機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-10「此方/彼方」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感動の対面。

 

 まさに、そう呼ぶにふさわしい光景は、今を置いて他にはないだろう。

 

 戦闘を終え、機体を降りてきたヒカルとカノン。

 

 そして、もう1人。

 

 ホログラフの立体映像ではあるが、「彼女」の人格、言いかえれば「魂」は、間違いなくそこに存在している。

 

 レミリア・クライン

 

 かつて、幾度となくヒカル達と砲火を交えながら、尚且つ友情を失わなかった少女である。

 

 かつて、一度は失われた命。

 

 しかし、多くの人の尽力を得て、彼女の魂は再び、現世(うつしよ)へと戻ってきた。

 

 そして、

 

 そのレミリアに向かい合うように、1人の女性が佇んでいる。

 

《ようやく、会えましたね。レミリア》

 

 そう言って、ラクスは柔らかく微笑む。

 

 対してレミリアは、恥ずかしそうに顔を俯かせ、上目づかいでラクスを見ている。

 

 無理も無い。

 

 何しろ彼女にとっては、人生初となる母子の体面である。

 

 レミリアはラクスの、遺伝子上の娘に当たる。

 

 もっとも、それが発覚したのは今から半年前、既にラクスは勿論、レミリアも死んでしまった後の話だ。

 

 レミリアとラクス。双方とも既にこの世の人ではない。今見えている姿も、人工的なホログラフに過ぎない。

 

 しかしだからこそ、2人は同じ立場に立つ事ができる。

 

《お、おかあ・・・・・・さん?》

 

 オズオズと言った調子で、レミリアがラクスに言う。

 

 対して、

 

 ラクスはニッコリ微笑むと、「娘」の頭に手を回し、そっと抱き寄せた。

 

 少し、驚くレミリア。

 

 しかし、やがて安心したように、自身もラクスの背に手を回して抱き締める。

 

 互いに電子体の母子。

 

 そこに温もりを感じるのかどうかは、生身のヒカル達には判らない。

 

 しかし、死と言う絶対的な運命を乗り越えた母子の体面には、感動せずにはいられなかった。

 

 カノンなどは、我が事のようにとめどなく涙を流している。

 

 ヒカルもまた、鼻の奥にツンと来る物を感じ、慌てて深く呼吸をして堪えた。

 

《それとレミリア。今日はもう一人、あなたに会いたいと言う方がいらしていますよ》

《え?》

 

 訝るレミリア。

 

 今や死人の自分に、わざわざ会いたいと言うのは誰だろう?

 

 そう思って、振り返るレミリア。

 

 そこで、思わず声を上げた。

 

 なぜなら、

 

《お、お姉ちゃん・・・・・・・・・・・・》

 

 呆然と呟くレミリア。

 

 レミリアの目の前には彼女の姉、否、正確に言えば、長くレミリアの姉を名乗っていた人物が立っていたからだ。

 

 イリア・バニッシュ

 

 実際にセプテンベルでレミリア誕生に関わったバニッシュ夫妻の一人娘であり、レミリアがこれまで、唯一の肉親だと思っていた人物である。

 

 長く、レミリアに対する人質としてプラント政府から軟禁されていたイリアだが、半年前、オーブ奪還時のどさくさに紛れてアスランに救出され、長くレジスタンスに匿われていたのだ。

 

 そして今、ようやく薄幸の姉妹の再会となった。

 

 妹の方が、既にこの世ならざる存在となっているのは悲しい事実であるが。

 

「ごめんなさい」

《・・・・・・え?》

 

 イリアの口から出たのは、レミリアへの謝罪だった。

 

 キョトンとするレミリア。

 

 対して、顔を上げたイリアは、その瞳から涙を流し、妹と向かい合う。

 

「私は、あなたにひどい事をしてしまった・・・・・・・・・・・・」

《お姉ちゃん?》

「私が、あなたに真実を喋らなかったばっかりに、あなたを苦しめ、こんな風にしてしまった」

 

 自分がもっと早く真実を、レミリアがラクスの娘である事を話し、自由にするように説得してさえいたら、レミリアをここまで苦しめ、ついには死なせてしまうような事は無かった。

