SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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またまた遅れて、申し訳ありません!

ガチで現実が忙し過ぎて、書く暇が殆どありませんでした。加えて体調不良も重なって、1日に2~3行 書ければ良い様な日々でした。続きを待ち侘びていた人々には、本当に申し訳無く思います。
おそらく、これからもこんな感じかもしれませんが、暇潰し程度に見に来て、そして楽しんでくれれば私としても幸いです。


あと、当作品における『 お気に入り数 』が、何時の間にか100件を超えておりました。皆さまの応援、本当にありがとう御座います!


では、本編をどうぞ。




『 突入 』

 

 

 

 

 

【 東京  神室町:天下一通り 】

 

 

 

 

 

 ニューセレナとスカイファイナンスがある、ビルの裏側にある空き地。ごみ箱や赤ポール、いつから置かれているのか解らない古びたバイクなどがある、静かで薄暗い空間。

 そこで桐生は、スカイファイナンスに繋がる階段に座りながらアサガオに電話をかけていた。そして今、話を終え携帯を懐に仕舞ったところである。

 

 その表情には、僅かばかりの疲れを宿した笑みを浮かべていた。彼にとって、一山越したと言ったところだ。

 

 

 

(これで、良い……アサガオの事は心配ないな)

 

 

 

 最初はどうなるかと思ったが、どうにか話が纏まって安堵した。

 同時に、やはり皆には悪い事をしたとも改めて思った。堅気でありながら、堅気になり切れない自分に呆れるばかりである。

 けれども、一度 決意した以上、もう そんな事を言ってる場合ではない。何が何でも、目的を果たすまで どこまでも突き進んで行くだけだ。

 

 

 

(後は……どうにか、あいつ(・・・)を説得して準備を整えるだけだな)

 

 

 

 脳裏に“ 1人の男 ”を思い浮かべながら考える。正直、すんなり行くか どうかは不透明であるが、やるしかない。出来なければ、出発する前に全てが頓挫するだけである。

 

 もはや、悩む時間すらも惜しい。

 

 すぐにそこへ向かおうと、空き地から表通りに出ようと行動を開始する。

 

 

 

 

 

「―――――― ん……?」

 

 

 

 不意に、桐生が足を止めた。

 

 前方から、まるで桐生の行く手を遮るかのように、1人の男が現れたからだ。その男は全身真っ黒のパーカーに身を包み、両手はポケットに突っ込んで立っている。

 

 

 

「何だ、お前は?」

 

「…………」

 

 

 

 男は答えない。フードを深く被り、口元にはマスクを付けている為、その表情は窺い知れない。

 反応を見せない相手に、桐生は警戒心を強くする。相手の意図は まだ解らないが、これまでの経験上、穏やかな話で済みそうにないと直感した為だ。

 

 

 

「ん? !!」

 

 

 

 しばし睨み合っていると、今度は後ろの方から気配を感じ、顔を僅かに後ろの方に向けた。無論、前方への警戒は怠らない。

 見れば、新たに2人の男の姿があった。

 水色のジャケットを着た男の手には、特殊警棒が握られている。この男はサングラスを かけており、その表情は不気味なまでに感情も浮かべず、落ち着き払っている。

 もう1人は黒髪で髑髏が描かれた紫のシャツを着ており、その手にはトランシーバーや髭剃りにも似た物 ―――――― スタンガンが握られていた。

 

 薄暗い場に現れた3人は、桐生を包囲するように距離を詰める。ここに至り、桐生は自分の直感が正しかった事を確信した。

 1人は手に武器になる物を持っており、もう1人に至っては“ 凶器 ”とも言える物を持っているのだから。

 張り詰めた空気が流れる。様子を窺う桐生は まだしも、現れた3人すらも一言も喋らない事が、それを一層 強めていた。

 

 

 

(こいつら……一体……?)

 

 

 

 そんな中、桐生は相手の意図や正体が掴めずにいた。桐生は、彼等に見覚えはない。

 ならば、金 目的の恐喝かと思ったが、それにしては武器をチラつかせている割に何も言ってこないのは不自然である。普通は武器で相手を威嚇し、強迫するものだろう。少なくとも、今まで遭ってきたケースに 当てはまるものではなかった。

 

 

 

(―――――― となると……俺の“ 首 ”を狙って……?)

 

 

 

 次に考えられるのが、桐生 自身の“ 命 ”を狙っての行動。

 

 今や桐生は神室町の“ 生ける伝説 ”であり、この街で彼の名を知らない者はモグリとまで言われる程の存在感を持っている。

 

 それは即ち ―――――― 桐生の命を奪う、もしくは手傷を負わせるなり何なりすれば、それだけで裏の世界で名を売れる機会(チャンス)となる事を意味している。

 

 実際、桐生は これまでにも多くの喧嘩屋やギャングに殺し屋、果てには裏社会を牛耳る秘密組織など、数え切れない位の敵と遭遇し、数多くの修羅場を潜り抜けてきた。一度は、1億もの値が その首に懸けられた事もある。

 “ 闇の住人達 ”も雑草などと同じで、たとえ その時に断ち切ったとしても、時間が経てば またすぐに代わりが生えてくるのだ。しかも、叩けば叩く程に奴等の関心と欲望は高まり、まさしくキリがないのである。

 

 

 そう考えて見てみると、この3人からは そこらのチンピラとは違う雰囲気を感じられる。

 通常、その手の者達は とにかく自分の存在を誇示しようと、余計な位にメンチを切ったり睨みを利かせるものだが、3人からは そんな粗暴さは感じ取れない。むしろ、その立ち方や その身から漂わせる気配は無駄が ほとんどなく、桐生ほどの手練れならば相手が見た目 以上の実力を有している事が一目で解った。一見 神室町の どこにでもいるような若者の格好をしているのも、桐生を油断させる為だとするならば、彼が感じる不可解さにもある程度 説明が付く。

 

 

 だが ―――――― それでも、まだ腑に落ちない点(・・・・・・・)はあったが。

 

 

 

 

 

(!……来るか…っ?)

 

 

 

 思考が そこまで進んだところで、包囲陣から動きがあった。

 

 前方で立つ男が、ポケットから手を出し、その手でファイティングポーズを取ったのだ。そして、その両の拳の第二関節の部分には、銀色に輝く金属 ―――――― メリケンサックが填められていた。それにより、現れた3人 全員が武器を所持している事が解り、桐生の警戒、集中力も否応なく高まった。

 

 もはや予断は許さぬと、すぐさま桐生も独自のファイティングポーズを取る。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 刹那 ―――――― 後方から殺気を感じ、咄嗟に体を右手側に捻って躱す。

 

 水色ジャケットを着た男が、手に持った警棒を振るっていた。その軌道は桐生の頭部があった所を通っており、躱さなければ確実に頭部を負傷していたであろう速さと重さを感じる攻撃だった。

 第一撃が外れたのを見ると、今度は警棒を回転させるように振るってきた。

 

 

 

「舐めるな!!」

 

 

 

 しかし、不意討ちでなければ決して躱せなくない攻撃だ。その攻撃動作を見切った桐生は、完全に振るわれる前に相手の懐に飛び込み、左手でその胸倉を掴む。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 続け様に右手で相手の腰 辺りの服やベルトを掴み ――――――

 

 

 

「そりゃあっ!!」

 

 

「っ! がぁ…っ!!」

 

 

 

 そのまま自慢の剛力をもって、男を背から固いアスファルトの地面に叩き付けた。男は自身の攻撃が中断されたのと予想以上の力の強さに驚き、受け身も満足に取れず、ダメージを背中にモロに受けて呻き声を上げた。

 

 

 

「でりゃあぁぁ!!」

 

 

 

 投げ技を決めた桐生の背中めがけ、髑髏シャツの男がスタンガンを突き付けてきた。既にスタンガンの電源は入れられており、電極部からは激しく電気が唸りを上げている。たとえ桐生でも、当たれば最悪 気絶し、軽くとも腕などの部位の感覚が麻痺し、戦いに悪影響を及ぼしてしまうだろう。そうなれば致命的なのは確実だ。

 すかさず桐生は、この髑髏男の無力化を最優先にすべしと結論 付ける。

 

 素早く髑髏シャツの方を向き、右の拳に一際 力を溜め込む。

 

 そして、相手のスタンガンがもうすぐ当たる、という所で瞬時に上体を下げる。

 

 これにより電撃は躱され、相手の攻撃は空振りに終わった事になる ―――――― だが、桐生の狙いは それだけでは無い。

 

 

 

 

 

  ドゴオォ!!!

 

 

 

 

 

 上体を下げるのと同時に、力を籠めていた拳を真一文字(まいちもんじ)に突き出し、相手の腹部 目掛けて強烈な一撃をお見舞いした。

 

 

 これぞ、桐生がとある師匠(・・・・・)から授かった秘儀 ―――――― 古牧(こまき)流・虎落(とらお)とし 》

 

 

 それは、簡単に言えば反撃(カウンター)技。相手が攻撃の為に意識を自分と攻撃を行なう部位に集中し、その為に防御意識が手薄になったところを、すかさず迎え撃つ技である。

 これだけならばボクシングなどの格闘技と変わらないが、この虎落としの場合は、更に

 

 

 “ 腕 全体に力を籠め、さながら棍棒を突き出すように突く ”

 

 “ 相手の攻撃の向きとは正反対の向きの力をぶつける ”

 

 

 といった方法を加える事により、結果的に その威力を格段に上昇させるというものである。

 タイミングこそ極めてシビアだが、それを使いこなす桐生ならば相手の虚を突く強力な手札となる。

 

 

 

「おごぉぅっ!?」

 

 

 

 その威力の凄まじさは、相手が悲鳴と共に体を何メートルも吹っ飛ぶ様から推して知るべしである。

 男は一度 地面に跳ねてから倒れ、僅かに呻き声を上げてから動かなくなった。どうやら気絶してしまったらしい。スタンガンも吹っ飛ぶ際に放してしまった為、これで相手の無力化は成された事になる。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 仲間が戦闘不能になったのを見て、これまで戦いを見ていたメリケン装備の男が遂に動き出す。

 両手で構えたまま突っ込んでくる。その動きは素早く、更に無駄が少ない。桐生は それを見て、この男が3人の中で最も手練れだと直感した。

 

 

 

