SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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みなさま、お久し振りです。

『 遅筆の極み 』を右手に宿す、具足太師で御座います。


まず第一に…………遅くなって、本当にスミマセンでした!!!!<(_ _)>

詳しくはあとがきで明記しますが、『 龍が如く 維新 』のクリアを最優先させたのと、『 ホロウ・フラグメント 』の情報を入手するのに躍起になってた事もあって、ここまで遅くなってしまいました。悪い癖だとは自覚しつつも、設定厨な自分に ほとほと呆れてしまうこの頃です(-_-;)

ともあれ、仕事が忙しいのは相変わらずですが、これからは本格的に再開する心積りですので、読者のみなさまには、どうか広い心をもって接して欲しいと思う所存です。


では、どうぞ。




『 黄昏の街で 』

 

 

 

 

 

 全てが電子で構成された空間に、桐生の意識は舞い降りた。

 

 

 

 この辺りは、他のナーヴギアゲームと同じだ。世間が騒ぐほどなので、何か特別な何かがあると勝手に想像していたが、そうでもないようだった。少しばかり拍子抜けする様子が見受けられる。

 

 しばし待つと、不意に理解不能な数字・文字列が現れて周囲を覆い、瞬く間にその場は、未来的にして幻想的な空間に変貌する。

 そして、それらをじっくり眺める間もなく、ゲームの初期設定ガイドが作動した。

 

 

 

 『プレイヤーIDと、パスワードを入力して下さい』

 

 

 

 女性的な、そして機械的なアナウンスに従い、桐生は浮かび上がったウィンドウに適当に それらを埋めていく。相変わらず体はないはずなのに物に触れられる感覚は不思議なものだと、他愛のない事も感じていた。

 もし、これが純粋なゲームであったなら、年甲斐もなく少しは気分が高揚したかもしれないが、今となっては当然と言うべきか、そんな気持ちの変化は微塵も起きない。

 ただ、“ 地獄 ”へと舞い降りる儀式にしては、随分と味気ないものだと少しばかり呆れる程度だった。

 

 

 そして ―――――― こんな事件さえ起きなければ、アサガオで子供達と楽しくプレイ出来たかもしれないという1つの可能性を考えただけで、桐生の心は言葉に出来ない悲しみと怒りに囚われそうになる。

 そんな暗い感情を振り払うように入力を進め、最後にOKボタンを押して終了する。

 

 

 

 『プレイヤーネームを設定して下さい』

 

 

 

 次なる指示が表示される。ゲーム内における、自分の名を決めよというものだ。

 指示を見て、桐生は特に悩む様子も見せず、淀みなく指を動かす。

 

 

 そして、1つの名を画面に表記した。

 

 

 

 

 

 Name : Kiryu

 

 

 

 

 

 この突入(ダイブ)は、遊びに行く訳ではない。大切な者を守る為、己が全霊を賭して戦うのだ。故に、そんな自分が冠する名はこれ以外にないと考え、入力した。

 OKボタンを押すと、全てのウィンドウが消え、辺りの景色も変化が起こり始める。

 

 

 

 いよいよ本番か……そう思った刹那 ―――――― 周囲が、黒く染まった。

 

 

 

 予想外の変化だった。必要な設定は全て終わったはずなのに、ゲームが始まる感じも起きない。ただ、桐生の意識だけが電子の暗闇に浮かんでいるような状態である。

 

 桐生は周囲を警戒する。体は存在しないが、致命的なまでの隙を晒すつもりはなかった。

 

 

 そして、不意に、目の前で“ 変化 ”が起こった。

 

 

 黒一色の背景に浮かぶように、赤い色が浮かび始めたのだ。独特な効果音と共に浮かび上がるそれは、瞬く間に広がり、桐生の視界を覆い尽くすほどになっていく。

 

 

 やがてそれは形を成し ―――――― 巨大な人型へと変わっていった。

 

 

 桐生は、思わず目を瞠った。

 

 彼の眼前にそびえ立つように浮かび上がった存在 ―――――― 魔法使いを彷彿させる、赤いローブに白い手袋の巨人に、見覚えがあったからだ。

 

 まさしく ―――――― 桐生が悪夢で見た存在そのものだった。

 

 自分が予知夢を見た事に驚きつつも、想定外の出来事に対し全神経を集中させる。

 

 

 

 

 

『 これは驚いた。まさか、今になってログインする者が現れようとは 』

 

 

 

 

 

 やがて、巨人が存在しない口を開いた。

 若くも やや低く、それでいて理知的な佇まいを思わせる その声であった。

 

 

 

(秋山………? いや、そんな訳はないか)

 

 

 

 何となく そんな考えが浮かんだが、即座に そんな考えを捨てると、目の前の存在に集中し直す。

 そして すぐに、1つの答え(・・・・・)が浮かび上がった。

 赤ローブは、桐生が今 置かれている状況から考えても、ゲームに干渉できる存在である事は明らかだ。それでいて、口ぶりから今の混乱した現状を引き起こした側である事も明白である。

 そして、比較的 年若い男の声 ―――――― これらを統合して考えれば、おのずと答えは限られる。

 

 

 

「……お前が、茅場 晶彦か?」

 

 

『 如何にも。私がこのSAOを創り出し、その全てを統べ得る者だ 』

 

 

 

 しかして、予想は的中した。やはりと思うのと同時に、その物言いに言いようのない嫌悪感に似た感覚を抱く。

 

 

 

「“ 全てを統べる ”だと……? まるで、神にでもなったかのような口ぶりだな」

 

 

『 神……か、成程。今や、この世界を唯一コントロール出来るという意味では、あながち間違いでもないか 』

 

 

 

 桐生の皮肉にも、あくまで冷静な口で受け止め、咀嚼し、返す茅場。そんな無駄な程に落ち着き払った態度を見て、桐生は更に頭に血が上る感覚を覚える。まるで、人の命など何とも思っていないと言わんばかりの(てい)である。

 人の命を軽視し、そして掛け替えのない大切な人間の命を捕らえ、弄んでいる ―――――― 考えれば考える程、目の前の存在に対し桐生は怒りが湧き上がって行く。

 

 

 

『 ―――――― 怒っているな。この私に、殺意とも取れる感情を剥き出しにし、それを向けている。存外、悪くないものだ 』

 

 

「………」

 

 

 

 ゲームマスター(全てを支配する者)としての余裕か、はたまた学者としての好奇心ゆえか、並のチンピラでも泣いて逃げ出す程の桐生の睨みを受けても、まるで他人事のように思える言葉を口にする茅場。

 さしもの桐生も、あまりに人間味の薄い その反応に、一種の薄気味悪さすら感じる。

 

 

 

『 ふむ……『 キリュウ 』君、と言うのか。君は一体 何者だ? 見たところ、只者ではなさそうではあるが…… 』

 

 

 

 小さなウィンドウが茅場の顔 付近に現れ、それを一瞥した後、桐生が入力した名前(プレイヤーネーム)を読み上げ、尋ねてきた。おそらく、先程 入力したデータを引き出し、ウィンドウに表示させているのだろう。

 

 

 

「お前が口にした通りだ。俺は『 キリュウ 』

 

 別に誰という訳でもねぇ ―――――― ただの、1人の人間だ」

 

 

 

 野生の狼が巨大な敵に威嚇するように、古の武将が高らかに名を称するように ―――――― 《 堂島の龍 》は新たな名を創造神に名乗った。

 

 

 

『 ほぅ……その“ ただの男 ”が、今のSAOへと飛び込もうと言うのかね? 見たところ、何の対策も施してはいないようだが 』

 

 

「それが……どうした」

 

 

『 解せんな。このままダイブすれば どうなるかは解らない程、君は愚鈍にも見えない 』

 

 

「あぁ、解ってるさ」

 

 

『 全てを理解していて、尚も進もう(ダイブしよう)と言うのか? 』

 

 

「くどい」

 

 

『 ふむ 』

 

 

 

 それだけ呟き、茅場は黙る。相変わらず そのアバターには表情というものが全く窺えないが、じっと凝視され、吟味されているような感覚だけは、今もキリュウは感じ取っていた。そういったものを向けられる事 自体は、不本意だが場馴れしている。

