SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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どうも、具足太師です。

もう夏も すっかり終わっちゃいましたね。仕事が忙しくて休みの日にのんびり書いてたら、3か月も間が空いちゃいました(汗)
毎度の事ながら、楽しみに待っててくれてる人には本当に申し訳ないです。


ともあれ、本編をどうぞ。






『 旅立ちの時 』

 

 

 

 

 

【 11月8日 早朝 】

 

 

 

 

 

 脳内に直接 響くように流れるアラームで、キリュウは目を覚ました。

 

 寝起き特有の気怠さを押し退けながら、横になっていたベッドから上体を起こす。掛布団から出た事で、籠っていた熱で温もっていた上体には、11月の朝の冷えは少々 堪えるものだった。

 しばし無言で座りながら、徐々に意識を覚醒させていく。記憶の再構成も進み、ここが現実ではなく、SAO内の宿屋の一室である事も思い出していく。

 

 

 

 

 

(―――――― 一夜が明けた……か)

 

 

 

 

 

 ここは、はじまりの街の一角にある宿屋の一室。

 

 

 まだ日が昇り切らず、やや薄暗い窓の外の風景を見ながら、キリュウは心中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桐生 一馬(キリュウ)真島 吾朗(マジマ)がSAOに突入(ダイブ)してから、およそ半日。

 

 

 ダイブして早々、彼等は(ハルカ)の事を知ると言う2人の人間と出逢う事に成功した。

 

 1人は、20代前半と思しき青年・クライン。

 

 もう1人は、小学生か中学生と見られる少女・シリカ。

 

 2人共、デスゲームが開始された日に行動を共にしていた。更にもう1人、キリトという中学生くらいの少年もおり、こちらは現在、ハルカと共に行動していると言う。

 キリュウにしてみれば、いささか想定外の事態だった。まさか、普段から穏やかで争い事も嫌う彼女が、安全な街から出て危険 極まりないフィールドへ自ら繰り出しているなど、思いもよらなかったからだ。

 すぐにでも後を追おうと試みたが、それはクラインらに止められた。

 曰く、夜になるとモンスターが強くなり、危険度が大幅に増すのだと言う。そもそも、ログインしたてで武器すらも持っていなかったキリュウらにとって、すぐにフィールドへ出るなど危険以前に自殺行為でしかなかった。

 故に、すぐにでも出立したい逸る気持ちを抑え、まずは準備を整える事にしたのである。

 そうして、その日は今後の予定を組むところまで進め、ひとまず休息を取る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前日の出来事を回想しつつ、キリュウは視線を端の方へ向ける。そこに表示されている時計には、朝の6時過ぎとあった。

 

 

 

時間まで(・・・・)は、まだ余裕があるな)

 

 

 

 前日、キリュウらは朝8時にクラインからレクチャーを受ける約束を取り付けていた。今日の内に基本的な事を一通り教わり、しかる後に準備を整え、フィールドへと出る算段である。

 

 一応、メインメニューを開けば攻撃の仕方から買い物の仕方まで様々な情報を載せている《 リファレンスマニュアル 》なるものがあるのだが、あまりに情報量が多いのと、体を動かす事については文章を見るよりも実際に動いているものを見る方が上達が早いと言う自論から、クラインに頼む事にしたのだ。

 もっとも、クラインも初心者に近い人物であり、彼もキリトという経験者(ベータテスター)から学んだクチではあるが、それでも多少なりとも経験があるのは大きく、何より他に頼めそうな当てが無いのが実情であった。

 人が人なら無茶とも言える頼みだったが、クラインは二つ返事で承諾してくれた。彼の性格によるものなのか、それともハルカが関係しているからなのか、詳しい事は解らなかったが、キリュウらにとって渡りに船なのは間違いなかった。

 

 

 

「んごぉ~~~~……んごぉ~~~~……むにゃむぅ……」

 

 

 

 ふと、先程から大きなイビキを掻いて爆睡しているマジマを見やる。

 イビキもそうだが寝相の悪さも凄まじく、掛布団すら床に落としている様は、まるで行儀も満足に知らない幼子のようにも見える。

 もっとも、長年の付き合いでマジマのそういった面を熟知しているキリュウにとって、それらは特にどうも感じる事ではない。むしろ、こんな状況においても現実と全く変わらぬ様子でいる豪胆さに、一種の感服すら覚える程だ。

 

 

 

(ふっ……流石はマジマの兄さん、だな。これほど頼りになる(ひと)も、そうそういないな)

 

 

 

 心の底から そう思いながら、キリュウはベッドから降り、静かに部屋を後にして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝室を出たキリュウは、1階へと降りて来ていた。朝の洗顔と、喉を潤そうと思った為だ。

 この宿屋は最下層の、それも比較的 安い物件であった為、個室ごとに洗面台は用意されておらず、洗顔は1階にある大衆用の洗面台を用いなければならない。人によっては面倒に思える仕様だが、子供の頃は孤児院で過ごしていたキリュウにとっては、そういった事は特に苦にも面倒にも思わない。また幸いと言うべきか、タオルだけは部屋ごとに置かれている。そこは、女性を始めとする清潔感を重んじるプレイヤーに対しての細かい心配りといったところであろう。

 

 

 

「おはようございます、キリュウ様」

 

「あぁ、おはよう。すまないが、水を一杯もらえるか」

 

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

 

 

 そして顔を洗った後、キリュウはカウンターにいる初老男性のNPCに水を所望した。1階の この椅子やテーブルが並べられたロビーは食堂のような働きもあり、頼めば飲み物や食事も出てくるようになっている。

 ちなみにキリュウが頼んだ水は無料(タダ)である。欲を言えば緑茶かコーヒーが欲しいところなのだが、生憎、嗜好品とも言える類の物はないようである。所詮は最下層、最初のステージというところだろう。武器や武具といった物は ともかく、嗜好品と言うべき物の品揃えはお世辞にも良いとはいえなかった。

 昨晩、クラインに案内されてこの宿屋に着いた際、寝る前に何か食べようと適当に安い物を頼んだら、どう取り繕っても“ 美味しい ”とは到底 言えない物が出て来たのは、まだ記憶に新しい。食欲は人間が持つ欲求の中でも特に重要なものだと、否応無く再認識させられたものだ。

 

 

 

(文句ばかりは言ってられないが……これは少しばかり、先が思いやられるな……)

 

 

 

 提出された水を喉に流し込みながら、キリュウは心の中で愚痴る。

 ハルカを救い出すまでは、どんな事があろうと諦めるつもりは毛頭ないという強い覚悟は既に固めているが、こと食に関して ここまで悲しいものがあるのを見ると、一抹の不安ばかりは拭い切れないのが本音であった。今後、上の階層への道が開いたら、その先に少しはマシな食事がある事を祈るばかりである。

 

 

 

「……ん? あれは……」

 

 

 

 物思いに耽りながらコップ片手に窓の外を眺めていた時だった。

 

 キリュウは、視線の先に見覚えのある“ 人影 ”を見付ける。

 

 

 

(あの後ろ姿は……シリカか? もう起きていたのか)

 

 

 

 特徴的な茶髪のツインテールに、赤いリボン、それに小柄な体格は、顔は見えずともシリカに間違いないと判断できた。

 外に植えられた木の四方に置かれているベンチに座り、何をするでも無くただ座り尽くしている。普通なら、それだけで何ら気にする事はないと思えるものだが、現在は状況もあまりに特殊と言えるものである。

 

 加えて、キリュウの目にはその後ろ姿が元の体格以上に小さく(・・・・・・・・・・)、かつ酷く脆そうに見えてならなかった。

 

 

 

(……杞憂ならそれで良いが。ちょっと、話を聞いてみるか)

 

 

 

 一度 抱いた悪い考えは、簡単には拭えない。そしてキリュウは、それを無視できるほど器用でもない。

 

 残った水を全て飲み干し、空になったコップを机に置いて、玄関へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出ると、やはり11月の早朝という事もあって少しばかり肌が震えそうになる位に冷えた空気が流れていた。身を引き締め直すと、改めてシリカの方へと歩を進める。

 辺りは喧噪も聞こえず静かで、扉とベンチとは距離も そんなに離れていないのだが、シリカは扉が開いた音にも、自身に近寄る足音にも反応する気配はない。

 

 

 

「おい、シリカ」

 

「………」

 

 

 

 一言、声を掛けるも、反応がない。未だに俯き加減のままである。

 

 

 

「おい、シリカ」

 

「えっ? あっ……キ、キリュウ、さん。ご、ごめんなさい、気付きませんでした」

 

「いや、良いんだ。俺も、脅かしてすまん」

 

 

 

 若干 語気を強めて、ようやくシリカは反応を見せた。

 案の定、いつからキリュウがいたのかも解っていない様子であり、少なからず瞳に動揺の色を見せている。必死に取り繕うとする様子が何とも言えず、脅かすつもりはなかっただけに、キリュウも申し訳ない気持ちになった。

 

 

 

「おはようございます。早いんですね、まだ6時なのに」

 

「あぁ、普段からこんなものだったからな」

 

「そうなんですか。ところで、あたしに何かご用ですか?」

 

「いや、特に用があった訳ではないんだが……」

 

「?」

 

 

 

 彼の言わんとする事が解らず、首を傾げるシリカ。

 まずは どうするかと考えたキリュウは、ひとまず腰を下ろして目線を合わせる事にした。隣に座って良いかを尋ね、シリカは おずおずといった様子で了承する。

 腰を下ろしたところで彼女を見やると、やはり少なからず緊張しているように見えた。

さすがに出会ったばかりである。ハルカの関係者だとは伝えてあるものの、キリュウのような厳つい顔付きの大男を目の前にして、見るからに大人しめの雰囲気の少女に落ち着けと言う方が無理があるのかもしれない。

 無駄に威圧感があるだろう自分の厳つい顔を この時ばかりは恨めしく思いつつ、キリュウは話を切り出した。

 

 

 

「話の続きだが、シリカ」

 

「はい?」

 

「お前……ちゃんと眠れているのか?」

 

「え……」

 

 

 

 初めにキリュウは、彼女を見て気になった事を尋ねた。シリカの表情が、見るからに驚愕で呆然としたものに変わる。

 

 

 

「何となくな。こんな早い時間に起きていたというのが、どうにも引っ掛かってな。不躾な質問をするが、見たところシリカは、中学生になるか ならないかだろう?」

 

「は、はい……」

 

「あくまで個人的な感覚でしかないが、それほど若い奴が普段からそんなに早起きとも思えなくてな。現にお前の顔は、とても良く眠れたとは言い難いものだった」

 

「………」

 

 

 

 そんなに顔に出ていたのかと、シリカは確かめるような仕草で顔を触る。驚きというよりも呆れに近い表情が、キリュウの懸念が当たっていた事を示していた。

 

 

 

「もし、不安を胸の中に溜め込んでいるなら、さっさと吐き出してしまった方が良い。俺で良かったら、いくらでも受け止めてやろう」

 

「キリュウさん………」

 

 

 

 キリュウのその言葉には、裏や打算と言ったものは感じ取れない。純粋に自分の心配をしているだけだと、シリカはそう判断できた。その低くも鋭い、一種の“ 味 ”を思わせる声色からは、彼女の人生の中でも感じた事の無い深いものを垣間見せていたのである。

 彼女の脳裏に、今は この場にいない姉同然の友人の顔が浮かび上がる。

 不思議と、キリュウの言葉に甘えても良いのだろうかと、そんな考えすら自分でも驚くほど簡単に浮かんでくる。

 

 

 

 しばし悩み ―――――― そして、その小さな口を開いた。

 

 

 

「あたし………あの日(・・・)から満足に眠れないんです」

 

「……そうか」

 

 

 

 あの日(・・・)、とは聞くまでも無い。

 

 

 

 彼女の ―――――― ひいてはハルカもふくめ、この《 ソードアート・オンライン 》にいる全ての人間の人生を狂わせた、6日(はじまり)の日の事だ。

 

 無理もない、とキリュウは思う。

 彼ですら、現実世界でただ待つだけの身で、どうする事も出来ない事実に、ただただ打ちのめされ正気を失いかねない心境へと陥った。

 まして、その渦中に前兆も理由も何もなく追い落とされた人達の絶望は計り知れないものだったはずである。

 実際、デスゲームが始まって1日が経っても、まだ現実を受け止め切れず、穴だらけの仮説を盲信し、自殺紛いの行為を行なう者がいた位だ。それも、大の大人がである。

 シリカほどの、幼いとさえ言える少女が、そんな現実に対応し切れている道理などなかったのだ。

 

 

 一度 吐き出し始めた不安は堰き止められた水流の如く、シリカは更に言葉を続けていく。

 

 

 

「ちょっと前までただのゲームだったのに、いきなり死の(デス)ゲームとか言われて、お(うち)にも帰れなくなって……でも、ただのイタズラじゃないって雰囲気から何となく理解して、そしたら急に、どうしようもなく怖くなってきて……訳が解らなくなって……っ」

 

 

 

 当時の感情が湧き上がり、頬に手をやって恐怖に震えるシリカの姿は痛々しいの一言だ。

 その辺りの事は、昨晩マジマも含め、クラインから大体の事は聞いていた。

 当時の混乱は、キリュウらが思っている以上の途轍もないものだったと言う。恐怖や怒り、絶望からくる混乱はどうする事も出来なかっただろう。まして、それが1万弱もの数だったのなら尚の事だ。

 キリュウは、そういった感情の爆発というものを よく知っている。一度 理性の(たが)が外れれば、人は普段からは想像も付かない程の大混乱を生み出すのである。加えて そこに恐怖が加われば、何が起こるのか想像するだけでも恐ろしい。

 そういう意味では、発生から1日が経った昨晩は、まだ落ち着いた方だったのだろう。そんな激流の只中にあって、まだ子供であるシリカが感じた恐怖は、筆舌に尽くし難いものだったに違いない。

 

 

 

「でも、そんな中………キリトさんも、ハルカさんも、あたしの前からいなくなりました……」

 

「………」

 

「あたしは、ますます混乱しちゃいました……だって……HPを失ったら、現実(リアル)でも本当に死ぬって、あの茅場って人は言ってたのに……“ 強くなるべき ”だとか“ 放っておけないから ”とか言って、フィールドに……。

 正直、あたしには訳が解りませんでした。それから、どれだけ布団の中で横になっても、不安ばかりが襲って来るんです。胸も、頭も苦しくて……とても眠れたものじゃありません……っ」

 

 

 

 デスゲームの宣言の時点で、シリカの心は強く打ちのめされていただろう。彼女からすれば、すぐにでも近くの頼れる人間に寄り添いたかったはずだ。

 だが、その相手であるハルカは、街を出たキリトを追って去ってしまった。掴むはずだった肩が擦り抜けるような瞬間は、シリカにとって どれほど衝撃的だっただろう。ハルカに悪意は決してなかっただろうが、恨みたくなっても不思議ではなかったはずだ。

 

 

 ひとしきり喋り、シリカは再び沈黙に入った。その表情は、不安や悲しみといったもので、歳不相応な険しいものとなっている。そんな彼女の容姿には決して似合わない表情を、キリュウは神妙な面持ちで見詰める。

 

 

 

 やがて、それまで聞き役に徹していたキリュウが口を開く。

 

 

 

 

 

「……シリカは……ハルカ達がお前を置いて行った事を ―――――― 恨んでいるか(・・・・・・)?」

 

 

 

 

 

 キリュウが唐突に言い放った言葉に、シリカは目を剥いた。

 

 感情を そのまま表に出したような、可愛らしいと言える顔が台無しとも言える表情を露わにし、問うた大男に吼えるように叫ぶ。

 

 

 

「そっ、そんな事……! そんなはず、ある訳ないじゃないですか!!!

