機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-14「急転落下」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二次月面会戦の顛末について、コペルニクスに潜入していた情報部員から、アンブレアス・グルックの許へと報告が上げられたのは、月での戦いが集結して一日が過ぎた頃であった。

 

 オーブ、月、自由ザフト連合軍と北米解放軍、そしてユニウス教団軍との三つ巴の激戦となった第二次月面会戦。

 

 その勝者となったのは、大方の予想通り連合軍であった。

 

 元より、こうなる事は分かっていた。正に、グルックのもくろみ通りと言ったところである。

 

 長年の仇敵であった北米解放軍は壊滅。組織的抵抗力を完全に喪失し、更には指導者であるブリストー・シェムハザも要塞と共に自爆して果てたと言う。

 

 プラントとしては、願ったりな状況であると言えよう。

 

 一方で、ユニウス教団軍も壊滅的な損害を受け、聖女と教主アーガスは共にMIAという報告を受けている。

 

 彼らを失ったのは、多少痛かったかもしれない。

 

 退勢になりつつあるプラント軍にとって、ユニウス教団軍の戦力は貴重な物であった。まして、状況的にはは、いつ連合軍が攻め込んできてもおかしくは無い。本来なら彼等も、要塞内に配置して備えておきたいところであった。

 

 だが、教団は役割を充分に果たしてくれたと言える。

 

 ユニウス教団が時間を稼いでくれたおかげで、プラント軍は当初のもくろみ通り、地上の戦力を引き上げる事が出来たのだ。既に全軍の集結を完了し、再編が完了した全部隊をヤキン・トゥレースに配備する事が出来たのだ。

 

 これで、連合軍がいつ攻めてきても、万全の態勢で迎え撃つ事が出来る。

 

 それに、

 

「手間が省けたと思えば何ほどの事も無い」

 

 そう呟いて、グルックは笑みを浮かべた。

 

 元々、グルックは心の底から教団を信用していた訳ではない。

 

 何しろユニウス教団は地球圏最大の宗教組織であり、信者の数も膨大であるしかも、独自の軍隊まで保有しているのだ。今は同盟関係にあるから良いが、もし何かのきっかけで彼らとの間に戦端が開かれたとしたら厄介どころの騒ぎではなかった事だろう。

 

 どもみちグルックは、オーブを打倒した後はユニウス教団の排除まで視野に入れていた。彼が作る統一された世界において、ユニウス教団は邪魔な存在でしかなかった。

 

 それをオーブ軍が、わざわざ犠牲と消耗を払って打倒してくれたと思えば、むしろ収支は黒字であると考えるべきだった。

 

 そして何より、これで必要とされる舞台は全て整った事になる。

 

 人々は、プラントが退勢になり、今にも負けると思っている物が多いだろう。

 

 今に連合軍が攻め込んできて、プラントを降伏に追い込むと。

 

 フッと、グルックは口元に笑みを浮かべる。

 

 とんでもない話だ。

 

 確かに、調子に乗った連合軍の連中が、狂乱して攻め込んでこようとしているのは事実だ。

 

 だが、程なく彼等は、自分達がいかに浅ましくも愚かな行為をしでかしているか、魂の底から思い知る事になるだろう。

 

 その為の準備を、グルックはすでに整えていた。

 

「議長、失礼します。準備が整いました」

 

 扉が開き、入ってきた秘書官が告げたのは、その時だった。

 

「分かった、すぐ行く」

 

 重々しく頷き、グルックは立ち上がる。

 

 いよいよだ。

 

 いよいよ、私達の、

 

 否

 

 私の世界を作る為の戦いが始まる。

 

「行くんだね」

 

 不意に声を掛けられたのは、その時だった。

 

 振り返れば、よく見慣れたピエロ顔の男が、口元に笑みを浮かべてグルックを見詰めていた。

 

 それに対して、グルックもまた笑みを返す。

 

「お前にも、随分と世話になったな」

「良いよ良いよ、君と僕の仲でしょうが」

 

 実際、PⅡはグルックの政権強化の為に多大な尽力を惜しまなかったのは事実である。

 

 PⅡがいなければ、グルックの権力がこれ程強大になる事は無かっただろう。

 

「そんじゃ、行ってきなよ。君の世界を手に入れるためにさ」

「ああ、判っている。その時は、相応の礼をお前にもする事を約束しよう」

「まあ、楽しみに待ってるよ」

 