 しかし、今までにない種類の相手を前にして、否応なく緊張感は高まって行く。

 

 両者の間に、心地の悪い沈黙が流れる。

 

 

 

『 ―――――― まぁ構うまい。当初の想定には無かったが、敢えて来ると言うのであれば、私としても拒む理由は無い 』

 

 

「それは、つまり……」

 

 

『 “ 君を歓迎する ” ――――― という意味だよ、キリュウ君 』

 

 

 

 しばしの沈黙の後、茅場の言葉が終わると同時に、空間に光が戻り始めた。

 

 

 同時に、キリュウの意識にも変化が生じる。

 

 まるで ―――――― 今ある現実は遠ざかるかのように。

 

 

 いよいよ、本番が始まるのだと察した。

 

 

 

『 勇敢なる戦士よ。憎き敵からで申し訳ないが ―――――― 武運を祈らせて貰おう 』

 

 

 

 どこまでも、神の如き余裕を孕んだ声で言う茅場。既に口は利けない状態に移っていたいた為、キリュウは睨む事で せめてもの反抗の意を示す。

 

 

 

 必ず、このような馬鹿げたゲームは終わらせる ―――――― そう強く決意して。

 

 

 

 

 

 やがて、キリュウの意識は真っ白に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に途切れる瞬間 ――――――――― 茅場は一言、言い残していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Welcome To “ Sword Art Online ”(私の世界へ、ようこそ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  †     †     †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 第1層  はじまりの街 】

 

 

 

 

 

 一瞬の浮遊感。その後、地に足が着く感覚を覚えると、キリュウの意識は完全に覚醒した。

 即座に瞼を開ける。周囲を見回してみると、見た事もない西洋風の街並みの只中にいる事を認識した。既に夕方の6時を回っている事もあって、辺りは すっかり薄暗くなっている。

 そして すぐに、自らの体を確認する。見れば、自らの装いが患者衣ではなく、映画などでしか見た事のないような西洋の傭兵風の衣服を身に纏っている事に気付いた。手足も慣らすように動かしてみるが、それ以外は特に変わった様子はないようだ。

 

 

 

(……どうやら、無事に着いたようだな)

 

 

 

 間違いなく、このSAOの舞台である《 浮遊城・アインクラッド 》であろう。それが解ると、ひとまず安堵する。今までにプレイしたゲームを遥かに超える、あまりの精巧さに現実と見分けが付かない程であるが、無事にダイブは終えたのだと理解した。

 同時に、もうゲームがクリアされるまで、二度と現実には戻れないという事も改めて認識する。そう考えると、周囲に広がる城壁のような建物も、まるで巨大な檻のように見えてくる。

 圧迫感のようなものが、心に去来する。だが、もはやキリュウに恐怖など あるはずもない。全て承知の上で、反対意見も全て押し退けて来たのだから。

 

 

 だからキリュウがすべき事は、ただ1つ ―――――― 必ず、遥を救出して、生きて帰る事のみである。

 

 

 

(さて。まず、すべき事は………)

 

 

 

 覚悟の再認識も終え、早速キリュウは自分が今すべき事について思考する。

 説明書によれば、プレイヤーが最初にすべき事は武器屋で武器を買い、冒険の準備を整えるとの事であった。確かに それも欠かせぬ事だが、キリュウには それよりも先にすべき事があった。

 

 

 

(……真島の兄さんも、もう この街に降りてるはずだ。まずは兄さんと合流しないと)

 

 

 

 そう、キリュウ(桐生)と共にこのアインクラッドに突入した、兄貴分との合流が最優先事項と言えた。しかる後、街で出来るだけ遥の情報を集め、必要ならば装備を整えてフィールドに繰り出す他ない。

 

 

 

(とはいえ、どこにいるか……?)

 

 

 

 キリュウと真島は同時にログインを行なった。この広場がプレイヤーのスタート地点ならば、おそらく近くにいるはずである。

 とは言え、この広場は途轍もなく広い。ぱっと見回しただけでも、ゆうに1万人は入れる程の広さがある。まばらに人影が見えるが、とても小さく見える程に奥行きがあるようだ。遠目ではあるが、いずれも真島とは見受けられない。

 

 

 

(もしかしたら……先に降り立って、もう街を探索しているかもしれないな)

 

 

 

 ただでさえ落ち着きのない人間である。やるべき時には しっかりとやってくれる頼もしい人間ではあるが、同時に子供のような無邪気さも兼ね備えた40代後半である。今までに見た事もないであろうゲーム内の光景を目の当たりにして、興奮していたとしても何ら不思議ではない。

 とにもかくにも、動かない事には始まらない。丁度、視線の先に街の中へ通ずる道が目に入ったので、まずは そっちの方へと足を進め始める。

 

 

 

 

 

「―――――― な、なぁアンタ……」

 

 

 

 だが、まだ10歩も進まない所で、不意に呼びかけられた。

 声がした後方を見ると、10代後半から20代前半くらいの若い男が2人 立っていた。どちらも困惑しているような、不安気な表情を浮かべてキリュウを見ていた。無論、キリュウには2人は見覚えはない。

 

 

 

「……俺か…?」

 

 

 

 他に人の姿はないが、念の為そう尋ねると、2人はこくこくと首を縦に振った。

 

 

 

「ア、アンタ今、もしかして……ログイン…して来なかったか……?」

 

「さっき、たまたま目に入ってよ……どうなんだ?」

 

 

 

 どうやら、キリュウがこの街に降り立った瞬間を目撃したようだった。まばらとは言え人影はあったのだから、目撃されていても何ら不思議ではない。

 

 

 

「………あぁ、ログインして、ここに来た」

 

 

 

 キリュウは しばし考えた後、正直に答える。返答を聞くや、たちまち2人の表情が変化する。まるで遭難した被害者が、救助隊でも見るかのような目だった。

 

 それを見て、キリュウは少々面倒な事になる(・・・・・・・)予感がした。

 

 

 

「やっ、やっぱり そうか!」

 

「ログインして来たって事は、もう事態は解決したのか!?」

 

「俺達も、ここ(アインクラッド)から出られるのか!?」

 

 

 

 見るからに興奮し、矢継ぎ早に問い詰める2人。

 

 

 キリュウはどう言うべきか悩んだ。この事態は、あらかじめ予測していた事だった。ログインすれば、否応なく人目に付くからだ。

 閉じ込められたのが1万人だと言っても、その全てが戦いに参加している訳ではないだろう。加えて、その ほとんどが10代から20代、いっていたとしても30代そこそこのはずである。それも、闘いはおろか喧嘩すらも満足にした事もないであろうゲーマーに、命を懸けた本当の戦いをするとは、到底 考え難かった。

 となれば、安全圏である街で閉じ籠っているのが大多数だとは予想できる。ならば、キリュウがログインする瞬間を目撃する確率も高いと あらかじめ踏んでいたのだ。

 

 そして、それをみた人間がどういう反応を示すのか ―――――― まさに、今キリュウが置かれている状況に他ならない。

 

 彼等からすれば、今になってゲームに入ってくる者がいる、即ち(イコール)もう異常事態に終止符が打たれたのだと、そう解釈するのは自明の理である。一体 誰が好き好んで死にに行くような真似をすると考えるだろう。

 

 そしてキリュウが懸念するのは、そうして希望を見出した人間に対し、再び絶望を叩き付ける事で、彼等が どういう反応を返すのか、という事である。

 普通に考えれば、それは極めて不味い事なのは言うまでもない。弱り切った心に容赦なく止めを刺すのと、ほぼ同意の行為だからだ。最悪、下手をすれば自殺だって考える者が出るかもしれない。

 

 故にキリュウは、一体どういった言葉で彼等を説得すべきなのか、それを必死に考えていた。

 

 

 

「なぁっ、どうなんだよ!?」

 

「それは……」

 

 

 

 とはいえ返答を急かす言葉に、キリュウも良い答えは浮かばない。

 

 

 

 

 

 その時だった ―――――――――

 

 

 

 

 

「たっ……大変だぁ~~~~!!!」

 

 

 

 

 

 キリュウから見て右手側から、1人の やや小太りの男が走ってやって来た。事情は飲み込めないが、見るからに相当 慌てている事だけは解った。3人の近くで足を止め、膝に手を付いてゼエゼエと荒い息を吐いた。

