機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-16「乱れ散る戦場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2機の機体がゆっくりと、並んで飛翔していく。

 

 片方は、白い炎の翼を広げた機体、クロスファイア。

 

 もう片方は、不揃いの翼を広げた機体、エターナルスパイラル。

 

 キラとヒカル。

 

 ともに運命に抗い、戦い続ける親子がパイロットを務める機体である。

 

「なあ、父さん」

《ん、何かな?》

 

 ヒカルの問いかけに、キラは視線をエターナルスパイラルの方へと視線を移す。

 

 それぞれの機体の後席に座るエストとカノン、それにエターナルスパイラルのOSを務めているレミリアはそれぞれ沈黙している。

 

 皆、父と子の会話を黙って聞き入っていた。

 

「父さんは、この戦いが終わったらどうするんだ?」

 

 それは、ずっとヒカルの中で考えていた疑問だった。

 

 キラはターミナルのリーダーである。そしてターミナルは戦争の為に存在する組織である。

 

 当然、戦争が終わればターミナルの役割も終わる事になる。同時にキラ達の存在も不要になるのでは、とヒカルは考えたのだ。

 

 存在意義を無くしたキラは、その後でどうするつもりなのか、気になっていたのだ。

 

 だが、

 

《当然、戦い続けるよ》

 

 息子の疑問に対し、事も無げにキラは答えた。

 

《戦争は、これで終わるかもしれない。だけど、人が人であり続ける限り、戦いは終わらない。必ずまた、戦争を起こそうとする人間が現れるはずだ》

 

 争いは人の欲望が起こす物である以上、戦争が絶える事は無いだろう。言いかえれば、人が人であり続ける限り、戦争は亡くなる事は無い。

 

 故に、戦争を根絶する事は、事実上不可能であるとキラは考えている。全ての人間が欲望を捨て去る事など不可能であるし、もしそうなったら、もはやそれは「人」とは呼べない何かに進化したと言える。

 

《けど、戦争を無くす事はできなくても、未然に防ぐように努める事はできるよ。ターミナルはその為にあるんだ》

 

 ターミナルには、ラクスが生涯掛けて築き上げた情報網が世界中に張り巡らせてある。

 

 その情報網を駆使して情勢を見極め、争いを芽の内に潰す。それこそがターミナルの真の役目であるとキラは認識していた。

 

 戦争はいずれ終わる。これは間違いない。

 

 だが、戦争が終わった、その後に始まる世界こそが、ターミナルにとっての真の戦場であると言えた。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒカルは尚も尽きぬ疑問を、再度ぶつけてみる。

 

「もし、世界がターミナルを必要無いって言い出したら、その時はどうするんだよ?」

 

 これも、ありえない未来とは言い切れない。

 

 今次大戦において、情勢は二転三転し、あまりにも目まぐるしく入れ替わった。

 

 その過程で、排斥された物は多い。

 

 北米統一戦線、北米解放軍、中盤には、世界最大の勢力だった地球連合も崩壊し、一度はオーブですら、テロ支援国家の烙印を押されて転落する運命を甘んじた。

 

 今後、ターミナルが長く存続していけると言う保証は、どこにも無い。それどころか、反ターミナル勢力が実権を握れば、ターミナルはテロ組織認定され、世界の敵として討伐される側になる可能性すら考えられる。

 

 そうなった時、キラ達はどうする心算なのか?

 

《・・・・・・・・・・・・その時は》

 

 息子の質問に対し、キラは静かに答えた。

 

《僕達は黙って消えるだけだよ》

「・・・・・・・・・・・・」

《考えても見なよ。僕達が必要とされない世界が来るなら、これほど素晴らしい事は無いじゃないか。そうなったら、喜んで消えるよ》

 

 その言葉に迷いは無かった。

 

 戦争屋である自分達が必要とされない世界が来たら、本当にキラ達は歴史の彼方へと去る事を望んでいるのだ。

 

 その時、旗艦から全軍出撃のシグナルが発せられた。

 

《けど、今は、自分達に今できる事をやるとしよう》

「ああ、そうだな」

 

 キラの言葉に頷きを返す。

 

 それと同時に、父子の駆る機体は、速度を上げて突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 コズミックイラ97年4月20日