 そう言うと、背を向けるグルックに、PⅡはヒラヒラと手を振って見送る。

 

「さて、と・・・・・・」

 

 グルックを見送ったPⅡは、口元に微笑を浮かべた。

 

「それじゃあ、僕もお仕事をいたしましょうか。面倒くさいけど」

 

 

 

 

 

 

 円筒形のガラスケースに収められた少女が、様々な機器やケーブルに繋がれ、口元には酸素吸入器を取りつけられた状態で横たわっている。

 

 その目は静かに閉じられ、体の各所に巻かれたガーゼや包帯が、痛々しい様相を見せていた。

 

 見守る一同の視線を受け眠る少女。

 

 それは、先日までユニウス教団において、聖女の地位にあった少女である。

 

 だが、今や偽りの仮面ははがされ、白日のもとに真実が明かされていた。

 

 眠り姫の如く目を閉じている少女の名は、ルーチェ・ヒビキ。

 

 10年前のテロ事件で死亡したと思われていた、キラとエストの娘であり、そしてヒカルの双子の妹である。

 

「・・・・・・・・・・・・確かに、面影があります」

 

 ガラス越しに娘の様子を見ていたエストが、ポツリとつぶやいた。

 

 小さな手が、慈しむように少女の顔に重ねられる。

 

 叶うなら、今すぐに抱き締めてあげたい。それが、母親としての偽らざる本音である。

 

 しかし、それはできなかった。

 

 ルーチェは今、軍医から絶対安静を言い渡され、生命維持装置に繋がれることで辛うじて命を長らえている状態だった。

 

 先の戦いでヒカルから受けた傷と言うのも無論あるが、どうやら教団に連れ去られてからの数年間、ルーチェは過度の肉体改造を受けていたらしい。

 

 幸い、限界を超える程の物ではなかったようだが、それでも肉体への負荷は相当な物であった。

 

 どうやら教団は、何か特殊な方法でルーチェの体調管理を行っていた様子だが、その内容が如何なる物か判らない以上、生命維持装置から出す事はできなかった。

 

 よって今のルーチェは、こうして麻酔を受けて眠り続ける事しかできないでいた。

 

「何だって良いさ・・・・・・・・・・・・」

「ヒカル?」

 

 息子の小さな呟きに、キラは振り返る。

 

 今にも消え入りそうなほどの低い声で囁きながらも、ヒカルの視線は、ようやく取り戻した半身へと注がれている。

 

「ルーチェは・・・・・・ルゥは俺達の元に帰ってきてくれたんだ。これから、いくらでも時間は取り戻せるだろ」

「・・・・・・・・・・・そうだね」

 

 キラもまた、ヒカルの言葉に笑みを返す。

 

 キラ、エスト、ヒカル、ルーチェ、そして、今この場にいないリィスを含めて、バラバラだった家族がようやく揃ったのだ。

 

 失った物は確かに大きいかもしれないが、それは必ず取り戻せるはずだった。

 

 その時、

 

「あ、ここにいた。おじさんとおばさんも!!」

《良かった、一緒にいてくれて》

 

 息を切らしたカノンと、宙に浮いた感じのレミリアが室内へと駆けこんで来た。

 

 そのカノンの腕の中には、青色で少し大型のハロが抱かれている。

 

 生前のラクスによって「ネイビーちゃん」と名付けられていたこのハロは、今はレミリアの移動用端末として機能していた。

 

 ラクスは娘が生活しやすいように、自分の大切なロボットペットを譲ってあげたのである。

 

 それはさておき、慌てた感じの2人の様子に、ヒカルは首をかしげる。

 

「どうした、2人とも、そんなに慌てて?」

「トイレなら、方向が逆ですが?」

 

 取りあえず、頓珍漢な事を口走るエストは無視して、ヒカルは2人に向き直った。

 

 流石に2人の様子を見ればただ事ではない事が判る。

 

「何だか、近くで救難信号をキャッチしたらしいの」

《しかも、戦闘によるものと思われる閃光も観測されたそうです》

 

 救難信号、とは穏やかではない。しかも、それが戦闘によるものだとすれば尚更である。

 

 既に月近海の掃討は終わっており、敵対する勢力で組織的な抵抗力を残している者はいない筈。いたとしてもほんの少数規模であり、連合軍に正面からぶつかって来れるような物ではない筈だった。

 

 だが、

 