 

 

 

「何だ、テッちゃんじゃないか。どうしたんだ、そんなに慌てて?」

 

「何かあったのか?」

 

「はぁ…はぁ……マ…マサキ、ジュ…ジュン……そ、それが……っげほっげほ!」

 

「オイオイ! とりあえず落ち着けって! 何 言ってるのかよく解んねぇよ!」

 

「まず呼吸を整えろ、話すのは それからだ」

 

 

 

 どうやら、2人の友達か何からしい。疲労困憊にも かかわらず無理に話をしようとするのを制し、呼吸を整えさせた。しばしの深呼吸の後、ようやく呼吸も元通りになったところで(テッちゃん)は口を開き出す。キリュウも、先程の様子から事情が気になっていたので、耳を傾けた。

 

 

 

 

 

「ま、街の外郭で ―――――― また人が飛び降りようとしている(・・・・・・・・・・・・・・・)んだ!!」

 

 

 

「「「 !!? 」」」

 

 

 

 しかして、その内容はあまりにも衝撃的なものだった。

 

 男2人は元より、キリュウですらも予想外の内容に目を丸くする。

 

 

 

「お、おい! 何で また!?」

 

昨日の件(・・・・)があったってのに、またやろうとしてるってのか!?」

 

「お、俺に言われても知れねぇよ……! いきなり暴れ出したんだっ」

 

「と、ともかく行くぞ! 流石にシャレにならん話だからな!」

 

「お、おう。テッちゃん、そこはどこだ?」

 

“ 南の噴水を越えた先 ”の所だよ、早く行こう」

 

 

 

 ひとしきり会話を終えると、3人は急ぎ足で走り去って行った。

 思いもよらぬ事態に少々戸惑いつつも、後に残されたキリュウは、3人が交わした会話の内容を振り返る。

 

 

 

(……随分と、穏やかな話じゃなかったな。あいつらは“ また ”と言っていた……それは つまり……)

 

 

 

 それは、深く考えるまでもない事だった。

 昨日 ―――――― 全てを悪夢に変えた11月6日のあの瞬間の後、アインクラッド(ここ)で“ 悲劇 ”が起こったのだ。

 理由は解らない。自殺と考えるのが妥当かもしれないが、先程の会話を思い出す限り、そう仮定するには少々腑に落ちないものを感じる。

 しかしながら、今ここで あれこれ考えても仕方がないのは確かである。

 

 

 

(……兄さんとの合流を、と考えていたが……仕方がない。俺も行ってみよう)

 

 

 

 ここまで話を聞いてしまった以上、無視する訳にもいかない。そんな事は、キリュウの矜持と心が許さない事だ。

 

 

 後の事態など全く気にする事もなく、キリュウも彼等が走って行った方向へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 はじまりの街・南部 】

 

 

 

 

 

 あれから、数分は走っただろうか。

 街の規模が どれ程かは解らないが、だいぶ外の方へと来ただろうと考える。街を囲む城壁が徐々に大きく見えてきているのが その証拠と言える。おそらく、その辺りまで行けば目的地があるだろうと当たりを付けた。

 

 

 

(それにしても……この『 アバター 』とやらは、思いの外 厄介なものだな……)

 

 

 

 走りながら、キリュウは己の体に対する違和感(・・・・・・・・・・)に意識を向けた。

 事前に、南田からアバターを通常の肉体と同義には考えるなと忠告を受けてはいた。しかし、現実に こうして仮の肉体を行使してみると、彼の言葉が一体どういう意味だったのか、身に染みて解った。

 

 

 第一に、現実と比べると、妙に体全体が重く感じ取れた。

 このアバターは、筋力も速力も、全てパラメーターに依存するシステムで出来ている。おそらく、現在レベルも全く上昇していない『 1 』のキリュウのパラメーターでは、本来に比べて遥かに劣る力しか出せていないのだろう。

 キリュウは、生来より類稀な身体能力をもって今日まで生きてきた。その才能が本格的に開花したのは極道界に身を投じてからだが、当初から その力は並の人の力や数など まるで物ともしない程だった。

 そんな常人離れした肉体に すっかり慣れていた為に、いきなり常人並の力に落ち込んだ事が、まだ脳や心が認識し切れていないのだ。現に、今も数分 走っただけで もう息苦しさを覚え始めている。現実なら、まだまだ余裕があるはずと全身の感覚が告げているだけに、その違和感は決して小さいものではなかった。

 

 

 

(こればっかりは仕方ない……だが、レベルさえ上げていけば何とかなるか)

 

 

 

 今の力が足りないのなら、上げるしかない。幸いと言うべきか、このゲームはレベル制である。モンスターと戦えば戦うほど経験値が溜まり、レベルが上がれば力なども向上していける単純なシステムだ。通常の肉体と違い、パラメーターを上げるだけで強くなれるのは、便利であるとも言える。

 実際に武器を取って戦ってみない事には何とも言えないが、現実でも現代人が まず経験しないであろう苛烈な戦いで生き抜いてきた勝負強さがキリュウにはある。このゲームでも何とか出来るはずだと、彼自身も自信があった。

 

 

 そこまで考えた丁度その時、キリュウは視線の先に大きな噴水が備えられているのを発見した。城壁の真下にあり、特に これといった意匠やオブジェもないシンプルな造りだが、それが むしろ落ち着いた雰囲気を演出しているとも取れた。

 3人の会話を思い出し、おそらく これが話の中で出てきた噴水だと当たりを付ける。

 

 

 

(だとすれば、この辺りに………ん?)

 

 

 

 噴水の近くまで来て周囲を見回してみると、城壁の外の方に人混みが出来ているのを発見した。軽く30人近くはいる。更に その周囲を よく見れば奥の方に柵も見受けられる。造りから察するに、どうやら そこは展望テラスのようなスペースらしい。

 となれば、人混みが出来ている理由(・・)もおのずと解る。キリュウは早足でそこへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早まるなっ、落ち着けっ!!」

 

 

「離してくれ! 俺は早く帰らなきゃならないんだ!!」

 

 

 

(これは……!)

 

 

 

 人混みを割って入った先で見た光景は、思わずキリュウを唖然とさせた。

 

 後ろ姿で顔は見えないが、男2人 ―――――― 1人は柵を乗り越えようと暴れ、もう1人がそれを引き留めんと必死に しがみ付いていた。

 端から見ても、まさに自殺志願者と それを止めようとする人間の構図である。キリュウも過去に そんな人間を見た事がある為、今まさに飛び降りようとしている者の声色が本気である事が解った。周囲も、そんな状況に どうするべきなのか解らないといった様子で、口々に どうするやら大丈夫なのかなどと言葉を交わすか、ただオロオロするばかりだった。

 

 

 

「離せっ!!」

 

「あっ!」

 

 

 

 そう こうしている内に、とうとう暴れる茶服の男は拘束を振り解き、柵を乗り越えてしまった。少し進んだ所で、男は立ち止まる。髪や服が、風で揺れているのが解る。キリュウの位置からは よく見えないが、きっと一歩でも足を前に進めれば、この浮遊城から真っ逆さまに落下していくのだろう。

 

 

 

「おい、待て!」

 

 

 

 これ以上、指をくわえて見ている訳にはいかなかった。人混みから出て、崖先の男にも届くよう怒声にも等しい声量を上げた。そして それは上手く相手の耳に伝わり、今まさに飛び降りようとした男も、それを抑えていた男もキリュウの方へと振り向いた。双方とも、誰だとでも言いたげな表情を浮かべる。

 

 

 

「なっ、何だアンタ……?」

 

「俺はキリュウという者だ。……どういうつもりか知らんが、馬鹿な真似はやめろ」

 

「う、うるさい! 俺はもう散々 待ったんだっ……もう限界だ……何が何でも、SAO(ここ)から出てやるんだ…っ」

 

 

 

 突如として現れた長身の強面の男の登場に、一瞬 怯んだが、すぐに持ち直して反論した。

 

 

 

「落ち着け、それと飛び降りる事が どうして繋がる? そこから飛び降りれば、無事では済まないだろう? そんな事をしたら どうなるか、聞いているんじゃないのか?」

 

