機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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PHASE-07「最悪のタイミング」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘は、呆気無い程あっさりと終了した。

 

 人は強固なハードウェアに頼れば頼る程、慢心を心の内に秘める事になる。

 

 その典型的な例が、正にこれだった。

 

 ユーラシア連邦軍所属、宇宙要塞アルテミス。

 

 辺境航路警備の為に建造されたこの要塞は今、長きにわたる所属を、強制的に変えさせられていた。

 

「状況完了しました閣下。全区画、制圧完了です」

「うむ、ご苦労」

 

 出迎えたオーギュスト・ヴィランの報告に、シャトルを降りたブリストー・シェムハザは、鷹揚に頷きを返した。

 

 見回せば、居並ぶ北米解放軍の兵士達が、皆一様にシェムハザに向き直り敬礼をしている。

 

 落ちぶれて尚、失われぬ誇りと勇壮さが如実に表れている光景である。

 

 思えば、ここに至るまで長い道のりを歩いてきた。

 

 今一歩の所で北米紛争に敗れ、不本意な敗走を余儀なくされた時から、既に3年の時間が過ぎ去ろうとしていた。

 

 その後、ユーラシア連邦へ逃れ、そこでも押し寄せてくるプラント軍と戦い続けた。

 

 しかし、味方であるユーラシア連邦の裏切りに遭い、そこも追われる羽目となった。

 

 一度は自分達の拠点を持とうと攻め込んだスカンジナビアでは、予想だにしなかった自由オーブ軍の参戦によって、計画が潰える事となった。

 

 その後、流浪を続けること一年。ようやく今、自分達の拠点を得る事に成功したのだ。

 

 スカンジナビアでの戦いの後、国際テロネットワークの支援を受け、宇宙へとのがれた北米解放軍は、宇宙要塞アルテミスを襲撃。これを占拠したのである。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役以前に建造された要塞であるアルテミスは、陽電子リフレクターを全体に張り巡らせて、あらゆる攻撃を防ぐ事ができる無敵の要塞だが、そのハードウェアに対する信仰が完全に仇となった。

 

 奇襲をかけた北米解放軍に対し、アルテミス駐留のユーラシア連邦軍は、碌な抵抗を見せず、自慢の陽電子リフレクターを展開する間も無く壊滅の憂き目を見た。

 

 元々、アルテミス自体が辺境航路の片隅に建造され、主な任務は宇宙海賊対策である。暇と言う程ではないにしろ、最前線に比べたらひどく緩い空気に包まれているのは確かである。更に無敵の要塞にこもっていると言う安心感も、彼等の緊張感を削いでいた。

 

 そこに来て一国の軍隊に匹敵する北米解放軍の奇襲を受けては、ひとたまりも無かった。

 

「既に要塞守備兵の処刑は完了しています。閣下におかれましては、どうか快適にお過ごしください。間も無く、フラガ隊も合流する事でしょう」

「うむ」

 

 頷きを返すシェムハザ。

 

 ミシェル・フラガは、プラント軍のオーブ侵攻に呼応するような形で、オーブ上空へと部隊を率いて出撃していた。

 

 とは言え、オーブ軍、プラント軍双方どちらかに加担する事が目的ではない。

 

 目的は、プラント軍戦力の減殺にある。

 

 本来ならオーブとプラントは双方共倒れにでもなってくれた方が望ましかったのだが、如何せん、戦力差がありすぎる。このままではプラント軍の一方的勝利に終わってしまう可能性が大と判断したのだ。

 

 もしプラント軍が勝てば、彼等の権益は更に拡大し北米解放の日はさらに遠のく事になりかねない。

 

 その事を危惧したシェムハザは、ミシェルに一隊を預け、カーペンタリア攻防戦に介入するよう指示をしたわけである。

 

 仮にプラント軍が勝つにしても、彼等の戦力を多少なりともそぎ落とし、来たる北米奪回作戦への布石としようと考えたのだ。

 

 しかし、結果として彼等の予想とは大きく外れた形で戦闘は終結した。

 