 

 その自責の念が、イリアを否応なく苦しめる。

 

 そんなイリアに対して、

 

《もう、良いよ》

 

 レミリアは、微笑みながら言った。

 

「レミリア?」

《確かに、ボクは死んじゃったけど、でも、こうしてまだお姉ちゃんやヒカル達と話す事はできるし、それに・・・・・・》

 

 言いながら、レミリアはチラッとラクスの方を見た。

 

《お母さんとも、会う事が出来たし》

《レミリア》

 

 娘の視線を受けて、ラクスもまた視線を返すと、そっとイリアに歩み寄った。

 

《レミリアの言うとおりですわ、イリアさん。わたくしもレミリアも、あなたの事を恨んではいません。だからもう、その事は気にしないでください》

「ラクス様・・・・・・・・・・・・」

《それから、このような形にはなりましたが、あなたがレミリアのお姉さんであると言う事に変わりありませんからね》

 

 ラクスの言葉を聞き、

 

 レミリアは声も上げる事ができない。

 

 ただ黙って、泣き顔を隠すように深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 それを見た人間は、初めは正体が判らない事だろう。

 

 大きい。

 

 とにかく、途方もない大きさである事は間違いない。

 

 見た目には巨大な岩の塊だが、それ1個だけでコロニー並みの大きさがあった。

 

 全長は最大で8キロ。幅は最大箇所が6キロにも及ぶ。

 

 形は2つの三角形を互い違いに重ねた、所謂「六芒星」に近い姿をしている。無論、一片の大きさが不揃いである為、「しいて言うならば」と言う文体が文頭に付くが。

 

 その巨大な姿は、プラント支配宙域の前面に存在し、ちょうど地球とプラントを隔てるような形になっていた。

 

「ようやく完成しましたな、議長」

「うむ」

 

 視察に訪れたアンブレアス・グルックは、随行する閣僚の言葉に対して力強く頷きを返す。

 

 これの建造を推し進めてきた立場であるグルックからすれば、ようやく完成を見た事に対する感慨はひとしおである。

 

 ヤキン・トゥレース

 

 移送に3年、建造に4年を費やした、過去に例を見ない超巨大要塞である。

 

 アンブレアス・グルックは、自身の推し進める軍備拡張路線と、「強いプラント」を体現し象徴する存在として、この巨大要塞の建造を行ったのである。

 

 過去に存在した、ヤキン・ドゥーエ、ボアズ、メサイアと言った要塞群と比べても、その巨大さは比較にならない。

 

 勿論、ただ大きい訳ではない。

 

 対艦用の陽電子破城砲80門。対機動兵器用の対空砲が1万以上。その他、防衛用の陽電子リフレクター多数を有している。プラント軍に所属する全機動兵器を収容可能とするスペースが存在するだけでなく、港湾施設は数個艦隊を同時収容可能になっており、更に兵員全員を収容する居住区や、各種娯楽を扱うレクレーション区画が存在し、工場区画ではモビルスーツはおろか、戦艦の建造まで可能となっている。

 

 正に、それ自体が一個の都市と言っても良い様相を呈しており、軍拡路線を推し進めてきたアンブレアス・グルックの、人生そのものを象徴するかのような威容を誇っていた。

 

 昨今、敗勢著しいプラント軍だが、この要塞を見る限り、そのような劣勢を一切感じさせない絶対的な雰囲気を誇っていた。

 

「どうかね、クーヤ。このヤキンの姿は?」

「はいッ とっても素晴らしいです!!」

 

 随行を許されたクーヤ・シルスカは、高揚感を隠す事も無く答えた。

 

 最高議長特別親衛隊員である彼女にとって、グルックの堂々とした姿を目にする事は、正に神への崇敬にも等しい。

 

 そのグルックが作った、人類史上最大の要塞の視察に同行できたことは、彼女にとって最高の栄誉だった。

 

 グルックもまた、自身に忠実な少女に対して頷きを返す。

 

 少女の無垢な憧憬は、グルックにとっても心地よい物であるのは確かだった。

 

