、そのスキルをセットする事に渋い顔をしたものの、ハルカはその意見に一定の理解を示しながら、首を横に振った。

 

 

 

「確かに、攻略には必要無いかも知れない。でもね、ずっと戦ってばかりいたら、本来の自分が薄れていくような気がするの。やっぱり、息抜きのような1つの“ 楽しみ ”は作っておきたいんだ」

 

 

 

 その言葉は、キリトにしても決して否定できないものがあった。

 忘れてはならない事だが、今こうして武器、防具を身に付け、モンスターと戦っているプレイヤー達も、本来 戦いとは無縁の現代人である。

 外部との連絡も絶たれてまだ日は浅いとはいえ、それでも生きる為に戦い続ける中で、以前の感覚が鈍り始めているのも確かだった。

 何より、筆舌に尽くし難い“ 悲劇 ”に苛まれたキリトには誰よりもそれが解った。

 聞けば、料理はハルカにとって日常の一部だったらしい。普段から家事を率先してやっていた事につくづく感心しながら、それならば暇な時にだけでもそれを行なう事は、決して無意味ではないはずだとキリトは納得した。

 

 

 

「 らんららん♪ ららららんららん♪ らんららん♪ 」

 

 

 

 グルグルと肉焼き器を回しながら、独特のリズムを口ずさむハルカ。

 やっている事は産業革命前、あるいはそれ以上の前世紀を彷彿させながらも、その声、表情からは幼子を思わせる あどけなさを醸し出している。元々ハルカの声は実年齢よりも幼く聞こえる声質であるが故に、それがより顕著に出ていた。

 表情だけ見ても、実に楽しげに料理を行なっている。肉を丸焼きにしているという、中々に豪快で原始的な調理法とハルカの可愛らしさが何とも言えないギャップを生み出してはいるが、不思議と奇妙には見えなかった。

 

 

 

(また“ あの歌 ”だ。よっぽど気に行ったんだな、ハルカの奴)

 

 

 

 そんなハルカを見ながら、キリトは自然と笑みが零れていた。

 ハルカが奏でているのは、キリトを始め全国のゲーマーがハマったゲーム・《 モンスターハンティング 》シリーズの調理時の音楽(BGM)である。肉焼きセットを購入し、試しに村の隅で試し焼きをした際、キリトが自然と口ずさんだのをハルカが聞いたのだ。どうやら、思いの外この音楽がお気に召した様子である。

 最初、無意識の内に音楽を口ずさみ、自分のオタク具合の片鱗を見られた事に軽く羞恥心を覚えたキリトだが、こうして何気なくそれを流用されるのを見て安堵を覚えるのと同時に、ハルカという少女には そういったものに対する偏見は無いのだと改めて認識した。

 

 

 

「 らんららん♪ ららららららららららららん♪ 」

 

 

 

 そして、焼き始めて数秒後 ―――――――――

 

 

 

 

 

「 上手に、焼けました~♪♪ 」

 

 

 

 

 焼き上がった《 ボア肉の丸焼き(E) 》を、ハルカは満面の笑みで掲げた。

 

 ちなみに先の台詞も、同ゲームの有名な名台詞である。

 

 

 

「おぉ!! また成功だ、ハルカ!!」

 

「よかったぁ~! まだ熟練度そんなにないから、ハラハラしちゃった」

 

「いや、それにしても凄い成功率だな。もう10回は焼いたけど、ほとんど成功してるじゃないか。熟練度は100も無いだろ? 普通、その練度でそれは ありえないぞ」

 

「そうなんだ? う~ん……何でだろうね? 私は普通にやってるだけだし……」

 

 

 

 相も変わらず あっけらかんと言うハルカに、キリトは驚きを通り越して呆れさえ感じ始めていた。

 

 

 

「まぁ、とりあえず食べよう。早くしないと耐久値が無くなる(冷めちゃう)よ」

 

「そうだな……いただきます」

 

「いただきます! アムッ」

 

 

 

 焼けた大きな肉をナイフで二等分し、2人はそれぞれ挨拶を述べて口にした。

 咀嚼して味わいながら、ハルカは目を閉じる。口を動かしながら、隅々まで感じようとしていた。

 

 

 

「う~ん……まぁ《 粗末なボア肉 》に比べればまだマシかな?」

 

「《 F級 》のドロップ食材に比べれば、な。何だかんだで最下層だし、こんな物さ」

 

 

 

 何とも言えない表情を浮かべながら、2人は それぞれ評価を下す。

 食材ドロップには等級が存在し、それによって調理した際の旨味が左右される。最低はF、最高はまだ誰も手に入れた事が無いので不明だが、AかSではないかとキリトは考察している。

 

 

 

「そうだね。ハムッ、ムグムグ……」

 

 

 

 若干の物足りなさは顔に浮かべながらも、とりあえず腹を満たせる喜びを文字通り噛み締めながら、ハルカはひたすら丸焼肉を食して行く。

 

 やや硬いの肉を咀嚼しつつ、キリトは隣のそんなハルカを見て思考する。

 

 

 ベータ時代、あくまで前線を行く戦闘組に属していたキリトは、ハルカのように日常系や職人系を用いていた訳では無い。しかし、当時の仲間やその筋から、料理を始めとする諸々のスキルの情報をある程度 仕入れてはいた。

 それによれば、熟練度が100単位にも満たないものは大して役に立たない事が解っている。

 武器や防具を製造・整備する《 鍛冶 》スキルであれば大した物は作れず、強化も碌な向上は望めない。

 料理に関しても、調理法はそれぞれ存在するが、それに沿ったからといって確実に出来る訳では無かった。むしろ、練度が低い内は失敗して丸焦げになるのがほとんど(デフォ)である。

 スキルを装備すれば実戦では通用するソードスキルとは異なり、実用的になるまでは地道に熟練度を上げ続けるのがそれらのスキルの宿命、というのがおおよその見解が合致するところであった。

 

 ところが、どうであろう。目の前の少女の成す現実は。

 実戦に出ればベータテスターでさえ持て余したブーストを使いこなし、相応の反復練習が必要とされるスイッチも難なく習得し、あまつさえ成功確率が低いはずの料理でも、この成功率である。

 

 

 

(見れば見る程……“ 得難い逸材 ”って訳か)