 ヒカルは、自分の中で何か引っかかる物があるような気がしてならなかった。

 

 元より、相手が救難信号を発しているなら助ける事は、人類がまだ宇宙に進出せず、地球上での生活をしていた頃から伝わる、絶対不変のルールである。

 

「行こう、父さん、母さん。たぶん、俺達にも関係ある事だと思う」

「そうだね」

 

 キラは頷くと、エストの肩を叩いて部屋を出て行く。

 

 最後に一度だけ、

 

 ヒカルは足を止めて振り返り、

 

 眠り続ける妹に微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃はしたものの、既に軍としての体裁を完全に失っている自分達には、碌な抵抗すらできなかった。

 

 アルテミスを進発し、オーブ軍に対して降伏を行うべく月へと向かっていた北米解放軍。

 

 その解放軍残存部隊を、予期せぬ強大な敵が襲っていた。

 

 4本の腕を持つ、巨大な機体と、多数のドラグーンを操る深紅の機体。

 

 保安局特別作戦部隊のゴルゴダとブラッディレジェンドだ。

 

「まさか、月を目の前にしてこんな奴等に出くわすとはな!!」

 

 言いながらミシェルはビームライフルを放ち、どうにかブラッディレジェンドを牽制しようとする。

 

 月はすぐ目の前。もう少しで連合軍と合流できると言うところで、北米解放軍は、プラント軍が送り込んで来た刺客と出くわしてしまったのだ。

 

《キャハハハ なっさけなーい!!》

《これが、かつての北米解放軍のなれの果てとはな。哀れにも程があるよ》

 

 リーブス兄妹は実に楽しそうに笑いながらゴルゴダの砲門を開き、次々と解放軍の部隊に砲撃を浴びせていく。

 

 勿論、北米解放軍も反撃を行う。

 

 艦艇は四つ腕の巨人に砲撃を浴びせ、出撃した機動兵器も砲火を集中させる。

 

 兵士の中には、重傷を押して機体を操っている者までいる。

 

 だが、彼等の献身は、次の瞬間には全て無意味な物と化した。

 

 放たれた砲撃は全て、ゴルゴダの持つ陽電子リフレクターに防ぎ止められ霧散してしまった。

 

 逆に、巨体の各所から放たれた砲撃は、ただでさえ少ない解放軍の機体を更に吹き飛ばし、艦艇を炎の中へと沈めていく。

 

 更に、配下にある保安局の機体が、弱った解放軍機に次々と襲い掛かって行くのが見える。

 

 弱卒で有名な保安局だが、相手が手負いとあっては与し易いと判断したのだろう。まるで死体に群がるハイエナのように、次々と先を争って解放軍機へと喰らい付いて行った。

 

「くそッ これ以上は!!」

 

 舌打ちしながら、ソードブレイカーを駆って救援に赴こうとするミシェル。

 

 今の解放軍の中で、まともな戦闘力を残しているのはミシェルくらいの物である。

 

 しかし、そんなミシェルの前に、ブラッディレジェンドが立ちはだかった。

 

《悪いけどな隊長。ここは行かせないぜ!!》

「クッ レオス、お前がなぜ!?」

 

 かつての仲間が、プラント軍に所属して自分達を攻撃して来ている。

 

 その状況はミシェルの中に否応ない混乱を呼び起こしていた。

 

「なぜ、お前がプラント軍にいる!?」

《それは、アンタが知らなくても良い事だよ!!》

 

 言い放つと同時に、全てのドラグーンを射出するレオス。

 

 それに対抗するように、ミシェルもまたドラグーンを撃ち放った。

 

 しかし、ドラグーンの数は圧倒的にレオスの方が多い。加えてミシェルのドラグーンは1基に付き砲1門であるのに対して、レオスのそれは20基中6基が、12門の砲を備えた大型の物である。

 

 端から火力が違い過ぎた。

 

 それでもどうにかミシェルは、必死にドラグーンを操って反撃し、レオスのドラグーン4基を撃破する事に成功した。

 

「貰った!!」

 

 僅かにドラグーンの制御が乱れた隙を突き、一気に斬り掛かって行くミシェル。

 

 だが、

 

「甘いぜ」

 

 低い声と共に、冷静にドラグーンの制御を取り戻すレオス。

 

 次の瞬間、ソードブレイカー目がけて複数の火線が集中された。

 

 舌打ちしながら、とっさに回避行動を取ろうとするミシェル。

 