 だが無論、この要塞を建造したのも、クーヤに対して高い特権を与えているのも、グルックの個人的趣味では決してない。

 

「オーブ共和国を僭称するテロリスト達は必ず、我が神聖なるプラントの版図へと侵略してくるだろう。それも近いうちに、だ。奴等は今、不相応な勝利を得た事で思い上がっているからな」

 

 しかし、とグルックは続ける。

 

「我が忠実なるプラント軍の精鋭諸君と、完成したこの要塞の存在をもってすれば、たとえ一億の兵が攻め寄せたとしても、我々が負ける事は決してあり得ない。間も無く奴等は、その事を思い知る事になるだろう。自分達の命を対価としてな」

 

 グルックの言葉を受けて、居並ぶ一同は意気を上げる。

 

 自分達は間違っていない。

 

 アンブレアス・グルックの元、世界統一と言う大事業を成し遂げるのは、自分達の使命なのだ。

 

 そんな思いが、彼等の中から湧き上がってくる。

 

 自分達こそが、支配者に連なる者であり、自分達こそが、この世界を統一に導く死命を負った存在なのだ。

 

 誰もがその事を自覚し、胸を躍らせている。

 

 もっとも、

 

 彼等の誰一人として、判っていない。

 

 今こうして、彼等が無邪気に要塞歓声を言わっている間にも、プラント国民の多くは物資不足から、その日の食糧にすら事欠きながら苦しい生活を送っているのだ。

 

 この要塞にしてもそうだ。建造する為に、いったいどれだけの物資を消耗し、その事によって、どれだけのプラント国民が塗炭の苦しみを味わっているのか。

 

 彼等の「理想」と彼等の目指す「国家」が、そんな国民の苦しみの上に成立しているのだと言う事を、グルックを始め、この場にいる全員が全く判っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スクランブル要請を受けて、クルト・カーマインは、長年の愛機となりつつあるジェガンへと駆け寄る。

 

 クルトは現在、新設された月面都市自警団の団長を務めている。

 

 規模こそ小規模であるが、旧月面パルチザンの主力を中心に、更に有志を募って結成された自警団の構成員達は誰もが、自分達こそが月の守り手であると言う誇りと自覚を胸に任務に就いている。

 

 とは言え現状、オーブ、プラント間で行われている戦争からは、月は殆ど隔離されているに等しい状況に置かれていた。

 

 月はオーブからもプラントからも距離的に離れて居る為、双方ともに手を出しづらい位置にある。加えて、オーブとは友好関係を築いているし、プラントは対オーブ戦線に集中しなくてはいけない手前、余計な戦力を回す余裕は無い。

 

 そのような事情がある為、月は半ば捨て置かれたような状態に置かれていた。

 

 もっとも、月からすれば、現状が好ましい物であるのは確かである。

 

 戦火が及ばない為、復興は思った以上に急速に進み、更に同盟関係にあるオーブへの支援体制も完全に機能している。

 

 そのような事情がある為、月は今まで戦火とは程遠い状況に置かれ、一種の「安全地帯」と化していた。

 

 もっとも、クルトからすれば忸怩たる物がないではない。

 

 かねてからクルトは月の防衛力の脆弱さを憂慮し、自警団よりも強力な装備と機動力を有する国軍の創設、すなわち「月面都市連合軍創設計画」を提唱していた。

 

 これは先のプラントの侵略に対し、月面都市群が殆ど抵抗らしい抵抗を示せなかった事に起因している。

 

 プラント軍のような強大な敵が攻めてきた場合、自警団のような小規模組織では対応が難しくなる恐れがあるのだ。その為、クルトは強力な軍隊を創設する事によって、月の自治力強化を掲げた訳である。

 

 もっとも、先に話した通り、月が戦線から取り残された影響から住民の危機意識が低く、連合軍創設計画は承認されないまま今日まで来てしまったのだが。

 

 しかし今、クルトは是が非でも自分の意見を通しておくべきだったと、後悔している所であった。

 

 半年前の月解放戦争以来、久方ぶりとなる敵の襲来は、全く予期し得ない形で齎された。

 

