機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-12「宿縁の父子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラント軍としては今現在、喉から手が出る程欲しい物があるとすれば、それは時間である。

 

 怒涛の進撃を行う連合軍は、まもなくプラント本国へ攻め入ってきそうな勢いである。

 

 それに対してプラント軍も、各戦線から兵力を引き上げ、さらにそれらの戦力を再編して、ヤキン・トゥレースへ集結させる事で、連合軍の進軍を阻もうとしている。

 

 しかし、全軍の集結が完了するまでには、まだまだ時間がかかる。

 

 北米解放軍を餌にして連合軍を足止めする事も考えられたが、それで稼げる時間は、せいぜい数日程度と見積もられている。

 

 よって、プラント軍が迎撃態勢を完璧に整えるには、どうにかして時間を稼ぐ必要があった。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、同盟軍であるユニウス教団だった。

 

 アンブレアス・グルックは腹心であるPⅡを通じて、ユニウス教団に対して派兵を要請。

 

 それに答えた教主アーガスと聖女アルマは、ユニウス教団軍の主力部隊を率いて月戦線に到着。

 

 今まさに、連合軍と北米解放軍の決着が付こうとした時、連合軍を側面から襲う形で攻撃を仕掛けたのだ。

 

 ユニウス教団軍が、月戦線への介入を行ってきたのは、そのような経緯があった訳である。

 

 

 

 

 

 進軍を開始したユニウス教団軍の先頭に、聖女の駆るデミウルゴスの姿があった。

 

 プラントの要請を受けて月戦線の介入するに当たり、聖女は自ら全軍を指揮して前線に立つ事を宣言し、それを実行していた。

 

 目的はただ一つ。

 

 親友レミリア・バニッシュを殺した「オーブの魔王」を討ち滅ぼす事。

 

 レミリアはオーブ攻防戦において、魔王の駆る機体と激突し、そして帰らぬ人となった。

 

 許せなかった。

 

 その頃の聖女は、先の愛機であるアフェクションを失い、更にこのデミウルゴスも完成半ばであった為、戦線に加わる事が出来なかった。加えて教団自体もオーブ戦へは不介入の立場を貫いたため、聖女としても如何ともする事が出来なかったのだ。

 

 だが、その結果は最悪の形となって現れた。

 

 レミリア戦死の報告を聞いた時、聖女は表面上は冷静を保ち、淡々と日々の職務にまい進した。

 

 しかし、それも公の場での話。

 

 誰もいない私室で、彼女は亡くした親友を想い、悲嘆にくれる日々を過ごしていた。

 

 親友だったレミリアはもういない。

 

 遥かなる戦場に赴いて果てた。

 

 だが、彼女を殺した存在だけは許しておくわけにはいかない。

 

 必ずや捕まえて、自らが犯した罪を償わせるのだ。

 

《聖女様》

 

 後方の輸送艦で待機しているアーガスから通信が入った。

 

《どうぞ、存分に本懐を遂げてください。我等、教団信徒一同、全てがあなた様の為に好みと命を捧げる所存です》

「ありがとうございます、教主様」

《助けが必要な時は、いつでも声をおかけください》

 

 今回の戦いに際し、聖女は対魔王用の切り札を用意してきている。それの管理を、アーガスに任せているのだ。

 

「判りました。仕様のタイミングについては、わたくしが判断いたします。教主様は、いつでも対応できるよう、準備をお願いします」

《判りました。全ては、唯一神の意志のあるがままに》

「全ては、唯一神の意志の有るがままに」

 

 唱和すると同時に、聖女はスラスターを吹かしてデミウルゴスを前へと進ませる。

 

 瞳にはSEEDの光を宿らせて。

 

 その視線の先には、連合軍と北米解放軍が尚も砲火を交わし続ける戦場が広がっていた。

 

 

 

 

 飛び去って行くデミウルゴスの様子を見詰めて、アーガスは口元に笑みを浮かべた。

 

「所詮は子供よな」

 

 その言葉の響きには、最前まで込められていた自分達の象徴に対する敬意は一切感じられない。まるで、路傍の石でも扱うようなぞんざいさだった。

 

