SAO アソシエイト・ライン ~ 飛龍が如し ~(※凍結中)   作:具足太師

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新年、明けましておめでとう御座います!!

………って! もう何日だよ!!……って話ですね(泣)


いやいや、出来れば年末中に出したいと思ってましたが、新年に向けての準備や挨拶などで時間が取れず、結果、書く時間も大幅に削らざるを得ませんでした(´・ω・`)

おまけに、例によって色々詰め込んで書いた為、あまり話も進んでない有り様です……
予告詐欺にも等しいかもしれませんが、どうかご容赦の程を。





『 導きと決意 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桐生は、微睡(まどろ)みの中にいた。

 

 

 

 

 

 僅かに意識が覚醒する。

 

 

 

 

 

 それでも、今 自分が起きているのか、眠っているのか、それすらも定かでない。

 

 

 

 

 

 ならば、いっそ再び眠ってしまおう ―――――― そう思った時だった

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 

 不意に、“ 何か ”が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 声か どうかはおろか、音がどうかもはっきりしない感覚。

 

 

 

 

 

 一体、何だというのか

 

 

 

 

 

 ――――――――――――    ……

 

 

 

 

 

 またも、聞こえた。

 

 

 

 

 

 何かは解らないが、“ 音の類 ”である事は間違い無い。

 

 

 

 

 

 だが、それが一体 何なのかは皆目 見当も付かない。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――    …ま  ……

 

 

 

 

 

 三度、聞こえた。

 

 

 

 

 

 この時、“ それ ”が声であると、はっきりと自覚できた

 

 

 

 

 

 だが、まるでフィルターが掛かったか、自身の耳に異常があるのか ―――――― そう思う程、それは頭に響かない。

 

 

 

 

 

(誰だ………? 一体、何を言っているんだ………?)

 

 

 

 

 

 桐生は、再び眠る考えを捨て、神経を耳に集中させる。

 

 

 

 

 

 そうする間にも、体の意識は覚醒していく。徐々に、感覚が覚めてきた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――  ずま………かずま……

 

 

 

 

 

 ようやく、単語らしい言葉を聞き取れた。

 

 

 

 

 

 だが、それは ―――――――――

 

 

 

 

 

(――――――――― 一馬(かずま)………?  どうして、俺の名を……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一馬ぁ!! 好い加減に起きねぇか!!』

 

 

 

 

 

「っ?!」

 

 

 

 唐突の怒声に、舟を漕いでいた意識は急速に覚醒された。

 

 

 慌てて体を起こし、辺りを見渡す。

 

 

 

 そこは、何も無い真っ白な空間だった。

 

 

 最初に、ここは何処なのかという疑問が出てきた。

 

 

 

 

 

――――――――― いや、待て……一馬(・・)……?

 

 

 

 

 

 そして、同時に桐生はもう1つの疑問が浮かんだ。

 

 

 謎の声は、彼の事を“ 一馬(ファーストネーム) ”で呼んだ。

 

 

 桐生の事を名前で呼ぶ人間は、極めて少ない。

 

 

 親友の伊達、戦友の三人、兄弟分の真島や名嘉原ですら、下の名を呼称とはしていない。

 

 

 今となっては、桐生を そう呼ぶ人間はただ1人。元 大阪府警の狭山(さやま) (かおる)だけだ。

 

 

 

 

 

 そう ――――――――― 生きている人間の中では(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

(まさか………いや、そんなはず(・・・・・)は……っ)

 

 

 

 

 

 桐生は混乱する。

 

 

 

 彼には覚えがあった。

 

 

 

 

 

―――――― 他に、自分の事を名で呼ぶ人間の事を

 

 

 

―――――― 自らを名で呼ぶ、その“ 男の声 ”に

 

 

 

 

 

 だが ――――――――― 有り得ない(・・・・・)

 

 

 

 何故なら ――――――――― その男は……もう既に(・・・・)………

 

 

 

 

 

 恐る恐る、桐生は声のした後ろの方へと体の向きを変える。

 

 

 

 向きが10度、20度と移動する度、心拍数が驚く程に上昇するのが解る。

 

 

 

 

 そして、普段の数倍以上の時間をかけて振り向いた先には―――――――――

 

 

 

 

 

 

『目が覚めたか? ――――――――― 一馬』

 

 

 

 

 

 1人の男がいた ――――――――― そして桐生は、その男をよく知っていた。

 

 

 

 

 

 否 ――――――――― 知らないはずが なかった。

 

 

 

 

 

「おやっ………さ、ん………?」

 

 

 

 

 

 白髪交じりの頭髪、立派な口髭、きっちりと着こなされたスーツ、そして、手に持つ杖

 

 

 それは紛れもなく、桐生の育ての親にして、渡世の親だった人物

 

 

 

――――――――― 元 東城会 直系 風間組 組長・風間(かざま) 新太郎(しんたろう)に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 桐生は軽く混乱した。

 

 

 

 有り得るはずがない。

 

 

 彼は ―――――― 目の前に立つ男は、もう6年も前に死んだ(・・・・・・・・)はずなのだ。

 

 

 それなのに、どうだろう。

 

 

 彼は何事もなかったかのように、死ぬ前と何ら変わらない姿で立っている。

 

 

 怖いもの知らずの桐生でも、本能的に恐怖を感じない訳がなかった。

 

 

 

「本当に………おやっさん、なんですか……っ?」

 

 

 

 未だに目の前の存在が信じ切れない桐生が尋ねる。

 

 

 尋ねられた男は、その言葉に呆れとも取れる表情を見せる。

 

 

 

『何だ、たった6年で俺の顔を忘れたのか? 寂しいじゃねぇか。お前はあの時(・・・)、“ 俺こそ本当の親だ ”って言ってくれたじゃあねぇか』

 

 

 

 桐生は瞠目する。

 

 

 そう、6年前 ―――――― 100億と東城会の後継者を巡る抗争で、風間は桐生と遥を庇い、命を落とした。

 

 

 その今際の際、風間は自分こそが桐生の実の親を殺した張本人という真実を告げたのだ。

 

 

 桐生や遥が育った《 養護施設・ヒマワリ 》も、自分の所為で親を亡くした子供を養う為に、風間が贖罪の為に建てた施設である事も。

 

 

 風間は後悔していた ―――――― 東城会の為とはいえ、何の罪のない子供に親のいない辛さを味わわせ続けてきた事に

 

 

 だから風間は死ぬ前に真実を伝え、自分など親である資格はないと暗に伝えようとしたのだ。

 

 

 だが、それでも桐生は涙ながらに訴えた。

 

 それが、紛れもない真実であり、風間のやってきた事は所詮 自己満足でしかなかったとしても ―――――― 風間こそ、自分にとって、唯一無二の“ 親 ”であったと。

 

 

 

「本当に……おやっさん、なんですね……?」

 

 

 

 その言葉に、男はただ にこりと笑い、頷いた。

 

 

 桐生は、ここに至ってようやく状況を理解し、受け入れる事が出来た。

 

 

 

 

 

 そして ――――――――― 今 自分がいる場所が、“ 夢 ”でしかない事も。

 

 

 

 

「おやっさん、おやっさんはどうして(ここ)に?」

 

 

 

 これは、いわゆる明晰夢というものだ。そう考える事にした。

 

 

 

 そして桐生の問いに、風間は言った。

 

 

 

『それは、お前が一番よく解ってるんじゃねぇのか?』

 

「え……?」

 

あの子(・・・)が、危険に晒されているんじゃあねぇのか?』

 

 

「っ……!?」

 

 

 

 何故、風間がその事を知っているのか。

 

 

 だが、考えてみれば、ここは夢の中だ。

 

 

 桐生自身が作り出した夢の住人ならば、知っていても何ら不思議はない。

 

 

 驚きながらも、そう納得した桐生。

 

 

 

「おやっさん……遥が……遥が、ソードアート・オンラインってゲームの中に、その意識を囚われてしまったんです。ナーヴギアっていう機械が原因で、外そうとすれば、遥の脳はレンジのように焼かれてしまいます! こっちから助ける方法は、今のところ全くないようなんです……遥達 ―――――― 中の人間がゲームをクリアしない限り、その拘束から解放される事は……ありません……」

 

 

 

 無意識の内に、縋るような口振りで語る桐生。

 

 精神が弱っている状態で、誰よりも信頼していた人間が現れた事による反応とでも言うべきだろうか。

 

 

 風間は、黙して立ったままだった。

 

 足が不自由で杖で補って立っているというのに、その立ち姿は往年の勇ましさを未だ保ったままの堂々としたものだった。

 

 

 そして、小さく数回、話は解ったとばかりに頷く。

 

 

 

 

 

『――――――――― それで(・・・)?』

 

 

 

 

 

 ただ一言、それだけを返した。

 

