機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-11「エースの役割」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ軍が月近海へと到着したのは、連合軍と北米解放軍の戦いが始まってから1週間が過ぎた頃であった。

 

 マスドライバー・カグヤを使用して宇宙へと上がったオーブ軍主力艦隊は、アシハラから出発した別働隊と合流。同盟軍である月面都市連合を支援すべく戦線に加わっていた。

 

 その数、艦艇42隻。機動兵器250機。

 

 オーブ本国防衛の為に残した最低限の戦力を除くと、ほぼオーブ全軍が、月戦線に投入されていた。

 

 この戦力投入の背景には、今回の戦いにおけるオーブ軍の目的が、北米解放軍の殲滅にある訳ではない事を示している。

 

 最終的な目標はプラント侵攻と、彼の国を牛耳るグルック政権打倒にある。

 

 事ここに至り、カガリを首班とするオーブ暫定政府は、グルック政権を打倒しない限り今次大戦の終結はあり得ないと結論付けるに至ったのだ。

 

 今回の軍事行動は、そちらがむしろ主眼となる。

 

 しかし、退勢になったとはいえ、プラント軍が未だに世界最強の軍隊である事に変わりは無い。そこに加えて、最近になって完成を見た巨大要塞の存在も、オーブ軍情報部を通じて齎されている。

 

 オーブ軍単独でプラント軍侵攻を行うのは無謀の極みであった。

 

 その為、月面都市自警団、並びに自由ザフト軍と共に連合軍を形成して敵勢力に対抗しようと考えたのである。

 

 三軍が合同すれば、取りあえず数においてはプラント軍にひけは取らなくなる筈であった。

 

 しかし、その矢先での、北米解放軍侵攻である。

 

 連合軍は、当初の目的であるプラント侵攻よりも前に、北米紛争以来となる因縁の敵との決着を優先せざるを得なくなったのだ。

 

 

 

 

 

「現在、我が方が数において敵を圧倒しています」

 

 居並ぶ面々を前にして、進行役のオーブ軍参謀が説明していく。

 

 会議室には全軍の指揮を預かるムウを始め、オーブ軍からはマリュー、ユウキ、ラキヤ、シンと言った幹部クラスが集まり、自由オーブ軍からもアスラン、タリア、アーサー、イザーク、ディアッカが、月面都市自警団からクルトとダービットが出席していた。

 

 ディスプレイの中には、両軍の展開状況を俯瞰的に表した状況が表示されていた。

 

 更にサブパネルに映し出された映像には、偵察機が持ち帰った光学映像が映し出されており、そこには展開する大軍に交じって、デストロイ級機動兵器と思われる巨大な影も見てとれた。

 

 北米解放軍は、北米紛争以来、幾度も消耗を重ねて居る為、既にその勢力は殆どすり減らしていると言っても過言ではない。

 

 対して、連合軍は既に、彼等の5倍近い兵力にまで膨れ上がってる。

 

 まともなぶつかり合いなら、充分に勝てる戦力差である。

 

 しかし、連合軍にも不安要素はあった。

 

 まず、合同して間もない為、連繋行動の訓練がほとんど行われていない。その為、数が多いと言っても、各軍を個別に見た場合、その優位性が充分に発揮できるかどうか疑問である。

 

 次に、技量の問題。敵はこれまで多くの戦い制してきて、ほぼ全軍をベテラン兵士で固めているのに対し、連合軍の一部には技量未熟な兵士も混じっている。その事が実践の場において露呈する事も考えられる。

 

 更に連合軍は、この後のプラント侵攻を考えると、余計な消耗戦は避ける必要性がある為、無理な作戦行動を控える必要がある。。

 

 以上により、数の優位が確実な勝因につながるかどうかは、かなり微妙な所であった。

 

「今回は特に小細工を弄さず、正面からの戦闘に絞ろうと思います」

 

 発言したのは、ユウキだった。

 

 その言葉には、誰もが驚きの声を上げた。

 

 自分達は北米解放軍を早急に撃破し、プラントに向かわなくてはならない。その為には十全な策を弄して、こちらの損害を最小限に納めなくてはならない。その事は、たった今挙げられた不安要素の中にも含まれている。

 

 だと言うのに、策無しで正面から挑むのは危険すぎるように思えた。

 

「それで良いのかよ?」

「はい」

 