 

 むしろ、逆です……せっかく、キリトさんは あたし達の為に同行を提案してくれたのに、断ってしまって……それで1人になってしまったのを、ハルカさんはキリトさんの為に付いて行ったんです!

 

 ……今になって考えてみれば、凄い決断力だったと思います。あたしには、とても真似できないです。そんな2人の事を恨むなんて、とんでもありませんっ!!」

 

 

 

 シリカの言葉は、まるで彼女自身でも制御できていないような爆発さを秘めていた。極めて非常識な出来事の中だ。実際は、まだ心の整理が出来ていないのだろう。

 それでも、たとえ上手く心の中を表現できない状態でも、ハルカに対し憎しみの感情は抱いていないと即座に反論できた。それは、まさしくシリカという人間が下した、理屈抜きの答えであるとキリュウは理解できた。

 

 

 

「そうか……その言葉を聞いて安心した。もしハルカが誰かに恨まれてたら……そんな事、考えるだけでも末恐ろしい」

 

 

 

 キリュウの表情に、決して大きくない、それでも温かいと思える笑みが浮かぶ。その笑みと柔らかい言葉を聞き、加熱していたシリカの思考は不思議と落ち着きを取り戻す。同時に彼のハルカに対する真摯な想いを感じ、強い親近感を覚えた。

 

 

 

「……出会ったばかりですけど、ハルカさんは、とても素敵な人です。偶然 街で出会って、あたしを誘ってくれて、ちょっとしたトラブルになった時も、自分よりも あたしの事を優先して対応してくれてました。加えて綺麗で、同じ初心者とは思えないほど強くて……あたし1人っ子ですから、こんなお姉ちゃんがいたらなぁって、そう思いました。あんな良い人を恨むなんて、考えられないです」

 

「ふふ、そうだな」

 

「そうです」

 

 

 

 両者とも、朗らかに笑い合う。ほんの少し前まで暗い話をしていたとは思えない程だ。

 

 

 

「そうだ、それで良いんだ」

 

「え……?」

 

「お前は、それだけハルカ達の事を信用してる。不安はあっても、あいつらの行動は決して間違ってなかったと、そう信じている。だったら、そのまま信じ続ければ良いんだ。余計な事は考えずにな」

 

「……!」

 

「違うか?」

 

 

 

 キリュウの問いかける目と言葉を受け、シリカは自身の中で絡まっていた考えを急速に解していく。

 

 

 

「……そうです、よね。あたし、ただ信じれば良いんですよね!」

 

 

 

 そして浮かべたのは、今までの自分が馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、シリカは憂いも何もかも捨てた晴れやかな笑みであった。持ち前の可愛らしさがより一段と引き立つ、眩いまでの笑顔である。

 きっと、これが彼女 本来の明るさなのだと、キリュウは感じた。そして、それを再び表に出せた事を喜んだ。

 

 

 

(出会って間もない子に、これ程まで……ハルカ、お前という奴は……)

 

 

 

 また、キリュウには嬉しかった。

 ハルカが ―――――― 澤村 遥という少女が、1日足らずという短期間の間に、シリカとこれ程までに信頼関係を築き合っていたという事実が。

 彼女の生来の優しさや性格の良さは6年間の生活の中で解り切ったつもりでいた。しかし、自分のいない所でも自分を見失わず、人の為に行動できる強さを身に付けていたというのは良い意味で予想外であった。

 無意識の内に、まだハルカの事を子供扱いしていた自分の至らなさにキリュウは恥じる思いすらあった。風間や由美の墓前で立派に育て上げると誓っておきながら、自分はまだまだ父親として足りないと自嘲する。

 

 

 

「そういえば、ハルカと一緒にいるという、確かキリトだったか。そいつはどんな奴なんだ?」

 

 

 

 懸念も晴れたタイミングを見て、キリュウは気になっていた事を尋ねた。

 

 

 

「キリトさん、ですか? う~ん……あたしも、一緒にいたのは ちょっとの間でしたし、正直よく解んないですけど、少なくとも悪い人じゃないと思います。ちょっと素っ気ないところは感じましたけど、何だかんだでクラインさんにもレクチャーをしてくれてましたし」

 

「ふむ……」

 

 

 

 ハルカと共に街を出た、少年・キリト。顔も解らない相手だが、今のキリュウにとってはこの上無く重要な人物なのは間違いない。

 デスゲーム宣告から間も置かず、真っ先にフィールドへ出ようと誘った位である。元ベータテスターと言うだけあって、腕に覚えはあるのだろう。事実、今も無事であると、彼とフレンド登録をしているクラインが証言していた。

 腕前もさる事ながら、今の極限状態の中でも素早い対応できているのを見るに、彼には生き残る為の“ 素質 ”があるのだと直感していた。

 

 

 余談だが、シリカもハルカとフレンド登録をしており、加えてメールのやり取りも出来るとの事。

 その事を聞いた昨晩、自分がこの世界にやって来た旨を伝えてはどうか、という話になったのだが、キリュウは却下した。

 今のハルカの奮闘の要因の1つには、SAOには自分(キリュウ)がおらず、自分が動くしかないという思いがあるのだとキリュウには解っていた。そんな中、そのような事を報せてしまえば、彼女の心にどのような影響が出るか、解ったものではない。

 故に、自分の事は直接 出会えるまで、出来るだけ伏せるべきだと結論付けた。

 

 

 

「……俺の これまでの人生の経験上、他人の事を心配できる奴に悪い奴は そうそういないと思っている。何よりハルカやシリカがそこまで言うんだ、心配は無用か」

 

「はい」

 

 

 

 キリュウも納得した様子に、シリカも頷いた。

 

 

 

(……とは言え、ハルカが同年代の少年と2人きり……事情が事情なのは解るが、しかし……)

 

 

 

 しかしながら、キリュウの心は晴れ切ったとは言い切れないでいた。

 その理由は、今まで彼女を育てて来た彼ならではの親心ゆえ(・・・・)と言えるだろう。何とも言えないモヤモヤしたものが胸に漂ってくるのを感じていた。

 

 

 

「キリュウさん?」

 

「……む? いや、何でもない」

 

 

 

(まぁ……今 色々と考えても仕方が無い。早いとこ、この世界での戦闘法をものにしないとな)

 

 

 

 思うところはあれど、肝心のハルカがそばにいないのでは話にならない。

 

 一刻も早く ――――― 出来れば今日中に目標を達成しようとキリュウは心に決めた。

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

 

「む。大丈夫か、シリカ?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

 

 

 それからしばらく話し合う内、空は明るくなってきたが同時に風も若干 強めになってきていた。

 キリュウはまだしも、やや薄手でミニスカートのシリカは少し冷えて来たようで、子供特有の可愛らしいクシャミを見せた。鼻を啜る音を聞きながら、風の様子を見る。

 

 

 

「そろそろ宿に戻るか」

 

「はい、解りました。キリュウさん、話を聞いてくれて、ありがとうございました」

 

「気にするな。お前が元気になったのはら、それで充分だ。何なら、朝食を食べる前にもう一眠りしてみたらどうだ? 今なら、良く眠れると思うが」

 

 

 

 シリカの表情も醸し出す雰囲気も、最初の頃に比べれば格段に良くなったと言える。今の精神状態なら、きっと問題なく眠りにつけるのではないかと考えた。

 

 

 

「そうですね……言われてみれば、ちょっと眠くなってきた気がします」

 

「なら、今の内にそうしておけ。朝食なら、もう少し遅くなっても問題ないだろう」

 

 

 

 元々、今は彼女にしてみれば早過ぎる朝と言える時間である。あと2、3時間ほど寝ても決して不摂生ではないだろう。2日間の寝不足を少しでも解消する為に、キリュウは睡眠を勧める。

 

 

 

「……じゃあ、お言葉に甘えてそうしてみる事にします。それじゃあキリュウさん、失礼します」

 

 

 

 しばし考えてから、シリカは行儀良くお辞儀をして一足先に宿の方へ向かう。去り行く背中と足取りからは、これまでにない活気さを感じさせていた。

 

 

 

「キリュウさん!」

 

「ん?」

 

 

 

 ドアノブを握った時、シリカはふと振り返り、キリュウの名を呼んだ。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます! おやすみなさい!!」

 

 

 

 

 

 そしてそう言って手を振り、中へと入って行った。

 

 それを見ながら、キリュウは満足気な表情を浮かべ、自身も宿へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿へ戻ってみると、直後とは違い、食堂内には複数のプレイヤーの姿が散見できた。時間を見ると、7時になろうかという頃合いである。思いの外、シリカと長く話し込んでいたようだとキリュウは感じた。

 プレイヤー達は それぞれ食事をするか、何をするでもなく、ただ座っているのが大半である。そして、その ほとんどの表情が暗く、硬いものと感じるのは、決してキリュウの考え過ぎではないだろう。シリカも そうであったように、このSAOにいる人間の大半は未だ目の前の現実に希望を見出せてはいないのだ。

 

 

 

「ん~? おっ、キリュウちゃんかいな」

 

「起きていたのか、マジマの兄さん」

 

 

 

 そんな中で、一際 異彩を放つ存在が在った。誰あろう、マジマである。頬杖を突きながらテーブルに座っていた。キリュウも彼の反対側に向かい合うように座る。

 

 

 

「目ぇ覚めたら もう部屋に おらんかったやんけ。どこ行ってたんや?」

 

「ちょっと、な。シリカと話をしていた」

 

「シリカっちゅうと、あの(ちみ)っちゃい二つ結び(ツインテール)した子かいな?」

 

 

 

 側頭部で指をクルクルと回し、ツインテールを示す仕草を見せる。

 

 

 

「あぁ」

 

「何や。どないしたんや?」

 

「大した事じゃない。ちょっと、色々と相談に乗っただけだ。少しは、気が楽になってくれたとは思うが」

 

「ほ~ぅ。ま、キリュウちゃんが そう言うんなら、そやろな」

 

 

 

 いつも通りの軽い口調ながら、その節々にはキリュウに対する信頼や、シリカを気遣う思いが垣間見える。彼も彼なりに、シリカのような小さな子がこのような所にいる事を憂慮していたという事だろう。もっとも、それを指摘すれば彼は否定するのは目に見えているので、キリュウも何も言わずに納得しておいた。

 

 

 

「……しっかし、どいつもこいつもシケたツラしとるのぅ。ここは地獄の一丁目かっちゅうねん」

 

「そうだな……それも、あながち間違いでもない例え(・・・・・・・・・)だ。無理もない」

 

 

 

 周囲の顔色を見て呆れたように言うマジマに、キリュウも溜め息交じりに頷くしかない。

 結局のところ、彼等がSAOに来て出来た事と言えば、自殺未遂の人間を1人 救い、そして外の様子を多少なりとも伝えた位である。

 だがログアウトは やはり叶わず、加えてシステムの防壁も(現実)側で一流の人間が束になってかかっても突破できないと来ている。ただ待っているだけでは、何年かかるか想像もつかない可能性が現実味を帯び始めた事で、むしろプレイヤー達の絶望は より色濃くなったと言えるだろう。これでは本末転倒である。

 

 

 

「せやけど、ま。昨日の馬鹿騒ぎで、少しは暴走(アホ)やらかす奴は減るやろ」

 

「だと、良いがな……」

 

 

 

 一方で、キリュウ達が事件発生後にログインして来た人間(プレイヤー)だと知り、それが目撃証言もあって広まると、彼等の言葉を受け止め、無暗に騒ぐ愚を悟った人間がいるのも事実である。

 クラインらによれば、騒ぎの後は それまでと比べて少なからず落ち着いた雰囲気になりつつあるとの事だった。それまでは、夜になっても変わらぬ現実に発狂しかける人間すらいたらしい。

 そういう意味では、自分達の行動は決して無意味ではなかったと思えると、キリュウとマジマは前向きに考える事にした。

 

 

 

 

 

「―――――― あっ! キリュウさん、マジマさん」

 

 

 

 

 

 そこに、2人に声をかける者が現れた。2人が声の聞こえた方を見ると、そこにはバンダナが特徴的な男が1人 立っていた。

 

 

 

「クラインか。おはよう」

 

「よっ、おはようさんやなぁ」

 