 教主アーガスにとって、聖女アルマは道具に過ぎない。それも、ひどく扱いやすい道具だ。

 

 あの少女をかねてから繋がりのあったPⅡから託されたのは、今から10年近く前。

 

 幼く、まだ成長途上であった少女を教団の色に染め上げるのは簡単な事だった。

 

 教団の教義を教科書代わりに毎日読み聞かせ、同時に肉体的な強化も図り、教団の象徴として相応しい存在へと押し上げて行った。

 

 全ては、アーガス自身が扱いやすい、便利な道具として仕上げる為。

 

 そして今、かつての幼い少女は、自らが何者であったかも忘れ去り、教団の、ひいてはアーガスの敵となる存在に対して、躊躇う事無く剣を向けるまでに至っている。

 

 現状、聖女アルマは間違いなく、地球圏でも最強クラスの存在である。

 

 彼女の実力をもってすれば、並み居る敵を討ち倒し、今以上に教団の権力を強化する事もできるだろう。

 

 世界中の人間がユニウス教団に入信し、あらゆる権力と富を投げ出す事になる。

 

 そして、そのトップに立つ存在は、他でもなく自分、教主アーガスに他ならない。

 

 間抜けな信者どもには「唯一神」などと言うありもしない偶像を、大層に拝ませておけばいい。その先導役としても、聖女は格好の存在と言える。

 

 全ての富と権力を独占するのは、この自分なのだ。

 

 そうなれば、国家すら教団の敵ではなくなる。

 

「いや、あのPⅡでさえも、わたしに逆らう事はできなくなるだろう」

 

 表の世界と裏の世界。その全てを牛耳り、君臨する事ができるのだ。

 

「さあ、聖女様。せいぜい頑張ってくださいよ。全ては、唯一神の意志のあるままに」

 

 そう呟くと、アーガスは口元を歪めて笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たなる敵の介入は、キラ達が交戦している場所からも確認する事が出来た。

 

 今まさに、撤退する北米解放軍を追撃する態勢を整えようとしている連合軍。

 

 その隊列の横合いから、ユニウス教団軍が襲い掛かろうとしていたのだ。

 

「来るとは思っていたけど、まさか、このタイミングとはね」

「不意打ちは彼等の得意技ですから」

 

 向かってくる教団軍の機体を見据え舌打ちするキラに対し、後席のエストが冷静な声で返す。

 

 苛立たしいのはエストも同じである。まさか、敵がこのタイミングで仕掛けて来るとは予想しきれなかったのだ。

 

 しかし、愚痴った所で何も始まらない。敵が来る以上、迎え撃つ以外に無かった。

 

 しかも相手は、ユニウス教団だ。

 

 つまり、この夫婦にとって戦いを躊躇う理由は、まつ毛の先程も存在しないのだ。

 

「行くよ、エスト」

「ええ、勿論」

 

 夫の言葉に対し、エストは強く頷きを返す。

 

 2人の目的は明らかである。

 

 奪われた娘を取り戻す。

 

 その為に邪魔な存在は、全て排除する。

 

 2人の戦う意思を受け、クロスファイアもまた猛りを上げる。

 

 装甲は黒く、翼は赤に変化する。

 

 次の瞬間、虚空を薙ぎ払うように、炎の翼を羽ばたかせて駆け抜けた。

 

 迎撃しようと、陣形を組むべく動くユニウス教団軍。

 

 しかし、その動きはキラ達にとって、あまりにも遅すぎた。

 

 教団軍の隊列にクロスファイアが飛び込んだ瞬間、

 

 剣閃の嵐が縦横に駆け巡る。

 

 瞬く間に、5機のガーディアンが手足を斬り飛ばされて戦闘力を失う。

 

 クロスファイアの両手に装備された対艦刀ブリューナクが、圧倒的な切れ味を発揮して、目標となった敵全てを斬り捨てた。

 

 更にキラは機体を反転させつつ、モードをDからFへと変更。翼が蒼に染まる間もなく対艦刀を背中のハードポイントに収めると、抜き放ったビームライフルとレールガンを駆使して、慌てて駆け付けてくるガーディアンを狙い撃ちにする。