 ムウの問いかけに対しても、ユウキはは自信ありげに頷きを返した。

 

 ユウキが言うには、ここまでの戦力差があるなら、下手な小細工は却って藪蛇になりかねない。それよりも、こちらは充分な陣地と隊列の構成を行い、敵が策を弄してきた時に備えて万全の態勢を整えておく必要がある、都の事だった。

 

 これまで幾度もの作戦を成功に導いて来たユウキがそう言うのだから、逆に十分な説得力があるとも言える。

 

「ただ・・・・・・」

 

 そこでユウキは、話題を変えるように口調を切り替えた。

 

「一つだけ、不安というよりも未確定な要因があります」

 

 そう言うと、説明役の参謀に、用意していた宙図と切り替えるように指示を出した。

 

 ユウキが用意したのは、先ほどよりも広範囲にわたる俯瞰図だった。

 

 対峙する連合軍と北米解放軍。

 

 そして、両軍から距離を置くようにして、もう1つの戦力が集結しつつある様子が映し出されている。

 

「2日ほど前から、ユニウス教団軍が月に上陸し、こちらの動静を伺っているとの報告が入っています」

 

 参謀はそう言って説明する。

 

 どうやら映っている三つ目の勢力はユニウス教団軍の物であるらしい。

 

 しかし、

 

「微妙だな、こいつは」

 

 首を傾げるように言ったのはシンである。その双眸は細められ、敵の意図を図っているように見える。

 

 オーブ解放戦の功績により准将に昇進したシンは、今回は一軍を率いて戦場に立っている。

 

 他の同僚達に比べると現場での働きが長かった分、やや昇進が鈍かったシンだが、彼もまた宿将たる責任と役割のある地位についたと言える。

 

 シンの言う通り、ユニウス教団軍が布陣している位置は、戦場からある程度の距離が置かれている場所である。

 

 介入するにしても、静観するにしても、中途半端としか言いようが無い場所だった。

 

「いずれにせよ、連中が敵である事に変わりは無い。このまま何も見ているって事は無いだろうな」

 

 ラキヤの発言に、一同は同意するように頷く。

 

 プラントと同盟関係にあるユニウス教団が姿を現した以上、その目的がこちらとの交戦であるとの考えは間違いではないだろう。

 

 後の問題があるとすれば、敵がどのタイミングで仕掛けて来るか、と言う一点のみである。

 

「とにかく、各軍とも警戒を怠らないように」

 

 ムウの一言で、会議は解散となった。

 

 

 

 

 

 黙っていると、どうしても思い浮かべてしまうのは、この間のレミリアの様子だった。

 

 カノンは艦内の廊下を歩きながら、その事ばかりを考えていた。

 

 時刻は昼時。

 

 午前中の偵察任務を終え、いったんヒカルと別れたカノンは、自室に戻る途中だった。

 

 あの時、道を譲るようにヒカルの事をカノンに託したレミリア。

 

 だが、カノンにはそれが、レミリアの本心からの言葉だとは、どうしても思えなかった。

 

 レミリアは無理をしている。自分は既に死んでおり、見えている姿もホログラフの立体映像に過ぎない。

 

 そして、そんな自分がヒカルと共に行ける訳がない、と。

 

 そんな事は無い、と思う。

 

 たとえどんな姿になったとしても、レミリアはレミリアだ。その認識を変える気は、カノンには無い。

 

 だが、そんな強い思いも、肝心のレミリアがあれでは、空しい物だった。

 

 と、

 

「あれ?」

 

 ふとカノンは、珍しい人たちがいる事に気付いて足を止めた。

 

「おじさん? それにおばさんも・・・・・・」

「ああ、カノン。お疲れ様」

「こんにちは」

 

 キラは手を挙げて、やってきた少女と挨拶を交わす。同じく、傍らにいたエストも、いつも通りの淡々とした調子で声を掛けてきた。

 

 キラとエスト。ヒカル達の両親であり、カノンにとっても、なじみ深い2人である。

 

 しかしターミナルのリーダーであるキラは多忙な日々を送っている。その為、大和に来る事自体、それなりに珍しい事だった。

 

 今回の戦い、当然ながらターミナルも参戦する事になっている。キラがここにいる事自体は不思議でもなかったのだが。

 

「どうかしましたか?」

 

