機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-18「虚空に見る夢幻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が、虚空を迸る。

 

 其れはかつて、世界を席巻し、滅ぼそうとした凶兆の光。

 

 目標のみならず、放った自らの身も焼き尽くす史上最悪の炎。

 

 25年前のヤキン・ドゥーエ戦役において、当時のプラント最高評議会議長パトリック・ザラが実戦投入し、地球連合軍に甚大な被害を与えた忌まわしき存在。

 

 人類の歴史上最悪とも言える負の遺産。

 

 ヤキン・トゥレース要塞最大の切り札であるジェネシス・オムニスは、接近を図ろうとした連合軍艦隊に対し、容赦なく放たれた。

 

 一瞬にして駆け抜ける閃光。

 

 対して、連合軍の回避は間に合わない。

 

 大和を始めとした艦隊は、照射直前に回避行動を行った事で、どうにか直撃を免れている。

 

 しかし、少なくとも複数の艦がジェネシスの照射に巻き込まれたのは明らかだった。

 

 やがて、光が晴れて元の深淵の虚空へと戻って行く。

 

 そこに存在したはずの艦隊の姿は既に無く、周囲に大和をはじめとした、残存艦隊が所在無げ浮かんでいるのみだった。

 

 その様をモニターで確認していたグルックは、堪らずに高笑いを始める。

 

「見たか、テロリスト共め!! これこそが、正義と自由を守り、新たなる統一された世界を創造する事を使命とする、我らの真の力だ!!」

 

 歌い上げるように高らかに言い放ち、グルックは喝采を上げる。

 

 彼にしてみれば、初戦から続いてきた苦戦の溜飲を一気に下げた感じである。

 

 不遜にも、神聖なるプラントに攻め込もうとするテロリストの艦隊を、最強の武器を持って撃退する。

 

 これ以上に痛快な事は、他に無いだろう。

 

 はしゃぎまくるグルックに触発されたように、居並ぶ幕僚や閣僚達も喝采を上げる。

 

 誰もが、自分達の勝利を改めて確信し、またグルックの英断を口々に湛えていく。

 

 グルックがいたからこそ、これ程の兵器を産み出し、そして躊躇いなく振るう事ができる。

 

 この強力な兵器がある限り、決して自分達の負けは無いのだと、誰もが思っていた。

 

「敵の残存部隊を一気に叩き潰せ。テロリスト共に、自分隊がいかに愚かしい行為をしたのか、存分に思い知らせてやるのだ!!」

「はッ 了解しました!!」

 

 グルックの言葉を受けて、要塞司令官は敬礼を返す。

 

 今こそ反撃の時。

 

 ジェネシス・オムニスの照射によって、狼狽し壊乱している連合軍を追い討ち、持って自分達の勝利を確実な物とするのだ。

 

 要塞司令官が、そのように命令を下そうとした。

 

 まさに、

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今だッ!! 全軍作戦開始!! ジェネシスの照射軌跡を通り抜け、一気に要塞表面に取り付け!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和の艦橋で、ユウキの腕が鋭く横なぎに振るわれた。

 

 同時に、

 

 ジェネシス・オムニス照射に対応すべく、四方に散っていた連合軍艦隊が一気に陣形を収束させて進軍を再開していく。

 

 その進撃路は、正にたった今、ジェネシス・オムニスが照射された軌跡をなぞるようにして行われている。

 

 舳先を揃え、真っ直ぐにヤキン・トゥレースへ殺到していく連合軍艦隊。

 

 その様に仰天したのは、グルックをはじめとした、要塞司令部に詰めている閣僚や幕僚達である。

 

「バカなッ 連中は一体、何を血迷っているか!?」

 

 目の前の事態が信じられず、思わず叫ぶグルック。

 

 連合軍を名乗るテロリスト共は壊滅したはず。後は残った連中を掃討すれば、全てが終わる。

 

 そう思って疑わなかったグルックにとっては、信じがたい光景である。

 

 対照的に、大和の艦橋で腕組みをして立つユウキは、不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「全て、予定通りだ」

 

 ユウキは要塞攻略に当たり、目を付けたのはジェネシス・オムニスの存在だった。

 