 

 

 

 あの出会った初(はじまりの)日、ハルカとコンビを初めて組んで戦った際にも感じた、長年のゲーマーとしての勘がますます強く現実味を帯びてきているのをキリトははっきりと自覚していた。

 ただ強いだけではない。協力プレイの中で必要な相手の動きを見る力も、敵や地形もふくめて状況を理解する力も充分過ぎる程に備えている。

 加えて、今のように一種のサバイバル能力が問われる場面でも特に問題無く順応している。むしろ、清々しいまでに肉を頬張る姿に、キリトさえ驚く位の顔に似合わぬ たくましさを感じさせる程だ。

 

 更に ――――――

 

 

 

(それに何より ――――――――― ハルカには“ 運 ”がついてる……)

 

 

 

 SAOのようなRPG系において、プレイヤーの持つ運 ―――――― リアルラックというものは決して軽視できない要素と言える。

 特に、敵を倒した時に得られるドロップアイテム等に関しては顕著であり、武器や防具を強くするにしても如何に少ない労力で素材を得られるのか、そういった事も生き残る為には重要な事だ。

 ベータ時代にも、とあるクエストでレアアイテムを手に入れようと様々なプレイヤーが挑戦する中、数日かけても全く手に入らない者もいれば、1日であり得ないほど手に入れる強運の者もいた。

 嘘か真は定かではないものの、このSAOでは そういったプレイヤーの“ 運に関するパラメーター ”が“ 個人のナーヴギアを通じて個人によって設定されている ”のではないか、という噂が一時 広まった。

 当時はキリトもふくめ、誰もが眉唾物と思っていたのだが、ハルカを見ていると あながち嘘ではないのではないのか、とキリトは感じていた。見れば見る程、ハルカという少女には生き残る為の“ 何か ”が常人より強く働いている気がしてならない。

 個人の素養さえ及ばぬ、何かを。

 無論、何か根拠がある訳でも無い。完全に思い付きと、こじ付けに等しい直感でしかない。

 

 

 

 

 

(それでも……2人で力を合わせて行けば……きっと……)

 

 

 

 

 

「―――――― キリト君? 食べないの?」

 

 

「っ! あ、あぁ、食べる食べる。アグッ」

 

 

 

 再び思考の渦中に潜っていたらしく、食べかけの肉を持ったまま呆っとしていた。

 キリトは慌てて取り繕うように、肉を一口、二口と食す。

 昨日の事も考え、しばしの間ジッと見ていたハルカだが、特に不審な点は無いと結論付け、安堵の笑みを浮かべながら再び自分の食事も再開させた。

 

 

 

 

 

 それから、特に交わす言葉は無いものの、決して不快では無い静けさの中、2人は食事を続けた。

 

 

 

 

 

 キリトは思う ―――――――――

 

 

 

 大袈裟だとは思いつつも、これまでの誰よりも目の前の少女とは親しくなれたと。

 

 

 

 

 

 だからこそ(・・・・・) ――――――――― キリトは不思議でならなかった(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 こんな ―――――― 自分の目の前で、周囲さえ温かくさせる笑みを浮かべている少女が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――――――― 俺と同じ(・・・・)……いや、あるいはそれ以上に(・・・・・・・・・)辛い身の上(・・・・・)だなんて………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  †     †     †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨晩(11月7日) ――――――――― 少年が、少女にあらゆる感情を吐露した時の事だった。

 

 

 

 少女は、ベッドの上で正座し、座っている。

 そして少年は、その少女の膝の上で頭を乗せ、横になっていた。少女は、そんな自分の足に身を委ねる少年の頭を愛でるように撫でている。その様は、さながら母と子のような慈愛に満ちたものだ。

 少女は、ひたすら絶望を垣間見た少年の心を少しでも癒そうと、その柔らかい黒髪を撫で続ける。その甲斐もあってか、少年の心は少し前に比べれば見違える程に穏やかになっていた。涙も、すでに止まって乾き切っている。

 

 

 

(……………頭、撫でられる……もう中2なのに……っ)

 

 

 

 しかし今度は、なまじ平静に戻った分、現在の自分の状況に恥ずかしさを覚えていた。

 ある意味 仕方の無い流れだったとはいえ、同年代の女の子の胸で大泣きし、今もその少女の膝を借りて横になっている現実は、もう“ 男 ”としての自覚が芽生え始めている年頃の少年には、いささか小恥ずかしい状況だった。

 ならば早く退ければ良いのだろうが、肝心の少女の方は少年の複雑な心情に気付いていないのか、未だに我が子をあやすように手を動かし続けている。

 

 

 

『 今だけは、私の事“ お姉ちゃん ”って思っても良いんだよ 』

 

 

 

 というのが、少女の談である。

 話の中で少年が自分より年下だと知ると、途端に少女は勢いを得て、今に至るのである。彼女も少年に気を遣い、厚意をもって行なっている為にどうにも切り出せないでいた。

 

 

 

(それにしても……暖かいな、ハルカは……)

 

 

 

 ならばと、このまま流れに任せようと、少年は ある意味 開き直った。

 そして、頭から感じる少女(ハルカ)の手と膝から感じる感触に、改めて心地良さを覚える。こうして他人の体温を感じるのは少年にとって、とても久しいものであった。

 家族とすら、こうして接する事は ほとんど無くなっていた。

 

 

 それは ――――――――― 単に、彼が思春期だからというだけではない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「……寝ちゃった? キリト君」

 

 

 

 ふと、ハルカが少年(キリト)に尋ねてきた。眠っている事を想定しての小さめの声だった。

 

 

 

「いや、起きてるよ」

 

「どう? 少しは、落ち着けたかな?」

 

「……だいぶ。もう、そろそろ…」

 

「いいよ。もう少し、このままでも。私は気にしないから」

 

「……解った」

 

 

 

 それなりの時間で今の体勢だった為、良い頃合いだと思ったがハルカの言葉と、その言葉に込められた気遣いを感じ取り、キリトも恥ずかしさと申し訳無さはあるが、もう しばらく このままでいようと再び力を抜いた。

 

 

 

「重くないか?」

 

「全然。慣れてるし」

 

「慣れてる?」

 

「うん。私の妹や弟、それに飼ってる犬とかにも、よく膝枕はしてあげてたから」

 