 エストがカノンの袖をクイクイっと引っ張りながら尋ねてきた。

 

「浮かない顔をしています」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 指摘を受けて、思わず顔に手をやるカノン。どうやら、考えている内に、頭の中の事が表情に出てしまっていたらしい。

 

「何か、悩み事でもあるの?」

 

 キラもまた、怪訝な顔つきになって尋ねてくる。

 

「実は・・・・・・・・・・・・」

 

 この際、思っている事を吐き出してしまおう。

 

 そう思ったカノンは、2人に事情を話してみる事にした。

 

「・・・・・・・・・・・・成程ね、レミリアが」

 

 話を聞いたキラは、深刻そうな表情で頷く。

 

 これは確かに、難しい問題だった。

 

 レミリアは肉体的には既に死んでいる。これは間違いない。今の彼女は、彼女の脳から取り出したデータを基に、電子的に再構成した存在に過ぎない。

 

 勿論、生前の彼女を可能な限りコピーしているため、ほぼ「本人」と同一の存在であると言って良い。

 

 しかし、それでも、互いに触れ合う事ができないと言う事を考えれば、限りなく近しい存在でありながら、その距離は想像を絶するほど離れているのだった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 カノンは更に続ける。

 

「結局のところ、ヒカルもわたしより、レミリアの方が好きだと思うんです」

「なぜ、そう思うのですか?」

 

 エストが首をかしげながら尋ねる。

 

「だって、ヒカルはずっと、レミリアの事を思っていたし、レミリアだって・・・・・・それに、何だかんだ言ってもレミリア、可愛いから・・・・・・・・・・・・」

 

 以前から考えていた事が、再びカノンの脳裏によぎる。

 

 ヒカルとレミリアは、この戦いの間、常に別々の陣営で戦い続け、その間に何度も剣を交えている。

 

 しかし、何度もぶつかり合ったからこそ、ともにあり続けたカノンよりも、レミリアの方がヒカルに相応しいと思えるのだった。

 

「そんな事ありません。カノンも充分可愛いです」

 

 落ち込むカノンを元気づけるように、エストが言った。

 

「おばさん・・・・・・」

「もっと自分に自信を持ってください。カノンは『ボン、キュ、ボン』ですから」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 またもや、どこぞから取り寄せた怪しい知識を披露するエストに対し、呆気にとられるカノン。

 

 いきなり何を言い出すのか、この、自分よりも若く見えるおばさんは。

 

 そんなカノンの反応が可笑しかったのか、キラは笑みを浮かべて悪乗りする。

 

「そうそう、その点で行けば、うちのお嫁さんは『キュ、キュ、キュ』だからね」

「キラ、質問があります。火葬と土葬、どちらが好みですか?」

「とにかく、見た目に関して言えば、カノンは絶対レミリアには負けていないはずだよ。だから、もっと自信を持ってね」

 

 妻の物騒な質問を華麗にスルーして、キラはカノンの肩をポンとたたく。

 

「これから、敵はもっと激しく抵抗してくると思う。そうなると、きっとヒカル1人だけじゃ戦う事ができない。カノンもレミリアも、ヒカルを助けて頑張ってほしい。これは、あの子の親としてのお願いだ」

 

 そう言って、笑いかけるキラ。

 

 キラが敢えて、レミリアを復活させた理由は、強大な敵に対抗する為の切り札であるデルタリンゲージシステムを起動するのに、レミリアの能力が必要不可欠であったと言う事は無論、ある。

 

 しかしそれともう一つ。2人の少女が、息子を支え、共に戦ってくれることを願ったからに他ならなかった。

 

「うん、判った」

 

 そんなキラの気持ちを汲んだように、カノンは笑顔を浮かべて頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 限界まで引き延ばしたゴムが一斉に弾けるように、

 

 両軍はついに、最後の決戦に臨んだ。

 

 連合軍の参加兵力、艦艇125隻、機動兵器520機。

 

 対して北米解放軍は、艦艇22隻、機動兵器107機。

 

 兵力の面では、圧倒的に連合軍の方が優勢である。更にオーブ共和国軍や自由ザフト軍の精鋭が参戦している事を考えれば、質的な面においても、よく言って互角だろう。

 

 総合的に言えば、解放軍の勝機は非常に薄いと言わざるを得ない。

 