「おはようございますっ。お2人共、さすがに朝お早いんすね」

 

「まぁな、普段からこんなものだ」

 

「そう言うお前も、意外と早起きやなぁ? ゲーマーっちゅうんは、てっきり寝坊助やと思っとったで」

 

「はははっ……俺、一応これでも社会人っすから」

 

「兄さん、それは偏見って奴だろ」

 

「せやろか? 上山は、遅寝遅起きは日常や言うてたけどなぁ」

 

「あいつは基本 無職だからだろ……」

 

 

 

 どこか軽薄なイメージが付き纏うクラインであるが、挨拶そのものは硬さも感じない手慣れたものであった。そこは流石に、現実では社会人という事なのだろう。地味に彼に対する心象も2人は僅かに上昇していた。

 

 余談であるが、クラインはキリュウらが言う「上山って誰?」と疑問を浮かべていたが、深くは考えない事にした。

 

 

 

「まぁ、立ち話も何だ。お前も座ると良い」

 

「あぁ、はい。それじゃあ、失礼します」

 

 

 

 断りを入れつつ、キリュウの隣に座った。

 そして座ったものの、改めて面と向かう その表情からは、どこか硬い印象を受ける。どうやら、強面の男に挟まれる形になって若干 恐々としている感があった。昨日からの会話等で少しは距離を詰められたはずだが、それでも まだ慣れるには至らないという事だろう。

 

 

 

「ふ……どうした。まだ緊張するか?」

 

「えっ!? い、いやぁっ……その、何と言いますか」

 

「気にする事はない。俺も兄さんも、自分が どういう(ツラ)をしているかは解っているつもりだ」

 

「い、いや、そ、そんな事は……」

 

 

 

 自分の無意識な硬い反応が、相手のコンプレックスを刺激してしまったと感じ、クラインも申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 そんな彼に対し、マジマが手をヒラヒラさせながら首を横に振る。

 

 

 

「構へん構へん。(これ)ばっかりは、ど~しようもあらへん。それでも今日は とことん付き合ってもらうからのぅ。まっ、ゆっくり慣れてってくれや」

 

「あっ、はい……そうっすね! 今日は お2人のレクチャー、務めさせていただきます!」

 

「あぁ、頼む」

 

「ヒヒッ、その意気や」

 

 

 マジマの「頼りにする」といった言を受け、改めて自分のやるべき事を認識したクラインは表情を引き締める。彼の友人が“ 野武士ヅラ ”と評した顔は、さながら君命を賜った武人の如き精悍さを垣間見せる程だ。

 

 

 

 

 

 それを見て、やはり彼は信用できると再認識した2人は、満足気に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 はじまりの街  路地 】

 

 

 

 

 

 時刻は、朝8時過ぎ。

 キリュウ、マジマ、クラインの3人は宿屋を出て、街の通りを歩いていた。いよいよ、件の武器屋へと赴くのである。

 

 その3人の表情は、現在なんとも言えない微妙なものになっていた。一体、何が起こったというのか。

 

 

 

「かぁ~~不味かったのぅ! これからも あんなもん食わなアカン思たら、気が滅入るわ……」

 

「こればっかりは、仕方無いっすよ……俺も友達(ダチ)も色々 回って見ましたけど、どこも似たり寄ったりっすから」

 

 

 

 少し前に、出発前の腹ごしらえをした後味を未だに引き摺っているのだ。やはり、食事事情の空しさは皆の共通事項という事だろう。クラインの表情には既に諦めとも言えるものが浮かんでいる。

 

 

 

「……まぁ、空腹が紛れるだけ良しとしよう。ところで、その武器屋ってのは、どんな所だ?」

 

 

 

 これ以上 食べ物の事を話しても空しくなるだけなので、キリュウは話を武器屋の件へと移す。

 

 

 

「あ、はい。キリトが教えてくれた店で、この街の どの店よりも安い、それでいて品揃えもバッチリな所です」

 

「ほぅ。だが、こう言ってはあれだが、わざわざ そこに行く必要はあるのか?」

 

「確かに、探せばあちこちに店はありますけど、所持金には限りがありますし、稼ぐにはモンスターを倒す位しか方法がないっすからね。最初の内は、やっぱり ある程度は節約した方が良いと思うんす」

 

「なるほど」

 

 

 

 クラインの意見には、キリュウもマジマも納得できるものだ。武器、装備を整えるにしても、食事をするにしても、先立つものが必要である事はセオリー通りである。

 しかし、死んでも蘇生できる、ただのゲームだった時ならば まだしも、HPを失ったら現実の肉体も死に至るようになった今となっては、ゲームの基本である“ モンスターを倒して金稼ぎ ”も極めて危険な行為となってしまった。その為、お金の使い方には より神経を尖らせなければならなくなったのは言うまでもないだろう。

 クラインいわく、現に無駄遣いして早々に所持金が尽きかけた者が、元を取ろうと思い切って飛び出したものの、帰って来ず死亡が確認されたと言う。

 

 

 

 ちなみに、死亡が確認できたのには理由がある。

 

 

 それは、街の中央にある“ 黒い建物 ”だ。

 名を黒鉄宮(こくてつきゅう)という、アラビアの宮殿に似た外観を持つ黒光りの建築物である。

 

 そこは本来、ゲーム中に死亡したプレイヤーが蘇生した際の再スタート地点として機能していたらしいが、現在は本来の機能は働いておらず、代わりに別の役目が置かれている(・・・・・・)

 それ(・・)を発見したのはデスゲームが開始されて、さほど間を置かずにであった。

 

 

 ある時、とある男が どうにか脱出できないかと不意にある自論を展開させた。

 

 

 

 ―――――― ナーヴギアの構造上、システムから切り離された者は、自動的に目覚めるのではないか?

 

 

 

 と言ったものだ。

 そうして、周囲の制止も聞かず、遂に城の外郭から身を躍らせ、雲浮かぶ蒼穹の彼方へ消えていったという。

 

 そして、それを遠目で見るしかなかった面々が急いで黒鉄宮の《 蘇生の間 》へと走った時、それ(・・)を見付けた。

 数時間前 ―――――― デスゲーム開始が宣言される前には無かった黒い鉄製の巨大な碑が、広間の奥に鎮座されていたのだ。

 その碑には《 生命の碑 》と記されていた。見れば、アルファベット順に名前が刻まれており、ざっと見ただけでもSAOにいる全プレイヤーの名がある事が解った。

 

 その中に、落下した男の名が刻まれていたのだ。

 

 ただし、他の者とは違う形(・・・・・・・・)で。

 

 その男の名の上には横線が刻まれ、更にその横に《 死亡時刻 》《 死亡原因 》が追加されていたのだ。

 そこに記されていた原因は《 高所落下 》。そして時刻は、紛れもなく男が飛び降り、姿が見えなくなった頃合いのものであったのだ。

 

 結局のところ、男が本当に死んだのか、彼の論理が実証されたのかは、その時点では誰も解らないまま終わった。

 ただ、碑に刻まれた文字を見て、安易に動く事の危うさを悟った者達と、それでも脱出できるかもという小さな可能性に魅せられる者達に別れた程度だ。事実、キリュウらがダイブして来た時にも、また同じ事をしようとした者が出た位である。

 

 しかし それも、そのキリュウらの証言でほぼ沈黙する事になった。彼等が外から来た人間だと証言できる者もいる以上、彼等が告げる現実を認識するのに、もはや理由は要らなかったという事だろう。

 

 

 

「……そうだな。これからは、もっとよく考えて動かなければならないな」

 

 

 

 様々な事を考えつつ、キリュウは自分にも強く自重させるように呟く。

 

 

 

「細かいこと考えんのは面倒やなぁ……ま、何とかなるやろ」

 

 

 

 対する、マジマの彼らしい意見にはキリュウもクラインも笑みを零すしかない。だが、不思議と この上ない頼もしさを感じるのは彼の持つ個性ゆえか。

 

 

 

 強い前向きな気持ちを胸に、3人は一路、目的の武器屋へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「あ、あら?  あら? おかしいな………」

 

 

 

 ―――――― 約30分後。

 

 3人は、未だ街の路地を歩き続けていた。おまけに、何度か同じ道を歩いているような気さえ感じている。

 

 

 

「……おい、クライン。まだ例の店に着かないのか?」

 

「い、いやぁ、そのぅ……」

 

 

 

 少なくない疲れと疑問から、尋ねるキリュウの声色は微妙に低い。対するクラインは、頭を掻きつつ視線を忙しなく動かしたりと、全く落ち着きがなくなっている。取り繕うような、ぎこちない笑みに湧き上がる疑念は ますます強くなる。

 

 

 

「……おぅ、正直に言えや。―――――― 迷った(・・・)んか?」

 

 

 

 遂に、煮やしたマジマが詰め寄る。その眼光には先程までの気楽な雰囲気は失せ、嘘や誤魔化しは一切 許さないという鋭さが宿っていた。

 

 

 

「ハハハハッ……………すんません」

 

 

「お前………」

 

「何 笑ぅとんねん……」

 

 

 

 そして、クラインは遂に観念した。完璧に、道に迷ったらしい。

 キリュウもマジマも、怒鳴り散らしても文句は言われない立場だったが、必要以上にとがめる様子はなかった。と言うよりは、あまりにもお粗末な展開に怒りを通り越して呆れるしかなかったという心境と言うべきか。

 

 何でも、キリトに案内された際は彼に着いていくばかりで自分は周りの珍しい景色に気を取られており、肝心の道順の記憶を怠っていたらしい。そして何となくの記憶のまま動いていたのだが、結果は案の定である。

 確かに、途方もない広さで道も中々に入り組んでおり、マップがあっても覚えるのは難しい街であるのは2人も認めるものである。だが、さすがに軽い失望の溜め息は禁じ得なかった。

 

 

 

 そんな時だった。

 

 

 

 

 

「―――――― あっ……あの」

 

 

 

 不意に、男の声が聞こえて来た。

 勘違いでなければ、今の声は間違い無く自分達に向けられたような気がした。そう感じた3人は四方を見渡すと、左手の方角の路地に3人の事を見る1人の男の姿があった。

 

 

 

「あっ……! やっぱり!!」

 

 

 

 そして、キリュウらと視線が合うなり喜色を浮かべて近寄って来た。

 

 

 

「何やぁ?」

 

「ん……? お前は……」

 

「俺です。覚えてないですか?」

 

 

 

 そう言われ首を捻るキリュウだったが、言われてみればその男には確かに見覚えがあった。

 そして、記憶を巡る事 数秒 ―――――― ようやく記憶の中に合致する者が出た。

 

 

 

「!! 思い出したぞ。お前、昨日の(・・・)!!」

 

「あっ!!」

 

 

 

 キリュウがそう言うと、クラインも思い出したとばかりに声を上げる。

 

 その男は ―――――― 昨日の夕方、ログインしたばかりのキリュウ、マジマが救出した飛び降り未遂の男だった。身に纏っている茶色の服装も顔も記憶の通りである為、間違いないと結論付ける。

 男も、思い出してもらえたのを察し、うんうんと頷く。

 

 

 

「そうです! あの時は……本当にご迷惑をおかけしました」

 

 

 

 口調や仕草からは、昨日のような危なっかしさは微塵も感じられない。1日 経って、だいぶ心が落ち着いたらしい。そして、謝罪の言葉と共に深々と頭を下げた。その動作は半ば、土下座にも等しいほどに重みを感じられるものだった。いかに彼がキリュウらに対して強い負い目を抱いているのか、察するに余りあるものといえる。

 キリュウも ひしひしと それを感じ取り、首を横に振る。

 

 

 

「いや……気にする必要はない」

 

「でも……」

 

「……確かに、お前がやった事は極めて軽率だった。だが、この極限状態の中では仕方のなかった事とも言えるだろう。俺としては、お前も俺達も無事で済んだ。それで良かったと思う」

 

 

 

 深く気に病む様子の男に対し、キリュウは そう言って諭す。

 確かに彼自身もマジマも命の危険に晒されたのは事実だが、2人が行動しなければ男自身が その命を散らしていたのは確実である。

 それに加え、身も蓋もない事を言ってしまえば出しゃばった(・・・・・・)のも、あくまでキリュウらの自己責任である。

 最悪の事態は回避できた今となっては、男に必要以上の罪悪感を抱かせるのはキリュウの本意ではない。

 

 

 

「………俺は」

 

「くどいのぅ。キリュウちゃんがえぇ言うとるやろが。せやったら、お前は素直に頷けばえぇんや」

 

 

 

 それでも納得しかねる男に、同じく当事者であるマジマが やや強い物言いで窘める。彼としても、言いたい事は理解できるが済んだ事を ぐちぐちと言われるのは、むしろ煩わしいだけである。

 男はマジマの声を聞き、彼が救出時、キリュウが言葉を交わしていた もう1人の男だと思い出した。文字通り、自分を死の淵から引っ張り出してくれた片割れにも そう言われては、男もこれ以上 言葉は出ず、そして出す訳にはいかないと判断した。

 

 

 

「……すみません。いくら感謝しても足りない位です」

 

 

 

 何度か気持ちを咀嚼するように頷きつつ、男は再度の謝罪で話に幕を閉じた。

 

 

 

「もう過ぎた事だ。ありがたいと感じるなら、助かった その命を大切にしてくれれば それで良い」

 

「はい……!」

 

 

 

 おそらく、その人生で初めての“ 本当の死 ”を垣間見たであろう男は、キリュウの真っ直ぐで温かい言葉を深く心に刻むように再度、深々と頭を下げた。

 キリュウもマジマも、こうして面と向かうだけで1つの命を救えた事を実感できて心から安堵していた。

 

 

 

「そう言えば、お前の名前を聞いてなかったな」

 

「あぁ、そう言えば」

 

 

 

 ふと、キリュウはある事を思い出した。昨日は事が済んだ時には気絶していた事もあって彼の名前までは聞いておらず、しかも その場は分かれたので聞く機会もなかった。今日ここで再会できた以上、名前も知らずにいるのは失礼にも等しいと思ったのだ。

