機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-06「鏡の中の少女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北米大陸北部都市ジュノー

 

 太平洋に面したこの都市は、CE78に起こった武装組織エンドレスの手による北米同時多発核攻撃の標的からも外れていた為、かろうじて往年の姿を留め続けている数少ない北米都市である。

 

 かつて高度な経済成長で発展し、旧世紀にはオリンピックの会場にもなった大都市の面影はなく、大西洋連邦が崩壊した現在、ただうら寂れた田舎都市と言った風情を醸し出し、失われたかつての栄華をしのばせているのみである。

 

 北米に展開するザフト軍は、ここに監視用の大規模な拠点を置いていた。

 

 北米統一戦線がアラスカ一帯で活動を開始してから、同組織によるものと思われるテロ行為が、北米北部を中心にして頻繁に確認されている。

 

 この事を憂慮したプラント政府は、統一戦線を封じ込めるために、ジュノーに大規模な軍事拠点を設け、テロ行為に対する抑えとしたわけである。

 

 しかし元々、北米統一戦線は少数勢力であり、活動自体もあまり活発とは言えない。

 

 どちらかと言えば、南部の北米解放軍の方が脅威であるとする考えがザフト軍内部では多数を占めている関係から、戦力や軍事費も南部に優先的に送られ、ジュノー基地に置かれた戦力もそれほど多くは無かった。

 

 それでもザフト軍は、ゲルググ・ヴェステージ、ザク・ウォーリア、グフ・イグナイテッドと言った伝統ある機体の新型をこの基地に配備し、北方への守りを強化している。

 

 テロリストは沈黙しているからと言って安心はできない。むしろ沈黙は不気味な存在感を醸し出す事になる。

 

 現につい先日も、ハワイ基地を統一戦線の部隊が強襲したと言うニュースはジュノーにも届いている。それを考えれば、手放しに安心はできなかった。

 

 今日も、哨戒用の機体が出撃していくのが見える。

 

 背部のフライトユニットを広げたグフ2機が、滑走路を滑るように加速しながら、揚力を受けて徐々に舞い上がっていく。

 

 いつも通りの定時パトロール。

 

 アラスカ近辺に目を光らせ、異常がない事を確認する任務である。

 

 いつもと何も変わらない光景がそこにはあった。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 突如、飛行を開始したグフの正面から、鋭い閃光が射かけられた。

 

 回避する暇は、無い。

 

 真正面からビームの直撃を受けたグフが、炎を上げて吹き飛ばされる。

 

 基地全体に吹き付ける熱風。

 

 誰もが唖然とする中、

 

 禍々しくも美しいモビルスーツが、大気を切り裂くようにして飛翔してきた。

 

 背中に負った炎の翼をいっぱいに広げると、トップスピードまで一気に加速、基地上空へと斬り込んで行くモビルスーツ。

 

 速い。

 

 その速度を前に、ザフト軍の警戒機は一切反応が追いつかない。

 

 どんな機体であろうとも再現不可能な機動力を前に、ザフト軍の防衛ラインは一瞬で突破された。

 

 基地上空に占位するモビルスーツ。

 

 その全砲門が一斉に開放される。

 

 放たれる二桁に上る閃光は、直撃する度に基地施設をところ構わず破壊し、炎を巻き上げていく。

 

 巻き上がる炎が、天を覆わんばかりに吹き上がる。

 

 まさに、悪夢の如き光景だった。

 

 戦闘開始から僅か5分。

 

 たったそれだけの間に、ジュノー基地は壊滅的な損害を被ったのだ。それも、たった1機のモビルスーツによって。

 

 その頃になって、ようやく体勢を立て直したザフト軍の機体が、不埒な襲撃者を討ち取ろうと向かってくるのが見える。

 

 接近しながら火器を振り上げるザフト軍機。

 

 しかし、放たれた閃光は、その全てがすり抜けるかのように目標の機体を捉える事は無かった。

 

 恐るべき機動性と言うべきか?