 勝敗は、始まる前にすでに決していると言って良かった。

 

 だが、それが判っていて尚、彼等は行かなくてはならなかった。

 

 地球への帰還を考えるなら、月は絶好の策原地となる。北米奪還という本戦を前にして、是が非でも押さえておきたい土地だった。

 

「踏ん張れよッ ここで勝つ事ができれば希望も見えて来るからな!!」

 

 ミシェルは部下達を叱咤すると、自らも最前線へと飛び込んで行く。

 

 たちまち、連合軍側から放たれる砲撃が、襲い掛かって来た。

 

「クソッ 流石にきついねェ こいつは!!」

 

 言いながら、ドラグーンを一斉射出する。

 

 ソードブレイカーから放たれたドラグーンは、一斉にターンすると、連合軍、特にミシェル隊が対峙している自由ザフト軍へと向かって飛んでいき、先端からビームを撃ち放つ。

 

 放たれる攻撃。

 

 たちまち、複数の機体がミシェルの視界の中で火を噴くのが見えた。

 

 だが、報復もすぐに返される。

 

 隊列を組んだ自由ザフト軍は、一斉に砲撃を行い、ミシェル隊に仕掛けてくる。

 

「散開しろ。各個に応戦だ!!」

 

 指示を出しつつ、ミシェルは自らもドラグーンを回収して回避行動を取る。

 

 圧倒的な戦力差を前に尻込みは無い。

 

 むしろ、猛る思いを吐き出すように、ミシェルは言い放つ。

 

「舐めるなよ。切り札をも用意しているのは、お前等だけじゃないんだからな!!」

 

 

 

 

 

 両親と再会した頃、ヒカルは父、キラとこんな会話をした事があった。

 

『ヒカル、君はエースの役割が、何か知っているかい?』

 

 突然の質問にキョトンとしながらも、ヒカルは答えた。

 

『敵をたくさん倒す事、かな?』

『うん、それも重要だよね。でも、それなら、別にエースじゃなくても、兵力をたくさん投入すれば可能なんじゃないかな?』

 

 もっと他に、「エース」にしかできない役割がある。

 

 キラの質問が、エースとしての自分に対する促しと取ったヒカルは、真剣な表情で考えてみる。

 

 エースにしかできない事。

 

 あるいはエースだからこそできる事。

 

 いったいそれが、何なのか?

 

 ややあって、考えをまとめたヒカルが口を開いた。

 

『敵のエースを押さえる事、かな?』

『おッ』

 

 キラは顔を綻ばせながら、それでいて少し驚いたように声を上げた。

 

 まさか、正解を言い当てられるとは思っていなかったのだ。

 

『その通り。他の事ならエース以外の兵士にもできるけど、最小限の戦力で敵のエースを押さえるのは、エースにしかできない事だよ』

 

 敵のエースをいかに素早く、そして確実に抑える事ができるかどうかで戦線維持が可能かどうか決まる。

 

 逆を言えば、エースの捕捉に失敗すれば、戦線はどんどん崩壊していくことになるのだ。

 

 故に、エースに課せられた使命は重大であると言えた。

 

 

 

 

 

 ヒカルは今、父の教えに従って行動していた。

 

 エターナルスパイラルの持つ不揃いの翼を羽ばたかせ、いくつかの敵を排除しながら向かう先。

 

 そこには、見覚えのある機体が、待ち構えるように佇んでいた。

 

《見つけた!!》

 

 レミリアの声に導かれるように、向けた視線の先に、独特のシルエットのモビルスーツが待ち構えている。

 

 引き絞った四肢と、多数の砲門を備えた、ややアンバランスな印象を持つ機体。

 

 北米解放軍の旗機、ディザスター。

 

 ヒカル自身、半年前のスカンジナビアで交戦した経験がある為、覚えていたのだ。

 

 まさにエース中のエース。

 

 ヒカルが今回の戦いで、最優先に抑えようと思っていた相手である。

 

「行くぞ、カノン、レミリアッ 奴は手ごわいぞ!!」

「判った!!」

《掩護は任せて!!》

 

 少女2人の力強い声を聴きながら、ヒカルはエターナルスパイラルを更に加速させた。

 

 一方のディザスターの方でも、接近するエターナルスパイラルの存在を感知していた。

 