 

 

 妹弟の事はわずかながら聞いていたが、飼い犬の事はキリトは初耳だった。

 そして、それらの光景を想像してみる。

 家の構造も妹達の顔なども全く解らないが、ハルカを中心に子供達と犬が和気藹々と笑い合う姿が自然と浮かび上がって来る。

 

 

 

「そうか……良い、家族だな」

 

「うん! 自慢の、最高の家族だよ!」

 

 

 

 羨望にも似た感情を混ぜた言葉に、ハルカは最高に幸せそうな笑みで答えた。

 

 

 

「最高……そうだな。家族って、そういうものだよな………」

 

「?……キリト君……?」

 

 

 

 膝枕をしているが故に顔は見えない。

 しかし、今にも消え入ってしまいそうな声色のキリトの様子に、ハルカは言い知れぬ疑問と不安が湧き上がる。

 

 

 

「どうか、したの?」

 

「……いや。ただ、ハルカの家は居心地が良さそうだなって」

 

「キリト君にだって、家や家族はあるでしょ? 妹さんがいるって、確か昨日……」

 

「………うん」

 

 

 

 何やら はっきりしないキリトの言葉は、ハルカの不安をより掻き立てた。

 

 

 まるで、腫物を扱うよう(・・・・・・・)な ―――――――――

 

 

 自分の家族の事を話しているはずなのに、まるで他人の家の事を話している(・・・・・・・・・・・・)ような ――――――

 

 

 気安くその話題に触れてはならない ―――――― 心ではそう思いつつも、それでも不安が勝ってしまったハルカは、無神経を承知の上で尋ねた。

 

 

 

 

 

「家族と ――――――――― 何かあったの……?」

 

 

 

 

 

 キリトの体が一瞬 震えたのを、ハルカは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「………どうして……?」

 

「……何となく」

 

 

 

 確信があった訳ではなかった。

 しかし、デスゲーム前から戦っている時はまだしも、そうでない時のキリトにはどこか距離を置かれていると感じる部分が多々 見受けられていた。

 

 単純な“ 人嫌い ”とも違う ――――――――― いわば“ 人との接し方が解らない ”とでも言うべき距離感だとハルカは感じていた。

 

 そしてキリトの言葉から推測し、そういった事になる要因となれば、と真っ先に考えられたのが先の問いだった。

 そして、その勘はどうやら当たっているらしいと確信を得たのだった。

 とはいえ、詳しい事はそれ以上 解らなかった。色々と想像は浮かぶが、断言できるにはハルカはまだまだキリトの事を知らない。

 本当なら、知る必要は無かっただろう。しかし、1度 踏み込んでしまった以上、今更 引き返す事は不可能だ。

 加えて、キリトの心は今は落ち着いているが、それでもまだ不安は残っている。もし、ここで話を聞いて少しでも心を和らげられるのなら、とハルカは敬愛する桐生の姿を想いながらキリトの言葉を待った。

 

 

 

 1、2分は経っただろうか。

 

 

 それなりに長い沈黙の後、キリトは不意にむくり、と起き上がった。

 影が差したように見える背中、そして足から消えた体温が、ハルカに固唾を飲まさせる。

 静かに、キリトがハルカの方を向く。その眼は、不安と恐怖に怯える子供のようであり、それでも視線はハルカから外さずにいる。ハルカも、それに応えるように眼を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の家族、さ ――――――――― 本当の家族じゃない(・・・・・・・・・)んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして ――――――――― はっきりと、そして控え目に、彼は告げた。

 

 

 少なからず、ハルカは瞠目した。

 それでも、何の驚きの声を上げなかったのは、決して何とも思わなかったからではない。

 むしろ、一瞬でその言葉の意味(・・・・・・・)を理解し、同情した位だ。ただ、沈黙の間に想像した中の1つが答えだった、というだけである。

 

 

 

「……それって、つまり………」

 

「……ハルカなら、何となく察しただろう? 確かに俺は、両親と妹の4人で暮らしてる

 

 

でも ―――――― みんな、実の親兄妹じゃない……厳密に言えば、叔母夫婦と従妹なんだ」

 

 

 

 そこまで聞いて、ハルカはキリトが抱える おおよその悩みが解ったような気がした。

 

 キリトは、更に言葉を続ける。

 

 

 

「それを知ったのは偶然だった。4年前 ―――――― 俺は趣味が高じて、ある行動に出たんだ」

 

「行動?」

 

「《 ハッキング 》だよ」

 

「えっ……!?」

 

 

 

 予想外の答えに、ハルカは咄嗟に言葉が出ず絶句する。

 

 

 

「そ、それって犯罪なんじゃ……」

 

 

 

 ハッキングの言葉の意味くらいは、ハルカも知っている。そして、それが社会的には犯罪行為に当たる事も。

 厳密には、犯罪行為に該当するその行為は《 クラッキング 》と呼ばれている。

 本来は“ ハードウェア・ソフトウェアのエンジニアリング ”そのものを広範に意味するハッキングとは趣が異なるのだ。

 とはいえ、現在では犯罪行為に手を染める者達が自分から《 ハッキングする者(ハッカー) 》を名乗り、それが世の中で定着してしまった為、ハルカの言葉も決して間違いでは無い。

 

 

 

「まぁ、な。それでも当時は本当に子供だったし、自分に出来る事をとことんまでしてやろうっていう自分勝手な欲望に任せて、嬉々としてパソコンを弄ってたのを覚えてるよ」

 

 

 

 当時を思い出し、自嘲しながら話すキリト。彼にとっては、今や黒歴史に近い事なのだろう。

 また、ハルカはそれよりも当時 小学生だったはずのキリトにそんな高度な技術があったという事に驚きを隠せなかった。年齢の割に落ち着き払って見えるのは、そういった事もあるのか、と変に納得もした。

 

 

 

 そして ―――――― すぐに笑みは消え失せ、落胆とも怒りともつかない表情が代わりに浮かぶ。

 

 

 

「それが、取り返しのつかない事に繋がるなるなんて ――― これっぽっちも考えなかった」

 

 

 

 後悔 ―――――― そんな感情が言葉となり、そのまま口から放ったようだった。

 

 ハルカは何も言わず、ただ続きを待った。

 