「シッ!! シッシッシッシッシッ!!!」

 

 

 

 スプレーを噴射させるような独特の掛け声を発しながら、男は拳を振るっていく。予想に違わず その拳は速い上に鋭く、振るわれる一撃一撃が型に填まってるように形になっており、相手が並の力量ではない事を窺わせる。

 想像以上の技量に驚きつつも、桐生も負けじと回避に専念し、その全てを寸での所で躱していく。相手の拳にはメリケンサックが装備されている為、下手に防御すれば如何に桐生といえど腕が傷付く事になる。その為に、まずは相手の連撃が一旦 止むのを待つ考えである。

 

 それから10回ほど攻撃を躱し、回避で若干の距離が出来、相手の出方を待とうとした。

 

 

 

「でえぇい!!」

 

「っ!」

 

 

 

 刹那、桐生は横から怒声とも言える掛け声が上がるのを聞いた。

 見れば、背負い投げで倒した男が何時の間にか復帰し、再び警棒で襲い掛かろうとしていた。無力化できたとは思っていなかったが、思いの外 早い復帰である。どうやら予想よりも頑丈(タフ)だったようだ。

 ともあれ、このままでは危うい。そう考えた桐生は、すぐに体の向きを そちら側に切り替えると瞬時に接近し、振り被る前に警棒を持った腕を掴み取った。

 

 

 

「なっ!?」

 

「甘い!!」

 

 

 

 またしても不意討ちが止められた事に驚く男。その結果、僅かにでも隙を生んでしまう。

 

 そして、それを見逃す桐生では無い。

 

 

 

「おりゃあっ!!」

 

 

「がふっ!?」

 

 

 

 左手を引いて自分の方に寄せ、同時に胸部に膝蹴りを叩き込む。そして、痛みに悶絶し、下がった所を更に拳を叩き込んだ。ボクサーのヘビー級にも匹敵する一撃は、今度こそ相手を完全にKO(ノックアウト)させた。ドサリと大の字に倒れ、男は鼻血を流しながら気絶する。

 

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 

 遂に、メリケン装備の1人となった。仲間が やられた怒りか、優位な状況から あっさり逆転された事による動揺かは定かではないが、現れた時に比べれば随分と冷静さをなくしているように見受けられる。善後策を冷静に考える素振りもなく、真っ直ぐ桐生の所へと突っ込んでくる。

 対する桐生は、何故か迎撃態勢を取らずにいた。それを見たメリケン装備は一瞬 訝しみ、そして すぐに自分を舐めていると内心 激怒し、その感情が推進剤となったが如く、突進のスピードを加速させる。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 そして、自身の攻撃射程内に入り、右拳を振り被る動作に入った時 ―――――― 男は見た。

 

 

 

 桐生の頭上から、くるくると回転しながら黒い何か(・・・・)が落ちてくるのを

 

 

 桐生は それを、視線は男に向けたまま、まるで見えているかのような手付きで掴み取るのを。

 

 

 

 それは ―――――――――

 

 

 

(警棒!?)

 

 

 

 その黒い物とは、先程 気絶させた水色ジャケットが持っていた特殊警棒に他ならなかった。よく見れば、白目を剥いて気絶している男の近くには落ちていない。

 それも そのはず。膝蹴り・右ストレートと2コンボを桐生が決めた際に男の手元から離れ、頭から倒れる時の勢いそのまま、空中へと飛び上がっていたのだ。そして、上がる所まで上がった警棒は、重力に従って落下し、真下にいた桐生の手元へとやって来た、という訳である。

 

 

 

 これが桐生が長年の喧嘩経験から編み出した喧嘩殺法(ヒートアクション)の1つ ―――――― 強奪(ごうだつ)(きわ)み 》

 

 

 

 説明を読むだけなら容易いが、やっている事は ほとんど曲芸 染みており、かなり常識外れなものである。

 見たところ、偶然 桐生が それを行なったようには見受けられない。つまり、武器が飛び上がるのも、相手が突っ込んでくる事を想定した上での動きだったという事になる。

 動きと流れを あらかじめ決めておく演劇ならば まだしも、一瞬の瞬きも油断も許されない実戦で それを意図的にやってのけるなど、非常識にも程があるというものだ。

 瞬時に それを理解した男は、言い知れぬ不安を抱き始める。心なしか、加速する一方だった足の力が、僅かばかり抜け出していた。

 

 

 それを、むざむざ見逃す桐生ではない。

 

 

 

「ふんっ!!」

 

 

 

 握った特殊警棒を固く握り直し、勢いよく振り被る。男もそれを見て我に返り、慌てて その攻撃を躱す。メリケンサックによる優位性は既に崩れ去り、今度はリーチの差で逆に追い詰められる立場になっていた。

 しかし、拳による打撃を得意とするだけ、あって男のフットワークも優秀だ。桐生の攻撃を、危なげながらも何度も避けていく。

 そして、8度 警棒を躱した時、上から大きく振り被った桐生に比較的 大きな隙が生じたのを、男は鋭く見付けた。

 3対1であっさり逆転できたように、自分と桐生の間には大きな地力の差があると感じ取っていた男は、その隙に唯一無二と言うべき勝機を見出した。

 

 後ろに避けたのと同時に、引いていた右拳に有りっ丈の力を籠める。メリケンが肉に喰い込む程に握られた指には、血管が浮き出そうな位の力と固さが宿る。

 

 

 

 

 

「でえぇぇぇりゃあぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 乾坤一擲(けんこんいってき) ―――――― これで一気に勝負を決めんと、自身の腰 辺りまで下がった桐生の頭 目掛け、渾身のアッパーカットを振り上げた。

 これが決まれば、如何に桐生と言えど脳が完全に揺さ振られ、その意識を完全に刈り取られるだろう一撃だった。

 

 

 

(イケる……っ!!)

 

 

 

 男は、そう確信した。自身の数多くの経験上、このタイミング、速度で相手に避けられた事は一度としてない。

 

 故に その拳に一切の躊躇いも宿さず、ますますの力を籠めて振り上げんとした。

 

 

 

 そして、銀色に光るメリケンサックが桐生の蟀谷(こめかみ)に吸い込まれるようにぶつかる ――――――

 

 

 

 

 

 

  フッ……

 

 

 

 

 

 

「っ!!?」

 

 

 

 

 

 ―――――― はずだった。

 

 

 

 男は、我が目を疑った。

 

 

 もう桐生に避けられる余裕はないと、完全に確信していた。

 

 

 経験上、絶対に回避不可避だと思っていた攻撃が ―――――― 躱された。

 

 

 確実に当たる所にあると思っていた頭が、そこだけ運動法則を無視したような速さで下に下がり、これ以上ない位と思っていた自慢の拳を空振りさせたのだ。

 

 

 

 有り得ない ―――――― 男は声にならない声を心の内で叫ぶ。

 

 

 

「ぃっ!?」

 

 

 

 そんな思考を遮るように、男の足に痛みが走った。

 同時に、視界の風景が走っていくのが見えた。桐生を見ていた視界が、今は何故か空を見上げている。妙な浮遊感に晒されながら、男は自分が足払いされ、それによって体が上向きになったのを悟った。

 

 躱すのと同時に、がら空きになった足を狙っての攻撃 ―――――― ここに至り、自分が桐生の術中にはまってしまったのを ―――――― やけに大振りだった攻撃も、自分の反撃を誘い出す為の罠だった事も理解してしまう。

 

 

 

 今それに気付いたところで ――――――――― 全てが手遅れである事も。

 

 

 

「がぁっ…!!」

 

 

 

 やがて、男は背中から地面に叩き付けられる。受け身も取れず、あらゆるダメージが背中に集中し、痛みに思わず苦悶の声が漏れる。

 すぐにでも起き上がりたいところが、痛みの余波が電撃のように手足にも広がり、満足に体が動かない。

 

 

 

 

 

「――――――っ!!?」

 

 

 

 

 

 そして、男は見た ――――――――― 倒れる自身を見て見下ろし、今まさに拳を振り下ろさんとする様を。

 

 

 

 

 手には警棒は握られていない。あくまでも牽制用だったようで、トドメは無手のようだ。

 

 

 しかし、不思議なもので ―――――― その拳は、武器である特殊警棒よりも、遥かに凶器らしく見えた。

 

 

 

 

 そして ―――――― すぐにでも避けなければならない状況で、男は何故か桐生の姿から目を離す事が出来なくなっていた。

 

 

 

 

 人的不利、装備の不利を物ともせず、あっと言う間に逆転され、今まさに勝敗を決しようとしている。

 

 

 

 

 そんな ―――――― いっそ清々しいまでの敗北による脳の特殊な作用か ―――――― 男は桐生のそんな姿が、いっそ“ 眩しい ”とまで思ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおらあぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

  ドオォォッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――― これが………“ 堂島の……龍 ”………っ

 

 

 

 

 

 

 

 桐生の喧嘩殺法(ヒートアクション) ――――――――― 追討(おいう)ちの(きわ)み》をその身に受け、意識を刈り取られながら ―――――― 男は“ 伝説 ”を垣間見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かな手応えと、男の反応がなくなったのを確認した桐生は、拳を腹部から離した。

 

 足元を見てみれば、苦しいような、脱力したように口を開けて気絶している男がいた。

 

 再度、周囲を警戒する。1人、2人と その姿を確認し、例外なく全ての敵の制圧に成功した事を確信すると、ようやく一息 吐き、残心(ざんしん)を解いた。

 

 時間にして、ものの1分そこそこ。相手が そこいらの有象無象に比べれば中々の手練れだった事を鑑みても、かなりの速攻 撃破と言えた。ひとえに、桐生の隔絶した戦闘力ゆえの結果だろう。

 それなりに鋭い攻撃、加えて武器さえも襲い掛かってきたというのに、手傷は一切 負っていない。彼の並外れた反射神経と動体視力、何よりも危機を感じ、それに応じられる肉体が、それを可能としていた。

 

 何はともあれ、降り掛かる火の粉は払う事が出来た訳である。

 

 

 ようやく、行こうとしていた場所へと改めて移動しよう ―――――― とはせずに、桐生は再び、その身に闘気を宿らせた。

 

 

 

「いつまで隠れてる? こいつらは全員 片付けたぞ! 姿を見せたらどうだ!!」

 

 

 

 そして、どこに明確に言うでもなく ――――――― しかし確かに誰かに向けるように(・・・・・・・・)言い放った。

 もし第三者がいれば、唐突の行動に目を丸くした事だろう。

 

 

 実は先の戦闘の最中、桐生は“ 何者かの視線 ”を感じ取っていた。

 

 まるで、獲物に対しじっと静かに機会を窺う猛禽類の如き、鋭い視線。3人の暴漢と戦いながら、桐生は その視線にも注意を払っていた。もしかしたら、隙を見て乱入してくる可能性もあったからだ。

 

 だが、1人、2人と倒しても動く気配はなく、結局 全滅させた今でも何ら動きが見られない。

 桐生も これには腑に落ちず、こうして挑発し、事の全貌を見届けんとしたのである。

 

 声を張り上げてから数秒。相変わらず、何も起こる気配がない。

 桐生は警戒を続けたまま、周囲に目を配らせる。だが、見慣れた空間に地に伏す3人の人間が加わっただけで、他には何ら気に留める点もない。

 

 それでも、桐生は気を緩めない。

 

 

 

 

 

  ―――――― カツンッ…

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 その時、不意に桐生の背後から音が響いた。

 

 瞬時に、その方へと体を捩じらせ、音の正体を確認する。

 

 

 

 そこにあったのは ―――――――――

 

 

 

(………石……?)

