機動戦士ガンダムSEED 永遠に飛翔する螺旋の翼   作:ファルクラム

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前回、載せるのを忘れていた機体データを、PHASE-05の方に掲載しておきます。


PHASE-06「反撃の歌声」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦々恐々とした空気が会議室の中に漂っている。

 

 まるで固形化したような空気が、喉の奥にベッタリと張り付くかのようだ。

 

 プラント最高評議会の会議室では、閣僚達が皆、沈黙したまま、押し込められた怒気に当てられて震えている。

 

 怒気の発生源は円卓の一角、最高評議会議長の席から発せられていた。

 

 アンブレアス・グルックは、不機嫌の極みと評して良い表情で、自分の席に座している。

 

 原因は、先程届いた、カーペンタリア救出作戦。その詳細な報告書が原因だった。

 

 結果は、プラント軍の敗北。それも、近年稀に見る大敗だった。

 

 参加兵力の内、実に6割を完全喪失、更に3割が何らかの損傷を負っており、復帰の目途は立たないと言われている。

 

 そして、肝心の物資を積んだ輸送船は、ただの1隻たりともカーペンタリアに辿りつく事は無かった。

 

 本国からカーペンタリアへと向かった輸送船団は、オーブ軍主力の全力迎撃に合って壊滅。むなしく本国へ引き上げるしかなかった。

 

 ジブラルタルから海上航路でカーペンタリアへと向かった船団は、入港直前に奇襲攻撃を受け、実に全体の8割を喪失。護衛戦力共々壊滅状態に陥った。

 

 命運を賭けた一戦で、プラント軍はオーブ軍に敗北してしまったのである。

 

 そして、それだけではない。

 

 この半年に渡るカーペンタリア攻防戦において、プラント軍が失った戦力は莫大な物だった。

 

 モビルスーツだけでも実に500機以上が失われ、更に基地維持に必要な物資、人員の被害もばかにはならない。

 

 まさに「大敗」と言う言葉以外に、事態を形容する言葉が見つからない。

 

 かつては世界最強を誇り、一度は確かに世界を手中に収める寸前にまでに至ったプラント軍の精鋭部隊は、一連のカーペンタリア攻防戦で文字通り「消滅」してしまったのである。

 

 未だ、本国防衛軍と、今回の戦いで生き残った兵力を糾合すればそれなりの戦力は残っている事になる。

 

 しかし、既に昔日の雄姿は無く、そこにあるのは惨めな敗残兵の群れに過ぎなかった。

 

「今さら、あえて言うまでも無い事だが・・・・・・」

 

 沈黙を破るように、グルックは口を開いた。

 

 その言葉に、居並ぶ皆が居住まいを正してグルックを見やる。

 

 これだけの大敗を喫したにもかかわらず、グルックの強気な態度は未だに崩れていないように見える。

 

 まるで、自らが堂々とした姿をさらしている内は、プラントに負けは無いと自ら体現しているかのようだ。

 

「私はカーペンタリアから退く気は無い」

 

 作戦前に語った言葉を、グルックはもう一度繰り返した。

 

 決まりきった事を敢えてもう一度言う事で、事実の再確認をしているのだ。

 

「カーペンタリアは我がプラントの地上における代表であり、象徴でもある。カーペンタリアを失う事は即ち、プラントが地上において敗北した事を意味する。それだけは、何としても避けなくてはならん」

「しかし、閣下・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇いがちに、閣僚の1人が挙手をして発言した。

 

「現実問題として既に、カーペンタリアの戦力、物資は底を突いており、兵達は飢えと苦境にあえいでいると報告がありましたが・・・・・・・・・・・・」

 

 発言した議員は、グルックに一睨みされると、言葉尻をすぼめてすごすごと引き下がるしかなかった。

 

 グルックがその気になれば。この場にいる全員を背任容疑で逮捕する事もできる。それだけの力を、グルックは未だに持っているのだ。

 

 この場で弱気な発言をする者は、命を捨てる覚悟が必要である。

 

「では議長、カーペンタリアを救う算段は、どのように?」

 

 別の議員がした質問に、グルックは頷いて見せる。

 

 確かに、このままではカーペンタリアの失陥は免れない。

 

 いや、もはやカーペンタリアを救う算段が無い事くらい、グルックにも判っている。物資も戦力も絶望的であり、精神論だけで補い得るものではない。

 