 しかし、かわしきれずソードブレイカーの右腕が吹き飛ばされる。

 

 そこへ更に、ブラッディレジェンドが放ったビームライフルが、今度はソードブレイカーの左足を直撃してそぎ落とす。

 

 どうにか、生き残っていたドラグーンを呼び戻して反撃しようとするミシェル。

 

 しかし、やはり火力の差がじわじわと出始めていた。ミシェルが1発撃つ間にレオスは10発撃ち返してくる有様である。いかにミシェルがドラグーンの扱いに長けていると言っても、火力の差を補い得るものではなかった。

 

 ブラッディレジェンドのドラグーンを10基以上撃墜する事には成功したものの、やがてミシェルのドラグーンは沈黙し、ソードブレイカーも推進器を損傷して身動きが取れなくなってしまった。

 

「クソッ!!」

 

 それでも、どうにか反撃を試みようとするミシェル。

 

 しかし、完全に大破した機体では、それすらもままならなかった。

 

《終わりだよ》

 

 冷徹に言い放つレオス。

 

 ブラッディレジェンドのビームライフルが、ソードブレイカーのコックピットに押し付けられた。

 

 次の瞬間、

 

 放たれた無数のビームが、浮遊状態にあったブラッディレジェンドのドラグーンを、一気に吹き飛ばした。

 

《クソッ もう来やがったか!?》

 

 急変する状況に、舌打ちしつつソードブレイカーから距離を置くレオス。

 

 しかし、その前に不揃いの翼は斬り込んで来た。

 

「レオス!!」

 

 ドラグーンの牽制射撃を行いながら、一気に距離を詰めるヒカル。

 

 救難信号を受け取ったヒカル達は、直ちにアークエンジェルで出航し、間一髪のところで全滅寸前の北米解放軍を救出する事に成功したのである。

 

 迫るエターナルスパイラル。

 

 間合いに入ると同時に抜き放ったビームサーベルの一閃が、ブラッディレジェンドのビームライフルを斬り飛ばした。

 

《チッ 相変わらずいいタイミングでお出ましだな、ヒカル!!》

 

 とっさに残ったドラグーンで反撃を試みるレオス。

 

 しかし、ヒカルは光学幻像による攪乱を行い、全ての攻撃を回避すると、再び距離を詰めてくる。

 

 間合いに入った瞬間、振るわれる刃の一閃。

 

 対してレオスは、エターナルスパイラルの攻撃をとっさにビームシールドを展開して防御する。

 

 目を転じれば、ゴルゴダの方にはクロスファイアが襲い掛かっていた。

 

 遠距離と近距離を切り換えながら戦うクロスファイアには、さしものリーブス兄妹も苦戦を免れないらしい。

 

 更に、他の機体には、アステルのギルティジャスティスが襲い掛かっているのが見える。

 

 潮時だな。

 

 レオスは口に出さずに呟く。

 

 どのみち、レオス以外の解放軍部隊は、ほぼ壊滅させている。ここでの目的は充分に達せられたと言えるだろう。

 

《撤退するぞ!!》

 

 信号弾を撃ち上げつつ、自身も撤退を開始するレオス。

 

「待て、レオス!!」

《焦るなよ、ヒカル。お前とのお遊びは、また今度やってやる》

 

 言いながら、追撃の砲火を回避してブラッディレジェンドを後退させるレオス。

 

 それに合わせるように、クロスファイアとの交戦で損傷を負ったゴルゴダも、分離しつつ撤退していくのが見えた。

 

 後にはエターナルスパイラルとクロスファイア。それに、かつては北米解放軍に所属していた残骸の群れが残るのみだった。

 

「ひどい・・・・・・・・・・・・」

 

 後席のカノンが、周囲の惨状を見て呟きを漏らす。

 

 殆どの機体や艦船は徹底的に破壊されている。これでは、生存者を探す事は難しいだろう。

 

 ヒカルは僅かな望みを賭けると、最後にレオスが対峙していた解放軍の隊長機と思しき機体に近付いた。

 

 そっと手を伸ばし機体を接触させると、回線を開く。

 

「こちらはオーブ軍所属機。私は、第13機動遊撃部隊フリューゲル・ヴィント所属、ヒカル・ヒビキ二尉です。生存者の方、いらしたら応答してください」

 

 できるだけ、穏やかに声を掛けるヒカル。

 

 すると、

 

《よう、ヒカル。また会えたな》

「・・・・・・え?」

 