 

 

 

 それは、ビー玉サイズの小さな小石。

 転がっていても ここの風景と同化する程に違和感がないが、桐生の記憶では先程までなかった物だ。

 音がした所から推測しても、音源は その小石に間違いなかった。

 

 

 

(だが、どうして ――――――――― っ!!)

 

 

 

 疑問を抱き始めた瞬間、桐生は思考を中断させた。

 

 

 

 自身の死角、厳密には上の方から(・・・・・)、只ならぬ殺気を感じ取ったからだ。

 

 

 その殺気は瞬時に桐生に迫り ―――――― その脳天に突き刺さらんとした。

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 桐生は それを、間一髪のところで避ける事に成功する。

 避けた瞬間、地面に大きな塊が叩き付けられるような轟音が響いた。地を蹴って大きく跳び上がり、前転の要領で転がって距離を取る。

 

 だが、その“ 殺気の元 ”は そんな桐生の動きを見越してか、すぐに追撃に掛かってきた。先程 戦った男達とは比べ物にならない程の素早さである。

 

 危ういところだったが桐生も経験がものを言い、辛うじて迎撃態勢を整える事が出来た。

 

 

 攻撃の第一波が来る ―――――― 同時に風を切るような鋭い音が響く。

 

 

 それは武器も何も使わない徒手であるにも かかわらず、速さ、鋭さ共に尋常ではない。それによって齎される威力は、生半可な武器すらも凌ぐだろう。

 一発目を両手を交差し、盾にして防ぐと、更に攻撃を重ねていく。それを、桐生は己の肉体と精神を全開にして対応する。時には躱し、時には手や足で防いでいく。少しでも油断すると、たちどころに意識を断ち切られても おかしくない怒涛の攻撃だ。

 

 

 

 そんな応酬を、10合 近く重ねた末 ―――――――――

 

 

 

 

 

「しゃあぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

「ほああぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 互いに渾身の拳を突き出し ―――――― 顔面の寸前で止める事で、為合(しあ)いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ご挨拶だな ――――――――― 爺さん(・・・)

 

 

 

 

 

 数秒の間の後、桐生は拳を突き出した体制のまま、相手に言い放った。

 

 

 “ 爺さん ”と呼ばれた男はニヤ、と口元に不敵な笑みを浮かべ、言った。

 

 

 

 

 

(これ)もまた、戦場(いくさば)に生きる者の言葉と言うものよ ――――――――― 桐生」

 

 

 

 

 

 言葉の応酬も交わし、互いに笑みを浮かべる2人。

 

 そして拳も下ろし、互いに向かい合う。

 

 

 

 

 

「久し振りだな、古牧の爺さん」

 

 

「一年ぶりよの、桐生よ」

 

 

 

 

 

 桐生が言葉を交わすのは ―――――― 年の頃合いは70程、上半身には道着のような衣服に、下半身には作業着に黄色の長靴と、一見 珍妙な格好をする老人。

 

 

 しかし、この老人こそ、この神室町において知る人ぞ知る武術の達人にして、桐生の師匠でもある男 ―――――― 現代に伝わる古武術・《 古牧流 格闘術 》の現 継承者・古牧(こまき) 宗太郎(そうたろう)である。

 

 

 

「相変わらず、無茶苦茶な動きをするな、あんたは」

 

 

 

 そう呆れるように言いながら、桐生はビルの上の方を見上げる。

 ニューセレナとスカイファイナンスが入っているビルは5階建てで、高さは およそ15メートル程ある。古牧は、そこの3階 部分の非常階段から飛び降り、桐生に奇襲を仕掛けたのである。

 言ってしまえば それだけだが、3階でも優に7メートル近くあり、そこから飛び降りるなど、本来なら自殺行為にも等しい。たとえ死ななくとも、普通なら骨折しても おかしくないところである。元々、年齢の割に(したた)か ―――――― と言うより、人間離れしている所があると思っていたが、この行動がそれに一層 拍車を掛けていた。

 

 もっとも、桐生をよく知る者から言わせれば“ お前が言うな ”と言える話だが。

 

 

 

「カッカッカ! これも日々の鍛錬の賜物じゃ。お主も、人の事は言えまいて」

 

 

 

 案の定、古牧がツッコミを入れる。桐生も それを聞き、ただ苦笑するだけである。

 

 そして、ふと表情から笑みを消し、真剣な面持ちとなって古牧に尋ねた。

 

 

 

「それはそうと、爺さん。どうして、いきなり こんな事を?」

 

「お主を襲った訳……か?」

 

「あぁ。それと、ここに転がってる男達についてもだ。あんた、何か知ってるんじゃないのか?」

 

 

 

 先程、古牧は挨拶だ何だと言ったが、桐生は そんな言葉には納得していない。そもそも、今まで何年越しかで再会した時も、今回のような刺客 染みた挨拶などした事がなかったからだ。

 桐生が そう言うと、古牧もスッと目付きが変わる。それは、普段の好々爺としての顔では見せない、格闘家としての眼である。

 

 

 

「ふむ………根拠は?」

 

「第一に、この男達の戦い方だ。こいつらは、そこらのチンピラと比べると一枚は上手の力を持ってた。だが、いざ拳を交えてみると、どうにも腑に落ちない事があった。それは、力の割に ―――――― 俺に襲い掛かって来たにしては、余りにも殺気が少な過ぎた(・・・・・・・・・・・・)事だ」

 

 

 

 これは、対峙した時から感じていた違和感だった。

 たとえ喧嘩だろうが、闇の世界で名声を得る為の殺し合いだろうが、程度に差はあれ、桐生と戦う者には殺気が少なからずその身に宿しているものだった。

 極力 選手の命を守ろうとするスポーツとは異なり、ルール無用の喧嘩などでは、殺す事も厭わない気持ちで臨まねば生き残る事も難しい、真の弱肉強食の理で支配されているのは言うまでもない。

 桐生ほどの手練れともなれば手加減する事も出来るが、そうでない者は それすらも難しい。そして桐生が戦った3人も、そこそこ腕は立つが、それでも極めてると言うには到底 及ばない力量であった。

 そんな彼等が自分から喧嘩を売り、それなのに殺気が極端に少ないというのには、どうにも合点が行かないものがあったのだ。

 

 

 

「そして、そんな奴等を倒した直後に、あんたは俺に襲い掛かった。それらの事を全て纏めて考えれば、自ずと1つの“ 答え ”が浮かんでくる」

 

 

 

 そして、桐生は古牧の顔を更に強い目線を向けると、その“ 答え ”を言った。

 

 

 

「爺さん、あんたなんだろ ―――――― こいつらを けしかけて、俺に襲わせたのは?」

 

「………」

 

「多分だが、こいつらも あんたの弟子なんだろ。そう考えれば、妙に強い理由も説明が付く。何より ―――――― こいつらの動きには、古牧流が混じってたぜ」

 

 

 

 特に、3人の中でも手練れだった黒パーカーのメリケン装備の足捌きには、桐生も学んだ古牧流 独自のものが垣間見えていた。なまじ技を修める者は、ちょっとした動きに片鱗が見えるものである。

 

 

 しばらくの間、古牧は何も語らなかった。

 

 桐生も、急かすような事はせず、ただじっと返答を待つだけである。

 

 

 

 

 

 そして ―――――――――

 

 

 

 

 

「フ………戦いの中でも、周りや相手の技をも見極める慧眼 ―――――― 見事よのぅ……桐生」

 

「それじゃあ、やっぱり……」

 

 

 

 古牧の言葉に、桐生は核心を得る。

 

 そして、神室町の古強者は真っ直ぐ弟子の眼を見詰め、告げた。

 

 

 

「如何にも。此奴らをお主に送ったのも、全ては(わし)の一存よ」

 

「じゃあ、こいつらも」

 

「左様。儂の弟子達じゃ」

 

 

 

 桐生は納得とばかりに頷いた。

 

 

 そして同時に、どうしても解せなかった。

 

 

 

「どうして、そんな事をしたんだ?」

 

 

 

 先程も思っていた疑問だが、結局 未だに答えは解らずにいる。これまでに なかった事であるし、古牧は こんな事をするような人間とも考え難かったというのもあった。

 

 桐生の問いに、しばし口を閉ざし、そして古牧は答えた。

 

 

 

「……一言で言うなら ―――――― 桐生、お主の“ 覚悟 ”を量る為よ」

 

「俺の、覚悟……?」

 

 

 

 何の事を言ってるのか、桐生には よく解らなかった。

 

 古牧は続ける。

 

 

 

「儂はな、数時間前……劇場前でお主を見掛けたのじゃ。地下から出て(・・・・・・)、早足で去っていくお主をな」

 

「何?」

 

「声を掛けようとも思うたが、何とも重い表情を浮かべておったでな、どうにも それは憚られたのじゃ」

 

 

 

 確かに、あの時は酷く冷静さを欠いており、周りの事など何1つ頭に入っていない状態だった。

 どんなルートで店に帰ったのかすらも定かならぬものだった為、古牧の事が目に入らなくとも致し方のない事だったのかもしれない。

 

