機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-15「前夜の軌跡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津波のように押し寄せる群衆。

 

 それらは皆、プラント首都アプリリウスワンの住民達である。

 

 彼等は皆、一様に目を血走らせながら、本来なら自分達が称えるべき、最高評議会議長の住まう邸宅へと押しかけようとしていた。

 

 この光景を見たら、コーディネイターの祖たるジョージ・グレンはいかに思う事だろう。

 

 そこには人類の英知を体現した、文明人としての姿は一切見受けられない。ただ欲望の赴くままに破壊を撒き散らす、獣としての姿があるだけであった。

 

 アンブレアス・グルックが長年にわたって行ってきた軍事偏重路線により、プラントの民事経済は壊滅的な打撃を受け、巷には失業者や浮浪者が溢れかえっていた。

 

 更に長く続く戦争と各戦線における苦戦や敗北によって、家族を失った者も少なくない。

 

 グルック政権は、それらに対する対策や保障を一切行ってこなかった。

 

 ただ、自分達が理想とする「地球圏の統一」のみを眼中に置き、空虚な理想ばかり口先で躍らせて来た。

 

 今回の暴動は、それらの要素が一気に爆発した形である。

 

 自分の理想ばかりを追いかけ、基本的な政策を疎かにするような為政者を、誰が認めるだろうか?

 

 まさに今回の事は「起こるべくして起こった」と言えるだろう。

 

 暴動に参加しているのは民衆ばかりではない。

 

 ザフト軍の一部も民衆の側に回り、暴動に加担している。

 

 グルックは軍に対しては比較的優遇策を取り、これまで様々な特権を与えてきた。つまり、グルックが政権についている限り、軍人ならば生活に困る事は無いはずなのである。

 

 しかし、そんな軍人でさえ、一部とはいえ反グルック派に回った事は、すなわちグルック政権の末期的状況を如実に表していると言えた。

 

 反乱ザフト軍の一部はモビルスーツまで持ち出して暴動に加わっている。

 

 そんな彼等の視線は、今や最も忌むべき存在と化した、彼等の議長の邸宅へと向けられていた。

 

 と、その時だった。

 

 彼等が見ている前で、議長官邸の屋上から1機のVTOL機が離陸していくのが見えた。

 

 飛び立つと同時に、官邸の庭辺りにでも待機していたのか、3機のリバティがやってきて、そのVTOL機の前方と左右に占位して護衛に着く。

 

 議長特別親衛隊ディバイン・セイバーズの機体であるリバティがわざわざ護衛についている事から考えても、その貧弱な武装しか持たないVTOLに誰が乗っているかは明白な事だった。

 

「議長が逃げたぞォ!!」

 

 誰かが発した叫びが、更なる暴動を生んだ。

 

 最高評議会議長が逃げた。

 

 かつてプラントの歴史において、これ程までに無責任な事態があっただろうか?

 

 アンブレアス・グルックは自分の持つ責任も、国民も、この状況に対する説明も全て投げ捨てて、自らの身の安全の身を図って逃亡したのだ。

 

 暴徒たちの罵声を背に受けながら、VTOL機は命からがらと言った体で飛び去って行く。

 

 その様は、一つの政権の黄昏を思わせるには充分な事であった。

 

 

 

 

 

 飛び去ったVTOL機はアプリリウスワンを脱出すると、港外にて待機していたナスカ級戦艦に乗り継ぎ、やがて、どうにかヤキン・トゥレース要塞へと入港する事が出来た。

 

 タラップを降りると、グルックは基地司令の挨拶もそこそこに聞き流し、秘書官を伴って足早に執務室へと向かう。

 

 その顔には終始、渋面が張り付けられていた。

 

 屈辱だった。

 

 今日の今日まで彼は、プラントの全国民が自分を慕い、忠誠を捧げてくれている物と信じ切っていた。自分の掲げる理想である「地球圏の統一」を実現する為に、全てを投げ打って協力してくれるだろうと思い込んでいた。

 

 だが、現実はごらんのとおりである。

 

 暴動が起き、彼は自分の首都を追われた。

 

 そして、それを行ったのは、他ならぬ彼の国民なのである。

 

「いったい、どうなっているのだ!?」

 

 容赦なく苛立ちをぶつけるグルック。

 

 彼からしてみたら「信じていた」国民に「裏切られた」のだから、その怒りは当然であると言える。

 

 自分はプラント国民の、ひいては、この地球圏に済む人々全ての為に働いてきた。にも拘らず、このように惨めな逃亡劇に追いやられるとは夢にも思っていなかったのだ。

 

 正に、彼からしたら青天の霹靂と言って良い事態だった。

 

「議長、既に閣僚の幾人かとは、連絡が取れなくなっておりますが・・・・・・」

「捨て置け!!」

 

 躊躇いがちに報告した秘書官に対し、グルックは怒声でもって返す。

 

 ここにいない議員がどうなったかなど、想像するのは難くない。大方今ごろ、暴走した住民達に駆り出されて悲惨な目に合っているのは明白な事だ。

 

 逃げ遅れた間抜けなどに構っている暇は無い。そんな事より、グルックには早々に対応しなくてはならない事態が山のようにあるのだ。

 

「要塞内に第1級の警戒態勢を敷け。近付く艦船、並びに機体には全て臨検を掛けろ。応じない場合は無警告での撃沈、撃墜も許可する。あと、すぐに広域通信を用いた発表の準備を整えろ。まさか、全国民が私の敵に回った訳ではあるまい。私が、このヤキン・トゥレースで健在である事と、こちらの正当性を国民にアピールするのだ」