 ジェネシスの威力と恐怖は、ユウキ自身、若い頃にオリジナル・ジェネシスの照射を目の当たりにした事から、充分に心得ている。

 

 その「破格以上」と言える威力もさることながら、PS装甲を使用した防御力も侮る事はできない。ユニウス戦役時、ユウキは戦艦武蔵の回転衝角を使用する事でネオジェネシスの骨格を破壊して使用不能に追い込んだ事はあるが、その代償として武蔵は大破。戦後になって廃艦されている。

 

 以上の事を考えると「ジェネシス・オムニス破壊」を作戦に組み込む事は現実的とは言い難い。

 

 しかし、一見すると無敵に思える兵器にも弱点はある。

 

 ジェネシスはあれほどの威力を誇る反面、お世辞にも連射が効く兵器とは言い難い。

 

 更に、下手に照射すれば、味方を巻き込む可能性がある為、使用するタイミングを慎重に見定める必要がある。実際、ユニウス戦役の折にも、メサイア要塞が放ったネオジェネシスに巻き込まれる形でザフト艦隊の一部が犠牲になっている。

 

 この二点を鑑み、ユウキは作戦を立てた。

 

 まず、艦隊をジェネシス・オムニス側から要塞に接近すると見せかけて、要塞に立て籠もるグルック派に動揺を与えると同時に、危機感をあおって、わざと照射を誘発するように仕向ける。

 

 言うまでも無い事だが、ここでまともに照射を喰らったら一巻の終わり。作戦も何もあった物ではない。

 

 故にユウキは一計を案じ、リモート操艦が可能な無人艦隊を用意させた。

 

 この無人艦隊を囮に使い、ジェネシス・オムニスの照射を誘発したのである。勿論、有人艦隊の方は、照射とタイミングを合わせて退避を完了し、被害は無いようにしておく。

 

 そして、ジェネシスの照射によって無人艦隊が全滅したのを確認した後、第二射が照射される前に、艦隊を再び取りまとめ、一気に要塞へと突っ込むのである。

 

 先述したとおり、ジェネシス・オムニス周囲には殆ど敵部隊の姿は確認できない。機動兵器の配備はまばらだし、無敵の兵器周囲に配備しても意味が無いと考えたのか、陽電子砲等の砲台も殆ど見られない。

 

 つまり、ジェネシス照射、その1発目さえ回避してしまえば、後は楽に要塞へと取り付けるのである。

 

 無論、最強最悪の兵器へ正面から向かっていく事の恐怖は、連合軍将兵の誰もがある。そんな自殺行為のような事は誰もやりたがらない事だろう。

 

 だが、ユウキは芸術的とも言える艦隊運動技術で、それを乗り越えて見せた。

 

 ジェネシス照射の時点で艦隊を散開させ、その後、照射エネルギーの終息を確認した後、素早く艦隊を終結させたのだ。

 

 この作戦に際し、連合軍側の死傷者は、文字通りゼロである。被害らしい被害と言えば、無人艦隊を軒並み失っただけ。それとて初めから捨石だった事を考えれば、大した損害とは言い難い。

 

 そしてこの瞬間、アンブレアス・グルック自慢のヤキン・トゥレース要塞もジェネシス・オムニスも、ただ金ばかりを食い散らかし、何一つとして戦局に貢献する事の無いガラクタと化したのである。

 

 なぜなら、無人の野を行くが如く怒涛の進軍を開始した連合軍艦隊が、あっという間に要塞へと迫って来たからだ。こうなれば、もはやジェネシス・オムニスは何の抑止力にもなりはしない。標的があまりにも近すぎる為、照射の為の照準が行えないのだ。

 

 その様子を指令室で見ていたグルック達は愕然とするが、もはや如何ともしがたかった。

 

 ジェネシス・オムニスはすぐに再照射する事は不可能である。事実上、連合軍の進撃を阻む事は不可能だった。

 

 結局のところ、最終的に戦争を決するのは「人」であると言う事だ。優秀な兵器を開発し実戦配備を行う事は無論大事だが、それだけでは戦争に勝てない。その優秀な兵器を扱う人間をしっかりと育てない事には。

 

 グルックは所詮、軍事については素人であるが、素人であればある程、戦争の本質を見誤り、強力な兵器や軍隊に目を奪われがちである。

 