 

 

「ハッキングは成功した。やったのは、地元の《 住基ネット 》だ。よく解らない所に侵入するよりは、自分や家族の事が、よそではどういう風に書かれてるのかなって思ってやったんだ。そうやって、自分の家族の名前や経歴なんかを見ている時……ある“ 違和感 ”に気付いたんだ」

 

「違和感?」

 

「それなりにコンピューターの知識が無いと解らない、ほんのちょっとの違和感(もの)さ。今 思えば、ネットに侵入できた時点で満足して引き揚げれば良かったんだ。でも、どうしても気になってそうしなかった。そうして、もっと深い所まで調べて行った。

 

そうして俺は ―――――― 見付けてしまったんだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 キリトは言った。

 

 

 

 

 

 それは ――――――――― “ 1つの家族の抹消記録 ”

 

 

 日付は、当時のおよそ10年前。

 

 

 そこには、とある夫婦(・・・・・)が死亡した事。

 

 

 その夫婦の妻の旧姓が、自分の母の旧姓と同じ(・・・・・・・・・・)だった事。

 

 

 その夫婦には、当時 赤子だった1人の息子(・・・・・)がいた事。

 

 

 そして、その赤子は死亡した夫婦の妻の妹に養子縁組された事。

 

 

 

 それらを見た時 ――――――――― わずか10歳だった少年は、全てを悟ってしまったのだ。

 

 

 

「………“ 我が目を疑う ”ってのは、ああいう事を言うんだろうなって、今なら思うよ。まさか、自分の家族は実の家族じゃなくて、本当の両親は俺が赤ん坊の時に、もう死んでたなんてな」

 

「………」

 

「すぐに、丁度 休みで家にいた両親に問い詰めたよ。まさか、まだ幼かった子供がハッキングをして、そんな裏を取るなんて本当に予想外だったみたいだった。普段は滅多に狼狽える様子も見せない親が、その時ばかりは碌に場の空気も取り繕えないのは、色んな感情を通り越して笑いそうになった。とは言え……その両親の姿が、結局 “ 答え ”になった訳だけども、な」

 

 

 

 それから、キリトの声のトーンは徐々に落ちて行く。

 

 

 

「最初は、それほど変わった事は無かった。今更いなくなった人間の事を考えても仕方無いし、人として問題のある両親、何て事も無かった。だから、最初は何も気にならなかった。でも、時が経つにつれて言葉じゃ言い表せない“ 違和感 ”が徐々に大きくなって、中学に上がる頃には本当にどうしようも無い位に肥大化して行って……」

 

 

 

 その年頃は、いわゆる《 思春期 》と呼ばれる時期だ。

 難しい年頃なのは間違いない。明確に人としての“ 自己 ”が確立するかどうかの時期でもあり、その時期に真っ当な生き方が出来なければ、大人になっても社会に適応できるかは不鮮明になってしまうと言っても過言では無い。

 そして、そのような大事な時期に、彼は複雑な自らの境遇を知ってしまった。

 元来 不器用な性格だったのだろう。理屈では解っていても、心が納得するには何かが足りなかったのだ。

 

 

 

「……いつからか、俺は自分が“ 何者 ”なのか、解らなくなった。本当に、自分は家にいて良いのかも。家族が家族ともはっきりと思えなくなって、次第に俺は、会話すらも満足に会話もしないようになった。その末に のめり込んだのが、ネットゲームさ」

 

 

 

 大きく、溜息を吐く。犯罪者が自らの罪を自白した後のような、重い息だ。

 おそらく、長年 誰にも話した事がないであろう事を語った後である、無理もないだろう。

 

 

 

「もしかしたら……今の俺の状況は天罰なのかもな」

 

「天罰……?」

 

「今の今まで育ててもらった恩も忘れて、自分の殻に閉じ籠って、みんなを蔑ろにした、な」

 

 

 

 そう言い、キリトは頭を垂れて俯いた。

 今の彼の心境は、言葉にするにはあまりにも複雑で、大きな葛藤が渦巻いたものだろう。

 傍目に見て、誰もが思える沈痛な姿だ。助けが必要な手負いの姿、しかし近寄り難い、話し難い雰囲気さえ醸し出している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――― キリト君」

 

 

 

 

 

 しかし ――――――――― 少女は、決して臆する事無く進み入った。

 

 

 名を口にするや、右手を伸ばし、俯いた頭を撫でる。

 

 

 

「あんまり、自分を責めちゃ駄目だよ」

 

「ハルカ……?」

 

「キリト君だって、キリト君なりに充分過ぎるほど悩んだんでしょ? だったら、これまでの行為は、ある意味 仕方の無かった事だったんだよ。そんな誰もが、簡単に受け入れられる問題じゃ無い」

 

 

 

 義理だったとはいえ、親兄妹を拒絶したキリトを責めるでも無く、結果の行動を軽蔑するでも無い。ただ、優しく受け止める言葉だった。

 少なからず、キリトは動揺する。ハルカの性格から考えられる言葉だとは言え、いざ言われると反応に困るのだろう。

 

 

 

「でっ……でも……」

 

「私にはね、はっきりとは言わないけど、キリト君の気持ちが解る(・・)の。親がいない寂しさ、自分の居場所が不安定な、怖さも」

 

「えっ……」

 

 

 

 自然と、声が漏れた。

 

 

 ハルカが言った言葉 。

 

 その“ 意味 ”を、おぼろげながら理解してしまったから。

 

 

 

「ハルカ……それって………」

 

 

 

 今の言葉は、決して適当に言ったものではなかった。

 

 もっと根本的から ―――――― それこそ、同じ立場の人間(・・・・・・・)が言ったような説得力が宿っていた。

 

 

 それは、つまり ―――――――――

 

 

 

 

 

「私も ――――――――― 本当の両親はいないから」

 

 

 

 

 

 キリトは、口が自然と開くのを感じた。

 閉じる事が出来ない。体中の力が脱力していた。

 

 ハルカから目を逸らす事も出来ない。否、してはならないと本能が察しているのかもしれない。

 

 その眼は、わずかに悲哀に染まっているよう見える。

 

 それでも、合わさるその大きな瞳には彼女独特の力強さが宿ったままだ。

 

 

 困惑する様子を見て、ハルカは小さく笑う。

 