 

 ついに、プラント外縁部ヤキン・トゥレース要塞において、両軍は最後の決戦に臨んだ。

 

 自由ザフト軍からの「要請」と言う形を取り、プラント本国侵攻を完全に正当化する事に成功したオーブ軍は、「プラント及び、世界に騒乱の種を撒き散らし続けるアンブレアス・グルック、並びに彼に従う一派の排斥」と言う大義名分を高らかに掲げ、進軍を開始した。

 

 その間にオーブはヘルガを利用した対プラント政府に対する宣伝放送を盛んに実施し、グルック政権の打倒と、自分達の進撃の正当性を世間に訴えている。まさに、世界中の世論を味方につける形である。

 

 対してプラント軍は「グルック政権こそがプラント唯一の政治政体であり、それ以外は一切存在しない。自由ザフト軍を名乗る反逆者達が、オーブ共和国を僭称するテロリストに如何なる要請を行ったかは知らないが、それは100パーセント無効である」と宣言し、連合軍と全面対決する姿勢を崩さなかった。

 

 参加兵力は、

 

 連合軍、艦艇97隻。機動兵器580機。

 

 対するプラント軍は艦艇150隻、機動兵器1270機。

 

 連合軍はオーブ共和国軍、自由ザフト軍、月面都市自警団が合同し、更に、オーブ本国からの増援を受け、先の第二次月面会戦での損害を回復する形での参戦となっている。

 

 対してプラント軍も、地上の各拠点に展開した兵力を引き上げる形で部隊を再編成していた。

 

 数の上ではプラント軍が圧倒的であり、更には無敵の要塞であるヤキン・トゥレースが背後に控えている事を考えれば、状況は連合軍にとって著しく不利である事は明白だった。

 

 だが、事はそれほど単純ではない。

 

 連合軍の集結を察知したプラント軍は、とにかく集められるだけの戦力を国内からかき集め、要塞守備戦力として組み込んだのだ。

 

 その中には、工場でロールアウトしたばかりで、まだ試運転すらしていない機体があるかと思えば、廃棄処分場の解体レーン上に乗っていた物を引っ張ってきたような機体まである始末である。

 

 加えて、パイロットの技量もまちまちである。ベテランも多数に上るが、士官学校を出たばかりの新人や、引退した老兵にまで操縦桿を握らせ、果ては作業用モビルスーツ程度の操縦経験しか無い者まで前線に出している。

 

 要するに、額面通りの戦力をプラント軍が有しているとは言い難い訳である。

 

 プラント軍は、こうしてかき集めた部隊を要塞前面に展開、大きく3群に分けて配置していた。

 

 まず最前線には、新兵や老兵を中心とした二線級以下の部隊が配備されている。彼等は、端から戦力として期待されている訳ではない。そもそもかき集められてから日が無かったため、殆ど訓練らしい訓練すら行われていない。単に数を合わせて形だけの部隊編成を行った程度である。当然、3群の中で士気も最も低い。ただ、戦闘に関しては、ほんの僅かでも連合軍の戦力を減らす事ができれば上等と考えられていた。

 

 次の第2陣には、保安局の行動隊が控えている。彼等も技量という点では第1陣とさほど差がある訳ではないが、こちらは連合軍の迎撃と言うよりは、第1陣の後背に陣取る事で睨みを利かせ、必要とあれば味方の背後から砲撃を加える事で第1陣を構成する兵士達を脅しつけ、戦線維持を行う事を目的とした監視・督戦部隊である。この部隊の任務は直接的な戦闘を行う事よりもむしろ、味方の脱走を防ぐ事にある。

 

 そして第3陣が主力軍であるザフト軍が布陣している。ここまで至るまでに、消耗を重ねた連合軍を、主力であるザフト軍で迎え撃つ、と言うのがプラント軍の戦略構想である。

 

 更にその背後には、無敵の要塞が腰を据えて待ち構えている事を考えれば、戦力としては充分であるように思える。

 

 まさに数を恃みとした重厚な布陣である。

 

 因みに、ディバイン・セイバーズは前線から離れ、要塞内で待機している。ディバイン・セイバーズはグルックにとって最後の切り札である為、温存策が取られているのだった。

 