 その観点から言えば、ヤキン・トゥレース要塞もジェネシス・オムニスも、突き詰めて言えば精強なプラント軍の将兵でさえ、アンブレアス・グルックにとっては己の虚栄心を満たすためだけに存在する玩具に過ぎなかったと言う事だ。

 

 だが、トップが狼狽している中でも、戦局は推移している。異変の気付いた一部のザフト軍は、戦闘を中断し、反転して向かって来たのだ。

 

 ジェネシスの照射はかなり目立つ為、かなり遠方にいた部隊も異変に気付いたほどだった。

 

 だが、ここで思わぬ事態が、ザフト軍の機動力に枷を嵌める事になる。

 

 ヤキン・トゥレース要塞の巨体は、そのまま戦場の広さとイコールである。その為、反転を開始したザフト軍は、連合軍艦隊の突入地点になかなか辿りつく事ができないのだ。加えて味方撃ちを避けるために、要塞の防御砲火範囲を迂回する必要がある為、彼等の反転は更に遅れる事になる。

 

 勿論、その間に連合軍が黙っている訳も無く、反転しようとするザフト軍に襲い掛かって行く様子がそこかしこで見受けられる。

 

「ええいッ 無駄にデカい物を作りやがって!!」

 

 ベテランザフト兵の批判は、こんな物を作ったアンブレアス・グルックへと向けられた。

 

 こうなると最早、巨大な要塞は「不要以前に邪魔」な存在へと成り果てる。この要塞があるせいで、ザフト軍の動きは制限された物とならざるを得なかった。

 

 そして、その隙を逃さず、連合軍の各エース達が動いた。

 

 

 

 

 

 

 味方の防御砲火を回避しながら、どうにか連合軍の突入地点へと急ぐザフト軍の各部隊。

 

 しかし、彼等が艦隊の辿りつく事は無かった。

 

 その前に炎の翼を広げ、手には変則的な武装を持つ機体が立ちはだかる。

 

「こっちの状況が完了するまで付き合ってもらうよ」

 

 ラキヤはそう言うと、ヴァイスストーム手にしたレーヴァテインを対艦刀モードにして斬り込みつつ、ドラグーンを射出。向かってくる敵に砲火を浴びせながら、正面のガルムドーガを袈裟懸けに叩き斬る。

 

 更にラキヤは、横薙ぎに対艦刀を振るって、接近しようとしていたハウンドドーガを振り向き様に斬り捨てる。

 

 元々はアステルが統一戦線時代に使用していた機体を改装して使用しているラキヤだが、初代ストームはラキヤの愛機でもあった。その為、他の機体以上に馴染む感触がある。

 

 放たれる砲火を芸術的な機動で回避するラキヤ。

 

 逆にライフルモードにチェンジしたレーヴァテインで、自身に砲火を浴びせようとする敵機を次々と撃ち抜いて行った。

 

 別の場所では、アスランの駆る深紅のセレスティフリーダムが、日本刀型の対艦刀であるオオデンタを振るっている。

 

 赤と言う目立つカラーの機体を駆って居る為、アスランの姿は否が応でも敵の目を引いてしまう。

 

 しかし歴戦のエースであるアスランは、その事を物ともしていない。

 

 放たれる砲火を次々と回避して接近すると、手にした刀で斬り伏せていく。

 

 高級機とは言え、量産型に過ぎないセレスティフリーダムを苦も無く操り、アスランは群がる敵を容赦なく斬り捨てていく。

 

 更にもう1人。

 

「行くぜ!!」

 

 ミシェルは一声上げると同時に、愛機のスラスターを全開にして突撃していく。

 

 先頃、北米解放軍が壊滅し、元々の友軍だったオーブ軍に投降したミシェルは、その後、簡易査問委員会での証言を経て、再びオーブ軍に復帰していた。

 

 とは言え、長らくオーブ軍を離れていたミシェルを、いきなり軍の組織に組み込み直す事は難しい。

 

 そこでミシェルは、総司令官である父、ムウ・ラ・フラガ大将直属として独立行動戦力として動いていた。

 

 本来であるならば、総司令官の息子とは言え、つい先日まで敵軍の指揮官を務めていた人物に独立行動を許すなど、あってはならない事である。

 