「はっ、そんな馬鹿げた話、本気にしてるのか? “ ゲーム内で死んだら、現実の俺も死ぬ ”? そんな ふざけた話があるか! どうせアーガスが、ログアウト出来ないなんて致命的なバグやらかしたもんだから、苦し紛れにあんな嘘を茅場に吐かせたんだ、そうに決まってる!」

 

「……飛び降りたとして、本当に ここから解放されると、そう思っていると言いたいのか?」

 

 

 

 キリュウは、目の前の男が明らかに平静さを失っている事を感じ取る。ここまで頭に血が上っていては説得も難しいと思いつつも、何とか糸口を見付けようと説得を続ける。

 

 

 

「さぁなっ。だから、今からそれを試そうって言うのさ」

 

 

 

 だが、表情も言葉も荒げながら男は そう言ったのだった。

 

 

 それによって、キリュウは懸念の1つ ―――――― “ 茅場の忠告を信じない者がいる ”という事が現実のものとなってしまっている事を認めざるを得なかった。

 

 

 普通に考えれば、茅場の宣言は あまりにも荒唐無稽で現実離れした話である。予期せぬ事態に遭遇し、混乱と不安で一杯だった昨夜の時点なら まだしも、現在のように時間が経って多少 冷静になれば、それに疑問を浮かべる余裕も出てくる。

 そして、まだ自分が納得できる範囲の仮説に思考が傾くのも、ある意味 致し方のない事だろう。そうでもしないと、心の均衡が保てないのだ。

 

 そして、広場での会話で気になっていた“ 昨日に行動を起こした男 ”の事も、おおよその見当が付いた。

 

 きっと、目の前の男と同じような仮説を立て、実行に移した(・・・・・・)のだろう。

 

 最悪、“ 戦闘で死ぬ事が駄目 ”だとしても、“ 自殺 ”という行為ならシステムの虚を突けると思ったのかもしれない。

 

 

 

(……だが、ニュースにもそんな事は何1つ流されてはいなかった)

 

 

 

 茅場は逃亡前に、自社や報道機関に対して事件に関する詳細な情報を送る周到振りを見せていた。南田すら唸らせる若き天才が、素人でも考え付きそうな方法で脱出させるような杜撰な設定をするとは到底 考え難い。何より、もし そのようなバグにも等しい“ 穴 ”があったのなら、とっくの昔に そういった情報が流れるなりなんなりしていても良いはずだが、それも なかった。

 

 

 つまり ―――――― 今、男が口にした案は全くの的外れなのだ。

 

 

 

(だが、それをどう説明する……?)

 

 

 

 今となっては、キリュウも虜囚の1人に過ぎない。脱出手段もなければ、連絡手段すら皆無のまま来た。それはつまり、キリュウには男の間違った案を否と告げる材料がない事を意味していた。

 キリュウは、自らに男を止める手札がない弱い立場である事を改めて自覚し、何も出来ない歯痒さに口を歪ませ、拳を震わせる程に強く握る。

 

 

 

「み、見てろぉ……っ」

 

「!! 待てっ!」

 

 

 

 そして遂に、男は背を向け行動を始めてしまった。その意味を察したキリュウは慌てて制止を促すが、既に冷静さを欠いている男に耳を貸す様子はない。ただ崖の下を見下ろし、その場で立ち往生するばかりである。遠巻きで見ている野次馬達からも、にわかに騒がしい声が上がり始める。

 見れば、男の足は震えていた。ゲーム内とはいえ、果ての見えない空へ身を躍らせようというのだ。恐怖を覚えない方が おかしい。そしてキリュウからは見えないが、あらゆる制止を振り切ってでも、答えすら見えていない行動を起こそうという男の表情は、何とも悲壮なものであった。

 

 

 

 

 

 そして ―――――――――

 

 

 

 

 

「ぬあああぁあぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 悲鳴にも似た咆哮と共に、崖先から ―――――― その身を投げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおぉぉ――――――――――――!!!」

 

 

 

 

 

 キリュウが吼える ―――――― そして、駆けた。

 

 

 

 自分も、周りも、あらゆるもの全てがスローモーションで映って見える。

 

 

 

 既に周囲の悲鳴も聞こえてはいない。

 

 

 

 ただ、ひたすらに掴むべきものを掴もうと、余計な事は何も考えずに走り、手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして ―――――― その伸ばした手は、男の足を掴み取る事に成功した。

 

 

 

「っ?! ぐうっ!!」

 

 

 

 だが、その瞬間キリュウは、苦悶に満ちた声を上げた。

 

 掴み取ったまでは良い ―――――― が、その瞬間にキリュウまでもが自由落下の引力に飲み込まれようとしていた。

 元より現実の体に比べ貧弱だと感じていたが、まさか人1人 満足に支えられない程とは予想外だった。ログインして間もなく、全く鍛えていない事が、このような形で仇となってしまったのであった。

 自力のみでは支え切れないと瞬時に判断したキリュウは、咄嗟に外周の手すりに体を絡ませるように しがみ付く事で最悪の事態を凌いだ。

 

 だが、それだけだ。もはや片手で男の足を掴み、残りは手すりに手足を固定させるだけで手一杯で、男を引き上げる余裕など皆無だった。

 

 

 

(くそっ……!! アバターが、こんなにも不便だとは……っ!)

 

 

 

 到着して早々、このような事態に陥った事に対し言葉に出来ない怒りを覚える。

 

 

 

「へぁ?! ア、アンタ何を!?」

 

「暴れるな、じっとしてろっ!!」

 

 

 

 これでは、他人はおろか自分の身すら守れない。自らの体(アバター)の無力さに憤りながらも、情けない声を上げる男を必死に支え続ける。

 

 

 

「は、離せっ離せよ! 何 考えてんだアンタは!?」

 

「それはっ……こっちの台詞だ……!! 人の制止も聞かずに、よくも飛び込んでくれたな……!」

 

「だったら離せよ! そうすりゃお前も落ちずに済むだろうが!」

 

「出来るかぁ!!」

 

「っ?!」

 

「………そんな真似、出来る訳がねぇだろ!!」

 

「??!……何なんだよ……一体 何だってそんなにムキになってんだよ!?」

 

 

 

 男は混乱しながら叫んだ。

 何故、目の前の男は、こうも恥も外聞も捨てるような真似をしてくるのか。何故、無視しても咎められないだろう事に対して、ここまでムキになるのか。全くもって、理解できずにいた。

 

 

 

 何より ―――――― 何故、茅場の言葉を確信している(・・・・・・・・・・・・)かのような言動を取るのかを。

 

 

 ブラブラと宙に浮かびながら、男は言い知れぬ不安と想像が脳裏を過ぎるのを覚える。

 

 

 

「……信じるとか、信じないとか……そんな次元の話じゃない」

 

 

 

 刹那の間、懊悩、逡巡の表情を見せて、呟くように口にした。キリュウの意図が掴めぬまま、宙吊りのまま男は、ただ目と耳を向けた。

 

 

 

「俺は、見た………東京の神室町で、ナーヴギアで無残にも殺された奴を」

 

「か、神室町……?! み、見た(・・)って……アンタ……っ」

 

「まだ解らねぇのか………っ」

 

 

 

 

 

 しばし間を置き ――――――――― そして、吼えるように叫んだ。

 

 

 

 

 

「俺はっ ――――――――― “ たった今、ログインした人間だ ”と言ってるんだ!! 

 

 

 だから外の様子だって知ってる! 今、日本中は大騒ぎだ!!

 

 

 解るか!? お前と そう変わらない若い奴等が、次々と命を落としてるんだ ―――――― 脳を焼かれて(・・・・・・)な!!」

 

 

 

 

 

 時が止まった ―――――― 男も、周りにいる誰もが、一瞬そんな感覚に陥った。

 

 

 

 

 

たった今(・・・・)ログインした(・・・・・・)………冗談だろ……?