「フッ 来たか、愚か者共め」

 

 モニターに映る連合軍の様子を眺め、グルックは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

 しかし、その姿には昔日に見せていた、最大国家の元首としての威厳は見受けられず、完全にやつれきった印象があった。

 

 目は落ちくぼんで大きく隈ができ、頬はげっそりと痩せこけている。着ている議長服も、何日も替えていないかのようによれが目立っていた。

 

 アプリリウスワンを追われ、この要塞へと命からがら逃げてきたグルック。しかも、その惨めな逃亡劇を全世界に配信されると言う醜態を晒した事により、彼の精神的苦痛はピークに達しつつあった。

 

 そのような中での連合軍侵攻である。

 

 あらかじめ予想されていた事である為、驚きはしなかったものの、グルックにとっては忌々しい限りだった。

 

 だが、このような状況に追い込まれて尚、グルックには勝算があった。

 

 とにかく勝てば良い。

 

 勝って敵を撃滅して見せれば、一度は自分を追い出したプラント市民も、再び自分を認めて受け入れてくれるだろう。自分達が理想とする統一された世界の実現の為、協力してくれるだろう。

 

 結局のところグルックは、最後の最後に至るまで、滑稽な程に現実が見えていなかったのだ。

 

 彼は国家元首として、自分が最優先でしなくてはならない事が何か、判らないままだった。

 

 国家元首の最大の役割は、自国民の安全保障と生活水準の安定である。

 

 しかし、グルックはそれをしなかった。ただ、己の空虚な理想ばかりを追い求め、国民の生活を顧みようとしなかった。

 

 彼の口から出る言葉がいかに軽く、中身を伴っていなかったかがよく判る。

 

 そして、最大の不幸は、他ならぬ今日の事態を招いた原因が自分の失策である事に、グルックが未だに気付いていない事だった。

 

 こうなったのは、全てテロリストが市民を先導したせいであり、自分は何一つ悪くないのだと、グルックは心の底から思っていた。

 

 あるいは、

 

 このような幼稚な考えしかできない人物を最高議長に選んでしまった事こそが、プラント市民にとっての最大の失敗であり、不幸であったのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 進撃を開始した連合軍は、一斉に砲門を開く。

 

 数こそプラント軍に劣っているものの、今次大戦において幾度も激戦を潜り抜けて来た連合軍は、精鋭揃いである。

 

 対して、プラント軍の前線部隊は、大半が戦闘未経験者で占められていた。

 

 その差は、すぐに現れる。

 

 連合軍の戦力展開は、機敏に行われる。

 

 セレスティフリーダムやアストレイRが陣形を組んで砲撃を行い、戦闘機形態のイザヨイが高速で駆け抜けて攪乱する。

 

 自由ザフト軍に所属するガルムドーガやハウンドドーガも、慣れた動きで、主力を務めるオーブ軍の側面掩護に当たっていた。

 

 それに対するプラント軍側の対応は、あまりにもお粗末だった。

 

 彼等は連合軍の動きに完全に戸惑い、陣形を改編するのにも戸惑っている。最も基本的な火力の集中すらできていない有様だった。

 

 そこへ、プラント軍の前線部隊に比べれべ、いっそ芸術的と称しても良いくらい華麗な部隊機動を見せ、オーブ軍の部隊が次々と肉薄してくる。

 

 集中される砲火。

 

 たちまち、プラント軍第1陣の陣列が突き崩された。

 

 たかだか素人に産毛が生えた程度の力しかない者達が、にわか仕込み程度の技術でベテランに挑もうとすること自体が自殺行為以前に滑稽であると言えた。

 

 壊乱し、陣形を乱すプラント軍。

 

 ある者はたちまち逃走を開始し、またある者はせめて味方と合流しようと機体を反転させたところで背後から砲撃を浴びる。

 

 踏みとどまって戦おうとする者は、ほんの一握りに満たなかった。

 

 そのように、めいめいバラバラな行動を起こした事で、あっという間に陣形はバラバラとなり、部隊としての体は崩壊する。

 

 このまま一気に、連合軍が戦線突破に成功するかと思われた。

 

 しかし、そこへ容赦ない砲撃が加えられる。

 