 スピーカーから聞こえてきた声に、ヒカルは記憶の奥底を浚われ思わず声を発する。

 

 やがて、荒い画像ながら映像がつながると、同時にヒカルの中で繋がりを見た。

 

「ミシェル兄?」

《悪いが、世話になるぜ》

 

 そう言って、やや自嘲気味に笑うミシェル。

 

 正にこの瞬間、北米解放軍の戦争は名実ともに終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、北米解放軍の生き残りで、収容できた人間は会戦に参加した1割にも満たなかった。

 

 他は全て、連合軍との戦闘で戦死するか、先のプラント軍の襲撃によって失われてしまったのである。

 

 オーブ軍にとっても、長い間戦い続けてきた相手とはいえ、流石にここまでの消耗を見れば北米解放軍にこれ以上の交戦意志が無いのは明白である。

 

 その為、簡単な取り調べを受けさせた後、残りの構成員全員をアークエンジェルに収容し、負傷兵の治療を行ったのだった。

 

 こうして、北米解放軍に対する一連の処理を終えて、月への帰路へと着いたヒカル達。

 

 急変する事態に直面したのは、正にその時だった。

 

 

 

 

 

 ヒカル達がブリッジに入ると、既に主だったメンバーは顔をそろえていた。

 

 点灯されたモニターの端にはLIVEの文字が入った広域通信の映像が映し出され、皆は視線をそちらに向けている。

 

「何があったんだよ?」

 

 ヒカルは既に来ていたアステルの横に並ぶと、怪訝な顔つきで尋ねる。

 

 いきなり呼び出されれば、誰もが戸惑いを覚える事であろう。

 

 しかし、ここに集まった中に、ヒカルの質問に答える事ができる者は1人もいない。

 

 誰もが、これから起こる事への予想がついていなかったのだ。

 

「プラントが何か発表をするって話だが、実際のところ、何を始める気なのかは判らん」

 

 アステルの言葉に、ヒカルは成程、と呟きを返す。

 

 プラントの発表、と言う事は何かしら、今後の方針についてアクションを見せる事が考えられた。

 

 一瞬、戦争の終結を宣言し、連合軍との手打ちでも発表してくれるのか、と言う事を機体舌が、その考えは口から出る前に頭の中で否定された。

 

 もしそのつもりなら、とっくの昔にやっている筈である。オーブ本国を襲撃したり、教団を使って月戦線に介入したりはしなかっただろう。

 

 どうやら映像の場所は、プラント首都アプリリウスワンにある、巨大な広場のような場所であるらしい。

 

 既に数千人規模の群集が集められ、議長の演説が始まるのを待っていた。

 

 いったい、何を始める心算なのか?

 

 そのように考えていると、スクリーンの中にある発表用の壇上に、よく見慣れた姿の男性が現れた。

 

 現プラント最高評議会議長アンブレアス・グルック。

 

 今現在、間違いなく世界の中心にいる人物であり、ヒカル達が最終的な打倒を目指すべき人物でもある。

 

《親愛なるプラント市民の皆さん》

 

 やがて、いつも通りのあいさつと共に、アンブレアス・グルックの演説は始まった。

 

《本日、みなさんにこうしてお集まりいただいたのは、ある重大な発表を行う為であります。つい先日、私の元に、ある喜ばしい報告が齎されました》

 

 そう言うと、グルックは勿体付けるように言葉を止めて、一気に言い放った。

 

《それによると、我がプラントの長年の宿敵、悪辣非道にして、世界に破壊を撒き散らす害毒、許されざるテロリスト集団である北米解放軍が、その指導者もろとも、この地球圏から抹殺されたとの事でした》

 

 グルックの言葉と共に、会場内にどよめきが奔るのが分かった。

 

 北米解放軍と言えば、地球圏でも最大規模の軍事組織であり、オーブ軍と並んでプラントにとっては長年、目の上の瘤に等しい忌まわしき存在だった。

 

 その北米解放軍壊滅の報告に、誰もが驚きを隠せない様子だった。

 

《皆さんもご存じのとおり、北米解放軍は長年にわたり北米大陸南部への不当な実効支配を続けていましたが、つい数年前の戦いで我が軍との戦いに敗れ、惨めに逃亡した組織であります。しかし彼の悪辣なる組織は性懲りも無く無駄な抵抗を続け、今日に至るまで世界への破壊と混乱を撒き散らし続けました。正に、悪魔の如き忌むべき存在でした。しかし、天罰は必ず降る物です。どんな悪い事をしても、悪は必ず滅びる定めであり、逃げおおせる事は不可能なのです》