 正体不明の敵が月の防空圏に接近していると報告を受けたのは、今から1時間ほど前の事。

 

 程無く、相手の正体が知れた時、クルトを含む全員に衝撃が走った。

 

「北米解放軍だと・・・・・・・・・・・・」

 

 クルトは呻くように呟いた。

 

 先行した部隊から齎された偵察内容は、侵攻してきた相手が北米解放軍だと告げていた。

 

 一部の噂で解放軍が宇宙に進出したと言うような話は聞いていたが、彼等がまさか、月に侵攻してくるなどとは、誰も思わなかった。

 

《おい、クルト》

 

 コックピットの通信機が起動すると、同僚のダービット・グレイの顔がサブモニターに映し出された。

 

《敵は北米解放軍だって言うじゃねえか。いったいどういう事なんだ、こいつは?》

「ああ、俺も今聞いたところだ。連中が何を意図しているかは不明だが、目的は、月への侵攻だと言う事は明らかだろう」

 

 月を足掛かりにして北米への捲土重来を図るつもり、と言ったところだろうか?

 

 月の現状の防衛力を考えれば、悪い選択肢ではないように思える。

 

 だが、

 

「奴等、タイミングが悪かったな」

 

 クルトは不敵な呟きを漏らす。

 

 何しろ、こちらには今、頼れる連中が味方になっている。

 

 無論、それだけで勝利する事は難しいかもしれないが、少なくとも負けない戦いは十分可能だと思われた。

 

《あの連中、大丈夫なんだろうな?》

 

 ダービットが、やや懐疑的な顔で尋ねてくる。彼としては、実力を見ないうちから相手を信用する事はできないのだろう。

 

 しかし、

 

「なに、大丈夫だ」

 

 クルトは力強い声で頷く。

 

「何しろ連中は、この程度の苦難は幾らでも乗り越えて来ただろうからな」

 

 

 

 

 

 ダークグレーの巨艦が、月面を滑るように航行しながら、左右両舷のハッチを開いていく。

 

 戦艦ミネルバは、タリア・グラディスの指揮の下全軍の先頭に位置し、今にも砲門を開く瞬間を待ちわびていた。

 

 見渡せば、周囲に展開する僚艦でも似たような光景が見られ、搭載機動兵器が次々と発艦していく様が見て取れる。

 

 彼等は皆、祖国を自分達の手に取り戻すために立ち上がった同志たちである。

 

 自由ザフト軍。

 

 数日前までプラント・レジスタンスを名乗り、細々とした抵抗運動を続ける事くらいしかできなかった彼等は、今やある程度の規模を誇る軍勢へと膨れ上がっていた。

 

 その背景には、プラント本国からの有志の他に、地球の戦線等からも同志となりうるであろう者達を募り、この月で合流した事が大きかった。

 

 これを持って、彼等はグルック政権打倒を目指して武装蜂起を決行したのである。

 

《それがまさか、先に解放軍の奴等とやり合う事になるとはね》

《文句を言うな。連中が仕掛けて来るなら、排除しなくてはならんだろ》

 

 ディアッカ・エルスマンのぼやくような言葉に、イザーク・ジュールがたしなめるような口調で返す。

 

 いつも通りのやり取りに、アスラン・ザラは苦笑を漏らすしかなかった。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 ミネルバを発艦したアスランは、周囲を見回して感慨深く呟く。

 

 ほんの数か月前まで、ただのゲリラ組織に過ぎなかった自分達が、まさかこのような大規模な軍勢に膨れ上がるとは、思っても見なかった。

 

 それだけ多くの兵士達が、今のグルック政権のやり方に対して否定的な意見を持っていると言う事か。

 

 グルックは、軍人とその家族に対しては特別な優遇措置を取っている。

 

 高所得、物資の優遇分配、高級居住区への割り振り、生活保護等、今のプラントでは軍人の血縁者であると言う事が、一つのステータスと化しているのだ。

 

 その軍の中からも大量の離反者が出たと言う事実が、グルック政権の在り方を如実に表していると言えた。

 