 たちまち、直撃を受けた機体が爆発し、それを見た兵士に動揺が走った。

 

 動揺が恐怖に変わるのに、それほど時間はかからなかった。

 

 砲撃が行われたのは、プラント軍の背後からである。

 

 今にも逃げようとしていた部隊の機体が、背中から砲撃を浴びて吹き飛ばされる。

 

 惨状は、たちまち戦場全体へと広がる。

 

 督戦部隊として彼等の背後に控えていた第2陣、保安局の行動隊が攻撃を開始したのだ。

 

 保安局が砲門を向けているのは、全て敵ではなく味方。プラント軍の前線部隊である。

 

 いわば「どやしつけて前へと向かせる」と言ったところであろう。

 

 元々、プラント軍第1陣は装備、技量共に最も低い部隊である。総じて士気も最低であり、僅かでも不利になると、雪崩を打って脱走者が続出する事は目に見えていた。

 

 故に、保安局の役割は、恐怖によって彼等を戦場に縛り付けて戦わせる事にあるのだった。

 

 こうしたやり方は、洋の東西を問わず、どこでも歴史の中で見られる光景である。

 

 特に負けの込み始めた軍隊では、兵士達の指揮が下がって脱走が目立つようになる。そうした事情を防ぐために督戦部隊の存在がある訳である。

 

 もっとも、だからと言って悲惨さが薄れる事は聊かも無いのだが。

 

《前へ進み続けろ。諸君等の役割は、ただ本国を侵さんとする悪辣な侵略者どもに誠吾の戦いを挑む事だけである》

 

 保安局から発せられた言葉と、物理的な砲撃が容赦なく浴びせられる。

 

 その為、プラント軍の前線部隊は、否応なく正面を向かざるを得なかった。

 

 だが、前方からは連合軍の砲火がいよいよ厳しくなり始めている。

 

 前と後ろ、死のサンドイッチに挟まれ、プラント軍第1陣は恐慌状態へと陥りつつあった。

 

 

 

 

 

「何だよ、これは・・・・・・・・・・・・」

 

 敵の攻撃を回避しながら、ヒカルは目の前に広がる光景を見て絶句していた。

 

 プラント軍がプラント軍を攻撃している。

 

 それも、背中から撃つ形で。

 

 これまで幾度も悲惨な戦場を目にしてきたヒカルだが、正直なところ、ここまでむごい光景にお目に掛かった事は無かった気がする。

 

 今もまた、ヒカル達が見ている目の前で、保安局の攻撃を受けた機体が爆発四散するのが見えた。

 

 そんな保安局の督戦が効いたのか、崩れかけていたプラント軍の戦線が、いびつな形ながら盛り返し始めた。

 

 だが、そこに秩序は無い。

 

 向かってくる機体の大半は、味方の連携すら考えず単独で斬り込んでくる者がほとんどである。どこか捨て鉢になっている印象がある。

 

 前には連合軍、後ろには保安局に挟まれ、進退窮まったプラント軍兵士が、破れかぶれになっている様子だ。

 

「クッ カノン!!」

「判った!!」

 

 ヒカルと阿吽の呼吸を見せるカノン。

 

 エターナルスパイラルは左翼から4基のドラグーンを射出。更に機体本体の武装と合わせて24連装フルバーストを展開する。

 

 一斉に放たれる砲撃は、接近を図ろうとしていたプラント軍機の武装を次々と吹き飛ばしていく。

 

 更にヒカルはドラグーンを回収すると、エターナルスパイラルのレールガン砲身に増設された鞘から高周波振動ブレードを抜刀、横なぎの一閃でガルムドーガの首を斬り飛ばし、更に鋭く斬り落として別の機体の方を斬り裂いた。

 

 エターナルスパイラルの不揃いの翼が羽ばたくたび、確実に数を減らすプラント軍。

 

 陣形は大いに乱れ、その修正すらできないでいる。

 

 進退窮まったなら、無理に撃墜する必要は無い。戦闘力を奪ってやれば、戦場に留まる事ができずに後退するしかなくなるだろうとヒカルは考えたのだ。

 

 だが次の瞬間、信じられない事が起こった。

 