 

 

「驚いた?」

 

「……正直。って言うか、何で……」

 

「話したのかって? だって、キリト君は話してくれたじゃない。だったら、私も話さなかったら不公平でしょ?」

 

「でも、だからって………」

 

 

 

 決して、簡単な問題では無い。

 人間は通常、周りと“ 異なる ”事を恐れ、そして蔑む傾向がある。

 

 能力が周りより劣っていたら

 

 先天的、あるいは後天的に五体不満足だったら

 

 家庭に事情を抱えていたら ―――――― 例を挙げても枚挙に暇は無いだろう。

 

 だからこそ、キリトとて そういった視線を恐れて学友や教師にも悩みを打ち明けられず、自分の内側で燻らせる他無かったのだ。

 にも かかわらず、ハルカはキリトにあっさりと自分の境遇を打ち明けた。いくら仲間で、キリトも先に自分が抱える内情を話したとは言えである。

 今この瞬間、キリトは自分とは あまりに違うハルカという人間を量りかねていた。

 そんなキリトの心情を、おそらく解った上で、ハルカは続ける。

 

 

 

「それじゃあ、どうしてキリト君は話してくれたの?」

 

「えっ……」

 

「そう言うって事は、キリト君は今まで、誰にも相談して来なかったって事でしょ? それなら、どうして私には話してくれたの?」

 

「それは……」

 

 

 

 キリト自身、どうして4年間 誰にも相談できなかった事を、昨日 出会ったばかりの少女に打ち明けたのか、不思議だった。

 精神的に相当 参っていた事もある。しかし、決してそれだけでは無い。

 

 これだけは、はっきりしていた。

 

 

 

「……ハルカになら、話しても良いかな、って…そう、思ったから……」

 

 

 

 恐る恐るといった感で言うと、ハルカは にこり、と微笑んだ。

 

 

 

 

 

「それってつまり、私の事“ 信頼してくれてる ”って事でしょ?」

 

「っ………」

 

 

 

 思わず声が漏れる ―――――― そして、形容し難い感覚が走った。

 

 つっかえが取れ、流れがスムーズになったような

 

 たった1つだけ欠けていたパズルのピースを埋めたような、清々しいまでの感覚が。

 

 

 

 その瞬間、キリトは はっきりと自覚した。

 

 

 目の前の出会って間も無い少女に、既に不思議なまでの信頼を寄せている事を。

 

 

 

 クラスメイトや教師はおろか、一緒に住んでいる人間さえも満足に信じられなくなっていた自分がである。

 まるで漫画のようだと他人事のように思いながら、それでも間違い無く自分の感覚である事は理解して。

 そして目の前の少女は、自分が無意識の内に寄せた信頼に真摯に応えようと言うのである。

 胸の奥が、熱を帯びたように熱くなる感覚を覚える。

 

 

 そんなキリトの様子を見て、ハルカは何も言わずとも察した様子だった。

 

 

 そして、キリトが打ち明けたように、自分も打ち明ける ―――――― 自らの境遇を。

 

 

 

「私はね、物心ついた時から養護施設で育ったの。当然、周りの子達も親を亡くしたり、行方不明だったりでそこに入って来る人達ばかりだった」

 

「物心、ついた時から……」

 

「うん。だから、当然 寂しさはあったし、近所の子達にその事をからかわれた時もあった。

でも何も間違った事は言ってないし、他のみんなも似たような境遇だから、自分だけ悲しむ訳にもいかないって思って暮らしてた」

 

「………」

 

「それから、私が小学生になって、私宛に手紙が届くようになったの」

 

「手紙?」

 

「うん、お母さんから。届けてくれたのは、お母さんのお姉さん」

 

「伯母さんが……」

 

「……手紙は、月一で送られて来た。今、自分がどこで何をしているのか、学校では上手くやってるのか、とか、色んな事を聞いたり尋ねたりして、やり取りを楽しんだかな。それから、私にってお土産も一杯 送ってくれてね。

嬉しかったよ。お姉さんも、手紙を届けてくれるかたわら、凄く良くお話ししたり、遊んでくれたりしたし。

でも……そんなやり取りを重ねる内に、疑問も感じた。どうして、手紙を送るくらい私が気になるなら、いっその事 迎えに来てくれないのかって。事情があるってのは聞いて解ってるつもりだった。でも、やっぱり私はお母さんに会いたいって願った。もし、もっと わがままが叶うなら一緒に暮らしたいって」

 

 

 

 当時の心境を語るハルカの語調は、自然と強いものになっていた。

 その時の気持ちの強さが、如何ほどだったのかが窺い知れた。

 

 

 

「それで、6年前の12月 ―――――― 私が9歳の時、ある決心をしたの」

 

「決心?」

 

「お母さんに、会いに行こうって」

 

「……会いに行こう(・・・・・・)……?」

 

 

 

 キリトは、ハルカの言葉の違和感を聞き逃さなかった。

 

 

 

「それって………」

 

「うん……一言で言うなら“ 脱走 ”……かな。先生にも、みんなにも黙って外に出たの」

 

「なっ……!?」

 

 

 

 キリトは思わず声を出して驚いた。

 感情に身を任せて大人も驚くほどの行動を見せるのは、小さい子供なら特段あり得ない話ではない。現に、キリトとてハッキングという、ある意味ハルカ以上の奇行を見せた人物だ。

 それよりも驚いたのが“ ハルカが ”その行動を取ったという事である。

 キリトが知る限り、ハルカは礼儀も弁えた本当に女の子らしい少女だ。今より幼かったとはいえど、そのようなアグレッシブな行動を取ったというのがどうにも信じ難かった。

 

 

 

「信じてないかもしれないけど、本当だよ? まぁそれは置いといて、私が持っていたお母さんの手掛かりは“ 神室町でお店を開いてる ”って事だけだった。幸い、施設から さほど離れてる訳じゃ無かったし、意を決して飛び出してったのを覚えてる」

 

「そ、そうか。でも、確か神室町(かむろちょう)って……」

 

 

 

 キリトも、その街の名前や噂くらいは知っていた。ネットでも有名だったからだ。

 お世辞にも、良い噂はほとんど聞かない。特に2000年代に入ってからは事件が頻発し、暴力事件、強盗、詐欺、乱闘など“ 人が成し得る犯罪で起こらない事は無い ”と言われる程、神室町という歓楽街の噂は血生臭いものばかりだった。