 

 

「え………」

 

 

 

 桐生にとって、その答えは少し予想外だった。

 

 

 風間は更に言った。

 

 

 

『結局、お前は何が言いてぇんだ?』

 

 

「いえ……その………」

 

 

 

 桐生は、どう返事するか迷った。

 

 

 改めて そう問われると、言葉に詰まった。

 

 

 まるで、親に不始末を問われて焦る子供の如く焦燥感を覚える桐生。

 

 

 遥ですら見た事のないだろう桐生の姿を見て、風間は自分の方から話を始める。

 

 

 

『遥が今どういう状況なのかは、言われずとも解ってんだよ。お前に言われるまでもなくな』

 

「は、はい……っ」

 

『やれやれ……なら、言い方を変えよう』

 

 

 

 少なからず困惑している桐生を尻目に、風間は一度 目を閉じる。

 

 

 

 

 

『一馬 ――――――――― お前はどうするんだ(・・・・・・・・・)?』

 

 

 

 

 

 そして開いた眼を桐生に集中させ、問うた。

 

 

 桐生は、すぐには返答できなかった。

 

 

 一瞬、風間が言った意味が本気で理解できずにいたのだ。

 

 しかし、時間と共にゆっくりと その言葉を脳内で咀嚼し、数秒を要して ようやく理解に至った。

 

 

 

「俺が………“ どうする ”……?」

 

『当然だろ。遥の今の親はお前だ。あの子の危機に どうするのかを決めるのは、お前 以外に誰がいるって言うんだ?』

 

「それは……そうですが……」

 

『だったら答えろ。どうするんだ、お前は?』

 

「………どうも出来ません。今は事情があって遥の元には帰れませんが、当面の間は地元に残ってる人達に介護を頼み、帰る事が出来たら俺も ――――――」

 

 

 

『一馬ぁ!』

 

 

 

 唐突の怒声に、桐生は思わず肩を震わせた。

 

 風間の そんな声は、生前でさえ桐生も久しく聞かないものだった。

 

 元々極道でありながら穏やかで人格者として知られる風間は、怒りの感情を表に出す事は滅多になかったのだ。

 

 そんな、記憶の片隅にしか無かった育ての親の怒声は、桐生に僅かばかりの恐れと、形容し難い懐かしさを感じさせていた。

 

 

 桐生が内心そんな事を思っている中、風間は間を置かずに言った。

 

 

 

『お前ともあろう人間(もん)が、この期に及んで何 心にもねぇ事(・・・・・・)を言ってやがる』

 

「おやっさん……」

 

『俺が(ここ)にいる意味が解ってねぇのか?

 

お前は望んだんだよ ―――――― 何の(しがらみ)も無く、自分の本心を聞いてくれる相手を』

 

 

 

 確かに、その通りだ。

 

 本心を語れば、今すぐにでも遥の元へ行きたいというのが彼の本音である。

 

 

 だが、そうする事が何を(・・)意味するのか、解らない桐生ではない。

 

 

 桐生は今や堅気で、そして多くの命を預かる身の上である。

 

 決して自分1人だけのものと軽く見て良い立場ではない。

 

 彼の地(SAO)に赴くだけでも他者に多大な心労を強いると言うのに、もし桐生の身に“ 最悪の事態 ”が起こってしまったとしたら、第三者に与える心の傷は如何ばかりか、想像すら付かない。

 

 彼等にだって彼等の人生が、生活があるのは言うまでもない。

 

 そして桐生が知る限り、彼の知人は誰もが人情に厚い人間ばかりである。

 

 

 だからこそ、そんな彼等に要らぬ罪の意識を残す事になるのは、桐生の望む事では断じて無い。

 

 

 

「……おやっさんの言う通りです。俺は、遥を助けたい。今すぐにでも、自分もゲームの中に飛び込んであいつの元へ行きたい! でもっ……今の俺には、大事な家族がいます。全員、まだ親がいなくちゃ満足に生活も出来ない子供です。そんなあいつらを放って、俺までいなくなる訳には……」

 

 

『―――――― 遥も、“ 大事な家族 ”じゃねぇのか?』

 

 

 

 風間の その言葉に、桐生の感情に火が点いた。

 

 

 

 

 

「っ! 当たり前でしょう!? あいつは俺にとって、生き甲斐にも等しい存在です! 

 

 ……6年前、俺は おやっさんを始め、家族と言える人間を全て失った……俺は、生きる意味を見失なったんです……俺1人 生きていてもしょうがない、後を追った方がマシだ……一時は本気で そう思いました。

 

 でも、あいつが……遥が、俺に生きる希望をくれた。こんな死に損ないの俺でも、あいつの為に生きる意味があると、そう教えてくれたんです! 

 

 そんな遥を……どうして“ どうでも良い存在 ”みたいに言えるってんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だったら ――――――――― どうして死ぬ気で守ろうと考えねぇんだ?』

 

 

 

 

 

 不意に、どこかから風間とは違う声が聞こえてきた。

 

 

 桐生は、熱くなっていた頭が急激に冷えていくのを感じた。

 

 

 

(今の声は………っ)

 

 

 

 聞き覚えがあり、同時に懐かしさもある声だった。

 

 

 だが、それは またしても聞こえるはずのない声(・・・・・・・・・)だった。

 

 

 

 ゆっくりと、声が聞こえた後ろの方へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

『どうなんだ? ――――――――― 兄弟』

 

 

 

 

 

 そこには、1人の男がいた。

 

 白スーツに、黒シャツと白いネクタイ、前髪をオールバックにし、後ろ髪が肩近くまで伸びた髪型をした長身の男だ。

 

 ズボンのポケットに両手を突っ込みながら、雄大さと太太(ふてぶて)しさを兼ね備えた佇まいで立っている男は、風間と同じく桐生が知らないはずがない人間(・・・・・・・・・・・・・・)だ。

 

 

 

(にしき)………なのか……っ?」

 

 

 

 それは、かつては桐生にとって唯一無二の親友であり、共に養護施設・ヒマワリで育ち、共に東城会の門を叩き、契りを交わして兄弟分となり ―――――― そして残酷な運命で戦い合う運命を辿った男。

 

 

 

―――――― 元 東城会 直系 錦山組 組長・錦山(にしきやま) (あきら)だった。

 

 

 

『ったく……堂島の龍ともあろう男が、何つまんねぇ事でウジウジ悩んでやがんだ?』

 

「つまんねぇ事だと……っ?」

 

 

 

 久し振りに聞いた親友の口は、何とも挑発的な物言いから開かれた。

 

 

 

『そうだろ。お前の“ 答え ”はもう決まってるも同じだ。なのに、いつまでも同じ事をグチグチ言って何ら動きやしねぇ……俺の知ってる“ 龍 ”は、そんな小さな事で悩んだりしねぇはずだ』

 

「っ……知ったように言うな錦! 俺はもう、極道じゃない。どこまでも自分(テメェ)の都合で動いて良い身の上じゃなくなっちまったんだ。たとえ俺の本心がどうであれ、それは許される事じゃ……ない」

 

 

 

 今にも掴み掛りそうな気迫を垣間見せた桐生だが、言葉を紡げるにつれ、それは自然消滅していく。

 

 

 そんな弱弱しい様子の親友を見て、不敵な表情だった錦山は若干 淋しそうな顔になる。

 

 

 錦山の口から溜め息が漏れる。

 

 

 

『どうやら……大事なものが出来て、周りの人間を慈しむ余り、自分を見失っちまってるようだな』

 

「……どういう意味だ、錦……」

 

『解んねぇか?』

 

 

 

 睨むように見る桐生。

 

 

 それを受け止め、逸らさずに見る錦山。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そんなの、兄貴らしくない ―――――― って言ってるんですよ、その人は』

 

 

『全くだぜ』

 

 

 

 

 

 そして、問いに答えたのは錦山ではなかった。

 

 

 三度、桐生は固まる事となった。

 

 

 またしても響く、懐かしい声。

 

 

 しかも、今度は2つ同時にである。

 

 

 それは、後ろにいる ―――――― そう直感し、すぐさま振り向いた。

 

 

 

 

 

 そこにいたのは、2人の男。

 

 

 

 

 

『お久し振りです、兄貴!!』

 

 

 

 

 

 桐生に対し、満面の笑みを浮かべ、深々とお辞儀をする青年。

 

 

 パンチパーマにアロハシャツと、見た目はチンピラだが、誰よりも故郷・沖縄とそこに住む人々を愛し、義理人情に厚い人物 ――――――

 

 

――――――――― 元 琉道一家 若頭・島袋(しまぶくろ) 力也(りきや)

 

 

 

 

 

『しばらく振りだな、桐生』

 

 

 

 

 

 片や、坊主頭に囚人服を着た190を超える大男。

 

 