 ヒカルが武装や手足、メインカメラを吹き飛ばして戦闘不能にしたプラント軍機。

 

 もはや戦闘力を完全に喪失したその機体に対し、保安局は容赦なく砲撃を加えたのだ。

 

《そんな、何で!?》

 

 目の前で爆炎に包まれる機体を見ていたレミリアが、悲痛な叫びを上げる。

 

 ヒカル達が見ている前で、また1機の機体が保安局の砲撃を浴びて吹き飛ぶのが見えた。

 

 同様の光景は、戦場のあちこちで見られていた。

 

 保安局は大破を免れ、戦闘力を喪失した機体へも、容赦ない攻撃を浴びせて撃破していく。

 

 誤射ではない。完全に保安局は、戦闘力を失った見方を意図的に撃墜して回っているのだ。

 

 保安局からしてみれば、戦闘力を失い、士気も低下した兵士など邪魔でしかないと判断した結果なのだろうが、祖国を守る為に危険な最前線に立った味方に対して、あまりにもむごい仕打ちだった。

 

 ヒカル達からは見えないが、中には薄笑いを浮かべながら砲撃を行っている保安局員までいる。

 

 彼等からしてみれば、ゲームセンターの射的ゲーム感覚なのだろう。トリガーを引く指を躊躇う様子は一切見られない。

 

 その醜悪な様子に、

 

 ヒカルは自身のSEEDを弾けさせる。

 

「やめろォ!!」

 

 ヒカルは機体をフル加速させてプラント軍の前線部隊をすり抜けると、一気に後続する保安局の部隊へと迫った。

 

 尚も味方に対する砲撃を行う保安局行動隊。

 

 ゲーム感覚に熱中するあまり、高速で迫りくる不揃いの翼に気付いた様子は無い。

 

 エターナルスパイラルの両手に装備した高周波振動ブレードを構え直すヒカル。

 

 そこでようやく、保安局の側でも迫るエターナルスパイラルの存在に気付き、慌てて目標を変更しようとしてくる。

 

 しかし、

 

「遅いんだよ!!」

 

 彼等がもたついている間に接近を果たしたヒカルは、2本の高周波振動ブレードを容赦なく振るう。

 

 鋭い剣閃に斬り裂かれる機体。

 

 たちまち、保安局行動隊の隊列に乱れが生じる。

 

 二振りの刃が銀の軌跡を描いて旋回する度、保安局の機体は確実に数を減らしていく。

 

 元々、対モビルスーツ戦の技量的においてはプラント三軍の中で最も低いのが保安局である。それは、この最終決戦の場においても変わっていなかった。

 

 保安局行動隊は、突然の事態に対応する事ができないでいる。

 

 そこに「魔王」の異名で呼ばれる世界最強クラスのエースが飛び込んできたのだ。

 

 たちまち、保安局に動揺が走る。

 

 どうにか陣形を立て直そうとする者がいるかと思えば、背中を向けて逃げていく者もいる。

 

 しかし、反撃に放たれた砲撃がエターナルスパイラルを捉える事はない。

 

 閃光は立て続けに空を切る。

 

 ひどい物になると、目標を外して味方である保安局の機体を直撃する物まである。

 

 対モビルスーツ戦闘のノウハウが皆無だから、このような事態になるのだ。

 

 保安局行動隊の多くは「自陣に飛び込んだ敵機に対しては飛び道具よりも接近戦で対処する」と言う、最も基本的な対モビルスーツ戦闘マニュアルすら把握していなかった。

 

 所詮は、自分達よりも力の弱い、一般市民ばかりを相手にしてきた弊害だろう。保安局にできる事はせいぜいスパイ狩りか、さもなくば証拠をでっち上げて冤罪をねつ造する事くらいだった。

 

 同じような光景は、そこかしこで起こっていた。

 

 エターナルスパイラルの活躍に触発されたように、オーブ軍や自由ザフト軍の各エース達も、高速でプラント軍第1陣をすり抜け、保安局行動隊が構成する第2陣へと肉薄していた。

 

 味方を背中から撃って督戦すると言う任務を負っていた保安局は、まさか連合軍が前線部隊を無視して自分達に襲い掛かって来るとは夢にも思っていなかったのだろう。たちまち、恐慌状態が伝染していくのが判る。