 隊列を組む部隊の中には、イザークの娘であるディジー、ディアッカの息子であるジェイク、ニコルの息子であるノルトの姿もある。

 

 3人だけではない。自由ザフト軍の中には、多くの元カーペンタリア守備兵の姿もあった。

 

 彼等は孤立したカーペンタリアに取り残され、碌な補給物資も届けられないまま半年に渡る絶望的な戦いを行った後、屈辱の降伏を余儀なくされた。

 

 全て、最前線と言う過酷な環境を理解しない、グルック政権の無知無策ぶりが招いた悲劇であると言えた。

 

 とは言えアスラン自身、別の意味で気分が高まっている事も感じていた。

 

 何しろ、事実上の反乱軍とは言え、アスランにとってはほぼ20年ぶりの「ザフト軍」復帰である。かつての古巣に戻り、一層気分が引き締まる思いだった。

 

 思考するのもそこまでだった。

 

 解放軍の部隊が、速度を上げて向かってくるのをセンサーが捉える。

 

「行くぞ」

 

 対して、アスランもまた一声上げると、機体の速度を上げて突撃していった。

 

 

 

 

 

 北米解放軍の先頭を行くミシェルの機体からも、突撃してくる自由ザフト軍、そして月面都市自警団の姿が見て取れた。

 

 その様子を見て、ミシェルは舌打ちを漏らす。

 

「クソッ 情報よりも数が多いじゃねえかッ」

 

 宇宙要塞アルテミスを奇襲によって占拠し、根拠地を得た北米解放軍は、本格的に祖国解放に向けた行動を開始していた。

 

 その第一段階として月を占領下に置き、北米帰還への足掛かりにする事になった。

 

 オーブ、プラント間の戦争の影響で、今の月は戦力的に空白地帯と化している。

 

 今侵攻すれば、労せずして月を手に入れる事も可能なはず。

 

 国際テロネットワークを通じて、その情報を得たブリストー・シェムハザは、指揮下の全軍を月に向けて出撃させたのだった。

 

 しかし、その思惑は、完全に当てが外れた形となった。

 

 侵攻を開始した北米解放軍の前には、予想をはるかに上回る大軍勢が姿を現したのだ。

 

 どうも自分達は、何かに騙されているのではないのか?

 

 そんな一抹の不安が、ミシェルの脳裏には過ぎっていた。

 

《だが、もう後戻りはできん》

 

 ミシェルのソードブレイカーと並走する形で飛行するディザスターから、オーギュストの声が響いてきた。

 

 かつてのフリーダム級とジャスティス級の性能を掛け合わせた機体は、今や退勢著しい北米解放軍にとっては最後の切り札となっている。

 

 オーギュストの言うとおりである。

 

 既に賽は投げられた。後戻りはできない。

 

 追い詰められつつある北米解放軍には、もはや逃げ場など存在しないのだ。

 

《来るわよ!!》

 

 ディザスターのガンナーを務めるジーナ・エフライムが声を上げた瞬間、

 

 展開した自由ザフト軍と月面自警団が、一斉に迎撃の砲火を開いた。

 

 合わせるように、北米解放軍も砲門を開く。

 

 実に半年ぶりとなる、月を舞台にして戦いの幕が切って落とされた瞬間だった。

 

 たちまち周囲に閃光が交錯し、虚空を斬り裂いていく。

 

 一部の機体は直撃を浴びた瞬間、吹き飛ばされて火球へと変じる機体が続出した。

 

 そんな中、深紅の機体が自由ザフト軍の隊列から抜け出して斬り込んで来んでいく。

 

 アスランの機体はレジスタンス時代から使用していたジェガンから、オーブ軍から提供されたセレスティフリーダムに変更されている。

 

 もっとも、機体全体が彼のパーソナルカラーである赤に塗装されているのは、他と違うところであるが。

 

 そのアスランの機体が、腰に装備した長大な剣を抜き放つ。

 

 刀身に展開するビーム。

 

 美しい剣だった。

 

 刀身は僅かに反り、鍔元から切っ先に至るまでビーム刃が形成されている。

 