 まさかと言うべきか戦いは、戦力的に劣るオーブ軍の圧倒的勝利に終わり、プラント軍は這う這うの体で逃げ帰って行った。

 

 だが、同時にこれはチャンスでもある。

 

 プラントの勢力が後退した今、北米解放に向けて軍事行動を起こす時が来たのかもしれない。

 

「フラガ隊の帰還を持って、我が軍も行動を開始する」

 

 シェムハザは居並ぶ将兵を見回し、厳かな口調で言った。

 

 ここからだ。

 

 故郷ははるか遠くになり、自分達は深淵の中にポツンと浮かんだ、ちっぽけな要塞に追いやられてしまっている。

 

 しかし、まだだ。

 

 まだ、自分達は戦う事ができる。

 

 否、

 

 祖国解放の日が来るまで、諦めるつもりは毛頭なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カノンは、悶々とした日々を送っていた。

 

 理由は、言うまでも無く、幼馴染にしてカノンが秘めた想いを向ける相手、ヒカル・ヒビキについてである。

 

 ヒカルを1人の「男」として意識し始めたのはここ数年の事だが、それでも想いはカノンの中で急速に拡大していった。

 

 否、今こうしている間にも、カノンの中で膨れ上がっている。

 

 とは言え、

 

 ヒカルにとっても、カノンの存在が一番かと言われれば、首をかしげざるを得ない。

 

 ヒカルの中では、未だに死んだレミリアの事が大きなウェイトを占めている。その事が、カノンには手に取るようにわかっていた。

 

 レミリアは確かに死んだ。

 

 しかし、「だからこそ」と言うべきかもしれない。ヒカルの心は、未だにレミリアにとらわれたままなのだ。

 

 ヒカルの心がレミリアにある以上、それを押しのけて自分がしゃしゃり出るのは、正直どうかと思うのだった。

 

 しかし、溢れ出るような感情は止めようも無く、カノンとしては身を焦がすような想いに苛まれる毎日を送っているのだった。

 

「ああ~ もう、どうすればいいのよ・・・・・・」

 

 机の上に突っ伏したカノンが、くぐもった声を発する。

 

 自身の内にある感情に、制御が効かなくなりつつある様子だ。

 

 そんなカノンの様子を見て、同席している友人2人はジト目を向けてくる。

 

「さすがノンちゃん」

「安心の安定ぶりよね」

 

 ため息交じりに、リザ・イフアレスタールとヘルガ・キャンベルは、ため息交じりに、「恋に悩める少女」にどっぷりと浸かってしまった親友を見詰めている。

 

 ここはカノンの母、アリスが経営する喫茶店。

 

 カノンとリザの非番と、ヘルガの休みが偶然重なった為、久しぶりに3人が揃う事が出来た訳である。

 

 そこで、カノンの恋愛相談と相成った訳だが、

 

「相変わらずのヘタレプリンセスぶりには、ほんと溜息しか出ないわよ」

「誰がヘタレプリンセスか」

 

 発言したヘルガを、ジト目で返すカノン。

 

 何やら本人も知らないうちに、ただのヘタレからクラスチェンジさせられていたらしい。

 

「ごめんね、カノン。ママがこんな風に産んじゃったから」

「いや、ママ、そんなコメントに困るような事言われても・・・・・・」

 

 いきなり会話に入ってきた母親に、カノンは更に脱力を余儀なくされる。

 

 正直、これは自分の問題だと思っているし、産んでくれた母を恨んだ事など一度も無い。

 

「もうさ、ここは一発、決めちゃった方が良いと思うよ。その方がおもしろ・・・・・・じゃなくて手っ取り早いし」

「・・・・・・決めるって?」

 

 リザの発言に若干の本音が混じっていた気がするが、取りあえず無視してカノンは先を促す。

 

 そんなカノンに、リザはビシッと人差し指を突きつけた。

 

「ヒカル君をデートに誘いなさい。そこで告っちゃえ!!」

「でッ!? こくッ!?」

 