 だが、拠点を救えないのなら、せめてプラントの名誉だけでも守らなくてはならない。

 

 たとえ敗れたとしても、最後まで勇戦敢闘したと言う事実を残し、プラントは悪逆な敵に対し、最後の一兵に至るまで最善を尽くし、不屈の精神の元で戦い抜いた事をアピールする必要があった。

 

 そして、その為に必要な策も、グルックの中では既に用意されていた。

 

「私の名において、カーペンタリア守備軍全員に、昇進と勲章の授与を打電しろ。それと、基地司令にはディバイン・セイバーズ隊長職への転任を打診するんだ。彼等の敢闘に対する敬意を具体的な形であらわすとともに、徹底抗戦を促すのだ」

 

 

 

 

 

 特使として訪れたシュウジ・トウゴウ一佐は、やつれきったカーペンタリア基地司令を前にして、僅かに息を呑むのを禁じ得なかった。

 

 秘書のナナミ・フラガを連れてこなかったのは、あるいは幸いだったかもしれない。彼女をこのような場所に連れて来たら、最悪、卒倒していたかもしれない。

 

 カーペンタリアは地上におけるプラントの最大の拠点である筈だが、足を踏み入れた時の印象は、正しく落城した城であった。

 

 基地施設はオーブ軍の爆撃で半ば以上破壊され、敷地内にあふれかえった兵士達は、負傷や飢えで動く気力すら無い有様だった。

 

 カーペンタリア攻防戦の一週間後、カーペンタリア基地からオーブ本国に向けて、降伏の用意があると言う電文が届けられた。

 

 当初は罠である事も疑われたが、予備交渉として現地に先行した参謀が、既にカーペンタリア守備軍の戦力は失われており、彼等の戦う意思は無きにひとしいと報告を上げてきた。

 

 恐らく、先の戦いにおいて、彼等が恃みにしていた輸送船団が、ついに1隻もカーペンタリアに辿りつく事ができなかった事、特に水上部隊が彼等の目の前で空しく撃沈されていったことが、プラント軍兵士達の最後の希望を打ち砕いたのだろう。

 

 そこで、本交渉を行う為にシュウジが派遣されてきたわけである。

 

 一応、沖合には大和を中心とした艦隊が停泊して砲門を向けると同時に、上空には艦載機が警戒の為に飛んでいる。

 

 が、そんな物は必要無かった事は、一目瞭然だった。

 

 プラント軍兵士達の士気は、完全に打ち砕かれている。それは、シュウジの目から見ても明らかだった。

 

「プラント軍カーペンタリア守備軍は、オーブ軍に対して降伏の申し入れを行います」

「申し入れを受諾いたします。今まで、お疲れ様でした」

 

 儀礼的な挨拶と共にシュウジは、カーペンタリア基地司令から降伏文書を受け取った。

 

 聞くとところに拠れば彼は、ディバイン・セイバーズへの編入が決定していたとか。それだけではない。基地内で生き残っていた全員に、勲章の授与が約束されていたらしい。

 

 そうまでしてアンブレアス・グルックはカーペンタリアの死守に拘った訳だが、結果として、それは果たされる事無く、基地司令の独断で降伏してしまった事になる。

 

 少し考えてから、シュウジは相手をいたわるようにして言った。

 

「艦隊の方には、我が軍の医療チームが待機しております。また、当座の食料も用意してきております。約定通り武装解除が終わり次第、物資の配給と傷病兵の治療を行う事を約束します」

「痛み入ります」

 

 シュウジの言葉に、基地司令は悄然としながらも、どこかホッとしたような声で答えた。

 

 ようやく肩の荷を下ろせた。そんな思いが伝わってくるようである。

 

 それだけで彼等が、すでに極限を越えた場所で戦い続けていたのが分かる。

 

 少なくとも、ここで戦った全てのプラント軍兵士達は称えられるべき存在であり、彼等の祖国に対する敬意と愛情は、誰よりも深い。

 

 他国の人間である、シュウジですら、その事が理解できた。

 

 そんな彼等に勝利した事は、ある意味、最高の栄誉と言えるかもしれない。

 

 降伏したとはいえ、半年に渡って戦線を支え続けたカーペンタリアの勇士達に賛辞を送るとともに、シュウジは次なる作戦に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 エターナルスパイラルを大和へ着艦させると、定位置に機体を固定し、ヒカルとカノンはコックピットを降りた。