 しかし、今は非常時である。ただでさえ戦力的に劣勢な連合軍にとって、ミシェルの力は喉から手が突き破って出る程、欲しい物である。

 

 それ故、多少の反対意見は押し切られて、ミシェルの編入が決まった。

 

 ミシェルには、予備機として配備されていたセレスティフリーダムを1機与えられ、彼の特性に合わせてドラグーンを各ハードポイントに装備した状態で出撃していた。

 

「行けッ!!」

 

 背部に4基、両肩、両腰に各1基、脚部に各1基、合計10基のドラグーンが射出されて周囲に展開、慌てて取って返そうとしているザフト軍機に向けて放たれる。

 

 父親の性質を充分に受け継いだミシェルのドラグーン攻撃は、限りなく鉄壁に近い戦線と化してプラント軍の反転を阻んで行った。

 

 そして、

 

 彼等を迂回して、尚も進もうとするプラント軍。

 

 そんな彼等の前に、圧倒的な存在感のある機体が立ちはだかった。

 

 羽ばたく4枚の炎翼。

 

 手にした巨大な対艦刀。

 

 シン・アスカの駆るギャラクシーが、進軍するプラント軍の前に立ちはだかる。

 

「行かせるかよ」

 

 凄惨さすら滲む声と共に、シンは炎の4翼を羽ばたかせて駆け抜ける。

 

 戦くザフト兵達。

 

 次の瞬間、巨大な刃が唸りを上げて旋回する。

 

 ザンッ

 

 強烈な音が、聞こえたような気がした。

 

 次の瞬間、ドウジギリの刃に斬り裂かれ、ザフト機が爆発する。

 

 振り返るギャラクシー。

 

 その姿に、恐怖が伝播する。

 

 守護者シン・アスカの存在は、ただ1人でザフト軍の兵士を圧倒するのに十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオスが放つドラグーンの攻撃を、デルタリンゲージ・システムの先読みを駆使して次々と回避していくヒカル。

 

 火力面においては圧倒的に勝っているブラッディレジェンドだが、機動性ではエターナルスパイラルが勝っている。

 

 放たれるドラグーンの攻撃をスクリーミングニンバスで弾き、片翼から放たれるヴォワチュール・リュミエールが機体の速力をさらに押し上げる。

 

 手にしたビームサーベルを振り翳し、斬り込むモーションを見せるエターナルスパイラル。

 

 だが、

 

《ヒカル、上!!》

「ッ!?」

 

 レミリアの警告に従い、ヒカルは動きを止めると、とっさにビームシールドを展開して防御を選択する。

 

 そこへ、急降下するように接近した機体の腕が、しなるようにエターナルスパイラルに叩き付けられた。

 

 火花を上げる盾と腕。

 

《キャハハハ!! 楽しい!! 楽しいわねェ 魔王様!!》

 

 フィリアは狂乱の笑い声をあげて、更にエターナルスパイラルへと殴り掛かろうとする。

 

 だが、それよりも一瞬早く機体の身を翻すヒカル。

 

 Gベータの攻撃を回避すると同時に、エターナルスパイラルは鋭い蹴りを繰り出して、Gベータを吹き飛ばす。

 

 バランスを崩すGベータを尻目に、機体を立て直そうとするヒカル。

 

 そこへ、今度は背後からGアルファの砲撃が浴びせられる。

 

《足を止めている暇は無いぞ!!》

 

 静かに、それでいて容赦無く追い込んでくるフレッド。

 

 放たれる砲撃を、ヒカルは辛うじて回避しつつ、接近するルートを探る。

 

 だが、そこへ再び体勢を立て直したレオスのブラッディレジェンドが、ドラグーンによる攻撃を仕掛けてくる。

 

 戦闘開始当初に比べればドラグーンの数は半分以下に低下しているが、それでも尚、脅威である事に変わりは無い。

 

 放たれる攻撃。

 

 しかし、

 

「そこだ!!」

 

 デルタリンゲージ・システムのアシストで、攻撃の僅かな隙を見つけ出したヒカル。

 

 不揃いの翼が羽ばたくと同時に、エターナルスパイラルは加速。一瞬にして攻撃をすり抜ける。

 