 

 

「これまでにないお主の表情を見て、これは由々しき事態が起こってしまったのだと、儂は確信した。そして、彼の情報屋(・・・・・)に依頼し、お主の身辺の事を調べてみた」

 

「情報屋? まさか……」

 

 

 

 桐生が、“ 1人の男 ”の顔を思い浮かべる。

 古牧も、彼の言わんとする事を理解し、こくりと首肯する。

 

 

 

「そう、お主もよく知る ―――――― 《 賽の河原 》の主よ」

 

 

 

 《 (さい)の河原 》 ―――――― それは知る人ぞ知る、神室町の“ 裏世界 ”を象徴する場所の事である。その場所は、“ 表 ”の顔と“ 裏 ”の顔で区別する事が出来る。

 

 神室町は北東部の区画には、現在《 神室町ヒルズ 》という100階 建ての超高層ビルがそびえ立っている。

 ミレニアムタワーに次ぐ街の名所として名を馳せつつあるその場所だが、そのビルが建っている所は かつて、《 西公園 》という公園があった。元々は普通の公園だったが、利用者の激減と共に隔離壁が立てられるようになると、そこにホームレスが住み着き始めた。以来、壁の“ 中 ”と“ 外 ”とのかけ離れた世界観から、街の住人から“ あの世 ”と呼ばれ始め、最終的に“ 賽の河原 ”と呼ばれるに至った。

 そして2005年 以降に土地開発が決まるまで、そこはホームレス達の1種のユートピアとして機能し続けた。ちなみに、開発により立ち退きを余儀なくされた者達は、現在は街のとある場所に拠点を移し生活している ―――――― これが、表の顔である。

 

 

 そして、その場所の地下には街の人間すら ほとんど知る事の無い“ 秘密の空間 ”がある。

 それこそ、賽の河原の“ 真の顔 ”とも言うべき地下歓楽街である。

 

 いつからそこに存在するのか、誰が作ったのかは定かではないが、真っ当な生き方が出来なくなった人間、そして表も裏も知り尽くした富裕層などが そこに立ち寄る。

 そこは地下とは、且つ無法地帯とは思えない程の繁栄を見せており、遊郭から賭博場、果てには世界でも類を見ない《 地下闘技場 》までも備えており、表 以上に現実離れしたその雰囲気は、まさに三途の川に存在すると言われる《 賽の河原 》と呼ぶに相応しい場所なのである。

 

 その賽の河原の実質的トップに君臨し、神室町の裏社会において彼を知らない者はモグリといわしめる程の人物こそ、古牧が言う“ 伝説の情報屋 ”である。

 

 

 それを聞いて、桐生も おおよその事情を把握するに至った。

 彼の手に掛かれば、知り得ない事など皆無に等しい。自分が抱える事になった事情を調べる事など、息をするに等しい事だったに違いない。

 本来、情報料には相応の金額が掛かり、ホームレスである古牧が払うには厳しいところがあるが、彼は地下闘技場の常連かつ上位を常に維持し続ける猛者である事もあり、経営者でもある情報屋が、その付き合いから便宜を図ってあげた、といったところだろう。

 

 

 

「結果、お主が今現在 抱えておる状況を把握するに至った。成程……お主ほどの男が、あれ程までに冷静さを欠いておった事にも合点が行った、と納得した」

 

「………」

 

「……一番弟子であるとはいえ、個人的な領域に土足で踏み入った事は、謝っておこう。すまぬ」

 

「……気にしないでくれ」

 

 

 

 人が人なら気分を害する事だろうが、桐生は寧ろ嬉しい位だった。故に彼が言った事は気遣いでも何でも無く、本心に他ならない。

 

 

 

「ふむ、そうか……ならば、そういう事にしておこう。話を戻すが、お主の抱える事情、並の人間ならば、最早どうする事も出来ず、ただ苦悶に身も心も苛まれるのみであろうが ―――――― おそらくお主は違う(・・・・・)と、儂は考えた」

 

「っ!」

 

「お主ほどの男ならば、愛する者の為に泣き寝入りなど善しとせず、きっと己に出来る事を模索し、行動するに違いないと踏んだのじゃ」

 

 

 

 それは、数年に わたって桐生と交流を重ね、彼が得るに至った1つの確信であった。

 

 

 

「案の定、少し前にお主が決意を固めたらしいとの情報が耳に入った。そこで、儂は一計を案じた」

 

「その、“ 一計 ”っていうのが……」

 

「左様 ―――――― 今まさに、この場で起こった出来事そのもの(・・・・・・・・・・・・・・・)に他ならぬ。儂はすぐさま手の空いた弟子を招集し、ある程度 事情を知らせた上で、お主に差し向けたのじゃ。結果は、御覧の通りよ」

 

 

 

 ようやく、桐生は現在に至るまでの全ての事情を把握するに至った。

 言うなれば、自分は師匠である老人の掌の上で踊っていたに過ぎなかったのである。ただし、自分を陥れる訳ではなく、あくまでも自分の弟子の身を案ずるが故の彼なりの行動だったのだ。

 そんな桐生の考えを裏付けるように、古牧は更に言う。

 

 

 

「もし、お主が少しでも不覚を取るような事があらば、儂は どんな手を使ってでもお主を止める心算であった。お主が赴かんとする場は、正に戦場(いくさば)。たとえ技術は身に付けていても、心が伴っておらなんでは命を捨てるようなものじゃからな」

 

「………」

 

「じゃが ―――――― お主は そんな(やわ)な男ではなかった。弟子達を苦もなく倒し、あまつさえ儂の奇襲にも何ら臆する事もなく凌いで見せた。……言っておくが、儂は手加減したつもりはなかったぞ? 本気でお主の骨の一本でも折ってやるつもりじゃったからのぅ」

 

 

 

 それは、桐生も感じ取っていた事だ。最初の頭上からの攻撃も、その後に続いた拳の連撃も、どれもが必殺に等しい威力を持っていた。もし少しでも気を抜いていたら、如何に桐生でも五体満足ではいられなかった事は確実だ。

 

 

 

「それで……俺は、あんたから合格は貰えたって事で良いのか?」

 

 

 

 桐生が尋ねると、古牧は誇らしげに大きく頷いて見せた。

 

 

 

「うむ! その気概をもってすれば、如何なる修羅場を相手取ったとて、不覚を取る事はあるまい。流石は、唯一 古牧流の免許皆伝を授けた一番弟子なだけはある。師として、誇りに思うぞ」

 

「爺さん……」

 

「……行って参れ。己が信念、貫き通せる所まで貫き通して見せよ!

 そして、無事お主が帰還し、再びこの街に舞い戻った時、心行くまで労いの言葉をくれてやろうぞ」

 

「……あぁ。必ず、帰ってくるさ」

 

「……しばしの別れとなるのぅ。武勇伝、楽しみに待っておるぞ、桐生よ」

 

 

 

 古牧は そう言い、凛々しくも柔和な笑みを桐生に向けた。その表情には、これから戦地へ向かう弟子に対し、一切の憂いを認めさせない粋なものであった。

 彼もまた、桐生という人間が何たるかを理解し、そして彼の帰還を信じて疑わない人間なのである。この笑みも、その確信の証明と言えた。

 

 

 桐生も、師匠と呼ぶべき人物の激励を身に沁み込ませつつ、決意も新たにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……死ぬでないぞ……愛弟子よ………)

 

 

 

 そして、姿が見えなくなるまで見送った後、古牧は胸中で そう呟く。

 年長者として、師として、本人の前では堂々とした態度で接したが、やはり心配な事に変わりはない。

 

 人として、“ 相手を信じる事 ”と、“ 心配する・しない ”は別問題なのである。

 

 

 

 己にとって我が子にも等しい年齢の人間に不幸が訪れないよう、ただ祈るばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 カム劇 地下街  地下1階 】

 

 

 

 

 

 この日、2度目の訪問となる地下街跡。

 使われなくなって久しく、ただの階段と化しているエスカレーターを降りた桐生は、地下の一角にある一室へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「南田。いるか?」

 

「うん……? おや、桐生くんじゃないか」

 

 

 

 机でパソコンを覗いていた南田が、桐生の来訪に気付き入口の方を向いた。南田が気付くのと同時に、桐生も室内に足を踏み入れる。2度目の訪問だが、相変わらず廃墟 独特の無機質な臭い、そして機械類ならではの空気が室内に満ちていた。

 桐生は南田の近くまで来ると、南田は座ったまま対面する。

 

 

 

「ふむ。気持ちは大分 落ち着いたようだな」

 

「まぁ、お陰様でな」

 

「それは何よりだ。もしかして、気分転換にIF(インナーファイター)をプレイしに来たのかな?」

 

 

 

 そう言い、南田は部屋の端に設置されている自らの自信作に目をやった。映画やアニメに出てくるようなマシンにも劣らぬ近未来的な装置が、寂れた空間で圧倒的な存在感を放っている。事実、NERDLES(ニードレス)が世に出るまでは、この機械は まさに未来を象徴する程の物だったに相違なかったのだから。

 南田の そんな問いに、桐生は首を横に振りながら答える。

 

 

 

「いや、今回は そういった事で訪ねたんじゃないんだ」

 

「と、言うと?」

 

「……南田。あんたに、折り入って頼み(・・)がある」

 

 

 

 そう口にした桐生の表情は、南田にとって滅多に見る事のないものであった。

 真剣という言葉すらも生温く感じるそれは、南田の目を見開かせるのと同時に、彼の表情をも真摯なものへと変えた。

 現在、彼の常人より優れた頭脳は静かに、かつ慌ただしく動いている。南田は何の頼みなのか、尋ねる事はしない。すぐに、言葉の続きが来る事が解っているからだ。

 

 

 

 そして ―――――――― その言葉は放たれる。

 

 

 

 

 

「単刀直入に言う ―――――― 南田、俺にナーヴギアとSAO(ソードアート・オンライン)を譲ってくれ」

 

 

 

 

 

 桐生が口にした、その言葉 ―――――― その“ 意味 ”が解らない程、南田は愚かではなかった。

 僅かに瞠目し、すぐに それを戻すと、比較的 平静な声で問うた。

 

 

 

「……何の為に?」

 