「はッ ただちに」

 

 撃てば響く勢いで返事を返す秘書官。

 

 グルックの命令は絶対である。まして、今の彼は気が立っている。僅かでも動きが遅延しようものなら、どんな目に合うか判った物ではなかった。

 

 だが、出て行こうとする秘書官を、グルックは思い出したように呼び止めた。

 

「いや、ちょっと待て。もう一つある」

「は、な、何でしょうか?」

 

 恐懼して戻ってきた秘書官に対し、グルックは耳打ちするようにして告げた。

 

「保安局の捜査隊と連携し、要塞内の洗い出しを行え。この要塞内部にも、愚かな考えに浮かされて国民に加担しようと言う輩が出るとも知れないからな」

 

 グルックの言葉に、秘書官は一瞬ハッとして顔を上げるが、すぐに意図を了解して頭を下げると、足早に退出していった。

 

 出て行く秘書官を見送ると、グルックはシートに身を預けた。

 

「・・・・・・やれやれ、とんだ事になってしまったな。だが、まだ充分に巻き返しは可能だ」

 

 ようやく一息を吐くと、冷静な思考が戻ってくるようだった。

 

 どのみち国民の暴動など、一時的な物だ。

 

 大衆とはひどく愚かで、それでいて御しやすい物である。為政者が右を向けと言えば右を向き、左を向けと言えば左を向く。靴を舐めろと言えば、喜んでそれに従うだろう。

 

 今は一時の熱に浮かされているようだが、構う事は無い。好きなだけ暴れさせておけばいいのだ。いずれ、グルックが自身の正当性を主張すれば、雪崩を打つように、こちらへ靡く事は目に見えていた。

 

 今は一時、辛抱する時だった。

 

 だが、

 

 程無くして、秘書官が泡を食って駆け戻ってきた。

 

「ぎ、ぎ、議長ッ 大変です!!」

「何事か!?」

 

 ひどく慌てた秘書官の様子に尋常でない物を感じたグルックも、思わずシートから立ち上がる。

 

 秘書官は、そんなグルックを気に掛ける余裕も無く、急いで卓上のリモコンに飛びつくと、壁に備えた大型パネル式のテレビを点灯した。

 

 映し出された映像に見入るグルック。

 

 そこでは、緊急特番のニュースが組まれていた。

 

《・・・・・・はい、はい・・・・・・こちらは、ただ今入ってきた情報です。それによりますと、プラント最高評議会議長、アンブレアス・グルック氏は、押し寄せる群衆から逃れる為、先頃完成した要塞、ヤキン・トゥレースへと逃亡したとの事です・・・・・・あ、今、実際の映像が入りました》

 

 そこでスクリーンが切り替わり、撮影された映像の放送が流される。

 

 そこには、荒い映像の中、何かが空を飛んでいる光景が映し出されている。

 

 やがて、その機体を取り囲むように、複数のモビルスーツが現れて護衛に着く様子が見えた。

 

「こ、これは・・・・・・・・・・・・」

 

 絶句するグルック。

 

 それは間違いなく、押し寄せる群衆から逃れる為、無様な逃亡劇を演じる自分の姿だった。

 

 そこには国家元首としての威厳も、最高議長としての誇りも感じる事はできない。誰がどう見ても、「舞台で転んで失笑を買った道化」である。

 

 その映像を見ながら、キャスターは更に言葉を続けた。

 

 かつては最前線で戦争取材を行った事もあると言う、その女性キャスターは、手厳しい口調でグルックに対する責任追及を行う。

 

《このように、アンブレアス・グルックは、本来なら彼が守るべき国民も、最高議長としての責務も投げ捨て逃亡しました。このような無責任な議長に、果たして今後、国民が付いていく可能性があるのでしょうか?》

「おのれッ!!」

 

 煽るようなキャスターの文句に、グルックの怒声が飛ぶ。

 

 会見によって自身の正当性をアピールし、持って巻き返しを図ろうとしていたグルックは、完全に機先を制された形となった。

 

 これではグルックは、完全に「群衆に押されて逃げ惑う愚か者」というレッテルを張られたに等しい。

 

 早急に、何らかの手を打つ必要があった。

 

「議長、この放送は全世界に配信されています。いかがいたしましょう?」

 

 秘書官のその言葉に、グルックは猛然とした眼光を投げ掛けた。

 

 次いで、怒声が飛び出る。

 

「『いかがいたしましょう』とは何事だ!? それを考えるのがお前達の仕事だろうが!!」

「ひィッ!?」

「判ったら、さっさとやれ!!」

 

 「殺されたくなかったらな」。と言う最後の言葉をグルックはあえて言わなかったが、秘書官には充分通じたようである。

 

 慌てて駆け出していく秘書官を、グルックは冷ややかな目で睨み付けていた。

 

 すると、入れ替わるようにして、今度は閣僚の1人が駆け込んで来た。

 

「議長、大変です!!」

「今度は何事だ!?」

 

 もううんざりだ、と言わんばかりに顔をしかめるグルック。

 

 今日の事態を招いたのが自分自身の失策にある事を、全く自覚していないグルックにとって、今のこの状況は、単なる「揉め事」レベルの騒ぎに等しい物だった。

 

 だが、閣僚が継げた事実は、グルックを驚愕させるのに十分な物だった。

 

「オクトーベル市において、議長の背任決議案がスピード可決したとの事です。既にオクトーベル市から、他の市への呼びかけも始まっているとか」

「何だと!?」

 