――――――――― 元 東城会 直系 浜崎組 組長・浜崎(はまざき) (ごう)

 

 

 その巨体からくる威圧感と、それに拍車を掛けるような不敵な笑みは健在だった。

 

 

 

 両名とも ―――――― 力也は2年前に、浜崎は1年前に ―――――― 死んだ人間である。

 

 

 

 桐生は もはや、驚きの声も出なかった。

 

 思いもよらぬ再会を喜ぶべきなのか、何とも都合の良い、収拾のつかない夢を見る自分に呆れるべきなのか、本気で頭を抱えたくなった。

 

 そして、力也、浜崎の両名はそんな桐生を見て互いに見合わせて笑みを浮かべる。

 

 

 

『兄貴、言いたい事は色々あるでしょうけど、今は置いときましょう』

 

『そうとも。今は、優先すべき事があるだろう?』

 

「力也……浜崎……」

 

『兄貴、何を迷う事があるんすか、遥ちゃんの危機なんでしょ? 兄貴が助けに行かねぇで、誰が行くって言うんですか』

 

『ただ待つだけっていうのには納得はしてねぇ、むしろ本心は行きたいと思っている ―――――― あんたなら、迷うまでもねぇ事じゃねぇか』

 

「だが、俺には他にも子供達が………」

 

 

 

 力也、そして浜崎の言葉に心揺さぶられる桐生。

 

 言われるまでも無い、既に本心は風間や錦山も言う通り、決まっているも同然だ。

 

 だが、これまでの人生で築かれてきた責任の重さが、その心に蓋をしようとしている。

 

 そしてそれは、“ 邪魔な感情 ”では断じてない事が、桐生の決心を鈍らせていた。

 

 

 

『何、今更な事 言ってるんですか?』

 

『同感だ。今更そんな事をお前が言うとは驚きだぜ』

 

 

 

 そんな中、2人が言った言葉が、桐生の心にグサリと突き刺さった。

 

 

 半ば呆然とする桐生の後ろから、錦山が更に畳み掛けるように言う。

 

 

 

『さっきから、まるで自分は一般人ですって言うような言い草だが……桐生、お前 本当に自分が“ ただの堅気 ”だと、本気で思ってるのか? 確かに6年前、出所した時点でお前は もう堅気だった。それでもお前は、東城会のゴタゴタに首を突っ込んだじゃねぇか』

 

「だが、それはお前や由美の事が気掛かりで……」

 

『そうだとしても、それだけの理由で関東最大の極道組織(東城会)に喧嘩 売る覚悟なんざ、普通は出来ねぇよ……“ 堅気だ ”って言うんなら、特にな』

 

「……………」

 

『翌年の《 近江(おうみ) 》との抗争だってそうだ。あの時だって、もうお前は四代目の座も降りて、由美の娘を抱え、立場上は完全に堅気だった。それでも、寺田の遺言……まぁ、あれは罠だったが……そいつの気持ちを酌んで、むざむざ泥沼の東西戦争に加担する羽目になったんだろうがよ。それはどういう訳だ?』

 

 

 

 その問いには、桐生は言葉に詰まった。

 

 

 《 100億円事件 》の末、両親を亡くす憂き目に遭った遥を引き取ったその時から、自分は極道ではないと自他共に言い聞かせてきた。

 

 

 それでも、一度は四代目を襲名し、神室町に“ 伝説 ”を残した桐生の存在を忘れられない人間は大勢いた。

 

 

 そして5年前 ―――――― 東城会の五代目を襲名した寺田(てらだ) 行雄(ゆきお)に、前年の内部抗争で弱体化した東城会を立て直す為の意見を聞かれた時も、堅気だから関わる気はないという思いと、東城会を救いたいという思いとの板挟みに遭い、その結果、桐生はなし崩し的に関西最大の極道組織・近江連合(おうみれんごう)との戦争に巻き込まれる事となったのは今でも記憶に新しい。

 

 

 

『その時だってお前、俺の話をしてたよな? 「錦は俺の兄弟……だから、あいつの残した借りは、自分のものです」……だったか? どう考えても、堅気が言う台詞じゃねぇよな?』

 

「………」

 

 

 

 桐生は何も言い返せない。

 

 目を逸らして立ち竦む中、力也が自分の番とばかりに口を開いた。

 

 

 

『沖縄での一件だってそうです。あの時は兄貴、お嬢()を助ける為に、危険も顧みずたった1人で玉城を とっちめてくれたじゃないですか! あの時の兄貴が親父に啖呵を切ったり、俺を扱き使ったりする様……今でも目に焼き付いてますよ!!』

 

 

 

 それは、3年前の話である。

 

 その頃アサガオは、国会で持ち上がった沖縄リゾート開発の煽りで立ち退きを迫られており、桐生と名嘉原の両名は、互いの立場の為に対立していた。

 

 そんな中、名嘉原の養女である咲が、実の母親の元にいったという出来事が起こる。

 

 だがそれは、当時 琉道一家と土地を巡って争っていた、東城会の五次団体・《 玉城組 》の組長・玉城(たましろ) 鉄生(てつお)が仕組んだ謀略だった。

 

 実の母を使っての下劣な策を使う外道に激怒した桐生は、容赦なく玉城を叩きのめし、その結果、名嘉原と咲との間に実の親子以上の絆があった事を再確認させる切っ掛けとなったのだった。

 

 同時に、その男気は力也はおろか名嘉原までも魅了し、極道と堅気という間ながら2人は兄弟分となった。

 

 

 

『それを抜きにしたって、兄貴は東城会を救う為に北も南も行ったり来たりして、誰よりも力を揮ったじゃないですか! “ ただの堅気 ”には、到底 真似できない事っすよ!! 兄貴は やっぱり、親である前に1人の“ 任侠者 ”に他ならないんすよ!!!』

 

「力也………」

 

 

 

 敬愛する桐生を熱く語り、目を輝かせる力也。

 

 その姿は、当然だろうが、2年前とまるで変わっていない。

 

 

 だが同時に、桐生は心苦しくも思う。

 

 

 結局その戦いの中で、力也は桐生を庇って死んだのだ ―――――― 玉城が放った銃弾を受けて。

 

 

 確かに東城会も、琉道一家も、子供達も救えた事は僥倖だったが、それでも心から喜び切る事は出来なかった。

 

 

 力也が語り尽くすと、今度は浜崎が前に出た。

 

 

 

『桐生。俺だって、お前の その義侠心に救われた1人だ。お前は多くの子供の親でありながら、危険も承知で東城会も、兄弟(冴島)も救ってくれただろう ―――――― あの子(・・・)に嫌われる事も覚悟の上で』

 

 

 

 それは、桐生にとって最も記憶に新しい、極道と警察が入り乱れた大事件だった。

 

 

 

 東城会と、立場上は兄弟分の上野誠和会(うえのせわかい)、そして、当時 警視庁・副総監だった宗像(むなかた) 征四郎(せいしろう)の思惑が複雑に絡まり、神室町 ―――――― ひいては極道世界 全体を揺るがす事件へと発展しようとしていた。

 

 

 そんな中、当時 服役していた冴島と浜崎が出逢い、共に導かれるように桐生の元へとやって来た。

 

 傷付いた浜崎は、過去の過ちを詫び、兄弟分となった冴島と東城会を守って欲しいと懇願した。

 

 

 だが、そんな願いを跳ね除けようとする声があった ―――――― 遥である。

 

 

 そもそも、浜崎が逮捕される直接的な切っ掛けは、2年前の事件の末、自分の組も立場も何もかもを失い、全てに絶望した浜崎が、桐生を恨んで刺した事であった。

 

 桐生が そうであるように、遥にとっても、桐生は掛け替えのない存在。その桐生を瀕死に追いやった浜崎など到底 許せるはずがなく、また その罪を許し、あまつさえ彼の願いを聞き届けようとする桐生の考えも遥は理解する事が出来なかった。

 

 その時、一方的ではあるが、これまでに無い程に遥と一触即発となった。

 

 そんな様子を見て、浜崎も一度は全てを諦めようとした程である。

 

 

 しかし最終的に、桐生は浜崎の願いを受け入れ、そして遥も、浜崎の看病をする内に考えを改め、浜崎も全てを桐生に託し ――――――――― そして逝った。

 

 

 

『桐生、お前ぇにとって、遥ちゃんや他の子供達が何よりも大事なのは解ってる。

 

 だが、それと同じ位にお前が尊いと思っているのは、“ 義理 ”と ―――――― そして“ 人情 ”なんじゃねぇのか?』

 

 

 

 浜崎が言った言葉 ―――――― それは、何よりも桐生に強い衝撃を伝えた。

 

 

 全身の力が抜けて ふら付きそうになる。“ 己 ”というものを根底から刺激を受けたような感覚だ。

 