 同時にヒカルはエターナルスパイラルの左肩からウィンドエッジを抜き放つと、サーベルモードにして構える。

 

 振るわれる一閃が、進路上で砲撃体勢を整えていたドラグーンを斬り捨てた。

 

 だが、

 

 そんなエターナルスパイラルの背後から、巨大な影が迫ってくる。

 

「クッ!?」

 

 ヒカルが回避行動を取るのと、剛腕が振るわれるのはほぼ同時だった。

 

 ゴルゴダに合体を完了して襲い掛かってくるリーブス兄妹。

 

「キャハハハッ 死―ね、死―ね、死―ねェ キャハハハッ!!」

 

 笑いながら全砲門を開き、エターナルスパイラルを追い込もうとしてくる。

 

 更に、その攻撃にタイミングを合わせるように、レオスのブラッディレジェンドも攻撃に加わってくる。

 

 集中される砲火。

 

 次第に防戦一方となるヒカル。

 

「ヒカル、このままじゃ!!」

「判ってる、けど!!」

 

 カノンの悲鳴じみた叫びに、ヒカルも切羽詰まった様子で返す。

 

 デルタリンゲージ・システムで状況を予測しても、回避までは追いつかない。

 

 エクシードシステムで機体性能を底上げしても、尚、相手の火力の方が圧倒的であり、逃げ道が徐々に塞がれていく。

 

《じゃあな、ヒカル》

 

 レオスの声が静かに響いた。

 

 次の瞬間、

 

 彼方から飛来した閃光が、ゴルゴダの胸部に真っ直ぐに迸った。

 

 とっさにフレッドは陽電子リフレクターを展開、攻撃を弾く。

 

 そこへ、リフターを引き戻して合体した、赤の騎士が舞い降りる。

 

《喧しい奴等だ。いちいち喚かなければ殺し合いもできないか?》

 

 アステルはギルティジャスティスを、エターナルスパイラルの横に並ばせながら静かな口調で呟く。

 

 その鋭い瞳は、ゴルゴダとブラッディレジェンドを真っ直ぐに見据えている。

 

《ヒカル、あっちの木偶の坊は俺がもらう。お前は、あの裏切者を片付けて来い》

「アステル!!」

 

 言うが早いか、アステルはヒカルの叫びも聞かずにゴルゴダに向かって飛び出していく。

 

 たちまち、放たれる砲撃。

 

 しかしアステルはギルティジャスティスの両手にビームサーベル、両脚部にビームブレードを展開すると、迸る閃光を次々と回避しながら向かっていく。

 

 その様子を背中で見ながら、

 

 ヒカルは再び、ブラッディレジェンドにエターナルスパイラルを振り返らせた。

 

「レオス、一つだけ聞かせろ」

《・・・・・・・・・・・・何だよ?》

 

 ヒカルの声に対し、レオスは少し間を開けて答える。

 

 今さら、何を聞きたいと言うのか?

 

 真意を探ってくるような態度のレオスに対し、ヒカルは正面から己の質問をぶつける。

 

「お前、何でリザを撃ったんだ?」

 

 ヒカルには、ずっと疑問に思っていた事がある。

 

 あの正体を顕にした時、レオスは確かにリザを撃った。

 

 だが、どうしてもヒカルが疑問に思えてしまうのは、なぜ、あの時のレオスはリザを殺せなかったのか、と言う事?

 

 あれだけの至近距離で撃っては、外す方が却って難しいくらいである。

 

 結論を言えば、レオスはリザを殺せなかったのではなく、殺さなかったのではないか、とヒカルは考えている。

 

 故に、その真意が知りたかった。

 

《答えてやるよ。けどなッ》

 

 叫ぶと同時に、残ったドラグーンを全射出するレオス。

 

《その前に、俺を倒して見せろよ!!》

 

 攻撃を開始するレオス。

 

 対して、ヒカルも覚悟を決めて対峙する。

 

《ヒカル!!》

「やるしかないよ!!」

「ああ!!」

 

 少女達に背中を押されるように、ヒカルもまた、全てを掛けて挑む。

 

 前週に配置したドラグーンが、一斉射撃を開始する。

 

 集中される火線。

 

 しかし、当たらない。

 