 

 

 

「俺の名前はマスティル(Mastel)と言います。改めて、よろしくお願いします」

 

「マスティルか。なら、こっちも改めて名乗ろう。俺はキリュウ。そして ――――――」

 

 

 

 名乗りながら、後ろの兄貴分の方を見る。彼も、キリュウに続くべく一歩 前へ出る。

 

 

 

「マジマや。ま、覚えといてくれや」

 

「キリュウさん、それにマジマさん、ですね。ところで、お2人は どちらに行こうと?」

 

「あぁ、ちょっと武器を買いにな」

 

 

 

 キリュウの言葉を聞き、それが意味するところを察したマスティルは不安気な表情を見せる。

 

 

 

「武器……もしかして、フィールドに出ようと?」

 

「あぁ」

 

「でも、昨日 言っていた事が本当なら、それは相当 危険って事ですよね? SAO(ここ)に来た事もそうですけど、どうして貴方は そこまで………」

 

「……それは」

 

 

 

 思い返せば、マスティルは助け出されてからは気絶し、他のプレイヤーに運び込まれていた。故に、その後キリュウらが野次馬達と交わした会話も聞いていないという事かもしれない。

 改めて、キリュウは自分がSAOへとやって来た経緯を、ある程度 噛み砕きながら説明した。

 

 

 日本政府が、今回の事件を過去 類を見ない程に重く受け止めている事

 

 各専門家が総出で当たっても、このゲームのセキュリティは突破できない事

 

 唐突に、かつ理不尽に家族、友人、知人を奪われた人々の悲しみが言葉に出来ない程である事

 

 

 

 そして ―――――― キリュウの愛する家族も、その渦に巻き込まれてしまった事を伝えられる範囲で伝えた。

 

 

 1つ1つ言葉にして伝える度、マスティルの表情は驚き、悲しみ、絶望といった具合に変化を重ねる。映像や伝聞といった確たるものがない状況ではあるものの、辻褄が合わない訳ではない話を聞いて、その脳裏には生々しい想像が浮かんだのは間違いないだろう。

 

 まだ、信じたくないという思いはあるかもしれない。そう思うのは仕方のない事である。誰だって、先の見えない絶望を好き好んで思い知らされたくはない。

 だが、やはり どうにもならない現状は変わらない以上、素直に受け入れるしかないと彼は結論付けた様子だ。ただ、やはり事のスケールが大き過ぎるだけに衝撃が強過ぎ、言葉が出て来ないだけなのだ。

 

 

 

「………それだけ、大切な娘さん…という訳ですか?」

 

「あぁ」

 

 

 

 しばし間を置いて、絞り出すようにそう問い、キリュウも頷く。

 

 

 

「……馬鹿だと思うだろう。自分でも、時々そう思う。自分が果たすべき色んな義務も、何もかも放り投げて飛び込んだようなものだからな」

 

「………そうだとしても、キリュウさんは俺を助けてくれました。それは、キリュウさんがこのSAOに来たからです。そうでなかったら、今頃 俺も犠牲者の仲間入りだったでしょう。感謝こそすれ、貶すつもりなんて、ありませよ」

 

「……そうか」

 

 

 

 マスティルの言葉は、少なからずキリュウの心を軽くさせた。彼が助けた命が発する言葉は、この世界に来てなお(くすぶ)り続けている未練のような気持ちを薄めてくれた。

 自分の行動は決して間違っていなかったのだと、後押しを受けた気持ちになれたのだ。

 

 

 

「……キリュウちゃんよ。話もえぇが、そろそろ動かへんか?」

 

 

 

 話も一段落した頃合いを見計らい、マジマが割り込む。予期せぬ再会と会話であった為か、思いのほか時間をかけてしまったようである。待ちくたびれている心境が、彼の顔には強く出ている。

 

 

 

「あぁ、そうだったな」

 

「あっ、すみません。引き留めてしまって」

 

「気にするな。むしろ、こうしてお前と会話が出来て良い気分転換になった」

 

「ありがとうございます。そう言えば、武器屋に行くとの事でしたけど……」

 

「うむ、そうなんだが……」

 

「? 何か?」

 

 

 

 急に困ったような表情を浮かべるキリュウに、首を傾げるマスティル。何事かと思っていると、マジマが理由を話す。

 

 

 

「何や、安くて品揃えのえぇ店がある言うから向かっとったんやが、肝心の案内役がのぅ……」

 

 

 

 じろりと睨まれながらの言葉に、案内役(問題)の野武士面はバツの悪そうに笑うしかない。

 

 

 

「――――― もしかしたら……その店、自分 知ってるかもしれません」

 

 

 

 その時だ。マスティルからの思いもよらぬ言葉に、3人は目を見開かせる。

 

 

 

「何?」

 

「ここから西の方角の路地裏の、かなり奥にある店で、見た目はやや みすぼらしいですけど、値段も品揃えも文句無しの隠れた名店ですよ」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! もしかして その店って、やったら暗い所にある、テントの店か?」

 

「えぇ、そうです」

 

「……と言う事は、やはりマスティルが言ってるのは、クラインが言ってたのと同じ店という事か」

 

「ほっほ! こらぁタイミングのえぇ話やなぁ!」

 

 

 

 思わぬ偶然もあったものだと、誰もが驚きを隠せない。特に武器を持たない2人は、入手できる目途が立ったと安堵していた。

 だが、クラインには ある疑問があった。

 

 

 

「け、けどよ。確かその店は、知ってる奴は ほとんどいないってから聞いてるぜ?」

 

「まぁ、そうですね。確かに あの店は、ちょっと意識して探さないと見付からない立地ですから」

 

「俺でも、元ベータテスターの仲間(ダチ)から聞いて知ってる位だったってのに、何で……」

 

 

 

 そんなクラインの疑問にキリュウもマジマも気になり、皆マスティルの顔を見る。

 

 

 3つの目線を向けられ、彼は笑みを浮かべて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何て事はありません ――――――――― 何を隠そう、俺も《 元ベータテスター 》なんです」

 

 

 

 

 

 答えは至極、単純明快なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  †     †     †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 第1層・西部  序曲 紡ぐ草原 】

 

 

 

 

 

 ―――――― 約40分後。

 

 

 キリュウら4人は街を出て、草原のフィールドへと繰り出していた。

 

 ベータテスターと判明したマスティルを先頭とし、手頃なモンスターが現れるポイントを目指して歩く。

 周囲はデスゲーム開始前と変わらず緑豊かで、まだ昼前という事もあって涼しい風も流れており、風景だけを見れば心地良い気持ちになってくる。

 

 だが、実際には そんな心温めるような楽しみを感じる余裕はない。

 何しろ、ここは既に死地も同然。いつモンスターが出て来るか解らず、出現すれば、たちまちの内に この草原は互いの命を懸け合う戦場と化すのだから。

 事実、クラインとマスティルの表情も、段々と硬くなっているように見える。街で見たような雰囲気は鳴りを潜め、緊張で体全体を ぎこちなくさせているのは素人目にも解る程である。勇みと恩義から道案内を買って出た2人だが、さすがに恐怖は隠せないのだろう。

 

 

 

(ここが、俺達が戦う怪物が出る場所か……とても そうは感じないな)

 

 

 

 そんな中にあって、キリュウは平常通りと言えた。彼は、普段から仏頂面と言える程に硬い印象を受ける顔だが、それでも緊張というものはその表情には見受けられない。むしろ、恐れといった感情など微塵も抱かぬ偉丈夫の如き堂々とした(たたず)まいでいる位だ。

 

 

 

「……おぅ。敵は、まだ出んのか?」

 

「はっ、はい! 安全圏はもう出てますので、もう間もなくかと」

 

「そうか。早ぅ出て来んかのぅ? 俺ぁ、早よ()らな治まらんでぇ!」

 

「もう少しだ。我慢してくれ、兄さん」

 

「ヒヒッ……ま、楽しみは焦らされても味が出るっちゅうもんや」

 

 

 

 一方のマジマは、キリュウとは また違う余裕ぶりを見せていた。その言動からは、恐怖を抱くどころか死すら恐れないと言わんばかりの、荒々しさを超えた狂気にも等しいものを垣間見せているようだった。

 後ろで付いて来ているクラインがその様子を見て、若干 引き攣った笑みを浮かべている。

 

 

 

「……何て言うか、余裕っすね、マジマさん」

 

「あん? 何がや」

 

「いやだって、もう ここフィールドの中っすよ? それなのに、まるで緊張した様子だってないですし」

 

「……何 言うとるんや。ここまで来て何を緊張するっちゅうんじゃ」

 

「あ、いや……そりゃそうっすけど……」

 

 

 

 デスゲームとなった今、街へ出る事が どれほど危険なのかは、むしろ発生後にSAOへ降り立った2人の方が よく理解している。その上で、こうしてフィールドへ足を踏み入れている事の意味を問われるのはナンセンスなのだろう。

 

 

 

「解り切った事をイチイチ細かく言わんでえぇんや。お前みたいな若造に心配される程、俺は耄碌しとらん」

 

「はっ、はい……」

 

 

 

 クラインの向ける心配など余計だと言わんばかりに、手で あしらうような仕草をしつつマジマは言った。人によっては心配して言ってるのに何だと詰め寄られても、おかしくない態度ではある。しかしクラインは、やや畏縮するのみで反論はしなかった。

 

 

 

(……やれやれ。クラインの奴、まだ街での事を気にしてるみたいだな……)

 

 

 

 そんなやり取りを聞いていたキリュウは、クラインが愛想笑い浮かべつつも、見るからに落ち込んでいる様子を見て、何とも忍びない気持ちになっていた。

 誰かの役に立とうと意気込み、そして失敗した事の辛さは、キリュウとて解るものだ。当初は呆れもしたが、だからといって彼を厳しく断罪する気もなかった。若い内は失敗あってこそとも思う気持ちもあったからだ。

 そう考えると、未だにその事を引きずられるのは少しばかり心苦しいものがあった。

 

 

 

(……何か、挽回の機会が出来れば良いんだがな……)

 

 

 

 とは言え、さすがのキリュウにも良いアイディアは浮かんで来ない。今更、下手にフォローしても逆効果な気もするからだ。

 

 

 結局のところ、違う機会を待つしかないと、キリュウは結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ ―――――― いました!」

 

 

 

 更に、数分後。

 

 それまで風や足音のみが響いていた中、マスティルが緊張感を持った声を上げた。3人が彼の示す先を見ると、それ(・・)は そこにいた。

 

 

 

「あれが……」

 

 

 

 キリュウも即座に意識を切り替え、厳かな雰囲気となって呟く。その眼差しは、初めて見るSAOでの敵というものを、しっかりと己に焼き付けるようであった。

 立っていたのは、体毛が青色で、眼も黄色いという、現実世界では決してお目にかかれないだろう異質な生物の姿である。

 

 

 

「はい……《 フレンジー・ボア 》 ―――――― 初心者なら誰もが相手をする、代表的な(Mob)です」

 

「という事は、大して強くはない?」

 

「少なくとも……セオリー通りに戦えば、まず負ける事はないかと」

 

「ふむ……」

 

 

 

 経験者が述べるのであれば疑いようもないが、それでも油断は禁物と注意は決して怠らない。どんな動きをして来ても良いように臨戦態勢で睨む。

 

 

 

「……襲って来ないな。こっちに気付いてないのか?」

 

 

 

 だが、動きはない。ボアとは10メートルほどしか離れていないが、向こうがキリュウらに気付いている様子すらない。ただ その場に立つばかりで、足元の草に鼻で匂うような呑気な仕草を行なっている。キリュウとしては、いささか拍子抜けである。

 

 

 

「あれは、《 ノンアクティブ 》の状態ですね」

 

「ノンアクティブ?」

 

「何や、それ?」

 

 

 

 聞き慣れない単語に、キリュウとマジマは首を傾げる。

 

 

 

「言葉の如く、プレイヤーに対して積極的でない状態(ノンアクティブ)のモンスターの事です。単にこちらに気付いていないか、いたとしても反応が鈍くて行動に移さない、といった種類に分けられます。

 あのフレンジー・ボアの場合は、特にザコの中のザコなだけあって、知覚範囲も かなり狭いんです。あの状態だったら、こっちから近付いたり、攻撃しない限りは攻撃的(アクティブ)にはならないですね」

 

「ほぅ」

 

「……にしても、いくら弱い言うても、この鈍さは あり得へんやろ。見かけ倒しにも程があるで」

 

 

 

 これほど見晴らしが良く、明るさも充分にあり、遮蔽物も何もない状況で敵を察知できないというのが、キリュウやマジマにとっては不思議と言うか、酷く滑稽に思えて仕方なかった。これまで、一歩 間違えれば即座に死が襲い掛かる正真正銘の修羅場を幾度となく潜り抜けて来た彼等にしてみれば、ひどく緩く感じるのも無理からぬ事なのだろう。

 

 

 

「まぁ……察知能力の事は大体 解った」

 

 

 

 とは言え、だからと言って油断して楽観視して良いかは別問題である。改めて気を引き締め直し、キリュウは1人、前へと進み出る。

 

 

 

「後は ―――――― 実際に戦うまでだ」

 

 

 

 攻撃、防御、回避、ボアが如何なる行動を取っても即座に反応できるだけの距離まで近付き、そして足を止めると腰に差していた武器を鞘から引き抜いた。

 鞘と刃が擦れる独特な音と共に抜かれた それは、俗に《 ファルシオン 》と呼ばれる《 曲刀 》に位置付けられる武器である。

 クラインが所持する海賊刀(カトラス)と同じカテゴリではあるものの、それと比べて刀身が長く、そして重い造りになっている。

 これは、元々キリュウが現実でも使用経験のある日本刀を求めたが、第1層には存在せず、やむなく形が似ている物を探した結果、この武器に落ち着いたという経緯があった。更に『 大抵のゲームでは刀は曲刀の上位武器にあたり、曲刀スキルを鍛えていけば高確率で刀スキルが出て来るだろう 』との推測を、マスティルは長年のゲーマーとしての勘で示した。どうやら、スキルは鍛えていけば様々な派生をするものが多いらしく、曲刀も 例外ではないとの事。

 ことゲームに関しては圧倒的に経験に劣るキリュウは、そういったマスティルの言を信じ、その武器を選んだという塩梅であった。

 

 

 ファルシオンの柄をより握り締め、更にフレンジー・ボアへと接近する。

 やがて相手との距離 が数メートルの所で、ようやくキリュウの存在に気付いた様子である。首を上げ、にわかに鼻息を荒げて素早く振り向く。キリュウに黄色い目を向けると、すぐさま姿勢を低くして臨戦態勢を整える。

 

 キリュウも、その動きを見て両手で柄を握り、臨戦態勢を取る。それは剣術の師匠でもある古牧 宗太郎より教わった《 古牧流・抜刀術 》の構えだ。

 その形は、現代の剣道でも用いられる《 五行(ごぎょう)の構え 》の《 八相(はっそう)の構え 》に酷似している。この構えは、剣道においては有効な判定を取り辛い不人気な構えであり、形稽古でもない限り使う人間は稀であると言われている。

 しかし、一方で“ 構える上で余計な体力を消費し難く、長時間の戦闘に向いている ”という面もある。古牧流の武術は総じて《 戦場(いくさば)での戦闘法 》である為、この構えを基本とする事で剣術においても極めて実戦的な形に仕上がっているのである。

 

 

 

(やはり、色々と現実とは勝手が違う……だが、それなら それに慣れれば良いだけだ!)