 

 そう、これまで自分が歩んできた道は、“ 堅気 ”という範疇では到底 収まりが付かない険しいものだった。

 

 通常なら、警察に任せるなり無干渉を決め込むのが、堅気として、親としての立場の人間がする行動だろう。

 

 

 だが、桐生は そうしてこなかった。

 

 

 むしろ、そうする事が許せないと思っていたと言って良い。

 

 

 

 それは、何故か ――――――

 

 

 

 桐生は風間の顔を見て、回想する。

 

 

 

 

 

 20数年前。

 

 

 中学を卒業した桐生は、親代わりだった風間の背を追うように、錦山と共に極道の世界へ飛び込んだ。

 

 風間は当初は渋り、暴力さえ用いて諦めさせようとしたが、あくまでも強い意志をもって希望する2人を見て、遂に折れた。

 

 そして、吉日での親子盃、そして桐生と錦山の兄弟盃を終えた時の事だった。

 

 

 風間が2人に、“ 極道とは何たるか ”を語り始めたのだ。

 

 

 

『―――――― 俺達は《 極道 》と大仰な響きで自称しちゃいるが、実際のところはまったくの出鱈目(デタラメ)よ。手前ぇや親の組の利益になるんなら、どんな悪事にだって手を出す。万引き、強盗、闇取引、闇金、果てには殺人まで、何でも御座れよ。そんな、世間で言えば犯罪者に他ならねぇ俺達が、何を誇りに生きていけば良いと思う?』

 

 

 

 首を傾げる桐生と錦山に対し、風間は言ったのだ。

 

 

 

『俺はな、こう思うんだ ――――――――― “ 義理 ”と、“ 人情 ”だってな。

 

 他の組員に聞かれたら笑われるだろうが、俺はいつだってそれを何よりも大事に、誉れとして生きてきた。

 

 どんなに手前ぇの手を汚す事になろうが、手前ぇが守ろうとした人間、守らなければならない人間を目の前にして、どんな悪意や法律の壁が立ちはだかろうと、何が何でも守り抜く ―――――― そうでなきゃ、代紋を背負うどころか、人としても出来ちゃいない。俺は、そう思うぜ』

 

 

 

 それを聞いて桐生と錦山は心を震わされ、そして心に決めた。

 

 

 風間が語った心得を信条として、極道(この)世界を生きていこうと。

 

 

 

 

 

(そうだ………もう俺は極道ではなくなったが、それだけは心の内に秘めたままだった……)

 

 

 

 だからこそ、街中で見掛けたトラブルから国家規模の大事件まで、自分から首を突っ込み、危険な目に遭ってまで解決しようと思ったのだ。

 

 

 もう ここまで言われては、桐生には反論の余地は残されていなかった。

 

 

 管の詰りが取れたように、桐生は風間に問う。

 

 

 

「……おやっさん……今回は、俺がこれまで経験してきた事件(ヤマ)とは次元が違います。正直、俺自身 無事で帰れるという保証は全くありません。それでも、俺は自分の我儘を突き通しても良いものなんでしょうか……? 行ったとしても、遥は きっと怒るでしょう。あいつは、そういう奴です」

 

『だろうな。6年前の時も、あいつはお前が傷付く位なら、と自分から去ろうとした程だった。ましてや今なら、あの時よりも、その思いは強くなってるだろうよ』

 

「………はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『でも ――――――――― あの子はきっと、寂しがってると思うわ』

 

 

 

 

 

 女性(・・)の声が、桐生の耳に届いた。

 

 

 

 実に4度目。

 

 

 桐生は再び硬直した。固まり具合なら、今までで最大だろう。

 

 

 その声も、彼の記憶にある懐かしい声だった。

 

 

 呼吸も乱れ、心臓も激しくなりながらも、その方向へと顔を向ける。

 

 

 

 

 

 そこには ―――――― 比較的 背の高い、上品な衣服に身を包んだ短髪の女性が立っていた。

 

 

 

 

 

「―――――― 由美……っ!?」

 

 

『一馬……久し振りね』

 

 

 

 姿こそ、命を落とした時の“ 美月(みづき) ”の姿だったが、遥の実の母であり、桐生がこれまで誰よりも愛した女性 ――――――― 澤村(さわむら) 由美(ゆみ)に相違無かった。

 

 

 美しく、慈愛に満ち、それでいて凛々しく、強い意志を秘めた その面持ちは変わっていない。

 

 

 

「お前も、俺の夢(ここ)に……」

 

 

 

 驚く桐生に対し、由美は優しい笑みを見せる。

 

 

 桐生の心は歓喜に包まれていた。

 

 

 これまでも、由美や錦山、風間の夢を見る事はあったが、その大半は鮮烈に残る最期の姿だった。

 

 

 こうして、今も生きているように会えた事など、一度としてなかったのだ。

 

 

 互いに笑みを浮かべ合いながら、由美は語り始める。

 

 

 

『一馬。あの子は、私がいなくなった時よりも強く、逞しく育ったわ。貴方の人を思い遣る気持ちが、あの子にも伝わって育ってきたのね』

 

「……俺がしてきた事なんて、たかが知れてる。ひとえに、お前の遺伝子が濃く受け継がれた為だ」

 

『相変わらずね、とても懐かしい。……でも、今は懐かしんでる場合じゃないわ』

 

 

 

 由美の瞳が、柔和なものから引き締まったものへと変わる。

 

 

 

『一馬。確かに貴方が行けば、遥は きっと怒り、悲しむかもしれない。自分の所為で、また危ない目に遭わせてしまったって。

 

 でも、知る人もなく、1人で戦う遥が寂しくないって、本当にそう思ってるかしら? もしかしたら、他に悲しんでる人達の力になろうと、頑張ってるかもしれない。

 

 でも、それでも まだ あの子は子供。他人の命を抱えて生きるには、まだまだ若いわ。私には解る、誰よりも人の不幸を悲しむあの子は ―――――― このままじゃ、きっと心を壊してしまうって……』

 

「っ………遥……」

 

 

 

 そんな、彼女を よく知る人間だからこそ、ありありと浮かぶ情景を脳裏に浮かべ、悲痛な顔を浮かべる桐生。

 

 

 

『あの子にはまだ、貴方が必要なの。人の生死が係ってるというのなら、尚更。

 

 

 一馬……無理を承知で、貴方に頼む ―――――― どうか、あの子の道標になってあげて』

 

 

 

 懇願する由美の瞳に、透明の雫が宿る。

 

 

 

 

 

 そして、それは肌を伝っていき ――――――――― そして、落ちて弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――― 由美」

 

 

 

 

 

 桐生が、名を口にする。

 

 

 その顔は、さっきまでとは明らかに雰囲気が違った。

 

 

 

『一馬……』

 

 

 

「心配しなくていい ―――――― 覚悟は(・・・)決まった(・・・・)

 

 

 

 そう言い、右手を握り拳として力一杯 力を振り絞る。

 

 

 その筋肉が弾けんばかりの様は、今まさに戦いに赴かんとする闘士のそれであった。

 

 

 その双眸には、先程まであった迷いは ―――――― 微塵も残ってはいない。

 

 

 風間も、錦山も、力也も、浜崎も、皆それを見て満足気に笑みを浮かべる。

 

 

 

『迷いは晴れたか』

 

 

『良い顔だ。それでこそ、桐生 一馬だ』

 

 

『カッコいいっす!! それでこそ親父も認めた兄貴っす!!!』

 

 

『惚れ惚れするね。やっぱ《 堂島の龍 》は健在だったな』

 

 

 

 各々の賛辞を受け、桐生は四方にいる男達を見回して見る。

 

 

 

「ありがとう。もう、俺は迷わない。行ける所まで、とことん行ってやる」

 

『あぁ。わざわざ、俺達が出向いた甲斐があったってもんだ』

 

『一馬。やるからには、絶対 後悔する道は歩むんじゃねぇぞ』

 

「おやっさん、錦……」

 

 

『頑張って下さい、兄貴。及ばずながら、俺も応援してますから!!』

 

『俺も、1度は夢を託した男として、あんたの行く末…見届けさせて貰うぜ』

 

「力也、浜崎……」

 

 

 

 今は亡き男達の言葉を、桐生は全身全霊に刻み付けるように聞き入れる。

 

 

 生き方を教わり、共に命を賭し、共に力を揮い、互いにぶつかり合った男達の心は、何よりも桐生の助けと なり得た。

 

 

 

 

 

『ん?……あぁ ――――――――― そろそろ(・・・・)か』

 

 

「おやっさん?………っ!」

 

 

 

 不意に、風間がそう言い出すと、桐生はある光景(・・・・)を見て驚いた。

 

 

 風間の体が、徐々に風景に溶け込むように色を失い始めたのだ。

 

 