 

 

 こんなタイミング、状況でそれら2つを求める“ 理由 ”は、1つしか考えられない。

 故に、半ば確信を持ちつつの問いだった。

 

 

 

「遥を ―――――― 俺の大切な家族を助けに行く!」

 

 

 

 しかして ―――――― 返ってきた答えは、南田の予想通りのものだった。

 

 出来れば当たって欲しくなかった、と言わんばかりに目を閉じて溜息を吐く。

 

 

 

「……そんな事だろうとは思ったがね……全く、君という男は……」

 

「……皆まで言わないでくれ。俺自身、きっと馬鹿な行動をしているんだろうと自覚はしてる」

 

「だったら ――――――」

 

「だが、あれから もう一度 考え直して、俺自身の“ 本心 ”も自覚したんだ。やっぱり俺には、遥が危険な目に遭っているというのに、何もしないでいるのは我慢できない」

 

 

 

 南田の言葉を遮って、桐生は己の心の底からの本心を語った。数時間前と違い、葛藤の一切を感じられない その表情と声色は、少なからず南田を驚かせた。僅かな時間の間に、一体どんな心境の変化が起こったのか疑問に思える程の変わりようであった。

 おそらく、夢が どうとかと話しても彼は信じないであろうが。

 

 

 

「……そうは言うがな、桐生くん。今回の事件は、君が今まで経験してきたものとは根本的に異なる。

 解っていると思うが、戦いの舞台となるのはゲームの中だ。仮想世界の中では、現実の常識は当てにならない事が多い。ゲームならではの理不尽な戦いを強いられる事だってあるし、何より君が“ キミ ”として戦うのは、仮の体(アバター)だ。アバターはあくまでも、デジタルの集合体。データこそが全ての存在で、現実での君のように根性論で どうにかなる話ではなくなるのだ。

 

 何より ―――――― 君は、残った家族を悲しませても良いのかね?」

 

 

 

 仮想世界で行く事に伴う困難、苦難を述べる南田の言葉には、桐生に対する思いやりが滲み出ていた。

 かつて南田は、ゲームで自身も桐生も危険な目に遭わせてしまった負い目がある。それに加え、今回も危険と解っていて むざむざ行かせるような真似はしたくないのが本心であり、人情というものだろう。

 桐生も、それは解っている。今 自分がしている事が、如何に相手の心を傷付けようとしているのか、解らない人間ではなかった。

 

 

 それでも ―――――― 桐生は折れる訳にはいかなかった。

 

 

 

「……自分自身でも思う。端から見れば、俺は自殺志願者にも等しいだろう。人としても、親としても、失格なのかもしれない。

 

 それでも! 俺は気付いてしまったんだ……俺には、たとえ堅気になっても、堅気らしい生き方は心からは出来ないのだと。

 

 何より ―――――― 遥は、俺にとって生きる希望をくれた存在だ。その遥が危険に晒されている中で、あいつを見殺しにするという事は、俺自身の命を半分 捨てる事にも等しい」

 

 

 

 

 

 6年前 ―――――― 爆破されたミレニアムタワー内の崩壊した高級クラブ・《 アレス 》の中で、桐生は絶望の中にいた。

 

 

 あらゆる戦いや悲しみを乗り越え、激闘を制した桐生。

 

 しかし、その結果は兄弟と言える錦山、そして愛する由美の死だった。

 

 先の戦いで風間さえも亡くしていた桐生にとって、この時もはや家族と呼ぶべき人間は全て命を落としてしまった。

 

 

 

――――――どうして……

 

 

――――――こんなはずでは……

 

 

 

 直視し難い現実に、さしもの桐生も呆然自失するしかなかった。

 

 

 騒ぎを聞き付けて駆け付けてきた警官を前にして、もはや生きる意味はないと、自ら闇へ消えようと考えた。

 

 

 だが ―――――― それを制したのが、伊達だった。

 

 

 

 

 

『ふざけるな!! お前の“ 戦い ”は、まだ終わってねぇ筈だ!

 

 

 掛け替えのない者を守り続けろ! ――――――――― 逃げるんじゃねぇ!!』

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いて、桐生は気付いた。

 

 確かに、自分が今まで持っていた家族は死んだ。

 

 だが、今の自分にも ―――――― こんな自分にも、誰よりも、何よりも自分を信じてくれる“ 小さくも強い命() ”が、傍にいた。

 

 自身の生を繋いでくれた遥は、桐生にとって命そのもの。

 

 故に、どんな圧倒的な権力や理不尽そのものがそれを脅かすのなら、彼女の為に命を懸けるのが、“ 桐生 一馬 ”という人間なのだ。

 

 

 

「俺の覚悟なら、とうに固まってるし、家族にも伝えた。皆、俺の気持ちを酌んでくれたよ。

 ……本当に、俺には勿体無い位の素晴らしい家族だ。だが、それでも不安にさせるのには違いない。

 

 ―――――― だったら、どうせ不安にさせてしまうのなら、せめて遥を寂しがらせないのが、親としての俺の役割だと、そうは思わないか?」

 

「桐生くん……」

 

 

 

 いっそ開き直りや屁理屈とも言える桐生の言い分に、南田も呆れる他なかった。

 

 

 再び、溜息を吐く。

 

 だが、その吐息の音は、どこか穏やかものに聞こえた。

 

 

 

「……まったく……ここまで愚かだと、もはや諌めるのすら馬鹿馬鹿しくなるな」

 

「………」

 

 

 

 桐生は何も言わない。自分自身がそうだと、誰よりも理解している為だ。

 

 

 そして、おもむろに南田は桐生に背を向ける。

 

 

 

「? 南田?」

 

 

 

 突然の行動に訝しみ、声を掛けるが、南田は答えず歩を進める。

 

 

 

「桐生くん。来たまえ」

 

 

 

 そして机の所まで行き、何かゴソゴソと物色し出すと、不意に桐生を呼ぶ。不思議に思いつつも桐生は南田の所へ向かった。

 

 近くまで来た時、桐生は気付いた。南田の手には、やや厚めの紙袋が握られている事に。そして それを、南田は桐生に差し出し、桐生は それを受け取る。持ってみると、思いの外 重い物だった。

 

 

 

「これは……?」

 

「……君が求めていた物(・・・・・・・・)だ」

 

「―――――― っ!?」

 

 

 

 思いもよらない言葉に、桐生は驚き、すぐに袋の中を確認した。

 

 

 そして中には、黒光りする機械 ―――――― ナーヴギアと、SAOのソフトが入れられていた。

 

 

 

「どうして……」

 

 

 

 桐生は不思議でならなかった。得る為には難しい説得も覚悟していたし、もし成功したとしても準備に相応の時間が掛かるだろうと予想していたのだ。

 だが、実際は どうだろう。拍子抜けするほどに、あっさりと手に入ってしまったではないか。

 半ば呆然としている桐生に対し、南田は僅かに笑みを溢しながら説明する。

 

 

 

「あの時、“ 客観的にでも、君の事は判断できている ”と言ったはずだよ。たとえ一度は諦めたとしても、君なら恐らく考えを改めるに違いない……私は ほぼ確信を持っていたよ。

 だからこそ、君が去ってから程なく、ナーヴギアを初期の状態に戻しておいたんだ。これなら、ログインも可能だろう」

 

「南田……」

 

「……おそらく私は、科学者として ―――――― いや、人としても、間違った事をしているのかもしれない。1人の人間に、むざむざ死にに行けと言っているようなものだからな。

 だが……どうしてだろうな? 君に対しては、こうするべきだと……自分でも疑問に思う位に、そう思えたんだ。上手くは言えないが……おそらく、それが君という人間が成せる不思議な“ 魅力 ”なのだろうな」

 

 

 

 そう口にする南田だが、彼自身、自分が何を言っているのか100パーセントは理解し切れていない。効率と結果を重んじるべき科学者である彼が、今 自分がしている事が如何に それに反しているのか解らない訳がない。

 しかし それでも、こうして桐生 一馬という人間と接していると、そういった常識が必ずしも遵守すべきものではないと思えてしまうのだ。

 ただ心の赴くままに、人が人として抱いて然るべき感情に身を任せてしまうのも、決して“ 悪 ”とは言い切れない ―――――― そう、思えてしまう。これは南田に限らず、桐生という人間と接した事がある人間なら、大多数の人間が経験する心の変化であった。

 

 

 

「……すまない。南田」

 

 

 

 心の内を吐露する南田に対し、桐生は ただ それだけ言った。自分の望みを叶えてくれた事を感謝すべきなのか、彼のポリシーに反する事をさせてしまった事に対し詫びるべきなのか、何とも感情が定まらない声色だった。

 けれども、後悔はない。己にとって、こうしなければ ならなかったのだ。自分は ただ、そういった全ての感情を受け止め、飲み込んで先へ進む他に道はないのだと、桐生は改めて決意を固め、袋の紐を握る手に力を籠めた。

 南田も、そんな桐生の心境を察し、首を横に振って言う。

 

 

 

「気にする必要はない。

 

 ただ、1つだけ約束してくれ ―――――― 必ず、生きて帰ると。

 

 どうか、私を殺人鬼にはしないでくれ……もう、科学で後悔するのは、御免 被るからな」

 

「あぁ、解ってる ―――――― 俺は、必ず生きて帰る。約束する」

 

 

 

 決して、死にに行く訳では断じてない。戦いとは、死をも覚悟すべき場所ではある。

 

 だが、死んではならないのだ。たとえ今までにない戦いになるとしても、それは変わらない。

 

 帰りを待ってくれる家族の為 ―――――― 自分を信じてくれた人々の為にも。

 

 

 だから、桐生にとっての戦いの決意とは、“ 生きる ”という決意である。

 

 

 

「……クックック。なら、その言葉、信じるとしようか」

 

 

 

 南田お馴染の笑い声が響く。

 

 両者の間には、もう陰鬱とした空気は存在しない。互いに、もう気持ちの切り替えは済んだ事を意味していた。

 

 桐生はこくりと頷き、力強い口調で告げた。

 

 

 

 

 

「俺は必ず、この街に帰ってくる ―――――― 信じて、待っていてくれ」

 

 

 

 

 

 今この場においては、それだけしか言える事はない。

 だからこそ桐生は、それこそが彼にとって唯一にして一番の義理を果たす事だった。

 