 

 腕を大きく広げ、グルックは訴えかけるようにして演説を続ける。

 

 彼は言葉と言う最大の武器を利用して、滅び去った仇敵を徹底的にこき下ろす事に邁進していた。

 

《北米解放軍は滅びました。彼等の掲げた悪の野望と共に、ついに一遍も残す事無く灰燼に帰したのです。これは全て、我がプラント軍の精鋭有志諸君が奮闘した結果であります!!》

 

 その演説を聞いて、居並ぶヒカル達から怒りの気配が湧き上がったのは言うまでも無い事だろう。

 

 北米解放軍との最終決戦において、プラントが一体何をしたと言うのだろう?

 

 実際に戦い、彼等を壊滅に追い込んだのは連合軍である。

 

 彼等がやったのは戦いの最後の段階で、漁夫の利を狙って邪魔しただけ。それとてプラント軍がやった訳ではなく、同盟者のユニウス教団がやった事である。

 

 それを、さも北米解放軍を撃滅したのが自分達であるように語るグルックには、誰もが憤りを隠せなかった。

 

 

 

 

 

《わたくしは長年にわたり軍部の強化を続けて来ましたが、その成果を具体的な形で皆さんに示す事が出来、まさに感無量でございます!!》

 

 壇上で演説を続けるグルックを見ながら、クーヤは晴れがましさで胸がいっぱいになっていた。

 

 グルックの堂々とした姿は、まさに世界を率いるにふさわしい貫禄を備えている。

 

 そんな彼の指導の元、ついに仇敵を滅ぼす事が出来た事への誇らしさは、クーヤの胸にも響いている。

 

 それは、居並ぶディバイン・セイバーズの面々についても同様である。

 

 総隊長のカーギル始め、カレン達もまた、輝いた瞳で壇上のグルックを見やっている。

 

 正に今、自分達の存在が最高を迎えている瞬間と言って良く、何者であろうとも、自分達の行く道を遮る事はできはしない。

 

 自分達こそが世界の正道を歩む者であり、グルックだけが、世界を真に統一し平和をもたらす事ができる救世主なのだ。

 

 クーヤだけでなく、居並ぶディバイン・セイバーズの誰もが、その考えを確信していた。

 

 そして、それを証明する、本日最大のイベントが、間も無く始まろうとしていた。

 

《みなさん。今日お集まりいただいたのは、皆さんにお見せする物があるからです》

 

 そう言うとグルックは、背後の巨大スクリーンを指し示した。

 

 そこに映し出されているのは、先頃、完成を見た要塞、ヤキン・トゥレースである。

 

 地球から見ると、ちょうどプラントの前面に位置し、まるでプラントの門のような印象を受ける。

 

 その要塞の一点に、画像が絞られる。

 

 そこには、まるで岩盤の中にお椀を埋め込んだような奇妙な構造物がある。

 

 しかし、大きさは異様だった。

 

 付近に停泊しているナスカ級戦艦が浮かぶデブリ程度にしか見えない事を考慮すると、少なく見積もっても直系で数100メートルはあると思われた。

 

《ジェネシス・オムニス。かつて我がプラントを最強足らしめた伝説の兵器を、我々は規模を数10倍にして、復活させる事に成功したのです》

 

 まるで、自慢のおもちゃを披露するように、得意絶頂でグルックは続ける。

 

《今日は、その試射を、皆さんにご覧いただきましょう!!》

 

 そう言うとグルックは、待機していたオペレーターに目配せする。

 

 グルックの意志を受け、オペレーター達は直ちに作業を開始した。

 

 要塞と連絡を取りながら、状況の確認と報告。発射シークエンスを進めていく。

 

 やがて、映像の中でジェネシス・オムニスに動きが生じる。

 

 砲門に相当する擂鉢状の反射ミラーが動き、その角度を変えていく。どうやら要塞本体に埋め込まれた形になってはいるが、ある程度の照射角変更には対応しているらしかった。

 

 やがて、動きを止めるジェネシス・オムニス。

 

 その射線の先には、廃棄されたコロニーの残骸が浮かんでいる。今日のデモンストレーションの為に用意された物だった。

 