 驚きの声を上げるグルック。

 

 背任決議。

 

 すなわち、グルックをプラント最高評議会議長の座から引きずりおろそうと言う意見が提出され、それが承認したと言う事だ。それも、騒動が起きてから、まだ2日も立っていない。正に神速の如き決定だった。

 

 オクトーベルはプラントの12ある市の1つであり、主に人文科学を司っている。

 

 そのオクトーベルで、まさかこのような事態になるとは、グルックも予想だにしなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・おのれ」

 

 地獄から這い出してくるような声で、怨嗟の言葉を発するグルック。

 

 このまま捨て置く事はできない。これを放置すれば、それこそ取り返しのつかない事になる。下手をすれば、他の市もこぞって反グルックに回る可能性があった。

 

「ただちに軍を派遣してオクトーベル市を制圧しろ。場合によっては交戦も許可する」

「し、しかし、議長ッ」

 

 グルックの言葉に、流石に閣僚も驚きを隠せなかった。

 

 グルックが今言った言葉は、事実上、自国の国民に対して砲門を向け、発砲する事を意味していた。そんな事をしたら、決定的に国民を敵に回しかねない。

 

 だが、グルックは己の意志を曲げる気は無い。

 

 断固たる意志を持って、立ち尽くす閣僚を睨み付けた。

 

「急げッ!!」

 

 禍根は芽の内に断たねばならない。やがてそれが育ち、大樹となれば刈り取る事も敵わないのだから。

 

「腐った果実は、箱ごと捨てねばならん。悪い汁が他に伝染する前にな」

 

 ひとり呟くグルック。

 

 だが、その瞳からは、既に正気が失われつつある事に、まだ誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラントにて大規模な暴動発生。

 

 それに伴うアンブレアス・グルックの逃亡劇は、メディアを通じて全世界へと配信された。

 

 今や世界第一の国家となったプラントにおける、まさかの大騒動に、世界中は唖然として見守る事しかできなかった。

 

 そして、

 

 そのニュースは当然ながら、オロファトにあるオーブ共和国暫定政府にも届けられていた。

 

「・・・・・・・・・・・・さて」

 

 上座に座ったカガリは、やや躊躇うようにして口を開いた。

 

 あまりにも予期し得なかった状況により、彼女自身、事態を持て余しているのは事実である。

 

 居並ぶ閣僚達の顔を見ても、一様に似たような表情をしているのが判る。皆、状況の推移に今一つ、着いていけていないのだ。

 

「我々にとっては、思いもかけない好カードが舞い込んで来た訳だが、この事態、どうしたものかな?」

 

 状況としては、確かにオーブにとっては追い風となっている。

 

 敵は正に、自分で墓穴を掘ってくれたのだ。本来なら、そこに付け込まない手は無いだろう。

 

 既に月に駐留しているオーブ軍を主力とした連合軍艦隊は、プラントに向けて発進準備を整えている。カガリからの出撃命令が下れば、すぐにでも進発する予定だった。

 

 しかし、今のプラントは未曾有の混乱の渦中にある。

 

 そのようなプラントに乗り込んで行っては、最悪の場合オーブは「他国の混乱に付け込んだ侵略者」と言うそしりを受けかねない。

 

 さりとて、時間を掛けて騒動の鎮静化を待っていたのでは、グルック派が体勢を立て直す可能性もある。折角の好機をフイにする事態は避けたかった。

 

「あの、よろしいでしょうか?」

 

 挙手して発言したのはアランだった。

 

 今やカガリのブレーンの1人と言っても良い若き政治家は、ヘルガ・キャンベルによる宣伝放送を任されている。いわば、情報面における前線指揮官と言う訳だ。

 

 そのような関係から、アランもまた、この場での出席を許されていた。

 

 同様の理由から、アランの傍らにはリィスの姿もある。

 

 今回の連合軍の陣列には加わっていないリィスだが、それはヘルガの護衛責任者と言う任務がある一方で、万が一、地上に残留したプラント軍の別働隊がオーブ本国を突いてきた場合、それに対応するための最後の切り札となる為であった。

 

「大義名分、と言う事でしたら、『自由ザフト軍からオーブに対して要請を行った』と言う形にしては如何でしょうか? 自由ザフト軍は、反グルック派のいわば急先鋒であり、現在、プラント本国が混乱の渦中にある事を考えると、唯一、まともな意思決定機関だと思います」

「確かにな」

 

 アランの言葉に、カガリは頷きを返す。

 

 今のプラントに、まともな政治的判断を下せる組織があるとは思えない。

 

 ならば、アランの意見には一考以上の価値があると見るべきだった。

 

 その時だった。

 

「失礼いたします。プラント本国に動きがあったとの情報が入り、急ぎ報告に上がりました!!」

 

 軍司令部に詰めている参謀の1人が、息せき切って駆け込んで来た。

 

 その様子に、居並ぶ一同は色めきだった。

 

 プラント本国のリアルタイム情報なら、今は喉から手が出る程欲しい所である。

 

「どうした?」

「はい。プラント本国に残留している、自由ザフト軍工作員からの報告です」

 

 カガリに促され、参謀は手にした電文を読み始めた。

 

「これによりますと、プラントのオクトーベル市において、アンブレアス・グルックの背任決議案が承認されたとの事です。それに対抗して、アンブレアス・グルックは、軍による討伐を実行。これを徹底的に殲滅したと・・・・・・」

 

 参謀の報告に、一同の間に戦慄が走ったのは言うまでもない。

 

「何と言う事を・・・・・・・・・・・・」

 