 普段使わない言葉を叩き付けられ、カノンは思わず絶句した。

 

 ヒカルをデートに誘う。

 

「そ、そんな事、できる訳ないでしょ!!」

 

 思わず、人目もはばからずに立ち上がって叫ぶカノン。

 

 と、

 

《あら、そんな事ありませんわよ。必要なのはほんのちょっとの勇気だけです》

「うわッ ラクス様!?」

「いたんですか!?」

 

 いつの間に「出現」したのか、

 

 隣のテーブルでは、実体化したラクスが優雅にホログラフの紅茶を飲んでいた。

 

 その傍らでは、トレイを片手に苦笑するアリスが立っている。

 

 実は少し前からラクスは来ていて、3人のやり取りを聞いていたのだが、どうやら娘たちは議論に白熱していて気付かなかったらしい。

 

《お話は伺いました》

「いや、勝手に聞かないでください」

 

 カノンのツッコミを無視してカップを置くと、ラクスは顔を上げてにっこりほほ笑んだ。

 

《そう言う事であるなら、わたくしもお手伝いさせていただきます。大丈夫、こういう事には慣れています。何しろ、わたくしには素晴らしく扱いにくい「妹」がおりますので》

「いや、ラクス様、余計な事は・・・・・・」

 

 言い募ろうとするカノンの肩を、母親がポンポンと叩いて制止する。

 

「諦めさない、カノン。ラクス様、こういう話題大好きだから、一度食いついたら、なかなか逃がしてくれないわよ」

「いや、ママ、そんなしみじみ言わなくても・・・・・・」

 

 何やら苦労話の愚痴を聞かされたような気分になるカノン。

 

 とは言え、どうやらカノンがヒカルとデートする、と言う未来図は変えようがない所まで来ているらしい。

 

 嘆息するカノン。

 

 ヒカルが未だにラクスを「おばさん」呼ばわりしている訳が、何となく判った気がする。

 

 見た目はともかく、ラクスの性格や思考は完全に、厄介事に首を突っ込みたがる「近所のおばさん」のそれだった。

 

 

 

 

 

「予想はした事だったが、ここまで予想通りだと、逆に呆れて来るな」

 

 カガリは手にした書類を机の上に投げやりながら、嘆息気味に呟いた。

 

 居並ぶ閣僚達の顔も一様に似た感じであり、自分達の置かれた状況と運命について、ある種の拘束力めいた呪縛を感じずにはいられなかった。

 

 先のカーペンタリア攻防戦の勝利を受け、カガリをはじめとしたオーブ共和国暫定首脳陣は、プラント政府に対して和平の申し入れを行った。

 

 先の戦いではカーペンタリア陥落を始め、プラント軍、特に軍の主力を成すザフトの大半を壊滅に追いやる大戦果を挙げている。

 

 この勝利を背景に、プラントに対して和平交渉を行ってはどうか、と言う意見が出されていたのだ。

 

 この意見には、カガリも大いに乗り気だった。

 

 敵は多くの戦力と重要拠点を失っている。今なら、和平交渉に応じる可能性が高いと判断したのだ。

 

 しかし同時に、懸念もあった。

 

 あれほど強硬な姿勢を崩していないプラント政府が、果たして自分達に不利になると判っている和平交渉に応じるかどうか、と言う事だ。

 

 結果は、案の定だった。

 

 カガリの元へと届けられたプラント政府からの正式回答は、強硬な姿勢を一切崩さない厳しい物であった。

 

《我がプラント政府はテロリストとの和平に応じる気は無い。交渉のテーブルを設けるのは諸君等が無条件降伏を受諾するときであり、それ以外の一切の申し出を拒絶する》

 

 との事である。

 

 要するに、自分達は負けてない。泣いて謝って許しを請うのはお前達の方だ、と言う事だろう。

 

 頑迷と言うか固執的と言うか、とにかくプラント政府はまだ、この戦争を投げる気は無いらしかった。

 

 そしてプラントが戦争を続ける以上、オーブもまた戦い続けるしかない。

 