 

 だって……言ってる事が本当なら、もうコイツだって脱出なくなったって事じゃねぇか

 

 

 そんな………そんな事がある訳 ―――――――――っ)

 

 

 

 

 

 呆然としつつも、不思議な程に冷静になっている頭で そう考える男。

 

 

 そして、自らの仮説はあり得ないと判断を付けようとする。

 

 

 

 

 

「――――――――― 信じられないか?」

 

「っ!」

 

 

 

 

 

 だが、男は知らない ―――――― 桐生 一馬(キリュウ)という人間が、如何に“ 並の人間 ”の範疇に収まらないのかを。

 

 

 

 

 

「俺の眼を見ろ ―――――― 俺が今、下らない嘘を吐いているような眼をしてるか?」

 

 

 

 

 

 言われるがまま、男はキリュウの双眸を見る。ぶら下がるばかりで他に何も出来ないからとか、キリュウの顔が怖かったからといった、そんな理由ではない。向けられたその言葉には、どうしても“ 無視してはならない ”という思いを湧き立たせる何かが宿っていたからだ。

 

 そして、キリュウのその眼を見た瞬間、男は思わず呼吸を忘れてしまった。

 

 

 その瞳には、濁り1つ感じ取れず、真っ直ぐに男を見据えていた。

 

 

 人間心理の専門家でも何でもないが、不思議と理解できてしまった

 

 

 

 

 

 ―――――― この男は、嘘は一切 吐いていない、と。

 

 

 

 

 

(―――――― じゃぁ……俺は……)

 

 

 

 

 

 そして男は、1つの事実(・・・)に気付く。

 

 

 

 キリュウの言った事が全て真実だと仮定して ―――――――――

 

 

 

 その上で、今……自分が置かれている状況(・・・・・・・・・・・)は ―――――――――

 

 

 

 

 

「―――――― あっ………あぁ……っ」

 

 

 

 言葉にならない声が、壊れたラジオのように漏れ出し始める。眼は焦点が合わず、全身が震え、額や首筋から汗が噴き出しては男の服を濡らす。

 体全体が脱力してくる。首を支える事も出来なくなり、男は目の前に果てなく広がる、雲が漂う蒼き空に視線が向いた。

 

 

 

 

  ポタ……

 

 

 

 

 汗が一滴、垂れ落ちていく。

 

 

 男はそれを凝視する。

 

 

 小さく、透明なそれは、瞬く間に見えなくなっていき ―――――― 遥か遠くで、青白く光って消えるのが見えた。“ 汗 ”というオブジェクトが、《 自然破壊判定 》で消えた結果だ。

 

 

 男は意図せず、その汗を“ 自ら ”に置き換える。

 

 

 

 そして、幻想する。

 

 

 

 底のない空へと落ち、そして ―――――― 己が身(アバター)が炸裂する様を。

 

 

 

 

 

 見慣れた自室で目覚めた瞬間 ―――――― 頭を覆う機具が、灼熱の暴を振り撒く様を。

 

 

 

 

 

「っぁ……!! あぁっあぁ!! あぁあああああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 刹那、男の中の人としての全てが弾け飛んだ。

 自分にとって明確過ぎる“ 死 ”を垣間見、脳があらゆる理性を喪失させたのだ。そして野生の弱者が決死で抗うような、あるいは心を病んだ病人の如く、手足を暴れさせ始めてしまった。

 

 

 

「!? 待て! ぐっ…落ち着け……!!」

 

 

 

 男の異変を感じ取ったキリュウが、慌てて制止の声をかけるも、効果がない。まるで声など届いていないようで、男は死の恐怖から逃げるように暴れ続ける。

 それが、自分やキリュウに死をもたらそうとしているとも気付かずに。

 初期レベル故、ただでさえ筋力値が足りず手摺を用いての固定が精一杯だというのに、これ程までに暴れられては、最悪の事態は避けられない。

 

 

 キリュウの額に、疲労とは異なる汗が流れ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ど、どうしよう……っ…このままじゃ、あの人達が落ちちゃう……!)

 

 

 

 そんな事の成り行きを、1人の少女が遠目で見ていた。

 

 突如として現れた強面の男・キリュウ。

 

 身投げを図った男とのやり取りの中で、今日ログインしたばかりだと口にした時は、彼女だけでなく周りの誰もが度肝を抜かれた。普通に考えればあり得ない話だが、彼の鬼気迫る物言いから、嘘であるとも言い切れない空気になった。それ故、その場は先程とは違う形で騒然となった。

 

 茅場の言った事は本当である事。

 

 ゲーム内で死ねば、現実でも命を奪われる残酷な運命が待ち構えている事。

 

 昨日に突き付けられた絶望感が、改めて叩き付けられる事となってしまったのだ。

 悲しみに暮れる間もなく、目の前の危機が彼等を焦燥へと導く。この場にいる皆と同じ考えに至ったのだろう、キリュウに掴まれていた男が暴れ出し、明らかに危険な状態へと陥り出したのだ。

 このままでは、2人の落下は必至。けれども、誰もが救出に走る事に躊躇を覚えていた。

 誰もが解っているのだ。キリュウが そうであるように、この場にいる誰もが、まだ第1層さえも踏破できないレベルである事。そして、そんな低レベルの筋力値では、2人を助ける事が どれだけ困難であるかも。下手をすれば、自分も巻き込まれるかもしれないと。

 そう考えると、躊躇いを覚えるのも無理からぬ事だった。解っているが故に、少女は途方もない歯痒さを覚える。

 ふと、隣を見る。そこには、彼女の仲間である男が立っている。彼も また、助けに行きたいが、脳裏を過る恐怖で二の足を踏んでいる事が ひしひしと感じ取れた。無理もない、彼もまた周りと大差ないレベルであるし、何より自分も そうであるのに彼を責めるなど、少女には出来るはずもなかった。

 

 だが、これでは事態が好転しないのは火を見るよりも明らかである。何者かは解らないが、彼等を このまま見殺しになどしたくはない。

 だが、昨日ログインしたばかりで、彼以外に頼れる存在がいない現状では、少女には最早どうする事も出来ないのが現実だった。

 

 

 

 やがて ――――――――― キリュウの体勢が大きく崩れ出した。

 

 

 周りからも悲鳴が走る。

 

 

 

(誰か……っ……誰か……!)

 

 

 

 心身ともに恐怖に震えながら、少女は祈る。

 

 

 

 

 

 誰か ―――――― この由々しき事態を打ち破ってくれる誰かが現れてくれる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ―――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その刹那、少女は見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け抜けていく ―――――― 大きな背中(・・・・・)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……そぉ……!!」

 

 

 

 キリュウは、自分の身に限界が訪れ始めているのを感じ取っていた。純粋な力不足に加え、男は冷静さを失ったまま暴れている。男を掴む手も、手摺に絡ませた手足も既に一杯一杯である。

 少なくとも、男を手放してしまえばキリュウだけは助かるだろう。だが、誰よりも他人の命を重んじるキリュウに、そんな非情な決断を下すなど出来るはずがなかった。

 

 

 

(俺はっ、遥を助ける為に来た……それなのに、ここで人1人 助けられないで どうする……っ!!)

 

 

 

 たとえ男を犠牲にして生き延びたとしても、もうその時点で、桐生 一馬(キリュウ)という人間は死ぬのと同義である。

 

 おめおめと生き続けるのは自分自身が許せないし、何より遥に合わせる顔もない。

 

 

 男の為にも、遥の為にも、何より自分の為にも ―――――― 諦める訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 

(諦めてたまるか ―――――― 絶対に!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――――― ガッ!