 

 

 

 一連の短い動作の中でも、元の体と比べ力の入り具合など細かい差異は感じ取れてしまう。現実に比べれば想定通り、かなりのハンデを負う事になるはずだ。

 しかし、それでも戦う分には問題ないと即座に結論付ける。そして、純然たる敵意を向けて来る巨大猪に対し、キリュウも必殺・必勝の覇気を もって対抗する。

 

 

 

 

 

「―――――― スゥ……――――――」

 

 

 

 

 

 キリュウが目を閉じ、呼吸に変化を加える。

 

 

 

 

 

「――――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 そして精神を整えた刹那 ―――――― その双眸の瞼が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間 ―――――― 周囲の空気が、がらりと変貌した。

 

 

 

 

 

(――――――っ!?  なっ……何だぁ、今の感覚は?!)

 

 

(なっ……何なんだ、この言いようの無い緊張感は…?!)

 

 

 

 

 

 クライン、マスティルの両名は、自分達の体に今まで感じた事のない、異質な感覚を感じ取った。目には見えないが、それでも確かに得体の知れない“ 何か ”が、彼等の体を瞬く間に蹂躙し、束縛していくような、何とも形容し難く度し難い感覚。

 突如としての変化、そして自分達の頭では解する事の出来ない感覚に、2人は言い知れぬ緊張とも恐慌とも判断し難い状態へと陥って行く。

 思考さえも麻痺していくような中、彼等は必死に正体不明の“ 何か ”を解そうとする。

 

 

 

(……キリュウさん………なのか……!?)

 

 

 

 考えられるとすれば、目の前で動きを見せた彼しかいない。そう同時に思い至った2人は、構えたまま微動だにしない彼の後姿を凝視する。

 

 

 そして、彼等は ある違和感に気付いた。

 自分達の目の前にいるのは、先程から一緒にいた男に間違いない。

 

 しかし、醸し出す雰囲気、自分達に向ける背中が、先程とは別人(・・・・・・)なのではないかと。

 

 本当に、先程まで自分達と並んで歩いていた男と同一人物なのかと。

 

 そんな、普通なら考えないであろう疑問が過って、頭から離れなかった。

 

 

 

「何や ―――――― ビビッとんのか?」

 

 

 

 不意に、マジマの声が届く。

 それに反応して初めて、クラインとマスティルは自分が途方もない程に体を緊張させている事に気付いた。気付いた今でも、まるで千切れる寸前まで張り詰めた糸のように体の あちこちが震えていた。

 

 そんな2人とは対照的に、マジマは先程までと何ら変わらない、平々凡々とした様子だった。それどころか、不気味なまでの笑みを浮かべてすらいる。

 

 一体、何が そんなにも可笑しいのか。その意味が理解できなかったクライン、マスティルには、それが何とも言えないほど ―――――― “ 怖い ”と感じた。

 元々の威圧感 抜群の顔付きから来る外見的なものとは異なる、もっと根源的な、心の奥底から湧き上がるようなものだと、2人の本能が悟った。

 

 

 

「……マジマさん、キリュウさんって、一体……?」

 

 

 

 自分が自分でなくなるような感情を必死に抑えながら、クラインは問う。

 ただ目の前で武器を構えるだけで、只ならぬ気配と違和感を周囲の人間に覚えさせるなど、約20年の人生でも見た事は皆無だ。

 

 無論、マスティルもである。彼は他の大多数のプレイヤーよりも、テスターとして戦闘経験を積んでいる。その時の仲間の中には、自分よりも腕の立つ者も少なからず存在した。それでも、“ 好奇心を昂らせ、羨望の感情を抱く ”という、あくまでゲーマーとしての決して珍しくない感情の範疇でしかなかった。

 

 

 今のような、たった1人の人間が“ 存在そのもの ”で他を他を圧倒するなど、漫画などの空想でしかあり得ないものだと、2人は信じていたのだ。

 

 

 だが、実際はどうであろう。

 

 現に、目の前のキリュウという男が、尋常ならざる気迫を漂わせ、後ろにいるの自分達の心にまで影響を与え、その冷静さをも掻き乱しているではないか。社会の一員として、これまで一般的な範疇の中で生きて来た2人が理解するには、あまりにも難しいものであった。

 ならば、この中で最もキリュウに近い人間ならば何か知っているはず。そう確信し、縋るように尋ねた。

 

 

 

「イッヒッヒ! キリュウちゃんが何者(ナニモン)か、やて? まっ、只者(タダモン)やないのは確かやな」

 

 

 

 そんな2人に、当のマジマは簡潔に答えるのみである。勿体ぶるような言葉に、クラインらは渋い顔を見せるものの、マジマには堪える様子は見せない。

 

 

 

「……そないな目で責めんでも、キリュウちゃんの事が知りたいんやったら、これから嫌や言うほど解るわ。

 

 ―――――― つべこべ言わず、大人しくジッと見てろや」

 

 

 

 だが やがて、普段のお道化た雰囲気は鳴りを潜め、彼は口を閉ざした。これから始まる事に集中する為か、笑みも消えて真顔へと変わっており、その強面さが表へと出ていた。

 そんなマジマの様子に、クラインもマスティルも追究を断念する。そして考えを切り替え、彼等も視線をキリュウへと向けた。

 言われた通り、キリュウの事が知りたいのなら、今からの戦いを見るのが最も手っ取り早いのは確かだからだ。

 

 

 

 

 

 3人の やり取りが終わったのと、フレンジー・ボアが動き出したのは ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

「ブモオォォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 バイクのエンジン音にも似た雄叫びと共に、キリュウ目掛けて突進を仕掛ける。その巨体と分厚い肉は伊達ではないと言わんばかりの重量級の足音を響かせ、たちまちの内に距離は縮まって行く。

 しかし、普通なら もう何らかの回避行動を起こすべきタイミングになっても、キリュウは微動だにする気配はなかった。

 

 

 

「ちょっ?!」

 

「危ない!!」

 

 

 

 最悪の光景が脳裏を過り、堪らずクラインとマスティルが叫ぶ。

 

 

 

 

 

「―――――― ふっ!!」

 

 

 

 

 

 しかし、彼等の心配は杞憂に終わった。

 

 あと僅かで鼻先が激突するというギリギリのタイミングとなった時、キリュウが上体を捻り出した。突っ込んで来るフレンジー・ボアを中心とするように反時計回りに動き、同時に下半身も滑らせるようにして動かし、攻撃を回避したのだ。

 

 

 

「………へっ?」

 

 

 

 思わずクラインが間の抜けた声を上げる。それ程、彼の動きは客観的に見ても驚くほどに滑らかな動きだったのだ。キリュウが避けたというよりは“ 地面が動いた ”と考えた方が納得できる程の流麗な体運びであった。

 それは さすがに違うとは解るものの、素人目には そうとしか思えない程に、キリュウの見せた動きは“ 異質 ”であった。

 

 

 その後も、フレンジー・ボアは何度となくキリュウに突進攻撃を仕掛けるものの、一向に当たるどころか、掠る様子もなかった。突っ込んでは避け、突っ込んでは避けの繰り返し。あらかじめ決められた動きとすら思える程に、一方的な展開だった。

 

 

 

(そろそろ、仕掛けるか……!!)

 

 

 

 やがて、避ける行為も作業とすら言える程に思えるようになった時、キリュウの方から動きを見せ始める。

 ファルシオンの柄を強く握り直すと、攻撃を躱されて無防備になっていたフレンジー・ボアへと肉薄する。

 

 

 

((速い……!?))

 

 

 

 思わずクラインとマスティルが目を瞠る程、爆発的な速さを誇る接近であった。

 対するマジマは、何とも渋い表情を浮かべる。現実(本来)のキリュウを知るマジマからすれば遅いとしか言えないものだったからだ。

 もっとも、それは あくまで数々の激突で目が肥えたマジマだから抱く感想であり、素人から見れば充分過ぎる程に素早い動きであった事は留意してもらいたい。

 

 

 

(大丈夫だ、このまま押し切る!!)

 

 

 

 動けば動く程に現実との差異を感じるが、目の前の敵に関しては問題ないと結論付ける。

 アバターの体となり、元の並外れた筋力は失われたたものの、これまで20年以上にわたる戦いで培った技術は失っていなかったのだ。踏み込む力などには制限が掛かっているようだが、反射神経そのものには枷はないように感じる。ならば戦いようは いくらでもあると、自らを奮い立たせる。 

 

 

 

「ハアッ!!!」

 

 

 

 掛け声と共に、青い巨体 目掛けてファルシオンを振り下ろす。

 ザシュッという爽快な切断音と共に、フレンジー・ボアの体に赤いダメージエフェクトが光る。満タンだった青色のHPバーも幅を縮まらせ、色が緑へと変化する。少量ながら、確かに攻撃が通った証だ。

 

 

 

「フンッ! ハアッ!! セイッ!! オォリャアッ!!!!」

 

 

 

 そして間髪入れず、体勢を立て直す機は与えまいと続け様に連続で斬撃を加えた。敵に徹底的に斬撃を打ち込み、戦闘不能へ陥らせる事を念頭に入れた古牧流・抜刀術は、キリュウの技量も相俟って次々とダメージを与えていく。反応も鈍く、防御方法も持たないフレンジー・ボアでは成す術なく、一方的に刃の襲来を受け入れるしか出来なかった。

 

 やがて10回も斬り付けられた後には、そのHPは半分以下(イエロー)にまで落ち込んでいた。

 それを確認すると、一旦キリュウは体勢を整える為に距離を取る。警戒は怠らず、残心の構えで呼吸を整える。

 

 

 

(……体力の消耗も、やはり現実に比べれば大きい。だが、想定内か)

 

 

 

 相手を睨みつつ、冷静に彼我の戦力差、状況を分析する。

 発揮できる力が落ち込んだ分、体を動かす為の体力も余計に使うのは間違いない。それでも、フレンジー・ボアのようなザコ相手なら問題ないと改めて結論付けた。

 

 ふと、相手の様子が おかしい事に気付く。

 攻撃を、事前に聞いていた弱点である首や頭部に集中させた為か、ボアは未だに体勢が整わず、おぼつかない足でフラフラし、顔をブルブル振るっている。見るからに、隙だらけな状態だった。

 

 

 

 

 

「―――――― 悪いが、見逃す訳にはいかねぇ。これで決める!!」

 

 

 

 

 

 基本的に動物に好かれ、自身も好きなキリュウだが、相手は あくまでポリゴンの塊であり、敵である。心で きっちりと区別を付け、戦いを終わらせるべくファルシオンを構える。

 

 片手で投げ槍の体勢に近い形の中段で止めると、すぐさまシステムが初動モーションを検出する。ファルシオンの刃が炎の如きオレンジに染まり、今にも噴き出さんばかりに力が溜め込まれるのを感じ取ると、キリュウは眼を大きく開放し ―――――― 吼えた。

 

 

 

 

 

「ドオォォリャアァァッ!!!!」

 

 

 

 

 

 空気を摩擦するような爽快な効果音を響かせ、曲刀用ソードスキル・《 リーバー 》は発動した。

 凄まじい勢いで加速して行き、エフェクトが表現するように炎の力が纏ったかの如きその刃は、寸分 違う事無くフレンジーボアの首を斬り裂いた。

 

 

 

「ぷぎぃ~~……っ」

 

 

 

 そして、虚しささえ感じるような悲鳴を上げながら ―――――― 青白く光り、そして爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっ……凄い……!!」

 

「…………ッ!!」

 

 

 

 戦いの一部始終を見届けていたマスティルの心境は、その言葉に凝縮されていた。隣のクラインも、開いた口が塞がらないという言葉を表す表情で固まっている。言葉に出来ない、と言っても良かった。

 

 立ち振る舞いも。太刀捌きも。僅か1分前後の間に起った ありとあらゆる全てが、2人を圧倒して焼き付いたのだ。

 

 規格外 ―――――― キリュウの戦いぶりは、まさしく それだった。

 

 

 

(一体、キリュウさんって何モンなんだ……?)