 あまりの事態にカガリも、その先の言葉が続かずに黙り込む。

 

 グルックはよりによって、最悪の手段に訴えて事の解決に臨んだのだ。

 

 因みにこの時、短い電文から察する事はできなかったが、オクトーベル市で行われた殲滅戦はディバイン・セイバーズまで投入され、熾烈を極めた物となった。

 

 市を構成するコロニー数基は、文字通り壊滅状態に陥り、公共施設のみならず、流れ弾は民間居住区にも命中し多数の死者を出している。

 

 砲撃跡のいくつかは明らかに交戦区域から外れており、意図的に砲撃を居住区に打ち込んだとしか思えないような物まで存在していた。

 

 しかも、この事態をヤキン・トゥレースに逃げ込んだアンブレアス・グルックは「卑劣な反逆者に対する正当な報復」と発表し、自らが正当である事を大々的にアピールしたのだ。

 

 プラント軍の砲火がプラント市民に向けて放たれると言う、この前代未聞の大事件は「オクトーベルの惨劇」の名で呼ばれ、今次大戦における最大級の汚点として、後世まで長く語り継がれる事となる。

 

「・・・・・・・・・・・・もはや、是非も無い、か」

 

 静かな口調で、カガリは言った。

 

 アンブレアス・グルックを打倒しない限り、この戦いに終止符は無い。

 

 その事を再確認したカガリは、決断と共に立ち上がった。

 

「アラン、お前は自由ザフト軍司令部に連絡を入れ、先程の策を実行すると同時に、ヘルガの宣伝放送を利用して、その事を大々的に知らしめるんだ」

「はいッ 任せてくださいッ」

 

 勢い込んで頷くと、アランは傍らのリィスを促して退出していく。

 

 その姿を見送ると、カガリは再び居並ぶ閣僚達を見渡した。

 

「皆、これが恐らく、我がオーブ暫定政府にとっての最後の仕事となるだろう。だが、まだ気を抜く事は許されない。前線で戦う将兵が全力を発揮できるよう、我々も全力を持って彼等をサポートしよう」

 

 カガリの力強い言葉に、一同も立ち上がって深く頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦の時は近付いている。

 

 その事は、誰もが流れる空気から感じ取っていた。

 

 皆、その時を迎える為の「儀式」を、そこかしこで行っているのだ。

 

 悔いが残らないように、思いっきり仲間と騒ぐ者。

 

 逆に、一人静かに本を読み、集中を高める者。

 

 恋人との逢瀬を楽しむ者。

 

 必要な仕事を片付けようとしている者。

 

 様々である。

 

 そして、それは彼等とて例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 顔を合わせた瞬間、4人が微妙な顔になったのは言うまでも無い事である。

 

 何しろ、こうして顔を合わせる事自体が3年ぶりである。

 

 既に全員、あの頃と比べて立場が完全に変わっている。その上、1人はこの世の住人ではないと来れば尚更である。

 

「しかしまあ・・・・・・」

 

 苦笑気味に言ったのはクルトだった。

 

「まさか、こうしてお前等とまた、会う事ができるとはな」

《確かに。何だか不思議な感じがするよ》

 

 そう言って、レミリアは同調するように笑った。

 

 ここには2人の他に、イリアとアステルの姿もある。

 

 つまり、元北米統一戦線の幹部の生き残りが一堂に会した形である。

 

「でも本当に、みんな無事で良かった」

「1人、死んでるがな」

《アステル・・・・・・・・・・・・》

 

 イリアの言葉を混ぜっ返すアステルを、レミリアは半眼で睨んだ。

 

 イリアは今、オーブ軍の後方支援部隊に所属し、主にレミリアやラクスのサポートを行っている。

 

 統一戦線時代は前線にも立っていたイリアだが、自身がレミリアを死に追いやったと言う負い目もあるのだろう。後方支援任務を自ら申し出ていた。

 

「それにしても、随分と遠くまで来てしまったよな、俺達」

 

 どこか遠い目をしながら、クルトは言う。

 

「北米人による北米の統一。そんな事を考えていたのが、遠い昔の事みたいだよ」

 

 あのがむしゃらに駆け抜け、戦い続けた日々。

 

 今に比べれば、遥かに苦しい状況であったにもかかわらず、それでも毎日が充実して、楽しいと感じる事が出来た。

 

 北米統一戦線は壊滅し、既に過去の物となっている。

 

 しかしそれでも、北米統一戦線の最も重要な魂の部分は、今でも生き続けている。

 

 形は変わってしまったかもしれないが、各々が今の役割を全うすべく全力を尽くしている。ならば、それで充分じゃないか。

 

 談笑する若者たちを見ていると、クルトは強くそう思うのだった。

 

 

 

 

 

「いや、ほんとによく生きていたよ」

 

 ムウはできるだけ、気さくな調子で息子に声を掛けた。

 

 対してミシェルは、そんな父に振り替える事無く、ジッと床を見つめ続けている。

 

 先の戦いで、プラント軍の刺客から危うい所をヒカル達に助けられたミシェル。

 

 しかし、幸運を掴む事が出来たのは、彼の他にはほんの一握りの兵士達のみだった。

 

 残る旧北米解放軍の兵士達は、プラント軍機の攻撃で殺されるか、生き残った大半も負傷して収容を余儀なくされた。

 

 友を失い、託された使命をも全うしきれなかったミシェル。

 

 後にはただ、尽きぬ後悔だけが残り続けていた。

 

 そんな息子の想いを慮り、ムウはそっと肩を叩く。

 