 

 

 桐生は大恩ある科学者に対し深々と頭を上げると、踵を返して研究室を後にして行った。

 

 

 南田も また、その決意に満ちた大きな背が小さく、そして見えなくなるのを、ただ見詰めるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上に戻ると、空は やや薄暗く変色し始めていた。

 

 程なく夜となろう。それは即ち、この神室町が“ 真の姿 ”を表す事を意味している。

 

 街灯に明かりが灯り、色 取り取りのネオンサインが夜の街に色彩を与え、歓楽街ならではの情緒を醸し出す。街に熱気と流れを作り出す人混みも、老若男女 入り乱れた乱雑なものへと変わり、夜の街の雰囲気 作りに一役 買っていた。

 

 少し周囲を見渡すだけで、様々な人間の感情までも垣間見えそうな街 ――――――

これこそ、桐生が育ち、暮らし、そして守ってきた《 眠らない街 》の姿であった。

 

 

 

(……この街の風景も、しばらく見れなくなるな………)

 

 

 

 そう考えると、思わず感傷的な気分になってくる。

 思えば、これまで彼が戦いに身を投じた末は、必ずと言って良い程この神室町が最後の舞台となっていた。

 様々な要因はあれど、それ程に この街と桐生の間には一種の因縁が強く働いていたと言える。時にその地を駆け回り、時にその土地の様々な場所で拳を振るい、そして時に運命の出逢いを果たす場でもあった、神室町。

 悲しい事も多かったが、それ以上に喜びも感じてきた街とも当分お別れともなれば、桐生も人並み以上に思う所があるというものである。

 だからせめて、自分にとっての(はなむけ)とするかのように、今この時だけ目に映る街をその瞳や脳裏に焼き付けておこうとした。

 

 必ず帰ってくると、強く言い聞かせる為に。

 

 

 

(………行くか)

 

 

 

 そして存分に眺め、決意も新たに歩を進めようとした時だった。

 

 

 

 

 

  pipi……pipi……

 

 

 

 桐生の携帯から、着信音が鳴り響いたのだ。

 そのメロディは、メールの着信を知らせるものだった。すぐに懐から出し、差し出し人と内容を調べてみる。

 

 

 

(これは……)

 

 

 

 桐生は、思わず目を見開いた。

 そこには、思いもよらない人物から、思い掛けない内容の文が綴られていたのだ。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 11/7  17:12

 

 From:真島 吾朗

 

 Sub:桐生チャ~~~ンwww

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 桐生チャ~ン! 花屋から話は聞いたでぇ?

 これからゲームの中に向かうそうやな。水

 臭いでぇ?そないな面白そうな事、俺に一言

 もなしにやろうやなんて。俺にも一枚噛ませ

 んかい!フルダイブっちゅうやつには、それ

 なりの環境が必要っちゅう話やないけ。せや

 ったら、東都大病院に来いや。

 

 先に待っとるで。

 

 ほななvv

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 そんな内容だった。

 確かに、桐生としてもフルダイブの為の環境を整える為に、気は進まないが東城会の助力を借りるつもりではいた。だが、大吾に連絡を取る前に真島から来るとは思わなかった。

 だが、確かに賽の河原は、現在 真島組の管理の下で機能している。ならば、その最高責任者である真島が情報を得るのは、ある意味 自然の摂理とも言える。

 

 

 

東都大病院(とうとだいびょういん)か……とにかく、行ってみるか)

 

 

 

 自分が意図するところ以外で動いている事態に若干 戸惑いつつも、真島が何かやろうとしてくれているなら、自分も動き出すしかない。

 そう考えた桐生は、ひとまずタクシーを捕まえに、乗り場へと向かう。

 

 

 

 その胸の奥に、一抹の不安を抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 文京区  東都大病院 】

 

 

 

 

 

 メールを受け取った後、すぐにタクシーを使って桐生は やって来た。

 周囲は既に薄暗くなっており、紺色に染まりつつある空に向かって聳えるように、その大病院はあった。

 

 ここに来るのは、実に2年ぶりとなる。

 

 この病院は、2年前の抗争の際の最後の決戦地として利用され、桐生は そこで東城会 直系・白峯会(はくほうかい)とそれを率いる会長・(みね) 義孝(よしたか)、そして峯と裏で結託し、事件の裏で様々な暗躍をしていた世界規模の武器密輸組織・《 ブラックマンデー 》との壮絶な死闘を繰り広げ、それを制した。

 事件後に浜崎に刺され、一時 重体となった桐生が運び込まれたのも、この病院である。

 その際、見舞いに来た東城会の関係者から聞いた話だが、この東都大病院 ―――――――――

正式には東都大学(とうとだいがく) 医学部(いがくぶ) 附属病院(ふぞくびょういん)は、かねてより東城会とは縁の深い場所であったらしい。

 というのも、三代目 会長であった世良(せら) (まさる)は、学生時代にいわゆる《 学生運動 》に参加した過去があり、東都大の医学部は そこで起こった紛争の拠点校でもあった。

 そんな関係から、世良が極道界に入ってからも大学とは繋がりを持ち続け、世良の権力が大きくなると同時に大学にも多額の投資が入れられ、結果として現在のような世界的に見ても大規模な附属病院が建てられるに至った。

 そうした経緯もあり、東城会と大学との縁は未だに続けられている、という訳である。

 

 

 桐生が中央ホールに入ると、そこは外来の客や看護師、入院中の患者など、多くの人で ごった返していた。

 2年前は、白峯会の情報操作と裏工作で無人の病棟と化していた中を疾走した。その時は明かりも最低限しか働いていなかった事もあり、かなり無機質で殺風景な雰囲気だったが、こうして人が行き交う所を見ると、やはり人の命が強く動いている病院には違いなかった。もっとも、病院にしてはやや造りがホテルっぽく、仰々しいイメージが頭をチラつくのは、東城会の息が掛かっているが故の“ ご愛嬌 ”と言うべきか。

 

 

 

「叔父貴! お待ちしてました!」

 

 

 

 奥の方から、1人の男がやって来た。

 紫色のシャツに、スーツのズボンの出で立ちの男は、桐生も よく知る人物だった。

 

 

 

「西田か。久し振りだな」

 

「はい。叔父貴も、お変わり無いご様子で」

 

 

 

 真島の子分の1人にして、直系 真島組の幹部である西田(にしだ)だ。特定の役職にこそ就いていないものの、子分の中では最も真島との関係は深く、真島も多くの(面倒な)仕事を任せ、他の子分や舎弟にも頼りにされている古株である。

 桐生とも現役時代から面識があり、よく桐生の弟分だった田中(たなか)シンジ 』と共に色々とパシられていた事もあった。

 冴島の襲名式の際は裏方の仕事に終始していた為、顔を合わせるのは ここで数年振りとなる。

 余談だが、真島によると、よく どこかのお笑い芸人と間違えられるらしい。

 

 

 

「真島の兄さんは?」

 

「はい、親父は上の階で叔父貴をお待ちしております。ご案内します、着いて来て下さい」

 

「解った」

 

 

 

 言われるがまま、桐生は西田に連れられ中央ホールを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 東都大病院  入院棟25階 】

 

 

 

 

 

 中央ホールのある外来診療棟から連絡通路を渡り、中央診療棟、そして本館である入院棟へと渡り、エレベーターでやって来た。

 その間、案内をしていた西田は気付かなかったが、桐生は何とも言えない表情をしながら足を進めていた。

 何しろ、この道程は、白峯会を蹴散らしつつ大吾の元を目指した2年前と ほとんど同じだったのだから。当時の事を思い出せば、何か心に訴えてくるものを感じるのも無理からぬ事である。豪奢な印象を与える壁や、通路の所々に配されている観葉植物など、当時 桐生や白峯会 構成員が戦いで台無しにした物を見ると、当時の感覚や時の流れを思い出すのだ。

 

 

 

「叔父貴、着きました。ここです」

 

 

 

 やがて、西田がある扉の前でそう言い、足を止めた。

 下の階にある他の病室とは異なり、扉の造りにもどこか品位を感じさせる外観だった。一目で、ここは一般の人間が入るような部屋ではないと解った。

 入口には2人の護衛らしき屈強な男がいるのも、物々しい雰囲気に一役 買っていた。

 そのまま西田に促され、門番の男に挨拶をしつつ、中へと入った。

 

 

 

(これは……凄いな……)

 

 

 

 部屋に入っての第一印象は、その一言に集約されていた。

 大抵、病室と言えば白を基調とした、どこか無機質な印象を与える造りが浮かぶが、この部屋はそれとは正反対である。天井や壁など至る所に木目が美しい木材を使用しており、日本人ならではのデザインは、病室とは思えない心地良さを演出していた。

 置かれている家具・インテリア類も、これまた見事な物ばかりで、とてもではないが一般の人が易々とは利用できないだろう個室というのは、容易に想像が付いた。

 

 

 

「親父! 桐生の叔父貴を連れて来ました!」

 

 

「おぉ~! 待ってたでぇ~!!」

 

 

 

 西田が奥に向かって そう告げると、部屋の奥から真島の声が返ってきた。

 そして間もなく、柔らかいカーペットに足音を鳴らしながら、真島が姿を現した。

 

 

 

「よぅ、桐生ちゃん。1日ぶりやのぉ」

 

「真島の兄さん。昨日の件は、本当にすまなかった。詫びと、礼を言わせてくれ」

 

「ヤメ~や。そないな細かい事 気にしたらアカンて。こっちも桐生ちゃんの(ドタマ)、壊れるくらい殴ったからのぅ。おあいこや、おあいこ」

 

 

 

 やはりと言うべきか、真島は事件現場での事は全く気にしていないようである。桐生としても予想通りだが、申し訳ない反面、やはり嬉しい限りであった。

 真島の機嫌も窺えたところで、桐生は気になっていた事を尋ねてみる。

 

 

 

「ところで、この部屋は……」

 

「ヒッヒ! 凄いやろぉ? この病院でも断トツの豪華さを誇る特別室やでぇ。住み心地は勿論やが、テレビも風呂も完備で、中には会議室まであるんや。東京 広しと言えど、これ程の部屋は他にないでぇ? そして何より ―――――― インターネットにもバッチリ対応しとるんがミソや」

 