「オーギュスト、あれは!?」

「ああ、報告にあった機体だな」

 

 ジーナの言葉に、オーギュストは頷きを返す。

 

 カーペンタリア上空での戦いに北米解放軍が介入した際に、目撃情報とあしてあげられた奇妙な機体。

 

 その後、幾度かの情報解析が行われた結果、オーブ軍の魔王が使っていた機体と、旧北米統一戦線の旗機だった機体を合成した機体である事が判明している。

 

「2つの機体を1つに纏めるとはな。随分と強引な事をする」

「でも、それだけに侮れないでしょうね」

 

 ジーナの言葉にも、緊張の色が混じった。

 

 確かに。地球圏でも最強クラスの2機を掛け合わせた機体だ。侮る事はできないだろう。

 

 しかし、

 

「心配するなッ 奴が最強なら、こっちも最強だ!!」

 

 言い放つと同時に、オーギュストも動く。

 

 キラがヒカルに諭した通り、エースを抑える事がエースの役割であるなら、劣勢の北米解放軍を率いるオーギュスト・ジーナの役割は、より以上に過酷で重要であった。

 

 エターナルスパイラルから放たれるビームを回避しながら、オーギュストは両手のビームサーベルを構えて突撃していく。

 

 対抗するように、ヒカル達も攻撃速度を速めた。

 

「カノン、ドラグーンだ!!」

「判った!!」

 

 ヒカルの指示を受け、エターナルスパイラルの左翼からドラグーン4基を射出するカノン。そのまま機体両翼に配置、突撃援護の為に、合計20門の砲を撃ち放つ。

 

 ドラグーンの攻撃をビームシールドで受けとめるオーギュスト。

 

 その間にヒカルは、ディザスターの上方に占位する形で接近した。

 

「喰らえ!!」

 

 ティルフィング対艦刀を抜刀し斬り掛かるヒカル。

 

 対してオーギュストは、ビームシールドの角度を変えて刃を防御する。

 

 火花を散らす両者。

 

 次の瞬間、エターナルスパイラルとディザスターは、互いに弾かれるように後退する。

 

 エターナルスパイラルは上、ディザスターは下になるようにして距離を置く。

 

 しかし、同時に反撃の手を打つ事も忘れない。

 

「ジーナ!!」

「了解!!」

 

 オーギュストの指示を受けて、全砲門を開く

 

 対して、

 

《来るよ、2人とも!!》

「判った、カノン!!」

「任せて!!」

 

 レミリアのオペレートに従いヒカルが機体を最適な位置まで誘導、カノンが全砲門を展開してフルバーストモードへ移行する。

 

 互いに開かれる砲門。

 

 次の瞬間、

 

 両者の放った閃光が激突し、強烈な対消滅を引き起こした。

 

 

 

 

 

 戦況はやはり、と言うべきか、当初から連合軍有利に進んで行った。

 

 確かに北米解放軍は、これまで多くの戦場を戦い抜いてきた歴戦の群であり、一兵卒に至るまで全員が「精鋭」と称して良いだろう。

 

 これが同数、あるいは倍程度の数の敵であるなら、あるいは軍配は解放軍の側に上がったかもしれない。

 

 しかし、実兵数において5倍もの差が開いてしまっては、もはや逆転は不可能に近かった。

 

 解放軍の兵士達は奮戦を続け、連合軍機を撃ち落としていく。

 

 だが、それも一瞬の光芒でしかない。

 

 やがて彼等も、圧倒的多数の連合軍に押し包まれ、ついには最後に命の炎をきらめかせながら月面へと落ちて行く運命でしかなかった。

 

 それは、彼等が投入したジェノサイドについても同様だった。

 

 既に幾多のデストロイ級機動兵器との対決を経て、その対応方法はオーブ軍内でもマニュアル化されていると言って良い。

 

 確かにデストロイ級は凶悪極まりない火力と装甲を誇っており、大軍で当たれば当たる程、却って被害は増大してしまう。

 

 ならば、話は単純。対デストロイ級戦には大軍を投入しなければいい。

 

 多くのデストロイ級に相当する共通点だが、その搭載火力は対軍戦や対要塞戦、あるいは対艦戦には大きな威力を発揮するが、高速機動するエース機を捕捉するようにはできていない。

 