「気に病むなとは言わんが、あまり落ち込み過ぎるなよ。あんな状況だったんだ。お前は良くやったよ」

「・・・・・・・・・・・・ありがとう、親父」

 

 ミシェルは力無く応じる。

 

 どんな慰めの言葉も、今の彼には苦痛を与える重しでしかない。

 

 何をどう言いつくろったところで、仲間を守れなかったと言う事実は変わらないのだから。

 

 同じような経験があるムウとしても、その事は弁えていた。

 

 だからこそ、道を指し示してやることもできる。

 

「これから、どうするんだ?」

 

 それは確認であり、そして促しである。

 

 父親として、そして人生の先輩として、迷っている息子に道を開いてやるのがムウの仕事だった。

 

 ミシェルは恐らく、自分のするべき事が判っている。ただ、その踏ん切りをつける事ができないでいるだけなのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・それなんだけどな、親父」

 

 やや間を置いてミシェルは、顔を上げながら重い口を開いた。

 

「できれば、このまま連合軍に参加する形で協力したいと思っている。勿論、難しいのは判っている。けど、それが俺の偽らない本音だよ」

 

 北米解放軍としての自分の役目は終わった。仲間は全て死に、北米解放の悲願も潰えた。

 

 今のミシェルには、戦う理由が何一つとして無い。

 

 だがそれでも、北米解放軍として戦った最後の1人として、この戦いの結末を最後まで戦場で見届けたいと思った。

 

「・・・・・・判った」

 

 そんなミシェルの言葉に彼の意思をくみ取り。、ムウは頷きを返す。

 

 難しいかもしれないが、息子がやる気になっている事なのだ。ならば親として、できるだけの便宜を図る事に躊躇いは無かった。

 

 

 

 

 

 タイピングの音を響かせて、画面に文字の羅列を作って行く。

 

 シュウジが報告書を書き上げると同時に、コトリと小気味いい音が響き、テーブルにカップが置かれた。

 

「どうぞ、艦長」

「ああ、すまない」

 

 まるで仕事が終わるタイミングが判っていたように差し出されたカップには、香りの良いコーヒーが注がれている。

 

 一口付けるだけで、書類仕事の疲れを忘れるようだった。

 

 コーヒーを用意したナナミは、微笑みながらシュウジを見ている。

 

 戦艦大和の操舵主兼艦長秘書の立場にあるナナミは、こうしてシュウジの書類仕事を手伝う事も任務の一つだった。

 

 いきおい、彼女の仕事量が多くなることは避けられないが、ナナミは嫌がるどころか、嬉々としてシュウジの仕事を手伝っていた。

 

 その大和は今回、連合軍艦隊旗艦としてプラント侵攻の先頭に立つ事になっている。

 

 ましてか、敵には難攻不落の要塞が控えている。シュウジやナナミの役割が重大になる事は間違いなかった。

 

「頼むぞ。君の力、存分に振るって俺を助けてくれ」

「はい、お任せください」

 

 静かな口調で言うシュウジに対し、ナナミはやや頬を紅潮させて答えるのだった。

 

 

 

 

 

 書類の山に向かいながら、ユウキはヤキン・トゥレース攻略作戦の草案を練っていた。

 

 何しろ、人類史上最大規模の宇宙要塞だ。どこから攻略して良い物か判った物ではない。

 

 しかも今回、アンブレアス・グルック以下、主だったプラント軍のメンバーは、要塞内部に立て籠もっている状態である。

 

 その為、引きずり出して野戦に持ち込む選択肢は難しいと考えられる。

 

 つまり、連合軍は否が応でも要塞攻略戦を行う必要がある訳だ。

 

 断片的に入ってくる情報を総合するだけでも、頭が痛くなってくる規模である。

 

 いっそ、隕石にパルスジェットでも取り付けて直接ぶつけてやれば楽なようにも思えるが、今回はその策も取る事ができない。

 

 何しろ、要塞の後方にはプラント本国が控えているのだ。万が一、激突した際の破片や砕けた要塞の一部がプラント群の方に流れでもしたら、大参事は免れない。

 

 ここは是が非でも、要塞の「制圧」が必要だった。

 

「最大の問題は、やはり例のジェネシスか」

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役の頃に比べて、恐らく格段に威力を増しているであろうジェネシス・オムニスの存在は、確かに脅威である。

 

 まともに接近すれば、あっという間に全滅は免れない。それはヤキン・ドゥーエ戦役の折、たった2射で地球連合軍の大軍を壊滅状態に追いやった事からも明らかだった。

 

 だが、

 

「発想を転換すれば、いくらでも攻略方法はある」

 

 古来よりの戦術の基本として「城を攻めるを下とし、心を攻めるを上とせよ」とある。強固な要塞を相手に、下手な力攻めを行うのは愚か者のする事。むしろ、要塞にこもる敵兵の心理を攻めるのが上策である、という意味だ。

 

 今回ユウキは、その基本に乗っ取って、ヤキン・トゥレース要塞攻略作戦を展開するつもりだった。

 

 更に手を止める事無く、作戦計画書の作成にまい進していく。

 

 そこでふと、手を止めて傍らの端末のスイッチを入れた。

 

 画像が切り替わり、そこには、手を振りながら笑顔を向けてくる親子の映像が映し出された。

 

《ほら、パパに何か言って》

《パパ、おしごとおわって、はやくかえってきて》

 

 自然と、口元がほころぶ。

 

 つい先日、届いたばかりの家族のビデオレターだった。

 