 そう考えると、ハルカの取った行動はより拙いものだったのは想像に難くない。キリトの言葉を聞き、自らを戒めるような頷きの仕草が、それをより明確にしていた。

 

 

 

「うん、危険な場所だった。少なくとも、子供が1人で出歩いて良い場所じゃ無かった。ちょっと歩けばケンカやカツアゲの現場は目撃するし、ギャングやヤクザも彼方此方(あちらこちら)にいたしね。正直、街に着いて1時間もしない内に、帰りたいって思ったよ」

 

「でも、ハルカは そうしなかったんだな?」

 

「うん。それでも、お母さんに会いたいって気持ちは変わらなかった。怖いって気持ちを必死に押し込んで、ひたすら街の人々に聞き込んで、お母さんの情報を集めた。

 

そうして……その中で、私は出逢ったの ――――――――― “ あの人 ”と」

 

「あの人?」

 

 

 

 ふと、語り口を変えて告げたそれに、キリトは関心を寄せた。

 

 

 

「そう……私にとって、ある意味“ 私の人生を変えてくれた人 ”って言っても、過言じゃない」

 

「どういう、人なんだ? その人は」

 

「詳しくは言えないけど、お母さんとは子供の頃から一緒に育った仲だった人。

 

それから……お母さんが、その人生の中で誰よりも愛した男の人だよ」

 

 

 

 その人物を脳裏に浮かべながら話しているのだろう、ハルカの表情はキリトも見た事が無いものだった。

 シリカに向けたような姉妹愛の類とも、彼に見せた慈愛に満ちた、そういった大人びたものとは違う。

 まるで幼子が無条件で父親を慕う時のような、いっそ幼ささえ感じる表情だ。

 

 

 

(ハルカも、こんな表情をするのか……)

 

 

 

 それを見て、どこかキリトは“ 寂しさ ”にも似た感情を抱いた。

 

 本人にもよく解らない、おぼろげな感情だった。

 

 

 

 

「それで、その男の人 ―――――― 私は“ おじさん ”って呼んでるんだけど、その人と一緒にお母さんを探し始めたの。それこそ神室町の隅々まで回って、遂にお母さんに巡り合えたの。

 

 

でも………それからすぐに(・・・) ――――――――― お母さんは、死んだ」

 

 

「っ!?」

 

 

 

 思いもよらない言葉だった。突飛な話の流れに、キリトは驚く。

 

 

 

「すぐに、って……一体、何が……」

 

「……ある“ 事件 ”に、巻き込まれて」

 

「事件………っ」

 

 

 

 2005年12月、神室町 ―――――― そのキーワードから、キリトはある出来事を思い出した。

 

 

 それは、その年、その月に、その街で暴力団同士の抗争が勃発した事だ。

 地域のギャングやマフィア、果てには一般市民までも巻き込んだ大騒動へと発展し、多数の死傷者を出す大惨事となったのだ。

 更に、街を象徴する建造物・ミレニアムタワーで爆発が起こり、唖然とする街の人の上から万札の雪を降らすという、後に伝説の1つとなる珍事まで発生していた。

 当時キリトは わずか8歳だったが、幼かった彼でも覚えている程、世間を騒がせた事件だった。

 

 

 そして、その渦中に幼き日のハルカがいたと言うのである。

 

 

 

「そして……その中で、私を庇って(・・・・・)………死んだの」

 

 

 

 キリトは悟る。きっと、街中に広がっていた悪意が、何らかの形でハルカに牙を剥いたのだ。

 

 

 そして、彼女の母はそれを守った ――――――――― その命を犠牲にして。

 

 

 

 キリトは絶句する。

 当時の事を思い出しているのだろう、絶望を垣間見せるハルカの表情を見て様々な感情が湧き、心が掻き乱される。

 それまで、自分の境遇に対してコンプレックスに思う事はあれど、ハルカ以外に他人に話した事は無く、碌に向き合いもしてこなかったキリトにとって、自分と同じような境遇の人間に対しどのようにすれば良いのか、皆目 見当も付かない事だった。

 

 

 

「そんな顔しないで、キリト君」

 

「えっ………」

 

 

 

 不意に、ハルカはそう言う。彼女の顔には、笑みが浮かんでいた。

 

 

 

「別に、キリト君にまで悲しんで欲しかった訳じゃないよ。私が言いたかったのは、そういう事じゃないから」

 

 

 

 言わんとする事がよく理解できず、疑問の顔を浮かべるキリトに、ハルカは続けた。

 

 

 

「確かに、両親は死んだ。これで、私は全てを失ったんだって、そう思った。

でも、そうじゃなかった ―――――― 私はまだ、全てを失った訳じゃ無かった」

 

「それは……?」

 

「おじさん ―――――― ずっと一緒にお母さんを探してくれた、誰よりも優しい人。まだ、その人がいた。おじさんは、1人になった私を必要としてくれた。だから、私は今まで生きて来られたって、言っても良い」

 

 

 

 その2人の間に、どのような事があったのかはキリトには解らない。

 けれども、赤の他人だった2人が強固なまでの“ 絆 ”を築いていた事だけは理解できた。

 

 

 

「それから、私はおじさんに引き取られて、一緒に生活を始めた。それから しばらくして、おじさんが昔の縁でとある養護施設の責任者になって、私も一緒に沖縄に移った。それで、今に至るの」

 

「沖縄……! じゃあ、ハルカが言ってた“ 兄弟達 ”って……」

 

「うん。みんな血は繋がってない。全員、様々な理由から親を亡くした子供達だよ」

 

 

 

 もはやキリトは、言葉が出なかった。

 ハルカは、自分と同じ ―――――― あるいはそれ以上に辛い境遇でありながら、人との絆を確立し、たとえ血は繋がっていなくとも、自分と同じ境遇の子供達と実の兄弟以上に仲良く接する事が出来ている。

 これまでの彼女の会話を聞いていれば、それがどれだけ彼女に幸せをもたらしているか、自然と解る程だった。

 

 

 

(それに引き換え……俺は……)

 

 

 