「! じゃあ、わざわざここに呼んだ理由は……」

 

「ニヒッ。知っとったか、桐生ちゃん? 病院っちゅう所はな、インターネット環境を整えとるんは実は あんまりないんやで」

 

「そうなのか?」

 

「最近じゃ、若い奴に合わせて出来る所も増えとるには増えとるらしいがの。それでも、病院でインターネットをするなんて、もってのほかっちゅうんが、大方の常識や。そこでや、きっと桐生ちゃんは場所を確保するにも苦労しそうやからの、花屋とも相談して長期ダイブに一番(イッチャン) 合っとる所をピックアップしたら、ここがドンピシャやった、ちゅう訳や」

 

 

 

 真島の説明を聞いて、桐生は感心するように納得すると同時に、自らの無知さに呆れた。はっきり言って、そこまで病院の事情だとか、長期ダイブの弊害とその対処など、深く考えていなかったからだ。ただただ、遥の元に早く行きたいという思いばかり先行してしまっていた。

 相も変わらず、自分は勢いばかりで、肝心な事を見落としてばかりのようである。昔からの悪癖だと自覚しているにも かかわらず、どうにも進歩がない自分に、ただただ恥ずかしい気持ちで一杯だった。

 

 

 

「……何から何まで すまない、真島の兄さん。いくら礼を言っても、足りない位だ」

 

「えぇえぇ、桐生ちゃん。(ケツ)が痒くなるような事、俺に言わんといてくれや」

 

 

 

 全身で申し訳ない顔と表す桐生に、真島は心底 不本意そうな顔で返した。彼とて、こんな事で どうこう言うような細かい性格はしていない。何より、誰よりも自分が執着してならない桐生に対してなら、尚の事である。

 

 

 

「ま、面倒臭(めんど)い話はここまでにして、とにかく準備しよか。早いとこ、遥ちゃんに会いたいやろ?」

 

「あぁ、そうだな……」

 

「なら、まずは着替えよか。西田、あれ持ってこいや」

 

「はい!」

 

 

 

 そう言い、西田は室内にあるクローゼットを開け、ある物を取り出した。それを桐生に手渡し、桐生が広げてみると、それは見覚えのある物だった。

 青銅色の、甚平(じんべえ)作務衣(さむえ)にも似たそれは、入院する患者が着る患者衣であった。

 桐生も、ここに入院した際に着た事もあった。だが、その時に着た一般の物とは違い、肌触りに違いがある。着心地の良さそうな それは、ここでも特別室ならではの物を感じさせた。

 

 

 

「じゃあ、早速 着替える」

 

「おう。俺の方も、準備する(・・・・)わ」

 

「あぁ」

 

 

 

 早速、着替えを始める。この場には気が置けない関係の者しかいないので、桐生も何ら気にする事く服を脱いでいく。

 

 

 

 

 

「………ん?」

 

 

 

 

 

 そして、上着を脱いでベルトを外そうとした時 ―――――― 桐生は不意にある事(・・・)に気付いた。

 

 

 

 

 

「………真島の兄さん……あんた、何してるんだ……?」

 

 

「あぁ?」

 

 

 

 固まって凝視する桐生の前で、真島が御馴染の蛇革の上着を脱ぎ、桐生と同じくベルトに手を掛けていたのだ。背中を向けていた為、真島の もう1つの顔たる刺青が、桐生を睨み付けるように姿を現している。

 その姿は、まさしく桐生と同じく着替えの最中であった。

 

 

 

「見ての通り、着替えとるんや」

 

「それは解る。何で着替えてるんだ?」

 

「何でって……着替えなアカン(・・・・・・・)からに決まっとるやろ。流石に一張羅を台無しにする気はないで」

 

「一体 何を……っ ―――――――――」

 

 

 

 刹那 ―――――― 桐生の脳裏にある“ 考え ”が浮かび上がった。

 

 

 

 しかし、それは有り得ない、そんなはずはないと、すぐにその考えを頭の片隅へと除けようとした。

 

 

 ―――――― だが、出来なかった。

 

 

 何故なら、彼は ―――――― 真島 吾朗という男は、桐生が知る限り“ 常識 ”という言葉から最も かけ離れた人間なのだから。

 

 

 長い付き合いと経験から、その考え(・・・・)は厭でも確信に変わろうとしている。

 

 それでも、薄っぺらな望みに懸けるように、桐生は問うた。

 

 

 

 

 

「真島の兄さん ―――――― あんた、まさか付いて来る気(・・・・・・・・・)か……っ!?」

 

 

 

 

 

 違うと ―――――― そう言って欲しかった。

 

 

 

 

 

 しかし、真島は答えない。

 

 

 

 

 

 その代わり ―――――――――

 

 

 

 

 

 悍ましいまでの ―――――― 凶悪なまでの“ 純粋な笑み ”を、桐生に返した。

 

 

 

 

 

 桐生は またしても、己の浅はかさを呪った。

 

 

 少し考えれば、違和感に気付くはずだった。真島は、極道という規律や格式を重んじる組織に属しているにしては、余りにも自由過ぎる男だ。そんな男が、わざわざ自ら出迎える為だけにこんな所まで出向くだろうか。それも、自分が執着して止まない桐生と1,2年は確実に会話すらも出来なくなると解っていて、である。

 

 そんなはずはない。桐生が知る真島なら、きっと黙って見送るか、見えない所で拗ねているだけだったろう。真島という人間は、そういう男だ。

 

 

 何より、あの時のメールの1文 ―――――――――

 

 

 

 ――――――――― 『 俺にも一枚 噛ませんかい 』

 

 

 

 あれは、そういう意味だったのだ。

 

 単に場所を提供するだけでは無く、あくまで自分も“ 参加する ”という ――――――

 

 

 

「真島の兄さん! あんた、何 考えてるんだ!?」

 

「何や、俺が行ったら不服っちゅうんか?」

 

「不服とか、そういう問題じゃない! あんた自分が何をしようとしてるのか解ってるのか!?」

 

「解っとるでぇ? せやから、ゲームの中に入って、遥ちゃん助けて、んで敵という敵をバッサバッサ斬りまくっていけば、えぇっちゅう話やろ?」

 

 

 

 険しい顔をして詰め寄る桐生に、真島はまるで堪えた様子を見せず、まるで噛み合ってないような受け答えをする。

 腹立たしいまでの揺らぎの無さに、桐生は頭に血を上らせていく。

 

 

 

「そうじゃない!! 真島組は ―――――― 東城会はどうするんだ!?」

 

 

 

 それこそ、僅か1日前に真島の兄弟分を若頭に据え、組織の若返りと強化を今まさに、これから行おうとしたばかりではないか。そんな時こそ、東城会の最大組織の長たる真島が大吾と冴島を支え、守っていかねばならないはずだ。

 にもかかわらず、それを丸投げするような事をすれば、本末転倒などという言葉も生温い事になってしまう。

 真島が どうしようもなく我を張る人間なのは知っていたが、流石に今回ばかりは許す訳にはいかない。既に堅気である以上、厳密には兄弟分でも上司と部下でも何でもないが、想い留めさせなければならない。

 

 

 

 そう強く思い、桐生が更に詰め寄ろうとした時だった。

 

 

 

 

 

「おいここか!? 此処に兄弟がおるんか!?」

 

「あっ! お、お待ち下さい! 勝手に入られたらっ」

 

「えぇい!! 喧しいわ、退けぇ!!!」

 

 

 

 

 

 部屋の外から、何やら騒ぎが聞こえてきた。それを聞き、桐生も何事かと扉の方へ向く。

 

 そしてその騒ぎの中の“ 声 ”には、聞き覚えがあった。

 

 

 やがて、更に騒がしい音が響くと、けたたましい音を立てて扉が開かれた。

 

 

 

 

 

「真島ああぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 猛獣の咆哮にも等しい怒声を上げながら、長髪の大柄な男が飛び込んで来た。

 

 

 

「お、兄弟」

 

「冴島!?」

 

 

 

 緑を基調とした軍服(ミリタリー)を彷彿させる格好をした長髪の男は―――――― 東城会 直系 《 冴島組 》組長 兼 東城会 若頭・冴島 大河である。

 

 この部屋まで全速力で走って来たのだろうか、息を切らして肩で息をしていた。ただでさえ厳つい顔が、疲労と激しい呼吸の影響で ますます厳つく、険しくなっている。

 

 

 

「! 桐生! お前も、ここにおったんか」

 

「冴島、お前まで どうして……」

 

「どうもこうもない。昨日から真島の様子が おかしいもんやから、組の(モン)に動向 探らしとったら、どや! 今 世間を騒がしとるSAOやらナーヴギアっちゅうんを持って、病院に向かった言うやないか! こらアホな事やらかすに違いない思うて、慌てて飛んで来たんじゃ」

 

「そ、そうか……」

 

「おい真島ぁ!! これはどういう事なんじゃ、説明せい!!」

 

 

 

 桐生への説明も程々に、再び真島に怒鳴り掛ける冴島。相当お冠な様子である。

 無理もない。冴島とて、彼がしようとしている事の意味くらい解る。ならば、到底 納得など出来るはずもない。

 そんな兄弟分の怒りも どこ吹く風といった感じで、真島は答える。

 

 

 

「御覧の通りや。俺は しばらく大遠征と洒落込むわ。その間、後の事は任せるで」

 

「せやからっ、何で わざわざお前まで行くんじゃ!?」

 

「桐生ちゃんが行くからに決まっとるやないか。右も左も解らん世界に、桐生ちゃん1人やったら可哀想やろう? せやったら、同じオッサンの俺が行ったら安心するやないけ」

 

「俺は子供じゃねぇぞ」

 

 

 

 桐生が思わずツッコミを入れるが、真島はニヤニヤ笑うばかりで聞きやしない。

 そして、そんな真島に余計に冴島の怒りに火が点く。

 

 

 

「ええ加減にせえ!! そない勝手な事が許されるん思っとんのかい!! 組は どないするんや!?」

 

「安心せぇや、抜かりはないで。大吾には、“ 四代目の危機に兄弟分として、義によって参戦 ”とでも言えばえぇやろ。それに、こういう時の為に子分らがおるんやないか。組織 運営するだけやったら、あいつらだけでも充分やっていけるやろ。それでも手が足りんようになったら、お前に任せるわ」