 

 今回の任務は戦闘では無く、降伏受諾交渉時の上空警戒であった。

 

 カーペンタリア基地が降伏を申し出て来たとしても、それが本当に履行されるかどうかわからない。降伏自体が罠である可能性があるし、よしんば罠ではなかったとしても、降伏を承諾しない一部の兵士達が、命令を無視して武力行使してくる可能性は大いにあり得る。

 

 それらを排除するための任務であった。

 

 もっとも、それらの懸念は全て杞憂であり、敵の残存兵力が襲ってくることは無かった。

 

 その後、滞りなく武装解除が完了した旨の報告があり、ヒカル達には帰還命令が下されたのだった。

 

「次は、プラントへの進軍、か・・・・・・」

 

 着替えを終えたヒカルは、同様にパイロットスーツから軍服へと着替えて来たカノンと共に並んで歩きながら、そんな事をポツリと呟いた。

 

 今回の戦いにおいて、地上におけるプラント軍の戦力はほぼ壊滅したと考えて良い。

 

 残る戦力の大半は宇宙にいる。となれば、次の戦場は宇宙になると考えるのが妥当だった。

 

 と、そんなヒカルを引き留めようとするかのように、軽く腕が引かれる。

 

「もう、ヒカル、先走り過ぎ。まだ判んないでしょ。もしかすると、これで戦争が終わる可能性だってあるんだし」

 

 頬を膨らませた調子で言うカノン。

 

 その仕草が何だか可愛らしくて、ヒカルは思わず吹き出してしまった。

 

 とは言え、

 

 カノン的には、今回の損害を重く見たプラントが、オーブとの手打ちを考えるのではないか、と期待しているのだろう。

 

 だが、ヒカルの考えとしては、その可能性は低いように思えた。

 

 確かにカーペンタリアと言う地上における最大の拠点を失い、更に地上軍の戦力も壊滅状態に陥ったのは事実である。少なくとも向こう数年は、プラント軍が地上で大規模場軍事行動を起こす事は不可能だろう。

 

 しかし、プラント軍は未だに世界最高レベルの軍を保持している。流石にすぐさま再侵攻と言う事は無いだろうが、まだまだ正面切って戦えばオーブ軍が圧倒されるのは間違いない。

 

 加えて、失ったのは地上の拠点。それがどれだけ重要度が高かろうが、プラントにとっては「外地」に過ぎない。プラント本国が無傷である以上、あの砂時計の中でふんぞり返っている連中が白旗を上げる可能性は皆無以下だろう。

 

 おまけにプラントは、オーブを「テロリスト国家」と位置付け、その鎮圧は自分達の義務であるとまで公言している。

 

 結論を言えば、プラントがオーブに対して手打ちを言い出す可能性は全くの零と言って良かった。

 

 まあ、良いか。

 

 ヒカルは、そこまで考えてから、思考を楽観的な方向に切り替えた。

 

 自分にはエターナルスパイラルと言う剣があり、それを共に振るってくれるカノンと言う相棒もいる。

 

 ならば、如何なる敵が来ようとも負ける気はしなかった。

 

 と、そこでふと、ヒカルはある事を思い出してカノンに尋ねた。

 

「そう言えばさ、お前、あの時何言いかけたんだ?」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 その質問に、カノンは思わず動きを止めてヒカルに振り返る。

 

「ほら、あの時、おばさんからエターナルスパイラルを貰う時、何か言いかけたろ?」

 

 指摘されて、カノンは思い出す。

 

『わたしだって・・・・・・ヒカルの事が・・・・・・・・・・・・』

 

 涙交じりに言った言葉は、確かそこで止まっていた筈だ。

 

 その事を思い出して、カノンは一気に顔が赤くなるのを感じた。

 

 頭のてっぺんから湯気を吹き出しながら、今さらながら恥ずかしくなってしまった。

 

 勢いに任せたとは言え、自分はいったい何を口走ろうとしていたのか。

 

 流石のヘタレ遺伝子とでも言うべきか、改めて指摘されると、どうしても思いが言葉にならない。

 

 こんな事なら、あの時に勢いに任せて言ってしまえば良かった、とカノンは今さらながら後悔していた。

 

「おーい、カノン、聞いてるか?」

 