 だからこそ、キリトは自分が情けなく思えてならなかった。

 今の家族が実の家族で無いと知るや、時間と共に接し方も距離感も狂い、挙句の果てにパソコンやネットゲームにのめり込み、肝心の家族との時間を疎かにしてしまった。

 考えれば考えるほど、いかに自分と言う人間が小さいのかと、キリトはその心に刻み込まれるように痛感した。

 

 

 

「キリト君」

 

 

 

 消沈しているキリトに、ハルカは そんな思考を止めるように声をかける。

 

 

 

「ハルカ……」

 

「また、顔が暗くなってたよ。多分、キリト君の家族の事とか、自分の事とか考えてたんでしょ」

 

「………」

 

「そう考えてしまうのは、解るよ。“ あぁしておけば良かった ”とか、色々後悔するのは仕方の無い事だもの。でもね、昔の事を どうこう考えるよりも、キリト君には“ これから ”の事を考えてほしいと思う」

 

「これから……?」

 

「キリト君、もしかしたら不安なんじゃない? もしSAO(ここ)から出られた時、家族とどうすれば良いのか」

 

 

 

 ハルカの推測は、間違ってはいない。

 ただでさえ、同じ家にいるだけで、本来あるべき家族同士の接し方を忘れていた関係だったのに、このような事件に巻き込まれる事になって、いざ帰った時にどのようにすべきなのか、キリトには解らない事だったのだ。

 反応から、図星である事をハルカは察する。

 

 

 

「……私の勘だけど、そこまで悲観する必要はないと思うよ」

 

「えっ? で、でも……」

 

「人間ってね、傍目には拗れたように見えても、実際は そうでもない事が多いんだ。大抵、各々が勝手に考える想像で勝手に距離を置いて、すぐにでも解決できるのに、時間と共に そうはいかなくなる、とかね。人間、よっぽどの事が無ければ、絆が完全に壊れるなんて事、そうそう無いよ」

 

 

 

 相変わらず、キリトと1つしか違わないはずのハルカは、まるでその何倍も生きてきたような経験や達観に満ちた言葉を口にする。

 キリトには知る由も無いが、彼女の育ての親である桐生や、彼を中心に絆を はぐくんで来た人々との経験から、彼女は年齢にそぐわぬ感性を得ていた。

 その結果、人間のどうしようもない醜さを認める心をも持ち、同時に何があっても人の心を信じる事の大切さも理解していたのだ。

 ハルカは続ける。

 

 

 

「だって、キリト君は今の今まで普通に暮らせて来たんでしょ? それって、キリト君が考えるように関係が壊れているんなら、そうはいかないんじゃない?」

 

 

 

 その言葉は、道理と言えた。

 人が人を育てる事は決して簡単な事では無い。金銭的にも、精神的にも否が応でも負担を強いられる事柄である。ましてや、キリトのように学生の子を抱えているのであれば尚更だ。

 更に言えば、キリトはパソコンやネットゲームを趣味・嗜好としている。これは、子供が持つ趣味の中では中々に高価なものだ。当然、その通信費や電気代をキリトが自分で払う、何て事は決してない。たかだか中学生に、そのような事は不可能と言って良い。

 それさえも親は、嫌な顔1つせず、許容してくれていた事実を改めて認識し、キリトの心に沈殿していた罪悪感が和らぐのを彼は感じ始めていた。

 だが、それだけではまだ不足とハルカは感じ、更に言葉を紡ぐ。

 

 

 

「それにね、何よりキリトくん自身が、家族の事を想ってるよ」

 

「俺が……?」

 

「自分の言葉を思い出してみて。家族の事を話す時、キリト君は“ 両親 ”や“ 妹 ”って、ちゃんと言ってるでしょ?」

 

「っ!!」

 

「本当に、家族の事を蔑ろにしてるなら“ あの人達 ”とか、もっと他人行儀に呼ぶはずだよ。直接的にとはいえ、血が繋がってないなら、尚更。でも、キリト君はそうは呼ばない。それって、心の底ではちゃんと“ 家族 ”って認めてるって事じゃないかな?」

 

「あ………」

 

 

 

 その言葉は、キリトの心に溶け込むように入った。

 

 そして、腫瘍のように凝り固まっていた胸の(つか)えが、音を立てて溶けていくのが解る。

 

 

 

 

 

 彼はこの瞬間、強く自覚した ―――――― 自分は、あの家族の事が本当は好きだった、と。

 

 

 

 

 

 キリトは、頬に伝うように流れる熱を感じる。

 

 それが、涙であるとすぐに自覚した。

 

 それを、止めようとは思わなかった。

 

 

 これは証 ―――――― 自分と家族との絆を示す、大事なものであると解っていたから。

 

 

 

 ハルカも、キリトの涙を見て一瞬 驚いたが、それが悲しみによるものでないと即座に理解し、同時に自分の考えで彼に確かな手応えを与えられたと感じ取った。

 

 

 

「和解……出来る、かな……?」

 

「出来るよ。今のキリト君なら、きっと」

 

 

 

 静かに涙を流すキリトの手に、ハルカはそっと自分の手を重ねた。

 2人は、目を合わせる。

 

 

 

 

 

 ――――――――― 片や。優しさと、力強さを宿した瞳。

 

 

 

 ――――――――― 片や。涙で潤わせながら、確かな決意と覚悟を固めた眼。

 

 

 

 

 

「キリト君」

 

「あぁ」

 

 

 

 

 

 そんな2人の思い至る事は、決まっていた。

 

 

 

 愛する家族と再会する為 ―――――――――

 

 

 

 現実世界で喜びを分かち合う為 ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「 絶対 ――――――――― 生きて帰ろう 」」

 

 

 

 

 

 2人は、強く誓い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――― おじさん……みんな……私、頑張るよ。絶対 生き抜いて、キリト君も守ってみせるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も…………守る……から……」

 

 

「キリト君?」

 

 

 

 声がしたので、ハルカが見るとキリトが仰向けになって眠っていた。

 食事も終わり、腹も膨れたので休んでいたのだが、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

 先程の声は寝言らしく、ハルカには よく聞こえなかった。

 

 

 

(……ま、いっか。ふふっ)

 

 

 