 見れば、風間だけでなく、他の面々も同様の現象が起こり始めていた。

 

 

 

 桐生は悟った ――――――――― もう、夢の時間は終わりなのだと。

 

 

 

「おやっさん……! みんな……!!」

 

 

 

 途端に、桐生は胸中が堪らなく切なくなった。

 

 

 当然と言えば当然、もう2度と会う事は叶わないはずの人々と、奇跡的な対面を果たしていたのだ。

 

 

 別れを惜しむなと言う方が酷というものである。

 

 

 

『心配しないで、一馬』

 

 

 

 今にも手を伸ばそうとする桐生に、由美が優しく語り掛ける。

 

 その由美の姿も、もう ほとんど消えようとしているが、不思議と その澄んだ目だけははっきりと捉えられた。

 

 

 

『本来、見えるはずの ないものが元に戻るだけ。もう私達は、過去の存在なの』

 

「由美……っ!」

 

『だから今からは ―――――― 一馬には、どこまでも現在(いま)を見続けて欲しい!』

 

 

 

 遂に、顔の判別すら付かない程に色は消えてしまった。

 

 

 

 

 

 やがて桐生の意識も、魂を引かれるように薄らいでいく。

 

 

 

 

 

 そして風間が、桐生に言葉を残していった。

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、起きろ一馬……雌伏の時は終わりだ

 

 

 

 

 

 お前の背負うものは“ 龍 ”だ

 

 

 

 

 龍なら どこまでも雄飛し ―――――― 邪魔するものは、全て噛み砕いてしまえ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました桐生が見たのは、見慣れたニューセレナの天井だった。

 

 視界が、僅かに ぼやけている。触ってみると、目に涙があった。寝ている間に流していたらしい。

 

 

 

(いつの間に、俺は横に……?)

 

 

 

 今の自分の状況に、桐生は疑問を持つ。記憶ではカウンターにいたはずだが、今は店のソファーで横になっていたのだ。不思議に思いつつも、掛けられていた毛布を ずらし、上体を起こす。

 

 

 

「―――――― あら、起きたの桐生さん?」

 

 

 

 声を掛ける者がいた。見れば、花の模様が映える黒のドレスを身に纏ったニューセレナのママである鞠子(まりこ)が、カウンターでグラスを磨いている最中だった。

 返事をしようと思うと、そのタイミングで店のドアが開かれた。ドアベルが鳴り響く中、来客を見てみると、これ また見知った顔があった。

 

 

 

「ママさん、ただいまぁ……ってあれ、桐生さん! 起きてたんですか?」

 

 

 

 黒を基調とした服の上に赤紫の上着を羽織り、無精髭を生やす男 ――――――

 

この神室町で街金融・《スカイファイナンス》を営む男・秋山(あきやま) 駿(しゅん)であった。

 

 

 堅気ながら、1年間の事件で桐生、冴島、谷村と共に東城会、警察を相手取る大事件の解決に尽力した男である。一見 冴えない風貌ながら、その足から繰り出される華麗なる足技は、桐生も唸る程であり、並のチンピラやヤクザなどではまるで歯が立たない強さを誇る猛者だ。更にキャバクラのオーナーも兼任しており、店の運営手腕にも非凡な才能を発揮するやり手でもある。

 

 

 

「秋山……お前、どうしてここに?」

 

「どうしてって……えぇと、何て言いますか……3時間ほど前、ママさんに用事があったんで店に来てみたら、鍵が開いてたでしょ? おかしいなって思って中を覗いてみたら、桐生さんが床で倒れてるじゃないですか」

 

「俺が、倒れてた……?」

 

「そうですよ、俺ホントにビックリしたんですからね?」

 

 

 

 桐生は、はたと気付く。そういえば、自分は店に戻った後、度の強い酒を自棄になって飲んだ記憶があった。おそらく、それに加えて溜まった心労が重なり、そのままブレーカーが落ちたように眠ってしまったのだろう。

 桐生をソファーに寝かせたのも、おそらく秋山だろう。長身の桐生を動かすには、ママでは荷が重いはずであるから。

 

 

 

「……すまない、迷惑をかけた」

 

「いえ。何ともなかったんですから、それは それで問題はないですよ」

 

 

 

 そうは言うが、その時の様子は まさに殺人事件に酷似したものだったのではなかろうか。何しろ、人が寝床でもない所で倒れていたのだから。

 昨日に続いての失態に自分で呆れるのと同時に、秋山には本当に悪い事をしたと反省した。

 

 

 

「……でも……遥ちゃんの件は、本当に不幸だったと言わざるを得ません」

 

「!……谷村から聞いたのか?」

 

「えぇ。俺も、最初 聞いた時は信じられませんでした………何て言ったら……」

 

 

 

 普段は飄々として冗談交じりで話す秋山だが、この時ばかりは それも抑えて桐生に遺憾の意を示した。他の知人がそうである様に、秋山もまた、人の不幸を悲しむ事が出来る出来た大人なのである。

 

 

 

「……その事なんだがな、秋山」

 

「? はい…?」

 

 

 

 思いもよらぬ返事が返ってきた事に、秋山は怪訝な面持ちになる。

 

 

 一方の桐生は、1つの“ 固い決心 ”の元、口を開く。

 

 

 

「俺はしばらく、旅に出よう(・・・・・)と思う」

 

「はぁ……旅……ですか?」

 

「あぁ。見た事もない所ではあるが(・・・・・・・・・・・・)1人で(・・・)……な」

 

 

 

 秋山も、近くで聞いてたママも、桐生が何の事を話しているのか、最初は解らなかった。

 

 だが、勘の鋭い秋山がある“ 仮説 ”を立てた時、目を瞠目させ、そして その表情を一際 険しいものとなった。

 

 

 

「まさか……桐生さん、あんた!?」

 

「……それについて、お前に頼みがあるんだ」

 

 

 

 秋山の言葉を、桐生は否定も何もしなかった。秋山は、自分の予想が正しい事を悟る。ママも、2人が作り出した雰囲気を感じて、何となくだが予想を付ける。ママも、桐生の人となりは知っているからだ。

 

 

 

「……聞きましょう」

 

「多分、行ったら俺は当分 帰ってこれないと思う。半年……いや1年、もしかしたら その倍は かかるかもしれない。」

 

「そんなに、ですか……」

 

「確証はないが、おそらくな。その間、ほんの少しでもいい、沖縄にいる子供達が不自由の無いよう、影ながら助けてやってくれないか?」

 

「………その予定、今からでもキャンセルってのは?」

 

「……眠りながらも考えた(・・・・・・・・・)末の結論だ。撤回する気はない」

 

 

 

 確かに、秋山の財をもってすれば沖縄の子供達を1、2年くらい養う事は容易いだろう。

 だが、それでも秋山は桐生の心変わりを願った。自分が そうするよりも、ただ桐生がいれば それに勝るものはないと考えたからだ。

 だが、桐生の決心は非常に固いもののようである。おそらく言葉では何を言っても、もはや無駄であろう。

 そして、腕っ節で止めるという案も、無理に決まっている。1年前の時点ではあるが、谷村と共に2対1で戦っても歯が立たなかったのだから。

 

 

 

 

「~~……っ………仕方ないなぁ、もう。解りましたよ」

 

 

 

 しばし悩み、そして大きな溜息を吐くと、頭をバリバリ掻きながら不本意だと言わんばかりの表情で秋山は答えた。

 

 

 

「頼めるか?」

 

「本音を言えば、無理にでも止めたいんですけどね……桐生さんの事ですから、俺をブッ飛ばしてでも言う事を聞かせるでしょ?」

 

「ふっ……どうだかな」

 

「やれやれ……今まで色んな依頼を聞いてきたけど、こんなに気乗りしない案件は初めてですよ」

 

「迷惑をかける……帰った暁には、きっと何倍にもして返すつもりだ」

 

「桐生さん」

 

 

 

 強い口調を放つ秋山。桐生も、思わず言葉が止まった。

 

 

 

「俺を見損なわないで下さい。俺は貸した人には、借りた分しか受け取らない主義です、前にも言ったでしょう? ちょっと色々と厄介な頼みですけど、だからと言って余計に貰う気なんて更々ないですから」

 

「……そうだったな。すまない」

 

「良いって事です。……ただ、1つだけ約束して下さい。絶対に……生きて帰って下さい」

 

 

 

 それが、何よりの願いだと、秋山は強い意志を込めて言った。

 

 秋山は悟ったのだ ―――――― 自分にこんな事を頼むのは、“ 死ぬ覚悟 ”さえ固めているのだ ―――――― と。

 

 だから、間違っても そんな決意を固めないように、釘を刺したのだ。

 

 

 桐生 一馬という人間が、如何に色んな人間にとって掛け替えのない存在なのか解っているから。

 

 

 