 日本刀のような美しさを備えた対艦刀は、オーブ軍がかつてアスラン専用とした開発したオオデンタ対艦刀である。

 

 材質にレアメタルを使用し、更に刀身自体を軽く反らせる事で衝撃を逃がしやすくすることで、耐久力を飛躍的に高めると同時に切れ味も増した、正に芸術品の如き逸品である。

 

 振るわれる刃。

 

 その一閃が、接近しようとしていたグロリアスを斬り捨てる。

 

 集中される砲火。

 

 対してアスランは、全ての攻撃の軌跡を見斬り回避。セレスティフリーダムの手にしたオオデンタを振り翳して斬り込んで行く。

 

 対抗するように立ちはだかったディザスターが、搭載全火砲をアスランのセレスティフリーダムへと向けた。

 

「やらせない!!」

 

 叫ぶと同時に、トリガーを引くジーナ。

 

 ディザスターより一斉に放たれる砲撃。

 

 対して、アスランは機体を沈みこませるようにして回避すると、オオデンタの刃を返して斬り上げる。

 

 駆け抜ける斬撃に対して、オーギュストはとっさに機体を後退させる事で回避しつつ、腰部のレールガンでセレスティフリーダムを牽制、接近を阻む。

 

 状況的には、数で勝るザフト・自警団連合軍と、質的優位を確保している解放軍との間で拮抗している形となっている。

 

 連合軍側も、ザフト兵多数が参戦している関係からある程度の質的にも高いはずなのだが、実戦経験の低い自警団が混じっている事で、平均値が下がっている形だった。

 

 その中で、アスランと、オーギュスト・ジーナコンビの対決は、異質と称しても良い程にハイレベルな戦闘を繰り広げていた。

 

 放たれる砲撃を、アスランは8枚の翼を羽ばたかせて接近。手にした大剣を真っ向から振り下ろす。

 

 対抗するようにオーギュストも、砲火をすり抜けたセレスティフリーダムに対しビームサーベルとビームブレードを展開して迎え撃つ。

 

 交錯する両者の刃。

 

 戦況は尚も錯綜したまま、一進一退の攻防が繰り広げられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北米解放軍月侵攻。

 

 その情報は、ただちにオーブ行政府にある暫定政府閣僚会議にも届けられた。

 

 この報告は、カガリを含め、居並ぶ全員に驚きでもって伝えられた。

 

 既にオーブ軍は、対プラント侵攻作戦の準備に動き出している。数日の内にはマスドライバー・カグヤを使用して、出撃部隊と必要物資をアシハラに上げる手筈になっていた。

 

 勿論、オーブ本国を空にするわけにはいかないので、防衛用の戦力は残す事になるが、7割以上の戦力をプラント侵攻に向ける予定である。

 

 彼等は月近海で自由ザフト軍と合流し、プラント本国を目指す事になる。

 

 はずだったのだが、

 

 その矢先の、北米解放軍であったのだ。

 

「ままならない物だよな」

 

 深刻な表情をしながら、カガリは嘆息気味に呟いた。

 

 周到な用意を進めた計画が予期せぬ要素によって台無しになるパターンは珍しくも無いが、今回はその典型であると言えよう。

 

 こうなった以上、こちらからも援軍を送らなくてはならない。

 

 プラント侵攻と言う本戦を前に、その前哨戦で戦力を消耗する訳にはいかないのだ。

 

 もっとも、カガリとしては月の情勢について忸怩たる思いはあっても、途方には暮れていなかった。

 

 何しろ、月にはアスランもいる。

 

 カガリの最愛の夫にして、地球圏最強のエースの1人。

 

 彼がいる限り、自分達が負ける事は決してありえないと、カガリは本気で思っている。

 

「北米解放軍か。連中の健気さには、正直なところ頭が下がる思いはあるな」

 

 言ったのはムウだった。

 

 オーブ軍の宿将とも言うべき地位にあるムウだが、呟いた時の表情には、どこか侘しさを感じさせる憂いの表情があった。

 

 ムウと、そして彼の妻であるマリューは旧大西洋連邦出身という事もある。

 