 初代デストロイから続く必勝パターンは、現在に至って尚、有効な手段だった。

 

 

 

 

 

 4枚の翼が羽ばたくたび、撃ち放たれる砲撃は空しく空を切って行く。

 

 シンのギャラクシーはドウジギリ対艦刀を掲げると、背中を向けているジェノサイドに斬り掛かって行く。

 

 対するジェノサイド側もギャラクシーの存在に気付き、背中に無数に装備した対空ビーム砲イーブル・アイで迎撃を行う。

 

 しかし、網の目のように放たれたビーム攻撃は、タダの一発もギャラクシーを捉える事は無かった。

 

 圧倒的な機動力を発揮して、攻撃をすり抜けるシン。

 

「遅いな!!」

 

 接近と同時に、大剣を振り下ろすギャラクシー。

 

 その一刀で、ジェノサイドの背中は大きく切り下げられた。

 

 バランスを崩しながらも、ジェノサイドはどうにかギャラクシーから逃げようとする。

 

 しかし、それを許す程、シン・アスカは甘い存在ではなかった。

 

 フルスピードで追いつくと同時に、更に追撃の剣閃を横なぎに繰り出す。

 

 それに対してジェノサイド側は、敢えて左腕を盾代わりにして防ごうとする。

 

 斬り飛ばされる巨大な腕。

 

 だが、彼等の抵抗もそこまでだった。

 

「これで終わりだ!!」

 

 シンは振り上げた状態のドウジギリを返すと、刃を真っ向から振り下ろす。

 

 縦一文字に斬り下げられる刃。

 

 その一撃により、ジェノサイドは真っ二つにされて爆炎を上げた。

 

 味方の機体を襲った惨劇に、他のジェノサイドは、怯んだ様に退避行動を取ろうとする。

 

 だが、彼等の行動は遅きに失した。

 

 追撃を掛けたのは、2機のエクレール。

 

 レイの機体はドラグーンを射出してジェノサイドを包囲。一斉砲撃を仕掛ける。

 

 ドラグーン1基当たりの攻撃力は特筆するほど大きなものとは言い難いが、何しろ自在に動きながら次々と攻撃を仕掛けてくるのだから溜まった物ではない。

 

 ジェノサイドは砲塔を吹き飛ばされ、陽電子リフレクターを叩き潰され、あっという間に無力化されていく。

 

 気息奄々状態のジェノサイドに対し、トドメの一撃が放たれた。

 

 コックピット付近で爆発が起こり、ジェノサイドの巨体が大きく傾ぐ。

 

 長大な狙撃砲を構えたルナマリアのエクレールが放った攻撃は、見事にジェノサイドのコックピットを撃ち抜き撃破したのだ。

 

 更に、別のジェノサイドには、深紅の甲冑を纏った騎士が剣閃を掲げて斬りかかっている。

 

 アステルのギルティジャスティスは、両手のビームサーベルと両足のビームブレードを駆使して、ジェノサイドの装甲を容赦なく切り刻んでいく。

 

 既に機動力を失い、されるがままになっていたジェノサイドは、轟音を上げて、その巨体を月面へと倒れ伏す。

 

 かつては悪魔の如き威容と攻撃力でもって恐れられたデストロイ級機動兵器だったが、今や彼等の存在は、ただ図体がデカいだけの獲物へと成り下がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「是非も無し、と言った所か・・・・・・・・・・・・」

 

 エターナルスパイラルと対決を一時的に中断しながら、オーギュストは視界の中で壊滅しつつある自軍を、嘆息交じりに眺めていた。

 

 こうなる事は、最初から分かっていたのだ。

 

 彼我の戦力差に質、量ともに差を付けられた状態で決戦を挑んだとしても、勝てる道理は無かった。

 

 それでも、万が一は、と思ってしまう物である。

 

 その可能性に一縷の望みを賭けて挑んだ戦いであったが、結果はご覧の通りだった。

 

 北米解放軍は、今まさに壊滅しつつある。

 

 かつては世界第一の軍事他国であった大西洋連邦の主力軍を務め、今次大戦にあっても強大な軍事力を如何無く発揮して、幾度も勝利を目前にした北米解放軍が、今、祖国から遠く離れた地で終焉を迎えようとしていた。

 

「オーギュスト、艦隊が!!」

 

 ジーナの声に、振り返るオーギュスト。

 