「あぁ……勿論だ。そんな、いい加減な気持ちで行ったりはしない。必ず、生きて帰ってくる」

 

 

 

 そう言い、桐生は右手を秋山に差し出した。一瞬 何なのか戸惑うが、すぐに意図を察し、秋山も右手を差し出す。そして、両名とも手を重ね、ガッシリと握り締める。

 

 

 

 

 

「しばしの別れだ ――――――――― 後は、頼んだ」

 

 

「出来る限りの事はしますよ ―――――――― お気を付けて」

 

 

 

 

 

 2人は再度 手を強く握り合い、そして離した。

 

 

 

 

 

「ママ、行ってくる。伊達さんに宜しく伝えてくれ」

 

「……えぇ。解ったわ ―――――― 行ってらっしゃい……」

 

 

 

 

 

 ママにも別れの挨拶を済ませると、桐生はニューセレナを後にして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あぁ~………厄介な頼み聞いちゃったなぁ、もう……」

 

 

 

 桐生の姿も消え、ドアベルも聞こえなくなった後、秋山が脱力しながら ぼやいた。

 敬愛する男の手前、格好付けて色々と言葉を交わしたものの、後で冷静になってみれば かなり拙い事に事に手を貸してしまったのではと少なからず後悔し始めていた。

 

 

 

「ふぅ……男の人って、何て言うか……単純ですよね」

 

「馬鹿ですよね~………」

 

 

 

 ママの突っ込みに ぐうの音も出ない。

 

 

 

 秋山は回想する。

 

 谷村から話を聞いた時は、酷く動揺し、憔悴しているとの事だった。桐生の強さを知る秋山も、変に疑問に思ったりはしなかった。何しろ、大事な家族が厄介極まりない事件の被害者となってしまったのだ。その傷心は想像を絶するものだったに違いない。事実、店で倒れている彼を見た時は、現状は想像以上に最悪だと感じ取った。だからこそ、同じ男として ―――――― 一度は絶望を味わった者 同士として、少しでも気分を紛らわせればと考え、色々考えて準備もしたのだ。

 

 だが、いざ会ってみればどうだろう。確かに若干 疲れている様子はあるものの、“ 憔悴し切る ”というものとはまるで縁遠いものに見えた。

 

 

 そして その瞳は、強い意志をもって ―――――― 燃え盛るように輝いていた。

 

 

 

(“ 眠りながらも熟考 ”……か……予知夢か何か見たのかな? あの人)

 

 

 

 桐生が言っていた気になる事について考えるが、正直どれも想像の域を出ない。むしろ、どれも現実味を感じさせるものでは無い。

 しかし、桐生さんだし、と漠然としながらも納得も出来る。

 

 

 何しろ相手は、この“ 夢と欲望の街 ”である神室町における“ 生ける伝説 ”なのだから。

 

 

 

「まぁ、割り込む事すら出来なかった私も悪いけど。はぁ~……伊達さんに何て言えば良いのかしら」

 

 

 

 ママもママで、本来なら引き留め役を任されていたはずなのに、あっさりと行かせてしまった事に対して今更ながら反省しているようだ。

 それでも、2人にはそれ程の暗い空気というものは流れていなかった。

 

 

 だが、決してどうでも良いと考えているのでは無い。

 

 

 

「ま……私達は後を任されたんです。だったら、大人しく帰りを待つとしましょう」

 

「……えぇ、そうね。さっ、伊達さんに こってり絞られなくっちゃ」

 

 

 

 むしろ、その“ 逆 ”である。

 

 

 

――――――――― 桐生は、必ず遥と共に帰ってくる

 

 

 

 そう疑いもなく信じているからこそ、自分でも不思議な位に話を聞き入れる事が出来たのだ。

 

 そして、生きる伝説とも言われる男に全幅の信頼を寄せられているという事実が、男も女も関係なく、この神室町の住人を突き動かせる要因 足り得ていた。

 

 

 秋山は、テーブルの上に置いておいた買い物袋を漁る。そこには、落ち込んでいるだろう桐生を少しでも慰めようと、ビールや つまみ類を多めに買ってあった。それも徒労に終わってしまった。

 だが、結果的に これで良かったとも思える。袋から、缶ビールを1つ取り出し、缶を開ける。空気が抜ける音と共に、ビール特有のアルコールの匂いが鼻を刺激する。

 

 更に もう1つ、缶ビールを開けずにテーブルに置く。

 

 

 そして椅子に座り、開けたビールを掲げるように持った。

 

 

 

 

 

「ちょっと味気ないけど………桐生さんの無事を祈って ―――――― “ 乾杯 ”」

 

 

 

 

 

 缶と缶を合わせ、秋山はビールを飲む。

 

 

 

 

 

 それは、一度は共に命を懸けた者としての、せめてもの手向けであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 沖縄県  養護施設・アサガオ 】

 

 

 

 

 

「おい………桐生…お前ぇ、今 何て言ったんだ……っ?」

 

 

 

 施設内の電話の受話器を持ちながら、名嘉原 茂は半ば狼狽していた。

 

 電話の相手は、他でもない ―――――― 極道生活40年以上の自分が唯一無二の兄弟分と認めた、桐生 一馬その人である。

 

 

 桐生は電話越しに、名嘉原にとって驚天動地とも言える言葉を告げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名嘉原が、我が孫のように可愛がっているアサガオの子供達から悲報を受けたのは、半日以上前の6日の事。

 

 

 

――――――――― 遥の意識が、ゲームの中に囚われてしまった。

 

 

 

 昔気質ゆえに最近の娯楽には少々疎く、完全には状況を把握できてなかったが、途轍もない一大事である事だけは、長年 培ってきた危機を感じる勘が告げていた。

 すぐに子分の幹夫を伴い、アサガオへ急行した。

 

 

 すると、どうだろう ―――――― つい昨日まで元気で可憐な笑みを浮かべていた少女が、“ 過ぎる ”と言えるくらい静かな寝顔で眠っているではないか。

 

 

―――――― その頭に、不気味に黒光りする機械(ナーヴギア)を取り付けたまま。

 

 

 

 すぐに、子供達に詳しい状況の説明を求めた。

 

 

 

 曰く ―――――― 午後5時前後、突然パソコン上におかしなメールが届いた。

 

 

『ナーヴギアを外してはならない、破壊してはならない。ネットワークを遮断させてはならない。

 

 ゲームをクリアしない限り、プレイヤーがログアウトする事は叶わない』

 

 

 要約すると、こういう事だった。

 

 改めて現状を把握した名嘉原は、開いた口が塞がらず、その口から魂が抜けださんばかりに放心してしまった。そして我に返り、眠る遥を見て厳つい顔に似合わない位の大粒の涙を流した。まだ自分の半分も生きてない健気な少女が、何故こんな(むご)い目に遭わなければならないのか、と。

 

 そして、顔も知らない犯人に途方もない怒りと憎悪を向けた。

 

 

 そして、どうする事も出来ないまま、夜が明けた。

 

 その日の正午前になって、やっと桐生から連絡が届いた。

 交通が規制され、沖縄に帰れなくなった為、遥の事を宜しくと頼まれた。その事はニュースを見て解っていた為、何も言わずに ただ待つ事とした。

 無論、その間にも悲しみに暮れる子供達の心のケアにも努めた。大した事は出来ないと思いつつも、子供を愛する気持ちには濁りは一切なく、真摯に向き合う名嘉原、そして幹夫に義娘の咲の働きかけで、子供達にも少しずつ落ち着きと笑みが戻っていった。

 

 

 しかし、唯一 理緒奈だけは、名嘉原達でも どうする事も出来なかった。

 

 

 遥が囚われたと解ってから罪悪感で我を失い、全てから逃げるように部屋に閉じ籠ってしまった。皆が何を言っても取り付く島もない。

 

 無理もないと思った。

 件のゲーム ―――――― ソードアート・オンラインは、本来 彼女がプレイするはずだったものだ。そして、それを遥が代わりにプレイする事になったのは、彼女が勧めたからに他ならない。

 残酷ではあるが、遥が被害に遭った間接的な原因は、理緒奈にあると言っても間違いではないのだ。

 だからこそ、名嘉原や他の慰めや説得にも理緒奈はまるで耳を貸そうとしなかった。

 

 彼女には解っているのだ ―――――― 遥は、自分の代わりに眠ったままなのだと。

 

 責任を強過ぎる位に感じているからこそ、彼女はあらゆる言葉を拒絶していた。

 

 まるで、そうして精神的に自身を追い詰め、それを罰か贖罪とするかのように。

 

 

 説得にも手応えというものを まるで感じられないまま、更に時は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 そして、午後3時を過ぎた頃 ―――――― アサガオの電話が、呼び鈴を鳴り響かせた。

 