 

 否、よく見れば機体がブレるように、いくつもの虚像を生み出しているのが見える。視覚とセンサーを攪乱し、照準を無効化する機能が搭載されているのだ。

 

 焦ったように放たれる砲撃も、モビルスーツを捉える事は無い。複数の虚像を前に、ザフト兵達はどれが本物なのか見分けがつかないのだ。

 

 分身残像機能の強化版であるが、その虚像の完成度は、過去の装備機に比べて格段に向上している。それ故、ザフト軍はどれが本物なのか見分けがつかなくなっていた。

 

 その間にモビルスーツは、腰から対艦刀を抜き放って斬り込んで行く。

 

 対艦刀と言えば、長い物で15メートル。更に巨大になると20メートルクラスの物もあると言うが、そのモビルスーツが双剣のように両手に構えた剣は、それよりも短く、恐らく12メートルクラスと思われた。威力を若干落としても、取り回しを重視したタイプである。

 

 放たれるザフト軍の攻撃を、持ち前の機動力と虚像を織り交ぜた動きで回避、一気に剣の間合いに持ち込む。

 

 閃光が数度、縦横に瞬いた。

 

 次の瞬間、複数の機体が刃によって切り裂かれ、爆散する。

 

 炎を背に、禍々しい翼を広げ、手にした剣を振るう機体。

 

 その姿は、正に現代によみがえった魔王、とでも称するべき物だろう。

 

 圧倒的な性能差の前に、誰も太刀打ちする事ができない。

 

 ザフト軍機の中で無事な機体が無くなるまで、そう時間はかからなかった。

 

 ジュノー基地は完全に炎に包まれ、周囲にはモビルスーツの残骸が散乱している。

 

 少なくとも当面は、この基地が何の脅威にもなり得ない事は明白だった。

 

 立ち上る炎の忠臣に立つ、翼を持った機体。

 

 それは先日、ハワイから強奪されたスパイラルデスティニーだった。

 

「こちらレミル。任務完了。これより帰投します」

 

 レミリアはマイクに向かってそう告げると、炎を上げる空にスパイラルデスティニーを飛び立たせた。

 

 

 

 

 

 スパイラルデスティニーの奪取は、北米統一戦線にとって大きな転機となった事は間違いない。

 

 それまでの統一戦線の活動と言えば、少数戦力を散発的に繰り出した上でのゲリラ戦を行う事がせいぜいだった。

 

 彼等が所有する主力機動兵器ジェガンは、地球軍内では伝統的だったダガー系列に連なる優秀な機体であり、共和連合軍の主力機と対峙しても互角以上に戦えるとされている。事実、モビルスーツ隊隊長であるクルト・カーマイン少佐は、ジェガン操縦中に3機のザフト軍機に囲まれたが、2機を撃墜して離脱する事に成功した事もあった。

 

 ジェガンそれ自体は、特機にも匹敵する性能を持った機体である事は間違いないが、絶対数の少なさが完全に泣き所であった。

 

 元々、北米解放軍に比べて、後発組織である統一戦線の戦力は少ない。その為、パイロット適性のあるメンバーも限られてくる。

 

 更に言えば、ジェガン自体が大変高価な機体である事も影響していた。

 

 素体のままでも飛行型機動兵器に迫る機動力に加えて、戦場を選ばない武装選択、更にPS装甲やストライカーパック用のコネクトまで備えている。

 

 一応、統一戦線の背後にもバックアップとなる組織は存在しているらしいが、それでもこれ程の高性能機を取りそろえる事は簡単な話ではない。

 

 そのような諸事情により、折角の高性能機動兵器も必要な数をそろえる事ができず、その余波を受けて北米統一戦線の活動も小規模にならざるを得なかったと言う訳である。

 

 しかし、それも昨日までの話である。

 

 共和連合が威信にかけて開発した新型機動兵器。

 

 1機で1軍を壊滅させる事も不可能ではない性能。

 

 スパイラルデスティニーの存在そのものが、北米におけるパワーバランスを崩し、それまで小規模な抵抗運動しかできなかった統一戦線が、積極的な軍事行動に出る事もできるようになった訳である。

 

 今回の作戦は、北部における共和連合軍最大の拠点であるジュノーを壊滅させる事にあった。

 

 しかし。実はこれは囮である。

 

 同時並行で行われた作戦により、北米統一戦線は北部の穀倉地帯を確保。長期自給体制の確立を行う事に成功したのである。

 

 ゲリラ組織にとっても、自前の補給地帯がない事は致命傷である。その為、足場を固める意味でも穀倉地帯の確保は重要だった。

 