 

 

 

 只者ではないという意識はあった。だが、それは せいぜい子供に対する想いが強過ぎる大人、その程度の認識でしかなかった。

 しかし、いざ彼の戦いぶりを目の当たりにして、その存在の異質さが際立った形になった。自分が抱いていた印象が、いかに的外れで浅はかなものだったかを思い知らされたのだ。

 一体どのような生き方をしたのなら、あのような空気を醸し出す事が出来るというのか。改めて、キリュウという人間の存在に強い関心と疑問を抱いていた。

 

 

 

「ふぅ………」

 

 

 

 戦闘を終えたキリュウが、3人の元に戻って来た。ファルシオンも鞘に納め、残心は消しており、緊張を解す為か大きく息を吐く。

 

 

 

「おぅ、お疲れさんやな。で、どないや? こっちでの喧嘩始め(プレイボール)の感想は?」

 

 

 

 それは野球好きの一面のある、マジマらしい手応えの尋ね方だった。対するキリュウは、小さく溜息を吐きながら首を横に振る。

 

 

 

「……思ったよりは動けた方だ。だが、それでも まだまだ改善の余地は残されてる、とも言える」

 

「せやのぅ~。現実(あっち)に比べりゃ、ありゃガキのママゴトや」

 

「ふっ、そうだな。まぁ、とりあえず……初めてとしては、妥協点と言ったところか」

 

「ま、そんなトコやな」

 

 

 

 キリュウなりの自己評価を述べ、マジマも異論はないようだった。

 

 

 

 だが、それに驚いたのはクライン達だ。

 

 

 

「えっ……そんな辛口な評価なんすか?!」

 

 

 

 初心者のクラインは まだしも、元テスターでありSAOに おいては経験豊富であるマスティルの目から見ても、先の戦闘は凄まじいものだった。

 敵の攻撃は一切 喰らわず、逆にキリュウの攻撃も回避は大胆かつ確実で、ソードスキルの発動は動きもタイミングも完璧だった。特に、ソードスキルではない通常の刀剣の攻撃も、まるで時代劇やアクション映画を見ているかのような迫力ある殺陣であった。

 

 

 

「俺達が見た限り、非の打ちようがないと思えますが……テスト時にだって、あれ程の動きが出来るヤツはいませんでしたよ」

 

 

 

 マスティルの経験上、ベータテスターの中でも特に“ 手練れ ”と言えるプレイヤーが存在したのは確かだ。

 だが、それはあくまで“ ソードスキルの発動が上手い ”といった一種の技術面の事を指すのが ほとんどだ。スキルの恩恵に頼らず、純粋な技量で目を瞠らせるプレイヤーは皆無だった。

 だが、それは ある意味 仕方のない事だ。SAOでは誰でも戦士になれるといっても、ナーヴギアを外せば誰もが平和な現代に生きる一般人。その道に小さい頃から精通している者でもない限り、武器の扱いなど知るはずもないのである。

 

 だがキリュウが見せた動きは、そんな先入観、いっそ概念とも言ってよいものを真っ向から否定するかの如きだった。それまでの価値観が逆転させてしまう程の、圧倒的な衝撃力を秘めていたのである。

 にも かかわらず、当の本人は満足せず、渋い顔をするばかり。感じさせられた側からすれば、不可解な事この上ないだろう。

 

 

 

「……確かに、俺が1人が戦う分には問題ないだろう。だが、それじゃ駄目だ」

 

「? どういう、事っすか?」

 

 

 

 不思議で仕方ないという2人の視線に、キリュウは自らの内を明かす。

 

 

 

「俺は、遥を助けに来たんだ。だが……悔しいが、ここ(SAO)向こう(現実)のようにはいかない。

 先に この世界に入った分、きっと今じゃ遥の方が俺よりも強さは上になったかもしれない。

 

 ……それじゃあ、俺は あいつを守れない」

 

 

 

 その言葉は、見方によれば男尊女卑にも繋がるようなものかもれない。古臭いとも言える考えなのかもしれない。

 しかし、クラインもマスティルも、不思議と そんな捻くれた考えは浮かばなかった。言葉の節々、表情の1つ1つに、キリュウのハルカに対する深い愛情が込められているように感じてならなかったからだ。

 

 

 

「だから ―――――― 俺は強くなる。レベルだかスキルだか、正直、今も よく解っていないが、すぐにモノにしてみせる」

 

「……正直、今から一から覚えて追い付こうと思ったら、半端じゃない労力になると思いますよ?」

 

「構わん。それ位、覚悟してた事だ。……俺は、遥を守る。その為なら、どんな事だろうが些細な事だ」

 

 

 

 キリュウの言葉が口先だけのものではない、しっかりと芯の通った強い意志である事を、クラインとマスティルは確信できた。

 同じ日本人、歳は共に倍近く離れているとはいえ、同じ大人であっても、自分とは これ程までに違うのかと、ひしひしと感じる彼の意志に圧倒されていた。

 そこには、彼の人生が自分達とは いかに違うか。そして、彼が今も なお背負っているものの“ 重さ ”が大きな要因であると、2人は朧気ながら悟る。

 

 

 現在(いま)へ ―――――― そして、自分の目の前に向ける意識の強さが違う。

 

 

 目の前の男が醸し出す底知れぬ気迫を肌で、直感で感じ、若き2人は固唾を呑んだ。

 

 

 

「……さて、夕方までは まだ時間もある。お前達にも、まだまだ付き合ってもらうぞ」

 

「っ……は、はい!!」

 

「お、押忍!!」

 

 

 

 まだまだ闘志充分のキリュウの言葉に、マスティル、そしてクラインは負けじと答えた。

 

 その2人の瞳には、本人も気付いていない“ 何か ”が燃え広がっている。

 

 

 

「……ヒヒッ♪」

 

 

 

 ただ1人、若者の変化の目撃者であるマジマは、心底 面白いと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 そして再び剣を取ったキリュウに自分も続こうと、3人の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 はじまりの街・入り口前  17:28 】

 

 

 

 

 

 夕刻になり、街の道路は人通りが少なくなっていた。朝や広間とは打って変わった静けさである。

 

 街の入り口の大通りも、それは例外ではない。その外へ通じるゲート下で1人の少女が、外の方へと視線を送っている。その先では太陽が沈みかけ、温かい明るさと静かな暗さのコントラストの情景を映している。

 少女は どこか落ち着かない様子で、何度も街と平原を交互に見ていた。不安げな表情が再び外へ向いた時、平原の方角から複数の人影が姿を現した。

 それを確認した少女は途端に眩しいまでの笑顔を浮かべ、人影に対して その小さな手を大きく振った。

 

 

 

「キリュウさ~ん!! マジマさ~ん!! クラインさ~ん!!」

 

 

 

 少女こと、シリカが喜色を込めた声で叫ぶと、向こうも声が届いたようだ。彼女の声に答えるように手を上げている。

 程なく、彼女が待っていた人影 ―――――― キリュウ一行も入口へ到着した。

 

 

 

「おかえりなさい、皆さん」

 

「ただいま、シリカ」

 

「シリカちゃん。もしかして、ずっと待ってたのか?」

 

「あ、いえ、それ程でも。現在地は、フレンドリストをちょくちょく見ながら把握してましたから、こっちに帰って来るタイミングを見計らって来ました。だから、そんなに待ってませんよ」

 

「……そうか」

 

 

 

 とは言え、時間を見ては確認したと言う辺り、やはりキリュウらの安否は常に心配だったに違いない。だが、あえて指摘する事でもないと皆は何も言わずに置いた。

 

 

 

「……ところで、この人は?」

 

 

 

 ふと、シリカはマスティルの方を見て訝しむ。彼も、どう説明したもんかと頬を掻いて言葉を考える。

 その間を、マジマが取り持った。

 

 

 

「覚えてへんか? 昨日 散々騒いだ事があったやろ?」

 

「昨日?………あっ!」

 

「思い出したみたいやな。せや、あん時の()っちゃ」

 

「はじめまして、マスティルです。あの時は、騒がせてゴメンね」

 

 

 

 大の大人に頭を下げられ、そして昨日とは まるで違う様子に、シリカは思わず面食ってしまうが、手をワタワタとさせつつ首を横に振る。

 

 

 

「あ、いえ! その、マスティルさんこそ、大丈夫そうでホッとしました。でも、どうしてこの人も?」

 

「行く途中で偶然 会ってな。こいつも、元ベータテスター、という奴らしい」

 

「それで、お詫びも兼ねてって事で、レクチャーをお願いしたって訳さ。俺も今日、改めて基本(イチ)から教わったって塩梅よ」

 

 

 

 キリュウのレベリングが一段落した後、クラインとマスティルも戦闘に参加した。デスゲームと化し、未知と死への恐怖から戦う事を恐れていた彼等だが、キリュウの戦いぶりを目の当たりにして、自然と勇気が湧いて来たらしい。

 今後の為には戦いは避けられないと、武器を再び握る事を決意したのだ。

 

 

 

「そうですか……怖く、なかったんですか?」

 

「……いや……正直、すっげぇ怖かった。今 考えても、よく踏み出せたなって自分で自分にビックリしてるさ。でもさ、キリュウさん達がいてくれたおかげで、こんな俺でも出来るって、そう思えたのさ」

 

「そう、ですか……おめでとうございます!」

 

 

 

 普段のお茶目さ、軽さが鳴りを潜めながら、クラインは起こったままを話す。表情や仕草、1つ1つを見ても、言葉ほど簡単ではなかった事は、年若いシリカにも想像できた。

 だが それでも、彼は1つの壁を乗り越えられた事への達成感を噛み締めている。隣のマスティルも同様だ。

 シリカは そんな2人を見て、心からの賞賛を送った。

 

 

 

「さて、もう日も落ちる。そろそろ宿屋へ戻ろう」

 

 

 

 少女からの言葉に照れ臭そうにしている若者を見て、思わずキリュウも頬が緩んだ。

 そして、頃合いを見計らって全員に帰還を告げる。

 

 

 

「そうっすね。さすがに、もうクタクタっすよ……主に精神的に」

 

「だらしないのぅ。若いくせに」

 

「いやいや、マジマさんと一緒にしないで下さいよ……色んな意味で格が違い過ぎるんすから!」

 

「ハッハッハ、確かに」

 

 

 

 マジマからのダメ出しに、クラインは何時間か前の、共にフィールドで戦った際の光景を思い出しながら抗議する。

 その際のマジマの暴れぶりは、とても常人には真似できるものではなかった。技量云々よりも、本能 剥き出しとも取れる縦横無尽ぶりは、ある意味キリュウ以上の衝撃だったのだ。しかも、今は そんな戦いをしていたとは思えない程に平然としている。

 そもそもの地力が違い過ぎるのだ。片や現実では平凡な社会人、片や常に修羅場を潜り、更なる闘争を渇望している反社会人。今やパラメーター、レベル差は大差ないとはいえ、個人の持つ技術が露骨に反映されるSAOにおいて、同じものを求めるのは酷としか言いようがない。

 

 

 

「……ふふふ。もうみねんな、すっかり仲良しですね」

 

「ふっ……そうだな」

 

 

 

 昨日まで街を覆い尽くしていた陰鬱な空気とは異なる、心から沁みるような温かいものを感じてシリカは優しく微笑んだ。今朝までの、淀むように落ち込んだ表情とは打って変わった年相応の柔らかい表情に、キリュウも つられて笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 男4人、そして小さな少女1人という見た目的には不釣り合いなグループは、談笑を交えながら宿へと向かう。それぞれの表情には笑みが浮かび、今が死と隣り合わせのデスゲームの渦中とは思えない雰囲気を纏っている。

 

 道中、何気なしに そんな彼等を目撃したプレイヤー達は好奇、驚き、羨望、嫉妬といった様々な感情を抱いた。

 

 

 

 そうして、宿屋の看板が見えた時であった。

 

 

 

 

 

 キリュウが、皆に話があると切り出したのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 宿屋1階  ロビー 】

 

 

 

 

 

「えっ ―――――― 明日、この街を出る!?」

 

 

 

 キリュウが告げた内容に、クラインが驚きに満ちた声を上げた。

 大きなテーブルを挟み、5人が向かい合うように座っている。クラインの右隣にいるシリカも、突然の話の内容に驚愕の表情を浮かべている。左隣にいるマスティルも同様だ。彼は本来、別の宿で停まっているのだが、キリュウから話があるから付いて来てほしいと請われた為、同行したのである。

 

 

 

「そうだ」

 

 

 

 3人の驚きにも大きな反応を示す事なく、キリュウは淡々と頷く。その厳つくも真っ直ぐな目には、冗談の類を話している雰囲気は微塵もない。

 

 

 

「で、でも、今日やっと初めて戦ったとこなんでしょ?! いくら何でも、早過ぎじゃないですか?」

 

「いや、元々レクチャーは1日で終わらせるつもりだった。それに、予想より速く戦い方のコツも掴めたしな。なら、あまり この街に長居しても仕方がない」

 

「せやったら、早いとこハルカちゃんを追いかけようや、ちゅう話や」

 

 

 

 マジマも語る通り、彼等の そもそもの目的はハルカとの合流である。最大の問題点(ネック)であったSAOに おける戦闘法についても、数時間におよぶ実戦によってベータテスターと同等、否、元テスターのマスティルが それ以上と断言できるレベルまで習得する事が出来た。であるなら、彼等の言う事は もっともと言っても間違いはないだろう。

 

 

 

「それは、そうかもしれないっすけど……」

 

 

 

 だが、それでもクラインらの顔は納得できず、渋いままだ。2人の実力を疑う訳ではないが、予想よりも遥かに早い展開に気持ちが付いていけないのである。

 

 

 

「……それにだ……俺には、どうにも嫌な予感がする」

 

 

 

 3人が不安げに見詰める中、キリュウが神妙な面持ちで言葉を漏らす。

 

 

 

「嫌な予感?」

 

「……お前達の話では、ハルカの戦いぶりは目を見張るものがあると言っていたな? そして、一緒に行動しているキリトとか言う少年も、かなりの腕だと」

 

「そう、ですけど……それが、何か問題なんすか?」

 

 

 

 キリュウの話を聞く限り、どこも気に掛ける所はないように思える。クラインは元より、シリカも、マスティルも同様だ。互いに見合わせ、首を傾げる。

 

 

 