 足が不自由なライアに、子供の事を全て押し付ける形になってしまっている事は、ユウキにとっても心苦しい限りである。

 

 しかし、当のライアはと言えば、嫌な顔一つせずにユウキを送り出してくれた。

 

 ありがたいと思う。

 

 彼女達の為にも、一刻も早く戦争を終わらせて、オーブへ帰ろうと改めて心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

「お疲れ」

「ん、ありがと」

 

 言葉を交わすと、シンとリリアの夫婦は、掲げたグラスをカチンと鳴らす。

 

 のど越しに、香ばしい液体が流れていく感触を楽しむと、それまで心を支配していた疲れが少しだけ和らぐようだった。

 

 とは言え、ゆっくりしていられる時間は少ない。

 

 リリアはまだ、これから整備の作業の監督業務が残っているし、シンも部隊運用に関する細部の詰めを行わなくてはならない。

 

 そんな2人にとって、今はようやく確保できた夫婦としての時間だった。

 

「まったく、面倒な機体ばっかりあるから、整備も大変よ」

「ご苦労な事だな。まあ、それに関しては俺もお前に負担を掛けている人間の一人なんだけどな」

 

 そう言って、シンは苦笑する。

 

 何しろ、シンのギャラクシーは連合軍でもトップクラスの性能を誇る機体であり、エターナルスパイラルやクロスファイアと並ぶ複雑な構造の機体である。

 

 その他にも特機クラスの機体がゴロゴロしている連合軍は、「整備士殺し」の異名を送りたいくらいである。

 

 しかし、最終決戦を前にして、整備士たちの士気と仕事ぶりには余念がない。彼女達に任せておけば、シン達も存分に実力を発揮できる事だろう。

 

「忙しいと言えば、そっちもでしょ。何しろ、准将閣下だもんね」

「よせよ。なりたくてなった訳じゃない」

 

 リリアの言葉に、シンは嘆息交じりの渋面を作った。

 

 これまでシンが将官への昇進を拒み続けて来たのは、前線指揮官の立場に拘りと愛着を持っていたからに他ならない。

 

 しかし、復興進むオーブ軍は人材不足が深刻化しつつあるため、そのような我儘が通らなくなっていたのだ。

 

「何にしても、頑張ってよね。あの子の為にも」

「判っているよ」

 

 シンは頷くと、微笑を向ける。

 

 「あの子」と言うのは、シンとリリアの息子の事を差している。

 

 今年で16歳になる息子は、今は妹のマユに預けてオーブで暮らしている。

 

 そのマユも、今は結婚して二児の母となっている。

 

 自然、シンの口元に苦笑が漏れた。

 

 かつてユニウス戦役の折、自分と共に戦場を駆けたマユは、結局軍には戻らず独自の道を歩んで行った。

 

 その事がシンには、とてもうれしく思えるのだった。

 

「なあ、リリア」

「ん?」

 

 夫の呼びかけに、リリアはグラスから顔を上げて振り返る。

 

 そんな彼女の視線の中で、シンは柔らかく微笑んでいた。

 

「頑張ろうな」

「うん、勿論」

 

 

 

 

 相棒の部屋から返事が無い事を不審に思ったルナマリアは、断りを入れて扉を開けた。

 

 そこで、絶句する。

 

 レイはベッドの上に倒れ込み、右手は必死に、テーブルの上にある薬瓶に伸ばそうとしていた。

 

「レイ!!」

 

 ルナマリアは慌てて駆け寄ると、急いで薬瓶のふたを取る。

 

 適量の数を数えている暇も無く、錠剤を一掴みすると、レイの口へと押し込んだ。

 

 口に詰め込まれた錠剤を、咀嚼しながら嚥下するレイ。

 

 程無く発作は収まり、呼吸も安定して顔には血の色が戻ってきた。

 

「・・・・・・すまないな、ルナマリア」

 

 ようやく口が利けるまでに回復したレイは、そう言って笑いかけてくる。

 

 とは言え、その動きはぎこちなく、まだ完全には回復していないことをうかがわせた。

 

「発作の感覚、短くなってきているわね。それに、薬の効きも悪くなってきている」

 

 ルナマリアは苦々しい口調で言った。

 

 元々、クローニングの際の後遺症でテロメアに問題を抱えているレイは、20歳まで生きられない筈だった。それを亡きラクスの便宜で最先端の薬を優先して供給してもらう事で、ここまで命を長らえて来たのだ。

 

 しかし、それも限界が近いようだ。

 

「キラに言うわ。レイを今回の出撃から外すように・・・・・・」

「よせッ」

 

 ルナマリアの言葉を、レイは珍しく強い語調で遮った。

 

「その必要はない」

「でも、レイ。このままじゃ、あなたが・・・・・・」

 

 尚も心配してくるルナマリアに、レイは静かに首を振る。

 

「俺がいずれこうなる事は分かっていた事だ。それはキラ達も納得している事。その上で、俺は戦う道を選んだ」

 

 全ては、若いころに夢見た、争いの無い平和な時代の実現を夢見ての事。

 

 その礎となって死ねるのなら、むしろレイにとっては本望であると言えた。

 

「分かった」

 

 相棒を叛意させるのは難しいと感じたルナマリアも、決意を持って頷きを返す。

 

「その代わり、レイの事は、絶対に私が守るから」

「ルナマリア・・・・・・」

「先に死ぬなって、絶対に許さないわよ。あんたは生きて、生きて、最後まで生きて平和になった世界を見るの。いいわね」

「・・・・・・・・・・・・ああ、分かった」

 