 やがて、全ての準備を終えた事を確認した秘書官が、恭しく近付くと手にした物をグルックへと差し出した。

 

 銃のトリガーのような形をしたそれは、この日の為にあえて特注させた、遠隔型のジェネシス発射トリガーである。

 

 グルックはそのトリガーを、運動会のスタート合図のように真っ直ぐに頭上へと掲げた。

 

《カウントダウンを開始します。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・・・・発射ァ!!》

 

 押し込まれるトリガー。

 

 次の瞬間、

 

 スクリーンの中のジェネシス・オムニスから、巨大な閃光が迸った。

 

 まるで世界全てを焼き尽くすかと思えるほど強烈な閃光は、一瞬にして虚空を薙ぎ払い、その進路上にあるあらゆる物を食いつぶして突き進む。

 

 そして、

 

 射線が進む先にある廃コロニー。

 

 その老朽化した巨体に光が触れた瞬間、

 

 人類の英知を尽くして建造された巨大コロニーは、一瞬にして構造を保つ事が出来ずに融解。押しつぶされるようにして姿を消していく。

 

 やがて光が完全に晴れた時、

 

 それまでスクリーンに映っていた巨大コロニーの姿は、文字通りどこにも見当たらなかった。

 

 まるでコロニー1個が丸々「神隠し」にでもあったかのように、その姿はきれいに消滅してしまったのだ。

 

 後には、僅かに残った浮遊物の残骸だけが、数刻前までそこにコロニーがあった事を物語っているのみだった。

 

 その様に、誰もが唖然として言葉を発する事が出来ずにいる。

 

 既に老朽化して廃棄された物だったとはいえ、あれだけ巨大なコロニーが一瞬にして目の前で消滅したのだから当然であろう。

 

 まるで、精巧なマジックショーを見せられている気分である。

 

 ややあって、

 

《如何でしょうか、皆さん!!》

 

 興奮冷めやらぬ様子で、グルックは再び口を開いた。

 

《この威力ッ そして、この威容!! まさに世界を統べるに相応しい、神の如き風格と力であると言えましょう!! このジェネシス・オムニスと、要塞ヤキン・トゥレース、そして我が精強無比なるプラント軍の勇士がある限り、いかなる外敵が卑劣な戦いを挑んで来ようとも、我がプラントが敗れる事はありません。皆さんの安全は、これで100パーセント完全に保証され、プラントは統一された世界の実現を目指し、より一層の邁進を行っていくこととなるでしょう!!》

 

 グルックは得意の絶頂と共に、演説を締める。

 

 この瞬間だ。

 

 正に、この瞬間こそが、彼の人生の絶頂期であった事は間違いない。

 

 誰もが彼の行く手を阻む事が出来ず、また、進む先には輝かしい未来と繁栄が約束されていた。

 

 そしてそれは、居並ぶクーヤ達にとっても同様である。

 

 誰もが壇上で演説を行うグルックを、神の如き崇拝した瞳で見つめている。

 

 胸の内から湧き起こる誇らしさで、心が奮い立つ想いである。

 

 グルックに着いていけば大丈夫。全てうまくいく。

 

 議長が自分達を、そして世界を正しい方向へと導いてくれる。

 

 その思いを新たに胸に刻みつける。

 

 正に、彼等が最高に輝いている時が、今だった。

 

 そして次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この、人殺し野郎!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く予期し得なかった一言が、彼らを絶頂の座から引きずり下ろした。

 

 きっかけは、たった1人の勇気ある青年が発した反骨の声。

 

 そのままであるならば、誰も顧みる事のない一言。

 

 後日、声を発した青年が保安局に逮捕され、その存在を抹消されれば全てが終わる。

 

 その筈だった。

 

 今までならば。

 

 しかし、

 

 

 

 

 

「どれだけ俺達を苦しめれば気が済むんだ!!」

 

「お前のせいで、うちの息子は死んだんだぞ!!」

 

「こんなバカげたことに無駄な金を使いやがって!!」

 

「どの面下げて、俺達の前に出てきやがった!?」

 

「恥を知れッ 恥を!!」

 

「私達のお金を返して!!」

 

「どれだけ馬鹿なんだよ!!」

 

「とっととやめちまえッ 馬鹿野郎!!」

 

「パパとママを返して!!」

 

「糞野郎がッ とっととそこから降りやがれ!!」

 

「お前が死ねよ!!」

 

 

 

 

 