 

 その頃になって、ようやく体勢を立て直しつつあるユニウス教団は、猛威を振るうクロスファイアを排除すべく、精鋭部隊を送り込んで来た。

 

 複数のロイヤルガードが、手にしたビームライフルを向けてくる。

 

 交錯するように、クロスファイアを直撃する閃光。

 

 しかし次の瞬間、捉えたと思ったクロスファイアの機影は、霞の如く消え去った。

 

 状況を理解できず、驚く教団兵達。

 

 次の瞬間、彼等の頭上から強烈な閃光が降り注ぎ、次々と武装や頭部を撃ち抜いて行った。

 

 戦闘力を失い、無様に浮遊する教団軍の機体。

 

 その遥か頭上では、ドラグーンを展開し、全火砲を構えたクロスファイアの姿はある。

 

 キラはあえて敵に先制させて空を突かせる事で、自身の攻撃を確実に命中させる戦術を選んだのである。

 

 クロスファイア1機に翻弄され、陣形を乱していくユニウス教団軍。

 

 彼等としては、連合軍と北米解放軍が互いに死力を尽くした後、その背後から強襲を掛ければ容易く勝ちを得られると思っていた節がある。

 

 まさに漁夫の利を狙い、最良の果実をかっさらおうとしていた訳だが、しかし、彼等が思っている以上に、オーブ側のエースは強力だった。

 

 賢しらな目論見は、それを跳ね返して余りある力によって弾かれ、粉砕されていく。

 

 既に戦線各所で、退勢を立て直した連合軍が反撃に転じていた。

 

 アスランの駆る深紅のセレスティフリーダムは、手にした日本刀のような対艦刀を振るい、接近を図ろうとしたロイヤルガードを斬り伏せている。

 

 更に、その横ではラキヤのヴァイス・ストームが、高速でガーディアンを翻弄しつつ、ドラグーンやレーヴァテインを駆使して次々と敵を屠って行った。

 

 奇襲を目論んで攻撃を仕掛けたユニウス教団軍だったが、その悉くが返り討ちに遭って撃破されていくのだった。

 

 

 

 

 

 突然のユニウス教団軍の戦線介入と、それに伴う連合軍の反抗。

 

 一時的に戦場は混乱を来し、状況を把握する事が困難になっている。

 

 それら突発的に起こった要素により、図らずも命を長らえている者達があった。

 

 北米解放軍である。

 

 まさにどさくさに紛れて、という感じではあるが、ユニウス教団軍の出現により、連合軍もそちらに注意を向けざるを得なくなったのは確かである。

 

 今の内なら兵を退く事もできる。

 

 残った部隊を纏めて撤退するなら、今を置いて好機は無いだろう。

 

 しかし、結果としてこの日、彼等は徹底的に運に見放されていたとしか言いようが無かった。

 

 どうにか残存兵力を纏めて撤退を開始した北米解放軍の前方から、程なくして、先発したオーブ軍部隊が姿を現したのだ。

 

 それは、最前線で解放軍と交戦し、今またユニウス教団軍の戦線加入を聞きつけて引き返してきたムウ率いるオーブ軍の本隊だった。

 

 ちょうど、撤退を急ぐ解放軍残存部隊と、最前線の掃討を終えて引き返してきたフラガ隊は、真正面から向かい合う形となった。

 

「くそッ やっぱこうなるのかよ!!」

 

 解放軍残存部隊を率いていたミシェルは、舌打ちを交えながら、接近してくるオーブ軍を見据える。

 

 その先頭を進んでくるのは、ムウのゼファーである。

 

 既にムウの方でもソードブレイカーの存在に気付いたらしく、モビルアーマー形態のまま速度を上げるんが見える。

 

「あいつも生きていたか」

 

 一方で、解放軍の先頭を進んでくるミシェルのソードブレイカーを見据え、ムウは目を細める。

 

 カーペンタリア攻防戦でも交戦したソードブレイカーの事は、ムウ自身、強く印象に残っている。

 