 ルナマリアの言葉に対し、レイもまた力強く頷きを返した。

 

 

 

 

 

 例えるなら、子猫のような印象がある。

 

 いくつになっても、こういう所は変わらないのは嬉しいところであろう。

 

 下着の上からYシャツを羽織っただけというラフな格好をしたエストは、キラのひざの上に座り、甘えるのようにして抱きついている。

 

 顔には満面の笑顔を浮かべ、ご満悦の様子だ。

 

 普段の冷静沈着な姿はどこにも見えない。このような甘えん坊の姿をエストが見せるのは、キラと2人っきりの時だけだった。

 

 他の者や子供達には、決して見せられない光景であるのは確かだった。

 

 ここ数日、エストの機嫌が良い。

 

 そして、その理由は、察するまでも無かった。

 

 10年前に死んだと思っていたルーチェを取り戻し、ようやく家族5人全員が揃ったのだ。嬉しくないはずが無かった。

 

「気持ちは分かるけど、ちょっと気を緩めすぎじゃない?」

「良いんです。今くらいは」

 

 キラの指摘にも耳を貸さず、エストはキラの胸元に頬ずりをしてくる。こうしていると、本当にネコみたいだった。

 

 苦笑しつつ、キラは妻の頭を優しく撫でてやる。

 

 それだけでエストは、気持ち良さそうに目を細めた。

 

 そんなエストを抱きしめながら、キラは厳しい目を作る。

 

 間もなく始まる決戦。

 

 この戦いに勝たなければ、再びアンブレアス・グルックによる侵略がはじまる。

 

 否、彼ではない。本当に警戒すべきは。

 

 グルックの背後にいる何者かの存在こそが、この戦争の核であると、キラは見抜いていた。

 

 まずはアンブレアス・グルックを打倒する。そして、彼の背後にいる者を白日に引きずり出す。

 

 それが出来て、初めてこの戦争に勝利したと言えるだろう。

 

 その為にも、

 

 キラは、妻を抱く手に力を込める。

 

「キラ?」

 

 怪訝な顔つきになるエストには答えず、キラはただ優しく微笑みかけた。

 

 大切な妻や、愛しい子供達を守るために戦い続けようと、改めて心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦橋に一人たたずみ、ラクスは虚空を眺めていた。

 

 足元に転がるピンク色のハロが静かに瞳を明滅させる中、ホログラム映像の彼女は、その顔に憂いの表情を張り付かせていた。

 

 一度は死に、そして再びこの世に舞い戻ったラクス。

 

 だが、自らの存在に忸怩たる物を感じずにはいられなかった。

 

 自分は既に死んでいる。

 

 そして、今回の大戦は、ラクスの死が引き金になっていた事を考えれば、後悔は鎖となって彼女の心をきつく縛るのだった。

 

 せめてあと5年、自分に寿命があれば。

 

 かつて感じた思いが、再び繰り返される。

 

 自分がもう少し長く生きていれば、失われるはずだった何万と言う人間を救う事もできたかもしれない。

 

 あるいは、自身が死んだ後も、変わらずに安定路線を保てるような環境を構築できていれば・・・・・・・・・・・・

 

 今日の事態を招いた責任の一端が、ラクスにある事は間違いなかった。

 

《だからこそ、負ける事許されません》

 

 静かに、

 

 しかし、力強い言葉でラクスは呟く。

 

 そんなラクスの背中を、艦橋にやって来たメイリンが見つめていたが、やがて声を掛ける事無く引き返していく。

 

 ラクスの静かな背中から発せられる決意に、声を掛ける事が躊躇われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 迫る決戦の予兆を感じ取っていたのは、連合軍の将兵ばかりではなかった。

 

 ヤキン・トゥレース要塞内部は、殺気立った印象の下、常に緊張を強いられる日々を送っていた。

 

 無理もない。

 

 先日、国民の「理不尽な仕打ち」によって首都を追われ、命からがら、この要塞に逃げ込んできたアンブレアス・グルックは、ここでもスパイ狩りと称して、保安局に取り締まりをさせている。

 

 既に要塞守備に当たっていた兵士たちの多くが、「思想に疑いあり」として、逮捕、拘束されている。中には既に、尋問と称した拷問まで行われているという話すら聞こえて来た。

 

 逮捕される兵士は、ほぼ全員がザフト軍の兵士である。

 

 捜査に当たる保安局は当然ながら逮捕の対象にはならないし、ディバイン・セイバーズは最も議長への信頼と忠誠に厚い物達であるから、捜査を行う必要もない。

 

 その為、逮捕の対象は自然とザフト軍兵士に集中すると言う訳だ。

 

 中には、ただ現状に不満を述べただけで逮捕の対象になった兵士までいる。

 

 今もまた、保安局に拘束されたザフト兵が、要塞深部の監獄エリアへと連行されていく。これから厳しい取り調べに晒される事になるのだろう。

 

 彼等が無罪か有罪かは、保安局にとって関係無い。ただ、グルックに対して「自分達は仕事をしている」事をアピールできれば、それでいいのだ。事の善悪など、二の次さんの次の話だった。

 

 これらのような状況がある為、要塞内部は常に殺伐とした雰囲気に包まれているのだった。

 

「これから、どうなるのかな、あたし達?」

 

 連行されていく兵士を見詰めながら、カレンは溜息交じりに言った。

 

 首都を追われたアンブレアス・グルックを護衛して、この要塞にやってきた彼女達だったが、現在の状況にはやはり不安を覚えずにはいられなかった。

 