「……考え過ぎかもしれないが、俺にしてみれば むしろ そこが気に掛かる」

 

 

「「「……?」」」

 

 

 

 キリュウの言わんとする事が飲み込めず、3人の首の傾きは更に大きくなる。

 

 

 

「……俺の見たところ、確かにベータテスターという奴は戦いに慣れているのは解った。きっと、キリトという奴も手練れだろうとは思う」

 

 

 

 直でマスティルの戦いぶりを見て感じたキリュウの感想だ。更に念を入れて、キリトの戦いぶりを知るクラインにも考察を手伝ってもらったので間違いはないと強い確信があった。

 

 

 

「だが ―――――― そいつが、“ 本当の意味での ”戦いを知っているかは疑問だ」

 

「本当の、意味……?」

 

 

 

 意味深な言葉と言い知れぬ空気に、シリカや他の2人も飲み込まれるように聞き入った。

 

 

 

「……俺は、普通とは違う、少し特殊な環境で生きた経験がある。だから、今のような環境には思うところも多い。

 そういう中では、なまじ腕に自信がある奴ほど危ういもんだ」

 

「それって、キリトさんやハルカさんが油断するって事ですか?」

 

「確証はない。が、いざギリギリの中を戦わざるを得なくなった時、あいつらは集中力を維持できるだろうか……。

 特に遥は、あいつは本来 戦いなんて望まない奴だ。正直、不安はある……」

 

 

 

 クラインとシリカが信じるキリトを、何より遥を疑うような考えはキリュウとて持ちたくはない。だが命が係わる以上、中途半端な事は出来ないのも事実だ。だから、贔屓目抜きで考えた末、どうしても安心しきる事は彼には出来なかった。

 見れば、クラインとシリカが暗い表情で俯いている。キリュウの語る懸念を聞き、再び強い不安が湧き上がって来たのだ。その心には、根拠もなく安易に信じて2人を送り出した自分達の判断を後悔しているのかもしれない。

 

 

 

「……だから、俺達は街を出る。考え過ぎなら、それに越した事はない。だが、もしも不安が的中するとしたら、早い方が良いだろう」

 

「「………」」

 

 

 

 2人に不安を与えてしまった事を内心 詫びつつ、その懸念を払拭する為にも出なければならないのだと主張する。

 キリュウの言葉には、何があろうと自分の大事なものを守り抜くという、当初からの変わらぬ強い意志が込められていた。

 その言葉は、シリカとクラインの不安を少なからず和らげさせた。彼等が近くにいれば、キリトもハルカも安心だと不思議と思えたのである。

 

 

 

「……解りました。そこまで仰るんでしたら、俺から言う事は何も ありません。

 

 キリトと、ハルカちゃんの事……よろしく頼みます」

 

「あぁ」

 

 

 

 真っ先に決断を下したのはクラインだ。彼は2人の実力や説得力、何より自身の直感を強く信じた末、彼等の事も信じる他ないと判断したのである。

 マスティル、そしてシリカも、彼に続いて頭を下げる。3人の思いを真摯に受け取り、キリュウは重く頷いた。

 

 

 

「……それで、だ。

 

 クライン、マスティル。お前達に頼みがある」

 

 

 

 そして話は終わったかと思えば、更に続く様子を見せ始めた。

 

 

 

「は、はい?」

 

「何でしょう?」

 

 

 

 首を傾げつつ、今度は何を頼むのかとキリュウの言葉を待つ。

 

 

 

「―――――― この街にいる人間に、戦い方を広めてくれないか?」

 

 

 

 それは、彼等にとって思いもよらぬ内容だった。

 

 

 

「そ、それって、レクチャーしろって事っすか? 俺達が?!」

 

「そうだ。これから先、生きていく為には、最低限 戦う術がある方が良いだろう。それに加えて、この世界における基本的な事を出来得る限りで良い、伝えて行ってくれないか」

 

 

 

 この街に籠っている1万弱の人間に戦い方を教えるという、キリュウからの まさかの提案に、クラインもマスティルも驚きは大きい。

 

 

 

「だ、だけど、どうして俺達に……?」

 

「クラインは、2人のベータテスターから教えを受けている。俺達と一緒に戦った所を見ても、特に問題はないだろうと感じた。そして何より、マスティルは経験者(ベータテスター)本人だ。

 ……あと正直なところ、頼れるのがお前達しかいないという事情もある」

 

「け、けど俺達に、そんな大役……」

 

「正直、務められる自信が………」

 

 

 

 2人とも、キリュウの言わんとする事は理解できている様子だ。

 だが、それ以上に難色も濃い。無理も無い事だ。この頼みを引き受ける事は、街にいる途方もない数の人間を背負い込めという事と同義である。並の人間なら1人や2人の世話をするだけでも大変な作業である。たとえベテランであっても、易々とは熟せないだろう。

 まして2人は、目の前の大男の半分程度しか生きていない若者である。かといって全く想像も出来ないほど無知でもなく、少し考えただけでも難しい頼みである事は解る。

 

 キリュウも自分が無理な頼みをしている自覚はあるのか、困ったように眉を下げながらも急かすような事は言わない。

 

 両者との間に何とも言えない空気が流れ、それを敏感に察したシリカも どうなるのかと心配そうな面持ちで見守っている。

 

 

 

 

 

「―――――― あぁ~~あっ! ホンマ焦れったいのぅ!!!」

 

 

 

 

 

 その場は基本的に黙っていたマジマが、不意に吠えた。クラインらは何か怒らせてしまったかと恐々としたが、単に場の辛気臭い空気に耐えられなくなっただけだとキリュウには解った。

 

 

 

「マ、マジマさん……!?」

 

「……お前ら、街の様子 見て何も思わんかったんか?」

 

「は?」

 

「それは、どういう……?」

 

 

 

 言わんとする事が よく解らず、2人は ぽかんとした反応を見せる。

 

 

 

「どこを歩いても、しみったれた空気。どいつもこいつも この世の終わりみたいな顔しおる。情けない事や思わんのか?」

 

「そ、そりゃ、そうかもしれないっすけど……」

 

「さすがに、状況が特殊過ぎます。彼等を下手に攻めるわけには……」

 

 

 

 それは、マジマの言い分は理解できるが、同時に反発を覚えていると言いたげな反論であった。

 閉じ込められたプレイヤー達は、本来は どこにでもいる一般人である。今のような拉致状態に追い込まれるだけでも精神的に辛いにも かかわらず、更に進んで戦えと唱えるのは同じ立場として気が引けた。

 マジマの性分からすれば、それは彼が先程 言ったように焦れったいものなのだろう。だが、誰もが彼のように踏ん切りを付けられる訳ではないという気持ちを2人が抱くのも当然だった。

 

 

 

「……何か、勘違いしとるようやが、俺は別に落ち込んどる奴を責めとるんとちゃうで」

 

「「え?」」

 

「今の状況を このまま放っといたら、後々必ず面倒な事になる。そう言うとるんや」

 

「そ、そりゃ どういう意味ですか?」

 

 

 

 現状よりも面倒な事になるという聞き捨てならない言葉に、クラインもマスティルも詳しく聞かせろとばかりに詰め寄る。

 そしてマジマは淡々と、2人の記憶に しっかりと焼き付けるように語る。

 

 

 

「解らんか? マスティルが言うた通り、今の状況は特殊や。自由に動けはするが、SAO(ここ)からは出られん、家にも帰られへん。完全な軟禁状態っちゅうや。

 そないな束縛状態が続いたら ―――――― あっちゅう間に頭イカれるでぇ? 抑えつけられた人間が、妙な気ぃ起こして爆発したら どないな事になるか……解るやろ?」

 

 

 

 それは、決して脅しといった類ではなかった。

 今のような状況を過去に体験した者は限りなく少ないだろうが、そういった状況に陥った人間の心理が いかなるものか、知識として知っている者は比較的 多いと推測できる。インターネットを調べれば解る事であるし、そういったものを描写したメディアも数多いからだ。

 故に、マジマの話す事は極めて信憑性が高いと言える。自分達の身近なところで感情を暴走させる事態が起きる可能性を頭に浮かべ、クラインらの表情に不安の色が強くなる。

 

 

 

「せやから、ここの奴等には“ ガス抜き ”が必須や。その為の一番の方法が、戦う事や」

 

「な、なるほど……ぶつけようのない感情を、モンスターに ぶつけて発散させるって事っすか!」

 

「完全に、とは いかんやろぅがなぁ。ま、何もせんよりはマシやろ」

 

 

 

 マジマの考えに、2人は驚きと感心の表情を浮かべる。大っぴらには言えないが、どう見ても普通には見えないマジマの口から真面目な意見が出た事への意外性が より その感情を強めていたのだった。

 

 

 

「ですけど……もし広めた後に、変に責任を押し付けてくる人が出たら……」

 

 

 

 だが、マスティルには1つ懸念があった。こういった異常事態に限って、何かが起こった時に誰かに責任を被せようとする醜い集団心理である。特に今のような抑圧状態では、その風当たりも より強いものになるだろう。

 そして、いざ戦いに出たとしても万が一という可能性も無視できない。それを考えると、まだ二の足を踏んでしまう。

 

 

 

「真面目な奴っちゃのぅ……戦う術は教えても、どう使うかは相手の自己責任やろが。何で赤の他人が何もかんも負わなあかんねん?」

 

「え!? いや、それは いくらなんでも……!」

 

「……いや、少々乱暴だろうが、兄さんの言い分にも一理ある。それに、他人の全てを負おうなんざ、やろうと思って簡単に出来る事じゃない。変に考えるだけ、身動きが取れなくなるだけだ。

 少なくとも今は難しく考えないで、少しでも後々の為に やれる事をやった方が良いんじゃねぇか?」

 

 

 

 マジマの言い分に、キリュウが助け船を入れる。少なからず独善的な考えに、より考える余地を与えた形だ。

 

 

 

 

 

「………俺、やってみようと思います。」

 

 

 

 

 

 俯いて考えていた顔を上げたクラインが、開口一番に そう告げた。

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

 シリカが、クラインに顔を向ける。それは、まるで人が恵みの雨を待ち望み、それが叶ったようにも見えた。

 そしてマスティルも、間を置かず意を決した事に驚きを隠せない様子だ。

 

 

 

「クラインさん!?」

 

「マスティルよ、キリュウさんやマジマさんの言う通りだぜ。いつ脱出できるか解らない以上、街の みんなの不安は いつか爆発する。そうなった時、何も発散する手段がないのは危険ってもんだ。

 それに何より、ここで生きる為にも(コル)が必要だ。所持金だって、いくら節約しようが絶対に尽きちまうんだからな。

 だったら2人の言う通り、最低限 戦う術だけは持たせた方が良い。

 攻略するにしたって、キリト達だけじゃ絶対に無理だ。誰かが、立たなきゃならねぇんだ……!」

 

 

 

 クラインの表情は、先程までとは まるで違う。口元を しっかりと締め、眼差しを鋭くし、眉間に刻まれた皺、1つ1つが彼の覚悟を表しているようであった。

 自分と同じ年齢の印象だったのが、今では4,5歳は年上に思える程に変わった事に、マスティルは息を呑んだ。同時に、彼なりに色々なものを背負おうとしているのだと、印象の変化は その表れだと察した。

 

 

 

「………そうですね。誰かが、必ず やらなければならない。この先みんなが生き延びる為にも、出来る事は やっておかないと!」

 

「マスティル……!」

 

「キリュウさん、マジマさん。俺も やります。

 みんなの命を預かるなんて、分不相応な事は考えません。ですけど、俺にも出来る事はあるはずです。俺が知り得る全てを広める事が それなら、協力させて下さい!」

 

 

 

 マスティルも、覚悟を固めた。

 他人に迷惑を掛けてしまった罪悪感、自分を助けてくれたキリュウらに恩返ししたい気持ち、そして自分の持ち得る全てを揮ってみたいという様々な感情が絡まり、それが強固な意志へと変貌したのである。

 

 

 

「そうか……! すまない、本当に助かる……!」

 

「ヒヒヒッ! えぇ返事やで、お前ら!!」

 

「やれるだけやろうと思います。実は、戦う以外にもSAOには色んな“ 職業 ”があるんです。鍛冶屋とか、道具屋とか、それこそ無数に。どうしても戦えない人には、そういったものを広げていけば良いと思います。勿論、色んな助けが必要なのは確かですが」

 

「ほぅ~? そりゃ、えぇこと聞いたわ。なぁ、キリュウちゃんよ」

 

「あぁ、無理に全員に戦わせなくて良いのなら、それに越した事はない。頼む」

 

 

 

 頼もしい協力者を得、懸念だった部分に解決の見込みが立った事に、キリュウもマジマも安心した様子である。

 

 

 これで、憂いなく遥たちの後を追えると、これからの戦いに向けて高めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 一方で、彼等は気付いていなかった ―――――― 少女が、1人 熟考を重ねていた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 翌日  はじまりの街  門前 】

 

 

 

 

 

 一夜明け、翌日の朝の8時過ぎ。この日は前日と同じく、青空が際立つ快晴と言える天気であった。

 キリュウ、マジマの2人が、外へ続く門の下で立っていた。だが、その様子は どこか妙であった。どこか苛立ちと心配を混ぜたような面持ちで、街の方に目線を向けていた。

 

 

 

「……遅いのぅ。まだ見付けられへん(・・・・・・・)のかいな」

 

「………」

 

 

 

 昨日の内に、戦いで消耗した武器、装備の補修。および回復アイテムの補充も済ませており、出立準備は既に完了していた。

 予定なら、彼等は もう既に街を出発しているはずだった。

 

 

 

 

 だが、今日になって思いもよらぬ事が起こったのだ。

 

 

 

 

 

(―――――― シリカ……どこに行ったんだ……?)