 若い頃に国から裏切られてオーブに亡命したと言う経歴を持つ彼等だが、亡命から20年以上経った今でも、ある種の望郷にも似た思いが旧故国にあるのかもしれなかった。

 

 とは言え、

 

「プラントとの決戦前に、解放軍とのけりをつける必要がありそうだな」

 

 そう告げたムウの顔には、もはや憂いの表情は無かった。

 

 彼の言うとおりである。後門に狼を食いつかせたまま、前門の虎と対峙する事はできなかった。

 

 

 

 

 

 カノンは夜になってから、1人で格納庫へとやって来た。

 

 出撃を前に大半の物が大わらわの状況を呈しているが、今は休憩中の者が多いらしく、整備員達もまばらである。

 

 カノンはキャットウォークの上を歩くと、駐機してあるエターナルスパイラルの前へと立った。

 

 この機体は先日まで、ヒカルとカノンの機体だった。

 

 だが、今はそこに、もう1人も加わっている。

 

「レミリア、いる?」

 

 控えめに掛ける声。

 

もしかしたら聞こえなかったかもしれない、と一瞬思ったが、それがすぐに杞憂であった事が判る。

 

《どうかした、カノン?》

 

 空間から浮き上がるようにして、レミリアが姿を現した。

 

 カノンにとっては、月で捕虜になって以来の再会となるが、立体映像の体になっても、りりしさと可愛らしさを兼ね備えたその姿は変わりなかった。

 

「うん・・・・・・あの、さ・・・・・・・・・・・・」

 

 言ってから、その先を言い淀むカノン。

 

 考えてみれば、こうして「彼女」と腹を割って話すのは初めてかもしれない。

 

 男だと思っていた頃は気さくに話しかけてはいたが、いざ女として話すのは、月での一件以来二度目となる。

 

 その為、どうしても緊張が増してしまう。

 

 しかも、今からカノンがしようとしている話題は、2人にとって微妙な話題であるから尚更である。

 

 いぶかしむように首を傾げるレミリア。

 

 そこでふと、何かを察したように口を開いた。

 

《もしかして、ヒカルの事、かな?》

「ッ!?」

 

 レミリアの指摘に対して、カノンは一瞬ビクッと肩を震わせるが、すぐに俯いたまま頷きを返した。

 

 結果的に告白する事には成功したカノンだったが、まさか、このような形でレミリアと再会するとは思っても見なかった為、何やら後ろめたい思いに捕らわれてしまったのだ。

 

 だからこそ、話そうと思った。今のレミリアと、自分の腹の内を割って。

 

 ヒカルは未だに、レミリアの事を思っているかもしれない。

 

 もしそうなら、自分は身を引いた方が良いのかもしれない。

 

 そんな思いが、カノンの中では蟠っていた。

 

 そんなカノンの心情を察したのか、

 

 レミリアはフッと、微笑を浮かべた。

 

《カノン、ヒカルの事、お願いね》

「え?」

 

 驚いて顔を上げるカノンに、レミリアは優しく笑いかける。

 

《あの通り、ヒカルって結構鈍いからさ、カノンがしっかりと支えてあげないと》

「でもレミリア、わたしは・・・・・・」

 

 自分の想いを貫く事が、ヒカルとレミリア、双方を傷付ける事になるのでは。

 

 カノンはその事を危惧しているのだ。

 

《大丈夫》

 

 そんなカノンを勇気付けるように、レミリアは言った。

 

《勇気を出して。今のヒカルを支えてあげる事ができるのは、カノンだけなんだから》

「レミリア・・・・・・」

《その代り、ボクは2人の事を絶対に守る。約束するよ》

 

 そう言ってレミリアは、ゆっくりとカノンに歩み寄る。

 

《だから・・・・・・・・・・・・》

 

 殆ど鼻先が触れ合いそうな距離。

 

 しかし両者は此方と彼方。

 

 1人の少年に想いを寄せる2人の少女は、近くて遠い、永遠に別つ距離にあり続ける。

 

《ヒカルの事、絶対に逃がしちゃダメだよ》

 

 頷くカノン、レミリアはもう一度、微笑みかけた。

 