 そこには、後方から支援砲撃を行っている筈の解放軍艦隊の様子が映し出されていた。

 

 しかし、最前まで秩序だった陣形を組んでいた解放軍艦隊が、今や四分五裂に隊列を乱し、次々と炎を上げて撃沈して言っている。

 

 この時、最前線を迂回して強襲してきたオーブ軍と自由ザフト軍の連合艦隊が、解放軍艦隊を横合いから強襲して混乱に陥れていたのだ。

 

 大和、ミネルバ、アークエンジェルをはじめとした歴戦の戦艦群に砲火を集中されては、少数の解放軍艦隊はひとたまりもない。加えて解放軍艦隊は、機動兵器部隊支援の為に陣形を組んでいた。その為、対艦戦闘用の陣形を組んで突撃してきた連合軍艦隊に対し、対応が遅れてしまった事も被害拡大につながっていた。

 

 炎を上げて沈んで行く艦隊。

 

 その姿を見て、オーギュストの腹は決まった。

 

「行くぞ、ジーナ」

「ええ」

 

 長年の相棒が何を意図しているのか、一瞬で判断したジーナは迷う事無く頷きを返す。

 

 味方を逃がす。

 

 もはや北米解放軍の壊滅は免れない。そして、立て直すのももはや不可能だろう。

 

 自分達の戦いはこれまでだ。

 

 だが、自分達にできる事なら、まだある。

 

 それは、味方を1人でも多く逃がす事。

 

 ここで死んでは全てが終わる。

 

 だが、生き残る事さえできれば希望をつなぐ事は出来る。

 

 勿論、北米解放軍としての戦いは、ここで終わる事になる。しかし、生き残りさえすれば、やがていつかは別の形で祖国を取り戻す為の戦いをする事が出来るかもしれない。

 

 その為の道を、オーギュスト達は切り開く必要があった。

 

 今までも似たような戦いをしてきた事はある。撤退時に味方の盾となり、敵の追撃を断ち切って来た。

 

 しかし、今回は違う。

 

 生き残った兵士を戦場から逃がす為に、オーギュスト達は戦う必要があった。

 

 スラスターを吹かして、味方の救援に向かおうとするディザスター。

 

 しかしすぐに、その進路を遮るように不揃いの翼が立ちはだかる。

 

「行かせるかよ!!」

 

 レミリアの戦況予測でディザスターの動きを先読みしたヒカルは、父の教えである「エースの役割」を果たすべく剣を構える。

 

 これまで、北米解放軍には何度も煮え湯を飲まされてきた。ここで手心を加えれば、後々、必ずや自分達の禍根となるだろう。

 

 北米解放軍の息の根は、ここで何としても留めておく必要があった。

 

「どけッ!!」

 

 叫びながら、立ちはだかるエターナルスパイラルに対して、両手のビームサーベルを振るうオーギュスト。

 

 対抗するヒカルもまた、真っ向から向かってくるディザスターに、ティルフィングを振り下ろす。

 

 互いの剣が虚空を斬り裂く。

 

 カノンはその間に、ドラグーン4基を射出して機体周囲に配置、掩護射撃を行う。

 

 縦横に飛び来るドラグーンが、四方からディザスターを取り囲んで砲撃を行っている。

 

 これには、オーギュストも攻撃を諦めて、回避運動に専念するしかなかった。

 

「オーギュスト、いったん下がって!!」

「おう!!」

 

 ジーナの警告に従い、機体を後退させようとするオーギュスト。

 

 しかし、それはヒカルとカノンが狙った行動であった。

 

「今だ!!」

 

 ヒカルはエターナルスパイラルの左肩からウィンドエッジを抜き放つと、ブーメランモードで投擲する。

 

 旋回しながら飛翔する刃。

 

 対して、

 

「甘いッ!!」

 

 オーギュストはビームサーベルを振るって、飛んできたブーメランを切り払う。

 

 だが、そこへ、カノンが操るドラグーンの攻撃が襲い掛かった。

 

 奔る閃光。

 

 ディザスターの左足が吹き飛ばされて、バランスを大きく崩す。

 

「このッ!!」

 

 それでもどうにか、執念で体勢を立て直すオーギュスト。

 

 彼の背中には、敵の追撃から逃れようとしている多くの味方が存在している。まだ、ここで倒れる訳にはいかなかった。

 