 カーペンタリアは潰した物の、北方にはハワイがあり、さらにその先には北米大陸がある。

 

 外征軍が壊滅した為、当面はオーブ本国に敵が攻め寄せて来る事は無いだろうが、それでも時間を掛ければ、敵が再び進行してくることは疑いない。

 

 その前に何としても、戦争にケリを付けたいところである。

 

 幸い、月面都市群を始め、多くの友好国が貿易外交に応じてくれた為、オーブの予算は急速に復興しつつある。

 

 物資や戦力も充分に貯えられつつある今、決戦に及ぶに足る要素は揃いつつある。

 

「やっぱ、攻め込むしかないかね・・・・・・」

 

 難しい顔で、ムウが発言した。

 

 プラントが和平案に拒絶した以上、戦争状態が続く事は避けられない。

 

 しかし、専守防衛を堅持したままでは、慢性的に戦闘状態が続き、国民に対して被害が生じる恐れもある。

 

 ここは、快刀乱麻を断つが如き決断が必要だった。

 

 すなわち、プラント本国侵攻である。

 

 勿論、リスクは大きい。こちらから攻め込むと言う事は、プラントのホームグランドで戦うような物だ。多くの戦力を失う事は避けられないし、敗れた場合は全てを失い。

 

 更に、プラントと同盟を結んでいるユニウス教団や、動静が不気味な北米解放軍の存在もある。一筋縄でいかないであろう事は確実だった。

 

 失敗したとしても二度目は無い。正に一発勝負となる。

 

「それに、気になる事もある。これは、プラント内で活動を続けているレジスタンスからターミナルを経由してあげられてきた情報なんだが・・・・・・」

 

 カガリはそう切り出して話す。

 

 プラント内部にもグルック政権のやり方に反対して反政府活動を続けている者達がいる。かく言うカガリの夫であるアスラン・ザラ・アスハも、レジスタンスの中核的な人物として、プラント領内で活動を続けていた。

 

 そのレジスタンスから、プラント内部の現状が伝えられてきた。

 

 一言で言えば「ひどい」だった。

 

 プラント政府が軍備拡張路線を敷き、各方面に戦力と物資を割り振った結果、市民の生活は圧迫されて物価は上昇。市民はその日の食事にすら事欠く有様だと言う。

 

 元々、国力的にはお世辞にも裕福とは言い難いプラントが、ヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役、カーディナル戦役、北米紛争と言った多くの戦争で戦ってこれたのは、必要以上に戦力の拡散を行わず、更に質的に高い能力を誇るザフト軍の打撃力を利用して、戦線を早期に制圧して来たからに他ならない。

 

 しかし近年、プラントは各戦線で苦戦や敗退を続けている。そして、その敗退を補う為に、更に戦力と物資を前線に送り続けると言う悪循環を繰り返している。

 

 その結果、プラントの各都市では物資不足が深刻化、失業者と浮浪者で街が溢れ返り、さながらゴーストタウンの様相を呈しているとか。

 

 プラントの軍備拡張、と言うより軍備偏重主義が齎したしわ寄せは、確実に彼等が本来守るべき市民をも圧迫しているのは間違いなかった。。

 

 同情に値する話である事は間違いない。

 

 とは言え、カガリも人道的な見地から、このような話を持ち出した訳ではない。

 

「今なら、あるいはプラント内部からも我々の賛同者を得られる可能性が高い」

 

 カガリの「政治家」として備わった冷静な部分が、そのように告げていた。

 

 自分達はプラントを侵略する事が目的ではなく、あくまでも解放が目的である事を印象付ける事ができれば、グルック政権を内側から突き崩す事も不可能ではないかもしれない。

 

「アラン、ヘルガのやっている宣伝放送で、そんな感じの内容を折り込めないか?」

「できると思います。内容については、数日の内に案を用意します」

 

 アランが頷くのを見て、カガリも腹を決める。

 

 もし、プラントがこのまま強硬路線を崩さなければ、オーブ全軍でもってプラントへの侵攻を行う。

 