 ヒカルの呼びかけにも答えられず、カノンは顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。

 

 恥ずかしい。

 

 恥ずかしすぎて、ヒカルの顔をまともに見れなかった。

 

 そんなカノンに対し、

 

 ヒカルは微笑を浮かべると、安心させるようにポンポンと頭を叩いた。

 

「まあ、言いたくないなら、別に言わなくても良いさ」

「あうッ・・・・・・・・・・・・」

 

 別に言いたくない訳じゃない。

 

 言いたくて言いたくて仕方が無いのに、どうしても口が動いてくれないのだ。

 

 そんなカノンのもどかしい思いには全く気付く様子が無く、鈍感キングたるヒカルは、すたすたと先を歩いて行ってしまう。

 

 慌てて追いかけるカノン。

 

 と、食堂の入口まで来た時、2人は揃って足を止めた。

 

 食堂に備え付けられたテレビの中から、聞き慣れた歌声が聞こえて来たからだ。

 

 皆が視線を集中させる中、テレビの中では可愛らしい衣装に身を包んだアイドル歌手が、マイクを手に持ち歌を披露している。

 

「ヘルガ、活動再開したんだっけ、そう言えば」

 

 カノンが思い出したように手を打った。

 

 友人であり、世界的にも名の知れたアイドルであるヘルガは、かつてプラント保安局によって不当に逮捕されたところを自由オーブ軍とターミナルによって救出されている。

 

 その後、長らく活動を休止していたのだが、最近になって活動を再開したらしい。

 

 どうやら、その活動再開に当たってはオーブ暫定政府と軍の方で何らかの梃入れがあったらしい、とはヒカル達も聞いている。ここ数日、アランやリィスが、そっち方面の仕事に掛かりきりになっていた。

 

 やがて、歌を終えたヘルガは、集まったファンの皆に手を振ってから、おもむろに真剣な顔を作ってマイクを口に当てた。

 

《みなさんこんにちは、ヘルガ・キャンベルです。今日は、あたしの復帰コンサートに足を運んでくれて、本当にありがとう》

 

 ヘルガがそう言うと、会場からは大歓声が起こる。

 

 流石は世界的アイドルとでも言うべきか、海上は満員御礼の大賑わいであるらしい。画面の中からも、熱気があふれて来そうな雰囲気があった。

 

《今まで活動を休止し、皆さんの期待に応える事ができず、本当にすみませんでした。ただ、あたしも決して、皆さんの前に出たくなかった訳ではありません。出たくても出れなかった訳があったんです。

 

 今からだいたい1年前、私は撮影会に向かう途中にありました。そのころのあたしは、まさに順風満帆で、この世界に苦痛となる物は何も無いって、そう考えていました。

 

 けど、その日、あたしの世界は、呆気無く崩れ去りました》

 

 テレビの中でも外でも、皆は沈黙したままヘルガの言葉に聞き入っている。

 

 いったい、この沈黙していた間に、彼女の身に何が起きていたのか、誰もが注目しているのだ。

 

 そして、ヘルガは語った。

 

 自らに起きた、衝撃の事実を。

 

《私は、その日、突然やって来た保安局の人達にスパイとして逮捕されました。勿論、あたしには何の心当たりも無い事でしたが、彼等はあたしの話を、全く聞いてくれなかったんです》

 

 その言葉に、誰もが戦慄を禁じ得なかった。

 

 世界的なアイドルにスパイ容疑を掛けて逮捕するなど、正気の沙汰とは思えなかったからだ。

 

 本人の口から語られたのでなければ、何かの間違いだとしか思えない事実である。

 

《そして・・・・・・そこで、とても辛い目に遭ったんです。あの時の事は、正直、思い出したくもありません・・・・・・・・・・》

 

 そう言って、ヘルガは涙ぐむ。

 

 逮捕され、収監された収容所で凌辱されそうになったヘルガ。助けに入るのが、あと数分遅かったら、彼女の命運はどうなっていたか判らない。

 

《けど、そんなあたしを、優しい人たちが助けてくれました。その方達のおかげで、あたしは今、こうして再び皆さんの前に立って、好きな歌を歌う事が出来ます》

 

 涙を流しながらも、精いっぱいの笑顔をファンに向けるヘルガ。

 

 その姿は神々しくも鮮烈な輝きを放っているかのようだった。

 