 ヒカルはヴォワチュール・リュミエールの超加速と、光学幻像を駆使してドラグーンの攻撃を回避、容易には照準を付けさせない。

 

《クソッ!!》

 

 苛立ったように、攻撃速度を速めるレオス。

 

 ブラッディレジェンドのドラグーンは、更に動きに鋭さを増す。

 

 しかし、ヒカルもまた負けていない。

 

 縦横に視界を遮るように放たれる攻撃を、全て回避しながらブラッディレジェンドへと向かって接近して行く。

 

 エターナルスパイラルの圧倒的な速度を前に、ドラグーンの照準も追いつかないでいる。

 

《舐めるなよ、ヒカル!!》

 

 ついにレオスは、機動力では勝負にならないと判断し、全てのドラグーンをブラッディレジェンドの周辺に配置、エターナルスパイラルを正面から迎え撃つ体勢を取ろうとする。

 

 これなら、如何に機動力を発揮したとしても、接近コースは限られると判断しての行動である。

 

 対して、ヒカルも勝負に出る。

 

「カノン!! レミリア!!」

「判ったッ」

《任せて!!》

 

 ヒカルの意を受けて、2人の少女も動く。

 

 左翼のカバー部分からドラグーン4基を射出。同時に、エターナルスパイラル本体もビームライフルと腰のレールガンを展開する。

 

 攻撃態勢に入るブラッディレジェンド。

 

 しかし次の瞬間、一気に放たれた砲撃が、今まさに攻撃態勢に入っていたドラグーンを全て吹き飛ばす。

 

《なッ!?》

 

 驚愕するレオス。

 

 無理も無い。先に攻撃動作に入ったのはレオスだったのに、攻撃を開始したのはエターナルスパイラルの方が早かったのだから。

 

 デルタリンゲージ・システムで戦闘力を底上げしたヒカルは、ドラグーンの動きをレミリアに予測させ、そこへカノンが照準を付けて一気に砲撃を行い、攻撃速度を逆転する形でドラグーンを全て叩き落としたのだ。

 

「クソッ!!」

 

 全てのドラグーンを失ったレオス。

 

 しかし、まだ勝負を諦める心算は無い。

 

 ブラッディレジェンドは右手にビームサーベル、左手にビームライフルを構えて突撃していく。

 

 対抗するように、ヒカルはドラグーンを引き戻してマウントすると、エターナルスパイラルの両手にビームサーベルを構えて斬り込む。

 

 ブラッディレジェンドのビームライフルがエターナルスパイラルを狙う。

 

 しかし、あれだけの火力を駆使して尚、仕留める事ができなかったのである。

 

 ヒカルはブラッディレジェンドの攻撃を難なく回避すると、一気に距離を詰める。

 

 最後の足掻きとばかりに繰り出された、ブラッディレジェンドのビームサーベル。

 

 しかし、その剣閃がエターナルスパイラルを捉える事はついに無かった。

 

 斬り上げられる光刃。

 

 エターナルスパイラルの剣閃が、ブラッディレジェンドの右腕を肩から切断する。

 

 更に、ヒカルは動きを止めない。

 

 鋭い光が縦横に奔る。

 

 エターナルスパイラルが剣を振るうたび、ブラッディレジェンドの機体が破壊される。

 

 腕、肩、足、推進器、大腿部、頭部。

 

 次々と斬り飛ばされる。

 

 やがて、動きを止めるエターナルスパイラル。

 

 そこには、双剣を構えた状態で滞空している不揃いの翼と、

 

 既に残骸としか称しようがない、ブラッディレジェンドの破片が散乱しているのみだった。

 

 

 

 

 

「さあ、答えてもらうぞ、レオス」

 

 ヒカルはゆっくりと機体を寄せると、そのように切り出した。

 

 エターナルスパイラルの攻撃を受け、大破したブラッディレジェンド。

 

 しかし、コックピット周辺は無傷に近い状態で残している。当然、中にいるレオスも無事なはずだった。

 

「なぜ、お前はあの時、リザを撃ったりしたんだ?」

 

 最後の激突を前にしてぶつけた質問を、ヒカルはもう一度繰り返す。

 

 なぜ、レオスはリザを撃ったのか?

 

 そしてなぜ、殺さなかったのか?