 それが、オーブ暫定政府の最終決定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカルは腕時計に目をやり、イライラとした調子で天を仰いだ。

 

 突然、カノンから呼び出しを受けたのは昨日の事。

 

 今日は何も無ければ、家でゴロゴロしていようと思っていただけなので、誘い自体は歓迎すべき物だった。

 

 しかし、肝心のカノンがなかなか現れない。

 

 既に約束の時間から30分が経過している。

 

「・・・・・・・・・・・・からかわれたか?」

 

 漠然とそう思った時だった。

 

 パタパタと軽い足音と共に、近付いてくる気配があった。

 

「ごめん、遅くなっちゃった」

「お前な、今何時だと・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、ヒカルは絶句した。

 

 カノンがいる。それは良い。

 

 しかし、幼馴染の姿は、いつもとは少し違っていた。

 

 普段は割と活発な印象があり、私服についても動きやすさメインで選ぶことの多いカノンだが、今はどちらかと言えば落ち着いた雰囲気がある。

 

 白を基調としたブラウスに、下は膝丈のスカート。手には何とか言うブランドのハンドバッグまで下げている。ブラウスは半袖仕様になっており、涼しげな印象を見せている事が、カノンらしいと言えばらしい。

 

 おでこを出す形で前髪をピンで留めており、可愛らしさの演出がされている。

 

 それに極めつけは顔。見ればわかるが、普段は絶対しない筈の化粧までしてある。

 

 普段見せない印象の幼馴染の姿に、ヒカルは否応なく心臓が高鳴るのを感じた。

 

「・・・・・・どう、かな?」

 

 躊躇ような小さな声で、カノンは尋ねてくる。

 

 「どう」と言うのが、今日の自分の恰好について尋ねているのだと、ヒカルにもすぐに理解できた。

 

 しかし、

 

 上目づかいに見詰められ、ヒカルは自分の体温がさらに上昇するのを感じた。

 

 正直、カノンがこんな仕草を見せるのは初めてだった為、ヒカルも意表を突かれた思いだった。

 

「あ・・・・・・ああ、良い、と思う。可愛いよ」

「そ、そう、ありがとう」

 

 そう言うと、互いに顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 

 カノンは来る前、リザとヘルガ(あとついでにラクス)から、徹底的にコーディネートされたのである。

 

 それはもう、頭のてっぺんから足の爪先に至るまで。殆ど肉体改造に近いレベルである。

 

 パーマ屋に連れて行かれて髪をセットし、それが終われば服屋に放り込まれて、3人であーでもないこーでもないと、さんざんカノンは着せ替え人形にされたのだった。

 

 ようやく着ていく服が決まり、下着まで新しい物を用意され、終わった時には既にカノンの体力は尽き果てようとしていたくらいである。

 

 正直、今日はもう帰って寝たい気分だったが、へばっている暇は無い。本番はここからだった。

 

「じゃあ、行こっか」

「あ、ああ」

 

 浮き立つ想いを乗せて、カノンは軽やかに歩き出す。

 

 それにつられるように、ヒカルも後からついていくのだった。

 

 

 

 

 

 そんな2人の様子を、物陰から見つめる3対の目があった。

 

「行ったわね」

「ヒカルが帰っていたらどうしようかと思ったけど、何とか間に合って良かったわ」

《とにかく、2人に気付かれないように、後を追うとしましょう》

 

 リザ、ヘルガ、ラクスの3人は、並んで歩いて行くヒカルとカノンを見やりながら、取りあえずは作戦の第一段階終了を喜んだ。

 

 朝からカノンを着せ替え人形にして楽し・・・・・・もとい、忙しかった3人は、そのまま2人のデートを見守るような形で同行していた。

 

 因みにラクスは、本来なら専用端末が無い場所に移動する事はできないのだが、彼女の要望に沿う形で、その問題はある程度解決を見ていた。

 

 ヘルガの手には、ピンク色をした丸い物体が抱かれている。

 