 勿論、相手が強敵であった事もあるが、それ以前に何か、ムウには心に引っかかるものが残っている。

 

 しかし、今は余計な事を考えている余裕はない。

 

「先頭の奴は俺が相手をする。手を出すなよ!!」

 

 言いながらムウは、ゼファーの速度をフルスロットルまで上げて突撃する。

 

 対してミシェルもまた、自分に向かってくるゼファーを見据えて迎え撃つべく、ソードブレイカーを振り返らせる。。

 

「下がれっ 奴には手を出すな!!」

 

 同時にドラグーンを射出するミシェル。

 

 それに合わせるように、ムウもまた、機体を人型に変形させながらドラグーンを撃ち放った。

 

 ミシェルの使えるドラグーンは10基。

 

 対してムウの放つドラグーンは4基。

 

 火力はソードブレイカーの方が高い。

 

 しかし数はミシェルの方が多いが、ムウのドラグーンは1基に付き砲門2門を備えている上、リフレクター発生装置も備えている事に加えて、ゼファー本体もモビルアーマーへの変形が可能で機動力が高い。

 

 一概にどちらが有利とも言えなかった。

 

 先制したのは、手数に勝るミシェルだった。

 

 四方に展開したドラグーンから放たれるビーム。

 

 しかし、その動きを読んでいたムウは、素早く自機との間にドラグーンを割り込ませると、リフレクターを展開して防御する。

 

 ムウは4基のドラグーン全てにリフレクターを展開したまま、その陰からビームライフルの銃身を突きだして狙撃する。

 

 その素早い射撃で、ミシェル側のドラグーン2基が吹き飛ばされた。

 

 舌打ちするミシェル。

 

 同時にリフレクターを避けるようにドラグーンを操る。

 

 回り込んでくるドラグーンを見たムウ。

 

 流石に、手数の違いは戦闘スタイルにも影響する。

 

「そう来るかよ!!」

 

 叫びながら、ムウは放たれる射線から機体を回避させる。並みの防御手段だけでは、ソードブレイカーの攻撃は防ぎきれないと判断したのだ。

 

 しかし、僅かに甘くなった意識の隙を突かれ、ドラグーン1基を吹き飛ばされた。

 

 その様子を見て、舌打ちするムウ。

 

 もっとも、ゼファー本体を狙った攻撃は、ムウがシールドを掲げた事で用を成さなかったが。

 

 ドラグーンの攻撃だけでは埒が明かない。

 

 両者同時にそう考えると、スラスターを全開にして突撃する。

 

 ムウはビームサーベルを抜き放ち、ソードブレイカーへと斬りかかる。

 

 一方、ミシェルはビームライフルを構えてゼファーの接近を阻もうとした。

 

 急速に距離を詰める両者。

 

 ソードブレイカーからの射撃が機体を掠める中、ムウは構わず剣を振り翳して斬り込んで行く。

 

 対抗するように、ミシェルもまたビームサーベルを抜き放った。

 

 交錯する両者。

 

 双方の光刃が虚空を薙ぐ払う。

 

 次の瞬間

 

 キィィィィィィン

 

「「ッ!?」」

 

 突然、脳裏に鳴り響く反響音に、ムウとミシェルは同時に顔をしかめた。

 

「な、何なんだ、こいつは!?」

 

 驚愕しながら、とっさに機体を後退させようとするミシェル。

 

 一方のムウは、その奇妙且つ懐かしい感触に、戸惑いを覚えていた。

 

 尚も、頭内に残る違和感が、ムウの精神を支配していく。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 何かに取りつかれたように、ムウは呟きを漏らす。

 

 ムウは長い戦歴の中で、同じような感覚を何度か味わった事があった。

 

 1人目はヤキン・ドゥーエ戦役の時、自身の父親のクローンである、ラウ・ル・クルーゼと対峙した時。

 

 2人目はユニウス戦役の時。ミネルバ隊に所属する白いザクのパイロット(後にクルーゼのクローンであるレイ・ザ・バレルだと知った)と対峙した時。

 