 

《・・・・・・・・・・・・保険って奴だよ》

 

 ややあって、レオスは答えた。

 

《俺が勝てば、俺がアルスター家を再興すれば良い。だが、万が一負けた時、その時はリザが家を再興してくれればそれでいいと思ったのさ。だから、リザをお前等に託すことにした。兄貴が反逆者であっても、その兄貴に撃たれた妹が、スパイだった疑われる事は無いだろうと思ったからな。それに、お前等に預けておけば、何かと安心だと思った、てのもあったな》

「じゃあ、レオス君は、初めからこうなるって・・・・・・」

 

 カノンの質問に対し、レオスはフッと苦笑を返す。

 

《そいつは流石に、俺を見くびりすぎだ。言っとくが、俺が勝って、お前等を倒していた可能性だってあるんだぜ》

 

 レオスとしては、どちらでも良かったのだ。

 

 ようは、自分かリザ、どちらか片方が生き残ればよかったのだ。

 

 まあ、もっとも、

 

 レオスはマイクで聞こえないようにして、笑みを浮かべる。

 

 何となく、こうなると言う予感はしていたのだ。

 

 だから、リザをヒカル達に預けた。彼等なら、PⅡ達の魔の手から、大切な妹を守り通してくれると信じて。

 

《まあ、何にしても俺の負けだ。ケジメはつけるよ》

「・・・・・・・・・・・・レオス?」

 

 訝るように声を上げるヒカル。

 

 そんな中、レオスはヘルメットを取り、引き抜いた拳銃をこめかみに当てた。

 

《じゃあな、ヒカル。リザに伝えてくれ、馬鹿な兄貴で悪かったってよ》

「レオス、よせ!!」

 

 状況を察したヒカルの叫びを聞き、

 

 レオスは微笑を浮かべる。

 

 ヒカルはこの最後の戦場にあっても、相変わらず心地良いまでに熱い奴だった。

 

 ずっと、あいつ等と一緒に居られたら、それはそれで幸せだったかもしれない。

 

「・・・・・・そんな未来も、あって良かったかもな」

 

 自分とリザ、カノン、レミリア、アステル、リィス、アラン

 

 そしてヒカル。

 

 みなと共に、同じ道を歩めたら、さぞ楽しかったに違いない。

 

「けど、それも所詮は、幻に過ぎなかったか」

 

 あり得なかった未来に、思いを馳せるレオス。

 

 つっと一筋、瞳から涙が零れると、レオスは両目を静かに閉じる。

 

 まるで、脳裏の幻想を逃がすまいとするかのように。

 

 次の瞬間レオスは、躊躇う事無くゆっくりと引き金を引いた。

 

 鳴り響く銃声。

 

「レオス!!」

 

 ヒカルが叫ぶも、返る返事は無い。

 

 その事が既に、かつての友が、この世のものではない事を如実に表していた。

 

 沈黙が、ただ残酷な現実として、その場に存在していた。

 

 ヒカルの瞳に、涙が零れる。

 

 後席からはカノンのすすり泣く声も聞こえてきた。

 

 なぜ・・・・・・

 

 なぜ、こうなったのか?

 

 他に、どうする事もできなかったのか?

 

 レオスは確かに、自分達とは道を違えたかもしれない。

 

 だが、

 

 そんな彼の中にも、妹を守りたいと言う強い思いが残されていたのだ。

 

 ならば、彼の進むべき道は、もっと他にもあったはずなのだ。

 

 だが、レオスは自分達と敵対する道を選んだ。

 

 大切な妹を、ヒカル達に託して。

 

 そっと、機体を離すヒカル。

 

「行くぞ。この戦争を終わらせる」

「・・・・・・うん」

《判った》

 

 悲しみを滲ませた声で、カノンとレミリアが頷きを返してくる。

 

 不揃いの翼を広げるエターナルスパイラル。

 

 全ての悲劇には、ピリオドを打たねばならない。

 

 そうでなくては、今まで戦ってきた全てが無駄になってしまう。

 

 レオスが命を賭けてでも守ろうとした物。

 

 それを彼に代わって守り通す為に、ヒカル達は再び戦場への道へ羽ばたいた。

 

 

 

 

 

PHASE-18「虚空に見る夢幻」      終わり

 


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