 これは、ラクスが生前飼っていたロボットペットのハロで、特にラクスが可愛がっていた「ピンクちゃん」である。

 

 ラクスが死んだ後、彼女の遺品として大切にしまわれていた物だが、このほど、彼女の移動専用デバイスとして復活したのである。

 

 これで事実上、ハロが行ける場所ならラクスも移動できるようになった。勿論、通信上の問題等もある為、あまりアークエンジェルから遠く離れる事はできないのだが。

 

《あ、2人が移動します。後を追いましょう》

「そうだね。ヘルガ、2人の予定は?」

「えっと、確か」

 

 ハロを脇に抱えながら、スケジュール表をチェックするヘルガ。

 

 この日の為に、デートコースの選定はバッチリだった。

 

 

 

 

 

「しかし、お前も急にどうしたんだよ。2人で出かけたいって?」

「い、いや、それは、ね・・・・・・・・・・・・」

 

 問われて、言い淀むカノン。

 

 考えてみれば、ヒカルと2人だけで出かけるなんて何年ぶりの事だろう?

 

 士官学校に上がる前までは、2人で良く「デートもどき」みたいな事はしていたのを覚えている。

 

 だが、本格的なデートとなると間違いなく初めての事である。

 

 これはカノンにとっては驚天動地であり、革命が起きる程の大事件だった。

 

 並んで歩くだけで、心臓の鼓動がが1秒ごとに早くなるのが判る。

 

 いっそ、自分の手で心臓を鷲掴みにして止めてしまいたいくらいだった。

 

「カノン」

「ひゃ、ひゃいッ!?」

 

 いきなり声を掛けられ、声を裏返らせるカノン。

 

 その声に、ヒカルの方も思わぬカノンの反応に、驚いて目を見開く。

 

「ど、どうしたんだよ?」

「な、何でもない。何でもないよ?」

 

 なぜか疑問文になりつつ、ヒカルの言葉を否定するカノン。

 

「そ、それより、ヒカルこそどうかした?」

「ああ、あそこじゃないか? お前が行きたがっていた場所って?」

 

 そこはオロファトでも有名な喫茶店であり、カノンは前々から行きたいと言っていた場所だった。

 

 当然、今回のデートコースの中にも入っている。

 

「ほら、行くぞ」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 さっさと先を行くヒカルの後を、カノンは慌てて追いかけて店内へと入って行った。

 

 

 

 

 

《むう、判っていませんね、ヒカルは》

「何がですか?」

 

 喫茶店に入って行った2人を見て、何やらラクスが、難しい顔で唸り声を上げた。

 

《こういう時、男の子はさりげなく、女の子の手を取ってあげるものです。それが気遣いと言う物でしょう》

「まあ、あの鈍感キングに、そこまで期待するのは酷かもよ」

 

 ヘルガは呆れ気味に肩をすくめる。

 

 ヒカルに女心を理解しろと言うのは、モビルスーツに「喋れ」と言うくらい難しいかもしれなかった。

 

《全て、キラとエストの教育方針が悪かったせいですわね》

 

 そう言って、ラクスはやれやれと嘆息する。

 

 因みに、キラはともかく、エストを「教育」した1人は、それはラクス当人である。

 

 つまり、ヒカルの鈍感振りについて、責任の一端はラクスにもある筈なのだが、

 

 言うまでも無く、そこら辺の事は綺麗さっぱり棚上げされていた。

 

 

 

 

 

 込む時間帯ではないらしく、店内には比較的空席が目立っていた。

 

 ヒカルとカノンはボックス席に座ると、それぞれ注文をする。

 

「意外だな」

「何が?」

 

 キョトンとするカノンに対し、ヒカルは苦笑を浮かべながら言った。

 

「お前の趣味だと、もうちょっと派手な所を選びそうだったからさ」

 

 喫茶店の中はどこか落ち着いたような雰囲気があり、カノンのイメージにはあまりあっていない気がしたのだ。

 

 それに対して、カノンも内心で苦笑する。

 