 

 慌てて逃げようとする者が続出し、戦線の崩壊は一気に広がって行く。

 

 しかし、連合軍の兵士達が、保安局に対し容赦を加える事は一切無い。

 

 次々と被弾して撃墜されていく保安局機。

 

 それに伴い、前線部隊へと放たれる砲火も密度が薄くなる。

 

 同時にそれは、プラント軍の前線が崩壊する事を意味していた。

 

 今まで保安局に鼓舞される事で、言いかえれば脅しつけられる事でどうにか前線に踏みとどまっていた第1陣の兵士達が、自分達の首を繋いでいた鎖を引き千切ったように、次々と逃亡を開始したのである。

 

 彼等は元々、戦闘職ではない。それを無理やりモビルスーツに乗せられて最前線に立たせていたのだ。おまけに逃げようとすれば背後から味方に撃たれる始末である。もはや士気はどん底を通り越して地の底まで墜ちているレベルだ。不利になると同時に、このような事態に流れるのは自明の理だった。

 

 前線部隊が抜けてぽっかりと空いた戦線の穴へと、連合軍は次々と流れ込んで来た。

 

《今だ、一気に突き崩せ!!》

 

 連合軍の先頭に立ち、自身も戦い続けるムウが、向かって来ようとする保安局の機体を撃ち抜きながら叫んだ。

 

 既にかなりの数の連合軍が、保安局部隊を射程内に収め、攻撃を開始している。

 

 放たれる砲火は、次々と保安局の機体を撃ち抜き、撃破する。

 

 それに対して、保安局の抵抗は無力に等しかった。

 

 彼等は碌な陣形すら保つ事ができず、壊乱していく。

 

 第1陣に続いて、第2陣が総崩れになるのも、もはや時間の問題だった。

 

 

 

 

 

「おのれ、これはいったいどういう事だ!!」

 

 モニターに映る情報を睨みつけながら、グルックは髪を振り乱して叫ぶ。

 

 状況を俯瞰的に表している戦況図はでは、プラント軍の苦戦状況がはっきりと映し出されていた。

 

 既に第1陣は総崩れとなっている。数は半分近くまで撃ち減らされ、残る半分も、踏みとどまって戦っている者は、ほんの一握り。残りは早くも逃走に移ろうとしている。

 

 だが、それは良い。元々グルックは第1陣には大して期待している訳ではなかったので。彼らにできる事は、せいぜい連合軍にかすり傷程度の損害を負わせる事くらい。始めから捨て石の予定で前線に配備したのだ。まあ、欲を言えば、もう少し食い下がってもらいたかったのだが、この程度が連中の限界だろうと思うしかなかった。

 

 だが、問題なのは保安局行動隊によって構成された第2陣の方だった。

 

 こちらは、さすがにまだ、戦線に踏みとどまって応戦している様子だが、それも第1陣に比べると程度の差でしかない。

 

 取りあえず、数の多さを頼みにして未だ戦線維持には成功し得散る様子だが、それもいつまで保つか分からない。現にグルックが見ている目の前で、保安局の部隊の反応は急速に数を減らしつつあった。

 

「不甲斐ないにもほどがあるッ 連中は一体、何を手抜きしているのか!!」

 

 保安局はディバイン・セイバーズ同様、グルックの肝いりで創設された部隊であり、今まで予算や装備などの面で、比較的優遇してきた方であると考えている。それ故、もっと奮戦してくれる事を期待していたのである。

 

 しかし、現実はまたも彼を裏切り、保安局行動隊は壊滅への坂をまっしぐらに転がりつつあった。

 

「まあ、なるようになったって感じだよね」

 

 PⅡの冷めた口調で放たれた言葉は、しかし離れた場所で喚き散らしているグルックには聞こえなかった。

 

 PⅡの分析では、保安局行動隊が連合軍の攻勢を支えられる時間は、せいぜい数時間程度だろうと考えていた。

 

 元々、対モビルスーツ戦闘は素人並みの連中である。歴戦の兵士を多数取り揃えた連合軍を押し戻せるものではない。

 