 だが、先程の反応は、それらとは全く違う気がした。

 

 もっと強く、深い結びつきのようなものを感じる。

 

「まさかッ!?」

 

 ある「可能性」に至り、声を上げるムウ。

 

 しかし、一方のミシェルは、突然、頭の中に飛び込んできた奇妙な感覚に対し、強迫感めいた思いが込み上げて来ていた。

 

「クソッ 何なんだよ、お前は!!」

 

 苛立ち交じりにドラグーンを射出するミシェル。

 

 対して、

 

「待てッ お前は、まさか!?」

 

 相手の正体を悟ったムウは、ドラグーンのリフレクターを起動しながら叫ぶ。

 

 しかし、事実を知った今、ムウの動きはいかにも鈍い物とならざるを得ない。

 

 どうにか迎え撃と機体を操るムウだが、先程と比べて動きには精彩を欠く。

 

 その間に攻撃態勢を整えるミシェル。

 

 包囲するように展開したドラグーンから、ゼファー目がけて一斉にビームが放たれる。

 

 対して、ムウもシールドやリフレクターを駆使して、必死に防御しようとする。

 

 しかし、立ち遅れた事は如何ともしがたかった。

 

 たちまちゼファーのドラグーン2基が破壊される。

 

 舌打ちするムウ。

 

 どうにか体勢を立て直そうと、ビームライフルを抜いて反撃する。

 

 ソードブレイカーのドラグーンが1基、ムウの攻撃を浴びて吹き飛んだ。

 

 しかし、その間に回り込んで来た別のドラグーンによって、ゼファーの4基目のドラグーンが破壊されてしまう。

 

 これで、ムウの手持ちのドラグーンは全滅である。

 

 対して、ミシェル側のドラグーンは、まだ7基が健在である。

 

 勝負はあったかと思われた。

 

 だが、

 

「クソッ・・・・・・・・・・・・」

 

 悪態をつくミシェル。

 

 先程から脳裏を支配する違和感は、更に増してきている。

 

 徐々に大きくなる頭痛を抱え、ゼファーを見据えるミシェルの中で、疑惑が浮かび上がろうとしていた。

 

 目の前で戦っている相手。

 

 こいつを本当に、倒してしまって良いのか?

 

 倒せば、自分は一生後悔するのではないか?

 

 そんな思いに捕らわれる。

 

 今なら、まだ攻撃の手を緩める事ができる。

 

 今なら・・・・・・・・・・・・

 

 そう思った次の瞬間、

 

「なッ!?」

 

 ミシェルは思わず目を疑った。

 

 なぜなら、対峙していたゼファーが、ドラグーンの攻撃を受ける事も厭わず、真っ直ぐに突っ込んで来たからだ。

 

 しかも、その手には一切何も武器を持っていない。

 

「どういう、つもりだ!!」

 

 自身の中にある戸惑いを振り払うようにして、一斉攻撃を仕掛けるミシェル。

 

 しかし、焦りを含む攻撃は、目標をなかなか捉えられない。

 

 ゼファーの肩や足の装甲が吹き飛ぶ。しかし、その勢いは止まらない。

 

「クッ!?」

 

 とっさにビームサーベルを抜き放って構えるミシェル。

 

 既にゼファーは、ソードブレイカーの至近距離にまで迫っている。

 

 殆ど反射的に、繰り出される光刃。

 

 ソードブレイカーの刃が、ゼファーの頭部を刺し貫いた。

 

 次の瞬間、

 

 ミシェルの脳裏に、奔流のような流れが起こった。

 

 まるでビデオの映像を逆回しにしているかのように起こった流れは、一気に加速して脳内を埋めていく。

 

 アルテミスの占拠

 

 宇宙での転戦

 

 根無し草の放浪生活

 

 ユーラシア脱出

 

 熾烈な東欧戦線

 

 偉大なる指導者ブリストー・シェムハザとの出会い

 

 生涯の友、オーギュストとジーナとの友誼

 

 重傷を負った北米での戦い

 

 そして、

 

 

 

 

 