 実のところカノンも自分で見付けた訳じゃなく、リザやヘルガが見ている雑誌に載っていたのを見て、いつか行ってみたいと思っていただけなのである。

 

 それがまさか、こんな形になるとは思っても見なかったが。

 

 やがて、注文した物が運ばれてくると、2人は会話をやめて食事に没頭し始めた。

 

 カノンは通常のサイズより少し大きめのショートケーキを頼み、それを一心不乱に頬張っている。

 

 雑誌で見た時から、これが食べたくて仕方が無かったのだ。

 

 口に入れると、クリームのとろける甘さとイチゴの酸味がとけあって、幸せな気分が広がって行く。

 

 ついつい、食べる手が早まってしまうのも仕方のない事だった。

 

 だが、

 

 ふと、我に返って顔を上げると、いつの間にか食事する手を止めたヒカルが、何やら微笑を浮かべてカノンの方を見詰めていた。

 

「な、何?」

「いや、お前のそう言うところ、昔と変わんないなって思ってさ」

 

 そう言いながらヒカルは、おしぼりを取って、カノンの鼻の頭についていた生クリームを拭ってやる。

 

 途端に、カノンは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

 そんなカノンの仕草が可愛くて、ヒカルはついつい顔を綻ばせてしまった。

 

 と、その時だった。

 

「あれ、ヒカルにカノンじゃない。アンタ達もここに来てたの?」

 

 突然呼ばれて振り返ると、そこには、よく見慣れた人物が2人、並んで立っていたのだ。

 

「リィス姉、それにアランさんも!?」

 

 リィスとアランの方でも、少し驚いたような感じに2人を見ている。

 

 しかも、

 

 決定的な事に、リィスとアランは、しっかりと互いの腕を組んでいた。

 

 2人とも仕事用の服では無く、完全にラフなプライベート用の恰好をしていた。

 

 まるで、付き合っている恋人同士のように。

 

 リィスは、ヒカルとカノンの様子を見て、フッと笑みを浮かべる。

 

「成程ね」

「何さ、リィちゃん?」

 

 意味ありげな笑いを浮かべるリィスに、カノンはジト目で睨む。

 

「まさか、アンタ達がねえ」

「それを言うんだったら、リィス姉とアランさんだって、いつの間にそんな事になってたんだよ?」

 

 ヒカルとしては、自分達のデートよりも今のリィスとアランの様子の方がよほど衝撃的だった。

 

 まあ、兆候自体はだいぶ前からあった気がするが。

 

「それは、まあ、ほら、いろいろと、ねえ」

「うん、そうだね」

 

 痛い所を突かれたようにしどろもどろになるリィスに対し、アランは苦笑するように応じる。

 

 そのこなれた態度が、2人の関係がつい最近の物ではなく、だいぶ前から付き合っていた事を伺わせた。

 

 と、リィスはヒカルの方に目をやり、優しげな目を向けた。

 

「何だよ?」

「ううん、別に」

 

 視線に気付いた弟が怪訝な顔をするのを見て、リィスは微笑したまま何も告げる事は無い。

 

 ただ、ヒカルが今だ、心の中に大きな曇りを抱えたまま、ここにいると言うのは、漠然とながら感づいていた。

 

 次いで、リィスはカノンに近付くと、そっと肩をたたいた。

 

「頑張ってね」

 

 そう囁きかけると、カノンの顔は一気に真っ赤に染まってしまう。

 

 そのままリィスは、アランと腕を組み直すと、店の奥の方へと入って行った。

 

「驚いたな。前からそうだとは思っていたけど、あの2人いつの間に」

 

 姿が見えなくなった姉とアランを見送ると、ヒカルはしきりに頷きながら言った。

 

 まあ、傍から見ても、あの2人が仲が良いのは判っていたし、何よりアランの誠実な人柄はヒカルも好感を持っている。大切な姉を任せるのに、アラン程信頼できる人物は、そうはいなかった。

 

「そ、そだね」

 

 対して、カノンは顔を真っ赤にしたまま、上の空で返事を返す。

 