 北米統一戦線の補給ルートは、寒冷地であるアラスカは北部にある関係で必ずしも豊かであるとは言い難い。

 

 それでも、カーディナル戦役において主要都市の大半が壊滅した事で情報の統制も破たんした事から、テロリストの潜伏先としては最適だったのだが、補給の目途が立たない事には、早晩断ち枯れるのは目に見えていた。

 

 しかし、今回の作戦成功により、北米統一戦線は長期自給体制の確保に成功したわけである。

 

 そんなわけで、作戦を成功させて基地へと帰還したレミリアは、スパイラルデスティニーをハンガーに駐機してから地面に降り立つと、それを待っていたように周囲から歓声の嵐が沸き起こった。

 

「よくやったぜ、レミル!!」

「流石だよ、われらのエース!!」

「また頼むぜ!!」

 

 もてはやす声に、レミリアは手を上げて笑顔で答える。

 

 彼等はレミリアにとって、掛け替えの無い仲間達であり、共に戦い続けてきた戦友である。その仲間達の喜ぶ顔が見れるのは、レミリアとしても嬉しい事である。

 

 勿論、今までの戦いでは多くの仲間を失ってきた。守れなかった仲間も数多い。故にこそ、今生き残っている者達は皆、レミリアにとって大切な存在だった。

 

 その時、

 

「レミル!!」

 

 男達をかき分けるようにして、女性が声を上げて走ってくるのが見えた。

 

 やや背の高い、短く切った金色の髪の女性である。よく見れば、顔立ちがどこか、レミリアに似ているような気がする。

 

 その女性の姿を見て、レミリアは顔を綻ばせた。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 駆け寄ってきた女性に、笑顔を向ける。

 

 一方で、レミリアから姉と呼ばれた女性は、少し困ったような顔でレミリアの両肩に手を置いた。

 

「どこか、具合悪くない? 怪我とかは、えっと・・・・・・」

 

 忙しなくレミリアの体をチェックする女性を見て、当のレミリアは苦笑とも微笑ともつかない笑いを向けた。

 

「大丈夫。この通り、ボクは無事だから」

 

 イリア・バニッシュ

 

 北米統一戦線の兵士の1人であり、両親を過去に失ったレミリアにとってはたった1人残った姉でもある。

 

 髪はレミリアと違い、ベリーショートに短く刈っており、どちらかと言えば小柄なレミリアと比べると、背も体付きも大人びている印象がある。

 

「だから言っただろ。そいつの力なら大丈夫だってよ」

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 呆れ気味に言いながら肩を竦めて見せたのは、イリアの背後からやって来たクルトだった。

 

 今回の作戦、発案から実行まで指揮を取ったのはクルトである。スパイラルデスティニーの性能とレミリアの実力をもってすれば作戦の成功は充分に可能であると判断した上での実行であった。

 

 結果は、クルトの判断は正しかった事になる。北米統一戦線は貴重な補給源を手に入れ、陽動を行ったレミリア自身も無事に帰還したのだから。

 

 しかし、実施前の段階でイリアから猛烈な反対があった事は言うまでもない。イリアとしては、そんな危険な任務に大切な妹を1人で行かせる事に、不安を感じていたのだ。

 

 下手をすると、スパイラルデスティニーは撃墜され、レミリアが戦死、もしくは捕虜になってしまう可能性もあったのだから。

 

 敵に捕まった女性兵士の末路は悲惨である。

 

 およそ、女に生まれて来た事を後悔する程、筆舌に尽くしがたい凌辱に晒される事になる。大抵の者が自殺するか廃人になる科の二者択一である。

 

 ただ処刑されるだけなら、まだマシなくらいだった。その事を思えば、イリアの心配も的を射た物であると言える。

 

 しかしレミリアは成し遂げ、ふたたびイリアの前へと戻ってきた。

 

「とにかく、よくやってくれた」

「はい、隊長」

 

 そう言ってレミリアは、クルトに対して敬礼をする。

 

 今回の作戦は特に、スパイラルデスティニーの性能をテストする意味合いもあったのだが、その試みは充分に達成されたと言える。

 

 1機で敵基地を壊滅させる事ができたのは上々だった。

 

「さ、レミル。疲れたでしょ。こっち来て休みましょう」

 

 そう言うと、イリスはレミリアの肩を抱くようにして、彼女を宿舎のある方へと誘って行った。

 