 掛けてきたのは、他ならぬ桐生だった。受話器を取った名嘉原は、密かに歓喜した。

 もしかしたら、帰れる目途が付いたのかもしれない、そう思ったからだ。

 

 

 

 

 

 しかし、桐生が口にしたのは ―――――――――

 

 

 

 

 

「“ 遥ちゃんの所に行く ”だとぉ!? 手前ぇ正気か!?」

 

 

 

 名嘉原も、兄弟分の正気を疑う内容だった。

 

 彼とて、遥を救えないか ―――――― あるいは連絡だけでも取れないか、知り合いやその伝手を駆使して寝る間も惜しんで探索した。

 

 だが、結局は何1つとしてそれは叶わなかった。

 そんな中、桐生は先の言葉を口走ったのである。しかも、何か特殊な方法を用いる訳でもなく、ただ普通に正規の方法でゲーム内に行く(・・・・・・・・・・・・・・・・)というものだったものだから、名嘉原とて穏やかな話では済まないと直感した。

 

 

 

『俺は本気だぜ、名嘉原』

 

「だ、だけどよお前ぇ……そんな事すりゃ、お前だってゲームの中に……」

 

『囚われてしまうだろうな、確実に』

 

「解ってるんならっ、何だってそんな馬鹿な真似を!!」

 

 

 

 あっけらかんと言う桐生に、半ばキレた口調で怒鳴る名嘉原。その場に相手がいたら、窒息させんばかりに胸倉を掴んでいただろう。

 

 

 

『もう 他に方法は無いんだ。幸い、ナーヴギアとソフトを入手する(・・・・・・・・・・・・・・)当たりなら付けてる(・・・・・・・・・)。後は、そいつを どうにか説得して何とかするだけだ』

 

「け、けどよぉ……子供達は どうするんだっ? 遥ちゃんに続いて、お前ぇまで とっ捕まったとあっちゃあ、あまりにも酷ってもんじゃねぇのか?」

 

『だからこそ、名嘉原…お前に頼みたい。………無責任だろうとは思う。だが、もう俺にはこうする事しか考え付かないんだ。散々考えたが、やっぱり俺には遥を見殺しにするような真似は、どうしても出来ない』

 

「桐生………」

 

 

 

 電話越しでも、桐生の葛藤、そして熟考の末に出しただろう決意の固さが窺い知れた。

 そんな桐生に、名嘉原は制止の言葉を掛ける事が出来なくなった。本来なら、たとえ無理だと解っても、喉が枯れる位に声を上げて止めるべきなのかもしれない。

 

 だが、これまで40年以上に わたって積み重ねてきた極道人生の“ 心 ”が、自身の心に止めてやるべきではないと強く囁くのだ。

 

 桐生の行動は、一般から見れば自殺にも等しい愚行なれど、義理と人情を重んじるとされる任侠道からすれば、決して貶して良い行動でもなかった。むしろ、危険を承知で愛する者の傍にいてやりたいと思う その心が、途方もなく“ 眩い ”とさえ思えてくるのだ。

 

 だが、それでも名嘉原には桐生の言葉を受け入れる事が出来ない。もし そうなった時、子供達が悲しむ顔を思い浮かんでしまうからだ。自身は良かれと思っても、子供達の気持ちを蔑ろにする訳にはいかない。

 

 

 どうすれば ――――――――― 名嘉原は苦悩した。

 

 

 

「……名嘉原さん」

 

 

 

 その時、横から声を掛ける者が現れた。

 

 

 

「綾子ちゃん……」

 

「……替わって下さい」

 

 

 

 それは、アサガオの次女・綾子だった。彼女の顔を見て、名嘉原は思わず目を見張った。

 普段から しっかりしている子だと思ってはいたが、今はそれ以上、否 ―――――― それとは異なるもの(・・・・・・・・・)と思える程、凛とした表情に見えたからだ。

 一瞬 戸惑いながらも、受話器を綾子に渡す。

 

 

 

「……おじさん? 私、綾子」

 

『綾子…? 大丈夫か? 無理はしてないだろうな?』

 

「うん……最初は凄く混乱したけど……今は大分 落ち着いた」

 

『そうか………』

 

 

 

 受話器の向こうで安堵の溜息を漏らすのを聞き、綾子は嬉しく思った。どんな時でも、桐生は やはり自分達を思ってくれているんだと。

 その上で、綾子は核心に入った。

 

 

 

「おじさん、また遠くに行っちゃうの……?」

 

『……聞いてたのか』

 

「うん、盗み聞きする訳じゃなかったんだけど」

 

『気にするな……』

 

「うん。………遥お姉ちゃんの所に行くんだね」

 

『……あぁ』

 

「危険なんでしょ?」

 

『そうだな……』

 

「今度は……随分と長く、家を空けちゃうんだね」

 

『………すまない』

 

 

 

 桐生は、思わず詫びの言葉を紡いだ。消え入るような綾子の言葉を聞く度、如何に自分が罪深い事をしているのかを、ひしひしと感じた。

 一度は固めた決心だが、僅かに揺らいでいるのも自覚する。

 

 

 しかし、綾子は言った。

 

 

 

「謝らないで。私ね、何となく解ってたの……きっと おじさんなら、こうするんじゃないか…って」

 

『っ!』

 

 

 

 それは桐生にとって、思いもよらない言葉だった。

 

 

 

「遥お姉ちゃんには敵わないけど、私だっておじさんの娘だもん。おじさんなら何をどう考えるか、それなりに解るようになったつもりだよ?」

 

『綾子……』

 

「他の皆だってそう。皆、おじさんの事が大好き……だから、おじさんが何を一番に考え、何を大事に思うか、自分なりに解ってるんだよ?」

 

 

 

 綾子は受話器を耳に当てながら、廊下の方を振り向く。

 そこには、他の子供達が今にも泣きそうな表情を浮かべながら覗いていた。ただでさえ狭いのに、6人も詰まるようにいるものであるから、かなり窮屈な状態になっていた。皆、何も言わず、綾子と桐生のやり取りを食い入るように見届けている。

 

 

 

「そして、おじさんも そうであるみたいに、私達も、遥お姉ちゃんが大好き。お姉ちゃんがいないアサガオなんて、アサガオとは言えない……私達の、たった1人のお姉ちゃんだもん」

 

『………綾子!』

 

 

 

 鼻を啜る音が聞こえる。もしかしたら、向こうで泣いているのかもしれない。

 珍しいものを見たような笑みを浮かべながら、綾子は更に言葉を続ける。

 

 

 

「だから…おじさんは、おじさんにしか出来ない事をやって。私も皆も、おじさんの事 信じてるから! 

 だから、おじさんも信じて。私が ―――――― 私達が、しっかりアサガオを守ってみせるから!」

 

 

 

 刹那 ―――――― 桐生は、2年前の事件の事を思い出した。

 

 

 あの時 ―――――― 桐生は事件の真相を確かめる為、神室町に向かうかどうか、悩んでいた。

 丁度アサガオの経営が落ち着いた頃でもあり、自分がいなくなったら、アサガオはどうなるのかと考えた故であった。

 

 

 しかし、桐生と共に苦楽を共にしてきた遥は言った。

 

 

 

『私はね、おじさんの事 信じてる。だから、おじさんも私を信じて。

 

 私がアサガオの皆の事 ―――――― 絶対に守るから!』

 

 

 

 綾子が言った言葉は、その時の遥を彷彿させるものだった。年長者として、姉として、1人の人間として、背負うべきものを全力で守ろうとする、強い意志が宿った言葉だ。

 

 桐生は思わず感極まる。まだ子供だと思っていた彼女も、自分や遥の心を立派に受け継ぎ、一人前の仲間入りを果たしていたのだ。

 子供は知らない内に育つと言うが、親代わりの人間として、こんなに嬉しい事はなかった。

 

 

 

『ありがとう……っ…綾子、みんな! 信じるさ……お前達は、俺の自慢の子供達だからなっ!』

 

 

 

 子供を信じない親など、親とは言えない。たとえ世間一般から見れば歪に見える関係も、彼等の中では美しいものに他ならなかった。

 涙ぐむ綾子。廊下の方を見れば、他の子供達も1人の例外もなく涙を流している。

 

 

 

「……綾子ちゃん。ちょいと、替わってくれるかい?」

 

 

 

 傍で話を聞き、何かを決したような面持ちになった名嘉原が、そう求めた。綾子も涙を抑えつつ、受話器を彼に渡す。

 

 

 

「よう。まったく……俺 抜きでさっさと話を進めやがって」

 

『すまない、名嘉原。だが、事は一刻を争う ―――――― 後の事、頼めるか?』

 

「けっ! 見損なうなよ!? こちとら極道生活40年、兄弟の義理に報いないとあっちゃあ漢が廃る! そんな男が琉道一家の代紋を背負うとなったら、あの世で力也が嘆くってもんよ!!」