『ミシェル!!』

『ミシェル』

『お兄!!』

 

 元気に手を振る妹。

 

 優しく微笑む母、

 

 そして・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・お、親父?」

 

 驚愕と共に、言葉が漏れた。

 

 それと同時に、接触回線を通じて苦笑が漏れ聞こえてきた。

 

《よう、バカ息子。目は覚めたか?》

 

 いつもと変わらない、飄々とした父の声。

 

 ミシェルは今、全てを完全に思い出していた。

 

 自分はミシェル・フラガ。

 

 ムウ・ラ・フラガとマリュー・フラガの息子でオーブ軍軍人。

 

 北米紛争の最終決戦において、ユニウス教団の聖女と対決して敗れた後、記憶を失い、オーギュスト達に誘われて北米解放軍に編入し、世界各地で転戦してきた。

 

「・・・・・・クソッ 何てこった」

《そう、しょげるなよ。俺にも経験がある事だ》

 

 苦しそうに言いながら、ムウは軽口をたたく。

 

 先の攻撃で軽傷を負ってしまったが、どうやら致命傷と言う程でもないようだ。

 

 そしてだからこそ、息子と向き合う事もできる。

 

《しっかし、良く生きてたな。流石は、俺の息子だよ》

 

 そう言って、「不可能を可能にする男」は、自慢の息子に惜しみない称賛を送る。

 

 しかし、

 

 その言葉を受けながら、ミシェルはスッと、機体を損傷したゼファーから離した。

 

《お、おいっ ミシェル!?》

「悪い、親父。今はまだ、帰れないんだ」

 

 静かにそう言うと、機体を反転させてスラスターを吹かせる。

 

 そのまま、振り返る事無く飛び去って行く。

 

 ミシェルにはまだ、果たすべき責任が残っている。それを終わらせない限り、戻る事は許されなかった。

 

 その姿を、ムウもまた黙したまま見送る。

 

 分かれていた3年間。ミシェルにもさまざまな事があった事は想像に難くない。

 

 恐らくは、そのしがらみを清算しない事には、戻って来る事はできないのだろう。

 

 あれでなかなかどうして、義理堅い性格に育ってくれたらしい。

 

「・・・・・・行って来い、バカ息子」

 

 そう呟くと、

 

 ムウは満足げに微笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 お互いの姿を見付けた瞬間、両者は躊躇う事無く相手に向かって突撃していった。

 

 片や、不揃いの翼を羽ばたかせた機体、エターナルスパイラル。

 

 片や、通常よりも巨大で禍々しい姿をした機体、デミウルゴス。

 

 ヒカルとルーチェ。

 

 運命によって引き裂かれた兄妹が、もはや何度目かもわからない激突に至った。

 

 ティルフィング対艦刀を抜き放って斬り込みを掛けるエターナルスパイラルに対し、デミウルゴスは4枚のアイアスを跳ね上げ、その裏に格納されているドラグーンを一斉に射出する。

 

 周囲に展開し、一斉に放たれるドラグーンの砲撃。

 

 それをヒカルは、レミリアの援護を受けて回避しつつ、不揃いの翼を羽ばたかせて距離を詰めていく。

 

「くそッ やめろルーチェ、お前は!!」

 

 言いながら、飛んでくる射線を回避。尚も諦めずに距離を詰めようとするヒカル。

 

 しかし、その進路を遮るように、デミウルゴスから放たれたドラグーンが進路を塞いでくる。

 

《ヒカル、このままじゃ取り付く事は難しいッ まずは道を開かないと!!》

 

 レミリアが警告を発してくる。

 

 先のディザスターとの激突で、エターナルスパイラルはドラグーン2基とウィンドエッジを失っている。通常の火力戦では勝負にならなかった。

 

「カノンッ 頼む!!」

「判った!!」

 

 ヒカルの指示を受け、カノンはエターナルスパイラルの両手に装備したビームライフルで向かってくるドラグーン数基を撃墜する。

 

 その間にヒカルは、不揃いの翼を羽ばたかせながら、カノンが開いたドラグーンの隙間に機体を捻じ込ませる。

 