 

「勝手な事ばっか ぬかしおってからに……!」

 

 

 

 子供のように我儘を通そうとする真島に、さしもの冴島も我慢の限界が近付いていた。

 先程“ 桐生の為 ”だと言っていたが、どう考えてもそれは こじ付けの理由に他ならない。よしんばそうでないとしても、東城会と会長を軽んじる、傘下の組員として恥ずべき行為だと冴島は考えていた。

 

 これ以上、聞く耳は持ってはならない ―――――― 冴島は、実力を行使してでも止めさせようと、その桐生以上とも言われる剛力を解放しようとした。その眼に、体に、迸る程の力が籠められていく。

 

 

 

 

 

「……それにな ―――――― 遥ちゃんの為(・・・・・・)でもあるんや」

 

 

 

 

 

 刹那 ―――――― 真島が発した思わぬ発言に、冴島を意表を突かれた。呆気に取られ、籠めていた力が抜けてしまう。

 

 

 

「真島……? お前、何を……」

 

「真島の兄さん……?」

 

 

 

 冴島も そうであるように、桐生も意外な言葉に驚きを隠せないでいる。

 真意を問う刺すような視線を受け、真島が恥じるような面倒臭そうな表情を浮かべながら頭を掻き、ゆっくりと語り始める。

 

 

 

「……こんな俺やけどな、遥ちゃんに対しては少なからず“ 恩義 ”を感じとるんや」

 

「恩義?」

 

「俺はな、“ 強い桐生ちゃん ”が好きなんや。極道でなくなってからも、そんな強い姿を保ってこれたのには、必ず遥ちゃんの影響があった。遥ちゃんが桐生ちゃんの支えになったから、俺の好きな桐生ちゃんが存在し続けられる ―――――― 少なくとも、俺は そう思っとる」

 

「「………」」

 

「せやけど……その遥ちゃんは、今はゲームの中。しかも、明日をも知れん身の上を強いられとる。桐生ちゃんは勿論やが、俺も心苦しいんや。聞けば、そのゲーム(SAO)はひたすらに戦い続ける奴やそうやないか。せやったら、俺の出番やろ ―――――― 戦う事に関して、俺以上の人間がおるか?」

 

「真島の兄さん……」

 

 

 

 桐生は、言葉が思い浮かばなかった。

 よもや、真島が遥に対してそれ程の思いを抱いているとは、夢にも思わなかったのだ。決して冷血漢ではないとは解っていたが、戦う事ばかり連想される彼から そんな本心が告げられた事に、何とも言えない気持ちになった。

 

 

 

「……はぁ……お前っちゅう奴は……」

 

 

 

 真っ先に言葉を発したのは、冴島だった。

 彼の表情には、先程まで顔に出していた憤怒の感情は全く浮かんでいない。

 ただ、真島に対して呆れるような、あどけなさ さえ感じる表情を浮かべていた。

 

 

 

「遥ちゃんの事とか、色々言うたかて……結局は自分が戦いたいっちゅう事には変わりないやないか」

 

「あ、バレてもた。イヒヒ!」

 

 

 

 兄弟分の鋭い指摘に、真島は御馴染の笑みを浮かべた。

 

 はっきり言って、色々と台無しである。桐生も、思わずポカンとしてしまう。

 

 そして、釣られるように笑いが零れ出す。

 

 

 

「全く……やっぱりあんただけは ―――――― 読めねぇな」

 

 

 

 いくら拳で語り合い、心を通わせ合う事は出来ても、完全に理解できる日は、まだ当分 来そうにない ―――――― 桐生は そう感じた。

 

 

 

 三者とも、互いに顔を合わせ ―――――― 誰からともなく、呵々大笑を始めた。

 

 

 

 何故、こんな時に笑えるのかは解らない。

 

 

 けれども、決して不快なものでは無かった。

 

 

 

 きっと、これが自分達なのだ ―――――― それだけが、彼等に解る事だった。

 

 

 

 

 

 偉丈夫3名の笑い声は、しばらく続いた。

 

 

 

 

 

 それは、ずっと端で聞いていた西田を困惑させ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親父、叔父貴。間もなく、準備が整います」

 

「あぁ」

 

「おぅ、早よ頼むでぇ」

 

「了解です」

 

 

 

 およそ30分後。桐生と真島は特別室内のベッドの上にいた。

 

 既に服は患者衣に着替えられ、足元にはナーヴギアが置かれている。西田が2人分のパソコンを順々に操作し、間もなくソフトの起動準備を終えるところだ。

 部屋の入り口前では、冴島が腕を組んでその成り行きを見守っている。その表情には、かつて真島と共に敵組織へ襲撃(カチコミ)を仕掛けようとした時と比べても遜色ない緊張感があった。

 

 

 

「―――――― よし! お2人共。起動準備が終わりました。いつでも開始できます」

 

 

 

 そして遂に、西田から準備完了が告げられた。否応なく、部屋の中の緊張が高まっていく。

 

 

 

「いよいよやな、桐生ちゃん」

 

「あぁ……」

 

 

 

 待ちに待った瞬間が来た。

 

 これから、世間で騒がれている事件の渦中へと飛び込む。そうすれば、事が終わるまで二度と この地へは戻ってこれない。

 

 散々自分に言い聞かせてきたが、やはりその時になると胸の高鳴りが激しくなってくる。どんな猛者でも、己の生死を分ける瞬間となれば昂りを覚えるものだ。

 

 

 

「怖いんか? 桐生ちゃん。怖いんやったら、降りてもえぇんやで?」

 

 

 

 そんな桐生の様子を察してか、真島が からかうように言う。

 

 

 

「……そうだな、今までにない場所だ。この世界での常識は通じないと来れば、嫌でも恐怖は覚えるさ。

 

 だが ―――――― それだけ(・・・・)だ」

 

 

 

 恐怖は誰でも感じるもの。特に今回の それは、桐生にとっても未知のものであった。

 

 だが、桐生にはそれを差し引いても守りたいものがある。そして それは、恐怖を抱いたままでは決して守り切れない者だ。

 

 ならば、桐生がすべき事は、恐怖を感じ取れない位の闘気を心身に迸らせるのみである。平時とは見違える程の昂りを感じ取った真島は、満足気な笑みを浮かべた。

 

 

 桐生はふと、部屋の奥にある窓を見た。

 

 その窓からは、東京の街が ―――――― そして、一際 高く そびえ立つタワーが望めた。

 それは、現在 墨田区で建設中の《 東京スカイツリー 》であった。

 

 東京タワーを遥かに超える高さを誇る電波塔は、現在 目標の高さである634メートルまで達している。後は、細かい工事などを終え、数か月もあれば竣工に漕ぎ着ける所まで来ていたのだ。

 

 

 

「時期が時期なら、あれの完成も見れたのにのぅ。残念や」

 

「あぁ……」

 

 

 

 真島も、大人ながらそういった事に興味津々だったのだろう、少なからず未練を口にする。

 かく言う桐生も、それと同じ気持ちである。スカイツリーが完成した暁には、家族を連れて観光に行こうと、皆で話し合っていた事を思い出していたのだ。

 

 何気ない家族の会話。そして何事もなければ、難なく叶うはずだった有り触れた願い。

 

 

 だが ―――――― 今となって、それも叶わない。

 

 

 

 

 

 故に ――――――――― それを叶える為にも、自分達は行くのだ。

 

 

 

 

 

「行こう ―――――― 真島の兄さん!!」

 

 

「よっしゃあ! 行くでえぇ!!!」

 

 

 

 

 

 2人は決意を完全に固め、ナーヴギアを装着する。ズシリとした重みが、この機械が及ぼす怖さと、命の重さというものを感じさせる。呼吸を整え、体をリラックスさせると、ゆっくりとベッドに横たわった。

 2人は、見届け人となった冴島と西田を見る。共に、神妙とも悲しげとも取れる表情で見ていた。西田など、今にも泣き出しそうである。

 

 

 

「……じゃあ、行って来る。後の事は、頼んだ」

 

「長~い(お勤め)の始まりや。土産話、楽しみにしときや!」

 

「おぅ、任せとけや! お前らが おらん間、東城会も神室町も、俺が しっかり守ったる!!」

 

 

 

 力強く、そう宣言する冴島。未だに2人を止めたい気持ちがない訳ではないが、彼も既に腹を括ったのだ。

 もはや彼が出来るのは、どこまでも2人を信じ、帰りを待つ事だけである。

 

 

 

「西田! 東山(ひがしやま)(みなみ)らの面倒、しっかり見とけや! ええ加減な仕事しとったら、帰ってから説教(シバキ)やからな!?」

 

「はっ、はい!! グスッ……任せて下さい、組一番の子分の底力、見せたります!!」

 

「おぅ! それでこそ真島組やで!!」

 

 

 

 渡世の親子の会話を横で聞き、桐生は微笑ましいような、羨ましいような面持ちで見る。

 もはや未練こそないが、やはり良いものだと、自らの心が心底 感じているのを自覚していたのだった。

 

 

 最後の挨拶も終え、桐生と真島は顔を見合わせ、どちらからともなくコクリと頷き合う。

 

 

 

 

 

 門出の時である ――――――――― 時は満ちた。

 

 

 

 

 

「真島の兄さん――――――」

 

 

 

「あぁ――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「 向こう(SAO)で会おう 」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両者、共に目を閉じ、そして ――――――――― キーワードを唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「 リンク ――――――――― スタート!! 」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2011年11月7日 ――――――――― この日を境に、神室町の“ 伝説 ”は、その音を消した。

 

 

 

 

 

 

 





はい。という訳で、皆さん大好き真島の兄さんが参戦です(*´ω`*)

驚いた人もいるでしょうが、案外 予想 出来たかもしれませんね。ちなみに、真島参戦は当初から決まっていた事です。「桐生と遥 以外にも誰か出そう」と考えて、「SAOと言えば“ 武器 ”」→「武器と言えば“ 真島 ”」と考え、兄さんが決まった次第です。

何より、私が1番 大好きなキャラですしねvv 出さない道理は無かったです。




さぁ次回は、遂にアインクラッドに降り立った桐生と真島の二傑。

絶望に染まった街で、彼等がする事とは……?

そして、遥(ハルカ)の安否とは……?



いつになるかは不明ですが、次回もお楽しみに!




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