 

 

 

 

 

「っ?!」

 

 

 

 不意に、腹部に圧迫感のような感覚が走った。

 

 紛れもなく、キリュウを掴み取るものであった。

 

 それは両手で がっしりとキリュウの腰を掴み、そして崖の反対方向へと引っ張らんとしていた。

 

 

 

 誰が ―――――― そう思った時、相手が声をかけた。

 

 

 

 

 

「探したでぇ ――――――――― 桐生ちゃんよぅ」

 

 

 

 

 

 それは、桐生(キリュウ)にとって聞き間違うはずもない声だった。

 

 

 首を捩じり、その顔を確認する。

 

 

 

「真島の兄さん!!」

 

 

 

 それは ―――――― キリュウと同じく、傭兵風の衣服を着ていたが ―――――― 紛れもなく、共にSAOへとやって来た真島 吾朗に相違なかった。

 

 バックドロップの発動前の如き体勢のまま、見慣れた凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 

「何や桐生ちゃん! こっちに来て早々、面倒(オモロイ)事になっとるやないか!!」

 

「すまない!! 今は何も言わず、手を貸してくれ!!」

 

「言われんでも(わぁ)っとるわ!!」

 

 

 

 お互い他に言いたい事はあるが、今は解決すべき問題が目の前にある。瞬時に それを理解し、真島は掴んだ両手と両足に力を籠め、あらん限り引っ張り始める。

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉりゃああぁあぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 まるで獣の咆哮、野犬の唸り声の如き声を上げる真島。

 腹から伝わる圧迫感が、その力強さを物語る。基本的に喧嘩でしか全力を出さない真島が、これ程に力を出すのは珍しい事だろう。それを知るキリュウは歓喜し、奮起し、底を突きかけていた手足に再び力が宿り出す。男の足を今まで以上に強く握り直し、その力は胴体、足にも伝播していく。

 

 

 

 

 

「ぬおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 

 

 

 一瞬 呼吸を整え、次の瞬間に力を解放させる。

 ただでさえ険しいキリュウの顔に深々と皺が寄って ますます恐ろしい形相となる。

 

 

 

 数秒の踏ん張りの末、キリュウと真島は力の手応えを感じ取った。

 

 キリュウの体が上へと上がり、真島も徐々に後ろへと体を下げ始めたのだ。一度 力の天秤が傾けば こちらのものと言わんばかりに、キリュウと真島は更に本腰を入れ始める。

 遠くで見ていたプレイヤー達も、2人の奮闘を見て興奮し、手足を忙しなく動かして応援を始めていた。もし2人に余裕があって その声を聞いていたら、お前らも手伝えと怒鳴り散らしていた事だろう。

 だが、今の2人にはそんな事に気をやる余裕も何もない。ただ、目の前の試練に全力を揮うだけである。

 

 

 

 

 

 

 

「「うおおぉぉぉぉぉああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 喉を潰さんばかりの雄叫び。

 

 

 腕も腰もボロボロになる事など顧みない力の行使。

 

 

 何の言葉 合わせもなしに、自然と2人の息は合致していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は、後に語る ―――――― あれは、まるで魚になった気分だった ―――――― と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はぁ……はぁ……はぁ………はぁ」」

 

 

 

 地面に、キリュウと真島が大の字で寝そべる。

 相当に体力を消耗したのが側で見て解る程、2人とも凄まじく息が荒い。過去に幾度となく拳を交えた時でさえ、これ程までに疲れた事はないと感じている程だ。

 

 

 

「ったく……何ちゅう体や、このアバターっちゅう奴は! ちょっとモノ引っこ抜くだけで……このザマとはのぅ……っ」

 

「仕方……っ…ないだろう……俺達はログインしたばかりなんだ、こんなものだ……」

 

 

 

 正直、2人がかりとは言え事が上手くいったのは奇跡に近かった。初期の能力では、どう頑張っても無理があったと今なら解る。どうやら、このアバターでも火事場の馬鹿力というものは発揮できるらしい。図らずも、これは嬉しい情報だった。

 

 

 

「かぁっ、天下の『 狂犬様 』が、こんな初っ端で息切れとはのぅ……先が思いやられるで」

 

「だが……悪くないスタートだ。違うか?」

 

「……ニヒッ」

 

 

 

 愚痴る真島を宥めながら、キリュウは言った。

 確かに、現実のような強靭な肉体はなくした。だが、それでも救うべき命を救う事が出来たのは最大の僥倖と言うべきだろう。今は頼りない力とて、追々強化していけば良い話である。キリュウに言われずとも それを理解している真島は、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

 2人の間に、とても心地良い空気が流れていた。

 

 

 

「お、おい! アンタ達、大丈夫か!?」

 

 

 

 そうしていると、野次馬の何人かがキリュウらの方へと駆け寄ってきた。

 

 

 

「あぁ……俺達は何とか無事だ。あの男は?」

 

「あそこだ」

 

 

 

 駆け寄ってきた緑服の男が指を指した先に、キリュウらが釣り上げた男が うつぶせで倒れていた。気絶しているのか、微動だにしていない。

 キリュウは気付いていないが、実は男は勢い余って放物線状に放り出され、頭から(・・・)地面に激突していたのである。衝撃も相当なものだっただろう。不安気に、キリュウが尋ねる。

 

 

 

「大分 荒っぽくしてしまったが……大丈夫だろうか?」

 

「大丈夫、じゃないかな? ここは『 圏内 』だ、どんな衝撃でも死には至らないさ」

 

「『 圏内 』?」

 

「街の中とか、ダンジョンの一部とか、どんな手段でもシステムでプレイヤーが守られるエリアの事だ。ライフが減らない以上、この世界で死ぬ事はないって事だ」

 

「そうか……なら良かった」

 

 

 

 キリュウは心底 安堵した表情で笑みを溢す。序盤から死力を尽くした甲斐があったというものである。

 真島も、気絶している男に対して呆れたような表情を浮かべつつも、内心 何事もなくて一安心はしていた。

 

 

 

「………なぁ、アンタ」

 

「ん?」

 

「さっき……アンタが言った事は、事実なのか……?」

 

「………」

 

 

 

 不意に、男がキリュウにそう問うた。

 その表情は、何とも言えない不安に満ちている。何の事か知らない真島は首を傾げる。

 

 

 

「あん? 桐生ちゃん、何の話や?」

 

「さっき、あの男を助ける際に思わず叫んだんだ……現実での事を」

 

「あぁ……そういう事かいな」

 

「あの……ところで、貴方は?」

 

 

 

 やや遠慮がちに、男は真島に尋ねた。彼らからすれば、真島は いきなり この場に現れ、現在に至っている。キリュウも そうだが、それ以上に真島も正体不明のプレイヤーに相違ない。

 容姿などから来る恐れからか、キリュウにはタメ口なのに、真島には敬語であった。

 

 

 

「俺か? 俺は真j……や、なかったわ。Majima(マジマ)や」

 

「マジマさん……ですか。あの、失礼ですけどNPC…じゃないですよね?」

 

 

 

 どうして一度 言い直したのか首を捻りつつ、そんな質問をして来た。

 

 

 

「あぁ? 何や、エヌピーシーって」

 

「え……あ、いえ! すいません、どうやら勘違いみたいです…!」

 

「? けったいな奴っちゃのぅ」

 

 

 

 どうやら、真島(マジマ)の一般人とは明らかに かけ離れた風貌が、男に そんな推測を浮かばせたらしい。顔自体もそうだが、現代人は まず使わない黒革の眼帯を付けている事が最も大きな要因だろう。キリュウは その事に気付いたが、とりあえず黙っておいた。

 それよりも、気になる事があった。

 

 

 

「ところで、兄さん。その『 マジマ 』っていうのは、プレイヤーネームの事か?」

 

「ん? おぉ、せや。真島 改め ―――――― マジマや。どや、カッコエェやろう?」

 

「まんまじゃねぇか。まぁ、俺も同じだけどな。いつも通り、俺もキリュウで頼む」

 

「そうか。ほな、改めて宜しくやな、『 キリュウちゃん 』」

 

「俺の方こそ、宜しく頼む。『 マジマの兄さん 』」

 

 

 

 この世界に降り立ったが故の、一種の通過儀礼を終え、2人は どちらからともなく笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あのぅ……話を戻しても良いですか?」

 

 

 

 一方、話が途中で脱線し、あまつさえ2人の独特の空気に置いてけぼりを喰らう羽目になった男は、困った顔で立つ他なくなっていた。

 

 

 ただ、遠慮がちに そう聞く他なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― と、いう訳だ。残念だが、昨日この街で茅場が言ったという事は、紛れもない事実だ」

 

 

 

 数分間、話せるだけの現実(リアル)の情報を話し終え、キリュウは そう締めくくった。

 話の間に、周りには他のプレイヤー達も近くまで来て食い入るように耳を傾けていた。そして、その全てを理解した時、彼等の表情は一様に絶望で染まった。どこからともなく、悲鳴とも嗚咽ともつかない声が聞こえる。

 