 同時にレールガン砲身に設けられた鞘から高周波振動ブレードを抜刀、デミウルゴス本体に斬り掛かる。

 

 ヴォワチュール・リュミエールを展開して迫るエターナルスパイラル。

 

 対して、聖女は機体に備え付け等陽電子リフレクターを展開、エターナルスパイラルの斬撃を防ごうとする。

 

 防御よりの設計思想を持つのは、教団の機体の特徴である。

 

 このデミウルゴスもまた、その設計思想から外れてはいなかった。

 

 しかし、アンチビームコーティングを施した高周波振動ブレードの刀身は、リフレクターを斬り裂き、デミウルゴスの機体表面を傷付ける。

 

「聞けッ ルーチェ!! お前は俺の!!」

《魔王が、戯言を弄して気を逸らすつもりですか!? その手には乗りません!!》

 

 ヒカルの言葉に貸す耳は無いとばかりに、聖女は拒絶の意志を明確にする。

 

 舌打ちするヒカル。

 

 やはりと言うべきか、予想通り聖女(ルーチェ)は、簡単には話を聞いてくれそうにない。

 

 その間にもヒカルは、エターナルスパイラルの両手に装備したブレードを振るい、デミウルゴスに攻勢を仕掛けていく。

 

 やはりサイズの差もあるのだろうが、速攻となるとエターナルスパイラルの方に分があるようである。

 

 このまま押し切る。

 

 その意志も新たに、ヒカルは剣を振るう。

 

 一方の聖女も、自身が追い込まれつつあるのを自覚していた。

 

「クッ おのれ、魔王!!」

 

 舌打ちしつつ、対抗するように、後退しながらビームサーベルを抜き放つ聖女。

 

 互いに剣閃が交錯し、視界の中で光が明滅する。

 

 弾かれるように、両者は距離を置く。

 

 同時に、カノンは腰部のレールガンを展開して斉射。接近を図ろうとするデミウルゴスを牽制する。

 

 砲弾を浴びて大きくバランスを崩すデミウルゴス。

 

 その中で、聖女は唇をかみしめて衝撃に耐える。

 

「魔王ッ!!」

 

 仮面の奥から、憎しみの籠った視線をエターナルスパイラルへと向ける。

 

 どうやら、魔王はスカンジナビアで対峙した時から比べて、更に力を上げてきているようだ。

 

 オーブの魔王。

 

 親友を死に至らしめた憎むべき敵。

 

 絶対に、

 

「許さない!!」

 

 叫ぶと同時に聖女は、コックピットに搭載されたシステムを叩き付けるように起動した。

 

『ヴィクティムシステム・セットアップ』

 

 システム起動と同時に、聖女の神経が一気に犯されるのが判った。

 

 機体と身体が一体になるような感覚。

 

 同時に、刺すような痛みが全身を駆け巡る。

 

 かつてカーディナル戦役の折、大西洋連邦が、個々の先頭実力で勝るコーディネイターに対抗する為、強制的にパイロット能力を引き上げるべく開発したのが、このヴィクティムシステムである。

 

 戦後、大西洋連邦の崩壊と、それに伴う技術の流出によりヴィクティムシステムの資料を得た教団が、長年の研究の末に実用化する事に成功したのである。

 

 動きに鋭さを増すデミウルゴス。

 

 更に、

 

 仮面の奥で、聖女は目を細める。

 

 切り札を切るならここしかないと、聖女は確信していた。

 

「教主様。コンテナをッ」

《承知しました。全ては、唯一神の意志のあるがままに》

 

 静かな宣誓と共に、後方に待機していた輸送艦から、大型のコンテナが射出される。

 

 数は5つ。

 

 コンテナがデミウルゴスの効果範囲内に入った瞬間、その上部ハッチが観音開きに開く。

 

 次の瞬間、

 

《いけないッ ヒカル、逃げて!!》

 

 悲鳴じみたレミリアの警告に、弾かれるように、操縦桿を操るヒカル。

 

 エターナルスパイラルが機体を傾けた瞬間、

 

 それは襲ってきた。

 