 

 

 

 今は亡き名嘉原の子分。彼は、最期まで自身が慕い、自分の親が惚れ込んだ男を守るべく、その若い命を散らせた。

 その親であった自分がその“ 道 ”を踏み外したとあっては彼に顔向け出来ないと、名嘉原の決意も既に固まっていた。

 

 

 

「存分に暴れてこい、桐生の兄弟!! 遥ちゃんも守って、必ず生きて帰ってこい!!」

 

 

『感謝する、名嘉原!』

 

 

 

 仁義を重んじる、男と男の契り ―――――― 鉄の如き強さを持つと言われるまさにそれであり、2人は固い誓いを果たした。

 

 

 

 

 

『―――――― そうだ。名嘉原』

 

「うん?」

 

 

 

 もう話は終わりかと思った時、名嘉原は桐生から、とある話を告げられた。

 

 

 

 

 

『最後に ――――――――― “ 1つ ”頼みがある』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサガオの一室 ―――――― 子供部屋として使われる その部屋で、理緒奈は1人 明かりも点けず、闇に溶け込むように座り込み、閉じ籠っていた。

 

 

 事件発生(あれ)から、まるで魂が抜けたかのような有り様だった。食事も、入り口の前に綾子や幹夫らが置いていくものの、全く手を付けていない。

 

 食べられるはずがなかった。

 

 遥を ―――――― 敬愛する姉を、昏睡状態に陥らせたのは自分の責任。そんな自分が、一体どんな顔をして普通の生活を送ればいいと言うのか。

 今の部屋のように、理緒奈 自身の思考すらも真っ暗に染まっていた。

 

 

 

(私………何してるんだろ………)

 

 

 

 数年前 ―――――― 彼女は火事で家族を失い、独りになった。彼女の腕には、未だにその時の傷痕が残ったままである。その傷が原因で、苛められた事もあった。眠れば、家族を失った時の悪夢だって見た事もある。

 

 一度は、生きるのがこんなにも苦しいなら、いっそ死んだ方がマシとまで思っていた。

 

 それでもアサガオに保護され、桐生や他の子供達と暮らしていく中で、その苦しみもなくなっていった。

 その中でも、長女的 存在の遥は、理緒奈にとって“ 1つの理想 ”と言える存在だった。

 自分と同じく両親を失った身であるにもかかわらず、そんな悲しみなど自分達には微塵も見せず、それどころか皆の母親代わりにならんと、家事全般に留まらず勉強の世話だってこなし、支えになる様は接していて とても心地良いものがあった。

 同性から見ても可憐で凛々しく、それでいて時折 見せる女らしい姿を見せる遥は、理緒奈にとって嫉妬するのも おこがましいとまで言えた。

 

 

 

 そんな遥に ――――――――― 自分は取り返しのつかない事をしてしまった。

 

 

 

(もう駄目………私なんて、生きてたって何の価値も無い人間なんだ………)

 

 

 

 一度 沈み始めた思考は、留まるところを知らない。あらゆる事から施行を停止させ、自らの存在価値すらも否定し始めていた。

 

 

 もはや何も宿さず、何も映さない瞳は、部屋の闇のように色をなくそうとしていた。

 

 

 

 

 

「―――――― 理緒奈ちゃん、起きてるか……?」

 

 

 

 その時だった ―――――― 障子の向こうから、名嘉原の声が聞こえてきたのは。

 

 僅かに理緒奈は驚いたが、今までと同じで返事はしなかった。何も話す事はない ―――――― 正確には、何も話したくなかったというのが正しい。アサガオに多大な迷惑をかけ、姉を危険な目に遭わせてしまった自分など、もう どうでもいいというのが本音だった。

 返事は返さなかったものの、名嘉原も それは想定済みなのか、気にせず話を続けた。

 

 

 

「ついさっきな、桐生の兄弟から電話があったよ。俺にアサガオを頼むと言ってきた」

 

 

 

 桐生の名を聞いて、また僅かながら反応を見せる。

 

 しかし、名嘉原の言った意味がよく理解できなかった。

 

 

 

「……あいつは今から、遥ちゃんの所へ行く(・・・・・・・・・)らしい。しばらく会えなくなるから、その間の事を頼んできたんだ」

 

「―――――― っ!!!」

 

 

 

 だが、続けて言った言葉を聞き、その意味を理解する事で、全てを悟った。

 同時に、酷く動揺して言葉とも息とも取れない声を漏らす。言い知れぬ不安と酔いにも似た気持ち悪さが込み上げ、思わず口に手を当てる。

 

 

 

(おじさんまで……巻き込んじゃった……っ!!)

 

 

 

 考えれば解る事だった。桐生と遥の関係は、そこらの親子関係の範疇で収まり切るようなものではない。遥の身に危険が迫れば、きっと桐生が行動を起こすはずだと、薄々気付いてはいた。

 それでも、今回ばかりはその当ては外れて欲しかった。これ以上、家族を巻き込むような事にはならないで欲しかった。

 

 

 だが ――――――――― 現実はやはりそうはならなかった。

 

 悲しくなり、切なくなり、今にも泣き出しそうになる理緒奈。

 

 

 

「理緒奈ちゃん ―――――― よく聞いてくれ」

 

 

 

 しかし、そんな理緒奈の様子が見えているかのように、名嘉原は言った。

 

 

 

「兄弟からの伝言だ ―――――― 『理緒奈、自分を責めるな』 ―――――― だとよ」

 

「っ……!!」

 

「こうも言ってたぜ ――――――――― 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『理緒奈 ――――――――― 気に病むなと言う方が、無理な話なのかもしれない。

 

 だがな、自分を責めて、周りから孤立しようとしたとして、遥が喜ぶと思うか?

 

 遥が閉じ込められる原因になったのはお前か?

 

 違うだろう、全ての原因は茅場 晶彦だ。お前の落ち度なんてこれっぽっちも存在しない。だから、お前がそこまで気に病む必要なんて、全く無いんだ。

 

 もし、お前が そうしていると遥が知ったら、きっと悲しむ。今だって、もしかしたらあいつは不安に思ってるかもしれない。自分がこうなって、理緒奈が悲しんでるかもしれないと。

 

 お前は、それでも良いのか? 違うだろう?。

 

 だからお前には、ただ待っていて欲しい。

 

 俺が帰るのを ―――――― 遥を連れて、アサガオに帰ってくるのを。どれだけ時間が掛かろうと、必ず帰ってくる。

 

 

 だから、その時は皆と一緒に言って欲しい ――――――――― 「おかえり」ってな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な視界がぼやけるのを ―――――― 目頭が熱い位になるのを理緒奈は感じていた。

 

 何も、言葉が浮かんでこない。

 

 ただ、自分の浅ましさ、愚かしさと ―――――― 桐生がくれた、受け取り切れない程の愛情が、如何に重く、そして心地良いものか、痛い程に感じ取っていた。

 

 

 

「おじさん……っ! おじさん……! ごめんなさい……っ…ごめんなさい……!! 」

 

 

 

 目の前に いない父親に向けて、理緒奈は謝罪の言葉を放つ。それは、ありもしない罪を背負っての言葉ではない ―――――― けれど、今はそれしか言葉が思い付かなかった。

 

 

 

「……綾子ちゃんが、おにぎりを作ってくれてる。気が向いたら、食っといてくれ」

 

 

 

 部屋の中で むせび泣く声を聞き、名嘉原も目頭が熱くなりながら、持っていた食事を乗せた盆を部屋の前に置いて去っていった。

 

 これから、老体に鞭打っての多忙が始まる。

 

 気を引き締めるべく、まずは組の人間を招集し、活を入れようと決意を新たにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間後 ―――――― 様子を見に来た綾子が見た物は、何も載せていない、真っ新なお盆だった。

 

 

 

 

 

 

 





……何だこれ…? と最初に思ったかもしれません。すみません<(_ _)>


当初、桐生に決意を促すのは子供達にしようと思ったのですが、「それではありきたりかな?」と思ったのと、今までと違い、(桐生に決意を促す=桐生を寝たきりにさせる)という事でもあり、子供達にそんな重い決断を背負わせるのもどうかと考え、桐生の心に残っているであろう故人の方々に促進を任せる事にしました。流石に夢オチはどうかとも悩みましたが、幽霊や妖怪、果ては謎の国と、『龍が如く』は割と何でもアリな世界ですので、こんな話にした次第で。

好き嫌いが分かれる話だと思いますが、ファンタジーな世界観のSAOとのクロスですので「これはこれで」と思って頂ければ幸いです。


次回は、今度こそSAO入りとなります。

遂に決意を固めた桐生が、どの様にしてアインクラッドへ舞い降りるのか。どうぞお楽しみに!!



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