《皆さん。そして、今は遠く彼方になってしまった故郷、プラントの皆さん。どうか聞いてください。今のプラント政府のやり方には、決して正義などありません。彼等がやろうとしている事は、いずれ必ず世界を滅ぼしてしまうでしょう。どうかそうなる前に、彼等を止める為、力を貸してください》

 

 

 

 

 

「取りあえず、第一段階開始ってところだね」

 

 壇上でのヘルガのスピーチを聞いたアラン・グラディスは、そう言って満足げに頷いた。

 

 アランは現在、暫定政府における大統領補佐官の地位についていた。要するにカガリのブレーン的存在として活躍しているのである。

 

 勿論、カガリの大統領職自体が暫定的な立場である為、必然的にアランの地位もそれに準じている訳だが、今はそのような事を機にする事無く、アランは己の役割に邁進していた。

 

 彼の今の仕事は、アイドルとしてのヘルガ・キャンベルを広告塔にして、オーブの正当性を世界的にアピールする事だった。

 

 いわばプロパガンダ放送である。

 

 その事自体、良い印象と捉えられる事はないだろう。あざとく卑怯なやり方である事も、アラン自身が誰よりも自覚している。

 

 しかし、世界は声を上げない物に振り向いてくれるほど優しくはできていない。自分達の主張を押し通したいのなら、まずは自分達から声を上げる事が必要だった。

 

 その為のカギとなるのが、ヘルガの存在だった。

 

 この際、ヘルガの知名度を利用しない手は無かった。

 

 実は、半年ほど前にも一度、アランはヘルガに対して広告塔になるように要請した事があった。その時はにべも無く断れられた訳だが、どうやらあれから何かしら、心境の変化があったらしい。

 

 今回、オーブ政府として正式に要請した際、ヘルガは躊躇う事無く了承してくれた。

 

「でも、これで本当に効果があるの?」

 

 懐疑的に尋ねたのは、リィス・ヒビキであった。

 

 本来なら戦闘職が専門のリィスだが、新たな部署としてヘルガ護衛隊の隊長に就任していた。

 

 これは、今やオーブにとって最上級のVIPと言って良いヘルガに対して相応の護衛を付ける必要がある事。プライベートにおける護衛も兼ねる為、同姓である事が望ましい事が条件に挙げられた結果、リィスに白羽の矢が立ったわけである。

 

 勿論、いざとなれば、リィスも戦場に赴く事になるだろうが、今の彼女はヘルガの護衛役としての役割を全うする事に腐心していた。

 

 このヘルガを広告塔とした宣伝作戦は、作戦参謀であるアラン、警護隊長のリィスを始め、選りすぐりのスタッフで構成されている。特に、実際にヘルガのコーディネートを行うマネージャー兼監督役には、彼女の母であるミーア・キャンベルが担当し、その他のアシスタント等も、ミーアが自ら選りすぐって厳選した精鋭チームによって構成されている。

 

 これは戦争である。

 

 そこには火花は飛ばず、人が死ぬ可能性も少ない。

 

 しかし、プラントと言う巨大組織を内から突き崩すうえで、ある意味、戦場で砲火を交えるよりも重要で、熾烈な戦いになる事は間違いなかった。

 

 リィスにとっては完全に畑違いの仕事だが、もともと対人戦闘のスキルが高い事もあり、護衛の任務もそつなくこなしていた。

 

 それに何より、リィスにとってもメリットが無い訳ではない。

 

「すぐに効果が表れる物ではないよ。こういう事は後からジワジワと効いて来る物だからね」

「ふぅん」

 

 アランの説明に対しリィスは、やや納得できない調子で返事を返す。

 

 元々が戦闘職の彼女にとって、後から効果が表れてくるこうした「情報戦」は、やや理解しがたい物があるのかもしれなかった。

 

 だが、アランと一緒に仕事ができるのは、正直悪くない。

 

 リィスは内心では、そのように考えていた。

 

 何しろ、これまではあまり2人での時間は取れなかったのだ。しかし、こうして部署が近くなれば、一緒に仕事をする機会は増えるし、プライベートも一緒になる機会が多い。

 

 リィスとしてはむしろ、願っても無い状況であったりする。

 

 もっとも、

 

 その感情を外面に出さないようにするには、それ相応の努力をしているのだが。

 

「何にしても、ここからだよ。全ては」

「そ、そうね」

 