 

 

 

 

 レミリアはパイロットスーツを脱ぎ、部屋の中で下着姿となる。

 

 あらかじめ、部屋の窓はスモークで目張りし、更に厳重にカーテンも引いている為、外から覗かれる心配はない。

 

 そっと、胸を覆っていた布を取り去る。

 

 すると、それまで押さえつけられていた2つの膨らみが、若干の質量を伴って解き放たれる。

 

 途端に、レミリアの中で僅かな解放感が解き放たれる。

 

「・・・・・・・・・・・・また、少し大きくなったかな?」

 

 年相応に膨らんだ胸を見ながら、そんな風に呟きを漏らす。

 

 普段は厳重にサラシを撒いている為に判り辛いが、それでも成長に伴って大きさを増した胸は、その頂を僅かに上向かせながら、確かな存在感となってレミリアに自己主張していた。

 

 北米統一戦線に入隊する際、自らを男であると偽ったレミリア。

 

 そのレミリアの性別に関しては、未だに大半の人間は気付いていない。

 

 姉であるイリスと隊長のクルト、そして幼馴染のアステルのみ。あとは皆、レミリア・バニッシュの事を「レミル・ニーシュ」と言う少年だと思っている。

 

 これはイリアの意見でもある。もし女と判れば、どんな災厄が降りかかるか判らない。ならば予め男と言う事にしておけば、そう言ったリスクも減らせると考えたのだ。

 

 クルトとアステルは元々知り合いであり、事情を話すと快く引き受けてくれた。

 

 レミリアの性別が今まで周囲にばれなかったのは、クルトとアステルが協力してくれた事も大きい。特に、モビルスーツ隊長として周囲から一目も二目も置かれているクルトが味方をしてくれることは、この上なく頼もしかった。彼等のおかげで窮地を逃れられた事も一度や二度ではなかった。

 

 加えて、幸いな事に北米解放戦線の兵士達は皆、気の良い連中ばかりであった事も大きかった。自分達の立場故か、誰もが他人の事に深く踏み込まないようにしている。その為、その輪の中にレミリアも普通に入って行く事ができた訳である。

 

 とは言え、入隊当時はまだそれほどの大きさではなかった胸が、こうして目に見えて膨らみ始めている事から考えて、これからも今まで通りに隠し通す事ができると言う保証は無かった。

 

 それに、

 

「ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、名前を呼ぶ。

 

 ハワイの士官学校で、相棒とも呼ぶべき関係にあった親友の少年。彼もまた、レミリアの事を未だに男だと思っているだろう。

 

 別れる際に一瞬、切り裂かれた胸元を見られてはいるが、恐らく気付かれてはいないだろうと思っている。

 

 彼はきっと、自分を恨んでいるだろう

 

 どこまでもまっすぐで、いっそ不器用なくらい頑固な性格を持った少年。

 

 そんな彼の性格を、レミリア自身は決して嫌ってはいなかった。

 

 自分の立場故にヒカルを騙してしまった事について、レミリアの中で、一つの大きな後悔となって残っていた。

 

 ヒカルの友情、ヒカルの信頼、ヒカルの想い。

 

 その全てを、レミリアは踏み躙ってしまったのだ。

 

 そっと、自分の胸に手を当てる。

 

 ヒカルの事を思い出すだけで、レミリアは自分が平静ではいられない事を自覚せざるを得なかった。

 

 自分はテロリスト。彼は共和連合の士官候補生。初めから立場は真逆の存在であったが故に湧き上がる後悔に、レミリアは苛まれていた。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・もう、終わった事だよね」

 

 そっと、自分に言い聞かせるように囁く。それが欺瞞であるとわかっていても、レミリアはそうせずにはいられなかった。

 

 もうヒカルに会う事は無い。これから先、自分は北米が統一されるその日まで、兵士として戦い続けて行く事になる。

 

 そんな自分がヒカルに会う資格なんて、ある訳が無かった。

 

 否、そう割り切らなければレミリア自身、これからも続く事になる戦いに生き残っていく自信が持てないのだ。

 

 しかしそれでも、胸の内から沸き起こる虚無感だけは、どうしてもごまかしようが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元来、ヒカル・ヒビキはアクティブな性格である。

 