 保安局の役割はあくまで、二線級部隊である第1陣の督戦であり、直接的な戦闘力は期待できない。だが、連合軍も馬鹿ではない。戦闘が始まれば、いずれはプラント軍の作戦に気付くいて、相応の手を打って来るであろう事は読めていた。

 

 もっとも、予想以上に保安局の壊滅が早かった事には、PⅡも驚いているが。

 

 そして保安局の圧力がなくなれば、第1陣も壊乱する事は目に見えていた。

 

「さて、面白くなって来たね」

 

 PⅡは、醜悪に喚き散らすグルックを横目に見やりながら、背後に立つ者達へと語りかける。

 

 クライブ達、保安局特別作戦部隊は、第2陣に加わらずに要塞内で待機を命じられていた。

 

 命じたのはPⅡである。

 

「ねえねえ、あたし等の出番はまだな訳?」

 

 フィリアは椅子に座って足をプラプラと動かしながら、退屈そうに尋ねてくる。

 

 闘争本能の塊のような彼女にとって、他の者が戦闘を行う映像を見ながら待機しているのは苦痛でしかないのだろう。

 

 見渡せば、他の3人についても、程度の差こそあれフィリアと同じ心境であるらしい。

 

 確かに。

 

 戦闘がすでに始まっている以上、「PⅡにとっての手駒」である彼等を、無駄に要塞に留めておく理由は無い。

 

 彼はグルックと違い、いざという時、手札の出し惜しみはしない主義である。

 

「判った、そろそろ良いと思う。君達の実力を存分に振るい、連中を撃滅してくれ」

 

 PⅡの言葉を受け、一同はそれぞれ頷きを返しながら部屋を出て行く。

 

 と、そこでPⅡは思い出したように口を開いた。

 

「期待しているよ、レオス・アルスター。家の再興は、君の働きに掛かってるんだから。せいぜ頑張ってね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 PⅡの言葉に、レオスは一瞬立ち止まる。

 

 しかし、結局何も言う事無く、そのまま部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 保安局の機体をティルフィングで斬り捨てると、ヒカルは一息入れるようにヘルメットのバイザーを押し上げた。

 

 汗の粒がコックピット内に拡散する中、視線は油断なく周囲へと向けられている。

 

「戦況はどんな感じだ、レミリア?」

《味方は優勢だね。敵は完全に浮足立っているよ》

 

 自身の意識をOSに接続したレミリアが、戦況解析に当たっている。

 

 既にプラント軍は、第1陣に続いて第2陣も崩壊を始めており、連合軍有利のまま進もうとしている。

 

 このまま一気に押し切れれば良いのだが。

 

「ちょっと、難しいんじゃないか?」

《だね。アレがある限りはさ》

 

 カノンの言葉に、レミリアも頷きを返す。

 

 2人の視線の先には、巨大な岩の塊に見えるヤキン・トゥレース要塞が控えていた。

 

 敵の兵力を殲滅したとしても、あの要塞が健在である限り連合軍は勝利したとは言えないだろう。

 

「まあ、そこら辺はミナカミ中将とかが考えてくれているだろうからさ。俺達は目の前の事に集中しようぜ」

「だね」

《判った》

 

 カノンとレミリアの返事を聞き、再び戦闘に戻るべくヒカルはヘルメットのバイザーを降ろした。

 

 まさに、その時だった。

 

《高速で接近する反応1、これは!!》

 

 警告を発するレミリア。

 

 同時にエターナルスパイラルのカメラは、自身に接近してくる毒々しいまでに深紅の機体を捉える。

 

「あれは!?」

 

 叫ぶヒカル。

 

 機体各所から突き出した特徴ある突起が目立つ機体は、見間違えるはずも無かった。

 

「レオスッ!!」

 

 言いながら、ビームサーベルを抜き放ち突撃に備えるヒカル。

 

 対抗するように、ブラッディレジェンドを駆るレオスもまた、ドラグーンを射出して砲撃準備を整えた。

 

《これで最後だ、ヒカル!!》

 

 複数の閃光が虚空を奔り、振り翳した剣閃が闇を斬り裂く。

 

 今、互いの意志が最後の戦場で交錯した。

 

 

 

 

 

PHASE-16「乱れ散る戦場」      終わり

 


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