 やはり茅場の言う通り、ゲーム内で命を落とせば、現実においても死を迎える事(ゲームオーバー)となってしまうのだと ――――― ゲームをクリアする以外に、プレイヤーが脱出(ログアウト)する方法は無いのだと ―――――― 未だ定まらずにいた恐怖への懸念が、全て真実である事を、今この時、受け入れる他なくなってしまったのだ。

 

 最初は信じられなかった。信じたくなかったとも言える。

 

 だが、キリュウの言葉を裏付ける証拠がこの場には在った(・・・)

 

 キリュウとマジマが今日になってログインしたと告げた時、何人かが信じられないと口にした。

 その際、それに異を唱える者達が現れたのだ。誰かと思えば、キリュウがログインした直後に出会った男達であった。ログインの瞬間を目撃した事で、彼等が口を揃えてキリュウの言い分には説得力があると主張した為、それが皮切りとなり、話の流れは一気にキリュウ側の正当性へと傾いていった。

 

 今、彼等の嘆きは尋常ではい。つい昨日まで、この世界(SAO)は単に“ 画期的なゲーム世界 ”でしかなく、存分に楽しめば、平日であった今日には平常通りの生活を送っていたはずなのだ。

 それが、もはや本体の指先すら動かす事も叶わず寝たきりとなり、残った意識は このリアルでありつつも非現実的な世界で、無数のモンスターを相手取って剣を振るわねば生きていけぬ身となってしまった。

 こんな理不尽な話があろうか。誰もが、なぜ自分がこんな目に遭わねばならないのかと、ぶつけようのない悲しみと怒りに震えている。

 

 

 

「……どうして、茅場はこんな事を……」

 

「解らん。俺が知る限り、茅場は政府に対しても何ら要求は寄越してないそうだ。こっちでは、何か言ってなかったのか?」

 

「いや……何も。昨日この街に出てきた時も、“ 既に私の目的は果たされた ”って言ってた」

 

「“ 既に果たされた ”……?」

 

「あぁ。自分の目的は、“ このSAOを創り出し、この状況を生み、そして観賞する事だ ”って……」

 

「………どういうこっちゃ、キリュウちゃん」

 

「……俺が解る訳ねぇだろ」

 

「ま……そらそうや」

 

 

 

 男の証言を聞いて、キリュウもマジマも ますます事件の全容が理解できなくなってきた。

 これ程の大事件を引き起こしておいて何の要求もしてこないのもおかしいし、その上 茅場の言った“ 目的 ”とやらもまるで意味が解らなかった。

 自らが創り出した世界にプレイヤーを閉じ込め、そして観賞する ―――――― それはまるで、まさに新たな箱庭の世界を創造し、全てを見下ろす神の如き所業と言えた。

 キリュウは、ログインした際に出現し、短いながらも言葉を交わした時の事を思い出していた。アバターからは表情は全く読み取れず、しっかりと相手を見たとは言い難いが、確かに自分はSAOにおいて特別な存在だと言わんばかりの口振りだった事は確かだった。

 

 

 

「―――――― “ 神の如し ”……か」

 

「あん?」

 

「いや……世界に2人といない天才の考える事なんか、所詮 凡人には理解できないな、と思っただけだ」

 

「フン……せやな。頭は良過ぎても、えぇ事なんざ1個もありゃせん。やっぱ男は、アホな位が丁度えぇっちゅう事やな」

 

 

 

 マジマの心底 呆れ果てた言葉に、キリュウも心から同意した。奇しくも その言葉は、何時ぞや、建設途中の神室町ヒルズの最上部にて《 関西の龍 》と恐れられた男が口にした事と同じだった。実際、人として生きていく上では、頭が良い事に越した事はない。だが逆に良過ぎても、かえって余計な事を考えてしまい、不幸な事になりかねないと、彼等は経験から知っていた。

 

 

 

「いや、今は茅場の事は どうでもいいんだ。それよりもアンタ達は、これから どうするつもりなんだ?」

 

 

 

 先程とは違う小柄な男が、2人に問いかけた。それは、この場にいる全員の代弁と言っても過言ではない。

 突如として現れた2人だが、話を総括すればキリュウもマジマも自分達と同じ ―――――― もはや自力でのログアウトは出来なくなったという事になる。それがどれだけ恐ろしい事か、同じ立場ゆえに痛いほど解っている。

 不安と疑念に満ちた言葉に対し、2人は あくまで冷静に答えた。

 

 

 

「どうもこうも ないやろ。こうなったら、この城の最上層(てっぺん)におるボス倒して、クリアするしかあらへんやろが」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 

 その あまりの余裕綽々な物言いに、周りは例外なく言葉を失った。

 

 

 

「た、倒すしかないって……それがどれだけ危険で困難か、解ってるのか!? 一度だって死ぬ事は許されないんだ! 普通なら死ぬ事も念頭に入れて進める、このMMORPGでだぞ!?」

 

「エムエムオー、が何かは知らないが、それくらい重々 承知している。俺達が何の覚悟もなく、ここ(アインクラッド)まで来るとでも思っているのか?」

 

「せやせや。愚問っちゅう奴やで、それは」

 

「……何なんだ…? 一体 何がアンタ達を そこまで……?」

 

 

 

 まるで意味が解らないと、匙を投げるような言葉と表情。そんな男の顔を見て、2人は顔を見合わせる。

 しばしの沈黙の後、キリュウが口を開く。

 

 

 

「………俺の家族が、捕えられているんだ」

 

「家族……アンタの…?」

 

「あぁ。血の繋がりこそないが、俺にとって娘も同然の子だ。その子が、命の危険に晒されて眠っているのを、ただ黙っている事は出来なかった。だから、俺は……」

 

「ここまで、来たって言うのか……?」

 

「そうだ」

 

 

 

 開いた口が塞がらないとは この事だと、男は思った。

 キリュウの言った事は理解できる。だが、納得は出来なかった。出来るはずもなかった。

 愛する家族の為に、自らの命も顧みず、死地へと向かう ―――――― それこそ、この場にいる多くが興じているだろう漫画やアニメの如き考えは、それは美しくも尊いものに違いない。

 だが、ここはゲームの中だが、現実である。故に、得心が行かない。

 

 

 

「……あえて言わせて貰うけど……アンタ、頭 大丈夫か……?」

 

 

 

 それは、侮蔑でも何でもない。彼の反応は、現代人なら、堅気なら至って普通のものだ。それを理解しているキリュウもマジマも、それに対して何も言い返したりはしない。

 

 

 

「ふっ……そうだろうな、その気持ちは解る。が、俺は至って平静だ。混乱も、ましてや自暴自棄だって起こしてはいない。俺自身の事だ、自分の行動がいかに常識外れか、いやと言うほど解ってる」

 

 

 

 自嘲の笑みを浮かべるキリュウ。しかし、直後に見せた表情は、真剣そのものだった。

 

 

 

「だがな……逆に聞きたい。もし、自分が俺と同じ立場だったら ―――――― 愛する人間が、明日をも知れない状態に追いやられて、自分は見ているしか出来なくなった時 ―――――― 自分は、そんな現実に耐えられるか?」

 

 

 

 その問いに、すぐに返答できる者は出なかった。

 極めて難しい質問と言える。自分が被害者であるという事を置いておいて、各々がその立場になった時の事を想像する。

 キリュウに限らず、この場にいる誰もが家族や恋人など、自分と同等、あるいは以上に大事に想う人間の存在を認めている。今のように虜の身となり、むしろ そういった事に対する認識は過敏な程にあった。

 そして、もしその者達が自分と同じ立場に陥ったとなれば ―――――― そんな事、想像するまでもなかった。きっと、目覚めぬ体に縋り付き、出来得る事なら立場を代わってやりたいとさえ思うのが人情というものかもしれない。

 だが同時に、だからと言ってキリュウの行動が正しいのかと言えば、必ずしもそうとは言えない。むしろ、キリュウ本人が言うように世間一般の常識からすれば異常としか言えない行為だろう。

 人とは、感情を持って生きる生物。同時に、人の社会を構築する“ 常識 ”に則って動かなければ、人間社会など瞬く間に瓦解してしまう。

 

 

 

 どちらも間違ってはいない ―――――― だからこそ、難しい話なのだ。

 

 

 

 

 

「俺にとって、そいつは俺の命以上に大切なものだ。

 