 たった一言をきっかけに、怒声は広場へ一気に広がった。

 

 集まった群衆全てが、壇上のグルックめがけて罵声を浴びせる。

 

 その勢いは留まるどころか、秒単位で雪ダルマ式に膨れ上がって行くようだった。

 

 皆、グルックが行った軍事偏重路線の犠牲者たちである。

 

 軍備拡張ばかりに予算をつぎ込まれ、社会維持を顧みなかったグルック。

 

 そのせいで職を失い路頭に迷った者、戦場で家族を失った者、はたまた保安局の杜撰な捜査で親を不当に逮捕された者。

 

 それらの不満が、この最高のタイミングで一気に噴出した形である。

 

《み、皆さん、何を・・・・・・何を、言って・・・・・・・・・・・・》

 

 まるで物理衝撃波を伴うような群衆の怒声は、確実にグルックを怯ませた。

 

 彼は今の今まで、自分は民衆に慕われ、自分の政策は支持されている物だと、心の底から思いこんでいたのだ。

 

 自分が目指す、高度に統一された世界の実現の為に、全てのプラント国民が自分を応援してくれている物だと確信していた。

 

 だが、現実は彼を裏切った。

 

 集まった群衆は、今にも壇上のグルックへと襲いかかってきそうな勢いである。

 

《落ち着いてください!! みなさん、どうか落ち着いて・・・・・・・・・・・・》

 

 グルックはマイク越しに必死になだめようとするが、暴走した群衆には効果が無い。

 

 却って、グルックの声が響くたびに、群衆の熱は増していくような感覚さえあった。

 

 その様には、グルックのみならず、クーヤ達ディバイン・セイバーズの面々や、他の閣僚たちも動揺を隠せないでいた。

 

 誰もが皆、予想だにしなかった事態に動揺を隠せずにいる。

 

 そして、いよいよ群衆の興奮は収まりの付かないレベルになろうとした瞬間、

 

 

 

 

 

パァンッ

 

 

 

 

 

 甲高く乾いた音が、広場に空々しく鳴り響く。

 

 この時の音には、後によって諸説囁かれる事になる。

 

 群衆のパニックを収めるべく、警備に当たっていた保安局員が発砲したとされる説。

 

 逆に、群衆の1人が密かに持ち込んでいた銃を発砲したとされる説。

 

 はたまた、興奮した群衆の1人が、ふざけ半分で爆竹を鳴らしたとされる説。

 

 いずれも目撃者がごく少数で信憑性に欠け、後々まで明確な答えは出ず、多くの議論を呼ぶ事になる。

 

 ただ一つ重要な事があるとすれば、

 

 この一発の音をきっかけとして、群衆は収まるどころか、ますます熱を帯びてパニックへと突き進んでいったという事である。

 

 

 

 

 

「奴等、撃ちやがったぞ!!」

 

「もう構うものかッ あの馬鹿議長をあそこから引きずり降ろせ!!」

 

「奴をぶち殺すんだ!!」

 

 

 

 

 

 群衆はいよいよ、制御不能の状態となり、今にも雪崩を打って壇上へと押しかけてきそうな勢いである。

 

 このままでは、いずれ本当に、グルックの生命をも脅かされる事になりかねない。

 

 その時、

 

 動揺して立ち尽くしているグルックに、背後から歩み寄る影があった。

 

 保安局の制服を着た大柄な人物だが、そのような整った身なりとは明らかに一線を画する、野獣のような印象のある男だ。

 

 クライブ・ラオスは、素早くグルックに駆け寄ると、彼をかばうようにして腕を引っ張る。

 

「議長、これ以上、ここにいては危険です」

 

 相手が一国の指導者である事から、クライブはいつものようなぞんざいな口調ではなく、一定の敬意をもった言葉遣いで話しかける。

 

「今はともかく、この場を離れましょう。民衆が落ち着くのを待って、改めて行動を起こすべきです」

「う、うむ。そ、そうだな。その通りだ」

 

 ガクガクと、壊れた人形のように頷くグルック。

 

 その頃になって、ようやく正気を取り戻したクーヤ達も慌ててグルックの傍らへと駆けより、前後左右を固めるようにして壁を作ると、ガードしながら屋内へと対比して行く。

 

 その惨めな後ろ姿へ、尚も浴びせられる群衆の怒声。

 

 その様を見つめ、

 

 クライブはニヤリと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-14「急転落下」      終わり

 


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