「そう言えば・・・・・・」

 

 オーギュストは、ふとある事を思い出して苦笑を浮かべた。

 

 確か昔、戦場で対峙した少年から、何の為に戦っているかと問われた事があった筈。

 

 あの時自分は、全ては北米を取り戻すためと答えた。

 

 だが今、北米の解放は絶望的となり、ただ味方を守るために飲み戦っている。

 

 まったくもって、人生とはどうなるか判らない物である。

 

 その事がオーギュストには、妙に可笑しく感じられるのだった。

 

 どうにかバランスを取り戻し、攻撃を再開するディザスター。

 

 ビームライフルによる攻撃で、ドラグーン2基を吹き飛ばす。

 

 しかし、喝采を上げる暇は無かった。

 

 ドラグーンに気を取られている隙に、エターナルスパイラル本体が、不揃いの翼を従えて突っ込んで来たのだ。

 

 両腰からビームサーベルを抜き放ち、二刀流に構えて振り翳すエターナルスパイラル。

 

 それに対して、

 

 オーギュストはとっさにカウンターを狙うべくビームサーベルとビームブレードを振り翳そうとする。

 

 しかしその行動は遅かった。

 

 エターナルスパイラルが振り翳す剣閃が、数度に渡って迸る。

 

 その度に、ディザスターの四肢が、頭部が斬り飛ばされて無力化していく。

 

 それに対して、オーギュストも、そしてジーナも、どうする事も出来なかった。

 

 

 

 

 

 頭部と四肢を失い、完全に戦闘力を失ったディザスター。

 

 コックピット周辺は、相変わらず無傷である。

 

 しかし、もはや戦う事はおろか、その場から動く事すらできない事は明らかである。

 

 負けた。

 

 それも、完膚なきまでの敗北だった。

 

 そのディザスターのコックピット内で、オーギュストは深く嘆息する。

 

「これまで、か・・・・・・・・・・・・」

 

 さばさばした調子で、オーギュストは呟いた。

 

 やるべき事はやった。任務を全うできず、また北米の奪回もできなかった事は残念でならないが、それも今となってはどうでも良い事である。

 

 後は、味方の兵士達が少しでも多く、生き残る事を祈るしかなかった。

 

「すまんな、ジーナ。付き合わせてしまって」

「良いのよ。アタシたちの仲でしょ」

 

 ジーナもまた、静かな口調で言った。

 

 必要な手順を入力し、最後にシークエンス実行のボタンを押しこむ。

 

 同時に、ディザスターに残された最後の機能が動き出した。

 

 その様子を確認すると、オーギュストとジーナは互いに向き合って笑みを交わす。

 

「・・・・・・後は頼むぞ、ミシェル」

 

 最後に、年下の友人に対して語りかけた瞬間、

 

 ディザスターの自爆装置が作動し、2人の視界は急速に広がる白色に塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 ディザスターのシグナルロスト。

 

 その報告は、直ちに前線のミシェルの元にも届けられた。

 

「オーギュスト・・・・・・ジーナ・・・・・・・・・・・・」

 

 寂寥感と共に、吐き出される言葉。

 

 2人の戦友が、既にこの世のものではない事は明らかであった。

 

 しかし、呆けている暇はミシェルには無い。

 

 戦闘は尚も継続中で、こうしている間にも味方には次々と被害が重なってきている。

 

 そしてオーギュストとジーナが戦死した今、味方の命運はミシェルに掛かっていると言っても過言ではなかった。

 

「と、言ってもねえ・・・・・・」

 

 嘆息気味に呟くミシェル。

 

 連合軍は既に追撃の体勢を整えて向かって来ている。このままでは全滅もあり得る。

 

「仕方が無い」

 

 やるべき事は一つ。

 

 オーギュスト達がやったように、ミシェルもまた、殿を引き受けて敵の攻撃を吸収するしかなかった。

 

 そのように考え、機体を反転させようとするミシェル。

 

 正にその時だった。

 

 追撃を掛けようとする連合軍の横合いから、別の部隊が突っ込んで行くのが見える。

 

 その姿を見て、ミシェルは思わず目を見張った。

 

「ユニウス教団、だと!?」

 

 

 

 

 

PHASE-11「エースの役割」      終わり

 


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