 気にはなったが、年相応の寝顔を見せて眠る彼を見てハルカも自然と顔が綻び、詮索はしない事とした。

 その上で、今のように安心したに眠っている事、その姿を自分に見せている事にこの上無い嬉しさを感じていた。自分が寝姿を見せられる程に信頼されている事、そして心に負っていた傷を癒してあげられた事は、年上としての責任感が強いハルカにとって、とても心地良いものだった。

 

 そして、ハルカはウインドウを操作して《 質素な毛布 》というアイテムを出した。それを折り畳み、そっとキリトの頭を持ち上げ、その下に敷く。さすがに地面に直で寝るのはあれだと考えての行為だ。春の暖かさには敵わないが、少々の時間なら寝ても大丈夫の気温だと判断し、そのまま見守る事とした。

 

 

 

「おやすみ、キリト君」

 

 

 

 家族と離れ離れになったハルカにとって、それは大きな弟を得たように気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 そんな様子を、遠くから見る“ 影 ”がある事を、2人は気付く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 11月9日 】

 

 

 

 

 

 この日、キリトとハルカはホルンカを発ち、南西の方角へ向かっていた。

 昨日の内に更にレベリングを重ね、キリトは11に、ハルカは9になった。その頃になると、ホルンカ周辺の敵では満足の行く経験値が得られなくなってきた為、キリトは次のフィールドへの移動を提案、ハルカもそれに同意した。

 そしてアイテムや装備を整え、昼前には村を出発した。

 その後、道を塞ぐモンスターを協力して蹴散らしながら、2人は次なるフィールドへと足を踏み入れる。

 はじまりの街やホルンカ周辺とは異なる、岩肌や乾いた土砂が目立つ場所だった。

 

 

 

 

 そのフィールドは、名前を《 死者を誘う峡谷 》という。

 

 

 

 

 

「ハルカ、足元 気を付けろ」

 

「うん、解った」

 

 

 

 谷に入り、しばらくは道なりに進んでいたが、途中でキリトが数メートルはある崖を上ろうと言い出した。

 

 曰く、この先のエリアには雑魚とは比較にならない強敵が待ち構えているらしい。

 そして、キリトが指定した崖を上ると、そこはちょっとした“ 隠し通路 ”に通じており、そこを進んで行くと待ち構えている敵の姿が見下ろせる場所に出るという。

 

 ザコならば、最初から湧出(ポップ)しているか進んでいたら不意に出現するかのどちらかだが、強敵の類となれば“ 出現地点に近付くと出現 ”に限られる。

 そして今回の方法を使えば、その敵の察知範囲外で出現させる事が出来、そうする事で戦わずして敵の事前情報を調べる事が出来る、という訳である。

 一応、キリトもベータテストの時に戦った事があり、加えて これまでのベータ時との違いは、せいぜい出現間隔や耐久値くらいの為、内心では“ 念の為 ”という意識も強い。それでも、今は初見のハルカもいる為、初心に帰り行動に出たのだ。やはり、基本は大切なのである。

 

 

 崖を上ると、そこは下と打って変わって木や草が生い茂っている。人が入れば見逃しそうな位だ。

 

 

 

「行こう、こっちだ」

 

「うん」

 

 

 

 ハルカも上り終えたのを確認し、キリトは行く方向を指して歩を進めた。

 と言っても、別に木々の中に入る訳でも無く、崖に沿って進んで行けば良いだけである。それでも、敵の奇襲で崖から転落すれば大事なので、油断は禁物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 そうして進む事 数分。

 不意に、キリトが何かに気付いたようだった。

 

 

 

「どうしたの?」

 

「ハルカ、索敵を」

 

「え?」

 

「それで、前方の草むらの方」

 

「う、うん」

 

 

 

 キリトに言われ、ハルカも索敵スキルによるスキャンを行なった。そして、言われた方に視線を注視させてみる。

 

 

 

「あっ」

 

 

 

 “ 何か ”に気付き、ハルカも声を上げた。

 

 キリト達の前方 ―――――― そこは、目的地の中ボス出現エリアを見下ろせる場所だった。

 そして、そこの崖先の所に《 グリーンカーソル 》 ―――――― すなわち、プレイヤーの反応が3つあった。木や草むらの陰にいた為、視認しにくかったのだ。

 どうやら、先客がいたらしい。

 

 

 

「私達の他にも、来てたんだね」

 

「みたいだな」

 

 

 

 “ はじまり ”から3日目に入り、ホルンカにもプレイヤー ―――――― おそらくベータテスター ――― がちらほらと散見できていたので、自分達が出発する前に先に出ていたとも充分に考えられる。

 そして、キリトは察する。

 この場所は、初見ではまず発見できない場所だ。ベータ時でも、キリトを ふくむ前線組が中ボスに手こずっている間、暇を持て余した他のプレイヤーが偶然にも発見したのである。

 

 

 

(あの3人 ―――――― 少なくとも誰かは、ベータテスターなのは間違いないな)

 

 

 

 キリトは、そう判断した。

 

 

 

 そして、その時だった。

 

 

 

 

 

 崖下の方を向いていた3人が、2人の方へいきなり振り向いたのだ。どうやら、向こうも索敵スキルを持っているようだった。

 一瞬、両者の間に緊張が走ったが、向こうは相手がモンスターと思ったのか、2人の姿を見て安堵した様子を見せている。敵意は無いと見せる為か、3人は草むらから出て、はっきりと姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その中の1人 ―――――― 腰に片手剣を携えた、青色の髪の青年(・・・・・・・)に2人は目を引かれた。

 

 

 

 

 

 

 





という訳で、第3部の1話目の終了です。

相変わらず、女の子には何かと縁のある我らが『 黒の剣士 』様です(笑)とはいえ、まだまだ皆様が思うような展開にはならない予定ですので、そこは御安心(?)下さいませ。


次回は、キリュウSideとハルカSideを織り交ぜながらの話です。次は少し多めに戦闘シーンを描く予定ですので、再び気長にお待ち下さいね。

では。





《 モンスターハンティング・シリーズ 》


もはや説明は不要であろうが、言うまでも無く元ネタは《 モンスターハンター 》
この世界にも似たようなゲームが存在し、ナーヴギアが出るまでゲーム界で大人気を誇っていた、という設定。キリトも小さい時からやっており、その頃から自キャラを黒ずくめにしていた。




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