 

 

 

 

 

 そう。今朝になって、彼女の姿が見えなくなっていた。

 

 最初に異変に気付いたのはクラインだった。

 2人の出発の時間が近付き、共に見送りをしようとシリカを呼びに行った。だが彼が見たものは、部屋の主の姿がない、もぬけの殻になった静かな一室であった。

 はじめは、トイレに行ったのかと考えたが、SAOでは排泄行為は不要であると すぐに気付く。では食堂にでもいるのかと覗いたが、どこにも姿は見えない。

 昨夜の内に、どこかへ行くといった事も勿論クラインは聞いていない。時間と共に、不安と焦燥感は高まった。

 思わぬ事態にキリュウらも共に探そうと考えたが、彼等の予定を台無しにする訳にもいかないと、クラインはマスティルと共に街を探しに行ったのだ。

 

 

 そして現在、キリュウとマジマはクラインに言われた通り、街の入り口で待機していた。だが、既に捜索を始めてから1時間は経過している。さすがに、2人の痺れも切れようとしていた。

 

 

 自分達も行こうかと考えた ―――――― その時だった。

 

 

 

「おっ。来たでぇ!」

 

「む?」

 

 

 

 マジマの声に引かれて見てみると、視線の先で見覚えのある人影が近付いてきていた。数も、きっちり3人 揃っている。どうやら、不安は杞憂に終わったらしい。

 

 

 何は ともあれ、心から安堵した ―――――― その瞬間、キリュウとマジマはある違和感(・・・・・)に気付いた。

 

 

 程なく、クライン、マスティル、そして懸念だったシリカが やって来る。見付けて すぐ走って来たのだろう。3人とも息が若干 乱れて肩で呼吸している。

 

 

 

「すっ、すいません! お待たせしました!」

 

「遅れて、申し訳ありません!」

 

「いや、別に構わない。それより……」

 

 

 

 キリュウは、クラインとマスティルの間にいるシリカを見た。

 

 

 

「……シリカ。その格好(・・・・)は、、どうした?」

 

「………」

 

 

 

 キリュウらが感じた違和感 ―――――― それは、彼女の服装だった。昨日までのプレイヤーの初期装備である やや時代がかった雰囲気の肩出しの女性服だけでなく、その上に《 ベース・クロス 》という簡易な革装備を纏っており、腰には得物であろう短剣も下げていた。明らかに、冒険を意識した武装である。

 

 

 嫌な予感が、キリュウの脳裏に よぎった。

 

 

 

「……お願いします ―――――― あたしも、連れてって下さい!!」

 

 

 

 はたして、キリュウにとって残念ながら、それは的中した。

 

 

 

「……どういう事だ?」

 

 

 

 全くもって、訳が解らない展開だった。混乱し始めている頭を必死に落ち着かせながら、少しでも理由を探ろうとクラインらに尋ねる。

 

 

 

「す、すんません、キリュウさん。けど正直、俺にもよく解らなくって……」

 

「見付けた時から、自分も行くの一点張りで……」

 

 

 

 しかし、クラインらもシリカの唐突の変化に戸惑っている最中であるらしい。

 

 

 ここに来るまでの話を要約すると、こうである。

 

 

 キリュウらと別れた後、街で聞き込みを進め、クライン達はシリカを発見した。その場所は、何と武器屋。丁度 買い物を済ませて出て来た直後であり、事の経緯の説明を求めた。

 すると、何も知らせずに出て行った事は詫びた上で、自分もキリュウらと行動を共にすると言い出したのである。

 予想外の事態に混乱するクラインらを尻目に、シリカは早足でここまで、説得の言葉にも まるで耳を貸さずに来たという。

 

 

 

「……シリカ。どうして、いきなり付いて来るなんて言い出すんだ?」

 

 

 

 もはや、本人に直接 聞くしかない。キリュウは少なからず厳しい目線でもって尋ねる。

 

 

 

「……あたしも、色々と考えたんです。自分が出来る事は何かないか、やりたい事は何だろうって。

 それで、思ったんです……キリュウさんと同じで、あたしもハルカさんの力になりたいって。だって、この世界で出来た、初めての友達だから!」

 

「………」

 

 

 

 友を想うが故に、動かざるを得ない ―――――― その心境は、他でもないキリュウの心に強く響き、共感できるものであった。

 だが、それで納得できるかは別問題である。元より、危険だと解り切っている道中に、幼いとさえ言えるシリカを同行させるなど、キリュウにとっては問題外だった。

 とはいえ、彼女の意思は強い様子だ。それは言葉の節々、何より目を見れば明白である。

 

 

 

「ハルカが、それを望んでないとしてもか?」

 

「……こう言ってはあれですけど、ハルカさんだって、あたしの意見を聞かずに行きました。屁理屈だとは思いますけど、お相子だと思います」

 

「むぅ……」

 

 

 

 そこで、彼女の心を揺らがせる言葉を向けてみたものの、思いのほか効果が薄いようだった。僅かに反応は見せたものの、きっぱりと否定したのだ。当の本人も屁理屈だという自覚がある分、より性質が悪いといえる。より強い意志でもって決意を固めているという証拠だからだ。

 

 

 

「けど、やっぱり無茶だってシリカちゃん、危険過ぎる!」

 

「どうしてですか? あたしが子供だからですか? それなら、キリトさんやハルカさんだって当てはまると思いますけど」

 

「うっ……そっ、それは……」

 

 

 

 見かねてクラインも説得を試みるも、痛い所を突かれて反論できず口籠る。小さい子供に大人が口で圧倒する光景は、呆れを通り越して感心すら覚える光景である。決意を固めた人間は強いという事の証明といえるだろう。

 

 

 

「……もうえぇわ。キリュウちゃん、クラちゃん」

 

「兄さん……」

 

「ク、クラちゃん…?」

 

 

 

 これまで黙って窺っていたマジマが、見かねたのか面倒になったのかは定かではないものの、助け舟を出した。妙な渾名を付けられて呆気に取られているクラインを他所に、前へと出る。

 

 

 

「これ以上ゴチャゴチャ言うてても埒が明かんわ。はっきり言うて、時間の無駄や」

 

「……まさか、なら連れてけって言うんじゃないだろうな?」

 

 

 

 その言葉に、マジマはニィ……と、恐ろしくも妖しい笑みを浮かべた。

 

 

 

「―――――― その“ まさか ”や」

 

「! マジマさん……!?」

 

 

 

 マジマの賛成は予想外だったのか、キリュウらは元よりシリカも驚きを隠せない。

 だが兄貴分の意見でも、やはり誰よりも子供という存在を尊いものと考えるキリュウは簡単には譲れないものだった。

 

 

 

「だが、やはり連れて行くのは……」

 

「……シリカよ」

 

 

 

 しかしマジマはキリュウの言葉を無視し、シリカに問い掛ける。

 

 

 

「は、はい!」

 

「昨日も言うた思うが、自分の事は基本的に自己責任や。特に戦いに出る以上、よっぽどの事でもあらへんかったら、例え どうなっても相手に責任は負わせられへん。

 

 

 ……そこんとこ、ホンマに解っとるんやろな?」

 

 

 

 中途半端な答えでは許さない ―――――― 片方しかない目は、鋭くシリカを捉え、そう言っているように思えた。

 

 

 これまで感じた事のない威圧感に圧され固唾を呑みながらも、マジマの言葉の意味をシリカは考える。

 

 自分は これから、危険極まりない場所へと向かっていく。きっと、まだ記憶に新しい青猪の他にも、様々なモンスターが襲い掛かって来るだろう。

 その時、自分は対処できるのか。きっと、目の前にいる男2人も何だかんだ言って助け舟を出してくれる確信はある。だが、それに甘えてはいけないだろう。それ位は、幼いシリカにも解る。

 

 

 

(もし、キリュウさんやマジマさんの助けも無理な状況になったとしたら……)

 

 

 

 自らの身に降り懸かる最悪の事態を想像する。それは決して妄想の類ではなく、SAO(ここ)でなら十二分にあり得る可能性だ。

 

 巨体が、鋭い牙が、硬い爪が、手が、足が、刃が ―――――― 様々要因での己の死を思い浮かべた時、自分の呼吸が乱れている事に気付いた。足も、手も震え出している。

 うっすらとであるが、自らの生存本能が“ 留まるべき ”という指令を出しているのだと感じ取った。

 

 言い様のない不安がシリカの体に圧し掛かる。一度 自覚した恐怖は底なし沼の如く彼女の心身を蝕み、自由を奪おうとする。経験した事のない強い葛藤は、やがて視界にも影響を及ぼし始めていた。

 反射的に、シリカは強く瞼を閉じる。

 

 

 

 

 

 ――――――――― シリカちゃん……そばにいてあげられなくて、御免ね…

 

 

 

 

 

 刹那 ―――――― 彼女の脳裏に浮かんだのは、敬愛する少女が立ち去る際の顔と、残した言葉だった。

 彼女は、出合って1日も経っていない自分に対しても強く案じていた。凛々しくも儚げな、そして温かい言葉と表情は、今でも忘れられない。

 

 

 

(そうだ……あたしは、ハルカさんのお荷物にはなりたくない……!)

 

 

 

 その時、自分が強く感じたのはハルカの幸運を祈る想いでも、ましてや死を恐れる事でもない ―――――― 彼女に付いて行こうという気概さえ持てなかった、自分自身の弱さへの憤怒だった。

 本当に、彼女やキリトの身を案じるなら付いていくべきだった。それが、シリカが考え抜いた末の答えであった。

 

 ならばと、自分が成すべき事が おのずと浮かび上がって来る。

 

 

 その表情は、見るからに決意に満ち、力強いものへと変わっていった。

 

 

 

「――――――――― はい!!」

 

「……えぇ返事や」

 

 

 

 その表情に相応しい強い言葉に、マジマは心底 満足そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

「どや、キリュウちゃん? これでも、まだ不満か?」

 

「……もう答えは決まったようなもんだろう……やれやれ」

 

「じゃあ……」

 

 

 

 呆れつつも言ったキリュウの言葉に、シリカは目を大きく開かせ、続きを待つ。

 

 

 

 

 

「置いて行っても勝手に出て行っちまいそうだからな……なら、いっそ近くに置いた方が良い

 

 

 良いだろう ―――――― 連れてってやる」

 

 

 

 

「っ!! あ、ありがとうございます!!!」

 

 

 

 感極まり、今にも泣きそうになりながら、頭を下げた。

 結局 流されるままに決断してしまった自分に呆れながら、キリュウは自嘲の溜息を漏らす。すでに脳裏では、義娘に対しての謝罪を考え始めていた。

 

 

 

「キリュウさん……」

 

「……何も言うな。予定はだいぶ狂ったが、俺達は行く。後の事は、頼む」

 

 

 

 まだ言いたい事はあったが、ここまで話が進んでしまった以上、出鼻を挫くのも良くないと考え、クラインもマスティルも追及と説得を断念した。

 

 

 

「……はい! どれだけ出来るか、正直さっぱりですけど、精一杯やってみます!!」

 

 

 

 気持ちを切り替え、これから始まる事へ向け気持ちを高めようと心を新たにした。想像も付かない難事になるだろうが、やり甲斐はあると自らの士気を鼓舞する。

 

 

 

「マスティル。こいつ肝心なとこで頼りないからの、しっかりフォロー頼むで」

 

「ちょっ、マジマさん?!」

 

「はい、お任せ下さい!!」

 

「って、お前ぇもかよ!!」

 

 

 

 一方で、緊張感の抜ける やり取りも行われる。本人は決して言わないが、重荷を背負う事になった2人に対し、少しでも肩の荷を軽くさせる為の気遣いであった。

 

 

 

「ふふふ!」

 

 

 

 そんな内心を察してか否か、シリカは3人の何気ない やり取りに年相応の愛らしい笑みを溢した。

 そこには、戦いへ赴く事への悲壮感は まるで感じられない。ただ ひたすらに前へ向かっていく、真っ直ぐなまでの想いが彼等を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いよいよだ。ハルカ ――――――――― 今 行くぞ…!!)

 

 

 

 

 地平の彼方を望む。未だ近くも遠くにいる少女を想い、キリュウは覚悟を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今後、2年に及ぶ長き戦いの日々 ―――――― その第一歩が、この時 踏み出されたのであった。

 

 

 

 

 

 





龍と狂犬、幼女と共に発つ!!

冗談はさておき、これにて第2部は終了です。次回からは再びキリト・ハルカ視点から話を始め、今度は遂に第1層攻略までを描いて行きます。
それに伴い、未だ登場してないキャラも次々と出す予定ですので、時間はかかるでしょうが 第3部も、どうかお楽しみ下さい。

では、またの日をvv




※マスティル(Mastel)

Cv.野島(のじま) 健児(けんじ)(イメージ)

身長:173cm  体重:64kg  年齢:24歳


名前の由来は『 Master(マスター)(師匠、熟達者など) 』から。

今作のオリジナルキャラクター。中肉中背の見た目も平凡な男性プレイヤー。

現実(リアル)では、高校までは両親との不仲が原因で荒れた生活を送っていた。
しかし高校中退後、父親が癌に(かか)って程無く世を去り、母親もその後の心労が重なり、体を壊すようになってしまう。
この時になって、自分が如何につまらない事で親を蔑ろにして来たのかを悟り、後悔し、心機一転して真っ当な生き方をする事を決意する。
親族の援助を受けながらバイト、就職活動を重ねた結果、遂に正社員としての職を手にする。
しかし、それから僅か2か月後の11月6日。趣味であるゲームを興じていた時、後の世にいう《 SAO事件 》に巻き込まれてしまう。囚われの身となり、現実に残して来た母親や仕事の事を重く考えるあまり、半ば正気を失って突飛の無い行動に出てしまうも、偶然その場に訪れたキリュウ・マジマに救われ、一命を取りとめた。
実はベータテスターであり、当時は《 基本に忠実で、堅実なプレイヤー 》と地味に評価される実力を持つ。当初は死への恐怖で委縮していたが、恩義あるキリュウらにレクチャーする内に“ これが今の自分に出来る事 ”だと自覚し、恐怖もあらかた克服した。

キリュウらが旅立った後、クラインと共に街の人間への援助を行ない始める。




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