 最後の最後でリィスに喰らわされた「不意打ち」のせいで、頭が混乱しているのだ。

 

 どうにか落ち着こうと、テーブルのお冷に手を伸ばして口に運ぶ。

 

 しかし、勢いよく飲み込んだ水は、誤って気管の方へと流れ込んでしまった。

 

「ゴブフォォッ!?」

「お、おい、大丈夫かよ!?」

 

 吹きだして咳き込むカノンに対し、ヒカルは慌てて立ち上がって吹きだした水を拭いてやる。

 

 何とも、締まらない光景である事は間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、楽しかったな。こんな事は久しぶりだったよ」

「うん、そうだね」

 

 ヒカルの言葉に対し、カノンは低い声で答える。

 

 その後は、特に大きな変化があった訳ではなく。

 

 ヒカルとカノンは映画観賞やショッピングを続け、最後に公園へとやって来た。

 

 ここも人気スポットの一つであり、本日のデートコース最後のポイントでもあった。

 

 そして、

 

 カノンにとっては、ここが「告白」する最後のタイミングでもあった。

 

 

 

 

 

 そんな2人の様子を、リザ、ヘルガ、ラクスの3人は、未だに物陰から見入っていた。

 

「ったく、あんのヘタレプリンセスは、いったいいつまで焦らすつもりなのよ」

「あんだけやっといて、気付かないヒカル君もヒカル君だけどね」

《まったくです。待っているわたくし達の身にもなってほしい物ですわね》

 

 半眼になりながら、口々に不平を漏らす3人。

 

 自分達が勝手に出場亀している事は、完全に忘却の彼方へと投げ去っていた。

 

 そんな3人の目から見て、なかなか踏ん切りがつかないカノンも、そのカノンの様子を悉くスルーするヒカルも、見ていてもどかしい物でしかなかった。

 

 

 

 

 

 一方、そんな出場亀共の思惑など全く気付かないまま、カノンは顔をリンゴよりも赤くして俯いていた。

 

 恥ずかしい。

 

 恥ずかしすぎて、ヒカルの顔をまともに見る事すらできない。

 

 幼いころから見慣れており、その程度の事は呼吸するよりも簡単なはずなのに。

 

 しかし、

 

 ヒカルに告白する。

 

 自分の想いを言葉にして伝える。

 

 ただそれだけの要素が加わっただけで、どうしてここまで自分は委縮してしまうのか?

 

 「ヒカルが好き」

 

 たった数文字を言葉にする事が、こんなに難しい事とは。

 

 恥ずかしくて顔を上げられない。

 

 それに、もし断られたらどうしよう?

 

 駄目だと思いつつも、ついついそんな事を考えてしまう。

 

 と、

 

「ありがとな、カノン」

「え?」

 

 緊張して全く身動きが取れないカノンに、ヒカルの方から声を掛けてきた。

 

 ヒカルは笑顔を浮かべて歩み寄ると、カノンの頭をそっと撫でる。

 

「俺を元気づける為に、こんな事してくれたんだろ?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀むカノン。

 

 確かに、ラクス達に焚き付けられたから、と言う事もあれば、本音を言えば、消沈しているヒカルを元気づけたいと言う思いはカノンの中にもあった。

 

 レミリアを失い、ルーチェまでも敵にまわっている今のヒカルは、自身の気力を振り絞るようにして立ち続けているが、それは同時に触れれば折れてしまいそうなほど脆い物でしかない。

 

 だから、支えてあげたいと思ったのだ。

 

 顔を上げるカノン。

 

 今なら、

 

 今このタイミングなら、ちょっとだけ勇気を出せそうな気がした。

 

「ヒカル、あのね、わたし・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけるカノン。

 

 物陰ではラクス達が期待に胸を膨らませつつ、身を乗り出している。

 

 カノンの口が開かれる。

 

 次の瞬間、

 

 無情のサイレンが、彼方から遠雷のように鳴り響いてきた。

 

 

 

 

 

PHASE-07「最悪のタイミング」      終わり

 


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