 対して、

 

 カノンは真剣な眼差しをレミリアに向けて言った。

 

「でも、それじゃあ、レミリアはどうするの?」

《え?》

 

 キョトンとするレミリア。

 

 カノンは構わず続けた。

 

「レミリアの気持ちは、どうなるの? だって、レミリアだって・・・・・・・・・・・・」

《カノン》

 

 言い募ろうとするカノンを、レミリアは制した。

 

 その表情は、笑顔を浮かべつつも、どこか寂しそうにしているように見えた。

 

《ボクの事は、どうでも良いよ》

「いや、どうでも良いって・・・・・・」

《ボクの事は気にしないで、カノンはカノンの想いを貫いて》

 

 そう告げるレミリア。

 

「いや、ちょっと待ってよ!!」

 

 引き留めようと手を伸ばすカノン。

 

 しかし、

 

 掴んだ手は、少女の腕を空しくすり抜けた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 それは見えずとも確かに少女達の間に存在する、絶対的な世界の壁。

 

 たった今見た光景が、レミリアが決して触れる事の出来ない、別次元の住人である事を如実に語っていた。

 

《・・・・・・・・・・・・そう言う、事だから》

 

 最後に小さくそう言うと、レミリアはスッと消えてしまった。

 

 後には、立ち尽くすカノンだけが残される。

 

 レミリアはもう、決して他人と触れ合う事ができない。

 

 自分とも、そしてヒカルとも、

 

 そんな現実を前にして、レミリアはカノンに道を譲ろうとしているのだ。

 

 その時、

 

《カノン》

 

 背後から別の声に呼びかけられて振り返る。

 

 すると、カノンの足元に、ピンク色の丸い物体が転がってくるのが見えた。

 

 ピンクちゃんに内蔵された立体投影機能を起動すると、ラクスは真剣な眼差しをカノンへと向けて来た。

 

《もう少しの間、あの娘をそっとしておいてあげましょう》

「ラクス様・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスは柔らかい口調でカノンを引き留める。

 

 どうやらラクス自身、母親としてレミリアに思うところがあるらしい。

 

《あの娘はきっと、まだ混乱しているんだと思います。一度は死んだと思ったのが、このような形でまた、カノンやヒカル達と会えた事は、むろん、レミリアにとっても嬉しい事でしょう。でも、だからこそ、自分自身を持て余してしまっているんだと思います》

「・・・・・・・・・・・・そっか」

 

 ポツリとつぶやいて、カノンはエターナルスパイラルを見上げる。

 

 何となく、レミリアの気持ちが分かった気がした。

 

 電子体としての自分。

 

 決して触れる事の出来ない体。

 

 そこからくるもどかしさは、想像するに余りある。

 

 だが、それでも・・・・・・

 

「ラクス様、わたし、レミリアには諦めてほしくないんです」

《カノン・・・・・・・・・・・・》

 

 確かに、今のレミリアの体は電子体に過ぎないかもしれない。

 

 だが、言いかえれば「たかがその程度」の事に過ぎないのだ。

 

 そしてカノンとしては、「たかがその程度」の事で、友人に想いを捨てて欲しくないと思うのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-10「此方/彼方」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を聞き終えた仮面の少女は、小さく頷きを返して立ち上がる。

 

 その様を見て、教主アーガスも厳かに尋ねる。

 

「では聖女様、よろしいですね?」

「是非もありません。わたくしたちがするべき事は決まっています」

 

 断言するように聖女は言った。

 

 月における北米解放軍侵攻と、それに伴うオーブ軍の蠢動。

 

 これらの組織が動く以上、プラントと同盟関係にあるユニウス教団としても、動かない訳にはいかない。

 

 それに、

 

 次の戦いでは、必ずや魔王が出てくるはず。

 

 不揃いの翼を広げ、手には大剣を掲げし姿は、今も仮面の奥にある聖女の脳裏に焼き付いている。

 

「レミリアの仇・・・・・・今度こそ・・・・・・」

 

 魔王討伐。

 

 それが果たせると言うのなら、如何なる戦場に赴く事も恐れはしなかった。

 


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