 だからこそ ――――――――― 俺は、ここに来た」

 

 

 

 

 

 キリュウにとっては、ただそれだけの事。それが守れないのなら、自分は生きていないも同然だと。短い言葉の中には、言葉だけでは とても表し尽くせない想いが凝縮されていた。

 

 それを理解した時、もはや誰の心にもキリュウに対する疑心も呆れも消え去っていた。その淀みない言葉と表情に裏打ちされる人を想う心は、出会って間もなくとも人々の心を打つのに充分過ぎる力があったのだ。

 そして今、彼等の心中にあるのは自らでは到底 真似できない行動力に対する畏敬の念と、それ程までに彼の行動理念に影響を与える少女に関する思いだけだった。

 

 

 

「……キリュウさん。何て言うか……アンタ、凄い人だな」

 

 

 

 男の一言が、彼等の思いを代弁していると言えよう。

 

 

 

「……俺自身、そうは思っちゃいない。実際、周りに迷惑をかけちまったからな。あくまで、俺の我儘だ」

 

「それでも、やっぱり凄いよ、アンタはさ」

 

「……そうか」

 

 

 

 小さく、キリュウは笑みを溢す。正直、誰にも理解されないだろうと考えていた。人を守ると言いつつ、自分の命まで危険に晒すという“ 酔狂 ”という言葉すらも(ぬる)い行動。実際、100パーセントの理解はされてはいないだろう。

 

 それでも、少しでも共感は覚えられた事に、少なからずキリュウの思いは報われたと言って良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~~~~い、キリュウちゃんよ。お涙 頂戴な展開もえぇけどな、いつまで ここにおるんや?」

 

 

 

 不意に、場に流れる空気を破壊する間の抜けた声が上がった。

 

 ふと、キリュウは我に返る。目の前の人を救うという目標が果たされ、2人の合流も同時に叶った以上、いつまでもこの場に座り込んでいる訳にはいかなかった。

 見ればマジマは、キリュウが話す経緯には全く興味がなかったようで、頬杖を付いて退屈そうに座り込んでいた。彼からすれば、一刻も早く次の行動に移りたいのだろう。

 

 こうしてはいられないと、キリュウは立ち上がる。

 

 

 

「む、そうだった。早く、遥を探さないと」

 

「“ はるか ”……? それが、アンタの言ってた娘さんの名か?」

 

「あぁ」

 

 

 

 男の問いに短く答え、キリュウは周囲の人間に対して問いかけた。

 

 

 

 

「誰か、俺が話す人間に心当たりがある奴は答えてくれ!

 

 年齢は10代半ば、身長は160以上で、セミロングの黒髪の女の子だ!

 

 名前は ―――――― 俺の予想が正しければ、『 ハルカ 』という名前のはずだ!!」

 

 

 

 

 

 遥はキリュウと同じく、ゲームセンターなどで名前を入力する際、本名を登録する事が常であった。少なくともキリュウが知る限り、世間一般で行なわれているような独特のネーミングをする事はないと記憶していた。ましてや、遥は本来1日限りのプレイの予定だった。ならば尚の事、その予想通りであるとキリュウの直感は告げていた。

 この場 全員に対するキリュウの言葉に、皆は周りにいる人間に問いかける。だが、返ってくるのは知らないと言う言葉と、否定を表す首や手の動きだけであった。

 それらを見て、キリュウも楽観視し過ぎたかと苦々しい表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

「すまん! ちょっとどいてくれ!」

 

 

「あっ ―――――― あの!!」

 

 

 

 そんな時だった。人混みをかき分けるように、2人のプレイヤーが現れたのだ。

 現れた2人は、1人は男、1人は少女であった。男は20代ほどの、額に赤に黄色の斜線が入ったバンダナを巻いた男である。片や少女の方は、童顔でツインテール、身長も140に届くかどうかという、かなり幼い印象を与える風貌だった。

 2人は更にキリュウとマジマに近付き、会話をする位の距離まで来た。

 

 

 

「お前達は?」

 

「おっ、俺はクラインってモンですっ。んで、こっちがシリカちゃん」

 

「シリカです。あ、あの……キリュウさんの娘さんの名前は、“ ハルカ ”っていうんですかっ?」

 

「そうだが……! まさか、何か知っているのか?」

 

 

 

 わざわざ、人混みをかき分けてまで出て来たのである。きっと、何か有力な情報を知っているに違いないと、キリュウの勘は告げていた。

 

 

 

「はっ、はい! あの、その前に聞きたい事があるんですけど……」

 

「? 何だ」

 

「あの……キリュウさんが言うその“ ハルカ ”さんは、キリュウさんの事を“ おじさん ”って呼びますか?」

 

 

 

 おじさん(・・・・) ―――――― たった4文字の言葉に、キリュウは凄まじいまでの衝撃を受け取った。

 

 

 その鋭い目が大きく見開かれ、表情が固まる。横にいるマジマも同様である。

 駄目押しとばかりに、更にキリュウは出来るだけ冷静さを保って尋ねる。

 

 

 

「そうだ……! 他に、何か知らないか!?」

 

「えっ、えっと……確か、“ 兄弟がたくさんいて ”、昨日は、“ 風邪で寝込んだ妹の代わりにプレイしてた ”って……」

 

「!! 間違いない……俺の知る(ハルカ)だ!」

 

 

 

 シリカが口にしたキーワードによって、おぼろげだったハルカ像がぴったり一致した。写真などの完全なる確証は無いが、クラインとシリカの話す少女は、自分が求めて止まない澤村 遥であると確信を抱いた。

 キリュウは歓喜に震えた。まさか、こんなにも早く彼女の情報が得られるとは正直 予想外だったからだ。

 

 

 こうしてはいられないと、キリュウは湧き上がる焦燥感に駆られるように、クラインを見た。

 

 

 

「それで、ハルカは今どこにいる、この街のどこかにいるのか!?」

 

「っ……」

 

「そっ、それが……その……」

 

 

 

 居場所を問うや否や、クラインとシリカが一瞬 目を大きく開け、瞬く間に俯いてしまった。

 

 言い淀みながらのその表情は、まるで罪の意識から目を逸らすような ―――――― 悲しみを必死に抑え込むかのようだ。

 

 

 

 キリュウの脳裏に、嫌な予感(・・・・)がよぎる。

 

 

 

「どうした…………遥は、一体どうしたんだ?」

 

 

 

 詰め寄る姿が恐ろしく映ったのか、体を震わせるシリカ。クラインも、そんな鬼気迫る圧倒的な威圧感に腰を引きつつも、覚悟を決めたような毅然とした表情を浮かべ、キリュウに目を合わせる。

 

 

 

「キリュウさん……落ち着いて聞いて下さい」

 

「……あぁ」

 

 

 

 キリュウも、そんなクラインの様子の変化を敏感に捉え、しっかりと その眼を見据える。

 

 

 

 

 

 クラインは、ごくりと固唾を飲み ―――――― ゆっくりと、語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルカちゃんは……もう、この街にはいません。

 

 

 

 昨日の内に、戦いの場へと向かって行きました ―――――― 俺の“ ダチ公 ”と一緒に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街を仄暗く照らす太陽が、蒼穹の彼方へと沈んでいくのは、ほぼ同時刻であった。

 

 

 

 

 

 





これ程までに更新が遅れた理由ですが、ゲームのクリアや情報収集も一段落し、「さぁ、書こう」と思った刹那……“ 身内に不幸 ”が起こってしまいました。

それからはしばらく仕事と家事 以外 何もする気が起きず、ただ漫然と過ごしていたのを覚えています。そして、そんな様子を見かねた私の姉が、様々な話で励ましてくれた結果、今はすっかり立ち直る事が出来ました。
そういった訳で、色々とあったものの、1度 始めた事は出来る所までしようと、再びキーを叩き始めた次第です。

もっとも、これからも仕事はあるので更新は遅いと思いますが、応援してくださっている人々の為にも、これからも書いていきます。

こんな私ですが、気長に待っていただけるよう、どうか宜しくお願い致します。




次回は、キリュウと入れ違いとなったハルカ、そしてキリト視点から始めます。


まだまだ駄文な作品ですが、頑張ってまいります!



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