 ジッとして時間を過ごすと言う事には耐えられるようにできておらず、暇があれば体を動かしていたいと言う欲求が強くなる。

 

 そうした性格が幸いし、士官学校ではそれなりに優秀な成績だったのだ。元々、知能は人よりも高い方なので、学業の方もそれなりの高さをキープしてはいたが、そうでなければ前述の性格の事もあり落第判定を喰らっていた可能性もある。

 

 因みに相棒のレミル・ニーシュ(レミリア)は身体能力の高さもある事ながら、学力においても優秀な成績であり、学年トップの成績を誇っていた。

 

 そんな訳であるから、ヒカルは現在、ひどく退屈な状況に放り込まれていた。

 

「・・・・・・・・・・・・暇だな」

「・・・・・・・・・・・・そだね」

 

 同調するように返事を返したのは、幼馴染のカノン・シュナイゼルだった。彼女もまた、関係者の1人と言う事で大和に同乗していた。

 

 電極に例えればプラス同士の2人。この持て余し気味の状況に対して、今にも爆発しそうな不満を内にため込んでいた。

 

 ここは既に敵の勢力圏。いつ敵襲を受けてもおかしくはない状況である為、パイロット各位には待機が命じられている。

 

 同じく、パイロットでは無い物の、やはりする事が無くて暇なカノンも含めて、無聊を囲っている訳である。

 

「はあ・・・・・・」

 

 そんな状況で、カノンは大きくため息を漏らした。

 

「パパとママ・・・・・・きっと心配してるんだろうな・・・・・・」

 

 カノンの両親も昔、軍にいてヒカルの両親とは戦友だったらしい。今は2人とも退役し、オーブ本島で喫茶店を経営している。

 

 2人ともカノンを目の中に入れても痛くないくらいに溺愛している為、巻き込まれる形で戦場に行く事になったカノンを心配しているであろう事は想像に難くなかった。

 

 一応、軍の方から説明に行ってくれるとの事だが、カノンとしては落ち着いたら、どうにかして自分から連絡を入れたいと考えていた。

 

「そうだよな。2人とも、結構心配性だったから」

 

 ヒカルもまた、カノンの言葉に同調するように頷く。

 

 幼馴染の関係でヒカルもカノンの両親とは面識がある。その為、2人が今頃、カノンの事で機を病んでいる事は想像できた。

 

 と、

 

「あ・・・・・・ごめん、ヒカル・・・・・・・・・・・・」

 

 ある事に気付いて、カノンは慌てて口に手を当てた。

 

 その仕草が可笑しくて、ヒカルはつい、吹きだしてしまった。

 

「おいおい、今さらだろ。それに、いつも言ってるだろ。気にしてないって」

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 あっけらかんと笑うヒカルに対して、カノンは尚もばつが悪そうに恐縮している。

 

 カノンが恐縮している理由。それは、カノンが両親の話を切り出したからに他ならなった。

 

 ヒカルとリィスの両親は、5年前に他界していた。

 

 乗っていた飛行機が太平洋上に墜落した事が原因だった。現場の海域は当時、台風の影響で大荒れになっていた為、1週間後にようやく派遣された救助隊が発見したのは、辛うじてそれと判る、飛行機の破片のみだったと言う。

 

 妹も、その数年前に他界している。

 

 その為、ヒカルにとって家族と呼べる存在は、もはや姉のリィスだけだった。

 

 もっとも、両親の死後、リィスは親代わりとなって一生懸命にヒカルを育ててくれたし、カノンの両親を始め、周囲の人間は皆ヒカルの事を気に掛けてくれた為、今日までヒカルは性格的にねじれる事も無くやって来れたわけである。

 

「今度オーブに帰ったら、俺も挨拶に行くよ。久々に、おじさんが焼いたケーキも食いたいし」

「ヒカル、パパが焼いたケーキ好きだもんね」

 

 話していて少し気分が紛れたのか、2人はそう言って笑いあう。

 

 何にしても、未来に目標を持つ事は良い事である。戦場では、ほんの少しの気分の差が生死を分ける事がある。その為には未来を見据え、そこを目指して全力で駆ける事も、生存率向上に貢献する事になる。

 

 大和は現在、北米大陸を目指して北上している。

 

 元々が高速戦艦として設計されただけの事はあり、大和の速力は各国の最新鋭戦艦と比べてもかなりの速さである。

 