 今まで味方だと思って来たプラントの国民に「裏切られ」、こうして追い詰められている様は、正に末期的状況を示しているかのようだった。

 

「クソッ 何で俺等がこんな目に合わなくちゃいけないんだよッ 俺達はディバイン・セイバーズだぞ。もっと国民の奴等は俺達を敬うべきだろうがよ」

「全てはテロリストに先導された結果だろうさ。忌々しい事だがな」

 

 悪態を突くフェルドに、イレスは冷静な口調で返す。

 

 自分達は常に正義の為に戦い、世界を統一すると言う議長の意思を実現する為に剣を取ってきた。

 

 にもかかわらず国民が自分達を蔑にするには、全て国内に潜伏しているテロリストたちに唆されたからである。

 

 それが、彼等の下した見解だった。

 

 国民が自分達の政策に不満を抱き、それが暴発したのが今回の結果であると言う認識は、彼等には微塵も無かった。

 

「考えるまでも無い事でしょ」

 

 一同の話を聞いていたクーヤは、静かな、それでいて断固たる口調で行った。

 

「私達のやるべき事は決まっている。すなわち、アンブレアス・グルックの意思に従い、世界統一の為に戦い続ける。その為に、攻め寄せて来るテロリストたちを1人残らずせん滅するだけ。何も難しい事は無い」

 

 真っ直ぐに、揺らぎの無い目で言い切る。

 

 そのクーヤの言葉は、一同の蒙を開いていくかのように、心へと染みわたる。

 

 確かに、彼女の言う通りだ。

 

 自分達は今まで、議長の理想を叶えるために、彼の背中に着いて来た。そして、今までは何も間違ってなどいなかったのだ。

 

 ならば、これからも彼に着いていって間違いなどある筈がない。

 

 クーヤの言葉を受けて、居並ぶ一同の決意は固まるのだった。

 

 

 

 

 

 ヒカルはガラス越しに、眠り続ける妹に視線を送り続けていた。

 

 ルーチェは今も、生命時装置に繋がれて静かな寝息を立てている。

 

 ルーチェの外見は、ヒカルの記憶にある10年前とは、当然ながら変わっている。

 

 10年分の成長をしているのは当然の事だが、それ以上に驚いたのは髪である。

 

 ヒカルの記憶にあるルーチェの髪は、キラ譲りの明るい茶色をしていた筈。しかし、眠り続ける今のルーチェは、明らかに金色の輝きを放っている。

 

 医師の分析では、どうやら教団によって施された薬物治療により、体質が変化した結果だろうとの事だった。

 

 しかし如何に姿が変わろうとも、彼女がヒカルの半身、双子の妹である事に変わりは無かった。

 

 彼女を救う算段は今もって不明のまま、である。

 

 たくさんのケーブルやチューブを体に張り付けた妹の姿には、ヒカルは悔しさがこみ上げるのを押さえられなかった。

 

 折角助けたのに、ルーチェをあそこから出してやることができない事が情けなかった。

 

 と、

 

「ここに居たんだ、ヒカル」

 

 声を掛けられて振り返ると、カノンが同じようにルーチェに目をやりながら歩いて来るのが見えた。

 

 カノンはヒカルの横に立つと、並んでルーチェの寝顔を見やる。

 

「ルゥちゃん、まだ起こす事できないんだ」

「ああ」

 

 カノンの言葉に、ヒカルは頷きを返す。

 

 カノンもまた、子供の頃にルーチェと共に遊んだ記憶がある。もっとも、その頃はルーチェの方がカノンやヒカルを引っ張りまわす事が多かったが。

 

 そのような事情がある為、カノンもまたルーチェが目覚めるのを待ちわびている1人だった。

 

「大丈夫だよ」

 

 そんなカノンが、ヒカル安心させる用のそっと腕に手を当ててくる。

 

「ルゥちゃん、きっと良くなるから。だから、わたし達も頑張ろう」

「ああ、そうだな」

 

 カノンの温かい手の感触は、冷えていたヒカルの心も温めてくれるかのようだった。

 

 と、そこでふと、ヒカルは何かを思い出したようにカノンを見た。

 

「そう言えば、お前、何か俺に用事でもあったのか?」

 

 カノンは部屋に入って来た時、ヒカルを探しているような口調だったのを思い出したのだ。

 

 その言葉に、カノンも自分がここに来た事情を思い出し、少し俯き加減に口を開いた。

 

「うん・・・・・・実はさ、レミリアの事、なんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 カノンはレミリアが、自分達の関係を前にして、身を引こうとしている事を話した。

 

 カノンは、ヒカルの事が好きだ。

 

 だが、それとこれとは、話が別だと思っている。

 

 自分達の事を理由に、レミリアに離れて行ってほしくも無かった。

 

「判った」

 

 カノンの話を聞き終えたヒカルは、安心させるようにカノンの頭をそっと撫でる。

 

「俺に任せておけ。大丈夫、絶対にあいつを放したりしないよ」

「うん」

 

 頷きを返すカノン。

 

 それに対し、ヒカルはそっと笑いかける。

 

「勿論、お前の事もな」

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなヒカルに対し、カノンはそっと頭を胸に預ける。

 

 対して、ヒカルもまた、少女の頭を優しく抱き寄せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その数日後、

 

 オーブ本国のからの大命が下り、オーブ共和国軍、自由ザフト軍、月面都市自警団から成る連合軍艦隊はプラント本国に向けて発進して行く。

 

 今、

 

 正に、

 

 最後の戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-15「前夜の軌跡」      終わり

 


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