 開かれたコンテナから一斉に放たれ、宙域全体を包囲するように、一斉展開を終えるドラグーン。

 

 その数、1基に付き20基。合計で100基。

 

 しかも、ドラグーン1基に付き、12門のビーム砲を備えている。

 

 つまり、

 

 合計で、実に1200門。

 

 これだけの数のドラグーンを、通常であるならば操る事は不可能である。

 

 しかし、ヴィクティムシステムの特徴として、パイロットの特性に合わせてシステムの強化項目を選択する事ができる。

 

 聖女は自身のヴィクティムシステムをドラグーン操作に特化させる事で、一度にこれだけ多くのドラグーンを支配下に置く事に成功したのだ。

 

 閃光が、視界を埋め尽くす。

 

 もはや1個軍団に匹敵する火力を前にして、さしものエターナルスパイラルと言えども、後退を余儀なくされる。

 

「こいつはもう、戦力差がどうとか言っている場合じゃねえなッ」

 

 悪態をつきながら、ドラグーンの攻撃を回避するヒカル。

 

 エターナルスパイラルが不揃いの翼を羽ばたかせるたびに、ドラグーンの放つ砲火は悉く空を切って行く。

 

 その間にカノンが、ビームライフルとレールガンを駆使して、群がってくるドラグーンを片っ端から排除していく。

 

 しかし、反撃は文字通り、焼け石に水である。

 

 ヒカルは、繰り出される攻撃を回避しながら決断した。

 

 敵が切り札を出してきた以上、こっちも切り札でもって対抗するしかない。ましてか、相手はヒカルが救うべき妹、ルーチェである。

 

 躊躇いは、生じた瞬間、死に繋がる事は確実である。

 

 そして、自身の死はルーチェが永遠に教団の傀儡として生きていく事を運命付ける事になる。

 

 そんな事は許されなかった。

 

 絶対に。

 

「カノン、レミリア。やるぞ!!」

「《了解!!》」

 

 ヒカルの言葉に、2人の少女は唱和する。

 

 次の瞬間、

 

 ヒカル、カノン、レミリアのSEEDが同時に弾けた。

 

 視界が一気に広がり、戦場の隅々まで見通せるようになる。

 

 エターナルスパイラルの持つ切り札、デルタリンゲージ・システムが齎す圧倒的な感覚の増幅が、3人を包み込む。

 

 全ての事象がスローモーションで認識され、拡大した視野の中で、ドラグーンの軌跡が確実に描かれる。

 

 その軌跡が描く僅かな隙を、

 

 ヒカルは一気に駆け抜けた。

 

 羽ばたく不揃いの翼。

 

 比類ない加速。

 

 前面に展開したスクリーミングニンバスが、放たれる攻撃を防ぎながら、一気に距離を詰めていく。

 

「クッ!!」

 

 エターナルスパイラルの動きを察知した聖女は、全ドラグーンを集結させ、火力を集中させる事で接近を阻もうとする。

 

 収束する火線。

 

《ヒカル!!》

「ああ!!」

 

 レミリアの警告にしたがい、ヒカルは突撃を中断。機体を上昇させる事で回避運動を行う。

 

 更に、そこへ再びドラグーンの嵐が襲い掛かる。

 

「クソッ 埒が明かないな!!」

 

 いかにデルタリンゲージ・システムでも、敵の攻撃を完全に無力化できるわけではない。

 

 圧倒的質量で迫る聖女の攻撃は、確実にヒカル達の動きを上回っていた。

 

 その時だった。

 

《オーブの魔王》

 

 オープン回線で放たれた憎悪に満ちた声に、3人は思わず息を呑んだ。

 

 おどろおどろしい響きを持った声は、相手が女性であると言う事がすぐに会判らない程だった。

 

《あなたは・・・・・・今日・・・・・・ここで、滅ぼす!!》

 

 心臓を鷲掴みにされたような不快な感触がする声と共に、更にドラグーンの動きは鋭さを増す。

 

 それに対して、ヒカル達は完全に防戦一方に立たされていくのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-12「宿縁の父子」     終わり

 


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