 ハワイを出航してから3日。本来なら既に北米大陸の海岸線に到達していても良い頃合なのだが、大和は未だに広い海原を航行している最中であった。

 

 比較的速力を押さえて水上航行している事も原因ではあるが、どちらかと言えばそれ以外の要因の方が大きかったと言える。

 

 艦長のシュウジとしては、北米の敵組織が大和の動きを警戒して待ち構えている事を危惧したのである。

 

 いかに大和が最強の戦艦であっても、大兵力を相手にするには戦力的に心もとない。使用可能な機動兵器がセレスティとリアディス・アイン、そしてイザヨイが2機しかない状態で、正面から挑んで行くのは無謀の極みであった。

 

 そこでシュウジは、韜晦運動を行って偽装航路を使う事にした。

 

 大和はハワイ出航後、いったん進路を南に取り、約24時間に渡って航行を続けた後、改めて針路を北に向けたのである。

 

 大和の動きを監視しているであろう敵に、「大和はオーブ本国に退避した」と錯覚させる事が狙いだった。

 

 その狙いは的中したらしい。

 

 ハワイを出航して以来、しつこいように大和に付きまとっていた潜水艦の反応があったが、暫くすると、諦めたように反応が無くなったのだ。

 

 その報告を受けてシュウジは、敵のマークを外す事に成功したと判断し、改めて大和の艦首を北へと向けたのだった。

 

 

 

 

 

 しかし、

 

 その大和の動きを、海中から光る眼が監視している事には、この時まだ、誰も気付いていなかった。

 

「・・・・・・共和連合軍の最新鋭戦艦か。計画していた新型機を搭載して北米へ向かっている最中だろうな」

 

 オーギュスト・ヴィランは潜望鏡に映る巨艦を眺めながら呟きを漏らす。

 

 北米統一戦線が3日前にハワイを強襲した事は、オーギュストも掴んでいる。しかしまさか、こんな場所で共和連合軍の最新鋭戦艦に出くわすとは思わなかった。

 

「どうするの、オーギュスト?」

「無論、叩く」

 

 尋ねる副官の女性に対して、オーギュストは躊躇う事無く返事を返した。

 

 ここで共和連合軍の最新鋭戦艦を撃沈する事は、自分達にとって大きな宣伝材料となるだろう。そうなれば、多くの資金援助を受け、更に活動を活発化させる事も不可能ではない。

 

 遭遇は突発的な物である為、戦力的には厳しい物がある。

 

 しかし、それは戦力の運用次第でいくらでも挽回は可能であると判断できる。

 

「モビルスーツ隊発進準備ッ 目標、共和連合軍の大型戦艦。浮上と同時に発進を開始せよッ!!」

 

 オーギュストの命令を受けて、艦内が慌ただしく動き出す。

 

 タンクから排水が始まり、船体が持ち上がっていく。それと同時に、格納庫では次々と、機体の発進準備が進められていった。

 

 

 

 

 

 その反応が突如として現れた瞬間、オペレーターは驚愕に満ちた表情で艦長席を見上げた。

 

「海上にモビルスーツ反応多数ッ 本艦に向けて急速接近中!!」

 

 その報告を受けて、艦長席のシュウジは僅かに目を細める。

 

 敵の目を晦ます為に偽装航路を使ったが、結局のところ捕捉されてしまったのかもしれない。そう感じたのだ。

 

「・・・・・・全艦、第1戦闘配備。モビルスーツ隊発進準備、離水、並びに敵の識別急げ」

「ハッ」

 

 シュウジの指示を受け、俄かに動き出す大和の艦内。

 

 程無く、解析を終えたオペレーターが顔を上げてシュウジを見た。

 

「敵識別完了ッ これは・・・・・・」

 

 自身の解析結果を受けて、オペレーターは驚愕の表情を顔に張り付けた。

 

「敵は統一戦線ではありませんッ 北米解放軍です!!」

 

 

 

 

 

PHASE-06「鏡の中の少女」      終わり

 




《人物設定》

イリア・バニッシュ
ナチュラル
23歳      女

備考
レミリアの姉で、北米統一戦線に所属する戦士。性格はやや過保護で、いつも危険な任務に駆り出される妹を心配している。砲撃戦型の機体を好み、戦場では主に支援砲撃を担当する。

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