 アランの言葉に、ややドモリながら答えるリィス。

 

 何やら、仕事中である事も忘れて、2人の間には緩やかな空気が流れているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際、アランの言うとおり、ヘルガを広告塔にした宣伝作戦は、簡単には効果を現さなかった。

 

 そもそも、半年もの間雲隠れしていたヘルガ・キャンベルが今さらしゃしゃり出て来たかと思えば、オーブを擁護してプラントを非難するような活動を始めたのだ。彼女のアンチならずとも、その行動には訝りを覚えるだろう。

 

 批判する者、静観する者、中立を表明する者。反応は様々である。

 

 若干だが、賛同する者も存在した。

 

 そして、

 

 当然ながら、最大の批判者はプラントだった。

 

 プラント政府の報道官の発表によると、

 

《我がプラントがヘルガ・キャンベルを不当逮捕した事実は一切無く、彼女の失踪についてはオーブ共和国を僭称するテロリスト達に拉致された結果である。また、その際、彼女はテロリスト達によって洗脳を受けたものと見られ、発表の際に見せた言動はその影響と思われる。我々は、この事実を重く受け止め、今後の対応としていく。憎むべきは、何の罪も無いヘルガ・キャンベルを拉致、監禁し、洗脳して自分達の駒へと仕立て上げたテロリスト達であり、正義と自由を愛するプラントが彼等に屈する事は決してありえない。我々は必ずやオーブを打倒し、ヘルガ・キャンベルを保護すると誓う》

 

 との事だった。

 

 だが、

 

 プラント政府の大半の人間は気付いていなかった。

 

 既に彼等が、アラン・グラディスの張り巡らせた術中にはまっている事に。

 

 当のヘルガからすれば、憤りを覚えずにはいられない内容であるが、アラン達からすれば、プラントがこのように反応してくるのは、初めから織り込み済みだった。

 

 これでプラントは、ヘルガの存在を無視する事が出来なくなった。

 

 ヘルガが何か宣伝する度に、プラント政府はそれに反応を返す事になる。そして、その度に彼等は、せっせと墓穴を掘り続ける羽目になるのだ。無視するならば、こちらはヘルガによる宣伝を強化するのみ。

 

 これこそが、アラン・グラディスの実行する情報戦の詳細。

 

 嵌れば二度と抜け出せない蟻地獄に、プラントは嵌ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 クーヤ・シルスカもまた、今回のヘルガの発表を聞いて、憤っている人間の1人だった。

 

 まったく、度し難いにも程がある。

 

 元々クーヤは、アイドルと言う人種そのものを嫌っている。テレビの中でへらへら笑って媚を売る、言ってしまえば娼婦のような連中が偉そうな事を言うたびに、彼女は苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

 真に国を守る誇るべき仕事をしているのは、自分達のような軍人である。それを知ろうともせず、気楽な仕事で税金の無駄使いをしている穀潰し。それが、クーヤの中でのアイドルに対する本音であった。

 

 そこに来て、ヘルガと言う存在は、クーヤにとっては八つ裂きにしても飽き足らない売女にまで成り下がっていた。

 

 やる事に事欠いて、テロリストに協力して、議長の崇高な理想を非難するなど、言語道断である。

 

 まして、今はプラント全体が一致団結して、議長の目指す統一した世界の為に邁進しなくてはならない時である。そこに来て、和を乱すが如き行為をするとは。

 

 誤認逮捕などと適当な事を言って、プラントを貶めた事も許せなかった。

 

 クーヤは立ち寄ったコキュートスコロニーでヘルガの姿を見ている。

 

 プラントが間違いを犯すはずがない。あの時あの場にヘルガがいたと言う事は、間違いなく彼女は罪を犯して逮捕されたのだ。

 

 その事を隠蔽して、あのような言動に走るとは、もはや万死に値する。

 

「見ていなさい。今度こそ、引導を渡してやる」

 

 誰にも聞かれないような言葉で、クーヤは呟きを漏らす。

 

 オーブも、ヘルガ・キャンベルも、そしてあの、忌々しい魔王も、全て必ず討ち果たしてやる。

 

 そして自分達が、議長の目指す統一された美しい世界を作り出すのだ。

 

 その誓いを、クーヤは再び己の中で繰り返すのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-06「反撃の歌声」      終わり

 


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